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第92回 0号カプセルを飲んだ経験ありますか?模擬モルヌピラビル服用実験

前回取り上げた新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の軽症者向けとして世界初の経口薬のモルヌピラビル(商品名・ラゲブリオ)。実はこの添付文書を眺めていた時から私は非常に気になっていたことがあった。それはカプセル剤であるこの薬のサイズがあまりにも大きいことである。大きさは長径が21.7mm、短径7.64mm。つまり0号カプセルと言われるものである。1日2回、1回当たりの服用量は4カプセル服用なので1日の服用合計は8カプセル。ちなみに医薬品医療機器総合機構のデータベースで検索してみると日本国内のカプセル剤は約850品目あり、0号カプセルを使っているのはうち16品目。多くが抗がん剤である。裏を返せば服用しなければ命にかかわるようなもので、つまるところ市販化に当たって極端な言い方をすれば99%薬効に重点が置かれて開発されたものだろうと推察できる。モルヌピラビルの場合、治療薬が少ない新型コロナという社会的ニーズに合わせた速度戦の結果、こうなったのだろう。私自身はこれまでこの0号カプセルを服用したことはおろか目にしたことすらない。こうなると試さないと気が済まない性分だ。幸い知人の薬剤師からAmazonで入手可と聞いて早速注文。翌日届いたそれで模擬モルヌピラビル服用実験をしてみることにした。箱には「セルロースホワイトカプセル」となっていて、取り出した見た目はやや下衆な表現だが「大きな蛆虫」のよう。私の小指の第一関節分くらいはある。箱には「ノンカロリーカプセル」と半ばどうでも良い情報もご丁寧に印字されている。水を用意して1カプセル目を口にする。普段、錠剤を飲む感覚で口に水を含み飲み込む。飲み込む際にカプセルが喉の入口に軽く触れて「うっ」となる。たぶん水の量が少なかったのだろうと思い、2カプセル目は水を口一杯パンパンになるまで注ぎ込んで飲み込む。水を口に注いでいる間に口蓋のあちこちにカプセルがぶつかるのが気持ち悪い。いざ飲み込むと、喉にぶつからずに飲む込むことができた。3カプセル目は2カプセル目と同様。4カプセル目は2~3カプセル目と同様に服用したつもりだったが、飲み込む際に一瞬、また喉の入口に触れてドキッとする。その直後、大量の水が喉に突撃してくるような感じになり飲み込むことができた。しかし、飲み終わると大きなゲップが出てしまい、その後1~2分間は喉元がピクピクとけいれんする。喉には相当の負担だったようだ。そんなこんなをSNSに投稿すると、薬剤師の皆さんから「顔を下に向けて飲むと良いですよ」とアドバイスされる。ということで、夜に一気に4カプセルを口に放り込み、水を口に含んでやや俯いて飲み込んだ。確かに何の苦もなく飲める。ふと考え込んでから、下を向くとカプセルが浮力で口の中の喉に近い部分に浮き上がってくるから飲みやすいのだろうと理解できた。翌日は朝の段階で4カプセルを口に入れ、下を向かずに飲み込んでみる。飲み込むことはできたが、やはり口の中に水を含んでいる最中、4個のカプセルが互いにピンボールゲームのようにあちらこちらにぶつかって何とも気分が悪い。で、それで懲りずに今度は具合のかなり悪い人が飲む想定で、ベッドに横になったまま口に4カプセルを含み、350mlの小さなペットボトルのお茶で流し込もうとしたが、喉にカプセルが直撃して思いっきりむせてしまった。布団はビシャビシャで結局すべてのカプセルを吐き出してしまった。悔しいのでそれを一つ一つもう一度口に入れ、寝たまま服用にもう一度トライ。なんとか飲み込めたもののまるでカプセルが喉に張り付いたかのような違和感があり、その後もお茶をゴクゴク飲んだ。気を取り直して、今度はよくありがちな上半身をベッドから起こした姿勢で4カプセルを下を向かずに飲む。これは普通に椅子に座って4カプセル一気飲みした時と同様の飲み難さ。ということで同じ姿勢のまま再び顔を下向きにして飲み込む。やっぱりこれが一番楽である。結局、2日目の朝だけで16カプセルも飲んでしまい、合わせて大量のお茶も飲んだせいかかなりお腹いっぱいで昼食はパスした。まあ、この点では「ノンカロリー」という商品のキャッチも意味を持ち始めたかもしれない。名付けて「ノンカロリー0号カプセルダイエット」とでも言おうか。ちなみに私だけでは何なので、共通テストを終え、都内の民営自習室に籠って勉強をしている娘を自習室近傍のお店での昼食に誘い、0号カプセルを渡して飲ませてみた。私がカプセルをテーブル上に置いて「実験のつもりで飲んでみな」と言うと、「えっ、何このデカいの。中に毒仕込んだりしてないよね?」との反応。親を何だと思ってるんだ。「今話題のある薬と同じ大きさなんだよね」とだけ教えておく。しばらく怪訝そうに手に持ったカプセルを眺めていた娘が、「それもしかしてさ、あの不気味な赤いカプセルの薬? あのコロナの」とのたまう。おお、勘所が良い。ということで、その辺の種明かしやこれまで父親の私がすでに実験していたことを伝えると、「おお、やってみる」とのこと。ややトンデモなところだけは私に似たようだ。娘が口にカプセルを1個放り込み水を口内に注ぐ。頬を膨らましたまま目を白黒させ、次第に眉間にしわを寄せ始めた。飲み込んだと思いきや、「うー、ダメ。口の中に残っている」と言う。もう一度口に水を含んでトライするもこの時は終始、眉間にしわを寄せたまま、結局飲み込めず。3度目の正直でやっと飲み込めた。もっとも本人によると「もう半分溶け始まっていたのか、口の中でカプセルの変形が始まっていた」とのこと。飲み終わった感想は「この大変さを考えると、やっぱりコロナにかからないにこしたことないね」と。そして「薬の飲みやすさって一番最後に考えられることなんだね」と言う。親バカ半分かもしれないが、子供の感じ方は面白い。余談にはなるが、娘が小学校5年生の時、医薬品に関連したテレビCMで「超品質」(分かる人にはわかってしまうが)というキャッチフレーズが使われ、「これどういう意味?」と聞かれ、説明したことがある。聞いた本人の反応は「人は後ろめたいことほどカッコよく言うんだね」というものだった。さてモルヌピラビルの件に話を戻そう。この0号カプセルを飲み込むのは嚥下機能が低下した高齢者では相当つらいだろうと思う。そして発熱で弱っている人や咳がある人は普通に飲めるだろうか?別にメルクを批判しているわけではない。今は緊急時なのである程度有効性があるものを世に出すのは大きな意味があるし、メルクは賞賛に値する。まあ、その意味では開発側も飲み難さ承知の苦渋の思いで、世に出したのではないだろうか?それでもなお現場で情報提供するMSDの皆さんには、この飲みにくさをどうするべきか、具体的に言えば顔を下向きにするとカプセル剤は飲みやすいというごく単純な情報であっても、よくある吸入薬の動画解説と同じように積極的な情報提供をしてほしいと思う。同じことは実際に患者に接する医療従事者の皆さんにも訴えたい。私がこう言いたいのはこの件で過去のある出来事を思い出したからでもある。今から四半世紀前に私はあるHIV感染者と知り合った。いわゆる非加熱血液製剤により不幸にもHIVに感染させられてしまった被害者だ。その人が私の前に500円玉のような、トローチみたいな粒を差し出し、「かじって飲んでみて下さい」と言った。訳も分からず、とりあえず口に含んでバリバリ歯で噛み砕いた。一言で言えば「不味い」、本来なら大量に口にすることはない化学調味料を一気に口の中一杯に突っ込まれたような感覚だった。私のまずそうな表情を見て取ったのだろうが、その人は顔色一つ変えずこう言った。「それHIVの薬ですよ。私たちは『エイズ野郎』と周囲に蔑まれ、いつもビクビクしながら生きている。少しでも前向きになるために治療をするわけですが、そのためということでこんなもの飲まされているんです。これを飲むたびにヒトとしての存在を否定されているかのようです。わかります?」この時、私が口にしたのはジダノジン(ddI、商品名・ヴァイデックス)だった。新型コロナに対する差別問題は以前ほど耳にしなくなった。とはいえ、テレビに出演する一般人の元感染者のほとんどがモザイクで顔を隠している状況は、減ったとはいえ差別が現存することをうかがわせる。そんな状況下で感染者がこの薬を服用した時どんな思いに至るだろうと考えずにはいられない。飲みやすくするための方法について積極的な情報提供を訴えるのは、ただでさえ感染という現実で苦しんでいる彼らにこれ以上の苦痛を味あわせないためである。同時に今回の1件で改めて考えたのが、新型コロナの法的取扱いに関する議論である。巷では感染症法上の位置付けを5類相当にすべきという声もある。奇しくもケアネットでも医師1,000人へのアンケートを公表している。いずれは5類になるだろうことは多くの医師が認識しているだろうし、このアンケートで最も多かった「今後状況の変化に応じて5類相当に」という回答も直近でと言うよりは「将来的に」という比較的ロングスパンの認識だろうと思う。また、「どのような状況になれば、5類相当に変更すべきと考えますか?」という質問では「経口薬が承認されたら」という回答が最も多いが、それについても今のモルヌピラビルのことを意味しているわけではないだろうとも思う。そもそも今でも新型コロナの治療は従来の感染症とはかけ離れ過ぎた現実がある。モルヌピラビル登場までに適応を取得した5種類の薬剤のうち2種類は抗体医薬品であり、デキサメタゾンを除けば、どれもかなりの高薬価。とりあえず現状は有効性が認められたものは総動員する過渡期で、まだまだ「牛刀で鶏を割く」がごとし。というか田んぼのあぜ道に無理やりレーシングカーを走らせているようなアンバランスさがあると言ってもいいかもしれない…。「葦の髄から天井を覗くな!」とお叱りを受けるかもしれないが、少なくとも私自身はこの0号カプセルで提供するしかなかったモルヌピラビルの現実が、まだまだ新型コロナの5類は無理と暗示しているように思うのだ。

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新鮮なネタとしての魚:うつを予防するのは本当か(解説:岡村毅氏)

 魚を食べるとうつにならないというのは本当かという研究である。正確には魚などに多く含まれるオメガ3脂肪酸を多くとるとうつにならないかという研究である。1)魚は健康に良いとされている。2)魚を食べている人は健康そうである。知り合いのAさんもBさんも、ジャンクフードは食べずに日本食を好み、運動をし、そして魚をよく食べている。3)そこで手近な100人くらいの人を調査した。魚を食べているかと、健康状態を聞いた。そしたら魚を食べている人は確かに健康だった。うつも少ない。4)魚はうつを予防する。 …典型的な間違いである。 頑張って魚を食べている人は、健康に気を使っているだろうし、所得も高そうだし、余裕もありそうだ。こうした要因が介在しているから見かけの関係が見えてしまったにすぎない(交絡といいます)。 本当に効果があるのか調べるには、ある地点から前向きにオメガ3脂肪酸を摂取する群、しない群に分けて、その後のうつの発症を調べればよい。その結果は、何とオメガ3脂肪酸群の方がややうつが多かった。 本研究はVITALスタディ(Vitamin D and Omega-3 Trial)という大規模研究の一環である。わかったことは、ビタミンDもオメガ3脂肪酸も、心の健康には何ら効果がなさそうだということであった。 こう書くと、魚なんて食べても意味ないのだ、明日からはカップラーメンと酒だ、と早とちりする人がいるので、強く止めておきたい。要するに自分を大切にしている人は、食生活に気を付けているので健康だということにすぎない。一方で食生活に気を付けても、病気になるときはなることも忘れてはならない。機械じゃないんだ、人間だもの、と言うしかない。 運動とか、魚とか、野菜は健康に良いことは事実だが、それ自体がうつや認知症を予防することはない。同時に、自分のことを大切にして、自堕落な生活はやめた方がよくて(もちろん、したければしてもよい)、魚や野菜をきちんと食べて運動をしましょう、という当たり前の事実があるのだ。 ここで終わっては面白くないのでもう一歩話を進めよう。 人々は「〇〇を食べると病気にならない」という話が大好きである。私の専門分野でいうと、特定の油が認知症予防に効くという一時流行った説を吹き込まれて、高カロリーの油をたくさん摂取している人がたまにいた。「太りますよ、むしろ血管病変を介して認知症になりかねないです」と外来ではやんわりお伝えしている。そもそも〇〇を食べれば病気にならないなどというものは存在しない。していればみんなもう食べているだろう。人間は集団的には合理的な動きをするのだから。 一方で、そういうばかげた話を、怒りをもって眺めている専門家も多いが、それはそれで大人げないとも思う。みんなネタとして捉えて、おしゃべりをしているだけなのである。個人的な見解だが、テレビを真面目に信じている人は10%もいないのではないか? ハイデガーという哲学者は、人々は本質を忘れ(死を忘れ)おしゃべりをして過ごすものだと言ったが、典型的などうでもいいおしゃべりは「食べ物健康談義」であろう。だって誰も傷つけないし、ほどほど盛り上がるし、「某ワクチンが危険だ」みたいな陰謀論のようにどぎつくないから友達をなくすこともないだろう。 問題は本当に信じているごく一部の人だけだ。テレビや週刊誌のビジネスの邪魔はしたくはないが、まともな情報は公共的な組織に提供してほしいものだ。たとえば、厚生労働省は『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』という事業できちんとした情報を提供している。 とても参考になるので一読を勧める。

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NNKよりPPK、理解不能の方はGGRKSでEOM【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第44回

第44回 NNKよりPPK、理解不能の方はGGRKSでEOM「人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり」歴史ドラマなどで、織田信長が能を舞いながら謡う有名な一節を耳にしたことがあると思います。人の寿命は延び続け、50歳でも若造呼ばわりされる可能性があるのが日本です。今では人生100年に手が届こうとしています。一方で、健康寿命が平均寿命より男性は約9年、女性は約12年も短いことが分かっています。健康寿命は、日常生活に制限なく自立して過ごせる期間です。寿命が延びても、寝たきりではつまらない、元気で長生きしたいと望むことは当然です。診察室で出会う多くの高齢の方々は、亡くなる直前まで元気で過ごし、コロッと逝きたいと話します。これが「ピンピンコロリ:PPK」です。現実には、残念ながら寝たきりとなり終焉を迎える方もいます。これが「ネンネンコロリ:NNK」です。100歳近くの年齢で、ピンピンして健康な長寿の人はそんなに多くはありません。介護が必要となる主な原因としては、認知症・脳血管障害・高齢による衰弱・骨折・転倒などが挙げられます。その背景にあるのが、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病です。平素からの生活習慣の改善や、必要な治療をしっかり受けることは大切です。どんなに気を付けても加齢現象を回避できないことは事実です。PPKを具現化できることは非常に稀であり、宝くじに当選するようなことなのです。自分は、高齢者が自ら支援を忌避せざるを得ない雰囲気を日本の社会が醸成していることに問題があると考えます。認知症や障害を持っても、安心して生き、そして旅立つことができる社会の確立が必要なのでしょう。閑話休題お年寄りの聖地、おばあちゃんの原宿と呼ばれる巣鴨の地蔵通り商店街を歩く方々の、全員がPPKやNNKの意味を知っていると思います。それだけ人口に膾炙する略語です。略語は、長い語を簡潔に呼ぶためにつくるもので、「高等学校」を「高校」、「ストライキ」を「スト」などとする場合や、また、ローマ字の頭文字だけを並べたものもあります。「日本放送協会」を「NHK」などです。仲間内だけのことばとして、隠語として用いることもあります。医学・医療の世界で生きていく場面でも、略語はもはや必須です。とくにチャットやメールでは、長いスペルを短縮すべく、英語でも略語が盛んに利用されます。略語はカジュアルな場面だけでなく、英語のビジネスメールや、論文投稿や学会参加の文書にも頻繁に登場します。紹介してみましょう。TBA=to be announced=後日発表TBD=to be determined=未定TBS=to be scheduled=調整中FYI=for your information=参考までASAP=as soon as possible=できるだけ早くこれらは頻用される有名なものです。EOMはend of messageの略で、「メッセージの終わり」を意味します。メールの件名の最後に付けると、メールの本文はないことが伝わります。メールの件名に「本日の会議16時30分大会議室、EOM」とすれば件名だけで本文は空っぽで大丈夫です。自分は、少しヒョウキンな笑いを誘う略語を使ってしまいます。オヤジギャグ好きの悪い癖です。TGIFは、Thank God, It's Friday! の意味で、金曜日の夕方のメールの最後に相応しいです。花の金曜日を楽しみましょう! を意味します。土曜日にも仕事がある方には使用しないようにしましょう。GGRKSは、「ググれカス」の略で、少し調べればわかることを質問する人に対して、「それぐらいグーグルで検索しろ(ググれ)、カス」という意味で使われる下品な略語です。GGRKSは、数年前に「現代用語の基礎知識」に収録もされ流行しましたが、今では目にする機会は激減しています。では最後にクイズです。GN8, TNTわかりますか? GN8=good n eight=good night=おやすみなさい。TNT=till next time=また会いましょう。

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第92回 改定率で面目保つも「リフィル処方」導入で財務省に“負け”た日医・中川会長

2022年診療報酬改定の作業が大詰めへこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。週末は、まん延防止等重点措置が適用される前に足慣らしをと、高尾山の裏側の山域、裏高尾に行って来ました。先々週、首都圏に降った雪が少しは残っているだろうと足回りは冬山装備で向かったのですが、雪は残念ながらほぼゼロ。首都圏が大雪のときは低気圧が関東南岸を通過するケースがほとんどですが、今回は通過が南過ぎたため高尾山や奥多摩まで十分な雪を降らせなかったようです。雪山が楽しめず落胆、下山は日和ってリフトを使ってしまいました。さて、診療報酬改定の作業が大詰めを迎えています。1月14日に開催された中央社会保険医療協議会・総会では、2022年度改定に向けた「議論の整理」が固められました。今後、パブリックコメントと公聴会を経て、具体的な改定内容である「個別改定項目」に基づく論議が行われ、2月上旬には新点数・新施設基準が決定し、答申となる予定です。ということで、今回は少々遅ればせながら、改定率決定の舞台裏と、注目の新設項目「リフィル処方」について考えてみたいと思います。政界とのパイプが細く、苦戦した日医・中川会長2021年末、2022年度の診療報酬改訂の改定率は、医師らの人件費などにあたる「本体」部分を0.43%引き上げるプラス改定とすることで決着しました。この0.43%という数字を巡っては、各紙がさまざまな分析記事を書いています。12月21日付の読売新聞は「日医vs財務省、診療報酬『痛み分け』」と題する記事で、日本医師会は「厚労族の加藤 勝信・元厚生労働相らとともに『プラス0.5%』を防衛ラインに設定していた」が、「0.3%台前半」という厳しい改定率を突きつけていた財務省に「切り込まれてしまった」と報じています。同紙はさらに、日医の中川 俊男会長が、前会長の横倉 義武氏と比べて政界とのパイプが細く、コロナ禍では政権批判とも取れる発言もあったとして、自民党の安倍 晋三元首相と麻生 太郎自民党副総裁は、「中川氏に配慮する必要はない」と横倉会長時代に行われた4回の改定率の平均である「0.42%を下回る水準にするべきだと主張した」とも書いています。「横倉平均」を0.1%上回る0.43%で決着こうした安倍、麻生両氏の意向や、本連載「第80回『首相≒財務省』vs.『厚労省≒日本医師会』の対立構造下で進む岸田政権の医療政策」でも書いた政権内で増した財務省の存在感に日医と厚労族議員は相当焦っていた、と見られています。読売新聞によれば、日医は最終的に、引退した重鎮の伊吹 文明・元衆院議長や尾辻 秀久元厚労相らの重鎮に協力を求め、岸田 文雄首相に直談判する機会を設けてもらい、「横倉平均」をわずかに0.1%上回る0.43%が実現した、とのことです。なお、読売新聞は、横倉氏自身も「0.42%を基準にしないでほしい」と政府側に水面下で求めた、とも書いています。「横倉氏としても会長時代の『横倉平均』を基に医療費の抑制が行われる事態は避けたいとの思惑があったとみられる」とのことです。日医に大きく歩み寄ったかたちの岸田首相ですが、今夏に予定される参院選での日医の集票力を期待しての決断であるのは確かでしょう。参院選で勝てば、衆院を解散しない限り最長3年間は選挙のない時期を迎え、それは岸田政権の盤石化につながります。リフィル処方を差し出した見返りとしての改定率いずれにせよ、日医・中川会長は岸田首相に改定率で大きな借りをつくったことは間違いありません。「第85回 診療報酬改定シリーズ本格化、『躊躇なくマイナス改定すべき』と財務省、『躊躇なくプラス改定だ』と日医・中川会長」でも書いたように、日医会長の最大の仕事はプラス改定を勝ち取ることです。今回はプラス改定に加え、横倉前会長の改定率も上回ることができたわけで、中川会長は面目をどうにか保てたと言えそうです。ただし、その面目と引き換えに日医が受け入れたのが、これまで反対の立場を崩してこなかった「リフィル処方」です。12月21日付の日本経済新聞は、「本体部分について財務省幹部は『数字を見れば大敗だが、流れは変えられた』と語る。改定率を0.1%下げる要素として処方箋を反復利用できる『リフィル処方』の22年度からの導入にメドを付けた(中略)。日医は長年反対していたリフィル処方を差し出した見返りとして、プラス改定率を引き出したとの見方もある」と書いています。一つの処方箋を使い回し利用リフィル処方とは、一定期間内に一つの処方箋を繰り返し利用できる仕組みで、英語の「refil」(補給、詰め替え)が語源です。リフィル処方においては、例えば患者に90日分の投薬を指示する場合であれば、計3回利用(使い回し)ができる30日分の処方箋を発行します。医療機関への通院回数が減るため、医師に支払われる診療報酬(再診料など)も減ります。リフィル処方は米国、英国、フランスなど、諸外国ではすでに導入されている制度です。一方、日本では2016年度診療報酬改定で類似した「分割調剤」が導入されたものの、「手続きが煩雑」などの理由で算定回数は伸びていません。分割調剤とは、同じ処方箋を使い回すのではなく、「定められた処方期間を分割する」というもの。90日分の投薬なら、例えば30日分の処方箋を3枚発行します。1)長期保存が難しい薬剤、2)後発医薬品を初めて処方する場合、3)医師による指示がある場合などに用途が限られ、分割回数の上限も3回までとなっています。日本薬剤師会、薬剤師の役割拡大に期待リフィル処方については、細かな制度設計(対象患者、対象薬剤、回数など)や関連する診療報酬、調剤報酬は未定ですが、日本薬剤師会は大きな期待を抱いているようです。1月13日付のMEDIFAXは、日本薬剤師会の山本 信夫会長のリフィル処方導入に対するコメントを報じています。リフィル処方では2回目の調剤以降、 医師の診療が前提ではなくなることについて山本会長は、 「(調剤を)続けるには患者のさまざまな情報がなかったら(判断)できない」と薬剤師の責任が極めて重くなると指摘、「覚悟を持ってやらないといけない」と話したとのことです。もっとも、知人のある薬剤師は「一部の医師は積極的にリフィルを活用するかもしれないが、処方日数は処方医の判断で何とでもなるので、当面は医師にとっての影響はほとんどないのではないか。薬剤師の責任が今まで以上に重くなることは確かだが、服用後の患者の状況を検査もなしにどう把握しろというのか」と話していました。ボディブローのようなダメージを医療機関に与えるリフィル処方については、医療費適正化の観点から、随分前からその導入が求められてきました。5年前の「経済財政運営と改革の基本方針 (骨太方針) 2017」では「医師の指示に基づくリフィル処方の推進を検討する」と明記されましたが、日本医師会の反対等もあり制度化は先送りにされてきました。今回の診療報酬改定でのリフィル処方導入に向けても、財務省は財政制度審議会において言及を重ね、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2021」にも盛り込んでいます。今回やっと導入に至った背景には、「第80回『首相≒財務省』vs.『厚労省≒日本医師会』の対立構造下で進む岸田政権の医療政策」でも書いた、政権内で増した財務省の存在感があったことは間違いないでしょう。リフィル処方導入は、最終的に昨年12月22日の鈴木 俊一財務相と後藤 茂之厚労相との大臣折衝で決着したとのことですが、1月14日のミクスOnlineは、鈴木財務相が同紙の取材に対し、「リフィル処方箋は譲れなかった」と話したと報じています。私自身は、このリフィル処方、将来的にはボディブローのようにじわりじわりとダメージを医療機関に与えるのではないかと考えています。最初の制度や点数の設定はおそらくマイルドかつ医療機関にもメリットがあるように組み立てられると思われます。ひょっとしたら、薬局や薬剤師のメリットは見えにくいかもしれません。しかし、それが診療報酬の面白いところです。かつて取材した中医協委員も務めたある医師は「新設される項目については点数の多寡は大きな問題ではない。その項目ができたこと自体が重要だ。そこを足がかりに、将来どうにでも仕組みを変えていけるのだから」と話していました。今回の診療報酬改定でのリフィル処方の影響は、改定率にして-0.1%と言われていますが、もし国民がその割安感と利便性に気づいたら、それ以上の影響が出てくるかもしれません。また、検査もできず、患者の状態を適切に判断できない薬剤師に患者が不安を感じるのだとしたら、その薬剤師に何らかの“判断”機能を持たせる動きが出てくる可能性もあります。そういった意味でも、今回の“診療報酬改定シリーズ”、数字にこだわるあまり、リフィル処方を飲んだ日医・中川会長は、財務省に“負け”たと言えるのではないでしょうか。

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英語で「安心してください」は?【1分★医療英語】第11回

第11回 英語で「安心してください」は?I’m worried about the surgery tomorrow.(明日の手術のことが心配です)It must be scary, but you are in good hands.(怖いですよね、でも安心して任せてください)《例文1》Dr. Jones is an experienced surgeon. You are in good hands.(ジョーンズ先生は経験が豊富なんですよ。安心してください)《例文2》I trust Dr. Smith. My dad is in good hands.(私はスミス先生を信頼している。彼になら父を任せられるわ)《解説》“hand”を使ったイディオムとして、“at hand(availableと同義)”“on the other hand(他方で)”など、いくつかよく用いられる表現がありますが、医療現場での患者とのコミュニケーションで最もよく用いられるのは、この“in good hands”かもしれません。直訳すると、「あなたは良い手の中にある」となりますが、その「手」は、経験豊富な外科医の手を想像するといいかもしれません。経験豊富で腕の確かな外科医の手にかかれば、手術を安心して任せられますよね。このように、“in good hands”という慣用句は「スキルのある人、経験のある人のケアを受けている」「良いケアを受けている」という意味合いで用いられます。また、上の会話で出てくるように、患者が不安を訴えているときなどに、「私たちがついていますよ、安心して任せてください」と伝える際にも使える表現です。医療現場に限らず、あらゆる分野で高度な技術を持つ人について話す際に使える表現ですので、ぜひ覚えてください。講師紹介

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第91回 モルヌピラビル承認報道、新聞各紙が伝え損ねた重要ポイント

年末からここ最近にかけてどうにも報道での扱いが気になって仕方がないものがある。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の軽症患者でも使える世界初の経口薬・モルヌピラビル(商品名・ラゲブリオ)のことである。これまで軽症者で使える経口薬がなかったせいもあり、メディアではまさにフィーバー状態だ。一方、SNS上では虚実入り混じった情報が飛び交う。正直溜息が出て仕方がない。まず、各社の第一報を見てみよう。「『モルヌピラビル』新型コロナの飲み薬として正式に承認」(NHK)「メルク製のコロナ飲み薬を厚労省が特例承認 軽症者向け、国内初」(朝日新聞)「国内初、コロナ飲み薬を承認 米メルク製」(産経新聞)「厚労省、コロナ飲み薬初承認 軽症、中等症向けモルヌピラビル」(毎日新聞)「コロナ軽症飲み薬、国内初承認 週明けにも使用開始」(日本経済新聞)「国内初のコロナ飲み薬『モルヌピラビル』を特例承認…厚労省、年内分として20万回分配送へ」(読売新聞)ご存じのようにモルヌピラビルは(1)軽症・中等症I、(2)重症化リスク因子が1つでもある、(3)発症から5日以内の投与に限定、(4)催奇形性があるため妊婦には使えない、という縛りがある。私個人がもし第一報を書くとしても、この4点は最低限であり、かつ読者に具体的にイメージを沸かせるためには、重症化リスクは最低でも1つは例示し、催奇形性についても噛み砕いて触れることをポイントに挙げる。これらを踏まえたうえで、4項目に各1点、合計4点満点で各社の第一報を採点すると、満点はなく3点がNHK、2点が朝日新聞、読売新聞、1点が産経新聞、毎日新聞、日本経済新聞。NHKは重症化の具体例にまったく言及がなく、朝日新聞は発症から5日以内の点と催奇形性の表現への甘さ、読売新聞は重症化リスクの具体例の言及がなく、催奇形性に具体的には言及していないところが減点。残りの3社には言及するのも疲れる。多くの人が知っているように、読者は記事を読み流すので一度に全部書いたとて覚えてはくれない。たとえば、繰り返し“重症化リスクがある人のみ”と書いても、重症化リスクがない新型コロナの軽症感染者が「先生、あの新聞に書いてあった飲み薬出してください」というのは目に見えている。それだからこそ重要な点については繰り返し触れる必要があり、第一報はそれなりに情報を盛り込んでおかねばならないはずだ。また、読者に与える印象からも表現は問われる。たとえば、発症から5日以内の部分も読売新聞の「発症5日目までに飲み始める必要がある」と、朝日新聞の「発症から5日以内で効果が期待できる」では読者の受ける印象は相当違う。ちなみに私は今回の件で『重症化リスクの具体例提示』と『発症5日以内の服用開始必須』を一般読者に伝えることはかなり重要だと思っている。というのも重症化リスクのある人が、新型コロナを疑われる症状を自覚しながら放置や我慢で受診を先延ばしすると、せっかくの服用機会を逃し、ワクチン未接種者では致命的になる恐れさえもあるからだ。だからこそ報道は読者自身が「重症化リスクのある人間に該当するかどうか」をイメージできる具体例が必要であり、5日以内という切迫感も伝えねばならない。また、流通が律速段階になることも忘れてはならない。新型コロナ患者が発生する可能性がある医療機関や薬局は国から供給委託を受けたMSD社が開設した「ラゲブリオ登録センター」に事前登録し、必要になったらセンターに供給を依頼して、1~2日で医薬品卸を通じて薬が届けられるという「タイムラグ」がある。これを考慮すると余計のこと、発症から5日目までの服用という情報は大きな意味を持つ。さて、一方SNS上では、「まあよくもそんなモノを…」と思いたくなる重箱の隅突きのような情報も飛び交っている。こうした情報は「アンチ・モルヌピラビル派=ファビピラビル・イベルメクチン礼賛派」による「外資系薬叩き」が主なものだ。その第一の槍玉にあげられているのが「催奇形性」である。実際、モルヌピラビルの添付文書では、妊娠したラットでの実験から、器官形成期のラットで、ヒトでのモルヌピラビル代謝成分(NHC:N-ヒドロキシシチジン)の臨床曝露量の8倍で催奇形性や胚・胎児の死、3倍以上で胎児の発育の遅れ、器官形成期の妊娠ウサギでは18倍以上で胎児体重が低値になることがわかっている。一般的に催奇形性実験では、ヒトで臨床曝露量の10倍以内で催奇形性が示される場合は要注意であることは確かだ。その意味ではモルヌピラビルでは注意が必要で、実際妊婦や妊娠している可能性がある女性での投与は禁止されている。また、同じ理由で妊娠可能な女性が服用する際は投与中と投与終了後一定期間(臨床試験段階では最低4日間)の避妊が求められている。もっともこうしたモルヌピラビルを批判する人たちの一部が擁護するファビピラビルでも催奇形性が指摘されているのは周知のことで、しかもこちらの場合はヒトの臨床曝露量以下でマウス、ラット、ウサギに加え、ヒトに近い霊長類のサルでも催奇形性が認められているのだからはるかに危険である。また、やはりSNS上で騒がれているのが、モルヌピラビルの変異原性試験の結果である。ご存じのように遺伝子に突然変異を起こす可能性、いわば発がん性を評価する試験だが、添付文書では細菌を使って行うと陽性反応が認められ、げっ歯類を用いた2種の変異原性試験で変異原性は認められず、in vitroとラットで染色体異常を起こすかどうか調べた小核試験は陰性だったことが記載されている。もともと細胞の世代交代の早い細菌ではごくごく小さな突然変異は起こりやすい。しかし、細胞の世代交代が遅い齧歯類で実験した結果では異常は認められないため、この試験結果があってもヒトではとくに問題がないと考えるのが妥当な解釈である。さらに言えば、モルヌピラビルの服用期間が最大5日間ということを考えても、突然変異が継続して発がんに至る可能性は極めて低いということになる。いやはや皆さん、こんな揚げ足取りをするのだと感心してしまったが、逆に言えば報道がより正確な情報を伝えるためには、場合によってこうした非臨床試験の結果にも目を配り、その解釈も伝える必要があるという点では冷ややかに横目で眺めているわけにもいかないと、気を引き締め始めている。

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そろそろ旅行に!本当にお得な航空券の予約法教えます【医師のためのお金の話】第52回

こんにちは。自由気ままな整形外科医です。私の最近のマイブームは旅行です。コロナ禍に何を不謹慎な!と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、旅行業界は感染予防のために不断の努力を続けています。厚労省の指導も入っているので、感染症予防対策も格段に進歩しました。医療者は昨年から大変な思いをして働いてきた方も多く、かつほぼ全員がワクチン接種済みですから、たまに息抜きしても罰は当たらないでしょう。中~遠距離の旅行でお世話になるのは航空機です。医師の皆さんはANAかJALの国内大手キャリアのマイレージサービス会員が多いと思います。学会出張などで国内路線を多用するヘビーユーザーはそちらがお得ですが、旅行ぐらいしか利用しない私のような層には、格安航空会社(LCC)が選択肢に入ります。LCC料金に最も影響を与えるオプションとは!?私はコロナ禍前には毎年2~3回ほど国内外に家族旅行に行っていました。大人数で利用するため、航空料金はシビアに見ます。最近では国内大手キャリアもかなり安くなりましたが、それでもまだLCCのほうが安いケースが多いようです。LCCの基本料金は劇的に安く設定されていますが、そこからどこまで「オプション」を付けるのかが悩みの種です。LCCは席の指定や規定以上の荷物持ち込みなど、さまざまなものが「オプション」となって追加料金がかかることが多いのですが、料金に最も大きな影響を与えるのは「日程変更可能プラン」のオプションです。ホテルや新幹線では当たり前のこの「無料の日程変更」、航空会社では不可のことが多いです。数ヵ月先の予約をすることも多いので、日程変更ができないのは大きなストレス要因です。私たち医師は、受け持ち患者さんの急変等で予定どおりに出発できない可能性が一般の方よりも高く、そのリスクを考えると、できれば日程変更が可能なプランにしておきたいところです。長年オプション料金を払い続けていたのに…私も例に漏れず、安心感を求めて日程変更が可能なオプションを付けることが多かったです。幸いにも緊急事態が発生することはなかったのですが、今年になって日程変更をせざるを得ない事件が発生しました。むむっ。でも、この日のためにこれまでオプション料金を払い続けてきたようなものです。自分の先見の明を誇らしく思いながら日程を変更しようとすると、トンデモナイ事実が発覚しました。そのオプションの内容をよく見ると、確かに日程変更の手数料は無料なのですが、その際には「“現在の料金”と“購入時の料金”の差額が必要」だったのです。予定日直前の変更なので現在の料金はハンパなく高騰していました。結果、購入時の料金とほぼ同額の追加料金を請求されたのです…。今回のケースでは、変更手数料無料のオプション料金は2,800円で、オプションなしの基本プランの変更手数料は3,000円でした。オプションを追加すると何度でも無料で変更可能でお得だと思っていたのですが、まさか差額が必要だとは…。日程変更は、料金が高騰する出発直前であることが多いでしょう。3,000円の日程変更手数料より追加料金のほうが圧倒的に高くなります。日程変更無料のオプションはほとんど意味がなかったのです…。1回1名当たりのオプション料金は3,000円ですが、往復×家族の人数分の合計金額となるとばかになりません。しかも実質的には使えないオプションを毎回付けており、かなりの金額をドブに捨てていたことになります。これはいただけないですね。潔く最安の基本プランでいこう!LCCはかなり安い金額で移動できるのでとても便利です。しかし、航空料金に大きな影響を与える日程変更オプションは、実質的にはほとんど使えないので追加する必要はないでしょう。これまで何十回も格安航空会社を利用してきたにもかかわらず、このことを知らなかったのは非常にもったいなかったと反省しました。皆さんもLCCを検討する際には、潔くオプションを付けない最安の基本プランにすることをお薦めします!

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「3高」から「4低」、そして「3生」へ【Dr. 中島の 新・徒然草】(408)

四百八の段 「3高」から「4低」、そして「3生」へついに新型コロナの第6波がやってきました。大阪医療センターの職員の中にも、PCR陽性者や濃厚接触者が出始めていて、現場から人が足りなくなりつつあります。ちょっと前の沖縄を追いかけている感じと言いましょうか。コロナ患者の数自体は多くないのに、医療者の数が不足して通常医療ができなくなる、そういったタイプの医療崩壊なのかもしれません。ワクチンを打ち、細心の注意を払っている人にまで感染してしまうオミクロン、恐るべし!さて、タイトルの「3高」や「4低」について述べましょう。「3高」というのは、私くらいの年代の人間がバブルの頃によく使っていた言葉です。女性が男性に求める要素のことで、「高学歴、高身長、高収入」のことを指しました。さすがにイケイケドンドンの時代だったので、ポジティブな言葉が並んでいます。最近知ったのは、「4低」という言葉。これまた不景気な現代を反映しているのか、ネガティブな響きが否めません。中身は「低姿勢、低燃費、低依存、低リスク」というものだそうです。「低姿勢」というのは、他人に対して威張らない人というもの。たとえば、買い物などでやたら店員さんに偉そうにしゃべる男性は減点されてしまいます。逆に、誰に対しても低姿勢な人は好感度大! 次に「低燃費」というのは、飲み会などにあまり参加せず、酒やタバコにもお金を使わない人。確かに、昭和の頃は「家1軒分飲んでしまった」みたいな話は珍しくありませんでしたが、令和の時代には流行りません。「低依存」というのは、妻に依存しない人のこと。これまた昭和の時には「家の事はなにもしない」という男性ばかりでしたが、今は掃除洗濯炊事などの家事をどんどんやる男性が好まれます。当然といえば当然ですね。そして「低リスク」。公務員とか大きな会社勤めなど、不況でも失業する可能性の低い職業が好まれるということです。強気な「3高」に比べると、「4低」のほうはいかにも弱気な印象ではありますが、時代が進んでより現実的になった気もします。というのは、いくら高収入だったとしても、それを全部アルコールやギャンブルに費やしていたら何も残らないわけですから。あと、本人の努力でどうにかなるものの割合が「3高」と「4低」との間で違っているというのもポイントかもしれません。3高だと、高学歴こそ本人の努力次第ですが、高身長はいくら努力してもどうにもなりません。一方、「4低」のうち、低姿勢、低燃費、低依存は、3つともちょっとした心掛けで実現可能です。低リスクについても、「公務員だったら何でもいい!」というなら何とかなりそうですね。ところが「4低」という言葉も少し古くなり、今は「3生」が求められる時代なのだとか。これは生存力、生活力、生産力の3つを合わせたものだそうです。生存力とは「家庭内でトラブルが起こったときに対処できる力」、生活力とは「妻に依存したり親に頼ったりせずにやっていける力」、そして生産力は「何もないところから新しいものを生み出す力。人脈があり人望が厚い」と説明にはありました。生存力をもう少しわかりやすく説明すると、「人間関係のトラブルや経済問題、健康問題など、家庭で起こった事に対処する力」だと思います。一方、生産力というのはピンと来ません。説明文からイメージすると「勤めていた会社が倒産して無職になってしまっても、その状況から人脈や人望を生かして食べていけるだけの収入を得る力」ということでしょうか。そういう力があれば重宝するのは確かです。でも、私なら生産力の代わりに生命力を持ってくるかな。「心身共にタフで、ちょっとやそっとの事でめげないタフさ」といった意味を込めて。調べてみると、ほかにも「3平」「3温」「3強」「3優」など、今までにもいろいろな言葉が提唱されてきたようです。これらも知っておくと、何かの雑談に使えるかもしれませんね。ということで最後に1句「3生」を 学んで1つ 年が明け

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CPと表記される医療用語が15種類…「誤解を招く医療略語」の解決に役立つポケットブレインとは?

 電子カルテの普及により多職種間で患者情報を共有しやすくなり、紙カルテ時代とは比にならないくらい業務効率は改善したー。はずだったのだが、今度は医療略語の利用頻度の増加による『カルテの読みにくさ』という新たな課題が浮上している。 医療略語は忙しい臨床現場で入力者の負担軽減に寄与する一方で、略語の多用や種類の増加が、職種間での情報共有における新たな弊害になっている可能性がある。また、診療科や職種により医療略語の意味が異なるため、“医療事故”のリスク因子にもなりかねない。増加の一途をたどる医療略語に、医療現場はどう対処していけばよいのだろうか。 そんな医療略語の課題解消に乗り出したのが、病院向け経営支援システムを扱うメディカル・データ・ビジョン株式会社だ。同社は医療IT企業の強みを生かし、医療略語辞書アプリ『ポケットブレイン』を昨年12月7日にリリースした。本アプリは電子カルテに書かれた英字略語を検索できる臨床現場支援ツールで、これを使えばカルテや各種検査レポートで分からない医療略語に遭遇した際、スマートフォンでサクサク検索できる。その開発者で医師の加藤 開一郎氏が昨年12月17日に記者会見を開き、医療略語の現状やアプリの開発経緯とその意義を語った。CPと略語表記されうる医療用語は15種類 医療略語は“さまざまな意味に解釈し得る”がゆえに誤解を招くものが存在する。加藤氏はその理由を「識別性の低さ」と話し、その一例として英字2文字で15種類もの意味を持つ『CP』を挙げた。≪CPと略語表記されうる医療用語≫・カプセル・ケアプラン・CP療法・大腸ポリープ・クロラムフェニコール・セルロプラスミン遺伝子・口蓋裂・脳性麻痺・毛細管圧・皮膚型ポルフィリン症・収縮性心外膜炎・半規管麻痺・臨床心理士・Child-Pugh分類・慢性動脈周囲炎 一方で、同氏は“略語の不統一”という問題も指摘している。これは、事実上は同じ物を指しているにもかかわらず、複数の医療略語が存在することだ。「上部消化管内視鏡検査」をその最たる例として挙げ、「学会でも略語表記の統一をアナウンスはされているが、現場ではさまざまな略語が使用されている」とコメントした。≪上部消化管内視鏡検査を意味して記載された略語≫*1)EGD:esophagogastroduodenoscopy2)GS:gastroscopy3)GIF:gastrointestinal fiber4)GF:gastric fiber5)GFS:gastlic fiber scopy6)ES:endscopy*:出典:ポケットブレイン説明資料医療略語の出現速度に書籍が追いついていない また、同氏は医師の働き方改革についても言及し、「医師の働き方改革と言われる一方で、内科、外科、救急医の減少傾向に歯止めがかからない。心ある医療者がかろうじて現場に踏みとどまっているのが現状だ。とにかく、医師・看護師の業務負担を減らすため、事務的な業務は積極的に事務職への代行を推進する必要がある。しかし、カルテを読む難しさがそれを阻んでおり、その大きな原因が英字略語や英語表記にあると考える。本アプリを開発した目的の1つは医師の業務代行にある」と強調した。 現在、医療略語に関する書籍は多数出版されているが、書籍でページをめくり医療略語を探すのは物理的に時間を要する。さらに、医療略語の出現速度に書籍の改訂ペースが追いついていない。片や、ネット検索は英字略語のみでは適切な情報に辿り着かず、適切な日本語との組み合わせ検索というもうひと手間が必要である。「それらの問題を解決したのが本アプリ『ポケットブレイン』」と同氏はコメント。 ポケットブレインは毎日情報が更新される成長型アプリで、未収載略語の追加・修正依頼、古い略語の削除等の依頼等、ユーザとの双方向性を重要視している。また、重要な機能の1つに“略語の属性情報”と“補足情報”がある。属性情報が分かることにより、目の前のカルテに書かれている英字略語に対し、その和訳を当てはめて良いかどうかの判断が可能となる。これにより医師以外の職種にも汎用性が高い仕様になっている。医療用語は医療を行うための共通言語 現在、日本医療機能評価機構の病院機能評価の機能種別版評価項目<3rdG:Ver2.0>において“略語の標準化”もポイントになっている。そのため、各病院独自のデータベースを構築する施設もあれば、略語の使用を登録制にしている病院もあるという。これを踏まえ、「同社は病院の業務スマホ向け版ポケットブレインの準備を進め、各病院の略語集にも対応していく予定」だという。 医療略語に限らず、医療用語は医療を行うための共通言語であり、インフラと言っても過言ではない。職種を超えた情報共有が求められる今日、カルテを早く正確に読める対策が求められる。 なお、本アプリに関連する連載をCareNet.comにて公開している。「知って得する!?医療略語」

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英語で「痛みに強い」は?【1分★医療英語】第10回

第10回 英語で「痛みに強い」は?I see you are in pain.(痛みがありそうですね)Yes, it’s really bad. I have a high pain threshold.(はい、とてもひどい痛みです。痛みに強いほうなのですが)《例文1》He has a really high pain threshold.(彼は非常に痛みに強いです)《例文2》She said her pain was 20 out of 10. She may have a low pain threshold.(痛みは10点満点中20点だそうです。彼女は痛みに弱いのかもしれません)《解説》“threshold”は「閾値」を意味する単語で、“pain threshold”は「痛みの閾値」という意味になります。“high pain threshold”は「痛みの閾値が高い」、つまり「痛みに強い」という意味です。似た表現に“tolerance”というものもあり、同じく「閾値」を意味します。厳密には“threshold”は「痛みを感じ始める境界」を指し、“tolerance”は「何とか我慢できる痛みの境界」を指しますが、いずれも同じような文脈で使われます。「痛みの閾値」は人それぞれですが、米国では患者の人種的・文化的な背景がさまざまで、日本よりもさらに個人差が大きい印象です。日本では麻酔なしで行われる手技が全身麻酔で行われたり、オピオイドの処方のハードルが低かったりと、臨床現場では痛みに対するアプローチの違いが見受けられます。講師紹介

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第90回 第6波のまん防・緊急事態宣言を否定する人に、聞いてみたいよ、その根拠

もはや第6波到来なのか。1月5日、全国では2,638人もの新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)検査陽性者が報告された。2021年の年末最終週あたりから徐々に増え始めていた陽性者はわずか1週間で6倍以上に膨れ上がった。この増加は正月休み明けの検査件数の急増などによる形式的増加も影響していると思われる。しかし、昨年12月中はPCR検査数に大きな変動があるわけではないのに下旬以降徐々に陽性者が増加していることを考えると、デルタ株より感染力が3~4倍といわれるオミクロン株の登場で局面は変わりつつあることがうかがえる。しかし、テレビやネットを見ていると、オミクロン株での重症化率が低いことをフックとした、とんちんかんな解説や意見があまりにも多いことに呆れてしまう。あるテレビ番組では厚生労働省の元医系技官が「増えたから感染を抑えるなんて2年前と同じ馬鹿げた事は、絶対にやってはいけない」と声高に言っていた姿にはもはや失笑を禁じ得なかった。確かに南アフリカ国立感染症研究所からの査読前論文を見ると、対デルタ株比でのオミクロン株の重症化リスクは0.3倍。同様の報告はほかにもある。だが、単純な算数の問題として、感染者がデルタ株による第5波の3倍に増えてしまったならば、この医療側にとって好都合なオミクロン株の特性はチャラになってしまう。また、裾野として広がった軽症、無症状感染者をほぼ全員自宅療養とするにしても社会全体が抱える負荷は莫大なものだ。一部には、ならば新型コロナの感染症法上の取り扱いを指定感染症としての2類相当を5類にすれば良いではないかという意見もあるが、そもそも致死率がいまだインフルエンザなどと比べれば高く、対抗手段も揃いつつあるとはいえまだまだ「帯に短し襷に長し」という現状を考えれば、こうした意見の具体化はまだ時期早尚だろう。ワクチンは有力な手段ではあるものの、それのみで感染・発症を完全には防げず、かつ現時点で国内のワクチン接種率が約8割に達しようとする中、結局、感染者増加という蛇口の元栓を締めるには個人レベルでは手洗い、マスク、三密回避という基本的感染対策の徹底化、公的施策としてはブースター接種の迅速化と感染拡大阻止に向けた行動抑制対策という限られた選択肢しかない。その意味で沖縄県、広島県、山口県の3県で新型インフルエンザ等特別措置法に基づく「まん延防止等重点措置」の適用がほぼ確実になったことはやむを得ない措置と言えるだろう。しかし、ネット上では首都・東京都などで同様の対策、あるいは一歩進んで緊急事態宣言まで進むことへの警戒感や倦えん感からなのか、先ほどの厚労省の元医系技官以外でも、いわゆる識者と呼ばれる人から「オミクロン株は重症化率が低いのだから」とか「今現在の重症者は少ないのだから」などの論理で強い措置をすべきではないという意見が散見される。重症者数は感染者発生から1週間後に見えてくる後発指標。少なくともオミクロン株での重症化率の低さや国内のワクチン接種率の高さゆえに理論上はかなり低値に抑えられるのではと思われるものの、あと1週間後の「答え合わせ」で万が一予想を超えてしまった場合は取り返しのつかないことになるのは、医療従事者の中では百も承知のことだろう。また、重症者数が後発指標であることは報道でも繰り返し伝えられてきた。こうした現実を目の当たりにすると、パンデミックから丸2年が経過した今、改めて当たり前になっていると思い込んでいた情報を再整理して繰り返し伝える必要性を認識している。とはいえ正直個人的にもそうした作業に倦えん感がないとは言えない。何とも気が重い年明けになってしまったようだ。

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緩和ケアはがん患者だけのものではない!ニーズに基づいた提供をするには【非専門医のための緩和ケアTips】第18回

第18回 緩和ケアはがん患者だけのものではない!ニーズに基づいた提供をするには緩和ケアといえば「がん」患者さんのためのもの、というイメージを持つ方は医療者にも多いのですが、近年、緩和ケアの概念はどんどん広がっています。まさに、パラダイムシフトを迎えている緩和ケアについて、少し紹介しましょう。今日の質問最近、末期心不全患者も緩和ケアの対象となり、診療報酬に収載されたと聞きました。以前から、がん患者にばかり緩和ケアが手厚く提供されるのは違和感があったのですが、今後の動きはどうなっていくのでしょうか?ここでいう診療報酬とは、入院時に緩和ケアチームが緩和ケアを提供した際に算定される「緩和ケア診療加算」のことです。長らく、がんとHIV感染症に限って算定可能だったものが、2018年の診療報酬改定で対象疾患が末期心不全にも拡大された、という背景があります。以前から、特定の疾患に限って緩和ケアを提供する制度設計には批判も多く、わが国の緩和ケア提供の課題の一つでした。なので、対象拡大は大きな一歩といえるでしょう。われわれのように現場で緩和ケアを実践する立場からすれば、重篤な疾患を抱えた患者さんやご家族に、疾患の種類を問わず、幅広くケアを提供したいのは当然の思いです。さらに最近のトピックスは、透析患者の透析中止や慢性呼吸器疾患に対する緩和ケアに対する議論が広まっています。日本呼吸器学会は「非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021」を公開、COPDなど非がん患者の終末期ケアの原則や考え方を提示しました。外来で呼吸器疾患の患者さんを見ているプライマリ・ケア医にとって、待望の指針でしょう。今後もこのような緩和ケアの対象疾患の拡大傾向は続くと思います。このように緩和ケアの概念が広がっていくことは、緩和ケアニーズがある方に広く緩和ケアを届ける、という意味で好ましいことです。そしてそれを実現するためには、外来診療などのプライマリ・ケアの場で緩和ケアを実践する人が増える必要があります。学会や勉強会などでこうした話をすると、「外来診療だけなので、緩和ケアは要らないんですよ」というコメントをいただくことがあります。でも、本当にそうでしょうか? 確かに外来に来られるくらいの患者さんであれば「すぐに対応が必要な症状」や「今日どうしても話し合わなければならない病状」はないかもしれません。しかし、そんな患者さんも、人生の最終段階についての気掛かりがあり、支援を必要としていながら、それを医療者に伝えられていないだけかもしれません。2017年に厚生労働省が行った「人生の最終段階における医療に関する意識調査」では、「人生の最終段階における医療について話し合ったことがない」人の割合が55.1%と半数以上でした。一方で、その理由を尋ねたところ「話し合いたくない」という回答は5.8%にすぎず、「話し合うきっかけがなかった」との回答が最多の56%でした。病状が安定している方が多く、時間も取りにくい外来診療ですが、数年単位で患者さんとのお付き合いができることが強みです。ぜひ、疾患にとらわれない緩和ケアのニーズに目を向けてみてください。今回のTips今回のTips緩和ケアはがん患者だけのものではない。外来にも多くのニーズがあります。

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第89回 がんが大変だ!線虫がん検査に疑念報道、垣間見えた“がんリスク検査”の闇(後編)

大々的に持ち上げて報道してきたマスコミにも衝撃こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。暮も押し迫ってまいりました。週末は大掃除の合間を縫って、東京・新宿の紀伊国屋ホールに演劇を観に行ってきました。演出家、横内 謙介氏が主催する劇団扉座の創立40周年記念公演、「ホテルカリフォルニア」です。最近、テレビでもよく見るようになった六角 精児氏が所属する劇団で、演目はカリフォルニアとはほぼ無関係、横内氏や六角氏らが卒業した神奈川県立厚木高校を舞台とした、1970年代後半の高校生を描いた青春群像劇です。60歳前後となった劇団員が真面目に高校生を演じるのがバカバカしく、笑えました。個人的には、劇中劇として一瞬演じられた、つかこうへい氏の代表作「熱海殺人事件」の場面がオリジナルかと見紛うほどの完コピぶりに感心しました。横内氏のつか氏への深いリスペクトが伝わってきました。さて、先週に続き今週もがんの検査について書いてみたいと思います。前回書いたように、日本のがん検診は今、深刻な状況に置かれています。そんな中、週刊文春12月16日号が、「15種類のがんを判定できる」と全国展開中のHIROTSUバイオサイエンスの線虫がん検査キット「N-NOSE (エヌノーズ)」が、「『精度86%』は問題だらけ」と報道、医療界のみならず、大々的に持ち上げて報道してきたマスコミにも衝撃を与えています(同社のCMに出ている、ニュースキャスター・東山 紀之氏も驚いたことでしょう)。線虫ががん患者の尿に含まれるにおいに反応することを活用「N-NOSE」は九州大学助教だった広津 崇亮氏が設立したHIROTSUバイオサイエンスが2020年1月に実用化したがんのリスク判定の検査です。がんの「診断」ではなく「リスク判定」と言っている点が、この検査の一つの肝とも言えます。「N-NOSE」は、すぐれた嗅覚を有する線虫(Caenorhabditis elegans)が、がん患者の尿に含まれるにおいに反応することを活用、わずかな量の尿で15種類のがんのリスクを判定する、というものです。これまでに約10万人が検査を受けているとのことです。健康保険適用外で、料金は検体の回収拠点を利用した場合で1万2,500円(税込)です。事業スタート当初は同社と契約した医療機関で検査受付を行っていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大などを理由に、利用者に直接検査キットを送り、検体を運送業者に回収してもらうか拠点に持ち込むシステムが中心となっています。最近の報道では、今年10月、九州各地にこの持ち込み拠点を増設したそうです。また、同社は11月に記者会見を開き、膵がんの疑いがあるかどうかを調べる手法を開発したと発表しています。カウンターを使って手作業で線虫の数をカウント週刊文春の報道では、線虫がん検査で「がんではない」と判定された女性で乳がんが見つかったケースなど、同検査で陰性でもがんと診断される患者が何人もいた事実を紹介、その上で検査方法や、同社が公表している感度(がんのある者を陽性と正しく判定する割合)、特異度(がんのない者を陰性と正しく判定する割合)の信憑性に疑問を投げかけています。検査方法について同誌は、「寒天を敷いたシャーレの左側に薄めた尿を置き、真ん中に線虫を50匹程度置く。するとがん患者の尿には線虫がよってくとされる。(中略)検査員がカウンターを使って手作業で線虫の数をカウント。左右に分かれた線虫の数を比べ、がんか否かの判定をする」と書いています。私も知らなかったのですが、「手作業」とは驚きです(最近、オートメーション化が始まったそうです)。同社のホームページや同社を紹介するさまざまなメディア報道では、線虫の集団ががん患者の尿に集まっている写真がよく使われていますが、週刊文春は「『こんなにはっきりと分かれるのをみたことがない』、こう断言するのは、H社(同社)の社員だ」と書いています。「20人分のがん患者の尿を送付したものの、3人分しかがん患者と特定できず」さらに同誌は、ある医療機関から提供された尿検体の実験で「線虫が50匹の場合、左右に分かれた線虫の差は、300回以上行われた検査の中で、1回を除き10匹以下」であった事実や、ブラインド(がんかどうか結果がわからない状態)で検査した場合、「感度は90%だったが、(中略)特異度はわずか10%だ」とも指摘、「ある検査員が健常者の尿をブラインドで検査した場合は陽性と出たが、非ブラインドで同じ尿を検査すると健康であるという判定もされている」という元社員の声も紹介しています。極めつけは、「陽性率もコントロールしている。今年1月に作成された『判定ルール』を見てみると、<陽性率15%以内>との記載がある」として、倉敷市の病院が20人分のがん患者の尿を送付したものの、3人分、15%しかがん患者と特定できなかったと伝えている点です。17人のがんが見過ごされていたことになります。それが事実とするなら、がんの診断ではなくリスク判定とは言え、医療に使う以前の問題と言えそうです。線虫がん検査に3つの疑問ということで、「N-NOSE」という線虫がん検査について、医学的な側面から疑問点を少し整理してみました。1)検査と言えるレベルのものなのか?臨床検査には、「分析学的妥当性」「臨床的妥当性」「臨床的有用性」という3つの評価基準があります。分析学的妥当性とは、検査法が確立しており、再現性の高い結果が得られることを言います。「N-NOSE」の場合、週刊文春報道を読む限り、分析学的妥当性があるとは思えません。そもそも、線虫が尿の中の何の成分に反応してがんを嗅ぎ分けているのか、HIROTSUバイオサイエンスは公表していません。ひょっとしたら、彼らもわかっていないのかもしれません。これでは第三者が再現することができず、分析学的妥当性を評価できません。臨床的妥当性とは、検査結果の意味付けがしっかりとなされているかどうかです。「N-NOSE」で言えば、「線虫が何匹集まった場合に、がんである可能性は何%〜何%である」という評価法が確立していて、その検査をやる意義があるということです。しかし、そもそも分析的妥当性も曖昧なのに、臨床的妥当性を求めるのは酷と言えるかもしれません。2)臨床的に役に立つものなのか?最後の臨床的有用性は、その検査の結果によって「今後の疾患の見通しについて情報が得られる」「適切な予防法や治療法に結び付けることができる」など、臨床上のメリットがあることを指します。「N-NOSE」について言えば、特異度が非常に低い値を示すことは、がんの検査として偽陽性を多く出し過ぎる危険性があります。週刊文春の報道では「見落とし」の数も相当あるようです。また、被験者としては、15種類のがんのうち「何かのがんがありそうだ」と言われても、そこから通常のがん検診に行けばいいのか、内視鏡検査やCT検査を受ければいいのか戸惑うばかりではないでしょうか。現状では臨床的有用性についても大きな疑問符が付きます。そもそも、分析学的妥当性、臨床的妥当性、臨床的有用性を証明するデータを、きちんとしたプロトコールによって行った臨床試験等で出し、それが評価されれば、保険診療において使用が認められますし、海外でも用いられるかもしれません。しかし、こうした「がん(病気)のリスクを判定する」と喧伝する検査の多く(類似のものに「アミノインデックス」や「テロメアテスト」などがあります)は、お金と時間が膨大にかかる臨床試験を敢えて避け、日本だけの一般向け検査でお茶を濁しているようで、気になります。3)がんリスク判定は「判定」できているのか?臨床的有用性の話と関連しますが、「がんのリスク判定」とは一体何なのでしょう。検査会社は、医師が行う「診断」を業として行うことはできないので、リスク判定という曖昧な表現になっていると思われますが、これも無責任です。同社のホームページには、「N-NOSEは、これまでの臨床研究をもとに検査時のがんのリスクを評価するもので、がんを診断する検査ではありません。そのため、検査で『がんのリスクが検出されなかった方』でもがんに罹患していないとは言い切れませんし、 検査で『がんのリスクが高いと判定された方』でも、必ずしもがんに罹患していることを示すものではありません」と長々とエクスキューズが書かれています。また、ある人の実際の「N-NOSE」の結果を見せてもらったことがあるのですが、留意事項として、「体調がすぐれないとき」「疲労が激しいとき」「長期の睡眠不足や徹夜明けのとき」「アルコール摂取時やアルコールの影響が残っているとき」など、8つの項目の時に「正確な評価を行うことができない可能性がある」と書かれていました。これでは、いったいいつ検査をすれば、正確な評価をしてもらえるのかわかりません。とくに私を含め中高年はだいたい体調がすぐれず、疲れているのでほぼ判定は不可能ではないかと思ってしまいます。このようにエクスキューズの連発となってしまうのは、先に述べた分析学的妥当性が曖昧で、検査の再現性が低いからだと考えられます。もう一つ気になったのは、人の体調で検査結果がこれだけ変動するというのだから、線虫の“体調”によっても変動するのではないか、という点です。線虫の1匹1匹の診断能力の質の担保は、しっかりと行われているのでしょうか。ちなみに同社が根拠とする臨床研究ですが、ホームページにはそれらしき関連論文が海外文献も含めて列挙されています。しかし、ダブルブラインドにより、がんの有無を明確に見分けた、というような決定的とも言える成果を発表した論文はないようです。線虫が尿の中の何の成分に反応し、がんを判別するかについての論文もありません。健常者をまどわせ、がん患者のがんを見落とす危険性代表取締役の広津氏は週刊文春の取材に対し、「この検査を作ったのは五大がん検査を受ける人を増やしたかったからです」と話しています。五大がん検査とは、国が推奨する5つのがん検診のことです。しかし、がん検診を受けるきっかけを与えるにしては、無用の心配を被験者にさせたり、見落としによって手遅れになったりと、リスクが多過ぎます。また、検査を受けた人がアコギな医療機関に食いものにされる危険性もあります。提携医療機関の中には、「N-NOSE」陽性の人に対し、自費でのPET-CT検査を勧めるところもあると聞きます。「N-NOSE」はあくまでリスク判定であるため、そこで陽性の判定が出ても、すぐに保険診療とはなりません。一度、自費検査を挟み、病気が見つかってはじめて保険診療となるわけです。「N-NOSE」は手軽なように見えて、医療機関において保険診療を受けるまで、2度手間、3度手間となってしまいます。そう考えると、健常者を惑わせるだけの検査では、と思えてきます。「N-NOSE」は、医療機器でもなく診断薬でもありません。医師が診断のために使う検査でもなく、保険診療にも使われていません。つまり、薬機法や医師法、健康保険法など、厚生労働省所管の法律外にある検査法なのです。宗教団体などが売る、“ありがたい壺”のように、何か大きな問題が起こるまで行政が口を挟むことはないかもしれません。自費でわざわざがんのリスク検査を受けて、「リスクが低い」という結果からがんを見落とす人が出ないことを願います。そして何よりも、がん検診の受診者が増えるよう、国や自治体はもっと知恵を絞ってほしいですし、日本医師会の言うところの“かかりつけ医”は自分の患者にがん検診を勧めるアクションを起こしてほしいと思います。

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『はたらく細胞』コラボ漫画で疾患啓発を全国に【足の血管を守ろうPROJECTインタビュー・後編】

『はたらく細胞』コラボ漫画で疾患啓発を全国に【足の血管を守ろうPROJECTインタビュー・後編】<お話を伺った先生方>仲間 達也氏(左)東京ベイ・浦安市川医療センター 循環器内科 副部長鈴木 健之氏(中)東京都済生会中央病院 循環器内科/TECC2021大会長宇都宮 誠氏(右)TOWN訪問診療所城南院院長/東邦大学医療センター大橋病院 循環器内科――漫画『はたらく細胞』とタイアップした経緯について教えてください。これまで、TECCで若手育成などさまざまなことを試みてきた中で、ここからさらに自分たちの使命として何ができるかと考えたとき、末梢動脈疾患(PAD)の啓発を社会貢献活動の一環として取り組むのはどうかという話になりました。その中で『はたらく細胞』とタイアップすることになったわけです。この漫画は、ヒトの体内で起こっていること、たとえば傷口から侵入した細菌を白血球が攻撃するなどの生体防御を、擬人化された細胞たちによってわかりやすく伝えています。認知度の高い作品とタイアップすることで、「われわれが専門とするPADやEVTをわかりやすく伝えることができるのではないか」という思いから、講談社へ企画を持ちかけました。医療のプロであるわれわれと、漫画企画・編集のプロである講談社が何度も打ち合わせを重ねた結果として、とても素晴らしい作品が出来上がったと思います。――完成した漫画作品はどんな内容ですか?漫画の内容は、原作の世界観を大事にしながら、PADという疾患の重要性や病態を自然と理解できるストーリーになっています。個人的に一番の見どころは、チーム医療が垣間見えるラストシーンですね。あと、かわいらしい「血小板ちゃん」が、文句を言う赤血球集団に激ギレしているシーンも好きです(笑)。生活習慣の重要性がよく伝わると思います。私はよく、患者さんに「治療が成功しても50%の成功だよ」と言っています。「残りはあなたが今後の生活習慣を改善することで100%になります」とね。ここだけの話、今回の漫画はハッピーエンドなので、前回話したような足や指をなくすなどのシビアな事実は表現しきれていません。漫画だけではPADの深刻さや悲惨な一面を伝えにくい部分もあるので、医療者からは、「皆が漫画のようにうまく治療できるわけではない」と、漫画を読んだ患者さんにやんわり伝えていただいてもいいかなと思います。漫画と現実のギャップを埋めるというか。そうですね。実際は、糖尿病や透析の患者さんで足を膝上・膝下で切断しなきゃいけなくなる人や、足が痛くて歩けないまま原因不明で寝たきりになってしまう人も少なくありませんから。正しい情報が広く伝わって、適切な治療につながってくれたら、PADによるいろんな不幸を防げるのではないかと思います。全国の医療機関に配られる予定の漫画は、患者さんが手に取るだけではなくて、まずは医療者一人ひとりに読んでもらいたいという思いがあります。漫画はあくまでもきっかけとして、自分たちに何ができるのか、足の血管の詰まりを放置したらどうなるのか、ぜひ興味を持って学んでいただきたいですね。われわれがこのような形で地域の先生方にメッセージを発すると同時に、循環器や血管系の専門医の皆さんにも、TECCの活動を通して、PADに対して真剣に取り組んでいただくように訴えていく必要があると考えています。また、紹介が来たら常にオープンに受けて、使命感をもって取り組むべき疾患であることも啓発していきたいです。医療者側へ、そして患者さんへ、双方向での活動が実って初めて、世の中に大きいムーブメントを生み出すことができると思います。現在、この漫画を全国の医療機関に紙媒体で配りたいと考え、クラウドファンディングを実施中です。医療者や患者さんにぜひ直接読んでいただきたいと考えています。現実的には、PADの罹患リスクが高い人は主に高齢者なので、患者さんに同行するご家族などに漫画を読んでもらうことになるかもしれないですね。子供や孫に読んでもらえれば、「うちのお父さん(おじいちゃん)、もしかして…?」と、循環器科の受診につながるかもしれません。また、PADの患者さんは、どちらかというと自分の健康に興味がない、もしくは糖尿病などで視力が悪く、自分の体の状況がよく見えない人などが多いので、なかなか危機感を持ってもらえず、情報が届きにくい層なんですよね。漫画が全国にじわじわと浸透した結果、「『はたらく細胞』を読んだ」と循環器科外来を受診する患者さんが増えるかもしれないし、かかりつけのクリニックに漫画が置いてあって、患者さんから「私の足は大丈夫なの?」と医師に尋ねてくれるかもしれない。あるいは、看護師さんが読んで、「自分たちでもチェックしよう」などと働きかけてくれるかもしれない…。もしかしたら、自分たちの想像とはまったく違う形で、全国の皆さまに影響をもたらしてくれるかもしれない。医療系の学会や研究会が、これまで行ったことがないようなチャレンジなので、結果は未知数ですが、それが楽しみでもあります。私としては、この漫画を通じて1人でも足を失う患者さんが減ったら良いなと思います。――最後に、今後の展望と活動にかける先生方の思いを聞かせてください。今回、一般向けの情報発信を試みる中で最も難しいと感じたのが、循環器内科を受診すればどこでも足の血管を診てくれるわけではないという点です。循環器内科医にもそれぞれで専門領域があります。PADの診察や足の血管治療が得意な人もいれば、あまり詳しくない人もいます。だからこそ、TECCとしてまずは専門医向けに情報発信を始めたという経緯があります。なので、引き続きTECCの活動も頑張りつつ、かかりつけ医にも広く伝えていくことが大事だと考えています。この漫画をきっかけに、今まではあまりPADに注目していなかった循環器や血管系の先生方にも、「漫画とコラボした病気だ」と興味を持ってもらえるのではないかと期待しています。将来的に、若手の医師が「自分もPADの診療やEVTをやってみようかな」と考えてくれるようになったらとてもうれしいです。循環器のメインストリームは心臓ですので、われわれのようにPADに注力している医師は「少し変わっている」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、われわれがアクティブにいろいろな活動に取り組み、とくに社会貢献活動に参入したということは、一般市民へのPADの啓発だけでなく、循環器領域においてPAD診療の価値を高めることにつながると思っています。これから循環器領域の診療を志す若い医師たちに、PADという専門領域がもっともっと、魅力的に映ってほしいですね。そのような意味でも、大きな意義があることだと思います。今回、医療者・一般人問わず、なるべく多くの人に活動を知ってもらいたいと考えて、プロジェクトの準備を進めてきました。地域医療が1つのチームとなれるかというミッションもあると感じています。もし、われわれの活動に興味を持っていただけたら、ぜひTECCのホームページを見に来てください。今後、PADを正しく治療できる医療機関を探せるシステムなども作ろうと取り組んでいるところです。患者さんにとって一番身近なかかりつけ医の皆さんにも役立つ取り組みをこれからも考えていきたいです。ぜひ、クラウドファンディングへのご賛同・ご支援もよろしくお願いいたします。

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「僕がいるべき場所は医療現場より国会だった」衆議院議員・松本 尚氏インタビュー(前編)

 新型コロナウイルス感染症が社会を覆い尽くしたこの2年。世の中の常識や既定路線にも大小の揺らぎが生じ、来し方行く末を考えた人は少なくないだろう。今秋の衆議院選挙で、千葉県の小選挙区において初出馬ながら当選を果たした松本 尚氏(59歳)は、救急医療(外傷外科)専門医であり、国内のフライトドクターの第一人者としてその名前を知る人も多いはずだ。34年の医師のキャリアを置き、新人代議士として再出発を切った松本氏に、キャリア転換に至ったいきさつや、医療界と政界それぞれに対する思いや提言について伺った。*******松本 尚氏「ここにいることはとても不思議。半年前まで僕は1人の医師だったのだから」 ――医師としてコロナ対応にも追われたと思うが、そんな中で代議士へのキャリア転換を果たした。このタイミングは偶然、それとも必然? ……(しばし考え)やはり、コロナ禍がなかったら(衆院選への出馬は)していなかったかもしれない。振り返ってみてそう思う。僕の活動を支援してくれた旧知の医師が、今回の選挙後に言ってくれたことが印象的だった。「20年前、松本先生が日本医科大学北総病院に赴任したこと、その後、北総にドクターヘリが導入されたこと、地域の救急医療に従事してきた活動のすべては、ここが到達点だったのではないか」という内容だった。自分はあくまでその場その場で、与えられた仕事を一生懸命やってきただけなのだけれど、第三者から見た僕の20年間というのは、そのような総括もできるのかと思った。確かに、選挙区の中にもドクターヘリで治療された経験があるという人も結構いて、選挙活動の時に、家族や友人、場合によってはご自身が運ばれたと言う人もいた。直接伝えてくださった方だけでも本当にたくさん。あるいはドクターヘリ普及の過程では、消防の方とも協力してやってきた。そういった方々の応援も心強かった。もちろん、普段から北総病院に通院している人が、そこの医師だからという理由で応援してくれる人も少なくなかった。そうした20年間の積み重ねの上に、今回のコロナ禍があり、その中で心を決めたという側面は確かにあるなと自身でも思えた。したがって、(転身の)タイミングとしては偶然とも言え、必然とも言える。 決断を後押しした1つとして、新型コロナ感染症の対応時、千葉県庁にいたことが大きい。ある意味、それもまた偶然だったかもしれないが、行政側に身を置いてコロナ対策を俯瞰的立場で見た時に、あまりに課題が多いことを痛感したからだ。もっとも、選挙区のポストが空いたことも僕にとっては大きな偶然の1つ。 しかし、考えてみれば今ここにいることはとても不思議だ。半年前まで、僕は1人の医師だったのだから。――さかのぼるが、そもそも政治家を志すことになった具体的な転機は? 7~8年くらい前だろうか。もともと僕は保守的な思想信条を持っていたが、民主党が政権交代した時(2009~2012年)に、政治に対する関心を強く持たざるを得なかった。あの当時、日本全体がそうだったように、僕自身もある種の政治が変わる高揚感、何か大きく世の中が変わるんじゃないかという期待感があった。新政権とうまくつながることで、世の中の変革をより体感できるのではないかという思いで、ツテをたどって当時の文科副大臣に会いに行ったこともあった。しかし、現実は何も変わらなかった。その時点で、改めて自分の主義主張というものを見つめ直した。さらには、国をもっと良くするためにどうすべきなのかを考える時に差し掛かっていることも実感した。そろそろ僕らがそれを考える世代だと。 この時期、僕自身はテレビの医療監修など、臨床以外に活動の幅を広げ始めたころだったように記憶している。代議士になった自分が言うのもなんだが、議員の中には、与野党問わず資質を疑いたくなるような人物も確かにいる。発言内容が稚拙だったり、当選回数が多いというだけで閣僚になったりするような議員も少なくないことがよくわかる。当時の僕は、そういった議員の姿をさまざまなメディアで見るにつけ、自分のほうがよほど真剣に国のことを考え、実行できるのではないかと思った。しかも自分と同じ世代だとしたら、なおさらだ。さらに、医学の領域で地道にやってきたことが評価されるようになってくると、それを政策に生かすとしたらどうすべきかという視点でも考えるようになった。自分が積み上げてきた経験を活かせば、ここ(国政)だったらもっと良い仕事ができるのではと心密かに思うようになった。したがって、二度の政権交代が政治への関心を持つ大きなきっかけの1つだったかもしれない。 そのころ、千葉の自民党県連で公募があった。これだと思い立ち、大学の卒業証明書や戸籍謄本を取り寄せ、準備を進めた。公募に必要な書類の中に、「政治について」というテーマで2,000文字の論文があった。もちろん書き上げていざ挑戦、と思ったのだが……これが1文字も書けなかった。ネットや新聞の文言を継ぎ接ぎすれば、何がしかの文章を作ることはできる。しかしそれは、当然ながら中身のない薄っぺらなものでしかない。だからと言って、自分の言葉はなかなか出て来ない。それが、7~8年前の苦い経験。松本 尚氏「政策立案側と立法側の乖離。そこに、医師であり議員である僕がいれば」 ――歳月を経て、再びの挑戦となった今回は違った。 奇しくも、レポートのテーマは前回と同じだったが、今度はスムーズに書き上げることができた。この数年間、もちろんたくさんの勉強をした。多くの本を読み、歴史を学び、一般メディアにも寄稿した。医学論文にとどまらず、さまざまな文章を意識して執筆するよう心掛けてきた。それらも自身の訓練になっていたのだろう(ホームページ「論説」を参照)。公募論文を書き終えたところで、これは行けるという確信が持てた。それくらい、ある意味で世の中のタイミングと自分の機が熟すタイミングがうまく重なったのだろうと思う。――転身を決める大きな理由となった行政側でのコロナ対応の経験についても伺いたい。 今回、コロナを巡るさまざまな地方行政の問題、あるいは国の政策としてのコロナ対策の問題があることが、千葉県庁で対策に携わった目線から考えるところが多かった。あえて厳しいことを言うが、政府には大局に立った絵も描けていなかったし、そもそも、初っ端からリスクコミュニケーションでつまずいていると感じていた。その場しのぎの対策に追われるものだから、国民は一体誰の言うことを聞いたらいいのかわからないという状況に陥った。もう少しきちんとした危機管理ができていないとダメではないかと、早い段階から旧知の議員にも個人的には伝えていた。一体この国はどうなっているのかと思った時、少なくとも県庁にいてもダメだった。ならば医療現場にいる場合かというと、それも違った。現場は、とにかく懸命にコロナ診療をこなしていくことで精いっぱい。その中に入って一緒にやることもできるが、それが僕の役目なのかというと、そうじゃない。当時、千葉県庁の対策室で災害医療コーディネーターとしての役割を与えられた僕は、全体を見ながらコントロールすることだと自覚していたが、実質は機能不全状態だった。その経験から、もっと上に行くしかないとその時に痛感した。 あれは第1波のころだっただろうか。のちの第5波などに比べたら、“さざ波”程度だったと今なら思えるが、コロナ患者が一気に増えて病床が足りず、第5波の時と同じくらい切実な状況だった。感染者数がピーク時は、患者のトリアージをせざるを得なかった。トリアージの判断基準になるスコアを決め、その点数に沿って厳密に対応していた。保健所からは、「状況は理解できるが、それでも何とか(入院できるように)してほしい」という訴えがあったが、「こちらもルールに則ってやっている」と断るしかない。はじめは県庁職員が対応をしていたが、医療者でもないのに矢面に立たせているのは申し訳ないと思い、「対策室でやっていることの最終的なすべての責任は僕が取るので、断る際も怖がらずに対応に当たってほしい」と伝えた。 当時は状況が状況だけに気も張っていて、その対応が精いっぱいだったので腹を括ってやっていた。しかし、後になって冷静になって考えると、本当はそうじゃなかったのではないかと思うようになった。災害時のトリアージそれ自体は間違っていない。そう理屈ではわかっているものの、本当は医療を受けたい人が受けられないというのは、やはり間違っているという思いが強くなった。誰もが初めて直面した新型コロナウイルス感染症だったが、緊急事態宣言の出し方ひとつとっても、もっと違うやり方があったのではないか、もっと上手にルールが作れなかったのかという思いに至った。ならば何をすべきか。それは、次のパンデミックに備えたルールづくりだろう。 コロナ対応で頑張っていたのは当然、医療者も同様だ。県庁でコロナ対策の専門部会メンバーとの会議で、医療者側からの意見はとても重要で、コーディネーター役の僕としても首肯する場面が多かったが、それを政策まで落とし込む術がない。なぜなら、その落とし込みをする側に医師がいないから。医師と政策側には、どうしても埋めがたい乖離がある。「現場はこうだ」と言っても「ルールはこうですから」の平行線。やはり、そこをうまく橋渡しする役目の人が不可欠だと痛感した。千葉県庁では、医師である僕にその役目を任せてほしかったが、残念ながらそうはならなかった。そして恐らく、国でも同じ問題に直面しているのではないかというのは、容易に想像できた。 政策立案側と立法側の間の乖離。そこに、医師であり議員である僕がいれば、両者の事情を理解しながら仕事ができるのではないかと考えた。ここがもしかしたら、僕が方向転換を決めた大きなきっかけだったではないかと、今振り返ってみてそう思う。<後編に続く>

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新型コロナを5類相当にすべき?すべきでない?医師が考えるその理由

 日本国内での新型コロナの感染状況は小康状態が続く中、ワクチン接種は進み、経口薬の承認も期待される。一方で、オミクロン株についてはいまだ不明な点が多く、国内での感染者数も少しずつ増加している。「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を5類相当に格下げすべき」。これまで何度か話題に上ったこの意見について、医師たちはどのように考えているのか? CareNet.comの会員医師1,000人を対象にアンケートを行った(2021年12月3日実施)。新型コロナウイルス感染症は5類でも2類でもない特例的な枠組み 新型コロナウイルス感染症は現在、感染症法上「新型インフルエンザ等感染症」という特例的な枠組みに位置付けられ1)、入院勧告や外出自粛要請などが可能で、医療費が公費負担となる1~2類感染症に近い対応がとられている2)。その法的位置付けについて、今年初めまでは「指定感染症」に位置付けられていたこと、一部報道などでは“2類相当”との言葉が先行するケースもみられたことなどから、混乱が生じている側面がある。 「COVID-19の現行の感染症法上の位置付けについて、どの程度認識しているか」という問いに対しては、最も多い63%の医師が「何となく理解している」と回答し、「よく理解している」との回答は28%に留まった。新型コロナの位置付け変更「今すぐではないが今後状況をみて」が45% COVID-19を5類感染症相当の位置付けに変更すべきか? という問いに対しては、「今後状況の変化に応じて5類相当の位置付けに変更すべき」と回答した医師が45%と最も多く、「1~5類の分類に当てはめず、特例的な位置付けの中で状況に応じて変更すべき(25%)」、「現状の位置付けのまま、変更すべきではない(16%)」と続き、「今すぐに5類相当の位置付けに変更すべき」と答えた医師は13%だった。 COVID-19患者あるいは発熱患者の診療有無別にみると、「いずれも診療していない」と回答した医師で、新型コロナウイルス感染症を「今すぐに5類相当の位置付けに変更すべき」との回答が若干少なく、「現状の位置付けのまま、変更すべきではない」との回答が若干多かったが、全体的な回答の傾向に大きな違いはみられなかった。 また、どのような状況になれば新型コロナウイルス感染症を5類相当に変更すべきかという問いに対しては、「経口薬が承認されたら」という回答が最も多く、「第6波がきても重症者が増加せず、医療ひっ迫が起こらなかったら」という回答が続いた。新型コロナの5類相当への変更は行政の関与がほとんどなくなることを意味 新型コロナウイルス感染症を「今すぐに5類相当に」と回答した理由としては、「保健所を通さず診療所で診察できるようにして重症者を手厚く治療できるようにした方がいい」等、病院や医師判断での入院・治療ができるようにした方がよいのではないかという意見が目立った。 「今後状況の変化に応じて5類相当に」と回答した理由としては、「変異株が新たに報告されるたびに警戒を強めなければならない状況では、今5類にするのは危険。疫学的に理解が広まり、治療法(経口薬)が確立されれば検討の余地あり」等、経口薬の広まりや変異株の出現状況等に応じていつかは変更すべきとする意見が多かった。 「1~5類の分類に当てはめず、特例的な位置付けの中で状況に応じて変更すべき」と回答した理由としては、「5類への引き下げは行政の関与がほとんどなくなることを意味するため、その選択肢はありえない」といった意見や、フレキシブルに対応するため既存の枠組みに当てはめないほうがよいのではないかといった意見がみられた。 「現状の位置付けのまま、変更すべきではない」と回答した理由としては、「公費で診療にしないと診察にこない患者がいる」「自費となると治療薬が高額で治療を受けられなくなる人がでてくる」等、自費負担となることの弊害を挙げる意見や、万が一の場合に行動制限等の強い措置がとれるようにしておく必要を指摘する意見があがった。 アンケート結果の詳細は以下のページに掲載中。新型コロナウイルス感染症、感染症法上の現在の扱いは妥当?…会員1,000人アンケート

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臨床留学を志すなら知ってほしい、日・米「レジデント」の違いとは【臨床留学通信 from NY】第29回

第29回:臨床留学を志すなら知ってほしい、日・米「レジデント」の違いとは内科レジデントの総まとめになります。最初の1年はインターンと呼ばれ、次から次へと雑用の嵐でした。日本に比べて圧倒的な人数のレジデントと、ドクターで物事が動いているのは、大都市ニューヨーク特有かもしれません(ほかの都市をよく知らないので断定はできませんが)。そして、何といっても物事がアナログ!総合内科からの他科へのコンサルテーションの際、当初ポケベルだったのには面食らいました。そのためレスポンスも悪く、物事が進みにくい側面もありました。コンサルテーション1つをとっても時間が掛かり、医療リテラシーのばらつきからか、患者さんが薬を持たずにいざ緊急入院となると、普段のんでいる自分の薬がわからないというケースも往々にしてあり、確認のためにインターンが薬局へ電話、ということも多々ありました。本当に効率が悪く、人的資源の無駄かと事あるごとに思いましたし、やり取りは電話のみで、英語もなかなかきつく、不確実な仕組みだと思いました。退院時の手配や、保険によってカバーされる退院時処方がアピキサバンなのか、リバーロキサバンなのかを確認するという雑用もありました。また、リハビリ病院への転院が必要であっても、保険のレベルによって転院先の見つかりやすさも大きく異なります。雑用が多いのは、アナログ的な医療システム、複雑な社会背景や保険医療によるものと思われます。ただ、私も卒後10年を超えており、そういった雑用をかつて大学病院で経験していたため、まぁそんなものか、と思えたのはよかった(!?)のかもしれませんが、市中病院しか経験がない人にはきついかもしれません。日中の病棟業務の人は日中のみ、というのはある意味日本より良いのかもしれませんが、逆に豊富なレジデントを多数動員して夜勤は夜勤のみで行うナイトフロートという仕組みを採用しています。これにもずいぶん戸惑いました。14日中12日間は、夜8時から朝8時まで働くというシフトで、20代の同僚と共に働くアラフォーには堪えました。またICU/CCUは日中・夜勤がコロコロ変わるため、体内リズム的にきついシフトとなり、日本的な日中、夜勤、日中という連続30~36時間という勤務こそはなかったものの、私には体力的に大変なローテーションでした。そんなこんなで、米国の医療は豊富な人的資源で回っており、レジデントになると1年のうち3ヵ月ほどのエレクティブと呼ばれる選択科目があり、その際は日中の9時~5時、もしくはそれ以下のような勤務時間で好きなことを学べますし、臨床研究も選択できました。私自身、マウントサイナイのDr. Roxana Merhanの研究室に入れたのはエキサイティングで、かなり大きな経験でした。豊富な人的資源からそういった時間がとれること、またコロナ前ですが、ACC/AHAなどの学会もいくつも行くことができ (うまくそのために休めました) 、旅費まで支給してもらえるのはありがたかったです。1年に2週間×2回の休暇があるのも、日本にいた時には考えられない大きな魅力です。勤務上はきついところもありますが(私の場合、その大きな原因は英語でしたが)、Teaching roundを含め、指導医がレジデントとラウンドする際に必ずディスカッションがあり、日本の市中病院などと比べると、はるかに教育仕組みがしっかりしていますし、毎日Noon Conferenceと呼ばれるレクチャーがたくさんあるのも米国のメリットでしょう。医学部卒後のレジデントでも、しっかり3年間やれば成長できる仕組みが担保されているのは米国特有と思います(逆に指導医はレジデントから評価されているのもあります)。また、8週間中2週間は必ず外来のローテーションがあるのも日本の研修医にはない仕組みで、外来のやり方を系統立てて教わるというのも新鮮な経験ではありました。Column画像を拡大する日本のような「薬手帳」があればいいと思い、米国内科系雑誌のJ Gen Intern MedのEditorにコメントをしました1)。薬手帳についてどう説明したらよいのか、そこを伝えることが難しかったです。電子カルテ上に薬局の情報が飛ぶことはあるのですが、やはりどれを本当に飲んでいるのか、というのは確認が難しいです。米国での普及はなかなか難しいでしょうが、医療従事者への確認のみならず、薬手帳は本人が自分への健康に関心を持つには必要なものであり、改めて良いシステムであることが再認識できました。1)https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11606-020-06372-2

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第88回 がんが大変だ! 検診控え依然続き、話題の線虫検査にも疑念報道(前編)

コロナ禍、受診者が激減したがん検診こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先週は約2年ぶりに人間ドックを受診しました。諸般の事情から、近所の民間病院のドックを受けたのですが、なかなか興味深い体験をしました。そこのドックを選んだ理由の一つは、胃の検査がX線ではなく内視鏡検査であること(未だにバリウムを飲むX線検査だけの医療機関が多い)でした。ただ、実際に行ってみると、人間ドック専用のスペースや検査機器があるわけではなく、受診者は通常の診療を受ける患者の間に入って、さまざまな検査を進めていくシステム(眼底検査は眼科外来に、というように)でした。ドック専門の医療機関ではない病院が、自費の人間ドック受診者を受け入れる際に用いられる手法です。しかし、このコロナ禍の中、健常な一般人(=私)を、患者が診療を待つ各診療科を回らせるのはリスクが高過ぎるのではないでしょうか(そもそも、その病院はまだ面会禁止中でした)。所見があると内視鏡検査に進んで二度手間になるX線検査ではなく内視鏡検査を受けられたのはよかったのですが、コロナ感染の不安を感じた1日でした。ということで、今回はコロナ禍の中、受診者が激減し、大きな問題になっているがん検診について書いてみたいと思います。折も折、週刊文春の12月16日号では、「15種類のがんを判定できる」と鳴り物入りで全国展開中のHIROTSバイオサイエンスの線虫がん検査キット「N-NOSE」が、「『精度86%』は問題だらけ」と報道され、話題となっています。がん検診や、がんの簡易検査でいったい何が起きてきるのでしょう。がん診断件数、胃がん13.4%減、大腸がん10.2%減1ヵ月ほど前の11月4日、日本対がん協会は、2020年に新たに診断されたがんの件数が前年に比べて約1割減った、とする調査結果を発表しました。調査は、同協会とがん関連3学会(日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会)が共同で、全がん協会加盟施設、がん診療連携拠点病院、がん診療病院、大学病院など486施設に対し、今年7月〜8月に行ったものです。回答を得た105施設では、2020年のがん診断件数は8万660件で、2019年の8万8,814件より8,154件(9.2%)少なく、治療数(外科的・鏡視下的)も減ったことがわかりました。最も減少幅が大きかったのは胃がんで13.4%減。続いて大腸がん10.2%減、乳がん8.2%減、肺がん6.4%減、子宮頸がん4.8%減という結果でした。日本対がん協会はこの結果について、「がん診断の減少は早期が顕著なため、進行期の発見の増加が心配されます。さらに治療や予後の悪化、将来的にはがん死亡率の増加するおそれもあります」とコメントしました。調査結果を報道した11月4日付の朝日新聞は、全国から患者が集まる公益財団法人がん研究会有明病院(東京都江東区)の結果も伝えています。それによれば、「紹介されて来る患者が減り、去年の手術数は前年から15%減った。胃がん全体の手術数は32%減だった。進行度を表すステージ別でみると、ほかのステージでは大きな差がないのに、最も早期の『ステージIA』では50%も減っていた」とのことです。院内がん登録全国集計では全登録数が6万409件減少さらに11月25日には、国立がん研究センターが2020年の院内がん登録全国集計報告書を公表しました。この報告書でも日本対がん協会の調査と同様の傾向が見て取れます。同報告書によると、2019年と比較して、院内がん登録病院の約7割に当たる594施設で全登録数が6万409件(施設平均4.6%)減少した、とのことです。全国集計では、20年の1年間にがんの診断や治療を受けた患者の院内情報について、院内がん登録を実施した863施設から集めた104万379例のデータを分析。がん診療連携拠点病院等450施設での5大がんの全登録数の推移を見ると、肝臓がんは男女ともにほぼ横ばいでしたが、男性では胃・大腸がん、女性では乳房・胃がんの減少が大きかった、とのことです。とくに胃がんでは、前年の登録数に比べて男性で11.3%、女性で12.5%も減少していました。また、2016~2020年の院内がん登録全国集計のすべてに参加した735施設を対象に、診断月、発見経緯、病期等の要因別の登録数について、2016~2019年の4年平均と2020年を比較したところ、2020年の全登録数は4年平均と比べて98.6%減少。診断月別では、緊急事態宣言が出ていた5月に登録数の減少が見られ、がん検診発見例、検診以外の発見例ともに減少を認めたそうです。11月25日に開いた記者会見で同センターの担当者は、「自覚症状など検診以外の発見例でも登録数が減少している。新型コロナウイルスの感染拡大により、一定の受診控えが生じていた可能性がある」と説明したとのことです。がん検診受診者数の減少と医療機関の受診・通院控えが影響こうした診断件数の減少の原因の一つが、がん検診受診者数の減少であることは間違いありません。2020年4~5月の緊急事態宣言の際には、自治体などで実施されるがん検診が相次いで中止されました。日本対がん協会の調査では、20年のがん検診の受診者数は前年に比べて約3割減だったそうです。この他、医療機関への受診・通院控えの影響も指摘されています。コロナ禍、医療機関を受診すること自体が感染リスクを高めるため、少々体の具合が悪くても受診を先延ばしにしてしまう人が増えたわけです。この受診控えは、生活習慣病など、慢性疾患の患者にも起きたため、他の病気での通院をきっかけにがんが見つかるケースも減ったとみられています。そもそも低いがん検診の受診率にコロナが追い打ちそもそも日本は、欧米の先進諸国に比べ、がん検診の受診率が極めて低い状況にあります。コロナ禍前の2019年の受診率は、男性の肺がん検診受診率53.4%を最高に、その他の胃がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんは3〜4割台です。この数字は、OECD加盟諸国と比べて極めて低水準で、例えば乳がん検診、子宮頸がん検診の受診率は、米国では80%以上、英国では70%以上です。そんな状況で新型コロナウイルスの感染拡大が起こったわけで、数年後に進行がんの患者が医療機関に殺到する可能性も考えられます。今後、がん検診の受診率をどう上げていくかは、日本のがん医療にとって喫緊の課題と言えそうです。がん検診避け自費の線虫検査に走る人の意識とは日本のがんの早期発見がそのような深刻な状況に置かれた中、週刊文春の12月16日号では、「15種類のがんを判定できる」と全国展開中のHIROTSUバイオサイエンスの線虫がん検査キット「N-NOSE」が、「『精度86%』は問題だらけ」と報道し、医療界に衝撃を与えています。そもそも、死亡率減少のエビデンスが確立している5大がんの検診の受診は控えながら、エビデンス不透明かつ15のがんも発見できると喧伝する保険外の検査に走る人々の意識も謎です。苦しい検査よりラクで手軽な検査に手が伸びてしまうのは、「がんは切らずに治せる」という言葉にすがる人々との意識と、ある意味共通しているのかもしれません。では、線虫がヒトの尿を“嗅ぎ分けて”がんを判定するという「N-NOSE」のいったい何が問題視されているのでしょうか?(この項続く)。

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英語で「また連絡します」は?【1分★医療英語】第6回

第6回 英語で「また連絡します」は?Thank you for seeing our patient.(私たちの患者を診てくれてありがとうございます)Anytime. I’ll touch base with you later.(もちろんです。あとでまた連絡しますね)《例文1》I believe ischemia is unlikely, but I will dig into this case and touch base with you later.(虚血の可能性は低いと思いますが、もう少し症例の詳細を見てからまた連絡します)《例文2》Let’s touch base on our project today.(私たちのプロジェクトについて今日話し合いましょう)《解説》“I’ll touch base with you later.”英語圏で働いたことのない方には、あまりなじみのない表現かもしれません。意味は“I’ll contact you.”と同じで、「また連絡するよ」といった意味です。しかし、“contact”では味気がないので、ちょっとスパイスの効いたこの表現が頻繁に用いられるのでしょう。“base”は野球の「ベース」がその由来となっているようです。野球の世界でベースに触れていればセーフ(=安心)、という意味から派生して、さまざまな意味で「アウト」にならないように「連絡を取り合う」という意味の慣用句となったようです。この“touch base”を用いる場合、単なる「連絡する」ではなく、「何か共通の課題やプロジェクトがある際に連絡を取る」というニュアンスで用いられます。米国の病院で研修医として働いていると、たとえば指導医から「あの症例についてあとでまた話そう、いろいろ調べてまた伝えるよ」といった状況で、よくこの“I’ll touch base with you.”と声を掛けられます。臨床現場に限らず、とても使いやすい表現なので、ぜひ身に付けてください。英語表現で1つ先の“塁”を狙えるかもしれません。講師紹介

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第87回 生物兵器の道理で考えるとぞっとする!?オミクロン株軽症者を軽視するリスク

先週触れた新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のオミクロン株の感染者は、NHKのまとめたデータによると、8日18:30時点で世界53ヵ国・地域で検出され、日本国内でもすでに4例目が確認されている。先週の段階では南アフリカ(以下、南ア)で感染の主流がデルタ株からオミクロン株に移行しつつあったことから、感染力はデルタ株より強いことが示唆されるのではないかと触れたが、その可能性は先週よりも高まっていると言えそうだ。「8割おじさん」こと西浦 博氏(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻教授)が12月8日に開催された厚生労働省の第62回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードに提出した資料によれば、南アのハウテン州での報告をベースにしたオミクロン株の実効再生産数はデルタ株の4.2倍だという。もっともこれはウイルスの素の感染力である基本再生産数ではなく、報告バイアスの可能性はすべて拭い切れていないことや、ワクチン接種歴や年齢などを加味できていないデータであること、南アのワクチン接種率は30%未満でワクチンより抗体価が低い自然感染での免疫獲得者が多い状態だったことなどが研究の限界として存在したことを西浦氏自身が指摘している。とはいえ、これまでデルタ株主流だった世界各国でオミクロン株の市中感染報告が増加している現状を考えれば、やはりデルタ株を超える感染力の強さという可能性はかなり濃厚と言える。その一方で、あくまで現時点の感染者の多くが無症候、軽症で、野生株や既存の変異株と比べて重症化リスクが上昇している可能性が見えていないことはやや好材料である。もっともこれも現時点での推測に過ぎない。ただ、そのためか「全世界からの外国人入国をストップさせている『鎖国政策』はやり過ぎではないか?」との意見がちらほら出ている。しかし、現時点では私はやむを得ないと思っている。この件は前回も簡単には触れたが、そもそも感染者が無症候、軽症だから気にしなくていいというのはやや極論に過ぎる。重症化リスクが高まっていないとしても、従来株ですら20%は重症化するのだから、感染力が強い可能性があるオミクロン株が流入すれば、日本国内でも大量の市中感染を産み出し、その結果、一定数の重症者が発生してしまう。しかも、現在の日本国内は、高齢者や基礎疾患保有者という重症化リスクの高い人の抗体価が低下し、3回目接種のスタンバイ状態となっている時期である。つまり、今が最もブレークスルー感染リスクが高まっている時期とも言える。加えて新型コロナをインフルエンザと同等に扱えるだけの対処手段はまだ乏しく、それは今申請中の新型コロナの経口治療薬であるモルヌピラビルが承認を受けても劇的に変化するとは断言し切れない。結果としてオミクロン株の流入とそれに伴う感染者の増加は、まだ仮縫いの新型コロナ医療体制を再び逼迫させる恐れがある。百歩譲ってオミクロン株感染者がほとんど重症化しないとしても、流入して感染が広がれば問題は多くなると感じている。そう思うのは、私が過去に共著ながら生物兵器テロに関する新書を執筆した際にお会いした、ある生物兵器の専門家が言っていた一言をふと思い出したからでもある。私はこの専門家にお会いした時、次のような質問を投げかけた。「ベネズエラウマ脳炎ウイルスなんて生物兵器として使えるんですか?」ベネズエラウマ脳炎ウイルスは、トガウイルス科アルファウイルス属に属するウイルスで人獣共通感染症を引き起こす。感染力が強く、10~100個のウイルスでも感染が成立し、ヒトでは2~5日間の潜伏期間を経て発熱・頭痛・筋肉痛などのインフルエンザ様症状が起こる。感染者の約1~3%が脳炎を発症し、そうした人の10~20%が死亡する。生物兵器の候補としてよく書籍や文献に登場するのだが、最終的な感染者の致死率は計算上0.1~0.6%と必ずしも高くない。私としては「その程度の致死率の低いウイルスが生物兵器として効果があるのか?」 という意味で、この専門家に質問したのだった。それに対するこの方の答えは次のようなものだった。「そりゃ致死率が高いもののほうが生物兵器としての効果が高いようにも思えますよね? でも必ずしもそうとは言えない。おおむね致死率が高い病原体は、感染力は低い。また、そうした病原体を生物兵器にすると、開発・使用する側もその過程で感染リスクを負う。これに対し、ベネズエラウマ脳炎ウイルスは開発・使用する側のリスクは低い。敵国に使う際の効果は、確かに殺傷能力という意味では低いが、感染力が強いため、一旦放出されれば次から次に敵側の戦闘員が感染してダラダラと発熱の症状が続いて戦闘能力が大幅に奪われる。感染が民間人に及べば、軍事力を底から支える敵国の経済が低迷し、敵国の継戦能力は軍事力と経済力の双方から削がれる。こう考えると実は最も生物兵器としては利用価値があるとも言える」さすがにこの回答には「なるほど」と唸ってしまった。ここで話をオミクロン株に戻そう。まさに感染力が強く重症化しにくい可能性があるオミクロン株は、ベネズエラウマ脳炎ウイルスと通じるものがある。そしてこのコロナ禍を契機に日本社会全体にようやく「風邪も含め、感染症が疑われる時は無理せず休もう」というごく当たり前の概念が定着しつつある。「風邪でも休めないあなたに…」といったCMコピーはもはや非常識と言い切ってもいい社会環境だ。とすると、オミクロン株による感染者がほぼ軽症か無症候だったとしても、感染者が激増すれば社会全体が経済活動の大幅な縮小を強いられることになる。そうなればようやく感染状況が落ち着いて再開されつつある経済への打撃はいかばかりだろうか? 「感染しても軽症だから」という思考は、社会全体が長らく続くコロナ禍で疲弊しすぎた故の副作用なのかもしれないが、SNSを中心にこの手の発言が比較的著名な言論人から出てくることには危惧の念しかないのである。

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