サイト内検索|page:31

検索結果 合計:1187件 表示位置:601 - 620

601.

第79回 与野党の政策を党別分析、ツッコミどころ満載なその政策とは?(後編)

ついに岸田 文雄首相は10月14日の衆議院で解散を行い、19日公示、31日投開票のスケジュールで4年ぶりの衆院選が行われることになった。前回から自民党以外の与野党各党の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)を含む医療・社会保障政策を紹介し、独断と偏見ながらその評価をしている。今回は前回紹介した公明党、立憲民主党、国民民主党以外の各政党についてである。野党二番目の議席数、日本共産党実は与党の自民党、公明党、野党第一党の立憲民主党に次いで衆議院で議席を有しているのが日本共産党(12議席)である。その共産党は11日に「総選挙政策 なにより、いのち。ぶれずに、つらぬく」を公表した。まず、新型コロナ対策として(1)ワクチンと一体で大規模検査、(2)医療・保健所への支援、(3)まともな補償、の3本柱を訴えている。ただ、このうちの(1)は「『いつでも、誰でも、無料で』という大規模・頻回・無料のPCR検査実施」、「職場、学校、保育所、幼稚園、家庭などでの自主検査を大規模かつ無料で行えるように国が思い切った補助」とのことで、ややため息が出てしまう。パンデミック当初の検査能力不足に起因した検査抑制は確かに問題だったが、今は検査が不足しているとは必ずしも言えない。また、どんなに検査の自動化やプール方式などの効率化を進めても検査に要するリソースが有限であることを考えれば、現状の検査能力の使い方こそが最重要である。その中で医療従事者や介護従事者、警察・消防などのエッセンシャルワーカーに比較的頻回な定期検査を行うならば、リソースの有効活用にはなるだろうが、いつでも誰でも無料は大衆受けするがかなり非科学的といえる。また、今回の教訓を踏まえた医療などのキャパシティ向上を謳って「感染症病床、救急・救命体制への国の予算を2倍にするとともに、ICU病床への支援を新設して2倍」「保健所予算を2倍にして、保健所数も、職員数も大きく増やす」「国立感染症研究所・地方衛生研究所の予算を拡充し、研究予算を10倍」などの定量目標を掲げているが、正直財源も含め、いずれも現実味を感じない。ボリューミィ政策、日本維新の会野党第3党の日本維新の会。同党は衆院選向けの公約は発表していないが政策提言「維新八策2021」という8領域339項目の政策を公表している。医療・社会保障に関してはこのうち「2.減税と規制改革、日本をダイナミックに飛躍させる成長戦略」「3.『チャレンジのためのセーフティネット』大胆な労働市場・社会保障制度改革」、「4.多様性を支える 教育・ 社会政策、将来世代への徹底投資」に集中的に登場する。まず、成長戦略項目で訴えていることは、(1)ITによる医療・介護の産業化・高度化、(2)診療報酬点数に需給バランスを通じた調整メカニズム導入、(3)混合診療解禁、(4)医療法人などの経営・資金調達方法の大幅に規制緩和、(5)OTC販売時の対面販売規制見直し、であり、端的に言えば医療での規制緩和・市場原理導入ということだ。社会保障制度の項目では、数多くの政策が並んでいるが根幹として医療費の自己負担割合について「年齢で負担割合に差を設けるのではなく、所得に応じて負担割合に差を設ける仕組みに変更」と訴えている。これについては一見すると合理的に見えるが、ここで考えるべきはまず低所得者と高所得者でどちらのほうが一般的に考えて健康不安があるかという点だ。答えはおおむね低所得者に行くはずだ。生活の基本である衣食住に対するものも含め可処分所得が低いため、健康維持に使えるお金も減るからである。つまり健康不安の少ない高所得者が高い自己負担割合になれば、結果として彼らは過少給付となるので不公平感が否めない。ちなみに後段の項目では「定期的な検診受診者や健康リスクの低い被保険者などの保険料を値引きする医療保険に保険料割引制度導入」と訴えているため、高所得者はこの点では得をして前述の過少給付分を補填できるかもしれない。しかし、逆に相対的に健康リスクが高いとみられる低所得者はこの制度では恩恵を受けがたくなり、一部の低所得者と高所得者との間で格差が広がる危険性もある。その一方で「国民健康保険でのスケールメリットを活かせる広域的運営の推進」や「レセプトチェックのルール統一を行い、国民皆保険制度の元で AIやビッグデータを活用することで、医療費の適正化と医療の質の向上を同時に実現」は個人的には一考に値すると感じている。とくに後者のレセプト審査基準が地域によって幅があることは、患者目線に立てばこれまでも内外から疑問視されていた点である。新型コロナ対策についても12本の提言を挙げているが、その多くに新味はない。さらに、「人員配置や設備面で急性期の受け入れ能力がない中小病院が過多になっている現状を精査し、医療提供体制の再編を強力に推進」という点については、やや「???」とも思う。そもそも高齢化が進む日本の将来を見据えた場合、急性期医療以外を担う病院の必要性は高い。もっとも医療機関数や病床数が多めであることは確かだが、ほぼ民間病院だらけの中小病院をどのようにして「再編を強力に推進」するのかと思ってしまう。後述する社民党の政策に出てくる国公立病院の統廃合も含めた機能点検ですらあれだけ揉めたのだから、こうした維新の提言が実現するとは思えないのだが…残る社民党、れいわ新選組、NHK党は…さて前編分も含め、ここまでが現状で衆議院に議席を持つ政党の政策についてだが、参議院に議席を有し、公職選挙法や政党助成法での政党要件を満たし、なおかつ今回の衆議院選に候補者を立てている政党がいくつかある。社民党、れいわ新選組、NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で(公職選挙法上の略称・NHK党)の3政党である。この各党についても触れておきたい。これは政治・選挙取材を得意とする私の友人で「黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い」で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞した畠山 理仁(みちよし)氏が実践しているすべての候補の主張に耳を傾け、すべての候補を公平に扱うべきという主張に共鳴しているからだ。まずは社民党。かつては最大野党として衆参両院で最盛期に3分の1以上の議席を占めたこともある旧日本社会党を前身とする社民党は現在、衆参両院で議員各1人にまで凋落している。その社民党の「2021年重点政策」を見ると、社会保障・医療関連でまず触れられているのが、「1.新型コロナ感染症災害からの生活再建」の中の「医療機関、介護・医療従事者を支援。地域医療を守る」の項目。具体的には2019年に厚生労働省「医療計画の見直し等に関する検討会」の「地域医療構想に関するワーキンググループ」が急性期医療機能の観点から424(現在は436)の公立・公的等医療機関について統廃合も含めた機能再検証を求めた件をあげ、新型コロナの病床確保の観点からこの方針の撤回を求めるというもの。確かにこの一件はいきなり該当病院が名指しされたことで当該病院関係者や自治体に大混乱を与えたことは事実だ。しかし、従来から国内の医療機関が極端に急性期医療に軸足を置いてきた結果、超高齢化社会の進行に伴う将来的な慢性疾患対応の増加とミスマッチになっていたこともまた事実である。単純に将来の新興感染症を見越して現行のままの急性期病床配置を維持すれば良いものではない。この政策項目の中では「削減してきた保健所、保健師の数を増やし、公衆衛生の強化に取り組みます」とも訴えているが、それならば新興感染症対策の最前線である保健所の在り方も含めた急性期病床の配置までもう少し踏み込んだ提言があってほしいと思うのは要求のレベルが高すぎるだろうか?「2.格差・貧困の解消」では「75歳以上の高齢者医療費負担2倍化反対」として、今年6月に成立した健康保険法改正により、75歳以上の単身高齢者で年収200万円以上であれば医療費の自己負担額が2割に引き上げられる法改定が成立したが、その撤回を求めている。ただ、この高齢者の自己負担引き上げは長らく議論されてきたもので、実際の引き上げも慎重にかつ段階的に行われている。そもそも少子高齢化と経済低成長の時代に現役世代のみで現在の社会保障制度を支えることが困難なことは社民党も知らぬはずはない。その意味ではこの主張・政策は手垢まみれのポピュリズムとさえ言えるかもしれない。一方、代表である山本 太郎氏の出馬選挙区問題でドタバタが起きた、れいわ新選組(参議院2議席)だが、その新型コロナ対策は他党と比べ医療対策よりも経済対策が中心。その中で「PCR検査最大能力を100万回/日に向上へ」という政策を掲げている。正直、必要な検査数はその時々の流行状況などにもなど左右されるため、数値目標を掲げるのは必ずしも適切ではない。ただ、同党の主張は「医療者はもちろんのこと、バス・タクシードライバー、駅員、保育・介護職等のエッセンシャルワーカーやその家族、濃厚接触者、コロナウイルス感染の疑いのある者が、定期的に優先し、複数回検査できる体制の構築」と具体的に記述している。要は感染の疑いがある者や濃厚接触者といった日常診療でベーシックに必要とされる検査分を前提にエッセンシャルワーカー分を上乗せした数値目標らしい。その意味では一定程度ロジックは成立している。また、こうしたエッセンシャルワーカーに対して1日当たり2万4,000円の危険手当の給付を訴えている。2万4,000円というのは、アフリカの新興国・南スーダンに展開した国連南スーダン共和国ミッション (UNMISS) に、2012年1月から2017年5月まで自衛隊を派遣した際、非常時に小規模な戦闘が起こることも念頭に行う「駆け付け警護」まで実施した際の隊員の1日当たりの「国際平和協力手当」が原点だ。要は最も危険な公務員の任務での手当と同額ということだ。この背景として同党は、こうしたエッセンシャルワーカーが通常人口に比べて新型コロナでの死亡リスクが2倍以上にのぼることを例示している。考え方として悪くはないが、給付が実現しても死亡リスクそのものが低下するわけではないので、その点の対策がなければアンバランスである。さらに基本政策の中では、「障がい者福祉と介護保険の統合路線は見直し」を訴えている。これは障害者総合支援法の第7条の自立支援給付での「介護保険優先原則」の見直しである。同党はこの条文により障害者が充実した重度訪問介護などのサービスを利用できず、65歳以上では利用時の原則一割負担とサービスの幅も狭い介護保険の利用を求められる点を是正すべきとしている。これは障害者議員を擁する同党ならではと言えるかもしれない。で、最後はNHK党(衆参両院で各1議席:衆院の1議席は日本維新の会を除名された丸山穂高氏が入党したことによる)となるが、もともとNHKと対決するシングル・イシューの政党であり、新型コロナ対策や医療・社会保障に関する政策は同党の公式ホームページでは一切見当たらなかった。さて月末の衆議院選の結果はいかなるものになるだろう?

602.

第79回 新型コロナ巡る多大な犠牲者の陰に見え隠れするカネとポストの争い

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新規感染者数は急減しているとはいえ、死者は現在約1万8,000人に及ぶ。コロナ対策の原則は早期発見、早期隔離、早期治療だが、対策を講じてもなお、これほどの人が亡くなったことに疑問を抱かざるを得ない。PCR検査を幅広く行い、陽性者を隔離し、重症化すれば専門施設で集中治療する―。本来ならPCR検査数を増やすことは最優先課題のはずだったが、厚生労働省は当初から抑制し続けてきた。そこには、いくつかの理由があるようだ。首相の検査拡大指示も無視した医務技監昨年8月まで、医系技官のトップの医務技監だった鈴木 康裕氏(現・国際医療福祉大学副学長・教授)は、安倍 晋三首相(当時)の指示にもかかわらず、PCR検査の拡大を行わなかった。鈴木氏は偽陽性の頻度を理由に「陽性と結果が出たからといって、本当に感染しているかを意味しない」とメディアのインタビューに応えている。また、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会委員の岡部 信彦氏(川崎市健康安全研究所所長)も、PCR検査の精度管理を理由に検査拡大に反対した。検査抑制の理由は何か。上 昌広氏(NPO法人医療ガバナンス研究所理事長)らは、保健所を守るためだと指摘する。感染症法により、保健所長が感染の疑いがあると判断した場合、検査は不可避で、陽性の場合は入院させる。人権にかかわる措置であるため、手順は法令で細かく規定されている。こうした事情により、実質的にPCR検査は保健所の独占状態となった。しかし保健所は、PCR検査だけでなく、積極的疫学調査や入院調整なども担っていたため、業務過剰に陥った。幾度かの感染者急増の波もあり、PCR検査への対応が追い付かない上に、自宅療養者に対する入院判断ミスや情報管理の不備なども度重なり、感染者が死亡するケースが相次いだのは、さまざまなメディアが報じた通りだ。「独占」体制で生じる利権の構造コロナに関する保健所の業務独占体制は変える必要がある。しかし、そこが一筋縄ではいかないのは、関係者の利権の喪失にかかわるからだという。例えば、保健所が積極的疫学調査として集めたデータは、国立感染症研究所(感染研)に送られ、“感染症ムラ”が独占する。現在の体制下では、保健所長は医系技官、地方衛生研究所(地衛研)所長は感染研幹部経験者の“専用ポスト”なっているという。検査の独占はカネとポストにつながるため、COVID-19を1・2類感染症から5類感染症にダウングレードする議論にもおのずと関連してくる。COVID-19を巡っては、ウイルスそのものの脅威により、多大な社会的損失と生命の犠牲を余儀なくされた。これは紛れもない事実だが、医療政策をつかさどる人や組織の在り方によって被った人為的影響も計り知れないのではないだろうか。

603.

キッズ・オールライト(その3)【じゃあどう法整備する?「精子ドナーファーザー」という生き方とは?(生殖補助医療法)】Part 3

「精子ドナーファーザー」という生き方とは?ポールは、ジュールスたちと一緒になるため、恋人として良い関係を築いていたタニアにあっさり別れを告げます。しかし、突然すぎたため、怒った彼女から暴言を吐かれます。その後に、謝罪を口実に、彼は不倫相手のジュールスがいる4人の家に押しかけていきます。しかし、出迎えたジョニから「良い人だと思ってたのに」とがっかりして告げられます。そして、ニックに「あなたは侵入者よ。家族を作りたいなら自分で作って」と言われ、追い返されるのです。このポールの一連の行動から、実は彼の自由気ままさは、彼の無責任さであることに気づかされます。彼は、独身生活が長い分、裏を返せば結婚生活や家庭生活を送ってこなかった分、相手の気持ちに思いを馳せたり、相手とつながるほかの人に配慮したり、時に子どもに厳しい指摘をする責任感が乏しいのでした。これは、最後に、ジュールスがニックたちの前で「結婚生活は、終わりのないマラソンよ。でも私は努力したい(責任を持ちたい)」と説く謝罪の演説とは対照的です。映画の途中までは、ポールが良い人キャラで、ニックとジュールスが悪役のように描かれていました。しかし、最後の最後で、ポールの薄っぺらさが露呈し、一方でニックとジュールスはお互いに欠点がありながらも一生懸命に支え合って生きていこうとしていることに気づかされます。人間関係における責任感という物差しによって、善悪が逆転してしまうのです。ポールのように、もともと結婚生活や家庭生活に向いていない男性はいます。また、結婚生活や家庭生活を望まない男性もいます。そして増えています。いわゆる非婚の心理です。その詳細については、関連記事3をご覧ください。ただし、結婚したくないし子育てもしたくないけれど自分の子どもだけは欲しいという男性はいます。つまり、自分の遺伝子を残したいという思いです。これは、その1でもご紹介した生殖心理です。そんな男性は、優秀な精子を持っていれば、精子ドナーとして打って付けでしょう。そして、先ほどにも触れましたが、だからこそ、そんな男性がドナーとして生物学的な子どもを知る権利を得ることができれば、ドナーが増えていく可能性があります。非婚の男性が増えていることから、ドナーの知る権利を認めることは、ドナー確保のウルトラCの解決策になる可能性があります。彼らは、結婚しないで子育てもしないけれど自分の子どもを持つ生き方をすることになります。名付けるなら「精子ドナーファーザ」です。一方で、結婚したくないけれど子育てはしたいという女性がいます。実際に、結婚しないことを最初から自ら選んで子どもを持つ女性は、選択的シングルマザーと呼ばれ、海外では増えています。精子バンクを利用する選択的シングルマザーと、精子バンクに精子を提供する「精子ドナーファーザー」は、実はそれぞれのニーズがきれいに一致します。これは、男女の協力関係においての社会構造が「しなければならないかどうか」から「したいかどうか」へシフトしつつあるからとも言えます。なお、選択的シングルマザーの心理の詳細については、関連記事4をご覧ください。「キッズ・オールライト」とは?不倫騒動からしばらく経っても、ニックとジュールスは、ぎすぎすしていました。ラストシーンで、とうとうジョニが大学の寮に引っ越したあと、その帰り道の車の中で、レイザーはニックとジュールスに、ぼそっと「別れちゃだめだよ。だって、二人とも年取りすぎてるから」と言うのです。あまりにも率直な意見で、見ている私たちも、ついクスっと笑ってしまいます。空気が一変して、ニックとジュールスは久々に手をつなぐのでした。この映画のタイトルは「キッズ・オールライト」でした。精子提供で生まれた子どもたちでしたが、それでも「子どもたちは大丈夫」という意味でしょう。同時に、それはそんな子どもたちによって「ペアレンツ・オールライト(親たちは大丈夫)」になることであるとも言えるでしょう。この映画を通して、私たちも「キッズ・オールライト」と言えることを一番に考えた時、より良い生殖補助医療法を、そしてより良い社会を作ることができるのではないでしょうか?1)生殖医療はヒトを幸せにするのか:小林亜津子、光文社新書、20142)精子提供:歌代幸子、新潮社、20123)ルポ生殖ビジネス:日比野由利、朝日新聞出版、20154)生殖医療の衝撃:石原理、講談社現代新書、20165)生殖補助医療で生まれた子どもの出自を知る権利:才村眞理:福村出版、20086)「子どもの出自を知る権利」について 生殖補助医療法と法:小泉良幸、J-STAGE、20107)「精子売買はグレーマーケットだった」“不妊治療大国”で元証券会社社員が精子バンク日本語窓口を立ち上げたワケ:こみねあつこ、文春オンライン、20218)生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律の成立について:法務省<< 前のページへ■関連記事テネット【なんで時間を考えるのが癒しになるの?(アクセプタンス&コミットメント・セラピー[ACT])】そして父になる(その1)【もしも自分の子じゃなかったら!?(親子観)】私 結婚できないんじゃなくて、しないんです【コミュニケーション能力】カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】

604.

第78回 与野党の政策を党別分析、ツッコミどころ満載なその政策とは?(前編)

10月4日、岸田 文雄自民党総裁が第100代内閣総理大臣に選出され、岸田内閣がスタートした。そしてこの日の夜、首相としての初の記者会見では、衆議院を14日に解散し19日公示、31日投開票の日程で衆議院選挙を行うと方針を明らかにした。見た目は温和な岸田首相の電光石火な行動ぶりにはさすがに驚いた。首相就任から最初の解散までの期間は戦後最短である。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行が沈静化している中で、いわゆる新内閣発足のご祝儀相場と呼ばれる高めの支持率や野党側の候補者調整のもたつきを踏まえた判断とみられる。もっとも報道各社が行った世論調査での岸田内閣の支持率は高いものでも60%に達しない。その意味では電撃解散決定が支持率の足かせになったかもしれない。さてということで、国政最大の山場である衆議院選が間近となった。自民党の衆議院選に向けた政策はまさに前回紹介した岸田首相の政策がかなり反映されるとみられるが、それ以外の各党はどんな政策を掲げるのか? 政治話続きで申し訳ないが、この際各党が今回の選挙で掲げている社会保障・医療関連分野の政策・公約について「私見」を交えて見ていきたい。まずは与党の公明党はっきりいって私個人は国内の全政党の中でこの政党ほどある部分では政策が明確で、一方である部分は不明確な政党もないと思っている。「何言っているんだ?」と思われるかもしれない。端的に言うと、この政党の柱となる政策は従来から「お金を配る」か「無償化」の2つしかない。それ以外は言っちゃ悪いが、多少の流行に合わせて言葉を並べただけである。それでは見ていこう。まず「2021年衆院選・重点政策 『日本再生へ新たな挑戦』 I.子育て・教育を国家戦略に」。ここでは子供の成長に合わせて『結婚』『妊娠』『出産』『幼児教育・保育』『小中学校』『高校等』『大学等』のステージを設定し、各時期の政策が列記してある。少子化対策の一つとも言える「妊娠」「出産」関連では、「不妊治療の保険適用」とあるが、これは菅内閣で道筋が付きつつあり目新しさはない。さらに「不妊治療と仕事の両立支援」「カウンセリング体制の充実」とあるが、具体策の記述はない。また、「出産」に関しては、「出産育児一時金(現行42万円)の50万円への増額をめざす」とあり、十八番のお金配りが登場する。この件、現在では広く知られているように、一時金が上昇するたびに都市部の民間病院ではベーシックな出産費用も上昇するイタチごっこになり、出産予定者への支援として実効性が疑問視されている。「0~2歳児の産後ケアや家事・育児サービスを拡充」との記述もあるが、これは前述の「妊娠」項目での後者2つの政策同様、聞こえの良いメッセージを並べた程度にしか解釈できない。極めつけは「高校3年生まで無償化をめざし子どもの医療費助成を拡大」。過去の老人医療費無償化や現在各自治体で行われている小児医療費無償化を見ても、安易な受診というモラルハザードを招く側面が多いことが知られている。財源云々を抜きにして、手垢がつき過ぎたポピュリズム政策で、あまり感心できない。なお、最近よく報じられる健康状態が悪い家族のケアに時間を取られる子供、いわゆる「ヤングケアラー」問題については「ヤングケアラー等の家事・育児支援」を掲げている。流行りに乗ったとも言えるかもしれないが、むしろ単純なお金配りよりも、こうした点でより具体的な提案をしたほうが良いと思うのだが。一方、新型コロナ対策についても「2021年衆院選・重点政策 『日本再生へ新たな挑戦』 III.感染症に強い日本へ」で言及している。ここでの訴えを要約すると、▽国産ワクチン・治療薬の開発支援とその確保の強化▽非常時の病床確保▽PCR検査などの検査能力拡大となる。ちなみにこの中で「ワクチンの3回目ブースター接種の無料化」との記述もあるが、行政が重視する施策の連続性などを考慮すれば無料化は既定路線であって、わざわざ政策として記述する必要を感じない。言ってしまえば、十八番の無償化路線に沿って並べたに過ぎないとしか思えない。また、これは公明党に限らず各党が言いがちな国産ワクチン・治療薬の実現だが、言うほど簡単なことではなく、むしろ創薬を甘く見過ぎである。具体例として現在、経口治療薬で先行するメルクで解説しよう。メルクは今回の新型コロナパンデミック当初にワクチン、治療薬開発のために買収と業務提携を各1件、治療薬での業務提携1件を行っている。後者の成果として注目されているのが上市間近と言われる、経口薬のmolnupiravirである。これらの提携や買収の費用はすべて公表されているわけではないが、買収では日本円で400億円程度を要している。そのためこれらの提携に支払った総額は1,000億円程度と推定されている。しかし、このうち買収先でのワクチン開発はすでに中止を決定している。言ってしまえば1,000億円の身銭を切って、400億円はドブに捨てたようなもの。つまりそれだけ大胆なアライアンスを実行しなければならない。日本の製薬企業にこれだけの余裕があるはずもなく、国の支援だけでどうにかなる話ではない。危機に際してだけ数億円程度をつぎ込んでもなんともならないことを日本の政治家は知るべきである。一方、病床確保や検査関連では「後遺症の予防策や治療方法の開発促進のために、実態把握と原因究明の調査・研究に取り組む。また、地域で後遺症の相談ができる体制を整備」という点がほかの政党の公約にはない政策である。もっとも前述したように「お金配り」と「無償化」以外はほぼ実績のない政党であるため、どれだけ本気で取り組むかは未知数である。次いで最大野党の立憲民主党同党の前身である民主党は無償化政策など、やはり耳に聞こえの良い政策を盛り込んだ「マニフェスト」と呼ばれる政策集を掲げて2009年に政権を獲得したものの、それら政策の財政的裏付けが脆弱だったことが白日の下にさらされ、政権から滑り落ちたのは周知のこと。もっとも従来から前身の民主党、その後の立憲民主党は野党第一党ということもあってか、公明党よりは政策の記述内容は充実していることが多い。同党は「#政権取ってこれをやる」とのハッシュタグで9月7日以降、10月5日現在Vol.8まで政策を発表している。そのVol.1「政権発足後、初閣議で直ちに決定する事項」では、官邸に総理直轄で官房長官をトップとする新型コロナウイルス感染症対策の新たな指令塔「新型コロナウイルス対応調整室(仮称)」を設け、その下で権利と役割を整理するとともに、専門家チームを見直して強化するとしている。これについては記者会見で同党の枝野 幸男代表が次のような趣旨の説明をしている。「私自身の経験(東日本大震災時の官房長官)では、危機管理は日常業務を担っている各省庁がフル回転しないと担えない。医療に関連しては厚生労働省がフル回転をするわけで、その外側に大臣をつくっても結局屋上屋を重ねることに過ぎないことは、この1年間ワクチン対策などで明確にも結果が出ていると思っている。危機管理は省庁をまたがり、具体的実務は各地方自治体にお願いをしていることが多く、(新型コロナ対策では)厚生労働省と総務省との間で明確な調整が必要になる。この調整役割があるのは内閣官房であり、各省庁横並びではなく、調整機能を官邸に置くことが一番効果的であり効率的である」一見して筋は通っている。もっとも各省庁のセクショナリズムを過度に排しようとして、なんでも政治が主導を握ろうとし、事実上省庁を機能不全にしたのは旧民主党政権の「罪」の一つ。過去その渦中にいた枝野代表が「教訓」をベースに、どこまで踏み込めるかは興味のあるところだが。また、Vol.8「子ども・子育て政策への予算配分を強化」では、公明党と似たような「出産育児一時金を引き上げ、出産に関する費用を無償化」を掲げている。出産育児一時金増額の弊害は前述したとおり。「出産に関する費用の無償化」は妊婦検診部分のことだろうが、そもそも出産は医療行為が必要にもかかわらず「疾患ではないから公的医療保険の対象外」という従来の硬直した考え方こそ見直しが必要だと個人的には考えている。そうでなければ前述の一時金を巡るイタチごっこは永遠に解消されないだろう。この点、与野党通じて建設的な議論がないのが不思議なくらいである。現時点で衆院選公約として立憲民主党が公表しているのはこれくらいだが、同党が公表している最新の基本政策の社会保障関連を見ると、「介護職員の待遇改善」や「介護離職ゼロ」など介護関連の訴えが目立つ。待遇改善は岸田新首相が訴える「『成長』と『分配』の好循環」でも掲げられていること。これまたすべての政党に共通したことだが、介護については介護保険創設から20年が経過した中で、この間の人口構成の変化や新たな地域包括ケアの提唱などを踏まえた抜本的な見直しの検討について政治の側からの声が少ないのが気になるところだ。旧・民主党からのもう一方の枝分かれ政党国民民主党は「政策5本柱」を公表している。この中を見ると、コロナ禍収束まで「個人、事業者の社会保険料の猶予・減免措置を延長・拡充」や「中小企業の新規正規雇用の増加にかかる社会保険料事業主負担の半分相当の助成による正規雇用を促進」を提案している。ではその分の財政補填はどうなるのか? 明確な記述はないが、財政面で積極的な国債活用をさりげなく訴えていることからすると、国債発行で切り抜ける意向が透けて見える。こうした政策を実行した際の中長期的コストパフォーマンス推計でも示してくれれば、もう少し評価できるのだが。新型コロナ対策では「政策各論 4. 国民と国土を『危機から守る』」でさらりと触れているが、同党の政策パンフレットで「コロナ三策」としてより詳しい記述がある。このうち具体的に医療にかかわるのは「第一策 検査の拡充」と「第二策 感染拡大の防止」である。第一策では(1)「無料自宅検査」によるセルフケアで家庭内感染を抑制、(2)陰性証明を持ち歩ける 「デジタル健康証明書(仮称)」の活用、(3)国による検査精度管理で陰性に「お墨付き」、の3つを掲げている。(1)はたぶん迅速抗原検査を意味していると思われるが、家庭内から感染者が発生した時のことなのか、平時のことなのか不明である。後者ならばはっきり言って財源をどこから確保するかだけでなく、それをどの頻度で行うのかも問題である。そもそも感染の事前確率がまちまちな国民に一斉定期検査を行うなど不効率極まりない。この時期にまだこんなことを言っているのかとやや呆れてしまう。(3)は精度100%の検査がない以上、お墨付きを与えるのは科学的に間違いであり、もはや滑稽な提案と言わざるを得ない。第二策は10項目あるが、各方面でほぼ言い尽くされてきたことで目新しさはなく、どちらかというと「掛け声」程度のものが多い。その中で(3)の「国立病院・JCHOの患者受入れ拡大と民間病院の受入指示法制化」については、労災病院や日赤病院を入れずに、わざわざ「JCHO(独立行政法人地域医療機能推進機)」を入れたあたりにやや恣意的というか当てこすりを感じてしまう。ご存じのようにJCHOの理事長は、政府新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身 茂会長である。また昨今、JCHOについてはコロナ対応病床を設置して補助金を獲得しながら、患者受け入れが不十分との指摘が一部メディアで報じられている。そんなこんなを受けて、わざわざJCHOに言及したのではないかとの見方は穿ち過ぎだろうか?一方、(7)の「ワクチンを地域・年代に着目して 戦略的に重点配分」は一考の余地ありと考える。これまでの流行を見ても、概ね東京都をはじめとする首都圏や地域ブロックの首都的な位置づけの大都市圏で感染者が増加し、その周辺に波及するという経過をたどる。その意味ではワクチン接種で大都市部を優先したほうが感染制御には効率的だと考えられる。国がそうしないのは「地方軽視」との批判を回避したいからだろう。その意味では、これまでは多数の接種希望者を集められそうな「職域接種」が大都市部へのワクチン供給を厚くする調整弁になっていたとも言える。ただ、今後の3回目接種や将来的な新興感染症対策も見据えたうえで、地域的な優先順位は真剣に議論して良いと思う。取り敢えずかなり長くなってしまったので、今回はここまでにしてほかの政党の政策については次回に譲りたい。

605.

第78回 第6波前に、都は「重症度と病床のミスマッチ」の反省生かした体制再構築を

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)病床が逼迫する中、東京都が都下すべての医療機関に感染症法に基づく病床確保を求めたところ、目標の7,000床に届かなかったが、そもそも4割は実際に使われていなかったことも報道で指摘された。これに対し、都の入院調整に当たった山口 芳裕氏(杏林大学教授)はテレビ番組で「入院が必要な患者の症状と、用意された病床にミスマッチがあった」と指摘。「6,000床であっても、軽症しか入れない病床や看護師の手立てができない病床では意味がない。一方、4,000床しかなかったとしても、酸素の提供が可能な病床が必要時に使えたならば、第5波で病床不足が起きなかったかもしれない」と述べた。今後、第6波の可能性もある中、この反省が生かされないままでは、再び病床逼迫を招きかねない。圧倒的に不足していたのは、酸素投与が必要な中等症IIおよび重症患者を受け入れる病床で、軽症患者に対する病床は余っていたという。そのため、症状が悪化して酸素投与が必要な患者でも入院できない事態に陥った。東京都では一時(8月16〜22日)、救急要請したコロナ患者の6割が病院に搬送されなかった。このところ、新規感染者数は目に見えて減少している。とはいえ、医療現場では依然として自宅療養者への対応に追われている。第5波の東京都では、病院で適切な医療を受けられないまま自宅などで亡くなった感染者は8月だけで112人に上った(警察庁調べ)。酸素ステーションの実効性に疑問東京都は、8月に酸素ステーション(都民の城)の運用を開始。しかし蓋を開けてみれば、利用率は8月の第5波ピーク時でも3割程度だった。新規感染者が減少している中、最近では受け入れがゼロの日もあるという。この酸素ステーションで受け入れるのは、軽症~中等症Iの患者で、中等症II以上は受け入れていない。さまざまな施設の協力を得て医療者をかき集めた、あくまで一時しのぎであるため、中等症II以上への対応が難しいと見られる。ここにも「ミスマッチ」が起きている。都は第6波に備え、こうした酸素ステーションを都内各所に開設、「酸素・医療提供ステーション」に改称した。軽症者らを対象に抗体カクテル療法などの治療を行うためだが、先の山口氏は「入院が必要なのに、自宅にいて医療に十分アクセスできていない人にこそ手を差し伸べるべきだった」と振り返る。また、「限界まで患者を受け入れている病院と、余力のある病院の差が大きい」とも指摘した。公的病院のコロナ患者受け入れ姿勢に批判の声これに関連して、医療人の間から、公的病院のコロナ患者受け入れ対応に不満の声が聞こえる。都内には、国立病院(独立行政法人を含む)が4病院、地域医療機能推進機構(JCHO)が運営する5病院、労働者健康安全機構が運営する東京労災病院があり、総病床数は約4,400病床に上る。これらの組織は、公衆衛生危機に対応することが設置根拠法で義務付けられており、さまざまな優遇措置を受けている。しかし、政府の新型コロナ対策分科会会長を務める尾身 茂氏が理事長を務めるJCHOでは、新規感染者数のピーク時に近い8月6日時点で、総病床数が約1,530床であるのに対し、コロナ専用病床は158床(10.3%)で、受け入れ人数は111人だった。これは、コロナ病床の70%、総病床数の4.5%に過ぎない。仮に、JCHOの全病床数から2割程度(306床相当)をコロナ専用に転換すれば、都が新たに設置する「酸素・医療提供ステーション」246床は必要なくなる計算だ。もちろん、ほかの病院への一般患者の転院はそう簡単ではないかもしれないが、現状では公的病院のコロナ対応への必死さが今一つ感じられないのが率直なところである。新規感染者数が減少している今こそ、見直すべきは見直し、仮に第6波が到来しても受け止められる強固な医療体制を再構築するチャンスなのではないかと思う。

606.

Data Driven Scienceの時代(解説:後藤信哉氏)

 医学の世界では、ランダム化比較試験による仮説検証はエビデンスレベルが高いとされた。世界からランダムに対象症例が抽出され、バイアスなく無作為に各治療に割り付けることができれば、仮説検証ランダム化比較試験の結果には科学的価値が高いといえる。しかし、現実的には世界の症例の一部がランダム化比較試験の対象例として選択され、世界から完全に無作為に抽出されているとは言い難い。 電子カルテの使用が一般的になり、医療データのデジタル化は進んでいる。クラウド上にて電子カルテの情報を共有できれば、現在のランダム化比較試験のように特定の症例を抽出するプロセスを排除できる。世界のすべての症例のデータが利用可能な世界では、真の意味でのdata driven scienceの世界ができると思う。英国は医療データベース化の進んだ国の一つである。本研究を見ると、database化が進んだ世界では、大規模データを用いて臨床的仮説を精度高く提案できることがわかる。 COVID-19の最初のワクチン接種を受けた2,912万1,633例(1,960万8,008例がいわゆるアストラゼネカのウイルスベクターワクチンで951万3,625例がいわゆるファイザーのmRNAワクチン)と、175万8,095のCOVID-19陽性症例が対象である。これらの症例の、ワクチン接種・COVID-19陽性以外の時期のイベントを対照としている。すなわち、本研究は大規模の自らを対象としたcase control studyである。さて、case control studyのエビデンスレベルはランダム化比較試験より一般に低いとされる。しかし、ランダム化比較試験では2万例、3万例などの症例の抽出にはバイアスがある。英国のデータベースのサイズは1,000倍あり、サンプリングにバイアスがない。大規模臨床データが利用できる時代になっても、ランダム化比較試験の価値は下がらないだろうか? ワクチンの副反応の議論はあり、実際英国のデータでも、ウイルスベクターワクチンでは血小板減少症のリスクは1.33(95%CI:1.19~1.47)倍に増えていた。しかし、COVID-19陽性の症例の血小板減少症のリスクは5.27(95%CI:4.34~6.40)であった。ワクチンの副反応は心配かもしれないが、疾病を発症した場合のほうがよほど怖い。ウイルスベクターワクチンでは静脈血栓症も1.10(95%CI:1.02~1.18)で、心配かもしれないがCOVID-19陽性者では13.86(95%CI:12.76~15.05)倍である。 ランダム化比較試験ではバイアスを排除して仮説の検証ができる。しかし、症例の登録には費用がかかり、バイアスも大きい。電子カルテの情報をクラウドに蓄積して、全症例における観察結果を数字として共有する世界の魅力が筆者には大きく思える。クラウド共有可能かつセキュリティの担保された電子カルテのプラットフォームを開発すれば、本当の意味でのdatabase drivenの医療ができる。Google、Appleなどと競合して日本企業に頑張ってほしいところである。

607.

ハイブリッド・ワクチンは同種ワクチンより優れているか?(解説:山口佳寿博氏、田中希宇人氏)

 1回目のワクチン接種(priming)と異なったワクチンを2回目に接種(booster)する方法は異種ワクチン混在接種(heterologous prime-boost vaccination)と呼称されるが、論評者らはハイブリッド・ワクチン接種と定義し、以前の論評でそれまでの論文を紹介した(山口, 田中. CareNet論評-1429)。しかしながら、その時の論評で取り上げることができなかった重要な論文がその後に出版された(Liu X, et al. Lancet. 2021;398:856-869.)。本論評では、Liu氏らの論文に焦点を絞りハイブリッド・ワクチンの臨床的意義について再考する。Liu氏らの論文の総括 Liu氏らは、AstraZenecaのadenovirus-vectored vaccineであるChAdOx1(ChAd)とPfizerのmRNA vaccineであるBNT162b2(BNT)の組み合わせにおいて野生株S蛋白に対する特異的IgG抗体価と中和抗体価、IFN-γを指標としたT細胞数の動態を解析した。主要な解析は、同種ワクチンに対するハイブリッド・ワクチンの非劣性検定であり、各指標においてChAd/ChAdとChAd/BNT、BNT/BNTとBNT/ChAdの比較が行われた(2回目ワクチン接種28日後の比較)。ChAd/ChAd(priming、booster共にChAdの同種ワクチン)とChAd/BNT(primingにChAd、boosterにBNTを用いるハイブリッド・ワクチン)の比較では、すべての指標においてハイブリッド・ワクチンのほうが勝っていた。BNT/BNT(priming、booster共にBNTの同種ワクチン)とBNT/ChAd(primingにBNT、boosterにChAdを用いるハイブリッド・ワクチン)の比較では、S蛋白IgG抗体価、中和抗体価において同種ワクチンのほうが勝っていた。しかしながら、T細胞数には両群間で有意差を認めなかった。以上の結果から、1回目にChAdを接種した場合には、2回目にBNTを接種するハイブリッド・ワクチンは有用で、同種ワクチン(ChAd/ChAd)に比較して液性、細胞性免疫を増強する効果を有することが判明した。一方、1回目にBNTを接種した場合には、2回目にChAdを接種するハイブリッド・ワクチンの有用性を認めなかった。ハイブリッド・ワクチンに関するLiu氏らの解析には以下の諸問題が存在する:(1)Delta株などの変異株に対する中和抗体価の動態が解析されていない、(2)ハイブリッド・ワクチンで有用性が高いと判定されたChAd/BNTの組み合わせによってreal-worldでのDelta株を中心とする変異株に対する感染/発症予防効果、重症化予防効果がChAd/ChAdに比べどの程度上昇するかが検討されていない、(3)ハイブリッド・ワクチンで賦活化されたS蛋白IgG抗体、中和抗体、T細胞数がどの程度の期間持続するのかが検討されていない。ハイブリッド・ワクチンの考えを今後も推し進めていくためには、上記の諸問題に答えられるようなstudy design下での解析が必要であろう。ハイブリッド・ワクチン開発の背景 ハイブリッド・ワクチンの試みは、1回目のワクチン接種として廉価なChAdを多用した欧州諸国を中心に検討されてきた。この1年間における検討で変異株に対する各ワクチンの効果の差(同種ワクチンの2回目接種後)が徐々に明らかにされた。たとえば、Delta株に対する中和抗体産生能は、mRNA-1273(Moderna)とBNTの比較において両者は同等、あるいは、mRNA-1273のほうが少し優れていると報告された(Edara VV, et al. N Engl J Med. 2021;385:664-666.、Richards NE, et al. JAMA Netw Open. 2021;4:e2124331.)。しかしながら、BNTとmRNA-1273の差は本質的な差ではなく各ワクチンの投与量の差(BNT:30μg、mRNA-1273:100μg)に起因すると考えるべきである。一方、ChAdとBNTの比較では、すべての変異株に対してChAdの中和抗体価は2倍以上低く、かつ、時間経過に伴う低下速度も大きいことが示された(Wall EC, et al. Lancet. 2021;398:207-209.、Shrotri M, et al. Lancet. 2021;398:385-387.)。この中和抗体産生能(液性免疫原性)の差は、各ワクチンの変異株に対する予防効果に反映され、感染/発症予防効果はmRNA-1273>BNT>ChAdの順であった(しかし、入院などの重症予防効果は3つのワクチンで同等)(Sheikh A, et al. Lancet. 2021;397:2461-2462.、Puranik A, et al. medRxiv. 2021 August 21.)。以上のように、液性免疫原性ならびに感染/発症予防効果において、ChAdはmRNAワクチン(BNT、mRNA-1273)に比べ劣っており、ChAdを中心にしたハイブリッド・ワクチンを導入する医学的根拠は存在しない。しかしながら、ChAdは廉価であり医療経済的側面からはハイブリッド・ワクチンを導入する意義がある。ハイブリッド・ワクチンの今後 Delta株の世界的まん延を受け、現状では、Delta株を中心とする病原性の高い変異株を今後どのように制御していくかに医学的興味は移っている。その方法の一つとして、ワクチンを2回接種で終了しないで3回目の追加接種を行う方向で世界各国の方針がまとまりつつある。その意味で、医療経済的メリットはあるものの医学的メリットが少ないハイブリッド・ワクチンを2回の接種の中で考えるのではなく、3回目、あるいは、必要に応じて4回目、5回目接種の状況下で考慮していくべきではないだろうか? たとえば、ChAdの2回接種を終了した対象には、3回目以降mRNAワクチン(BNT、mRNA-1273)を接種する方法は医学的にも医療経済的にも意味がある。mRNAワクチンの2回接種を終了した対象には、ワクチン接種の公平性を考慮し、3回目以降の接種はChAdを用いて施行する方法はどうであろうか? 後者に対する医学的正当性は低いが社会的正当性は担保されていると論評者らは考えている。 Delta株など病原性の高い変異株を効率よく制御していくためには、ワクチン接種に関する方法論の違い(同種あるいはハイブリッド)とは別にワクチン接種と社会規制の相加/相乗効果の問題を考えておく必要がある。ワクチン接種の進行とともに集団免疫の効果が(不完全ながら)発現し、感染者数は減少するであろう。しかしながら、ワクチンの効果が確実な形で出現するためには、ある一定レベル以上の社会的規制を継続することが前提条件となる。すなわち、ワクチン接種による感染予防は、社会的規制を継続するという条件下で初めて達成できるものであることを認識しておく必要がある。以上の事柄は、新型コロナの感染が発症した時点から社会医学の分野で強調されている内容であり、現在でもその論点に間違いはない。感染者数が減少したからといって社会的規制を緩和すると数ヵ月後には感染者数が再増加する可能性が高いことを念頭に置く必要がある(Patel MD, et al. JAMA Netw Open. 2021;4:e2110782.)。

608.

第77回 岸田総裁が主張する医療・社会保障制度のバランス感は?

自民党総裁選が9月29日に行われ、元外務大臣で同党の元政務調査会会長(政調会長)だった岸田 文雄氏が新総裁に選出された。2012年の安倍 晋三氏の就任以降、悪く言えばほぼ出来レースの総裁選が続いていた中では、一政党の総裁選に過ぎないとはいえ、久々に白熱した選挙となった。1回目投票から1位だった岸田氏だが、その時は2位の河野 太郎氏にわずか1票差。それが決選投票では岸田氏は257票、河野氏は170票と一気に差がついた。もっとも比較的世論を反映しやすいと言われる1回目の党員票分では岸田氏が110票、河野氏が169票、決選投票に反映された都道府県連票では岸田氏がわずか8票、河野氏が39票ということを考えれば、国会議員票は「世論」とやや異なる動きをしたことは明らかである。さて、前回は総裁選候補者4人の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)対策を比較したが、岸田氏が新総裁、そして事実上次期総理大臣が確定したことを考えると、岸田氏自身の医療あるいは社会保障政策の中身を検討して見なければならない。まず岸田氏の著書『岸田ビジョン 分断から協調へ』(講談社刊)を読むと、高齢化社会の進展に伴う社会保障政策の根幹の考え方について、「全員で全員を支え合う社会保障への転換」と提示している。端的に言うならば、現役世代と高齢者世代という二元化ではなく、65歳以上でも能力と意欲とそれに伴う経済力次第では一定の負担をし、一方的な社会保障の受益者になるのではなく、むしろ支える側にまわると主張している。ちなみに私見だが、以前から財務省の良く使う「高齢者1人を現役世代〇人で支える」という硬直した思考に「???」と思っていたこともあり、これ自体は今後人口減少に伴う高齢化率上昇を考えると、極めて妥当な考え方と思える。そのうえで岸田氏はその実現のために必要な3つの視点を提示している。1つ目の視点は制度の縦割りを可能な限り排すること。これはすなわち医療保険での国保と社保、年金での国民年金と厚生年金の垣根を成るべく取り払うということだ。2つ目の視点として提示されているのが民間活力の導入である。具体的には医療保険、年金ともに公的仕組みでは必ずしも十分な給付はできないとして、屋上屋として民間の保険などを活用しても良いのではないかというもの。3つ目は地域、利用者の視点だ。地域での医療や社会保障の人材的リソースが枯渇している中では、それを補うために外国人労働者の活用やICT、AIの導入などでより効率化して、地方でのサービス維持に努めようというもの。このうち1や3については、やや形が違うもののほぼ中身が同じ主張を河野氏もしている。そして2だが、岸田氏はこの考えの背景について単に医療費を抑制するだけでは、医療技術の高度化に十分対応できないためとしている。もっともこの考えは一部高度な医療を受ける際には民間保険での償還を軸にするというもので、岸田氏は低所得者への配慮や民間保険会社による疾病リスク毎の保険料設定が過度になることへの注意も必要としている。より平たく言えば、現在の高度先進医療的な扱いの医療行為の範囲をより広くし、そこに一定の制約を設けて民間保険会社により医療保険事業に参入をしてもらい、所得が高い人はこの民間保険の枠組みでサービスを利用してもらおうということである。まあ、混合診療をより推し進めるとも言えるかもしれない。この辺はたぶん現状の医療をめぐる各ステークホルダーがどの程度許容するかは相当微妙なラインと言える。また、岸田氏が社会保障ではなく経済政策の一環として、「成長と分配の好循環」の形成を検討している。たとえば、看護師、介護士、幼稚園教諭、保育士などのように賃金が公的に決まる(厳密には公的な報酬から経営母体の方針によって決まるということ)にも関わらず、仕事内容に比して報酬が十分でない労働者の収入を思い切って増やすための「公的価格評価検討委員会(仮称)」を設置し、公的価格を抜本的に見直すと主張している。要は公的に賃金体系に影響が及ぶ職種は賃上げを誘導し、それによって消費を喚起して、この消費力を軸に企業が次なる成長への投資につなげていくという考えだ。一方、前回紹介した新型コロナ対策での病床確保について岸田氏は「平素から診療報酬等の上乗せで優遇を与える『感染症危機中核病院』のようなものを設置し、危機の際には国のコントロールによって 半強制的にこうした病院に病床を提供してもらい、それに応じない場合はペナルティも考えていく仕掛けも必要」と主張している。これらを併せて考えると、岸田氏の医療・社会保障に関する主張は経済面、制度面での公的関与、より突っ込んで言えば統制を圧倒的に強め、加えて財源上の問題から給付範囲は絞り込もうというもの。あまりにも政府の独善性が強すぎるものに思えてしまう。まあ、もっとも総裁選で掲げる政策というのはある意味割引いて見なければならないので、当面はお手並み拝見というところか。

609.

現場で使う「型」を身に付けろ!【医療者のための英語学習法】

「正しい文法・キレイな発音でないと伝わらない」と思っていませんか?こんにちは。山田 悠史と申します。医学部を卒業し、日本各地の病院の総合内科・診療科に勤務し、2015年からは米国ニューヨークのマウントサイナイ大学関連病院で内科医として勤務しています。米国の医療状況のほか、英語の勉強法についても発信しています。今回は、私がこれまでの米国勤務経験で学んできた、医療英語の習得法をお伝えできればと思います。 医療現場で必要となる英語の能力は、これまで高校や大学で学んできた英語のスキルとは大きく異なります。たとえば、日本の英語教育では「文法」の重要性が強調されますが、実際には基本的なルールを守ることさえできれば、コミュニケーションを取るうえで、あまり強く文法や構文を意識し過ぎる必要はありません。これは真面目に学べば学ぶほど強く意識してしまうもので、私自身もどうしても文法が気になってしまい、「文法が間違っていて意味が通じないのではないか」という先入観から、うまく話せないことがよくありました。しかし、本当は自分が気にし過ぎているだけなのです。実際、米国に住んでみてわかったのは、ネイティブを含む周囲の人も案外適当に話をしていることです。これは、「発音」についても言えることです。多種多様な背景を持つ人が共存する米国では、多くの人に何かしらの訛りがあります。自分の訛りを気にしているのは自分だけだったりするかもしれません。実際、医療現場で私たちに求められるのは、医療者としてのスキルや信頼感であり、英語の正しい文法やキレイな発音ではありません。そして、もうひとつ大切なことは、言語でのコミュニケーションがうまくいかなくても、非言語的なコミュニケーションによって伝わることはとても多い、という点です。このように、まずは「正しい文法・キレイな発音でないと伝わらない」という先入観を捨て、不要な不安を取り除くところが医療英語学習スタートの第一歩です。「医療英会話から」のスタートが理にかなう英会話学校では、初級レベルの「日常英会話」クラスから始まり、上級者になると「ビジネス英会話」のクラスに進む、という形式になっていることが多いので、何となく、「日常会話もできないのに、医療現場での会話なんてとんでもなく難しいのだろう」と尻込んでしまうと思います。それも英語学習がおっくうになる原因かもしれません。しかし、実際に難しいのは日常英会話のほうなのです。著者の私は米国の医療現場に立って5年目になりますが、医療現場での会話にあまり難しさは感じなくなってきたものの、日常英会話はいまだに難しいと感じます。これは私に限った話ではなく、ほかの日本人医師に聞いても同様です。なぜなら、私たちは医療のプロフェッショナルですから、使う単語は日本の医療現場と変わりませんし、思考過程も変わりません。初めは慣れない単語に戸惑うかもしれませんが、使われる言葉は限られています。このため、慣れてしまえば、言葉がわからないことはすぐになくなります。また、シチュエーションが助けてくれることも多いでしょう。日本での臨床経験がある医療者であれば、「このシチュエーションではこんな会話をするよね」という記憶があるので、言葉の端々が聞き取れなくても、シチュエーションからの理解がそれを補ってくれるのです。一方で、日常英会話では、そういった経験による助けがありません。話題も政治、経済、スポーツなどさまざまで、無数の知らない単語が出てきます。米国で生まれ育った人なら当たり前に知っているような有名人の名前もわからないことがほとんどです。背景知識がない場合には、言葉の端々まで聞き取れないと、あるいは完全に聞き取れたとしても、何を言っているかさっぱりわからない…、ということになります。そもそも日本語で知らないことは、英語でわかるわけがないのです。こうしたことから、医療者が仕事で英語を使いたいのであれば、「日常英会話学習から」ではなく「医療英会話から」始めるほうが、ハードルが低く理にかなっているのです。現場で使う「型」を身に付ける実際の医療英会話、回診やカンファレンスでのプレゼンテーションは「文章も長いし、専門用語ばかりなので難しそう」と感じられるかもしれませんが、実際には「型」を覚えてしまえば、簡単にできるようになります。英語自体のレベルというより、型に慣れているかどうかのほうが問題なのです。型の習得は、日常会話よりもよっぽど早くできるはずです。実際、私も米国に来て間もないころは、回診での長いプレゼンテーションはできるのに、サブウェイでは満足にサンドイッチが注文できない、という状態でした。少し注意が必要なのは、カンファレンスでのフォーマルなプレゼンテーション回診における新入院患者のプレゼンテーション前日からすでに入院している既知の患者のプレゼンテーションこのそれぞれで、求められる「型」が異なるという点です。このあたりをフレキシブルにできるようにするには、少しスキルや慣れが必要でしょう。例を挙げてみます。Mr. Anderson is a 70-year-old man who presented with chest pain. Chest pain started two hours prior to the presentation. He described his chest pain as pressure-like, persistent, and 7/10 on a pain scale. He denied any nausea or vomiting. Past medical history includes type 2 diabetes and hypertension. Physical Exam was significant for…これはある新入院患者のプレゼンテーションです。みんなが知らない患者ですから、患者の状況を詳細まで伝えることが求められます。これ対して、既知の患者であったらどうでしょう?Mr. Anderson is a 70-year-old man with PMH of type 2 DM and HTN who was admitted for STEMI, now status post PCI to RCA. 既知の患者のプレゼンテーションは、“one liner”や“two liner”で、と言われます。聴衆はすでに前日にhistoryの詳細を聞いて患者の状態を把握しているわけですから、ここでいちいちchest painがどうだったというような詳細を繰り返す必要はなく、1行か2行で済むような端的な説明が求められます。こうした「型」を身に付けてしまえば、あとはそこに各症例の情報を当てはめていくだけです。型に慣れることに加えて、英語独特の慣習になじむ必要もあるでしょう。たとえば、カルテ上ではステント留置の計画を‘Plan is to place a stent’と正確な表現で記しますが、回診での会話では指導医が‘Let’s stent him’や‘Let’s cath him’(心臓カテーテル=cardiac catheterがcathと略されます)などと言ってくるかもしれません。名詞を動詞として使う現代風の表現が好まれているのです。有名な‘Google it’(グーグルを使って調べなさい)と同様の表現です。「言葉は生き物」ですので、それぞれの時代に合う新しい表現を医療の世界でも多く耳にすると思います。こういった表現は英語の教科書や医学書ではどこにも見当たらないもので、現場で慣れていくしかないものだといえるでしょう。臨床留学を目指している方であれば、コロナ禍でハードルが高くなってしまいましたが、現地でのObservership(一定期間、研修先の米国の病院で医療行為を見学する制度)などを活用するのが近道だと思います。あとは仕事をしながら慣れる、に尽きるでしょう。4スキルの現状把握にはTOEFLが便利「留学前にどのくらい英語を勉強しておけばいいですか?」という質問をよく受けますが、必要な勉強量は帰国子女かそうでないか、これまで英語をどの程度勉強してきたか、語彙力はどのくらいあるか、などによってかなり差が出るので、一概に答えを論じるのは難しいのです。とはいえ、やってやり過ぎることはありません。とくに語彙力は多ければ多いほど苦労が減るでしょう。先ほど紹介したように、実際には現場で働いてみないとわからない表現が数多く存在することも事実ですが。多くの非帰国子女の方は、「リーディングが得意で、スピーキングが苦手」という傾向があると思います。学校での英語教育がどうしても読み書きに偏るので、口語コミュニケーションが苦手な傾向が出るのでしょう。そうした意味で英語学習は「話す」「聞く」に重心を置く、という意識が重要です。そして、多くの場合、その上達は英語に触れる量や頻度に依存しています。日本にいる間には、できるだけ毎日英語に触れるようにする、留学のチャンスがあれば積極的に参加して、英語を毎日話すようにする。当たり前ですが、使用頻度が増えれば増えるほど上達のカーブは急になります。英語学習の目標設定や学習計画を立てるのが難しいと感じられる方もいるかもしれませんが、幸い語学力を数値化してくれる試験がいくつか存在します。たとえば、TOEFL。米国での臨床医としての就職活動にTOEFLの点数が求められることはありませんが、依然として、大学院留学などの場面ではTOEFLスコアの提出を求められます。TOEFLの良いところは、「リスニング・リーディング・ライティング・スピーキング」の4スキルが同じ重さで評価される点です。4スキルの現在値を測り、成長曲線を描き、目標設定に用いるという目的には非常に有効です。あなたの4スキルのバランスを見て、得点の低いスキルから集中的にトレーニングする戦略を立てましょう。もちろん医療英語の力は評価できませんが、求められるボキャブラリーが学術的、専門的というところが良い点です。一般的に一流大学の大学院がTOEFL 100点程度を求めるので、たとえば100点を最終目標に勉強を開始し、TOEFLを3ヵ月ごとに受け、初回が60点なら、次の3ヵ月でまず70点を目指そう、といったやり方になるでしょう。そうやって一定期間での目標と成長を知ることで、自分に必要な勉強量を測ることができます。私たち「めどはぶ」では、医療英語学習の「きっかけ」づくりから、個々人の学習の目標設定までをお手伝いし、グローバルに活躍する医療者の輪を広げる取り組みをしています。ご関心をお持ちの方は、ぜひこちらをご覧ください。<執筆者>

610.

第76回 総裁選でも気になるコロナ対策、4氏の具体策は現実的?

最近はテレビのニュースの時間になると同じ4人の顔を見ることが増えてきた。言わずと知れた自民党総裁選に出馬した岸田 文雄氏、河野 太郎氏、高市 早苗氏、野田 聖子氏の4人のことである。ちなみにこの順番で表記したのは男尊女卑でも何でもなく、単純に50音順である。総裁選後には任期満了に伴う衆議院選挙が控えているが、現在の衆議院で政権与党の自民党と公明党の占める議席が465議席中304議席(竹下 亘氏の死去による欠員分を除く)であり、現下の情勢では多少議席を減らしたとしても与党側が過半数を大きく割る可能性はほぼないと思われる。つまるところ、この総裁選の勝者が当面の次期総理大臣となることは99%確実である。実は過去の本連載でも取り上げたことがあるが、この総裁選立候補者の政策を新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)対策に限定して俯瞰してみたい。ちなみに4氏のうち野田氏以外は全員が総裁選用の特設サイトを開設している。岸田氏:声をかたちに。信頼ある政治河野氏:日本を前にすすめる。温もりのある国へ高市氏:政策9つの柱これと、各人の著書、具体的には岸田氏の「岸田ビジョン 分断から強調へ」(講談社)、河野氏の「日本を前に進める」(PHP新書)、高市氏の「美しく、強く、成長する国へ。―私の『日本経済強靱化計画』―」(WAC)、野田氏の「みらいを、つかめ 多様なみんなが活躍する時代に」(CCCメディアハウス)や、日本記者クラブでの総裁選候補討論会の動画、テレビ朝日での全員出演動画などを参考に各人の主張を紹介するとともに、そこに若干の論評を加えてみたい。ちなみに予め言っておくと、私がこれら候補に関する主張や報道を読んで、各人の底流に流れる政治思想を「○○主義」と名づけるなら、岸田氏は「協調主義」、河野氏は「合理主義」、高市氏は「国粋主義」、野田氏は「女性活躍主義」と表現する。さてその各人の考える新型コロナ対策だが、実はテレビ朝日への出演では、番組サイドが「何をコロナ対策の一丁目一番地と考えるか?」を尋ねている。岸田氏は「病床・医療人材の確保を徹底」を挙げた。これについてはこれまでの岸田氏の主張やそれにかかわる報道から解説が必要だろう。まず、岸田氏は今後もワクチン接種を推進して行く中で11月には希望者全員のワクチン接種が終了し、経口治療薬の登場までの間隙を縫って第6波が来ることも想定し、そこに向けた対策として病床・人材の確保を主張する。この点は岸田氏の政策集の『コロナ対策 岸田4本柱』にもあるように、重症者は国公立病院のコロナ重点病院化、一般的な発熱患者や新型コロナの自宅療養者は開業医で対応し、この間をつなぐものとして政府による野戦病院的臨時医療施設の開設や借り上げした大規模宿泊施設などを中間設置して第6波に備えるというもの。基本は現状とあまり変わらないが、「病床・医療人材の確保を徹底」とは、要はこの中間施設のハードとソフトの確保を謳っていると思われる。もっとも東京都の例を挙げると、開設を予定した臨時医療施設の一部で稼働が遅れた主な原因が人員確保に手間取ったゆえだった。このことを考えると、それをここ2~3ヵ月で解決するのは容易ではない。そして今回のコロナ禍では第5波まで経験しながら、感染拡大局面で病床がひっ迫することについて世論からは一貫して疑問を呈せられてきた。この点の解決策については日本記者クラブでの記者会見で各人が考えを表明している。「臨時病院の設置も含め非常時の指揮命令系統と権限というのは、これは見直さなければいけない。今回痛切に感じたのは、ベッドはあるけれども高度な治療ができる人材やチームがいないこと。また、重症から回復した人を臨時病院や軽症・中等症の病床に移していくことがうまく動かなかった。そこはやはり国や都道府県の調整をしなければならなかった。国と都道府県、どちらが何をやるのかというのを決めなければいけない」(河野氏)「病床確保については国が総合調整機能を持って調整することになっているが、将来的により強力な調整機能を発揮のために新たなこの工夫が必要になる。一方的に強制すると現場の反発を買ってしまう。平素から診療報酬等の上乗せで優遇を与える『感染症危機中核病院』のようなものを設置し、危機の際には国のコントロールによって 半強制的にこうした病院に病床を提供してもらい、それに応じない場合はペナルティも考えていく仕掛けも必要」(岸田氏)「国民皆保険制度の下である以上、緊急事態では国や地方自治体が医療機関や医療従事者に対して、病床確保等の必要な対応を命令する権限を持つことも含めて法案化を考えたい」(高市氏)「急変時に医療の手が届かないことを考えると自宅療養という仕組みはもう無理。入院できないならば危機的な時だけ国がサブホスピタルを作る必要がある」(野田氏)4氏のコロナ政策、主張あれこれテレビ朝日で「コロナ対策一丁目一番地」として河野氏が主張したのは「政府による製造支援も念頭に置いた、簡易検査キットの低コストでの大量調達と供給。薬局での販売解禁」である。簡易検査はたぶん抗原検査を意味していると思われる。河野氏は「どんどん検査をすることで、見える景色が大きく変わってくると思います」と述べているが、どのような着地点を持ってこの主張をしているかが不明である。第5波では膨大な数の検査陽性者が発生したことで、保健所も医療機関もキャパシティーをオーバーし、半ば機能不全に陥った例もある。実際、河野氏が言う簡易検査を不特定多数に行った場合、かなりの陽性者が判明するはずで、そうした人を自宅待機にするのか、その場合誰がどうフォローアップするのかなど抱えている課題は多い。ちなみに岸田氏も『コロナ対策 岸田4本柱』で「予約不要の無料PCR 検査所の拡大と、簡易な抗原検査など在宅検査手段の普及促進」を謳っているが、PCR検査ともなるとそこにも人材の配置が必要になるため、前述の河野氏のところで指摘した課題に加え、再び人材確保という壁にぶち当たる。一方、高市氏と野田氏がテレビ朝日で第一に主張したのは、ともに感染者の重症化を予防するための「治療薬の確保」。ちなみに高市氏はわざわざ「国産の治療薬」としていたのが、彼女らしいとも言える。日本記者クラブでの討論会では「ワクチンまた治療薬の国産化に向けてとくに生産設備に対するしっかりとした投資(支援)をする」との考えも示している。この点は政策集などで河野氏も「治療薬と国産ワクチンの確保」を主張し、岸田氏も年内の治療薬登場に期待するコメントを日本記者クラブでの会見で述べている。現在、第III相試験中と最も開発が先行しているmolnupiravirは外資系のメルク社のものであり、それも年内中の上市については未知の部分は残されている。そして国産の治療薬、ワクチンに関しては、塩野義製薬のプロテアーゼ阻害薬が第I/II相、第一三共のmRNAワクチン、塩野義製薬の組み換えタンパクワクチン、KMバイオロジクスの不活化ワクチンのいずれもがやはり第I/II相と初期段階に過ぎない。アンジェスのDNAワクチンが第II/III相だが、最近になって高用量での第I/II相を開始したことから考えると、第II/III相まで進行した当初の用量での臨床試験は芳しいものとは言えなかったと見る向きもある。いずれにせよ国産化まではまだ相当時間を要する見通しで、この点は各人ともやや楽観的過ぎるともいえる。なおワクチン接種に関しては各人とも推進の方針。この中で河野氏はワクチン担当相ということもあってか、3回目のブースター接種開始への意欲を示したほか、来年以降に現行のmRNAワクチンが生後6ヵ月以上に適応拡大が進む見通しについて言及。野田氏も現在ワクチン接種対象外の11歳以下の小児に対し、希望者へのワクチン接種推進を訴えている。ちなみに野田氏のこの主張の背景には2010年にアメリカで卵子提供を受け妊娠、2011年1月に出産した障害児の息子を抱えることも念頭にあっての発言だろうと推察される。コロナの先を見据える女性陣その意味ではテレビ朝日での4氏討論の際は次なる感染拡大時のロックダウンの可否について、野田氏だけが否定的な見解を示した。その理由については現時点で法制度上不可能なこと、ワクチン接種、病床確保などそれ以前に行うべきものがあると挙げながら、「人がウイルスを運んでいるようなものですが、人は生きていくために動かなければいけません。とくに子供は動き回らなければいけないので、そこは冷静に判断していかなければいけません」と述べている。やはりここでも「子供」が出てくるところは少子化対策に熱心な野田氏らしい視座とも言える。一方、高市氏と河野氏は、どちらかというとより強力な新興感染症が登場することを念頭に法令上の整備が必要という考え。岸田氏はいわゆる外出禁止やそれに伴う刑事罰などを含めた厳密な意味でのロックダウンは日本に合わないとして、「ワクチン接種証明や陰性証明を組み合わせて、人流抑制をお願いする日本型のロックダウン政策」を述主張する。岸田氏は「電子的なワクチン接種証明の積極活用」も政策として掲げていることから、先日政府が発表した行動制限緩和策の「ワクチン・検査パッケージ」に何らかの法的な位置付けを与えて人流抑制に活用しようというものらしい。菅首相にチクリの男性陣今回の自民党総裁選で菅首相の不出馬というサプライズが起こる前から一番手で立候補に名乗りを上げていただけあって、岸田氏の場合、政策集に書かれていることは実現の可否は別にして充実している。その中で公衆衛生上の危機発生時に国・地方を通じた強い司令塔機能を有する「健康危機管理庁(仮称)」と「臨床医療」「疫学調査」「基礎研究」を一体的に扱う「健康危機管理機構(仮称)」の創設を謳っている。また、菅首相の対応をやんわり批判した発言も目に付く。今回のコロナ対応について岸田氏は「国民への丁寧な説明」と「楽観的な見通し」が課題だったと各所で指摘している。この点について日本記者クラブでの公開討論会では「国民の協力が必要な中では納得感のある説明、(政策決定の)結果だけではなく、そこに至るプロセスなどを丁寧に説明する必要があった」と指摘している。これは菅首相による複数回の緊急事態宣言の発出時のことが念頭にあることは明らかである。同時に別の場所では、楽観的な見通しについて緊急事態宣言解除の時期などを挙げている。もし、岸田氏が自民党総裁となり、その後総理大臣となることがあったら、この点がどの程度実現できるかは注視したいところである。一方、河野氏も国民への説明については自らの政策集で「新型コロナウイルスについて、最新の科学的知見に基づいたわかっていること、わからないこと、できること、できないことをしっかりと国民と共有し、謙虚に、わかりやすい対話をしながら決めていきます」としている。時にはスタンドプレーになりがちな河野氏のことは本連載でも指摘してきたが、一大臣と総理大臣では求められるものの質と許容されることの幅も異なってくる。さてさて最終的にどうなることやら。個人的にはかなり注目しているところである。

611.

リレー小説、有名作家の皆さまによる新型コロナ座談会【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第40回

第40回 リレー小説、有名作家の皆さまによる新型コロナ座談会本日は高名な作家のせんせい方にご参集いただき、代表作の登場人物とともに新型コロナウイルス感染症やワクチンについて語り戯れていただきます。あまり意味のない中川の言葉遊びの作文です。私は、このような文学遊びが大好きです。こんな意味のない作業に耽溺できる生活にあこがれます。一番バッター、中島敦せんせい(山月記)滋賀の義久は浅学非才、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、COVID-19に甘んずるを潔しとしなかった。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何か身体中に力が充ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。これは夢に違いないと考えた。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分はコロナウイルスとの闘いに身を投ずる覚悟を得た。ICUから病院屋上に躍り出た虎は、月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、ワクチン接種会場に躍り入って、再びその姿を見なかった。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。二番バッター、五木寛之せんせい(青春の門)「織江!」信介は博多駅で荷物の整理をしている間に、織江がいなくなったのに気付いた。信介が織江を見つけたのは、丁度織江が橋を渡ろうとしているところだった。織江は信介の姿に気付くと一瞬逃げようとしたが、なぜか再び信介の方を振り向いた。「馬鹿野郎! 一体何を考えているんだ、なんでワクチンを打たないんだ!」「信介しゃんなんかに、うちの気持ちは分からんとよ!」信介は思いもかけなかった織江の言葉に、思わず、つかまえた織江の手を放した。腕には、猫の引っ掻き傷から血が滲んでいた。三番バッター、庄司薫せんせい(赤頭巾ちゃん気をつけて)「薫クンじゃないの?」ぼくは驚いてじっとこのなんていうかイカレたようなすごい美人の顔をまじまじとみつめた。ぼくは彼女に引きずられるように話に入っていった。「COVID-19は感染症の一種なの、本当に大事なことは理解されていないのね。ワクチンを打つことが決め手なのよ!」ぼくは女性と多くつきあってきた方で(もっとも、どこからが多く、どこからが多くないかは、良く分らないけれども)知り合いの女性はたくさんいるんだけど、この女性ほど自らに厳しさを求める人は知らなかった。今日はワクチン2回目の日。彼女はぼくの手を掴んで(本当に掴むという表現がピッタリなほど強く)接種会場の正面玄関に向かって足早に歩き始めた。四番バッター、小川洋子せんせい(博士の愛した数式)彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。「おお、賢い心が詰まっていそうだ」博士は、そういいながら息子をみつめた。「COVID-19は、憎むべきウイルス感染症ですが、素数が含まれていますね」この世で博士が最も愛したのは、素数だった。素数というものを私も一応知っていたが、それが愛する対象になるとは考えたためしもなかった。しかし彼の素数への愛し方は正統的だった。相手を慈しみ、無償で尽くし、敬いの心を忘れず、博士は素数のそばから離れようとしなかった。「しかし、COVID-19に素数が含まれているのは許せませんね」博士の瞳には決意がやどっていた。五番バッター、宮澤賢治せんせい(雨にも負けず)雨にも負けず 風にも負けず パンデミックにも負けぬ 丈夫なからだを持ち 欲は無く 決して瞋からず 何時も静かに笑っている 東にコロナに感染した子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた医療者あれば 行って防護服を着て手伝いをし 南に死にそうな人あれば 行ってECMO管理を手伝い 北にワクチンの流言飛語があれば つまらないからやめろと言い ICUの中をオロオロ歩き 皆にデクノボーと呼ばれ 誉められもせず苦にもされず そういう者に 私はなりたい。六番バッター、川上宗薫せんせい(赤い夜)弥生が、「わたしには秘密があるの」と言った時、浦川はギョッとなった。「わたしは、これだけは言うまいと思ってたんだけれど、やはり隠しておれないわ」「ぼくが驚くようなことかね」「驚くとおもうわ」「ぼくが驚くとしたら、殺人をやったとか、そういうことだよ」弥生は笑った、なのに眼には涙がたまっている。「やっぱりワクチンを打つことにしたの」浦川は、狼狽を露わにした。七番バッター、フロイトせんせい、(精神分析入門 高橋義孝訳)そのワクチン接種者の副反応を皆さんにお話する前に、その方が私に語った彼自身が見た夢の話をせねばなりません。私にこう語ってくれたのです。「私は気が付くとなにか暗い闇の中を彷徨うような気持ちでした。もがいていると一筋の光がすうっーと刺し込んできたのです。猫の瞳が輝くような光です。アセトアミノフェンを口にすると嘘のように再び眠りに帰ったのです」さて皆さん、ここまでくるとあなた方の中には、この患者の夢の内容が、私がこれまで述べてきた「リビドー」の観念で容易に分析できると考えるひとが出てくるでしょう。八番バッター、宇能鴻一郎せんせい(むちむちぷりん)そうなんです。あたし、ワクチンを打ったんです。初めはワクチンなんか、とっても厭だったの、あたし。だって恐ろしかったんですもの。ワクチンを打つと不妊症になるってSNSで読んだの。でも、今考えてみると、あなたが大丈夫って言ってくれて、打つ勇気がでたの。ワクチンを早く受けておいてよかったわ。COVID-19のこと知ってる? この病気のこと。コロナウイルスに捕まっちゃう病気なの。感染症っていうのね、分った? お家にいる子猫さんは大丈夫かしら。あたし、心配なんです。九番バッター、太宰治せんせい(走れメロス)メロスは激怒した。必ず、かのワクチンのデマを流布する主を除かなければならぬと決意した。「待て」「何にをするのだ。私は陽の沈まぬうちに接種会場へ行かなければならぬ。放せ」「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け」「私にはいのちの他には何も無い」「その、いのちが欲しいのだ」山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃を食らわせた。もっと多くのせんせい方にも登場いただきたいのですが、このあたりでさようなら。

612.

第76回 「空気感染」主流説報道続々 “野球感染”リスクは球場によって大きく異なる可能性も

的外れではなかった“萬田マトリクス”こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。週末、所用があって知人と食事をしたのですが、テーブルに備え付けられたアクリル板には閉口しました。そもそも会話が聞き取り辛い(結果、高齢者は大声に…)ことに加え、あの閉塞感はいただけません。さらに、利用したお店は料理の取り分けのためか、正面のアクリル板の下に四角い穴が開けてありました。「これ、意味ないです!」と思わずお店の人に言いそうになりました。さて、先週の「第75回 行動制限緩和の前に、あのナンセンスな制限だけは先行して撤廃を」でも書いた新型コロナの空気感染ですが、掲載直後、「コロナ空気感染」に関する記事が新聞などのメディアに頻出しています。前回示した私の“萬田マトリクス”もあながち的外れではなかった、と胸をなでおろしましたが、こうした報道や情報発信によって、今後の国の感染対策の方針も大きく変わりそうな予感がします。「飛沫が支配的なのは、0.2メートル以内の会話だけ」医療ガバナンス学会が発行するメールマガジン 「MRIC」のVol.179(9月16日発行)号では、帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授の高橋 謙造氏が、8月27日のScience誌に掲載された「呼吸器感染するウイルスの空気感染について」と題する総説論文を解説しています1)。それによれば、「SARS-CoV-2においての飛沫感染ははるかに効率が悪く、飛沫が支配的になるのは、個人同士が0.2メートル以内で会話をしているときだけであることがわかってきた。飛沫よりもエアロゾル感染の方が支配的になることも明らかになってきた」とのことです。その上で高橋氏は「日本はこれまで、『3密(密集、密接、密閉)』を主たる対策、しかも特に密集、密接対策を主として推進し、密閉対策には十分に配慮されて来なかった」と指摘し、「もし、空気感染が寄与しているとすれば(中略)、その対策の主眼は、徹底した換気(つまり密閉対策)とマスク装着等に主眼が置かれるべき」と主張しています。高橋氏の解説は、Nature誌やLancet誌における議論についても触れています。ご一読をお勧めします。「エアロゾル感染」という言葉がわかりにくいと日経日本経済新聞も9月16日の朝刊で「コロナ『空気感染』対策を」という記事2)を掲載しています。8月に感染症の専門家など科学者有志が「空気感染が主な感染経路」という前提でさらなる対策を求める緊急声明3)を出したことを踏まえ、厚生労働省の言う「エアロゾル感染」という言葉のわかりにくさについて指摘、科学者たちが「新型コロナウイルスは『空気感染する』と言い換えるよう求めている」と書いています。同記事は、この声明に賛同した国立病院機構仙台医療センター・ウイルスセンター長の西村 秀一氏の言葉を紹介しています。同氏は、「エアロゾル感染は空気を介した感染で空気感染と表現すべきだ。空気感染があると明確にしないと飛沫感染や接触感染への対策が重視されすぎて、対策全体の実効性が高まらない」と述べ、前述の高橋氏と同じく、飛沫感染、接触感染重視から転換しない国の対策を強く批判しています。専門家会議が「空気感染ではない」と言い切ったことが元凶9月15日には毎日新聞も「コロナ空気感染、不都合な真実? 認めぬ国に専門家38人緊急声明」と題し、賛同者の一人、愛知県立大看護学部教授の清水 宣明氏のインタビュー記事4)を掲載しています。感染制御学、微生物学が専門の清水氏はこの記事で、国や専門家組織の専門家が頑なに空気感染(エアロゾル感染)を認めてこなかった結果、「真の感染経路に真正面から向き合わず、消毒や手洗い、アクリル板の設置といった効果の低い対策ばかりを推奨した結果『第5波』までに多くの犠牲者を生み出したのだと思います」と話しています。さらに、国が空気感染を認めたくない理由として、新型コロナが国内で初めて確認された段階で、専門家会議が「空気感染ではない」と言い切ってしまったことや、東京オリンピックの開催を控えていたことなどの理由を指摘しています。日本の専門家が、「空気感染」と呼ばず、「マイクロ飛沫感染」という海外文献でもあまり見ることのない用語を使っている点については、「換気の必要性を訴えないといけなくなったけれど、いまさら『飛沫』は外せない。さりとて『空気感染』とは言いたくないと、無理やりひねり出したのでしょう」と話しています。ZOZOマリンスタジアムは「とても安全」空気感染、飛沫感染、接触感染がどれくらいの頻度かを実験で測定することは相当難しいとのことですが、もし空気感染が主体とするならば、世界(やさまざまな業界・業態)における感染予防対策を根底から見直さなければならなりません。例えば、野球観戦は観客数制限ではなく、球場のつくりや環境に目を向けるべきでしょう。ドーム球場より屋外球場の方が安全なのは確かですし、特に海に面して風が強いZOZOマリンスタジアムの野球観戦は「とても安全」というお墨付きが出るかもしれません。飲食店の意味のないアクリル板も早々に撤去されることを期待しています。冒頭でも書いたように、今やアクリル板設置は感染対策というより、お店の“優良マーク”取得のためだけの設備と化しています。アクリル板のない静かな居酒屋でゆっくりと「一人飲み」。これが、秋から年末にかけてのささやかな私の目標です。参考1)Vol.179 COVID-19:空気感染に関する議論2)コロナ「空気感染」対策を/日本経済新聞3)最新の知見に基づいたコロナ感染症対策を求める科学者の緊急声明4)コロナ空気感染、不都合な真実?/毎日新聞

613.

23日より血液学会スタート!会長インタビューと注目演題紹介

 9月23日より第83回日本血液学会学術集会がオンラインで開催される。ケアネットが運営する医師限定キュレーションサイト「Doctors'Picks」では学会の特集サイトを公開しており、掲載された会長の東北大学の張替 秀郎氏による動画メッセージの一部を紹介する。ーー本学会のテーマ「恒常性と復元力」にはどのような意味を込めたのでしょうか? 血液細胞は、酸素運搬、感染防御、止血といった身体の恒常性の根幹を担う必須の細胞です。そして、血液のがんはほかのがんと異なり、腫瘍を取ってしまえばよいわけではなく、そこから正常な造血機能が回復してはじめて寛解となる。そうした意味で復元力が極めて大切な臓器です。そうした2つの血液の本質に立ち返り、改めて考察したいという狙いからテーマとしました。 そして、このテーマには、もう一つの思いが込められています。2021年は東日本大震災から10年の節目にあたります。2011年、東日本大震災により日本、とくにこの東北は甚大な被害を受け、すべての恒常性が失われました。そして2020年、COVID-19感染症によって、世界は再度すべての恒常性を失いました。東日本大震災から10年、社会がその復元力によって恒常性を取り戻したように、現在はまだコロナ禍にはありますが、社会の復元力によって生活・科学・医療の恒常性を取り戻すことを信じて願う、という意味も込めました。ーー今回の学会でとくに注目の演題は? 各専門別の最新の情報が集まるというのは毎年のことですが、私が企画したのはPresidential Symposiumと特別講演です。Presidential Symposiumは「The Path from Stem Cells to Red Blood Cells」という演題で、赤血球の分化過程という基礎的なテーマを設定しました。特別講演は2つで、ハーバード大学の幹細胞研究を専門とするDavid Scadden氏の「Biology to therapy in the hematopoietic niche」と、UCLAの鉄代謝を専門とするTomas Ganz氏の「Systemic iron homeostasis: hormones, pathways, diseases」、いずれもなかなか話を聞けない高名な先生なので、貴重な機会になるはずです。海外演者の方もディスカッションにはライブで参加いただく予定です。 また、コロナ関連の特別シンポジウムも企画しており、「ポストコロナの医療・社会変容」をテーマに、早稲田大学教授のロバート・キャンベル氏、プロ野球楽天の社長である立花 陽三氏など、医療以外の専門家を招き、多様な視点からコロナ後の社会の変化についてディスカッションを行う予定です。ーー仙台の会場とオンラインのハイブリッド開催を予定されていましたが、完全オンライン方式に変更されました。 新型コロナの感染状況を鑑みてやむを得ないと判断しました。ただし、学会のライブ感を大切にしたいと考え、会期後にオンデマンドで配信するのは教育講演と一部のシンポジウムにとどめ、基本的には会期中にライブで視聴いただくことを想定しています。ぜひご参加いただき、血液学の「旬」を感じ、明日からの治療に役立てていただければと思います。Doctors’ Picks 第83回日本血液学会 特集サイトhttps://drpicks-spot.carenet.com/ 特集サイトでは、入山 規良氏(日本大学)、柴山 浩彦氏(国立病院機構 大阪医療センター)、丸山 大氏(がん研究会有明病院)、山崎 悦子氏(横浜市立大学附属病院)が選定した学会の注目演題も紹介している。

614.

新治療が心臓にやさしいとは限らない~Onco-Cardiologyの一路平安~【見落とさない!がんの心毒性】第6回

新しい抗がん剤が続々と臨床に登場しています。厚生労働大臣によって承認された新医薬品のうち、抗悪性腫瘍用薬の数はこの3年で36もありました1)。効能追加は85もあり、新しい治療薬が増え、それらの適応も拡大しています。しかし、そのほとんどの薬剤は循環器疾患に注意して使う必要があり、そのうえで拠り所になるのが添付文書です。医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページの医療用医薬品情報検索画面2)から誰でもダウンロードできます。警告、禁忌、使用上の注意…と読み進めます。さらに、作用機序や警告、禁忌の理由を詳しく知りたいときは、インタビューフォーム(IF)を開きます。循環器医ががん診療に参加する際には、患者背景や治療薬のことをサッと頭に入れる必要がありますが、そんな時に便利です。前置きが長くなりましたが、今回は時間のない皆さまのために、添付文書の『警告』『禁忌』『重要な基本的注意』に循環器疾患を含んでいる抗がん剤をピックアップしてみました。『警告』に書かれていること(表1)の薬剤では重篤例や死亡例が報告されていることから、投与前に既往や危険因子の有無を確認のうえ、投与の可否を慎重に判断することを警告しています。infusion reaction、静脈血栓症、心不全、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈血栓症、QT延長、高血圧性クリーゼなどが記載されています。副作用に備え観察し、副作用が起きたら適切な処置をし、重篤な場合は投与を中止するように警告しています。(表1)画像を拡大するこうした副作用でがん治療が中止になれば予後に影響するので、予防に努めます。『警告』で最も多かったのはinfusion reactionですが、主にモノクローナル抗体薬の投与中や投与後24時間以内に発症します。時に心筋梗塞様の心電図や血行動態を呈することもあり、循環器医へ鑑別診断を求めることもあります。これらの中には用法上、予防策が講じられているものもあり、推奨投与速度を遵守し、抗ヒスタミン薬やアセトアミノフェン、副腎皮質ステロイドをあらかじめ投与して予防します。過敏症とは似て非なる病態であり、発症しても『禁忌』にはならず、適切な処置により症状が治まったら、点滴速度を遅くするなどして再開します。学会によってはガイドラインで副作用の予防を推奨してるところもあります。日本血液学会の場合、サリドマイド、ポマリドミド、レナリドミドを含む免疫調節薬(iMiDs:immunomodulatory drugs)による治療では、深部静脈血栓症の予防のために低用量アスピリンの内服を推奨しています3)。欧州臨床腫瘍学会(ESMO)では、アントラサイクリンやトラスツズマブを含む治療では、心不全の進行予防に心保護薬(ACE阻害薬、ARB、および/またはβ遮断薬)を推奨しています。スニチニブ、ベバシズマブ、ラムシルマブなどの抗VEGF薬を含む治療では、血圧の管理を推奨しています4)。『禁忌』に書かれていること『禁忌』には、「本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者」が必ず記されています。禁忌に「心機能異常又はその既往歴のある患者」が記されているのは、アントラサイクリン系の抗がん剤です。QT延長や、血栓症が禁忌になるものもあります。(表2)画像を拡大するここで少し注意したいのは、それぞれの副作用の定義です。たとえば「心機能異常」とは何か?ということです。しばしば、がん医療の現場では、左室駆出率(LVEF)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)値だけが、一人歩きをはじめ、患者の実態とかけ離れた判断が行われることがあります。循環器医ががん患者の心機能を検討する場合、LVEFやBNPだけではなく、症状や心電図・心エコー所見や運動耐容能などを多角的に捉えています5)。心機能は単独で評価できる指標はないので、LVEFやBNP値だけで判断せず、心機能を厳密かつ多面的に測定して総合的に評価することをお勧めします。添付文書によく記載されている「心機能異常」。漠然としていますが、これの意味するところを「心不全入院や死亡のリスクが高い状態」と、私は理解しています。そこで、「心機能異常」診断の乱発を減らし、患者ががん治療から不必要に疎外されないよう努めます。その一方で、心保護薬でがん治療による心不全のリスクを最小限に抑えるチャンスを逃さないようにもします。上述の定義のことは「血栓症」にも当てはまります。血栓症では下腿静脈の小血栓と肺動脈本管の血栓を一様には扱いません。また、下肢エコーで見つかる米粒ほどの小血栓をもって血栓症とは診断しません。そこそこの大きさの血栓がDOACなどで制御されていれば、血栓症と言えるのかもしれませんが、それでも抗がん剤を継続することもあります。QT延長は次項で触れます。『重要な基本的注意』に書かれていることー意外に多いQT延長『重要な基本的注意』で多かったのは、心機能低下・心不全でした。アントラサイクリン系薬剤、チロシンキナーゼ阻害薬、抗HER2薬など25の抗がん剤で記載がありました。これらの対応策については既に本連載企画の第1~4回で取り上げられていますので割愛します。(表3)その1画像を拡大する(表3)その2画像を拡大する意外に多かったのは、QT延長です。21種類もありました。QT間隔(QTc)は男性で450ms、女性で460ms以上をQT延長と診断します。添付文書では「投与開始前及び投与中は定期的に心電図検査及び電解質検査 (カリウム、マグネシウム、カルシウム等)を行い、 患者の状態を十分に観察する」などと明記され、血清の電解質の補正が求められます。とくに分子標的薬で治療中の患者の心電図でたびたび遭遇します。それでも重度の延長(QTc>500ms)は稀ですし、torsade de pointes(TdP)や心臓突然死はもっと稀です。高頻度にQT延長が認められる薬剤でも、新薬を待ち望むがん患者は多いため、臨床試験で有効性が確認されれば、QT延長による心臓突然死の回避策が講じられた上で承認されています。測定法はQTcF(Fridericia法)だったりQTcB(Bazett法)だったり、薬剤によって異なりますが、FMS様チロシンキナーゼ3-遺伝子内縦列重複(FLT3-ITD)変異陽性の急性骨髄性白血病治療薬のキザルチニブのように、QTcFで480msを超えると減量、500msを超えると中止、450ms以下に正常化すると再開など、QT時間次第で用量・用法が変わる薬剤があるので、測定する側の責任も重大です。詳細は添付文書で確認してみてください。抗がん剤による心臓突然死のリスクを予測するスコアは残念ながら存在しません。添付文書に指示は無くても、循環器医はQTが延長した心電図ではT波の面構えも見ます。QT dispersion(12誘導心電図での最大QT間隔と最小QT間隔の差)は心室筋の再分極時間の不均一性を、T peak-end時間(T波頂点から終末点までの時間)は、その誘導が反映する心室筋の貫壁性(心内膜から心外膜)の再分極時間のバラツキ(TDR:transmural dispersion of repolarization)を反映しています。電気的不均一性がTdP/心室細動の発生源になるので注意しています。詳細については、本編の参考文献6)~8)をぜひ読んでみてください。3つ目に多かったのはinfusion reactionで、該当する抗がん剤は17もありました。抗体薬の中には用法及び用量の項でinfusion reaction対策を明記しているものの、『重要な基本注的意』に記載がないものがあるので、実際にはもっと多くの抗がん剤でinfusion reactionに注意喚起がなされているのではないでしょうか。血圧上昇/高血圧もかなりありますが、適正使用ガイドの中に対処法が示されているので、各薬剤のものを参考にしてみてください。そのほかの心臓病についても同様です。なお、適正使用ガイドとは、医薬品リスク管理計画(RPM:Risk Management Plan)に基づいて専門医の監修のもとに製薬会社が作成している資料のことです。抗がん剤だけではない、注目の新薬にもある循環器疾患についての『禁忌』今年1月、経口グレリン様作用薬アナモレリン(商品名:エドルミズ)が初の「がん悪液質」治療薬としてわが国で承認されました。がん悪液質は「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義されています。その本質はタンパク質の異常な異化亢進であり、“病的なるい痩”が、がん患者のQOLやがん薬物療法への忍容性を低下させ、予後を悪化させます。アナモレリンは内服によりグレリン様作用を発揮し、がん悪液質患者の食欲を亢進させ、消耗に対抗します。切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんのがん悪液質患者のうち、いくつかの基準をクリアすると使用できるので、対象となる患者が多いのが特徴です。一方、添付文書やインタビューフォームを見ると、『禁忌』には以下のように心不全・虚血・不整脈に関する注意事項が明記されています。「アナモレリンはナトリウムチャネル阻害作用を有しており、うっ血性心不全、心筋梗塞、狭心症又は高度の刺激伝導系障害(完全房室ブロック等)のある患者では、重篤な副作用を起こすおそれがあることから、これらの患者を禁忌に設定した」9)。また、『重要な基本的注意』には、「心電図異常(顕著なPR間隔又はQRS幅の延長、QT間隔の延長等)があらわれることがあるので注意すること」とあります。ピルシカイニド投与時のように心電図に注意が必要です。実際、当院では「アナモレリン投与中」と書かれた心電図の依頼が最近増えています。薬だけではない!?注目の新治療にもある循環器疾患につながる『警告』免疫の知識が今日ほど国民に浸透した時代はありません。私たちの体は、病原体やがん細胞など、本来、体の中にあるべきでないものを見つけると、攻撃して排除する免疫によって守られていることを日常から学んでいます。昨今のパンデミックにおいては、遺伝子工学の技術を用いてワクチンを作り、免疫力で災禍に対抗しています。がん医療でも遺伝子工学の技術を用いて創薬された抗体薬を使って、目覚ましい効果を挙げる一方で、アナフィラキシーやinfusion reaction、サイトカイン放出症候群(CRS:cytokine release syndrome)などの副作用への対応に迫られています。免疫チェックポイント阻害薬の適応拡大に伴い、自己免疫性心筋炎など重篤な副作用も報告されており、循環器医も対応に駆り出されることが増えてきました(第5回参照)。チサゲンレクルユーセル(商品名:キムリア)は、採取した患者さんのT細胞を遺伝子操作によって、がん細胞を攻撃する腫瘍特異的T細胞(CAR-T細胞)に改変して再投与する「ヒト体細胞加工製品」です。PMDAホームページからの検索では、医療用「医薬品」とは別に設けてある再生医療等「製品」のバナーから入ると見つかります。「再発又は難治性のCD19陽性のB細胞性急性リンパ芽球性白血病」と「再発又は難治性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫」の一部に効果があります。ノバルティスファーマ株式会社のホームページで分かりやすく説明されています10)。この添付文書で警告しているのはCRSです。高頻度に現れ、頻脈、心房細動、心不全が発症することがあります。緊急時に備えて管理アルゴリズムがあらかじめ決められており、トシリズマブ(ヒト化抗ヒトIL-6レセプターモノクローナル抗体、商品名:アクテムラ)を用意しておきます。AlviらはCAR-T細胞治療を受けた137例において、81名(59%)にCRSを認め、そのうち54例(39%)がグレード2以上で、56例(41%)にトシリズマブが投与されたと報告しています11)(図)。(図)画像を拡大するトロポニンの上昇は、測定患者53例中29例(54%)で発生し、LVEFの低下は29例中8例(28%)で発生しました。いずれもグレード2以上の患者でのみ発生しました。17例(12%)に心血管イベントが発生し、すべてがグレード2以上の患者で発生しました。その内訳は、心血管死が6例、非代償性心不全が6例、および不整脈が5例でした。CRSの発症から、トシリズマブ投与までの時間が短いほど、心血管イベントの発生率が低く抑えられました。これらの結果は、炎症が心血管イベントのトリガーになることを改めて世に知らしめました。おわりに本来であれば添付文書の『重大な副作用』なども参考にする必要がありますが、紙面の都合で割愛しました。腫瘍循環器診療ハンドブックにコンパクトにまとめてありますので、そちらをご覧ください12)13)。さまざまな新薬が登場しているがん医療の現場ですが、心電図は最も手軽に行える検査であるため、腫瘍科と循環器科の出会いの場になっています。QT延長等の心電図異常に遭遇した時、循環器医はさまざまな医療情報から適切な判断を試みます。しかし、新薬の使用経験は浅く、根拠となるのは臨床試験の数百人のデータだけです。そこへ来て私は自分の薄っぺらな知識と経験で患者さんを守れるのか不安になります。患者さんの一路平安を祈る時、腫瘍科医と循環器医の思いは一つになります。1)独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)新医薬品の承認品目一覧2)PMDA医療用医薬品 添付文書等情報検索3)日本血液学会編.造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版. 金原出版.2018.p.366.4)Curigliano G, et al. Ann Oncol. 2020;31:171-190. 5)日本循環器学会編. 急性・慢性心不全診療ガイドライン2017年改訂版(班長:筒井裕之).6)Porta-Sanchez A, et al. J Am Heart Assoc. 2017;6:e007724.7)日本循環器学会編. 遺伝性不整脈の診療に関するガイドライン2017 年改訂版(班長:青沼和隆)8)呼吸と循環. 医学書院. 2016;64.(庄司 正昭. がん診療における不整脈-心房細動、QT時間延長を中心に)9)医薬品インタビューフォーム:エドルミズ®錠50mg(2021年4月 第2版)10)ノバルティスファーマ:CAR-T細胞療法11)Alvi RM, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;74:3099-3108. 12)腫瘍循環器診療ハンドブック. メジカルビュー社. 2020.p.207-210.(森本 竜太. がん治療薬による心血管合併症一覧)13)腫瘍循環器診療ハンドブック.メジカルビュー社. 2020.p.18-20.(岩佐 健史. 心機能障害/心不全 その他[アルキル化薬、微小管阻害薬、代謝拮抗薬など])講師紹介

615.

それ、本当に「あなたにしかできない仕事」ですか?【今日から始める「医師の働き方改革」】第3回

第3回 それ、本当に「あなたにしかできない仕事」ですか?医療の現場はチームワークで成り立っています。医師、看護師、理学療法士、薬剤師、メディカルクラークなど、さまざまな専門職の人が働いています。資格がないとできない業務もありますが、そうでないものもあります。こうした「チームで動く現場」では、いかに美しい「パス回し」ができるかが重要です。さまざまな人が自分の業務を受け取り、次の人に回し、お互いの専門領域を尊重しながら業務を行います。ただ、実際は情報連携がうまくいかなかったり、相手が期待していた動きをしてくれなかったりで、パス回しがうまくつながらないことも…。その原因の多くが「誰がやってもよい仕事」の認識が異なっていたり、「情報連携の手法」が噛み合っていなかったりすることです。今回は「それは誰であればできる仕事か」について考えてみます。前回は、自分の業務時間の配分を可視化しました。その時に使ったエクセルや付箋を基にします。やっていない方は前回の内容を参考にトライしてください。各業務が書かれた隣に、「それは誰であればできる仕事か」を追記します。エクセルであれば新しい列を加え、付箋であれば隣に新しい付箋を追加します(表1)。表1他の専門職や専門職以外のスタッフが行える業務を、医師など最も多忙な人が引き受けてはいないでしょうか。そうした状況があれば、それはなぜなのかを考えます。その人にしかできない事情があるのか、伝統的にそうなっているのか…。もちろん医療行為などは該当する資格を持つ専門職が担当しますが、診療現場ではカルテを書く、準備する、事務作業など、「訓練すれば誰でもできる業務」が多く発生します。これらの、一見すれば「誰でもできる業務」は仕事の流れによってできる人が担ったり、明確なルール決めがなく、人によってやり方が異なっていたりして業務効率を下げています。こうした業務に対する判断基準やルールを設け、「“真の意味で”、誰でもできるようにする」ことが重要です。業務過多になっている人の業務を、他の人が担うこと。これが「タスクシフティング」です。業務リストができたら、他の人に渡せる業務があるかを探していきましょう。タスクシフティングを行うべきかどうかは、次の3つの視点で判断します。(1)他の人でもできる業務か(2)他の人が担うことでチーム全体の業務時間を削減できるか(3)短期的だけでなく、中長期的なメリットがあるか(1)ここで言う「他の人」とは同じ専門職の他のメンバーも含みます。(2)該当者の業務だけが減ればよいわけではなく、長期的にチーム全体の労働時間の削減に寄与するかを見る必要があります。(3)働き方改革はその場しのぎの時間削減策ではなく、少し先のチームのあり方も考える必要があります。単純に「仕事ができる人」や「業務に慣れたベテラン」が動くだけでは、若手の育成が進まず、ますます業務が属人化します。教育という観点を入れ、最初は少し時間がかかっても若手に習熟してもらい、誰もが同じ業務をできるようにすることで、中長期的なチームの業務時間を削減できます。医師の働き方改革は1、2年やって終わりではなく、2035年に向けて業務全体を効率化していくことが求められます。「まだ10年以上先だから」と考えるのではなく、今のうちに後輩を育成する仕組みを整え、全体の底上げを図る必要があります。チームメンバーと一緒にタスクシフティングを検討する場合は、「同じ名前の業務なのに人によってかかる時間が大幅に異なるもの」に注目してください。そこに効率化のヒントが隠れている場合が多いのです。長崎大学病院の場合、「当直」として行う業務内容が医師ごとに大幅に異なっていました。そこで「当直」の業務とは具体的に何なのか、という観点で話し合いを行いました。当直の医師が担う業務を具体的にしていく中で、各医師の価値観が見え、どこまでが「当直」の業務なのか、という共通基準をつくることができました。今回紹介した3つのポイントを確認し、「その業務は誰が行うとよいのか」を考えましょう。具体的にどのように業務をシフトするとよいかについては、再度長崎大学病院の例を踏まえ、別の回でご紹介します。

616.

第75回【特集・第6波を防げ!】行動制限緩和の前に、あのナンセンスな制限だけは先行して撤廃を

こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。さて、この週末は、オリンピック、パラリンピックでしばらく放送されていなかったNHK BSのMLB中継で、ロサンゼルス・エンジェルスの試合を観戦して過ごしました。大谷 翔平選手は残念ながら10勝目はなりませんでしたが、44号ホームランを見ることができました。残り20試合余り、アメリカン・リーグの本塁打王争いが楽しみです。それにしても、久しぶりに観たMLBの試合、球場(アストロズの本拠地で南部テキサス州ヒューストン)でマスクをしている人は皆無でした。MLBのニュースを見ても、マスクをしている観客がいるのは西海岸、たとえばドジャー・スタジアム(ロサンゼルス)やT-モバイル・パーク(シアトル)だけのようです(しかもちらほら)。連邦制の米国では、ワクチン接種やマスク着用など、公衆衛生に関する規制権限のほとんどを州や地方自治体が有しています。西海岸の州以外は、マスク着用に関して相当寛容になっているのかもしれません。ということで今週は「特集・第6波を防げ!」として、一般人の視点から行動制限緩和の可否判断について図のようなマトリクスを提案したいと思います。図・行動制限緩和の可否判断のためのマトリクス(by萬田 桃)政府が緩和に向けた基本方針提示9月13日から、東京や大阪など19都道府県で緊急事態宣言が再び延長されました。期限は9月末です。この宣言延長の決定とあわせ、9月9日、政府は新型コロナウイルス感染症の流行地域で実施中の個人の行動や経済活動の制限を段階的に緩和する基本方針、「ワクチン接種が進む中における日常生活回復に向けた考え方(案)」を公表しました。「延長(ムチ)」だけではあんまりだから、「緩和(アメ)」も見せておこうということなのでしょう。この「考え方」では、ほとんどの希望者にワクチンが行き渡る頃から、(1)飲食、(2)イベント、(3)人の移動、(4)学校、において、ワクチン・検査パッケージ(ワクチン接種歴及びPCR等の検査結果を基に、個人が他者に2次感染させるリスクが低いことを示す仕組み)や飲食店の認証制度を活用した行動制限の緩和が提言されました。緊急事態宣言下でも、認証を受けた飲食店に対しては酒類提供や営業時間短縮の要請を見送り、ワクチン・検査パッケージを利用すれば大人数での会食も認めるとしました。また、イベントの人数制限の緩和や撤廃を検討し、ワクチン・検査パッケージによって県境をまたぐ移動や学校での部活動も可能とする、としています。一方、「新たな変異株の出現などにより、感染が急速に拡大し、医療提供体制のひっ迫が見込まれ、例えば、緊急事態措置による更なる行動制限が必要となる場合」には、これらの緩和を見直し、強い行動制限を求めることも明記されています。今後行う実証実験の結果や感染状況を踏まえて本格実施の可否を判断する、とのことです。緩和より先に「一人飲み」解禁を行動制限緩和は喜ばしいことですが、もっと先に確実に緩和できることがあるのではないか、と私は思います。今の行動制限、エビデンスが非常に薄弱にもかかわらず、不当に国民に強いている部分が多々あるからです。その最たるものが「一人飲み」です。居酒屋で一人ちびちび飲む「一人飲み」は、感染リスクが極めて低いといえます。また、サラリーマンが1人で夕食をファミレスで食べる時などに、ビールを1本頼んで喉を潤す場合も感染リスクはほとんどありません。コロナ禍となって、テレビ東京系のドラマ『孤独のグルメ』の先見性が評価されているようですが、少なくとも「一人飯」でのアルコール飲酒は、即日解禁できることだと思います(原作者の久住 昌之氏が、最近の同番組のお店紹介コーナーでいつもの“麦ジュース”を頼まなかったのは残念でした)。町中のカフェやファミレスなどでは、昼間、主に女性たちが、長時間おしゃべりをしている場面によく出くわします。「一人飲み」「一人飯」と比べてどちらのほうがマイクロ飛沫が多く、感染リスクが高いかは、実証実験をするまでもないでしょう。「大勢で騒ぐ」ことが最大のリスク緊急事態宣言の中、私自身、ヤクルトスワローズの試合、ナンバーガールのライブ、小劇場の芝居、大劇場のロック・オペラ、映画、奥多摩の登山とあちこち出かけてきましたが、幸いなことに感染はしていません。これらの場所で共通するのは、登山は除いて、どこもマスク着用で飲酒は禁止、私語(おしゃべりや応援)も極力制限されていたことです。大勢の集団であっても、それなりの空調施設(もしくは屋外)において、大声で騒いだりおしゃべりを延々と続けたりしなければ、感染リスクは相当低いだろうと考えられます。愛知県の中部空港島(愛知県常滑市)で8月28日と29日に開かれた、野外音楽フェスティバル「NAMIMONOGATARI(波物語)2021」は、飲酒しながらマスクなしで声を張り上げる観客の動画が世間のひんしゅくを買いました。観客同士の距離確保ができておらず、酒類も提供していたことが明らかとなり、経済産業省の補助金の支給も中止されました。このフェス、9月13日の朝日新聞の報道では、クラスターでの感染者は26人。他の都府県で確認された感染者は18人で、フェス関連の感染者は合計44人とのことです。また、県と名古屋市による無料PCR検査では、最終的に計1,154件の申し込みがあり、8人の陽性者が確認されているとのことです。8,000人規模で酒を飲んで騒いで関連の感染者が44人、というのは思ったよりも少ない数字だと思うのですが、どうでしょう?空調が“完璧”な野外フェスや、神宮や甲子園のような屋外球場での野球観戦はかなり安全性が高いといえるのではないでしょうか(もちろん、飛沫が飛びまくるジェット風船はNGです)。MLBの観戦でマスク着用が強制されていないのは、そうしたデータがあるからかもしれません。ちなみに8月20日〜22日にかけて新潟県越後湯沢市で開かれた国内最大のフェス「フジロックフェスティバル’21」に参加した友人に話を聞くと、「会場で飲酒している人はまったく見かけなかった。そもそもビン・カンが持ち込み禁止で、手荷物検査もあった。モッシュは一切なく、観客は歓声を抑え、拍手だけでアーティストを讃えていた。会場に潜入した記者が飲酒の写真とともに記事を書いていたが、少なくとも私はあのような人は見なかった」と話していました。今年のフジロックの観客は3万5,000人(例年の約3分の1)だったと報道されていますが、今のところクラスターが発生した、というニュースは出ていません。私の友人ももちろん感染しておらず、今も毎週のようにあちこちのライブに出かけています。「大勢で騒ぐかどうか」が問題こう見てくると、ことは非常にシンプルです。問題は「酒を飲むかどうか」ではなく、「大勢で騒ぐかどうか」なのです。旅行についても、「(県をまたいでの)移動」ではなく、「移動先で大勢で騒ぐ」ことが問題なのです。若者や仕事の憂さ晴らしをしたいサラリーマンや公務員は、ついつい大勢で騒いでしまい、それがクラスターの原因となっています。ですから、「大勢で騒ぐかどうか」どうかだけを、飲食店やイベント会場、旅館・ホテルでチェックすればいいのです。例えば、冒頭で示した図のような単純なマトリクスが考えられます。要素は人数、騒ぐかどうか、空調の3つ。飲酒の有無や時間は関係ありません。これを当てはめれば、大抵の活動は「大勢で騒がない」限り、OKになります。「騒ぎ方がそれぞれ違うだろう!」と言われる方もいるでしょう。でも、それは各関連団体や店舗が自主基準をつくればいいだけです。旅行で言えば、恋人同士の温泉旅行はOK、会社の部署の忘年会旅行はNG。山登りで言えば、テント山行はOK、大勢のパーティでの小屋泊まり山行はNGといったことです。ちなみに、パチンコ店もコロナが流行し始めた昨年、その営業可否を巡って話題となりましたが、これまでクラスターが発生したという例は聞きません。台はアクリル板で仕切られ、客のタバコの煙を吸い込むために空調も強力ですし、台に集中するあまり話している客は誰もいない(店内は台の音でうるさいですが)ことが奏功していると考えられます。ワクチン・検査パッケージの導入も意味があることだと思いますが、もっと単純に「大勢で騒ぐかどうか」に着目した行動制限緩和も必要だと思います。飛沫感染、接触感染、空気感染…、何が一番危ないのか?この「マトリクス」にせよ、ワクチン・検査パッケージにせよ、行動制限緩和に向けて一点、明確にしてもらいたいことがあります。それは、「感染経路ごとのリスクの大きさ」です。これまで飛沫感染と接触感染が中心と言われてきましたが、最近では、会話のときに出てくるマイクロ飛沫による空気感染が近くの人の感染を引き起こすとも言われています。8月末には、感染症や科学技術社会論などの研究者らが、「空気感染が主な感染経路」という前提でさらなる対策を求める声明を出し、話題となりました。ただ、飛沫感染、接触感染、空気感染(マイクロ飛沫感染)がそれぞれどの程度で起こっているのか、その詳細なデータは示されていません。仮にマイクロ飛沫による空気感染が主体だとしたら、飲食店の店舗に設けられたアクリル板の壁は無意味となり、マスク着用と会話制限、空調にこそ力を入れるべきだ、ということになります。新型コロナウイルスの感染拡大が始まって1年半近くが経ちますが、そういった感染経路の基本的なことも明確に示さないまま、今でも闇雲に行動制限や営業自粛を課すのはどうかと思います。横浜スタジアムの近くで焼肉屋を経営している私の友人が先日電話をかけてきて、「うちはアルコール消毒もしている。アクリル板も設置した。もちろん酒は出していない。今度はマイクロ飛沫だと言うのだが、一体何をやればいいんだ。もう対策がないよ」とぼやいていました。「煙を強力に吸う無煙ロースターなら飛沫も吸うので、焼肉屋はパチンコ店並に安全では」と慰めたところ、「なるほど」と納得していました。近々、横浜スタジアムと焼肉屋の安全性を確認しに、現地に出向こうかと考えています。

617.

第74回 ワクチン1回目でアナフィラキシー、日本で「交差接種」はなぜ考慮されない?

先進国内では遅れを取ったと言われる日本の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のワクチン接種。9月8日時点の対象人口での接種率は1回目接種完了が60.9%、2回目接種完了が49.0%となり、現在、2回目接種完了者が人口の約53%であるアメリカの背を捉えつつある。そうした中で5月に承認されながら副反応に対する警戒感から公的接種での使用が控えられていたアストラゼネカ社のウイルスベクターワクチン「バキスゼブリア筋注」が8月から40歳以上に限定して公的接種に組み入れられたことは、ここ最近の接種率向上に一役買っているとみられる。ご存じのようにバキスゼブリアについては約10~25万回に1回の頻度で血小板減少症を伴う血栓症が確認され、発症者の5~6人に1人が死亡している。また、50歳未満の若年者の発生頻度は、50歳以上の2倍ほど高い。もっともこの頻度はワクチンの副反応としてはかなり低いもので、私個人は当初公的接種から外したことはナイーブすぎた判断と考えている。さてこのワクチンに関して東京都でちょっとした騒動が勃発している。「都の大規模ワクチン会場、独断で「交差接種」 健康状態に問題なし」(朝日新聞)もう既にほとんどの方がご存じかとは思うが、3月にファイザー製ワクチンの優先接種を受け、アナフィラキシーを起こした医療従事者がかかりつけ医に相談し、2回目接種にバキスゼブリアを選択するようアドバイスを受け、都の接種会場でこのことを申し出た後、そのまま交差接種を受けたという案件である。予診担当の医師も接種担当の看護師も交差接種であることをわかったうえで接種を実施。これに対し都側で不適切だったと申し開きをしたという内容だ。正直、なんともすっきりしない話である。確かに制度上は適切とは言えない。ただ、アナフィラキシーという本人の不可抗力によりワクチン接種完了が叶わなかったこの方は、今のデルタ株流行という環境下で医療従事者として働くことに相当不安を抱いていたはずだ。だからこそ、かかりつけ医に相談してまで、この接種会場に赴いたのだろうと推察する。そう考えるとこの方はもちろんかかりつけ医も現場で判断した予診担当の医師も接種を行った看護師も私は責めることができない。いったいこうした人はどれくらいいるのだろうか?mRNAワクチンの接種によりアナフィラキシーを起こしたと厚生科学審議会の予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会で判定を受けているケースは、8月8日までにファイザー製が405件、モデルナ製が9件ある。もちろん接種のすそ野が広がってくる今後、こうした人は増えてくるだろう。その人たちをこのまま放置して良いのだろうか?ちなみにいわゆる1回目と2回目の接種を違うワクチンで行う交差接種に関しては、最近Lancet誌にオックスフォード大学のグループによる単盲検試験の結果が報告されている。この試験は28日間隔でファイザーワクチン2回接種、アストラゼネカワクチン2回接種、アストラゼネカ1回目/ファイザー2回目、ファイザー1回目/アストラゼネカ2回目の接種を行った4群で新型コロナウイルスの抗スパイクタンパクIgGの幾何平均濃度を比較したもの。結論から言えば幾何平均濃度は高い順からファイザー2回接種、アストラゼネカ1回目/ファイザー2回目、ファイザー1回目/アストラゼネカ2回目、アストラゼネカ2回接種となった。まだプリミティブな結果ではあるものの、この結果からは今回の接種そのものが医学的に問題あるものではないこともほぼ明らかだ。そもそも体内に入ったmRNAの分解されやすさや2回接種完了者での抗体価減少の研究報告なども併せてみれば、この方のようなケースは初回のmRNAワクチンの影響もほぼウォッシュアウトされているかもしれない。その意味ではやや乱暴な言い方かもしれないがバキスゼブリアを2回接種しても良いのではないかとすら思えてくる。いずれにせよ本人に接種の意思がありながら、mRNAワクチンでのアナフィラキシーゆえに接種完了が叶わなかった人たちに、本人の同意取得を前提に補償的措置として臨床研究を兼ねてウイルスベクターワクチンの再接種を検討すべきではないかと考えている。

618.

第73回  HPVワクチン普及と勧奨早期再開は地方医師会の腕の見せ所?

一歩前進なのか、それともまだ停滞なのか? 定期接種のワクチンに組み入れられながら、2013年6月以降、実に8年以上も「積極的な接種勧奨の差し控え」が続いているヒトパピロ―マウイルス(HPV)ワクチン。8月31日の閣議後の記者会見で田村 憲久厚労相は厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会で積極的な接種勧奨の再開に向けて議論をする準備を進めていくとの方針を明らかにした。すでにこのワクチンの存在意義を揺るがす、とりわけ安全性面に関する新たなエビデンスが登場するとは考えにくい。その意味で個人的には積極的接種勧奨の再開はもう政治決断でも良いのではないかと思うが、中止の際は専門家の意見を聴取したうえでの判断だったことを考えれば、再度分科会に諮るというのは役所の手続き上外せないのだろう。これを受けた各紙の報道は以下のようなものだ。読売新聞だけは会見の日の早朝に関係各所からの取材で裏を取ったとみられる記事を出した翌日、田村厚労相が再開を表明した旨のごく一行程度の短信を発信している。「子宮頸がんワクチン接種 『積極勧奨』の再開、議論」(朝日新聞)「子宮頸がんワクチン『積極勧奨』検討 田村厚労相」(産経新聞)「子宮頸がんワクチンの積極勧奨検討 厚労相が正式表明」(日本経済新聞)「子宮頸がんワクチン、積極的な接種呼びかけ再開に議論準備」(毎日新聞)「子宮頸がんワクチンの『接種勧奨』再開を検討へ…近く厚労相表明」(読売新聞)各記事を読めばわかる通り、どこも淡々と記事化している。もし「副反応が…」と言いたければ、メディアの習性として必ずこの後に論評的な記事が掲載されるのだが、そういったものは今のところ1本もない。少なくとも上記の大手紙は積極的な接種勧奨の再開に向けてほぼ足並みが揃ったと言っていい。一方で私個人はここ最近の各地方ブロック紙、地方紙の報じ方も気になった。首都圏や関西圏を除けば、まだまだ地方紙の影響力は小さくないからだ。そこでこの再開報道が出る直前の1年間(2020年8月28日~2021年8月29日)に地方紙がどう報じてきたか、新聞記事データベースで「子宮頸がん AND ワクチン」のキーワードで検索してみた。対象となったのは地方紙44紙。検索の結果、出てきた記事は136件だった。もっとも地方紙の場合、自社のマンパワーでカバーできない記事は、共同通信や時事通信といった通信社の記事をそのまま掲載することも少なくない。そこでそうした配信記事をまずはカウントしてみた。まず通信社記事として最も多く掲載されていたのは、昨年10月に大阪大学の研究グループがHPVワクチンの接種勧奨差し控えによる子宮頸がん罹患者や死亡者の推計を発表したことに関する記事が16件。このほかは、世界保健機関(WHO)が昨年11月に子宮頸がんの撲滅に向け、HPVワクチン接種率を2030年までに15歳以下の女子の90%にまで高めることを盛り込んだ新たな目標を発表したとの記事が13件、昨年10月に厚労省が都道府県に対し、HPVワクチンの定期接種対象者に情報伝達するように通知したことを受けて接種者が増加しているとの現状を報じた記事が12件、9価のHPVワクチン発売の記事が10件、接種勧奨の中止によりHPVワクチンの定期接種の機会を逃した人を救済する独自のキャッチアップ制度を青森県平川市がスタートさせたという記事が5件など。このほかにも、採用した新聞社が5社未満の通信社記事もいくつかあり、136件の記事のうち約半数強は通信社による記事だった。各地方紙が独自に配信した残る約半数の記事をざっと眺めまわすと、主要な記事としてはおおむね2つのカテゴリーがあることが分かった。まず一つは前述の昨年10月の厚労省の通達を受けて、各都道府県の市区町村による接種対象者向けの情報発信の現状とそれに伴う接種者の増加を報じたもの、もう一つは各地の医師会や医師個人がHPVワクチン接種率向上に向けて行っている取組みや呼びかけを紹介したものだ。前者はある種、国の動きに応じた一時的なニュースともいえるが、後者は情報を発信する医師会や医師個人、それを報じる記者個人の努力に依存した結果とも言える。後者のような記事は、検索対象とした44紙で平均すると1年間に2~3紙当たり1記事程度に過ぎないが、接種勧奨中止の影響で国や地方自治体からの情報発信が限られる中、一般向けの情報としては発信当事者が思っている以上に実は受け手にとって重要な情報源となっている可能性は少なくない。国はこれまでHPVワクチンの積極的な接種勧奨再開に当たって「国民の理解を得ることが重要」との主張を繰り返してきたが、その「国民の理解」をどのような指標で測るのかは明確にしてこなかった。もっとも単純な政党支持率などと違って、医療のような医療従事者と医療受益者との情報の非対称性が著しい領域では、個別政策に対する国民の支持を定量的指標で測るというのは非常に困難ではある。その意味でもし「国民の理解」を間接的に定量化できる指標があるとするならば、それは「現情勢下でのHPVワクチンの接種率向上」ぐらいだろう。昨年10月の通達に基づく地方自治体からの接種対象者への情報発信は、前述のように記事化されるほど接種率向上に役に立ったと言える。ただ、その際に使われたリーフレットには、HPVワクチンに関する情報を詳細に紹介しながらも「現時点で国は積極的な接種勧奨をしていない」とのただし書きが付くなんとも分かりにくい物になっている。その意味では接種勧奨再開に動きそうな今だからこそ、その動きを確実化あるいは加速化させるために、首都圏のような大都市部よりも互いに顔が見えやすい地方の医師会や医師個人、地方メディア同士による連携したHPVワクチンに関する情報発信が重要な局面になっていると改めて思っている。

619.

第73回 中外製薬ロナプリーブ記者説明会で気になった「確保量」「デリバリー」「高齢者優先」

抗体カクテルに過大な期待かける菅首相こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。週末は、渋谷のPARCO劇場に、宮藤 官九郎作・演出の「愛が世界を救います(ただし屁が出ます)」を観に行きました。劇場内はマスク着用で私語禁止というなかなかに厳しい環境でしたが、相変わらずの、くだらなくて笑い満載の芝居(クドカンによればロックオペラだそうです)を楽しんできました。もっとも、底に流れるテーマは、分断と多様性で、過激な笑いとともに提示されるクドカンのメッセージには考えさせられるものがありました。劇場の斜向かいは、「予約なしワクチン接種」で話題となった渋谷区立勤労福祉会館で接種初日だったのですが、観劇後は既に大混乱は収まっていました。それにしても、ワクチン接種を高齢者優先にしたことは最善だったのでしょうか。検証し直す必要もありそうです。さて、今回は菅 義偉首相が治療法の切り札として過大とも言える期待をかける抗体カクテル療法、中外製薬のロナプリーブについて考えてみたいと思います。ロナプリーブ投与可能場所がどんどん拡大菅首相は8月17日、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置の対象県拡大を説明する記者会見で、抗体カクテル療法について「重症化リスクを7割も減らすことができる画期的な薬です。政府としては、十分な量を確保しており、今後、病院のみならず、療養するホテルなどでも投薬できるよう、自治体と協力を進めていく方針」と述べ、投与可能場所の拡大を大きくアピールしました。翌18日には、宿泊療養施設・入院待機施設での投与を認める事務連絡が発出されています。その1週間後、8月25日の記者会見でも菅首相は、「新たな中和抗体薬は、重症化を防止する高い効果があります。既に1,400の医療機関で1万人に投与しています。これまで入院患者のみを対象にしていましたが、多くの人に使いやすくなるよう、外来で使うことも可能とし、幅広く重症化を防いでいきます」と述べ、同日、今度は一定の条件を満たした医療機関において、外来診療による日帰りでの投与も認める事務連絡を発出しました。7月の承認段階では入院患者限定でしたが、投与可能な施設がどんどん広がっていったわけです。軽症や中等症の自宅療養の患者が激増する中、発症前〜中等症Iに有効とされるこの薬に過大な期待をかけざるを得ない、菅首相と政府の苦しい事情が透けて見えます。外来にまで拡大された日の翌日、8月26日に中外製薬がロナプリーブに関するメディア等向け説明会を電話会議形式で開きました。発症7日以内の軽症、中等症1で重症化リスク因子を持つ人対象抗体カクテル療法は、2種類の抗体を混ぜ合わせて投与することで、新型コロナウイルスの働きを抑える薬剤です。アメリカのトランプ前大統領の治療にも使われ(「第27回 トランプ大統領に抗体カクテル投与 その意味と懸念」参照)、去年11月に米食品医薬品局(FDA)が緊急使用を許可しました。ちなみにこの緊急使用許可は改定され、この8月から抗体カクテルは濃厚接触者等、コロナウイルスに曝露した一部の未発症の人にも使用できるようになっています。日本では、開発した米国のバイオテクノロジー企業、リジェネロン・ファーマシューティカルズ社と契約したロシュ社とライセンス契約を結んだ中外製薬が承認申請を行い、厚生労働省が7月19日に特例承認をしています。添付文書の効能・効果には、「臨床試験における主な投与経験を踏まえ、SARS-CoV-2による感染症の重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者を対象に投与を行うこと」とされています。また、「用法・用量に関連する注意」には「臨床試験において、症状発現から8日目以降に投与を開始した患者における有効性を裏付けるデータは得られていない」と書かれています。つまり、発症から7日以内の軽症・中等症Iの患者で重症化リスク因子を持つ人が対象ということになります。なお、承認時の評価資料などによれば、これまでに報告されている有効性は、入院および重症化・死亡の抑制(70%以上)、 症状改善までの期間短縮(約4日)、ウイルス量の減少(高ウイルス群で抑制効果)などとなっています。濃厚接触者への適応拡大や皮下注射も検討中と中外製薬26日の中外製薬のメディア等向け説明会では、奥田 修代表取締役社長が出席し、「デルタ株がまん延し、治療薬の需要が世界的に高まっているが、日本政府からの要請に応じて、必要な供給量を確保したい」と述べ、政府が容認した外来診療での投与に対応するためにも必要な量を確保する考えを示しました。また、今後は米国で認められている濃厚接触者に対する予防的投与について適応拡大として申請する方向で国と協議していることや、点滴に限定して認められている投与方法について皮下注射でも使えるよう申請を検討する考えも示しました。さらに、同社は米アテア社が創製し、ロシュ社と共同開発した経口タイプのRNAポリメラーゼ阻害薬「AT-527」も軽症から中等症の患者を対象に国内で最終段階の治験を進めており、2022年に申請予定であることも明らかにしました。ロナプリーブの日本の確保量は本当に十分なのか?説明会に同席し、新型コロナ感染症の現状とロナプリーブについて説明した東邦大学医学部の舘田 一博教授は「ロナプリーブが承認され、その有効性が確認されてきている。臨床の先生方から、本当に多くの期待が寄せられてきている。外来投与ができるようになり、自宅などで経過を観察しなければならないような、まさに使ってほしい人たちに投与できるのは大きい」と述べ、説明会は全体として新型コロナウイルス感染症の今後の治療に期待を抱かせる内容でした。しかし、気になった点もいくつかありました。一つはロナプリーブの確保量です。2021年5月に中外製薬がロナプリーブの2021年分確保について日本政府と合意した際、「年内20万人分、当面7万人分」という報道がありました。その後、7月の承認の際や、菅首相の記者会見の際などに確保量についての質問が度々行われてきたのですが、明確な数字は公表されていません。この日も奥田社長は「具体的な数字は政府との契約上明かすことはできない。政府と連携しながら、必要な供給量をロシュ社から確保するため努力している」と述べるにとどまりました。なお、8月17日の記者会見で菅首相は確保量について質問を受けた際、具体的な数字は示さず、「政府としては十分な量を確保しています。これは私が指示して確保しています」と述べています。「私が」とわざわざ強調している点が気になります。投与場所を拡大し、軽症、中等症Iに広く使えるようにしたのに、途中で“弾切れ”になったのでは、首相のメンツは丸つぶれです。誰も“十分な量”の具体的な数字を明かさない、明かせないのは、国(首相)が過度な要求をし、中外製薬が供給元のロシュとタフな交渉をしているからかもしれません。年内20万人分という数字は今の感染状況を考えると、いかにも足りない気がします。抗体カクテル療法の普及・定着がある程度進んだ段階で、ワクチンのように「足りません」という事態にならなければいいのですが…。対象患者はロナプリーブまで辿りつけるか?もう一つ気になったのは、本当に必要とする患者に、タイムリーに抗体カクテル療法が提供されるのか、というデリバリーの問題です。適応は発症7日以内の軽症、中等症Iの患者ですが、現在、この状態の患者の多くが自宅療養を余儀なくされ、コロナを治療する医療機関にアクセスできない状況です。重症化リスクのある人に、悪化する前、あるいは発症7日を過ぎる前に、ロナプリーブを点滴静注できる医療機関や施設の早急の整備が求められます。しかし、現実には、自宅待機が長引き、入院した段階では発症1週間が過ぎてしまっている人が少なくありません。ロナプリーブにはアナフィラキシーの報告もあり、厚生労働省は投与施設に24時間健康観察を十分にできる体制を確保するよう求めています。病院のベッドが中等症、重症で埋まっている現状では、宿泊療養施設・入院待機施設などで対応するしかありませんが、この人材不足のなか、24時間体制の構築は難しいところです。今回の説明会で舘田教授は「ロナプリーブ・ステーションのような施設も必要だ」と話していましたが、ロナプリーブを本当に効果的に使うには、“野戦病院”的施設の検討に加え、軽症者治療に特化した治療ステーションの整備も必要でしょう。ワクチン同様、結局は高齢者優先になってしまうのでは?最後に、もう1点気になったのは、投与対象に「発症7日以内の軽症、中等症Iで重症化リスク因子を持つ人」と、「重症化リスク因子」が入っている点です。単純に考えれば、重症化リスク因子のあるなしにかかわらず、軽症、中等症Iに打ってしまえばいいわけですが(濃厚接触者への適応拡大も検討中ですし)、そうはできないのは、確保量や投与場所、そして費用の問題があるからでしょう。重症化リスク因子は、65歳以上、悪性腫瘍、COPD、慢性腎臓病、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、肥満(BMI 30以上)、喫煙などとなっています。そうすると、結局、ワクチン接種と同様、高齢者が優先されるケースが多くなり、若者はまた後回しにされる状況が起きてくるかもしれません。デルタ株の蔓延に伴い、基礎疾患がなくても重症化する人も増えています。そうした状況の中、「ロナプリーブを打っていれば…」という人が、若年者を中心に増えていくことが懸念されます。それもこれも、「確保量」と「デリバリー」次第です。そもそも「十分な確保量」があるなら、重症化リスク因子は大目に見て、軽症者にもどんどん投与して欲しいものです。ところで、現在は国費で賄われているロナプリーブ投与ですが、仮に新型コロナが5類感染症となり、治療が保険診療になれば、自己負担は3割負担で約6万円(米国での医療費約20万円)と高額になるかもしれません。そうなった時にこの治療法が現場でどう使われるかも気になるところですが、それについてはまた機会を改めて書きたいと思います。

620.

第72回 若者のワクチン接種が本格化する前に“かかりつけ限定”の呪縛は解けるか

突然だが、先日、南アジアのアフガニスタンの情勢が急変した。今年4月にアメリカのバイデン大統領が9月11日を期限に同国から米軍を完全撤退させると表明し、5月から順次撤退を開始。これに呼応するように、かつて同国で政権を樹立したこともあるイスラム教過激派組織タリバンが大攻勢に打って出た。5月末時点の彼らの実効支配地域は国土の20%程度だったが、7月中旬には国土の過半数を掌握。そのまま瞬く間に首都カブールに迫り、8月15日にガニ大統領が首都カブールを脱出してタリバンが全土を支配するに至った。日本でのSNSの反応を見ていると、タリバン制圧までよりも、その後のニュースのほうが衝撃を持って受け止められているようだ。とりわけタリバンの恐怖支配を恐れた住民がカブールの国際空港に殺到して、退避しようとしている外国人を運ぶ民間機や軍の輸送機の外側にしがみつき、そのまま離陸した輸送機から上空に到達する直前にしがみついていた人々が落下して死亡した映像は数多くリツイートされている。そうしたニュースを目にして数日後、市中のチェーン店のカフェを利用中、ぱっと見で20代くらいの若者2人の会話が耳に飛び込んできた。「アフガンで輸送機にしがみついて落下して死んだ人、正気かよ?」「ああ、Twitterで見た。ありえねえ」2人にとっては彼方の珍現象なのだろう。しかし、この現象は一部ファクトを置き換えれば、今の日本、とりわけ首都圏のコロナ禍の状況に当てはまる。置き換えとは、タリバン=デルタ株、輸送機=医療機関、しがみつく人=症状が悪化する感染者。デルタ株が蔓延する首都圏では自宅療養者は症状が悪化後に哀願しても入院病床は容易には見つからない。まさに形を変えたアフガニスタンがここにあるのだ。そして、そんな最中の8月25日、新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言を8道県、まん延防止等重点措置を4県に拡大する旨の記者会見が首相官邸で行われた。会見で菅 義偉首相が語った次のような言葉を耳にして、モヤモヤ感で一杯になった。「感染力の強いデルタ株のまん延によって、感染者を押さえ込むことはこれまで以上に容易ではなくなっています。しかしながら、現在進めているワクチンの接種がデルタ株に対しても明らかな効果があり、新たな治療薬で広く重症化を防ぐことも可能です。明かりははっきりと見え始めています」施政者が発する言葉にはある種の誇張は付き物だ。しかし、それを前提にしても「明かりははっきり見え始めています」はさすがに無理があるのではないか? 従来から菅首相は「新たな治療薬」、すなわち抗体カクテル療法のロナプリーブについて何度も言及している。確かにロナプリーブは有効な治療薬と言える。ただ、感染者の治療は重要だが、今それよりも求められるのは感染者の発生を抑制することだ。過去からの繰り返しで恐縮だが、経済を横目で眺めながら中途半端な強度で緊急事態宣言を繰り返してきたため、もはやその効力は限定的。しかも、その影響で公的機関が発するメッセージも繰り返された緊急事態宣言に嫌気がさした若年層を中心に届きにくくなっている。その意味では現時点で若年層を中心にワクチン接種を粛々と進めることが最大の対策と言えるかもしれない。これに対応して東京都は8月27日から16~39歳の都内在住、在勤・在学する人を対象に予約なしで新型コロナワクチンを接種できる「東京都若者ワクチン接種センター」を渋谷駅からそれほど遠くない渋谷区立勤労福祉会館に開設して運用を開始する。1日の接種キャパシティーは200人程度と少なく、逆に予約なしで人が殺到するので混乱するとの意見もあるが、私自身はないよりましだと思っている。その意味で今こそ政府や自治体は、行動半径が広く、新型コロナ感染に対して危機感の薄い若年層を中心にどうやってワクチン接種を推進していくか、ズバリ言えば接種アクセスをどれだけ改善するかの施策を強力に推進すべき時期である。ところが、あの防衛省が運営する大規模接種センターは今月一杯で本格運用を終了する。これは7月上旬の段階での職域接種や自治体接種の進展を念頭に決まっていた方針だが、足下の感染状況は判断当時とは大きく異なっている。しかも東京都を例に挙げれば、防衛省の大規模接種センターは大手町に位置し、やむなく出勤せざるを得ない会社員、都心の中高一貫校や専門学校、大学などに通う学生にとってもアクセスは良好だ。これを現在の流行の中心である若年層の接種本格化直前に閉じるのはあまりにもったいないと言える。また、私が従来から非常に疑問に思っていることがある。それは自治体によるワクチン接種を担当する個別医療機関の在り方だ。前にもちらりと書いたが、私が在住する練馬区は、こうした個別医療機関での接種を幅広く行う「練馬モデル」で一時期有名になった。その点は個人的にも一定の評価はしている。が、区役所のホームページで個別医療機関の一覧をのぞくと、不思議な二色刷りになっている。これは、かかりつけ患者のみの接種を担当する医療機関がオレンジ色、誰でも受け付ける医療機関が白色で塗られているのだ。そのオレンジ色の多いこと多いこと。約280軒の個別接種医療機関のうち誰でも接種できる医療機関はわずか3分の1だ。これから接種が本格化する若年層の場合、中高年層と比較して日常的に医療を必要とする局面は限られるため、かかりつけ医を持っている割合は明らかに低下する。つまり若年層に対して開かれたワクチン接種の「間口」はやたらと狭いものであるのが現実だ。これは練馬に限らず、ざっと見まわすとほかの自治体でも同様の傾向がある。確かに今回のmRNAワクチンはまったく新しいタイプのものなので、個別接種医療機関の先生方も慎重になっただろう。その結果がかかりつけ患者限定というのは少なからず理解はできる。しかし、すでに一定数の接種を経験し、もう慣れたのではないだろうか? 叱られることを承知で敢えて言うが、これを機にかかりつけ患者以外の地域住民に接種の機会を開放していただきたいと思う。もちろん高齢者の接種がかなり進展した今、「かかりつけ患者のみと言っていたけど、希望があれば接種しますよ」という医療機関もあるだろう。ならばそうした医療機関の先生方は是非とも自治体にリストの改定もお願いしていただきたい。現在の若年層はほぼデジタル・ネイティブなので、ワクチン接種を考えた際には多くの人が区のホームページなどを参照するだろう。その際、あの“かかりつけ患者限定”の医療機関が多いリストを見たらどんな気持ちになるだろう? 正直、医療機関側の事情をある程度斟酌できる私でも、あのオレンジ色に塗られた医療機関の多いリストを目にしてげんなりした。これから接種を希望する若年層にもそうした人は少なからずいるだろう。

検索結果 合計:1187件 表示位置:601 - 620