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菅政権が国のデジタル化を重要政策に位置付け、今年9月に新設される見通しのデジタル庁。コンピュータネットワークやデータベース技術を利用した電子政府の取り組みは、過去20年間、歴代政権が進めてきたものの、成果は思わしくない。元大蔵官僚で“霞が関文化”を知る田中 秀明氏(明治大学公共政策大学院教授)は、企業セミナーで行った講演で、デジタル化を阻む要因を「3つの岩盤」に例えて分析。デジタル庁が機能するための問題点を浮き彫りにした。電子政府は医療にも大きく関わるので紹介したい。行政のデジタル化を阻む“岩盤”とは? 田中氏が指摘したのは、以下の3点である。(1)結果検証に問題これまでの戦略や施策の評価、問題と原因の分析がない。安倍政権下の「世界最先端デジタル国家創造宣言」(2013年)など計画ばかりで、重要成果指数(KPI)による目標設定は「研修回数」などのプロセスが中心だった。(2)システム化に問題システムは間違いを見つけて改善していくものだが、これは無謬性を重視する行政文化に反する。行政は、現在の業務をそのままにしてシステム化しようとする。また、国と地方自治体のシステムが異なっており、自治体間もバラバラである。連携には、国・自治体間の「標準化」が不可欠だが、、時間が掛かるうえに不具合も生じるだろう。(3)組織に問題2013年に、電子政府推進の司令塔としてIT総合戦略本部に内閣情報通信政策監(CIO)が設けられたが、権限は総合調整で、省庁間の縦割りを打破できない。また、政府CIO室は公務員と民間企業からの出向者で構成され、いずれも約2年で交代する。役所では、ITなどの専門性は軽視され、キャリアが発展しない。デジタル庁が抱える問題点一方、政府が発表したデジタル庁の概要に対しては、4つの問題点を指摘した。まず、人材採用の問題がある。職員約500人のうち、民間から専門性の高い人材を30~40人、週3日勤務の非常勤職員として採用する方針だが、年俸は最高で本省課長並み(約1,300万円)。民間のIT専門職にデジタル庁に行きたいか尋ねると、多くは行きたがらない。人数は集まっても、「優秀な人材が来るのか」疑問である。2つ目は組織の問題点。デジタル庁に「各府庁等に対する総合調整権限(勧告権等)」を有する司令塔機能を持たせる方針だが、2001年に設置された「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)」の本部長である首相がすでに権限を持っており、さらに強化するような権限がないことである。3つ目の問題は、デジタル化に向けた国と地方の温度差だ。主な業務に対しては「デジタル化で重要なのは地方の問題」(田中氏)である。住民票の発行など地方のデジタル化が進まなければ意味がない。4つ目は予算の問題である。国の情報システム予算はデジタル庁に一括計上した上で各府庁に配分する方針だが、8,000億円(2020年度)の予算のうち5,000億円は各府庁に付いているので、依然として各府庁の独自システムが残ることが挙げられる。電子政府で日本をリードする韓国電子政府に関しては、行政制度が日本と似ている韓国が参考になるという。国連の電子政府ランキングにおいて、韓国は2010年1位(日本17位)、14年1位(同6位)、18年3位(同10位)、20年2位(同14位)と、世界的にも首位の座にある。韓国は、1997年の通貨危機を契機に国家再生のための改革としてIT化戦略を推進した。司令塔の情報通信省や実働部隊の関連機関を設立。国レベルで統一的に地方自治体のシステムを構築したり、運用・維持保守も統合運用したりしている。関連機関には、ITだけでなく法律や医療などさまざまな分野で博士号を持つ職員を多数配置。公務員制度改革により幹部ポストの2割は官民公募、3割は政府内公募で採用、専門性や能力で選抜している。国民は電子政府ポータル(国・地方が一体)により、自宅やオフィスから24時間365日、各種の申請手続きや証明書の発行が可能だ。約30種類の手続きを1回で処理できる。国や地方では各種証明書の発行が激減。2005年は4.5億枚だったのが、15年には1.5億枚まで減ったという。また、診療報酬請求は住民登録番号に紐付けられ、ITでチェックするので、保険財政は黒字になっている。日本では考えられない医療関連サービス田中氏は、これまでに韓国を3回訪れ、電子政府に関する視察を行ってきた。病院や駅にも証明書発行機が置かれ、住民票や高校・大学の成績証明書などが発行されていた。北朝鮮によるスパイ活動防止のため、発行にはマイナンバーを入力した上で、指紋認証が必要だ。病床数約4,000床のセブランス病院では、受付にほとんど人がいなかった。高齢者を含め患者はスマホで予約しているからだ。患者は診療科の機器にカードを差し込むと、診療の順番が掲示板に表示される。診療終了後、会計はクレジットカードで済ます。薬が処方される場合、画面上でどこの薬局で薬を受け取るかを患者自身が選ぶ。選択した薬局に行けば、薬が用意されている仕組みだ。院内には医療関連サービスを提供する機械が置いてある。例えば、セカンドオピニオンなどに必要なMRIやCTの画像を無料で出力してくれる。病院には火葬場が隣接しており、クレジットカードで香典を払える機械も置かれている。日本人からすると「そこまでやるか」という感覚だが、病院はまさにITが威力を発揮できる分野であることを見せていたという。韓国は保険制度もすべて電子化されており、過去20年の国民の治療や健康診断に関するデータが蓄積されている。それらを基に、10年後にその人がどういう病気になったかトレースできる。そのようなデータを活用し、検査結果から将来胃がんなどを発症する確率を教えるサービスが、韓国政府とベンチャー企業とのタッグで始まるという。利用者目線の「プッシュ型社会保障」を実現韓国では、国民が受けられる社会保障サービスがパソコンに示される。日本と同様、手当は所得に連動している。例えば、出産届を出せば所得に応じた関連手当が示されるので、受けるかどうかをクリックすればいい。自分の所得について、役所に行って説明する必要はない。「プッシュ型社会保障」であり、利用者目線の行政サービスを提供している。田中氏の講演を聞き、日本はまず、これまでの電子政府を巡る失敗を検証しないことには、デジタル庁を設立しても成功はおぼつかないないと感じた。日韓関係はいま決して良好ではないが、この政策に関しては先行している韓国に学ぶことが多いのではないだろうか。