サイト内検索|page:39

検索結果 合計:10256件 表示位置:761 - 780

761.

手術後の音楽療法は患者の回復を早める

 手術後には音楽を聞くことで回復が早まるかもしれない。米カリフォルニア州北部医科大学外科分野教授のEldo Frezza氏らによるシステマティックレビューとメタアナリシスで、手術後の音楽療法により患者の不安や痛みが軽減し、心拍数の増加が抑制され、鎮痛薬の使用量も少なく済むことが示唆された。この研究結果は、米国外科学会臨床会議(ACS Clinical Congress 2024、10月19〜22日、米サンフランシスコ)で発表された。 Frezza氏は、「手術後に目を覚ました患者の中には、ひどくおびえていて、自分がどこにいるのか分からない人がいる」と話す。そして、「音楽は、覚醒してから平常の状態に戻るまでの移行を円滑に進め、移行に伴うストレスを軽減するのに役立つ可能性がある」と述べている。 この研究でFrezza氏らは、3つの論文データベースを用いて、「音楽」「騒音」「手術後」「手術」「転帰」「回復」のキーワードで検索を行い、該当論文のシステマティックレビューを実施した。その後、基準を満たした35件の研究の結果を基にメタアナリシスを行い、手術後の音楽療法が患者の転帰に及ぼす影響を検討した。 痛みに対する音楽療法の効果について報告していた研究は27件で、そのうちの19件で有意な軽減が確認されていた。患者が感じる痛みを数字で評価する指標であるヌーメリックレイティングスケール(numeric rating scale;NRS)による評価では約19%の減少、視覚的アナログスケール(VAS)による評価では約7%の減少が認められた。 不安に対する音楽療法の効果については7件の研究で検討されており、そのうちの4件で有意な減少が確認されていた。不安レベルは、状態-特性不安尺度(STAI)で評価されており、音楽療法を受けることで患者の自己報告による不安レベルは2.508点、つまり約3%減少したことが示されていた。 鎮痛薬の使用量に対する音楽療法の効果については5件の研究で検討されており、そのうちの2件で使用量が有意に少ないことが示されていた。それらの結果によると、音楽療法を受けた患者のモルヒネの使用量は、音楽療法を受けなかった患者の半分以下であったという。 心拍数に対する音楽療法の効果については10件の研究で検討されており、そのうちの6件で低下が示されていた。それらの結果によると、音楽療法を受けた患者では受けなかった患者に比べて、心拍数が4.565回/分少なかった。研究グループは、この心拍数の低下は重要だと指摘する。なぜなら、健康的な心拍数を維持することで、酸素や栄養素が体全体を効率よく循環し、特に手術を受けた部位の回復が促されるからだ。一方、心拍数が100を超える頻脈は、心房細動などの異常な心拍リズムを引き起こす可能性があり、命が危機にさらされることがあると指摘している。 研究グループの一員である、カリフォルニア州北部医科大学のShehzaib Raees氏は、「この研究により、手術後の音楽療法により痛みがどの程度減ったのかを具体的に示すことはできないが、患者自身が痛みの軽減を感じていることは明らかになった。これは、実際に痛みが減るのと同じくらい重要なことだとわれわれは考えている」と話す。Frezza氏は、「あるジャンルの音楽が他のジャンルの音楽より優れているということはない。音楽は一般に心を慰め、慣れ親しんだ場所にいるような気分にさせてくれる。それが、手術後の患者にさまざまな形で役立つ可能性があるとわれわれは考えている」と話している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

762.

第79回 p値は小さいほど相関は強いといえるのか?【統計のそこが知りたい!】

第79回 p値は小さいほど相関は強いといえるのか?p値とは何だったでしょうか。p値とは“probability”(確率)の頭文字です。pの値は0~1の間の値です。p値は小さくなればなるほど誤る確率は低くなり、母集団において効果がある(違いがある)という結論の確からしさが高まります。p値と統計学が定めた基準の値(有意水準という)を比較し、p値<有意水準であれば帰無仮説を棄却し、対立仮説を採択します。p値は、母集団について主張したいことが成立するかを判断するときに誤る確率です。「p値<0.05」の場合は、「母集団について主張したいことを誤る確率が5%未満である」を意味します。このことを「有意差がある/有意である」と言います。有意差があった場合の解釈の仕方(結論)は、標本調査や実験データで相関分析を行った結果として相関がみられた(関連性があった)は、母集団についてもいえる(関連性があるといえる)となります。今回は、p値と相関の強さとの違いについて解説します。■仮説検定の非対称性統計的仮説検定で最初にすることは、帰無仮説と対立仮説を立てることでした。日常習慣として「1週間に運動をしている時間」と「血圧」との間には相関(負の相関)があるといえます。しかし、検定ではあえて「相関はない」という帰無仮説を立てて、それをデータで棄却しようとする方法をとります。帰無仮説が棄却された場合は、対立仮説が正しいとするのですが、問題はその対立仮説の確率が評価されないことにあります。統計的仮説検定は、帰無仮説を棄却することだけにあります。一方で、帰無仮説が棄却できなかった場合は、2つの事柄(運動と血圧)には相関がまったくみられなかった(相関係数=0)と積極的に証明できたわけではありません。帰無仮説が棄却できなかった場合は「結論は保留」、つまり「有意差はなかった」、あるいは「相関があったかどうかはわからなかった」というのが結果の正しい解釈です。このことを「仮説検定の非対称性」と言います。つまり、「有意差が出なかった」=「相関がみられなかった」と解釈することはできないのです。「有意差が出なかった」=「疑陽性の確率が高い(αエラー)」=「相関があるということがわからなかった」ということなのです。■p値は、小さければ小さいほど相関は強いといえるのか?p値が、小さければ小さいほど相関は強いとはいえません。つまり、p値が小さいことを理由にして、強い相関があったと結論付けることはできません。以下の2つの事例で考えてみましょう。(1)標本調査において相関係数が0.1、p=0.001(2)標本調査において相関係数が0.7、p=0.657このとき、(1)が「相関が強い」、(2)が「相関が弱い」といえるでしょうか。この場合、いえないというのが結論です。その理由としてp値は相関係数の大小だけでなく、データの数に依存するからです。このp値がデータ数に依存する、という性質はt検定などと一緒です。t検定では、2群の差の大きさだけでなく、データの数にも依存してp値が変わります。そのような背景があるため、相関係数が強いことと相関係数の検定が有意であることは、切り離して考える必要があります。p値は信頼度の強さの指標であって、相関の強さの指標ではありません。単一のp値もしくは統計的有意性は、その結果の大きさや重要性の大きさを測るものではないのです。値が非常に小さければ、それだけで何かが証明されるわけではなく、p値は5%程度でもいいから、きちんと計画された追試がいくつか行われて、一貫して同じ結果が得られるほうが重要だというわけです。p値は目安ですので統計的には、次のようにおおまかな範囲を*印の数で示すことがあります。[* ]0.01≦p<0.05[** ]0.001≦p<0.01[***]p<0.001また、p≧0.05を有意でないという意味でn.s.(not significant)と書くことがあります。このようにp値の情報にも限界がありますので、臨床試験論文を読むときには、p値だけではなく、主要エンドポイントに臨床的意義があるかないかもあわせて確認してください。■さらに学習を進めたい人にお薦めのコンテンツ「わかる統計教室」第3回 理解しておきたい検定 セクション10第4回 ギモンを解決! 一問一答質問1 p値は小さければ小さいほど差がある(よく効いた)といえるのか?「統計のそこが知りたい!」第33回 p=0.05は有意差あり? なし?

763.

多発性骨髄腫におけるCAR-T細胞の製造不良の要因/京都大学

 CAR-T細胞療法は、再発難治多発性骨髄腫の管理を大幅に改善した。しかしCAR-T細胞には、製造過程で一部に発生する細胞増殖不良による「製造不良」という問題がある。製造不良は治療の大きな遅れや、その間の病勢進行につながるため、治療計画に重大な影響を与える。製造不良の実態把握とリスク因子の同定が急務とされていた。 そのようななか、骨髄腫患者におけるCAR-T細胞製造不良リスクを特定するため、日本でide-cel(商品名:アベクマ)治療を受けた患者の全国コホート研究が実施された。対象はide-cel投与のための白血球アフェレーシスを受けた患者である。 主な結果は以下のとおり。・解析対象は154例で、そのうち13例(8.4%)で製造不良が発生した。・製造不良例では成功例に比べ、診断時の17p欠失率が高く(38.5% vs.14.9%)、アフェレーシス前6ヵ月以内のアルキル化剤治療が多く(53.8% vs.23.4%)、またアフェレーシス前の化学療法ライン数が多かった(中央値6 vs.5)。・製造不良例では成功例に比べ、ヘモグロビン値(8.6 vs.10.0g/dL)、血小板数(5.9 vs.13.8x104/μL)、CD4/CD8比(0.169 vs.0.474)が有意に低かった。・アフェレーシス前6ヵ月以内のアルキル化剤使用は、血小板数とCD4/CD8比低下に関連していた。

764.

高用量ビタミンDは心血管マーカーを低下させるか

 観察研究において、血清ビタミンD値が低い高齢者の心血管疾患(CVD)リスクが高いことが示されているが、ランダム化比較試験ではビタミンDサプリメントによるCVDリスクの低下効果は実証されていない。今回、米国・ハーバード大学医学部のKatharine W Rainer氏らの研究で、高用量ビタミンD投与は低用量ビタミンD投与と比較し、血清ビタミンD値が低い高齢者の潜在的心血管マーカーに影響を与えなかったことが明らかになった。American Journal of Preventive Cardiology誌オンライン版2024年12月号掲載の報告。 STURDY試験は、潜在的なCVDを特徴付ける心血管マーカーの高感度心筋トロポニン(hs-cTnI)とN末端プロb型ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)が、高用量ビタミンD投与によって低下するかを検証するため、ビタミンD3を4用量(200、1,000、2,000、4,000IU/日)で投与し、効果を検証する二重盲検ランダム化適応型試験で、本研究はこのSTURDY試験の付随研究であった。血清25-ヒドロキシビタミンD(25[OH]D)濃度が低く(10~29ng/mL)、転倒リスク予防のためにビタミンDを投与された高齢者を低用量治療群(200IU/日)と高用量治療群(1,000IU以上/日)に割り付け、Hs-cTnI値およびNT-proBNP値をベースライン、3ヵ月、12ヵ月、24ヵ月のタイミングで測定した。主要評価項目は最初の転倒または死亡までの時間であった。なお、ビタミンDの投与量によるバイオマーカーへの影響は、回帰分析であるトービットモデルを用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。・解析対象者688例の平均年齢±SDは76.5±5.4歳で、女性が43.6%、CVD既往歴を有する者は29.4%であった。・hs-cTnIは低用量群で5.2%、高用量群で7.0%の増加がみられた。・NT-proBNPではそれぞれ11.3%と9.3%の増加がみられた。・調整モデルではベースラインの血清25[OH]D値はベースラインのHs-cTnIと関連していなかった。・低用量群と比較して高用量のhs-cTnIは1.6%差(95%信頼区間[CI]:-5.3~8.9)、NT-proBNPは-1.8%差(95%CI:-9.3~6.3)であった。・いずれのマーカーにおいても、3ヵ月後、12ヵ月後、24ヵ月後に有意な変化はみられなかった(Hs-cTnI:傾向のp=0.21、NT-proBNP:傾向のp=0.38)。 研究者らは、「ビタミンD値とhs-cTnIの間には逆相関関係があるものの、ビタミンD3の投与量を増やしても時間経過に伴うhs-cTnIの改善は見られなかった。本結果は、CVDイベントを予防するためにビタミンD3の高用量使用を支持するものではない」としている。

765.

PIK3CA変異進行乳がん1次治療、inavolisib追加でPFS改善/NEJM

 PIK3CA変異陽性、ホルモン受容体陽性、HER2陰性の局所進行または転移を有する乳がん患者の治療において、パルボシクリブ+フルベストラントにプラセボを加えた場合と比較して、パルボシクリブ+フルベストラントにPI3Kα阻害薬inavolisibを追加すると、無増悪生存期間(PFS)が有意に延長した一方で、一部の毒性作用の発生率が高いことが、英国・Royal Marsden Hospital and Institute of Cancer ResearchのNicholas C. Turner氏らが実施した「INAVO120試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌2024年10月31日号に掲載された。国際的な無作為化プラセボ対照第III相試験 INAVO120試験は、進行乳がんにおけるinavolisib追加の有用性の評価を目的とする二重盲検無作為化プラセボ対照第III相試験であり、2020年1月~2023年9月に28ヵ国で患者を登録した(F. Hoffmann-La Rocheの助成を受けた)。 対象は、PIK3CA変異陽性、ホルモン受容体陽性、HER2陰性の局所進行または転移を有する乳がんの女性(閉経の前/中/後かは問わない)または男性で、術後補助内分泌療法中または終了後12ヵ月以内に再発した患者であった。 被験者を、1次治療としてinavolisib(9mg、1日1回、経口投与)とパルボシクリブ+フルベストラントを併用投与する群(inavolisib群)、またはプラセボとパルボシクリブ+フルベストラントを併用投与する群(プラセボ群)に1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要評価項目は、担当医の評価によるPFS(無作為化から病勢進行または全死因死亡までの期間)であった。全生存率は有意差がない 325例を登録し、inavolisib群に161例、プラセボ群に164例を割り付けた。全体の年齢中央値は54.0歳(範囲:27~79)、319例(98.2%)が女性、195例(60.0%)が閉経後女性であり、167例(51.4%)が3つ以上の臓器に転移を、260例(80.0%)が内臓(肺、肝、脳、胸膜、腹膜)転移を有し、269例(82.8%)が過去に術前または術後補助化学療法を受けていた。追跡期間中央値は、inavolisib群21.3ヵ月、プラセボ群21.5ヵ月だった。 PFS中央値は、プラセボ群が7.3ヵ月(95%信頼区間[CI]:5.6~9.3)であったのに対し、inavolisib群は15.0ヵ月(11.3~20.5)と有意に延長した(病勢進行または死亡のハザード比[HR]:0.43、95%CI:0.32~0.59、p<0.001)。また、感度分析として盲検下独立中央判定による無増悪生存期間の評価を行ったところ、結果は担当医判定と一致していた(0.50、0.36~0.68、p<0.001)。 一方、6ヵ月、12ヵ月、18ヵ月時の全生存率は、inavolisib群がそれぞれ97.3%、85.9%、73.7%、プラセボ群は89.9%、74.9%、67.5%であり、両群間に有意差を認めなかった。死亡のHR(inavolisib群vs.プラセボ群)は0.64(95%CI:0.43~0.97、p=0.03)であり、事前に規定された有意差の境界値(p<0.0098)を満たさなかった。 客観的奏効率はinavolisib群が58.4%、プラセボ群は25.0%(群間差:33.4%ポイント、95%CI:23.3~43.5)、奏効期間中央値はそれぞれ18.4ヵ月および9.6ヵ月(HR:0.57、95%CI:0.33~0.99)であった。重篤な有害事象inavolisib群24.1%、試験薬投与中止6.8% Grade3/4の有害事象は、inavolisib群が80.2%、プラセボ群は78.4%で発現した。このうちinavolisib群で多かったGrade3/4の有害事象として、高血糖(5.6% vs.0%)、口内炎/粘膜炎症(5.6% vs.0%)、下痢(3.7% vs.0%)を認め、Grade3/4の皮疹は両群とも観察されなかった。 重篤な有害事象はinavolisib群24.1%、プラセボ群10.5%、Grade5(致死性)の有害事象はそれぞれ3.7%および1.2%で発現し、有害事象による試験薬の投与中止は6.8%(inavolisib 6.2%、パルボシクリブ4.9%、フルベストラント3.1%)および0.6%(有害事象によるパルボシクリブ、フルベストラントの投与中止はない)で発現した。 著者は、「本研究では、これらの患者集団において、総投与量を用いたPI3Kα阻害薬(inavolisib)+CDK4/6阻害薬(パルボシクリブ)+内分泌療法(フルベストラント)の併用療法は、PFSを大幅に改善した。一部の有害事象の発現率が高いものの安全性プロファイルは良好であったことから、この治療法は新たな治療選択肢となる可能性がある」としている。

766.

第236回 トランプ氏の返り咲きで変わる?アメリカの医療制度の行方

世界が固唾をのんで見守った米大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏(78歳)が全米の選挙人過半数の270人以上を獲得することが確実になり、第47代大統領として返り咲くことが決定的となった。アメリカの大統領としては史上最高齢であり、選挙中2度もの暗殺未遂を切り抜け、さらに退任後の大統領返り咲きは建国以来132年ぶりという異例づくしである。ウクライナ紛争を「24時間以内に終結させる」という明白な放言(あえて不謹慎な言い方をすると、もしそれを実現するならばウクライナ・ロシア両国の指導層を入れ替えるために両国の首都に核兵器を使用することくらいしか私には思い浮かばない)をするトランプ氏が、今後アメリカをどのように導くのかは注目に値する。アメリカの医療制度の行方さて、今回の大統領選挙の争点の一つになりそうだったにもかかわらず、実質的にはほとんど争点にならなかったものがある。それは2010年3月に民主党のバラク・オバマ大統領政権下で制定された患者保護及び医療費負担適正化法(Patient Protect and Affordable Care Act)、通称オバマケアである。ご存じのようにアメリカでは日本のような国民皆保険制度ではなく、勤務先を通じたり個人で加入する民間医療保険を基本とし、これを高齢者と障害者向け公的医療保険のメディケアと低所得者向けの政府・州による医療給付制度のメディケイドが補完する制度設計である。この結果としてメディケアやメディケイドのカバー範疇には入らず、なおかつ所得が低いため民間保険に加入できない無保険者が2010年の米・国勢調査局の報告書「Current Population Survey Annual Social and Economic Supplement (CPS ASEC)」によると、人口の16.3%に当たる約4,900万人と報告されていた。また、2009年に当時のハーバード大学教授のエリザベス・ウォーレン氏(現在は民主党所属のマサチューセッツ州選出上院議員)が発表した論文では、医療関連負債(医療費支払いや病気が原因による収入減)が原因の自己破産は、自己破産者の約62%にのぼる。このような現状を打開するために制定されたのがオバマケアだが、これはメディケイドのカバー範囲を広げるとともに、それでも無保険になる人へは州あるいは政府が運営する医療保険取引所(事実上、単なるインターネットでの保険申し込みの場)を通じた保険加入を義務付け、取引所を通じた加入では所得水準により補助金が支給される。このほかにも民間、公的のいずれでも医療保険がカバーする標準範囲を定めたほか、一定規模以上の企業では従業員向けの団体医療保険の提供義務付け、民間保険会社に対する既往歴などでの加入拒否の禁止、保険未加入者に対する罰金なども定められた。日本人の感覚からすると、かなり至れり尽くせりの制度のようにも思えるが、制定当初はアメリカの主要世論調査機関ともいえるピュー・リサーチセンターやギャラップの調査で、反対派が賛成派を上回る状況だった。背景には、政府による市民生活への介入を最小限にしてなるべく民間に任せる、いわゆる「小さな政府」を望む共和党支持者の声や公的カバー範囲拡大に伴う増税や保険会社による保険料引き上げに対する懸念があったとされる。オバマ氏退任後の大統領選に共和党候補として初出馬したトランプ氏は、オバマケアを標的にし、廃止するとまで言い切った。トランプ氏の就任1期目最初の大統領令がオバマケア見直しを目的とするものだったことからも、その熱の入れようがうかがえる。しかし、共和党が提出した代替法案は一部給付範囲の縮小や既往歴に基づく高額保険料の徴収を認めるというマイナーチェンジはあったものの、オバマケアの骨格を残したもの。それすらも下院で共和党の賛成多数で法案は通過しながら、あろうことか上院で共和党穏健派の造反を招き、成立断念に追い込まれた。奇しくもこの時、上院で造反したのは共和党の重鎮で2008年の大統領選でオバマ氏に敗れたジョン・マケイン氏である。ちなみにトランプ氏とマケイン氏は同じ共和党でも犬猿の仲と言われ、ベトナム戦争期に海軍パイロットとして操縦機の撃墜に遭い、拷問などを受けながら北ベトナム領内で5年間の捕虜生活を送ったマケイン氏のことを、トランプ氏は「捕虜になるような人間は好きじゃない」と公の場で揶揄。トランプ氏の1期目在任中の2018年、マケイン氏が上院議員のまま脳腫瘍で亡くなった際は、大統領だったトランプ氏はホワイトハウスに掲げた半旗を短時間で戻して批判を浴びただけでなく、マケイン氏の遺族が意図的に葬儀へ招待をしなかったほどだ。トランプ氏、今はオバマケアに興味なし?さて今回の大統領選で民主党側の候補者が副大統領のカマラ・ハリス氏に交代後、オバマケアが両候補の間で直接話題に上ったのはABCニュース主催で行われた大統領候補討論会である。この時、トランプ氏と討論司会者の間で以下のようなやり取り(要約抜粋)があった。司会者オバマケアに代わるものの計画はありますか? もしあるなら、それが何なのか教えてください。トランプ私がオバマケアを引き継いだのは、民主党がそれを変えようとしなかったからです。彼らは全員一致で投票しませんでした。彼らはそれを変えるために投票しなかったのです。もし彼らが投票していたら、われわれはオバマケアよりもはるかに良い計画を作れたでしょう。しかし、民主党はそれを支持しませんでした。この辺がなんともトランプ氏らしい。前述のように、1期目の時に共和党が示した代替法案が成立しなかったのは同党からの造反があったからだ。この件について重ねて司会者から「イエスかノーで答えてください。あなたにはまだ、オバマケアに代わる計画はないのですか?」と問われて次のように答えている。トランプ私には計画の概念がありますが、私は今、大統領ではありません。しかし、もしわれわれがより良いより安価な何かを思いつけば、私が大統領の時にそれを変更するでしょう。まあ、この発言を聞く限り、1期目に実現しなかった代替法案「American Health Care Act(AHCA)」以上のものはないか、少なくとも本人の頭の中にはまったくプランがないかのどちらかだろうと個人的には推察している。このように感じるのは、実は1期目の時でさえ、トランプ氏はこの問題をマイク・ペンス副大統領にほぼ任せていたと言えなくもないからだ。その意味では2期目のトランプ政権では、この問題を副大統領となるJ・D・バンス氏が担当することになるのかもしれない。もっとも、作家やベンチャーキャピタリストという経歴を有し、一時はトランプ氏と対立関係にありながら、上院議員に立候補後はトランプ氏にすり寄ったポピュリスト的なバンス氏自身もつかみどころがないのが実際だ。今回、同時に実施された上下両院選挙でも共和党は過半数を制し、トランプ氏にとって目の上のたんこぶだったマケイン氏ももうこの世の人ではない以上、政治上はオバマケア廃止の障害はなさそうに見える。しかし、実は最大の障害は世論である。かつては反対派が上回っていたオバマケアに対し、2021年のピュー・リサーチセンターの調査、2023年のギャラップの調査ともに支持が過半数を超えているのだ。さらに非営利団体のカイザーファミリー財団が行っている世論調査「カイザー・ヘルス・トラッキング・ポール」の2024年4月の調査では、オバマケアを指示する人は62%まで達している。こうした風向きの変化に加え、アメリカ国民は現在の物価高にあえいでいる。苦境に置かれた市民の期待が今回のトランプ氏支持の根っこにあるとの指摘は多い。そうした中で苦境にあえぐ人々の実質負担増になる可能性が高いオバマケアの大幅改変は難しいように思える。いずれにせよ、今後の動向は良くも悪くも目が離せないと感じている。

767.

次世代のCAR-T細胞療法―治療効果を上げるための新たなアプローチ/日本血液学会

 2024年10月11~13日に第86回日本血液学会学術集会が開催され、13日のJSH-ASH Joint Symposiumでは、『次世代のCAR-T細胞療法』と題して、キメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞(CAR-T細胞)療法の効果の毒性を最小限にとどめ、治療効果をより高めるための新たな標的の探索や、細胞工学を用いてキメラ抗原受容体(CAR)構造を強化した治療、およびoff the shelf therapyを目標としたiPS細胞由来次世代T細胞療法の試みなど、CAR-T細胞療法に関する国内外の最新の話題が紹介された。CAR-T細胞療法を最適化するための新しい標的の開発 CAR-T細胞療法はB細胞性悪性腫瘍や多発性骨髄腫(MM)などに対する効果が認められているが、毒性については解決すべき課題が残っている。ガイドラインでは主な合併症として、サイトカイン放出症候群(CRS)および免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)が取り上げられているが、CAR-T細胞療法による新たな、または、まれな合併症とその管理についての情報は少なく、新たな標的の検討とともに明らかにしていく必要がある。米国血液学会(ASH)のCAR-T細胞療法のワークショップでは、CAR-T細胞の病態生理の理解、まれな毒性についてのデータの蓄積、on-target off-toxicityを回避するための的確な標的となる抗原などが検討されている。 Fabiana Perna氏(Moffitt Cancer Center)らは腫瘍関連抗原(TAA)および腫瘍特異的抗原(TSA)、さらに腫瘍特異的細胞表面プロテオームの解析を行っている。同氏らはこれまで、急性骨髄性白血病(AML)におけるCAR-T細胞療法の標的を同定するために、プロテオームと遺伝子発現の同時解析を行い、26個の標的を同定した。このうち15個は臨床試験で用いられ、その多くがAMLの正常細胞上に高発現する蛋白であった。 MMに対してはB細胞成熟抗原(BCMA)を標的としたCAR-T(BCMA-CAR-T)細胞療法の成績は良好とはいえず、新たな標的抗原が必要である。Perna氏らはMM患者約900例のサンプル約4,700検体を用い細胞表面のプロテオームを解析し、RNAシーケンスを行い、腫瘍組織に高発現するBCAAを含む6個の標的を同定した。そのうちSEMA4Aは再発/難治性MM患者での高発現が認められた。BCMA-CAR-T細胞療法後の再発はBCMAの発現低下に関連し、CARの機能低下を惹起すると考えられ、的確な標的の探索が必要である。Perna氏らはSEMA4AがCAR-T細胞療法の標的となりうると考え、SEMA4A-CAR-T細胞療法を試みている。なお、MM患者の免疫療法に関しては第I相試験が予定されている。 また、Perna氏らはmRNAスプライシングに由来する白血病特異的抗原の解析パイプラインを開発中であり、AML患者サンプルからスプライスバリアントの異常発現を認めたことから、同氏は、疾患特異的スプライスバリアントを標的とした治療法につながることを期待していると述べた。CAR-T細胞療法抵抗性克服と新たな応用の探求 CAR-T細胞療法は、CD19およびBCMA抗原を標的として、B細胞性悪性腫瘍(リンパ腫、白血病)およびMMに対して行われている。BCMA-CAR-T細胞療法は初期治療の奏効率は高いが、長期寛解率は低くとどまっている。CAR-T細胞の機能不全は抗原逃避、T細胞欠損、腫瘍微小環境(TME)などにより惹起される。そこで、酒村 玲央奈氏(メイヨー・クリニック 血液内科)は、CAR-T細胞療法の治療抵抗性克服と新たなストラテジーを探求するうえで、重要な鍵となる免疫抑制細胞について検討した。 がん関連線維芽細胞(CAF)は、CAR-T細胞の機能不全を誘導するが、同時にMM患者の治療効果を高める可能性があると考えられている。これまでの酒村氏の検討でMM患者由来のCAFがTGF-βなど抑制性サイトカイン産生を増加させ、PD-1/PD-L1結合を介してCAR-T細胞を阻害し、FAS/FASリガンド経路を介してCAR-T細胞にアポトーシスを誘導、制御性T細胞(Treg)を動員することが示された。また、線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)を標的としたCAR-T細胞はマウスの体重を有意に減少させ、off target効果による重篤な毒性を惹起すると考えられ、CAF表面上に発現するCS1およびBCMAの2つを標的としたCAR-T細胞は腫瘍細胞およびCAFを溶解することが示された。さらに、BCMA-CAR-T細胞療法施行患者由来の骨髄サンプルを用いたシングルセルRNAシーケンスを行い、non-responder由来のCAFが高頻度にデスリガンド(抗腫瘍性リガンド)を発現すること、non-responder由来のT細胞は慢性的に刺激され疲弊したphenotypeであることが明らかとなった。また、non-responder由来の骨髄サンプルではTMEを支配する腫瘍関連マクロファージ(TAM)とCAFの有意なクロストークの存在が示された。 間葉系幹細胞(MSC)は多能性細胞であり、免疫抑制および組織再生治療における効果が研究されている。そこで酒村氏は、MSCの免疫抑制効果を向上させるために、細胞工学技術を用い健康な人から得た脂肪由来のMSCにCARを搭載し、移植片対宿主病(GVHD)に対する治療戦略をマウスモデルで検討した。研究には、とくにGVHDをターゲットとしたE-cadherin(Ecad)特異的なCAR-MSC(EcCAR-MSC)を用いた。EcCAR-MSCの開発では、Ecad特異的な単鎖可変フラグメント(scFV)クローンが生成され、CAR-CD28ζ構造を設計し安定発現させてMSCの免疫抑制機能を強化したことが示された。 GVHDモデルにおいてEcCAR-MSCはマウスの体重減少を軽減し、GVHD症状を緩和し生存率を向上させた。また、Ecad陽性大腸組織へ特異的に移行し、T細胞活性を抑制し免疫調節機能効果を向上させた。また、シングルセルRNAシーケンスにより、抗原特異的刺激を受けたEcCAR-MSCにおいてIL-6、IL-10、NF-κBなどの免疫抑制シグナル経路の活性化が認められた。EcCAR-MSCのCD28ζシグナルドメインを含むCAR構造体はより強い免疫抑制効果を示した。 酒村氏は、CARを用いたMSCの免疫抑制機能を強化する新たな細胞治療とGVHDおよび腫瘍抑制における可能性を提示した。また、MSCの開発は免疫環境の調節を可能とし、炎症性腸疾患(IBD)、全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)など自己免疫疾患の治療にも新たなアプローチを提供するものと考えると述べ、CAR-T細胞療法を進展させ、より多くの患者予後の改善を目指したいと結んだ。難治性腫瘍に対するiPS細胞由来次世代T細胞療法の開発 難治性NK細胞リンパ腫に対しては、L-アスパラギナーゼを含む抗がん剤治療や末梢血由来細胞傷害性T細胞(CTL)による細胞治療が試みられてきたが、治療効果は十分ではなかった。とくに末梢血由来T細胞は細胞治療後に疲弊し、長期的には腫瘍が増大することが知られている。そこで、安藤 美樹氏(順天堂大学大学院医学研究科血液内科学)はNK細胞リンパ腫患者の末梢血よりエプスタイン・バーウイルス(EBV)抗原特異的CTLを使用し、iPS細胞を作製後、再びT細胞に分化誘導し、iPS細胞由来若返りCTL(rejT)を作製し、NK細胞リンパ腫に対する抗腫瘍効果を検討した。その結果、rejTはNK細胞リンパ腫細胞株に対し強力な細胞傷害活性を示した。次いでNK細胞リンパ腫細胞株を腹腔内注射したマウスを用い、rejTおよび末梢血由来T細胞で治療し生体内での抗腫瘍効果を比較検討した結果、両群とも有意な腫瘍増大抑制効果が認められた。さらにrejTは末梢血由来T細胞に比べ有意な生存期間延長効果を示し、マウス体内でメモリーT細胞として長期間生存し、リンパ腫再増殖抑制効果が持続したことが示された。 次いで安藤氏は、末梢血EBV抗原LMP2特異的CTLからiPS細胞を作製し分化誘導後、iPS細胞由来若返りLMP2抗原特異的CTL(LMP2-rejT)がEBV関連リンパ腫に対し強い抗腫瘍効果を発揮することをマウスモデルで証明した。また、LMP2-rejTは生体内でメモリーT細胞として長期生存し、難治性リンパ腫の再発抑制を維持することを確認した。 安藤氏はこの手法を応用し、LMP2-rejTにCARを搭載することで、2つの受容体を有し、同時に2つの抗原(CD19、LMP2抗原)を標的にできるiPS細胞由来2抗原受容体T細胞(DRrejT)を作製した。マウスを用いた検討ではDRrejTは受容体を1つのみ有する従来のT細胞に比べ、難治性の悪性リンパ腫に対し強力な抗腫瘍効果と、生存期間延長効果を示し、メモリーT細胞として長期生存が示された。 また、安藤氏はiPS細胞に小細胞肺がん(SCLC)に高発現するGD2抗原標的キメラ抗原受容体(GD2-CAR)を遺伝子導入後、分化誘導したiPS細胞由来GD2-CART細胞(GD2-CARrejT)を作製し、SCLCに対する強い抗腫瘍効果を示した。さらに、GD2-CARrejTは末梢血由来のGD2-CART細胞に比べ、疲弊マーカーであるTIGITの発現がきわめて低いことを明らかにした。また、マウスの検討でGD2-CARrejTは末梢血由来LMP2-CTLに比べNK/T細胞リンパ腫を抑制することが示された。 さらに、安藤氏はiPS細胞由来ヒトパピローマウイルス(HPV)抗原特異的CTL(HPV-rejT)を作製し、HPV-rejTは末梢血由来CTLと比較して子宮頸がんの増殖を強力に抑制することを確認した。子宮頸がん患者由来のCTL作製は時間とコストがかかり実用化には課題がある。一方、健康な人のCTLから作成した他家iPS細胞を用いた場合、これらの問題は解決するが、患者免疫細胞からの同種免疫反応により抗腫瘍効果が減弱する。そこでCRISPR/Cas9技術を用い、HLAクラスIをゲノム編集した健常人由来他家HPV-CTL(HLA-class I-edited HPV-rejT)を作製した。マウスを用いた検討で、HLA-class I-edited HPV-rejTは患者免疫細胞から拒絶されずに子宮頸がんを強力に抑制し、長期間の生存期間延長効果も認められた。また、末梢血由来HPV-CTLに比べ、細胞傷害活性に関するIFNG遺伝子や、組織レジデントメモリー細胞に関係するITGAE遺伝子などの発現レベルが有意に高く、組織レジデントメモリー細胞を豊富に含むことが示された。これらの機能解析により、HLA-class I-edited HPV-rejTはTGF-βシグナリングによりCD103発現レベルを上昇させ、その結果、抗原特異的細胞傷害活性が増強することが明らかとなった。現在、HLA-class I-edited HPV-rejTを用いた治療の安全性を評価する医師主導第I相試験が進行中である。 安藤氏はiPS細胞由来の抗原特異的、そしてHLA編集細胞が、off the shelfのT細胞療法に、持続可能で有望なアプローチを提供するものと期待されると締めくくった。

768.

乳がん薬物療法の最新トピックス/日本癌治療学会

 第62回日本癌治療学会学術集会(10月24~26日)で企画されたシンポジウム「明日からの乳癌診療に使える!最新の薬剤の使いどころ」において、がん研究会有明病院の尾崎 由記範氏が、乳がん薬物療法の最新トピックスとして、KEYNOTE-522レジメンの使いどころ、HER2ゼロ/低発現/超低発現の課題、新たなPI3K阻害薬inavolisibを取り上げ、講演した。高リスク早期TN乳がんへのKEYNOTE-522レジメンの使いどころ 切除可能トリプルネガティブ(TN)乳がんの標準治療としては、術前に化学療法を行い術後にカペシタビンやオラパリブを投与する治療があるが、KEYNOTE-522試験の結果から術前・術後にペムブロリズマブを使えるようになった。 KEYNOTE-522試験は、主にStageII/IIIのTN乳がんに対して、カルボプラチン+パクリタキセル → AC/ECの術前・術後にペムブロリズマブを併用し、予後改善を検討した第III相試験である。本試験で、病理学的完全奏効(pCR)割合、無イベント生存期間(EFS)、全生存期間の改善が認められ、現在、ペムブロリズマブ併用レジメンが標準治療となっている。また、サブグループ解析において、StageやPD-L1の発現、pCR/non-pCRにかかわらず一貫した有効性が示され、StageII/IIIに広く使用できる。一方、免疫チェックポイント阻害薬は免疫関連有害事象(irAE)のリスクがある。術前治療においてGrade3以上のirAEが13%に認められており、5年EFSの9%のベネフィットとのバランスが議論になっているという。 今回、尾崎氏はKEYNOTE-522レジメンの日常診療におけるクリニカルクエスチョン(CQ)のうち4つを取り上げ、自施設(がん研究会有明病院)の方針や考えを紹介した。CQ:T2N0M0 cStageIIAのような比較的リスクの低い症例に対しても使用すべきか?T2N0症例における5年EFSは10%の差があり、TN乳がんは再発すると予後が約2年であることから、使用するようにしている。CQ:ホルモン受容体が弱陽性(ER 1~9%)の症例に使用すべきか?KEYNOTE-522試験にはER 1~9%は含まれていないが、ER 1~9%はTN乳がんとして治療すべきという考えがあり、最近の論文ではThe Lancet Regional Health-Europe誌にもそのように記載されている。ESMO2024でER 1~9%に対するリアルワールドデータが報告され、pCR割合は75%とTN乳がんと同程度だった。がん研究会有明病院ではER 1~9%もTN乳がんと診断して使用している(必ずしも保険が適用されるとは限らないため、各施設での判断が必要)。CQ:アントラサイクリンパートでG-CSF製剤の予防投与をするか?KEYNOTE-522試験での発熱性好中球減少症の発現割合は18%と報告されている。がん研究会有明病院の青山 陽亮氏の発表では22.9%と報告されており(JSMO2024)、多くはアントラサイクリンパートで発現しているため、G-CSF製剤の1次予防投与を推奨している。CQ:術後の最適な治療法は?pCR/non-pCRにかかわらずペムブロリズマブの使用が標準治療になっているが、non-pCRの場合のカペシタビン、生殖細胞系列BRCA病的バリアントを有する場合のオラパリブも世界的に標準治療と位置付けられている。pCRの場合にペムブロリズマブを省略可能かどうかが世界中で議論されており、それを検討するためのOptimICE-pCR試験が2,000例規模で進行中である。また、non-pCRではより有効な治療選択肢が必要とされており、その1つとしてdatopotamab deruxtecan+デュルバルマブが検討されている(TROPION-Breast03試験)。また、周術期ペムブロリズマブ投与後の再発症例は非常に予後不良であることから、再発症例に対してペムブロリズマブ+パクリタキセル±ベバシズマブで比較する医師主導治験(WJOG16522B、PRELUDE試験)を開始予定である(治験調整事務局:尾崎氏)。HER2ゼロ/低発現/超低発現の区別は喫緊の課題 次に尾崎氏は、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)の適応に関連するHER2ゼロ/低発現/超低発現について取り上げた。 HR+HER2低発現/超低発現乳がんを対象としたDESTINY-Breast06試験において、T-DXdの有効性が示された。HER2超低発現の定義は、IHC0で10%以下の細胞に不完全な染色がある場合とされており、HER2-乳がんのうち20~25%とされている。この超低発現乳がんでも低発現乳がんと一貫した有効性が報告された。ESMO2024では、各施設でIHC0と判断された乳がんのうち、中央では24%がHER2低発現、40%が超低発現と判定されたとの報告があり、約6割がT-DXdのベネフィットが得られる可能性がある。T-DXdは今年8月、FDAからHER2低発現/超低発現の転移再発乳がん治療を対象として「画期的治療薬」として指定されており、日本でもすでに効能・効果追加の一部変更承認申請がなされていることから、尾崎氏は「HR+HER2ゼロとHER2低発現、超低発現の区別が喫緊の課題」と述べた。新規PI3K阻害薬inavolisibがFDA承認、日本における課題 尾崎氏は最後に、昨年末のサンアントニオ乳がんシンポジウム2023で初めて第III相INAVO120試験の主要評価項目である無増悪生存期間が発表され、そのわずか10ヵ月後の今年10月10日にFDAで承認されたPI3K阻害薬のinavolisibについて紹介した。 INAVO120試験は、術後内分泌療法中に再発もしくは終了後12ヵ月以内に再発し、PIK3CA変異があるHR+HER2-乳がんを対象とした試験で、inavolisib+パルボシクリブ+フルベストラントの3剤併用の有効性が示された。 現在、尾崎氏が考えるHR+HER2-乳がんに対する薬物療法は、アロマターゼ阻害薬+CDK4/6阻害薬を投与後、PIK3CA/AKT/PTEN変異の有無によって2次治療を選択、その後、ホルモン療法耐性、ホルモン感受性なし、visceral crisisの場合は抗体薬物複合体や化学療法、という流れである。inavolisibは再発診断時からPIK3CA変異を検出する必要があるため、尾崎氏は「米国では、再発1次治療としてinavolisib+パルボシクリブ+フルベストラントの併用がすでに承認され標準治療となるため、将来もしinavolisibが日本でも開発され承認されれば、日本でも同様に再発時点で遺伝子検査にてPIK3CA変異を確認する必要がある」と課題を提示した。

769.

無症候性重症AS、早期TAVR vs.経過観察/NEJM

 無症候性の重症大動脈弁狭窄症(AS)患者に対するバルーン拡張型弁を用いた経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)の早期施行は、経過観察と比較して複合イベント(全死因死亡、脳卒中または心血管系疾患による予定外の入院)の抑制において優れることが示された。米国・Morristown Medical CenterのPhilippe Genereux氏らEARLY TAVR Trial Investigatorsが、米国とカナダの75施設で実施した無作為化非盲検比較試験「Evaluation of TAVR Compared to Surveillance for Patients with Asymptomatic Severe Aortic Stenosis trial:EARLY TAVR試験」の結果を報告した。無症候性の重症ASで左室駆出率(LVEF)が保たれている患者の場合、現行ガイドラインでは6~12ヵ月ごとの定期的な検査が推奨されている。これらの患者において、TAVRによる早期介入がアウトカムを改善するかを検討した無作為化試験のデータは不足していた。NEJM誌オンライン版2024年10月28日号掲載の報告。全死因死亡と脳卒中・心血管系疾患による予定外入院の複合イベントを評価 研究グループは、無症候性の重症ASで、米国胸部外科学会の予測死亡リスク(STS-PROM)スコア(範囲:0~100%、高スコアほど術後30日以内の死亡リスクが高い)が<10%、LVEF≧50%の65歳以上の患者を、TAVR群および経過観察群に1対1の割合で無作為に割り付けた。 TAVR群では、経大腿アプローチでバルーン拡張型弁(SAPIEN 3/3 Ultra、Edwards Lifesciences製)を用い、経過観察群ではガイドラインに従って標準治療を行った。 主要エンドポイントは、全死因死亡、脳卒中または心血管系疾患による予定外の入院の複合とし、ITT解析を実施した。TAVR群で複合イベントリスクが半減 2017年3月~2021年12月に1,578例がスクリーニングを受け、適格患者901例が無作為に割り付けられた(TAVR群455例、経過観察群446例)。患者背景は、平均年齢75.8歳、女性が30.9%、STS-PROM平均値は1.8%であり83.6%の患者は地域のハートチームによる評価で手術リスクが低いと判定されていた。 追跡期間中央値3.8年において、主要エンドポイントの複合イベントは、TAVR群で122例(26.8%)、経過観察群で202例(45.3%)に認められ、ハザード比は0.50(95%信頼区間:0.40~0.63、p<0.001)であった。各イベントの発生率は、TAVR群と経過観察群でそれぞれ全死因死亡が8.4%、9.2%、脳卒中が4.2%、6.7%、心血管系疾患による予定外の入院が20.9%、41.7%であった。 経過観察群では追跡期間中に446例中388例(87.0%)が大動脈弁置換術を受けた。 手技に関連した有害事象は、TAVR群の患者と経過観察群で大動脈弁置換術を受けた患者との間で明らかな差は認められなかった。

770.

出産女性へのトラネキサム酸予防投与、出血リスクを軽減/Lancet

 出産する女性へのトラネキサム酸の予防投与はプラセボと比較して、生命を脅かす出血リスクを軽減することが認められ、血栓症のリスクを高めるというエビデンスは確認されなかった。英国・ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のKatharine Ker氏らAnti-fibrinolytics Trialists Collaborators Obstetric Groupが、無作為化比較試験のシステマティックレビューと個別被験者データ(IPD)を用いたメタ解析の結果で示した。トラネキサム酸は、臨床的に産後出血と診断された女性に推奨される治療薬であるが、出血を予防可能かについては不明であった。著者は、「出産するすべての女性にトラネキサム酸の使用を推奨するわけではないが、死亡リスクの高い女性では産後出血の診断前にトラネキサム酸の使用を検討すべきである」とまとめている。Lancet誌2024年10月26日号掲載の報告。トラネキサム酸の無作為化プラセボ対照試験についてIPDメタ解析を実施 研究グループは、WHO国際臨床試験登録プラットフォーム(WHO International Clinical Trials Registry Platform)を用い、出産する女性を対象にトラネキサム酸の有効性を評価した無作為化プラセボ対照比較試験を、データベース開始から2024年8月4日まで検索した。適格基準は、前向き登録、対象例数500例以上、割り付けの手順および隠蔽化に関するバイアスリスクが低い試験とした。 各適格試験の研究者から匿名化されたIPDを提供してもらい、2人の研究者がデータを抽出するとともに、コクランバイアスリスクツール修正版を用いてバイアスリスクを評価した。 有効性の主要アウトカムは生命を脅かす出血(出産後24時間以内の出血に関する死亡または外科的介入[開腹術、塞栓術、子宮圧迫縫合または動脈結紮]の複合)、安全性の主要アウトカムは致死的または非致死的血栓塞栓症の発生であった。メタ解析には1段階法を用いた。出血リスクは有意に減少、血栓塞栓症リスクはプラセボとの差なし 検索の結果、適格基準を満たした5件の臨床試験から計5万4,404例のデータが解析対象となった。4件において4万3,409例のIPDが得られ、1件については公表された試験報告書から1万995例の集計データを取得した。 解析対象のすべての試験は、バイアスリスクが低かった。 生命を脅かす出血は、トラネキサム酸群で2万7,300例中178例(0.65%)、プラセボ群で2万7,093例中230例(0.85%)に発生した(統合オッズ比[OR]:0.77、95%信頼区間[CI]:0.63~0.93、p=0.008)。トラネキサム酸の有効性が、生命を脅かす出血の潜在的リスク、分娩の種類、中等度または重度の貧血の有無または投与時期によって変化するというエビデンスは確認されなかった。 血栓塞栓症に関しては、トラネキサム酸群とプラセボ群との間に有意差は認められなかった。致死的または非致死的血栓塞栓症の発生は、トラネキサム酸群で2万6,571例中50例(0.2%)、プラセボ群で2万6,373例中52例(0.2%)であった(統合OR:0.96、95%CI:0.65~1.41、p=0.82)。 サブグループ解析において、有意な異質性は認められなかった。

771.

早期初潮がうつ病と関連〜メタ解析

 早期初潮とうつ病との関連におけるエビデンスには、一貫性がない。中国・北京師範大学のLing Jiang氏らは、早期初潮とうつ病との関連性を明らかにするため、システマティックレビューおよびメタ解析を実施した。Journal of Affective Disorders誌オンライン版2024年10月9日号の報告。 2024年6月17日までに公表された研究を複数のデータベースより検索した。プールされたエフェクトサイズを算出するため、ランダム効果モデルを用いた。 主な結果は以下のとおり。・22研究、8万7,798例をメタ解析に含めた。・22研究のNewcastle-Ottawa Scale(NOS)スコアの範囲は4〜8、中央値は6。・早期初潮群は、非早期初潮群と比較し、うつ病スコア(標準平均差:0.13、95%信頼区間[CI]:0.04〜0.21)、うつ病発症率(オッズ比:1.37、95%CI:1.23〜1.52)が有意に高かった。・ただし、中程度の異質性が認められた(うつ病スコア:I2=54%、p=0.03、うつ病発症率:I2=61%、p=0.001)・サブグループ解析では、うつ病スコアと研究の種類(コホート研究:I2=57%、p=0.071、ケースコントロール研究:I2=61%、p=0.051)および研究の質(6以上:I2=58%、p=0.065、6未満:I2=62%、p=0.052)との有意な関連が認められた。 著者らは「早期初潮とうつ病との関連が明らかとなった。両親、学校、医療者は、より早期に初潮を迎えた女児のメンタルヘルスを注意深くモニタリングする必要がある」と結論付けている。

772.

さじ加減で過降圧や副作用を調整している医師にとっては3剤配合剤の有用性は低い(解説:桑島巌氏)

 Ca拮抗薬、ARB/ACE阻害薬の単剤で降圧目標値に達しない場合には両者の併用、それでも降圧目標値に達しない場合には、サイアザイド類似薬またはサイアザイド系利尿薬の3剤併用とするのが『高血圧治療ガイドライン2019』である。その場合、3剤を1つの配合剤とすることで服薬コンプライアンスの改善が見込まれるが、本試験は、Ca拮抗薬アムロジピン2.5mg、ARB(テルミサルタン20mg)、サイアザイド類似薬(インダパミド1.25mg)の3剤を配合したGMRx2(本邦未発売)半量の有効性と安全性を、各成分2剤併用と比較した国際共同二重盲検試験である。12週間追跡の結果、3剤配合は2剤併用よりも家庭血圧の有意な降圧をもたらし、外来血圧の降圧率も優れ、かつ副作用による中断率においては2剤併用と差がなかったというのが結論である。 さて、この試験結果が本邦の実臨床にどの程度役立つかが問題である。 本試験の3剤配合、2剤併用に用いられているアムロジピン、テルミサルタンの用量は、日本の初期用量と同じである。インダパミドは、わが国では1mg錠が最小用量であるが、本試験の1.25mg錠とほぼ同じと見てよいであろう。注目すべきは、テルミサルタンとインダパミドの2剤併用は平均値で見ると130/80mmHgを下回る有効性を示し、十分な降圧効果をもたらしており、2剤併用でも十分な降圧効果が得られている点である。ARB/ACE阻害薬とサイアザイド系薬の併用は非常に有効ではあるが、とくに高齢者では低Na血症や低K血症による不整脈や脱力などの副作用に十分な注意が必要である。その場合、配合剤では微調整がしにくいという難点が生じる。とくに、さじ加減で血圧や副作用により用量を微調整している医師にとっては、3剤配合剤の有用性は低いと思われる。

773.

急速進行性糸球体腎炎〔RPGN:Rapidly progressive glomerulonephritis〕

1 疾患概要■ 定義急速進行性糸球体腎炎(Rapidly progressive glomerulonephritis:RPGN)は、数週~数ヵ月の経過で急性あるいは潜在性に発症し、血尿(多くは顕微鏡的血尿、まれに肉眼的血尿)、蛋白尿、貧血を伴い、急速に腎機能障害が進行する腎炎症候群である。病理学的には、多数の糸球体に細胞性から線維細胞性の半月体の形成を認める半月体形成性(管外増殖性)壊死性糸球体腎炎(crescentic[extracapillary]and necrotic glomerulonephritis)が典型像である。■ 疫学わが国のRPGN患者数の新規受療者は約2,700~2,900人と推計され1)、日本腎臓病総合レジストリー(J-RBR/J-KDR)の登録では、2007~2022年の腎生検登録症例のうちRPGNは年度毎にわずかな差があるものの5.4~9.6%(平均7.4%)で近年増加傾向にある2)。また、日本透析医学会が実施している慢性透析導入患者数の検討によると、わが国でRPGNを原疾患とする透析導入患者数は1994年の145人から2022年には604人に約5倍に増加しており、5番目に多い透析導入原疾患である3)。RPGNは、すべての年代で発症するが、近年増加が著しいのは、高齢者のMPO-ANCA陽性RPGN症例であり、最も症例数の多いANCA関連RPGNの治療開始時の平均年令は1990年代の60歳代、2000年代には65歳代となり、2010年以降70歳代まで上昇している6)。男女比では若干女性に多い。■ 病因本症は腎糸球体の基底膜やメサンギウム基質といった細胞外基質の壊死により始まり、糸球体係蹄壁すなわち、毛細血管壁の破綻により形成される半月体が主病変である。破綻した糸球体係締壁からボウマン腔内に析出したフィブリンは、さらなるマクロファージのボウマン腔内への浸潤とマクロファージの増殖を来す。この管外増殖性変化により半月体形成が生じる。細胞性半月体はボウマン腔に2層以上の細胞層が形成されるものと定義される。細胞性半月体は可逆的変化とされているが、適切な治療を行わないと、非可逆的な線維細胞性半月体から線維性半月体へと変貌を遂げる4)。このような糸球体係蹄壁上の炎症の原因には、糸球体係締壁を構成するIV型コラーゲンのα3鎖のNC1ドメインを標的とする自己抗体である抗糸球体基底膜(GBM)抗体によって発症する抗GBM抗体病、好中球の細胞質に対する自己抗体である抗好中球細胞質抗体(ANCA)が関与するもの、糸球体係蹄壁やメサンギウム領域に免疫グロブリンや免疫複合体の沈着により発症する免疫複合体型の3病型が知られている。■ 症状糸球体腎炎症候群の中でも最も強い炎症を伴う疾患で、全身性の炎症に伴う自覚症状が出現する。全身倦怠感(73.6%)、発熱(51.2%)、食思不振(60.2%)、上気道炎症状(33.5%)、関節痛(18.7%)、悪心(29.0%)、体重減少(33.5%)などの非特異的症状が大半であるが5)、潜伏性に発症し、自覚症状を完全に欠いて検尿異常、血清クレアチニン異常の精査で診断に至る例も少なくない。また、腎症候として多いものは浮腫(51.2%)、肉眼的血尿(14.1%)、乏尿(16.4%)、ネフローゼ症候群(17.8%)、急性腎炎症候群(18.5%)、尿毒症(15.8%)5)などである。肺病変、とくに間質性肺炎の合併(24.5%)がある場合、下肺野を中心に湿性ラ音を聴取する。■ 分類半月体形成を認める糸球体の蛍光抗体法所見から、(1)糸球体係蹄壁に免疫グロブリン(多くはIgG)の線状沈着を認める抗糸球体基底膜(glomerular basement membrane:GBM)抗体型、(2)糸球体に免疫グロブリンなどの沈着を認めないpauci-immune型、(3)糸球体係蹄壁やメサンギウム領域に免疫グロブリンや免疫複合体の顆粒状の沈着を認める免疫複合体型の3型に分類される。さらに、血清マーカー、症候や病因を加味しての病型分類が可能で、抗GBM抗体病は肺出血を合併する場合にはグッドパスチャー症候群、腎病変に限局する場合には抗GBM腎炎、pauici-immune型は全身の各諸臓器の炎症を併発する全身性血管炎に対し、腎臓のみに症候を持つ腎限局型血管炎(Renal limited vasculitis)とする分類もある。このpauci-immune型の大半は抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophi cytoplasmic antibody:ANCA)が陽性であり、近年ではこれらを総称してANCA関連血管炎(ANCA associated vasculitis:AAV)と呼ばれる。ANCAには、そのサブクラスにより核周囲型(peri-nuclear)(MPO)-ANCAと細胞質型(Cytoplasmic)(PR3)-ANCAに分類される。■ 予後RPGNは、糸球体腎炎症候群の中で腎予後、生命予後とも最も予後不良である。しかしながら、わが国のRPGNの予後は近年改善傾向にあり、治療開始からの6ヵ月間の生存率については1989~1998年で79.2%、1999~2001年で80.1%、2002~2008年で86.1%、2009~2011年で88.5%、2012~2015年で89.7%、2016~2019年で89.6%と患者の高齢化が進んだものの短期生命予後は改善している。6ヵ月時点での腎生存率は1989~1998年で73.3%、1999~2001年で81.3%、2002~2008年で81.8%、2009~2011年で78.7%、2012~2015年で80.4%、2016~2019年で81.4%であり、腎障害軽度で治療開始した患者の腎予後は改善したものの、治療開始時血清クレアチニン3mg/dL以上の高度腎障害となっていた患者の腎予後については、改善を認めていない6)。また、脳血管障害や間質性肺炎などの腎以外の血管炎症候の中では、肺合併症を伴う症例の生命予後が不良であることがわかっている。感染症による死亡例が多いため、免疫抑制薬などの治療を控えるなどされてきたが、腎予後改善のためにさらなる工夫が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)RPGNは、早期発見による早期治療開始が予後を大きく左右する。したがって、RPGNを疑い、本症の確定診断、治療方針決定のための病型診断の3段階の診断を速やかに行う必要がある。■ 早期診断指針(1)血尿、蛋白尿、円柱尿などの腎炎性尿所見を認める、(2)GFRが60mL/分/1.73m2未満、(3)CRP高値や赤沈亢進を認める、の3つの検査所見を同時に認めた場合、RPGNを疑い、腎生検などの腎専門診療の可能な施設へ紹介する。なお、急性感染症の合併、慢性腎炎に伴う緩徐な腎機能障害が疑われる場合には、1~2週間以内に血清クレアチニン値を再検する。また、腎機能が正常範囲内であっても、腎炎性尿所見と同時に、3ヵ月以内に30%以上の腎機能の悪化がある場合にはRPGNを疑い、専門医への紹介を勧める。新たに出現した尿異常の場合、RPGNを念頭において、腎機能の変化が無いかを確認するべきである。■ 確定診断のための指針(1)病歴の聴取、過去の検診、その他の腎機能データを確認し、数週~数ヵ月の経過で急速に腎不全が進行していることの確認。(2)血尿(多くは顕微鏡的血尿、まれに肉眼的血尿)、蛋白尿、赤血球円柱、顆粒円柱などの腎炎性尿所見を認める。以上の2項目を同時に満たせば、RPGNと診断することができる。なお、過去の検査歴などがない場合や来院時無尿状態で尿所見が得られない場合は臨床症候や腎臓超音波検査、CT検査などにより、腎のサイズ、腎皮質の厚さ、皮髄境界、尿路閉塞などのチェックにより、慢性腎不全との鑑別を含めて、総合的に判断する。■ 病型診断可能な限り速やかに腎生検を行い、確定診断と同時に病型診断を行う。併せて血清マーカー検査や他臓器病変の評価により二次性を含めた病型の診断を行う。■ 鑑別診断鑑別を要する疾患としては、さまざまな急性腎障害を来す疾患が挙げられる。とくに高齢者では血尿を含めた無症候性血尿例に、脱水、薬剤性腎障害の併発がある場合などが該当する。また、急性間質性腎炎、悪性高血圧症、強皮症腎クリーゼ、コレステロール結晶塞栓症、溶血性尿毒症症候群などが類似の臨床経過をたどる。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)入院安静を基本とする。本症の発症・進展に感染症の関与があること、日和見感染の多さなどから、環境にも十分配慮し、可能な限り感染症の合併を予防することが必要である。RPGNは、さまざまな原疾患から発症する症候群であり、その治療も原疾患により異なる。本稿では、ANCA陽性のpauci-immune型RPGNの治療法を中心に示す。治療の基本は、副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制薬による免疫抑制療法である。初期治療は、副腎皮質ホルモン製剤で開始し、炎症の沈静化を図る。早期の副腎皮質ホルモン製剤の減量が必要な場合や糖尿病などの併発例で血糖管理困難例には、アバコパンの併用を行う。初期の炎症コントロールを確実にするためにシシクロホスファミド(経口あるいは静注)またはリツキシマブの併用を行う。また、高度腎機能障害を伴う場合には血漿交換療法を併用する。これらの治療で約6ヵ月間、再発、再燃なく加療後に、維持治療に入る。維持治療については経口の免疫抑制薬や6ヵ月毎のリツキシマブの投与を行う。また、日和見感染症は、呼吸不全により発症することが多い。免疫抑制療法中には、ST合剤(1~2g 48時間毎/保険適用外使用)の投与や、そのほかの感染症併発に細心の注意をはらう。4 今後の展望RPGNの生命予後は各病型とも早期発見、早期治療開始が進み格段の改善をみた。しかしながら、進行が急速で治療開始時の腎機能進行例の腎予後はいまだ不良であり、初期治療ならびにその後の維持治療に工夫を要する。新たな薬剤の治験が開始されており、早期発見体制の確立と共に、予後改善の実現が待たれる。抗GBM腎炎については、早期発見がいまだ不能で、過去30年間にわたり腎予後は不良のままで改善はみられていない。現在欧州を中心に抗GBM腎炎に対する新たな薬物治療の治験が進められている7)。5 主たる診療科腎臓内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本腎臓学会ホームページ(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)急速進行性腎炎症候群の診療指針 第2版(医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 急速進行性糸球体腎炎(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)旭 浩一ほか. 腎臓領域指定難病 2017年度新規受療患者数:全国アンケート調査. 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)難治性腎疾患に関する調査研究 平成30年度分担研究報告書.2019.2)杉山 斉ほか. 腎臓病総合レジストリー(J-RBR/J-KDR) 2022年次報告と経過報告.第66回日本腎臓学会学術総会3)日本透析医学会 編集. 我が国の慢性透析療法の現況(2022年12月31日現在)4)Atkins RC, et al. J Am Soc Nephrol. 1996;7:2271-2278.5)厚生労働省特定疾患進行性腎障害に関する調査研究班. 急速進行性腎炎症候群の診療指針 第2版. 日腎誌. 2011;53:509-555.6)Kaneko S, et al. Clin Exp Nephrol. 2022;26:234-246.7)Soveri I, et al. Kidney Int. 2019;96:1234-1238.公開履歴初回2024年11月7日

774.

第121回 高額過ぎて新型コロナワクチン接種が進まない

各学会から見解2024年10月に、日本感染症学会・日本呼吸器学会・日本ワクチン学会の3学会から合同で、「2024年度の新型コロナワクチン定期接種に関する見解」が発出され1)、「高齢者における重症化・死亡リスクはインフルエンザ以上であり、今冬の流行に備えて、10月から始まった新型コロナワクチンの定期接種を強く推奨」と記載されました。そして、日本小児科学会から「2024/25シーズンの小児への新型コロナワクチン接種に対する考え方」も発出され2)、「生後6ヵ月~17歳のすべての小児への新型コロナワクチン接種(初回シリーズおよび適切な時期の追加接種)が望ましい。特に、重症化リスクが高い基礎疾患のある児への接種を推奨」という文面になりました。こうした学会の見解は、これまでのエビデンスに裏付けられたものであり、一定の合理性を感じます。「変異ウイルスに効かない説」いまだによく聞く言説として、今年のワクチンはもう新しいKP.3系統に効果がないというものがあります。これは誤解です。確かに、従来のワクチン(起源株の1価ワクチン、BA.4・BA.5を含む2価ワクチン、XBB.1.5の1価ワクチン)やXBB以前の獲得免疫については、現在の主流株であるKP.3にはやや劣る側面があるかもしれません。しかし、現在定期接種で用いられているJN.1の1価ワクチンは、ここよりも下位系統に対して中和抗体の誘導が可能で、現在主流のKP.3系統も含めて発症予防効果があると考えられています3)。この冬に流行するのは、おそらくXEC株というものですが、これはKS.1.1(JN.13.1.1.1)とKP.3.3(JN.1.11.1.3.3)の組み換え体であるため4)、これもJN.1対応の現行ワクチンで効果があると思われます。ちなみに、JN.1対応ワクチンを接種した場合、KP.3株およびXEC株に対する中和抗体価は、JN.1株ほどではないものの有意に向上したという査読前論文があります5)。この冬に流行しそうな株は、現行ワクチンで十分と考えられます。現状、過去のワクチン接種の後、効果がなくなってしまった人がほとんどなので、とくに定期接種対象者についてはどこかで接種を検討する形でよいかと理解しています。高額過ぎて打てない自治体によって対応に差はありますが、ほとんどの子供は定期接種対象者ではありません。そのため、新型コロナワクチンの接種費用はガチでかかります。約1万5,000円です。家族4人で打つと6万円ということになるので、それなら感染予防を心掛けて今年の冬を乗り切ろうというご家庭が多いかもしれません。この費用負担が、新型コロナワクチンの接種を妨げる一因ともいえます。インフルエンザワクチンは接種するものの、コロナワクチンは見送る──そんなご家庭が増えているのが現状です。さらに、レプリコンワクチンに関する誤情報も影響している可能性があります。実際、Meiji Seika ファルマは、こうしたデマに対して訴訟を起こすなど、厳しい対応を行っています。諸外国では無料で接種できる国も多く、日本の現状は「予防医学の理想」からは遠い位置にあります。将来的にインフルエンザとの混合ワクチンが実現する際には、この費用の問題も解決されることが期待されます。参考文献・参考サイト1)日本感染症学会, 日本呼吸器学会, 日本ワクチン学会. 2024年度の新型コロナワクチン定期接種に関する見解(2024年10月17日)2)日本小児科学会. 2024/25シーズンの小児への新型コロナワクチン接種に対する考え方(2024年10月27日)3)厚生労働省. 第2回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会季節性インフルエンザワクチン及び新型コロナワクチンの製造株について検討する小委員会資料. 資料1「2024/25シーズン向け新型コロナワクチンの抗原組成について」(2024年5月29日)4)Kaku Y, et al. Virological characteristics of the SARS-CoV-2 XEC variant. bioRxiv. 2024 Oct 17. [Preprint]5)Arona P, et al. Impact of JN.1 booster vaccination on neutralisation of SARS-CoV-2 variants KP.3.1.1 and XEC. bioRxiv. 2024 Oct 04. [Preprint]

775.

乳がんにおけるADCの使いどころ、T-DXdとSGを中心に/日本癌治療学会

 現在、わが国で乳がんに承認されている抗体薬物複合体(ADC)は、HER2を標的としたトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)とトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)、TROP2を標的としたサシツズマブ ゴビテカン(SG)の3剤があり、新たなADCも開発されている。これら3剤の臨床試験成績と使いどころについて、国立がんセンター東病院の内藤 陽一氏が第62回日本癌治療学会学術集会(10月24~26日)におけるシンポジウム「明日からの乳癌診療に使える!最新の薬剤の使いどころ」で講演した。開発が進むADC、現在3剤が承認 内藤氏はまず、「ADCは次々と開発が進んでおり、現在3剤が承認されているが、今後も新薬の登場や適応追加が予想される」と述べ、“明日から”というより“明日まで”使える内容と前置きした。 現在承認されている3剤の適応は、T-DM1がHER2+乳がん、T-DXdがHER2+乳がんおよびHER2低発現乳がん、SGがトリプルネガティブ(TN)乳がんである。T-DXdはさらにHER2超低発現乳がんにおける有効性が示され、SGは海外でHR+乳がんにも有効性が示されていることから、今後適応が広がる可能性がある。HER2+進行乳がん2次治療はT-DM1からT-DXdに HER2+進行乳がんに対するT-DM1の第III相試験には、トラスツズマブ+タキサンの治療歴のある患者に対してカペシタビン+ラパチニブと比較したEMILIA試験、3次治療以降で医師選択治療(TPC)と比較したTH3RESA試験が挙げられる。どちらも全生存期間(OS)の有意な改善が示されたことから、トラスツズマブ+タキサン後の2次治療以降の標準治療となったが、現在は以下のようにT-DXdに塗り替えられた。 T-DXdは、トラスツズマブ+タキサンの治療歴がある患者に対してT-DM1と比較したDESTINY-Breast03試験、T-DM1治療歴のある患者に対してTPCと比較したDESTINY-Breast02試験があり、どちらもOSの有意な改善が認められた。一方、同じ2次治療として、トラスツズマブ+タキサンの治療歴のある患者に対してT-DM1+tucatinibをT-DM1と比較したHER2CLIMB-02試験があり、無増悪生存期間(PFS)の有意な改善が認められた。試験間での比較は適切ではないものの、ハザード比(HR)はHER2CLIMB-02試験では0.76(95%信頼区間[CI]:0.61~0.95)とDESTINY-Breast03試験の0.33(同:0.26~0.43)とは大きな差があり、脳転移症例に対してどちらも効果が認められること、tucatinibは現在日本では承認されていないこともあり、T-DXdがHER2+進行乳がんの2次治療の標準治療となっている。NCCNガイドラインでも2次治療にはT-DXdのみが記載されている。HR+進行乳がんには現在T-DXdのみ、開発中の薬剤も HR+進行乳がんでは、HER2低発現乳がん(IHC2+/ISH-またはIHC1+)とHER2超低発現(IHC0で染色細胞が10%以下存在)にT-DXdの有効性が認められ、現在はHER2低発現乳がんに対してのみ、2次治療以降で承認されている。 SGについても、2~4ラインの治療歴のあるHR+/HER2-進行乳がんを対象としたTROPICS-02試験において、TPCに比べてPFSおよびOSの改善が報告されている(日本ではHR+進行乳がんには未承認)。さらにTROP2を標的としたdatopotamab deruxtecan (Dato-DXd)が開発中である。すでにSGが承認されている米国のNCCNガイドラインでは、HR+進行乳がんの2次治療として、HER2低発現ではT-DXd、それ以外はSGと記載されている。TN乳がんに対するT-DXdとSGの試験成績 TN乳がんに対するADCとしては、T-DXdとSGが承認されている。T-DXdについては、HER2低発現進行乳がんに対するDESTINY-Breast04試験において、HR-症例のみの解析でPFS、OSとも良好な結果であったが、症例数は58例(T-DXd群40例、TPC群18例)と少ない。一方、SGのTN乳がんに対するASCENT試験は529例と症例数が十分に多く、PFSのHRは0.41(95%CI:0.32~0.52)、OSのHRは0.48(同:0.38~0.59)と良好な結果が示されている。NCCNガイドラインでは、TN乳がん2次治療においてSGが上に記載されており、生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントなしかつHER2低発現にはT-DXdと記載されている。 内藤氏は、ADCにおけるもう1つの問題として、ADC後のADCは効果が低い可能性があるという報告がなされていることから、「ADC後に何を投与するかということが今後の課題」と述べた。わが国における現時点のADCの使いどころは? 最後に内藤氏は、日本における2024年10月時点のADCの使いどころについてまとめた。 まず、HER2+進行乳がんでは2次治療にT-DXd、3次治療以降にT-DM1が入る。HR+進行乳がんでは2次治療にT-DXd(HER2低発現)のみ入っているが、「今後、SG、Dato-DXdが承認されたときにどれを使うかは今後の議論」とした。TN進行乳がんでは2次治療にSGとT-DXd(HER2低発現)が入るが、ベネフィットの大きさにはあまり遜色ないと述べた。また、これらの注意すべき有害事象のマネジメントについて、SGでは好中球減少が比較的多いためG-CSF投与などのマネジメント、T-DXdではILDのマネジメントを挙げ、講演を終えた。

776.

造血器腫瘍も遺伝子パネル検査の時代へ/日本血液学会

 固形がんで遺伝子検査が普及しているなか、造血器腫瘍でも適切な診断・治療のために遺伝子情報は不可欠となりつつある。日本血液学会からは有用性の高い遺伝子異常と遺伝子検査の活用方針を示した「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン」が発行された。第86回日本血液学会学術集会では、Special Symposiumとして遺伝子パネルの実臨床での活用状況が発表された。臨床現場で進む造血器腫瘍の遺伝子解析 造血器腫瘍では対象となる遺伝子異常が固形がんとは違う。また、遺伝子検査の目的も固形がんでは治療対象の探索だが、造血器腫瘍ではさらに診断、予後予測が加わる。そのため、造血器腫瘍専用の遺伝子プロファイル検査が必要とされている。 九州大学では398遺伝子を標的としたDISCAVar panelを開発、すでに1,500以上の症例に活用している。名古屋大学では急性骨髄性白血病(AML)に関連する58種類の遺伝子を対象とした次世代シークエンス(NGS)解析を行っている。AML250例を超える解析結果から、従来の染色体検査に遺伝子検査を加えることで、より精密な予後層別化が可能になることを明らかにした。承認された造血器腫瘍遺伝子パネル検査「ヘムサイト」 造血器腫瘍専用の遺伝子パネル検査の必要性が望まれるなか、国立がん研究センター、九州大学、京都大学、名古屋医療センター、東京大学医科学研究所、慶應義塾大学および大塚製薬が共同で開発した造血器腫瘍遺伝子パネル検査「ヘムサイト」が2024年9月に製造販売承認された。 ヘムサイトは一塩基置換や遺伝子の挿入・欠損、また融合遺伝子や構造異常を含む計452の遺伝子をDNAとRNAの解析によって同定する。 国立がん研究センター研究所ではプロトタイプ検査を用いた前向き試験を実施し、この検査の臨床的な有用性を評価した。176症例の188検体を解析し、296個の遺伝子に1,746個の異常を同定した。85%の症例でガイドラインで認められているエビデンスを有する異常が確認され、遺伝子パネル検査の臨床的有用性を示す結果となった。

777.

「大腸癌治療ガイドライン」、主な改訂ポイントを紹介/日本癌治療学会

 第62回日本癌治療学会学術集会(10月24~26日)では「がん診療ガイドライン作成・改訂に関する問題点と対応について」と題したシンポジウムが開かれた。この中で今年7月に発行された「大腸癌治療ガイドライン2024年版」について、作成委員会委員長を務めた東京科学大学 消化管外科の絹笠 祐介氏が、本ガイドラインの狙いや主な改訂ポイントを紹介した。大腸癌治療ガイドライン2024年版の変更点:CQに推奨の合意度を記載 「大腸癌治療ガイドライン」は2005年に初版を発行、その後7回の改訂を重ね、今回は第8版で2年ぶりの改訂となる。前回は薬物療法に関連した部分改訂だったが、今回は全領域を改訂し、クリニカル・クエスチョン(CQ)も刷新した。 大腸癌治療ガイドラインの特徴は、一般病院の医師が診療を行う際の指標になることを目的としていることだ。実臨床で使いやすいものとするため、多くのガイドラインが準拠する「Minds診療ガイドライン作成マニュアル」は参考に留め、エビデンスと推奨の不一致を許容する方針としている。実務で使いやすいよう「できるだけ薄くする」ことも目指しており、今版のCQの数は28と旧版から変えず、本文や資料も凝縮することで157頁とほかのがん関連ガイドラインと比べてコンパクトになっている。 また、大腸癌治療ガイドライン2024年版からの変更点としては、CQにおける推奨の合意度を記載して委員の意見の相違が見えるようにしたこと、集学的治療が進む大腸がん治療を鑑みて補助療法に関しては関連領域の委員が合同で原案作成、推奨度の決定を行う形式に変更したことがある。さらに作成期間中を通してパブリックコメントを募集し、内容に反映させる試みも行った。 大腸癌治療ガイドライン2024年版で新設されたCQは以下のとおり。CQ3 大腸癌に対するロボット支援手術は推奨されるか?1)ロボット支援手術は、直腸癌手術の選択肢の1つとして行うことを強く推奨する(推奨度1・エビデンスレベルB、合意率:74%)。 2)また、結腸癌手術の選択肢の1つとして行うことを弱く推奨する(推奨度2・エビデンスレベルC、合意率96%)→ロボット手術が保険適用となったことを踏まえて新設。CQ9 周術期薬物療法の前にバイオマーカー検査は推奨されるか?1)RAS、BRAF、ミスマッチ修復機能欠損(MSIもしくはMMR-IHC)検査を行うことを弱く推奨する(推奨度2・エビデンスレベルB、合意率78%)2)Stage II/III大腸癌の術後についてはミスマッチ修復機能欠損検査を行うことを強く推奨する(推奨度1・エビデンスレベルA、合意率96%)→バイオマーカーによる予後予測の有用性に関する報告を踏まえ、初めて関連するCQを設定。CQ12 直腸癌に対するTotal Neoadjuvant Therapy(TNT)は推奨されるか?直腸癌に対するTNTは行わないことを弱く推奨する。(推奨度2・エビデンスレベルC、合意率:70%)CQ13 直腸癌術前治療後cCR症例に対するNon-Operative Management (NOM)は推奨されるか?行わないことを弱く推奨する。(推奨度 2・エビデンスレベル C、合意率:39%)→欧米を中心に広がりを見せるTNT(=術前の集学的治療)、NOM(=非手術管理)についてのCQを新設。いずれも「行わないことを弱く推奨」となったが、NOMに関しては委員の意見の相違も見られた。CQ19 切除可能肝転移に対する術前化学療法は推奨されるか?切除可能な肝転移に対する術前化学療法は行わないことを弱く推奨する。(推奨度2・エビデンスレベルC、合意率:91%)CQ20 肝転移巣切除後に対する術後補助化学療法は推奨されるか? 肝転移巣切除後に対して術後補助化学療法を行うことを弱く推奨する。(推奨度2・エビデンスレベルB、合意率:87%)→これまで術前術後が一緒になっていたCQを分けて新設。CQ22 大腸癌の卵巣転移に対して卵巣切除は推奨されるか?1)根治切除可能な同時性および異時性卵巣転移に対しては、切除することを強く推奨する。(推奨度1・エビデンスレベルB、合意率74%)2)卵巣転移および卵巣転移以外の切除不能遠隔転移を同時に有する場合、薬物療法を選択するが、卵巣転移の増大による自覚症状がある場合は、卵巣転移の姑息切除を行うことを弱く推奨する。(推奨度2・エビデンスレベルC、合意率91%)CQ28 肛門管扁平上皮癌に対して化学放射線療法は推奨されるか?遠隔転移を認めない肛門管扁平上皮癌患者に対して、化学放射線療法を行うよう強く推奨する。(推奨度1・エビデンスレベルA、合意率100%)→大腸癌研究会のプロジェクト研究から得られた新たなエビデンスを踏まえ、卵巣転移、肛門管扁平上皮癌に関するCQを新設。CQ25 切除不能大腸癌に対する導入薬物療法後の維持療法は推奨されるか?オキサリプラチン併用導入薬物療法開始後に、患者のQOLなどを考慮して、維持療法に移行することを推奨する。1)FOLFOXIRI+BEV後のフッ化ピリミジン+BEV(推奨度1・エビデンスレベルA、合意率100%)2)FOLFOX/CAPOX/SOX+BEV後のフッ化ピリミジン+BEV(推奨度2・エビデンスレベルA、合意率65%)3)FOLFOX+CET/PANI後の5-FU+/-LV+CET/PANI(推奨度2・エビデンスレベルB、合意率91%)大腸癌治療ガイドライン2024年版の変更点:高齢者の定義引き上げ このほか、大腸癌治療ガイドライン2024年版では新たなエビデンスが集積した周術期薬物療法に関連した項目が大きく改訂され、「高齢者の術後補助療法」に関するCQ8では「高齢者」の定義が旧版の70歳から80歳に引き上げられるなど、各項目の見直しを行った。 完成後にはガイドライン評価委員会に外部評価を依頼した。この委員会はガイドラインの質担保のため専門委員、外部委員を含めた委員が専用のツールを使って評価をするもので、この評価の結果も掲載されている。 絹笠氏は「外部評価において指摘された患者参加、費用対効果の記載などは今後の課題だ。またガイドラインの実臨床への影響の評価、フューチャーリサーチクエスチョンへの対応、委員構成、発刊間隔なども今後の検討事項だと考えている。ガイドラインではCQが注目されるが、大腸癌治療ガイドライン2024年版は長年記載されていたCQを本文に落とし込むなど、1冊全体を充実させる工夫をした。ぜひ、全体に目を通していただきたい」とした。

778.

ベンゾジアゼピン中止戦略、マスクした漸減+行動介入の効果

 ベンゾジアゼピン(BZD)受容体作動性催眠薬(BZD睡眠薬)の臨床試験では、プラセボ効果が観察される。臨床ガイドラインでは、とくに高齢者においてBZD睡眠薬を中止し、不眠症の第1選択治療として不眠症の認知行動療法(CBT-I)が推奨されている。BZD睡眠薬の減量中に1日投与量をマスクし、プラセボ効果のメカニズムを活用してCBT-Iを強化する新たな介入方法が、BZD睡眠薬中止を促進するかは、不明である。米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校のConstance H. Fung氏らは、BZD睡眠薬のマスクした減量と増強CBT-Iを併用した介入は、BZD睡眠薬の長期中止に寄与するかを検討するため、ランダム化臨床試験を実施した。JAMA Internal Medicine誌オンライン版2024年10月7日号の報告。 対象は、大学および退役軍人省医療センターで現在または過去に不眠症に対しジアゼパム換算量8mg未満の用量でロラゼパム、アルプラゾラム、クロナゼパム、temazepam、ゾルピデムを3ヵ月以上、2回/週以上使用した55歳以上の患者。2018年12月〜2023年11月のデータを収集した。データ分析は、2023年11月〜2024年7月に実施した。BZD睡眠薬のマスクした減量と増強CBT-Iを併用した介入(MTcap群)と標準CBT-IとマスクしないBZD睡眠薬漸減による介入(SGT群)との比較を行った。主要有効性アウトカムは、治療終了後6ヵ月(6ヵ月ITT)でのBZD睡眠薬の中止率とし、7日間の自己申告による服薬記録を行い、サブセットについては尿検査測定を行った。副次的アウトカムは、治療後1週間および6ヵ月後の不眠症重症度質問票(ISI)スコア、治療1週間後にBZD睡眠薬の中止率、治療後1週間および6ヵ月後のBZD睡眠薬の投与量とDysfunctional Beliefs About Sleep-Medication subscaleとした。 主な結果は以下のとおり。・詳細なスクリーニングを行った338例のうち対象患者188例(平均年齢:69.8±8.3歳、男性:123例[65.4%]、女性:65例[35.6%])は、MTcap群92例、SGT群96例にランダムに割り付けられた。・MTcap群は、SGT群と比較し、6ヵ月後のBZD睡眠薬の中止率向上、1週間後のBZD睡眠薬の中止率向上、1週間後のBZD睡眠薬の1週間当たりの使用頻度の減少が認められた。【6ヵ月後のBZD睡眠薬の中止率】MTcap群:64例(73.4%)、SGT群:52例(58.6%)、オッズ比(OR):1.19、95%信頼区間[CI]:1.03〜3.70、p=0.04【1週間後のBZD睡眠薬の中止率】MTcap群:76例(88.4%)、SGT群:62例(67.4%)、OR:3.68、95%CI:1.67〜8.12、p=0.001【1週間後のBZD睡眠薬の1週間当たりの使用頻度】−1.31、95%CI:−2.05〜−0.57、p<0.001・フォローアップ時のISIスコアは、両群間で有意な差がなく改善が認められた(ベースラインから1週間後:1.38、p=0.16、6ヵ月後:0.16、p=0.88)。 著者らは「プラセボ効果のメカニズムをターゲットとしたBZD睡眠薬の減量とCBT-Iとの新たな併用療法により、BZD睡眠薬の長期中止率を改善することが示唆された」と結論付けている。

779.

リラグルチドは小児肥満の治療薬として有効である(解説:住谷哲氏)

 『小児肥満症診療ガイドライン2017』1)によると、小児肥満の定義は「肥満度が+20%以上、かつ体脂肪率が有意に増加した状態(有意な体脂肪率の増加とは、男児:25%以上、女児:11歳未満は30%以上、11歳以上は35%以上)」であり、肥満症は「肥満に起因ないし関連する健康障害(医学的異常)を合併するか、その合併が予想される場合で、医学的に肥満を軽減する必要がある状態をいい、疾患単位として取り扱う」とされる。ここで肥満度は学校保健安全法に基づき、肥満度(%)={(実測体重-標準体重)/標準体重}×100が広く用いられている。さらに小児期からの過剰な内臓脂肪蓄積は早期動脈硬化につながることから、小児期メタボリックシンドローム診断基準もすでに作成されている。小児肥満症患者の多くが成人肥満症に移行することから、現在では小児肥満症は成人の非感染性疾患(non-communicable disease:NCD)抑制のための重要な対象疾患と認識されている。 わが国では肥満と肥満症が区別されているが、欧米では区別されず、ともにobesityである。本試験の対象者も肥満に起因ないし関連する健康障害の有無はinclusion criteriaに含まれておらず、obesity-related complicationsとして耐糖能障害や高血圧などを有する対象者が約半数含まれている。したがって、以下のコメントでは「小児肥満症」ではなく「小児肥満」を使用する。 成人と同じく小児肥満の治療も食事・運動療法が基本となる。しかし、薬物療法が必要な患者も少なからず存在する。現在のわが国では残念ながら小児肥満に適応のある薬物は存在しない。リラグルチド(商品名:ビクトーザ)はわが国では肥満治療薬として承認されていないが、欧米では高用量(3.0mg/日)が肥満治療薬として承認されている。これまで成人(>18歳)2)、青少年(12~18歳)3)でその有効性が報告され、すでに治療薬として承認されているが、小児(6~12歳)での有効性は不明であった。そこで本試験「SCALE-Kids試験」が実施された。 対象患者の背景は平均で年齢10歳、身長149cm、体重70kg、腹囲95cm、BMI 31kg/m2である。リラグルチドの投与量は成人、青少年と同量の3.0mg/日であり56週後のBMIの変化率が主要評価項目とされた。その結果は予想どおり、リラグルチド群で有意なBMIの減少を認め、有害事象も許容範囲であった。 本試験の結果に基づいて、リラグルチドはおそらく小児肥満治療薬として欧米で承認されるだろう。わが国でも肥満の有病率は増加しているが欧米の比ではなく、本年ようやく成人に対してセマグルチド(商品名:ウゴービ)が肥満症治療薬として使用可能となったばかりである。わが国では成人に対してもリラグルチドは肥満治療薬として承認されておらず、小児肥満治療薬としての道のりはまだまだ遠いと思われる。

780.

TN乳がんに対する初のADCサシツズマブ ゴビテカン、有効性と注意すべき有害事象/ギリアド

 2024年9月24日、全身療法歴のある手術不能または再発のホルモン受容体陰性/HER2陰性(トリプルネガティブ)乳がん(TNBC)の治療薬として、TROP-2を標的とする抗体薬物複合体(ADC)サシツズマブ ゴビテカン(商品名:トロデルビ)が本邦で承認された。10月29日にギリアド・サイエンシズ主催のメディアセミナーが開催され、岩田 広治氏(名古屋市立大学大学院医学研究科臨床研究戦略部)が「トリプルネガティブ乳がんに新薬の登場」と題した講演を行った。ESMOガイドラインでは転移TNBCの2次治療として位置付け 欧米では同患者に対するサシツズマブ ゴビテカンは約3年前に承認・使用されており、2021年のESMO Clinical Practice Guideline1)ではPD-L1陽性患者に対する免疫療法、gBRCA陽性患者に対するPARP阻害薬、PD-L1およびgBRCA陰性患者に対する化学療法などの次治療として位置付けられている。 乳がん領域で承認されたADCとしてはトラスツズマブ エムタンシン(商品名:カドサイラ)、トラスツズマブ デルクステカン(商品名:エンハーツ)に続き3剤目となるが標的となる抗体が異なり、TNBCに対しては初めて承認されたADCとなる。岩田氏は、「新しい作用機序の薬剤が使えるようになることは朗報。われわれはこの新しい武器を有効に使っていかなければならない」と話した。ASCENT試験とASCENT-J02試験のポイント 国際第III相ASCENT試験(日本不参加)では、2レジメン以上の化学療法歴のある(術前化学療法後12ヵ月以内に再発した場合は1レジメンで参加可能)転移TNBC患者(529例)を対象として、サシツズマブ ゴビテカンと主治医選択による化学療法の有効性が比較された。PD-L1陽性で免疫チェックポイント阻害薬治療歴のある患者が26~29%、gBRCA陽性でPARP阻害薬治療歴のある患者が7~8%含まれており、再発診断から登録までの中央値は約15ヵ月であった。 最終解析の結果、無増悪生存期間(PFS)中央値はサシツズマブ ゴビテカン群4.8ヵ月vs.化学療法群1.7ヵ月(ハザード比[HR]:0.413、95%信頼区間[CI]:0.33~0.517)、全生存期間(OS)中央値は11.8ヵ月vs.6.9ヵ月(HR:0.514、95%CI:0.422~0.625)となり、サシツズマブ ゴビテカン群における改善が示されている2)。奏効率(ORR)は35% vs.5%であり、岩田氏はこの結果について「2レジメン以上の治療歴のある患者さんに対し、大きな治療効果といえる」と話した。 日本で実施された第II相ASCENT-J02試験においても、サシツズマブ ゴビテカン投与患者(36例)におけるPFS中央値は5.6ヵ月、OS中央値はNR、ORRは25%で、ASCENT試験で報告された有効性との一貫性が示されている。注意を払うべき有害事象と今後の展望 岩田氏は、有害事象の中でとくに注意すべきものとして好中球減少症、下痢や悪心などの消化器症状、脱毛を挙げた。Grade3以上の好中球減少症はASCENT試験で34%、ASCENT-J02試験で58%、下痢はそれぞれ10%、8.3%に認められた。欧米では好中球減少症への対策として60~70%で予防的G-CSF投与が行われているといい、岩田氏は好中球減少症のマネジメントが課題となると指摘した。 現在、転移・再発TNBCの1次治療におけるサシツズマブ ゴビテカンの有効性を評価する臨床試験がすでに進行中であるほか、同様の機序の薬剤の開発も進んでいる。岩田氏は今後はそれらの薬剤との組み合わせや使い分けが重要になってくるとして、講演を締めくくった。

検索結果 合計:10256件 表示位置:761 - 780