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国立大学病院で不正請求が発覚こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。東京は先週末あたりから一気に涼しくなってきました。この連休、奥多摩の雲取山から、奥秩父の雁坂峠までテント山行で挑戦してみました。雲取山は10回以上登っていますが、その先、奥秩父までは未知のルートでした。山深く人が少ないのはよかったのですが、小雨の中の1日10時間を超える行軍には難儀しました。やはり登山は晴れの日に限りますね。さて、三重大医学部附属病院(三重県津市)は9月8日、同病院の医師が、実際には投与していない一部の薬剤を手術中に投与したかのように電子カルテを改ざんし、診療報酬を不正請求した事案が発覚した、と発表しました。改ざんが疑われるのは約2,200件で、不正請求額は2,800万円を超える見込みとのことです。この時の各紙報道によれば、不正は3月末に発覚。手術の際に心拍を安定させる「ランジオロール塩酸塩」が電子カルテ上は投与されたことになっていましたが、実際は投与されていなかったとのこと。三重大は外部委員でつくる第三者委員会を設置して調査を進めており、結果は近く公表すると報道各社に伝えました。度々世間を騒がせてきた“有名”医局9月8日のこの第1報を聞いて、医療関係者の多くは「???」と思ったのではないでしょうか。この時点の報道では、改ざんの「動機」がまったく見えてこなかったからです。民間の病院や診療所の経営者が診療報酬の不正請求をする動機は、単純に「お金」です。しかし、国立大学法人が経営する病院で不正請求をする意味がわかりません。報酬は医師の手元に直接入ってこないからです。いったいなんのための不正請求なのか。動機がまず最大のナゾでした。もう一つの「?」は「また三重大の麻酔科?」の「?」です。当初の各紙報道では、不正を起こしたのが臨床麻酔部の医師とは書かれていませんでした。ただ、手術の際に「ランジオロール塩酸塩(商品名:オノアクト)」を使用するのは一般的に麻酔科なので、医療関係者は麻酔科の事件と予想はできたようです。最終的に、三重大病院の麻酔科(正式名称は臨床麻酔部)で起こった事件と明らかになったのは、11日に開かれた三重大病院の記者会見後の新聞報道によってでした。実は、三重大病院臨床麻酔部は、これまでも度々世間を騒がせてきた“有名”医局です。三重大病院では、2000年代初めに麻酔科医の大量退職(教授以外)が問題となりました。その影響で、2004年に麻酔管理と臨床実習に業務を特化した臨床麻酔部がつくられました。2009年には大学医学部の講座(臨床麻酔学講座)も設けられましたが、2018年には同講座の助教が教授をパワハラで訴えた民事訴訟があり、大学に賠償命令が下されています。今回の事件で不正請求に関係した、とされる麻酔科医の1人は、パワハラ事件のときに准教授だった人物で、前教授が事件を機に退官した後に教授に選出されています。つまり、三重大病院臨床麻酔部(臨床麻酔学講座)は、2代続けて教授が事件を起こした医局、ということになるのです。調査結果の概要を公表三重大病院は11日記者会見を開き、第三者調査委員会による調査結果の一部を明らかしました。報道陣に配布された資料から、主要部分を抜き出してみます。1.本件の概要当院の医師が医療に関する記録を複数回にわたり改ざんし、実際には手術で投与されていない薬剤の費用が診療報酬として不正に請求されていました。改ざんされた疑いがある件数は症例数約2,200症例、これに対する不正が疑われる当該薬剤の請求総額は2,800万円超となっています。2.本件の経緯令和元年12月頃、当院の医師が、薬剤の使用履歴に虚偽の入力がなされていることがあると疑い、自身が担当した症例について手術直後の記録をプリントアウトして保管し、同症例の数日後の記録と比較すると、ランジオロール塩酸塩(以下、「当該薬剤」)の使用履歴が追加入力されている症例が複数あることが分かり、本年3月末に当院にその旨が報告されました。第三者調査委員会の調査の結果、当該薬剤を実際には手術中に投与していないにもかかわらず投与したような虚偽記載がなされ、診療報酬の不正請求が疑われる事案があることが判明しました。また、虚偽記載を行っていたのは当院のA医師であることが分かっています。3.本件の動機A医師の上司であるB医師は、当該薬剤の積極使用を勧めています。A医師としてはB医師の方針に基づいて当該薬剤の使用量を増加させたいものの、臨床の現場では思うように使用実績が上がらないという状況であったことがわかっており、このことがA医師の行為の背景にあると考えられます。また、B医師のA医師に対する当該方針の伝達や担当医らに対する指導方法にも不適切又は不十分な点があったものと考えられます。なお、A医師又はB医師と当該薬剤の製造会社との間の関係については、第三者調査委員会の報告においても不適切な関係があったとの認定はされておりません。4.ガバナンス等の問題点1)部内で不正が行われていることについては、当該部の管理者によって発見は可能な状況であったが、それを発見できておらず、部内のコミュニケーションや管理体制に問題がありました。2)手術に関係する複数の職種で定期的に行われているミーティングで不自然な点があることが指摘されているにもかかわらず、適切な周知や報告が行われていませんでした。3)院内にはより早期に不正に気付いた者もおりましたが、本学に設置されている内部通報窓口等を用いて大学に不正の報告がなされることがありませんでした。これらのことからして、部内のガバナンス及びコミュニケーションが不十分であり、また、当院におけるコンプライアンス教育や情報セキュリティに関する内部不正対策も不十分であったと考えられます。麻酔の担当医に「必要なら使うよう」依頼以上が報道陣に配布された資料の主要部分です。全体的に第三者委員会の調査の甘さが気になります。そして、これを読んでもまだいくつかの「?」が残ります。ちなみにA医師とは40代の准教授、B医師は先にも紹介した50代の臨床麻酔部の教授を指しています。各紙の報道等によると、准教授が実際に関わった手術は少なく、手術の前日に患者の術式をみて事前に薬剤を用意、当日の朝、麻酔の担当医に「必要なら使うよう」依頼していたとのことです。手術時に必要がなければ使わないので、その場合廃棄として登録されるべきところ、後日准教授が電子カルテを改ざん、使用履歴を追加入力していたわけです。使わなかった分は薬剤部には戻されず、何らかの方法で捨てられていたようです。ランジオロール塩酸塩は、麻酔中や手術中になんらかの原因で頻脈になったときに使われるβ1選択性の高いβブロッカーです。そのため、いつも使えるように準備しておくという考え方もできますし、極端な話、手術中の心血管イベント減少のために頻脈がなくても手術中にずっと点滴しておく、という考え方もできます(厳密にはこれも不正請求になりますが…)。ただ、薬価がとても高い(オノアクト点滴静注用50mgが 4,730円)ため、「易易とは使えない」という声も聞きます。准教授は、とにかくランジオロール塩酸塩が使われそうな手術には同薬を準備、運を天(他の麻酔科医の判断)に任せて、使用されなかった場合は使用したようにカルテ上見せかけていたわけです。「関わった手術は少なく」とされていますが、逆に関わった手術では要不要関係なく同薬剤を使っていたのではないでしょうか。それも大きな問題ですが、この点については11日の記者会見では言及されていません。なお、「ガバナンス等の問題点」でも指摘されているように、「手術に関係する複数の職種」、たとえば薬剤部では実際の薬剤の在庫とカルテの使用記録が一致しないことが早い段階からわかっていたようです(不一致をなくすために術後のカルテ改ざんを始めたと准教授は話しているとのことです)。しかし、医局員の内部通報があるまで、病院が調査に動くことはありませんでした。「教授の意向を汲んで」が本当に動機なのか?「教授の意向を汲んで、ランジオロール塩酸塩の使用量を増やしたかった」という動機についても疑問符が付きます。新聞報道等によれば、臨床麻酔部の教授が同病院に赴任してきた2016年ころから、学術研究を助成する「奨学給付金」が「オノアクト」の製造販売元、小野薬品から同病院に支払われるようになったとのことです。 仮に奨学給付金が薬剤売上と関連するものとするなら、薬価の高い「オノアクト」は売上を上げるために“使いやすい”薬だったとは言えるでしょう。 准教授は第三者委員会に対し「この薬を積極的に使うよう部内に周知していた教授の方針に従うことで、よく思われたかった」と話したとのことですが、一方の教授は「自分の指導で薬剤がたくさん使われているとは分かっていたが、廃棄されていたとは知らなかった」と不正への関与を否定しているとのことです。不正の背景に製薬会社の関与があったかどうかについては、大学病院は「不正な金銭の授受があったという事実は把握していない」としています。それにしても、医局(教授)の奨学給付金のために、すぐにバレそうな電子カルテの改ざんまで行うものでしょうか。それも、教授から「よくやった」と褒められるだけのために…。「次は君が教授だ」といったニンジンでもぶら下げられていたのかもしれません。いずれにせよ、三重大の第三者委員会が明らかにしていない、もっと別の裏事情がありそうな気もします。三重大臨床麻酔部、再び崩壊か?3月末に不正が発覚した後、教授と准教授の2人は4月7日から自宅待機となっているそうです。今回の調査結果を受け、2人の処分について大学の審査委員会で検討するとしています。カルテの改ざんは公電磁的記録不正作出などの疑いがあるため、准教授の刑事告訴も検討する、とのことです。今回の事件発覚は、同じ臨床麻酔部の医局員の告発によるものですが、医局内の派閥争いなども関係している、との噂も一部には流れているようです。この事件によって、三重大病院の臨床麻酔部は、再び機能停止に陥る恐れがあります。そういえば、このコラムの第2回(「全国の麻酔科教室が肝を冷やしただろう事件」)で旭川医大病院の元麻酔科教授の麻酔科医派遣に関するセコい不正事件について書きました。ひょっとしたら、手術を受ける患者や、地域医療のことをまったく考えない麻酔科医が各地で増えているのかもしれません。ある意味、それが一番のナゾと言えます。