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がん患者、抗凝固薬の中止時期を見極めるには/日本癌治療学会

 がん患者は合併症とどのように付き合い、そして医師はどこまで治療を行うべきか。治療上で起こりうる合併症治療とその中止タイミングは非常に難しく、とりわけ、がん関連血栓症の治療には多くの腫瘍専門医らは苦慮しているのではないだろうかー。 10月23日(金)~25日(日)にWeb開催された第58回日本癌治療学会学術集会において、会長企画シンポジウム「緩和医療のdecision making」が企画された。これには会長の弦間 昭彦氏の“decision makingは患者の治療選択時に使用される言葉であるが、医療者にとって治療などで困惑した際に立ち止まって考える機会”という思いが込められている。今回、医師のdecision makingに向けて発信した赤司 雅子氏(武蔵野赤十字病院緩和ケア内科)が「合併症治療『生きる』選択肢のdecision making-抗凝固薬と抗菌薬-」と題し、困惑しやすい治療の切り口について講演した。本稿では抗凝固療法との向き合い方にフォーカスを当てて紹介する。医師のバイアスがかからない意思決定を患者に与える がん治療を行いながら並行して緩和医療を考える昨今、その場に応じた1つ1つの細やかな意思決定の需要性が増している。臨床上のdecision makingは患者のリスクとベネフィットを考慮して合理的に形成されているものと考えられがちであるが、実際は「多数のバイアスが関係している」と赤司氏は指摘。たとえば、医師側の合理的バイアス1)として1)わかりやすい情報、2)経験上の利益より損失、3)ラストケース(最近経験した事柄)、4)インパクトの大きい事象、などに左右される傾向ある。これだけ多数のバイアスのかかった情報を患者に提供し、それを基にそれぞれが判断合意する意思決定は“果たして合理的なのかどうか”と疑問が残る。赤司氏は「患者にはがん治療に対する意思決定はもちろんのこと、合併症治療においても意思決定を重ねていく必要がある」と述べ、「とくに終末期医療において抗凝固薬や抗菌薬の選択は『生きる』という意味を含んだ選択肢である」と話した。意思決定が重要な治療―がん関連血栓症(CAT) 患者の生死に関わる血栓症治療だが、がん患者の血栓症リスクは非がん患者の5倍も高い。通常の血栓症の治療期間は血栓症の原因が可逆的であれば3ヵ月間と治療目安が明確である。一方、がん患者の場合は原因が解決するまでできるだけ長期に薬物治療するよう現時点では求められているが、血栓リスク・出血リスクの両方が高まるため薬剤コントロールに難渋する症例も多い。それでも近年ではワーファリンに代わり直接経口抗凝固薬(DOAC)が汎用されるようになったことで、相互作用を気にせずに食事を取ることができ、PT-INR確認のための来院が不要になるなど、患者側に良い影響を与えているように見える。 しかし、DOACのなかにはP糖タンパクやCYP3A4に影響する薬物もあることから、同氏は「終末期に服用機会が増える鎮痛剤や症状緩和の薬剤とDOACは薬物相互作用を起こす。たとえば、アビキサバンとデキサメタゾンの併用によるデキサメタゾンの血中濃度低下、フェンタニルやオキシコドン、メサペインとの相互作用が問題視されている。このほか、DOACの血中濃度が2~3倍上昇することによる腎機能障害や肝機能障害にも注意が必要」と実状を危惧した。DOACの調節・中止時の体重換算は今後の課題 また、検査値指標のないDOACは体重で用量を決定するわけだが、悪液質が見られる場合には筋肉量が低下しているにも関わらず、浮腫や胸水、腹水などの体液の貯留により体重が維持されているかのように見えるため、薬物投与に適した体重を見極めるのが難しい。これに対し、同氏は「自施設では終末期がん患者の抗凝固療法のデータをまとめているが、輸血を必要としない小出血については、悪液質を有する患者で頻度が高かった。投与開始時と同量の抗凝固薬を継続するのかどうか、検証するのが今後の課題」と話した。また、エドキサバンのある報告2)によると、エドキサバンの血中濃度が上昇しても大出血リスクが上昇するも脳梗塞/塞栓症のリスクは上昇しなかったことから、「DOACの少量投与で出血も塞栓症も回避することができるのでは」とコメント。「ただし、この報告は非がん患者のものなので、がん患者への落とし込みには今後の研究が待たれる」とも話した。 さらに、抗凝固薬の中止タイミングについて、緩和ケア医とその他の医師ではそのタイミングが異なる点3)、抗凝固薬を開始する医師と中止する医師が異なる点4)などを紹介した。 このような臨床上での問題を考慮し「半減期の短さ、体内での代謝などを加味すると、余命が短め週の単位の段階では、抗凝固療法をやめてもそれほど影響はなさそうだが、薬剤選択には個々の状況を反映する必要がある」と私見をまとめ、治療の目標は「『いつもの普段の自分でいられること』で、“decision making”は合理的な根拠を知りながら、その上で個別に考えていくことが必要」と締めくくった。

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第31回 ワクチン浸透のシナリオにインフルワクチン難民の出現は好機?

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下でのインフルエンザ同時流行を懸念して今年のインフルエンザワクチンの接種は異例の事態となっている。厚生労働省が事前に「高齢者優先」を呼び掛けて10月1日からスタート。今シーズンは例年よりも多い成人量換算で約6,640万人分のワクチンが確保されたというが、高齢者以外への接種が本格的に始まった10月26日からわずか1週間ほど経た現在、すでにワクチン接種の予約受付を停止した医療機関も相次いでいるという。実は、私はまさにインフルエンザワクチンスタート日の10月1日に接種している。これはたまたま馴染みの医療機関がかかりつけの高齢者には既に9月中旬~下旬に接種を開始し、さらに高齢者での接種者増加も十分に見込んだ発注を終えていたこともあり、高齢者の接種希望者が多くない平日の午後を中心に高齢者以外の接種予約も進めていたからである。ちなみに面識のある複数の開業医に話を聞くと、一様に今年はインフルエンザワクチンの接種希望者が多く、しかも一見さんの割合が多いと口にする。ある知り合いの医師は、Facebookでの投稿で10月だけで3,000人に接種したと記述していたのだから驚く。ワクチン接種の予約を停止した医療機関の多くは、12月までの入荷を見越しても、もはやこれ以上の接種予約を受け付けるのは不可能という判断らしい。そうした中でワクチン接種を求めてさまよう「ワクチン難民」も出始めているという。私のような仕事をしていると、この手の状況や家族が重病になった時に「どこへ行けば?」的な相談が来ることが少なくない。実際、今回も「どこに行けば打てるんだろうか?」「子供が受験生なので何とかならないかな?」という相談がもはや10件以上来ている。たぶん医療従事者の皆さんは私以上にその手の相談攻勢にさらされていると思われる。これらに対しては相談者の居住地域の開業医一覧が乗っている医師会のHPがあれば、それを教えて個別の医療機関に問い合わせするよう促し、各医療機関にワクチンが再入荷するであろう11月下旬前後まで落ち着いて待つように伝えるぐらいしかできない。そして、今回そうした相談を寄せてくる人に見事に共通しているのが、これまでほとんどインフルエンザワクチンの接種歴がないこと。それゆえかかりつけ医もなく、情報も不足しているので「ワクチン難民」という状況である。これを自業自得と言ってしまうのは簡単だが、ちょっと見方を変えるとこれがワクチンへの一般人の理解を浸透させる新たなチャンスにも見えてくる。改めて言うまでもないが、ワクチンとは基本的に健康な人に接種するものである。しかも、その効果は予防あるいは重症化リスクの低下であり、接種者は実感しにくい。この点は検査値や自覚症状の改善が実感できる薬とは根本的に受け止め方が異なる。根拠の曖昧な反ワクチン派がはびこってしまう根底には、このように侵襲が伴うにもかかわらず効果を自覚しにくい、そして時として副反応が報告されてしまうワクチン特有の構造的な問題が一因と考えられる。そして、ワクチンの中でも比較的信頼度の低いものの代表格がインフルエンザワクチンである。これは一般人のワクチンに対する直感的な理解が「ワクチン=予防=打ったら完全にその感染症にかからない」であり、インフルエンザワクチンは麻疹、風疹のワクチンのようなほぼ完全に近い予防効果は期待できない。ところがこうした「誤解」が不信感の種になりやすいのである。実際、毎年インフルエンザシーズンになるとTwitterなどでは「インフルエンザワクチンは効かない」「ワクチン打ったのにかかったから、もう2度と打ちたくない」など、反ワクチン派に親和性の高い言説が飛び交う。ここでは釈迦に説法だが、インフルエンザワクチン接種による予防効果、つまり一般人の理解に基づく「ほぼ完全に予防できる効果」に近い数字は、たとえば小児では2013年のNEJMにVarsha K. Jainらが報告した6割前後というデータがある。これに加え重症化のリスクを低減でき、18歳未満でのインフルエンザ関連死は65%減らせるし、18歳以上の成人での入院リスクを5割強減らす。私は今回個人的に相談をしてきた人にはこうした話を必ずしている。彼らに知ってもらいたいのは「ワクチンの中には完全な予防効果が期待できないものの、重症化のリスクを減らす種類のものがあり、その接種でも意味がある」ということだ。とりわけ今のようなCOVID-19流行下では、医療機関は発熱患者が受診した際にその鑑別で頭を悩ませることになる。すでに日本感染症学会は「今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて」でインフルエンザとCOVID-19の鑑別について、患者の接触歴やその地域での両感染症の流行状況、さらにインフルエンザに特徴的な突然の発熱や関節痛、COVID-19に特徴的な味覚・嗅覚障害などの症状を加味して、どちらの検査を優先させるかを決定するよう提言している。しかし、それでも多くの医師は事前鑑別には苦労するだろう。その中で予めインフルエンザワクチンを接種していれば、鑑別の一助にはなるだろう。そうしたことも私は相談者に話している。前述した「チャンス」とはまさにこのような、なんだかよく分からないけど今の雰囲気の中でインフルエンザワクチン接種を切望し、今後流れ次第で親ワクチン派、反ワクチン派のいずれにでも転びかねない人に少しでも理解を深めてもらうチャンスである。正直、メディアの側にいるとワクチンの意義という非常に地味なニュースほど一般に浸透しにくいことを痛いほど自覚している。だからこそ繰り返し伝えること、そして身近な人に確実に伝えることを辛抱強くやるしか方法はないと常に考えている。そしてこれは多忙で患者とじっくり話す時間が取れないことが多い状況であることは承知のうえで、医療従事者の皆さんにも実践してほしいことである。

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第31回 聖マリアンナ医大はなぜ、文科大臣を怒らせ続けるのか?

ワールドシリーズでコロナ騒動こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。米メジャーリーグのワールドシリーズは、ロサンゼルス・ドジャースの32年ぶりの優勝で終わりました。優勝を決めた10月27日の第6戦では、野球ファン以外もあっと驚く出来事がありました。ドジャースの内野手、ジャスティン・ターナー選手が新型コロナウイルス陽性であること試合途中で判明し、8回の守備から退きました。ターナー選手は第3戦と第4戦の初回に本塁打を放つなど、攻守で大活躍していました。コロナによる途中退場だけでもちょっとしたニュースですが、なんとターナー選手、別室に隔離されたにもかかわらず、試合後、優勝セレモニーが始まると米メジャーリーグ機構(MLB)の要請に従わずに参加、グラウンド上で他の選手とハグをし合ったり、記念撮影をしたりしたのです。しかも、マスクをずらして口元を出したままで…。ドジャース関係者はターナー選手を擁護したのですが、 MLBは28日に声明を出し「隔離状態を解き、フィールドに出た行為は誤りで、接触者を危険にさらした」と強く避難、調査を進める考えを明らかにしています。USA TODAY紙(電子版)は29日付でドジャースとレイズの選手、関係者らが自宅に戻り、自主隔離に入ったと報じています。同紙はロサンゼルス郡公衆衛生局が、「(ターナー選手のように)症状が出ていない場合でも、他人と接触するには10日間隔離した上で、症状と熱がない状態を24時間以上キープする必要がある。また、陽性反応を示した人と24時間以内に15分以上接触のあった者は14日間の隔離が必要である」というガイドラインのもと、ドジャースナインらに14日間の隔離を要求したことも報じています。とんだ優勝になったものです。しかし、前回書いたように、今回のワールドシリーズ、試合以外は選手全員がホテルに缶詰めとなって全試合を戦うバブル方式(まとまった泡の中で開催する、という意味)で行われたはずなのに、ターナー選手はどこから新型コロナに感染したのでしょうか?缶詰になったホテルの従業員からの感染説などがあるようですが、現時点では謎のままです。「合理的な説明をきちんと世の中にもするべきだ」と非難さて、今回は萩生田 光一文部科学大臣に“叱られた”聖マリアンナ医科大学(川崎市)の話題です。こちらも謎だらけです。各紙報道によると、萩生田文科大臣は10月30日の閣議後会見で、医学部入試で性別や浪人回数などによる差別があった問題で、不正を頑なに否定し続けている聖マリアンナ医大について、「合理的な説明をきちんと世の中にもするべきだ」と非難したとのことです。「毎年、毎年、偶然、偶然、偶然、偶然、偶然、合格者がそういう比率だったっていうのは、ちょっと理解できない」とも語っています。きっかけは東京医科大の不正入試聖マリアンナ医大の入試については、2018年から約2年間、さまざまな報道がされてきました。きっかけは、2018年7月に発覚した東京医科大の不正入試でした。文科省は同様の不正事例を調べるため、医学部医学科がある全国81大学の2013年度から2018年度までの6年間の入学者選抜を緊急調査しました。2018年12月に発表された調査結果では、聖マリアンナ医大を含む私立9校、国立1校の名を挙げ、男性に一律に加点する女性差別や浪人生差別などの問題があったと指摘しました。このとき、同大だけが差別の存在を否定しました。当時の柴山 昌彦文科大臣の強い要請もあり、同大は第三者委員会を組織。その調査結果(2020年1月公表)等を踏まえ、文科省は今年10月1日、同大幹部を同省に呼んで、「不適切な入試があったと見なさざるを得ない」と口頭で通告しました。私学助成金50%減額へこれを受け、日本私立学校振興・共済事業団は10月28日までに、2015~2018年度の医学部入試で女子や浪人生の差別的扱いが第三者委員会に認定された聖マリアンナ医科大について、2020年度の私学助成金を50%減額すると決定しています。冒頭の萩生田文科大臣の発言は、この決定後のものです。医学部入試が不適切だったとされた私立大は他に8校(東京医科大、岩手医科大学、昭和大学、順天堂大学、北里大学、金沢医科大学、福岡大学、日本大学)あり、いずれも不正を認め、助成金が不交付もしくは減額となっています。「そのような事実はなかったものと判断」聖マリアンナ医大が“すごい”のは、一貫して「差別的扱いの事実はない」との立場を貫き続けていることです。同大のホームページの「ニュース」コーナーには、「平成27年度~平成30年度の本学一般入学試験第2次試験についての本学の見解」として、文科省に今年9月28日に提出した文書が掲示されています。この文書は、9月3日に文科省が同大に送った「聖マリアンナ医科大学第2次受験者点数分布の性差の統計的有意性」と題する文書への回答です。それによると、第三者委員会の「大学の組織的関与によるものではないが一律の差別的取扱いが認められる」との結論に対しては「男女間に点数差が存するとの客観的事実については、これを否定するものではない」としています。また、文科省からの「別々の与えられた得点に男女が作為的に割り付けられたと判断せざるを得ない」といった指摘に対しても、「当該数値ないしデータを分析する際に用いた統計学的な分析手法自体の信頼性及び妥当性についても、 異論を述べるものではない」と反論していません。しかし、肝心の「見解」の部分では、「これまでも本学の見解としてお伝えしてきたとおり、 当該年度において実施された本学入学試験第2次試験において、 男女の別といった、 受験者の属性に応じた『一律の差別的取扱い』が行なわれたとの事実は確認できておらず、 本学としては、そのような事実はなかっ たものと判断しております。(中略)『別々の与えられた得点に男女が作為的に割り付けられた』といった事実についても同様になかったものと判断しております」と差別の存在を改めて完全否定しています。もっとも、「意図的ではないが、属性による評価の差異が生じ、一部受験者の入試結果に影響を及ぼした可能性がある」として、2次試験の不合格者に入学検定料を返還しています。文科大臣が2代続けて不快感聖マリアンナ医科大は、この2年間、文科大臣から叱られ続けてきました。文科省が2018年12月に不正入試の調査結果を発表した際も、柴山文科大臣は記者会見で、差別の存在を否定する同大の対応について「率直に言って何をしているのだろうと思う」と不快感を示し、第三者委員会を設けて事実関係を調査するよう強く求めています。今年1月に第三者委員会が「差別的取扱いが認められる」旨の報告書を公表した際には、萩生田文科大臣は、「大学の見解について丁寧な説明が必要」と注文を付けています。そして今回、再び萩生田文科大臣が“説明をきちんとしろ!“と怒ったわけです。認めると学内外でマズいことが起こる?ここまで、文科大臣の発言に正対せず、“説明しない”態度を貫く、というのはよほどの理由があるに違いありません。私学助成金ばかりでなく、文科省の各種補助金ですらもらえなくなる可能性があるのに、そのリスクを承知で歯向かうわけですから。ここからはまったくの想像ですが、考えられる理由は、1)本当に不正(差別)を行っていない、2)不正はあったがそれを正式に認めると学内外でマズいことが起こる、のいずれかででしょう。マズいことの有無や存在にについて、マスコミはとくに報道していません。1971年に神奈川県川崎市宮前区に開学した聖マリアンナ医大は、今では神奈川県にはなくてはならない存在となっています。現在、本院の聖マリアンナ医科大学病院のほかに、横浜市西部病院(横浜市旭区)、東横病院(川崎市中原区)、川崎市立多摩病院(川崎市多摩区、指定管理者として聖マリアンナ医大が管理)を経営しています。総病床数は計約2200床、神奈川県における急性期医療の重要拠点と言えるでしょう。これだけ急性期機能中心の附属病院が多くなると、医師確保の面でも相当な苦労があることは想像できます。それが医学部入試にも微妙に影響していたのかもしれませんが、それもあくまでも私の想像です。さて、ここまで文科省と仲が悪いと、自民党や厚労省とも仲が悪いと考えがちですが、どうやらそうでもないようです。聖マリアンナ医大の大学のホームページのトピック面、「Life at Marianna」には、今年10月1日(文科省が同大幹部を呼んだ日です)、三原 じゅん子・厚生労働副大臣が、同大産婦人科学の鈴木 直教授と小児がん・AYA世代がん患者の生殖医療の実情と課題について対談を行った、とのニュースが掲載されています。2010年代の新設医学部の議論の時も感じましたが、医学部教育と政治の関係は、相変わらず微妙かつ繊細だと感じる今日この頃です。

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受診控え抑制へ、佐々木希が医療機関の「安心マーク」啓発/日本医師会

 導入に向けた検討が進む初診からのオンライン診療の恒久化について、日本医師会では10月28日の定例記者会見で、導入にあたり明確化すべき点、環境整備が必要な点について考え方を示した。同じく議論されている後期高齢者の患者負担引き上げについては、引き上げには反対の立場を示している。また、受診控え対策として医療機関で掲出する「みんなで安心マーク」の国民への周知を目的としたPR動画の発表が行われた。受診歴なく、かかりつけ医からの情報提供もない新患は「不可」の立場 中川 俊男会長は日本医師会の基本的なスタンスとして、オンライン診療は解決困難な要因によって医療機関へのアクセスが制限されている場合に、補完的な役割を果たすものという考え方を示した1)。そのうえで、下記の考え方により実施されるのが望ましいとした:1)定期的な医学管理を行っている患者に対して、かかりつけ医の判断により、オンライン診療を適切に組み合わせる。2)受診歴のある広い意味でのかかりつけの患者に対しては、対面診療と同等以上の安全性・信頼性が確認される場合に、医師の判断により、一時的にオンライン診療で補完する。3)受診歴がなく、かつかかりつけ医からの情報提供もない「新患」は不可。ただし明確な判断基準の策定・合意の下で可とするケースもあり得る(例:禁煙外来や緊急避妊等)。4)自由診療は、「オンライン診療指針」あるいは別の規定により厳格な運用が必要。5)上記にオンライン服薬指導を組み合わせるかどうかは別途個別に判断する。医師のプライバシー保護や民間の高額サービスの存在など、環境整備を求める さらに、オンライン診療を実施するにあたり医師側に生じうる不安として、1)医療訴訟の不安、2)医師のプライバシー流失の不安、3)オンライン診療システム利活用への不安を挙げ、取り除くための環境整備の必要性を訴えた。2)については、オンライン診療の動画をSNSに無断でアップされること等が起こり得、実際にすでに女性医師が被害にあっているという指摘があると説明。3)については、高額なサービスや過剰なサービスの契約に追い込まれるケースがあり、業界の協力が不可欠との考えを示した。 また、現在は民間業者を主体にサービスが提供されている「オンライン健康相談」についても、国としての定義の明確化が必要として、ガイドラインの策定を求める姿勢。医師が診察とは別に「オンライン健康相談」を実施することについても整理が必要として、混合診療にあたらないことの確認、ルールの明確化が必要との認識が示された。後期高齢者の患者負担割合はすでに十分高いとの認識 政府が引き上げを検討する後期高齢者の医療費患者負担割合については、年齢とともに1人当たり医療費が上昇し、75歳以上では患者負担額が6.4~9.0万円とすでに十分高いと指摘(30代は2.6~2.9、40代は3.3~4.0、50代は5.0~6.2、60代は7.6~8.9万円)。応能負担(収入や所得に応じた負担)は現役世代に比べてさらに大きくなる2)。 患者負担割合の引き上げにより、受診控えや必要な医療の断念につながる懸念から、応能負担は「可能な限り広範囲」ではなく「限定的に」しか認められないという認識を示した。 また、同会では感染防止対策を徹底している医療機関に対して、「新型コロナウイルス感染症等感染防止対策実施医療機関 みんなで安心マーク」を発行しているが、佐々木 希さんが出演したその国民啓発用ビデオが公開された3)。同マークの発行は日本医師会会員に限らず、日医ホームページから、感染防止対策セルフチェックリストのすべての項目を実践していることを回答した場合に発行され、各医療機関での掲示用に活用できる。

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第30回 医師も知っておきたい、ニューノーマルで生き残りを賭ける製薬企業の活路とは

コロナ禍が始まってから盛んに耳にするようになったキーワード「ニューノーマル」。医療で言えば、感染対策を契機に時限的に始まったオンライン診療の拡大が恒久化へと動きつつあるのも「ニューノーマル」と言える。ただ、今回のコロナ禍に関係なく、本来はもっと変わっていてしかるべきにもかかわらず、変わっていない世界も散見される。医療とその周辺で言うと、私がその筆頭にあげたいのは製薬企業の在り方である。競合戦略SOVはもう古い?製薬企業の基本的なビジネスモデルは研究開発に時間をかけて新薬を市場に送り、MR(医薬情報担当者)が盛んに医師にコールして処方を増やし、売上を獲得するというもの。従来は1つの新薬が世に登場するまでの期間は約10年、コストは約100億円と言われてきた。ちなみにMRから医師へのコールはSOV(Share of Voice:シェア・オブ・ボイス)という概念が重視されてきた。日本語に直訳すれば、「声のシェア」で、ある商品・サービスのシェアは、同一カテゴリーの競合商品・競合サービスの広告・宣伝量との比較で決まるという考え方。平たく言えば競合商品などよりも宣伝量が多ければ多いほどシェアが獲得できるというロジックである。それゆえMRは医師を頻回に訪問し、担当する医薬品のキーメッセージを連呼する。もちろんそれゆえに医師からうんざりされるケースもあるが、総じてみればそうしたMRの行動と売上は比例していたのである。というのも、患者数の多さから、かつてはほとんどの製薬企業が研究開発の軸を置いていた高血圧症、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病領域は、同一作用機序ながら若干有効成分が違う複数の医薬品が競合するのが常で、製品同士の差は「どんぐりの背比べ」の様相。医師にとってはどれを選んでも大差はなく、結果としてMRによるSOVが高い製品ほど医師に選ばれ、売上も高くなりがちだったからだ。ところがこの構図は既に約10年前から変化している。まず、これまで製薬企業の売上を支えてきた生活習慣病領域はもはや創薬ターゲットが枯渇し、継続的に新薬を生み出しにくくなった。この結果、創薬ターゲットはまだまだ薬剤の選択肢が少ないがんや難病などに移行している。もっともその結果として新薬の上市までの難易度は高くなり、現在では期間約20年、コスト約200億円とまで言われるようになった。ビジネスモデルを阻む新薬開発期間とジェネリック普及ここで大きな課題が発生する。製薬企業のビジネスモデルのもう一つの特徴として、一つの製品のライフサイクル終焉期、具体的には物質特許が切れてジェネリック医薬品が出てくるタイミングに後継新薬を市場に送り出し、売上の穴を作らないようにすることが挙げられる。ところが研究開発にかかる時間が以前よりも長くなった今、タイミングよく後継新薬を送り出すことは難しくなった。もっとも、こと日本市場の場合はそれでもどうにかこうにかやりくりは可能だった。それは日本では医師のジェネリック医薬品への忌避傾向が強く、長期収載品と呼ばれる特許失効後の新薬もそれなりに売上を獲得できていたからだ。しかし、国の薬剤費抑制策に伴うジェネリック医薬品の使用推進策でそれも難しくなった。現在では特許失効後の新薬は半年程度でシェアの半分がジェネリック医薬品に置き換わる。しかも、がんや難病といった生命予後に直結する領域へのシフトで、MRを通じたSOV向上は売上に直結しなくなった。製薬企業にとってはことごとく既存のモデルは封じられ、もはや泣きっ面に蜂といってもいい。その結果、製薬企業各社が取り始めた戦略が「選択と集中」である。要は医療用医薬品の研究開発領域を絞り込み、そこに集中的にリソースを投じ、研究開発の成功率上昇を狙うという形である。この結果、医療用医薬品以外の事業や医療用医薬品の中でも特許失効後の長期収載品を各社は整理・売却し始めた。革新のための本気が見える武田薬品と他社の将来性その動きを最も先鋭化させたのは日本の製薬業界のキング・オブ・ザ・キングスの武田薬品である。長期収載品は早々にジェネリック医薬品世界最大手のテバ社との合弁会社に移管させ、新たな製品と研究開発シーズの獲得のため、乾坤一擲の大勝負ともいえる日本史上最大約7兆円の巨額買収でアイルランドのシャイアー社を傘下に収め、武田の代名詞ともいわれたアリナミン・ブランドを有する一般用医薬品事業を売却した。武田以外の国内各社はここまで極端な形ではないものの、長期収載品の切り離しは準大手、中堅でも追随している。ただ、そのように新薬に集中したとしても世界の大波の中で生き残れる国内製薬企業はごくわずかだと言っていい。現在の世界トップ10の製薬企業の年間研究開発費規模は5,000億円以上、絞り込んだとはいっても平均の研究開発重点領域は5領域以上。現在この条件を満している国内製薬企業は武田のみだが、将来にわたって条件を満たしそうな企業もあと1~2社あるかないかという状況だ。ではどうすればよいのか? ここからは完全な私見だが、グローカルな総合ヘルスケアソリューション企業になることが最善の生き残る道だと考えている。グローカルとは、「グローバル+ローカル」の造語である。端的に言えば国内準大手・中堅企業に製薬企業そのものを完全に辞めろと言うのはナンセンスだ。ただ、こうした製薬企業でも製品単位で世界に伍していくことは可能であるが、そのようなグローバル製品を常時5品目以上、切れ目なく上市していくことは難しい。もっとストレートに言えば、通称メガファーマと呼ばれる世界大手の製薬企業とボーダレスな環境で伍していくのは逆立ちしても無理がある。つまるところ、グローバルで通用する1~2製品を有しながら、大きな基盤は日本国内、すなわちローカルに置き、医薬品だけでなくさまざまなソリューションを提供するという企業形態が私の前述した「グローカルな総合ヘルスケア企業」というイメージである。“薬は治療の一手段”と考えた先に見えるもの薬というのは治療の中で重要かつ欠くことができないソリューションではあるものの、そもそも薬は患者の状態を改善するソリューションの1つでしかない。従来からこれらに加え、手術やさまざまな医療機器を使った治療手段が存在するし、最近ではこれに加えITを駆使してアプリで治療するという考えも登場してきている。また、製薬企業は薬による治療を通して対象疾患やその患者を巡る多種多様な情報を有している。それを単に治療だけでなく社会的な課題解決に生かす道も考えられる。今後日本は人口減少社会に突入し、それに伴い労働人口も減少する。こうした中でITを駆使して必要となる労働力を効率化する試みは今後も進行してくだろうが、それでも人としての労働力が不足する状況は避けられない。こうなると解決策は、1)各人が今の2倍働く、2)専業主婦が家事以外の労働を始める、3)高齢者が働く、4)外国人労働者をさらに受け入れる、が主な焦点になってくる。ただ、これ以外に、これまで労働市場の中でやや冷や飯をくらわされている存在が一部の慢性疾患患者である。こうした人たちは一定の配慮があれば、労働市場で活躍できる素地があるにも関わらず、効率性を重んじるフルタイム労働市場では忌避されてきた傾向がある。製薬企業はこうした患者が置かれている状況、配慮しなければならないポイントは治療薬を提供している観点から一般の企業に比べて知識・理解はある。その意味ではこうした人を労働力としてあっせんする、あるいは雇用主側のコンサルティングを行うにはうってつけの存在でもある。また、日本は世界でトップを走る高齢化社会を有するため、そこから他国にも応用できるさまざまなビジネスモデルを考える最適な環境にあるなど、このほかにも製薬企業から派生した業態が考えられる。実際、そうした活動に既に手を付け始めている製薬企業は少数だが存在する。そして、こうした事業に手を染めてない製薬企業、あるいは手を染めている企業の中からも、こうした動きには「それで儲かるの?」という声は根強い。大胆な舵切りをした他業種の成功事例この「儲かるの?」の根底にあるのは、既存の製薬中心の利益構造である。ちなみに営業利益率ベースでみると、現在の国内の主要製薬企業の営業利益率は13~14%前後で、実はこの利益率は過去約20年ほとんど変わっていない。それゆえ、もはや既存のビジネスモデルが多方面で限界に達しつつあるにもかかわらず、頭の中は過去の栄光で満ち満ちているのである。むしろ今求められているのは、既存概念からの転換である。その意味で参考となるモデルが富士フイルムである。ご存じのように、もともと同社は一般向けの写真用フィルムとカメラ、レンズを主力商品としてきた。しかし、デジタルカメラの登場とともに写真用フィルムは市場からほぼ消え去り、その代わりにフィルム製造で持っていた化学合成技術などを軸に、液晶ディスプレイ材料、医療・医薬品、機能性化粧品、サプリメントなどを販売する企業へと転換した。富士フイルムの連結ベースの営業利益率は、1998年3月期は11.5%だったが、2017年3月期には7.9%まで低下している。しかし、この間、連結ベースの売上高は1.4兆円から2.4兆円と拡大している。利益率は低下しても多角的な事業展開で売上高が増加しているため、営業利益の絶対額は増加しているのである。製薬企業の場合、薬というモノがなくなるわけではないので、ここまでの転換を求められることはない。逆に言えば、それだけまだ恵まれているともいえる。にもかかわらず、ビジネスモデルの限界が10年前ぐらいから見え始めているのに最初の一歩が踏み出せないであるのだ。もっとも現在製薬業界の経営層には、旧来型のブロックバスターモデルといわれる巨額の売上を生む新薬が会社の屋台骨を支えるビジネスモデルの中で評価されてきた人たちがまだどっかりと鎮座しているため、それもやむを得ないと言えるかもしれない。しかし、これから5年後にもこの「儲かるの?」議論をやっているようだったら、もはや国内の製薬企業はこびりついたプライドを捨てきれない、流行遅れの一張羅の高級スーツをまとった冴えない紳士のごときものである。

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第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か

「厳重処分」意見付きで書類送検こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、米国MLB(メジャーリーグ)のワールドシリーズをテレビ観戦して過ごしました。今年のMLBのポストシーズンは、新型コロナ感染症対策のため、対戦するチームがそれぞれの本拠地球場を行き来する従来の方式ではなく、各チームとは関係ない都市に集まり、試合以外は選手全員がホテルに缶詰めとなって全試合を戦うバブル方式(まとまった泡の中で開催する、という意味)で行われています。ロサンゼルス・ドジャースとタンパベイ・レイズが対戦しているワールドシリーズの舞台は、テキサス・レンジャースの本拠地、テキサス州アーリントンに今年オープンしたばかりのグローブライフ・フィールドです。レイズには今シーズン、横浜DeNAベイスターズから移籍した筒香 嘉智選手がいるのですが、シーズン成績は打率1割9分7厘、本塁打8、打点24と低調に終わりました。ワールドシリーズも第5戦までの出場機会は代打でわずか3回。二ゴロ、三振、左飛に倒れ、来季についてはマイナー落ちの噂も出ています。日本であれだけ活躍した筒香選手の現実を見て、今後MLBを目指す日本の野手は減るかもしれません。さて、先週、またまた東京女子医大(東京都新宿区)が世間を騒がせました。東京女子医大病院で2014年2月、鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡した事故について、警視庁が10月21日、当時の集中治療室(ICU)の実質的な責任者だった同大元准教授(60)ら男性麻酔科医6人を業務上過失致死容疑で東京地検に書類送検したのです。起訴を求める「厳重処分」の意見も全員に付けられています。なお、手術を担当した耳鼻咽喉科の医師らは「術後の処置への関与が薄い」として立件は見送られました。事件当初、「禁忌」の解釈が問題に新聞報道等によると、書類送検容疑は、6人が2014年2月18~21日、頸部嚢胞性リンパ管腫の手術後にICUで人工呼吸器を付けて経過観察中だった男児に、漫然と約70時間にわたってプロポフォールを投与。心電図や尿量に異常があったにもかかわらず、投与を中止してほかの薬剤に変更するなどの安全管理を怠り、副作用に伴う急性循環不全で21日夜に死亡させたというものです。病院が設けた事故調査委員会の報告書(2015年5月公表)によると、男児が死亡する前日の20日午前中、医師1人が心電図の異常に気付き、昼ごろにほかのICU担当医らに報告しています。しかし、詳しい検査は行われず、投与は21日午前まで計約70時間にわたって続けられました。投与量は成人の許容量の2.7倍に達していました。事故当時、プロポフォールはICUで人工呼吸器をつけた子供への投与は添付文書上「禁忌」でした。「禁忌」にも関わらず投与したことがクローズアップされましたが、実際の臨床現場では、「禁忌」であっても医師の裁量で薬剤が使用されるケースは少なくありません。厚生労働省も添付文書の「禁忌」については、薬剤投与の使用を法令上禁ずるものではない、としています。安全管理を怠ったことによる業務上過失致死容疑事故直後の2014年7月、厚労省は小児の集中治療における人工呼吸中の鎮静目的でのプロポフォール使用に関して見解を示しています。それによれば「禁忌であるため、投与すべきではない」としつつも、医師が治療に必要な医療行為として使用する場合には「特段の合理的な理由が必要」としています。つまり、「禁忌はあくまでも原則」というのが公式見解でした。そうした経緯から、今回の書類送検にあたり、警視庁はプロポフォールの投与自体は過失としておらず、安全管理を怠ったことに焦点をあてています。投与開始から48時間を超えると副作用のリスクが高まることが文献などで指摘される中、男児への投与量が成人許容量の約2.7倍にも達していたことから、医師らが重い副作用が出る可能性を認識できたにもかかわらず、投与を中止してほかの薬剤に変更するといった安全管理を怠ったことが業務上過失致死容疑にあたる、としているのです。2014年の事故調査委員会の報告書も、ICUの医師らが人工呼吸器を装着した小児に対してプロポフォールを投与する知識が十分でなかった、と指摘しています。ICUの小児にも緊急事態などでは使用なお、プロポフォールについては、手術時の全身麻酔や術後管理時の鎮静効果が高いことなどメリットも多く、現在も成人だけでなく、小児においても短時間の手術では使われています。「禁忌」とされているICUの小児に対しても、緊急事態などでは使用されているようです。10月22日付の日本経済新聞によれば「事故から約4年後の18年の日本臨床麻酔学会で開かれた総合討論では、参加して回答した医師ら60人のうち6割は使用を認めた」とのことです。この記事では、プロポフォールの小児に対する有効性に言及、単純に添付文書上で「禁忌」とし続けるのではなく、これまでの投与実績を調査して適用や用法を改善し、小児により使えるようにすべきだと訴えています。患者減や特定機能病院の再承認など経営にも影響か東京女子医大病院は10月21日、田邉 一成・病院長名で「ここに改めて亡くなられた患者様のご冥福をお祈りし、患者様のご遺族の方々に心よりお詫び申し上げます。当院は、本件を重く受け止め、薬剤処方の厳格な審査システムの採用等の再発 防止策を講じてきているところであり、今後も病院全体として患者様の安心安全の確保に努めてまいります」とのコメントを出しています。本連載、7月15日付の「第15回 凋落の東京女子医大、吸収合併も現実味?」でも書いたように、東京女子医大病院は、この事件をきっかけとして2015年に特定機能病院の承認を取り消されています(現在も取り消し中)。取り消しにあたっては、2009~2013年に同病院で死亡した男児以外の人工呼吸中の小児患者63人にもプロポフォールを投与、12人が死亡していたことも判断材料となっています。同病院の特定機能病院の承認取り消しはこの時が2回目でした。1回目は2002年で、この時は2001年に起こった日本心臓血圧研究所(心研、現在の心臓病センター)の医療事故がきっかけでした(2007年に再承認)。2014年の事故から6年以上経ってからの書類送検、しかも起訴を求める最も厳しい意見である「厳重処分」付きです。処分意見には法的拘束力はありませんが、起訴の可能性は十分に高いと考えられます。報道等の影響による患者減に加え、書類送検や起訴等が特定機能病院の再承認にも影響を及ぼす可能性もあります。東京女子医大の経営的な苦境はまだしばらく続きそうです。一方で、民事訴訟も現在進行中です。男児の遺族は2016年12月、耳鼻咽喉科医2人に損害賠償を求めて提訴。その後、麻酔科医らも提訴しています。これらの民事訴訟は2021年にいずれも結審予定とのことです。1つのうっかり、1つの事故が、人の命を奪ってしまうだけでなく、大学病院という巨大組織の命運も決めるかもしれません。東京女子医大の凋落に歯止めがかかる日は果たして来るのでしょうか。

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第29回 置いてきぼりの男性不妊、菅政権で具体化される?

菅政権が発足して1ヵ月。総裁選の際に抽象的過ぎてよく分からなかったその政策の中でかなり具体性を持って突き進んでいるのが不妊治療の保険適用だ。この問題を耳にしてふと今から十数年前の記憶が蘇ってきた。新宿・歌舞伎町の路地裏にある、とあるカウンターのみのバーでの出来事だ。子供に恵まれたことが当たり前と思っていた30代このバーは歌舞伎町のど真ん中に位置する。映画界の一部の人には良く知られ、なおかつある著名な小説のモデルにもなっている。もっともそれだけ由緒ある店でありながら、生真面目な人からすると、治安が悪そうな近寄りがたい路地の奥にあるため、現在で言うところの「インスタ映え」を狙うようなミーハーな客はほとんど来ない。最近はすっかりご無沙汰になってしまったが、知り合いの編集者に連れて行ってもらったのをきっかけに一時は週2~3回も通っていた。私よりやや若い店のマスターの人柄と彼がハードなシェイクで作るカクテルが気に入っていた。たまたま、彼は息子、私は娘を持ち、しかも同い年でまだ2歳にも満たないかわいい盛りということもあり、マスターと子育て談義や愚痴で盛り上がることも少なくなかった。とくに客が私だけの時は決まって子供の話で盛り上がり、ほかの客が来店してからも、マスターは振り子のように先方とこちらの接客のために行き来しながらも子育て話が続くことが多かった。ある日、いつものように彼と子供の話をしていると、私も見かけたことだけはある常連客が来店した。互いに軽く会釈をし、私はカクテルを口にしながら、また合間合間にマスターに子供話を振っていた。ところがこの時だけはマスターが異常なまでに無愛想にこちらの話を流し続けた。私は異変に気付くものの、なぜかはわからない。そのまま話を続けていると、マスターが「チェイサー出しますね」と言い、水の入ったグラスを出す前にコースターだけをぐっとカウンターに接している私の胸元近くまで押し込んできたのでぎょっとした。マスターを見ると軽く目配せをしているように見えた。そして差し出されたコースターを手に取ると、その裏にはペンで「×」が記されていた。よく意味は分からないが、とにかく話題は変えようと思った。それから小一時間でその常連客が店を後にすると、マスターが口火を切った。「あんまりお客さんのプライバシーは話すべきではないんでしょうけど、僕たち、運が良いだけなんですよ」マスターによると件の常連客は既婚で現在子供はおらず、子供を持つことを望み夫婦で医療機関も受診しているとのこと。ほかの客がいない時はその大変さを愚痴ることもあるとのことだった。正直、30歳代前半で子供ができたばかりの新米父親の私は、当時は一部の未婚者が漠然と思うのと同じく、「結婚すると子供ができるのが自然」という極めて浅はかな考えだったのだ。不妊治療がついに保険適用かさて今回、菅政権が保険適用を目指すのは、不妊治療の中でも、運動能力の高い精子のみを選択して人工的に子宮に注入する「人工授精」、体外で人工受精させた卵子を子宮に戻す「体外受精」や「顕微授精」。いずれも現在は自由診療で行われ、人工授精は1回数万円、体外受精や顕微授精に至っては1回50万円超もザラ。治療が1回で成功することはまれで、繰り返しこうした治療を行うカップルには重い経済負担がのしかかる。保険適用は経済的負担を軽減する点が一番大きいものの、同時に保険適用で治療がより日常化することで、不妊治療への理解が深まることへの期待も寄せられているという。そうしたさまざまな期待がより良い方向に向かうことに私はまったく異論はないが、この種のニュースを見るたびに、やや違和感を覚えることもある。過去に世界保健機関(WHO)が不妊症の7,273組を対象に行った原因調査では、原因が男性のみにあるケースが24% 女性のみにあるケースが41% 男女ともにあるケースが24% 原因不明が11%と報告されている。単純計算すれば、男性に何らかの原因があるケースは48%となる。この件はよく「不妊の原因は男性にもありながら、なぜか女性のせいにばかりされている」という文脈で使われることが多い。ところが今この不妊治療の保険適用問題の段になると、匿名、実名を問わずメディアに登場して不妊治療の大変さを語るのは女性のみ。原因の半数と言われる男性の視点を目にすることは極めて少ない。「男性不妊」に対する情報の乏しさ件の歌舞伎町のバーでの出来事から3年後のこと。仕事でも付き合いがある友人の一人から相談したいことがあるとのメールが届いた。私が在住する最寄り駅近くの居酒屋に入店し、店員から「テーブル席にしますか?それともお座敷にしますか?」と聞かれると、彼は「静かなほうで」と真っ先に口にした。通されたのは4畳ほどの個室の座敷。そこで一献傾け始めながら、相談事を尋ねると、「評判の良い泌尿器科を教えて欲しい」とのこと。この仕事をしていると、親族が病気になったなどでどこの病院を受診すべきかなどの相談を受けることは多い。多くはがんだったりする。正直、それはそれでいつも対応には苦慮するが、それまで泌尿器科に関する相談を受けたことはなかった。そこで彼から打ち明けられたのが、医療機関を受診した結果、精子の数が少ない男性不妊だと診断されたということだった。彼曰く「主治医は対策として規則正しい生活を送ることを指導するだけ。正直、ヤブ医者なんじゃないかと思う」とのこと。これには私も困ってしまった。そもそも泌尿器科の取材経験は膀胱がんや前立腺がんのみで、生殖医療にはまったく明るくなかったため、何のアドバイスもしようがない。私がそのことをありのまま伝えると、彼は大きなため息をついた。いつもなら2人で飲み始めると、あっという間に4、5時間は経過しているのだが、この日は彼のため息を境にたわいもない会話に終始し2時間足らずで解散となった。後に彼はある大学病院を受診し、そこでも同じような生活指導を受けたのを機に観念したようにその指導を実践し、無事奥さんとの間に子供を授かった。父親になった後にふと彼が漏らした言葉が印象的だった。「男性不妊ではそのことを周囲に打ち明けても同情すらされず、老若男女問わず味方はゼロだった」男性不妊の解決にプライドが邪魔をする後に私も男性不妊に関して取材をする機会に恵まれた。そこで分かったのが女性不妊症はホルモンや生理周期、卵管の通過状況など検査項目が多いのに対し、男性不妊症は精液検査で精子の数や運動能力を調べれば、そこである程度診断がつく。そして男性不妊症の80%以上が無精子症や精子の数や運動能力が不十分な造精機能障害、残る10%強が勃起不全(ED)や射精障害に大別される。ところが診断は比較的簡単ながらも、いざ治療となると難題だという。この時取材した医師が語ったのは次のようなものだ。「造精機能障害の半数以上は特発性で、精子の数や運動能力が不十分である原因が分からない。あえて言えば一番の原因は加齢ですかね。この場合、現時点で科学的根拠があるとされている対処法は、十分な睡眠や運動、適正体重の維持、禁煙、バランスの良い食生活、さらにはストレスの少ない生活を送るというある意味馬鹿馬鹿しすぎると思われるほど当たり前のことぐらいしかないんですよ」少なくとも友人がその主治医から聞いた話は決して間違いではなかったのである。かくいう私もお恥ずかしながら、この時までまったく知らなかったのである。日本に限らず海外でもかつて不妊症は女性が原因と思われていた時代があり、日本では子供を産めない女性を「石女」と書いて「うまずめ」と読む、極めつけの差別的な用語も存在した。その反動もあってか、まだ十分ではないとはいえ、女性の不妊症にかかわる問題は少しずつ理解が進んでいる。しかし、一方で「男のプライド問題」と揶揄的にも表現された男性不妊症についての議論は反動も何もなく、もっと言えばその「プライド」の罰則(?)として、そのまま社会的理解は低空飛行状態に置かれているように思えてしまうのだ。

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第28回 医薬分業批判で問われる薬剤師の反論姿勢

先週はドラマ化された漫画「アンサング・シンデレラ」をフックに薬剤師について触れたが、奇しくも記事公開日に私は久しぶりに飛行機に乗り、第53回日本薬剤師会学術大会の取材のため札幌に出張した。コロナ禍の最中ということもあり、リアルの会場とweb配信のハイブリッド方式。同大会は毎年厚生労働省(厚労省)の複数の幹部が講演することが慣例だ。今回はそのうちの一人として薬系技官の頂点にいる山本史・厚労省大臣官房審議官(医薬担当)が「薬機法改正における薬局への期待」と題して講演した。その中で山本氏は現在の保険調剤薬局の在り方について「点数を付けたことしかやらない」とかなり辛辣な一言を放った。実は医薬分業とその最前線にいる保険調剤薬局についてかなり厳しい指摘をする俗称「分業バッシング」は主に2つの方面から聞こえてくる。ちなみに念のため言葉の定義を明らかにしておくと、バッシングとは特定の個人や組織・集団に対する過剰あるいは根拠のない批判を指す。おおむね「分業バッシング」は過剰な批判と捉えていいだろう。その2つの方面だが、1つは日本医師会(日医)である。昨今の出来事で言えば、2014年に日医会長に当選した横倉 義武氏(前会長)が就任早々、「医薬分業が国民のためになったのか、よく考えないといけない」と発言。その後、2017年に厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会でスタートした薬機法改正議論では、日医・横倉執行部で当時副会長の地位にあり、今年6月から会長に就任した中川 俊男氏が激しい分業批判を展開した。端的に言えば、病院薬剤部と院外の保険調剤薬局で技術的な差は少ないにもかかわらず、分業の中心を担う保険調剤薬局に対する調剤報酬が高すぎるという指摘である。そしてもう1つの方面は冒頭で紹介した山本審議官のような厚労省の中の人、よりスペシフィックに言えば薬局薬剤師にとって「身内」とも言える薬系技官である。たとえば、前述の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会で中川氏が分業批判を展開した際は、薬機法改正で薬剤師が患者の服薬期間中、つまり薬を渡した後の薬学的管理を法律上で明文化しようという議論が進んでいた。中川氏はこれに疑問を呈した。要は明文化するまでもなくやるべき業務であり、法律条文に書き込むのは違和感があるという主張だ。これに対し、同部会で薬系技官でもある厚労省監視指導・麻薬対策課長(現・日本薬剤師会専務理事)の磯部 総一郎氏は「本来、これは先生がおっしゃるように、薬剤師の意識でこういうものは当然やっていくものだと私は思います。ただ、なかなかうまく改革がいかないということで…」と薬剤師に批判的な視座を示している。また、2014年以降の日医方面からのバッシングが始まってからは、薬剤師が中心となる学会で講演する薬系技官は人が変われど「分業を支持するエビデンスの構築を」と繰り返し訴えている。これは激励にも受け止められるが、裏を返せば「十分にやれていない」という批判とも解釈できる。実際、私もある薬系技官から「今の状況では医薬分業に反対する人たちを説得できるに十分なデータがない」とぼやきを聞かされたことがある。ちなみにこれに加えて、私などもそのクラスターに入る医療系専門メディアも、バッシングする側の見解を頻繁に報じるという観点から、同じ穴のムジナ的に薬剤師の方々からは捉えられることがある。その意味では3方面からのバッシングであるという見方もある。医薬分業批判その1:薬剤師の本気が見えないとはいえ、医療専門メディアも含めた3方面が同じ視座で「分業バッシング」を行っているかと言えば、そうではない。やや雑駁に言えば日医の立脚点は社会保障費の中で医科診療報酬と調剤報酬をどう配分するかの陣取り合戦、下世話に言えば「俺の財布により多く」である。これに対し、そもそも医薬分業を調剤報酬で誘導してきた側の核にいる厚労省の薬系技官は「可愛さ余って憎さ百倍」あるいは「近親憎悪」ともいうべきもの。医薬分業を推進したい、あるいは薬剤師の地位向上を目指したいと思っているのに薬剤師業界全体としてはその期待値に応えていないという類のものだ。そして医療専門メディアの視座もこの厚労省薬系技官とほぼ同様と言っていいだろう。実際、私個人に関してもそうした思いはある。ちなみに中川氏が分業批判を展開した制度部会では、中川氏並に辛辣な意見を展開した委員がいる。患者団体・認定NPO法人 ささえあい医療人権センターCOML(コムル)・理事長の山口 育子氏である。中川氏が分業批判を展開する中で、日本薬剤師会(日薬)から参加していた委員である同会副会長(当時)の乾 英夫氏が、一元的な薬剤管理といったかかりつけ機能としての薬局・薬剤師のメリットを強調した際、山口氏は次のような意見を表明した。「乾委員がおっしゃったことは、かかりつけ薬剤師・薬局の機能がうまくいった場合には効果があると思いますが、その一方で、機能を果たせていない薬局が多いことが問題であり、医薬分業はかなり瀬戸際に来ているのではないかと感じています」こうした山口氏の意見もおおむね薬系技官や医療専門メディアが薬剤師業界を見る目と似ている。もっと平たく言えば、これらの人たちは薬剤師が本気になればここまでこんなことができるはずという構想・理想がある中で、現状の業界平均値はそこからあまりにも乖離が大きすぎるという苛立ちを表現したものだともいえる。医薬分業批判その2:批判を無視する薬剤師会のスタンスこういった周囲の見方には、薬剤師の世界の中でも様さまざまな意見はあるだろう。そうした意見は、いくつか類型に集約することができるように感じているが、その個々に対して細かくどうこう言うつもりはない。ただ、昨今この界隈を見ていて思うことがある。それはいわゆる分業バッシングを「単なる医師会のポジショントークだから無視しておけばいい」との考えが薬剤師業界の中にそこそこに見受けられることへの懸念である。一見するとこのスタンスは「大人の対応」とも言えるし、まったく的外れな見方ではない。もっといえば薬剤師業界の総本部ともいえる日薬がこのスタンスである。しかし、この姿勢は一歩間違えれば取り返しのつかない事態を招く危険がある。そもそも前述の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会では中川氏、山口氏といった分業批判の「急先鋒」だった委員以外にも有識者、患者団体、メディアから参加した委員が、医薬分業にとくにメリットを感じていないという「漠然とした不満感」が相次いで表明された。この状態は例えて言うと、4階建ての建物の1階でガス管からシューシューガスが漏れ(中川氏・山口氏による批判)、2~4階(有識者、患者団体、メディアから参加した委員)に徐々にガスが広がり始めている状態である。このまま時間が経過し、誰かが火種を近づければ一気に大爆発してしまう。実はこれは本格的なバッシングが起こる前夜の状況である。情報流通の側にいる自分はバッシングが起こる状況は人並み以上に理解しているつもりである。大概は多くの人が明快な言葉にしきれない漠然とした不満を抱いている状況に、それを表現する明快な言葉・エビデンスを投じた時がバッシングの起こる時である。では、そうした火種は薬剤師を巡る世界にあるのだろうか?私はそこそこにあると思っている。医薬分業批判その3:ヒヤリ・ハットすら点数ノルマ化薬剤師の方々は、日本医療機能評価機構が2009年からスタートさせた「薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業」はご存じだろう。全国の薬局から事例を収集・分析して、広く薬局医療安全対策に有用な情報を共有するとともに、国民に対して情報を提供することを通じて、医療安全対策の一層の推進を図ることを目的とした事業だ。日薬を中心に各薬局に参加を呼び掛けたこの事業は、初年度の2009年の参加薬局は1774軒、報告されたヒヤリ・ハットは1460件。スタートから9年目の2017年の参加薬局は1万1400軒、報告されたヒヤリ・ハットは6084件だった。参加薬局は9年で6倍となったが、そもそも日本国内にある薬局軒数が約6万軒弱であることを考えればやや寂しい数字だ。ところが2018年には参加薬局数は一気に3倍近い3万3083軒、 2019年には3万8677 軒、ヒヤリ・ハットの報告数はそれぞれ7万9973件、14万4848件に増加した。何があったのか?単純で2018年4月の調剤報酬改定の際に地域医療に貢献する体制が有る薬局で算定できる「地域支援体制加算」の算定要件にこのヒヤリ・ハット報告が含まれるようになったからである。冒頭の山本氏の言葉を借りれば、「点数がつくからやった」のである。2019年実績から考えれば参加薬局1軒あたり年間4件弱のヒヤリ・ハット事例の報告があることになる。この数が多いかどうかはここでは評価するつもりはない。むしろ医療安全にとって極めて重要なヒヤリ・ハット情報を年4件弱報告することはお金をもらわねばやれないほど大変なことなのだろうか?ちなみに2018年からこの事業に参加した薬局・薬剤師の皆さんには敢えて次の一文を読んでもらいたい。「薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」言わずと知れた薬剤師法第一条である。2018年から参加した薬局・薬剤師は、私から言わせれば、夏休み終了数日前から慌てて白紙の宿題をやり始める学生のようなもの。そこに「公衆衛生の向上及び増進に寄与し」という姿勢はみじんも感じない。薬剤師は正しくも“勝つ”戦略を考えてほしいと、ここまでかなり厳しく書いた。では、もし日医による分業バッシングが一般にも静かに浸透していった時に、今書いたような実態を一般向けに柔らかくして報じたらどうなるだろう。それは幅広いバッシングにつながり、さらにそのバッシングの核になる主張に多少の間違い・誤解があっても、まるで事実のように広がって定着する「インフォデミック」が起きてしまう危険性が十分ある。こういう動きは一旦始まったら周囲ではほぼ止めようがなくなるのが最も怖いことなのである。ところがこうした懸念を伝えてもピンとこない薬剤師は意外に少なくない。私個人の印象では薬剤師は医師などと比べおとなし目の人が多い。しかし、現在言われている分業バッシング・批判が的外れな場合は、薬剤師も個人・組織の双方から即時に反論していく姿勢が必要だと考える。嫌な言い方だが、世では常に「相手の弱いところを見つけて攻撃する」慣習は消えない。これは私がもう一つの取材領域にしている国際紛争でもよく目にする。多くの場合、開戦に踏み切る側は相手の反撃能力が低いことを見越して攻撃に映る。残念ながら弱いと思われたら攻撃を受けるのである。それでもそれにじっと耐えきれば何らかの利益が得られるならば、それも良いかもしれない。しかし、現在のように将来的な社会保障費のひっ迫が見え、各当事者が財布の奪い合いをしている中では、もし前述のような大規模なバッシングにつながるようなことが起これば、弱いところが割を食うことになり、その面でおとなし目の薬剤師業界は長期的にはかなりの浸食を受ける恐れもある。それでも「目の前の患者さんに誠心誠意接していれば…」という人もいるかもしれない。それはそうだが、これまた嫌な言い方だが、世の中は「正しいことを行う者が常に勝つ」ともならないのが現実である。よりベストは「正しいことを行う者が正しい戦略で進めば勝つ」だが、実際には「ちょっと正当性に疑問符が付くが、正しい戦略で進んだ結果勝った」というケースはごまんとある。日本の戦国時代の歴史として語られる織田信長→豊臣秀吉→徳川家康という政権変遷も、ズバリ言ってしまえば血統・系統の正当性ではなく、戦略の正当性の結果である。その意味で繰り返しになるが、今の分業を巡る議論を俯瞰すると私は嫌な空気しか感じない。私が考える最悪の想定が外れることを願いたいが、こと薬剤師の皆さんにはこうした見方もあるのだということをちょっとは心に留めておいて欲しいと思う今日この頃である。

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第27回 実体験から望む、リアルな「アンサング・シンデレラ」

10月1日に発表された人気女優の石原さとみの結婚というニュースはSNS上で見る限り、多くの男性を悲嘆・落胆に追いやったようだ。この直前、石原さとみは病院薬剤師を描いたドラマ「アンサング・シンデレラ」で主役の病院薬剤師・葵 みどりを演じている。このドラマに関しては、そのストーリーが「ナンセンスだ」など批判的な指摘もあったが、その一部には、薬剤師以外の医療従事者による薬剤師業務に対する無理解・無知さがあったことにはやや驚いた。一方、薬剤師が一部のシーンに対して「『薬剤師あるある』だ」という声も多かった。私はリアルタイムで見ることができず、今頃録画したものを見始めているが、そのなかで患者・家族の立場でダブってしまった、というかトラウマが蘇った瞬間があった。苦い薬と母子の葛藤を薬剤師が緩和それは第2話で出てくるマイコプラズマ感染で受診した男の子とシングルマザーの母親の物語だ。男の子に処方された去痰薬と抗菌薬の顆粒を飲ませようとする母親。しかし、息子は「苦い」といって拒否する。母親は苦心してオレンジジュースに顆粒を混ぜ、「これでもう苦くない」と言って息子に渡したものの、それを飲んだ息子はやはり「苦い」と言ってコップを放り投げ、「ママ、嘘ついた」とまで言い張る。母親は医師に処方変更を希望するが、医師から「もう少し頑張ってみてください」と言われ、思わず「頑張っていないですか?」と漏らしてしまう。そんな母親に服薬指導をするのが、葵 みどり。葵は母親自身に抗菌薬顆粒の甘さの中に苦みが残る味を実際に味見させたうえで、オレンジジュースに混ぜて渡す。それを口にして「うわっ、苦い」と漏らす母親。葵は「○○は酸性のものと混ぜるとコーティング(甘み)が剥がれて強い苦みが出てしまうんです」と説明する。葵が母親に勧めるのがチョコレートアイスに混ぜる方法。口にした母親は「チョコの味しかしない」と驚く。この○○という薬は実在する。私は最初に男の子が薬を口にして「苦い」と言った瞬間にほぼ推測がついた。そして葵による服薬指導のシーンで明らかにされた○○の名称を聞いて、やっぱりと思った。答えは、クラリスロマイシンのドライシロップだ。処方薬は看病する人にも少なからず影響実は私自身も娘で似た経験があったのだ。それはある部分ではドラマで描かれたものより過酷だった。うちの家庭は共働きの夫婦と娘の3人家族。夫婦互いの実家は東京から新幹線で2時間弱は離れている。娘が熱を出した時、頼れる親族は身近にいない。さらに夫婦の役割で言えば、妻は電車で40分離れた職場、私は自宅から自転車で10分以内のアパートを事務所にしている。娘が保育園で発熱したといえば必然的に駆け付け、自宅療養の担当となるのは私だった。もっとも自営業で出来高仕事の私はその分だけ仕事で割を食う。小児医療費の助成も相まって、どうしても娘を連れて医療機関に駆け込んでしまう。よく抗インフルエンザ薬のタミフルは適切に服用しても発熱期間を半日から1日しか短縮する効果がないとネガティブな評価を受ける。しかし、治療を受ける側ではなく看病する側から見た場合、私のような立場の者にとっては、その半日から1日早く業務に復帰できることは周囲の人が考える以上にありがたい。そういう人は少なくないはずだ。そんなこんなで娘が発熱した場合は即座に受診することがほとんどだった。多くは「風邪だと思われます」との診断。娘のかかりつけ医の処方は、去痰薬と鎮咳薬、頓服用の解熱薬にとどまることが多く、抗菌薬を処方された記憶はほとんどない。単なる抗菌薬と侮っていたら…ところが娘が3歳になった年の2月、発熱でかかりつけ医に駆け込むと、いつものように「風邪でしょう」と診断した医師が珍しく「念のため抗菌薬を出しておきます」と言って処方したのが、クラリスロマイシンのドライシロップだった。早速、自宅で服用させるものの、このクラリスロマイシンだけは口にした瞬間に「オェー」と言いながら、吐き出した。驚きはしたものの、私はそれ以上服用させることはしなかった。「所詮、風邪に抗菌薬は無駄」と思っていたからだ。翌日娘は解熱するものの、翌々日は微熱を出した。3日後には再び解熱したが、この間、乾いた咳が続き、4日目の日曜日、突如38度まで熱が上昇し、自治体の休日診療所に駆け込んだ。休日診療所の医師は一般的には半ば「儀礼的」とも思われがちな聴診を、私の目にも普通ではないとわかるほど何度も繰り返した。聴診器をようやく外した医師からこう告げられた。「お父さん、今すぐ○○大学病院に向かえますか? こちらからも連絡を入れます。娘さんは肺炎を起こしている可能性が高いです」休日診療所を出て大学病院に向かうタクシーの中で突如、娘は嘔吐をした。慌てる私に運転手さんは「お気になさらず。とにかく病院へ急ぎます」と冷静だった。大学病院に到着して受付すると、娘はすぐにX線写真撮影をすることになり、看護師が衣服の表面についた吐瀉物を拭いてくれた。私もトイレに駆け込み、吐瀉物がついたジャケットとシャツを洗おうとしたが、濡れたまま持ち帰る手段が思い浮かばず、思い切ってごみ箱に捨てることにした。待合室は暖房が入っているため、とくに寒さは感じなかったが、やはり2月にTシャツ一枚の姿は周囲から見れば異様だったろう。20分ほど待っただろうか。呼ばれて診察室に入ると、医師の目の前のPCに映し出された娘のものと思われる胸部X線写真が目に入った。ちなみに私自身は20代前半にエジプトのカイロを旅行中に右肺の半分弱、左肺の約4分の1がX線写真で白く映るほどの肺炎にかかり、現地で2週間も入院した経験がある。また、職業柄、学術書や論文に掲載されている肺炎のX線写真も目にしている。この時、PCに映し出されていた右肺の下部が白くなっていたX線写真は私でも肺炎だとわかった。医師からも娘が肺炎を起こし、経過や咳の状況などを見ると、マイコプラズマ肺炎と思われ、クラリスロマイシンを処方すると説明された。娘がクラリスロマイシンの味を嫌って服用拒否してしまうことを伝えたが、医師からはこう告げられた。「とにかく頑張って飲ませてみてください。どうしても飲まないというならば、入院して点滴するしかありません」大学病院の門前薬局でクラリスロマイシンを受け取った際にも娘が服用拒否してしまうことを伝えると、薬剤師からチョコ味の服薬ゼリーがお勧めだと教えられた。しかし、この薬局ではあいにくチョコ味のゼリーの在庫がなく、あるのはストロベリー味のみ。それを取り敢えず購入した時に、薬剤師から「ここで1回分飲んでいきます?」と提案された。薬包紙を切った段階で娘は口を開けている。ゼリーを使わなくても飲めるのかもと思い、口にドライシロップをいれると眉間にしわを寄せながら、水で飲み干した。ああ、案外すんなりいけるかもと思ったが、実際にはそうはならなかった。片手にクラリスロマイシンの父vs.愛娘、地獄の戦い翌朝から保育園をお休みし、私が自宅療養に付き合うことなった。妻が出勤後に娘に朝食をとらせ、服薬させようとしたが昨日から一転して娘は拒否し始めた。私は「このままだと入院になるし、最悪肺炎で死ぬ人もいるよ」と告げるが、娘は頑として拒否。ストロベリー味の服薬ゼリーがあることを思い出し、それに混ぜて口にさせるがそれも吐き出した。「えっ?」と思い、自分で口にしてみたが確かに苦みが残っている。さて困った。私はリビングのテレビをつけ、「お父さんはお買い物に行ってくるから、好きな番組見ていいよ」と娘に告げると、街に飛び出し、保険調剤薬局、ドラッグストアを片っ端から訪ね、チョコ味の服薬ゼリーを探した。7軒目でようやく見つけ、購入して帰宅。テレビの前でうたた寝していた娘を起こして、今度はチョコ味のゼリーでクラリスロマイシンを飲ませようとしたが、娘の一言でとん挫した。「チョコは苦いから嫌い」私もハッとした。確かに過去に保育園からの連絡帳に「おやつの時に出したチョコを苦いと言って食べなかった」という旨の記載があったことを思い出したのだ。仕方なく、私は再び外に出て、自宅から一番近い保険調剤薬局で事情を説明した。すると、「バニラアイスや牛乳に混ぜると良いとは言われています」とのこと。コンビニでバニラアイスと牛乳を買って帰り、試したのだがそれでも「苦い」と言われ吐き出された。もはや万事休す。前医からの残薬分があったとはいえ、味の実験をしているだけの量の余裕はない。私は服薬用の水を入れたコップを用意し、薬包紙を破って自分の手の平にドライシロップ全量を出して軽く握ると、左手で娘をヘッドロックし、そのまま右手の親指から中指までの3本の指で娘の口をこじ開けながら手を傾け、口内にドライシロップを突っ込んだ。さらに泣きわめく娘を尻目に、左の手の平で娘の口を押え、右手を伸ばしてコップをつかんで顔の近くまで持って行き、左の手の平を離した際に嘔吐気味に開けた口にコップの端を当て水を注ぎこみ、再び左の手の平で口を封じた。「苦しいけど、ゴックンしてね、ゴックン」と言いながら。もはや虐待じみているが、仕方がない。娘は既に肺炎を起こしているのだ。1日2回の服用のうち、朝は妻の出勤後、夕刻は妻の帰宅前・夕食前にこの格闘が続いた。あえて妻がいない時間にしたのは、打つ手なしとは言え娘が苦しむ姿は見せたくなかったからだ。もっともその後も何もしていなかったわけではない。時間があるごとに近隣の保険調剤薬局やドラッグストアをまわり、状況を伝えて相談はした。その数はチョコ味の服薬ゼリーを探した時を超えて11軒。しかし、ストロベリー味のゼリーもダメ、チョコ味のゼリーもダメ、牛乳もダメ、バニラアイスもダメという私の説明後に返ってくるのは決まって「大抵そのどれかでいけるんですがね」というもの。新たな案は1つも出てこず、不思議なくらい同情すらされなかった。結局、娘は大学病院の初診から3日目の受診で肺炎の改善が確認され、7日目の受診で「まあもう大丈夫でしょう」と医師から告げられた。その間、強制服薬を続け、毎回娘の服は私の手の平から一部こぼれ落ちたドライシロップまみれになり、顔や服は飛び散った水で濡れていた。クラリスロマイシンの服用が終了となった7日目の受診後に私は娘に「いっぱいがんばったからハンバーグ食べに行こうか?」と提案した。大学病院の近くにハンバーグがおいしいと評判の老舗レストランがあることを知っていたからだ。娘が久しぶりに満面の笑みを浮かべたことを今でも覚えている。私も娘も、もうあの強制服薬で苦しむことはない。晴れ晴れとした気持ちでそのレストランに入ってテーブルに座り、私がメニューに手を伸ばして、「さあ何を食べようね」と言いかけた瞬間、娘が「お薬はもういや」と金切り声を挙げて、テーブルの片隅にあったものを払い落とした。食塩のボトルだった。あの強制服薬の影響で白っぽく見える粉が薬に見えたらしい。その後、2ヵ月ほど白い粉末に対する拒否反応が続いた。結局このときから9ヵ月後、娘は再びクラリスロマイシンのドライシロップを服用する羽目になる。しかし、観念したのか、この時以降は自ら口を開き、ドライシロップを受け入れるようになった。もっとも飲み始めから飲み下し後数分間はひたすら「まじゅい(不味い)」と文句を言い続けていたが。医療者「あるある」で終わらせてほしくないたぶんこのクラリスロマイシンの話題は医師、薬剤師双方にとって「あるある」的な話なのだろう。テレビドラマはどうしても典型例しか描けないが、その「あるある」にはクラリスロマイシンの事例で私が経験したような典型パターンで解決できないケースもある。そしてそうしたケースは、ほかにも山のようにあるだろう。しかし、過去にも言及したが、生活習慣指導も含め、日常的に医療に接していると医療従事者による添付文書の棒読みのような対処のなんと多いことか。今、丹念にあの時の事を振り返っても思うのが、別にドラマの中のようにエレガントに解決されなくともある意味仕方がない、ただ共感してくれるだけでもいいから「葵 みどり」が現れていたらと、ふと思う。昨今、一部の医薬分業バッシングにあるように薬剤師を取り巻く周囲の目はやや厳しい。そして「かかりつけ薬剤師・薬局」「健康サポート薬局」など行政による矢継ぎ早な提案が続いている。今回、改めてこうした検討が行われた時の資料を読み返してみた。そして思うのだ。そこに求められている薬剤師像はまさに「葵 みどり」ではないかと。薬剤師の中にもあのドラマを部分部分で「ナンセンス」と突っ込みを入れてみていた人もいるだろうし、繰り返しになるが「あるある」で見ていた人もいるだろう。だが、私にはもはや薬剤師はその「ナンセンス」「あるある」を超えるべき時期、もっと一歩踏み込んだ存在になるべき時期が来ているように思えてならない。

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第27回 トランプ大統領に抗体カクテル投与 その意味と懸念

トランプ入院、世界の医療現場にも影響こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。週末は、高尾山にハイキングに行って来ました。599mの低山ですが、NHKの人気番組「ブラタモリ」でも紹介された東京有数の観光地です。たまたま先週の「ブラタモリ」は「日本の山スペシャル」で、2016年放送の高尾山の回のダイジェストを放送していたのですが、こうした番組を観ても実際に登っても、その魅力がよくわからない不思議な山です。いつもとても混んでいますが、先週も激混みで、登山道は夏の富士山並みに長い行列ができていました。印象的だったのは高齢者(60~70代)の登山者が目立っていたことです。コロナ禍で、北アルプスや南アルプス、あるいは八ヶ岳や奥秩父といった山は高齢者登山者が激減しています。勢い、日帰りで登れる高尾山などの低山の人気が高まっているようです。しかし、標高599mと言っても山は山。谷沿いの6号路などは足を踏み外すと危ない場所もあります。高齢者は山での事故率が高く、今後、高尾山での遭難や事故が増えそうで心配です。さて、今回は日本の医療現場から少し離れ、世界の医療現場にも影響を及ぼしかねない、米国のドナルド・トランプ大統領が新型コロナウイルス感染で受けたとされる治療法について、少し考えてみたいと思います。「コンパッショネート・ユース」で未承認の抗体医薬投与トランプ米大統領は2日未明(現地時間)にツイッターで、自分自身とメラニア夫人が新型ウイルス陽性となったことを発表。同日に、首都ワシントン郊外のウォルター・リード陸軍医療センターに入院しました。CNNなどの米メディアをはじめ、日本でも各紙がトランプ大統領の容態やホワイトハウスで発生したクラスターの状況を逐一伝え、5日の退院後も報道合戦は続いています。それらの報道を読んで気になったのは、トランプ大統領が投与されている治療薬です。10月3日付のCNNは、トランプ大統領が2日、米国のバイオテクノロジー企業リジェネロン・ファーマシューティカルズ(Regeneron Pharmaceuticals)社が開発した未承認の抗体医薬8gの投与を受けたとホワイトハウスが公表した、と報じました。リジェネロン社も同治療薬を提供したことを確認。大統領の主治医から未承認薬の人道的使用を認める、いわゆる「コンパッショネート・ユース」の要請があったと明らかにした、とのことです。トランプ大統領の治療薬としては、その後、レムデシビル、デキサメタゾンの投与も明らかになっていますが、未承認の抗体医薬をまず使った、というところがなかなかに興味深い点です。また、大統領といえども「勝手に使わせろ」と薬の提供を求めたのではなく、米国のコンパッショネート・ユースの制度に則った点も面白いです。もっとも、米国において未承認薬のコンパッショネート・ユースが例外的に認められるのは、ほかの代替療法では効果が得られなかった場合とされており、トランプ大統領への投与を「ゴリ押しだ」との批判も上がっているようです。「血漿療法」よりも有望と判断かさて、トランプ大統領に使われたリジェネロンの抗体医薬は「REGN-COV2」という名称で開発中の薬です。2種のモノクローナル抗体を組み合わせた薬のため「Antibody Cocktail(抗体カクテル)」とも呼ばれています。ワクチンはヒトの体に抗体をつくらせて感染予防や重症化予防の効果をもたらすものですが、抗体医薬とは、抗体そのものを投与して疾患を治療するものです。同様の考え方に基づいて、新型コロナウイルス感染症から回復した患者から提供された血液から、血漿を調製して患者に投与する「回復期患者血漿療法」も、重篤な患者に対する緊急措置として米国などで行われてはいますが、現時点で明確な有効性は実証されていません。ちなみに米国では、2020年8月、新型コロナウイルス感染症の重症患者を対象に、血漿療法の緊急使用許可(Emergency Use Authorization:EUA)が降りています。メイヨー・クリニックが主導した臨床試験(非盲検)が「有効性がある可能性がある」と米食品医薬品局(FDA)が判断した結果です。しかし、これをトランプ大統領が「FDAのお墨付きを得た」「死亡率を35%低下させる」などと絶賛、その後データ解釈の誤りなども発覚し、物議を醸したこともありました。そのトランプ大統領が自ら絶賛した血漿療法ではなく、未承認の抗体医薬を選んだのはご愛嬌とも言えます。主治医チームの「血漿療法より有望」との判断が働いたためでしょう。 2つのモノクローナル抗体をカクテルに「REGN-COV2」は、回復者由来の抗体や、遺伝子操作でヒトと同様の免疫系を持つようにしたマウスにウイルスを免役して得られた抗体から、実験で新型コロナウイルスの中和に最も効果があった2つの抗体を選出し、組み合わせた薬剤だと報道されています。なお、2つの抗体をカクテルにした理由としては、ウイルス変異への対応に効果的だからのようです。同薬についてリジェネロン社は6月に臨床試験を開始。9月29日には、非入院患者275人を対象に行った臨床試験の結果を発表し、「同治療薬の安全性が確認され、ウイルスレベルの低減や症状の改善に効果があったとみられる」としています。感染前に投与する予防薬としても期待「REGN-COV2」以外にも、新型コロナウイルスの中和抗体の抗体医薬の開発は全世界で進められています。感染初期に投与して発症や重症化を防ぐ治療薬としてのみならず、ワクチンのように感染前に投与する予防薬としても期待されているようです。実際、「REGN-COV2」に先駆けて研究が進む米国イーライリリー社の抗体医薬「LY-CoV555」は、NIHの主導でナーシングホームの入所者と医療従事者を対象にした二重盲検の第III相臨床試験が進んでいます 。同試験では、主要評価項目として、新型コロナウイルスに感染した割合が設定されており、高リスクの高齢者を対象に感染を減らせるかどうかを評価するとしています。なお、「LY-CoV555」は、米国で最初にCOVID-19から回復した回復期患者の血中から抗体遺伝子をクローニングし、わずか3カ月で作成にこぎ着けた中和抗体で、こちらはカクテルではありません。高価な抗体医薬は予防的に使えるか?トランプ大統領の容態については、「快方に向かっている」との報道があった一方で、「高齢で肥満なので依然楽観できない」との見立てもありましたが、10月5日に強行退院してしまいました。医療チームにはウォルター・リード陸軍医療センターだけではなく、ジョンズ・ホプキンス大学のなど複数の医療機関の医師も入っており(医師団の記者会見ではジョンズ・ホプキンス大学の医師も話していました)、世界最高レベルの治療が行われたことは確かです。ここで気になるのは、入院初期に投与された「REGN-COV2」の役割です。仮に、抗体医薬投与が 非常に効果的だった、ということになれば、感染初期や予防的に投与する薬として大きな脚光を浴びるでしょう。しかし、抗体医薬は非常に高価なため、予防的に多くの人に投与する場合には、財政的な問題が浮上してきます。また、保険適用にならず、富裕層だけが自費で使用するという形になれば、医療格差が指摘されるかもしれません。もっとも、抗体医薬の効果の持続期間によって何度も打ち続けることになりそうで、それはそれで大変そうです。70歳以上入院時重症例の死亡率は20.8%大統領選を気にしてか、トランプ大統領の入院はわずか3泊4日でした。今後、果たして、残り少ない大統領選の最前線に立ち、合併症なくあの独特の弁舌を復活させることができるでしょうか。ちなみに、日本の国立国際医療研究センター・国際感染症センターの研究グループは9月30日、新型コロナウイルス感染症で入院した患者の死亡率を、2020年6月5日までの第1波の入院症例と、治療法が固まってきた2020年6月6日以降の第2波の入院症例に分けて公表しました。それによると、トランプ大統領が当てはまる、6月6日以降の「70歳以上入院時重症例(入院時酸素投与、SpO2 94%以下に該当と仮定)」の死亡率は20.8%です。これはそこそこ高い数字です。高齢者登山と同様、タフなトランプ大統領といえども、楽観は禁物でしょう。

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第25回 三重大病院の不正請求、お騒がせ医局は再び崩壊か?

国立大学病院で不正請求が発覚こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。東京は先週末あたりから一気に涼しくなってきました。この連休、奥多摩の雲取山から、奥秩父の雁坂峠までテント山行で挑戦してみました。雲取山は10回以上登っていますが、その先、奥秩父までは未知のルートでした。山深く人が少ないのはよかったのですが、小雨の中の1日10時間を超える行軍には難儀しました。やはり登山は晴れの日に限りますね。さて、三重大医学部附属病院(三重県津市)は9月8日、同病院の医師が、実際には投与していない一部の薬剤を手術中に投与したかのように電子カルテを改ざんし、診療報酬を不正請求した事案が発覚した、と発表しました。改ざんが疑われるのは約2,200件で、不正請求額は2,800万円を超える見込みとのことです。この時の各紙報道によれば、不正は3月末に発覚。手術の際に心拍を安定させる「ランジオロール塩酸塩」が電子カルテ上は投与されたことになっていましたが、実際は投与されていなかったとのこと。三重大は外部委員でつくる第三者委員会を設置して調査を進めており、結果は近く公表すると報道各社に伝えました。度々世間を騒がせてきた“有名”医局9月8日のこの第1報を聞いて、医療関係者の多くは「???」と思ったのではないでしょうか。この時点の報道では、改ざんの「動機」がまったく見えてこなかったからです。民間の病院や診療所の経営者が診療報酬の不正請求をする動機は、単純に「お金」です。しかし、国立大学法人が経営する病院で不正請求をする意味がわかりません。報酬は医師の手元に直接入ってこないからです。いったいなんのための不正請求なのか。動機がまず最大のナゾでした。もう一つの「?」は「また三重大の麻酔科?」の「?」です。当初の各紙報道では、不正を起こしたのが臨床麻酔部の医師とは書かれていませんでした。ただ、手術の際に「ランジオロール塩酸塩(商品名:オノアクト)」を使用するのは一般的に麻酔科なので、医療関係者は麻酔科の事件と予想はできたようです。最終的に、三重大病院の麻酔科(正式名称は臨床麻酔部)で起こった事件と明らかになったのは、11日に開かれた三重大病院の記者会見後の新聞報道によってでした。実は、三重大病院臨床麻酔部は、これまでも度々世間を騒がせてきた“有名”医局です。三重大病院では、2000年代初めに麻酔科医の大量退職(教授以外)が問題となりました。その影響で、2004年に麻酔管理と臨床実習に業務を特化した臨床麻酔部がつくられました。2009年には大学医学部の講座(臨床麻酔学講座)も設けられましたが、2018年には同講座の助教が教授をパワハラで訴えた民事訴訟があり、大学に賠償命令が下されています。今回の事件で不正請求に関係した、とされる麻酔科医の1人は、パワハラ事件のときに准教授だった人物で、前教授が事件を機に退官した後に教授に選出されています。つまり、三重大病院臨床麻酔部(臨床麻酔学講座)は、2代続けて教授が事件を起こした医局、ということになるのです。調査結果の概要を公表三重大病院は11日記者会見を開き、第三者調査委員会による調査結果の一部を明らかしました。報道陣に配布された資料から、主要部分を抜き出してみます。1.本件の概要当院の医師が医療に関する記録を複数回にわたり改ざんし、実際には手術で投与されていない薬剤の費用が診療報酬として不正に請求されていました。改ざんされた疑いがある件数は症例数約2,200症例、これに対する不正が疑われる当該薬剤の請求総額は2,800万円超となっています。2.本件の経緯令和元年12月頃、当院の医師が、薬剤の使用履歴に虚偽の入力がなされていることがあると疑い、自身が担当した症例について手術直後の記録をプリントアウトして保管し、同症例の数日後の記録と比較すると、ランジオロール塩酸塩(以下、「当該薬剤」)の使用履歴が追加入力されている症例が複数あることが分かり、本年3月末に当院にその旨が報告されました。第三者調査委員会の調査の結果、当該薬剤を実際には手術中に投与していないにもかかわらず投与したような虚偽記載がなされ、診療報酬の不正請求が疑われる事案があることが判明しました。また、虚偽記載を行っていたのは当院のA医師であることが分かっています。3.本件の動機A医師の上司であるB医師は、当該薬剤の積極使用を勧めています。A医師としてはB医師の方針に基づいて当該薬剤の使用量を増加させたいものの、臨床の現場では思うように使用実績が上がらないという状況であったことがわかっており、このことがA医師の行為の背景にあると考えられます。また、B医師のA医師に対する当該方針の伝達や担当医らに対する指導方法にも不適切又は不十分な点があったものと考えられます。なお、A医師又はB医師と当該薬剤の製造会社との間の関係については、第三者調査委員会の報告においても不適切な関係があったとの認定はされておりません。4.ガバナンス等の問題点1)部内で不正が行われていることについては、当該部の管理者によって発見は可能な状況であったが、それを発見できておらず、部内のコミュニケーションや管理体制に問題がありました。2)手術に関係する複数の職種で定期的に行われているミーティングで不自然な点があることが指摘されているにもかかわらず、適切な周知や報告が行われていませんでした。3)院内にはより早期に不正に気付いた者もおりましたが、本学に設置されている内部通報窓口等を用いて大学に不正の報告がなされることがありませんでした。これらのことからして、部内のガバナンス及びコミュニケーションが不十分であり、また、当院におけるコンプライアンス教育や情報セキュリティに関する内部不正対策も不十分であったと考えられます。麻酔の担当医に「必要なら使うよう」依頼以上が報道陣に配布された資料の主要部分です。全体的に第三者委員会の調査の甘さが気になります。そして、これを読んでもまだいくつかの「?」が残ります。ちなみにA医師とは40代の准教授、B医師は先にも紹介した50代の臨床麻酔部の教授を指しています。各紙の報道等によると、准教授が実際に関わった手術は少なく、手術の前日に患者の術式をみて事前に薬剤を用意、当日の朝、麻酔の担当医に「必要なら使うよう」依頼していたとのことです。手術時に必要がなければ使わないので、その場合廃棄として登録されるべきところ、後日准教授が電子カルテを改ざん、使用履歴を追加入力していたわけです。使わなかった分は薬剤部には戻されず、何らかの方法で捨てられていたようです。ランジオロール塩酸塩は、麻酔中や手術中になんらかの原因で頻脈になったときに使われるβ1選択性の高いβブロッカーです。そのため、いつも使えるように準備しておくという考え方もできますし、極端な話、手術中の心血管イベント減少のために頻脈がなくても手術中にずっと点滴しておく、という考え方もできます(厳密にはこれも不正請求になりますが…)。ただ、薬価がとても高い(オノアクト点滴静注用50mgが 4,730円)ため、「易易とは使えない」という声も聞きます。准教授は、とにかくランジオロール塩酸塩が使われそうな手術には同薬を準備、運を天(他の麻酔科医の判断)に任せて、使用されなかった場合は使用したようにカルテ上見せかけていたわけです。「関わった手術は少なく」とされていますが、逆に関わった手術では要不要関係なく同薬剤を使っていたのではないでしょうか。それも大きな問題ですが、この点については11日の記者会見では言及されていません。なお、「ガバナンス等の問題点」でも指摘されているように、「手術に関係する複数の職種」、たとえば薬剤部では実際の薬剤の在庫とカルテの使用記録が一致しないことが早い段階からわかっていたようです(不一致をなくすために術後のカルテ改ざんを始めたと准教授は話しているとのことです)。しかし、医局員の内部通報があるまで、病院が調査に動くことはありませんでした。「教授の意向を汲んで」が本当に動機なのか?「教授の意向を汲んで、ランジオロール塩酸塩の使用量を増やしたかった」という動機についても疑問符が付きます。新聞報道等によれば、臨床麻酔部の教授が同病院に赴任してきた2016年ころから、学術研究を助成する「奨学給付金」が「オノアクト」の製造販売元、小野薬品から同病院に支払われるようになったとのことです。 仮に奨学給付金が薬剤売上と関連するものとするなら、薬価の高い「オノアクト」は売上を上げるために“使いやすい”薬だったとは言えるでしょう。 准教授は第三者委員会に対し「この薬を積極的に使うよう部内に周知していた教授の方針に従うことで、よく思われたかった」と話したとのことですが、一方の教授は「自分の指導で薬剤がたくさん使われているとは分かっていたが、廃棄されていたとは知らなかった」と不正への関与を否定しているとのことです。不正の背景に製薬会社の関与があったかどうかについては、大学病院は「不正な金銭の授受があったという事実は把握していない」としています。それにしても、医局(教授)の奨学給付金のために、すぐにバレそうな電子カルテの改ざんまで行うものでしょうか。それも、教授から「よくやった」と褒められるだけのために…。「次は君が教授だ」といったニンジンでもぶら下げられていたのかもしれません。いずれにせよ、三重大の第三者委員会が明らかにしていない、もっと別の裏事情がありそうな気もします。三重大臨床麻酔部、再び崩壊か?3月末に不正が発覚した後、教授と准教授の2人は4月7日から自宅待機となっているそうです。今回の調査結果を受け、2人の処分について大学の審査委員会で検討するとしています。カルテの改ざんは公電磁的記録不正作出などの疑いがあるため、准教授の刑事告訴も検討する、とのことです。今回の事件発覚は、同じ臨床麻酔部の医局員の告発によるものですが、医局内の派閥争いなども関係している、との噂も一部には流れているようです。この事件によって、三重大病院の臨床麻酔部は、再び機能停止に陥る恐れがあります。そういえば、このコラムの第2回(「全国の麻酔科教室が肝を冷やしただろう事件」)で旭川医大病院の元麻酔科教授の麻酔科医派遣に関するセコい不正事件について書きました。ひょっとしたら、手術を受ける患者や、地域医療のことをまったく考えない麻酔科医が各地で増えているのかもしれません。ある意味、それが一番のナゾと言えます。

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第24回 新型コロナワクチンの開発中断が他ワクチン推奨をも阻む?

世界が固唾を呑んで見守っている新型コロナウイス(SARS-CoV-2)に対するワクチン開発。その中で最も先行していると言われる英国・アストラゼネカ社とオックスフォード大学が共同開発中の「AZD1222」に関して副作用を疑われる症状を呈した患者が報告されたという不穏なニュースが飛び込んできてから1週間が経つ。各種報道によるとフェーズ3の参加者の1人で横断性脊髄炎(TM:transverse myelitis)を発症したことが報告されたという。正直、私個人は一般向けに正確に伝えることが非常に難しい問題だと感じている。まず、一般向けメディア各社の第一報を見てみよう。アストラゼネカのワクチン治験が中断 深刻な副反応疑い(朝日新聞)英製薬大手、新型コロナの臨床試験中断 副作用疑いの事例(産経新聞)被験者に神経障害か ワクチン治験中断 専門家「生命に関わる可能性」(毎日新聞)英アストラゼネカ、コロナワクチンの臨床試験を中断…参加者が原因不明の病気発症(読売新聞)今回のニュースに接した医療従事者の中には「とりあえず有害事象があったということで、そんなに騒ぐことじゃないんじゃない?」と思った人も少なくないはずだ。実は私もほぼ同じ感覚である。ところがまさにこの感覚が一般向けには伝えにくい点なのである。そもそも上記記事を見ればよく分かるが、今回の横断性脊髄炎に関する扱いに関して朝日は「副反応」、産経、毎日は「副作用」、読売は「安全性に関する問題」と表現している。たぶん医学的厳格さを重視すれば、産経、毎日のように「副作用」という表記をすることに違和感があるだろう。釈迦に説法だが、改めて整理すると、薬剤・ワクチンの臨床試験中に起こった好ましくない身体症状を「有害事象」と呼び、このうち薬剤・ワクチンとの因果関係が否定できないものが「副作用」と称されるが、ワクチンに関しては化学物質である薬剤と違い、その化学作用ではなく、ヒトの免疫機序に伴い有害な反応が起こることもあるため「副反応」と表記することになっている。一般市民にはとりあえずの「副作用」表記ところが、一般向けには「有害事象」と「副作用」「副反応」の違いを理解させるよう説明することはかなり困難な作業なのである。そもそもレガシー・メディアと呼ばれる新聞・テレビは1つのニュースに使える文字数・時間というリソースは限られている。「有害事象」と「副作用」「副反応」の違いのような、ややまどろっこしい説明をしている余裕がないのが現実だ。さらにいえば新聞・テレビと比べ、文字数・時間制約が少ないはずのネットメディアでもこのような丁寧な説明は難しい。現在、一般向けネットメディアでの記事1本当たりの文字量は3000~4000字くらいが相場だ。簡単に言えば、長いモノは読まれない、「丁寧な説明」はむしろ「回りくどい」と受け取られる可能性のほうが高いのである。だからメディアの多くは一番わかりやすい「副作用」という言葉に飛びついてしまう。ちなみにワクチン接種に伴う重篤な副反応の発現頻度については「〇万回接種当たり△人」という表現も一般向けにはやや分かりにくいことが多く、「それは〇万人当たり△人ですよね」と聞き返されることもしばしば。もっともこちらのほうは「ワクチンの場合、種類によっては1人で2回以上打つことで接種スケジュールが完了するものも少なくないので、回数で表すんです」と言えば分かってもらえることがほとんどである。しかも、ワクチンの場合、疾病に罹患している人への対応ではなく、あくまで健康な人が対象になる。そしてここで期待される効果は予防という証明がしにくいもので、なおかつ多くは注射という侵襲を伴うため、余計のこと副反応については敏感になりやすい。ワクチンと言えば、反ワクチン勢力が湧いて出てくるのはこうした特殊性ゆえである。つまるところ、ワクチンに関する情報発信というのは、ベースに一定の反対勢力を抱え、そこで使われる用語が込み入っているという二重苦を抱えている極めて不利な分野である。実際、Twitterで「アストラゼネカ」のキーワード検索で表示される「話題のツイート」などを見ると、この報道を機にワクチンに関するネガティブな情報の拡散が進んでいることをうかがわせる。副反応の横断性脊髄炎にビビるべき?とはいえ、とりあえず有害事象だとしても今回の横断性脊髄炎はやや気になるのも現実である。横断性脊髄炎は脊髄のある場所で横方向に炎症を起こす神経障害。主な症状は背部痛、足のしびれなどの感覚異常などで、そこから急速に下半身の麻痺や排せつ障害などに発展することもある。原因はいまだ不明だが、ウイルス感染症などに伴い発症するともいわれる自己免疫性疾患である。従来から既存のワクチンでも起こる副反応として知られているが、たとえばアメリカでの4価HPVワクチンでの発現頻度は10万接種当たり0.04であり、極めてまれな副反応である。一応、イギリスではいったん中断された臨床試験は再開されたようだが、日米ではまだ慎重に様子を見ている状況である。その意味では今回のAZD1222での報告が単なる有害事象の範疇なのか、それとも一歩進んで副反応と判定されるかは非常に気になるところではある。もし、副反応と判定されれば、まだ数万人程度の中での発生ということでかなり頻度としては高いという判断も成り立つ。そしてこれはアストラゼネカ社にもオックスフォード大学にも罪はないのだが、もしワクチン開発で先頭を走る今回のAZD1222の臨床試験が失敗に終わると、それは単なる現在の閉そく感を打破する希望の光を失うという意味を超えて、今後私たちは非常に複雑で入り組んだ問題を抱えることになる。それはワクチン全体への不信感とそれに伴う既存の有用なワクチンの接種勧奨が困難を増すという事態である。

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流行性耳下腺炎(ムンプス)【今、知っておきたいワクチンの話】各論 第3回

ワクチンで予防できる疾患(疾患について・疫学)ムンプスもしくは流行性耳下腺炎は、ワクチンで予防できる疾患Vaccine Preventable Diseaseの代表疾患である。1)ムンプスの概要感染経路:飛沫感染潜伏期:12~24日周囲に感染させうる期間:耳下腺腫脹の7日前から発症後9日頃まで感染力(R0:基本再生産数):11~14注)R0(基本再生産数):集団にいるすべての人間が感染症に罹る可能性をもった(感受性を有した)状態で、1人の感染者が何人に感染させうるか、感染力の強さを表す。つまり、数が多い方が感染力は強いということになる。感染症法:5類感染症(小児科指定医療機関による定点観測、直ちに届出が必要)学校保健安全法:第2種感染症(耳下腺、顎下腺または舌下腺の腫脹が発現した後5日を経過し、かつ全身状態が良好になるまで)2)ムンプスの臨床症状(表)ムンプスは、多彩な経過や合併症に特徴がある1)。ムンプスは主に唾液による飛沫によりヒト-ヒト感染を起こす。感染から発症までの潜伏期間は典型例で17~18日と非常に長いうえ、発症する6日前から唾液や尿中にウイルスが排泄され感染性がある。さらに、感染しても平均30%は不顕性感染で終わる。不顕性感染は低年齢者に多く,年齢があがるほど症状が現れやすく腫脹も長期化する傾向にある。ただし,無症状でも唾液中のウイルスには感染性がある。耳下腺の腫脹は最も有名かつ高頻度の症状で,発症者のうち90~95%に出現するとされる。しかし、前述の通り感染者全体では70%前後にすぎず、腫脹も両側とは限らない。ここで重要な点として,耳下腺や顎下腺の腫脹は他のウイルス感染症でも起こるため、発熱と耳下腺腫脹だけでムンプスとは確定診断できない。したがって「熱と耳下腺腫脹があった」だけではムンプス罹患といえず、ワクチン不要と判断すべきでない。耳下腺腫脹に続いて多い症状は、思春期以降の男性に起こる睾丸炎で、感染者の1/3に起こるほど多い。片側性の腫脹が多く、睾丸が萎縮し精子数も減少するが、完全な不妊に至ることはまれとされる。女性では感染者の5%に卵巣炎が起こるが,不妊との関連はいまだ証明されていない。このほか無菌性髄膜炎から脳炎、乳腺炎、膵炎といった症状も知られている。無症候の髄液細胞数増多は感染者の50%に認められるとの報告もある。このようにムンプスは潜伏期間が長く、無症候性感染が多いうえ、発症前からウイルスを排泄する。つまり、発症者や接触者を隔離しても伝搬は防げない。表 自然感染の症状とワクチンの合併症1)画像を拡大する3)ムンプスの疫学4~5年おきに大きな流行があり、年間報告数は4~17万例で推移している。ここ数年では、2016年に比較的大きな流行が確認されており、2020年の再流行が懸念されていた(図1)。合併症として問題になる難聴について日本耳鼻咽喉科学会が実施した調査によると2)、上記2年間の流行中に少なくとも335例がムンプス難聴と診断されていた。調査デザインの限界から考えると、症例はもっと多いことが推定される。図1 ムンプスウイルス診断名別分離・検出報告数の推移(2000年1月~2019年9月)画像を拡大するワクチン概要単味の生ワクチンであり、年齢を問わず0.5mLを皮下注する。正確には、ワクチンキットに付属している溶解液0.7mLをバイアル瓶に注入したうち0.5mLを吸い出して接種する。ワクチンで一般にみられるアレルギー反応、接種部位の腫脹、短時間の発熱、といった副反応のほかに特異的なものはない。弱毒化した病原性ウイルスそのものを接種する生ワクチンであり、妊娠中の女性には接種は禁忌である。また、接種後2ヵ月間は妊娠を避けるべきである。同様にステロイドを含む免疫抑制薬を投与中、もしくは免疫抑制状態にある患者も接種禁忌である。現時点では任意接種に位置付けられており、自治体などの補助がなければ接種費用は自己負担となる。なお、先進国の中で日本だけが定期接種化されていない(図2)。図2 世界のムンプスワクチンの接種状況画像を拡大する(From data reported to WHO by 193 WHO Member States as of February 2015より引用)国内では、鳥居株を用いたタケダと星野株を用いた第一三共の2製品が流通している。両者とも無菌性髄膜炎の発生頻度は同様(鳥居株が1/1,600、星野株が1/2,300)。国際的に広く流通しているJeryl-Lynn株は、国産品に比べて免疫獲得能がやや低い一方で無菌性髄膜炎の発症は少ない。接種スケジュール「1ヵ月以上の間隔で2回以上の接種」が原則となる。添付文書では生後24ヵ月~60ヵ月の間に接種することが望ましいとされているが、妊娠中などの禁忌がなければ成人でも接種可能である(図3)。画像を拡大するその他の注意事項は以下の通りである。他の生ワクチン接種:27日以上空ける(4週目の同じ曜日から接種可能)不活化ワクチン接種:6日以上空ける(翌週の同じ曜日から接種可能)輸血およびガンマグロブリン製剤の投与:投与3ヵ月以降に接種ガンマグロブリンを200mg/kg以上の大量投与:投与6ヵ月以降に接種ワクチン接種後14日以内にガンマグロブリン製剤投与:投与後3ヵ月以降に再接種ステロイドや免疫抑制剤:投与中止後6ヵ月以降に接種罹患歴については前述の通り、医療機関でムンプスウイルス感染を証明された場合のみ意義ありとして、臨床症状のみで罹患歴としないことが望ましい。ムンプス成分を3回以上接種しても医学的には問題はない。Jeryl-Lynn株ワクチンを採用している先進国によってはむしろ、10年程度で抗体価が低下することによる“Secondary vaccine failure”への対策として追加接種を検討している。また、ウイルス曝露の早期にワクチン接種することで発症を予防する曝露後緊急接種について、麻疹や水痘では有効性が確認されているが、ムンプスワクチンでは無効と考えられてきた。しかし、2017年に“The New England Journal of Medicine”で一定の効果が報告されるなど3)、近年ムンプスワクチンの接種戦略は世界的に見直しが検討されつつある。ただし、この研究で用いられたのはJeryl-Lynn株を含むMMRワクチンであり、日本製品とは素性が異なる。また、日本のムンプスワクチンには曝露後接種の適応はない。日常診療で役立つ接種ポイント(例.ワクチンの説明方法や、接種時の工夫)外来などでは、おおむね以下の点について説明することが望ましい。「いわゆる『おたふく風邪』を予防するワクチンです。1回接種の予防効果は75~80%で、確実な予防のために2回接種しましょう」「『おたふく風邪』で死亡することはまれですが、多様な合併症が起きます。特に難聴は、年間300人前後も発症している可能性があるうえ、もし発症すると回復不能です」「感染から発症まで2週間以上と長いことや、感染しても1/3は無症状のままウイルスを広げている、といった特性から発症者の隔離は意味がなく、確実な予防法はワクチンだけです」「接種間隔を伸ばすメリットはないので、幼稚園などの集団生活を始める前に2回接種を済ませましょう」「海外へ移住する方は、お子さんだけでなく大人も接種を検討しましょう。幼少時に耳下腺が腫れた、というだけではムンプスとは限りませんし、追加接種しても問題ありません」今後の課題・展望ワクチンギャップ解消の機運を受け、厚生労働省の厚生科学審議会は2012年に「広く接種を促進することが望ましい」と7つのワクチンを提示した4)。これら7つのうち、2020年現在いまだに定期接種化を果たしていないのはムンプスだけになった。これには、1989年のMMR統一株ワクチンによる無菌性髄膜炎が大きく影響している。それまで積極的だったワクチン行政を決定的に転回させ、日本にワクチンギャップが生まれる遠因ともなった渦中のムンプスワクチンが、その影響を最後まで受けているともいえる。しかし、そもそも自然感染に比べれば現行ワクチンでも無菌性髄膜炎の発症率は1/20以下であるし、さらに1歳前後で早期接種すると無菌性髄膜炎の発生率が減ることが明らかになってきた。そして、現在、無菌性髄膜炎の発生率は、MMR統一株ワクチン当時の1/10にまで減っている。ムンプスワクチン定期接種化のメリットは感覚的にも明らかだが、医療経済学的な試算でも有効性は示されており5)、学術団体からも繰り返し要望が出ている。しかしながら、無菌性髄膜炎が減ったことでワクチン接種の効果を自然感染と比較する調査のハードルは高くなっており、承認申請のために治験を通過する必要がある輸入ワクチンの導入やワクチン株の新規開発を一層難しくなっている。一方、諸外国では、Jeryl-Lynn株ワクチン2回接種後の感染が問題となっており、不活化ワクチンの新規開発や曝露後接種の検討なども始まっており、日本と世界の現状は乖離しつつある。2020年1月の厚生科学審議会の評価小委員会では、ムンプスワクチンについて審議が行われたが、明確な方針決定には至らなかった6)。 参考となるサイトこどもとおとなのワクチンサイト1)おたふくかぜワクチンに関するファクトシート2)2015-2016年にかけて発症したムンプス難聴の大規模全国調査3)Cardemil CV, et al. N Engl J Med. 2017;377:947-956.4)予防接種制度の見直しについて(第二次提言)5)大日康史、他. ムンプスの疾病負担と定期接種化の費用対効果分析.厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)「水痘、流行性耳下腺炎、肺炎球菌による肺炎等の今後の感染症対策に必要な予防接種に関する研究(研究代表者:岡部信彦)」、平成15年度から平成17年度総合研究報告書.p144-154:2006.6)厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会)第37回講師紹介

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第23回 総裁選の劣勢報道に埋もれた石破・岸田両氏の有望政策とは?

安倍首相の辞任表明により、次期首相の座とイコールになる自民党総裁選が9月8日に告示された。立候補を表明したのは菅 義偉官房長官、石破 茂元自民党幹事長、岸田 文雄自民党政調会長の3氏。既に各種報道では菅官房長官の圧倒的優勢が伝えられ、もはや出来レースの感も強いが、ここはちょっと踏みとどまって考えたい。私の友人で選挙ウォッチャーとしても名高いフリーライターの畠山 理仁氏は、一見、泡沫とみられる候補(畠山氏は候補者すべてに敬意を払うという意味で「無頼派候補」と呼ぶ)が掲げる政策の中にも、きらりと光る面白いアイデアがあり、中には意識的か無意識的かは分からないが、当選した候補がこうした泡沫候補(畠山氏には申し訳ないが一般的にはこの方が分かりやすいので)の目玉政策を拝借して実行に移すこともあると主張する。そうした畠山氏の主張が詰まった著作で開高健ノンフィクション賞を受賞した「黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い」(集英社)を読んで以来、私は必ず選挙公報ではすべての候補の政策に目を通すようにしている。前置きが長くなったが、その意味で今回の3氏についても掲げる政策を新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、社会保障に関する政策に絞り、独断と偏見ながら私が気になった点を取り上げたい。その意味ではここで掲げる評価は私個人の評価に過ぎない。なお取り上げる順番は私なりに「公平性」を期し、メディアでの露出が少ない、敢えて劣勢と伝わる順番(支持派閥の所属議員が少ない順)としたい。石破氏の「納得」政策で気になる3点先行は「納得と共感」を掲げる石破氏の政策である。新型コロナ対策で気になった点は3つだ。まず、感染症対策として「内閣官房に専任の専門職員からなる司令塔組織を創設」を謳っている。いわばこれまでちまたで言われている日本版CDCの超縮小型組織を内閣直下に設けるというもの。構想自体は悪くはないと思うが、人選次第でこうした組織がどうにでもなってしまうという点では、顔の見えない官僚が主力であったとしてもかなり厳格な人選が必要と考える。また、迅速な感染症対策としての専門性、継続性などを考えると、日本型官公庁の慣例である人事異動が馴染まない。この点をどのように克服するかも実現する際のキーになると感じる。一方、「PCR検査の抜本的拡充」と訴えているが、安倍首相の辞任表明会見で掲げた抗原検査も含めた1日最大20万件の検査能力に対する是非が不明である。そもそも秋以降、インフルエンザとの同時流行を想定した場合でも、私個人はインフルエンザワクチン接種の呼びかけ徹底、現在の新型コロナ抗原検査、インフルエンザ迅速検査、発症3日以上の症状継続を境とする臨床診断を組み合わせることで、PCR検査は最低限に抑えられると考えており、安倍首相が掲げた20万件も必要はないと思っている。その意味では石破氏のスタンスが、一部の「識者」が声高に叫ぶ、PCR検査拡大路線に影響されていないかは気になるところだ。また、「コロナうつや認知症の発症・進行、 フレイルから守るための日常生活のガイドラインを策定・周知」というのはやや驚いた。内容的にはポピュリズムを感じないわけでもない。ただ、石破氏には叱られそうだが「フレイルという言葉を知っていたんだ」という新鮮な驚きである。社会保障政策で大きく掲げているお題目は「安心と納得で現役世代・高齢世代が支え合い持続可能な社会保障制度を確立」である。私としては「現役世代・高齢世代が支え合い」が響く。従来からの社会保障制度の議論で言われる「高齢者一人を現役世代◯人で支える」的な財務省の資料などにややイラっとしてしまうからだ。既に平均寿命も健康寿命も延伸し、さらに高齢者比率が3割を超える今、「高齢者=一方的社会保障制度の受益者」的な考えは、脳内にカビが生えた考え方だと思っている。もちろん高齢になれば基礎疾患も増え、体力的にも衰えるので社会保障制度からの受益が増えるのはやむを得ない。ただ、今までの考え方では、社会全体が高齢者に活躍の場を用意しなくなる。その意味でこのお題目の下、「働きながら年金を受給でき、働き方に応じ、個人の意思で受給開始年齢を選択できる年金制度を実現」という政策を掲げているのは個人的には高評価である。その一方で、「保険外併用療養の活用で医療を活性化」と唱えている点については、有象無象の怪しい輩が湧いてきかねないので反対である。岸田氏の正当さと強制感そして2番手が「分断から協調へ」を掲げる岸田氏の政策だが、コロナ対策で私が“おっ”と感じたのは、「秋冬のインフルエンザ流行期に備え、インフルエンザワクチンの確保、無料での接種、検査体制の強化」と掲げている点である。まさか、本コラムの読者に「インフルエンザ対策は新型コロナ対策ではない」などという方はいらっしゃらないと思う。まず、今秋以降はインフルエンザの流行を最小限にすることが、新型コロナとの鑑別を含めた医療機関の負荷を下げることになる。その意味でインフルエンザワクチン接種の無償化は、どこぞの去る人が決めたマスク配布よりはるかに有効な公費投入の在り方と考える。ただ、「行政検査の枠外の PCR 検査を拡充し、必要に応じて柔軟に低負担で PCR 検査を受けられるようにします」というのは、石破氏と同じく安直なポピュリズムのように感じてしまう。また、社会保障制度全般に関しては「活力ある健康長寿社会へ ~世界に誇る国民皆保険の維持」と掲げ、「社会保障制度における縦割りの是正、民間活力の導入、デジタル技術やデータの活用による新しい予防・医療・介護、年金、地域や利用者の視点を踏まえた支えられる側から支える側を増やす徹底的な環境整備、子育て支援の充実などを通じて、活力ある健康長寿社会を実現し、持続可能な社会保障制度を構築」と訴えている。この中で「支えられる側から支える側を増やす徹底的な環境整備」はまさに石破氏が掲げた「支え合い」に近いものを感じるが、“増やす”や“徹底的な環境整備”とのキーワードにやや強制感があり、不安を覚えるところ。また、子育て支援の充実などと関連して、別の項目で「不妊治療への支援や育児休業の拡充などの『少子化対策』」と主張している。この中の不妊治療への支援は、少子化対策でよく出てくるキーワードだが、なんとなく深く考えずに付け加えているコピペ感が否めない。というのも、そもそも不妊治療の成否は、やはり年齢が鍵になり、世界的に見ると不妊治療を受けている人の中で40代は10~20%台だが、日本では40%超と突出している現実があり、こうした場合の支援をどうするかはより真剣に議論しなければならない問題だからだ。抽象的すぎて要約しづらい菅氏の政策さて最後は本命の菅官房長官の政策である。まず、新型コロナ対策は以下である。「爆発的な感染は絶対に防ぎ、国民の命と健康を守ります。その上で、感染対策と経済活動との両立を図ります。年初以来の新型コロナ対策の経験をいかし、メリハリの利いた感染対策を行いつつ、検査体制を拡充し、必要な医療体制を確保し、来年前半までに全国民分のワクチンの確保を目指します」官僚答弁ならば100点満点かもしれない。だが、日本を率いる首相になろうとする人としてはいささか物足りない。「メリハリの利いた感染対策」「検査体制の拡充」が何を意味するのかは分からない。次いで社会保障制度全般である。「人生100年時代の中で、全世代の誰もが安心できる社会保障制度を構築します。これまで、幼稚園・保育園、大学・専門学校の無償化、男性の国家公務員による最低一ヵ月の育休取得などを進めてきました。今後、出産を希望する世帯を支援するために不妊治療の支援拡大を行い、さらに、保育サービスを拡充し、長年の待機児童問題を終わらせて、安心して子どもを生み育てられる環境、女性が活躍できる環境を実現します。これまでのしがらみを排して制度の非効率・不公平を是正し、次世代に安心の社会保障制度を引き継げるよう改革に取り組みます」不妊治療に関しては岸田氏への点で触れたとおり。「しがらみを排して制度の非効率・不公平を是正」とあるが、制度の非効率・不公平とは具体的に何なのかの言及がない。それを言うのは語弊があるとするなら、“非効率”や“不公平”という言葉は使わずに、それを是正する具体策を提示してもらえないと一般人には伝わらないのではないだろうか?この大雑把さは王者の余裕というべきか怠慢というべきか。ちなみにこの菅官房長官の項目を書くのに要した時間は、前者2人部分の合計の12分の1である。「菅官房長官だけ単なるコピペで手を抜いているだろう」という方もいるかもしれないが、そもそもコピペでもしないと、石破氏、岸田氏の政策について触れた文量に追い付くという公平性を確保できないのである。私に「手を抜いた」という批判はお門違いで、それを言いたければ、むしろ菅官房長官ご本人に言っていただきたい。3氏の中でうまい政策は…この3人をたい焼きに例えると、石破氏は全長1mであんこもいっぱい詰まったたい焼き、そのせいかしっぽの部分だけを食べてお腹いっぱい、岸田氏は見慣れた標準的なたい焼きで、頭から食べるとあんこも程よいが、尻尾までくるとあんこが足りなくなる、菅氏はちょっと大きめのあんこが余り詰まっていないたい焼き、そのため食べ始めると3口くらいで飽きてしまうという感じだろうか?このようにしてみるとこの3氏から内閣総理大臣が輩出される、「自民党総裁=内閣総理大臣」という構図は国民にとっては不都合が多いのが現実ではないだろうか。最後に毒吐きついでに言うと、8年弱の最長連続在職記録の安倍首相の後に菅首相が誕生するのは、個人的には業務用スープを使ってできた伸びたラーメンの後にパラパラ感のないべチャっとした水っぽいチャーハンが出てきたかのような残念感しかないのである。

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第23回 実は病院経営に詳しい菅氏。総理大臣になったらグイグイ推し進めるだろうこと(前編)

「地方を大切にしたい」と菅官房長官こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。菅 義偉官房長官が自民党の総裁選に出馬することを正式に表明しました。記者会見では自らの叩き上げの人生(秋田の農家に生まれ、農業を継ぎたくなくて集団就職で上京、法政大学の夜間を卒業し、サラリーマンに…)について触れた後、「地方を大切にしたいという気持ちが脈々と流れており、活力ある地方をつくっていきたいとの思いを常に抱きながら政策を実行してきた」と語りました。次いで「私自身、国の基本というのは、自助、共助、公助であると思っております。自分でできることはまず自分でやってみる、そして、地域や自治体が助け合う。その上で、政府が責任をもって対応する」とも述べました。「自助、共助、公助」については菅氏の総裁選のキーワードのようで、9月5日に自身のブログで公表した政策の中でも「自助・共助・公助、そして絆」がスローガンに掲げられています。この記者会見を聞きながら、私は約40年前、仙台の大学に入った時の教養部のクラスオリエンテーションのことを思い出しました(東北新幹線開業前です)。右隣に秋田県の大館鳳鳴高校出身のS君が座っていました。彼が私に何か質問してくるのですが、何を言っているのかまったくわかりません。同じ東北弁でも県によって難易度が大きく異なり、秋田や青森は難しい部類に入ります。S君の話が普通に理解できるようになるのに数ヵ月かかりました(ちなみに私もS君たち東北人から「おめの名古屋弁もわがんね」とからかわれていました)。菅氏は秋田県の内陸、雄勝町(現在の湯沢市)出身とのことです。高校を出て上京(もちろん、東北新幹線も山形新幹線もない時代です)して直後は、おそらくコミュニケーションには相当苦労されたのではないでしょうか。上京後、半世紀を経ての、ほぼ訛りを感じさせない日々の会見は、ある意味、田舎から東京に出てきた東北人の意地を感じさせます。440公立・公的病院リストラリストの大元それはさておき、もし菅政権になったら、医療関係者はまずどんな政策を気にしなければならないでしょうか? 安倍政権の路線を踏襲した、「新型コロナウイルスの感染拡大防止と社会経済活動の両立を図る」方針については、「まあそうだろうなあ」と、とくに意外性はありません。では何か。第1に予想できるのは、「地方、都市部含めて、公立・公的病院の再編・統合が今まで以上に強硬かつ急速に進められるのではないか」ということです。なぜならば、菅氏こそが、今、全国各地で進められようとしている公立・公的病院改革の大元とも言える存在だからです。厚労省は昨年9月、急性期病床を持つ公立・公的病院のがん、心疾患などの診療実績を分析。全国と比較してとくに実績が少ないなどの424病院(2020年1月に約440病院に修正)のリストを公表し、全国の病院経営者や自治体の首長に大きな衝撃を与えました。この時、リスト公表とともに、急性期病床の規模縮小やリハビリ病床などへの転換などを含む地域の病院の再編・統合を各地で議論を行うことを要請し、今年9月までに結論を出すよう定めていました。「公立病院改革ガイドライン」を仕切った菅総務大臣このリストラリスト公表に至るきっかけとなったのが、2015年3月に出た「新公立病院改革ガイドライン」(平成27年3月31日 総財準第59号 総務省自治財政局長通知)です。「新」となっているのは、「旧」があるからです。最初の「公立病院改革ガイドライン」(平成19年12月24日 総財経第134号 総務省自治財政局長通知)が出されたのは2007年12月のことでした。2007年の旧ガイドラインは、2007年5月に開かれた経済財政諮問会議で菅総務大臣(第一次安倍内閣で初入閣)が公立病院改革に取り組むことを表明したことをきっかけに策定されました(12月の公表時は増田寛也総務大臣)。背景には医師不足や経営悪化にあえぐ公立病院がありました。なぜ、総務大臣が?と思われる方がいるかもしれませんが、公立病院は地方公共団体が経営する病院事業という位置づけであり、その管轄は厚生労働省ではなく、総務省の自治財政局準公営企業室だからです。「民間にできることは民間に」2007年の「旧ガイドライン」の大きなポイントは、公立病院の役割を「地域において提供されることが必要な医療のうち、採算性等の面から民間医療機関による提供が困難な医療を提供することにある」と定義、「民間にできることは民間に任せろ」としたことです。そのうえで「経営効率化」「再編・ネットワーク化」「経営形態見直し」の3つの柱を提示、病院を開設する地方公共団体に対して改革プランの策定を要請しました。この時は、「アメとムチ」とも言える政策も取られました。とくに、経営主体の統合や病床削減をするケースには、手厚い交付税措置が行われることになったため、苦境に陥っていた公立病院は、病院統合や病床削減を選択していきました。続く2015年の「新ガイドライン」では「旧ガイドライン」によっても進まなかった公立病院改革を、前述の3つの柱を維持しつつ、厚生労働省が主導する「地域医療構想」と連携させながら進めていくために策定されました。菅氏(この時は官房長官)がよく強調する「省庁の垣根を超えた政策」ということもできます。この「新ガイドライン」では、地方公共団体に新たに新公立病院改革プランの策定を求めるとともに、病院の再編・統合に当たっての都道府県の役割・責任の強化も行われています。なお、公立病院の改革プランと地域医療構想調整会議の合意事項との間に齟齬が生じた場合は改革プランの方を修正すること、となっており、地域医療構想の実現が最優先課題とされています。地域医療構想調整会議が各地で進んでいく中、「公立病院だけでなく公的病院も対象に加えろ」という議論の流れとなり、2018年6月には「経済財政運営と改革の基本方針2018」において「公立・公的病院については、地域の民間病院では担うことのできない高度急性期・急性期医療や不採算部門、過疎地等の医療等に重点化するよう医療機能を見直し、これを達成するために再編・統合の議論を進める」と明記されました。そして、1年3ヵ月後の2019年9月に424病院のリスト公表に至ったわけです。ちなみに公的病院とは、日赤・済生会・厚生連が開設する病院や、独立行政法人国立病院機構、独立行政法人地域医療機能推進機構などの公的法人が開設する病院などのことです。再編・統合についての報告期限は延期にところで、厚生労働省は8月31日、「具体的対応方針の再検証等の期限について」と題する医政局長通知(医政発0831第3号)を各都道府県知事に発出、今年9月末までに結論を出すよう定めていた全国約440の公立・公的病院を対象とする再編・統合について、都道府県から国への報告期限を今年10月以降に延期することを通知しました。新型コロナウイルス感染症の影響で議論が進んでいないことや、7月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020」に「感染症への対応の視点も含めて、質が高く効率的で持続可能な医療提供体制の整備を進めるため、可能な限り早期に工程の具体化を図る」と、今後の再編・統合を考えるうえで「感染症への対応」を盛り込むことが明記されたことなどが理由と見られます。徹底的に効率化してなんとか生きながらえさせるこうした延期で、ひとまずほっとした病院や自治体も多いと思いますが、新しい総理大臣からどのような指示が飛ぶかが注目されます。菅氏は9月2日、異次元金融緩和に関して聞かれた際に「地方の銀行は将来的に多すぎる。再編も1つの選択肢になる」と語り、9月5日の日本経済新聞のインタビューに対しては、中小企業について「足腰を強くしないと立ちゆかなくなってしまう。中小の再編を必要であればできるような形にしたい」とこちらも統合・再編を促進する考えを述べています。これらは、公立・公的病院改革と全く同じロジックだと言えます。こう見てくると、菅氏が出馬会見で語った「地方を大切にしたいという気持ち」とは、「地方を今までのままで大切にしていく」ことではなく、地方のあらゆるリソースを「徹底的に効率化してなんとか生きながらえさせる」ことだということがわかります。病院経営者や自治体の首長も、そのことはしっかりと頭に入れておいた方がよさそうです。新政権が第2に進めるであろうことですが、今回は長くなり過ぎましたので、来週にもう少し考えてみたいと思います(この項続く)。

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第22回 急転直下の安倍首相辞任-振り返れば“異変”はアノ時からだった

先週の本コラムで、私の脳内で展開する『世界びっくり人間コンテスト』の対象者の一人として取り上げた安倍首相が、コラム公開前日の8月27日夕刻から始まった記者会見で突如辞任を表明した。会見では持病の潰瘍性大腸炎の悪化がその理由だと説明された。私も一応職歴26年のニュース屋の端くれであり、この会見が決まった後に首相が何を話すつもりなのか、ちょこちょこ探りは入れていた。しかし、この日の午前中まで“辞任”の“じ”の字すら聞こえてこない状況。そこから急転直下の「辞任表明の見込み」の一報が流れ、まさに青天の霹靂だった。そしてこうしたニュースというのは、発表後に「実はあの時は…」と振り返ることができる事象があることも少なくない。「異変」は7月中旬から始まった既に約1年半にわたって原則毎日運動する習慣を取り入れていた私は、午後5時から始まった安倍首相の会見を所属しているスポーツジムのトレッドミル(いわゆるランニングマシン)に一体化されたテレビのディスプレイにイヤホンを差し込み、走りながら聞いていた。午後5時の会見開始2分前からトレッドミルで走り出し、9分くらいになる時だった。安倍首相が自身の健康問題に触れ始めた。その中で安倍首相が言った次の言葉に私はハッとした。「先月中頃から体調に異変が生じ、体力をかなり消耗する状況となりました」ここでいう先月中旬とは7月中旬である。この頃、今考えれば不思議なことが起きていた。というのもこの時期に旧知の大手新聞社の記者2人(それぞれ別々の会社)から「親族がかかったので潰瘍性大腸炎について教えて欲しい」と連絡があったのだ。当時は何も思わずに基礎的なことを話した。一般人は“難病”という言葉で“数の少ない病気”と先入観を持ってしまうようだが、国内の潰瘍性大腸炎患者は20万人超で、俗に3大がんといわれる胃がん、大腸がん、肺がんのそれぞれの年間新規診断者数よりも多い一般的な病気である。実際、私の周辺には、仕事に関係なく出会った6人と関連して出会った4人の合計10人の潰瘍性大腸炎患者がいる。ちなみに私が医療を取材するようになってから、この病気に関わった機会は結構多い。最初は1997年。ちょうど5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤の中で、初めて大腸のみで成分が放出されるよう設計されたメサラジン(商品名:ペンタサ)の発売から約1年が経過し、その臨床での評価を取材して回ったのである。その後も折に触れてこの病気を取材する機会は少なくなかった。そんなこんなで新聞記者からの問い合わせにも5-ASA製剤、ステロイド、免疫抑制薬、免疫調節薬、生物学的製剤の特徴や日常生活での注意点などはとくに何も見なくとも一通り話すことはできた。突飛すぎる週刊誌記者からの依頼ところがそれから10日以上経った7月下旬、私の携帯電話にやはり旧知の週刊誌記者から着信があった。あいにく私は電話を受けることができなかったが、当人からすぐに「メールをお送りします」とのSMSが届いた。たまたま、メールは確認できる状態だったため、メーラーを立ち上げておいたところ、それから約15分後に次のようなメールが届いた。「首相が持病の潰瘍性大腸炎が悪化し、9月にも退陣するという情報があるのですが、これに関連して、専門医に安倍首相の顔色や表情、皮膚の状態などから、病状を判断してもらおうかと考えています。そこでお願いですが、こうしたリクエストに応じてくれる医師をご存じないでしょうか。こちらも何人か当たっているのですが、なかなか応じてもらえません。心当たりがあれば、教えていただけませんでしょうか」旧知の記者なのに申し訳ないが、無茶苦茶な依頼である。そもそも潰瘍性大腸炎の診療経験値が極めて高い専門医でも、ぱっと見で重症度・病状が判断できるわけはない。私は次のように返信メールを書いた。「潰瘍性大腸炎は下痢や血便の頻度、血液検査、大腸内視鏡で病状を判断するものなので、ぱっと見で病状診断は無理です。見た目でこの病気の病状を診断するというのは、およそ星占いの1000倍以上当てにならない話です」また、潰瘍性大腸炎の専門医は国内に数百人程度で、大御所を中心にヒエラルキーが確立しているのは医療関係者なら周知のこと。その環境下でこの記者が要望するような非科学的コメントをする医師がいれば袋叩きにあってしまう。その旨も返信メールに記述し、協力は難しいと伝えた。そしてこの瞬間、私の記憶に蘇ってきたのは7月中旬の新聞記者からの問い合わせだ。一瞬、「もしかしてこのこと?」とは思ったものの、週刊誌記者からの依頼があまりにも突拍子もないものだったことの反動もあって、この時点では首相の体調悪化→辞任というシナリオもないだろうとの判断に傾いた。もっとも、やはり記者は自分が思うことでも一度は疑ってかかるもの。念のため、ある雑誌で長年政治取材をしている記者に8月上旬に連絡を取った。ちなみにこの頃、一部の週刊誌の誌面では「首相が官邸で吐血した」との情報が躍っていた。私が聞いた記者は次のように答えた。「あの吐血情報はどう考えても官邸から出てるんですよね。でももし事実ならば、絶対かん口令が敷かれるはずなんですが…」その後、2度にわたり安倍首相が慶應義塾大学病院を受診したことは報道されている通りである。まさかまさかの辞任表明そしてあの首相の辞任表明会見の前夜から、念のため何人かの記者や関係者に話を振ってみた。要は「辞任があるやなしや」という点である。皆一様に辞任を否定した。「いやいや、前回の政権投げ出し批判があるから、本人も周囲もことさら体調理由の辞任になることは絶対避けたいシナリオ。ここではないですよ」「結局、メディアがことさら騒いでいるだけで、会見も言ってしまえば『大山鳴動して鼠一匹』になりますよ」まあ、これで今回は何もないかと思った。28日午前にもある政治担当記者とやり取りすると、夕方の会見でも述べられた「指定感染症見直し」で厚生労働省と官邸側が話をつめているらしいとの情報のみで、やっぱり「今日はまず辞任はないと思います」との返事。実はかくいう私もそれらの情報を受け、原稿のやり取りをしている当コラムの担当編集者へのお昼直前のメールに次のように書いている。「本日の会見、今の時点でさすがに辞任はなさそうです」各種報道によると、安倍首相が辞意を明らかにしたのは、この日の閣議後に麻生副総理と2人で会談した場だったという。首相動静によれば午前11時過ぎ。それから2時間と経たずに空気は一変した。あとは冒頭に触れたとおりである。潰瘍性大腸炎と私の出会いちなみに首相の辞任表明会見後、7月中旬に私に電話をしてきた新聞社の記者に連絡を取ってみた。うち1人は「ノーコメ(ノーコメント)ということで…」とごまかし笑い。もう1人はいまだ電話を受けてくれていない(笑)。ちなみに私が初めてこの病気の患者と出会ったのは大学1年の時で、その患者は同級生である。彼とは実験などで同じ班だったが、時々、実験の最中に忽然と姿を消すことがあった。大学の実験はギリギリの人数でやっているので、そうそう姿を消してもらっては困る。姿を消した彼がひょっこり戻ってくると、同じ班のほかのメンバーが「おい、何してたんだよ」と詰める。彼はいつも苦笑いしながらぽつりと言った。「うん、ウンコ」そこで班内は爆笑になる。いつのまにか彼は陰で「ウンコ○○(○○は彼の名字)」と呼ばれるようになった。そんなある日、学食で私が一人で食事をしているとトレーを持った彼が「おう」と言いながら、向かいに座った。そして自らこう語り出した。「実はさ、しょっちゅうトイレ行くの病気なんだよね。潰瘍性大腸炎っていう」今のように医学の知識のなかった私はこう返した。「それって治るの」彼は私のほうも見ずにうどんをすすりながら言った。「いや、治らない」なんと返していいかわからなかった。彼はうどんを食べ終わると、私の前に大きなオレンジ色の錠剤を出して見せてくれた。「これが薬なんだ」当時は何もわからなかったが、今ならあれが初期の5-ASA製剤サラゾピリンだとわかる。男女問わず、尿や汗をオレンジ色にしてしまい、男性では精液にまで色を付けてしまうあの薬だ。そして今ならわかる。彼が堂々と笑いながら「ウンコ」と口にしたのは彼が身につけた防衛策だろうと。首相辞任会見を難病周知のきっかけに先週の安倍首相の辞任会見以来、この記事を執筆している今現在までに各紙・各週刊誌の記者とやり取りする中で、必ず話題になるのが首相の病気である潰瘍性大腸炎のことだ。そして20万人もの患者がいながら、案外この病気のことは知られていないことに驚く。ちなみにこの間、両手指を超える記者と話して、知り合いにこの病気の患者がいると答えたのは1人のみ。だが、そんなはずはない思う。身の回りで大腸がん、肺がん、胃がんの患者の話を聞いたことがない成人はいないと思う。潰瘍性大腸炎の患者はそうしたがんの患者よりも多いのだ。結局のところ排泄のことも関係するために多くの患者は周囲に言えないだけなのだろうと思う。その意味で私が仕事とは直接関係なく出会った潰瘍性大腸炎の患者の一部からはこういわれたことがある。「医療に詳しいみたいだから言っても問題ないかなと思って」そうした彼らの期待に今の自分が応えられているかと問われれば私も自信はない。だが、日本の国家元首自らのカミングアウトは、アンサングな患者たちのことに今一度思いをはせる良い機会ではないだろうか。もっともこの職業ゆえの余計な一言かもしれないが、安倍首相の政治的成果に対する評価は別途厳格に行わなければならないし、そこでは基本、鞭を打つ姿勢で臨むべきであり、手を緩める必要はまったくないと思っている。

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イエスマン(前編)【どうすればポジティブになれるの?でも、そのデメリットは?】Part 2

ポジティブになるデメリットは?ポジティブになるメリットは、チャンスが増える、好かれる、人生を楽しむということが分かりました。つまり、ポジティブさとは、快感を主とした好ましい心理です。このポジティブさに価値を置く代表的な文化は、この映画の舞台にもなっているアメリカです。なお、アメリカ人がポジティブである遺伝的、文化的な理由として、彼らのルーツがあげられます。アメリカ人は、かつてヨーロッパからフロンティア精神で新大陸にやってきた人たちです。その後の移民政策によって、チャンスをつかもうとする冒険心を持ったポジティブな人がさらに増えたでしょう。また、結果的に、多民族・多文化の社会になったため、交渉や妥協などのコミュニケーションを積極的にするポジティブな人も増えたでしょう。ポジティブになることは、メリットばかりであると思われがちです。しかし、そのメリットは、状況(環境)が変われば、常にその裏返しのデメリットにもなりえます。ここから、カールの変化を通して、そしてアメリカ文化の負の部分に触れながら、ポジティブになることのデメリットを3つ挙げてみましょう。(1)見込みが甘くなるカールの融資のビジネスは、結果的にうまく行き、チャンスを広げました。しかし、実際に、アメリカのかつてのリーマンショックの原因は、リーマンブラザーズの社長が投資のリスクを過小評価したからだと言われています。皮肉にも、リーマンショックは、この映画のアメリカでの公開中に起りました。また、カールは、飲み会でおごりまくっており、明らかな浪費が推測できます。楽器演奏、乗り物操縦、語学にかかる経費もかさむでしょう。レッドブル(カフェイン)の乱用も描かれています。1つ目は、見込みが甘くなることです(リスクへの鈍感さ)。これは、チャンスが増えることの裏返しです。そして、だまされるリスクを高めます。この心理は、精神医学的に言えば、肥満、浪費(保険未加入も含めて)、ギャンブル(投資も含めて)、アルコール、ドラッグなどの依存症の根っことなる否認の心理に通じます。これは、アメリカ人の多くが肥満や浪費の問題を抱えていることにつながるでしょう。(2)お調子者になるカールは、イエスと言い続けて、人生を楽しんでいます。しかし、何でもイエスと言っていることをアリソンにバレてしまい、信用を失ってしまいます。職場では、言われるままにふざけすぎて、上司に引かれています。パーティで声をかけた女性に、いきなりキスをしてしまい、その彼氏と決闘するはめにもなっています。また、カールは、アリソンと一緒によくボランティアをしています。しかし、実際に、アメリカでは、ボランティアが盛んであるのに対して、助け合いが社会的な制度として成り立っていません。先進国なのに、医療保険は民間だけで、国民の一定数が医療保険に未加入であるのは世界的にかなり珍しいです。これは、不平等をあまり気にしない、あくまで自分の意思で助けたいという個人主義とあいまって、家族などの身近な人以外については、お互いあまり信用していないことが根底にあるでしょう。さらに、不倫も珍しいことではなく、婚姻率も離婚率も高いです。2つ目は、お調子者になることです(対人関係への鈍感さ)。これは、気に入られることの裏返しです。よくよく考えれば、ポジティブすぎるのは、短期的には気に入られますが、長期的にはお調子者で信用できないと思われるリスクを高めます。まさにゴマすりをする本来の意味の「イエスマン」です。この心理は、精神医学的に言えば、演技性パーソナリティに通じます。これは、アメリカ人の多くが日本人から見るとオーバージェスチャーであることにつながるでしょう。(3)雑になるカールは、イエスと言い続けて人生を楽しむ流れで、アリソンとデートをしつつ、「イラン人花嫁ドットコム」のお見合い相手ともデートしています。そして、そのイラン人女性に、アリソンの話ばかりをしてしまいます。また、イラン人女性は英語が堪能ではないと勘違いしてしまい、「もともとタイプじゃなかったし」とうっかり口走ってしまいます。彼は、細かいことを気にしなくなっています。実際に、アメリカ英語に“easy going”という言い回しがあるように、アメリカ人は、良く言えば大らかです。「アメリカ料理」と言えば、ファーストフードやジャンクフードの部類で、大味なものばかりです。ホテルのサービスは、必要最低限で合理的です。3つ目は、雑になることです(不完全への鈍感さ)。これは、人生を楽しむことの裏返しです。この心理は、精神医学的に言えば、ADHDの不注意症状に通じます。これは、アメリカ人のADHDの発症率が国際的に高いことにつながるでしょう。ネガティブになるメリットは?先ほど、ネガティブになるデメリットは、動けなくなる、嫌われる、退屈になるということが分かりました。ネガティブさとは、不安を主とした好ましくない心理です。ネガティブになることは、デメリットばかりであると思われがちです。しかし、そのデメリットは、状況(環境)が変われば、常にその裏返しのメリットにもなりえます。このネガティブさに価値を置く代表的な文化は、やはり日本です。その遺伝的、文化的な理由の詳細については、末尾の関連記事をご参照ください。ここから、日本文化に触れながら、ネガティブになることのメリットを3つ挙げてみましょう。 (1)用心深くなる日本では、ウチ・ソトの文化により、見知らぬ人、つまりソトの人には無愛想で、すぐに心を開きません。また、もともとマスクの着用や手洗いの文化が根付いています。1つ目は、用心深くなることです(リスクへの敏感さ)。これは、だまされるリスクや感染症にかかるリスクを減らします。太古の昔から、常に食うか食われるかの死と隣り合わせの極限状況では、リスクに敏感な種が生き残ったでしょう。また、先ほどの原始の時代に生まれた助け合いには、常に裏切りのリスクが潜んでいます。たとえば、せっかく協力して得た食料を独り占めして姿を消す裏切り者です(フリーライダー)。原始の時代には、この1人がいるだけで集団の死につながります。なお、日本人の用心深さは、日本の国土が、歴史的に、資源が少なく自然災害が多いこととの関係が指摘されています。(2)控えめになる日本人は、つらい表情で「今日は暑い(寒い)ですねえ」と言い合うネガティブな共感を好みます。「愚妻」「愚息」「つまらないもの」「粗品」という言い回しがあるように、へり下ることに重きを置きます。また、褒められた時は、「そんなことないです」と神妙にいったん否定することが慣習になっています。感謝する時は、素直に「ありがとうございます」とは言わず、「(お手を煩わせて)すいません」と謝罪します。さらに、自粛などの集団の暗黙のルールには、陰で不平不満を言いつつも従う人が多いです。これは、本音と建て前の文化でもあります。2つ目は、控えめになることです(対人関係にへの敏感)さ。これは、自分を抑えて、相手を立てて、お上(政権)や世間の言うこと(主流秩序)に従うことで、出しゃばらない、調子に乗らないというメッセージを表向きに伝えることができます。もちろん、本音は別です。逆に、出しゃばる、調子に乗っている相手には、嫌悪感を抱き、陰口(バッシング)のターゲットにします。このように、ウチの中では、横並び意識が強く、不公平に敏感です。先ほどの原始の時代に生まれた助け合いとして、たとえば協力して男性たちが狩りをする時や女性たちがママ友グループをつくる時は、新入りは大人しく神妙にしていたほうが、印象が良く仲間として早くに認められるでしょう。なお、日本人の控えめさは、日本の国土が、島国で閉じていて狭いこととの関係が指摘されています。それだけ、隣近所に気を遣う必要があるからです。また、日本人は、人類が生まれたアフリカから最も遠くまで行くためにつながりを重視した人種の1つだからであることも考えられます。ちなみに、中国人のメンツの文化は、周りを気にする点で日本人と似ています。しかし、中国人は、あくまで自分がどう思うかという自分本位であるのに対して、日本人は相手がどう思うかという相手本位(世間本位)であるという点で違います。(3)丁寧になる日本製の車や家電製品は、燃費が良く壊れにくいと国際的に定評があります。職人の技術の緻密さは、世界的にも評価が高いです。また、日本人は、きれい好きで、細かい点に注意や気配りをする「おもてなし」の精神があります。3つ目は、丁寧になることです(不完全への敏感さ)。これは、ものづくりやサービスにおいて、ダメ出しを繰り返し、完璧さや形式美を発揮することができます。先ほどの原始の時代に生まれた助け合いの中、たとえば、男性が狩りのための石器をより良いものにしたり、女性が隣近所への気配りをより良いものにしていたほうが、部族内での評判も良いでしょう。なお、日本人の丁寧さは、日本人の主食が米であることとの関係が指摘されています。一方、世界的な主食は麦です。麦作と違って、米作は協力するプロセスが多かったため、丁寧さが遺伝的にも文化的にも求められたからです。ちなみに、日本人の主食が麦ではなく米である理由は、日本の国土が狭いことと関係があります。1年おきに休ませる必要がある麦畑に対して、水田は、毎年使えて生産性が高いため、狭い国土に選ばれたのでした。 << 前のページへ■関連記事苦情殺到!桃太郎(後編)【なんでバッシングするの?どうすれば?(正義中毒)】Part 1

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第21回 大統領選のダシにされたCOVID-19血漿療法、日本でも似たようなことが!?

まだ、治療薬もワクチンも決定打がない新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。そんな最中、米国食品医薬品局(FDA)は8月23日、COVID-19から回復した患者の新型コロナウイルスの中和抗体を含む血漿を用いた回復期血漿療法に対し、緊急使用許可を発行した。FDAによる緊急使用許可は抗ウイルス薬レムデシビルに次いで2例目だ。この緊急時使用許可の直後の会見でドナルド・トランプ米大統領は「信じられないほどの成功率」「死亡率を35%低下させることが証明されている」「この恐ろしい病気と戦う非常に効果的な方法であるとわかった」などと絶賛。同席したFDAのステファン・ハーン長官もこの死亡率35%低下を強調。しかし、この死亡率低下の根拠データが不明確との批判を受け、ハーン長官自身が謝罪に追い込まれる事態となった。さてこの1件、そもそも発端となっているのはメイヨークリニック、ミシガン州立大学、ワシントン大学セントルイス医学大学院が主導する「National COVID-19 Convalescent Plasma Expanded Access Program」により行われた臨床研究である。この結果は今のところプレプリントで入手可能である。そもそもこの試験は単群のオープンラベルという設定である。ここで明らかになっている主な結果を箇条書きすると以下のようになる。診断7日後の死亡率は、診断3日以内の治療開始群で8.7%、診断4日目以降の治療開始群で11.9% (p<0.001)。診断30日後の死亡率は、診断3日以内の治療開始群で21.6%、診断4日目以降の治療開始群で26.7% (p<0.0001)。診断7日後の死亡率は、IgG高力価 (>18.45 S/Co)血漿投与群で8.9%、IgG中力価(4.62~18.45 S/Co)血漿投与群で11.6%、IgG低力価 (<4.62 S/Co) 血漿投与群で13.7%と、高力価投与群と低力価投与群で有意差を認めた(p=0.048)。低力価血漿投与群に対する高力価血漿投与群の相対リスク比は診断7日後の死亡率で0.65 、診断30日後の死亡率で0.77 だった。これらを総合すると、トランプ大統領が言うところの死亡率35%低下は、最後の診断7日後の高力価血漿投与群での相対リスク比を指していると思われる。もっとも最初に触れたようにこの臨床研究は単群のオープンラベルであって、対照群すらない中では確たることは言えない。その点ではトランプ大統領もハーン長官も明らかなミスリードをしている。そして各社の報道では、11月に予定されている米大統領選での再選を意識しているトランプ大統領による実績稼ぎの勇み足発言との観測が少なくない。とはいえ、COVID-19により全世界的に社会活動が停滞している現在、治療薬・ワクチンの登場に対する期待は高まる中で、今回の一件は軽率の一言で片づけて良いレベルとは言えないだろう。そして少なくともトランプ大統領周辺では大統領への適切なブレーキ機能が存在していないことを意味している。大統領選のダシにされた血漿療法、日本は他人ごと?もっとも日本国内もこの件を対岸の酔っぱらいの躓きとして指をさして笑えるほどの状況にはない。5月には安倍 晋三首相自身が、COVID-19に対する臨床研究が進行中だった新型インフルエンザ治療薬ファビピラビル(商品名:アビガン)について、その結果も明らかになっていない段階で、「既に3,000例近い投与が行われ、臨床試験が着実に進んでいます。こうしたデータも踏まえながら、有効性が確認されれば、医師の処方の下、使えるよう薬事承認をしていきたい。今月(5月)中の承認を目指したいと考えています」と前のめりな発言をし、後のこの試験でアビガンの有効性を示せない結果になったことは記憶に新しい。もっと最近の事例で言えば、大阪府の吉村 洋文知事が8月4日、新型コロナウイルス陽性の軽症患者41例に対し、ポビドンヨードを含むうがい薬で1日4回のうがいを実施したところ、唾液中のウイルスの陽性頻度が低下したとする大阪府立病院機構・大阪はびきの医療センターによる研究結果を発表。これがきっかけで各地のドラッグストアの店頭からポビドンヨードを含むうがい薬が一斉に底をついた。これについては過去にこの結果とは相反する臨床研究などがあったことに加え、医療現場にも混乱が及んだことから批判が殺到。吉村知事自身が「予防効果があるということは一切ないし、そういうことも言ってない」と釈明するに至っている。もっとも吉村知事はその後も「感染拡大の一つの武器になる、という強い思いを持っています」とやや負け惜しみ的な発言を続けている。ちなみに今年2月から始動し、7月3日付で廃止された政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の関係者は以前、私にこんなことを言っていたことがある。「吉村大阪府知事や鈴木北海道知事など新型コロナ対策で目立っている若手地方首長に対する総理の嫉妬は相当なもの。会議内で少しでもこうした地方首長を評価するかのような発言が出ると、途端に機嫌が悪くなる」今回の血漿療法やこれまでの経緯を鑑みると、新型コロナウイルス対策をめぐる政治家の「リーダーシップ」もどきの行動とは、所詮は自己顕示欲の一端、いわゆるスタンドプレーに過ぎないのかと改めて落胆する。新型コロナウイルス対策でがっかりな対応を見せた政治家は日米以外にもいる。もはや新型コロナウイルスが炙り出した「世界びっくり人間コンテスト」と割り切ってこの状況を楽しむ以外方法はないのかもしれない。

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コクラン共同計画のロゴマークからメタ解析を学ぶ【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第27回

第27回 コクラン共同計画のロゴマークからメタ解析を学ぶこの原稿を執筆している2020年7月末には、新型コロナウイルスへの感染者数が再び増加しています。パンデミック収束の気配はありません。数多くの、抗ウイルス薬やワクチンの開発の報道はありますが、決定的な方策はない状況です。どの薬剤にも、有効という臨床試験の結果もあれば、無効という結果もあるからです。同じ臨床上の課題について、それぞれの試験によって結果が異なることは、医学の世界では珍しいことではありません。このような場合に有効な方法がメタ解析です。メタ解析は、複数のランダム化比較試験の結果を統合し分析することです。メタ解析の「メタ」を辞書的にいえば、他の語の上に付いて「超」・「高次」の意味を表す接頭語で、『より高いレベルの~』という意味を示すそうです。メタ解析の結果は、EBMにおいて最も質の高い根拠とされます。ランダム化比較試験を中心として、臨床試験をくまなく収集・評価し、メタ解析を用いて分析することを、システマティック・レビューといいます。このシステマティック・レビューを組織的に遂行し、データを提供してくれるのが、コクラン共同計画です。英語のまま「コクラン・コラボレーション」(Cochrane Collaboration)と呼ばれることも多いです。本部は、英国のオックスフォード大学にあり、日本を含む世界中100ヵ国以上にコクランセンターが設立されています。システマティック・レビューを行い、その結果を、医療関係者や医療政策決定者、さらには消費者である患者に届け、合理的な意思決定に役立てることを目的としている組織です。フォレスト・プロット図をデザイン化した、コクラン共同計画のロゴマークをご存じでしょうか。早産になりそうな妊婦にステロイド薬を投与することによって、新生児の呼吸不全死亡への予防効果を検討した、メタ解析の結果が示されています。数千人の未熟児の救命につながったと推定される、システマティック・レビューの成功例なのです。この図を、Cochrane Collaborationの2つの「C」で囲んだデザインが、コクラン共同計画のロゴです。フォレスト・プロットの図から、メタ解析の結果を視覚的に理解することができます。横線がいくつか並んでいますが、これは、過去の複数のランダム化比較試験の結果を上から順に記載したものです。1本の縦線で左右に区切られており、この線の左側は介入群が優れていることを意味します。すべての研究を統合した結果が一番下の「ひし形」に示されます。ロゴの図をみると、7つの臨床研究の結果を統合し、ひし形が縦線の左にあることから、ステロイド薬使用という介入が有効であるという結果が読み取れます。縦線が樹木の幹で、各々の研究をプロットした横線が枝葉で、全体として1本の樹木のようにみえることからフォレスト・プロットと呼ばれるのです。個々の試験では、サンプルサイズが小さく結論付けられない場合に、複数の試験の結果を統合することにより、検出力を高めエビデンスとしての信頼度を高めるのがメタ解析です。症例数が多いほど、結論に説得力があるのです。数は力なのです。多ければ良いというものではない場合もあります。それは、猫の数です。面倒みることができないほど多くの猫の数になる、いわゆる多頭飼育崩壊です。メタ解析ではなく、「メチャ飼い過ぎ」でしょうか、苦しいダジャレです。仲良く猫たちが、じゃれ合う姿は可愛らしいものですが、何事にも程合いがあります。小生は、ただ1匹の猫さまに愛情を集中しています。ここでわが家の愛猫が、原稿を執筆しているパソコンのキーボードの上に横たわりました。自分が猫のことを考えているのが伝わったのか、邪魔をしようという魂胆のようです。ウーン可愛い過ぎる! 原稿執筆終了です。

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第21回 ワクチン2題。あなたはワクチン打ちますか、打たせますか?

ワクチンは高齢者、医療従事者が優先の方向こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。相変わらず猛暑が続きます。私は2週間前に越後駒ヶ岳を登った時の日焼けが思いの外ひどく、しばらく皮膚がめくれた醜い腕をさらしていたのですが、やっと収まってきました。NHKニュースでも「たかが日焼け?~甘く見ないで対策を」と、重症の日焼けについて報道していましたが、よく言われる「日焼けは皮膚がんになる」は、日本人(黄色人種)の場合、当てはまるのでしょうか?日焼けクリームがなかった昔から、農家の人は夏には真っ黒になって仕事をしてきました。でも、農業従事者に皮膚がんが多い、とは聞きません。また、登山やサーフィンを趣味にする人に皮膚がんが多い、とも聞きません。とくに肌が白い人はともかく、普通の日本人の肌の色であれば日焼けクリームはそんなに塗らなくてもいいのでは、と毎年思うのですが、皆さん、いかがでしょう?さて、今週はワクチンの話題について書きたいと思います。連日、全国各地でクラスター発生の報道がある中、8月21日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が開かれ、東北大の押谷 仁教授から、「東京都、大阪府、愛知県のいずれも7月末がピークだったとみられる」と、再流行が収束に向かう兆しがある旨の発言がありました。もっとも、「東京都は高止まりの可能性があり、急激には下がることはない」とのこと。一方、感染拡大が続いている沖縄県については「不確実だが、少しずつ減っている可能性もある」と述べました。全体として、このまま行けば徐々に収束に向かうのでは、との期待を持たせる報告でした。また、この分科会では、新型コロナウイルス感染症のワクチンが開発された場合にどのような優先順位で接種するかについて「現時点での考え方」が公表され、新聞他各メディアもそれを大きく報じました。そこでは、重症化の可能性が高い高齢者や基礎疾患を有する人、直接診療に当たる医療従事者は優先的に接種する必要性が高いと指摘。一方で、妊婦や高齢者施設で働く人は検討課題とされました。今後、政府は優先的に接種する対象をどこまで広げるかなどについて分科会で議論してもらい、秋にもワクチン接種のあり方を定めた基本方針を策定する予定とのことです。「国民が期待していない事実が出てくるかもしれない」と尾身氏この「考え方」、安全性や有効性に不確実な面があることを指摘し、情報収集と国民への正確な発信の重要性を強調するなど、全体としてかなり冷静でドライな内容となっています。例えば、「特に留意すべきリスク」として、「現在開発が進められているワクチンでは、核酸やウイルスベクター等の極めて新規性の高い技術が用いられていることである。また、ワクチンによっては、抗体依存性増強(ADE)など重篤な副反応が発生することもありうる。ワクチンの接種にあたっては、特に安全性の監視を強化して接種を進める必要がある」と、新規性の高い技術のためリスクの見極めが難しい点や、ADEの危険性にも言及しています。さらに、「一般的に、呼吸器ウイルス感染症に対するワクチンで、感染予防効果を十分に有するものが実用化された例はなかった。従って、ベネフィットとして、重症化予防効果は期待されるが、発症予防効果や感染予防効果については今後の評価を待つ必要がある」と、ワクチンが開発されたとしても当面期待できるのは重症化予防効果だけである点にも触れています。その上で、「わが国では、ワクチンの効果と副反応の関係については、長い間、国民に理解を求める努力をしてきたが、副反応への懸念が諸外国に比べて強く、ワクチンがなかなか普及しなかった歴史がある。 従って、国民が納得できるような、十分な対話を行っていくべきである」と国民への情報提供や配慮の重要性にも触れています。分科会長の尾身 茂氏も、「国民が必ずしも期待していない事実が出てくるかもしれない。100%理想のものでなかったらがっかりするが、副作用があるのかないのか透明性を持って伝えることが私どもの仕事だ」と話したとのことです。「全員接種」を強制の可能性も政府は、これまでに米国ファイザー社と英国アストラゼネカ社からワクチンの供給を受けることで合意。開発に成功した場合、来年初頭からワクチンの一部が日本に供給される予定です。今回のワクチン接種の優先順位は、とりあえず開発が先行するこの2社のワクチンを想定してのものと考えられます。さて、優先順位の上位に医療従事者が入っていますが、読者の皆さんは打ちたいと思いますか?医療関係者からは「ワクチンを打って安心して働きたい」という声の一方で、「安全性が確立していない初物のワクチンなんて打ちたくない」という声も聞こえてきます。開発を担当する製薬企業の研究者ですら、「私はちょっと…」とお茶を濁す人もいると聞きます。仮に来年、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種がスタートし、医療従事者が優先となった場合、医療機関によって「スタッフ全員接種」か「希望者のみに接種」か、対応が異なってくると思われます。先の「考え方」には、「接種を優先すべき対象者がリスクとベネフィットを考慮した結果、接種を拒否する権利も十分に考慮する必要がある」と書かれてはいますが、「あそこの病院はワクチンを全員打っていないから危険だ!」といった、意味のない風評を嫌う病院経営者(公立病院の場合は首長)が、「全員接種」を強制する可能性も考えられます。「今回のワクチンはあくまで重症化予防であり、感染予防ではない」ことを、一般人のみならず、大阪府知事など医学に疎い自治体の首長にも事前にしっかりと啓発し、ワクチンの登場までにヘルスリテラシーをしっかり高めておいて欲しいと思います。9価HPVワクチンが定期接種検討へワクチンということでは、今週はもう一つ興味深いニュースがありました。厚生労働省の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会「ワクチン評価に関する小委員会」が8月18日、MSDの9価HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン「シルガード9 (組換え沈降9価ヒトパピローマウイルス様粒子ワクチン)」を、公費で接種できる定期接種に組み入れるかどうかの是非を今後検討することを了承したのです。同ワクチンは先月7月21日に製造販売が承認されたばかり。HPVワクチンは日本ではこれまで子宮頸がんになりやすいハイリスクな16型、18型への感染を防ぐ2価ワクチン(サーバリックス)と、その2つの型に加え尖圭コンジローマを起こす6型、11型も防ぐ4価ワクチン(ガーダシル)しか承認されていませんでした。シルガード9は上記に加え、やはりがんになりやすい31、33、45、52、58の5つの型も含めた9価ワクチンです。子宮頸がんの90%以上を防ぐとして先進国では主流(肛門のがんや性器イボも予防できるとして男性も接種対象)ですが、日本だけ承認が大幅に遅れていました。ちなみにMSDが製造販売の承認申請をしたのは2015年7月ですが、9価ワクチン承認に反対する団体の影響もあったのか、承認までになんと5年もかかっています。WHOからも叱られた「いい思い出がない」ワクチンHPVワクチンは日本のワクチン行政上、「いい思い出がない」ワクチンとも言えます。新型コロナウイルス感染症に関しての分科会の「考え方」で述べられた、「副反応への懸念が諸外国に比べ強く、ワクチンがなかなか普及しなかった歴史」とはHPVワクチンのことでもあるのです。2013年に予防接種法に基づき2価、4価ワクチンが定期接種化されたものの、接種後の副反応の疑い例が大々的に報道されました。その影響で自治体から接種対象者に接種時期を知らせたり、個別に接種を奨めたりするような積極的勧奨は中断したままです。現在の高校3年生以下の女子の接種率は1%未満という数字もあります。一方で、子宮頸がんの患者数は増加傾向にあり、毎年国内で約1万人の女性が子宮頸がんにかかり、約3000人が死亡しています。特に20~30代のAYA世代に多く、30歳代後半がピークとなっています。こうした状況下、WHOは2015年の声明で、若い女性が本来予防し得るHPV関連がんのリスクにさらされている日本の状況を危惧し、「安全で効果的なワクチンが使用されないことに繋がる現状の日本の政策は、真に有害な結果となり得る」と警告。日本産科婦人科学会も、「科学的見地に立ってHPVワクチン接種は必要」との立場で、HPVワクチン接種の積極的勧奨の再開を国に対して強く求める声明を繰り返し発表し、9価ワクチンについても早期承認と定期接種化を求めてきました。その定期接種化に向けての動きがやっと始まった、というわけです。既に世界で効果と安全性の評価が固まっているHPVワクチンと、これから評価待ちの新型コロナウイルスワクチン。ワクチンに対しセンシティブで過剰反応が過ぎると言われる日本人が、この2つのワクチンにこれからどのような“反応”をし、“判断”を下すのか、とても気になります。

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