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英語で「そこからどうするか決めましょう」は?【1分★医療英語】第108回

第108回 英語で「そこからどうするか決めましょう」は?《例文1》Let’s have a meeting next week and we will take it from there.(来週ミーティングをして、そこからどうするか決めましょう)《例文2》Let’s cut down drinking and take it from there. One thing at a time, all right?(まずは飲酒量を減らして、そこからどうするか決めましょう。一度に1つずつやりましょう、いいですね?)《解説》現段階では十分に見通しが立たず、まだ具体的に物事を決められないときに使えるのが“We’ll take it from there.”という表現です。直訳すると「そこからそれを取りましょう」という意味ですが、現時点では判断材料が少ないため、「まず第一歩として何かを行って、そこからどうするか決めましょう」という文脈で使われます。医療現場では、まず侵襲性の低い検査や治療を行い、そこから得られた情報を基に追加の検査や治療を行うかどうか判断する場面が多いため、患者との会話や上司・同僚との会話で頻用される表現です。また、不安が強く、一度に多くのことを求める患者には“one thing at a time.”(一度に1つずつやりましょう)という表現も有効で、併せて覚えておくとよいと思います。講師紹介

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第189回 エクソソーム療法で死亡事故?日本再生医療学会が規制を求める中、真偽不明の“噂”が拡散し再生医療業界混乱中

生成AIを活用して作った 「ブラック・ジャック」の新作が発表こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先週(11月23日)発売の週刊少年チャンピオンに、「ブラック・ジャック」の新作が発表されました。手塚治虫の漫画、「ブラック・ジャック」については、1ヵ月前、本連載の「第185回 六本木で開催中の『ブラック・ジャック展』で考えた、“黒い医者”たちと医療・医師の普遍性」でも取り上げました。この時、OpenAIの「GPT-4」やStability AIの「Stable Diffusion」などの生成AIを活用して「ブラック・ジャック」の新作を制作する試みが進行中だと書いたのですが、その新作がいよいよ発表されたのです。ということで、週刊少年チャンピオンを買おうと近所の書店に出掛けたのですが、どこにもありません。近所のコンビニも数軒覗いたのですが、やはり在庫がありません。書店もコンビニも、少年誌で置いてあったのは少年ジャンプと少年マガジンばかり。発行部数・流通量が少ない雑誌はこうまで手に入りにくいものかと驚いた次第です。ちなみに漫画雑誌の新刊はアマゾンでは冊子版は流通しておらず、電子版(Kindle)でしか読めないようです。半ば諦めていたところ、たまたま出先のコンビニに飲み物を買いに入ったところ、1冊だけ週刊少年チャンピオンが残っており、なんとか現物を入手することができました。「ブラック・ジャック」掲載を見越して発行部数や流通量にもAIを活用してほしかった…、と思いました。手塚 治虫氏の長男、手塚 眞氏が中心となった「TEZUKA2023プロジェクト」による「ブラック・ジャック」の新作、「機械の心臓-Heartbeat Mark II」(33ページの読み切り)ですが、大学のAI研究者や有名映画監督も入った大プロジェクトの割に、作品はこの程度かと少々肩透かしをくらった、というのが正直な感想です。AIといえども、やはり“神様”には勝てないのだな、と思った次第です。エクソソーム療法、「将来的には何らかの規制下に置かれることが望ましい」と日本再生医療学会が提言さて、今回は、一部で話題となっている「エクソソーム療法」について書いてみたいと思います。11月10日の厚生労働省の再生医療等評価部会で、日本再生医療学会はエクソソーム療法が美容クリニックなどの自由診療で広がっている現状を踏まえ、「将来的には何らかの規制下に置かれることが望ましい」と提言しました。「エクソソーム療法で死亡例が出ている」といった情報も一部に流れているようです。この情報はデマの可能性もあり、業界は混乱に陥っています。美容やアンチエイジングを目的に他家細胞由来の細胞培養上清液やエクソソームを自由診療で投与エクソソームは、直径100nm程度の細胞外小胞(EVs:Extracellular Vesicles)と呼ばれるものの1種です。EVsは細胞が分泌する物質で、組織の再生を促す成長因子や細胞間の情報伝達物質を含んだエクソソームなどからなっており、医療分野での活用が期待されています。国内でも、美容やアンチエイジングを目的に、他家細胞由来の細胞培養上清液や、上清液から抽出したとされるエクソソームを自由診療で投与する医療機関が増えています。これらを通称「エクソソーム療法」と呼んでいます。もっとも、有効性や安全性が確認され、治療法として承認されているものはまだありません。インターネットで「エクソソーム療法」を検索すると、数多くの自由診療クリニックがヒットします。それらのクリニックでは、エクソソームを含んだ幹細胞由来の細胞培養上清液やエクソソームについて、皮膚の再生、創傷治癒の促進、老化防止、疲労回復、ED(勃起不全)改善などに効果ありと、まるで万能の不老薬のように宣伝しています。再生医療等安全性確保法の対象外のため提供計画の提出、副作用などの報告の義務なし11月10日の厚生労働省の再生医療評価部会で、日本再生医療学会の岡野 栄之理事長(慶應義塾大学医学部 生理学教室 教授)は、「再生医療という名目で、多くのクリニック等で自由診療として行われている現状や、感染症のリスク等を鑑み、製造過程等を含めて、将来的には何らかの規制下に置かれることが望ましい」と主張しました。同学会は、2023年10月27日、「再生医療等のリスク分類・法の適用除外範囲の見直しに関する提言」を行い、エクソソームを含むEVsを再生医療新法の対象とするよう提言していますが、それを改めて再生医療評価部会の場ででも訴えたわけです。背景には、老化防止をうたう美容クリニックなどにおいて自由診療によるエクソソーム療法が急拡大していることがあります。現状、日本では細胞培養上清液やエクソソームは細胞断片であり、細胞には当たらないと整理されており、再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)の対象外となっています。同法が施行されたのは2014年、主に自由診療でがん免疫療法(自家の免疫細胞を培養し投与)を行っていた医療機関における安全性確保のためでした。この時はEVsによる治療自体がまだ認知されておらず、規制対象にはなりませんでした。そのため、現在、細胞培養上清液やエクソソームを医療機関で投与する際、同法で定められた認定再生医療等委員会の審査や再生医療等提供計画の提出、副作用の報告といった煩雑な手続きは課せられません。これがエクソソーム療法の急拡大につながっているわけです。「交差汚染管理が不十分な場合などに敗血症等重篤な事故を引き起こす可能性がある」しかし、EVsは、「主に細胞から調製されるという点において細胞加工物と類似のリスクを有しており、交差汚染管理が不十分な場合などに敗血症等重篤な事故を引き起こす可能性がある」(再生医療等評価部会・岡野氏資料より)ことから、日本再生医療学会は「科学的根拠に基づき、グローバルスタンダードに則ったEVs治療の開発を進めるために、産学官の協力が必要である。EVsの定義、効能、品質管理に基づいた安心、安全なEVsの治療応用のガイドライン作成は急務であり、その為に、何らかの班研究あるいはワーキング・グループ等を構築し、問題点の精査が必要」と提言したわけです。再生医療抗加齢学会が「幹細胞培養上清液を使用した治療に関し、患者が死亡するという事象が発生したという情報に接しております」と公表ところで、日本再生医療学会がエクソソーム療法の規制の必要性を求める2週間ほど前、「エクソソーム投与後に死亡」との情報が一部に流れ、関係者が色めき立ちました。情報の出どころは再生医療抗加齢学会。10月11日、同学会の森下 竜一理事長(大阪大学大学院 医学系研究科臨床遺伝子治療学寄付講座 教授)が、同学会のウェブサイトで「幹細胞培養上清液に関する死亡事例の発生について」というタイトルで声明を出したのです。声明は、「当学会では、幹細胞培養上清液を使用した治療に関し、患者が死亡するという事象が発生したという情報に接しております」として、「幹細胞培養上清液及びエクソソームの静脈投与につきましては、医療水準として未確立の療法であり、その有効性・安全性について、エビデンスに基づく十分な検討をお願いいたします」と注意喚起をしました。前述したように、エクソソーム療法は再生医療等安全性確保法の対象外のため、仮に死亡事例が発生しても医療機関は同法に則って報告する義務はありません。ということは、そうした事例を国が把握することもできません。ということで、関連学会が注意喚起することはそれなりに意味のあることです。11月9日付のリスファクスも再生医療抗加齢学会の死亡事案の声明を受け、「エクソソーム創薬、死亡事案で規制急務」というニュースを掲載しています。ただ、その記事では、「学会は本紙に『事案』は会員外の施設と回答し、詳細や施設名は開示していない」としています。「死亡例」は本当にあったのか?噂になった医療機関、学会、厚労省も否定学会が「死亡するという事象が発生したという情報に接しております」と公表したにもかかわらず、どこの施設での事象かわからないという状況は、再生医療やエクソソーム療法に携わる関係者に少なからぬ混乱を巻き起こしているようです。「死亡はデマではないか?」という声も聞こえてきます。11月15日付の日経バイオテクは「『エクソソームの投与後に死亡』の噂を追う」と記事を掲載しています。同記事は、「同学会(再生医療抗加齢学会)によれば、学会の会員や会員企業は死亡事例に関係しておらず、外部から寄せられた情報だと言います。噂で名前が挙がっている自由診療の医療機関や、自由診療でエクソソームの投与を手掛ける医師などにも当たってみましたが、『そうした事例は無い』『全く知らない』と否定されました。(中略)。さらに、日本再生医療学会も、本誌に対して『死亡事故があったとは考えていない』とコメント。厚生労働省の関係者も『正直、分からないというのが本音だ。情報の出所が把握できていない』と話していました」と書き、取材時点で死亡事例の情報は確認できなかったとしています。学会同士の対立説、関連企業に対する牽制説も仮に「死亡」がガセ情報だとしたら、一体背後で何が起こっているのでしょうか。真偽のほどはわかりませんが、日本再生医療学会の関係者と再生医療抗加齢学会の関係者の対立説や、幹細胞培養上清液やエクソソームを製造する企業(学会幹部が株を保有している企業もあると聞きます)への牽制説も流れているようです。エクソソーム療法の規制や注意喚起が必要だ、という点は理解できます。しかし、仮にも学会という組織が情報の裏も取らないで「死亡するという事象が発生したという情報に接しております」と公表することは、無責任過ぎるのではないでしょうか。無用な混乱は、再生医療に携わる医療機関や企業の信頼性にも影響します。再生医療抗加齢学会は早急に「死亡情報」の“エビデンス”を開示するべきです。もし虚偽情報だったなら、早急に訂正を出すべきではないでしょうか。

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英語で「後手ではなく、先手で」は?【1分★医療英語】第107回

第107回 英語で「後手ではなく、先手で」は?《例文1》We should get ahead of and not get behind of other centers in this field.(この分野では他施設の先回りをして、後れを取らないようにしなくてはいけません)《例文2》This drug is an effective preemptive therapy for cytomegalovirus infection.(この薬はサイトメガロウイルス感染の先制治療として効果があります)《解説》“be proactive, not reactive”は適切なタイミングで使うと、自分の発言に説得力を持たせることができる、臨床医の必修フレーズです。医療では予防的に治療や検査をすることが多々あり、そのような場面で幅広く使用することができます。“get ahead of, not get behind of something”も類似表現です。こちらのほうが日本語の先手・後手という単語の直訳に近いので、記憶に残って覚えやすいかもしれません。また、使う場面は異なりますが、“proactive”の類似表現として、“preemptive”(先制的な)もあり、“preemptive therapy”は「先制治療・発症前治療」という意味の医学的な専門表現になります。講師紹介

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英語で「心室細動」は?【1分★医療英語】第106回

第106回 英語で「心室細動」は?《例文1》看護師She had a short run of V-tach last night.(昨晩、彼女は短時間の心室頻拍を起こしました)医師Can you pull up the EKG tracing?(心電図画像を見せてもらえますか?)《例文2》医師Was it V-tach or V-fib when you arrived?(到着時は心室頻拍か心室細動、どちらでしたか?)看護師I am not sure.(わかりません)《解説》今回はイディオム表現というよりも、略式表現の紹介です。心室細動や心室頻拍に遭遇するのは決して望ましい状況ではなく、可能な限り避けたいものです。しかし、臨床現場において必ず遭遇する状況ともいえます。その際に有用なのが、今回紹介する“V-tach/V-fib”です。これらは“Ventricular tachycardia/fibrillation”の略で、「ヴィータック」「ヴィーフィブ」と読みます。迅速な状況把握やコミュニケーションが求められる状況では、長い単語を極力省略して話すことも求められます。例文に示してあるように使うことで、重要かつ必要な情報交換を迅速に行いましょう。関連した言葉として、“STAT”というものもあり、これは「大至急で」の意味になります。使い方としては、“Get STAT X-ray, now!!”のようになります。※心電図の略語には「ECG」もあるが、米国の医療機関ではドイツ語由来の「EKG」のほうがより一般的に使われる。講師紹介

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地域のソーシャルキャピタルと認知症発症との関連~日本老年学的評価研究データ分析

 近年、社会や地域における、人々の信頼関係・結びつきを意味するソーシャルキャピタルという概念が注目されている。個人レベルでのソーシャルキャピタルは、認知機能低下を予防するといわれている。また、コミュニティレベルでのソーシャルキャピタルが、認知症発症に及ぼす影響についても、いくつかの研究が行われている。国立長寿医療研究センターの藤原 聡子氏らは、日本人高齢者を対象とした縦断的研究データに基づき、コミュニティレベルのソーシャルキャピタルと認知症発症との関連を調査した。その結果から、市民参加や社会的一体感の高い地域で生活すると、高齢女性の認知症発症率が低下することが示唆された。Social Science & Medicine誌2023年12月号の報告。 日本老年学的評価研究の9年間(2010~19年)にわたる縦断的データを用いて、分析を行った。対象は、7つの自治体、308のコミュニティに在住する65歳以上の身体的および認知的に独立した3万5,921人(男性:1万6,848人、女性:1万9,073人)。認知症発症は、公的介護保険の利用により評価した。ソーシャルキャピタルは、市民参加、社会的結束、社会的相互関係の3つの側面より評価した。性別で層別化し、2レベルのマルチレベル生存分析を行い、ハザード比(HR)および95%信頼区間(CI)を算出した。 主な結果は以下のとおり。・フォローアップ期間中に認知症を発症した高齢者は、6,245人(17.4%)であった。・認知症の累積発症率は、男性で16.2%、女性で18.4%であった。・共変量で調整した後、個人レベルの市民参加は、男女ともに認知症発症率の低下と関連が認められた。 【男性】HR:0.84、95%CI:0.77~0.92 【女性】HR:0.78、95%CI:0.73~0.84・コミュニティレベルの市民参加(HR:0.96、95%CI:0.93~0.99)および社会的結束(HR:0.93、95%CI:0.88~0.98)は、女性の認知症発症率の低下と関連していた。また、個人、コミュニティレベルを超えて、女性の社会的相互関係は認知症発症率の低下と関連が認められた(HR:0.95、95%CI:0.90~0.99)。 著者らは「地域社会における市民参加や社会的一体感を促進することで、認知症発症までの期間を遅らせたり、予防したりする可能性がある」としている。

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第186回 妊婦禁忌のコロナ薬を処方、その理由が独自取材で明らかに

11月14日、日本感染症学会 、日本化学療法学会、日本産科婦人科学会、日本医師会、日本薬剤師会の5団体が医療従事者向けに「妊婦にとって禁忌とされている新型コロナウイルス感染症治療薬の処方並びに調剤に関する合同声明文」を発表した。要は新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の経口治療薬で催奇形性があるとされているモルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)、エンシトレルビル(同:ゾコーバ)について、再三の注意喚起が行われながら現在でも処方後に妊娠が判明した事例が報告されていることを受け、改めて注意喚起を促した声明文である。従来のこの手の声明文と異なり、今回の声明文はお堅い表現も用いずに極めて平易な文章で書かれている。しかも、「新型コロナウイルス感染症の治療を受けられる女性の患者さんへ お薬を飲むまえに、もう一度確認を!」という日本感染症学会、日本化学療法学会、日本産科婦人科学会による患者向け文書も作成されている。その最後には以下のように記述されている。「新型コロナウイルス感染症に罹患され、そのお薬を内服したいというお気持ちもあると思いますが、あとでつらい思いをすることがないように、妊娠可能な世代の女性の患者さんにおかれましては、問診や調剤前、チェックリスト使用の時には妊娠の可能性はない、と申告されたとしても、内服前には、もう一度、最近数ヵ月間のことをよく思い出し、妊娠の可能性につき、思い当たる節がある場合には内服を控えるようにしてください。その場合には、お薬を保管しないで、ご自身で破棄するか、薬剤師に戻してください」最悪のケースとして異例とも言える患者自身による破棄まで言及している点からして、相当に危機感が強いのだろう。厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策本部と医薬局医薬安全対策課も同日付の都道府県、保健所設置市、特別区の衛生主管部(局)宛の事務連絡で、声明文の周知依頼を行っている。では、実際どれだけこうした事例があるのだろうか?エンシトレルビルについては緊急承認に基づく使用成績調査が課されており、10月15日までに妊婦への投与は疑い6例を含む32例が報告されている(この間の推定投与患者数84万1,646例)。一方、モルヌピラビルについては、MSD広報部門は「国内で妊婦に投与された事例があることは当社でも把握しているものの、例数は非開示」としている。ただし2023年1月4日に開催された薬事・食品衛生審議会(医薬品等安全対策部会安全対策調査会)において、国内で特例承認を受けた2021年12月24日から一般流通開始前の2022年9月15日までに数例あることが明らかにされている(この間の投与実績は61万9,621例)。ざっくり言えば、数万件に1件の割合で妊婦への処方事例が起きている計算になる。頻度としては少ないことになるだろうが、実際に胎児に影響が出れば、出生児にとっては生涯にわたって影響する可能性があるため、重大な問題だろう。とはいえ、これらの薬剤投与後に妊娠が発覚したケースは、製薬企業作成のチェックリストを使用せずに投与してしまった事例がごく一部にあるものの、声明文にあるように大半はこうしたチェックを経ても防げなかった事例である。ある意味、打つ手なしとも言えそうだが、まだやるべきことは残されていると個人的には思っている。というのも、モルヌピラビルに関してはアメリカで医療提供者向けに「Healthcare Provider Action」と題して「Assess whether an individual of childbearing potential is pregnant or not, if clinically indicated」と表記してある。直訳すれば「臨床上の兆候があれば、妊孕性のある女性での妊娠の有無を評価すること」となるが、事実上、必要に応じて妊娠検査を行うよう求めていると十分に解釈できるものだ。しかし、国内ではモルヌピラビル、エンシトレルビルとも添付文書やインタビューフォームにこうした記載はなく、投与前のチェックリストに「妊娠初期の妊婦では、妊娠検査で陰性を示す場合があります」と記載するに留まっている。アメリカと同様の記載がないことについて、MSD広報部門は「通常、添付文書の作成は規制当局と検討が行われますが、本剤の承認申請時の規制当局との添付文書の検討において、(国内の添付文書では)妊娠検査等の記載が必要であるという指示等は受けていないという背景がございます」と回答した。ただ、個人的にはアメリカでのモルヌピラビルの例にならった表現やより明確に事前に妊娠検査を行うよう記述することが望ましいのではないかと思う。それでも妊婦へ誤って処方してしまうケースはゼロにはならないだろうが、前述したように、たとえ1例でも重大なことである以上、やって損はないと思う。この点について当事者である行政、企業に尋ねてみたところ、次のような回答が返ってきた。「添付文書の記載を変更する予定は今のところありません。禁忌という形で注意喚起しておりますので、その中で医療現場が必要に応じて対応していただけていると思っております。また妊娠検査も妊娠週数4~5週間以降でやっと尿検査などでわかるようなものと認識しております」(厚生労働省医薬・生活衛生局医薬安全対策課)「MSDでは妊婦さんへの投与について注意喚起するために、医療関係者向けの文書や投与前のチェックリストなどを作成し、適正使用の推進に努めているところでございます。また、今後の添付文書等の改訂についてですが、現時点では予定はありませんが、引き続き今後の状況を確認しながら、適正使用の推進に向けて必要な対応を行ってまいります」(MSD広報部門)「妊娠検査の必要性に関する添付文書への記載も含め、妊婦への投与を防ぐための取り組みについては、さまざまな検討は行っております。ただ、現時点で添付文書に妊娠検査の必要性を記載するということは決まっておりません」(塩野義製薬広報部)確かにチェックリストの記載を見れば、本来、妊娠検査を含む対応は医療現場でやっていてしかるべきと思える面はある。しかし、ここまで各方面が繰り返し注意喚起を行わなければならない現状となっている以上、とくに厚生労働省にはもう一歩踏み込んでもらっても良さそうな気がするのだが。

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論文に特化したAIを活用する【医療者のためのAI活用術】第9回

(1)論文に特化したAll-in-oneのAIツール「SciSpace」ChatGPTを論文の執筆にすでに活用している方も多いかもしれませんが、論文の執筆や読解に特化したAIツールも存在します。SciSpaceは論文の検索や個々の論文の精読、さらには執筆までサポートしてくれる、All-in-oneのAIツールです。しかも、基本的なツールは無料で利用することができます。ウェブサイトにアクセスし、「Literature Review」のタブをクリックして調べたい内容を入力すると、論文を検索したうえで内容を1段落でまとめてくれ、引用元の文献を表示してくれます(図1)。前回の記事で紹介したPerplexity AIやElicitも同様の検索機能がありますが、それぞれの質の高さは検索内容によってさまざまです。それぞれの検索ツールを試してみて自分に合うものを選んだり、同じ内容を複数のツールで検索したりしてみるのが良いと思います。(図1)論文検索の方法と検索結果画像を拡大するまた、「Copilot - read with AI」というタブをクリックし、論文のPDFを添付するとAIが内容を読み込んで、知りたい内容について論文をもとに回答してくれます(図2)。たとえば「Limitation of this paper」をクリックすると、該当する部分をピックアップして表示してくれます。さらに、言語を日本語に設定すると和訳して内容を表示してくれるという優れもの。抄読会の担当になった時など、読み込みたい時に役立つツールです。(図2)PDFをアップロードすると知りたい内容の要約が可能画像を拡大する(2)論文の執筆に活用するSciSpaceには論文を執筆する時に役立つツールもあります。「Paraphrasing tool」というものを使用すると、元の文章の意味を保ちながら、ほかの単語や文章に書き換えてくれる「パラフレーズ」の作業を自動で行ってくれます(図3)。また、書き換えた後の文章の長さや文章の変化量などのパラメーターも調節できるのが嬉しい点です。論文の中で使用した表現をAbstractにもう一度使用したい場合など、重複表現を避けたい時に有効です。(図3)英文の書き換えにも活用可能画像を拡大するそのほかにも、論文のURLを入力すると論文の参考文献の形式に編集してくれる「Citation generator」や、AIが書いた文章かどうか判断してくれる「AI detector」などの機能がありますが、使い勝手はいま一つで、ほかのツールを使うのが良いと思います。なお、ChatGPTをはじめとしたAIツールの使用を禁止または制限している雑誌もあるため、使用する際には雑誌の投稿規定を確認するようにしてください。

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次の報酬改定は調剤基本料、地域支援体制加算が狙い撃ち?【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第120回

朝晩が涼しくなり、年末の気配がしてきました。来年度の2024年度は診療報酬・調剤報酬改定の年です。今回の調剤報酬改定の目玉は、「調剤基本料と地域支援体制加算の見直し」になりそうです。次の改定にあたって、11月1日に財政制度等審議会・財政制度分科会が開催されました。国全体の予算のうち、社会保障にいくら充てられるかを財務省が発表したあと、それがこの財政制度等審議会で議論されます。その社会保障の資料から調剤基本料と地域支援体制加算の見直しがポイントだと読み取れますので、資料と議論をみていきましょう。まず、今回の改定について、「薬局に求められる機能を踏まえた調剤報酬の見直し」をすると記載されています。その理由として、「薬局数・薬剤師数が増えていること」「薬局は病院・診療所の近隣が大半であること」「薬剤師技術料がおおむね維持されていること」が挙げられています。なにやら、薬局を取り巻く状況はコロナ禍を除いておおむね良好であると捉えられているようです。そして、今後は「対人業務への真の意味でのシフトが必要」とされています。ここは重要なので抜粋して紹介します。【「対人業務」への真の意味でのシフトの必要性】かねてより厚生労働省は薬剤師について、医師に処方された薬の調製・交付などの「対物中心の業務」から、処方内容を確認し、医師への疑義照会などにより重複投薬・相互作用等の防止、患者への服薬指導など、「対人業務」へのシフトを目指してきた。対人業務については、医療機関等への情報提供や在宅訪問への関与のように伸びているものもある一方で、多剤・重複投薬に係る患者や医師との調整を評価する点数といった算定回数が少ないものも存在する。また、2022年度改定では対人業務の評価体系の見直しが行われたが、既存の点数の一部を表面上対人業務と整理するにとどまっている。結構厳しい評価ですが、前向きに解釈すれば、「まだまだできる!」と言ってくれている気もします。そして、これらの結果を踏まえ、今回の見直しは以下の2点としています。【調剤基本料の見直し】調剤基本料は、薬局の運営維持に要するコストを、処方せんの集中率と受付回数の側面を含めた効率性の観点も含め、経営の実態を踏まえて評価したもの。実際に集中率が高い薬局は備蓄している医薬品目数が少ない傾向にあり、その点においては集中率の低い薬局に比べ低コスト。なお、いわゆる敷地内薬局については、誘致が過熱するなどの課題が生じている。令和2年度診療報酬(調剤報酬)改定では、一部の処方せん集中率が高い薬局を調剤基本料2や調剤基本料3イの対象とする見直しを行っているが、その影響は極めて限定的であり、見直しは不十分である。予算執行調査によれば、処方せん集中率が高い薬局であっても、集中率が低く小規模な薬局と同様に調剤基本料1が算定されている。【地域支援体制加算の見直し】地域支援体制加算は、地域包括ケアシステムの中で地域医療に貢献する薬局を評価するもの。調剤基本料1の薬局を対象とした地域支援体制加算1・2は、それ以外の調剤基本料の薬局を対象とした地域支援体制加算3・4に比べ、実績に係る要件が大きく緩和されている。これらの結果を総合すると、調剤基本料1および地域支援体制加算1・2は狙い撃ち間違いなしと思われます。前回の2022年度の改定の際、地域支援体制加算が従来の一律38点から4つの区分に分かれ、地域支援体制加算1・2と地域支援体制加算3・4の点数と要件の違いに驚きましたが、この2年間はあくまでも猶予期間であり、その間に実績を積みましょう、ということだったのでしょう。これから2月あたりまで議論が続きますが、どのような実態や議論が出てくるのでしょうか。薬局や薬剤師への期待を感じられる議論になるといいなと思いつつ見守っていきます。

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英語で「少しお待ちください」は?【1分★医療英語】第105回

第105回 英語で「少しお待ちください」は?《例文1》Hold on a moment. I’ll be there shortly.(ちょっと待ってください。すぐに行きます)《例文2》Hold on. He will be with you momentarily.(少々お待ちを。彼にすぐに[電話を]代わります)《解説》今回は、“Hold on a second”という表現を学んでいきましょう。これは、とくに電話口で頻用する表現です。“Hold on”は受話器を“on”のまま“hold”する、というイメージで「そのままの状態で待つ」という意味になります。後半の“a second”は文字通りだと「1秒」という意味ですが、ここでは「1秒」と言っているわけではなく、待ち時間が短いことの比喩表現です。「ちょっと」「少々」を表現するのに、例文でご紹介した“a second”や“a moment”、あるいは“a minute”などを使います。これらにニュアンスの差はあまりなく、ほとんど同じ意味で使うことができるでしょう。この“hold on”と“a second”を組み合わせ、“Hold on a second”と言うことで、「ちょっと待ってください」「受話器を持ったまま少々お待ちください」という意味になります。電話口で「ちょっと待ってほしい」というシーンは数多くありますし、医療現場に限らず、日常生活でも本当によく出合う表現です。“Hold on a second”に代えて、“Hold on a minute”あるいは単に“Hold on”と言うこともできます。また、“Could you hold on a second?”、“Could you please hold on a second?”などと表現することで、より丁寧な言い方になります。日本語から翻訳するイメージでいると“wait”などと言ってしまいそうですが、電話口で“wait”と言うと、突然「待て」とだけ言われたような感じになり、相手に困惑されてしまうかもしれません。ぜひ、この“hold on”をマスターしてくださいね。講師紹介

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早期からの緩和ケアっていつからやればいい?【非専門医のための緩和ケアTips】第63回

第63回 早期からの緩和ケアっていつからやればいい?緩和ケアを含む医療は時代と共に形を変えていくものですが、ここ最近は「いかに早期から緩和ケアを提供するか」という議論が盛んになっています。でも、コンセプトは理解できても、具体的にどうするかとなると、難しく感じる方も多いようです。今日の質問最近、「早期からの緩和ケア」や「診断時点の緩和ケア」という言葉をよく聞きます。終末期だけでなく、緩和ケアをできるだけ早くから提供する、という考え方はよいと思うのですが、具体的にはいつから行えばいいのでしょうか?この質問はよくいただくものですね。確かに、「早期の緩和ケア」といっても、具体的に「いつから、何をするのか」は、なかなか難しい問題です。研究領域においては、「早期からの緩和ケア」とは、「進行がんの診断後早期から専門的緩和ケアサービスが介入すること」を意味します。ただ、緩和ケアの専門家が少ない日本においては、「緩和ケアを専門としているかにかかわらず、その患者に関わる医療者が緩和ケアを提供する」という意味で用いられていることが多いです(「一次緩和ケア」とも呼びます)。早期の緩和ケアにおいては、「包括的アセスメント」が重要です。これは身体症状だけでなく、精神心理的な苦痛や社会的な問題など、幅広く緩和ケアを必要とする状態がないかを評価することです。要は「患者さんが困っていることがあれば、きちんとそれに気付いて対応しましょうね」というだけなので、まあ当たり前ではあります。でも、「本当に、きちんと、できていますか?」と改めて問われると、どうでしょうか?自分から「症状で困っていることはないのですが、今の治療がうまくいかなかったらどうしようと思って不安なんです。最近眠れないこともあって…」なんて言ってくれる患者さんは、そうはいません。よって、医療者側からきちんとアセスメントをすることが必要であり、結果として緩和ケアのニーズがあれば、それに対応します。このアセスメントのために、いくつかのツールが開発されています。有名なのが「生活のしやすさに関する質問票」1)です。こちらはフリーでダウンロードできますので、ぜひ活用してみてください。今回のTips今回のTips早期の緩和ケアとは、早ければいいわけではなく、ニーズに対して行うもの。病状にかかわらず、アセスメントを繰り返すことが大切。1)生活のしやすさに関する質問票/緩和ケア普及のための地域プロジェクト

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心理的安全性の確保【Dr. 中島の 新・徒然草】(501)

五百一の段 心理的安全性の確保こないだ2023年が始まったと思ったら、もう11月です。年を取るとともに時間の過ぎるのが速くなりました。そろそろ年賀状の準備を始めなくてはなりません。さて、広島で行われた国立病院総合医学会では、医療安全のシンポジウムで「医療従事者の心理的安全性を確保するための工夫」というタイトルで話をしました。これは座長からの「医療安全+心理的安全性」というテーマで発表してほしいというリクエストに応えたものです。私にとっての最大の医療安全は「大過なく脳外科手術を終える」ということに尽きます。その一方で、心理的安全性という言葉には馴染がなかったので自分なりに調べました。以下、医療安全と心理的安全性について学会で述べた事を説明しましょう。脳神経外科手術における優先順位というのは、1: 麻痺や意識障害などの後遺症を出さない2: 動脈瘤クリップや腫瘍摘出などの目的を達する3: 速い手術ということになるかと思います。手術は「山頂にある宝物を持って帰る」というミッションにたとえることができます。宝物を目指す途中で遭難するのは論外、まずは無事に帰って来ることが最も大切です。とはいえ、やはり帰った時に宝物を持っていなかったらガッカリすることでしょう。もちろんサッと行ってサッと無事に帰り、目的も達成するに越したことはありません。つまり「遭難せずに宝物をスムーズに持って帰るミッション」という意味で「後遺症を出さずに目的を達する速い手術」が望まれるわけです。が、遭難しないことが最優先なので、時には勇気ある撤退も必要になることでしょう。で、これらを達成するために私がやっていることは、1: 他人様のアドバイスに耳を傾けること2: 多くの人の協力を得ることです。実例を挙げましょう。私が顕微鏡手術をしていると手術室に置かれた巨大モニターを見ている人たちから、「中央じゃなくて、左側の血管に吻合したほうがいいんじゃないですか」とか「今の針糸は内膜を捉えていないのでは?」とか、結構、言われ放題。わざわざ声に出すくらいですから、いちいちもっともな意見で、大いに参考にしています。「六十にして耳順う」とはよく言ったもの。また、先日の巨大腫瘍の摘出なんかは、被膜の剥離と腫瘍摘出で疲労困憊。途中でほかの術者に代わってもらいました。その術者も出血の多さに4時間ほどで戦意喪失。さらに別の術者に代わってもらい、ようやく全摘できました。何人掛かりでやろうが、何時間掛かろうが、結果が良ければそれで良しです。このように遠慮なくアドバイスしたり交代したりすることができる、というのが心理的安全性というものだろうと思います。心理的安全性というのは、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が1990年代に言い出した概念だそうです。彼女は「率直に議論しても人間関係が壊れないチーム」を心理的安全性の高い組織だと言います。最近になって心理的安全性という言葉が流行り出したのは、ピョートル・フェリクス・グジバチさんの影響かもしれません。彼は、あのGoogleでの研究「プロジェクト・アリストテレス」で心理的安全性の高いチームが生産性も高かったということを見出しました。グジバチさんはポーランド生まれですが、千葉大学にいたことがあるそうで、日本語もペラペラです。YouTubeでグジバチさんがしゃべっているのを見ると、「心理的安全性の高い組織には残酷な率直さがある」と発言していました。彼は、例として「チャック開いてますよ」という指摘を挙げています。確かにこのようなことを言われるのは恥ずかしいですが、指摘されなかったら大変なことになってしまいます。もっとも私なんかは関西人なので、もし「チャックが開いてるよ」と言われたら、「風に当てて冷やしていたんや」と返してしまうかもしれません。ともあれ、こういった率直なコミュニケーションはいろいろな場面で大切だと思います。さらに私が心掛けているのは、手術室での麻酔科医とのコミュニケーションです。かなり出血していると思えば「体感で500mLは出ています。必要なら遠慮なく輸血してください」と言うことにしています。大量出血している時なんかは出血量のカウントが追いついておらず、麻酔科医が事態を把握できていないことがあるので、早めに声を掛けておくべきですね。また、長時間になってしまった手術では、麻酔科医に「もう先が見えてきました」とか「もう少し止血したら閉頭にかかります」とか、そういう声掛けをしておくと全体にスムーズに進行するものと思います。ということで、学会では私を含めて3人の演者によるシンポジウム形式のセッションでしたが、皆が心の中で感じていたことだったのか、思いがけず質疑応答も盛り上がりました。もちろん心理的安全性の高い組織といっても、「なあなあ」に陥ってしまってはなりません。やはり、高く明確な目標を掲げて皆で頑張る、ということが大切ですね。ということで最後に1句霜月や チャックが開き 冷えすぎだ

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英語で「理論的には同意、現実には反対」は?【1分★医療英語】第103回

第103回 英語で「理論的には同意、現実には反対」は?《例文1》It is not practical to do both surgeries at the same time.(両方の手術を同時にやることは現実的ではありません)《例文2》Logistically, it is impossible to use both drugs at the same time.(現実的には、両方の薬を併用することは不可能です)《解説》インターネット、SNSで情報が氾濫する昨今では、患者さんの側からさまざまな治療を提案されることも多く、その中には現実的でない案もあります。そんなときには、このフレーズが便利です。「理論的には=“in theory”」と「現実的には=“in reality”」を対比させることで、相手の意見を認めつつ、自分の意見を述べるための導入になります。類似表現として、“practical/practically”、“logistic/logistically”も、「現実的には」という意味合いで頻用します。“logistic”という単語は、英和辞書では「物流的な」という訳語が出てきますが、私の経験上では「(主に時間的・物理的な制限において)現実的な」という意味合いで頻用される単語です。講師紹介

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第183回 肺炎球菌ワクチン、接種率向上のため専門家が政府に訴えていること

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対するオミクロン株XBB.1.5対応ワクチンの接種が9月20日に開始され、1ヵ月超が経過した。首相官邸のHPで公開されている接種率は、10月17日時点で5.8%、65歳以上の高齢者のみで見ると15.2%。数字だけを見ればあまり高くないが、自治体のサイトでは予約に難渋する。もう90歳近い実家の両親も「11月上旬まで予約が入らなかった」とぼやいていた。その意味では今はそれほど高くない接種率も徐々に上昇してくるだろうと考えられる。一方、この時期からすでにインフルエンザも流行し、こちらのワクチンもなかなか予約が取りづらいという。そして今後のことを考えると、とくに65歳以上の高齢者では小児並みと言えばやや大げさになるが、ワクチン接種スケジュールが複雑になってくる可能性がある。まず、現在の新型コロナワクチンは、定期接種化に向けた議論がすでに始まっているが、高齢者については定期接種になる可能性が高い。また、先日、60歳以上の高齢者を対象としたRSウイルスワクチンが承認されたばかり。これも当然ながら今後は定期接種化が視野に入ってくるはずだ。つまり将来的に高齢者では既存の定期接種であるインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンにこれらも加えた4種類のワクチン接種が将来的に求められることを視野に入れておかねばならない。この中で比較的地味な存在が肺炎球菌ワクチンである。ここでは釈迦に説法だが、肺炎球菌は市中の細菌性肺炎の最大の起炎菌で血清型は約100種類、うち病原性がとりわけ高いのは主に8種類。肺炎球菌に感染すると、肺炎を発症するに留まらず、髄液や血液から肺炎球菌が検出される髄膜炎や菌血症を起こした侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)に至れば、死亡リスクが上昇する。IPDは感染症法上5類に分類されているが、全数把握対象となっており、国立感染症研究所感染症疫学センターによる2017年の感染症発生動向の集計では致命率は6.08%。成人(そのほとんどが高齢者)ではこれが19%との報告もある。新型コロナの最新の致命率が60代以下では0.1%未満、最も高い90代以上でも2.60%という現実を考えれば、明らかにIPDはよりタチが悪いとも言うことができるだろう。前述の同センターのデータでは、国内全体の人口10万人当たりのIPD報告数は2.467人だが、5歳未満の小児では9.369人、65歳以上の高齢者では5.341人と、この2つの年齢層で極端に高くなる。このため日本での肺炎球菌ワクチン接種は、2013年4月から生後2ヵ月以上5歳未満の小児(最大接種回数4回)、2014年10月から65歳の高齢者、60~64歳で基礎疾患がある人(接種回数1回)を対象に定期接種がスタートした。このうち65歳超の高齢者については、同年以降、経過措置として毎年70~100歳までの5歳刻みの年齢になる人を定期接種の対象者に加え、現在まで継続している。当初、小児への使用ワクチンは、7種類の血清型に対応した沈降7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7、商品名:プレベナー7)が用いられたが、その7ヵ月後には沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13、商品名:プレベナー13)に切り替わり、高齢者では23種類の血清型に対応した23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(PPSV23、商品名:ニューモバックスNP)が用いられている。このほかには定期接種には用いられていないものの、沈降15価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV15、商品名:バクニュバンス)がある。ちなみにワクチンマニアを自称する私の場合、任意接種でPCV13を接種済みである。しかし、とりわけ高齢者での接種率は芳しくない。2019~21年の接種率は13.7~15.8%。もっともこの接種率は、分母となる推計対象人口から過去に接種済みの人を除いていないため、実際の接種率よりは低めの数字と言われている。しかし、現実の接種率がこの2倍だとしても、高齢者のインフルエンザワクチン接種率50%超と比べて明らかに見劣りする。さらに付け加えれば、2022年度から接種勧奨が再開されたヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは、その前年の2021年度の3回目接種の接種率ですら26.2%。つまり肺炎球菌ワクチンの接種率は、HPVワクチン並みに低いのが現状である。実際、定期接種開始時に定められた前述の高齢者向けの経過措置は当初5年間限定の予定だったが、2018年10月の厚生科学審議会の予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会で、低接種率に対する懸念が寄せられ、2019年からさらに経過措置を5年間延長することが決定した。まさに現在の2023年度は延長された経過措置の最終年度に当たるが、それでもなお接種率が十分とは言えない。専門家が考える2つの理由東邦大学医学部微生物・感染症学講座教授の舘田 一博氏は、低接種率の要因の1つとして接種対象者の仕組みが複雑であることを挙げる。「高齢者を対象にした肺炎球菌ワクチンの定期接種は、公的補助が生涯1回のみにもかかわらず、毎年65歳以上を起点に、70歳、75歳など5歳刻みの人が公費補助対象となるのは一般的には非常にわかりにくい。1回通知が来たくらいでは忘れる人もいるだろうし、それを逃すと次は5年後になると、高齢者では接種機会を事実上失ってしまうことにもなりかねない」この5年刻みという制度は、(1)肺炎球菌ワクチンの抗体価持続期間が5年前後(2)行政上の予算支出の最小化、が理由と言われる。このほかに低接種率の要因と考えられるのが法的位置付けだ。予防接種法で定める定期接種は、集団免疫獲得を念頭に法的な接種努力義務、自治体の勧奨、全額公費負担があるA類疾病、個人的な予防を重視し、接種の努力義務と自治体の勧奨(自治体によって行っている場合もあり)がなく、費用が一部公費補助のB類疾病がある。肺炎球菌ワクチンは後者で公的関与・支援が薄い。B類にはインフルエンザもあるが、こちらの場合は毎年流行する特性ゆえにメディアでの報道も含めて接種の呼びかけがあり、接種者の自己負担額は政令指定都市20都市でみると、おおむね1,500円前後(最低は京都市の75歳以上限定の1,000円、最高は横浜市、川崎市の2,300円)。これに対し、肺炎球菌はインフルエンザほど一般人には知られておらず、接種者の自己負担額も4,500円前後とインフルエンザワクチンの約3倍(最低は横浜市の3,000円、最高は仙台市の5,000円)。その意味で疾患・ワクチンの知名度と経済的負担で不利である。こうしたことを踏まえて日本感染症学会などの23学術団体で構成される予防接種推進専門協議会は2022年9月に厚生労働省健康局長宛に高齢者での肺炎球菌ワクチン接種に関して、努力義務や接種勧奨の要件を再検討するよう要望書を提出している。舘田氏は「これまで5歳刻みの接種対象者で10年実施しても接種率が十分とは言えない現状を鑑みれば、今後、経過措置を延長するとしても65歳以上の任意の時期に1回接種可能など、制度運営に柔軟性を持たせたほうが接種率向上につながりやすいだろう」との見解を示す。これらはいわば一般生活者目線で考えた低接種率の要因だが、医療従事者から見ても接種対象者が5年刻みはやや複雑である。さらに医師側からすると市販の肺炎球菌ワクチンが3種類ありながら、高齢者の定期接種での使用はPPSV23のみという点はわかりやすい反面、これまた柔軟性に欠けるとの指摘もある。たとえば高齢者よりも小児の受診者が多い開業医などではPCV13で在庫を統一できれば効率的だが、現状ではそうはいかない。結果として、これも低接種率に拍車をかけているとの声もある。この使用ワクチンの違いは、PPSV、PCVそれぞれの長所短所に起因している。現状のPPSVはPCVよりも対応血清型が多いが、免疫原性で見ると逆にPPSVよりもPCVのほうが高い。このため免疫細胞が未熟な小児では、PPSVで十分な免疫応答が得られず、PCVが用いられているという事情がある。さらに海外の高齢者向け肺炎球菌ワクチン接種プログラムでは、アメリカやイタリアのように最初にPCV13接種で高い抗体価を獲得後にPPSV23接種で広範囲な血清型に対する抗体を獲得する連続接種が推奨されている事例もある(このうちアメリカは連続接種の代替として日本未承認の20価PCVの接種も推奨)。この点について舘田氏は次のように語る。「PPSV23は対応血清型以外にも使用経験が長く、より安全性が確保されている利点はある。とはいえPCV13やPCV15でもIPDリスクが高い血清型は十分にカバーされ、両ワクチンに共通する血清型に対する抗体価はPCVのほうがやや高く、PCVはPPSVにはない免疫記憶効果もある。ただし、一部の国のように両者の連続接種を行えば、接種体制が複雑になる。これらを考慮すれば、高齢者の肺炎球菌ワクチンの定期接種では、まずは接種率の上昇を目標に、3種類のどれかを接種すれば良いとする運用のほうが妥当ではないか」冒頭で触れたように、今後、高齢者で使用できるワクチンの種類の増加は必至の情勢だ。前述したようにRSウイルスワクチンだけではなく、昨今は新たに使えるようになった帯状疱疹ワクチンに対する啓蒙も盛んに行われ、接種希望者に独自の助成をしている自治体もある。さらに新型コロナワクチンで利用されたメッセンジャーRNA技術の実用化で、これを利用した新たなワクチンの開発競争も激化してくる。舘田氏は「(製薬企業の)ビジネスの観点に単純に流されるのではなく、公衆衛生と公的予算の枠内でのコストパフォーマンスを念頭に、より厳密にどのワクチンが必要かつ優先されるか、という位置付けを国、学会、企業が真剣に考える時期が到来している」と語っている。その意味では、こと肺炎球菌ワクチンに関しては、行政上のコストパフォーマンスに基づく現状の接種体制が接種率向上の最大の阻害要因と言えるかもしれない。

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第184回 線虫がん検査『N-NOSE』、検査精度の疑惑が再燃、日本核医学会の中にあるPET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループが本格調査へ

たびたび疑惑が向けられてきた線虫検査の“実態”がやっと解明される?こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、新潟・弥彦競輪場で開かれた競輪のG1レース、第32回寛仁親王牌を、ネットのレース中継と、電話投票で楽しみました。決勝レースは大阪の古性 優作選手が他を寄せ付けない圧倒的な強さで優勝しました。なんと、古性選手は今年、全日本選抜、高松宮記念杯に次いで年間3度目となるG1制覇です。暮れのグランプリももぎ取りそうな勢いです。ちなみに私の車券はハズレました。かつては私もよく現場に足を運んだものです。弥彦山の麓、弥彦神社境内にある弥彦競輪場にも幾度か行ったことがあります。ただ最近は、もっぱらネットでレースを観戦しています。便利ですが、競輪場のあの猥雑さやB級グルメを楽しめないのは少々寂しいです。ひと昔、いやふた昔くらい前までは、“コーチ屋”と言われる人が、普通に競輪場にいました。コーチ屋とは、競馬場や競輪場、場外投票券発売所にいて、カモになりそうな客に「いい情報あるよ」と近づき、自分の“特別”の予想を教え、買い目を指示するなどの行為を行ってお金を騙し取る人々のことです。買い目を教えた場合、コーチ屋はレースが終わるまでその客をマークしていて、もし買い目通りに当たった場合、再び客の前に現れ、配当金の中からからコーチ料を支払うよう要求します。逆に外れてしまった場合は客の前からは消えて、知らんぷりを決め込みます。車券や馬券が当たった時だけ、「自分のおかげだ。報酬よこせ」とお金をせびるわけです。もっとも現在は、公営ギャンブルでの詐欺の仕組みは複雑化しており、場内で声をかける古典的コーチ屋は絶滅したと言われています。さて今回は、最近再び話題となっている線虫がん検査について書いてみたいと思います。体長約1mmの線虫を使って人の尿からがんの有無を調べる検査法の精度を検証するため、PET核医学分科会のPETがん検診ワーキンググループのチームが、実態調査を始めたとの報道が10月13日にありました。これまで、幾度か疑惑報道がありましたが、医学会が本格的に動くのは初めてです。検査の手法や精度について、たびたび疑惑が向けられてきた線虫検査の“実態”がやっと解き明かされるかもしれません。1回検査の料金は1万4,800円、50万人以上が検査を受ける線虫を使って人の尿からがんの有無を調べる検査法とは、「15種類のがんを判定できる」と全国展開中のHIROTSUバイオサイエンス(本社:東京都千代田区)の線虫がん検査キット『N-NOSE』です。数年前までは旧ジャニーズ事務所の社長になった東山 紀之氏、最近では女優の仲間 由紀恵氏がテレビCMで宣伝しています。『N-NOSE』は九州大学助教だった広津 崇亮氏が設立したHIROTSUバイオサイエンスが2020年1月に実用化したがんのリスク判定の検査です。がんの「診断」ではなく「リスク判定」と言っている点が、この検査の一つの肝だと言えます。『N-NOSE』は、すぐれた嗅覚を有する線虫(Caenorhabditis elegans)が、がん患者の尿に含まれるにおいに反応することを活用、わずかな量の尿で15種類のがんのリスクを判定する、というものです。同社によればこれまでに50万人以上が検査を受けているとのことです。健康保険適用外で、1回検査の料金は1万4,800円(税込)です。約200施設を対象に、線虫がん検査をきっかけとしてPET検診・検査に訪れた人を調査この『N-NOSE』の精度を検証しようと立ち上がったのは、日本核医学会の中にあるPET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループです。10月13日付けの朝日新聞などの報道によれば、『N-NOSE』の精度に懸念があるとして、PET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループが、共同研究としてアンケート形式による全国調査に着手したとのことです。約200施設を対象に、線虫がん検査をきっかけとしてPET検診・検査に訪れた人数や、実際にがんが見つかった人数、がんの種類、進行度などを10月20日までに報告してもらい、年内に結果をまとめ、この検査の有効性を科学的に評価したいとしています。『N-NOSE』は、尿を調べれば15種類のがんについて、がんになっているリスク(低いほうからA~Eの5段階)がわかると宣伝しています。今年6月に開かれた日本がん検診・診断学会総会では、この線虫がん検査でリスクを指摘された後、より詳しく調べたいと、PET(陽電子放射断層撮影)検査を受けた人の状況が3施設から報告されました。それによると、がんではないのにがんのリスクが高いと判定される「偽陽性」が極めて多いことがわかりました。さらに、ある施設では、がんと診断されたばかりの患者10人の尿を検査してもらったところ、10人全員が低リスク(A、B)の判定が返ってきたとのことです。朝日新聞の記事は、今回の全国調査の副代表を務める厚地記念クリニック(鹿児島市にあるPET検診クリニック)院長の陣之内 正史氏の「がんのない人が高リスクと判定されることで、各地で混乱を招いている恐れがある。また、実際にはがんなのに低リスクとされた結果、がん検診を受けるのが遅れて、がんが進行してしまう恐れもある」というコメントを紹介し、続けて、HIROTSUバイオサイエンス社は今回の調査開始について、「PETにはN-NOSEの感度を検証する能力はなく、PET以外の複数の検査方法を用いたとしても、アンケートは主観的なバイアスがかかりやすい手法だなどとして『信頼のおける検証にはなりえません』とコメントした」と書いています。この調査は別にPETで行うわけではなく、がんがあったかどうかの結果を分析しようというものなので、同社の反論の意味はちょっとよくわかりません。約2年前には週刊文春が“疑惑”を報道さて、『N-NOSE』については、約2年前、週刊文春2021年12月16日号が、「線虫がん検査「精度86%」は問題だらけ 『尿一滴でわかる』で話題」と報道した時に、本連載でも詳しく書きました(第89回:がんが大変だ!線虫がん検査に疑念報道、垣間見えた“がんリスク検査”の闇[後編])。結局、文春報道はこの記事だけに留まり、ほかのマスコミも動かず、真相は藪の中となってしまいました。その一つの大きな理由は、こうした「がん(病気)のリスクを判定する」と喧伝する検査のほとんどが、医療機器でもなく診断薬でもないため、薬機法や医師法、健康保険法といった、厚生労働省所管の法律外にある検査法であるためと考えられます。つまり、仮にインチキだとしてもそれを罰する法律は今のところ日本にはないのです。「罪がないからOK」とは言えないのが医学・医療の難しい点です。陣之内氏のコメントのように、無用な不安を与えたり、不要な検査を強いたり、逆に検査遅れを招いたりしていたとしたら、それはそれで大きな“罪”と言えるからです。NewsPicksに『N-NOSE』の実態に迫る記事が連続掲載今回、再び『N-NOSE』が話題となっているのは、先述の日本がん検診・診断学会総会において、線虫がん検査でリスクを指摘されたPET検診の結果が発表されたこともありますが、同時にニュースサイト、NewsPicksで今年9月11日から『N-NOSE』の実態に迫る記事が連続して掲載されたことも大きく関係していると思われます。NewsPicks副編集長で科学ジャーナリストの須田 桃子氏らの取材班が9月11日以降、NewsPicksに「虚飾のユニコーン 線虫検査の闇」のシリーズタイトルでこれまでに掲載した『N-NOSE』関連記事は実に7本に上ります。「【スクープ】世界初の『線虫がん検査』、衝撃の実態」「【実録】社員が止められなかった『疑惑のがん検査』」「【解剖】『疑惑のユニコーン』を肥大化させたエコシステム」…と刺激的なタイトルが付けられた一連の記事は、先述した6月に開かれた日本がん検診・診断学会総会で発表された偽陽性が極めて多く、がんであっても見逃される偽陰性も多数発生していることや、ベールに包まれた検査のアルゴリズムの中身、『N-NOSE』開発のきっかけとなった論文の実験が再現されないことなどについて、元社員らの証言も交えて詳細にレポートしています。また、9月15日に配信された「嘘をつく『動機がない』。疑惑の渦中で広津社長が語ったこと」というタイトルの記事は、HIROTSUバイオサイエンス社長の広津氏への直撃インタビューですが、検査のアルゴリズムや、日本がん検診・診断学会総会の発表内容、ランダム化比較試験の必要性などについて問われると、広津氏の答えが突然曖昧になっていくのが印象的でした。HIROTSUバイオサイエンスは一連の報道に反論NewsPicksの一連の報道に対し、HIROTSUバイオサイエンスは、「一部メディアの報道について」というプレスリリースを9月18日に出しています。そこでは、「看過しがたい重大かつ悪質な“誤情報”も含まれておりましたので、ここに当該箇所を指摘すると共に訂正いたします」として、なんと30ページにも及ぶ記事への反論を展開しています。ちょっと長過ぎるな、反論もよく理解できないな、と思っていたところ、記事発信サイトのnoteで「手を洗う救急医Taka」氏がこの反論を科学的に検証した記事「HIROTSUバイオサイエンスのNewsPicksに対する反論について」を見つけました。検査というものの感度、特異度、陽性・陰性的中率、そして有病率の意味を解説、その上でHIROTSUバイオサイエンスの反論の意図するところについてわかりやすく説明してくれていますので、興味のある方は読んでみてください。この記事の中で「手を洗う救急医Taka」氏はHIROTSUバイオサイエンスが使う「標準化変換」という独自の言葉に疑問を呈しています。その点は、私自身もプレスリリースを読んでいて、「なんじゃそりゃ?」と疑問を感じた部分です。「手を洗う救急医Taka」氏はその「標準化変換」について、「HIROTSUバイオサイエンスでは、一定数の検体を同時に検査し、その中で検査値が高いものから順にがんと判定しているということではないかと思います。(中略)カットオフを変える行為のことを『標準化変換』と読んでいるのでしょう」と書き、「バッチによってカットオフが変わるんだから、毎回感度と特異度が変わりません?(中略)『弊社は毎回の検査でカットオフを変えていますので、検査に感度と特異度は存在しません』と言わなければいけないのではないでしょうか?」と指摘しています。検査精度に本当に自信があるのならブラインド検査を実施するべき本連載の第89回でも書いたように、臨床検査には、「分析学的妥当性」「臨床的妥当性」「臨床的有用性」という3つの評価基準があります。この3つを証明するデータを、きちんとしたプロトコールによって行った臨床試験等で出し、それが評価されれば、保険診療において使用が認められるし、海外でも用いられるようになります。しかし、こうした「がん(病気)のリスクを判定する」と喧伝する検査の多くは、お金と時間が膨大にかかる臨床試験を敢えて避け、日本だけの一般向け検査でお茶を濁しています。また、お金と時間の節約のためではなく、単に自分たちの検査の精度に自信がない場合も、臨床での使用をはなから諦めて一般向け製品で妥協するケースもあります。HIROTSUバイオサイエンスも、もし検査精度に本当に自信があるのなら、意味不明な数字遊びではなく、「手を洗う救急医Taka」氏も主張するブラインド検査(ランダム化比較試験)を実施するべきでしょう。また、こうした検査によって無用の心配を被験者にさせたり、見落としによって手遅れになったりするケースが増えているとしたら、厚生労働省は法律を作って何らかの規制に乗り出すべきだと考えます。仮に見落としがあったとしたらコーチ屋よりもたちが悪い「第89回」でも書きましたが、検査を受けた人がアコギな医療機関に食いものにされる危険性もあります。提携医療機関の中には、『N-NOSE』陽性の人に対し、自費での高額な検査を勧めるところもあると聞きます。『N-NOSE』はあくまでリスク判定であるため、そこで陽性の判定が出ても、基本的にすぐには保険診療とはなりません。一度、高額な自費検査を挟んで、病気が見つかってはじめて保険診療に進む流れです。またそうではなく、『N-NOSE』で陽性と出て、すぐに保険診療を行っているとしたらそれはそれで問題です。その時点ではまだ“健常者”に保険診療を行っていることになるからです。明らかに健康保険法違反です。最終的にがんが見つかった時だけ、「ほら見つかったでしょう」では、競輪場のコーチ屋や占い師とそう変わりません。仮に見落としがあったとしたら、それはコーチ屋よりもたちが悪いと言えるでしょう。ということで、まずはPET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループの調査結果を待ちたいと思います。

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英語で「注意を払う」は?【1分★医療英語】第102回

第102回 英語で「注意を払う」は?《例文1》医師ACan you put this patient on your radar?(この患者さんに注意を払ってもらえますか?)医師BSure, I can.(いいですよ)《例文2》医師I am sorry but this patient was not on my radar.(申し訳ないが、この患者のことは知りませんでした)看護師No worries, Dr.(大丈夫ですよ)《解説》“put(be) on one's radar”という表現は、医療現場以外でも使われる、知っておくと有用な表現の1つです。イメージとしては、直訳した「誰かのレーダーに映す」という表現から、「“何か”を“誰か”の意識下におく」といった意味になります。日本語としては「(誰かの)耳に入れる」「注意を払う」「知っておく」といった意味になります。医療現場では、気になる患者さんや情報を誰かと共有したい場合に、主に医師同士の会話で使うことが多いです。日本で学習する表現の中にはまず出てこないと思いますので、ぜひ覚えて使ってみてください。逆に、「意識下から外れている」、つまり「把握していない」と言いたいときには、“under the radar”という表現を使います。講師紹介

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第167回 インフルエンザの早期流行、全国の患者数が急増、早期対応を/厚労省

<先週の動き>1.インフルエンザの早期流行、全国の患者数が急増、早期対応を/厚労省2.利用が低迷する「マイナ保険証」救急医療と生活保護での活用拡大を/政府3.がん治療と仕事の両立、半数以上が困難感/内閣府4.医療・介護連携、主治医もサービス担当者会議に参加を/中医協5.乳幼児健診の公費支援拡大、5歳児と新生児スクリーニングが焦点に/政府6.県立総合病院、患者検体の取り違えで前立腺摘出の医療ミス/静岡県1.インフルエンザの早期流行、全国の患者数が急増、早期対応を/厚労省厚生労働省および国立感染症研究所によると、第41週のインフルエンザ患者報告数が全国平均で1医療機関当たり11.07人となり、注意報基準の10人を超えた。この数字は過去10年で最も早い時期に注意報基準を超えたもので、とくに沖縄、千葉、埼玉などの都道府県で患者数が急増している。感染症専門家は、例年12月以降にこの水準に達することが多いため、今年の流行が異例であると指摘。とりわけ若い世代での感染が多いことから、高齢者での患者数も増加する可能性が高いとの見解を示している。一方、都内のクリニックではインフルエンザの患者が急増し、予防接種の予約が殺到している。特定のクリニックでは、3人に1人以上の患者がインフルエンザに感染しているとの報告もある。この急増を受けて、ワクチンの予防接種が例年よりも早く開始され、多くの市民が接種を受けている。高齢者施設では、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、インフルエンザの流行に対する警戒を強めている。施設内での感染対策は徹底されており、家族の面会制限や職員の定期的な抗原検査などが実施されている。施設関係者は、ワクチン接種を前倒しで行い、予防策を徹底するとともに、感染が確認された場合の迅速な対応を強調している。参考1)インフルエンザの発生状況について(厚労省)2)インフルエンザ患者報告数、全国で注意報レベルに 厚労省が第41週の発生状況を公表(CB news)3)インフルエンザ患者 1医療機関当たり11.07人 注意報基準超える(NHK)2.利用が低迷する「マイナ保険証」救急医療と生活保護での活用拡大を/政府政府はマイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」の活用を拡大する方針を固めている。2024年10月には、救急患者が意識不明の際、その医療情報を同意なしで閲覧・活用することができるようになる。また、2024年3月からは、生活保護受給者の「医療扶助」にもマイナカードが活用される予定で、従来の医療券から切り替えられる。マイナ保険証の利用はまだ低迷しており、誤登録トラブルも相次いで発覚している。とくに他人情報の誤登録やマイナトラブルが影響して、実際の利用率は4.7%に止まっている。政府はこれらの問題を解決し、マイナ保険証を全国民に浸透させるための取り組みを続けているが、多くの課題が残されている。参考1)救急時、同意なく情報閲覧の方針 マイナ保険証で政府、24年にも(共同通信)2)来春からマイナカードで受診把握 生活保護受給者に(同)3.がん治療と仕事の両立、半数以上が困難感/内閣府がん治療と社会生活の両立が困難であると感じる人は、国内で半数以上に上ることが、内閣府の最新の世論調査で明らかになった。とくに治療を受けながら働くのは難しいと考える人が53.5%、また、仮にがんになった場合、治療や検査のために2週間に1度は病院に通う必要がある状況で、働き続けられる環境だと感じていない人は54%に達していた。両立が困難と感じる主な理由として、体力的な問題が28.4%と最も高く、次いで代わりの人材の不足や職場の理解の不足が挙げられた。また、がんの緩和ケアについての意識も調査され、治療開始時からの緩和ケアの必要性を感じる人は49.7%に止まり、2007年の調査開始以降初めて半数を切った。緩和ケアは、がん患者の心身の痛みをやわらげるためのもので、診断時からの提供や周知が国のがん対策の指針とされている。これらの結果を受け、厚労省は引き続き治療と仕事の両立や緩和ケアの提供体制の整備、およびその周知を進めるとの意向を示している。参考1)「がん対策に関する世論調査」の概要(内閣府)2)がん治療と両立困難53%、検診率も低下 内閣府調査(日経新聞)3)「がん治療と仕事の両立は困難」と感じている人は半数以上に(NHK)4.医療・介護連携、主治医もサービス担当者会議に参加を/中医協厚生労働省は、10月20日に開かれた中央社会保険医療協議会の総会で、医師と介護支援専門員(ケアマネジャー)の連携を強化するために、「介護保険のサービス担当者会議へ医師の出席」の義務化を提案した。ケアマネジャーや介護保険の利用者は、サービス担当者会議へ主治医の参加を強く希望しているが、実際の主治医の会議参加率は、地域包括診療料の取得施設で54.0%、取得していない施設では33.9%に止まっている。厚労省は、より的確で質の高い診療機能を評価するために設けられた「機能強化加算」の加算要件に、サービス担当者会議への参加を条件とする提案をしていたが、これに対しては、多様な「意味のある連携」の形があるため、特定の形式に固執することは適切でないとの意見も出されていた。今後、来春の改定に向けて、真の医療・介護連携を実現するために、具体的な施策や取り組みが今後議論される見込み。参考1)個別事項(その3)医療・介護・障害福祉サービスの連携(中医協)2)サービス担当者会議「医師の参加」を必須要件に 「かかりつけ医機能」の報酬、支払側委員(CB news)3)「意味のある医療・介護連携」が重要、「サービス担当者会議への出席」などを機能強化加算等の要件に据えるべきか-中医協総会(1)(Gem Med)5.乳幼児健診の公費支援拡大、5歳児と新生児スクリーニングが焦点に/政府政府は、乳幼児健診における5歳児の健診を公費支援の対象とする方向で検討を進めている。これまで1歳半と3歳児の健診は公費で実施されており、5歳児健診の公費支援導入は、3歳までにみつからなかった発達障害の早期発見を目的としている。また、患者家族の会からは、新生児スクリーニングにSMA(脊髄性筋萎縮症)を対象疾患に追加する要望が提出された。この検査は生後4日頃の新生児の血液を調べるもので、自治体ごとに実施状況に差があるため、全国一律に公費で実施するよう求められている。政府はこれらの健診・スクリーニングの公費支援拡大を通じて、乳幼児期の健康管理の強化を目指している。参考1)「全国一律、全額公費を」 新生児スクリーニング検査の拡大を要望(朝日新聞)2)乳幼児健診、5歳児も公費支援対象に 経済対策に明記へ(日経新聞)6.県立総合病院、患者検体の取り違えで前立腺摘出の医療ミス/静岡県静岡市葵区の静岡県立総合病院で7月に発生した医療ミスが明らかにされた。同病院は、前立腺がんの疑いで行われた検査の際、2人の患者の検体を取り違えてしまい、悪性腫瘍がなかった60代の男性の前立腺を誤って全摘出。一方、悪性腫瘍を持つ80代の男性の治療開始が5ヵ月遅れる結果となった。このミスは、4月に2人の患者が同じ手術室で連続して行われた生体検査(生検)の際に発生。60代の男性は、誤ったデータに基づいて手術を受け、後の病理検査で摘出組織が良性であることが判明。DNA鑑定により、80代の男性との検体取り違えが確認された。60代の男性は手術後に尿漏れなどの症状が出現し、現在も病院での健康管理が続いている。一方、80代の男性は、ホルモン療法を受けている状態。同院は、2人の患者および家族に対して謝罪。再発防止策として、連続での生検を行う場合は患者ごとに部屋を分ける措置や患者のリストバンドと検体容器のバーコード照合などの新しいマニュアルを導入することを明らかにした。参考1)静岡県立総合病院において発生した医療事故について(静岡県)2)県立病院で患者取り違え 前立腺摘出する医療ミス(NHK)3)患者検体取り違え 良性の前立腺摘出 静岡県立総合病院で医療ミス(静岡新聞)

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金の話をする人間は卑しいのか?猫と暮らすQALYを考える【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第65回

費用対効果分析の意義世界的なインフレの波が日本にも押し寄せています。日本で物価が上がっていることを実感する機会が増えてきました。しかし、世界の先進国と比べると上昇率はまだ緩やかなのかもしれません。私は2023年8月末にオランダ・アムステルダムで開催された欧州心臓病学会(ESC2023)に参加しました。会場のキオスクで昼食を購入して驚きました。おいしくもないハンバーガーが、14.5ユーロでした。1ユーロが158円でしたので、日本円に換算すると2,291円となります。日本では500円ほど、絶対に1,000円を超えることはない質感でした。円安と日本の国力の低下を痛感しました。出費には、それに見合う対価が求められます。費用対効果、いわゆるコスパです。費用対効果分析は医療の現場でも意義を増し、この分野に特化した学問領域が進化しています。治療に掛かる費用は、安ければ良いというわけではありません。安価でも効かない薬や質の悪い医療では、「安物買いの銭失い」となります。一方で、効果が高くとも、法外に高額な治療では手が届かず、公的医療の枠組みを超えてしまいます。費用に見合う効果のバランスが取れていることが鍵となります。あらゆる疾患に共通する治療効果指標「QALY」医療における費用対効果を分析する場合に、効果をどのように測定するかが問題です。風邪を引いた場合には解熱することが求められ、がんの治療ならば再発せずに長生きすることが求められ、変形性膝関節症では痛みなく日常生活が可能となることが効果として求められます。風邪・がん・変形性膝関節症と、疾患ごとにバラバラの効果指標で費用対効果を算出すると、その解釈も疾患ごとにバラバラとなります。あらゆる疾患に共通する効果指標としてQALYが考案され国際的に活用されています。これは、Quality-Adjusted Life Yearの略語で、「クオリー」と呼ばれ日本語では「質調整生存年」と訳されます。瀕死の病の状態から、医療により同じ1年間を長生きすることができたとしても、思うままにできる元気な1年間と、寝たきりで身動きがとれない1年間では、多くの人は前者のほうが望ましいと考えます。生存期間で見ればどちらも1年ですが、前者は後者よりも質の高い状態なので、治療により得られる1年間の価値も大きくなります。このように、生存している期間に加えて質も同時に反映する評価指標がQALYです。QALYの値は、1(完全な健康)から0(死亡)までの値を取ります。完全な健康状態で過ごした1年間は1QALYであり、人がその年の価値の100%を得ることができたと解釈します。完全な健康状態ではない状態で生きた1年間は、価値の量が低下します。たとえば、効用が0.5の状態で1年間生きた場合、0.5QALYが得られます。この人は、その年に得られる最高の価値の量の50%しか得ていないという意味です。言い換えれば、0.5の健康状態で1年間を生きる価値の量は、完全な健康状態で半年間を生きることと同程度の価値の量があることを意味します。QALYは1QALY、2QALYと数えることができ、0.8の状態で10年間生存すれば0.8×10=8QALYとなります。ICER:1QALY延ばすために要するコスト従来からある標準的な治療と効果が高いと期待される新規治療と比べた場合に、QALYを1単位獲得するのにいくらコストが掛かるかを表す指標をICER(Incremental Cost-Effectiveness Ratio)と呼びます。要は、1QALYを延ばすために要するコストで、この値が医療行為を社会に導入する是非の基準となります。たとえば、新たな治療により比較対照と比べて500万円余分に掛かるけれども、2年間の延命が期待できれば、ICERは500万円/2年=250万円/年となります。これは、追加的に1年間生きるのにあと250万円のコストが掛かるということになります。イギリスでは、1QALY当たりに認めるコストの目安として2万~3万ポンドと設定しています。日本円に換算すると、1QALYを得るのに必要なコストは500万円程度までは容認されるという考えです。ICERが500万円/QALYを超える医薬品は、薬価の引き下げが検討されるなど医療政策に活用されています。今、議論に向き合わなければならないこのように医療の経済的な側面について考えることは、「金の話なんて、卑しいからするな」と感じる方もいるかもしれません。「人の命は地球よりも重い」という言葉がありますが、本当にそうでしょうか。医療費はだれかが負担しなければならないことは間違いありません。今を生きる私たちが費用を負担していないのであれば、いつか誰かがツケを支払わねばなりません。おそらく子や孫の世代です。一般の社会でも、支払い能力を考えずにただ金を使いまくる人間は愚か者と考えられています。国がなんとかしてくれると思考を放棄するのは「ドラ息子」の所業です。あえて目を背けたい事柄だからこそ、歯を食いしばって向き合う必要があります。今を生きる世代の人間は、次の世代や次の次の世代を巻き込むことは避けるべきであり、そのための議論を放棄してはならないと考えます。この困難な話題について原稿を書いていると、わが家の「ドラ息子」ともいえる愛猫の「レオ」が遊んでくれとやってきました。ゴロゴロいってスリスリしてきます。猫と暮らすことの費用対効果を考えてみます。猫の飼育コストには、食事、猫用品(トイレ、ベッド、おもちゃなど)、健康ケア(ワクチン、予防医療、獣医さんへの診療費)などが含まれます。遊んだり、トイレの世話をしたり、愛情を注いだりするために時間とエネルギーを費やすことも経費です。効果については、猫は癒しや楽しみを提供してくれます。彼らの愛らしい行動や一緒に過ごす時間は、ストレス軽減や幸福感向上に寄与します。猫と遊ぶことは、同居する人間にとってもアクティビティの機会になります。猫を飼うことは責任感を養う機会でもあります。猫と暮らす1年は2QALY、いや5QALY以上の価値があります。今回も結局は猫自慢の話になってしまいました。

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英語で「任せます」は?【1分★医療英語】第101回

第101回 英語で「任せます」は?《例文1》Please leave it to me.(私に任せてください)《例文2》I’ll leave it to you whether you start the medication today or not.(この薬を今日から飲み始めるかどうかは、あなたにお任せします)《解説》“leave”には「離れる」や「置いておく」といった意味がありますが、これに関連して「任せる」という意味もあります。同じく“leave”の動詞を使って「仕事を託す」といったイメージで、”I'll leave it to you.” または“I’ll leave it in your hands.”(あなたにお任せします)といったように使います。また、何か仕事を進めてもらうような状況では、“Please go ahead.”(どうぞ進めてください)という表現もよく使われます。また、「仕事を引き継いでもらう」といった状況では、“Over to you.”(よろしく)という表現もよく使われますが、目上の人にはやや失礼に当たるので注意しましょう。「任せる」という意味の表現には、“It’s up to you”というものもあります。これは「あなた次第です」と訳されることが多いですが、言い方によっては突き放した表現にも聞こえてしまうため、使う際には注意が必要です。上の表現にも出てきた“hand”を使って「仕事を託す」というイメージで、“It’s in your hands now.”(今からお任せします)という言い方も可能です。講師紹介

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大手術後の炎症を阻害すると...(解説:後藤信哉氏)

 コルヒチンは歴史の長い抗炎症薬である。LoDoCo(Low Dose Colchicine)試験にて冠動脈疾患の二次予防効果が証明されて、循環器内科領域に注目されることになった。多くの循環器疾患に炎症が関与する。各種のがん治療などの非心臓疾患の手術時の心房細動の発症予防効果の有無が本研究にて検証された。非心臓性手術後の心房細動と心筋梗塞の発症例では炎症マーカーの高値が報告されている。そこで、本研究では強力な抗炎症薬であるコルヒチンに、非心臓の大手術時の心房細動および心筋障害発症予防効果の有無がランダム化比較試験により検証された。 非心臓の大手術症例へのコルヒチンの使用は、一見とっぴに見える。しかし、術中・術後の心房細動、心筋障害が炎症により引き起こされているのであれば、抗炎症薬を用いたランダム化比較試験実施には意味がある。3,209例を対象としたランダム化比較試験の結果は信頼できる。コルヒチンの抗炎症効果が発現されていることは、コルヒチン群の感染と敗血症の増加により確認されている。コルヒチンの副作用である消化管障害もコルヒチン群で増えている。 臨床試験の実施については英国・オックスフォード大学、米国・ハーバード大学、デューク大学が長けているが、カナダ・マクマスター大学も引けを取らない。ランダム化比較試験による臨床的仮説の検証研究では、日本はとても追い付けない。個別最適化医療の理論化と実践では是非、先行したいものだ。

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ノーベル生理学・医学賞、mRNAワクチン開発のカリコ氏とワイスマン氏が受賞

 2023年のノーベル生理学・医学賞は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの開発を可能にしたヌクレオシド塩基修飾の発見に対して、カタリン・カリコ(Katalin Kariko)氏とドリュー・ワイスマン(Drew Weissman)氏に授与することを、スウェーデン・カロリンスカ研究所のノーベル委員会が10月2日に発表した。カリコ氏とワイスマン氏の画期的な発見は、mRNAがヒトの免疫系にどのように相互作用するかという理解を根本的に変え、人類に対して最大の脅威の1つとなったCOVID-19パンデミックにおいて、前例のないワクチン開発に貢献した。授賞式は12月10日にストックホルム市庁舎にて開催される。 ノーベル委員会はプレスリリースにて、カリコ氏とワイスマン氏の業績を紹介している1)。以下に抜粋して紹介する。「mRNAワクチン」という有望なアイデア ヒトの細胞では、DNAにコードされた遺伝情報がmRNAに伝達され、これがタンパク質生産の鋳型として使われる。1980年代、細胞培養なしにmRNAを生産する効率的な方法が導入された。この決定的な一歩は、いくつかの分野における分子生物学的応用の発展を加速させた。mRNA技術をワクチンや治療に利用するアイデアも浮上したが、その前に障害が待ち構えていた。in vitroで転写されたmRNAは不安定で、送達が困難であると考えられていたため、mRNAを脂質ナノ粒子によってカプセル化する必要があった。さらに、in vitroで産生されたmRNAは炎症反応を引き起こした。そのため、臨床目的のmRNA技術開発に対する熱意は、当初は限られたものであった。 ハンガリー出身の生化学者であるカリコ氏は、このような障害にも挫けずに、mRNAを治療に利用する方法の開発に力を注いだ。同氏が米国・ペンシルベニア大学の助教授だった1990年代初頭、自身のプロジェクトの意義について研究資金提供者を説得するのが困難であったにもかかわらず、mRNAを治療薬として実用化するというビジョンに忠実であり続けた。ペンシルベニア大学の同僚であった免疫学者のワイスマン氏は、免疫監視とワクチン誘発免疫応答の活性化において重要な機能を持つ樹状細胞に興味を持っていた。新しいアイデアに刺激され共同研究が始まり、異なるタイプのRNAが免疫系とどのように相互作用するかに焦点を当てた。ブレークスルー カリコ氏とワイスマン氏は、樹状細胞がin vitroで転写されたmRNAを異物として認識し、活性化と炎症シグナル分子の放出につながることに気付いた。哺乳類細胞からのmRNAは同じ反応を起こさないため、in vitroで転写されたmRNAはなぜ異物として認識されるのか疑問に感じ、何らかの重要な特性が、異なるタイプのmRNAを区別しているに違いないと考えた。 RNAにはA、U、G、Cの4つの塩基があり、DNAのA、T、G、Cに対応している。カリコ氏とワイスマン氏は、哺乳類細胞のmRNAの塩基は頻繁に化学修飾されるが、in vitroで転写されたmRNAの塩基は化学修飾されないことを認めており、in vitroで転写されたRNAの塩基が変化していないことが、好ましくない炎症反応の説明になるのではないかと考えた。これを調べるため、研究チームは塩基に独自の化学修飾を施したさまざまな変異型mRNAを作製し、樹状細胞に投与した。結果は驚くべきもので、mRNAに塩基修飾を加えると、炎症反応はほとんど消失した。これは、細胞がどのようにしてさまざまな形のmRNAを認識し、それに反応するかという理解にパラダイム変化をもたらすものであった。カリコ氏とワイスマン氏は自らの発見がmRNAを治療に利用するうえで重大な意味を持つことを理解し、この画期的な結果は2005年に発表された2)。これはCOVID-19が流行する15年前であった。 カリコ氏とワイスマン氏が2008年3)と2010年4)に発表したさらなる研究で、塩基を修飾して作成したmRNAを送達すると、修飾していないmRNAに比べてタンパク質産生が著しく増加することを示した。この効果は、タンパク質産生を制御する酵素の活性化が抑制されたことによるものであった。カリコ氏とワイスマン氏は、塩基修飾が炎症反応を抑制し、タンパク質産生を増加させるという発見を通して、mRNAの臨床応用に至る重要な障害を取り除いた。mRNAワクチンの可能性 mRNA技術への関心が高まり始め、2010年にはいくつかの企業が開発に取り組んでいた。ジカウイルスや、SARS-CoV-2と関連が深いMERS-CoVに対するワクチンの開発が進められていた。COVID-19パンデミック発生後、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質をコードする2つの塩基修飾mRNAワクチンが記録的なスピードで開発された。約95%の予防効果が報告され、両ワクチンとも2020年12月に承認された。 mRNAワクチンの驚くべき柔軟性と開発スピードは、この新たなプラットフォームをほかの感染症に対するワクチンにも利用する道をひらくものだ。将来的には、この技術は治療用タンパク質の送達や、ある種のがんの治療にも使用されるかもしれない。 SARS-CoV-2に対して、mRNAワクチンとは異なる方法論に基づくワクチンも急速に導入され、合わせて130億回以上のCOVID-19ワクチンが世界中で接種された。このワクチンによって何百万人もの命が救われ、さらに多くの人々の重症化を防ぐことができた。今年のノーベル賞受賞者たちは、mRNAにおける塩基修飾の重要性という根本的な発見を通じて、現代の最大の健康危機における変革的発展に大きく貢献した。 カタリン・カリコ氏は、1955年ハンガリーのソルノク生まれ。1982年にセゲド大学で博士号を取得後、1985年までセゲドにあるハンガリー科学アカデミーで博士研究員として勤務。その後渡米し、テンプル大学(フィラデルフィア)とUniformed Services University of the Health Sciences(USUHS)(ベセスダ)で博士研究員として勤務。1989年にペンシルベニア大学の助教授に任命され、2013年まで在籍。その後、BioNTech社副社長、後に上級副社長に就任。2021年よりセゲド大学教授、ペンシルベニア大学ペレルマン医学部非常勤教授。 ドリュー・ワイスマン氏は1959年米国マサチューセッツ州レキシントン生まれ。1987年にボストン大学で医学博士号を取得。ハーバード大学医学部のベス・イスラエル・ディーコネス医療センターで臨床研修を受け、米国国立衛生研究所(NIH)で博士研究員として研究。1997年、ペンシルベニア大学ペレルマン医学部に研究グループを設立。The Roberts Family Professor(ワクチン研究)、ペンシルベニア大学RNAイノベーション研究所所長。

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