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1回目のワクチン接種(priming)と異なったワクチンを2回目に接種(booster)する方法は異種ワクチン混在接種(heterologous prime-boost vaccination)と呼称されるが、論評者らはハイブリッド・ワクチン接種と定義し、以前の論評でそれまでの論文を紹介した(山口, 田中. CareNet論評-1429)。しかしながら、その時の論評で取り上げることができなかった重要な論文がその後に出版された(Liu X, et al. Lancet. 2021;398:856-869.)。本論評では、Liu氏らの論文に焦点を絞りハイブリッド・ワクチンの臨床的意義について再考する。Liu氏らの論文の総括 Liu氏らは、AstraZenecaのadenovirus-vectored vaccineであるChAdOx1(ChAd)とPfizerのmRNA vaccineであるBNT162b2(BNT)の組み合わせにおいて野生株S蛋白に対する特異的IgG抗体価と中和抗体価、IFN-γを指標としたT細胞数の動態を解析した。主要な解析は、同種ワクチンに対するハイブリッド・ワクチンの非劣性検定であり、各指標においてChAd/ChAdとChAd/BNT、BNT/BNTとBNT/ChAdの比較が行われた(2回目ワクチン接種28日後の比較)。ChAd/ChAd(priming、booster共にChAdの同種ワクチン)とChAd/BNT(primingにChAd、boosterにBNTを用いるハイブリッド・ワクチン)の比較では、すべての指標においてハイブリッド・ワクチンのほうが勝っていた。BNT/BNT(priming、booster共にBNTの同種ワクチン)とBNT/ChAd(primingにBNT、boosterにChAdを用いるハイブリッド・ワクチン)の比較では、S蛋白IgG抗体価、中和抗体価において同種ワクチンのほうが勝っていた。しかしながら、T細胞数には両群間で有意差を認めなかった。以上の結果から、1回目にChAdを接種した場合には、2回目にBNTを接種するハイブリッド・ワクチンは有用で、同種ワクチン(ChAd/ChAd)に比較して液性、細胞性免疫を増強する効果を有することが判明した。一方、1回目にBNTを接種した場合には、2回目にChAdを接種するハイブリッド・ワクチンの有用性を認めなかった。ハイブリッド・ワクチンに関するLiu氏らの解析には以下の諸問題が存在する:(1)Delta株などの変異株に対する中和抗体価の動態が解析されていない、(2)ハイブリッド・ワクチンで有用性が高いと判定されたChAd/BNTの組み合わせによってreal-worldでのDelta株を中心とする変異株に対する感染/発症予防効果、重症化予防効果がChAd/ChAdに比べどの程度上昇するかが検討されていない、(3)ハイブリッド・ワクチンで賦活化されたS蛋白IgG抗体、中和抗体、T細胞数がどの程度の期間持続するのかが検討されていない。ハイブリッド・ワクチンの考えを今後も推し進めていくためには、上記の諸問題に答えられるようなstudy design下での解析が必要であろう。ハイブリッド・ワクチン開発の背景 ハイブリッド・ワクチンの試みは、1回目のワクチン接種として廉価なChAdを多用した欧州諸国を中心に検討されてきた。この1年間における検討で変異株に対する各ワクチンの効果の差(同種ワクチンの2回目接種後)が徐々に明らかにされた。たとえば、Delta株に対する中和抗体産生能は、mRNA-1273(Moderna)とBNTの比較において両者は同等、あるいは、mRNA-1273のほうが少し優れていると報告された(Edara VV, et al. N Engl J Med. 2021;385:664-666.、Richards NE, et al. JAMA Netw Open. 2021;4:e2124331.)。しかしながら、BNTとmRNA-1273の差は本質的な差ではなく各ワクチンの投与量の差(BNT:30μg、mRNA-1273:100μg)に起因すると考えるべきである。一方、ChAdとBNTの比較では、すべての変異株に対してChAdの中和抗体価は2倍以上低く、かつ、時間経過に伴う低下速度も大きいことが示された(Wall EC, et al. Lancet. 2021;398:207-209.、Shrotri M, et al. Lancet. 2021;398:385-387.)。この中和抗体産生能(液性免疫原性)の差は、各ワクチンの変異株に対する予防効果に反映され、感染/発症予防効果はmRNA-1273>BNT>ChAdの順であった(しかし、入院などの重症予防効果は3つのワクチンで同等)(Sheikh A, et al. Lancet. 2021;397:2461-2462.、Puranik A, et al. medRxiv. 2021 August 21.)。以上のように、液性免疫原性ならびに感染/発症予防効果において、ChAdはmRNAワクチン(BNT、mRNA-1273)に比べ劣っており、ChAdを中心にしたハイブリッド・ワクチンを導入する医学的根拠は存在しない。しかしながら、ChAdは廉価であり医療経済的側面からはハイブリッド・ワクチンを導入する意義がある。ハイブリッド・ワクチンの今後 Delta株の世界的まん延を受け、現状では、Delta株を中心とする病原性の高い変異株を今後どのように制御していくかに医学的興味は移っている。その方法の一つとして、ワクチンを2回接種で終了しないで3回目の追加接種を行う方向で世界各国の方針がまとまりつつある。その意味で、医療経済的メリットはあるものの医学的メリットが少ないハイブリッド・ワクチンを2回の接種の中で考えるのではなく、3回目、あるいは、必要に応じて4回目、5回目接種の状況下で考慮していくべきではないだろうか? たとえば、ChAdの2回接種を終了した対象には、3回目以降mRNAワクチン(BNT、mRNA-1273)を接種する方法は医学的にも医療経済的にも意味がある。mRNAワクチンの2回接種を終了した対象には、ワクチン接種の公平性を考慮し、3回目以降の接種はChAdを用いて施行する方法はどうであろうか? 後者に対する医学的正当性は低いが社会的正当性は担保されていると論評者らは考えている。 Delta株など病原性の高い変異株を効率よく制御していくためには、ワクチン接種に関する方法論の違い(同種あるいはハイブリッド)とは別にワクチン接種と社会規制の相加/相乗効果の問題を考えておく必要がある。ワクチン接種の進行とともに集団免疫の効果が(不完全ながら)発現し、感染者数は減少するであろう。しかしながら、ワクチンの効果が確実な形で出現するためには、ある一定レベル以上の社会的規制を継続することが前提条件となる。すなわち、ワクチン接種による感染予防は、社会的規制を継続するという条件下で初めて達成できるものであることを認識しておく必要がある。以上の事柄は、新型コロナの感染が発症した時点から社会医学の分野で強調されている内容であり、現在でもその論点に間違いはない。感染者数が減少したからといって社会的規制を緩和すると数ヵ月後には感染者数が再増加する可能性が高いことを念頭に置く必要がある(Patel MD, et al. JAMA Netw Open. 2021;4:e2110782.)。