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乾癬の治療法を徹底解説!:日野皮フ科医院 院長 日野 亮介氏

このコンテンツでは、乾癬の治療法について解説していきます。日常診療のアップデートに、ぜひご活用ください。講師紹介多くの乾癬患者さんたちからは、「ずっと同じ薬ばっかりで良くならない」というお声を多く頂きます。乾癬の治療は塗り薬しかない、と思っておられる方も多いかもしれません。しかし、そうではありません。乾癬は治療に苦労する皮膚疾患でありますが、ここ10年ほどで大変多くの治療薬が出てきました。皮膚の症状は大半の方でコントロール可能になりました。今、患者さんの乾癬はどんな状態でしょうか?患者さんのライフスタイルに応じて、適切な治療方針を選ぶための参考にしていただけると幸いです。治療がうまくいかないとき、マンネリ化したときに、次の一手を考えるヒントになってくれると思っております。このページでは、乾癬について保険適用のある治療について解説しています。乾癬には尋常性乾癬、乾癬性関節炎(関節症性乾癬)、乾癬性紅皮症、汎発性膿疱性乾癬、滴状乾癬の5種類があります。薬によって適用が異なりますので、ご注意ください。1.外用薬2.経口薬3.光線療法4.顆粒球吸着除去療法5.生物学的製剤まとめ参考文献1.外用薬2.経口薬3.光線療法4.顆粒球吸着除去療法5.生物学的製剤まとめ参考文献1.外用薬1-1.ステロイド外用薬ステロイド外用薬は皮膚疾患に幅広く使われていますが、もちろん乾癬にも有効です。今のところ、乾癬に一番多く使われているお薬です。多くの乾癬患者さんは、一度は塗ったことがあると思います。ステロイドは昔からある薬ですが、ここにも進歩があります。ステロイド外用薬の弱点は長期に使うと副作用が出てくる点なのですが、それを和らげるための手だてとしてシャンプーになっている薬が出ました。コムクロシャンプー(一般名:クロベタゾールプロピオン酸エステル)というもので、15分だけつける、という方法を用いて副作用を減らす工夫がなされています。また、シャンプーは薬を塗りにくい頭という場所の特性を生かした大変興味深い方法です。なお、ステロイドの飲み薬は乾癬には通常使用しません。長期的なステロイド外用薬の副作用を避けるためにも、ステロイド外用薬単体での長期的な治療は避ける必要があります。治療が長引いてきた場合は方法を見直しましょう。1-2.ビタミンD3外用薬乾癬患者さんの塗り薬で、一番大切なのはビタミンD3です。効果が出てくるまで時間がかかりますが、一度改善すると再発しにくいこと、長期間塗っても副作用が出にくいことが大切なポイントです。ただし、大量に塗ると血液中のカルシウムが増え過ぎて二日酔いのような症状(高カルシウム血症)が出る可能性がありますので、注意が必要です。皮膚の増殖を抑えるのが主な効き目ですが、IL-17という乾癬の皮膚症状に重要な役割を果たすタンパクを作りにくくすることにも役立ちます。1日2回塗ることが推奨されています。カルシポトリオール(商品名:ドボネックス):軟膏マキサカルシトール(商品名:オキサロール):軟膏、ローションタカルシトール(商品名:ボンアルファハイ):軟膏、ローションタカルシトール(商品名:ボンアルファ):軟膏、ローション、クリーム1-3.配合外用薬配合外用薬も、ここ10年の進歩の1つです。ステロイドとビタミンD3の2つを配合させた薬がデビューし、乾癬の治療に幅広く使われるようになりました。昔は、ステロイド外用薬とビタミンD3外用薬を薬局で混ぜてもらって処方されることが多かったと思います。お薬の性質上、単純に混ぜるだけでは効果が落ちてしまいます。そのため、ステロイドとビタミンD3の両方を使いたい場合は、重ねて塗るか、両方とも特殊な製法で配合した塗り薬を使う必要があります。乾癬の塗り薬が効かない人は、まず混ぜた薬を使っていないか確認する必要があります。国内では、現在2種類の配合外用薬が使用可能です。カルシポトリオール水和物/ベタメタゾンジプロピオン酸エステル(商品名:ドボベット):軟膏、ゲル、フォームゲル剤があるので頭皮の中に塗るのにも向いています。頭皮の中に塗る際は、意外にベタつくことに注意が必要です。また、フォーム剤もデビューしました。フォーム剤は塗りやすさから海外で多く使われているようです。上手に使わないと飛び散るので注意が必要です。マキサカルシトール/ベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル(商品名:マーデュオックス):軟膏ページTOPへ2.経口薬2-1.アプレミラスト(商品名:オテズラ)PDE4(ホスホジエステラーゼ4)という酵素をブロックする薬です。頭痛、吐き気、下痢などの副作用が最初に出ることが多いので、お薬に体を慣らしていくためのスターターパックがあります。副作用は使っていくうちに慣れてくることが多いです。長期的に内服すると体重減少の副作用もあります。効果はゆっくり出てくるので、焦らず使用することが大切です。痒みや関節の痛みにも効果があります。注射薬のような劇的な効果ではないですが、症状が軽くなるので塗り薬を塗るのが面倒な方や小さなぶつぶつがたくさん出ている方には向いています。当院では小さなぶつぶつがたくさん出て塗りにくい方、頭のぶつぶつやかさぶたが治りにくい方、少し関節が痛い方、手足に分厚いかさぶたができて治りにくい方などに使っています。また、生物学的製剤の治療が終了した、もしくは何らかの理由で中断せざるを得なかった方にも使用できます。腎機能が低下している方は、半分の量で内服する必要があります。2-2.シクロスポリン(商品名:ネオーラル)乾癬が出てくるのに重要な働きをするT細胞の働きを抑える薬です。効果は比較的速やかで、量を多くすると生物学的製剤に近いくらいの効果を得ることもできます。ただし、血圧上昇などの副作用があることは注意が必要です。長期間内服すると、腎臓にダメージが起こります。海外のガイドラインでは1年程度の服用にとどめるように勧められています。これらの理由もあり、定期的な血液検査を必要としています。2-3.メトトレキサート(商品名:リウマトレックス)リウマチではよく使われている薬ではありますが、乾癬でも最近保険適用になりました。リウマトレックスだけがジェネリックも含め乾癬に保険適用となっています。日本皮膚科学会の生物学的製剤使用承認施設でのみ乾癬に使用できます。妊娠計画の少なくとも3ヵ月前から男性、女性とも内服を中断しなければなりません。腎機能障害のある方には使用できません。副作用対策として葉酸製剤を内服することがあります。2-4.エトレチナート(商品名:チガソン)エトレチナートはビタミンA誘導体であり、免疫を落とさないことにより光線療法との併用が可能です。表皮細胞の異常増殖を抑えてくれることで効果を発揮します。唇が荒れる、手足の皮がむける、皮膚が薄くなるなどの副作用があります。催奇形性といって、お腹の赤ちゃんに奇形を起こす副作用が報告されています。そのため女性は服用中止後2年間、男性は半年間避妊することが必要になります。2-5.ウパダシチニブ(商品名:リンヴォック)乾癬性関節炎(関節症性乾癬)に適応があります。JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害薬という新しいメカニズムの治療薬です。もともと関節リウマチの治療薬として使用されていました。皮膚にも効果があります。15mg錠を1日1回内服します。帯状疱疹のリスクが高まることが知られていますので、この治療薬を検討されている方には事前に帯状疱疹ワクチンの接種を強くお勧めしています。深部静脈血栓症、肺塞栓症といった血栓のリスクが高まります。そのための注意が必要になります。また、生物学的製剤と同様に事前に結核の検査をする必要があります。2-6.デュークラバシチニブ(商品名:ソーティクツ)2022年11月デビューの内服薬です。既存治療で効果不十分な尋常性乾癬、乾癬性紅皮症、膿疱性乾癬に適応があります。比較的副作用の少ない薬ですが、TYK2という分子をブロックするJAK阻害薬というジャンルに入っているため、日本皮膚科学会の分子標的薬使用承認施設のみで投与可能となっています。成人にはデュークラバシチニブとして1回6mgを1日1回経口投与します。ページTOPへ3.光線療法治療の位置付けとしては、寛解導入、すなわち週2~3回程度の細かい間隔で照射し、ぶつぶつをできるだけ消失させるのを最初の目的としています。効果が出て皮膚症状が寛解したら間隔をのばしていく、ないしは中止します。ナローバンドUVBは発がん性が上昇するリスクは今のところ報告されていません。しかし、紫外線であるため、ダラダラと継続して無駄な照射をしないように気を付けることも大切です。ページTOPへ4.顆粒球吸着除去療法アダカラムという特殊な体外循環装置を使い、白血球の一部である、活性化した顆粒球を取り除く方法です。膿疱性乾癬に保険適用があります。薬剤の投与をしないため、妊娠中でも実施できます。ページTOPへ5.生物学的製剤乾癬の治療は、2010年に生物学的製剤が使えるようになってから劇的に変化しました。今までの治療で効果がなかった患者さんも、この薬の投与を開始してから皮膚や関節の症状と無縁の生活を送れるようになってきました。このように非常によく効く薬なのですが、大変高額です。そのため、高額療養費制度の理解や活用も大切になってきます。どんどん薬剤の開発が進み、10年で10種類以上のお薬が乾癬に対して使えるようになってきました。生物学的製剤が使えない方、注意が必要な方活動性の結核を含む重い感染症がある方は使用できませんので、事前にしっかりと検査を行い、必要な対処を行ってから投与する必要があります。また、悪性腫瘍のある方は投与禁忌ではありませんが、投与に当たっては(がん治療の)主治医としっかり相談・確認して慎重に進めなければなりません。現在、乾癬に使える生物学的製剤だけで、こんなにたくさんの種類があります(2023年9月現在)。画像を拡大する(各薬剤の電子添付文書を基にケアネット作成)5-1.TNF-α阻害薬TNF-αというタンパクをブロックする薬です。TNF-αは体のあちこちで作られ、乾癬を悪化させていきます。内臓脂肪からも作られます。メタボ気味の人は内臓脂肪からのTNF-αが増えてきます。すると、インスリン抵抗性といって血糖が上がりやすい状態になってしまうこともあります。これをブロックすることで、全身のさまざまな炎症を抑えてくれることも期待されています。また、関節炎にも効果が高いです。乾癬性関節炎(関節症性乾癬)の症状が進行すると骨びらんという骨へのダメージが来るのですが、TNF-α阻害薬は骨破壊を抑え、回復させてくれる効果が期待できます。インフリキシマブ(商品名:レミケード)唯一、これだけが点滴で投与する薬です。効果不十分時に増量ないし投与期間を短縮することが可能です。アダリムマブ(商品名:ヒュミラ)2週間に1回皮下注射する薬です。効果不十分時に増量することが可能です。シリンジだけでなく、ペン型の注射器具があるため自己注射が簡単に行えます。セルトリズマブ ペゴル(商品名:シムジア)この薬剤は製法が特殊であり、胎盤をお薬が通過しにくいことがわかっています。そのため唯一、妊娠中でも使える生物学的製剤です。TNF-α阻害薬が使えない人うっ血性心不全のある方多発性硬化症などの脱髄性疾患をお持ちの方TNF-α阻害薬はどんな人に向いている?乾癬性関節炎(関節症性乾癬)で、とくに関節の症状が強い人メタボ気味の人炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)の既往がある人体重が重い人インフリキシマブは体重1kg当たり5mgの量を投与します。体重がかなり重い方は十分な薬剤量を行きわたらせるためにインフリキシマブを選択することがあります。5-2.IL-23阻害薬IL-12/23 p40阻害薬のウステキヌマブ(商品名:ステラーラ)が最初に出ました。IL-23はp40とp19というタンパクが合体しているものです。p40はIL-12という別のタンパクにも含まれている構造のため、IL-12/23 p40阻害薬は乾癬に関係のない細胞の働きも弱めてしまいます。そこで、ウステキヌマブ以降に出た次世代型のIL-23阻害薬は、p19をブロックすることでよりピンポイントな効き目を実現させています。すべての薬剤にある特長は、効果が持続しやすい、投与間隔が長いという点、副作用が少ないことです。ウステキヌマブ(商品名:ステラーラ)2011年から使用されている薬剤です。効果不十分な場合に増量できるのが特徴です。グセルクマブ(商品名:トレムフィア)掌蹠膿疱症にも適応があります。維持投与期は8週間に1回の投与を行います。リサンキズマブ(商品名:スキリージ)維持投与期は12週間に1回という長さが魅力です。チルドラキズマブ(商品名:イルミア)尋常性乾癬のみに適応があります。この薬剤も維持投与期は12週間に1回です。IL-23阻害薬はどんな人に向いている?治りにくい尋常性乾癬の方仕事が忙しくて通院が大変な方自分で注射を打つのが怖い方5-3.IL-17阻害薬IL-17とは乾癬を発症させるのに大変重要な役割を果たすタンパクです。IL-17にはIL-17AからFまでの6つのサブファミリーがあります。とくにIL-17ファミリーの中で乾癬の成り立ちに重要な役割を果たすタンパクが、IL-17AとIL-17Fです。治療効果が早く出ること、そして4種類の薬剤それぞれ非常に高い効果が得られることが特長です。セクキヌマブ、イキセキズマブ、ブロダルマブは維持投与期に自己注射をすることが可能です。セクキヌマブ(商品名:コセンティクス)最初の1ヵ月に毎週注射をすることで効果を早く出せることが特長です。完全ヒト型抗体であり、中和抗体が出にくいのが特徴です。成人には300mgを投与しますが、状況により減量が可能です。生物学的製剤の中で唯一小児にも適応があります。通常、6歳以上の小児にはセクキヌマブ(遺伝子組換え)として、体重50kg未満の患者には1回75mgを、体重50kg以上の患者には1回150mgを皮下投与します。なお、体重50kg以上の患者では、状態に応じて1回300mgを投与することができます。イキセキズマブ(商品名:トルツ)IL-17Aを阻害します。薬剤の特長として高い治療効果が早期から出てくることが多いです。効果がいまひとつだったり、安定しなかったりするとき、つまり使用開始後12週時点で効果不十分な場合には、投与期間を短縮することが可能です。乾癬の皮膚や関節症状が強い方、安定しない方に向いています。ブロダルマブ(商品名:ルミセフ)この薬剤は、乾癬の治療薬ではIL-17の受容体であるIL-17RAをブロックする薬です。そのため、IL-17A、IL-17A/F、IL-17C、IL-17E、IL-17Fが受容体に結合するのをブロックすることができます。皮膚症状に対しては、かなり有効性が期待できる薬剤です。ビメキズマブ(商品名:ビンゼレックス)IL-17A、IL-17Fをブロックできる薬剤です。尋常性乾癬、乾癬性紅皮症、膿疱性乾癬に適応があります。乾癬性関節炎(関節症性乾癬)には適応がありません。今までの治療でうまくいかなかった人でも鋭い効果を出すことが期待されています。IL-17阻害薬が使えない方炎症性腸疾患のある方IL-17は腸管のバリア機能を保つために重要な役割を果たします。炎症性腸疾患のある方は、IL-17をブロックすることで悪化する可能性があります。真菌感染症のある方IL-17は真菌(カビ)の防御に大切な働きをします。そのため、これらの感染症がある方は、IL-17をブロックすることで悪化させてしまう可能性があります。IL-17阻害薬はどんな人に向いている?皮膚の症状がかなり重度な方自分で注射を打てる方素早い効果を期待している方5-4.IL-36受容体阻害薬スペソリマブ(商品名:スペビゴ)抗IL-36受容体抗体であるスペソリマブが主成分です。膿疱性乾癬における急性症状の改善、という適応で保険収載されました。投与開始1週後に有意な膿疱の減少、12週後には84.4%の患者で膿疱が消失という劇的な効果を呈することが知られています。ページTOPへまとめ乾癬の治療薬、治療法はたくさんあることがおわかりいただけたと思います。乾癬の治療に絶対の正解はありませんが、いろいろな治し方を知り、治療方針を決めていく参考になればと思っております。乾癬の治療薬は、まだたくさん開発されています。内服薬(RORγtインバースアゴニスト)、外用薬(アリル炭化水素受容体モジュレーター)などが治験中です。今後も多くの治療選択肢ができることで、乾癬患者さんたちの未来は明るくなっていくのではと期待しています。1)森田明理ほか. 乾癬の光線療法ガイドライン. 日皮会誌. 2016;126:1239-1262.2)佐伯秀久ほか. 乾癬における生物学的製剤の使用ガイダンス(2022年版). 日皮会誌. 2022;132:2271-2296.3)各薬剤の電子添付文書

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第180回 エビやキノコなどの食物繊維キチンは肥満を生じ難くする/GLP-1薬セマグルチドが1型糖尿病にも有効らしい

エビやキノコなどの食物繊維キチンは肥満を生じ難くする食物繊維の摂取は代謝を好調にし、肥満などの代謝疾患が生じ難くなることと関連します。とはいうものの食物繊維の代謝への恩恵をわれわれの体が引き出す仕組みはあまりわかっていません。不溶性の多糖繊維のほとんどは哺乳類の酵素で消化されず、腸の微生物による分解もごく限られています。しかしエビやカニなどの甲殻類、昆虫、真菌(キノコ)などの外骨格や細胞壁の主成分であるキチンは例外的で、ほかの食物繊維と一線を画します。マウスやヒトはキチンを作れませんが、キトトリオシダーゼ(Chit1)と酸性哺乳類キチナーゼ(AMCase)と呼ばれるキチン分解酵素2つを作ることができます。摂取したキチンがその消化を促す胃でのAMCase発現亢進を導くまでの免疫反応絡みの回路が新たな研究で同定され、AMCase欠如マウスにキチンを与え続けると高脂肪食にもかかわらずあまり太らずに済むことが示されました1)。キチンとともに高脂肪食が与えられたAMCase欠如マウスは、キチンを与えなかったマウスやキチンを与えたけれどもそれを分解できるマウスに比べて体重増加や脂肪量が少なくて済み、肥満になりにくいという結果が得られています。今後の課題として研究チームはヒトではどうかを検討する予定です2)。食事にキチンを含めることで肥満を予防できるかどうかを調べることを目標としています。また、胃のキチン分解酵素の阻害とキチン補給を組み合わせることでAMCase欠如マウスのキチン摂取と同様の最大の効果を引き出せそうと研究チームは考えています。チームのリーダーSteven Van Dyken氏によると胃のキチン分解酵素を阻害する手段はいくつか存在するとのことです。GLP-1薬セマグルチドが1型糖尿病にも有効らしい肥満治療といえば2型糖尿病(T2D)治療薬として出発したノボ ノルディスク ファーマのGLP-1受容体作動薬(GLP-1薬)セマグルチドが大人気ですが、同剤がT2Dのみならず1型糖尿病(T1D)にも有効らしいことを示す米国・バッファロー大学のチームによる症例解析がNEJM誌に先週掲載されました3)。T1Dになったばかりの患者のほとんどはまっとうなβ細胞を有しています。そういう初期段階であればインスリン分泌を促すセマグルチドが効くかもしれず、バッファロー大学の研究者はT1D診断後3ヵ月後以内に同剤投与が始まった患者10例の1年間の経過を調べました。10例とも食事の際のインスリンと基礎インスリンを使っていましたが、セマグルチド開始から3ヵ月以内に全員が食事時のインスリンを使わずに済むようになりました。また、10例中7例は6ヵ月以内に基礎インスリンも不要となってその後もそうして過ごせました。血糖値も落ち着き、もとは12%ほどもあった糖化ヘモグロビン値はセマグルチド使用開始後半年時点では5.9%、1年時点では5.7%に落ち着きました。セマグルチドの用量を増やしている期間に軽い低血糖が生じましたが、投与量が一定になって以降の発生は認められませんでした。T1D診断後すぐからのセマグルチド投与をより大人数の無作為化試験で検討する価値があると著者は言っています。T1Dへの有効性が示唆されたことが示すようにセマグルチドなどのGLP-1薬は代謝疾患の領域で手広い用途がありそうです。もっと言うと、その域を超えて依存症分野でも活躍できる可能性を秘めています。そういう可能性の臨床検討はすでに始まっており、たとえばセマグルチドと飲酒や喫煙量の変化の関連がノースカロライナ大学主催の試験で調べられています4,5)。参考1)Kim DH, et al. Science. 2023;381:1092-1098.2)Fiber from crustaceans, insects, mushrooms promotes digestion / Eurekalert3)Dandona P, et al. N Engl J Med. 2023;389:958-959.4)ClinicalTrials.gov(NCT05520775)5)ClinicalTrials.gov(NCT05530577)

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アロマターゼ欠損症〔AD:Aromatase Deficiency〕

1 疾患概要■ 定義エストロゲン合成酵素(アロマターゼ)の活性欠損・低下により、エストロゲン欠乏とアンドロゲン過剰とによる症状を呈する遺伝性疾患である。染色体核型が女性型の場合は、性分化疾患(46,XX DSD)に分類される。生理的にエストロゲン合成が亢進する妊娠中と思春期~性成熟期に症状が顕性化する。女性患者と男性患者とで表現型が異なる。■ 疫学10万人に1人以下のまれな疾患である。これまでに30家系50人を超える患者が報告されている。当初はヨーロッパとヨーロッパからアメリカ大陸への移民者の報告が多かったが、最近ではアジア(中国やインド)からの報告も増えている。わが国からの報告はこれまでのところ1例のみである。■ 病因アロマターゼは、アンドロゲンを基質としてエストロゲンを産生する酵素である。アロマターゼ活性欠損により、エストロゲンが産生されずアンドロゲンが蓄積する。その結果、女性でエストロゲンの欠乏と男性ホルモンの過剰による症状が生じる。これに対し、男性ではエストロゲン欠乏による症状のみが生じる。■ 症状1)胎児ヒト胎児副腎は大量の副腎性アンドロゲン(dehydroepiandrosterone)を産生し、これが胎盤(胎児に由来する)のアロマターゼによりエストロゲンに転換される。胎児がアロマターゼ欠損症の場合には、アンドロゲンが蓄積して母体と胎児に男性化が生じる。胎児が女性の場合は、外性器が男性化する。母体では、妊娠中に男性化症状が増悪し、分娩後に軽快する。残存するアロマターゼ活性が1%を越えると、母体に男性化はみられないとされる。2)女性エストロゲンによって生じる二次性徴(初経や乳腺発育・女性型の皮下脂肪など)は欠如する。しかし、活性低下が軽い変異を有する症例では、初経発来や規則月経を呈することがある。エストロゲン補充が行われていない女性では、リモデリングの亢進を示す骨粗鬆症が認められる。女児では、外性器の男性化(Prader 分類II~IV/IV)が全例に認められる。ゴナドトロピンが上昇する前思春期頃から、卵巣に多房性嚢胞(一部は出血性)をみることがある。活性低下の強い症例(truncated type)では索状性腺をみることがある。3)男性男性患者では、出生時に症状はない。思春期に生理的な身長急伸を欠如するとともに、その後の伸長停止(骨端閉鎖)も欠如するのが特徴である。本来伸長が停止する16歳頃を過ぎても身長が伸び続け、高身長(時に2mを超える)・骨粗鬆症となって20歳台後半で診断される例が多い。しばしば、外反膝・類宦官症体型が認められる。肥満、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性、脂質異常症などの代謝異常を示すことも少なくない。また、巨精巣症・小精巣の報告もある。精子数減少を示唆する報告もあるが妊孕性の喪失はない。■ 分類初期の報告例は、アロマターゼ活性低下が高度でエストロゲンがほぼ欠損し、二次性徴を完全に欠如する症例(古典型)であった。その後、エストロゲン欠乏が軽度で、乳腺発育や月経発来といった二次性徴が部分的にみられる症例(非古典型)が報告された。遺伝子変異をtruncated variantsとnon-truncated variantとに分けて検討し、前者ではエストロゲン欠乏に関連する症状(原発性無月経や索状性腺)が強く、後者では症状が軽いとする報告もある。■ 予後本症の長期予後については不明であるが、これまでの情報を総合すると生命予後に直接影響を与えないと思われる。その一方で、エストロゲン低下に伴って生じる骨粗鬆症や脂質異常症などの代謝異常に対して、適切な管理を行い予防する必要がある。アロマターゼ活性低下の強い症例では、女性の妊孕能は低下する。活性低下の軽い症例の女性の妊孕性については不明である。男性患者では妊孕性の低下はみられない。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 臨床症状1)女性女性患者では、本症と診断されないまま無月経に対してエストロゲン投与が継続されていることがあり、その場合、臨床症状から本症を想定することは困難である。患児が本症に罹患している場合、妊娠中に母体の進行性男性化(活性低下の軽い例では欠如)と胎児外陰の男性化(全例にみられる)が診断の手掛かりになる。妊娠母体の男性化は、P450酸化還元酵素欠損症や妊娠黄体腫(母体卵巣)にもみられ鑑別が必要である。P450酸化還元酵素欠損症では、アロマターゼのほか複数のステロイド産生酵素の活性も低下し、性ステロイド以外のホルモンによる症状が出現する。2)男性妊娠母体の男性化症状とエストロゲン低値から胎児の罹患が疑われて、出生後早期に診断された男性患者も報告されているが、実際に出生時に診断される例は少ない。弟妹の女性発端者が手がかりとなって診断されることもある。思春期以降に身長の伸びが止まらず、高身長となって成人期に初めて診断されることが多い。思春期の身長急伸の欠如、成人期の骨端線閉鎖の欠如、高身長、骨粗鬆症が、本症を推定する手がかりとなる。肥満、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性、脂質異常症などの代謝異常の合併も診断の参考となる。■ ホルモン検査1)女性ゴナドトロピン値(FSH、LH)は成人に至るまで一貫して高値を示す。とくにFSH優位の高値を示すのが特徴である。一般に、出生後数週~6ヵ月頃にかけて、視床下部下垂体性腺系は生理的活性化(mini-puberty)を示し、ゴナドトロピンは一過性に上昇する。その後、視床下部下垂体性腺系は強く抑制される時期に入り、ゴナドトロピンは低値となる。前思春期に入ると抑制が徐々に解除され、ゴナドトロピンは上昇に転ずる。アロマターゼ欠損症のゴナドトロピンも同様の二相性変動を示すが、常に同年齢対照より高値を示す。アンドロゲン値も同年齢対照者より高く、同様の二相性の変動を示す。血中エストラジオールは一貫して同年齢対照より低値を示すが、基準域に近い値を示す症例もみられる。測定感度の問題もあり、エストラジオール単独での診断は難しい。FSH値の上昇は、エストロゲン欠乏や表現型の強さを反映し治療効果の指標になる可能性がある。2)男性FSHが高値を示す例は男性では60%で女性よりFSHの診断意義は低い。E2が測定感度以下となるのは男性患者の80%であり、除外診断には注意を要する。LHが高値を示す例は20%、Tが高値となるのは30%と少なく、除外診断には使いにくい。■ 遺伝子型本症の確定診断には、15q21.2にあるCYP19A1に活性喪失変異(loss-of-function mutation)を同定する。これまでに、1塩基置換によるミスセンス変異、ナンセンス変異、スプライシング異常の他、1〜数塩基の欠失や挿入などさまざまな変異が報告されている。ヘテロは無症状で、ホモまたは複合ヘテロで症状が認められ、常染色体潜性(劣性)遺伝を示す。変異は酵素活性に関連するエクソン9に比較的多く認められるが、エクソン2を除きすべてのエクソンにほぼ均等に認められる。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)根本的な治療法はない。欠乏するエストロゲンによる諸症状・疾病の発生を予防するために長期のエストロゲン補充が行われる。■ 46,XX DSDほとんどが女性として育てられている。性自認は女性である。外陰形成術が施行される。性腺摘除が併施されることもある。二次性徴や骨量の獲得と維持を目的にエストロゲン(子宮を有する性成熟期女性ではプロゲスチンを併用)投与を行う。エストロゲン投与により、血清ゴナドトロピン値が正常化し、卵巣嚢胞は消失する。骨量も増加する。■ 46,XY最終身長の適正化と骨量増加・骨粗鬆症の予防を目的にエストロゲン投与を行う。思春期前からの治療では、少量のエストロゲン投与から開始し、漸増させて生理的時期での骨端閉鎖を促す。骨端閉鎖後は、経皮的にエストラジオール25μg/日を生涯にわたって投与する。思春期症例にエストロゲンを投与すると、身長の急伸、骨端閉鎖、骨量の増加といった生理的骨成長と同様の変化が認められる。成人では維持量の投与により、ゴナドトロピン値の正常化、脂質異常の改善、インスリン抵抗性の改善なども期待できる。4 今後の展望本症の発見は、骨におけるエストロゲンの生理的役割などの解明に大きく貢献した。エストロゲン補充により、症状の多くは軽減されるが、女性患者の妊孕性については回復が認められていない。本症の患者数は少なく、系統的な研究が困難である。5 主たる診療科内科、小児科、婦人科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター アンドロゲン過剰症(ゴナドトロピン依存性思春期早発症及びゴナドトロピン非依存性思春期早発症を除く)アロマターゼ欠損症は、小児慢性特定疾病対策事業においてアンドロゲン過剰症(ゴナドトロピン依存性思春期早発症およびゴナドトロピン非依存性思春期早発症を除く)の原因疾患の1つに包含されている。(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)Shozu M, et al. J Clin Endocrinol Metab. 1991;72:560-566.2)Singhania P, et al. Bone Reports. 2022;17:101642.3)Stumper NA, et al. Clin Exp Rheumatol. 2023;41:1434-1442.4)Rochira V,et al. Nature Reviews Endocrinology 2009;5:559-568.公開履歴初回2023年8月29日

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鼻腔内インスリン投与で認知機能改善?

 鼻腔内へのインスリン投与が、アルツハイマー病(AD)や軽度認知障害(MCI)患者の認知機能に対して保護的に働くことが、メタ解析の結果として示された。一方、認知機能低下の見られない対象では、有意な影響は認められないという。トロント大学(カナダ)のSally Wu氏らの研究によるもので、詳細は「PLOS ONE」に6月28日掲載された。 鼻腔内へのインスリン投与(intranasal Insulin;INI)は、末梢でのインスリン作用発現に伴う副作用リスクを抑制しつつ、脳内のインスリンシグナル伝達を改善し、認知機能に対して保護的に働くと考えられている。これまでに、INIによる認知機能への影響を調べた研究結果が複数報告されてきている。ただしそれらの結果に一貫性が見られない。Wu氏らは、このトピックに関するシステマティックレビューとメタ解析により、この点を検討した。 MEDLINE、EMBASE、PsycINFO、およびCochrane CENTRALに2000年から2021年7月までに収載された論文を対象として、認知機能に対するINIの影響を研究した無作為化比較試験の報告を検索。2,654件の報告がヒットし、重複削除、タイトルと要約に基づくスクリーニングにより52件に絞り込み、これを全文精査の対象とした。最終的に32件が包括基準を満たした。 それら32件の研究は2004~2021年に発表されており、介入対象として研究ごとに、ADやMCIのほか、健康成人、大うつ病性障害、双極性障害、統合失調症、肥満、2型糖尿病などが設定されていた。INIの投与量は中央値40IU(範囲40~160)であり、研究参加者の平均年齢は53.4歳だった。10件の研究は単回投与による急性効果を検討し、他の研究は慢性効果を検討していた。慢性効果を検討していた研究の介入期間は中央値8週(範囲1~52)だった。 ADやMCIの患者を対象とした研究を統合した解析からは、INI介入による認知機能への有意な保護的作用が確認された〔標準化平均差(SMD)=0.22(95%信頼区間0.05~0.38)〕。一方、その他の集団を対象とした研究の解析からは、INI介入による認知機能への有意な影響は確認されなかった。例えば健康な集団ではSMD=0.02(同-0.05~0.09)、メンタルヘルス疾患患者ではSMD=0.07(-0.09~0.24)、代謝性疾患患者ではSMD=0.18(-0.11~0.48)であり、いずれも非有意だった。 著者らは、「このシステマティックレビューとメタ解析の結果は、認知機能が低下している対象ではINIによる介入が有効である可能性を示唆している。INIはまだ新しい研究分野であるため、対象者の生活全体の質を向上させるという最終的な目標に向けて、今後の研究ではさまざまな背景を持つ患者集団での有用性を探り、治療反応の不均一性を理解する必要がある」と述べている。 なお、数人の著者がバイオ医薬品企業との利益相反(COI)に関する情報を明らかにしている。

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水断食、減量効果はあるが…

 一定期間、水のみを摂取するダイエット法である水断食は、減量という点では効果的なようだ。しかし、水断食により減った体重をどの程度維持できるかは不明である上に、血圧低下やコレステロール値の改善といった代謝に関わる効果は水断食を終えるとともに消失する可能性が、新たな研究で示唆された。米イリノイ大学シカゴ校のKrista Varady氏らによるこの研究結果は、「Nutrition Reviews」に6月27日掲載された。 水断食は、通常は5〜20日間、時にはそれ以上の期間、水だけを摂取するダイエット法だが、専門家の監督下で、朝食に少量のジュース、昼食にごく少量のスープなど、1日に250kcalまで摂取する水断食も行われている。Varady氏らは今回、8件の研究を対象にしたナラティブレビューを実施し、水断食が、体重、血圧、血中の脂質値、血糖コントロールなどに与える影響についての評価を行った。 その結果、水断食により短期間で体重が減る可能性のあることが明らかになった。具体的には、水断食を5日間行った人では体重が4〜6%、10日間行った人では2〜10%、15〜20日間行った人では7〜10%減っていた。ただし、減量した分のおよそ3分の2は除脂肪量であり、体脂肪量は3分の1程度を占めたに過ぎなかった。Varady氏らは、「除脂肪量の減少は、絶食後の安静時代謝率の低下につながり、それが将来の体重再増加のリスクとなり得るため、この結果は懸念すべきものだ」と述べている。 減量後にその体重が維持されているかどうかを追跡した研究は数件だけで、そのうちの1件の研究では、水断食終了から3カ月以内に参加者の体重が元に戻っていた。別の2件の研究では、体重の戻りはわずかであったが、参加者は水断食終了後も食事のカロリー制限をするよう促されていた。 一方、血圧は、水断食の期間の長さに応じて持続的に低下していた。血液中の脂質値に与える効果については明確ではなかったが、いくつかの研究では、悪玉コレステロールとも呼ばれるLDLコレステロール値とトリグリセライド(中性脂肪)値の低下を報告していた。しかし、その他の研究では、水断食によるベネフィットは報告されていなかった。血糖コントロールについては、血糖値が正常な人では、空腹時血糖値、空腹時インスリン値、インスリン抵抗性、HbA1c値の低下が認められたが、1型および2型糖尿病患者ではこれらの値に変化が認められなかった。しかし、このような代謝上の利点は、水断食を終えるとともに消失した。この結果は、水断食終了後も体重を維持している人でも同様だった。 安全性に関しては、最もよく生じた副作用は、空腹感、頭痛、不眠、代謝性アシドーシスであり、水断食は比較的安全なものと判断された。 これらの結果を踏まえてVarady氏は、「私なら水断食を人に勧めたりはしない。水断食がこの1年ほどの間で突如として人気のダイエット法になったことは知っている。しかし、たとえ水断食で落とした体重を維持できたとしても、健康上のメリットは全て失われてしまう」と話す。 一方、米ボストン医療センターの肥満医学部門の長であるIvania Rizo氏は、水断食を長期にわたって行うと、ビタミンやミネラルが欠乏した状態になることが予想されるとして、懸念を示している。 Varady氏とRizo氏は、「水断食は、端的に言うと、持続可能なダイエット法ではない」と断言する。Rizo氏は、「水断食のような短期的で持続不可能な介入が、慢性疾患である肥満に特定の影響を与えるとは思えない」と述べる。そして、「水断食をするよりは、空腹感を減らし、食事以外のことを考えられるようにするオゼンピックのような新しい減量薬に目を向けた方が良い」と話している。

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アミリンアナログとGLP-1受容体作動薬の配合剤は肥満を伴う2型糖尿病に有効である(解説:小川大輔氏)

 肥満を伴う2型糖尿病の治療として、GLP-1受容体作動薬であるセマグルチドが有効であることは周知のとおりである。一方、新規のアミリンアナログであるcagrilintideは肥満症の治療薬として期待が高まっている。今回、BMI 27以上の2型糖尿病患者を対象に、週1回投与のセマグルチド2.4mgとcagrilintide 2.4mgの配合剤(CagriSema)の第II相臨床試験の結果がLancet誌に発表された1)。 アミリンは高血糖時にインスリンと共に膵β細胞から分泌されるホルモンであり、視床下部の食欲中枢に作用して胃の内容物排出速度を低下させ、満腹感を促進する。アミリンアナログであるpramlintideは1型および2型糖尿病の治療薬として2005年にFDAによって承認された。しかし作用時間が短く、1日2~3回注射しなければいけないため実際にはほとんど使用されていない。その後、長時間作用型のアミリンアナログであるcagrilintideが開発され、GLP-1受容体作動薬と共に肥満症の治療薬として期待されている2)。 この試験は米国の17施設において、BMI値27以上でメトホルミン治療中の2型糖尿病成人患者92例を無作為に1対1対1の3群に割り付け、CagriSema、セマグルチド、cagrilintide(いずれも2.4mgまで漸増)をそれぞれ週1回皮下投与した。主要エンドポイントはHbA1cのベースラインから32週目までの変化量で、副次エンドポイントは体重、空腹時血糖値、CGMパラメータ、安全性であった。 ベースラインから32週までのHbA1c値と空腹時血糖値の平均変化は、CagriSema群は、cagrilintide群よりも有意に変化幅が大きかったが、セマグルチド群とは有意差は認められなかった。また体重の平均変化は、CagriSema群-15.6%、セマグルチド群-5.1%、cagrilintide群-8.1%と、CagriSema群はセマグルチド群、cagrilintide群のいずれよりも減少幅が有意に大きかった。これらの結果より、セマグルチドとcagrilintideの併用は、セマグルチド単独に比べてHbA1c値と空腹時血糖値の有意な改善は認めないが、体重に関してはセマグルチド単独よりさらに減少することが示された。 有害事象については、CagriSema群、セマグルチド群、cagrilintide群のいずれの群も同程度であり、消化器系有害事象の頻度が高かった。レベル2およびレベル3の低血糖の発現はいずれの群にも認めなかった。またDexcom G6を用いたCGMのデータにおいても低血糖を伴わず良好な血糖プロファイルが確認された。 今回発表されたCagriSemaの第II相試験で、週1回投与のセマグルチド2.4mgとcagrilintide 2.4mgの配合剤は、過体重の2型糖尿病患者の減量に有効である可能性が示された。第III相試験では症例数を1,200例に増やして現在検討が行われているので、その結果を待ちたい。残念ながら、日本ではセマグルチドはまだ1mgまでしか使えず、アミリンアナログは承認されていない。肥満を伴う2型糖尿病の治療の格差はますます広がるばかりである。

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糖尿病予備群は食後高血糖是正により心血管転帰が改善

 食後高血糖への介入が転帰改善につながる可能性を示唆するデータが報告された。国内で実施された多施設共同研究「DIANA研究」終了後の追跡観察調査が行われ、国立循環器病研究センター心臓血管内科部門冠疾患科の片岡有氏らによる論文が、「Journal of Diabetes and its Complications」5月号に掲載された。 糖尿病では食後のみでなく食前の血糖値も高くなるが、糖尿病予備群と言われる75gブドウ糖負荷試験にて診断可能な耐糖能異常(impaired glucose tolerance;IGT)や初期の糖尿病は、食前の血糖値は正常だが食後の高血糖を伴う。食後の高血糖は心血管疾患発症のリスク因子であることを示唆する多くの疫学研究結果が報告されている。しかしながら、食後高血糖への治療介入により、心血管疾患発症リスクが抑制されるかという点については、いまだ十分に明らかになっていない。 大阪府済生会富田林病院の宮崎俊一氏は、冠動脈疾患(CAD)を合併したIGTあるいは初期糖尿病患者を対象として、食後高血糖を改善させる薬剤による冠動脈硬化の進展抑制効果を食事・運動療法と比較する前向き無作為化試験「DIANA研究」を実施した。その研究では、食事・運動療法と比較して1年間の食後高血糖に対する薬物治療の冠動脈硬化進展抑制効果は認められなかった。しかしながら、薬物あるいは食事・運動療法いずれの治療下においても、治療開始から1年後に食後高血糖が改善していた症例は、冠動脈硬化進展が有意に抑制されていた。今回の報告は、DIANA研究終了後に実施された追跡観察調査の結果であり、1年間の食後高血糖への治療介入が、その後の約10年間の心血管疾患発症に及ぼす効果について検討された。 DIANA研究では302人の患者を、α-グルコシダーゼ阻害薬(ボグリボース)群、グリニド薬(ナテグリニド)群、あるいは食事・運動療法群の3群に無作為に割り付け、1年間の介入終了後は主治医の裁量による治療が継続されていた。このうち、243人が追跡調査の解析対象とされ、その平均年齢は64.6±9.3歳、女性が13.6%であり、IGTが58.9%、初期の2型糖尿病は41.1%であった。主要評価項目は、観察期間中の全死亡、非致死性心筋梗塞、緊急冠動脈血行再建術を含めた主要心血管イベント(MACE)の発生率と定義された。 中央値9.8年(範囲7.1~12.8)の観察期間におけるMACE発生件数は91件であった。DIANA研究において食後血糖改善を目指した薬物治療群のMACE発生率は、食事・運動療法群と有意差を認めなかった〔ボグリボース群はハザード比(HR)1.07(95%信頼区間0.69~1.66)、ナテグリニド群はHR0.99(同0.64~1.55)〕。MACEを構成する全死亡、非致死性心筋梗塞、血行再建術それぞれの発生率についても、薬物治療群と食事・運動療法群の間に有意差は見られなかった。IGT、初期糖尿病それぞれにおいても、薬物治療群のMACE発生率は食事・運動療法群と同等であった。 本研究では、薬物あるいは食事・運動療法いずれの治療下においても、治療開始から1年後における糖代謝改善の有無(IGTから正常耐糖能への変化、糖尿病からIGTあるいは正常耐糖能への変化)により対象症例を2群に分類しMACEの発生率が比較された。対象症例の55.9%は糖代謝改善を認めたが、MACE発生率は非改善群と有意差を認めなかった〔HR0.78(0.51~1.18)〕。 対象症例を、IGT、初期糖尿病に層別化して検討を行った。IGTの症例においては、IGTから正常耐糖能へ改善していた群は、非改善群に比して観察期間中のMACE発生率が有意に低率であった〔HR0.55(0.31~0.97)〕。年齢、性別、インスリン抵抗性(HOMA-IR)、血圧、スタチンやβ遮断薬使用を調整後も、結果は同様であった〔HR0.44(0.23~0.86)〕。一方、初期糖尿病症例では、IGTあるいは正常耐糖能へ改善していた群のMACE発生率は、非改善群と比較して有意差を認めなかった〔HR1.49(0.70~3.19)〕。 著者らは本研究の限界点として、post-hocの事後解析であること、無作為化割り付けによる介入期間が1年間と比較的短いこと、観察期間中の糖代謝の変化のデータは収集していないことなどを挙げている。α-グルコシダーゼ阻害薬のアカルボースによる心血管イベント発生率の減少を報告した先行研究「STOP-NIDDM」は介入期間が長く、IGTのみを対象としており、CADを有する症例は4.8%のみであった。一方、本研究はCADをすでに有しているIGTあるいは初期糖尿病症例を対象としていることから、著者らは、α-グルコシダーゼ阻害薬の心血管疾患発症に対する効果が異なった可能性を述べている。これらの考察の上で論文の結論は、「CADのあるIGT患者の長期予後改善においては、正常耐糖能への改善を目指した介入治療が必要と考えられる」と記されている。

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手術前はオゼンピックやウゴービの使用を控えるべし

 米国麻酔科学会(ASA)が6月29日、話題の肥満症治療薬であるオゼンピックやウゴービ(いずれも一般名はセマグルチド)の使用者で、全身麻酔を伴う手術を受ける予定のある人は、手術前日、または手術当日にこれらの薬剤の使用を控えるべきだとする指針を提示した。 糖尿病治療薬として知られるオゼンピックやウゴービを含むGLP-1受容体作動薬は、インスリンの分泌を促すとともに食欲抑制効果を有することから、肥満症治療薬としても注目を浴びている。GLP-1受容体作動薬には、胃の消化運動を抑制して摂取した食べ物をより長く胃の中にとどめておく作用がある。そのため、この薬剤を使用すると、食べる量が減り、それが減量につながる。 しかし、全身麻酔や深鎮静に際しては、胃の中に残存している食べ物は患者の嘔吐リスクを増大させる。ASA会長のMichael Champeau氏は、「胃の中に食べ物が残っていないはずなのに、手術の直前に患者が嘔吐したことが報告されている。そのような事例報告や症例報告を耳にしてすぐに、われわれは、GLP-1受容体作動薬の作用や効果に思い当たった」と話す。 ASAは、GLP-1受容体作動薬を使用している人には、手術前に使用を中止するよう勧めている。例えば、同薬剤を1日1回使用している場合には、手術当日の朝に1日分の使用を、週に1回使用している場合には、手術が終わるまで使用を控えるべきだという。「GLP-1受容体作動薬を毎週日曜日に使用している人が水曜日に手術を受けるのなら、手術前の日曜日には使用してはならない。週1回の使用なら、少なくとも手術の前の週から中止しなければならない」とChampeau氏は補足している。 患者が手術前日に夕食を控えるよう指示されるのには理由があるという。Champeau氏は、「麻酔薬が最初に発見された1840年代には、エーテルで眠らせた患者が嘔吐し、肺に吸い込まれた吐瀉物がひどい肺炎を起こしたり、患者が死んでしまうことが何度も起きた。当時、胃の中に食べ物が残っていると、このようなことが起こり得ることを、誰も知らなかったからだ。これは、全身麻酔の主要な合併症であり、その発生を最小限にとどめるための方法を見つけ出さなければならないことが、非常に早い段階で明らかになった」と説明する。 以上のような理由から、麻酔科医は手術前の絶食時間にこだわる。Champeau氏は、「われわれ麻酔科医は、常に人々をいら立たせているといっても過言ではない。患者が与えられた指導に従わず、手術当日の朝、サンドイッチやトースト、卵などを食べてから手術に臨むと、患者と外科医の双方をいら立たせることになる。なぜなら、基本的にはそうした患者には手術を開始せず、決められた時間、待たせることにしているからだ」と話す。 Champeau氏は、糖尿病をコントロールするためにGLP-1受容体作動薬を使用している患者について、「同薬剤の使用を所定の期間を超えて控える場合には、別の糖尿病治療薬に変更して糖尿病をコントロールしなければならないため、糖尿病を管理している医師のところに行く必要があるだろう」と説明している。 なお、米ジョンズ・ホプキンス大学によれば、GLP-1受容体作動薬にはオゼンピックやウゴービの他に、デュラグルチド(商品名トルリシティ)、エキセナチド(商品名バイエッタ)、リラグルチド(商品名ビクトーザ)、リキシセナチド(アドリキシン、日本での販売名はリキスミア)などがある。

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1回の内視鏡治療で2型糖尿病患者のインスリン治療が不要になる可能性

 1時間ほどの内視鏡治療で、2型糖尿病患者のインスリン治療が不要となる可能性を示唆する研究結果が、米国消化器病週間(DDW2023、5月6~9日、米国・シカゴ)で報告された。アムステルダム大学(オランダ)のJacques Bergman氏らの研究によるもの。同氏はDDW2023に合わせて開催されたメディア対象ブリーフィングにおいて、「1回の介入で少なくとも1年間は治療効果が維持された。この治療法は2型糖尿病の管理を大きく変えるかもしれない」と語った。 検討された新たな治療法は、電気パルスを用いて十二指腸の粘膜の表層を切除する内視鏡手術で、「Recellularization via electroporation therapy(ReCET)」と名付けられている。この治療法が奏効するメカニズムはまだ完全には理解されていない。ただし研究者らは、十二指腸のシグナル伝達の異常のためにインスリン抵抗性が生じている状態で、組織構造を維持したまま、シグナル伝達が劣化した細胞のアポトーシスと再生を誘導することが、インスリン感受性の回復につながると考えている。また、熱などを用いるアブレーションと異なり、組織へのダメージが少ないため、治療に伴う合併症のリスクが低いことも、この手法のメリットとして挙げられるという。 今回発表された研究は、この治療法に必要な技術を所有している米国のEndogenex社の資金提供により実施された。基礎インスリンにより血糖管理されている28~75歳の14人の2型糖尿病患者を対象とするパイロット研究であり、全員に対してこの治療を施行。手技は約1時間で終了し、全員が当日に帰宅した。その後、2週間にわたりエネルギー量が管理された流動食を摂取。2週間後からはGLP-1受容体作動薬であるセマグルチドの投与を開始し、1mg/週まで増量した。内視鏡治療に伴う重篤な有害事象は発生しなかった。 12カ月後の追跡調査で、86%(14人中12人)は、インスリンを使用することなく血糖コントロールを維持していた。空腹時血糖値は、158mg/dLから119mg/dLに、HbA1cは7.2%から6.6%へと有意に改善し、また肝臓内の脂肪量が50%以上低下していた。研究者によると、セマグルチドによる治療のみでもインスリン療法が不要になることがあるが、その割合は通常、投与された患者の20%程度にとどまるとしている。Bergman氏は、「今後3カ月以内に大規模な研究が開始される予定で、それが成功すれば3~5年後には、この手技が2型糖尿病患者の新たな治療選択肢になるのではないか」と話している。 この報告について、米SSMヘルス・セント・アンソニー病院のPooja Singhal氏は、「この処置には多くの可能性がある。血糖値をコントロールする治療ではなく疾患を修飾する治療であって、画期的な方法と成り得る」と述べている。ただし、「この処置が2型糖尿病の改善においてどのような役割を果たすかについて確かな結論を出すには、より多くの研究が必要である」とも話している。 また、今回の研究では肝臓内の脂肪蓄積に対しても顕著な好ましい影響が認められたことに関してSinghal氏は、「肝疾患の治療という点でも非常に興味深い結果だ」と指摘。同氏によると、「非アルコール性脂肪性肝疾患は、今後数年で重度の肝線維化や肝硬変の最大の原因となるだろう」とのことだ。 なお、学会発表された研究は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものとみなされる。また、Bergman氏はEndogenex社の顧問を務めている。

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抗精神病薬誘発性メタボリックシンドローム~ナラティブレビュー

 重篤な精神疾患である統合失調症は、世界の障害の主な原因トップ10の1つであり、人口の約1%に影響を及ぼす。統合失調症に対する最良の治療選択肢として、抗精神病薬治療が挙げられるが、抗精神病薬治療では脂質異常症を含むメタボリックシンドロームリスクが増加する。実際に、統合失調症患者は、一般集団と比較し、メタボリックシンドロームリスクが高いといわれている。カナダ・マニトバ大学のPelumi Samuel Akinola氏らは、抗精神病薬誘発性メタボリックシンドロームの有病率、メカニズムおよび対処法について、まとめて報告した。Metabolic Syndrome and Related Disorders誌オンライン版2023年6月22日号の報告。 本研究は、ナラティブレビューとして実施した。PubMedを用いて電子データベースMedlineを検索し、抗精神病薬を使用した成人集団におけるメタボリックシンドロームの有病率および対処法を調査した研究を抽出した。 主な結果は以下のとおり。・抗精神病薬で治療されている患者におけるメタボリックシンドロームの有病率は、37~63%の範囲であった。・抗精神病薬の影響には、体重増加、腹囲の増加、脂質異常症、インスリン抵抗性2型糖尿病、高血圧などが含まれた。・メタボリックシンドローム発症を促進する薬剤として、クロザピン、オランザピンが報告されている。・メタボリックシンドローム患者では、代謝系副作用リスクの低い抗精神病薬(ルラシドン、lumateperone、ziprasidone、アリピプラゾールなど)を優先して用いる必要がある。・抗精神病薬誘発性メタボリックシンドロームに対する非薬物療法として、有酸素運動、食事カウンセリングが有効であることが確認されている。・このような患者の体重増加に対して有効性が確認された薬物療法は、ほとんどなかった。・抗精神病薬誘発性メタボリックシンドロームは、リスクを早期に認識し、注意深くモニタリングすることが求められる。・メタボリックシンドロームまたは関連症状に対する1次および2次予防は、抗精神病薬使用患者の死亡リスクの減少に役立つ可能性がある。

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GLP-1RAの上乗せが糖尿病患者のMACE、心不全リスクの低下と関連

 糖尿病患者に対する心血管疾患一次予防目的での血糖降下薬の上乗せにおいて、DPP4阻害薬(DPP4i)に対するGLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)の優位性を示唆するデータが報告された。米退役軍人省テネシーバレー・ヘルスケアシステム高齢者研究教育臨床センターのTadarro L. Richardson Jr.氏らの研究によるもので、詳細は「Annals of Internal Medicine」に5月9日掲載された。主要心血管イベント(MACE)と心不全の発症率に有意差が認められたという。 心不全リスクのある患者に対するGLP-1RAやSGLT2阻害薬(SGLT2i)のエビデンスが蓄積されてきているが、MACEの一次予防におけるそれら薬剤の有用性は必ずしも明確でない。今回報告された研究では、MACE未発症の糖尿病患者に血糖降下薬を上乗せした場合に、その後のMACEや心不全発症リスクが、追加された薬剤によって異なるかが検討された。研究仮説として、DPP4iよりもGLP-1RAまたはSGLT2iを上乗せした方が、イベント発生率が抑制されると予測された。 研究デザインは米国の退役軍人を対象とした遡及的コホート研究で、2001~2019年に治療を受けた18歳以上の糖尿病患者のデータを解析に利用。メトホルミン、SU薬、またはインスリンが処方された状態で、DPP4i、GLP-1RA、SGLT2iが追加処方されていた、心血管疾患の既往のない患者を抽出。MACE(急性心筋梗塞、脳卒中、心血管死)、心不全入院の発生率を比較した。解析対象者数は、GLP-1RAとDPP4iを比較するコホートでは同順に2万8,759人、2万8,628人、SGLT2iとDPP4iを比較するコホートでは2万1,200人、2万1,170人であり、年齢は中央値67歳、糖尿病罹病期間は8.5年だった。 共変量を調整後、GLP-1RAが上乗せされていた群はDPP4iが上乗せされていた群に比べて、MACEと心不全入院のリスクが有意に低かった〔調整ハザード比(aHR)0.82(95%信頼区間0.72~0.94)、1,000人年当たりのイベント数の調整リスク差(aRD)3.2(同1.1~5.0)〕。一方、SGLT2iが上乗せされていた群のMACE、心不全入院リスクは、DPP4iが上乗せされていた群と有意差がなかった〔aHR0.91(0.78〜1.08)、aRD1.28(−1.12〜3.32)〕。 以上より著者らは、「心血管疾患の既往のない糖尿病患者に対するGLP-1RAの追加処方は、DPP4iを追加した場合に比べて、MACEおよび心不全入院のリスクが低いという関連が認められた。SGLT2iの追加は有意な関連がなかった」と結論。「これらの知見は、糖尿病患者の心血管疾患抑制戦略に関する新たな仮説を生み出すものであり、一次予防におけるこれら薬剤の有用性の評価を継続していく必要がある」と付け加えている。なお、本研究の限界点としては、残余交絡が存在する可能性、および、第一選択薬としてDPP4i、GLP-1RA、SGLT2iが用いられていた場合の影響が検討されていないことが挙げられるとしている。

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週1回の持効型insulin icodecの第IIIa相試験結果(ONWARDS 3)/JAMA

 インスリン製剤による治療歴のない2型糖尿病患者において、insulin icodecの週1回投与はインスリン デグルデクの1日1回投与と比較して、HbA1cの低下が有意に優れ、その一方で体重の変化には差がないことが、米国・テキサス大学サウスウェスタン医療センターのIldiko Lingvay氏らが実施した「ONWARDS 3試験」で示された。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2023年6月24日号で報告された。11ヵ国での無作為化実薬対照第IIIa相非劣性試験 ONWARDS 3試験は、目標達成に向けた治療(treat-to-target)を行う無作為化ダブルマスク・ダブルダミー・実薬対照第IIIa相非劣性試験であり、2021年3月~2022年6月の期間に11ヵ国92の施設で実施された(Novo Nordisk A/Sの助成を受けた)。 対象は、インスリン製剤による治療歴がなく、インスリン製剤以外の血糖降下薬による治療を受けており、HbA1cが7~11%(53~97mmol/mol)の2型糖尿病の成人患者であった。 被験者は、insulin icodec週1回投与+プラセボ1日1回投与(icodec群)、またはインスリン デグルデク1日1回投与+プラセボ週1回投与を受ける群(デグルデク群)に、1対1の割合で無作為に割り付けられた。 主要エンドポイントは、ベースラインから26週目までのHbA1cの変化量であり、非劣性マージンは0.3ポイントとした。 588例(平均[SD]年齢58[10]歳、女性219例[37%])が登録され、294例がicodec群に、294例がデグルデク群に割り付けられた。564例(96%)が試験を完遂した。体重の変化には差がない 平均HbA1c値は、icodec群ではベースラインの8.6%から26週時には7.0%に低下し(推定変化量:-1.6ポイント)、デグルデク群では8.5%から7.2%まで減少し(-1.4ポイント)(推定治療群間差[ETD]:-0.2ポイント、95%信頼区間[CI]:-0.3~-0.1)、icodec群のデグルデク群に対する非劣性が示された(p<0.001)。また、優越性検定ではicodec群の優越性が確認された(p=0.002)。 空腹時血糖値のベースラインから26週までの変化量の両群間の差(推定変化量:icodec群-54mg/dL vs.デグルデク群-54mg/dL、ETD:0mg/dL、95%CI:-6~5、p=0.90)、治療期間の最後の2週間における1週当たりの平均インスリン用量の差(ETD:1.10、95%CI:0.98~1.22、p=0.90)、体重のベースラインから26週時までの変化量の両群間の差(推定変化量:icodec群2.8kg vs.デグルデク群2.3kg、ETD:0.46、95%CI:-0.19~1.10、p=0.17)には、有意差は認められなかった。 レベル2(臨床的に重要)と3(重度)を合わせた低血糖の発生割合は、ベースラインから31週まででは数値上はデグルデク群よりもicodec群で高かったものの有意な差はなかった(曝露の人年当たりの割合:0.31件vs.0.15件、推定率比:1.82、95%CI:0.87~3.80、p=0.11)が、26週までではicodec群で有意に高かった(0.35件vs.0.12件、3.12、1.30~7.51、p=0.01)。 著者は、「26週投与後におけるHbA1c低下の0.2%ポイントの差の臨床的意義はわずかと考えられる。臨床においてinsulin icodecによる治療を考慮する場合、週1回投与のわずかな血糖改善効果と利便性を、低血糖リスクのわずかな増加と比較検討する必要がある」としている。

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GIP/GLP-1/グルカゴン受容体作動薬retatrutideの有効性・安全性/Lancet

 2型糖尿病患者の治療において、グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)、グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)、グルカゴンの3つの受容体の作動活性を有する新規単一ペプチドretatrutideは、プラセボと比較して、血糖コントロールについて有意かつ臨床的に意義のある改善を示すとともに、頑健な体重減少をもたらし、安全性プロファイルはGLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬とほぼ同様であることが、米国・Velocity Clinical Research at Medical CityのJulio Rosenstock氏らの検討で示された。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2023年6月26日号で報告された。米国の無作為化プラセボ/実薬対照第II相試験 本研究は、米国の42施設が参加した二重盲検無作為化ダブルダミー・プラセボ/実薬対照第II相試験であり、2021年5月~2022年6月の期間に患者のスクリーニングと無作為化が行われた(Eli Lilly and Companyの助成を受けた)。 年齢18~75歳、HbA1c値7.0~10.5%(53.0~91.3mmol/mol)、BMI値25~50の2型糖尿病患者が、スクリーニング前の少なくとも3ヵ月間、食事療法と運動療法のみの治療、または安定用量のメトホルミン(≧1,000mg、1日1回)による治療を受けた後、次の8つの群(いずれも週1回皮下投与)に、2対2対2対1対1対1対1対2の割合で無作為に割り付けられた。 (1)プラセボ、(2)デュラグルチド1.5mg、(3)retatrutide 0.5mg、(4)同4mg(開始用量2mg)、(5)同4mg(漸増せず)、(6)同8mg(開始用量2mg)、(7)同8mg(開始用量4mg)、(8)同12mg(開始用量2mg)。 主要エンドポイントは、ベースラインから24週時点までのHbA1cの変化であり、副次エンドポイントには、36週時点までのHbA1cおよび体重の変化が含まれた。 281例が登録され、プラセボ群に45例、デュラグルチド1.5mg群に46例、retatrutide 0.5mg群に47例、同4mg漸増群に23例、同4mg群に24例、同8mg緩徐漸増群に26例、同8mg急速漸増群に24例、同12mg漸増群に46例が割り付けられた。全体の平均年齢は56.2(SD 9.7)歳、女性が156例(56%)で、平均糖尿病罹患期間は8.1(SD 7.0)年、白人が235例(84%)であり、平均HbA1cは8.3%(SD 1.1)、平均BMI値は35.0(SD 6.3)、平均体重は98.2kg(SD 21.1)であった。脂質プロファイルを改善し、血圧を低下させる効果も 24週時におけるHbA1cのベースラインからの最小二乗平均変化は、プラセボ群が-0.01%(SE 0.21)、デュラグルチド1.5mg群が-1.41%(0.12)であったのに対し、retatrutide 0.5mg群は-0.43%(0.20)、4mg漸増群は-1.39%(0.14)、4mg群は-1.30%(0.22)、8mg緩徐漸増群は-1.99%(0.15)、8mg急速漸増群は-1.88%(0.21)、12mg漸増群は-2.02%(0.11)であった。 retatrutideによるHbA1cの低下は、プラセボ群と比較して0.5mg群を除く5つの群で有意に大きく(いずれもp<0.0001)、デュラグルチド1.5mg群との比較では8mg緩徐漸増群(p=0.0019)と12mg漸増群(p=0.0002)で有意に大きかった。36週時にも、これらと一致した知見が得られた。 また、体重は36週の時点でretatrutideの用量依存性に減少し、減少率は0.5mg群3.19%(SE 0.61)、4mg漸増群7.92%(1.28)、4mg群10.37%(1.56)、8mg緩徐漸増群16.81%(1.59)、8mg急速漸増群16.34%(1.65)、12mg漸増群16.94%(1.30)であった。プラセボ群の体重減少率は3.00%(0.86)、デュラグルチド1.5mg群は2.02%(0.72)だった。 体重減少は、プラセボ群と比較してretatrutideの用量が4mg以上の群ではいずれも有意に大きく(4mg漸増群:p=0.0017、これ以外のすべての群:p<0.0001)、デュラグルチド1.5mg群との比較でも4mg以上の群で有意に大きかった(いずれもp<0.0001)。 軽度~中等度の消化器系の有害事象(吐き気、下痢、嘔吐、便秘など)が、retatrutide群の35%(67/190例、0.5mg群の13%[6/47例]から8mg急速漸増群の50%[12/24例]までの範囲)、プラセボ群の13%(6/45例)、デュラグルチド1.5mg群の35%(16/46例)で発現した。試験期間中に重篤な低血糖の報告はなく、死亡例もなかった。 著者は、「同時に、retatrutideは脂質プロファイルを改善し、血圧を低下させ、心代謝系のアウトカムを全般的に改善した」とし、「これら第II相試験の知見は、2型糖尿病および他の肥満関連合併症を有する肥満患者を対象とする第III相試験において、retatrutideの有効性と安全性をさらに検討することを支持するものである」と指摘している。

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糖尿病発症年齢が若いほど認知症リスクが高い

 前糖尿病は認知症リスクが高いものの、糖尿病への移行を防ぐことができれば、認知症リスクの上昇を抑えることができる可能性を示すデータが報告された。また、より若い年齢で糖尿病に移行した場合は、認知症リスクがより高くなることも示された。米ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生学大学院のMichael Fang氏らの研究によるもので、詳細は「Diabetologia」に5月24日掲載された。 前糖尿病は、血糖値が基準値よりは高いものの、糖尿病の診断基準は満たしていない状態のことで、月日の経過とともに糖尿病に移行しやすい。前糖尿病では肥満などの影響のために、血糖値を下げるホルモンであるインスリンに対する感受性が低下する「インスリン抵抗性」を生じていることが多い。インスリン抵抗性や高血糖は、認知症のタイプとして最も多いアルツハイマー型認知症の原因と考えられている、脳内のアミロイドβやタウ蛋白の蓄積に関与している。Fang氏は、「アミロイドβやタウ蛋白の蓄積は脳細胞の喪失を引き起こす可能性があり、それが認知症につながるのではないか」と解説。また、「前糖尿病が認知症の独立した危険因子なのか、そうではなく、前糖尿病の人は糖尿病になりやすいために認知症のリスクが高いように見えるのか。まだどちらが正しいのか不明だが、われわれの研究結果は後者の影響が強いことを示唆している」と話している。 Fang氏らはこの研究で、一般住民のアテローム性動脈硬化リスク因子に関する大規模疫学研究「ARICスタディ」のデータを解析に用いた。研究参加時点で糖尿病のなかった人は1万1,656人(平均年齢56.8歳)で、そのうち20.0%に当たる2,330人が前糖尿病(HbA1c5.7~6.4%)だった。24.7年の追跡で、前糖尿病群の認知症発症リスクは前糖尿病でない群より有意に高かった〔ハザード比(HR)1.12(95%信頼区間1.01~1.24)〕。ただし、糖尿病に移行したか否かの違いを統計学的に調整すると、この関連の有意性は消失した〔HR1.05(同0.94~1.16)〕。 また、より若い時期に糖尿病を発症した場合に、認知症のリスクがより高くなることも分かった。具体的には、追跡期間中に糖尿病を発症しなかった人に比べて、60歳未満で糖尿病を発症した人の認知症リスクは2.9倍〔HR2.92(2.06~4.14)〕、60歳代で糖尿病を発症した人は1.7倍〔HR1.73(1.47~2.04)〕、70歳代で発症した人は1.2倍〔HR1.23(1.08~1.40)〕だった。80歳を過ぎてから糖尿病を発症した人の認知症リスクは、糖尿病を発症しなかった人と有意差がなかった。 では、前糖尿病の人の糖尿病への移行を防ぐことによって、認知症のリスクは低下するのだろうか?Fang氏は、「その期待はある。前糖尿病の人たちの病態進行を抑制する社会的な取り組みが、認知症による疾病負担の軽減につながるのではないか」と述べている。同氏は、体重管理と糖尿病予防政策などを推進し、人々のより健康的なライフスタイルを奨励することを提案。それによって、糖尿病や認知症の患者数の増加を抑制できる可能性があるとしている。

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第171回 米国でフル承認のアルツハイマー病薬lecanemabの患者負担のほどは?

病状進行を抑制し、認知機能や日常生活機能の低下を遅らせることが第III相試験(Clarity AD)で裏付けられたことを受けて、エーザイとバイオジェンのアルツハイマー病薬lecanemab(商品名:LEQEMBI)が米国で晴れて承認されました1,2,3)。これまでは取り急ぎの承認でしたが、今回フル承認(traditional approval)に至ったことで同国政府の公的保険メディケアの支払対象になる道が開けます4)。メディケアの受給者は65歳以上の高齢者です。ゆえに、高齢者に多いアルツハイマー病の治療のほとんどはメディケアの支払い対象となります。lecanemabの取り急ぎの承認が不動になったら、医師が治療の経過を記録して提出することを条件に同剤の費用を負担するとメディケアは先月発表しています。ただし全額負担ではありません。同剤の薬価は1年当たり2万6,500ドル(約378万円)です。メディケアは同剤の費用の約80%を支払います。残りの20%ほどを患者は自腹か何らかの手段で捻出する必要があります。米国のもう1つの公的保険メディケイドの受給対象でもある一部の低所得の患者は自己負担が一切なく同剤を使えますが、保険がメディケアだけという患者の同剤使用の1年あたりの自腹出費は6,600ドル(約94万円)にも達します5,6,7)。その額はメディケア受給者の所得中央値の5分の1ほどに相当します。日本でlecanemabは今年1月16日に承認申請されて承認審査段階にあります。今回の米国フル承認までのFDAの扱いと同様に国内でも優先審査されており、間もなく9月までには承認される見込みです。いわゆる“太り過ぎ”レベルのBMIのほうがむしろ死亡率が低い話は変わって肥満未満の太り過ぎの人の死亡率は高くなく、どちらかというとむしろ低いことを示した試験結果を紹介します。試験では米国の成人約50万人を体重指標BMIで9つに区切って中央値9年(0~20年)の経過を比較しました。その結果、BMIが30以上で肥満の域の人では適正とされるBMI範囲(22.5~24.9)の人に比べてさすがに死亡率が高かったものの、肥満域未満の太り過ぎの範囲のBMIの人の死亡率は高くありませんでした8)。BMIが肥満の域に達していない範囲で高い人の死亡率はむしろ低く、BMIが25~27.4の人の死亡率はBMIが22.5~24.9の人より5%低いことが示されました9)。BMIが肥満域により近い27.5~29.9の人はなんともっと死亡率が低く、22.5~24.9の人の死亡率を7%下回りました。病気が原因の体重減少の影響を排除することを目的として追跡開始2年以内の死亡例を除外して解析しても同様の結果となりました。目下の分類で太り過ぎの域にあるBMIの人がそれ以下のBMIの人に比べてより健やかと今回の結果をもって結論するのは時期尚早であり、さらなる検討が必要です。今回の結果から言えることは、BMIは死亡率のうってつけの指標というわけではなさそうということであり、脂肪の体内分布などの他の指標の考慮も必要なようです9,10,11)。カロリー制限時の代謝低下を防ぐホルモンを同定太っていることを一概に不健康と決めつけることはできませんが、体重を減らすことは病気治療の有効な手段の1つでもあります。たとえば、食事のカロリーを抑えて体重を減らすことは非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)治療の有効な手立ての1つですし、2型糖尿病患者のインスリンの効きを良くする効果もあります。しかし多くの人の体重減少はたいてい長続きしません。エネルギー消費を抑えるように体が順応してしまうことがその一因ですが、その順応の仕組みはこれまでよくわかっていませんでした。GDF15というホルモンを高脂肪食のネズミに与えると肥満が減り、GDF15の受容体であるGFRALを介した摂食(あるいは食欲)抑制のおかげで血糖値推移が改善することが先立つ研究で知られています。エネルギー消費を抑えてしまう順応をそのGDF15が食い止め、カロリー制限中でもエネルギー消費が維持されるようにする働きを担うことがカナダ・マクマスター大学のチームによる研究で示されました12)。GDF15を与えたマウスの体重は摂取カロリーが同じのGDF15非投与マウスに比べて減り続け、その作用は脂肪ではなく筋肉でのエネルギー消費亢進によることが判明しました。人ではどうかを今後の研究で検証する必要があります。人でのGDF15の働きを調べることで食事に気を付けても体重がなかなか減らない人に有益な手立てをやがて生み出せるかもしれません13)。また、肥満治療として注目を集めるGLP-1標的薬との相乗効果も期待できそうです。今回の研究には肥満治療のGLP-1標的薬を他に先駆けて世に送り出したNovo Nordiskが協力しています。参考1)「LEQEMBI®」(レカネマブ)、アルツハイマー病治療薬として、米国FDAよりフル承認を取得 / エーザイ2)FDA Converts Novel Alzheimer's Disease Treatment to Traditional Approval / PRNewswire3)FDA Grants Traditional Approval for LEQEMBI? (lecanemab-irmb) for the Treatment of Alzheimer's Disease / PRNewswire4)US FDA grants standard approval of Eisai/Biogen Alzheimer's drug / Reuters5)Annual Medicare spending could increase by $2 to $5 billion if Medicare expands coverage for dementia drug lecanemab / UCLA Health6)Explainer: Who is eligible for the new FDA-approved Alzheimer's drug? / Reuters7)Arbanas JC, et al. JAMA Intern Med. 2023 2023 May 11. [Epub ahead of print]8)Visaria A, et al. PLoS One. 2023;18:e0287218. 9)Having an 'overweight' BMI may not lead to an earlier death / New Scientist10)‘Overweight’ BMI might be set too low / Nature11)No increase in mortality for most overweight people, study finds / Eurekalert12)Dongdong Wang D, et al. Nature. 2023;619:143-150.13)Having an 'overweight' BMI may not lead to an earlier death / New Scientist

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スタチンで肝疾患を予防できる可能性の高い人は

 スタチン服用が肝疾患を予防する可能性が示唆されている。今回、ドイツ・University Hospital RWTH AachenのMara Sophie Vell氏らは、肝疾患・肝細胞がん発症の減少、および肝臓関連死亡の減少と関連するかどうかを3つのコホートで検討した。その結果、スタチン服用者は非服用者に比べ、肝疾患発症リスクが15%低く、肝細胞がん発症リスクについては最大74%低かった。また、このスタチンのベネフィットは、とくに男性、糖尿病患者、肝疾患の遺伝的リスクがある人で得られる可能性が高いことが示唆された。JAMA Network Open誌2023年6月26日号に掲載。 本コホート研究には、UK Biobank(2006~10年のベースラインから2021年5月の追跡終了まで登録、37~73歳)、TriNetX(2011~20年のベースラインから2022年9月の追跡終了まで登録、18~90歳)、およびPenn Medicine Biobank(2013年から2020年12月の追跡終了まで登録、18~102歳)のデータを使用した。年齢、性別、BMI、民族、糖尿病(インスリンもしくはビグアナイドの使用の有無)、高血圧、虚血性心疾患、脂質異常症、アスピリン服用、処方薬剤数により、傾向スコアマッチングを用いて登録者をマッチングした。主要アウトカムは肝疾患および肝細胞がんの発症と肝臓関連死亡とした。 主な結果は以下のとおり。・マッチングされた178万5,491例を評価した。追跡期間中に肝臓関連死亡581例、肝細胞がん発症472例、肝疾患発症9万8,497例が登録された。平均年齢は55〜61歳で、男性の割合がやや高かった(最大56%)。・肝疾患の診断を受けたことがないUK Biobankの登録患者(20万5,057例)において、スタチン服用者(5万6,109例)は肝疾患発症リスクが15%低かった(ハザード比[HR]:0.85、95%信頼区間[CI]:0.78~0.92、p<0.001)。また、スタチン服用者は肝臓関連死亡リスクが28%低く(HR:0.72、95%CI:0.59~0.88、p=0.001)、肝細胞がん発症リスクが42%低かった(HR:0.58、95%CI:0.35~0.96、p=0.04)。・TriNetX(156万8,794例)では、スタチン服用者の肝細胞がん発症リスクが74%低かった(HR:0.26、95%CI:0.22~0.31、p=0.003)。・スタチンの肝保護作用は時間と用量に依存し、Penn Medicine Biobank(1万1,640例)では、スタチン服用1年後に肝疾患発症リスクが有意に低下した(HR:0.76、95%CI:0.59~0.98、p=0.03)。・男性、糖尿病患者、ベースライン時にFibrosis-4 indexが高かった患者で、とくにスタチンが有用だった。また、PNPLA3 rs738409リスク対立遺伝子のヘテロ接合体保因者においてスタチンが有用で、肝細胞がん発症リスクは69%低かった(UK Biobank、HR:0.31、95%CI:0.11~0.85、p=0.02)。 今回の3つのコホート研究の結果、スタチンと肝疾患予防に有意な関連が示され、とくに男性、糖尿病患者、肝疾患の遺伝的リスクのある人で有用だった。著者らは「特定のリスクカテゴリーに該当する人はスタチンで大きなベネフィットを得る可能性が高いので、スタチンの適応があるかどうかを判断するために十分に評価を受ける必要がある」としている。

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第170回 糖尿病の細胞移植治療を米国が承認

死亡した人の膵臓から単離したランゲルハンス島を成分とする1型糖尿病の細胞治療Lantidra(donislecel-jujn)が専門家一堂の承認賛成から約2年の歳月を経て米国FDA承認に漕ぎ着けました1)。Lantidraの開発はさかのぼること20年ほど前の2004年に米国・イリノイ大学で始まり2)、同大学育ちの細胞治療研究会社CellTrans社に2016年に引き継がれ、締めて30例ばかりが参加した第I~III相試験の結果をよりどころにして今から3年前の2020年にFDAに承認申請されました。その申請の翌年2021年4月15日に米国FDAが招集した専門家17人のうち大半の12人がLantidraの効果は害を押して余りあると判断し3)、それから2年後の先週6月28日についに承認されました。Lantidraを使えるのは徹底的な治療や教育にも関わらず重度低血糖を繰り返すがためにHbA1c目標未達成の1型糖尿病患者に限られます。第I~III相試験もそのような1型糖尿病患者を募って実施されました。第I~III相試験では30例にLantidraが1~3回肝門脈に投与されました。残念ながら5例はインスリン不要になった日がありませんでしたが、大半の21例がインスリン要らずで1年以上を過ごしました。また、それら21例の約半数10例は5年を超えてインスリン不要な状態を保っており、移植細胞の10年間体内生存率は60%超と推定されています4)。幹細胞起源の治療の開発も進むFDAはシカゴにあるイリノイ大学病院の一画でLantidraを作ることを認可しています5)。Lantidraは死亡者の膵臓から作るゆえ供給は限定的になりそうです。一方、嚢胞性線維症治療薬で一時代を築いて今や屈指のバイオテクノロジー企業へと成長したVertex Pharmaceuticals社はよりあまねく供給しうる細胞治療を目指しており、先月末の米国糖尿病協会(ADA)年次総会で有望な第I/II相試験途中成績を披露しています。Vertex社の開発品はVX-880と呼ばれ、患者以外の他者の幹細胞(同種幹細胞)から作るインスリン生成島細胞を成分とします。第I/II相試験ではこれまでに1型糖尿病患者7例にVX-880が投与されています。そのうち1例は途中で同意を撤回して試験を離脱しましたが、残りの6例の体内には島細胞が定着してインスリンを生成しました。6例中2例は移植から1年が経過し、両者とも重度低血糖なしでHbA1c低下(7.0%未満に落ち着いているか元から差し引きで少なくとも1%減少)を達成し、さらにはインスリンに頼らず過ごせています6)。有望な成績を上げているVX-880ですがLantidraと同様の欠点もあります。それは免疫に排除されないようにするために免疫抑制薬がずっと必要ということです。そこでVertex社はさらに先を見据え、免疫抑制薬の継続が不要の細胞治療VX-264の開発も進めています。VX-264もVX-880と同様に同種幹細胞から作った島細胞を成分としますが、免疫が手出しできないようにする包みで覆うという一工夫が施されています。VX-264もVX-880と同様に第I/II相試験が進行中で、被験者の組み入れが行われています。およそ17例が組み入れられる予定です。参考1)FDA Approves First Cellular Therapy to Treat Patients with Type 1 Diabetes / PRNewswire2)Piemonti L, et al. Transpl Int. 2021;34:1182-1186. 3)Food and Drug Administration Center for Biologics Evaluation and Research Office of Tissues and Advanced Therapies Cellular, Tissue and Gene Therapies Advisory Committee Meeting April 15, 2021 69th Meeting Summary Minutes OPEN Session / FDA4)Cellular, Tissue, and Gene Therapies Advisory Committee April 15, 2021 Meeting Presentation- Clinical / FDA5)June 28, 2023 Approval Letter - LANTIDRA / FDA6)Vertex Presents Positive VX-880 Results From Ongoing Phase 1/2 Study in Type 1 Diabetes at the American Diabetes Association 83rd Scientific Sessions / BUSINESS WIRE

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高齢者糖尿病診療ガイドライン2023、薬物療法のエビデンス増え7年ぶりに改訂

 日本老年医学会・日本糖尿病学会の合同編集である『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』が5月に発刊された。2017年時にはなかった高齢者糖尿病における認知症、サルコペニア、併存疾患、糖尿病治療薬などのエビデンスが集積したことで7年ぶりの改訂に至った。今回、日本老年医学会の編集委員を務めた荒木 厚氏(東京都健康長寿医療センター糖尿病・代謝・内分泌内科)に『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』の改訂点について話を聞いた。 高齢者糖尿病とは、「65歳以上の糖尿病」と定義されるが、医学的な観点や治療、介護上でとくに注意すべき糖尿病高齢者として「75歳以上の高齢者と、身体機能や認知機能の低下がある65~74歳の糖尿病」と、より具体的な定義付けもなされている。高齢者糖尿病診療ガイドライン2023の改訂ポイント6点 日本老年医学会、日本糖尿病学会の両学会は上記のような高齢者糖尿病患者における「低血糖による弊害」「認知症などの併存疾患の影響」などの課題解決のために2015年に合同委員会を設立、その2年後に高齢者糖尿病診療ガイドライン2017年版を発刊した。当時は治療薬のエビデンスなどが乏しかったが、国内外の新しいエビデンスが集積したこと、新薬が登場したこと、そして併存疾患に対する対策や治療目的が明確になったことから、今回6年ぶりの発刊となった。そのような背景のある『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』について、荒木氏は改訂ポイント6点を示した。<注目すべき6つのポイント>1)2017年時点では得られていなかった認知症、フレイル、サルコペニア、悪性腫瘍、心不全などの併存疾患やmultimorbidityに関するエビデンスが記載されている、Question・CQ(Clinical Question)に反映2)血糖コントロール目標を設定するためのカテゴリー分類を行うことができる認知・生活機能質問票(DASC-21)を掲載[p.228付録3]3)運動療法が糖尿病のみならず認知機能やフレイルにも良い影響を与える4)薬物療法ではSGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬の心血管疾患や腎イベントに対するリスク低減効果に関するエビデンスも集積5)2型糖尿病患者の注射のアドヒアランス低下の対策として、インスリン治療の単純化を記載6)社会サポート制度の活用 このほか、「高齢者糖尿病患者の背景・特徴については第I章に、治療については第IX章p.151~170に掲載されているので一読してほしい」とし、「治療の基本的な内容は『糖尿病治療ガイド2022-2023』にのっとっているので、両書を併せて読むことが理解につながる」とも話した。インスリン治療の単純化はアドヒアランス向上だけでなく、低血糖を減らす 高齢者の場合、腎・肝機能低下による薬剤の排泄・代謝遅延から有害事象を来しやすい。そのため低血糖をはじめ、これまで注意点が強調されることが多かった。一方で、高齢者糖尿病ではポリファーマシーになりやすく、さらに認知機能障害のため服薬アドヒアランスの低下を来しやすい。そのため減薬だけでなく、複雑な処方をシンプルにする“治療の単純化”を行うことが必要になる。2型糖尿病のインスリン治療においても注射のアドヒアランス低下の対策としてインスリン治療の単純化を行う研究が行われている。 これについて同氏は「たとえば、インスリン注射を1日複数回注射している2型糖尿病患者の場合、メトホルミン、DPP-4阻害薬、SGLT2阻害薬などを追加することでインスリン投与回数を1日1回の持効型インスリンのみにすることが治療の単純化となる。このインスリン治療の単純化は、注射回数を1回にしても血糖コントロールは変わらない、もしくは改善し、インスリンの単位数が減ることで低血糖が減ることも報告されてきているため、インスリン治療の単純化は低血糖回避という観点からも有用であると考える。また、複数回のインスリン注射を週1回のGLP-1受容体作動薬やインスリンとGLP-1受容体作動薬の配合剤に変更にすることも治療の単純化となり、低血糖を減らすことが可能となる」とコメント。「これは高齢者のインスリン治療法の大きな進歩」だとも述べ、また、「絶食の不要な経口のGLP-1受容体作動薬において種々の製剤が開発中であり、今後のインスリン治療の単純化にも役立つ可能性がある」ともコメントした。高齢者糖尿病診療ガイドラインにSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬のCQ追加SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬は心・腎イベントに関するCQが『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』に新たに盛り込まれた。―――CQ IX-2:高齢者糖尿病でSGLT2阻害薬は心血管イベントを抑制する可能性がある【推奨グレードB】。CQ IX-3:高齢者糖尿病でSGLT2阻害薬は複合腎イベントを抑制する可能性がある【推奨グレードB】。CQ X-1:高齢者糖尿病でGLP-1受容体作動薬は心血管イベントを抑制する【推奨グレードA】。CQ X-2:高齢者糖尿病でGLP-1受容体作動薬は複合腎イベントを抑制する可能性がある【推奨グレードB】。――― これについて「高齢者糖尿病においてもSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の使用は心・腎イベントのリスクや心不全による再入院リスクを低減させるエビデンスがあり、additional benefitがあることが明らかになった。したがって、この両剤はこれらの心・腎に対するベネフィットと副作用のリスクのバランスを考慮しながら使用する必要がある」と同氏はコメントした。高齢者糖尿病診療ガイドライン2023でマルチコンポーネント運動を推奨 高齢者糖尿病でも若年者同様に運動療法は推奨され、血糖コントロールのみならず脂質異常症、高血圧、生命予後などの改善に有効とされ、『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』でも推奨されている。また、糖尿病のない患者と比べ筋量が減少しやすいため、サルコペニア予防としても重要な位置付けにある。今回、有酸素運動・レジスタンス運動・バランス運動・ストレッチングを組み合わせたマルチコンポーネント運動も推奨されている。ただし、高齢者糖尿病患者が行う際には、年齢や合併症、併存疾患、生活スタイルに合わせることがポイントである。 最後に同氏は、地域社会で高齢者糖尿病患者を支えることが今後より一層求められる時代になることから、『社会サポート制度』(p.217)についても言及し、「認知症然り、糖尿病でも地域で生活を続けていけるように、各自治体で高齢者糖尿病のQOLに寄り添うサービスが設けられている場合がある。たとえば、デイケア、通いの場、訪問看護、訪問栄養指導、訪問薬剤指導がそうであるが、そのようなサービスの存在に踏み込んだことも、本改訂での大きな特徴とも言える」と話した。

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糖尿病の正しい理解と持続性GIP/GLP-1受容体作動薬マンジャロへの期待

 2023年6月8日、日本イーライリリーと田辺三菱製薬は、「2型糖尿病治療におけるアンメットニーズと展望」をテーマに、メディアラウンドテーブルを開催した。マンジャロのHbA1c低下効果について検証されたSURPASS J-mono試験 前半では日本イーライリリー 研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部の今岡 丈士氏が、イーライリリー・アンド・カンパニー(米国)による世界初の持続性GIP/GLP-1受容体作動薬「マンジャロ皮下注アテオス」(一般名:チルゼパチド、以下「マンジャロ」)の特徴を紹介した。 イーライリリー・アンド・カンパニーは米国において、マンジャロを2022年6月7日より販売した。日本においては、マンジャロの全6規格のうち、2023年4月18日に開始用量、維持用量の2規格(2.5mg、5mg)を先行で、6月12日には高用量の4規格(7.5mg、10mg、12.5mg、15mg)を販売開始した。 マンジャロは、天然GIPペプチド配列をベースに、GLP-1受容体にも結合するように構造を改変した薬剤である。GIPとGLP-1の両受容体に結合して活性化することで、グルコース濃度依存的にインスリン分泌を促進させる働きを有する。 国内第III相臨床試験であるSURPASS J-mono試験は、HbA1cのベースラインから投与52週時までの平均変化量を指標として、チルゼパチド5mg/10mg/15mgを週1回投与したときのデュラグルチド0.75mg投与に対する優越性の検討を目的として実施された。対象は食事療法および運動療法のみ、またはチアゾリジン薬を除く経口血糖降下薬の単独療法で血糖管理が不十分な日本人2型糖尿病患者636例(平均年齢56.6歳)で、チルゼパチド5mg、10mg、15mg投与群およびデュラグルチド0.75mg投与群に、ほぼ同数となるように無作為に割り当てられた。チルゼパチドの各投与群では、2.5mgから投与を開始し、その後目的の用量まで2.5mgずつ増量していった。 主要評価項目であるHbA1cのベースラインから投与52週時までの変化量は、チルゼパチド5mg、10mg、15mg投与群でそれぞれ-2.4%、-2.6%、-2.8%であり、デュラグルチド0.75mg投与群の-1.3%と比較して有意なHbA1c低下量が認められた(p<0.0001)。発現が認められた有害事象にチルゼパチド各投与群とデュラグルチド投与群で大きな差はなく、主な有害事象は上咽頭炎、悪心、便秘などであった。重篤な有害事象はチルゼパチド投与群で前立腺がん、デュラグルチド投与群でCOVID-19肺炎などが認められた。糖尿病のスティグマを払拭するためには 後半では国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 院長の門脇 孝氏により、「糖尿病のない人と変わらない寿命とQOL達成」について語られた。 糖尿病の遺伝・環境因子の包括的な解析のために、3万6千人以上の日本人糖尿病患者を対象にゲノムワイド関連解析(GWAS)が実施され、2019年にはβ細胞の遺伝子発現調節やインスリン分泌制御に関与する日本人特有の遺伝子が報告された。さらにGWASの結果を基にして、個人の糖尿病に関連する一塩基多型を調べ、高い精度で糖尿病の発症リスクを予測するという臨床応用も検討されているという。 このように糖尿病治療は進んでいる一方、40~50年前の糖尿病のイメージの定着による誤解、糖尿病患者は自己管理が欠如しているという偏見が払拭されていないという。日本人の糖尿病は高度経済成長期に増加し、当時は網膜症による失明が多く治療も限られており、悲惨な病気というイメージが強く、この頃のイメージが社会に定着し、その後の誤解や偏見につながっているとされる。一方で、2022年の調査では糖尿病患者と非糖尿病患者では平均死亡時年齢は2.6歳の差にすぎないという結果が報告されている。また、2型糖尿病は約50%を遺伝子、残りの約50%を、社会環境要因を主とした環境要因により決定するとされており、「糖尿病は性格の欠点、個人の責任感の欠如のせいという自己責任論は二重、三重に誤りである」と門脇氏は語った。 スティグマとは「誤った知識や情報が拡散することにより、対象となった者が精神的、物理的に困難な状況に陥ることを指す」とされる。糖尿病のスティグマは社会や医療従事者から発信され、自分の病気を周囲に隠す、社会生活への参加を避けるなどのネガティブな影響を糖尿病患者に与えてしまう。そうした中、2019年に日本糖尿病学会と日本糖尿病協会の合同によるアドボカシー委員会が設立され、糖尿病であることを隠さずにいられる社会づくりを目指し、糖尿病の正しい理解を促進する活動が展開されている。門脇氏は「糖尿病のある人に対するさまざまな誤解や偏見を払拭していくアドボカシー活動が大事であり、そのような治療環境を整えることが糖尿病治療の目標達成のうえでとても重要である」とし、「糖尿病治療目標である糖尿病のない人と変わらない寿命とQOLを達成するために、チルゼパチドへの期待が高まっている」と締めくくった。

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併存症のある患者での注意点~高齢者糖尿病診療ガイドライン2023/糖尿病学会

 5月11日~13日に城山ホテル鹿児島をメイン会場に第66回 日本糖尿病学会年次学術集会(会長:西尾 善彦氏[鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 糖尿病・内分泌内科学 教授])が「糖尿病学維新-つなぐ医療 拓く未来-」をテーマに開催された。 高齢者の糖尿病患者では、糖尿病とは別に併存症があるケースが多い。では、糖尿病以外の疾病もある高齢者の糖尿病患者の診療はどうあるべきであろう。 本稿では、「シンポジウム10 より良い高齢糖尿病ケアを目指して」より「高齢者糖尿病の合併症と併存症」(杉本 研氏 [川崎医科大学総合老年医学])の口演をお届けする。 2023年5月に『高齢者糖尿病診療ガイドライン 2023』(以下「ガイドライン」と略す)が上梓され、今回の口演は、このガイドラインの内容を踏まえて構成されている。 今回のガイドラインの改訂では、合併症と併存症につき、「併存症」が独立して章立てされた。また、併存症の予防・管理が、健康寿命の延伸には重要となることが改めて確認され、引き続き、高齢の糖尿病患者の診療では、平均余命の減少と低血糖の高リスクをどのように防止するかが重要とされている。 とくに杉本氏は「高齢者の併存疾患で注意したいのが、動脈硬化性疾患であり、高齢者のADLとQOLを大きく損ない健康寿命などに影響を与える」と診療での注意点を強調した。 続いて先のガイドライン中で「高齢者の併存疾患」を取り上げ、重要なポイントを説明した。 なお、ガイドラインでは、「CQ」と「Q」に分けて、「CQ」は「推奨度(推奨グレード)を問う疑問として回答が可能な臨床的疑問」を、「Q」は「CQ以外の臨床的疑問(推奨グレードは付さない)」について記述している。■高齢者の糖尿病治療が認知機能などの低下抑制になるかは不明 CQ V-3「高齢者糖尿病における(厳格な)血糖コントロールは認知機能低下・認知症発症の抑制に有効か?」というCQでは「血糖コントロールが認知機能低下、認知症発症予防に有効であるかについては、結論が出ていない」(推奨グレードU:推奨するだけの明確根拠がない)、「糖尿病治療薬による治療が認知機能低下、認知症発症予防に有効であるかについては、結論が出ていない」(推奨グレードU)として研究の余地を残している。 Q V-4「高齢者糖尿病の高血糖はフレイル、サルコペニアの危険因子か?」というQでは「高齢者糖尿病または高血糖は、フレイル、サルコペニアの危険因子である」とされ、これについて杉本氏は「8つのメタ解析から糖尿病はフレイルの危険因子となり(オッズ比1.48)1)、サルコぺニアはBMI25以下で増加する」と説明した。 同様にQ V-5「高齢者糖尿病のHbA1c低値または低血糖はフレイル、サルコペニアの危険因子か?」というQでは「高齢者糖尿病のHbA1c低値または低血糖はフレイル、サルコぺニアに危険因子である」としている。 Q V-6「高齢者糖尿病における血糖コントロールは筋量や筋力の維持に有効か?」というQでは「高齢者糖尿病の血糖コントロールが筋量や筋力の維持に有効かは明らかではない」としている。ただ、HbA1cとサルコぺニアの関係では、いくつかの論文で弱い相関を示唆するものもあり、今後研究が待たれる。また、薬物治療の影響については、フレイルとSGLT2阻害薬との関係は「現状では『明らかでない』としか言えない」と杉本氏は説明した。 Q V-8「高齢者糖尿病の高血糖または低血糖は転倒の危険因子か?」というQでは「高齢者糖尿病の高血糖または低血糖は転倒の危険因子であり、インスリン使用者ではとくに注意を要する」と転倒への注意を記載している。 Q V-9「高齢者糖尿病における血糖コントロールは転倒の予防に有用か?」というQでは「高齢者糖尿病における血糖コントロール状態は転倒に影響するが、厳格な血糖コントロールの影響は明らかではない」、「高齢者糖尿病における血糖コントロールの改善が転倒の予防に有用であるかは不明である」と研究の余地を残している。■高齢者糖尿病の心不全の予防・改善に糖尿病治療薬は有効か 悪性腫瘍や心不全、multimorbidity(多疾患罹患)についても触れ、とくに心不全、multimorbidityでは次の3つのQについて説明を行った。 Q V-16「高齢者糖尿病において糖尿病治療薬は心不全の予防・改善に有効か?」というQでは、「高齢者糖尿病においてSGLT2阻害薬は心不全の予防・改善に有効な可能性がある」とする一方で「高齢者糖尿病においてDPP-4阻害薬が心不全リスクに及ぼす影響は明らかではない」と記載している。 そして、このQに関して杉本氏は、SGLT2阻害薬による心不全への影響は70歳以上でより良かったとする報告2)がある一方で、有意なBNPの低下がなかったとする報告もある3)ことを述べ、自験例としながらもSGLT2阻害薬で左室心筋重量係数(LVMI)の低下がみられたことを報告した。 Q V-18「高齢者糖尿病はmultimorbidityとなりやすいか?」というQでは、「高齢者糖尿病はmultimorbidityとなりやすい」と記載している。 また、Q V-19「高齢者糖尿病のmultimorbidityではどのような点に注意すべきか?」というQでは「高齢者糖尿病のmultimorbidityにどのような対応を行うべきかのエビデンスは不足しているが、低血糖に注意し、多職種で患者・家族の意思決定の支援をしながら目標を設定していくことが望ましい」と記載している。 今回のガイドラインを受け杉本氏は75歳以上では4つ以上の疾患の合併割合が多くなること、とくに認知症、腎機能不全、骨折が多くなることを指摘するとともに、「重症低血糖では、糖尿病治療薬もインスリンやSU薬など3剤以上の併用も多くなり、ポリファーマシーへの配慮も必要」と述べ、口演を終えた。■参考文献1)Hanlon P, et al. Lancet Healthy Longev. 2020 Dec;1:e106-e116.2)Martinez FA, et al. Circulation. 2020;141:100-111.3)Tamaki S, et al. Circ Heart Fail. 2021;14:e007048.

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