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第56回 コロナ禍で個人情報を晒す困窮者も、今こそ地域密着医療の出番では?

コロナ禍で2度目、しかも一部地域では緊急事態宣言発出中となるゴールデンウイーク(GW)は、多くの国民にとって過ごしにくかったに違いない。コロナ禍でたまりにたまった1年分の鬱憤を晴らしたくとも晴らす機会すらないのだから。かく言う私は、そもそもGWがあってないような立場に従来からおかれている。仕事を引き受けても、その一部を誰かに割り振ることができないフリーの立場にとっては、世間一般の長期休暇で仕事関係先から連絡が激減するGW、お盆休み、年末年始は溜まった仕事を片付けるための好機となる。実際、4月29日のGW入り以降、出かけた範囲は最も遠くても電車で20分以内の場所に限られている。また、GWは前述のように仕事関係先から連絡がこないので仕事をしながらも比較的普段よりはのんびり時間が過ごせる。ということで仕事の合間に仕事場周辺をトボトボ散歩することが増える。そんな散歩の道すがら、電柱に張られたある張り紙が目に留まった。それを見て「ああ、またか」と思った。同じような張り紙はちょうど昨年の第1回目の緊急事態宣言発令中にも目にしている。1回目の張り紙にはこう書いてあった。「お仕事探してます。特別なことはできませんが買い物の同行、散歩の同行お手伝いします。車椅子の方でも同行のお手伝いします。その他の事はそちらの方で決めてくださいよろしければ電話ください。090-○○○○-○○○○ ×(個人名)」正直、メディアで仕事をしているとさまざまな人に会い、さまざまなシーンに出くわすので、一般の人と比べ、何かに驚くことは明らかに少ない。しかし、これを見た時は正直かなり驚いた。私の場合、個人情報は守っても限界があるという認識がある上に、職業柄どうしても個人情報を一定程度さらさなければならないことが多く、自分の個人情報の開示に一定の耐性がある。しかし、一般人にとっては明日の生活がかかっていても個人の携帯電話番号や名字だけとはいえ、名前を不特定多数の人に晒すことはかなり勇気がいることだと思う。ちなみに余談になるが自身の個人情報開示については30代前半の頃、やややり過ぎの行動をし、周囲からたしなめられたことがある。それは取材相手とトラブルになった時のことだ。トラブルとは相手の発言をほぼ忠実にテープ起こしをして掲載したにもかかわらず、相手から電話があり、「そんなことは一言も言っていない」といきなり激怒されたのである。明確な言いがかりで録音音声もあるので、「お会いしてお聞かせしますよ」と言ったのだが先方はそれを無視。そうこうするうちにいきなりブログを開設し、私の名指し批判(というか中傷)投稿をし始めた。投稿の中には「この男の住所などの個人情報を集めております。提供していただいた方には謝礼5万円を差し上げます」との記述が。ちなみに私がこの相手に渡した名刺には住所は記載済み。まあ、放っておけばよかったのだが、若気の至りで自分の免許証の写メを添付し、「この通り情報提供しましたので謝礼をお振込みください」とご丁寧に銀行口座まで記載したメールを相手に送信したのだが返信はなかった。ちなみにこのメール送信の2日後にはブログそのものが消え失せていた。今ならば当然こんなことは決してしない。誠に若気の至りである。余談が長くなってしまったが、今回新たに見かけた張り紙はこう書いてある。「高齢者一人暮らしの方のお手伝い致します。日常生活で困ったこと掃除・洗濯電気等の交換・自転車の修理買い物の代行・買い物のお供その他いろいろお手伝いいたします。お気軽にご連絡して下さい090-○○○○-○○○○ ×(個人名)」電話番号と氏名は前回と同じで完全な同一人物だ。この地域には10年以上暮らしているが、こうした張り紙を見たのはこの2回だけである。やや極端を思うかもしれないが、この2回の張り紙だけでも、コロナ禍が社会全体に深刻なダメージをもたらしている証左の一部になると考えている。その意味で今回のコロナ禍がもっとも直撃した業種は、飲食業、宿泊業、医療・福祉業に代表される。前者2つの業種は、感染拡大阻止に伴う人と人の接触減、移動減の影響をまともにかぶった業種であり、医療・福祉業はまさに感染者発生などの対応でマンパワーが要求され、オーバーキャパシティとなった業種である。そして前述の張り紙を見て改めて調べた中で出てきたのが、厚生労働省職業安定局派遣・有期労働対策部企画課が過去に作成した資料である。約10年前のものでやや古いが、今でも一定の傾向は示せていると思う。私が注目したのは、この12ページ目にある業種別非正規雇用労働者の割合である。今回、負の影響が直撃した飲食、宿泊業での非正規雇用の割合が突出しているのである。つまり今回のコロナ禍で前年比5割以上の売上減などはもはや当たり前となっている飲食・宿泊業では、もともと経済・社会基盤がぜい弱な単身者・女性などを中心とする非正規雇用者が多く、これらの人が収入減や雇用調整などの影響を大きく受けていると想像できる。コロナ禍はもともと存在していた弱者を、さらに過酷な環境をもたらすことによって社会全体により強く印象付けているとも言える。こう書くと一見医療とは何も関係ないではないかと言われてしまうかもしれない。しかし、医療の世界でもこうした残酷な可視化はより進行しているはずである。たとえばちょっと考えただけでも次のような問題が浮かび上がってくる。ひとり親家庭での親側、老老介護夫婦家庭でのどちらか一人が新型コロナに感染したら、残された家族を誰がどうケアするのか?独居の認知症高齢者が感染したら、きちんと行動自粛をしてくれるだろうか?軽度認知障害の人が外出自粛を長期間続けたら症状の進行が加速しないだろうか?生活のリズムを整えることが重要な精神疾患患者が突然在宅ワークになったら悪影響はないだろうか?このようなことは挙げればキリがないはずだ。もちろんこれらの問題は現場の医療者だけで解決できることは少ない。ただ、行政や民間などとの連携で解決に導くとしても数多くの局面で医療者はゲートキーパーとならなければならない。まだ早いと言われるかもしれないが、ワクチン接種率が上昇し、今回のパンデミックが一定の収束を見せた時に、どのように行政や民間、あるいはつかみどころのない「地域」との連携を深めていくかは、今から各医療者に考えておいて欲しいことだと思い始めている。街角の張り紙一枚から「大仰な」と言われてしまうかもしれないが、敢えてこのようなことを言ったのはこの件をきっかけに過去数年間、医療の世界でよく耳にするある言葉に対する違和感を改めて思い出してしまったからだ。その言葉とは「地域密着」「地域包括ケア」の2つである。最近では新規のクリニックが開業するとほぼ即日インターネット上のホームページもオープンしていることが少なくない。そこでクリニックの院長の「ご挨拶」ページに行くと、多くは「地域に密着した」というキーワードが使われている。一方、「地域包括ケア」はご存じのように官製用語と言ってもよく、「医療や介護が必要な状態になっても、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した生活を続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される」仕組みを指す。どちらの言葉も聞こえは良く、そのことを誰も否定はできない。その分、気軽すぎるほど多用されている。意味のあいまいなままに、いかにも新しい内容を伝えているかのように思わせる言葉を指す「プラスチック・ワード」に該当するとさえ、個人的には思っている。ただ、ここまで使われてしまったものだからこそ、単なる「プラスチック・ワード」で終わらせず、より価値のある「プラチナ・ワード」とでも言うべきものに徐々に転換させていく必要があるのではないかと考えている。まさにそのため今回の方策の一つが、コロナ禍により医療者の目に映った弱者情報の発信と周囲との連携によるその対策の立案とだと考えている。そしてそれを支えるための情報発信がメディア側に求められているとも思うのだ。繰り返しになるが、このことは本来はポスト・コロナ・パンデミック期に考えるべきこと、さらに問題に対するより明確な対策やアイデアを伴ってすべきことと言われればそうである。ただ、このコロナ禍が近現代まれに見る事態であるがゆえに、ポストコロナ期になってからでは、反動でこれらの問題が一時的に忘れ去られ、そのまま一気に忘れ去られてしまうのではないかとの危惧も持ってしまう。そんなこんなを街角の張り紙から考えながらGWを過ごしている。結局のところ自分の蚊のような微々たる脳ミソもまったく休まらない日々となっている。

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第55回 コロナで“焼け太り”病院続出? 厚労省通知、財務省資料から見えてくるもの(前編)

奈良県、感染症法で50床確保へこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。ゴールデンウイークがやって来ます。私は、去年に断念した南会津の登山を計画していたのですが、再びの4都府県に対する緊急事態宣言で都道府県をまたぐ不要不急の移動の抑制が求められたことで、今年もどうやら行けそうにありません。「緊急事態宣言 3度目発令」を報じた4月24日付の日本経済新聞は朝刊一面で、論説委員が「1年間何をしていたのか」と国の医療提供体制の施策を厳しく批判していましたが、本当に1年間何をしていたのでしょう。今回の宣言発令でも、国の真剣さが感じられないのが気になります。「オリンピック止めます。だから…」くらいは言ってほしかった、と思う今日このごろです。前回(第54回 なぜ奈良県で?「県内全75病院に病床確保要請」をうがった見方をしてみれば…)で書いた奈良県の改正感染症法に基づく病床確保要請ですが、4月23日付の毎日新聞によれば、約15病院で計50数床確保できる見通しになった、とのことです。感染症法にも相応の効果があったということで、こうした要請は他の都道府県にも広がるかもしれません。さて、今回は厚労省が都道府県知事宛に発出していた通知について書いてみたいと思います。最近、複数の医療関係者と話していると、補助金がらみのややきな臭い話を聞くことがあります。曰く、「某大学病院はコロナの補助金で過去最高益になったらしい」「コロナ患者を受け入れていないのに、コロナで焼け太りしている病院がある」…。世の中、コロナ対応で医療現場は崩壊寸前という趣旨の報道が大半です。1年ほど前は、医療機関の患者が激減し、経営が大変だという報道もありました。しかし、ここに来て、あまり「経営が大変だ」という声が聞こえなくなってきたところに、この手の話です。現場は大変ですが、経営は良好なのでしょうか…。と首を傾げていたら、こんな厚労省通知に関する報道がありました。コロナ患者受け入れへ聴取、医療機関の状況確認へ4月20日付の産経新聞は、「コロナ患者受け入れへ聴取 医療機関の状況確認へ 厚労省が通知」という記事を掲載しました。それによれば、「厚生労働省が、正当な理由なく新型コロナウイルス感染症患者の入院を断っている医療機関に対し聴取を行い、受け入れを要請するよう求める通知を各都道府県に出したことが20日、分かった」とのことです。通知が発出されているのに「分かった」というのも変な話ですが、「感染拡大地域で病床が逼迫する中、すぐに受け入れが可能な『即応病床』を確保するのが狙い」と記事は書いています。なお、後追いする形で朝日新聞も4月23日付の朝刊で同内容の記事を掲載しています。今回取り上げられたのは、いったいどの通知だろうと調べてみました。コロナ関係の通知はそれこそ膨大にあるのと、通知したい内容とタイトルが微妙にズレているので、なかなか見つけ出すのが大変です。受け入れ困難と判断した場合は即応病床数見直しそんな中、多分、これだろうという通知が見つかりました。それは、2021年4月1日付けで、厚生労働省の医政局長 、健康局長、医薬・生活衛生局長連名で発せられた「令和3年度新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)の実施について」です。内容的にはコロナ対策の支援事業の実施の概要を通知するものです。その中の病床確保料の補助対象について記述した部分がニュースになっていたのです。1日に発出され、20日に「分かった」と報道されたのは、記者たちは最初その意味が把握できなかったのかもしれません。「コロナ患者受け入れへ聴取、医療機関の状況確認対象」となる医療機関は、病床確保料の補助対象となる新型コロナウイルス感染症患者等入院医療機関です。具体的には、病棟単位で新型コロナ感染症患者、または、その疑いのある患者用の病床を確保している「重点医療機関」と、新型コロナ感染症の疑いのある患者専用の個室を持っている「協力医療機関」とのことです。通知では、各都道府県に対し、医療機関の稼働状況、病床や医療スタッフの状況、人工呼吸器などの医療機器の確保状況を一元的に把握する情報システム「G-MIS(ジーミス)」などを使って、患者の受け入れ状況を確認するよう求めています。その上でさらに、「適切に受入れを行っていない」「受入要請を正当な理由なく断っている」などの場合は、受け入れ体制について聴取し、受け入れるよう要請する。聴取の結果、受け入れるのが困難と判断した場合は、その医療機関の即応病床数(つまり、病床確保料の補助)を見直すと明記しています。厚労省によると、4月7日時点で全国に重点医療機関は1,058機関、協力医療機関は986機関あるとのことです。「手を挙げても受け入れない」病院の存在この通知の意味するところは明らかです。「コロナ病床確保します」と手を挙げて確保料をもらいながら、コロナ患者を受け入れていない病院が存在する、ということです。病床確保料の補助を見直す通知をわざわざ出すということは、そうした病院が相当数あるからでしょう。この連載でも、これまでに進まないコロナ患者受け入れ体制の原因として、コロナ受け入れに手を挙げない民間病院の消極性について書いてきましたが、「手を挙げても受け入れない」病院があるとは…。まさにコロナで“焼け太り”病院です。1床当たり最高1日43万6,000円現在、コロナ病床に対する診療報酬上の対応や国の補助は相当な金額となっています。病床に対する補助に限って言えば、病床が逼迫する都道府県において新型コロナの受入病床を割り当てられている医療機関に、重症者病床1床当たり1,500万円、その他の病床、および協力医療機関の疑い患者病床は1床当たり450万円を上限に補助が行われています。さらに、2020年12月25日~2021年2月28日に新たに割り当てられた確保病床については、緊急事態宣言が発令された都道府県では1床当たり450万円、それ以外の都道府県でも300万円が補助上限額に加算されています。つまり、最大で1床当たり1,950万円の補助を受けることができるのです。病床確保料はこれとは別に、新型コロナウイルス感染症患者の受け入れ態勢を確保するための確保病床および休止病床について補助されるものです。補助額の上限は、「重点医療機関」は1床当たり1日7万1,000円~43万6,000円、「協力医療機関」の疑い患者病床は5万2,000円~30万1,000円、「その他の医療機関」は1万6,000円~9万7,000円などとなっています。たとえば重点医療機関である一般病院でICU内の病床を1床確保すると、患者が入っているかどうかにかかわらず、1日30万1,000円が補助されます。「入院率」導入の意味そう考えてくると、感染状況を示す指標として4月16日から「入院率」が新たに加わったことにも納得が行きます。「入院率」とは、療養中の全感染者に対する入院者の割合です。これまで重視してきた「病床使用率」は各都道府県が確保した病床に占める入院患者の割合を示すものです。ただ、病床を(病院の都合等で)コロナに使用していないケースや、本来は入院の必要がない軽症者が入院しているケースなどを除外できず、病床の逼迫度を計るには不十分との指摘がありました。入院率という指標によって、国は病床数ではなく、無症状者も含む療養中の全感染者数に対する入院者数に着目することにしたわけです。数値が低くなるほど、入院できない人が増えている(病床が逼迫している)ことになります。入院率が25%以下だと最も深刻な「ステージ4」(感染爆発)、40%以下だと2番目に深刻な「ステージ3」(感染急増)に相当するとしています。ちなみに、4月23日更新のデータでは大阪府の入院率は12.0%、東京都は30.9%でした。「即応病床」として病床確保料をもらいながら、コロナ患者を避けてきた病院の存在は、税金の無駄遣いであるばかりでなく、病床逼迫度を推し量る上でも邪魔で困った存在だったわけです。今回の通知によって、そこにメスが入ることになったわけです。それにしても、ジャブジャブとも言われる医療機関に対するコロナ補助金を、国の財政を司る財務省はどう見ているのでしょう。次回は、それについて少し考えてみます(この項続く)。

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黒字なのに倒産危機!? 病院経営はキャッシュフローが肝心!【今さら聞けない!医療者のための決算書の読み方】第4回

<登場人物>少し前から、友人でコンサルタントの田中に、定期的に相談を始めた宮路。財務諸表のうち、損益計算書と賃借対照表について学び、だいぶ調子が出てきたようだが…。宮路:田中さんに財務諸表のことを教えてもらって、少し自信がついてきたよ。実家の病院を継ぐためには、とりあえず損益計算書と賃借対照表を見ることができれば十分だよね?田中いやいや。財務諸表にはもう1つ、「キャッシュフロー計算書」という欠かせないものがあるよ。とくに宮路さんの実家の病院は最近赤字だから、キャッシュフロー、つまりお金の動きもきちんと押さえておくことが大事だよ。宮路そうなんだ…。まだまだ学ぶことがあるんだね。キャッシュフロー計算書についても教えてほしいな。田中:了解! 今回からより詳しい内容を説明するために、病院の経営危機を幾度となく救ってきた、友人の公認会計士、安田 憲生さんと一緒に解説するよ!公認会計士・安田の解説キャッシュフロー計算書とは、「病院がどのような経緯でお金を手に入れて、どう使ったか。結果として、お金がどう増減したか」を表すものです。損益計算書と似ているけど、異なるものです。表1:キャッシュフロー計算書の主な区分と意味画像を拡大する損益計算書は、「売上から費用を差し引いて利益を計算する書類」です。実際のお金の動きとは異なり、取引が行われた時点で売上や費用を計上(発生主義と呼びます)します。たとえば、先に商品を渡して代金を後で回収する、いわゆる「掛け売り」の場合を考えてみましょう。損益計算書上では、商品の「売上」が計上されていますが、実際に商品代金(キャッシュ)が入金されるのはその翌月だったりします。つまり、「売上」はあるのに、実際には、手元にお金が入ってきていない状態です。このように、損益計算書だけ見ていても、「実際のお金の動き」はわかりません。キャッシュフロー計算書はこの点を解決するものであり、入金・出金があった時点で計上するために、「実際のお金の動き」を見ることができるんですよ。コンサルタント・田中の解説医療機関の場合は、診療行為を行って売上が発生しても、患者自己負担分以外の約7割の保険収入は、レセプト請求を行ったうえで診療月の2ヵ月後に入金される制度になっているため、損益計算書上のお金の動きと実際のキャッシュフローに大きな差が出る。この入金タイミングの差によって、資金繰りに苦慮する医療機関も少なくないんだ。とくに、開業間もない診療所の経営者は、始めの2ヵ月間は収入が極端に少ないため資金繰りに苦労するケースが多い。それからもう1つ重要な点としては、「借入金の動き」も損益計算書では見えないため、キャッシュフロー計算書で確認する必要があるんだ。いくら損益計算書上で一定の利益が出ていても、実際にはその何倍も借り入れがあったうえで経営が成り立っている場合には、経営がうまくいっているとはいえない可能性がある。このように、損益計算書上では利益が出て黒字であっても、実際には手元にお金がない場合は支払いができなくなり、最悪の場合には倒産してしまう(=黒字倒産)病院もある。資金繰りに課題がある場合は早めに対処することが大切だ。宮路:黒字倒産…、聞いたことはあっても、実際に病院でもあるんだね。田中そうなんだ。医療機関のように、毎回売上のタイミングと報酬の大部分の入金のタイミングにズレがあるような取引では、実際のお金の動きを見るために、キャッシュフロー計算書をきちんと読むことが大切だよ。宮路そうか。まずは実家の病院のキャッシュフロー計算書を見てみるよ!安田毎月、当月から翌々月くらいまでの資金繰りを管理する必要があります。資金繰り管理をどうやっていくかわからない場合は、早めに専門家に相談してくださいね。

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第53回 批判を浴びるウレタンマスク、選ばざるを得ない人がいる事実

今回のコロナ禍で多分起きている問題だろう、と個人的に思っていたことが先日ニュースで伝えられていた。それは以下のニュースだ。「『マスク拒否で雇い止め』アトピー性皮膚炎の男性提訴―大阪地裁」(時事通信)かく言う私もアトピー持ちである。ご存じのようにアトピー性皮膚炎は思春期・成人期になると症状がより上半身に移行し、顔などにも症状が出やすくなる。そこにとりわけ不織布マスクとなるとかなり大変だったのではないだろうか? 実際、私も不織布マスクの着用はかなりきつく、着用から20分ほどで猛烈な痒みを感じ、翌日、顎付近の皮膚が炎症を起こして真っ赤ということもしばしば。いろいろ試した結果、いまは布製マスクに落ち着いている。もっともこの布製マスクもあまりに長時間の着用が続くとやはり炎症を起こしてしまう。今回、提訴が報じられた男性の場合、最終的にマウスシールドを着用していたらしいが、それを上司は認めなかったという。この例に限らず、マスクを着用できない、あるいは材質を選ばないと着用が困難という人は他にもいるだろう。米国疾病予防管理センター(CDC)では▽2歳以下の小児▽呼吸に問題がある人▽(手が不自由、認知症など)で自らマスク着脱ができない人、などにはマスク着用を推奨していない。また最近では日本国内でも厚生労働省や地方自治体がマスクを着用できない人への理解を求める呼びかけを行っている。一体こうした人たちの総数がどれだけになるのかは分からない。少なくとも2019年生まれ以降の2歳以下の小児は、厚生労働省の人口動態統計から算出すれば約177万人。また、呼吸に問題がある人というのは喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性心不全、肺高血圧症などが挙げられる。厚生労働省の「平成15年保健福祉動向調査」によると、気管支喘息などの呼吸器のアレルギー症状の推計有病率は7.5%、国内人口に当てはめると推計患者数は950万人弱。COPDに関しては2001年に順天堂大学を中心に行った疫学調査から40歳以上の推定有病率は8.6%、推計患者数は約530万人。また、日本循環器学会と日本心不全学会が合同で作成した「急性・慢性心不全診療ガイドライン」では、2020年の日本の心不全(急性・慢性)患者数について約120万人との推計値を示している。そして、認知症患者に関しては厚生労働科学研究費補助金特別研究事業「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」によれば、2020年現在600万人超。アトピー性皮膚炎に関しては日本皮膚科学会の「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018」では、未成年での有病率は少なくとも5%、成人以降は20歳代が10.2%、30歳代が8.3%、40歳代が4.1%、50~60歳代が2.5%となっている。これから計算すると推計患者数は少なくとも約500万人となる。実際にこれらの人すべてがマスク着用を困難とは思わないが、これらの合算の半分だけでも1,200万人程度。つまり少なくとも日本人の10人に1人がマスクの着用が困難あるいはその予備群という概算が成り立つ。だが、実際に街を歩いていて10人に1人もマスクを着用していない人を見かけるだろうか? 自分自身がマスク着用に難を感じる者ゆえに、実際には本来マスク着用が困難な人たちが、材質を選定するなり、あるいは我慢に我慢を重ねてマスクをしているのが実態だろうと容易に想像がつく。その意味では科学的には正しい内容にもかかわらず、そうそう喜べないのが以下のような記事だ。「実験で新事実『ウレタンマスク』の本当のヤバさ」(東洋経済オンライン)よく見かけるウレタンマスクは不織布マスクと比べれば効果が劣るという内容だ。これについては昨年、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」によるシミュレーション結果として公表されていた。記事内では、別の研究者が行った実測でも富岳のシミュレーションで分かっていた結果以上にウレタンマスクに効果(他人からの飛沫のカット)がないことを指摘している。確かにそうなのだろう。だが、前述のようなマスク着用が困難な人の中で、ウレタンマスクならば着用可能だとわかって選択している人もいるはず。実際私の周囲にもそうした人はいる。そうした中で、この記事は科学的に正しくともそうしたやむを得ない理由でウレタンマスクを選択している人たちへの蔑視・非難、結果としての社会分断にもつながる可能性を有している。「社会分断とはなんと大げさな」と思われる人もいるかもしれない。だが、とりわけこのマスク問題はその危険性をはらんでいる。というのも前提として、多くの人が本心では日常的なマスク着用を止められるなら止めたいと思っているはずだからだ。それゆえに「仕方なく着用しているのに、着用していない人は何なんだ」という空気があることは、すでに「マスク警察」という言葉の存在が証明している。結果として前述のようにマスク着用が困難な人たちがそこそこに存在するはずなのに、実際はほとんど見かけることはない。その意味ではこのウレタンマスク記事は「マスク警察」をさらに「ウレタンマスク警察」へと悪い意味でも進化させかねない火種をはらんでいる。一方で医学的にマスク着用が困難な人にとっては、それは相当の理由があることになる。そうなれば、マスク着用が可能な人と困難な人がそれぞれの正義を掲げて溝は深まる。社会分断とはこうしたちょっとしたきっかけで始まるものなのである。今回の提訴の一件について、あくまでマスク着用を求めた上司はおそらくそれほど悪気はなく、職場での感染を防止するうえではマスク着用がベストという基本的には正しい知識を実践しようとしたのだろうと勝手に推察している。また、私たちメディア関係者が医療について報じる時、何よりも科学的な正しさが優先される。とはいえ、正しさのみでは時に埋もれがちな少数派に対して配慮のない結果になる。今回の提訴の件そしてウレタンマスク記事はその典型例とも言える。かく言う私も、そうした「正しさを追求する結果としての少数派への配慮のなさ」という現実の存在は頭では理解していたつもりだった。しかし、それはまだまだ生兵法だったのではないかと感じ始めている。そう思うのはまさに今回、私自身が「正しさ」が持つ「諸刃の剣」をようやく身をもって実感したからに他ならない。

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TNF阻害薬治療中のIBD患者でCOVID-19感染後の抗体保有率低下

 生物学的製剤であるTNF阻害薬を巡っては、これまでの研究で肺炎球菌やインフルエンザおよびウイルス性肝炎ワクチン接種後の免疫反応を減弱させ、呼吸器感染症の重症化リスクを高めることが報告されていた。ただし、新型コロナ感染症(COVID-19)ワクチンに対しては不明である。英国・Royal Devon and Exeter NHS Foundation TrustのNicholas A Kennedy氏らは、炎症性腸疾患(IBD)を有するインフリキシマブ治療患者のCOVID-19感染後の抗体保有率について、大規模多施設前向きコホート研究を実施した。その結果、インフリキシマブ治療群では、コホート群と比べ抗体保有率が有意に低いことがわかった。著者らは、「本結果により、COVID-19に対するインフリキシマブの免疫血清学的障害の可能性が示唆された。これは、世界的な公衆衛生政策およびTNF阻害薬治療を受ける患者にとって重要な意味を持つ」とまとめている。Gut誌オンライン版2021年3月22日号の報告。 研究グループは、2020年9月22日~12月23日に、英国の92医療施設に来院したIBD患者7,226例を連続して登録。このうち血清サンプルと患者アンケートが得らえた6,935例について調べた。被験者のうち67.6%(4685/6935例)がインフリキシマブによる治療を受け、32.4%(2250/6935例)がベドリズマブによる治療を受けた。 主な結果は以下のとおり。・インフリキシマブ治療群とベドリズマブ治療群において、SARS-CoV-2感染に関する割合は両群間で類似していた:疑い例(36.5%[1712/4685例] vs.39.0[877/2250例]、p=0.050)、PCR陽性(5.2%[89/1712例] vs.4.3%[38/877例]、p=0.39)、入院(0.2%[8/4685例] vs.0.2%[5/2250例]、p=0.77)。・血清有病率は、インフリキシマブ治療群のほうがベドリズマブ治療群よりも有意に低かった(3.4%[161/4685例] vs.6.0%[134/2250例])、p<0.0001]。・多変数ロジスティック回帰分析では、インフリキシマブ群(vs.ベドリズマブ群のOR:0.66、95%信頼区間[CI]:0.51〜0.87)、p=0.0027)および免疫抑制薬(同:0.70、95%CI:0.53〜0.92、p=0.012)において、より低い血清陽性と独立して関連していた。・SARS-CoV-2感染後、セロコンバージョンが認められた被験者は、インフリキシマブ治療群のほうがベドリズマブ治療群よりも少なかった(48%[39/81例] vs.83%[30/36例])、p=0.00044)。

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第22回 うつ傾向、うつ病【高齢者糖尿病診療のコツ】

第22回 うつ傾向、うつ病Q1 高齢者糖尿病とうつはどのような関係がありますか?糖尿病患者はうつ病や質問紙法で評価されるうつ傾向をきたしやすくなります。42の研究のメタ解析では、糖尿病患者は、約3割がうつ傾向を有し、約1割が面接法でうつ病と診断されます1)。1型、2型を問わず、糖尿病がない人と比べてうつ病の頻度が約2倍多くなっています1)。J-EDIT研究でも、高齢糖尿病患者の約39%は、GDS-15で評価したうつ傾向を有していました2)。うつ病があると糖尿病の発症は1.60倍で、一方、糖尿病があるとうつ病の発症リスクが1.15倍となり両者は双方向の関係があります3)。高齢糖尿病患者にうつ症状やうつ病が多い原因は高血糖、低血糖、糖尿病合併症、糖尿病治療、ADL低下、視力障害、尿失禁などが考えられます。糖尿病患者におけるうつ傾向は血糖コントロール状態と関連します。HbA1cが7.0%以上の糖尿病患者は、CES-Dで評価したうつ状態になりやすく、またうつ状態が再発しやすくなります4)。英国の追跡研究では、HbA1cが1%上昇するごとにうつ傾向のリスクが1.17倍になると報告されています5)。うつは血糖コントロールを悪化させ、さまざまな合併症を引き起こし、さらにうつを悪化させるという悪循環に陥る可能性もあります。一方、低血糖もうつ症状を増加させます。低血糖発作を起こした糖尿病患者はうつ病のリスクが1.73倍となりますが、この傾向は加齢とともに大きくなるとされています6)。J-EDIT研究でも、インスリン治療中でかつ低血糖の頻度が月1回以上あるとGDS-15で評価したうつ症状が多く見られました2)。一方、うつ病は重症低血糖のリスクになることが知られており7)、この両者も悪循環を形成しうることに注意する必要があります。糖尿病の合併症の中では神経障害による疼痛や身体の不安定さがうつ症状を引き起こします8)。また、糖尿病網膜症などによる視力障害、脳卒中、心血管障害などの大血管障害もうつのリスクとなります。糖尿病の治療状況自体もうつのリスクとなり得ます。逆に、社会的支援やボランティアなどの社会活動への参加、運動療法はうつに対し保護的に働きます。また、高齢者では肉親や友人との離別や死亡を意味するライフイベントが増加するとうつ病をきたしやすくなります。その他、女性、過去のうつ病の既往、社会的な孤立、家族関係の不良、介護環境の悪化もうつ傾向やうつ病発症の誘因となります。Q2 高齢者糖尿病にうつ(うつ傾向やうつ病)はどのような影響を及ぼしますか?うつは治療へのアドヒアランスを低下させ、血糖コントロール不良の原因となります。うつは高血糖のみならず、重症低血糖のリスクとなるため、治療に際しては十分な注意が必要です7)。うつがあると細小血管障害・大血管障害、要介護、死亡のリスクが高くなります。うつ傾向を合併した高齢糖尿病患者は、糖尿病もうつ傾向もない人と比べて、大血管症、細小血管症、要介護、死亡をそれぞれ2.4倍、8.6倍、6.9倍、4.9倍起こしやすく、うつ病を合併した場合も同様に糖尿病合併症、要介護、死亡をきたしやすいと報告されています9)。J-EDIT研究ではGDS-15が8点以上の糖尿病患者は年齢、性、HbA1c、収縮期血圧、non-HDL-C、HDL-Cを補正しても、脳卒中を2.56倍起こしやすいという結果が得られています2)。うつ病が脳卒中発症を増加させる機序は、1)視床・下垂体・副腎系の活性化によるコルチゾル増加や交感神経活性亢進、2)内皮細胞機能異常、3)血小板機能亢進、4)炎症マーカー増加などが考えられています。糖尿病患者におけるうつ病は認知症発症のリスクともなります10)。また、うつ病があるとフレイルのリスクは3.7倍、フレイルがあるとうつ病の発症は1.9倍起こりやすい11)ことが知られており、うつ傾向は心理的フレイルと呼ばれることもあります。糖尿病患者でうつ傾向やうつ病がある場合には認知機能障害やフレイルがないかをチェックすることが大切です。Q3 高齢者糖尿病ではどのようにうつを評価しますか?高齢者のうつ病ではうつの気分障害が目立たず、体重減少などの身体症状が前面に出るために、見逃されやすいことに注意する必要があります。うつ傾向は大うつ病とは異なり、一定期間持続する一定数以上のうつ症状を示し、GDS-15(高齢者うつスケール)などの質問票で評価します。一方、うつ病(大うつ病性障害)の診断はDSM-5に基づいて行います。うつ病は抑うつ気分、興味または喜びの喪失のいずれかがあてはまり、著しい体重減少(増加)または食欲低下、不眠または睡眠過多、易疲労感、精神運動制止または焦燥、無価値観・罪悪感、思考力・集中力の減退または決断困難、自殺企図の9項目中で5個以上満たすものを大うつ病と定義されます。スクリーニングツールとしてGDS-5、GDS-15、PHQ-9などが用いられていますが、GDS-5が簡便で使用しやすいと思います。GDS-5はうつ症状の評価に用いられますが、うつ症状と大うつ病の診断は必ずしも一致しないことに注意が必要です。うつ病の診断はDSM-5で行います。診断する際には、まず最初に物事に対してほとんど関心がない、楽しめないなど「興味・喜びの消失」や気分が落ち込む、憂うつになるなどの「抑うつ気分」の質問を行い、さらに食欲、睡眠などの質問をしていくとよいでしょう。不安・焦燥が強い、自殺念慮・企図がある、妄想、躁状態がみられる(既往がある)場合には早急に精神科専門医へのコンサルトが必要です。また、下記の治療で効果が得られない場合も精神科専門医へのコンサルトを行います。Q4 うつを合併した高齢者糖尿病はどのような治療を行いますか?うつ傾向、うつ病の対策では要因となる医学的要因を除去することが大切です。まず、低血糖を避けつつ、血糖をコントロールします。上記のように、低血糖は軽症でもうつ傾向を引き起こし、インスリン注射自体もうつの誘因となり得ます。したがって、2型糖尿病患者では可能な限りインスリンを離脱し、低血糖のリスクの少ない薬剤で治療することが大切です。一方で高血糖を下げることもうつの対策で重要です。軽度のうつ傾向であれば,心理的アプローチで医療スタッフによる傾聴やカウンセリングなどを行います。薬物療法単独と比較し、生活指導や心理療法を併用した方が治療効果は高まることが示されています12)。心理療法では認知行動療法が有効であるとされています。一般的に運動療法はうつ症状に対して有効であるとされ、運動を通して自信を取りもどし、他の人との関わりが増えることが利点です。運動教室やデイケアで運動療法を行うことで軽快するケースもあります。心理的アプローチで改善しない場合や中等度のうつ病の場合は抗うつ薬を使用します。実際に抗うつ薬による治療でうつだけでなく、血糖コントロールも有意に改善するという報告もあります13)。抗うつ薬ではまず、SSRI、SNRI、またはNaSSAが使用されます。SSRI やSNRI では服薬初期に嘔気・嘔吐の副作用が出やすいので,あらかじめそのことをお伝えし,必要であれば制吐薬を併用します。服薬初期に現れる副作用を乗り切れば,その後は問題なく服薬を継続できることが多いと思います。三環系抗うつ薬は不整脈、起立性低血圧、体重増加の関連が指摘されており、高齢者での使用は以前より少なくなっています。抗うつ薬は少量から開始し、忍容性を見ながら増量し、治療効果をみることが原則となります。通常量まで増量し、効果が得られない場合や自殺企図がある場合は精神科専門医への紹介が必要となります。糖尿病性合併症の有痛性神経障害はうつの原因になり得ます。両者は互いに影響を及ぼし、睡眠障害、移動度の低下、転倒、社会生活の制限をきたし、脳卒中、要介護のリスクを高めます(図1)。神経障害とうつを合併した患者では心理的アプローチ、フットケア、転倒予防を行います。また、セロトニン•ノルアドレナリン選択的再取り込み阻害薬(SNRI)のデュロキセチンはこうした患者に対してよい適応となります。神経障害に対してはカルシウムチャネルα2δ(アルファ2デルタ)リガンドのプレガバリンやミロガバリンも使用できますが、高齢者ではふらつき、転倒などに注意する必要があります。画像を拡大する1)Anderson RJ, et al. Diabetes Care 24:1069–1078, 2001.2)荒木 厚, 他.日本老年医学会雑誌52:4-10, 2015.3)Mezuk B, et al. Diabetes Care 31, 2383–2390, 2008.4)Maraldi C, et al. Arch Int Med 167: 1137-1141, 2007.5)Hamer M, et al. Psychol Med 41:1889-1896, 2011.6)Shao W, et al. Curr Med Res Opin 29:1609-1615, 2013.7)Katon WJ, et al. Ann Fam Med 11:245-250, 2013.8)Vileikyte L, et al. Diabetologia 52:1265-1273, 2009.9)Black SA, et al. Diabetes Care 26:2822-2828, 2003.10)Katon W et al. Arch Gen Psychiatry 69: 410–417, 2012.11)Soysal P, et al. Ageing Res Rev 36:78-87, 2017.12)Atlantis E, et al.BMJ Open 4, e004706,2014.13)Baumeister H, et al.Cochrane database Syst. Rev. 12, CD008381,2012.

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第52回 40~50代は必見!ワクチンオタクの筆者が薦める新型コロナ以外のワクチン4選

コロナ禍の影響で私自身が週刊誌などから新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)について取材を受ける機会が増えている。もちろん週刊誌なども最初はいわゆる「大御所」の医師にあの手この手でコンタクトを取ろうとするのだが、こうした医師たちは多忙なことに加え、取材を受ける場合でも新聞、テレビなどの大手メディアに予定を押さえられていることが多く、捕まえにくい。そんなことで第2候補、第3候補としてコロナ禍でのさまざまなテーマで取材依頼が舞い込んでくる。まあ、同じメディアに身を置くゆえに頼みやすいことも影響しているのだろう。先日もある取材依頼があったのだが、それは珍しく直接的にコロナに関連するものではなかった。たまたま、SNSのFacebookに書いた私の投稿に知人の編集者が目を止めて、取材をさせてほしいと連絡があったのだ。その投稿とは私のワクチン接種歴である。3月半ば、私は国立国際医療研究センターで国内未承認のダニ脳炎ウイルスに対する3回目のワクチン接種を完了。これにより過去約2年で20種類のワクチン接種を終了した。以下はこの間に私がワクチン接種を完了した感染症である。A型肝炎B型肝炎麻疹風疹ポリオジフテリア破傷風百日咳おたふく風邪帯状疱疹腸チフス狂犬病コレラヒトパピローマウイルス髄膜炎(B群も含む)インフルエンザダニ脳炎黄熱病肺炎球菌日本脳炎現在私は51歳。この年齢と照らし合わせておやっと思うものもあるだろう。たぶん、その筆頭は麻疹・風疹ではないだろうか。私の場合、どちらも罹患歴もなく、これまでワクチン接種歴もなかった。風疹に関しては男子がワクチン接種対象となっていなかった年代、なおかつたまたま罹患したことがなかった。麻疹は私の世代でも1歳時にワクチン接種を受けるはずだが、ある事情によりワクチン接種をスキップしてしまった。それは生後3ヵ月の頃、当時4歳だった姉が麻疹を発症、姉か私のいずれかを隔離するわけにもいかず、かかりつけ医が私に免疫グロブリンを注射。当時こうしたケースは1歳時点でのワクチン接種で抗体が作られにくいと考えられ、通常の接種をスキップされてしまっていたのである。また、学生時代にバックパッカーだったこともあり、当時は抗体価持続期間10年と言われていた黄熱病ワクチンを接種したことがある。現在では抗体持続期間は生涯とされている。しかし、当時のイエローカードは10年経過した段階で無効と思い廃棄してしまっていた。そんなこんなで再接種した次第である。そもそも、なぜこんなにワクチンを打ったのか? きっかけは2つある。最初のきっかけは2018年2月4日にさかのぼる。この日は語呂合わせで「風疹の日」で、たびたび流行していた風疹のワクチン接種を呼びかけるイベントが成田空港で行われていた。その取材に赴き、妊娠中に風疹に感染し、先天性風疹症候群の娘さんを出産した「風疹をなくそうの会『hand in hand』」共同代表の可児 佳代氏の講演を聞いた。可児氏の娘・妙子(たえこ)さんは先天性風疹症候群により生まれつき目、耳、心臓に重い障害を持ち、闘病の末に18歳で短い命を終えていた。妙子さんの写真を手に話す可児氏の姿に衝撃を受け、その後しばらくぼーっとしたまま空港内を徘徊したのを覚えている。この時のイベントで実施していた無料抗体検査を受け、後日郵送で届いた結果で私にはやはり抗体がないことが判明した。そこで知人の医師に相談し、麻疹・風疹混合ワクチンを接種した。多くの方がご存じのように、かつては麻疹も風疹もワクチン接種は1回のみだったが、その後ワクチン接種での抗体獲得状況に関する研究が進み、2回接種で抗体獲得がほぼ確実になることが分かった。今では麻疹、風疹ともワクチン接種は2回が原則となっている。この時は知人の医師と2回目をどうしようか話し合ったが、医師からは「流行地域に行くならばまた来月接種するというのもありかもしれないが、そうでなければ1~2年後でいいのではないか?」と提案され、そのようにすることになった。そうこうするうちに2019年に家族と南アジアのブータンを旅行することになったのが第2のきっかけだ。このとき渡航前に調べたところ、現地では狂犬病、腸チフス、日本脳炎、コレラといった感染症のリスクがあることが分かった。たまたま前述の知人の医師のところでは国内未承認のものも含め、これらのワクチンがすべて接種できることがわかり、早速接種することにした。その際に知人医師のところではかなり数多くのワクチンを接種できることが分かった。経歴にもある通り、私は災害現場や海外の紛争地の取材などもする。その意味では数多くのワクチンを接種しておいて損はない。ということで、次々に接種し始めたのである。知人医師のところで接種できなかったダニ脳炎、髄膜炎B群、帯状疱疹(シングリックス)は国立国際医療研究センターのトラベルクリニックで接種した。ちなみにこのうちヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンに関しては、接種を申し出た際に知人医師からは「もういいんじゃないの?」と笑われた。そりゃ50代の不活発なおじさんにはほぼ不要である。ただ、ご存じのようにHPVワクチンに関してはさまざまな問題が噴出している。その報道にかかわる際にこのワクチンに懐疑的な人たちから「じゃあ、あなたは接種したんですか?」と問われて、接種していないと答えればそれだけで揚げ足を取られかねない。ということで、少しでも説得力を付けるために接種したというのが実際だ。さて前置きが長くなったが、ではどんな取材を受けたかというと、端的に言えば「新型コロナをきっかけにワクチンに関する関心が高まっている今、一般の人に接種をお薦めするワクチンを教えて欲しい」というテーマだった。ちなみに取材依頼元の週刊誌のメイン購読層は40~50代の男性である。そこで私がお薦めしたのが麻疹・風疹ワクチン、HPVワクチン、おたふく風邪ワクチン、破傷風ワクチンである。麻疹・風疹ワクチンを薦めたのは、私のような公的に風疹ワクチンを接種する機会がなかった1962年4月2日~1979年4月1日に生まれた男性は、近年の風疹流行の媒介者であることが明らかなため、国が2019年~2022年3月末までの3年間は無料で抗体検査と予防接種を受けられるクーポンを発行しており、一部の男性にとっては確実にお得だからだ。しかも、このクーポンで抗体がないと判定されてワクチンが接種される際は、基本的に麻疹・風疹混合ワクチンが選択される。つまり、主に空気感染し一度流行すると厄介な麻疹の阻止にもつながるという接種者個人はもちろん、社会全体にとっても「2度おいしい」のである。HPVに関しては、ご存じのように性感染症であり、男性ではオーラルセックスなどをきっかけに中咽頭がんに罹患するおそれがある。中咽頭がんは胃がんや大腸がんのように定期健診もなく、見つかった段階でかなり進行しているケースも少なくない。そして手術や化学放射線療法の合併症である発声困難や味覚障害でQOLが著しく低下するケースもあるほか、最悪は死に至る。それがワクチン接種で大幅にリスクを低下させることができる。おたふく風邪ワクチンは睾丸炎による男性不妊の予防、破傷風ワクチンは災害ボランティア活動などで比較的感染の機会が多いというのが推奨理由である。まあ、この辺は本サイトの読者である医療者の方々からは異論があるかもしれないが、少なくとも個人的には大きく外れてはいないと思っている。ちなみにこれまでこの接種にかかった費用は約40万円。もはや趣味の域であると言っても差し支えなく、私自身も最近では「趣味はワクチン接種」と公言している。実際、趣味の域を極めるべく、将来的には国内で接種が不可能なEU承認のエボラワクチン、中国のみで承認のE型肝炎ワクチン、アメリカのみで承認の炭疽菌ワクチンもコロナ禍終息後に機会があれば接種してみたいところ。これは冗談ではなく真面目な話。もちろん飛行機に乗って接種しに行きますので、何らかの情報や伝手がある方は編集部にご一報ください(笑)。ちなみにどの雑誌に掲載されるかというと、一部では男性でも購入しにくいと言われる数少ないカタカナ名の男性週刊誌である。まあ、どんな反応があるか、それともまったく反応がないのか、個人的にもちょっと興味がある。

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第51回 コロナ禍は制限あっても対策なし、専門家の在り方とは

このような仕事をしていると、昨今は医療と関係のない友人と電話やオンラインでやり取りする時も、話題の中心は新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)になりがちだ。つい先日も友人と電話でやり取りしていると、その友人が「あの新型コロナの専門家のおじさん、いきなり国会で魚の話始めちゃったよね。大丈夫かね?」と言い出した。こっちは「は?魚?なにそれ」と返すと、「だってさ、コロナの話の最中にマンボウの話なんてさ」ときた。これには久々に大声をあげて笑ってしまった。思わず「大丈夫と心配しなきゃならないのはどっちか?」と言いそうになったが、その言葉はぐっと飲み込んだ。このサイトの読者ならこうした勘違いはほぼないだろうと思う。友人が言っていたのは、国会の委員会審議に出席した政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身 茂会長が、改正新型インフルエンザ等特別措置法で新設された「まん延防止等重点措置」の略称「まん防」に関して言及していたことを指す。この「まん防」を感染者が急増する大阪府、兵庫県、宮城県に4月5日から初めて適用されることが決定した。ここで「緊急事態宣言」と「まん防」がどう違うのかを改めて整理しておきたい。まず、どの時点で発令するかは、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が定義した市中の感染状況を示すステージ1~4が目安といわれる。前者が感染爆発段階とも称されるステージ4、後者が感染急増段階のステージ3である。つまり「まん防」は感染急増の初期でステージ4となるのを食い止める措置。炎症性疾患の制御での経口ステロイド薬の服用開始が「まん防」、それでも制御不能な際の静注ステロイドの投与開始が「緊急事態宣言」と例えても良いかもしれない。その上で「緊急事態宣言」では対象地域は都道府県単位全体となるのに対し、「まん防」は対象都道府県の知事がそのなかで特定地域に指定を限定できる。いわば理論上は局地的対策で、都道府県単位全体に及ぶ甚大な影響を回避できる。また、「緊急事態宣言」では、飲食店などに時短と休業を要請できるのに対し、「まん防」では時短要請のみが可能。ともに要請に従わない場合に命令を出すことができ、従わない事業者への過料は前者が30万円以下、後者が20万円以下。ちなみにまん防では、都道府県が飲食店などに対し、従業員への検査受診の勧奨や発熱などの症状がある人の入場の禁止を要請するなどの措置も可能である。今回のまん防適用のきっかけは大阪府で感染者が急増し、時には東京都を上回る感染者数が報告される事態となり、吉村 洋文知事がその適用を要請したからである。その吉村知事は緊急事態宣言中の2月1日に宣言解除を政府に求める独自基準を知事主導で唐突に発表し、府の行政幹部や大阪府の対策本部会議に参加する専門家などを唖然とさせた。その後、基準を満たしたか否か、政府への解除要請の是非を巡って対策本部と丁々発止を繰り広げ、2月23日には京都府、兵庫県とともに宣言解除を政府に要請。その結果、2月末で大阪府を含む6府県では緊急事態宣言は解除となった。当時は「新しい波をできるだけ回避する。併わせて社会経済活動を維持する。難しい判断だが、それを模索していきたい」と語っていた吉村知事だが、その「理想」は約1ヵ月であっけなく潰えたことになる。とはいえ宣言解除後も大阪市内の飲食店への時短要請は1時間緩和されたに過ぎず、実質的には制限された生活が続いている。そして今回のまん防の適用により、大阪市の飲食店では緩和を解除して再び夜8時まで、その他の府内全域では夜9時まで時短を要請する見込みだ。ただ、実質的には大阪府全体の3分の1の人口(もちろん流入人口が別途あることは承知している)の大阪市で、飲食店の営業時間を1時間短縮させる程度ではどう考えてもその効果はかなり限定的になると考えられる。その意味で既存の対策をさまざまな観点から見直す時期に来ているのではないかと考えている。まず、感染のきっかけになりやすい「会食」の自粛を今以上にどう進めたらよいかだが、私個人は今以上にこれを推し進めるのはかなり難しいと考えている。そもそも人は食事をしなければ生物学的な生存は不可能である。ならば他人との会食に限って減らせばいいだろうという指摘は可能だが、それとて限界はある。そもそもヒトが他の哺乳類と明確に違うのは言語を有してコミュニケーションする生き物であるということ。たとえば、短命の最大のリスクファクターの一つが独身であるとの研究は数多く見かけるし、最近では家族と同居状態であっても「孤食」の人は死亡リスクが5割高いとの報告もある。これらの研究の多くは、この傾向は男性に顕著だと指摘しているが、ここで性差を深く追求するつもりはない。要は他人とのコミュニケーションや会食機会の有無はヒトの寿命にも影響しうる重要なファクターであるということだ。そのような背景を考えれば、そもそも他人との会食制限には倫理的にも問題を含むものであり、加えて今のように会食自粛が叫ばれて約1年が経過して不満が鬱積している人も少なくないと考えられるなかで、これ以上の自粛効果を得られる手法はほとんどないのではなかろうか?先ごろ厚生労働省の職員23人が時短要請を破っている飲食店で夜遅くまで会食していたことが明らかになり批判を浴びている。もちろんこの状況下では言語道断だが、そもそも事態の深刻さを最も認識しているはずの人たちですらこの事態ということは、もはや市中の我慢は限界に達している証左でもある。また、たとえ夜の営業時間を短縮したとしても、昼間に会食すればそれなりにリスクはある。さらにこういう事態になってから、市中で「昼飲みできマス」という看板が散見されるようになっている。今は飲食店も感染対策に気を配り、入口で検温、アルコール消毒、カウンターに着席すると隣との間に飛沫拡散防止用のアクリル板設置、隣席との間隔を空ける、隣席とのビニールカーテン設置、窓や扉を開けた換気などは日常的になってきた。とはいえ、これが穴だらけの対策であることは多くの専門家が同意することだろう。しかし、この穴をどう補完することでリスクを下げられるかを提言する専門家は少ない。そもそも専門家は何らかのリスク回避のための制限を提言することは得意だが、科学的に厳格であればあるほど制限緩和に後ろ向きになってしまうきらいがあるのは確かだ。そして専門家の中には「そうした提言をすることは、対策をやれば会食の機会を減らさなくともよいとの誤ったメッセージを伝えることになる」との懸念の声があるのは承知している。しかし、繰り返しになるが、もはや会食の自粛要請、時短要請の効果は限界が見えてきているといって差し支えない状況ではないだろうか。その意味ではこの飲食問題については、スイスが1994年に開始した重度のヘロイン中毒患者対策、つまり医師らのコントロール下でヘロインを使用させ、注射器の使い回しによる感染症や過剰摂取のリスクを減少させた経験と似たような考え方が必要な段階ではないかと個人的には感じている。

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サスティナブルな医療の一歩へ~新たな知識を何でものみこもう

『何でものみこむアンチエイジング』をテーマに掲げ、第21回日本抗加齢医学会総会が2021年6月25日(金)~27日(日)に国立京都国際会館で開催される。この一風変わったテーマの真意を大会長である内藤 裕二氏(京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学 准教授)に聞くとともに、大会長一押しのシンポジウムについてインタビューした。何でも“のみこむ”ことがイノベーションの起爆剤今回の学会テーマを「何でものみこむ」にした理由は、飲食に限らず、多彩な学術情報を嫌わずに何でも受け入れ、その中から科学的基盤に基づいて新たなイノベーションを創造してほしいという意味を込めたからです。私自身の経験として、腸内細菌叢の研究をのみこんで消化してみようと思い立ったのは今から約5年前のこと。その当時、腸内細菌叢に関する遺伝子解析が可能になったり世間で腸内フローラに関する話題が沸騰したりと、“腸内細菌叢”が研究分野として脚光を浴びる大きなチャンスでした。また、消化器科専門医として食事で健康を維持することを大事にしていた私は、腸内環境と疾患の関連性にも惹きつけられていました。たとえば、多発性硬化症とクローン病は病態発症に縁もゆかりもないですが、それらの患者さんにおいて腸内細菌叢が類似していた症例に遭遇し、これは私に大きな影響を与えました。そして、この研究をさらに深く追求したその先に抗加齢医学があり、現在に至っているわけです。“身体にいい”は科学的にも良い?医学の枠を越えたシンポジウム今回、大会長を務めるにあたり、何でも嫌わず自身のものにするという観点で企画立てました。参加者に新たな知見を吸収・消化して各々の研究分野に役立ててほしいという思いを込め、抗加齢医学会に属していない方も演者にお招きしています。企画に注力した会長特別企画では、『機能性食品や機能性を有する農林水産物の今!(仮題)』と題し農業由来のアンチエイジング研究について発表していただきます。たとえば、「身体に良い」と言われる農林水産物は本当に身体に良いのかどうかを科学的に分析した例など、いわゆる“国プロ”(公的研究開発プロジェクト)を多数推進してきた農研機構の山本 万里氏らを招聘し“農林水産物をいかに社会実装していくか”というポイントでお話いただく予定です。抗加齢の意識がSDGsを導く手立てに抗加齢医学の根本は「何を食べるか」から始まり、持続性のある発展を目指すためには食物に関する研究が不可欠であると私は考えています。抗加齢医学は今、エピジェネティクスの影響を受け、人生100年時代を超え“人生120年続く時代”が囁かれているんですが、これは老化の時計を進めない、むしろ逆戻りさせるための老化メカニズム研究が目まぐるしく発展している成果とも言えます。しかし、医学が発展しているからといって「60歳になったから」とか「老化を感じるから」とその時だけ抗加齢を意識するのは見当違いなんです。人間は母体にいる時からさまざまな栄養や環境の変化を受け、生まれてきます。とくに腸内細菌叢は出産時の母体の体調が大きく影響しますし、そこを基盤に未来の食事摂取状態や環境変化にさらされていくのです。そのため、社会的な視点で注目されているSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)の概念は抗加齢医学にも非常に通じるところがあります。ぜひ、このような視点や感覚を本総会やこの会長特別企画で学んでもらいたいと考えています。このほかにも発がんリスク因子や免疫老化・細胞老化、コロナ関連、食物繊維に関する研究報告など多数の演題をご用意しています。新型コロナ感染対策に配慮し会場とWebを併用したハイブリッド形式で開催いたしますので、多くの皆さまのご参加をお待ちしております。

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第50回 全国組織で動いたのは老健施設のみ。全老健、コロナ回復患者受け入れ表明の意味

緊急事態宣言解除、新味のない「5つの柱」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。首都圏1都3県の緊急事態宣言が3月21日をもって解除されました。飲食店については営業が21時まで伸びたことで、外食が多い私も少々ほっとしています。ただ、心配もあります。解除決定が正式報道される前日の17日夕刻、所用があって東京・上野に出かけたのですが、ガード下の飲み屋街は17時でほぼ満席でした。東京の飲み屋街の中でも、上野は昭和の雰囲気を残した居酒屋が特に集中するエリアです。店先にテーブルを置いた、いわゆるオープンカフェ的な居酒屋も多く、それはそれで安全そうですが、「平日17時でこの混みようか!」と正直驚きました。ちなみに、20時でほとんどのお店は閉店していましたが、「20時以降営業中」の一画もあって、入店を待つ長い行列(ほとんど若者)ができていました。これからお花見も始まります。「外で飲みたい!」という人々のパワーを鎮めるのは、実際問題として難しそうです。さて、緊急事態宣言解除に当たって、3月18日に菅 義偉総理大臣が記者会見を行いました。今後の対策として、安全で迅速なワクチン接種などの「5つの柱」が示されたのですが、残念ながらどれも新味がないものでした。本連載でも度々書いてきた「医療提供体制」については、「今回は、急速な感染拡大に十分に対応できず、各地でコロナ病床や医療スタッフが不足する事態となった。各都道府県において、今回のような感染の急拡大に対応できるように準備を進めている。コロナ病床、回復者を受け入れる病床、軽症用のホテル、自宅療養が役割を分担して、感染者を効果的に療養できる体制をつくる」と述べ、 5月中までに病床・宿泊療養施設確保計画を見直す方針を示したのみでした。同じ日、田村 憲久厚生労働大臣も「4月中にも再び感染拡大の可能性があるので都道府県と調整してほしいと指示している」と述べたに留まりました。1、2月にバタバタして、もう4月です。それなのにまだ、「進めている」「体制をつくる」「指示している」「5月中まで」とはいったいどういうことでしょう。第4波に対応できる医療提供体制になっているか?もっとも、厚生労働省は医療提供体制確保のための下準備は着々と進めてきてはいます。今年1月には、重症患者向けの病床を新たに確保した病院に対し1床あたり1,950万円、中等症以下の病床は900万円を補助する施策を講じました。続く2月には、コロナ患者の受け入れについて、高度な医療を提供できる大学病院や地域の基幹病院が重症患者を、都道府県から指定を受けた「重点医療機関」は中等症患者を受け入れるなど、病院の役割分担を進めるよう都道府県等に要請(第46回 第4波を見据えてか!? 厚労省が「大学病院に重症患者を受け入れさせよ」と都道府県に事務連絡)しました。同じ2月には、新型コロナウイルス感染症の退院基準の見直しも行い、発症からの感染可能期間などのエビデンスも提示しています(第47回 「発症10日したらもう他人に感染させない」エビデンス明示で、回復患者受け入れは進むか?)。つまり、重症患者の病床を確保し、軽快・回復した患者の退院先の整備には取り組んでいるのです。それでも「もう大丈夫」と言えないのは、重症病床の退院以降、患者が流れていく道筋をしっかり確保できていないからでしょう。日本医師会が中心となり、病院団体が集まって組織された「新型コロナウイルス感染症患者病床確保対策会議」については、「コロナ病床を拡充し退院基準の周知に努め、コロナから回復した方の受入病床の拡充も行った。新型コロナウイルス感染症と通常医療の両方を守る活動を着実に進めている」(3月18日の中川 俊男会長の定例会見での発言)とのことですが、実際に第4波が来たときに十分対応できる体制になっているかどうかは不明です。医療提供体制について一貫して手厳しい日本経済新聞は3月19日の朝刊で「コロナ病床増 進まず」という記事を掲載、「首都圏のコロナ対応病床は一般の病床全体のうち4.6%どまりだ。全国の病床数も宣言直前に比べれば7%増えたものの、第1波のさなかだった昨年5月に見込んだ数にも届いていない」として、「医療提供体制の抜本的立て直しが求められる」と書いています。全老健、会員施設の45.2%が受け入れ表明そんな中、全国レベルで実効性がありそうな動きがありました。全国老人保健施設協会(全老健)は3月12日に記者会見を開き、全国の老人保健施設の半数近くにあたる1,600余りの施設がコロナから回復した高齢の入院患者を受け入れる意向があると表明したのです。会見で同協会の平川 博之副会長(東京都老人保健施設協会 会長)は、病床逼迫が続いていた都内において、老健施設では新型コロナウイルス感染患者がスムーズに受け入れられない状況が起こっており、病院側から、「患者を受け入れても回復後の行き先がない」との訴えがあったと説明、「全老健としてこうした状況を打開すべく、会員施設に対して退院基準を満たした要介護高齢者の積極的な受け入れを要請した」と話しました。会見時の11日時点で会員施設の45.2%に当たる1,625施設が協力を表明しており、そのうち129施設ではすでにこうした患者を受け入れ、270人の高齢者が入所している、とのことです。「中間施設」の機能を発揮できる機会コロナ患者の“上流”から“下流”の流れの中で、“下流”の受け入れ先として全老健が手を挙げた意味はとても大きいと思います。もちろん、退院基準を満たした患者を介護保険施設で受け入れた場合に「退所前連携加算」(1日500単位、最大30日間)の算定が認められる、など経済的な理由もあるでしょう。しかし一方で、今こそまさに老健施設の本来の役割である「在宅復帰の機能」を発揮できる機会であると、全老健が純粋に判断したとも考えられます。約30年前の創設前後、老健施設は「中間施設」とも呼ばれていたように、病院と自宅の中間にあって高齢者の在宅復帰を目的とする施設です。医師が常駐し、リハビリ機能も充実しています。コロナでは、長期入院によって身体機能や認知機能が低下する患者は多く、回復患者にリハビリ機能は必須だと言えます。最近では介護医療院の制度化もあって、老健施設は高齢者施設としてのアイデンティティを模索していたとも言われます。ただ、看取り機能が重視される介護医療院では病床の回転は鈍く、コロナ受け入れは難しいと考えられます。そうした意味でも、老健施設はコロナ回復患者の受け入れ先としては最適の施設と言えるでしょう。高齢者施設はクラスター発生の危険性も高いと言われていますが、感染対策をしっかり行った上で、老健施設がコロナ回復患者の主要受け入れ先として機能していけば、軽症・中等度の患者を受け入れる一般病院も増えてくるのではないでしょうか。

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米国コロナ治療の今:重症コロナ患者へ実施する緩和医療とは【臨床留学通信 from NY】第18回

第18回:米国コロナ治療の今:重症コロナ患者へ実施する緩和医療とはコロナの最大の関心事は、いまワクチンにあると思います。日本でも医療従事者への接種が始まりましたが、こちらアメリカでは2月25日現時点で6,500万人ほどが1回目の接種をしているようです。しかしながら、米国の総患者数はおよそ人口の10%に相当する2,800万人。そして、ついに50万人の死亡が確認されています。ニューヨーク州は、2,000万人ほどの人口で一時期は1日の新規患者数が2万人にのぼる日もありましたが、現在は1万人以下に減っています。しかし、わたしが所属するMount Sinai Beth Israelでは、残念ながらまだコロナの患者さんの数が減っている気配を感じません。マンハッタン郊外にあたるクイーンズ地区やブルックリン地区にはMount Sinaiの関連病院があり、そこで収容できなかった患者さんがひっきりなしに転院搬送されてきます。日本では、大学病院と大学関連病院といっても経営母体が一緒であることはあまりないと思いますが、Mount Sinai Health SystemにはMount Sinai Hospitalという大学病院を中心に6つほどの病院を有しており、グループ間の転院搬送も専用の救急車でスムーズに行われます。病院としても利益をある程度求めなければならず、グループ間での転院搬送であれば問題はないという考えだと思います。電子カルテも統一されているため、受け入れる側も先方のカルテが閲覧できるため、二重の検査は不要で合理的です。そのようなシステムのため、レジデントがグループ内の病院で、2週間単位で研修を受けるということも可能です。さて、このところコロナ治療の最前線にいることが多かったのですが、緩和医療という日本ではあまり馴染みのない科のローテートをすることになりました。緩和というと、日本では主にがん患者さんに対する医療という意味が強いと思いますが、米国ではそれに限らず、集中治療をいくら施しても回復が難しい場合に、患者さんのcomfortを中心に行うことがあります。実は、そのようなケースが、コロナ患者さんで非常にたくさんおり、患者家族とのやりとりを経て、場合によってはpalliative extubationといって、人工呼吸器がないと生きていけない患者さんの気管内チューブを抜くことがあります。そのような、尊厳死と捉えられてもおかしくないような医療行為には賛否両論があると思いますが、国が違えば考えも違う、法律も違う(米国内でも、州ごとに仕組みが異なります)ということなんだと思います。Column3月21日(日)20時~(日本時間)zoomでウェブセミナーを行います。テーマは「米国循環器グループで行う戦略的メタアナリシス」です。ウェブセミナー「米国循環器グループで行う戦略的メタアナリシス」もしよければ覗いてみてください。

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オリンピック開催、医師の賛否や検討すべき条件は?/会員アンケート結果

 新型コロナウイルス感染症流行によって、今年7月に延期された東京オリンピック・パラリンピック。しかし、3月現在でも国内外の感染流行は収まらず、開催すべきか中止・再延期すべきか、開催するとすればどのような条件下で行うべきか、連日メディアではさまざまな案が報道されている。医療の最前線に立つ医師たちは、開催の賛否をどう考えているのか。2021年3月9、10日にインターネットで会員医師にアンケートを行い、1,020人から回答を得た。 「開催の賛否」を聞いた設問では、「賛成」290人(29%)、「反対」585人(57%)、「わからない/どちらとも言えない」145人(14%)と、反対が賛成のほぼ倍、という結果となった。2021年1月時点で共同通信が一般人を対象に行ったアンケートでは80%が反対または再延期すべきと回答しており、緊急事態宣言が延長された1月7日時点では国内の新規感染者数が7,639人/日だったのに対し、3月9日は1,127人/日といったんの落ち着きを見せていること、医療者に対してワクチン接種が開始したこと等を背景に、賛成とする人が増えたようだ。 「賛成」「反対」の両者に、「どんな制限・条件が必要か」を聞いた設問(複数回答可)では、既に決定路線との報道も出ている「海外からの観客受け入れなし」が363人で最多となり、「完全無観客での開催」が288人、「会場の入場者数制限(現在の屋内イベントの制限に準じる)」が167人となった。さらに、「海外選手・関係者の入国後2週間隔離」149人、「海外選手・関係者のPCR陰性証明書提出を義務付け」133人といった、いわゆる水際対策がこれに続いた。一方で、「どのような条件があっても開催すべきでない」との回答者も228人いた。 オリンピックへの意見を自由回答で聞いたところ、賛成の回答者からは「今さら止められない」「経済損失を避けるべき」といったやや消極的な声が多かった一方で、反対の回答者からは「招致時点から反対。開催する意味をまったく感じない」「中止決定こそが日本の存在感を上げるはず」「ただのスポーツ、人命の危険を冒す権利はない」といった強い言葉が並んだ。ほかに「医療者を無償で招集するのはあり得ない」「オリンピック予算をコロナ対策と東北支援に充ててほしい」といった医療者の立場からの声も上がっていた。アンケート結果の詳細は以下のページに掲載中。「東京オリンピック・パラリンピックの開催に賛成ですか?反対ですか?」

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第48回 決戦は月曜日?政府の印象操作がにじむ緊急事態宣言解除日

結局、新型インフルエンザ特別措置法に基づく緊急事態宣言は、首都圏の1都3県で3月8日~21日まで2週間の再延長が決定した。そうした中、3月10日の衆議院厚生労働委員会で政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身 茂会長が早くも緊急事態宣言の再々延長の可能性を示唆する発言をしている。実際、延長が決まった8日からの東京都の感染者報告を見ると、月曜日である8日が100人台となり、その後は200~300人台を推移するという前週とほぼ同じ動きを見せ、減少スピードはやや鈍化している。また、1都3県での感染状況の4段階のステージを判断する6つの指標は、東京都、千葉県、埼玉県で「病床使用率」と「10万人当たりの療養者数」が感染急増を示すステージ3、埼玉県と神奈川県で「直近1週間と先週1週間の新規感染者比」がステージ3にある。ちなみに、ステージ3の「直近1週間と先週1週間の新規感染者比」とは比が1.0を超える状態だが、埼玉県は1.11、神奈川県は1.06で増加傾向、さらに東京都は0.99、千葉県は0.93となっている。尾身会長の言葉は抑え気味だが、これらの状況を見れば3月21日での緊急事態宣言解除も絵空事にさえ思えてくる。そしてもしこの解除を判断するならば、もしかしたら政府はある日を決め撃ちしてくるかもしれない。それはずばり週初めの月曜日だ。そう思ったのはある記録を目にしたからである。ある記録とはシンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)によってまとめられた「新型コロナ対応民間臨時調査会 調査・検証報告書」である。報告書はAPIが2020年7月に発足させた新型コロナ対応・民間臨時調査会(小林 喜光委員長)が、当時の安倍 晋三首相、菅 義偉官房長官、加藤 勝信厚生労働相、西村 康稔新型コロナウイルス感染症対策担当相、萩生田 光一文部科学相はじめ政府の責任者など83人を対象に延べ101回のヒアリングとインタビューを実施し、初期の日本の新型コロナウイルス感染症対策を検証したものだ。この報告書では昨年4~5月の緊急事態宣言解除時のことも記載されている。この時は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、大阪府、兵庫県、福岡県を対象とした4月7日~5月6日までの緊急事態宣言が発出され、その後、4月16日に全国に拡大。解除目前の5月4日にはさらに同月31日までの延長が決定され、5月14日に北海道、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、京都府、大阪府、兵庫県を除く39県、5月21日には京都府、大阪府、兵庫県で解除。そして5月25日には残る北海道と首都圏の1都3県で前倒し解除となった。やや前置きが長くなったが、この解除決定日のうち5月14日と21日は木曜日、5月25日は月曜日である。そしてこの5月25日について前述の報告書では、官邸スタッフの「狙いすまして25日にセットした」との証言を紹介している。これは医療機関の休業などが影響して、新規感染者報告は週前半が少なく、週後半が多いという特性を敢えて利用したということ。報告書の完全なネタバレは避けなければならないので端折ってより具体的に言うと、週前半の少ない数字を強調して専門家たちを押し切って緊急事態宣言の完全解除に持ち込んだということである。なんともえげつない話だが、さもありなんである。どうしても政府は緊急事態宣言発出による経済への影響を無視できないので、完全に専門家の意見だけで政策決定を行わないのは周知のこと。その前提で考えると、経済規模が大きい東京都を含む首都圏3都県で、現在の緊急事態宣言を再々延長することは何としても回避したいだろう。そしてこの3都県の緊急事態宣言の継続は他の道府県にも影響する。実は、私は先週末より出張で北海道の函館市に入り、今はそこから南下して青森県の八戸市にいる。函館と言えば、有名なのが函館朝市だが、今はまさに閑古鳥が鳴いている状態だ。私がたまたま朝市周辺を歩いていた時、観光客向けに海産物を販売している店の中年女性から「ねえ、お兄ちゃん(と言われても50過ぎだが)、何でもいい、ちょっとでもいいから何か買って行って」と哀願された。そして現在函館市では、市の事業として市内の宿泊施設に宿泊した人を対象に1泊当たり2000円のグルメクーポンを配布している。これが市内の主な飲食店で使える。ちなみに私が宿泊したのはなんと1泊2000円のビジネスホテルである。そして函館市でも今滞在している八戸市でもよく耳にするのが「観光客や出張客が増えるかは首都圏から人が来るかどうか。だから緊急事態宣言の継続は、自分たちにとっても他人事ではない」という話である。だからこそ私のような首都圏に住んでいる者はより徹底した感染防止対策が必要であるとも感じる。ただ、感染者急増局面のままでの緊急事態宣言の解除はあってはならないし、私たち全員で政府が安易な判断をしないかを注視する必要もあると思う。その意味で先ほど紹介した姑息とも言える「週前半の緊急事態宣言解除決定」は政府の判断を評価する一つのメルクマークになるかもしれない。

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法律が示す薬剤師の義務と任務、やるべきことはたくさんある【赤羽根弁護士の「薬剤師的に気になった法律問題」】第23回

これまで、「薬剤師的に気になった法律問題」ということで、時事的に気になった話題を主に取り上げてきましたが、今回は最終回ということで、薬剤師の基礎となる薬剤師法についてまとめたいと思います。以前話題にしたこともありますが、薬剤師の業務については薬剤師法の第4章に定められています。第4章 業務第19条(調剤)、第20条(名称の使用制限)、第21条(調剤の求めに応ずる義務)、第22条(調剤の場所)、第23条(処方せんによる調剤)、第24条(処方せん中の疑義)、第25条(調剤された薬剤の表示)、第25条の2(情報の提供及び指導)、第26条(処方せんへの記入等)、第27条(処方せんの保存)、第28条(調剤録)、第28条の2(薬剤師の氏名等の公表)、第28条の3(事務の区分)まず、第19条においては、調剤が薬剤師の独占業務である旨が定められています。(調剤)第十九条 薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方せんにより自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方せんにより自ら調剤するときは、この限りでない。一 患者又は現にその看護に当たつている者が特にその医師又は歯科医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合二 医師法(昭和二十三年法律第二百一号)第二十二条各号の場合又は歯科医師法(昭和二十三年法律第二百二号)第二十一条各号の場合調剤が何を意味するのかという議論はあるものの、薬剤師の基本的な業務が調剤であるとともに、調剤は原則薬剤師しかできないことが示されており、重要な条文です。ただし、「薬剤師以外の者」は「してはならない」という規定なので、薬剤師以外の者の行動を制限する形になっています。一方、その他の条項は、薬剤師が行わなければならない義務を規定しているものがほとんどです。(処方せん中の疑義)第二十四条 薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによつて調剤してはならない。(情報の提供及び指導)第二十五条の二 薬剤師は、調剤した薬剤の適正な使用のため、販売又は授与の目的で調剤したときは、患者又は現にその看護に当たつている者に対し、必要な情報を提供し、及び必要な薬学的知見に基づく指導を行わなければならない。2020年9月1日から施行された第二十五条の二 第2項における服用期間中のフォローアップも同様です。第二十五条の二 第2項薬剤師は、前項に定める場合のほか、調剤した薬剤の適正な使用のため必要があると認める場合には、患者の当該薬剤の使用の状況を継続的かつ的確に把握するとともに、患者又は現にその看護に当たつている者に対し、必要な情報を提供し、及び必要な薬学的知見に基づく指導を行わなければならない。薬剤師が法的にできないことはほとんどない実際の臨床現場では、薬剤師法で規定される以外にもさまざまな業務を行っていると思いますが、薬剤師の義務は、薬剤師法以外にも法令解釈や薬機法、薬担規則、調剤報酬の観点などから導かれるものもあります。薬剤師法では、最低限の義務が課されているにすぎません。だからこそ、薬剤師法における義務の中に服用期間中のフォローアップが追加されたことは、薬剤師にとって大きな意味があります。この改正によって、これまで記録義務がなかった指導などについて、調剤録へ記載する義務が加わりました(なお、調剤録への記載は、これまでと同様に薬歴に記すことで義務を果たすことになると通知で示されています)。対人業務についても、必ず薬剤師に行ってもらわないと困るという期待の表れかもしれません。参考)・医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律の一部の施行に当たっての留意事項について(薬局・薬剤師関係)(薬生総発0831 第6号 令和2年8月31日 厚生労働省医薬・生活衛生局総務課長)・保険薬局の分割調剤及び調剤録の取扱いについて(保医発1110 第1号 令和2年11月10日)以上をまとめると、薬剤師法では、最低限薬剤師が「行わなければならない義務」が規定されていますが、注意を要するのは、「~はしてはならない」という規定にはなっていない点です。もちろん、医師法に定める医業や保健師助産師看護師法に定める療養上の世話・診療の補助は、他職種の独占業務ですので行うことはできませんが、それ以外は基本的に自由であり、調剤以外の健康サポートなど幅広い業務を行うことができます。なお、薬剤師の任務は薬剤師法第1条に以下のとおり定められています。(薬剤師の任務)第一条 薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。「調剤、医薬品の供給、その他薬事衛生」とありますが、最終目的は、「国民の健康な生活を確保する」ことです。この目的のために、最低限定められている以外にも、さまざまな業務を行ってこれを実現していくことが求められています。法律にもさまざまな定めがありますが、今後、薬剤師の活躍の場はどんどん増えていくことが想定されますので、最終的には「国民の健康な生活の確保になるかどうか」という意識を持っておくことは重要でしょう。今回でこのコラムも最後となりました。これまでお付き合いいただきありがとうございました。

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第47回 「発症10日したらもう他人に感染させない」エビデンス明示で、回復患者受け入れは進むか?

全国医学部長病院長会議がコロナ重症症例診療で見解こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。春本番、プロ野球のキャンプも日米で本番を迎えています。春の沖縄キャンプ地巡りが大好きな知人がいて、ある時、スポーツニュースを観ていたらバックネット裏にスカウトのように陣取る姿が映り、驚いたことがあります。今年のキャンプは無観客なので、そういった楽しみや驚きもなく、寂しいものです。そんな中、景気のいい話もあります。2月25日、東北楽天ゴールデンイーグルスは田中将大投手に特化したファンクラブの申し込みを同日開始したところ、10人限定の年会費180万円のコースが14分で完売した、と発表しました。また、1,000人限定の1万8,000円のコースも4時間余りで完売したそうです。楽天ファンでもない私でも1万8,000円なら安い、と思いエントリーしようと考えたくらいです。ことほど左様に私を含めた誰もがスポーツ観戦など外に出かけたくうずうずしている今日このごろですが、首都圏以外の6府県の緊急事態宣言が28日で解除されました。各府県は飲食店への営業時間の短縮要請などを徐々に緩和するとのことですが、暖かさに誘われ、飲み会も増えていきそうです。英国型の変異株は実行再生産数を0.4〜0.7引き上げるとの報告もあります。第4波到来の可能性は割と高いのでは、と思いますが、皆さんいかがでしょう。少々状況が落ち着いてきた中、全国医学部長病院長会議は2月24日、「新型コロナウイルス重症症例診療を担う医療施設に関する見解」を、会長の湯澤 由紀夫氏(藤田医科大学病院 院長)と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関わる課題対応委員会委員長の瀬戸 泰之氏(東京大学医学部附属病院 院長)の連名で公表しました。前回、「第46回 第4波を見据えてか!? 厚労省が『大学病院に重症患者を受け入れさせよ』と都道府県に事務連絡」では、大学病院、中でも国立大学病院の動きが鈍い、と書きましたが、全国医学部長病院長会議が自ら、今後の大学病院の役割について対外的に見解を公表したのは大きな意味がある、と言えるでしょう。「今こそ重症症例の診療体制の整備に取り組むべき」見解では、「今後、また未曾有の感染症が襲ってくるときに備えるためにも、わが国の緊急時医療体制の構築を再考する絶好の機会ととらえている。このような重症症例診療を行いうる医療体制の構築に相応の時間を要するのは自明であり、平時よりの備えが肝要である」として、今こそ重症症例の診療体制の整備に取り組むべきだと訴えました。具体的には、コロナの重症者の治療は「高度かつ統制のとれたチームワークのもと治療を行なわなければならない」として、「重症症例の診療は大学病院、救命救急センターなど、従来より高度な集中治療を行ってきた医療施設が中心的に担うべき」としました。一方で、大学病院や救命救急センターなどでは、「新型コロナウイルス感染症の重症患者への診療」と共に「新型コロナウイルス感染症以外の高度医療」を提供しなければならならず、「通常診療の維持を前提とした新型コロナウィルス重症症例診療に必要な医療体制確保について、実態ニーズを踏まえたものとなるよう検討いただきたい」としています。その上で、「新型コロナウィルス重症治療は これまでにない総合的かつ統合的な加療であり、通常の重症肺炎診療とは異なるものでもあり、施行するにあたり相応の診療報酬が病院運営上必須である」と、報酬上の手当も国に求めました。端的に言えば、「コロナの重症者には通常診療と並行して取り組むが、相応のお手当はお願いします」ということのようです。「後方病床あるなら大学病院も頑張る」私自身がとくに重要だと思ったのは、後半の連携に関するくだりです。見解では、「円滑な重症症例病床運用のためには、重症症例を診る施設がその治療に集中するため、軽快ないしは改善した場合の後方病床確保も重要な課題となる」と指摘、「特に、重症から回復した高齢者が退院基準を満たしても、そのまま自宅退院できることはまれであり、後方病床に移送できなければ重症病床の活用に支障が生じる。医療状況が逼迫している折、そのような医療提供体制の役割分担を推進することは医療効率化のためにも極めて重要」と、回復した患者の受け入れる後方病床の整備を強く求めています。「後方病床を整備してくれるなら、大学病院も頑張るよ」とも読めるのですが、確かに回復した患者の引き受け手がなく、いつまでも大学病院に入院させていては、新規入院を受け入れることができないわけで、その体制をつくっておくことは重要です。ちなみに、見解では、後方病床の確保を“下り”の流れと表現しています。退院基準の見直し案と感染可能期間のエビデンス明示ちょうど第3波が収まり、比較的余裕が出てきた今こそ、それぞれの地域において後方病床の役割を果たす病院をきちんと決めておくべきです。ただ、地域のよっては、「コロナ回復患者引き受けます」と手を挙げる病院はまだまだ多くはないようです。“流れ”づくりの主役となるべきは、日本医師会、四病院団体協議会、全国自治体病院協議会によってつくられた「新型コロナウイルス感染症患者受入病床確保対策会議」だと思うのですが、これについては前回書いたので今回は触れません。実は、先々週にも回復患者引き受けに関連した動きがありました。厚生労働省は2月18日の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(座長:脇田 隆字・国立感染症研究所所長)の第24回会合に対し、新型コロナウイルス感染症の退院基準の見直し案を提示、あわせて発症からの感染可能期間などのエビデンスも提示したのです。退院基準見直し案では、有症状者については人工呼吸器等による治療の有無別に分け、治療を行った場合には発症日から15日間経過し、かつ症状軽快後72時間経過した場合に退院可能とするが、「発症日から20日間経過するまでの間は、適切な管理を行う」などの条件を付けました。他方、人工呼吸器等治療を行わない場合(軽症・中等症)については現行通り(1.発症日から10日間経過し、かつ症状軽快72時間経過した場合に退院可能とする。2.症状軽快後24時間経過した後、24時間以上間隔をあけ 2回のPCR検査又は抗原定量検査で陰性を確認できれば、退院可能とする)としました。軽症・中等症は「現行通り」でも大丈夫な理由・エビデンスについては、「軽症・中等症において、感染性のあるウイルス粒子の分離報告は 10 日目以降では稀であり、これら の症例において、症状が消失してからも長期的にウイルス RNA が検出される例からの二次感染を認める報告は現時点では見つからなかった」とし、「退院後のPCR 再陽性例における感染性や、再陽性例からの二次感染を認める報告も現時点では見つからなかった」としています。医療機関だけでなく一般にもアピールすべきでは要するに、「発症日から10日したらもう他人に感染させない」「症状軽快後、PCR陽性が続く場合も他人に感染させない」というわけです。厚労省としては、この見直し案とエビデンスによって、一般病院や介護施設での回復患者の受け入れが進み、重症病床の回転が良くなることを期待しているわけですが、本当に地域でそうした“流れ”が普通に構築されることを期待したいと思います。ところで、なぜこの事実(エビデンス)を、医療機関だけでなく一般にももっと広く、強くアピールしないのでしょう。何かまた、「国民があらぬ誤解する」とでも国は考えているのでしょうか(新型コロナウイルス感染症は発症の数日前から感染力が高まることを、国は昨年の感染拡大当初、国民に知らせるのをためらっていた、と聞いています)。少々、謎です。このエビデンスがしっかり世の中に浸透すれば、それこそ報酬さえ手厚くすれば後方病院は回復患者受け入れに手を挙げるでしょうし、問題となっている職場における理不尽な感染者差別(復職後に陰性証明を要求されたり、在宅勤務を強制されたり人が出ているそうです)なども減ると思うのですが…。

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第46回 デジタル庁新設しても追い付けない?韓国の「医療IT化」のすごさ

菅政権が国のデジタル化を重要政策に位置付け、今年9月に新設される見通しのデジタル庁。コンピュータネットワークやデータベース技術を利用した電子政府の取り組みは、過去20年間、歴代政権が進めてきたものの、成果は思わしくない。元大蔵官僚で“霞が関文化”を知る田中 秀明氏(明治大学公共政策大学院教授)は、企業セミナーで行った講演で、デジタル化を阻む要因を「3つの岩盤」に例えて分析。デジタル庁が機能するための問題点を浮き彫りにした。電子政府は医療にも大きく関わるので紹介したい。行政のデジタル化を阻む“岩盤”とは? 田中氏が指摘したのは、以下の3点である。(1)結果検証に問題これまでの戦略や施策の評価、問題と原因の分析がない。安倍政権下の「世界最先端デジタル国家創造宣言」(2013年)など計画ばかりで、重要成果指数(KPI)による目標設定は「研修回数」などのプロセスが中心だった。(2)システム化に問題システムは間違いを見つけて改善していくものだが、これは無謬性を重視する行政文化に反する。行政は、現在の業務をそのままにしてシステム化しようとする。また、国と地方自治体のシステムが異なっており、自治体間もバラバラである。連携には、国・自治体間の「標準化」が不可欠だが、、時間が掛かるうえに不具合も生じるだろう。(3)組織に問題2013年に、電子政府推進の司令塔としてIT総合戦略本部に内閣情報通信政策監(CIO)が設けられたが、権限は総合調整で、省庁間の縦割りを打破できない。また、政府CIO室は公務員と民間企業からの出向者で構成され、いずれも約2年で交代する。役所では、ITなどの専門性は軽視され、キャリアが発展しない。デジタル庁が抱える問題点一方、政府が発表したデジタル庁の概要に対しては、4つの問題点を指摘した。まず、人材採用の問題がある。職員約500人のうち、民間から専門性の高い人材を30~40人、週3日勤務の非常勤職員として採用する方針だが、年俸は最高で本省課長並み(約1,300万円)。民間のIT専門職にデジタル庁に行きたいか尋ねると、多くは行きたがらない。人数は集まっても、「優秀な人材が来るのか」疑問である。2つ目は組織の問題点。デジタル庁に「各府庁等に対する総合調整権限(勧告権等)」を有する司令塔機能を持たせる方針だが、2001年に設置された「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)」の本部長である首相がすでに権限を持っており、さらに強化するような権限がないことである。3つ目の問題は、デジタル化に向けた国と地方の温度差だ。主な業務に対しては「デジタル化で重要なのは地方の問題」(田中氏)である。住民票の発行など地方のデジタル化が進まなければ意味がない。4つ目は予算の問題である。国の情報システム予算はデジタル庁に一括計上した上で各府庁に配分する方針だが、8,000億円(2020年度)の予算のうち5,000億円は各府庁に付いているので、依然として各府庁の独自システムが残ることが挙げられる。電子政府で日本をリードする韓国電子政府に関しては、行政制度が日本と似ている韓国が参考になるという。国連の電子政府ランキングにおいて、韓国は2010年1位(日本17位)、14年1位(同6位)、18年3位(同10位)、20年2位(同14位)と、世界的にも首位の座にある。韓国は、1997年の通貨危機を契機に国家再生のための改革としてIT化戦略を推進した。司令塔の情報通信省や実働部隊の関連機関を設立。国レベルで統一的に地方自治体のシステムを構築したり、運用・維持保守も統合運用したりしている。関連機関には、ITだけでなく法律や医療などさまざまな分野で博士号を持つ職員を多数配置。公務員制度改革により幹部ポストの2割は官民公募、3割は政府内公募で採用、専門性や能力で選抜している。国民は電子政府ポータル(国・地方が一体)により、自宅やオフィスから24時間365日、各種の申請手続きや証明書の発行が可能だ。約30種類の手続きを1回で処理できる。国や地方では各種証明書の発行が激減。2005年は4.5億枚だったのが、15年には1.5億枚まで減ったという。また、診療報酬請求は住民登録番号に紐付けられ、ITでチェックするので、保険財政は黒字になっている。日本では考えられない医療関連サービス田中氏は、これまでに韓国を3回訪れ、電子政府に関する視察を行ってきた。病院や駅にも証明書発行機が置かれ、住民票や高校・大学の成績証明書などが発行されていた。北朝鮮によるスパイ活動防止のため、発行にはマイナンバーを入力した上で、指紋認証が必要だ。病床数約4,000床のセブランス病院では、受付にほとんど人がいなかった。高齢者を含め患者はスマホで予約しているからだ。患者は診療科の機器にカードを差し込むと、診療の順番が掲示板に表示される。診療終了後、会計はクレジットカードで済ます。薬が処方される場合、画面上でどこの薬局で薬を受け取るかを患者自身が選ぶ。選択した薬局に行けば、薬が用意されている仕組みだ。院内には医療関連サービスを提供する機械が置いてある。例えば、セカンドオピニオンなどに必要なMRIやCTの画像を無料で出力してくれる。病院には火葬場が隣接しており、クレジットカードで香典を払える機械も置かれている。日本人からすると「そこまでやるか」という感覚だが、病院はまさにITが威力を発揮できる分野であることを見せていたという。韓国は保険制度もすべて電子化されており、過去20年の国民の治療や健康診断に関するデータが蓄積されている。それらを基に、10年後にその人がどういう病気になったかトレースできる。そのようなデータを活用し、検査結果から将来胃がんなどを発症する確率を教えるサービスが、韓国政府とベンチャー企業とのタッグで始まるという。利用者目線の「プッシュ型社会保障」を実現韓国では、国民が受けられる社会保障サービスがパソコンに示される。日本と同様、手当は所得に連動している。例えば、出産届を出せば所得に応じた関連手当が示されるので、受けるかどうかをクリックすればいい。自分の所得について、役所に行って説明する必要はない。「プッシュ型社会保障」であり、利用者目線の行政サービスを提供している。田中氏の講演を聞き、日本はまず、これまでの電子政府を巡る失敗を検証しないことには、デジタル庁を設立しても成功はおぼつかないないと感じた。日韓関係はいま決して良好ではないが、この政策に関しては先行している韓国に学ぶことが多いのではないだろうか。

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流し雛から万葉の心を偲ぶ、生きるとは何か?【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第33回

第33回 流し雛から万葉の心を偲ぶ、生きるとは何か?皆さんは、子供の頃を思い出すことはありませんか?自分は、最近その現象が増えてきています。ふとした拍子に幼少期の出来事が、今ここで体験したようにフラッシュバックするのです。人は、疲れたり辛いできごとが重なったりした時に昔を思い出すと言います。コロナ禍の影響かもしれません。それとも単なる老化が顕在化しているだけかもしれません。「オーイ、流すぞ!」眼に浮かんだのは、自分と姉そして父親とで、小さな竹船に載せられた素焼きの陶器で作られた雛人形を川に流し放つ瞬間です。何十年間も忘れていた風景ですが、突然鮮明に蘇ってきました。自分は石川県金沢市の生まれで、実家の近くを犀川が走っています。「ふるさとは遠きにありて思ふもの・・」という一節で有名な、金沢ゆかりの詩人である室生犀星のペンネームにも冠する清流です。場面は、その犀川の河原の水辺です。流し雛(ながしびな)は、祓い人形と同様に身の穢れを水に流して清める意味の民俗行事で、雛祭りの原型とのことです。自分の頭の中の情景は事実ではなく、童話や小説の一節を原体験のように思い起こしただけかもしれません。3歳年長の姉に確認すると、明確に記憶しておりました。夢ではなく、実体験が脳裏に焼き付いていたのです。おそらくは1964年の東京オリンピック前後のことです。姉が6歳、自分が3歳前後に姉弟同時に「麻疹(はしか)」に感染し、無事に治癒した際に雛を流したのです。天然痘(もがさ)は、高い死亡率に加え、治癒しても瘢痕を残すことから、世界中で悪魔の病気と恐れられてきた有史以来の感染症です。麻疹も古来より生命に関わる大病とされており、たびたび大流行を繰り返し、天然痘より死亡率が高く「天然痘は器量定め、麻疹は命定め」とも云われ恐れられていたそうです。古都といわれる金沢でも現在は、流し雛を行っている家庭はないでしょう。しかし、当時の我が家では、実行していたのです。流すための人形を、父に連れられて瀬戸物屋に買いにいった場面も姉は記憶していました。近所の商店で流し雛を販売しているほどに、普及した行事であったのです。銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも万葉集に収められている、山上憶良の歌です。701年に遣唐使として入唐、帰国し当時有数の学識者であった憶良は、庶民の生活に密着した歌で万葉集中に独自の境地を開いています。この歌は、子を思う親の気持ちは昔も今も変わらないことを示すものとして有名です。8世紀の初め、約1300年以前に詠われたものですが、当時の乳児死亡率は高く、多くの親は自らの赤子の死を経験していたはずです。当時は疫病が主たる死因でした。天然痘や麻疹などの流行の記録があり、出生時平均余命は20歳より短いものであったようです。死が身近であるだけに生を繋ぎ成長する子供には限りない愛情をもって育て慈しんでいたことでしょう。いにしえの人々は常に死の危険にさらされていました。生きていることの危うさを感じつつ、今日を生き抜いたことに感謝して暮らしていたに違いありません。日々、口にする食事もありがたかったでしょう。恵みをもたらし、時には荒れ狂い命を脅かす大自然にも畏怖の念をもって接していたでしょう。自然にあふれた環境で生の喜びに満ちた時をすごす、なんと人間らしい幸せな人生でしょうか。万葉の時代に遡るまでもなく、自分自身の幼少期には、麻疹からの生還を家族を挙げて祝っていたのです。当時は、麻疹で命を失う子供もまだまだいたということでしょう。一方、現代はどうでしょうか。医療は進歩し平均寿命は飛躍的に延びました。死の危険を実感することはなく、生きていることがあたり前になりました。その中で、人間は「生きる」ことへの感謝を忘れてしまったのではないでしょか。進歩したのは医学・医療だけではありません。コンピュータやインターネットが普及し便利になりました。しかし便利になることと幸せになることは別かもしれません。便利さと引き換えに多くの大切なものを失う可能性もあります。移植医療や再生医療、そして人工知能も大切で今後も発展していくでしょう。その発展を推進する力として私も参画したいという思いはあります。しかし、それらの最新医療が日常の現実となった時に、人間はその利益と引き換えに何を失うのでしょうか。もしかすると、人間としての本質を失ってしまう可能性もあるのです。今後の医学の進歩を社会に真に還元するためには、人間の真の幸せとは何かという考察に基づいた精神的な裏づけが必要でしょう。また、次の世代を担う若い医師たちにも「真の幸せ」とは何かを考えつつ仕事をしていただきたいと願います。なぜなら医学がいかに発達しようとも、私たちの心は万葉の時代と変わっていない何かが必ず残っているはずですから。

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第45回 新型コロナワクチン承認の恩恵にあやかりたいHPVワクチンの今

「ワクチン、ようやくここまで来たか」との感慨に浸っている。そう書くと多くの皆さんは新型コロナワクチンのことだと思うだろう。もちろんそれもある。だが、それよりも感慨深いのは、9価のヒトパピロ―マウイルス(HPV)ワクチン「シルガード9」が今月24日に正式に発売となることだ。ご存じのように日本では2013年4月にHPVワクチンが小学校6年生から高校1年生の女子を対象に予防接種法に基づく定期接種化されながら、それからわずか2ヵ月後の同年6月14日の厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会)で一部の接種者が訴えた接種後の疼痛などの報告を審議し、厚生労働省(以下、厚労省)が「積極的な接種勧奨の差し控え」を通達、現在に至っている。日本では定期接種化時点で、180種類以上のジェノタイプがあるHPVのうち、子宮頸がんになりやすいハイリスクな16型、18型への感染を防ぐ2価ワクチン「サーバリックス」と、この2つに加えて性感染症の尖圭コンジローマの原因である6型、11型への感染も防ぐ4価ワクチン「ガーダシル」が承認されていた。一方、海外の状況を見ると、2014年12月に4価のガーダシルに、さらに子宮頸がんハイリスクのジェノタイプである31型、33型、45型、52型、58型への感染を防ぐ9価ワクチン「ガーダシル9」がアメリカで承認され、同ワクチンは2015年6月に欧州連合(EU)とオーストラリアで承認され、現在までに全世界のうち70ヵ国以上で承認されている。今回、発売されることになるシルガード9はご覧のとおり商品名が違うだけで、ガーダシル9と同じものである。従来の2価、4価ワクチンが子宮頸がんの6~7割を防げると言われるのに対し、シルガード9では約9割の子宮頸がんが防げるといわれている。すでに日本同様の定期接種化が行われている国では、この9価ワクチンを接種するのが一般的となっている。しかし、日本での今回の発売に至るまでの道のりは異常なまでに長いものだった。すでに製薬企業側からの承認申請は2015年7月に行われていながら、まったく審議が行われない棚ざらしのまま時間が経過し、審議入りはようやく昨年4月で承認取得は昨年7月。そして発売は今年2月と実に5年7ヵ月も要した。厚労省側は表向きでは無関係と称しているものの、この背景には前述の副反応を訴える人々の一部が製薬企業や国を相手取って民事訴訟を起こしていることと無縁ではないと考えられている。もっともいま現在に至るまで「積極的な接種勧奨の差し控え」ではあっても定期接種対象であることに変わりはないわけで、国民全般への目配りが求められる中央官庁としては多方面に気を遣わねばならないのは分からないではないものの、この間の審議なき棚ざらし状態に対し私はサボタージュに等しいと考えている。さて、ただ正式にシルガード9が発売されたとしても、そこからはまた先の長いことになるかもしれない。まず、現在の積極的な接種勧奨の差し控え状態のまま定期接種のワクチンにシルガード9を加えることできるかどうかが第一関門である。すでにそれに関わる審議は昨年8月の厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会)の「ワクチン評価に関する小委員会」でスタートしている。シルガード9を順調に定期接種へ加えることができたとしても、最大にして最後の難事業である「積極的な接種勧奨の差し控え」の中止、すなわち通常の定期接種に戻すことが残されている。ただ、厚労省関係者に定期接種の正常化に関して水を向けると、「そのためにはHPVワクチンに関して国民の理解がもう一歩進むことが必要」という答えが返ってくることがほとんど。中にはより慎重な「現在進行中の民事訴訟で原告側が副反応と訴えている症状とワクチンの因果関係が否定される判決が出ること」という意見まで出てくることさえある。本連載でも触れたように、この件では副反応を訴える人たちの登場とそれを検証不十分なまま報じたメディアの責任は問われて当然である。しかし、昨今の少なくとも大手の新聞社の報道を見る範囲では、HPVワクチンに関して接種者の一部が訴える症状をワクチンの副反応と捉えて煽るような報道は皆無に等しい。そしてたとえば全国紙4紙で「HPV」で検索し、HPVワクチンに関して直接的に報じている記事を最新から2本あげると次にようになる。<朝日新聞>「HPVワクチン接種、男性も」(2020年12月5日)「子宮頸がん死亡4千人増と推計 阪大、ワクチン接種減で」(2020年11月4日)<毎日新聞>「HPVワクチンへの不安を取り除き、女性を守りたい/上」(2021年2月18日)「子宮頸がん予防、拡充目指す 元俳優の三原じゅん子副厚労相」(2020月11月19日)<読売新聞>「HPVワクチン、男性への使用可能に…厚労省部会が了承」(2020年12月5日)「子宮頸がんワクチン 7割前向き…大阪府内の小児科医調査」(2020年11月21日、有料読者のみ閲覧可)<日本経済新聞>「子宮頸がんワクチン普及に光明、日本の接種率0.3%」(2020年11月15日)「子宮頸がんワクチン 発症リスク約6割減、スウェーデン」(2020年10月19日)見出しの一覧だけでもわかるとおり、ワクチンの否定的な記事は一本もなく、実際に各記事に目を通してもHPVワクチンに否定的な内容ではない、むしろ肯定的と言ってもいい。その意味ではHPVワクチンについては空気が大きく変わっているのが現状、あと一歩とも言える。そして個人的なことを話せば、私自身がシルガード9の定期接種ワクチンへの追加と定期接種の正常化を願う、現高校2年生の女子の父親である。前々回の連載でも書いたように私はワクチンというワクチンはほぼ打ち尽くしている自称「ワクチンマニア」だが、そんな私にある時、高校1年生当時の娘が相談してきた。「あのさ、自分もさ、あのなんていうの子宮頸がんのワクチンって言うの? 打ったほうがいいのかな?」私は娘にはHPVワクチンのことは一度も話したことはない。実はこれには明確な理由がある。別に接種させたくないわけではないし、むしろ接種させたい。ただ、それは9価ワクチン一択である。この時は娘には率直に4価ワクチンと9価ワクチンの医学的なメリットとデメリット、また現在のHPVワクチンをめぐる現状も話した。このHPVワクチンを巡る現状では、現在国内で騒がれている副反応と呼ばれる症状はこれまでの研究結果からはワクチンとの因果関係がないであろうと強く推認されるということも伝えた。そのうえで、娘には現時点であなたは定期接種対象者で4価ワクチンは無料で接種できることを話し、次の選択肢を提示した。(1)4価ワクチンを定期接種で接種してそれで終了にする(2)4価ワクチンを定期接種で接種し、9価ワクチンの承認後にそれを再接種(3)9価ワクチンの承認と定期接種組み入れを待って接種ちなみに最初にこの3つを話した段階で娘が即時に却下したのは(2)である。答えは簡単、「合計6回も注射はしたくない」ということだ。残るは(1)と(3)、娘は結構悩んでいいたが、ほぼ(3)を選びかけた。ところがこの時点で娘が私に聞いてきた。「あのさ、この9価ワクチンの承認とかが自分が高校2年生以上の時期になった場合、費用どうなるの?」おお、意外と勘が鋭い。そこでこのように説明した。「1回3万円強のワクチンを3回、合計10万円弱をお父さんが払うことになる」これには娘が絶句。ただ、私は「もし今後数年以内に9価ワクチンの承認と定期接種の組み入れ、さらには定期接種の正常化が実現すれば、高校2年生以降でも無料で受けられる可能性がある」と伝えた。なぜそう伝えたのか? これは日本脳炎ワクチンの事例を踏まえたものである。多くの医療従事者はご存じのように定期接種である日本脳炎ワクチンでは、重篤な副反応が発生した影響で、今回のHPVワクチンのように2005年度から2009年度までの間、積極的な接種勧奨が差し控えられた。その後、製法を改良して作られたワクチンで定期接種が正常化された際、この勧奨差し控え期間中に接種対象だった児童は、補償的な措置として20歳まで定期接種として無料接種が可能という措置が取られている。私はHPVワクチンについても同様の措置が取られると可能性が高いと踏んでいる。娘にもそのように伝えた。その結果、娘は(3)を選択し、私もそれを追認した。そしてこの選択にはさらに父親として「お父さん補償措置」を追加し、娘に伝えた。それは「9価ワクチンの承認と定期接種の組み入れ、さらには定期接種の正常化が実現した段階で補償措置がなかったり、その対象外となった場合、さらにはあなたが高校2年生以降、そうした政策的決定がなされる前に自分でやはり接種したいと思った時はすべてお父さんが費用を負担して9価ワクチンを接種すること」というものである。そんなこんなで私も娘も9価ワクチンの定期接種の組み入れと定期接種の正常化を待っている。いや、もしかしたら娘は待っていないかもしれない。というのも「ワクチンは痛いからなるべくなら打ちたくない」と言っているからである。実際、今回のコロナ禍に際してインフルエンザワクチンは接種しておこうと言った私に対してギリギリまで抵抗し、自分が欲しい宝塚のDVDを買うことをインフルエンザワクチン接種の条件として提示してきたくらいである(仕方なく了承したが)。まあ、そういう私も「9価ワクチン3回で10万円弱だと、居酒屋で何回飲めるだろう」と暗算したくらいなので、娘のことは非難できない。なお、もしかしたら「娘の健康のために10万円を惜しむのか?」というご批判もあるかもしれないが、緊急事態宣言下に会員クラブに行けるほどの余裕がある一部のお偉いさんと違って、ド庶民の私にとって10万円は超大金なのでご理解いただきたい、としか答えようがないのである。

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第45回 製薬企業からの奨学寄付金が賄賂に、三重大元教授再逮捕の衝撃

三重大事件、多くの医師が改めて肝を冷やすような展開にこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。2月13日夜の地震には驚きました。東日本大震災から10年経ってこれほど大きな余震が来るとは…。私自身、大きな地震には数回遭遇しています。1978年の宮城県沖地震の発生時には仙台にいました。東日本大震災の翌月、2011年4月に起きた大きな余震の時は気仙沼での取材に向かう途中でした。大きな揺れにはそれなりに慣れているつもりですが、13日のようなあのジワーッと長く続く揺れは、いつ経験してもとても嫌なものです。どこかで大きな災害が起きているのでは、と心配になるからです。近々、大震災10年の取材で再び東北を訪れる予定ですが、東北新幹線の復旧に時間がかかりそうで、どうなることか。今回の余震の被害も拡大しないことを願うばかりです。さて、今回はまた三重大学病院臨床部の事件を取り上げます。「もう三重大事件は飽きたよ」と言われそうですが、製薬企業から奨学寄附金をもらっている多くの医師たちが改めて肝を冷やすような展開になってきたので、情報提供の意味合いも含め、書いておきたいと思います。三重大病院臨床麻酔部元教授、第三者供賄の疑いで再逮捕津地方検察庁は1月27日、小野薬品工業(大阪)が製造・販売する薬剤「オノアクト(ランジオロール塩酸塩)」を多数発注する見返りに、大学の口座に現金200万円を振り込ませたとして、54歳の三重大病院臨床麻酔部元教授を第三者供賄の疑いで再逮捕しました。贈賄の疑いで小野薬品工業の社員2人も逮捕しました。元教授は1月6日、愛知、三重の両県警に第三者供賄の疑いで既に逮捕され、1月27日に津地検に起訴されています。こちらの容疑は2019年8月、病院で用いる生体情報モニターを日本光電製に順次入れ替えるよう取り計らう見返りに、自身が代表理事を務める一般社団法人の口座に200万円を振り込ませた疑いです。三重大病院臨床麻酔部についてはこの連載でも、「第25回 三重大病院の不正請求、お騒がせ医局は再び崩壊か?」でランジオロール塩酸塩の不正請求が発覚し、医局崩壊が再び始まるであろうことについて、「第36回 元准教授逮捕の三重大・臨床麻酔部不正請求事件 法律上の罪より重い麻酔科崩壊の罪」では、48歳の元准教授の男が公電磁的記録不正作出・同供用の疑いで津地方検察庁に逮捕されたことについて、「第40回 三重大元教授逮捕で感じた医師の『プロフェッショナル・オートノミー』の脆弱さ」で、本丸の元教授が医療機器の納入絡みで逮捕されたことについて書きました(再逮捕の容疑、「第三者供賄」については第40回を参照ください)。今回の再逮捕によって、一連の事件の発端となった昨年9月のオノアクトのカルテ改ざん・不正請求の事案についても、第三者供賄の可能性があるとされたわけです。元教授の製薬企業や医療機器会社への資金援助要求の強引さが改めて浮き彫りになるとともに、製薬企業の奨学寄附金のあり方にも一石投じる結果となりました。オノアクトの積極使用を部下に指示報道等によると、容疑者の元教授の再逮捕容疑は、2018年3月、オノアクトを多数発注する見返りに三重大の口座に200万円を振り込ませた疑いです。うち約160万円は研究活動の一環として民間企業への業務委託費として支出されていたとのことです。元教授は小野薬品から200万円を得られるとの見通しを示した上で、オノアクトの積極使用を部下に指示。小野薬品は200万円を送金し、直後からオノアクトの使用実績は急増したとのことです。再逮捕後の続報では、「オノアクトの使用量全国トップを目指したい」「(薬剤の使用を)目立たないように増やしていきたい」といった積極使用を勧めるメールを臨床麻酔部の部下らに送っていたことや、小野薬品の担当者が元教授に対し、薬剤の目標使用量を示していた疑いがあること、同社が推奨していない「予防投与」の実施を求めていたとみられることも報じられています。ところで、オノアクトの不正請求事件では、48歳の臨床麻酔部准教授(当時)が既に公電磁的記録不正作出・同供用罪で起訴され、1月27日に詐欺罪で追起訴されています。当初、元教授は、部下の元准教授が起こしたとされるカルテ改ざんについて、大学の調査に対し「(不正を)知っていれば改善させていた」と改ざんへの関与を否定していました。また、「オノアクト」を積極的に使うよう指示したことは認めたものの、「使われていない薬剤が大量にあるとは思っていなかった」とも主張していました。ところが、捜査が進むにつれ、元准教らの証言などで、オノアクトの廃棄を元教授に報告していたことや、病院内のミーティングで大量廃棄が問題となったことを元教授が把握していたことが明らかとなりました。津地検はこうした証言や積極使用の指示の証拠などから、オノアクトに関しても第三者供賄が成立すると考えたと見られます。研究医療機関の寄付集めや製薬企業の営業にも影響か今回の再逮捕で注目されるのは、小野薬品が振り込んだのは、同社の正規の手続きを経た「奨学寄付金」だった、という点です。報道等では、小野薬品は奨学寄附金として2018年3月に200万円、19年11月に150万円を拠出しているとのことです。奨学寄付金は本来、学術研究の振興や研究助成を目的としており、贈収賄には該当しないとされてきました。その決定は、製薬企業においては営業本部から切り離された部門が、薬剤の使用量、購入量とは関係なく行っているからです。また、奨学寄付金は大学の口座に入金されるため、本来であれば教授も自由に使うことはできないはずです。元教授は自ら設立した一般社団法人にうまく還流させていたのかもしれません。小野薬品についても、奨学寄付金の決定部門と現場の営業の間に何らかの情報のやり取りがあった可能性も考えられます。その辺りの詳細な経緯は、これから徐々に明らかになっていくと思いますが、いずれにせよ、奨学寄付金が第三者供賄という形で賄賂と判断されたことは、今後、大学病院をはじめとした研究医療機関の寄付金集めや、製薬会社の営業活動に大きな影響を及ぼすでしょう。またまたパワハラ事件勃発今回の話はここで終わってもいいのですが、三重大については別件の続報が入りましたので、それについても触れておきます。2月1日のCBCテレビは、「三重大病院…不祥事で麻酔科医一斉退職 背景にパワハラ『今辞めたら共犯者』」というタイトルで、昨年以降、不祥事が続いた三重大病院臨床麻酔部で一斉退職が起こった背景に、パワーハラスメントがあったことを報じました。それによれば、三重大臨床麻酔部は、去年9月のカルテ改ざん事件を受けて、臨床麻酔部を新たに率いる立場になった60代の男性医師が、部下の麻酔科医たちに対して次のような発言をした、とのことです。「皆さんの親・兄弟・配偶者、すべての人に伝わるよう叫び続けます。日本中に言います。三重大学を倒そうとしている人たちは、この人たちだと」。「この人たち」とは自分たちのことだと、複数の部下は受け取ったとのことです。男性医師は去年9月、カルテ改ざん事件に触れた上で、部下の医師らに、「いま病院を辞めたら、共犯者とみられてもしょうがない」などと辞職を阻止するような発言もしたとのことです。こういった言動について複数の医師が大学側にパワハラだと訴えました。三重大は、男性医師の発言はパワハラだと認め、この男性医師に厳重注意をしたということです。現在、臨床麻酔部は医師3人が逮捕された不祥事を受けて退職者が急増し、現在は18人から4人まで減ったとのことです。この男性医師が原因で辞めた医師もいるようです。私はこのニュースを読んで、「おいおいまたパワハラかよ」と思ったのですが、調べてみると、病院長から任され臨床麻酔部を新たに率いることになったこの男性医師というのは、「第25回 三重大病院の不正請求、お騒がせ医局は再び崩壊か?」でも書いた、2018年に助教からパワハラで訴えられた元教授(今回再逮捕された元教授の前任。2018年パワハラの民事訴訟で大学に賠償命令。その後定年退官)だったのです。いったい三重大病院と臨床麻酔部は何をやっているのでしょう。パワハラで問題となった医師を呼び戻さなければならないほど、麻酔科の指導者は払底しているのでしょうか。それとも、医師にとっての三重大病院の環境がいろいろな意味で悪過ぎるのでしょうか。旭川医大、三重大と国立大学病院の不祥事、ドタバタが続きます。このコロナ禍の中、地域医療を無視したガバナンスの緩み具合は、本当にやれやれとしか言いようがないです。

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第43回 副反応に匹敵!?新型コロナワクチンのもう1つの不安要素とは

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のワクチン接種に関して、医療従事者の優先接種が早ければ今月中旬にも始まると言われている。各自治体や接種を受け付ける受託医療機関も含め、私の耳にはさまざまな情報が飛び込んできていて、円滑な接種の遂行に向けて現場が数多くの難題を抱えていることは承知している。新興感染症のパンデミックによるワクチン接種と言えば、2009年の新型インフルエンザ以来となるが、今回の新型コロナは感染症として社会全体に与えたダメージは測り知れず、なおかつワクチンの接種対象もほぼ全国民に及ぶため、2009年の経験はあまり役に立たない。そうした中ある自治体(都道府県レベル)では、副反応が起きた際にその患者に対応する専門チームを創設すると耳にした。いわばリスクコミュニケーションの一環である。この動きはその自治体独自のものらしいが、私はとくに今回のワクチン接種に関しては、この患者に直接対応する副反応対策チームの存在が大きな役割を果たすと思っている。そもそも新型コロナのワクチン接種に関しては、ご存じのように日本で最初に接種が開始されるのは米・ファイザー/独・ビオンテック、米・モデルナのメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン。この種のワクチンが実用化されたのは世界初である。原理だけを見れば、安全性はむしろ既存の不活化ワクチンなどに比べて高いとも思えるのだが、これ以前に実績のないものゆえに逆に不安に思ってしまう接種対象者が出てきてしまう点は否めない。また、このmRNAワクチンはいずれも筋肉内注射である。といっても医療従事者の皆さんにとっては「それが何か?」と思われるだろう。少なくともワクチン接種全体で考えれば、筋肉内注射は珍しくもなんともないが、こと日本人に関していえば予防接種法に基づく定期接種に含まれているワクチンの中で筋肉内注射が標準となっているのは、副反応問題(個人的にはこのワクチンが原因とは思っていないが)で接種率低下が著しい、あのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンのみである。ちなみに2016年10月から定期接種となったB型肝炎ワクチンは、成人の場合は筋肉内注射が一般的だが、日本国内で定期接種対象となった幼児の場合は皮下注射である。つまるところインフルエンザワクチンも含め筋肉内注射が一般的となっている欧米と比べ、この点は大きく異なる。で、それでも「だから何なの?」と言われてしまうかもしれない。だが、非医療従事者の間ではアメリカでのワクチン接種映像が放映されたことをきっかけにSNSをはじめ各所で「なんで注射針を腕に垂直に刺してるの?」などとおびえている人たちは少なからずいるのだ。先日も電車内で若い女性2人が「あのさ、新型コロナのワクチンって腕の筋肉に針指して注射するんだって」、「えー、マジ。痛そう。嫌だなあ」というやり取りをしていたのを聞いたばかりだ。未知のワクチンを経験のない方法で接種しなければならないことに怖さを感じるほうがむしろ自然である。ちなみにワクチン接種を冗談半分で「趣味」と公言し、国内承認・未承認も含め20種類のワクチンを接種済みの私は、A型肝炎、B型肝炎、腸チフス、帯状疱疹(商品名:シングリックス)、髄膜炎菌(B群以外)、髄膜炎菌B群、ダニ媒介性脳炎、HPVで筋肉内注射を経験しているが、はっきり言って筋肉内注射に伴う痛みは一定程度注射を行う人の手技に左右されている側面があると感じる。そうなると、副反応という点ではほとんど問題がないとしても(1)未知のワクチンへの怖さ、(2)未経験の筋肉内注射への怖さ、(3)人によって痛さが異なることによる疑問・不信感、というネガティブ要素がどうしても避けられない。その前提がある中で、国が主体となってこのワクチンを接種している以上、国や地方自治体、医療従事者の側にどうしても副反応が生じた際に接種者により親身に対応する窓口があることが望ましいと考える。これは単なる形式的意見ではなく、日本での過去のワクチンの負の歴史を踏まえてのことだ。負の歴史とはまさに前述したHPVワクチンの件である。この件についてメディア関係者が言及すると「お前が言うか」と言われるのは百も承知している。HPVワクチンの接種率の低下にメディアが大いに影響を及ぼしたことは事実であるからだ。ちなみに言い訳がましいかもしれないが、念のために言っておくと、私は医療以外の領域の取材・執筆も行っており、ちょうどHPVワクチンの定期接種化とそれに伴う副反応騒動の時期は、医療そのものの取材がほとんどストップしていた時期だった。あの時はただ横目で事態を眺めていたが、あれよあれよという間に事態は悪い方向に転がって行った。とはいえ、もしあの時、騒動の渦中にいたら自分が適切な報道ができていたと断言できる自信はない。その意味では今も忸怩(じくじ)たる思いを抱き続けている。そしてまさにあの時期、渦中におらずにたまたま横眼で眺めていたがゆえに、他の報道関係者と比べれば、どのようにして悪い方向に転んで行ったかをある程度は概説できる。ざっくり説明する構図は以下のようなものだ。まず、接種後に副反応を訴えた女児の親御さんたちの一部は、当然ながら医療従事者などにその状況を訴えた。そこでは概ね「ワクチンの副反応ではないと考えられる」旨の説明がなされている。こうした症状に関しては後に「機能性身体症状」という言葉で説明されるようになったのは今では周知のことである。ところが症状が改善しない女児とその親御さんの一部は、そうした医療従事者の説明に納得せず、行き場のない不安を抱えたまま社会をさまよい続けた。それを「受け止めた」のが弁護士などの法曹関係者や市民運動の活動家などだ。こうして受け止めた側には対外広報戦術に長け、大手メディアでキーマンとなる社会部記者とつながりを持つ人たちも少なくなかった。こうして、被害を訴える人たち → 法曹関係者・市民活動家 → 大手メディア社会部記者、という情報の流通ルートが成立し、一気に報道に火が付くことになった。実はこの当時、大手メディアの中でも科学部記者などは、副反応騒動にかなりクールに反応していたと記憶している。いわば医療従事者とほぼ同じような見解である。ところが大手新聞社などを中心とするレガシーメディアの社内権力構造は、おおむね社会部のほうが科学部よりも圧倒的に上位にある。その結果、社内ではあまりブレーキがききにくく、今のような事態に至っている。もっとも報道を事細かく見ていけば分かるが、最近の大手新聞ではHPVワクチン接種者での機能性身体症状をワクチンの副反応と報じる記事はほとんどないといっていいほど姿勢は転換している。さて話を戻そう。行政がリスクコミュニケーションの一環としてワクチン接種者の注射部位反応なども含めた副反応に対処することのメリットは何かだが、それは前述のHPVワクチンのケースで経験した、副反応を訴える人たちの声の流通のうち「医療従事者 → 弁護士・市民活動家」が「医療従事者・行政の専門チーム → 弁護士・市民活動家」と言う形で川上が強化される。このことはワクチンと因果関係が薄いと思われる有害事象に関する情報の川下(弁護士・市民活動家、メディアの社会部系記者)への流通量を劇的に減らせる効果を期待できる。それだけでもHPVワクチン騒動の二の舞となる確率は減らすことができるだろう。こうした観点から、自治体の副反応対策チームの取り組みが、私の耳にした自治体以外へも水平方向にも広がってほしいと切に願うのだ。ここで「じゃあお前たちメディアは何をするんだ?」と問われることだろう。私が考えるのは主に2つだ。1つは副反応対策チームの存在とその役割を積極的に報じ、不安を感じた人にその存在を知ってもらうこと、もう1つは「可能性がゼロではないリスク」なる迷信を安易に報じないことである。その意味ではメディアにとって今回の新型コロナワクチンの接種にかかわる報道は、今後の医療報道の分水嶺になる可能性があると考えている。

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