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周囲をエンパワーメントできる医師になろう!【非専門医のための緩和ケアTips】第6回

第6回 周囲をエンパワーメントできる医師になろう!前回は緩和ケアを実践するうえで、看護師と協働することの重要性についてお話ししました。今回は、その続きともいえるご質問とその回答です。今日の質問緩和ケアへの取り組みに、看護師にもっと主体的に参加してもらいたいのですが、「自信がありません」と積極的ではありません。他の業務で忙しいのもあるようです。訪問診療も行っているので、重要な部分だと思っているのですが…。前回お話ししたように、緩和ケアの実践で中心的な役割を担う看護師。そのスキルを遺憾なく発揮してもらいたいものですが、今回の質問のように難しいと感じる方も多いようです。今回はその「難しさ」の背景にあるものと、乗り越えるための工夫を考えてみましょう。1)緩和ケアにおける看護の重要性を認識していない→共通認識をつくる緩和ケア部門のある基幹病院などでも、結構いらっしゃるんです。「緩和ケアを必要とする患者さんに、どのように関わればよいかわかりません」と言う看護師さん。いや、ダイレクトケアとしての看護をしっかり提供している時点で、緩和ケアを構成するいくつかのことは実践できていると思うんですけどね。こうした場合、医師は、医学的知識と看護ケア知識の両方を持つ看護師の職種としての強みや、ダイレクトケアを提供するうえで物理的・心理的に最も患者の近くに存在している意義を繰り返し伝え、共通認識を築くことから始めましょう。時間はかかるでしょうが、この基盤がないことには始まりません。2)「看護師として」緩和ケアの取り組みに悩んでいる→学びの機会をつくるこうした意見も看護師さんからよく聞くものです。職能を意識し過ぎて悩んでしまう、というケースですね。繰り返しになりますが、できている部分はきちんとあるはずなので、まずはそこを評価したいところです。こうした意見を出す人は緩和ケアへの関心や課題意識があるケースが多いので、学ぶ機会を持ってもらうとよいでしょう。同じエリアのがん拠点病院や基幹病院に、緩和ケアの認定看護師はいないでしょうか? 地域の医療提供者に教育を提供することも認定看護師の重要な役割なので、院内勉強会に講師として招くなど学びをシェアし、連絡を取り合える関係をつくれるとよいでしょう。医師はエンパワーメントを意識する最後に、ここが最も重要かもしれません。医師は、看護師と一緒に緩和ケアを実践するうえで、よい緩和ケアを提供した看護師をエンパワーメントしましょう! エンパワーメントとは「その人が持っている力を引き出す」といった意味合いで、対人支援などの分野でしばしば出てくる用語です。たとえば、患者さんのナラティブなエピソードを聞き出しカルテに記載してくれた看護師に、「上手に聞いてくれたね。おかげで助かったよ!」と明確に感謝を伝える、というのもエンパワーメントの良い例です。問診票に聞きたいことを組み込んで看護師に問診の重要な役割を任せる、ということもエンパワーメントでしょう。「仕事なんだからやって当たり前」という意識や態度の医師も多いのですが、一緒に働く人を勇気づけ、存分に力を発揮してもらうことも仕事の一部だと認識しましょう。そうしたほうが結局は自分の仕事もラクになり、患者さんによい緩和ケアを提供することができるのです。医師がエンパワーメントする力って結構強いので、意識して取り組んでみましょう。勤務医の方であれば、外来診療中に担当患者さんのケアをするのは看護師ですし、開業医でも在宅医療をしている方であれば、直接患者さんと接点を持てないときにケアを提供してくれる看護師の存在は心強いものです。限られた時間にどう学びを組み込むか、看護師の学びへのモチベーションをどう引き出し維持するか、など難しさはあるでしょうが、まずは毎日の診療で仲間をエンパワーメントする一言を掛けることから始めてはいかがでしょうか。今回のTips今回のTips緩和ケアの中心的存在、看護師をエンパワーメントすることから始めよう!

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アタマにやさしい冠動脈血行再建法は?(解説:今中和人氏)-1406

 心原性ショックなどの一部を除き、冠動脈血行再建法は長期成績に基づいて選択されるべき時代に入って久しい。医療者側は生命と心臓アウトカムを重視しがちな一方、当事者たちの最大の関心事の1つは認知機能低下である。患者さんの家族に「心臓を治してもらってからボケが進んじゃって…」という意味のことを言われて複雑な気持ちになった経験が、循環器系の医師なら誰しも一度や二度、いや、何度もあるのではないだろうか。 本論文は、2年ごとに米国の50歳以上の成人の健康状態を聞き取り調査する、Health and Retirement Study(HRS)という前向きプロジェクトに参加したメディケア加入者2万3,860例のうち、医療費支払い記録を基に65歳以上で冠血行再建を受けた患者1,680例(CABG 665例[うちオフポンプ168例]、PCI 1,015例。両方受けた患者は、初回の血行再建法で分類)を抽出し、治療前後にわたる記銘力の推移を検討している。諸因子を補正して両群とも約75歳、男性6割、白人85%強、糖尿病28%台、脳梗塞既往13%台で、治療前に平均2.3回、治療後に平均3.2回、合計5.5回の聞き取り調査を実施した。ただ実際は、CABG群もPCI群も14%強と、約7人に1人は血行再建後の評価が行われなかった(うち9割前後は死亡か辞退のため)。 記銘力評価には単語記憶テストを用い、72歳以上の一般HRS参加者の成績を基準にz値でスコア化した。この母集団の加齢に伴う記銘力低下は1SD相当の0.048memory unit/年以内(循環器領域では必ずしもなじみのない指標だが)とし、治療後については、その2倍を超える経年低下を高度、1~2倍の低下を軽度の記銘力障害の出現と定義し、定性的評価を追加した。また臨床的に認知症が疑われる状態を副次アウトカムとした。 記銘力低下のスコア評価は、PCI群は治療前0.064→治療後0.060memory unit/年の低下、CABG群は治療前0.049→治療後0.059memory unit/年の低下で、群間でも治療前後でも有意差がなかった。だがCABG群をオンポンプとオフポンプに分けてサブ解析すると、オンポンプの術前0.055→術後0.054memory unit/年に比し、オフポンプでは術前0.032→術後0.074memory unit/年とむしろ記銘力低下が顕著で、オフポンプ群の治療前後の変化はPCI群での変化と比べ、有意に近い悪化であった。 定性的評価では、高度記銘力障害の出現がCABG群6.4%、PCI群4.8%、軽度はCABG群20%、PCI群16%で、高度と軽度に分けると有意差がつかないが、合算するとCABG群に有意に多かった(p=0.03)。副次評価は治療後5年の時点でCABG群の10.5%、PCI群の9.6%が臨床的な認知症疑い状態と判断され、有意差はなかった。 要約すると、PCIでもCABGでも遠隔期の認知機能はほぼ同等だが、オフポンプCABG後は記銘力の低下が目立つ、というのが本論文の結論である。 かねてよりCABG術後に認知機能障害が多いとされてきたが、今回の研究でPCIと有意差がなかったことについて、両群とも記銘力スコアの低下が一般HRS参加者より顕著だったことも含め、著者らは血行再建を要するほどの冠動脈疾患を持つ、この母集団の特性による帰結であろうと論じており、首肯できる考察だと思われる。一方、オフポンプCABGの結果が悪かったことについては、文献的に(今回の調査対象ではなく)オフポンプCABGでは不完全血行再建症例が多いせいではないかと推論しているが、こちらは異論があるであろう。オフポンプCABGのメリットが想像以上に乏しいことが明らかになるなか、周術期脳血管障害だけは、ほぼすべての臨床研究でオフポンプのほうが少ないし、PCIとCABGを比較したほぼすべての臨床研究でも、PCIは早期脳血管障害が少ない。これらは遠隔期の認知機能に大きな影響があるはずで、本論文の結論と整合しない。 本論文のピットフォールの可能性として、本論文の記銘力評価には治療後も調査に参加している必要があるが、主に死亡と辞退のため7人に1人で治療後調査が行われていない。早期脳血管障害と、それに準じる状態の患者さんがこの脱落群に高率に含まれ、CABG群やオフポンプ群の評価が修飾された、つまり、まずまずの経過だった方だけが評価対象となり、気の毒な転帰をたどった方が除外された可能性があると思われる(このバイアスをうまく回避できる方法を提案できないが)。 「アタマにやさしい冠動脈血行再建法」は循環器診療の一大テーマである。本論文の結論に若干の違和感はありつつも、長期的な認知機能という観点から特定の血行再建法を勧めるほどの大差はない、とはいえそうである。

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第63回 尾身会長の専門家のプライド滲む具体的な指摘vs.模範解答も無視の菅政権

新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき4月25日から東京都に出されていた緊急事態宣言が今週月曜日から約2ヵ月ぶりに解除され、「まん延防止等重点措置(まん防)」へと移行した。東京都で焦点となっていた飲食店の営業形態については、措置区域内(檜原村、奥多摩町を除く)で5~20時までの時間短縮営業を要請し、酒類の提供は来店者が同一グループで2人以内、最大滞在時間90分を条件に19時まで認めることになった。実効性はもちろん、なんとも分かりにくい。医療の世界で言うところの、なるべく取ってほしくない高点数の診療報酬の算定に当たって、あれこれと条件を付けるのと似ていなくもない。緊急事態宣言最終日の6月20日の日曜日。東京は午前中には雨がぱらつき、昼以降は曇り空、その割に気温は高いという何ともはっきりしない天気。仕事の合間(私は年中ほぼ無休、というか無窮とも言えるかもしれない)に昼食を取りに出かけた最寄り駅の繁華街周辺は、長らく休業が続いていた飲食店のシャッターが開けられ、店内では翌日以降の開店準備のためか、清掃をしている様子があちこちで見受けられた。久しぶりに活気があったことは私自身もやや嬉しくもあったが、同時に素直に喜びきれない複雑な思いも抱えていた。というのも6月12日に約1ヵ月ぶりに感染者報告数が前週同一曜日を上回り、6月17日からも同様の現象が3日間続いていたからだ。20日も夕方の時点でやはり前週日曜日よりも感染者報告数が上回ったことが明らかになった。そして、まん防移行後、本稿執筆時点までひたすら前週同一曜日を上回る現象が続きっぱなしだ。潜伏期間を考慮すれば、やはりヒトの我慢の限界は1ヵ月程度なのかもしれない。宣言開始直前の本連載での言葉を用いれば、私たちは赤点だったことになる。だが、今回それ以上に赤点だったと思える存在は政治である。そもそも4月25日から3回目となる緊急事態宣言を東京都、大阪府、京都府、兵庫県の4都府県を対象に発出した際の期限は5月11日。潜伏期間などを考えれば、5月11日というのは宣言の効果が見え始めるか否かの段階に過ぎず、端から宣言解除は期待できない期限だった。それでも政治がこの期限を設定したのは、3回目の緊急事態宣言に伴う国民の宣言疲れへの配慮や経済を必要以上に横目で眺めた結果だったのだろうと推測できる。そして1回目の宣言延長時、実は政治には赤点回避の模範解答が示されていた。緊急事態宣言の対象地域に4都府県に加え、愛知県、福岡県を追加し、期限も5月31日まで延長することを決定した5月7日の首相官邸での記者会見でのことだ。会見冒頭の質問で東京新聞の記者から宣言解除の基準を問われた際に菅 義偉首相は「基本的対処方針、ここにも書かれていますように、ステージ4、ここを脱却することが目安となりますが、具体的には専門家や自治体の意見も聴きながら総合的に判断していきたい、このように考えております」と、いつものようにややボヤっとした基準を示したのに対し、もはや同席が慣例となった新型インフルエンザ等対策閣僚会議新型インフルエンザ等対策有識者会議会長兼新型コロナウイルス感染症対策分科会長の尾身 茂氏はかなり具体的な形での指摘を行っている。以下に引用したい。「ステージ3に入って、しかもステージ2のほうに安定的な下降傾向が認められるということが非常に重要。それからもう一つは、感染者の数も重要ですけれども、解除に当たっては医療状況のひっ迫というものが改善されているということが重要だと思います。それから、今回は明らかに変異株の影響というのが前回に比べて極めて重要な要素になっていますので、今回は、いずれ解除するときには、今まで以上に慎重にやる必要があると思います。それから最後の点、申し上げたいことは、これは多くの専門家はなるべく下げたいという、なるべく数が少ないほうが良いということでいろいろな数が出ていますけれども、そうなることが理想ですが、必ずしもかなり下がるというところまでいかない可能性も、これはある。その場合は、いわゆる下げ止まりという状況があります。これがあり得る。そのときに、下げ止まったからすぐに解除するということをすると必ずリバウンドが来ますので、ここは何週間ということはなかなか難しいですけれども、必要な対策を続けながら、普通、われわれ感染症の専門家の常識を考えると、下げ止まっても、大まかな目安ですけれども、2~3週間はぐっと我慢するということが次の大きなリバウンドになるまでの時間稼ぎをできるということで、そういうことが必要だと思います。」私はスポーツジムのトレッドミルを走りながら、目の前のディスプレイであの会見をリアルタイムで聞いていたのだが、上記の中でも太字にした部分について「かなり踏み込んだ」と個人的には感じていた。私の勝手な推測だが、尾身氏のこの発言には2回目の緊急事態宣言の苦渋の解除が頭にあったのだろうと思っている。改めて記すと、2回目の緊急事態宣言は1月8日から東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県に発出され、1月14日には栃木県、愛知県、岐阜県、京都府、大阪府、兵庫県、福岡県へと対象地域が拡大。最終的に首都圏の1都3県では3月21日まで宣言が維持された。この時の東京都では3月10日前後を境に前週同一曜日の感染者報告を上回り、200~300人台で感染者報告は下げ止まった。宣言期間が約2ヵ月半におよんだうえでの下げ止まりで、打つ手なしのやや投げやりな解除にも映った。実際、諮問委員会では反対意見を言った専門家は一人もいなかったこと、それに驚いたことを尾身氏自身が明らかにしている。「宣言解除、専門家の反対はゼロ 尾身会長も驚いた議論」(朝日新聞)こう書くと、「そういう尾身氏自身が反対しなかったのでは?」と野暮な突っ込みをする人が出てくるだろうが、あくまで専門家は助言・提言を行う立場であることを考えれば、おのずとできることに限界はある。ただ、その後まもなくリバウンドが起こり、現実に3回目の宣言発出になったからこそ、前述の会見での発言につながったのだろうと思う。専門家としての後悔も感じていたのではないかと思えるし、それ以上に政治の側に公の場で「くぎを刺す」意味もあったのだろう。だからこそ私はこの尾身氏の示した基準通りに政府側が動くか否かだけを注視していた。すでに答えは明らかで、模範解答は破り捨てられた。しかも、今回の東京都では、2回目の宣言解除直前よりやや多い300~400人台の感染者報告数で「まん防」に移行した。前回と違って一気に解除ではなく「まん防」に移行しているのだからましだと思えるかもしれないが、町の様子を見ていると多くの人は「移行」というよりは「解除」と捉えているのではないだろうか。現在、ようやく目標の1日100万回に達したワクチン接種。これを促進して力技で第5波への突入を阻止できるかは微妙だ。だが、もし第5波となってしまえば、今回はさすがに今まで以上に政府・政治家の責任は大きいと言わざるを得ない。と、そう思ったのだが、この政治は言ってしまえばわれわれの総意の結果、産み出されているものである。そうなるとやっぱり自分たちの赤点ぶりも相当のものと反省しなければならないとも思うのである。

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第63回 アデュカヌマブFDA承認、効こうが効くまいが医師はますます認知症を真剣に診なくなる(後編)

厚生労働省は年内にも承認の可否を判断こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。沖縄県を除く9都道県でやっと緊急事態宣言が解除されました。もっとも、店舗での酒類提供については若干緩められるものの、まだまだ厳しい制限が続きます。東京都の場合、「まん延防止等重点措置」に移行する21日以降は、1組2人以下や滞在90分以内などを条件に認められます。東京23区では午前11時~午後7時が提供可能時間ということです。居酒屋などの開店時間が早まり、「午後4時から飲み」が流行りそうですが、早晩、緊急事態宣言に逆戻りしそうな気もします…。さて、ロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平選手の、MLBオールスターゲームのホームランダービー出場が決定しました。オールスター戦前日、7月12日(現地時間)に行われるホームランダービーは賞金100万ドル、MLBのホームランバッターたちが真剣勝負で出場するイベントです。ただ、とてもハードな戦いで、かつてはこのダービーに出場して後半戦に調子を崩した選手もいるほどです。ケガだけには気をつけてほしいと思います。ところでこのホームランダービー、2年前は野球解説者の山下 大輔氏がレフトで解説中にホームランボールをキャッチし話題になりました。興味がある方はYouTubeで観てみてください。前回に引き続き、今回もアデュカヌマブについて、日本での承認の可能性と臨床現場への影響について考えてみたいと思います。前回も触れましたが、このアデュカヌマブ、日本国内でも2020年12月にバイオジェン・ジャパンが承認申請しています。申請した適応症は「アルツハイマー病」で、米国と同じです。厚生労働省は年内にも承認の可否を判断するとも報じられています。新聞やテレビの報道では、「早晩日本でも」という論調が多かった印象ですが、そうは簡単にはいかないと思われます。症状軽減に「効くか効かないかまだわからない」前回書いたように、アミロイドβの減少を根拠としたアデュカヌマブの「迅速承認」に対しては多くの疑義があり、かつ市販後の検証的試験(期限は2030年2月でまだ9年近くもあります)が求められています。第III相試験自体、認知機能低下抑制の効果に関するデータが統計的にもギリギリで、市販後の検証的試験において有用性を示すには対象患者のさらなる絞り込みが必要だろう、との専門家の指摘もあります。つまり、アミロイドβの減少効果はありそうだが、本丸である認知症の症状軽減については「効くか効かないかまだわからない」薬剤なのです。そんな薬剤を厚労省は果たして承認する(できる)のでしょうか。「条件付き早期承認」の対象は「重篤」な疾患日本にも米国の「迅速承認」と同じように「条件付き早期承認」の仕組みが医薬品医療機器等法で定められています。もっともこの条件付き承認には「患者数が少ないなどの理由で臨床第III相試験などの検証的臨床試験を行うことが難しい医薬品」で「適応疾患が重篤である」などの要件があります。「重篤」の意味としては、「生命に重大な影響がある疾患(致死的な疾患)」に加え、「病気の進行が不可逆的で、日常生活に著しい影響を及ぼす疾患」も入っています。ただ、アルツハイマー病は国内の患者数が数百万人規模と多く、疾患が「重篤」に当てはまるかどうかも微妙で、この仕組みを適用するかどうかはPMDAなど規制当局の判断次第です。適応をどうするかも大きな問題仮に承認されたとしても、課題は多く残されます。薬価(米国では年間約600万円)の設定もそうですが、それと関連して適応をどうするか、というのも大きな問題です。アデュカヌマブの臨床試験は軽度認知障害(MCI)と軽度認知症を対象に行われ、米国で承認された適応は「アルツハイマー病」です。「アルツハイマー型認知症」ではなく、アルツハイマー病となったということは、アルツハイマー病の診断基準(NINCDS-ADRDAの診断基準など/認知症の症状とアミロイドβなどのバイオマーカーの蓄積)をクリアすれば、症状がごく軽微の段階から重度まで広く治療の対象になり得る、ということです。仮に日本でも適応症が「アルツハイマー病」となった場合、いったいどの段階から薬剤の使用が認められるでしょうか。ちなみに日本の保険診療上、MCIは疾患ではなく、現状使用できる薬剤はありません(MCIはドネペジルも保険で使えません)。そうなると、MCIは除外して、アルツハイマー病ときちんと診断された人すべてに投与できるようにするのか、アルツハイマー病の中で適応範囲を(効くとされる軽症に)狭めるのか、気になるところです。おそらく、仮に承認されるにしても保険財政が逼迫している現状では、アルツハイマーと診断されたすべての人がアデュカヌマブを使用できるようにはしないでしょう。となると、脳内のアミロイドβの蓄積を測定してその値によって適応を決めるのが妥当な手法となりそうです。しかし、それでも実際には結構高いハードルがあります。現状、脳内のアミロイドβの蓄積の評価にはPET検査か髄液検査が必要とされていますが、高価であったり、あるいは侵襲性が高かったりするこれらの検査を「効くか効かないかまだわからない」薬剤を使用するために課すのでしょうか。そもそも数百万人規模にPET検査をしていては、それだけで保険財政が持ちません。ところで、シスメックスが血漿中のアミロイドβを測定する血液検査について、2021年度中の承認取得を目指しているとの報道もありました。シスメックスはエーザイと認知症領域に関する診断薬創出に向けた非独占的包括契約を結んでいます。ひょっとしたら、この新しい血液検査(PET検査よりも安価)とセットで、アデュカヌマブの承認が行われる可能性も考えられます。診断面ばかりに目が行き患者対応やケアは後回しの医師たちもう一つ危惧されるのは、現場の認知症診療やケアへの影響です。そもそも、日本の医師たちの多くは昔から認知症をきちんと診療しようとはしませんでした。1980年代、まだ老人性痴呆症と呼ばれていた頃、認知症は精神科領域の疾患であり、一般的な臨床医の関心外のことでした。その後、精神科病院への入院から、老人保健施設、グループホームなどの施設への入所が受け入れの中心となっていっても、最前線の現場では医師の介入はほとんど行われていませんでした。2004年、認知症と呼び名が変わり、患者対応やケアの仕方次第では問題行動が激減し、家族によるケアがスムーズになるケースが少なくないことがわかってきました。しかし、医師たちの多くはそうしたノウハウを学ぼうともせず、結果、家族に伝授することなく、漫然と認知症薬を投与、最終的にはグループホームなどを紹介し、お茶を濁してきました。アルツハイマー病の病態解明や薬剤開発が思うように進まなかったとはいえ、目の前の患者にできることをやってこなかった点は明らかに医師の怠慢と言えます。アデュカヌマブが承認されたとしても、医師たちは「どういう患者に使えるか」「アミロイドβの蓄積はどうか」といった診断面ばかりに目が行き、患者対応やケアはこれまで以上に後回しにされる危険性があります。「患者を診ず病気しか診ない」どころか、「患者を診ず検査値しか見ない」というわけです。6月9日、オンラインで行われたエーザイのメディア・投資家向け説明会で内藤 晴夫CEO(最高経営者)は認知症治療薬開発に対する思いを語りました。その中で、アルツハイマー病薬の価値について、「アルツハイマー病にかかる費用の特徴は、医療本体に関わるものより、介護による負担が大きい。これには、家族が介護をすることで就労の機会が減少することも含まれるし、介護には長期療養施設への入所なども含まれる。これらを複合的に評価することで、価値の全体像が見えてくる」と語ったそうです。アデュカヌマブは本当にそうした価値を創造できる薬剤なのでしょうか。逆に患者対応やケアをないがしろにする医師が増加し、グループホームなど認知症施設の需要がむしろ高まる可能性もあるのではと思いますが、どうでしょう。そう考えると、「承認はするが薬価基準を定めない」という究極の選択肢もあるかもしれません。薬価基準を定めないとは、つまり保険適用しない、ということです。現状、ED治療剤、男性型脱毛症治療剤など自由診療で用いられる薬剤がそれに当たります。そもそも認知症は疾患ではなく、脳の老化に過ぎないという立場に立てば、そうした対応もありかもしれません。ただ、日本の製薬メーカーも開発に当たった“世界初”の認知症治療薬に対して、日本政府がそうした“仕打ち”をするかどうか…。日本での承認の行方が気になります。

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「緩和ケアは学んでなくて…」という医師にお勧めのコツ【非専門医のための緩和ケアTips】第5回

第5回 「緩和ケアは学んでなくて…」という医師にお勧めのコツ今回も元気に緩和ケアの実践について考えていきましょう。時間が限られた中で緩和ケアを実践するために、最重要となるコツの1つである「看護師との連携」についてお話しします。今日の質問診療所で働く医師です。看取りが近い状況の患者さんとの対話に苦手意識があります。私の世代は、緩和ケアについてきちんと学んだ経験もありません…。どう取り組めばよいでしょうか?今回のご質問、ベテランの先生からよく頂く内容です。まだまだ緩和ケア領域の教育は十分ではないとはいえ、医師国家試験・看護師国家試験の中で緩和ケアや在宅医療の問題が出題される時代になりました。そうした経験がまったくない上の世代の方が、緩和ケア全般に苦手意識を抱いたり「このやり方で大丈夫なの?」と不安になったりするのは、ある意味、当たり前のことでしょう。ですが、このような質問をする先生方の多くは、長い臨床経験に裏付けされた患者さんとの関係性の構築や、コミュニケーションスタイルを確立されている方が多いように感じます。そうした土壌があれば、緩和ケアの実践は難しいことではありません。前置きしたうえで、読者の皆さんに質問です。「緩和ケアを実践するうえで、最もオールラウンダーな医療職は誰だと思いますか?」緊急性や重症度の高い場面に遭遇する急性期医療では、医師の判断とトップダウン的な指示系統が重要なことも多いでしょう。一方で、緩和ケアで大切なのは、患者さん、家族ごとの個別性の高いナラティブな対話や全人的ケアです。こうした場面において、診断と投薬といった医師の役割が万能なわけではありません。ご想像のとおり、こうした分野に職種としての強みがマッチするのは看護師です。看護師は、さまざまな医療職の中で、医学知識とケアや対人援助的なスキルが役割の基盤になっています。あらためて見ると、患者さんの生活状況についてやけに詳しく、医師以上に信頼されている看護師…、きっと皆さんの周りにもいることでしょう。前回お話しした、ナラティブなエピソードを引き出す役割ですが、看護師の方によっては無意識にしていることも。医師が緩和ケアに苦手意識があっても、こうした看護師とうまく協働することができれば、素晴らしい緩和ケアを提供できる可能性がグッと高まります。では、看護師と協働して提供する緩和ケアについて、具体例を挙げてみましょう。今後、療養などの話し合いが必要になる患者さんを提案してもらう外来の待ち時間の間に声掛けし、「病気以外の生活の気掛かり」についても相談できることを周知してもらう緩和ケアニーズのスクリーニングツール(「生活のしやすさに関する質問票」緩和ケア普及のための地域プロジェクト:OPTIM study[厚生労働科学研究 がん対策のための戦略研究])を運用してもらう悪い情報を伝える面談に同席してもらい、面談後にしばらく対話してもらういかがでしょう? 看護師の強みを生かした、チーム医療としての緩和ケアのイメージが湧いたでしょうか? 次回は看護師と協働した緩和ケアを提供するうえでの障壁や、それを乗り越える工夫について、考えてみたいと思います。今回のTips今回のTips緩和ケア提供の主役は看護師、上手に連携することが緩和ケアの質を高めるカギ!

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第61回 日医会長の週刊誌騒動で注目される謎多き「日医総研」とは

一般週刊誌で、このところ毎週のように叩かれている日本医師会の中川 俊男会長。そのきっかけを作った『週刊新潮』では、日本医師会総合政策研究機構(日医総研)の女性研究員との“寿司デート”や、中川氏が副会長当時の原中 勝征会長に談判して女性研究員の年俸を日医職員で最も高給な1,800万円に引き上げさせたことが報じられている。ちなみに、厚生労働省からの天下りポストである事務局長でも年俸約1,500万円。日医常任理事の本給が1,416万円、副会長でも1,740万円なのだから、くだんの女性研究員の厚遇ぶりがうかがえる。中川氏のみならず女性研究員にも注目が集まる中、日医広報課から6月1日、日医総研の研究成果として「ワーキングペーパー」2本と「リサーチ・エッセイ」1本のリストが珍しく送られてきた。リサーチ・エッセイの作成者は女性研究員だった。あえてこの時期に研究成果を送ってきたのは、スキャンダルを気にせず、研究を淡々と行っている姿勢を示そうとしているのかと勘繰りたくなる。パワハラ、論文の偏向など4つの問題点しかし、今回のスキャンダル報道をきっかけに、日医の関係者の中には日医総研の膿出しを期待する向きもあるという。その理由として、ある関係者は以下の4点を挙げる。(1)女性研究員によるパワハラ。女性研究員は「日医総研の女帝」と呼ばれ、嫌われた研究員は出世の見込みがなくなると囁かれ、辞めていった研究員もいる。(2)医療政策に関して保守的で、改革的な論文が通らない。(3)研究員に医師がほとんどいない。医療政策の企画立案をする組織に医師がほとんどいないのは不自然。文系の研究員だと抑えやすいのではないかと推測される。(4)研究員の年俸が平均1,400万〜1,500万円と高過ぎる。日本最大手のシンクタンク、野村総合研究所でさえ平均年収は約1,235万円(2020年3月期有価証券報告書から)だ。無給の「客員研究員」がいる意味は野村総研のように業務委託などで稼いでいるわけでもないのに研究員の年俸は高く、外部の医師などが務める「客員研究員」は無給で名誉職的な立場に置かれているため、実質的な研究成果は実に不透明でわかりづらい。日医総研の設立目的に1つに「信頼できる正確な情報の提供」がある。一部研究員による“専横”がまかり通っているようでは、果たして「正確な情報」が提供されているのかが懸念される。

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ワクチン接種後の手のしびれ、痛みをどう診るか(2)

これまで、安全な筋肉注射手技に従ってワクチンを接種する限り、末梢神経損傷については「接種会場で深く理解しておく必要はない」「ひとくちに神経損傷と言ってもさまざまな状態がある」「神経損傷が無い場合でも手の痺れを訴えることがある」と解説してきました。これらを当然のことと思う先生もいらっしゃるでしょうが、私は医原性末梢神経損傷を考える上で大切な基礎知識と考えています。今回は神経損傷ではなくても「手のしびれや痛み」を訴える患者についての事例や、ワクチン接種会場での被接種者への対応について紹介したいと思います。<今回のポイント>ワクチン接種会場で被接種者が指先まで違和感を訴えても、すぐに「正中神経損傷」や「尺骨神経損傷」などと判断するのは避けたほうがよい。ワクチン接種時の「手がしびれたりしませんか?」という声かけは、解剖学的には合理的でなくても、臨床的に意味がないわけではない。慎重に神経損傷を診断すべき症例には、どのようなものがありますか?医原性末梢神経損傷が疑われたある症例について説明します。Aさん(70代女性)は、左肘の静脈から採血された際に指先まで響くような電撃痛を訴えたものの、すぐに針を抜かれることなく採血が試みられたとのことです。その後徐々に痛みはひどくなり、肘だけでなく手までビリビリとしびれるような疼痛のために眠れなくなりました。1ヵ月後には服の袖が当たっても痛いほどで、左手がうまく使えない状態になり、当初診察した整形外科医により、「正中神経損傷」という病名で当院へ紹介されました。「指先にまで響くような電撃痛」と言えば、指先まで繋がっている正中神経や尺骨神経を刺してしまったのでは、と考えてしまうこともあるのではと思います。さらにこの時点でCRPS(複合性局所疼痛症候群)という病名をすぐに思い浮かべる医師もいらっしゃるでしょう。しかし初診時、実際には正中神経の障害を疑う身体所見はありませんでした。超音波診断装置などを用いた結果、尺側皮静脈に接して走行する内側前腕皮神経の採血に伴った障害に心因的な要素が重なったものと診断しました(図1)。画像を拡大する尺側皮静脈(青の網掛け部分)に伴走して走行する直径約0.3mmの内側前腕皮神経(黄色矢印)の周囲の皮下組織に、血腫形成後と考えられる一部低エコー領域(点線囲い部)を認めるが、皮神経の明らかな形態上の異常所見は認めなかった。近年の超音波診断装置では径1mm未満の皮神経であっても断裂や偽神経腫の形成を確認可能であり、治療方針の決定に活用することができる。すべての臨床に関わる医師に知っていただきたいのですが、きっちり神経学的所見(感覚障害の範囲や運動機能の評価、あるいは誘発テストなど)を行わずに「正中神経損傷」という病名を安易にカルテに記載することは避けるべきです。司法からみると内科医も整形外科医も同じ医師ですから、後々裁判になった際にややこしい問題に発展することがあります。皮神経損傷と正中神経損傷では、医療側の責任は大違いなのです。もっとも整形外科医でも上記のような誤った診断を下す事例もあるのですが。まわりくどくなりましたが、つまり「末梢神経損傷の正確な診断を下す」ことは必ずしもワクチン接種の現場ですぐに行う必要はなく、できれば第三者としてきちんと評価できる医師に紹介するべきではないかということです。よほど激烈な症状でない限り、当日に治療を開始しなければならないものではありません。上記症例ではなぜ正中神経を刺していないのに、そんなに強い痛みが起こったのですか?この患者さんの話をよくよく聞いてみると、数ヵ月前に行った採血での医療従事者の対応が原因で、今回の採血前から穿刺に対する強い不安を抱いていたことが分かりました。人間の脳は、実際に刺されることによる局所の侵害刺激だけではなく、記憶や不安といった心理的要素によっても痛みをより強く認識することが知られています。前腕を支配する皮神経への穿刺であるのに指先までしびれが出ることについて不思議に思われるかもしれません。たとえば、手根管症候群は典型的な正中神経の障害であり、「感覚鈍麻」を母指から環指の橈側に生じることはよく知られています。一方で手根管症候群患者の自覚する「しびれ」は小指を含んだ手全体であることは珍しいものではありませんが1)、おそらく整形外科や脳神経内科以外だと意外に思われる方もいらっしゃるでしょう(図2)。画像を拡大する典型的な正中神経障害である手根管症候群であっても、患者自身の訴える「しびれ」は小指を含むことは稀ではない。同様に、患者が訴える「しびれ」の領域と実際に生じる「感覚鈍麻」の領域が一致しないことは、医原性末梢神経損傷の症例でもしばしば経験する。つまり患者の感じる「しびれ」は必ずしも障害をうけた神経領域に該当するものではないのです。採血などの場合、正中神経や尺骨神経に針が当たることがなくても手まで違和感を自覚することはしばしばあります。医療行為をきっかけに生じたこのような症状は、もともと患者が抱えていた不安や不適切な初期対応によって、さらに悪循環に入り難治性の痛みとなることがあります。医原性末梢神経損傷と慢性化・難治化の危険因子、その対応については日本ペインクリニック学会によるペインクリニック治療指針(p128)に素晴らしい文章がありますので、すべての医療従事者にぜひ一度読んでいただきたいと思います。大切なのは、薬液を注入せずに針で神経を突いただけであれば自然に末梢神経は回復することが期待できるものの、その後の対応によって治りにくく強い痛みになるということです。さきほど症例提示した採血後の強い腕の痛みを訴えたAさんには、慎重な診察に加えて不安や不満をできるだけ汲み取りながら丁寧に病状を説明し、その後症状は自然に改善しました。患者の不安に対して早めに誠実に対応することは、その後の経過に影響すると考えます。「手にビリっとくる感じがありませんか?」と声をかけることに意味はありますか?安全な筋肉注射の手技に従って筋肉注射を行う限り、橈骨神経に穿刺することはないはずです。肩峰下三横指での穿刺で放散痛をともなわず腋窩神経を生じたとの報告もありますから、逆に穿刺時に放散痛がなかったから神経損傷を避けられるというわけでもなさそうです。そのような意味では、「手にビリっとくる感じがありませんか?」という声かけに解剖学的な合理性は無いといえるかもしれません。しかし、黙ったままブッスリと刺されるよりも、被接種者の不安を汲み取って声をかけることは大切ですから、まったく無意味な声かけだとも思いません。このあたりは初めて対面する瞬間からの雰囲気作りも含めて、医師や看護師のテクニックの一つではないでしょうか(図3)。画像を拡大する実際には「チクッとしますよ」と言った次の瞬間に接種は終わってしまう。そのため筋肉注射手技の指導内容には声かけの内容を当初含めていなかった。しかし、当院の研修医が「手にビリっとくる感じはありませんか?」と自発的に声かけしてくれたことで、筆者自身は安心感を得て注射を受けることができた。仮に接種会場で被接種者が「腕にしびれがきました」と訴えた時には、「自分の不安を無視された」と思われないように対応してほしいと思います。正確な神経学的所見をとることが難しくても、「大丈夫ですか?」とこちらの心配を伝え、手指の自動運動などを確認しましょう。可能性は限りなく低いかもしれませんが器質的異常を疑うとすれば、整形外科医としては末梢神経損傷よりむしろ偶発的な脳梗塞などを見逃すほうが心配なくらいです。その上で「後日もし症状が続くようであれば、整形外科を受診してください」などと説明するのが良いでしょう。そのためには、あらかじめどの医療機関が医原性末梢神経障害をよく診てくれるのか把握しておくことは無駄ではないと思います。当院でワクチン接種を受けたあと、腕の違和感を訴えて受診されたある職員によくよく聞いてみると「急に接種の順番が決まり、自分自身納得できず不安が強い状態で注射を受けた」という背景に行き当たりました。興味深いのは、診察室でいろいろと症状に関する不安を吐き出してもらった直後、「違和感が軽くなったように思います」と言われたことで、その後自然経過で症状も改善されたようです。また別の職員は、「自分でも変だと思うのですが、実は接種の予診前から緊張して手に違和感を覚えていました」とのことでした。これらの自覚症状について器質的な機序を説明することは難しくても、「このような合併症は起こらないはずだから知りません」という態度ではなく「そう感じることがあっても不思議ではないですよね」と共感することが大切なのではと思います。おわりに今回の新型コロナウイルスワクチンについては、明らかに誤った情報がネット上に溢れています。それを「科学的なものではない」と切り捨てることは簡単です。しかし不確かな情報が嫌でも目に入ってくる世の中ですし、それを信じてしまう人は被害者でもあります。ワクチンについての不安や、自分の体に針が刺されることの不安、あるいは医療従事者の対応によって腕の違和感が強くなったりすることは自然な心の作用だと思いますから、接種に関わる医師や看護師はできるだけそれを汲み取り、少しでも安心してもらえるよう個々においても対応することが重要ではないだろうかと思います。 (参考)患者説明スライド「新型コロナワクチン、接種会場に行く前に」参考1)Caliandro P, et al. Clin Neurophysiol. 2006;117:228-231.

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患者さんと短時間でも深く話が聞ける「深掘りワード」とは?【非専門医のための緩和ケアTips】第4回

第4回 患者さんと短時間でも深く話が聞ける「深掘りワード」とは?前回に続き「時間がないから、緩和ケアができない」問題について一緒に考えていきましょう。今回は診療上の工夫を深掘りしていきます。今日の質問患者さんと「医学的なこと以外」の話をする意味って何なのでしょうか? それに、病状以外のことを聞くきっかけもありません…。前回のメッセージは「医学的な情報提供をコンパクトにして、生まれた時間で物語的(ナラティブ)なやりとりをしてみよう!」というものでした。でも、そこまでしてやる意味って何なのでしょうか? 雑談をすることが緩和ケアなの?と疑問に思った方も多いのではないでしょうか。まあ、何を緩和ケアと呼ぶかというと、いろいろな意見があると思うのですが、私はこうしたナラティブなやりとりをすることが非常に重要なアプローチだと考えています。緩和ケアの非常に重要な分野として「意思決定の支援」があります。多くの人は、人生のどこかで病を得て、自身の生活に向き合いながら、さまざまな決断を迫られます。効果が乏しくなってきた抗がん剤治療を続けるか通院から訪問診療に切り替えるか最後の時期に入院するか自宅にいるか…診療所の外来においても、このような相談を受けることがあるでしょう。これらの正解のない選択に対して、ご本人の意向や価値観に沿った意思決定を一緒にサポートすることが緩和ケアの非常に重要な部分になります。緩和ケアというと「(主に終末期のがん患者さんの)痛みを軽減する」といった、身体症状への介入部分が注目されることが多いのですが、実際のところ、症状緩和はそれ自体が目的というよりは、人生の最終段階の意思決定といった大切な局面において、患者さんが自分の人生と向き合うための「手段」という側面も大きいのです。そのような場面で支援する医療者としては、患者さん自身について、病気のこと以外も知っておきたいですよね。私自身は病院で入院した患者さんを中心に緩和ケアを実践していますが、「いつも見てくれている先生」をとても頼りにしている患者さんがとても多いことを実感します。長年のお付き合いのある診療所の先生だからこそ、リラックスして話せることもあるはずですし、それぞれの立場の医師が連携して緩和ケアに当たれるといいと感じます。患者さん側も「忙しいのに悪いかな」「病気とは関係ないのに」と考え、医師と医学的なこと以外を話すことに対して、ハードルが高く感じる方も多いようです。患者さんとナラティブなやりとりをしたいときは、ちょっとした工夫をしてみるといいでしょう。たとえば、私はよくこんな言葉掛けをしています。――外来に来た付き添いが必要な高齢の患者さん。いつも娘さんが付き添っているようです。私「いつも付き添ってくださるのは娘さんですか? 助かりますね」こんなふうに声掛けしてみると、患者さんからは「そうなんです。いつもよくしてくれて」「少し前に妻が死んだので、心配してくれてね…」といった家族の話に広がったりします。話が広がらずに「そうです」の一言で終わってしまってもいいのです。この一言で「私はあなたについて、病気以外のことも気に掛けていますよ」というメッセージが伝わります。私のよく使っている「ナラティブ深掘りワード」をもっと挙げてみると、大変な病気の中、頑張って来られましたね元気の秘訣は何ですか?そういえば、以前はどんなお仕事をされていたんでしたっけ?こうした言葉を、違和感のないタイミングで相手の状況を見ながら、使うようにしています。皆さんもぜひ、自分のコミュニケーションスタイルに合った「ナラティブ深掘りワード」を考え、使ってみてください。今回のTips今回のTips患者さんとの話を広げる「ナラティブ深掘りワード」を持とう!

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第60回 スギ、亀田、セコム…。“ずる賢い”医療者たちの“抜け駆け”接種で垣間見えた病院経営のダークサイド

“抜け駆け”ワクチン接種で大騒ぎこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先週は神宮球場にセ・パ交流戦のヤクルト−日ハム戦を観戦に行って来ました。ヤクルト球団に勤める友人に頼んで5,000人限定のチケットを確保、友人との2年ぶりのプロ野球観戦が実現しました。小雨降る中、カッパ、マスク、飲酒なしの観戦は、なかなか辛いものがありましたが、入団2年目、星稜高校出身の奥川 恭伸投手の好投を間近で観ることができ、満足の一日でした。観戦後、外苑前で一杯、と思ったのですが、当然ながらどこの飲食店もやっておらず、空きっ腹のまま現地解散になったのは少々残念でした…。さて、東京や大阪など9都道府県に出されていた緊急事態宣言が6月20日まで延長となりました。東京都、京都府、大阪府、兵庫県は4月25日からですから、実に2ヵ月近く緊急事態宣言下にあることになります。各地の新規陽性者数が引き続き高い水準であること、関西圏や北海道などで病床逼迫が続いていること、インドで発生した変異株の流行が懸念されること、などが延長の理由とされています。そんな中、医療従事者に続き、65歳以上の高齢者のワクチン接種が遅々として、ではあるものの進んでいます。予約電話がつながらない、高齢者には到底できないと思われるインターネット予約の煩雑さなどが話題となっていますが、まあ新しい試みには困難が付きものです。高齢者以外の一般人が打つころには、もう少しスムーズに予約ができるシステムになっていることを願うばかりです。今回は、高齢者接種が始まってから大騒ぎとなった”抜け駆け”ワクチン接種について考えてみたいと思います。スギ薬局を経営するスギホールディングス会長夫妻による地元・愛知県西尾市での”抜け駆け”接種未遂や、いくつかの市町村の首長の接種が話題となりましたが、先々週は亀田総合病院、先週はセコム医療システムの”抜け駆け”接種が週刊誌やTVなどで報道されました。ただ、それぞれの“抜け駆け”の意味合いや悪質性は微妙に異なっているようです。医療従事者よりVIPを優先した亀田総合病院千葉県鴨川市の医療法人鉄蕉会・亀田総合病院の”抜け駆け”接種は、週刊文春の5月27日号(5月20日発売)でスッパ抜かれました。同誌の報道によれば、東証一部上場のシステム関連会社、オービックの代表取締役会長夫妻(共に80歳代、東京都大田区在住)が、亀田総合病院に割り当てられた医療従事者枠の新型コロナウイルス・ワクチンを4月に接種していたとのことです。会長夫妻が接種した時点で、同病院の医療従事者の接種は完了していませんでした。おそらく、同病院の従業員によるタレコミで週刊文春が動いたのでしょう。同誌によれば、会長夫妻は同病院にとってのVIPであり、亀田医療大学の開学に際しての寄付など、毎年多額の寄付を行っているとのことです。会長夫妻への接種を勧め、医療従事者用のワクチンの使用を決めたのは、鉄蕉会理事長の亀田 隆明氏とされています。亀田総合病院は週刊文春に対し書面で「ご夫妻には亀田医療大学設立当初から理事にもなっていただき、以来個人として寄付をいただき何とか経営が成り立っています。(中略)ご夫妻の年齢を考慮し、早めのワクチン接種は不可欠と判断しました。(中略)当院職員の接種希望者全員分のワクチン確保の目途が立った上で、余剰分を使用しています。当院配布分の『対象となる医療従事者等』の枠を使用しました」と回答していますが、鴨川市以外の住民に、医療従事者用を自院で働くスタッフよりも先に打つのは明らかにアウトですね。なお、この件よりも前に発覚したスギ薬局の会長夫妻の接種未遂は、会長夫妻側から西尾市への強固な要請があったということです。夫妻は薬剤師の免許は持っているようですが現場には出ていないわけですから、こちらもアウトですね。亀田が位置する医療圏の高齢化、人口減は深刻さて、私は記者時代に何度も亀田総合病院を取材し、理事長の亀田氏にも取材を行ったことがあります。週刊文春は、亀田総合病院が、米週刊誌Newsweekが患者満足度などを基に毎年発表している「World's Best Hospitals 2021」で国内第3位にランクインしたことや、亀田氏が、2019年『カンブリア宮殿』(テレビ東京)に「革新経営者」として登場した、といった“明”の部分に触れていますが、地元の地銀や都銀などからの巨額な借り入れの存在や、医療以外の事業の失敗といった“暗”の部分は書かれていません。亀田氏はまだ副理事長だったバブル時代、関連企業で千葉県・幕張に「ホテルフランクス」を開業、ホテル事業に乗り出しましたが、結局失敗し、ホテルは売却に至っています。「革新経営者」は言い過ぎのような気もします。現在、亀田総合病院が位置する医療圏の高齢化や人口減は深刻で、病院経営にも少なからぬ影響を及ぼしているでしょうし、成田空港に近いことから力を入れていたメディカルツーリズムもコロナで開店休業状態でしょう。従業員のタレコミのリスクを負い、ルールを曲げてまでVIP(いわゆるパトロン)のワクチン接種を敢行しなければならないほどに、医療法人鉄蕉会の経営は苦しいのかもしれません。セコム役員が提携先の病院で接種と報道もう一つニュースになった“抜け駆け”接種は、セコムの常務で子会社・セコム医療システムの取締役会長である布施 達朗氏によるものです。5月21日、TBS(JNN系列)は警備大手セコムの役員である布施氏が、提携先の病院で“医療従事者向け”の新型コロナワクチンを接種していた、と報じました。この報道によれば布施氏は、千葉県松戸市の医療法人誠馨会・新東京病院で、3月13日と4月1日の2回、医療従事者向けに優先的に割り当てられたワクチンを接種したということです。JNNの取材に対し、セコム医療システムは「3月初旬に新東京病院から『ワクチンに余剰が出た』として、接種のお誘いを受けた」「布施会長は医師と席を同じにする機会も多く、接種の必要があるとの病院側の判断だったが、軽率であり、お断り申し上げるべきだった」とコメントしたとのことです。また、報道では、新東京病院では、ほかにも病院職員ではない取引先など、少なくともおよそ80人が医療従事者向けワクチンの接種を受けたとされています。新東京病院は「セコムの病院」このケース、亀田と似ているようで構造はまったく違います。JNNの記者はその点もきちんと報道すべきだったと思いますが、気がついていなかった可能性もあります。報道では、ワクチンを接種したのは「提携先の病院」とされていますが、新東京病院は「セコムの病院」であり、布施氏は自分が“経営する”病院でワクチン接種を行ったのです。医療関係者なら既知のことだと思いますが、セコムは「提携病院」と称して多くの病院を実質的に経営しています。セコム医療システムはセコムのさまざまな医療事業を束ねる会社であると同時に、病院経営を行う会社でもあります。その先駆けは東京都世田谷区にある久我山病院で1992年から経営に当たっています。その後も経営が傾いたり、経営者が手放したりした病院などに支援の手を差し伸べてきました。その経営スキームはさまざまですが、基本、セコムが言う「提携」とは、債務保証を含む経営支援であり、土地や建物をセコムが賃貸したり、医療機器などをセコムの関連会社が販売・リースをしたりすると共に、医療法人に経営スタッフを送り込む、という仕組みになっています。かねてから循環器系が強かった新東京病院は、2006年にセコム医療システムの提携病院となり、2008年に前から提携法人であった千葉県の医療法人誠馨会が吸収し、現在に至っています。なお、セコムの提携医療機関はセコム医療システムのサイトで見ることができます。病院については現在、北海道から兵庫まで20病院が提携先となっています。札幌で有名な手稲渓仁会病院、あの長嶋 茂雄氏もリハビリをした東京都渋谷区の初台リハビリテーション病院も提携医療機関です。アウトとセーフの間、グレーの“抜け駆け”そう見てくると、「ほかにも病院職員ではない取引先などの少なくともおよそ80人が医療従事者向けワクチンの接種を受けた」というのは、病院に出入りするセコムの関連会社の社員たちがワクチンの接種を受けた、と考えられなくもありません。善意で解釈すれば、関東地区の提携病院の中の基幹病院とも言える新東京病院でセコムの関連社員たちをまとめて受けさせ、出入りする病院で感染したり感染させたりすることを予防するのが目的であったとも考えられます。市町村の首長が優先接種の際に語る理由、「私は病院の管理者だから」というのと同じロジックです。新東京病院のホームページには「一部報道につきまして」として、今回の件について中村 淳病院長のお詫びの文章が掲載されています。そこでは「不当又は軽率な新型コロナワクチン接種はしておりません」として、「報道の一部にありました『非職員』というのは派遣業務、委託業者等で病院内部に頻回に出入りし、医療機関としての業務に携わっている者であり、患者さまにも接触する可能性のある方々です。医療従事者等に含まれうる非職員らを守るためにワクチンを接種したのではなく、あくまで病院内部で入院しておられる患者さまを守るために、通常医療を適正に提供するために」接種した、と弁明しています。他の病院では、クラークや清掃担当、そして首長も医療従事者として接種を受けているのですから、この接種はアウトとセーフの間、グレーだったと解釈できます。もっとも布施氏が既に病院にはほとんど赴かない立場だったとしたら問題ですが。 観客制限なし、マスクなしでビール飲みまくりの米国球場それにしても、日本のこのワクチン接種を巡るドタバタ振りはなんでしょう。この日曜(5月30日)、NHKBSでMLBのヒューストン・アストロズ対サンディエゴ・パドレスを観戦していたのですが、ヒューストンにあるミニッツメイド・パークはもはや観客制限はなく、ほとんどの観客はマスクなしで、ビールを飲みまくり観戦していました(州によって基準は違うようですが)。米国疾病予防管理センター(CDC)はワクチンの接種を完了すれば、屋内外を問わず、マスクを着用しなくてもよいとする新たな指針を5月13日に発表(バスや飛行機、病院など混雑した屋内では引き続きマスク着用が求められる)、それがもう全米で浸透しつつあります。全米の1日の新規感染者はまだ2万人近くもいるのに、です。私も早くワクチンを打って、神宮球場恒例の「生ビール半額ナイター」に行きたい、と切に思ったこの週末でした。

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第59回 「余剰ワクチンの取り扱い通知」は出し忘れ?それとも大臣お墨付きなら不要?

以前、本連載の第57回で触れた新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)の余剰ワクチン問題。ついに5月25日付で厚生労働省健康局健康課予防接種室から『新型コロナワクチンの余剰が発生した場合の取り扱いについて』と題する事務連絡通知が出された。その中身はキャンセルなどで余剰となったワクチンについては、接種券の有無にかかわらず幅広い接種対象を検討すべし、という内容である。縮めて言えば、「誰に打っても良し。ただ、接種券のない人に打った場合は個人情報を控えておきなされ」ということだ。実はこの通知が出たと聞いて私は非常に驚いた。というのも、前日の24日夜、私はオンラインで開催された記者向けワクチン勉強会でパネリストになった地方自治体担当者に「『余剰ワクチンを誰に打っても良い』と言っている河野 太郎大臣の発言を裏付ける通知は出ているのか?」と質問したのに対して、この時点では「否」という回答を得ていたからだ。通知が出た25日夜、河野大臣も通知を写メしたツイートをしている。このツイートには「さすが河野大臣は迅速だ」的な反応が多い。そうした空気を逆なでして申し訳ないが、私はこの対応がどこも「迅速」だとは思っていない。本連載では、4月13日付の会見で河野大臣が余剰ワクチンを誰に打っても良いと発言したことに触れているが、この3日後の4月16日の会見でもこの問題は質疑応答が行われていた。質問ワクチンの廃棄問題について伺います。火曜日の記者会見で、余剰分の廃棄を極力減らす観点から、現場判断で高齢者以外も含めて柔軟な接種を行うように河野大臣は促されたんですけれども、これについては厚労省が明確な見解を示さないこともあって、医療現場から運用の観点から困惑の声も上がっています。改めて、大臣としては、廃棄を減らすことを最優先に、どうしても余ってしまう、そういう場合は、若者など高齢者以外も含めた接種を行うべきという考えに変わりはないでしょうか。回答これは厚労省の出している手引きの中に既に明確に書いてありますので、厚労省を含め、政府としての判断はもう明確に示されております。さらに4月20日の会見でも関連した質疑は行われている。質問あともう一点なんですけれども。先ほど自治体のサポートに注力したいということですけれども。高齢者接種が始まってまだ1週間で量も限られていますけれども、これまで1週間で見えてきた課題というのはございますでしょうか。回答余ったワクチンは非常に貴重なワクチンですから、廃棄することなく柔軟に自治体で対応していただきたいと思っております。これは1バイアル当たり現在4回分、6回接種になれば5回分が最大量ですけれども、万が一停電が起きたり何が起きたりという、もう少し大きく対応しなきゃいけないということも起こり得るわけですから、そういう時にどうするかというところも考えながら、日々予診で今日は打たないほうがいいですという方が恐らく必ず出ると思います。ワクチンが余るというのは、これは定常的に起きることだと思いますので、無駄にすることなく自治体で柔軟にしっかり対応していただきたいと思っています。そして直近の5月21日の会見では冒頭の概説で河野大臣自らこのように話している。いくつかの自治体、保健所等で、接種券がない者には打てないという誤った指導を行っているところがございます。そうした誤った指導の結果、貴重なワクチンが廃棄されているというのは極めて許し難い状況だと思います。保健所なり自治体の関係の皆様は、認識を新たにしていただいて、16歳未満の方には打てませんけれども、接種券の有無にかかわらず、しっかりと記録だけ取っておいていただければ、後日接種記録を入れていただければよいだけの話でございますので、貴重なワクチンが廃棄されることがゆめゆめないように、しっかりと対応していただきたいと思います。河野大臣の余剰ワクチンに対する姿勢は基本的に一貫し、私もそれに賛同している。しかし、4月中旬以来、この件に関して同じことを繰り返し発言していることに私はやや疑問を持っていた。その時、ハッと思った。私は21日の会見の内容が報じられた直後、自分のTwitterで河野大臣が余剰ワクチンを優先接種対象者以外の誰でもいいから接種するようにと言っている内容を厚労省から自治体向けに文書で通知しているのだろうか?という趣旨のツイートをしている。これはお役所とやり取りをしたことがある人ならば分かると思うが、国家公務員であれ地方公務員であれ、お役人というものは「無謬性」を重視し、明確に文書等で指示があること以外は行わない。もし文書で明示のないことを行って問題が生じれば、「無謬性」は破綻するからだ。そんなことはお役所の非効率をしばしば歯に衣着せぬ物言いでバッサリ切って捨てる河野大臣も熟知していることだろう。問題はこうした状況を前提に4月13日の会見での発言当初、河野大臣が「やっぱり念のため通知を出しておくよう働きかける」と考えたか、「大臣の俺が言ってるんだから通知がなくとも良い」と考えたかという点だ。私は河野大臣が後者を選んでいたのではないかと疑っている。そのように疑ってしまうのは、過去にも書いたが、河野大臣がきわめて合理主義者で、政治家にありがちな根回し・忖度が苦手であると知られていることがベースにある。そして4月16日付の会見の質疑応答をより突っ込むと、私の中ではその疑いはより強くなる。繰り返しの引用になるが、この時に河野大臣は余剰ワクチンの扱いについて「厚労省の出している手引きの中に既に明確に書いてありますので、厚労省を含め、政府としての判断はもう明確に示されております」と答えている。そこで厚労省が出している自治体向けの「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する手引き(2.2版)」(4月15日付)の内容を以下に紹介する。同手引きの67ページには余剰ワクチンが発生した場合として以下のような記述となっている。新型コロナワクチンの接種予約がキャンセルされた等の理由で余剰となったワクチンについては、可能な限り無駄なく接種を行っていただく必要があることから、別の者に対して接種することができるような方法について、各自治体において検討を行う。たとえば、市町村のコールセンターや医療機関で予約を受ける際に、予約日以外で来訪可能な日にちをあらかじめ聴取しておき、キャンセルが出たタイミングで、電話等で来訪を呼びかけるなどの対応が考えられる。なお、キャンセルの生じた枠で接種を受けられるのは、接種券の送付を受けた対象者とする。それでもなお、ワクチンの余剰が生じる場合には、自治体において検討いただきたい。これのどこが「明確」と言えるのだろうか? 最後は「自治体において検討」と事実上の丸投げである。そもそも日本の公務員制度では長らく地方公務員は中央の言うことを忠実に実行することが是とされてきた。一部の地方公務員の怒りを招くことを承知で敢えて分かりやすさを重視した表現にすると、地方公務員の業務遂行とは「うっすら線が入っているお絵描き帳で絵を描く」がごとしである。地方分権と言われて久しいが、この名残はいまだ根強い。だから「自前で検討せよ」が実は地方自治体が最も苦手とするものなのだ。実際、2025年を目標に地方自治体が自前で構築すべしとなっている「地域包括ケア」に関しては多くの自治体が未だ右往左往している。それでも「地域包括ケア」の構築はまだ時間的な余裕がある。しかし、ワクチン接種は待ったなし。その意味ではより踏み込んだ明示が必要である。ちなみに前述の手引きの最後の一文を大臣発言に沿って突っ込んだ一例を示せば次のようになるだろう。「それでもなお、ワクチンの余剰が生じる場合には、廃棄に至らないよう接種券の有無にかかわらない接種対象者の選定を自治体において検討いただきたい」いずれにせよ4月13日の会見での発言から、それが通知という形で具現化するまで軽く1ヵ月以上を有しており、このタイムラグの原因が何であれ、とても迅速とは言い難い。もし河野大臣発言の直後に前述の事務連絡通知が出ていれば、これまでに発生したワクチンの廃棄は相当程度防げていたのではないだろうかと考えている。

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第59回 コロナ禍、日医会長政治資金パーティ出席で再び開かれる? “家庭医構想”というパンドラの匣(後編)

家庭医、かかりつけ医の制度化の議論活発化こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。飲み屋がやっていないので、東京の夜は寂しいものです。先日、ある居酒屋(酒類を提供していないにもかかわらず営業中)に入って、「ホッピー、“外”だけ下さい」と頼んだところ、「アルコールが入っているので出せません」と言われました。アルコール?と思い調べたら、0.8%入っているようです。0.8%でどう酔っ払えるのかはわかりませんが、飲食店において1人や少人数の場合の酒類提供の禁止というのは、感染防止の観点からはほとんど意味がないと思うのですが、どうでしょう。さて、今回は、前回の続きで、家庭医・かかりつけ医の制度化を進めようという、いくつかの動きについて書いてみたいと思います。一つは、財務省の「かかりつけ医機能」の制度化の提案です。財務省主計局は4月15日、社会保障制度の見直しについて議論する財政制度等審議会・財政制度分科会(分科会長=榊原 定征・前経団連会長)において、医療や介護、年金など社会保障制度の改革についての考え方を示しました(参考:第56回 コロナで“焼け太り”病院続出? 厚労省通知、財務省資料から見えてくるもの)。この中で財務省は、診療所における「かかりつけ医機能」の制度化を提言。紹介状なしで大病院外来を受診した患者から定額負担を徴収する仕組みと共に推進し、外来医療の機能分化と連携につなげることを求めました。「『かかりつけ医』機能を法制上明確化せよ」と財務省大病院外来における受診時定額負担の義務化対象については、紹介外来を基本とする一般病床200床以上の病院に拡大する方針がすでに決まっており、2022年度診療報酬改定に向けた中央社会保険医療協議会(中医協)での議論で、詳細が固められる予定です。財務省はこの取り組みの一層の推進を促すとともに、「複数の慢性疾患を抱える患者が増加する超高齢化社会において、患者がその状態に合った医療を受けるためにも、有事を含め国民が必要な時に必要な医療にアクセスできるようにするためにも、緩やかなゲートキーパー機能を備えた『かかりつけ医』の推進は不可欠である」と提言しました。そして、すでに日本医師会と四病院団体協議会において「かかりつけ医」の定義が明らかにされていることを踏まえ、「診療所における『かかりつけ医』機能を法制上明確化(制度化)するとともに、機能分化を進めるためのメリハリをつけた方策を推進すべきである」としています。とはいえ、日本医師会の「かかりつけ医」の定義については、以前に本連載(第29回 オンライン診療恒久化の流れに「かかりつけ医」しか打ち出せない日医の限界を参照)でも書いたように、その概念は曖昧で確固たる資格ではありません。地域で診療する医師の一つの理想像に過ぎない今の「かかりつけ医」を、このコロナ禍を機にきちんと制度化しろ、と財務省は言っているわけです。経済財政諮問会議では民間議員が制度化に言及この提言の後、4月26日に開かれた内閣府の経済財政諮問会議でも「かかりつけ医の制度化」が俎上に上がりました。民間議員が「社会保障改革~新型感染症を踏まえた当面の重点課題」と題する資料を提出、新型コロナの緊急時対応では、「民間病院を含めて緊急時に必要な医療資源を動員できる制度的仕組みの構築」を求める一方、平時の構造改革として、診療報酬のインセンティブの強化等で医療機関の機能分化や統合を推進するほか、「かかりつけ医機能を制度化」し、コロナ対応やオンライン診療などを包括的に提供できる体制の整備を求めたのです。とくにかかりつけ医については、「感染症への対応、予防・健康づくり、オンライン診療、受診行動の適正化、介護施設との連携や在宅医療など地域の医療を多面的に支える役割を果たすべき」と、その具体的な機能も明示しました。「制度化」の議論と正対しない日本医師会こうした相次ぐ動きに対し、日本医師会は4月27日に「経済財政諮問会議等の議論について」という文書で、次のような見解を公表しています。かかりつけ医機能についてかかりつけ医が行う感染症への対応、予防・健康づくり、受診行動の適正化、高齢者への医療など、地域の医療を多面的に支える役割をしっかりと評価すべきです。フリーアクセスは国民皆保険を支える大きな柱であり、コロナ禍において、経済財政諮問会議や財政審が求めているように、かかりつけ医機能を制度化すれば、フリーアクセスを阻害し、以前後期高齢者医療制度導入のときに見られたように国民の理解を得られず、大混乱を招くおそれがあります。2008年に施行された後期高齢者医療制度における後期高齢者診療料は、慢性疾患を持つ複数の病気にかかっている高齢者の主治医を限定してフリーアクセスを奪いかねず、また、医学管理等、検査、画像診断、処置を包括して医療費抑制につながりかねないことなど、患者にとって必要な医療が制限されるとして批判を浴びました。(「日医君」だよりNo.588より)財務省や経済財政諮問会議の民間議員の提言、提案にまったく正対していないこの見解には正直驚きました。「かかりつけ医」が制度化されておらず、その存在の役割が曖昧なことには触れず、すでに機能しているものとして論を展開しているのは無理があります。また、フリーアクセスの阻害が「国民の理解を得られず、大混乱を招く」と主張しているのも説得力がありません。「コロナ禍における大混乱」の一因が、「フリーアクセス」がうまく機能せず、PCR検査、コロナ疑い患者の初期診療、回復患者への対応といった、本来診療所レベルでも対応すべきことができていなかったことにある、という認識が欠けています。また、ここで後期高齢者医療制度の議論の時のドタバタを持ち出すのも、不適当と言えるでしょう。この時の混乱と、高齢者を含む国民が医療機関にかかることができず、死亡するケースが続出している現状とは、混乱の度合いが比べものになりません。現場会員の「かかりつけ」の認識は単に受診頻度5月16日のNHKニュースは「定義あいまい“かかりつけ” ワクチン接種予約で困惑」というタイトルで、こんな話も伝えています。兵庫県内で、65歳以上の高齢者の新型コロナウイルスのワクチンの接種の予約受付が「かかりつけ」の医療機関で始まったが、「かかりつけ」の定義があいまいなため、医療機関に予約を受け付けてもらえないケースが出ている、というのです。ある高齢者が予約しようとしたところ、最後の受診日から一定期間経過していることなどで医療機関側が「かかりつけ」には当たらないと判断、予約を受け付けないケースがあったというのです。日本医師会・四病院団体協議会による「かかりつけ医」の定義は、「なんでも相談できるうえ、最新の医療情報を熟知して、必要なときには専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」ですが、現場の診療所の認識は単純に受診の頻度や回数、最後に受診してからの期間だったのです。笑っちゃいますね。コロナ禍だからこそ「かかりつけ医」を見直せと日本総研さて、そんな中、シンクタンクである日本総合研究所(日本総研)もこれからの「かかりつけ医」の役割について斬新な提言をしています。日本総研は5月11日、Webシンポジウム「ポストコロナに望まれる日本のあるべき医療の姿~長期的な展開で、今後も医療制度を維持するために~」を開催、約2年間に渡って検討を重ねてきたという「持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言」を発表しました。提言は、「新型コロナウイルス感染症による公衆衛生危機によって、わが国の医療提供体制はさらに多くの課題を突き付けられることになった。医療従事者の偏在や不足をはじめ、平常時・非常時それぞれにおける病床機能の不備、在宅での患者支援体制の未整備、ワクチン接種やデジタル化の遅れなど、それらをどのように進化させていくべきか、多くの国民が課題認識をかつてないほど深めている」と問題点を指摘した上で、「現在行われている医療制度改革は、医療提供者側を中心とした議論が行われており、医療の受け手である国民にも理解しやすい形で、医療のあるべき姿が議論されその実現に向けた対策が取られているとは言い難い」として、次の3つの提言をしました。提言1:コロナ禍だからこそ見直すべき「かかりつけ医」の役割提言2:デジタル化が可能にする質の高い医療の選択を加速化提言3:国民皆保険を将来世代に引き継ぐためにコロナ禍の今こそ考えるべき医療財政多職種連携で診るプライマリ・ケアチームを提言この中の、「提言1:コロナ禍だからこそ見直すべき『かかりつけ医』の役割」では、「国民の一生涯の健康を地域多職種連携で診るプライマリ・ケアチーム体制整備」が必要として、チームで「かかりつけ」の仕組みをつくれ、と主張しています。提言では、「臓器ごとの専門医だけでなく、全人的・包括的に複数科/疾病の患者も診られ、患者の地域や家族の状況も踏まえて診察できる医師(プライマリ・ケア医)が必要」としつつも、「そのために、国民一人ひとりが、自らが選んだ一生涯のかかりつけの多職種医療従事者チームに診てもらえる『国民の一生涯を見る日本版プライマリ・ケア』の仕組みを整備すべきである」としています。かかりつけ医だけでなく、看護師や薬剤師、OT・PT、介護福祉士、ケアマネジャーなど地域の多職種医療従事者チームでプライマリ・ケアを提供する、という視点は斬新です。医師に手に負えない(あるいは医師が怠ける)部分は、医師以外にタスクシフトをし、チームで「かかりつけ」として機能していけ、というわけです。国民の目線が日本医師会に向いている今こそ議論をコロナ禍での反省に立って出てきた「かかりつけ医」に対するさまざまな提言を、家庭構想を葬ったころと同じようなロジックで無視していいわけがありません。こうした提言や議論に正対せず、ひたすら「フリーアクセス」「自由開業」「出来高払い」という金科玉条を自分たちのためだけに唱え続けるとしたら、ここはもう、日本医師会を外して、「かかりつけ医」の議論を進めていく選択肢もあるでしょう。ただ、そんな勇気は、自民党にも厚労省にもおそらくないでしょうが…。しかし、この1年余り、コロナ禍での医療提供体制のお粗末ぶりを経験してきた国民の多くは、日本医師会やそのトップである中川 俊男会長の言動に大きな不信感を抱くに至っています。家庭医、かかりつけ医の制度化の議論は、国民の目線が日本医師会に向いているコロナ禍の中の今こそ進めるべきだし、進むと思いますが、皆さんどうでしょう。

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新「内科専門医」と「総合内科専門医」の試験と位置付け教えます

 従前からアナウンスされていた、日本内科学会の専門医制度改革がいよいよ現実のものとなる。今年7月には、初めての「内科専門医」試験が実施され、今後、内科専門医が続々誕生していく一方、従来の「認定内科医」試験は今年6月が最後となる。近年受験者が急増していた「総合内科専門医」と内科専門医はどのようなすみ分けになるのか? 認定内科医との試験内容の違いは? CareNeTVで総合内科専門医試験対策のレクチャーを手がけている長門 直氏(JCHO東京山手メディカルセンター 呼吸器内科・感染症内科)に解説してもらった。=============== 内科の専門医制度変更に伴い、しばしば質問される3つのテーマについて述べていきたいと思います。1)内科専門医と認定内科医の位置付け 日本内科学会の専門医制度改革の大枠は、認定内科医・総合内科専門医→内科専門医・総合内科専門医への変更だといえます。他学会でも、認定医→専門医→指導医というステップアップ制度を採用していたところは過去ありましたが、何回も試験を受けないといけない医師側の負担、患者側から見てどちらが上位資格かわかりにくく誤解を招くといった理由から、次第に「認定医」がなくなって、専門医→指導医の2階建てとなり、現在この形がほぼスタンダードになっています。 内科に関しては、認定内科医取得と前後して、後期研修から循環器、呼吸器、消化器などのサブスペシャリティ診療科に分かれてしまい、体系的な内科診療、総合内科的な思考が十分に修得できないという問題点が指摘されていました。それにより、実際に患者が不利益を被る事例も少なくありません。たとえば、腹痛患者が時間外受診し、当直医が呼吸器内科であったりすると「専門外だから」と診療拒否して、離れた医療機関に搬送になり、搬送中に急変する、といった事態です。 内科医であるにもかかわらず、「臓器専門外だからお断り」といったことが次第に目立つようになってきて、地域の医療ネットワークにも支障が出てきたのです。そのため、日本内科学会は、内科の臓器別の専門研修に進む前に、内科全般の研修期間をしっかり設けて、体系的に内科診療ができるように制度を変更することにしたのです。それが従来の認定内科医より高い内科の臨床レベルが求められる、新しい内科専門医となります。 一方で、認定内科医は内科のサブスペシャリティ専門医取得のための必須条件となっています。実際に、認定内科医→サブスペシャリティ専門医という今までのプロセスを経ているベテラン内科医が数多く存在します。学会としては、その先生方に認定内科医を廃止するので、改めて内科専門医試験を受験してくださいというわけにもいかず、新規に「認定医」の認定は行わないが、既取得に限って更新を認めるという形に落ち着きました。 今後、新規に認定内科医を認定しなくなると、内科専門医の取得が内科のサブスペシャリティ専門医に進むための必須要件になります。端的に言うと、認定内科医は既存の内科サブスペシャリティ専門医の資格維持のためだけに存続するものとなり、将来的には「絶滅」する資格となります。2)内科専門医と総合内科専門医の試験の難易度 日本内科学会のホームページに、新内科専門医は「認定内科医試験と総合内科専門医試験の中間」、総合内科専門医は「(現行の)総合内科専門医」を踏襲すると明確に記載されています。そのうえで筆者が、後輩によく質問されるのは、「認定医試験と総合内科専門医試験の中間とは一体どういう意味?」ということです。 ここで「認定内科医試験」をまず振り返ります。 認定内科医の最後の資格試験は、昨年実施の予定だったのですが、新型コロナウイルスのパンデミックの影響で、今年2021年6月にずれ込みました。問題数は300問で、一般問題と臨床問題の割合は非公表ですが、一般問題が臨床問題より多い、もしくは同数程度です。 新内科専門医試験は、問題数250問で一般問題100問・臨床問題150問と公表されており、臨床問題に比重が置かれています。一般問題はほぼ「暗記」で乗り切れるのですが、臨床問題は体系的な思考が要求されるので、当然難易度は上がります。 また、学会関連の会議や研修のたび、「内科専門医は初診患者や救急患者の初期対応がしっかりできるレベルを求めている」と聞いていますので、新内科専門医試験は希少疾患よりも患者数の多いいわゆるメジャー内科疾患中心に出題されると予想されます。この傾向は、認定内科医の臨床問題の傾向でもありましたので、新内科専門医試験は診断基準や法的問題・禁忌など暗記が必須である一般問題対策をしつつ、「内科初診や時間外で診ることの多いメジャーな内科疾患に関する臨床問題対策」に重きを置いて勉強することが大事だと考えます。 後輩たちからよく「up to date問題は出題されますか?」とよく質問されますが、新内科専門医試験でup to date問題はあまり出題されないと考えます。その理由は、抗体薬を含めた新規薬剤はよく話題にはなりますが、実際には、臓器別専門医がしっかりトレーニングした上で使用するものです。処方に当たっては、医師側にもいろいろと条件が定められているので、この種の知識は、大半が内科サブスペシャリティ専門医資格を有している医師が受験する「総合内科専門医試験」で問われる領域になると考えます。 なお、「総合内科専門医試験」は2021年度までは問題数250問で一般・臨床(up to date含む)の割合は非公表でしたが、2022年度より問題数は200問と少なくなり、一般50問・臨床150問(up to date含む)になることが公表されています。3)内科専門医と総合内科専門医の今後のキャリア 新しい内科専門医制度によって、内科専門医、総合内科専門医はそれぞれどのような意味を持ち、内科医のキャリアに影響してくるのでしょうか。ここでカギになるのは「内科指導医」です。 病院が内科研修プログラムを提供するためには、一定数の内科指導医が必要ですが、現在の認定内科医保有の内科指導医は2025年までの暫定措置とされました。現在、「認定内科医+サブスペシャリティ専門医」資格保有での内科指導医が依然多く、そのままだと、2025年をもって「内科指導医」から退かなくてはなりません。 2026年以降も指導医の継続を希望する場合、「総合内科専門医」もしくは「内科専門医」の資格が必要となります。また、内科指導医は「総合内科専門医であることが望ましい」と明記されており、さらに「内科専門医」は1回以上更新していることが条件なので、基幹病院で指導的な立場で仕事をしたいという気持ちがあるならば、事実上「総合内科専門医」は必須資格と言えるでしょう。 とくに近年の新型コロナ感染拡大による医療環境の変化や、それに伴う専門医試験実施内容の変更を踏まえると、心乱さず仕事するには、やはり「総合内科専門医」まで取得しておく必要があると考えます。実際、2026年に「内科指導医」の数が減ることも考えられるので、医療機関によっては研修に必要な指導医数が充足できないという事態も考えられます。2026年に指導医数が不足する恐れがある病院では、「総合内科専門医」資格はことさら重宝される可能性が高く、キャリア形成有利に働くと予想されます。■CareNeTV関連番組:『総合内科専門医試験2021』完全対策

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YouTube中毒を克服する【Dr. 中島の 新・徒然草】(375)

三百七十五の段 YouTube中毒を克服する5月半ばにして梅雨入りしてしまいました。雨さえ降っていなければ涼しく過ごしやすい天気です。降ったら降ったで人流が減り、コロナ対策になりますね。大阪のコロナ新規感染者数も、ついにピークアウトした感があります。7日間平均の最大は4月20日の1,150人でしたが、5月18日には641人にまで減りました。緊急事態宣言下とはいえ人も車も多く、いつもの風景にしか見えません。しかし、数字が改善しているので緊急事態宣言にも効果があったと思われます。今回の宣言に効果のあった理由は何でしょうか?人々を3つのグループに分けると考えやすいと思います。第1のグループは緊急事態宣言の有無にかかわらず、常に自粛している人たち。医療従事者なんかは大部分がこのグループですね。コロナの恐ろしさを目の当たりにしつつ、自宅と職場の往復で毎日が過ぎていきます。第2のグループは緊急事態宣言によって行動の変わる人。多くの一般の方がこのグループではないでしょうか。そして第3のグループは緊急事態宣言を無視して濃厚接触を繰り返している人。酒を飲んで大騒ぎしたり、カラオケしたり。この人たちの行動は目立ちますが、数としては少ないのだと思います。で、コロナを抑え込むためには、大多数を占める第2グループの行動が鍵になります。つまり、緊急事態宣言があれば自粛するが、なければ自粛しない人たち。この人たちが常時慎重な行動をすれば、徐々にコロナの新規感染者数が減るはずです。そうすれば都道府県がわざわざ飲食業に自粛要請する必要もありません。皆が1人で行って、1人で静かに食べる。単にそれだけのことです。アルコールを飲みたければ家で飲む。何も難しいことはありません。そうやって時間稼ぎをしている間にワクチンが行き渡れば、自然にコロナは収束するはず。簡単なことだと思うのですが……。ところでタイトルにした YouTube の話。何回も述べていますが、私は2015年の春から自宅にテレビがありません。なので、リオ五輪も平昌五輪も知らない間に終わってしまいました。平昌なんか、いまだにヒラマサと呼びそうになります。ピョンチャンですよね、確か。テレビがなければ時間が沢山できるはずでした。ところがそこに現れたのが YouTube。好きなチャンネルをいつでも何度でも見ることができます。中毒性が高く、考えようによってはテレビより危険。休みの日なんか、気がつけば動物ビデオをずっと見てしまいます。ハイエナとライオンの戦いとか、チーターの子育てとか。一体、人生の何の役に立つのか?自分で自分にツッコミを入れずにはおれません。こりゃ駄目だ!というわけで YouTube を長時間見ない方策を考えました。まずは YouTube の危険性を認識する次に YouTube に代わるものを探すそして心穏やかな毎日を過ごすこれらの中で一番大切なのは YouTube の代替物を探すことですね。今、試しているのはキンドル(電子出版)の英語小説。決して難しい小説を読むわけではありません。700語以内とか1,000語以内とか、限られた語彙で書かれた平易な英語小説です。色々なシリーズがありますが、私は Oxford Bookworms Library を読み始めました。易しいほうから、Starter、Stage 1……と続いて、Stage 6 まで全部で7段階。まずは Stage 2 の "Dead Man's Island" を読んでみました。英検では準2級~2級相当とされています。小さな島に住む大金持ちの男性の話ですが、これがなかなか面白い。辞書をひくことなく最後まで読めました。難しい単語を使わずにここまで表現できるのか、と感心させられます。次に Stage 3 の "Skyjack!"搭乗していた飛行機が過激派に乗っ取られる話です。英検では2級相当ですが、これも辞書要らず。2~3語ほど「ん?」と思った単語はありますが、文脈から容易に意味を推測できました。ストーリーも手に汗を握るものでお勧めです。そして Stage 4(英検2級~準1級相当)の "The Thirty-Nine Steps"国家間の戦争を仕掛けようと暗躍する人たちの話です。まだ途中ですが、辞書を使ったのは1回か2回、読むのに苦労はありません。Bookworms のシリーズは、イギリスを中心にヨーロッパを舞台とした小説が多いようです。登場人物が容赦なく殺されてしまうのがイギリスらしさかも。さて、英語小説を読むことのいいところは、罪悪感のなさです。知らないうちに何時間も経っていたとしても、何ら恥じることはありません。むしろ、「英語の小説に夢中になる俺、スゲエ!」と思ってしまうくらいです。また、寝るときにスマホで読もうとすると3分以内に眠りにつけます。これ以上の睡眠薬は、この世に存在しないでしょう。というわけで英語小説を使って YouTube 中毒からの脱出を図っております。なんか読書に夢中だった子供時代を思い出してしまいました。もし YouTube に毒されている読者がおられましたら、是非やってみてください。最後に1句ユーチューブ はまるな危険 距離を置け

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「減価償却費」が、それぞれの財務諸表へ与える影響を知ろう【今さら聞けない!医療者のための決算書の読み方】第5回

<登場人物>病院で同期だったコンサルタントの田中に定期的に相談を始めた宮路は、最近、実家の病院の経営会議に出始め、新たな疑問があるようだ。宮路:最近、実家の病院の経営会議に出始めたら、「ゲンカショウキャクヒ」が大きいとか小さいとかよく議論になるのだけど、どういう意味なんだろう…?田中財務諸表を理解していくうえで、最初にぶつかる難しいキーワードの1つかもね。安田「減価償却費」を理解するために、まずは「資産」について押さえていこう。公認会計士・安田の解説資産にもいろいろありますが、減価償却を行わなければならないのは「償却資産」といわれるものです。簡単に言うと、償却資産になるかは「それを利用して稼ぐものかどうか」というのが基準になります。金額が大きなものだと、建物、医療機器、それに電子カルテなどのシステムも含まれますね。小さなものだと、パソコン、オフィスの棚、机、椅子などもそうです。ただし、10万円未満のものに関しては、この後説明する「減価償却」を行わず、一括で費用にできる、というルールになっています。償却資産の種類によって「耐用年数」(参考:国税庁ホームページNo.2100 減価償却のあらまし)というものが決まっていて、「何年くらい使えるか」が定められているので、耐用年数に応じて毎年、一定額を費用に計上していくのです。たとえば、パソコンであれば耐用年数は「4年」と決められていて、購入した初年度にすべての額を費用計上せず、4年間毎年一定額を費用に計上にすることになります。観点を変えると、「償却資産」は時間の経過や使うことによって価値が下がっていくから、資産価値の評価という意味でそれを財務諸表上で表しているわけです。パソコンを例にとると、使っていくことで毎年徐々に劣化していきますよね。耐用年数とはそういう意味合いもあるんです。宮路なるほど。資産には、そういうふうに償却資産とそうでないものの区別があるんですね!安田資産の注意点としては「一体として判断しなければならないものがある」ということでしょうか。たとえば、院長室にある応接セットがよい例です。机、椅子それぞれ単体では10万円を超えないけれど、机、椅子を合わせて10万円を超える場合は「償却資産」と見なさなければなりません。田中では、ここから減価償却費の話をしていこう。コンサルタント・田中の解説900万円のエコー(超音波検査器械)を購入した場合を例にして、それぞれの財務諸表にどう反映されるのかを考えてみよう。まずキャッシュフロー計算書から見てみよう。ここでは現金の流れを追うわけだから比較的わかりやすいけれど、購入した年度に900万円の資金が減ることになるよね。仮に6年目にエコーを使い終わって150万円で売却した場合には、その年に資金が売却額分増えることになる。次に損益計算書を見てみよう。資産のところで説明したように、「耐用年数」に応じて計上することになるんだ。「定額法」というのが一般的なのでその例で説明すると、今回購入したエコーは耐用年数が6年なので6年間均等に150万円ずつ計上することになる。最後に、貸借対照表を見てみよう。これは毎年使うことで均等に価値が下がっていくから初年度の計上は900-150=750万円となり、その後耐用年数の6年目まで150万円ずつ下がっていくんだ。すべてまとめると以下の図のようになるよ。表1:減価償却費の財務諸表への影響画像を拡大する田中:つまり、損益計算書上は1年目から6年目まで同額150万円の費用が発生しているけれど、実際は初年度に900万円のキャッシュが減っていて、2年目からはキャッシュは出ていかないんです。宮路:そうか、財務諸表上の表れ方がそれぞれ異なるんだね。田中そう。「耐用年数が終わる」ということは、「新しい機器を購入するタイミング」ということだから、それに備えて購入資金をためておく必要があるよ。

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第58回 コロナ禍、日医会長政治資金パーティ出席で再び開かれる?“家庭医構想”というパンドラの匣(前編)

2日連続の社説で“大胆”な提言を行った日経新聞こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。今週の個人的なビッグニュースは大谷 翔平投手の13号ホームラン、ではなく、MLBのタンパベイ・レイズをクビになった筒香 嘉智選手を、ロサンゼルス・ドジャースが5月15日(現地時間)に獲得したことです(同じくロサンゼルス・エンジェルスをクビになったアルバート・プホルズ選手も獲得)。レイズは5月11日、筒香選手がメジャー出場の前提となるロースター40人枠から外し、戦力外としていました。2年契約最終年の今季は26試合出場し、打率.167、0本塁打、5打点と打撃が振るわなかったことが原因とされています。最近はほぼ代打要員で、ベンチの隅っこにおとなしく座っている姿が印象に残っています。米紙などは「(レイズが筒香と契約したのは)前例のないほどの大失敗」「今後、日本の球団に所属する日本人野手のポスティング移籍に悪影響を及ぼす」と酷評。日本のネット上でも、「投手の球速がパ・リーグより遅いセ・リーグにいて、かつ狭い横浜球場でしかホームランを量産できなかった筒香が活躍できるわけがなかった」などと、厳しい意見が飛んでいました。3Aで鍛え直すか、日本に戻って来るか、その動向が注目されていましたが、なんとドジャースがトレードで獲得するとは…。故障者が復帰するまでのつなぎとの話もありますが、他球団でクビになった2選手を、昨年世界一のドジャースがどう使っていくのか注目されます。さて、北海道、岡山、広島の3道県にも、16日から今月31日までの期間、緊急事態宣言が発出されました。「まん延防止等重点措置」については群馬、石川、熊本の3県が追加されました。北海道、岡山、広島については、政府の諮問案になかったものを、専門家でつくる分科会でより強い措置が必要だという意見が相次ぎ変更された、とのことです。ワクチン接種も各地でドタバタが続き、医療提供体制の逼迫も深刻さを増しています。今回は、少し古い話になりますが、そんな日本の医療提供体制に対し、5月の連休中、社説を2日も連続して使って“大胆”な提言を行った日本経済新聞の報道と、その中で取り上げられた「家庭医」について書いてみたいと思います。「非常時には医療機関の『経営の自由』を制限せよ」日本経済新聞は、5月4日、5日と連続で、「医療提供体制を問い直す」という社説を掲載しました。通常、社説は1日2テーマないし1テーマで、連続して同じテーマが掲載されることはありません。ゴールデンウィークで話題がなかったという事情もあるとは思いますが、極めて異例なことです。同紙は5月1日、2日の朝刊でも、「コロナ医療の病巣 機能不全の実相」という連載記事を掲載、コロナを診療拒否する医療機関の現状や、非常時における民間病院の「経営の自由」の問題点を指摘しています。社説はその総まとめ、という位置づけのように感じました。社説の内容は、ある筋の人が読めば相当カチンと来るだろう“刺激的”なものでした。5月4日の社説「医療体制を問い直す(上) 非常時の病床確保に強力な措置を」では、「新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の医療提供体制のもろさを浮き彫りにした」として、「今後の人口減少社会で医療の質を維持するためにも、日本の医療体制に早急にメスを入れる必要がある」と提言、「小規模に分散した医療資源でコロナ病床を増やすには、医療機関の役割分担を徹底するしかない」と、日経がこれまで主張してきた論を改めて強く主張しています。その上で、大規模病院、中規模以下病院、療養型病院や高齢者施設の役割を明示、「非常時には医療機関の『経営の自由』を制限し、強制力を持って医療機関に病床を確保させることができる仕組みを早急に整えるべき」として、経営を医療機関の自由に任せている現状は「非常事態に対応できない致命的な欠陥」と断じています。「患者はまず家庭医にかかるのを原則」とせよ続く5月5日の社説「医療体制を問い直す(下) 初期診療をこなす家庭医を増やせ」では、その矛先は診療所の開業医(つまり日本医師会)にも向けられました。「世界に冠たる」と言われて来た国民皆保険が「幻想にすぎなかった現実をあぶり出したのがコロナ禍である」、「人口あたりの病床数は格段に多いにもかかわらず、治療体制のゆき詰まりが露見した」と厳しく批判。その上で、「医療の主役である患者第一を貫きつつ、効果が高くコストが低い医療体制に向けた再構築のカギを握るのは、欧州などで一般化している家庭医制度の普及である」と主張、どの病院・診療所にもかかれる「フリーアクセス」制度が大病院志向を生む要因にもなっているとして、「患者はまず家庭医にかかるのを原則」とせよ、と論じています。さらに「患者はGPと呼ばれる資格を持つ家庭医に登録し、病院ではなく登録GPにかかるのを基本とする」 という英国のNHS(National Hearth Service)の家庭医制度を紹介。「日本は一般に、開業医に比べ勤務医の労働環境が過酷」として、「働き方改革を推し進めるためにも大学医学部は家庭医養成を急いでほしい」としています。日本医師会ではタブーだった「家庭医」私自身は日経のこの社説、全体として正論だと思いました。実際、コロナ対応に積極的でない民間病院の存在や、コロナ診療における診療開業医の存在感のなさは、これまで医療提供体制に疎かった一般の人ですら認識、批判するまでになっています。それにしても、「医療機関の経営の自由制限」「フリーアクセスの問題点指摘」「家庭医制度の普及」と、日本医師会がカチン(一昔前なら激怒)と来そうなキーワードをわざわざ用いて、日本の医療提供体制に大胆に“物申し”た姿勢はあっぱれと言えるでしょう。私がとくに驚いたのは「家庭医」という言葉を使っていたことです。「家庭医」は、日本医師会にとって40年近くもタブーとされてきた言葉です。総合医、総合診療医、あるいはかかりつけ医という差し障りのない言葉ではなく、「家庭医」という言葉を敢えて使っていたとしたら、それは相当挑戦的、かつ挑発的なことです。患者登録制と人頭払いを嫌った日本医師会「家庭医」は、日本医師会の中では使ってはいけないタブーの言葉となった原因は、今から36年も前に繰り広げられた「家庭医論争」にあります。1985年から87年にかけて、地域の診療所開業医の新しい機能・役割として家庭医の制度化が議論され、「家庭医論争」が巻き起こりました。厚生省(当時)は「家庭医懇談会小委員会」を設け、地域における家庭医の必要性、家庭医療学確立の重要性などが議論されました。しかし、日本医師会は「家庭医の制度化は開業医療に対する国家統制だ」という論陣を張り猛反対、最終的に制度化は見送られ、家庭医構想そのものも葬り去られました。この時も、NHSの家庭医(GP)制度が一つのモデルとして紹介されました。しかし、GPは患者登録制で報酬体系も人頭払い主体であったため、「フリーアクセス」「自由開業」「出来高払い」を金科玉条のごとく堅持することで存在意義を保ってきた日本医師会の逆鱗に触れたわけです。以降、「家庭医」という言葉を、日本医師会の幹部が建設的な意味合いで使うことはなくなりました。2018年から新しい専門医制度において総合診療専門医が位置づけられましたが、その議論の過程でも「家庭医」という言葉はほとんど使われていません。「出席した人は全取っ替えしないとダメです」と長嶋氏が、しかし、新型コロナ感染症の感染拡大によって、「フリーアクセス」や「自由開業」、そして日経新聞の言う「自由な経営」が、非常時における効率的な医療提供体制の構築に大きな足かせになっていることが明白になってきました。さらに、日本医師会が推し進めてきた「かかりつけ医」(第29回 オンライン診療恒久化の流れに「かかりつけ医」しか打ち出せない日医の限界を参照)も、このコロナ禍でたいした機能を発揮していないことは誰の眼にも明らかです。病院の機能再編に加え、「家庭医」や「かかりつけ医」の再定義や制度化は、正真正銘待ったなしの状況になってきたと言えるでしょう。そんな中、ここに来て、家庭医、かかりつけ医の制度化を改めて進めようという動きが出てきました。財政制度等審議会・財政制度分科会や経済財政諮問会議などでの提言・議論がそれです。折しも、政治資金パーティ出席で日本医師会の中川 俊男会長は国民の信頼を大きく損ない、「出席した人は全取っ替えしないとダメです。今後この人の言うことを聞きますか?」(5月16日に放映されたフジテレビ系の情報番組「ワイドナショー」でのタレントの長嶋 一茂氏の発言)という声すら出ています。パーティがあった翌日(4月21日)、中川氏は日本医師会の定例記者会見で「3度目の緊急事態宣言は不可避の状況」との見解を示し、早急に厳しい制限を伴った緊急事態宣言の発令を政府に要望していました。医療体制逼迫を訴えるのとは裏腹に、自分だけ政治家パーティに出席(つまり医師会の利益のための活動を最優先)していたという事実は、日本医師会にとって(自分たちが考える以上の)相当大きなダメージとなるでしょう。ひょっとしたら、封印されていた“家庭医構想”というパンドラの匣(日本医師会にとっての)が再び開くことになるかもしれません(この項続く)。

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東京五輪での医師ボランティア募集、8割が否定的/会員アンケート結果

 コロナ禍で医療崩壊が叫ばれ東京オリンピック・パラリンピックの開催自体が危ぶまれる中、同競技大会組織委員会が日本スポーツ協会公認のスポーツドクターからボランティア約200人を募集していたことが明らかとなった(募集は5月14日で締切、応募総数は393人)。この募集に対して、当事者となる医師たちはどのような心境だろうかー。スポーツドクターの資格有無を問わず、8割超が「応募しない」と回答 本アンケートは、スポーツドクターの有資格者が多い診療科(整形外科、救急科、リハビリテーション科)かつ競技会場となる9都道県(北海道、宮城県、福島県、茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県)在住のケアネット会員医師を対象に実施[5月7日(金)~12日(水)]。ボランティアへの応募意向をはじめ、参加時に心配な点や募集に対して感じたことなどを伺った。 本ボランティアの活動期間は3日間程度でも可能、1回当たりの活動時間は約9時間(休憩含む)であるが、応募希望について、Q2で『東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が、日本スポーツ協会公認のスポーツドクターを対象に医師200人程度をボランティアとして募集していますが、応募を考えていますか?』と質問したところ、スポーツドクターの資格有無を問わず、全回答者の86%(215人)が「応募しない」と回答。主な理由を以下に抜粋した。 「現在の社会情勢を考慮していないと考える(30代、200床以上)」 「明らかにコロナ対応を意味しているのに、スポーツドクター募集に違和感。開催の是非で未だに揉めている大会に参加したくない(40代、100~199床)」 「ワクチン接種の医師が足りないと言っていながら、医師募集とは矛盾している気がする(50代、200床以上)」 「付け焼き刃的。非現実的(60代、100~199床)」 また、今回のように専門職をボランティア募集しておきながら大会組織委員には日当が出ることに疑問を感じている医師も一定数いた。 このほか、スポーツドクターの資格を持ち、実際に応募したという医師からも、今回のオリンピック開催については、「コロナにリソースを傾けるべき時に、逆のことをしていると思う(30代、200床以上)」などの否定的な声もみられた。一番の不安要素は「自身の出勤制限」だが、日当があれば参加する? Q3『もしボランティアに参加した場合、心配な点はありますか?』では、「自身の出勤制限」「施設内の医師不足」「給与/売上」の順で回答が多かった。また、Q4『Q2で「応募しない」と回答した方に伺います。どのような条件なら応募しますか?』では、多数が「日当があれば」と回答、多くが「10万円以上」を希望していた。国内のスポーツドクター数は約6,400名 日本スポーツ協会の定めるスポーツドクターの受講条件は、「受講開始年度の4月1日時点で日本国の医師免許取得後4年を経過(受講開始年度の4年前の4月1日以前に取得)し、当協会または当協会加盟(準加盟)団体から推薦され、当協会が認めた者」で、現在のスポーツドクター登録数は6,420名(令和2年10月1日現在)である。登録者の専門診療科は整形外科をはじめ、救急科、リハビリテーション科、形成外科、リウマチ科などで、今回応募した約390名はこの登録者の6.1%にあたる。また、スポーツ医に該当する資格はこのほかにも、日本整形外科学会認定スポーツ医、日本医師会認定の健康スポーツ医などがある。アンケート結果の詳細は以下のページに掲載中。『東京五輪の医師ボランティア募集、どう考える?』

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第57回 ワクチンの優先接種を強要する人、廃棄対策員に廻ればいいのに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)のワクチン接種が徐々に本格化している。医療従事者を除く一般国民で最も優先順位が高い接種対象者である高齢者(約3,600万人)への接種がゴールデンウイーク明けから始まった。一個人としても実家で暮らす80代の両親が5月10日に1回目の接種を終え、ほっとしているところだ。そんな最中、嫌なニュースが飛び込んできた。「何とかならないのか」愛知県西尾市の副市長、スギ薬局創業者夫妻の新型コロナワクチン予約枠の優先確保を指示(東京新聞)ドラッグストア業界で売上高国内トップ10に入るスギ薬局創業者で、そのホールディングスカンパニーであるスギHDの会長夫妻の秘書が、夫妻が優先的にワクチン接種できるよう地元の愛知県西尾市に再三要請。最終的に副市長と健康福祉部長が通常の予約申し込み電話とはまったく別に、健康福祉部健康課に電話をすることで予約が成立する便宜を図っていたことが発覚したというものだ。前述の第一報でスギHD広報室は「市に問い合わせは何度かしたが、便宜を図ってもらうよう依頼したことは一切ない」とコメントしていたが、その後の西尾市による記者会見の内容、またスギHDが公表したお詫びコメントを合わせて考えれば、第一報でのスギHD広報室のコメントは虚偽となる。記者目線で見ると、お詫びコメントも非常に往生際の悪いものとなっている。明らかに便宜供与を要求しているにも関わらず、最後まで「問い合わせ」という言葉で誤魔化しているからだ。ちなみにやや口酸っぱく言うと、医療関係の上場企業の中でもこうした往生際の悪さは製薬企業以外ではよく見かける。要は上場企業としての情報開示や危機管理の経験が浅いため、外向き発信(対外的謝罪)であるはずなのに内向き発信(会社防衛・社内への忖度)の姿勢が露骨に滲んでしまうのである。さて今回の一件、正直本当に厄介なことをしてくれたものだと思っている。今後のワクチン接種を推進していく際のイレギュラー時の対応に少なからぬ影響を及ぼしてしまうと個人的には危惧している。そもそも今回のワクチン接種がこれほど注目を集め、さらに現場からさまざまな混乱が伝えられるのには訳がある。医療従事者の皆さんには釈迦に説法だが、第一に必要性が非常に高いにもかかわらず現時点では供給量が限定的なことが挙げられる。が、それ以上にこのワクチンの保管管理が非常に面倒なことが混乱に拍車をかけている。当初の保管管理温度は-70℃前後とされた。もはやホッキョクグマですら生存可能かどうかわからないのではないかと思える温度であり、現在では-20℃前後に緩和されたとはいえ、それでも通常の医療機関で保管管理が容易なものではない。また、1バイアル当たりの接種可能回数は半端な6回(注射器によっては5回)。解凍後の冷蔵保存期間は5日間で再冷凍は不可。接種の準備のため生理食塩水で希釈後は室温では6時間しかもたない。つまるところ、この特性ゆえに何らかの予定変更や接種予定者の体調不良で直前のキャンセルなどが発生すれば、せっかく用意したワクチンが無駄になる可能性が少なからずあるのだ。しかも、現在の優先接種対象である高齢者の場合、若年者と比べれば突発的な体調不良が発生する蓋然性は高い。とにもかくにも、ワクチンの無駄を発生させることなく接種するのは相当大変なことである。すでに予定していた接種のキャンセルなどで余ったワクチンを廃棄した事例も報じられている。そして、こうした場合の対応についてワクチン接種担当を務める河野 太郎・内閣府特命担当大臣は4月13日の記者会見で次のように発言している。「それから、昨日、高齢者の接種の中で、余ったワクチンが若干ではありますが廃棄されることがあったようでございます。余ったワクチンが廃棄されないようにということはお願いしてまいりまして、できれば接種券を持っている高齢者がいれば打っていただき、接種券がなくても年齢的に対象になる方がいれば打っていただき、高齢者がいらっしゃらなければそれ以外の方という、できればそういう順番で対応していただきたいと思っております。他市・他県の方でも一向に構いません。まったく制約はございませんので、ワクチンが破棄されないように現場対応でしっかりと打っていただきたいとお願いをしたいと思います。また、接種券がなくて打った場合には、しっかりと記録をしておいていただきたいと思います。」これに関しては記者会見での質疑応答でも次のようなやり取りがある。質問ワクチンの廃棄に関してなんですが。接種券を持っている人がいればその辺りということなんですが、それはどういうことを想定しているのか。要は近くにいる人に役所が電話して呼び寄せろということなのか、たまたまその辺を接種券を持って歩いている奇特な人を探してくださいということなのか、もう少しわかりやすくイメージできることを教えてください。回答もう現場対応で結構です。質問ワクチンの廃棄に関して、他市・他県の方にも誰にでも現場判断で打って構わないということだったんですが、これは高齢者で接種券を持っている方であれば他市・他県の方でもという意味なのか。それとも、極端に言えば、医療従事者でもないし高齢者でもないという若い方がいて、それでも本当に余っていたらワクチンの廃棄を回避するという観点から希望者は誰にでも打って、現場判断で構わないということですか。回答それで結構です。優先順位から言えば、医療従事者ですとか高齢者、高齢者の中でも接種券を持っている方がいればその方を優先していただきたいと思っておりますが、若い方でもそこで予診をやっていただいて、打って問題ないということであれば打っていただいて、どなたに打ったかしっかり記録すると。ですから、身分証をしっかり確認していただくということは必要になるのかもしれませんけれども、廃棄せずにきちんと対応していただきたいと思います。地方自治体の関係者からすれば「丸投げ」と言えるかもしれないが、いずれにせよ読めば分かる通り、非常時は「無駄にするくらいならば、身分確認の上で誰に接種しても良い」ということなのだ。ただ、規則に従って業務を遂行することが何事でも基本のお役所の担当者はこうした時の柔軟な対応が苦手だ。それに加え今回のスギHD会長夫妻の接種順位割り込み事例のようなケースが明るみに出ると、局面が異なることにもかかわらず、不測の事態でワクチンが余っても公平性の担保について過剰に気を使うプレッシャーがこれまで以上に働く可能性が否定できない。結果、(1)ワクチンが急遽余った→(2)接種券を持つ接種待機高齢者を探せ→(3)基礎疾患を有する人を探せ、という経過をたどり、せっかく河野大臣が「余ったら誰に打っても良い」と公言してくれているのに、タイムオーバーあるいは過剰な懸念でワクチンが廃棄となる可能性がある。ここで原点に戻って考えたい。そもそも今回のワクチン接種は、多くの人に免疫を獲得してもらうことで少しでも早く社会機能を回復するために血税が投入され、全員が無料で接種できる。ただ、現時点では供給量に限りがあることや、マンパワーに基づく接種回数の限界もあるため、便宜上優先接種順位が設定されているに過ぎないと言っても過言ではない。総合的に考えれば、優先順位の順守よりも廃棄を防ぐことのほうがプライオリティーが高いのは明らかである。現在のヒトと新型コロナウイルスの戦いは、まさに囲碁の戦いのようなもの。囲碁では自分が持つ白・黒いずれかの碁石で、相手の碁並べ(連絡網)を分断しながら、自分側の碁並べをつないで相手が入れない自分の陣地を数多く作ることが勝利へとつながる。これをより具体的に例えるならば、ワクチン接種者という白い碁石でつながった陣地が増えれば、ウイルスの伝播と言う黒い碁石の繋がりは切断され、白い碁石の勝利が近づく。白い碁石がつながった陣地が増えることは、集団免疫の獲得に例えられるだろう。とにかく誰であれ接種者を増やすことは、接種者本人だけでなく、非接種者も守られることを意味し、それだけ集団免疫に向かって一歩前進することになる。だからこそ、廃棄が発生する非常時なら、接種を行う自治体担当者や医療従事者の家族やそれらの人とたまたま連絡が付きやすい知人を呼び寄せるなど誰でもいいから接種すべきだ。そのほうが明らかに公益に適っている。とにかく接種を担当する医療従事者や自治体関係者にはそのことを肝に銘じてほしいと思う。もっとも、こうした非常時の対応はどんなに理論武装してもあれこれ言う人はいる。だからこそ、非常時ではない正規の機会が均等に保証されるべき接種予約段階で、冒頭のような残念なケースが発生したことの影響は少なくないと感じてしまうのだ。いずれにせよ非常時にたまたま接種できる人に接種することを医療従事者も自治体関係者も臆する必要はないし、たまたま繰り上がりで接種を受けた人もコソコソする必要はない。その意味でも社会全体として幸運にして接種順位が繰り上がった人が堂々と「たまたま打てたよ」と言え、周囲も「良かったね」と言ってあげられる社会であってほしいと思う。

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第57回 東京の民間病院の「医療は限界 五輪やめて!」の張り紙が訴える現場の本音

ワシントン・ポストと東京・立川の病院の言い分こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。5月9日に決勝が行われた日本選手権競輪ですが、応援していた郡司 浩平選手(神奈川)は残念ながら準優勝でした。優勝は松浦 悠士選手(広島)。予想はなんとか当たり、車券は取れたのですが、郡司選手の微差での2着…、惜しかったです。さて、東京、大阪など4都府県に出されていた緊急事態宣言が結局5月末まで延長となりました。12日からは愛知、福岡にも対象が広がりました。こちらもある意味予想通りです。それにしても、政府の甘過ぎる希望的観測に振り回されることに国民が慣れっこになってきているのが、少々怖いです。緊急事態宣言の延長によって、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長の来日が延期になりました。各紙報道によれば、緊急事態宣言下での来日が批判を呼び、大会開催に向けてのさらなる逆風になることを避けるためでもあるようです。米国の有力紙、ワシントン・ポストの電子版も5日付で日本政府に対し東京オリンピックを中止するよう促すコラムを掲載しました。同紙のコラムはバッハ会長を「開催国を食い物にする悪癖のある」「ぼったくり男爵(Baron Von Ripper-off)」と呼んでいるのが印象的でした。それにしても、オリンピック・パラリンピック、本当に開催するのでしょうか? 政治家やオリンピック当事者以外は「無理でしょ」と考えている中、興味深いニュースがありました。東京都立川市の社会医療法人社団健生会・立川相互病院の2、3階の窓に、4月末から「医療は限界 五輪やめて!」「もうカンベン オリンピックむり!」という東京オリンピック・パラリンピックの開催に抗議する張り紙が掲示され、SNS上で話題になったというニュースです。「最寄りの病院の叫び」としてツイッターに投稿され、6日現在で6万件以上リツイート、20万件以上の「いいね」がついたとのことです。「心苦しく思う。しかし、反対せざるを得ない」同病院は立川駅近くにある287床の急性期病院です。多摩モノレールの路線に面していることから、乗客に見えるよう2、3階に張り出されたとみられます。SNS上で話題になったことで、多くの報道機関が動き、朝日新聞や毎日新聞などの全国紙やテレビなど多くのメディアで同病院の張り紙が紹介されました。5月9日には日刊スポーツも社会面一面で取り上げています。各報道機関の取材依頼に対し、同病院の高橋 雅哉院長が6日、「報道機関関係者各位」宛の文書で病院の置かれた窮状や開催への疑問を回答し、その内容が新聞等で報道されました。朝日新聞等が報じた回答文書の内容によれば、同病院は2020年4月から新型コロナウイルスの患者に対応し、今年4月までに242人の患者を受け入れていました。5つある一般病棟(各47床)のうち一つを改修して26床の専用病棟にし、さらにICU・HCUのうち3床を新型コロナ重症者用に使っていたとのことです。しかし、大阪府などの感染拡大の状況を見て、5月7日からHCUの全16床を重症~中等症のベッドに転用することを決定。本来HCUで治療すべき患者を一般病棟で管理することになるため、「危険回避のための看護スタッフの負担は限界を超える」と説明、新型コロナ以外の患者に対応できるベッドは199床と大幅に減ったとのことです。また、新型コロナの治療のために一般診療が圧迫される状況は昨年から続いており、救急車の応需率も20年1~3月期の80%から、21年1~3月期は55%と激減した、とのことです。看護師等の採用も厳しく、「各病棟ともギリギリの人員配置になっている。疲労のために退職者が出れば、将棋倒し的に医療崩壊につながりかねない」としています。東京オリンピックの開催でさらなる感染拡大が懸念される中「更に突然の看護師や医師の派遣要請、患者受け入れ病院の指定などを報道で知り、病院としてメッセージを表明する必要を感じた」とし、「選手の方たちの努力の積み重ねや関係者の開催に向けたご尽力を考えると、非常に心苦しく思う。しかし、現実的に、感染拡大の可能性のあるオリンピックの開催には反対せざるを得ない」と訴えています。民医連加入病院だから本音を言えた?「オリンピック反対」を1病院がここまで強烈にアピールすることは珍しいことです。日本医師会や東京都医師会もここまではっきりとオリンピック反対の意思表示をしていません。なぜ立川相互病院か…。それは同病院が全日本民主医療機関連合会(民医連)に加入する病院であることを考えれば、うなずける部分もあります。民医連は医療機関で構成する共産党系の社会運動団体です。共産党はオリンピック招致活動の段階から、一貫してオリンピック開催に反対してきました。コロナ禍となって医療が逼迫する中、その反対姿勢はより強固になっています。他の野党が「開催は難しい」だの「延期」だの言ってきた中で、「中止」を強く主張してきたのは共産党だけです(共産党の志位 和夫委員長は1月の衆院代表質問で菅 義偉首相に「五輪は中止し、日本と世界のあらゆる力をコロナ収束に集中すべきだ」と訴えています)。看護師「動員」を巡ってはツイッターデモが同じ共産党系の労働組合の連合体、日本医療労働組合連合会(医労連)もオリンピック反対運動を展開しています。4月下旬、東京五輪組織委員会が日本看護協会に500人の看護師の「動員」を要請したことをきっかけに、愛知県医労連が28日午後2時から、「#看護師の五輪派遣は困ります」のタグ付きでツイッターデモを開始。数時間で10万ツイートを超え、29日夜には20万ツイートを突破した、とのことです。看護師の動員要請のほか、オリンピックを開催した場合、「大会指定病院」を都内外で30ヵ所確保する予定であることなども報道されています。そろそろオリンピックの準備を具体的に進めていかなければならない局面で、昨年を大幅に超える感染拡大が進み、医療体制が逼迫しているのですから、もう進むべき道は見えていると思うのですが、どうでしょう。一昔前なら、共産党系の考えは正論というよりも“左”がかっていたものですが、もはや真っ当な意見として、一般市民も共感するまでになっているのは、政府(と自民党)のコロナに関する政策への不信感の表れとも言えるでしょう。ちなみに、5月10日、読売新聞オンラインは7〜9日に同紙が実施した全国世論調査の結果を報じています。それによれば東京オリンピック・パラリンピックを「中止する」と答えた人は59%に上っていました。同じ10日に開かれた衆参両院の予算委員会で、野党側は「オリンピックは開催できるか」を繰り返し問いましたが、菅首相は「国民の生命と健康を守り、安心・安全な大会が実現できるように全力を尽くすことが私の責務だ」という決まり文句を、うつむいて文書を読みながら何度も繰り返すだけでした。ただ、少し調べてみたところ、東京オリンピック・パラリンピックの「開催都市契約」というものがあり、その契約の中で「中止する権利を有する」と明記されているのはIOCのみとのことです。都やJOC、国に中止する権限がないとしたら、いったい誰がコロナ禍の中、この“暴走列車”を止めることができるのでしょう。出場国、出場選手も限られ、「世界一」を決める意味合いも薄れた大会の陰で、コロナの“犠牲者”や救急医療体制不備による熱中症などの救急患者の対応遅れが続発するとしたら…。これはもはや、モダン・ホラーの世界です。

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新型コロナ感染症に対する回復期血漿療法は無効(解説:山口佳寿博氏)-1384

 2021年2月11日の本サイト論評で新型コロナ感染症に対する回復期血漿療法の意義・有効性を2021年1月までに発表された論文をもとに中間報告した。しかしながら、2月から3月にかけて回復期血漿療法に関する重要な論文が相次いで発表され、本療法に対する世界的評価が定まった感がある。それ故、本論評では、回復期血漿療法を再度とり上げ、本療法が新型コロナ感染症におけるウイルス増殖の抑制、感染後の重症化阻止に対して有用であるか否かを再度議論するものとする。 本論評でとり上げたJaniaudらの論文(Janiaud P,et al. JAMA. 2021 Mar 23;325:1185-1195.)は、回復期血漿療法に関するメタ解析の結果を報告したもので、2021年1月29日までに報告された10個のランダム化対照試験(RCT)を解析対象とし、観察研究は除外された。RCTは、インド、アルゼンチン、バ-レ-ン、中国、オランダ、スペイン、英国で施行されたものを含む。これらの対象論文には4個の査読終了後の正式論文に加えPress releaseを含む6個の非査読論文が含まれる。4個の正式論文における総対象者数は1,060例(回復期血漿群:595例、対照群:465例)であった。非査読論文にあって最大のものは英国のRECOVERY Trial(Randomized Evaluation of COVID-19 therapy)で総対象者数は11,558例(回復期血漿群:5,795例、対照群:5,763例)であり、他の5個の非査読論文の総対象者数は316例(回復期血漿群:155例、対照群:161例)であった。すなわち、Janiaudらのメタ解析の対象者の89%はRECOVERY Trialに登録された症例であり、その解析結果はRECOVERY Trialの結果によって決定されたものと考えなければならない。それ故、本論評では、2021年3月10日に非査読論文としてmedRxivに掲載されたRECOVERY Trialの結果について解説する(The RECOVERY Collaborative Group. medRxiv.)。 RECOVERY Trialは、英国177の医療施設で施行されている非盲検RCTであり、現在までに、デキサメタゾン、ヒドロキシクロロキン、ロピナビル/リトナビル、アジスロマイシン、トシリズマブに関する治験結果を報告している。RECOVERY Trialで使用された回復期血漿は、ELISA法によりS蛋白特異抗体が高くウイルスに対する中和抗体価が100倍以上の高力価のものであり、ランダム化から出来る限り早期に投与された(初回:137.5mL、2回目:初回より少なくとも12時間あけて翌日に137.5mLを投与)。対象者の8%で酸素投与なし、87%で酸素投与のみ、5%で侵襲的人工呼吸管理が導入されていた。すなわち、対象者の大部分はWHO分類による非重篤患者であった(WHO COVID-19 Clinical management (Ver.1.4) , 2021年1月25日)。Primary outcomeとして、ランダム化から28日目までの死亡率、Secondary outcomesとして、入院期間、ランダム化以降にECMOを含む侵襲的補助呼吸管理あるいは腎/腹膜透析が導入された症例の割合が評価された。興味深いPost-hoc analysisとして、従来株(D614G株)と英国変異株(B.1.1.7)に対する回復期血漿の効果が検討された。従来株感染者は、2020年12月1日までにランダム化された症例、英国株感染者は、それ以降にランダム化された症例と仮定された。 ランダム化から28日目における死亡率は、回復期血漿群、対照群で共に24%であり全く同一であった(Primary outcome)。従来株感染者と英国変異株感染者の死亡率も回復期血漿群と対照群で有意差を認めなかった(Post-hoc analysis)。すなわち、ウイルスの種類によらず回復期血漿療法は無効で新型コロナ感染症患者の死亡を抑制しなかった。Secondary outcomesの評価項目でも両群間で有意差を認めた指標は存在しなかった。以上の結果は、年齢、性、症状持続期間、対象患者のランダム化時のS蛋白に対するIgG抗体価、基礎治療としてのステロイド投与の有無、ランダム化時の呼吸管理の差異などの背景因子を補正しても変化せず、回復期血漿療法の臨床的有効性を全面的に否定するものであった。RECOVERY Trial以上の大規模試験を施行することは不可能、かつ、無意味であり、回復期血漿療法に関する最終結論として、本療法は無効と判断すべきである。 この大規模RECOVERY Trialの結果を受け、世界各国での回復期血漿療法に関する多くの治験は中止されつつある。RECOVERY TrialのPress releaseを受け、2021年2月4日、米国FDAは回復期血漿療法の適用を厳密化し、それを施行するにあたり以下の点を遵守することを臨床現場に要請した(New York Times, 2021年3月22日);(1) S蛋白に対する高力価の抗体を有する血漿のみを使用すること、(2) 主たる対象は免疫不全を有する感染者に限定すること、(3) 免疫不全を認めない感染者に対しては感染早期の投与のみに限定すること。本邦にあっては、回復期血漿療法は保険適用外治療として去年の早い段階で承認されているが、RECOVERY Trialを中心とした世界の趨勢を鑑み、その適用に関し早急に見直す必要がある。2021年4月2日、武田薬品工業は、新型コロナ感染症患者血漿から精製した高濃度免疫グロブリン製剤(CoVIg-19 Plasma Alliance)の第III相ITAC試験(二重盲検化RCT)の結果をPress releaseで公表した(ミクスonline, 2021年4月5日)。ITAC試験は、世界10ヵ国、63施設が参加して施行されたものであり、発症12日以内の新型コロナ感染症患者600例が対象として登録された。治験計画として、抗ウイルス薬レムデシビルにCoVIg-19 Plasma Allianceを追加したレジメンが新型コロナ感染症の制御に有効であるかどうかが解析された。残念なことに、上記のレジメンの有効性は証明されず、ITAC試験の結果はRECOVERY Trialの結論を支持するものであった。 最後に、回復期血漿療法がまったく無意味な治療法であるかどうかについて考察してみたい。この考察のために、S蛋白に対するIgG monoclonal抗体であるCasirivimabとImdevimabの抗体カクテル(REGN-COV)に関する最新の第III相治験結果(REGN-2069 Trial)を紹介したい(Roche. Media & Investor Release, 2021年4月12日)。REGN-2069 Trialは、IgG monoclonal抗体カクテルREGN-COVの皮下投与が新型コロナ感染症患者との濃厚接触に起因する家族内感染リスクを81%、無症候性感染から有症候性感染への移行リスクを31%軽減させることを示した。回復期血漿療法はS蛋白を標的としたPolyclonal抗体治療と考えることができるので、家族内感染に関してREGN-COVカクテルと同様の効果を発揮する可能性がある。その意味で、新たな治験が必要ではあるが、回復期血漿療法を家族内感染に対する予防法の1つとして位置付けることが可能ではないかと論評者は考えている。しかしながら、REGN-COVカクテルは皮下投与で外来治療ができる簡便な方法であるのに対し、回復期血漿は入院で点滴投与が必要であり実際面で非常に制限が多く、REGN-COVカクテル療法を凌駕する方法ではないことを忘れてはならない。

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Lancetでもこんなことがあるんだ…(解説:後藤信哉氏)-1386

 各種学会の作る診療ガイドラインでは、観察研究よりもランダム化比較試験のエビデンスレベルが高く、ランダム化比較試験のメタ解析のエビデンスレベルがさらに高いと書いている。しかし、メタ解析のエビデンスレベルは本当に高いのだろうか? チカグレロル、プラスグレルなどの高価な新薬がクロピドグレルの特許切れ後に販売されたとき、価格の圧倒的に安いクロピドグレルに著しく勝る有効性、安全性を示すことは困難であった。実際、いずれの薬剤も血小板のP2Y12 ADP受容体の選択的阻害薬なので有効性、安全性の革新を期待することは困難であった。チカグレロル、プラスグレルともにクロピドグレルに対する有効性の優越を目指したため、pivotal trialでは患者集団の重篤な出血が増加して標準治療の転換はできなかった。 肝臓で代謝される薬剤は多数ある。どのような薬剤でも有効性、安全性は、ランダム化比較試験など患者集団を対象として施行される。不思議なことに、クロピドグレルではCYP2C19による代謝速度の個体差が問題とされた。個別最適化医療の論理は確立されておらず、血栓イベント・出血イベントにおける血小板の役割も正確に解明されていないのに、血小板凝集などの確立されていないバイオマーカーを用いた臨床研究が多数施行された。本論文は、それらの、なぜ施行されたのか、科学的観点では不明の臨床研究のメタ解析である。 本研究の対象症例は2万743例と多数になった。しかし、本研究はランダム化比較試験と観察研究のメタ解析である。仮説検証を目指すランダム化比較試験と仮説を生み出す観察研究では登録基準、除外基準のハードルが異なる。比較的サイズの大きい個別のランダム化比較試験では、MACEにはguided therapyとnon guided therapyに差がない。小規模のランダム化比較試験にはguided therapy betterに見えるものが多い。メタ解析全体ではguided therapyが良いように結論されている。さまざまな視点のランダム化比較試験が一様の結果を示すメタ解析はエビデンスレベルが高いかもしれない。しかし、異なる方向の結果を集めたメタ解析には意味がない。Lancetでもこんなことがあるんだ…と正直感じた。

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