サイト内検索|page:12

検索結果 合計:281件 表示位置:221 - 240

221.

脳卒中後の慢性期失語、集中的言語療法が有効/Lancet

 70歳以下の脳卒中患者の慢性期失語症の治療において、3週間の集中的言語療法は、言語コミュニケーション能力を改善することが、ドイツ・ミュンスター大学のCaterina Breitenstein氏らが行ったFCET2EC試験で示された。失語症の治療ガイドラインでは、脳卒中発症後6ヵ月以降も症状が持続する場合は集中的言語療法が推奨されているが、治療効果を検証した無作為化対照比較試験は少ないという。Lancet誌オンライン版2017年2月27日号掲載の報告。従来の言語療法と比較する無作為化試験 FCET2EC試験は、年齢18~70歳、虚血性または出血性脳卒中の発症後6ヵ月以上持続する慢性期失語症(アーヘン失語症検査[AAT]で判定)がみられる患者を対象に、集中的言語療法の日常的な言語コミュニケーション能力の改善効果を評価する多施設共同無作為化対照比較試験(ドイツ連邦教育研究省などの助成による)。 被験者は、通常治療下に、3週間以上の集中的言語療法(≧10時間/週)を行う群(介入群)または同様の治療を3週間遅れて開始する群(対照群)に無作為に割り付けられた。言語療法は、研究グループが作成したマニュアルに従って、専門のセラピストが個別の患者およびグループで行った。対照群は、待機中の3週間、従来の言語療法を受けた。 主要評価項目は、日常的な言語コミュニケーション能力(Amsterdam-Nijmegen Everyday Language Test[ANELT]A-scaleで判定)のベースラインから治療終了時までの変化とした。解析には、1日以上の治療を受けた全患者が含まれた。 2012年4月1日~2014年5月31日に、ドイツの19の入院/外来リハビリテーション施設で156例が登録され、両群に78例ずつが割り付けられた。言語能力、患者知覚QOLも改善 ベースラインの平均年齢は、介入群が53.5(SD 9.0)歳、対照群は52.9(SD 10.2)歳、女性がそれぞれ59%、69%を占めた。脳卒中の重症度(修正Rankinスケール[mRS])は、両群とも2(2~3)、脳卒中発症後の経過期間中央値は介入群が43.0ヵ月(IQR:16.0~68.3)、対照群は27.0ヵ月(13.0~48.8)であり、虚血性脳卒中がそれぞれ58%、72%だった。 言語療法は、全体で3~10週間行われ(期間中央値:介入群4.8週[IQR:3.0~5.6]、対照群4.0週[3.0~5.0])、このうち3週間の集中的言語療法は22.5~49.0時間実施された(期間中央値:介入群31.0時間[30.0~34.5]、対照群32.0時間[30.0~34.6])。対照群は、待機中の3週間、従来の言語療法を0~22.5時間受けた。それぞれ92%、94%の患者が、6ヵ月時に言語療法を継続していた(1.0時間[IQR:0.6~1.7]/週)。 言語コミュニケーション能力は、介入群ではベースラインに比べ3週間の集中的言語療法により有意に改善した(ANELT Aスコアの平均差:2.61[SD 4.94]点、95%信頼区間[CI]:1.49~3.72、p<0.0001)のに対し、対照群(従来言語療法期間)では3週後に有意な効果はみられず(-0.03[SD 4.04]点、-0.94~0.88、p=0.95)、両群間に有意な差が認められた(p=0.0004、効果量[Cohen’s d]:0.58)。また、対照群も、3週間の集中的言語療法後に、介入群と同様の言語コミュニケーション能力の改善効果が得られた。 全体で、ベースラインから3週間の集中的言語療法終了時までにANELT Aスコアが3点以上改善した患者は44%(69/156例)であり、同様の期間に3点以上低下(増悪)した患者は10%(16/156例)だけだった。 また、3週間の集中的言語療法により、言語能力(Sprachsystematisches APhasieScreening[SAPS]:音韻、語彙、統語法、言語理解、言語産出)の総合スコア(p<0.0001、Cohen’s d:0.73)および患者知覚QOL(Stroke and Aphasia Quality of Life Scale-39[SAQOL-39]:身体機能、コミュニケーション、心理社会、活力)の総合スコア(p=0.0365、Cohen’s d:0.27)が有意に改善された。 有害事象は、集中治療中の介入群が6%(5例:風邪1例、消化管または心臓の症状3例、治療開始前の脳卒中の再発1例)、待機中および集中治療中の対照群は3%(2例:自動車事故1例、風邪1例)に認められ、割り付け前に脳卒中の再発が1例にみられたが、いずれも試験への参加とは関連がなかった。 著者は、「有益な治療効果を得るための最小限の治療強度を調査し、反復介入期間以降も治療効果が持続するかを検証するために、さらなる研究を要する」としている。

222.

クレヨンしんちゃん【ユーモアのセンス】Part 3

しんちゃんから学ぶユーモアのコツここから、すでにユーモアの「エリート」のしんちゃんから学ぶユーモアのコツを3つに整理してみましょう。どれも明日からすぐに使える基本モデルです(表2)。(1)わざと大げさしんちゃんが父ひろしといっしょに竹馬をつくるシーン。父が「まず竹を切る。そこをしっかり押さえてくれ」と言うと、「オラ切りたい。オラ切りたい」「オラに切らせないと親子の縁切るぞ」と騒ぎます。また、しんちゃんがお茶の葉を入れようとして、筒ごとひっくり返してしまいます。険しい表情の母みさえに、しんちゃんは「お茶ちゃが飛び降り自殺した・・・」と神妙な顔をします。1つ目は、このようにわざと大げさにする、誇張です。これには、さらに3つの要素があります。a. 見た目1つ目は、表情と身振りなどの見た目です(非言語的コミュニケーション)。相手と接する時に、表情を豊かにして、手を広げるなど身振り手振りを大きくすると、エネルギッシュで存在感が増します。イメージとしては、オーバーリアクションなアメリカ人で、落ち着きがないくらいを心がけると良いでしょう。b. 口調2つ目は、声の大きさや速さなど口調です(準言語的コミュニケーション)。声は大きく、早さに緩急付けると、エネルギッシュで存在感が増します。例えば、以下のように促音(小さい「っ」)や擬音、さらにはその合わせワザを意識して使うことです。促音・にほん→にっぽん ・とても→とっても ・めちゃ→めっちゃ擬音+促音・ドキドキ→ドッキドキ ・ボコボコ→ボッコボコ ・サクサク→サックサクまた、「よっ!ニッポンイチ!」「待ってましたっ!」などの掛け声、いわゆるガヤは、中身はほとんどないですが、口調によっては、場の空気を盛り上げるために、重要な役割があります。c. 発言内容3つ目は、発言内容そのものです(言語的コミュニケーション)。極端に言いすぎてしまうことで、おかしさが生まれると同時に、エネルギッシュで存在感が増します。例えば、以下のように、あえて大げさに言っていることが分かりやすいことです。暑い→雪男が来たら即死よ会議がうまくまとまった時→やっぱ私は宇宙一のリーダーだわ繰り返しのミスを指摘する→もう何回言わせる?これで3億回目よ!失敗が続く→一緒にお祓いに行こうか?しどろもどろ→朝からお酒飲んでない?以上の3つの要素の中で、1番重要なのは3つ目の言葉の内容そのものと思われがちです。しかし、実際は、見た目55%、口調38%、発言そのもの7%の順に重要なのです。これは、メラビアンの法則と呼ばれています(表1)。つまり、相手を楽しませるには、まず雰囲気作りが大事だということです。つまり、大げさな見た目と口調でウォーミングアップをしておいて、大げさなことを言う雰囲気をつくることです。ちなみに、メラビアンの法則の根拠を進化心理学的に考えることができます。それは、私たちの祖先が言葉を使う言語的コミュニケーションを始めたのは、喉の構造が進化したごく最近の20万年前です。一方、表情、身振り手振り、態度などの非言語的コミュニケーションは、すでに社会脳が進化した300万年前からです。つまり、非言語的コミュニケーションの方が圧倒的に、進化の歴史が長く、それだけ影響力が大きいと言えます。(2)わざとぼかす母みさえが風邪気味の時、しんちゃんは「母ちゃん、顔が悪いぞ」と真剣に心配します。すると、「『顔色が』でしょ!!」「ツッコませないでよ。熱があるんだから」とリアクションします。また、休日、寝ている父ひろしに、遊んでほしいしんちゃんが「父ちゃん」「ひらめ・くつでしょ」と尋ねます。すると父が「まあな」と言いつつ「たい・くつだろ」とツッコミます。2つ目は、このようにわざとぼかす、ほのめかしです。これは、ストレートに言うと角が立つ言葉をあえてぼかして伝え、相手に察するよう仕向けることです。みなさんの中には、そんなにすぐに発想できないとみなさんは思うでしょうか? まずは、ほのめかしの言い回しのストックをたくさんため込みましょう。それを状況に応じてアレンジするのです。これは、ほのめかしの引き出しとも言えます。これには、さらに3つの要素があります。a. 遠回し1つ目は、遠回しです。例えば、以下のように、状況を違った側面から指摘することです。(仕事中に寝てしまっている人に対して)寝ないで!→お疲れでいらっしゃいますね。(会議中におしゃべりしている人たちに)静かに!→何か良い意見がありそうですか?(会議中にノートに落書きをしている人に)落書きしないで!→絵、うまいですね。b. 特徴例え2つ目は、特徴例えです。これは、比較的に簡単です。普段から心の中で、相手のニックネームを付けるように心がけましょう。以下の例を参考にしてください。明るい→満開の桜みたい香水が強い→大人の雰囲気が溢れ出ているさわやか→洗い立てのふかふかのタオル頼りになる→お腹が痛い時の正露丸記憶力が良い→この病棟のスーパーコンピューターc. 状況例え3つ目は、状況例えです。これは、特徴例えの応用になります。以下の例を参考にしてみましょう。出してくれたお茶がおいしい→もしかして・・・そこに千利休、いる?遅い→雨の日の宅配ピザみたいに待ち遠しいな正座して足がしびれる→生まれたての子羊ね歯に詰まったネギ→歯茎からネギ生えてます。そろそろ収穫の時期かあ鼻毛→ゴキブリの足出てません?飼ってました?怒りで我を忘れた→一瞬、信長が乗り移ったわ(3)わざとはっきりさきほどのしんちゃんがお茶の葉をこぼしたシーンの後に、母みさえが「そうか~ママにお茶を入れてくれようとしたのか・・・ありがとう」とフォローします。すると、しんちゃんは「そうだぞ、えっへん」と偉そうにします。そしてみさえは「いばるなフフ」と微笑みます。また、しんちゃんが好意を寄せるななこちゃんから「しんちゃん、お手伝いしてえらーい」と褒められると、しんちゃんは「いえ、当然のことですから」と好青年ぶります。そして、みさえから「こーゆーことか」とツッコミが入るのです。3つ目は、このようにわざとはっきり、同感、共感です。これは、当たり前で分かりやすい気持ちを共有する言葉かけをすることで緊張を和らげることです。これには、さらに3つの要素があります。a. 本音1つ目は、本音です。周り(相手)との緊張感を俯瞰してストレートに言い当ててほっとさせることです。これには、皮肉や嫌味にならないように注意する必要があります。会議でみんなが沈黙する→換気扇の音ってけっこう良い音ね上司にゴマをすった時→私、好かれたいんです飲み会の座敷で靴を脱いだ時に靴下に穴が空いているのを自覚→はっ!靴下に穴が空いてる!恥ずかしい~b. ナンセンス2つ目は、ナンセンスです。これは、その言葉通り、無意味さのことで、ダジャレ、オヤジギャグ、一発ギャグを指します。これらは、一見、ただの幼稚な言葉遊びのように思われ、多くの人、特に女性からは敬遠されるかもしれません。しかし、ここで大事なことは、これらは単にウケを狙っていないということです。その目的は、相手にガクッと拍子抜けさせる脱力です。そして、そこから場の空気を和ませる共感につなげる意図があるのです。この発想に立てば、ナンセンスも決してくだらないものと決め付けることはできないでしょう。さらには、おもしろくないと思われても、自分から笑うという誘い笑いも効果的です。強いハートで身を削ってオヤジギャクを連発する姿に、周りはいずれ心を打たれるでしょう。特に流行り言葉は効果的です。逆に、あえて死語を使うのも効果的です。「コピーはA4で良いですか?」という質問に→ええよん。会議前の自己紹介で→○○さんだゾ!朝の挨拶に→おはヨーグルトc. お約束3つ目はお約束です。これは、決まり切った言い回しのやり取りをすることです。一種のじゃれ合いです。これも特に流行り言葉は効果的です。明日も来てくれるかな→いいとも~もう待たなくて良いですか?→ちょっと待って、ちょっと待って、おにいさん!大丈夫ですかね?→安心してください。準備してますよ。未来の賢さとは?20世紀の人間の賢さは、記憶力や情報処理能力が大きな割合を占めていました。しかし、21世紀の現在は、記憶をそんなにしなくても、手軽にスマホで検索して、知識を得ることができるようになりました。また、すでに単純作業は機械化されていますし、さらに、より複雑な情報処理が必要な作業も、近い将来に人口知能がやるでしょう。つまり、これからの時代に求められるのは、記憶や情報処理などの知識のコレクションではないです。すでにコレクションされた知識をどう使いこなすかというマネージメントです。例えば、それは、積極性、創造性、そしてコミュニケーション能力を生かして、遊び心を持って、生き生きとして周りを楽しませることです。その大切さを理解した時、私たちは、クレヨンしんちゃんから、より多くのことを学ぶことができるのではないでしょうか?<< 前のページへ1)クレヨンしんちゃん大全、20112)徳田克己:育児の教科書「クレヨンしんちゃん」、福村出版、20113)汐見稔幸:子育てにとても大切な27のヒント、クレヨンしんちゃん親子学、双葉社、20064)トレーシー・カチロー:最高の子育てベスト55、ダイヤモンド社、20165)雨宮俊彦:笑いとユーモアの心理学、ミネルヴァ出版、2016

223.

なぜ必要? 4番目のIFNフリーC肝治療薬の価値とは

 インターフェロン(IFN)フリーのジェノタイプ1型C型肝炎治療薬として、これまでにダクラタスビル/アスナプレビル(商品名:ダクルインザ/スンベプラ)、ソホスブビル/レジパスビル(同:ハーボニー)、オムビタスビル/パリタプレビル/リトナビル(同:ヴィキラックス)の3つが発売されている。そこに、今年3月の申請から半年後の9月に承認されたエルバスビル/グラゾプレビル(同:エレルサ/グラジナ)が、11月18日に発売された。治療効果の高い薬剤があるなかで、新薬が発売される価値はどこにあるのか。11月29日、MSD株式会社主催の発売メディアセミナーにて、熊田 博光氏(虎の門病院分院長)がその価値について、今後の治療戦略とともに紹介した。患者背景によらず一貫した有効性 エレルサ/グラジナは、国内第III相試験において、SVR12(投与終了後12週時点のウイルス持続陰性化)率が慢性肝炎患者で96.5%、代償性肝硬変患者で97.1%と高いことが認められている。また、サブグループ解析では、前治療歴、性別、IL28Bの遺伝子型、ジェノタイプ(1a、1b)、耐性変異の有無にかかわらず、一貫した有効性が認められており、慢性腎臓病合併患者、HIV合併患者においても、海外第III相試験で95%以上のSVR12率を示している。IFNフリー治療薬4剤の効果を比較 しかしながら、すでにIFNフリー治療薬が3剤ある状況で、新薬が発売される価値はあるのかという疑問に、熊田氏はまず4剤の効果を治験成績と市販後成績で比較した。 薬剤耐性(NS5A)なしの症例では、治験時の各薬剤の効果(SVR24率)は、ダクルインザ/スンベプラが91.3%、ハーボニーが100%、ヴィキラックスが98.6%、エレルサ/グラジナが98.9%であり、実臨床である虎の門病院での市販後成績でも、ダクルインザ/スンベプラが94.0%、ハーボニーが98.2%、ヴィキラックスが97.7%(SVR12率)と、どの薬剤も良好であった。 一方、薬剤耐性(NS5A)保有例の治験時の成績は、ダクルインザ/スンベプラが38%、ハーボニーが100%、ヴィキラックスが83%、エレルサ/グラジナが93.2%であり、虎の門病院の市販後成績では、ダクルインザ/スンベプラが63.7%、ハーボニーが89.6%、ヴィキラックスが80.0%(SVR12率)であった。熊田氏は、「治験時の100%よりは低いがハーボニーが3剤の中では良好であるのは確かであり、実際に使用している患者も多い」と述べた。副作用はそれぞれ異なる 次に、熊田氏は虎の門病院での症例の有害事象の集計から、各薬剤の副作用の特徴と注意点について説明した。 最初に発売されたダクルインザ/スンベプラは、ALT上昇と発熱が多く、風邪のような症状が多いのが特徴という。 ハーボニーは、ALT上昇は少ないが、心臓・腎臓への影響があるため、高血圧・糖尿病・高齢者への投与には十分注意する必要があり、熊田氏は「これがエレルサ/グラジナが発売される価値があることにつながる」と指摘した。 ヴィキラックスは、心臓系の副作用はないが、腎障害やビリルビンの上昇がみられるのが特徴である。また、Ca拮抗薬併用患者で死亡例が出ているため、高血圧症合併例では必ず他の降圧薬に変更することが必要という。 発売されたばかりのエレルサ/グラジナについては、今後、症例数が増えてくれば他の副作用が発現するかもしれないが、現在のところ、ALT上昇と下痢が多く、脳出血や心筋梗塞などの重篤な副作用がないのが特徴、と熊田氏は述べた。 このように、各薬剤の副作用の特徴は大きく異なるため、合併症による薬剤選択が必要となってくる。今後の薬剤選択 熊田氏は、各種治療薬の薬剤耐性の有無別の治療効果と腎臓・心臓・肝臓への影響をまとめ、「エレルサ/グラジナは、耐性変異の有無にかかわらず、ハーボニーと同等の高い治療効果を示すが、ハーボニーで注意すべき腎臓や心臓への影響が少なく、ここに新しい薬剤が発売される価値がある」と述べた。 また、今後の虎の門病院におけるジェノタイプ1型C型肝炎の薬剤選択について、「耐性変異なし、心臓・腎臓の合併症なし」の患者にはハーボニーまたはヴィキラックスまたはエレルサ/グラジナ、「NS5A耐性変異あり」の患者にはハーボニーまたはエレルサ/グラジナ、「腎障害」のある患者にはヴィキラックスまたはエレルサ/グラジナ(透析症例はダクルインザ/スンベプラ)という方針を紹介した。さらに、「NS5A耐性変異あり」の患者には、「これまではハーボニー以外に選択肢がなかったが、今後はエレルサ/グラジナが使用できるようになる。とくに心臓の合併症がある場合には安全かもしれない」と期待を示した。

224.

可愛い孫は、肺炎を持ってくる

孫の世話に疲れる高齢者 大都市の待機児童の問題にみられるように、保育園や幼稚園に入所できず、祖父母に子供を預ける共働き世帯も多い。また、地方では、2世帯同居が珍しくなく、日中、孫の育児を祖父母がみるという家庭も多い。そんななか、預かった孫の世話に追われ、体力的にも精神的にも疲れてしまう「孫疲れ」という現象が、最近顕在化しているという。晩婚化のため祖父母が高齢化し、体力的に衰えてきているところに、孫の育児をすることで、身体が追いついていかないことが原因ともいわれている。家庭内で感染する感染症 そして、孫に疲れた高齢者に家庭内、とくに孫から祖父母へうつる感染症が問題となっている。子供は、よく感染症を外からもらってくる。風邪、インフルエンザをはじめとして、アデノウイルス、ノロウイルス、帯状疱疹など種々の細菌、ウイルスが子供への感染をきっかけに家庭内に持ち込まれ、両親、兄弟、祖父母へと感染を拡大させる。 日頃孫の面倒をみていない祖父母でも、お盆や年末、大型連休などの帰省シーズンに帰ってきた孫との接触で感染することも十分考えられ、連休明けに高齢者の風邪や肺炎患者が外来で増えているなと感じている医療者も多いのではないだろうか1)。ワクチンで予防できる肺炎 なかでも高齢者が、注意しなくてはいけないのが「肺炎」である。肺炎は、厚生労働省の「人口動態統計(2013年)」によれば、がん、心疾患についで死亡原因の第3位であり、近年も徐々に上昇しつつある。また、肺炎による死亡者の96.8%を65歳以上の高齢者が占めることから肺炎にかからない対策が望まれる。 日常生活でできる肺炎予防としては、口腔・上下気道のクリーニング、嚥下障害・誤嚥の予防、栄養の保持、加湿器使用などでの環境整備、ワクチン接種が推奨されている。とくにワクチン接種については、高齢者の市中肺炎の原因菌の約4分の1が肺炎球菌と報告2)されていることから、2014年よりわが国の施策として、高齢者を対象に肺炎球菌ワクチンが定期接種となり、実施されている。 定期接種では、65歳以上の高齢者に23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(商品名:ニューモバックスNP)の接種が行われ、平成30年度まで経過措置として65歳から5歳刻みで区切った年齢の該当者に接種が行われる。定期接種の注意点と効果を上げるコツ 定期接種の際に気を付けたいことは、経過措置の期間中に接種年齢に該当する高齢者が接種を受けなかった場合、以後は補助が受けられず自己負担となってしまうことである(自治体によっては、独自の補助などもある)。また、過去にこのワクチンの任意接種を受けた人も、定期接種の対象からは外れてしまうので注意が必要となる。 そして、ワクチンの効果は約5年とされ、以後は継続して任意で接種を受けることが望ましいとされている。 このほか高齢者においては肺炎球菌ワクチンだけでなく、同時にインフルエンザワクチンも接種することで、発症リスクを減らすことが期待できるとされる3,4)。低年齢の子供へのインフルエンザワクチンの接種により、高齢者のインフルエンザ感染が減少したという報告5)と同様に肺炎球菌ワクチンでも同じような報告6)があり、今後のワクチン接種の展開が期待されている。 普段からの孫との同居や預かり、連休の帰省時の接触など、年間を通じて何かと幼い子供と接する機会の多い高齢者が、健康寿命を長く保つためにも、高齢者と子供が同時にワクチンを接種するなどの医療政策の推進が、現在求められている。 この秋から冬の流行シーズンを控え、今から万全の対策が望まれる。(ケアネット 稲川 進)参考文献 1)Walter ND, et al. N Engl J Med. 2009;361:2584-2585. 2)日本呼吸器学会. 成人市中肺炎診療ガイドライン. 2007;15. 3)Maruyama T, et al. BMJ. 2010;340:c1004. 4)Kawakami K, et al. Vaccine. 2010;28:7063-7069. 5)Reichert TA, et al. N Engl J Med. 2001;344:889-896. 6)Pilishvili T, et al. J Infect Dis. 2010;201:32-41.参考サイト ケアネット・ドットコム 特集 肺炎 厚生労働省 肺炎球菌感染症(高齢者):定期接種のお知らせ 肺炎予防.JP

225.

イワケンの「極論で語る感染症内科」講義

第1回 なぜ極論が必要なのか? 第2回 あなたはなぜその抗菌薬を出すのか 第3回 その非劣性試験は何のためか 第4回 急性咽頭炎の診療戦略のシナリオを変えろ! 第5回 肺炎・髄膜炎 その抗菌薬で本当にいいのか? 第6回 CRPは何のために測るのか 第7回 急性細菌性腸炎 菌を殺すことで患者は治るのか第8回 ピロリ菌は除菌すべきか第9回 カテ感染 院内感染を許容するな 第10回 インフルエンザ 検査と薬の必要性を考えろ 第11回 HIV/AIDS 医療者が知っておくべきHIV/AIDS診療の今 きょく ろん 【極論】1.極端な議論。また,そのような議論をすること。極言。2.つきつめたところまで論ずること。           大辞林第3版(三省堂)イワケンこと岩田健太郎氏が感染症内科・抗菌薬について極論で語ります。「この疾患にはこの抗菌薬」とガイドラインどおりに安易に選択していませんか?それぞれ異なった背景を持つ患者にルーチンの抗菌薬というのは存在するはずがありません。抗菌薬が持つ特性や副作用のリスクなどを突き詰めて考え、相対比較をしながら目の前の患者に最適なものを特定することこそが、抗菌薬を選択するということ。イワケン節でその思考法をたたきこんでいきます。※本DVDの内容は、丸善出版で人気の「極論で語る」シリーズの講義版です。 書籍「極論で語る感染症内科」は2016年1月丸善出版より刊行されています。  http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/book_data/search/9784621089781.html第1回 なぜ極論が必要なのか? 抗菌薬選択、感染症治療に関してなぜ“極論”が必要なのかをイワケンが語ります。これまでの感染症の診断・治療の問題点を指摘しながら、どういう方向に向かっていかなければならないのか、何をすればよいのかを示していきます。“感染症とはなにか”が理解できる内容です。第2回 あなたはなぜその抗菌薬を出すのか抗菌薬を処方するとき、何を基準に選択していますか?ほとんどの場合において「スペクトラム」を基準にしていることが多いのではないでしょうか?否。本当にそれでいいのでしょうか。移行性、時間依存性、濃度依存性などの抗菌薬が持つ特性や副作用のリスクなどを突き詰めて考え、、相対比較をしながら最適なものを特定することこそが、抗菌薬を選択するということ。イワケン節でその思考法をたたきこみます。第3回 その非劣性試験は何のためか近年耳にする機会が増えている「非劣性試験」。既存薬よりも新薬の効果のほうが劣っていないことを示す試験で、新薬が主要な治療効果以外に何らかの点で優れているということを前提としてが実施するものである。本来患者の恩恵のために行われるべきこの試験が価値をもたらすことは当然ある。しかしながら、臨床的には意味の小さいいわゆる「me too drug」を増やす道具になりかねないということも、また事実である。この試験のあり方にイワケンが警鐘を鳴らす。第4回 急性咽頭炎の診療戦略のシナリオを変えろ!いよいよ疾患の診療戦略に入っていきます。まずは誰もが診たことのある急性咽頭炎。急性咽頭炎の診療において、溶連菌迅速検査の結果が陽性の場合は、抗菌薬(ペニシリン系)を投与を使用し、陰性の場合は、伝染性単核球症などとして、抗菌薬を使用しないという治療戦略が一般的。しかし、細菌性の急性咽頭炎の原因菌は「溶連菌」だけではなかった!つまり、検査が陰性であっても、抗菌薬が必要な場合もある!ではそれをどのように見つけ、診断し、治療するのか?イワケンが明確にお答えします。第5回 肺炎・髄膜炎 その抗菌薬で本当にいいのか?今回は、肺炎と髄膜炎の診療戦略について見ていきます。風邪と肺炎の見極めはどうするか?グラム染色と尿中抗原検査、その有用性は?また、髄膜炎のセクションでは、抗菌薬の選択についてイワケンが一刀両断。細菌性髄膜炎の治療に推奨されているカルバペネム。この薬が第1選択となったその理由を知っていますか?そこに矛盾はないでしょうか?ガイドライン通りに安易に選択していると、痛い目を見るかもしれません。番組最後には耐性菌についても言及していきます。第6回 CRPは何のために測るのか炎症の指標であるCRPと白血球は感染症診療において多用されている。多くの医療者は感染症を診るときに、白血球とCRPしか見ていない。CRPが高いと感染症と判断し、ある数値を超えると一律入院と決めている医療機関もある。しかし、それで本当に感染症の評価ができていると言えるのだろうか。実例を挙げながらCRP測定の意義を問う。第7回 急性細菌性腸炎 菌を殺すことで患者は治るのか細菌性腸炎の主な原因菌は「カンピロバクター」。カンピロバクターはマクロライドに感受性がある。しかし、臨床医として、安易にマクロライドを処方する判断をすべきではない。抗菌薬で下痢の原因菌を殺し、その抗菌薬で下痢を起こす・・・。その治療法は正しいといえるのか?イワケン自身がカンピロバクター腸炎に罹患したときの経験を含めて解説します。第8回 ピロリ菌は除菌すべきか世の中は「ピロリ菌がいれば、とりあえず除菌」といった圧力が強い。ピロリ菌が胃炎や胃潰瘍、さらには胃がんなど多様な疾患の原因となる菌であるからだ。一方で、ピロリ菌は病気から身を守ってくれている存在でもあるのだ。そのピロリ菌をやみくもに除菌することの是非を、イワケンの深い思考力で論じる。第9回 カテ感染 院内感染を許容するなカテーテルを抜去して解熱、改善すればカテ感染(CRBSI:catheter-related blood stream infection)と定義する日本のガイドライン。また、カテ感染はカテーテルの感染であると勘違いされている。そんな間違いだらけの日本のカテ感染の診療に、イワケンが切り込む。限りなくゼロにできるカテ感染(CRBSI)。感染が起こることを許容すべきではない。第10回 インフルエンザ 検査と薬の必要性を考えろインフルエンザの診療において迅速キットを使って診断、そして、陽性であれば抗インフルエンザ薬。そんなルーチン化した診療にイワケンが待ったをかける。今一度検査と抗インフルエンザ薬の必要性と意義を考えてみるべきではないだろうか。また、イワケンの治療戦略の1つである、「漢方薬」についても解説する。第11回 HIV/AIDS 医療者が知っておくべきHIV/AIDS診療の今HIV/AIDSの診療は劇的に進化し、薬を飲み続けてさえいれば天寿をまっとうすることも可能となった。そのため、HIV/AIDS診療を専門としない医師であっても、そのほかの病気や、妊娠・出産などのライフイベントで、HIV感染者を診療する機会が増えてきているはず。その患者が受診したとき、あなたはどう対応するのか。そう、医療者として、“患者差別”は許されない!普段通りの診療をすればいいのだ。しかしながら、薬の相互作用や患者心理など、気をつけるべきことを知っておく必要はある。その点を中心に解説する。

226.

その症状、夏風邪ではなく肺炎かもしれない

 「夏風邪は長引く」と慣用句的に言われるが、診察室に来た高齢の患者が長引く発熱や咳の症状を訴えた時、急性上気道炎と決めてかかるのは危険かもしれない。6月30日、都内でファイザー株式会社がプレスセミナー「夏風邪かと思っていたら肺炎に!? 高齢者が注意すべき夏の呼吸器疾患の最新対策」を開催した。講演に登壇した杉山 温人氏(国立国際医療研究センター病院 呼吸器内科診療科長)は、「肺炎はワクチンで予防できる呼吸器疾患だが、当事者である高齢患者たちはワクチン接種の必要性を感じておらず、接種を勧めたい医療者の認識との間に大きな乖離がある」と述べた。急性上気道炎(感冒)との鑑別が紛らわしい肺炎 いまや肺炎は、がん、心疾患に続く日本人の死因第3位となっている。また、肺炎はその死亡の96.9%を高齢者が占めている。高齢者の肺炎は、若年者や中高年者の肺炎と異なり、罹患がADLの低下や心身の機能低下へと連鎖し、寝たきりや、認知症の進行といった悪循環に陥りやすいという特徴がある。 杉山氏によると、夏風邪と紛らわしい肺炎の鑑別にはとくに注意が必要だという。問診時に聞き取るポイントとして、発熱期間(風邪が数日~1週間程度であるのに対し、肺炎は1週間以上続く)や痰の色(肺炎の場合は黄~緑色、鉄さび色)などが挙げられる。しかし、高齢者の場合には、無熱性の場合があることも鑑別を難しくしており、意識障害のみで搬送され、肺炎と診断されたケースもあるという。肺炎への危機感が希薄な高齢者 肺炎の主な原因菌は何なのか。65歳以上の市中肺炎で入院したケースをみると、インフルエンザ菌や黄色ブドウ球菌などと比べても、肺炎球菌が圧倒的に多い。大学病院における医療・介護関連肺炎(NHCAP)についても同様に、肺炎球菌が最も多いことが過去の調査から明らかになっている。 2014(平成26)年10月から、65歳以上の高齢者を対象に肺炎球菌ワクチンが定期接種化(65歳より5歳刻み)されたが、ファイザーが同年11月に行ったインターネット調査によると、65~70歳の男女600人のうち、肺炎球菌ワクチンを接種したことがある人は、70歳で14%、65歳ではわずか3%にとどまった。さらに、肺炎にかかる可能性を感じているかと尋ねたところ、「感じている」と答えた人は70歳では10%、65歳では5%にとどまり、危機感がきわめて希薄である実情も浮き彫りになった。複雑なワクチン接種フローが課題 国内で承認されている肺炎球菌ワクチンは、13価結合型ワクチン(商品名:プレベナー)と、23価多糖体ワクチン(同:ニューモバックス)の2種類があるが、65歳以上の肺炎球菌ワクチン接種で公費対象となっているのは23価ワクチンのみである。一方、13価ワクチンは小児(生後2ヵ月~6歳未満)の定期接種で使用されており、優れた免疫応答と長期的な免疫記憶の獲得が特徴である。 杉山氏は「作用機序が異なるプレベナーとニューモバックス、2種類をうまく組み合わせて肺炎球菌に対する抵抗力を維持することが肝要である」と強調。さらに、定期接種はニューモバックスのみでプレベナーは任意接種であるために、ワクチン接種のフローが複雑になっている課題を指摘し、「現場の運用はシンプルであるべき。ニューモバックスだけでなく、プレベナーについても定期接種化を望みたい」と述べた。

227.

1分でわかる家庭医療のパール ~翻訳プロジェクトより 第28回

第28回:子供の発疹の見分け方監修:吉本 尚(よしもと ひさし)氏 筑波大学附属病院 総合診療科 小児科医、皮膚科医でなくとも、子供の風邪やワクチン接種の時などに、保護者から皮膚トラブルの相談をされることがあると思います。1回の診察で診断・治療まで至らないことがあっても、助言ぐらいはしてあげたいと思うのは私だけではないと思います。文章だけでははっきりしないことも多いため、一度、皮膚科のアトラスなどで写真を見ていただくことをお勧めします。 以下、American Family Physician 2015年8月1日号1) より子供の発疹は見た目だけでは鑑別することが難しいので、臨床経過を考慮することが大切である。発疹の外観と部位、臨床経過、症状を含め考慮する。発熱は、突発性発疹、伝染性紅斑、猩紅熱に起こりやすい。掻痒はアトピー性皮膚炎やばら色粃糠疹、伝染性紅斑、伝染性軟属腫、白癬菌により起こりやすい。突発性発疹のキーポイントは高熱が引いた後の発疹の出現である。体幹から末梢へと広がり1~2日で発疹は消える。ばら色粃糠疹における鑑別は、Herald Patch(2~10cmの環状に鱗屑を伴った境界明瞭な楕円形で長軸が皮膚割線に沿った紅斑)やクリスマスツリー様の両側対称的な発疹であり、比較的若い成人にも起こる。大抵は積極的な治療をしなくても2~12週間のうちに自然治癒するが、白癬菌との鑑別を要する場合もある。上気道症状が先行することが多く、HSV6.7が関与しているとも言われている。猩紅熱の発疹は大抵、上半身体幹から全身へ広がるが、手掌や足底には広がらない。膿痂疹は表皮の細菌感染であり、子供では顔や四肢に出やすい。自然治癒する疾患でもあるが、合併症や広がりを防ぐために抗菌薬使用が一般的である。伝染性紅斑は、微熱や倦怠感、咽頭痛、頭痛の数日後にSlapped Cheekという顔の発疹が特徴的である(筆者注:この皮疹の形状から、日本ではりんご病と呼ばれる)。中心臍窩のある肌色、もしくは真珠のようなつやのある白色の丘疹は伝染性軟属腫に起こる。接触による感染力が強いが、治療せずに大抵は治癒する。白癬菌は一般的な真菌皮膚感染症で、頭皮や体、足の付け根や足元、手、爪に出る。アトピー性皮膚炎は慢性で再燃しやすい炎症状態にある皮膚で、いろいろな状態を呈する。皮膚が乾燥することを防ぐエモリエント剤(白色ワセリンなど)が推奨される。もし一般的治療に反応がなく、感染が考えられるのであれば組織診や細菌培養もすべきであるが、感染の証拠なしに抗菌薬内服は勧められない。※本内容にはプライマリ・ケアに関わる筆者の個人的な見解が含まれており、詳細に関しては原著を参照されることを推奨いたします。 1) Allmon A, et al. Am Fam Physician. 2015;92:211-216.

228.

ポリオワクチンの追加接種を4歳時に

 2016年2月18日、サノフィ株式会社は「『ポリオ』未だ残る日本のワクチンギャップ解消へ~グローバル化の進展に伴い、高まる子どもの感染症リスク」と題し、都内でプレスセミナーを開催した。 ポリオ(急性灰白髄炎)は、小児期にかかることが多い感染症で、重い後遺症を残すことから「小児麻痺」とも呼ばれている。セミナーでは、諸外国と異なる日本のワクチン接種の現状について、小児感染症のエキスパートがレクチャーを行った。ポリオが輸入感染症になる日 「海外における最新の予防接種動向と日本に残る“ワクチンギャップ”」と題し、中野 貴司氏(川崎医科大学小児科学 教授)が解説を行った。 「わが国では、『暗黒の20年』と呼ばれるように、小児へのワクチン接種が、海外から遅れをとった時期があった」と過去を振り返りつつ、日本と米国の予防接種の状況を比較した。日米では、接種できるワクチンがほぼ同じである。しかしながら、日本ではまだ任意接種のレベルであるロタウイルス、インフルエンザ、おたふく風邪などが、米国では定期接種となっていること、また、接種スケジュールについても、わが国が就学前に集中しているのに対し、米国では就学後でも定期接種が行われている点が異なると説明した。 続いて、ポリオに関して、WHO(世界保健機関)が2018年を目標に「ポリオ最終根絶計画」を打ち出し、全世界で封じ込め対策がとられている現状を紹介した。その一環として、多くの国で安価・簡単という理由で使用されている生(経口)ワクチンから、安全性が高く、ワクチンからの感染を起こさない不活化ワクチンへの切り替えが、全世界で進められている(わが国では2012年に不活化ワクチンに変更)。 現在確認されているポリオ発生地域として、野生株ウイルスではアフガニスタン、パキスタンが、ワクチン由来ウイルスではギニア、ラオス、ミャンマー、ウクライナなどが報告されており、こうした国々からの輸入感染が懸念されている。 ポリオは、症状が現れにくい感染症であり、不顕性の場合も多い。そのため、根絶宣言がなされた地域へ、非根絶地域から感染者が流入する可能性が危惧されている。実際に、過去、日本に飛来した航空機からポリオウイルスが検出された例もある。「今後、日本でさまざまなイベントが開催される中で、多くの外国からの入国者が見込まれる。今、こうした感染症への対策が求められている」と問題を提起した。4歳で再度ポリオワクチンの接種を 続いて、「不活化ポリオワクチン就学前接種を追加する意義」と題し、松山 剛氏(千葉県立佐原病院小児科部長)が解説を行った。 わが国のポリオ患者は、1960年代の生(経口)ポリオワクチンの導入以来、急激に減少し、1980年代以降はワクチン関連麻痺性ポリオの報告を除き、患者はみられなくなった。 また、現在わが国においてポリオワクチン接種は、3回の初回接種に加え、1歳以降に1回の追加接種が行われている。これは海外の追加2回接種と比べ、その回数が少ないことが以前より指摘されている。通常、乳幼児期の追加免疫接種後、上昇した抗体価は継時的に減衰する。そのため現在の接種回数は、抗体価の維持に不安を残すものであるという。 そこで、不活化ポリオワクチン(商品名:イモバックスポリオ皮下注)の追加接種(2回目)による免疫原性および安全性の検討が行われた(製造販売後臨床試験)1)。試験は、就学前の小児60例(男児35例、女児25例)を対象に不活化ポリオワクチンを皮下注射し、接種前と接種後1ヵ月後の変化をみたものである。 試験結果によれば、追加免疫反応率(接種前と比べ各抗体価が4倍以上上昇した被験者の割合)は、ポリオ1型~3型でいずれも78.0%以上に達し、発症防御レベル以上の中和抗体保有率も各型で100%だった。また、安全面では、注射部位反応として紅斑、腫脹が、全身性反応として倦怠感、発熱などが報告されたが、いずれも軽微なものだった。 先述のように、わが国では2回目の追加免疫接種が定期接種として実施されていない。しかし、欧米各国では、4歳以降に追加免疫接種が実施されている。米国予防接種諮問委員会(ACIP)の勧告や米国疾病管理予防センター(CDC)の推奨でも、4歳以上での追加免疫接種の必要性がうたわれている。日本全体のワクチン接種率をみると、就学前のほうが就学後と比較した場合、ワクチンの接種率が高く、4歳での接種は期待できる2)。 現在のように、海外からわが国へポリオウイルスが持ち込まれるリスクがある以上、「諸外国と同じように追加免疫接種を4歳以後に行うことで、ポリオ禍から子供たちを守ることが大切である」とレクチャーを終えた。詳しくはサノフィ株式会社プレスリリースまで(PDFがダウンロードされます)(ケアネット 稲川 進)参考文献1)佐々木津ほか.小児科臨床.2015;68:1557-1567.2)厚生労働省 定期の予防接種実施者数

229.

海外旅行で肺炎、請求は数千万円!

 MSD株式会社は、「シニアの海外旅行と肺炎~日頃の肺炎予防の重要性」をテーマに、11月19日、都内でプレスセミナーを開催した。シニア世代の海外旅行が増える中で、現地で肺炎を発症し、医療機関にかかるケースを紹介。どのようなリスクと対策があるのかを保険と医療のエキスパートが語った。治療費だけではない、海外旅行先での不慮の事態 はじめに加藤 修氏(ジェイアイ傷害火災保険株式会社)が、「シニアの海外旅行における事故と予防策」と題し、海外旅行先でシニアが遭遇する事故の傾向と特徴、そして、予防への取り組みについて説明を行った。 2014年度の海外旅行保険事故概況(ジェイアイ傷害火災保険調べ)によれば、事故発生率は3.53%(約28人に1人)に上り、その半数が治療・救援費用であること。また、最近、海外旅行先でシニアの事故が増加していると報告した(65歳以上と65歳未満では重症事故発生は65歳以上が約6倍)。そして、シニア旅行者が、旅先で入院など加療をした場合、治療費だけでなく、医療通訳や搬送費など費用がかさむことを指摘。たとえばシニア旅行者が、北米で肺炎に罹患し、約50日間入院・手術した場合、支払保険金額が約9,330万円に上った高額事例を紹介した。旅行前にリスク予防を啓発 シニア旅行者の事故原因は、転倒による外傷のほか、脳疾患、心疾患、肺炎が多く、高額保険金支払い上位5つのうち、4つまでがシニア旅行者であり、原因疾患も肺炎だったと報告した。そのため、同社では、予防に力を入れており、海外旅行保険への加入はもちろんのこと、渡航前のリスク情報の収集、肺炎球菌などのワクチンの積極接種、転倒防止などの事故予防グッズの購入、英文診断書作成などの渡航前健康準備をシニア旅行者に啓発している。とくに70歳以上の利用者には『健康・安全・保険情報BOOK』を配布し、実践してもらうことで、安全で楽しい旅をしてもらいたいとしている。インフルエンザ後の肺炎は要注意 続いて内藤 俊夫氏(順天堂大学医学部総合診療科 教授)が、「海外旅行者と高齢者肺炎」と題し、肺炎予防に焦点を当て、レクチャーを行った。 はじめに概要として、肺炎はわが国における死亡原因第3位であり、肺炎で亡くなった方の96.5%は65歳以上の高齢者である。肺炎の原因菌では、肺炎球菌が一番多く、ついでインフルエンザ菌であること、また、インフルエンザに罹患後、肺炎となる細菌性肺炎は予後が悪く、いわゆる「スペイン風邪」はこのタイプであり、臨床現場ではとくに注意が必要と語った。 こうしたインフルエンザや肺炎の発症予防・軽快のためにワクチンが存在するが、わが国ではワクチンの接種は、医療経済上の問題で進んでいない。 ワクチンの予防効果として、高齢者施設の入所者に対する23価肺炎球菌ワクチン(商品名:ニューモバックスNP)の予防効果に関する研究1)によれば、プラセボと比較し、肺炎発症減少率で63.8%、死亡減少率で100%だった。23価肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンの併用接種者と未接種者の肺炎による入院率を比較した研究2)では、未接種者が約9%に対し、併用接種者では約5%と減少効果が認められたと語った。迷ったらワクチン接種を わが国の肺炎球菌ワクチン接種状況をみると、長らく公的補助がなかったなどの要因により、接種率は全国平均で20.9%であり3)、欧米諸国の接種率50%超と比較すると、依然として低い。今後、定期接種の普及により欧米並みに接種率が上がることが期待される。 外来の現場でとくに高齢者にワクチン接種を勧めるタイミングとしては、初診時、健康診断時、退院時、インフルエンザ接種時、海外旅行時など5つの場面が想定される。その際、過去の接種歴が定かでない場合でも、接種は積極的に行ったほうが良いとされ、インフルエンザワクチンと同時に接種すると、より高い予防効果が得られる2)。 また、高齢者の海外旅行では、肺炎球菌ワクチンのほかにも肝炎ワクチン、トキソイドワクチンも考慮し、接種を勧めるようにお願いしたい。その際、少なくとも出発の2週間前には接種を受けておく必要がある。 最後に「日本の高齢者は元気な方も多く、医療機関に頻繁に通うわけではない。診療の場で的確に機会を捉え、ワクチン接種へ医療者から誘導してほしい」と述べ、レクチャーを終えた。肺炎球菌ワクチンに関しては、「肺炎予防.jp」まで(ケアネット 稲川 進)関連コンテンツケアネット・ドットコム 特集「肺炎」はこちら。参考文献1) Maruyama T, et al. BMJ.2010;340:c1004.2) Hung IF, et al. Clin Infect Dis.2010;51:1007-1016.3) Naito T, et al. J Infect Chemother.2014;20:450-453.

230.

甘くみていませんか、RSウイルス感染症

 10月1日、都内においてアッヴィ合同会社は、RSウイルス感染症に関するプレスセミナーを開催した。 セミナーでは、小保内 俊雅氏(多摩北部医療センター 小児科部長)が「秋から冬に流行る呼吸器感染症 侮れないRSウイルス~突然死を含む重症例の観点から~」と題し、最新のRSウイルス感染症の動向や臨床知見と小児の突然死を絡め、解説が行われた。注意するのは小児だけでない 秋から冬に流行するRSウイルス(以下「RSV」と略す)は、新生児期から感染が始まり、2歳を迎えるまでにほとんどのヒトが感染するウイルスである。これは、生涯にわたり感染を繰り返し、麻疹のように免疫を獲得することはない。症状としては、鼻みず、咳、喉の痛み、発熱などの感冒様症状のほか、重症化すると喘鳴、肩呼吸、乳児では哺乳ができないなどの症状が出現し、肺炎、細気管支炎などを引き起こすこともある。成人では鼻風邪のような症状であり、乳幼児では多量の鼻みずと喘鳴などが診断の目安となる。インフルエンザと同じように迅速診断キットがあり、これで簡易診断ができる(ただし成人には保険適用がない。小児のみ保険適用)。治療は対症療法のみとなる。 「乳幼児」(なかでも早産児、慢性肺疾患、先天性心疾患の児)、「褥婦」、「65歳以上の高齢者」では、時に重症化することがあるので注意を要する。とくに褥婦は、容易に感染しやすく、感染に気付かないまま病院の新生児室などを訪れることで、感染拡大を起こす例が散見される。また、高齢者では、施設内での集団感染で重篤化した事例も報告されているので、感染防止対策が必要とされる。約7割の親はRSV感染症を知らないと回答 次にアッヴィ社が行った「RSV感染症と保育施設利用に関する意識調査」に触れ、一般的な本症の認知度、理解度を説明した。アンケート調査は、2歳以下の乳幼児を保育施設に預ける両親1,030名(男:515名、女:515名)にインターネットを使用し、本年7月に行われたものである。 アンケートによると66.8%の親が「RSV感染症がどのような病気か知らない」と回答し、重症化のリスクを知っている親はわずか17.3%だった。また、56.9%の親が子供に病気の疑いがあっても保育施設を利用していることが明らかとなった。なお、子供が病気の際に必要なサポートとしては、「職場の理解」という回答が一番多く、母親の回答では「父親の協力」を求めるものも多かった。 今後、院内保育の充実や本症へのさらなる啓発の必要性が示された結果となった。怖い乳幼児のRSV感染症 小児集中治療室(PICU)に入院する、呼吸器感染症の主要原因トップが「RSV感染症」であるという。主症状としては、呼吸不全(喘鳴を伴う下気道感染)、中枢神経系の異常(痙攣、脳炎)、心筋炎、無呼吸発作(生後3ヵ月未満で起こる)が認められる。これに伴い、乳幼児の突然死がみられることから、小保内氏が月別のRSVの流行期と突然死の発生状況を調査したところ、相関することが明らかとなった。また、RSV感染に続発する突然死として、その機序は無呼吸ではなく、致死的不整脈であること、症状の重症度とは相関せず突然死が発生すること、SIDSの好発年齢(1歳以上)を超えても発生することが報告された。知らないことが最大の脅威 RSV感染症は、生涯にわたり感染する。よって、誰でも、いつでも感染源になる危険性を知っておく必要がある。当初は弱い症状であっても、急変することも多く、軽く考えずに軽い風邪と思い込んで子供を保育園などに通園させないほうがよいとされる。また、突然死は、危機的症状と相関しないので、病初期から注意が必要となる。 RSV感染症の予防としては、手洗い、うがいの励行であり、とくに大人の子供への咳エチケットは徹底する必要がある、また、流行期には、人混みへの不要不急の外出を避けるなどの配慮も必要となる。これら感染予防を充実することで、大人が子供を守らなければならない。その他、ハイリスクの乳幼児(たとえば1歳未満の早産や2歳未満の免疫不全など)には、重症化を防ぐ抗体としてパリビズマブ(商品名:シナジス)がある。これは、小児にしか保険適用が認められておらず、接種要件も厳格となっているので、日常診療での説明の際は注意が必要となる。 最後に、「RSV感染症は単なる鼻風邪ではなく、実は怖い病気であると、よく理解することが重要であり、予防と感染拡大防止の知識の普及と啓発が今後も期待される」とレクチャーを終えた。 「RS ウイルス感染症と保育施設利用に関する意識調査」は、こちら。

231.

侮れない侵襲性髄膜炎菌感染症にワクチン普及願う

 サノフィ株式会社は2015年7月3日、侵襲性髄膜炎菌感染症(Invasive Meningococcal Disease、以下IMD)を予防する4価髄膜炎菌ワクチン(ジフテリアトキソイド結合体)(商品名:メナクトラ筋注)のプレスセミナーを開催。川崎医科大学小児科学主任教授 尾内 一信氏と、同大学小児科学教授 中野 貴司氏がIMDの疾患概要や予防ワクチンの必要性について講演した。  細菌性髄膜炎の起因菌にはHib(インフルエンザ菌b型)、肺炎球菌などがあるが、髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)もその1つである。髄膜炎菌は髄膜炎以外にも菌血症、敗血症などを引き起こし、それらをIMDと呼ぶ。IMDの初期症状は風邪症状に類似しており、早期診断が難しい。だが、急速に進行し発症から24~48時間以内に患者の5~10%が死に至り、生存しても11~19%に難聴、神経障害、四肢切断など重篤な後遺症が残ると報告されている。また、髄膜炎菌は感染力が強く、飛沫感染で伝播するため集団感染を起こしやすい。そのため、各国の大学・高校、さらにスポーツイベントなどでの集団感染が多数報告されている。このような状況から、IMDは本邦でも2013年4月より第5類感染症に指定されている。 IMDは全世界で年間50万件発生し、うち約5万人が死亡に至っている。IMDの発生は髄膜炎ベルトといわれるアフリカ中部で多くみられるが、米国、オーストラリア、英国などの先進国でも流行を繰り返しており注意が必要だ。米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、米国では2005年~2011年に年間800~1,200人のIMDが報告されている。発症年齢は5歳未満と10歳代が多くを占める。本邦でも、2005年1月~2013年10月に報告されたIMD 115例の好発年齢は0~4歳と15~19歳であった。 IMDの治療にはペニシリンGまたは第3世代セフェム系抗菌薬などが用いられるが、急速に進行するため予防対策が重要となる。IMDの予防にはワクチン接種が有効であることが明らかになっている。本邦の第III相試験の結果をみても、4価髄膜炎菌ワクチン接種後、80%以上の接種者の抗体価が上昇しており、その有効性が示されている。このような高い有効性から、発症数は多くないものの、米国、オーストラリア、英国においてはすでに定期接種ワクチンとなっている。 本邦でも4価髄膜炎菌ワクチン「メナクトラ筋注」が本年(2015年)5月に発売され、IMDの予防が可能となった。しかしながら、本邦におけるIMDの認知度は医師および保護者の双方で低い。また、IMDワクチンの医師の認知率は49%と約半分である。IMDの罹患率は低いが、そのリスクは無視できない。今後の啓発活動が重要となるだろう。サノフィプレスリリース「侵襲性髄膜炎菌感染症」に関する意識調査(PDFがダウンロードされます)「メナクトラ筋注」新発売のお知らせ(PDFがダウンロードされます)

232.

エアロゾル麻疹ワクチンの有効性(解説:小金丸 博 氏)-360

 麻疹はワクチンで防ぐことができる疾患群(vaccine-preventable diseases)の1つである。皮下注射で行う麻疹ワクチンは安全で効果的であり、世界中で広く使用されている。米国、オーストラリア、韓国などの先進国は、WHOから「麻疹排除国」として認定されており、日本もやっと2015年3月に認定された。一方で、とくに医療資源の乏しい発展途上国ではワクチンの接種率が低く、いまだに麻疹の流行が起こっている。WHOはこの状況を改善する手段の1つとして、注射手技の不要な吸入タイプのワクチンの可能性を追求している。  本研究は、エアロゾル化した麻疹ワクチンの抗体誘導能を検討したランダム化比較試験である。麻疹ワクチンの初回接種年齢として適切な生後9.0ヵ月~11.9ヵ月の子供を対象に、インドで実施された。麻疹ワクチンを(1)エアロゾル吸入で行う群(1,001例)と、(2)皮下注射で行う群(1,003例)に無作為に割り付けた。主要エンドポイントは、ワクチン接種後91日時点の抗麻疹ウイルス抗体の陽性率と、有害事象とした。非劣性マージンを5パーセントポイントと設定した。  per-protocol解析では、2,004例中1,560例(77.8%)を評価しえた。91日時点での抗体陽性者は、エアロゾル吸入群で775例中662例(85.4%、95%信頼区間:82.5~88.0)、皮下注射群で785例中743例(94.6%、同:92.7~96.1)であり、両群間差は-9.2パーセントポイント(同:-12.2~-6.3)だった。麻疹ワクチンによる重篤な有害事象は発生しなかった。有害事象として、エアロゾルワクチン群では鼻風邪様の症状が多くみられた。 本研究は、麻疹の皮下注射ワクチンに対するエアロゾルワクチンの非劣性を証明するために計画された臨床試験であったが、両群間差は事前に設定された非劣性の上限である5パーセントポイントよりも大きく、非劣性を証明できなかった。本試験の結果からも、皮下注射ワクチンが普及している先進国では、今後も皮下注射が主流になると思われる。しかしながら、エアロゾル吸入ワクチンは手技的には非医療従事者でも使用可能であり、医療資源が限られている途上国などではワクチン接種率向上に貢献する可能性があると考える。 今後は、エアロゾルワクチンの投与量調節などによる抗体陽転化率の改善、エアロゾル化した麻疹・風疹混合ワクチンの開発に期待したい。

233.

梅雨の季節。原因不明の咳は真菌のせい!?

 4月21日、東京都内において「梅雨から要注意!カビが引き起こす感染症・アレルギー  -最新の研究成果から導く“梅雨カビ”の対策ポイント-」(主催:株式会社衛生微生物研究センター、協力:ライオン株式会社)と題し、メディアセミナーが開催された。 これから梅雨の季節を迎え、家中のさまざまなところで発生するカビについて、その性質と健康に及ぼす影響を概説し、具体的にどのような疾患を生じさせるかをテーマに講演が行われた。カビを吸い込むことで喘息やアレルギー性疾患を誘発 はじめに「カビ」の研究者である李 憲俊氏(衛生微生物研究センター所長)が、「身の回りのカビと、人体への影響」と題して、家カビの発生とその影響について解説を行った。 カビは、水の溜まるシンク周りや浴室に多く繁殖し、また、湿気のこもる下駄箱、押し入れ、結露する北側の壁、窓枠、浴室天井などに多く発生する。とくに天井のカビは、思いのほか気が付きにくく、掃除も難しい。また、胞子が舞い落ちることで人が吸い込む可能性もある。そして、カビを吸い込むことで、喘息、アレルギー性疾患を誘発、悪化させるほか、肺炎などの感染症の原因ともなる。李氏は「現在のように密封性の高い家屋では、カビの増殖が容易なため、いかにカビを発生させないか対策が大事」とまとめた。原因不明の咳はカビによるアレルギー性疾患の疑い 続いて、「カビが引き起こす感染症・アレルギー」と題して、亀井 克彦氏(千葉大学真菌医学研究センター 臨床感染症分野 教授)が、カビ(真菌)が原因となる呼吸器疾患のレクチャーを行った。 真菌が原因となる病気は、水虫が広く知られているが、その他にも感染症、アレルギー、(食物摂取による)中毒症などがある。そして、私たちは1日に1万個以上の真菌を吸い込んでおり、真菌が原因の疾患で亡くなる方も現在増加中だという。 原因不明の咳などの診療でのポイントとしては、「古い木造一戸建てに引っ越した」「梅雨ごろから症状が始まった」「しつこい乾いた咳」「家の外だと軽快」「次第に息切れする」「中年女性」といったファクターがあった場合、「夏型過敏性肺臓炎」や「カビによるアレルギー性疾患」などが疑われ、早期の検査と治療が必要となる。とくに「夏型過敏性肺臓炎」は、わが国独特の疾患であり、風邪などと区別がつきにくいために見過ごされ、治療が遅れることも散見されるので、注意が肝要とのことである。 また、頻度は少ないが、喫煙者や糖尿病などの慢性疾患を持つ人が罹りやすい「慢性壊死性肺アスペスギルス症」などは治療薬も効果が弱く、進行すると予後不良となるため、定期健診での早期発見が大切だという。 真菌感染症は、容易に感染しないものが多いが、一度感染すると難治性となり、治療薬も効果が弱く副作用も強い。また、再発しやすく、アレルギーなどのさまざまな疾患の原因ともなるので、原因不明の咳などで「前述の疾患を疑ったら呼吸器科の中でもアレルギー疾患領域に明るい専門医の受診が必要」とのことだった。 最後に、患者に指導できる予防策として、肺の老化予防のために「禁煙の実施」、住宅内の「カビの排除」(とくにエアコン、水まわりなど)、原因不明のしつこい咳や息苦しさがあれば「専門医師への受診」を患者に伝えることが重要だと亀井氏は述べ、「カビについて過度に神経質になる必要はないが、適度な心配はしてほしいと患者に指導をお願いしたい」とレクチャーを終えた。

234.

~プライマリ・ケアの疑問~  Dr.前野のスペシャリストにQ!【呼吸器編】

第1回 気管支喘息治療のスタンダードは? 第2回 吸入ステロイドを使い分けるポイントは? 第3回 気管支喘息で経口ステロイドはどう使う? 第4回 風邪症状から肺炎を疑うポイントは?第5回 呼吸器感染症の迅速診断は臨床で使える?第6回 肺炎のempiric therapyの考え方とは?第7回 COPDの薬物療法は何から始める?第8回 呼吸リハビリテーション、プライマリ・ケアでできることは?第9回 在宅酸素療法の基本的な考え方は?第10回 慢性咳嗽の原因疾患を鑑別する方法は?第11回 アトピー咳嗽と咳喘息、どう見分ける?第12回 成人の百日咳、鑑別と検査のポイントは?第13回 結核の発見と対応のポイントは?第14回 肺塞栓を疑うポイントは?第15回 肺の聴診のコツは? 日常診療におけるジェネラリストの素朴な疑問に一問一答で回答するQ&A番組!気管支喘息や肺炎、COPDなどの実臨床でよく見る呼吸器疾患の診察、検査、治療に関する15の質問を、番組MCの前野哲博先生が経験豊富なスペシャリスト・長尾大志先生にぶつけます!第1回 気管支喘息治療のスタンダードは? プライマリ・ケアで扱うことも多い気管支喘息。寛解への近道は継続した投薬です。そのため、患者のアドヒアランスを高めることも治療のキーポイント。治療の原則と併せて、最も効果がある処方例をズバリお教えいたします!第2回 吸入ステロイドを使い分けるポイントは? 吸入ステロイドは気管支喘息治療薬のスタンダードですが、その剤形やデバイスは年を追うごとに進歩しています。かつて主流だったMDIと、近年数多く発売されているDPI。それぞれの特徴と使い分けをズバリお教えいたします。また、気管支喘息治療でよく使用されるDPI合剤の使い分けについても伝授。吸入ステロイドの選択はこの番組でばっちりです!第3回 気管支喘息で経口ステロイドはどう使う?気管支喘息治療では発作時の対処も重要なポイント。発作止めとしてよく使用する経口ステロイドですが、怖いものと思って、おそるおそる使っては効果も半減してしまいます。今回は、効果的に使用するために重要な投与量と中止のタイミングをズバリ解説。救急での受診後に処方する場合など発作時以外の使い方も併せてレクチャーします。第4回 風邪症状から肺炎を疑うポイントは?風邪はプライマリ・ケアで最もよく見る症状のひとつ。風邪症状から肺炎を見逃さないために、風邪の定義、そして風邪をこじらせた場合、初めから肺炎だった場合など、様々なシュチエーションに応じた見分け方のコツをズバリお教えします。第5回 呼吸器感染症の迅速診断は臨床で使える?インフルエンザに迅速診断は必要?肺炎を疑う場合に使うのはどの検査?信頼性は?迅速診断に関する疑問にズバリお答えします。マイコプラズマ、尿中肺炎球菌、レジオネラ菌。それぞれの原因微生物ごとの迅速診断の特徴やキットの使い勝手など実臨床に役立つ情報をお届けします。第6回 肺炎のempiric therapyの考え方とは?肺炎だけど起炎菌が同定できない!そんなときに行うのがempiric therapyです。今回はプライマリ・ケアで多い市中肺炎に焦点をあてて、empiric thearpyの進め方を解説します。その際、最も重要なのは肺炎球菌なのかマイコプラズマなのか予想すること。この2つを見分けるポイントと、またそれぞれに適した薬剤をズバリお教えします。第7回 COPDの薬物療法は何から始める?急激に患者数が増加するCOPD。2013年にガイドラインが改訂され、第1選択薬に抗コリン薬とβ2刺激薬が併記されました。でも実際に専門医はファーストチョイスにどちらを使っているのか?抗コリン薬が使えない場合はどうする?喀痰調整薬ってどんな患者に有用?COPDの薬物療法についてズバリお答えします。第8回 呼吸リハビリテーション、プライマリ・ケアでできることは?COPD治療に必要な呼吸リハビリテーション。専門の機械や人員のいないプライマリ・ケアでもできることはあるの?答えはYES!と長尾先生は断言します。専門病院のような細かいプログラムは不要。しかもプライマリ・ケア医の強みを活かせる指導なのです。第9回 在宅酸素療法の基本的な考え方は?専門病院で導入された在宅酸素療法。どういうときならプライマリ・ケア医の判断で酸素量を増やしてもいいの?SpO2の管理目標値はどのくらい?嫌がる患者さんに在宅酸素を継続してもらうコツはある?などの疑問にズバリ答えます!第10回 慢性咳嗽の原因疾患を鑑別する方法は?長引く咳を主訴に来院する患者さん、最も多い感染後咳嗽を除外したあとに残るのは慢性咳嗽です。慢性咳嗽の原因疾患は、副鼻腔炎、後鼻漏、胃食道逆流、咳喘息と多彩。これらをどのように鑑別するのか?ズバリそのキーポイントは喀痰のありなしなのです!今回の講義ではすぐに使える鑑別のノウハウをレクチャーします。第11回 アトピー咳嗽と咳喘息、どう見分ける?慢性咳嗽の代表的な鑑別疾患である、咳喘息とアトピー咳嗽。この2つはどう違うの?アトピー咳嗽という言葉はよく耳にするけれど、実は慢性咳嗽の半数は咳喘息なのだそう。今回は両者の違いを端的に解説。咳喘息の特徴的な症状や診断と治療を兼ねた処方例まで網羅します。第12回 成人の百日咳、鑑別と検査のポイントは?百日咳は近年、成人の罹患率が高まり、受診する患者も増えてきました。成人では特徴的な症状が見られにくく、診断ができるころには治療のタイミングを逸しているのも診療の難しいところ。今回はそんな百日咳の鑑別のコツや検査をすべき対象について、ズバリお教えいたします!第13回 結核の発見と対応のポイントは?再興感染症とも言われる結核。早期の発見治療にはプライマリケアでの対応が重要です。今回は特徴的な感染徴候やリスク因子をレクチャー。検査はクオンティフェロンと喀痰検査どちらがいい?周囲に感染者が出たと心配する患者さんにどう対応したらいい?などの質問にもズバリお答えいたします!第14回 肺塞栓を疑うポイントは?いち早く発見したい肺塞栓症。確定診断までの流れなどのベーシックな知識はもちろん、造影CTやDダイマーなどの検査ができないときでも肺塞栓を除外できる条件をズバリお教えします!第15回 肺の聴診のコツは?肺の聴診は基本的な手技。どうやってカルテに書いたら伝わりやすい?今回は代表的な4つの肺雑音の特徴とカルテの記載方法をレクチャーします。連続性か断続性か、高音か低音かなど、聞き分けるコツと、その機序も併せて解説。仕組みの講義で病態生理の理解も深まること間違いありません!

235.

週1回の投与で血友病患者のQOL向上へ イロクテイトがもたらす定期補充療法

 3月10日、都内においてバイオジェン・アイデック・ジャパン株式会社による血友病のプレスセミナーが、花房 秀次氏(荻窪病院 理事長/血液科 部長)を講師に迎え、開催された。これは同社の血友病A治療薬エフラロクトコグアルファ(商品名:イロクテイト)の発売に関連し行われたものである。血友病の診療の今 はじめに花房氏は、疾患概要について次のように説明を行った。 血友病とは、止血に関与する数種類の凝固因子の1つが不足または欠乏している遺伝性の疾患(家族歴がなく突然変異で出現する場合もある)であり、血液凝固第VIII因子が不足・欠乏しているものを「血友病A」、血液凝固第IX因子が不足・欠乏しているものを「血友病B」と呼んでいる。 患者は、全世界で約14万人。わが国では総患者数5,769人(うち血友病Aの患者は4,761人)、圧倒的に男性に多いのが特徴で、潜在的な患者も2,000人前後存在すると推定される。 症状としては、出血時に血が止まりにくくなることはもちろん、重症化すると肘、膝などで関節内出血を繰り返し、これに伴う痛みや出血により日常行動に支障を来し、歩行困難を起こすなどQOLを著しく下げる。現在、根治治療法はなく、注射による凝固因子の出血時、予備的または定期補充療法が行われている。 患者のライフサイクルでは、出産時、幼児期・青年期、高齢期でそれぞれリスクがあるが、ただ予後は良好で、定期補充療法を受けている患者は、健常人の平均寿命まで生存できるとされている。患者QOLを改善する次のステージへ 日常的に定期補充療法は、現在ガイドラインでも推奨されており、成人で週3回ほど行われ、出血頻度の減少、関節障害の予防に役立っている。しかし、年間150回超の静脈注射のアドヒアランスや注射時間の問題など、患者にとってはまだまだ煩わしいという声が聞かれ、長時間作用製剤への期待が高まっていた。 今回発売されたエフラロクトコグアルファは、こうした期待に応えたもので、血友病Aに対し、生体内のヒト免疫グロブリンG1の自然な再循環経路を利用した機序により、血漿中に長く留まることができる性質を有する(血漿中消失半減期は約19時間)。定期的な投与により、週3~5日間隔、また患者状態によっては週1回の投与により出血を抑制する、長時間作用の血液凝固第VIII因子製剤である。 臨床試験(n=165/多施設共同非盲検一部無作為化試験)における年間出血回数について、定期的投与では、出血時群(n=23)との比較によると週1回群(n=24)で76%減少、個別化群(週3~5回/n=118)では92%減少していた。同じく関節内出血での年間出血回数についても、出血時群では年間18.6回だったのに対し、週1回群、個別化群ともに0回だったと報告された。 また、「本薬は予防的に病状進行を中等症、軽症に抑える効果がありそうだ」と花房氏は述べるともに、心配される副作用(n=164中の9例)については、「倦怠感、関節痛などの風邪症状程度の例しか報告されておらず、死亡例もない」とエフラロクトコグアルファに寄せる期待を語った。血友病診療の発展と期待について 最後に花房氏は、これからの展望として「今後は血液科の医師だけでなく整形外科や歯科、看護師、遺伝カウンセラーなどが連携する包括的ケアチームが必要であり、診断では短時間で精度の高い遺伝子検査ができること、治療薬ではさらなる長時間作用型製剤の開発、根治へ向け遺伝子治療薬の研究が期待される」と語った。 また、課題として「患者への医療費助成継続の問題や、新治療薬発売後すぐに長期処方ができない現行制度下で、専門医偏在が診療に地域間格差を生じさせていることへの解決が必要」と語り、レクチャーを終了した。参考資料新薬情報:発売(イロクテイト静注用250・500・750・1000・1500・2000・3000)

236.

サイレント・プア【ひきこもり】

今回のキーワード自発性自信関係依存過保護、過干渉承認進化心理学「なんでひきこもるの?」皆さんは、ひきこもりの生活スタイルを不思議に思ったことはありませんか? 特に身体的な問題や明らかな精神的な問題がないのに、ほとんど家から出ず、重度の場合は部屋からも出ず、社会参加をしない。そのような生活を若年から年単位で続ける。「自分だったら、そんな生活では数日で居ても立ってもいられなくなる」。そう思う人もいるでしょう。現在、医療機関にも、ひきこもりについて相談に来る家族は増え続けています。海外でも増えていることが確認されており、どうやら普遍性があるようです。そんな中、メンタルヘルスの現場だけでなくテレビや新聞でも「なぜひきこもりになるのか?」「ひきこもりをやめさせるにはどうしたらいいのか?」というテーマをよく見かけるようになりました。今回は、進化心理学的な視点から、「なぜひきこもりは『ある』のか?」というテーマまで踏み込みます。取り上げるドラマは、2014年に放映されたNHKドラマ「サイレント・プア」の第5話です。サイレント・プアとは、「声なき貧困」という意味で、経済的な貧しさだけでなく精神的な貧しさに困り果てている高齢者や障害者たちのことです。彼らを救おうとして活動するコミュニティ・ソーシャルワーカーにスポットライトを当てています。なお、このドラマは、NHKオンデマンド(https://www.nhk-ondemand.jp)にて現在配信中です。あらすじ主人公のコミュニティ・ソーシャルワーカーの涼が、ひきこもりの自立を支援するサロンを立ち上げたところから、ストーリーは始まります。順調な滑り出しの中、その町の自治会長の園村は、その運営にいぶかしげに首を突っ込んできます。それには、深いわけがありました。園村の一人息子の健一は、海外で成功しているはずだったのですが、実は30年も自宅に引きこもっていたのです。そして、とうとう園村は、50歳になる息子の行く末を案じて、彼の存在を涼に打ち明けるのです。ひきこもりの心の底は? ―ひきこもりの心理(1) 欲がない―自発性の不足1つ目の特徴は、欲がないことです。健一は、部屋に閉じこもり、唯一していることは、本を読むかインターネットを見ることです。食事は部屋の前まで母親に運んでもらい、時々、部屋を出て、冷蔵庫から食べ物を調達しています。生きるための基本的な欲求しか満たされていません。健一は、涼に「夢はありますか?」と訊ねられると、「そんなもん、あるわけねえだろうが」と吐き捨てています。一方、対照的なのは、涼の祖父の発言です。祖父は、涼に「じいちゃんの夢は?」と訊ねられると、「この店(クリーニング店)がじいちゃんの夢だ」「自分で始めたんだから潰しちゃなんねえって必死だった」「(夢は)一度はばあちゃんと海外旅行に行きてえと思ってた」と楽しげに語ります。多くの人は、友達といっしょにいたい、仕事などを通して誰かの役に立ちたい、パートナーや子どもなどを愛し愛されたいといった社会的な欲求があります。そこには、達成感や充実感があります。しかし、健一は、その欲求が実はあるにはあるのですが、行動を起こすほどではないのです。達成感や充実感を求める欲が鈍くなっています(ドパミンの活性低下)。言い換えれば、自発性が足りないのです。自発性は、主体性、自主性、能動性、積極性、創造性などを生み出します。(2) 自信がない―ストレスへの過敏性2つ目の特徴は、自信がないことです。健一は、「僕が付けてる日記だよ」「その日食った飯のことだけ」「毎日それだけ」「空っぽなんだよ、おれは」と涼に訴えかけます。一方、対照的に、涼の祖父は、「どんなに着古した洋服でも新品のように仕上げる」「じいちゃんの仕事は新しい一日を迎えるお手伝い」「今だってそう思ってる」と誇らしげに言っています。祖父は、自分の今までやってきたことに誇りや自信を持っています。自信とは、自分の考えや行動が正しいと信じることです。これは、周りから認められること(承認)によって培われます。健一は、この承認の積み重ねがないことを「空っぽ」であると言い表しています。そこには、安心感や安定感がありません。何か行動を起こすことへの不安や緊張を抱きやすく、慎重であり臆病になります。失敗への恐怖が強く、ストレスに過敏です(ノルアドレナリンの易反応性)。この不安があまりにも強い場合は、社交不安障害や回避性パーソナリティ障害と診断されることがあります。(3) 現状に甘んじる―関係依存3つ目の特徴は、現状に甘んじていることです。父親である園村は健一に「50にもなる男が、一生このままで恥ずかしくないのか?」と叱責し続けます。あまり居心地は良くないです。しかし、同時に、健一の母親は、「(この料理は)健一の好物でね」「私にはこれくらいしかできないから」と涼に言い、健一の部屋の前まで食事をかいがいしく運んでいます。そこには、どんなことがあっても息子を見捨てないという変わらない愛情があります。健一はその愛情を享受し、同時に依存しています。「なんだかんだ言って面倒見てくれる」という基本的信頼感のもと、頼り切ってしまい、その現状に甘んじて、ハマっています。そこは、うるさい父親とかかわりさえしなければ、居心地は良く(安全基地)、安心感や安全感があります(相対的なオキシトシンの活性亢進)。そして、そこから抜けたくても抜けられなくなっています(関係依存)。表1 ひきこもりの3つの心理の特徴とその要因 欲がない(自発性の不足)自信がない(ストレスへの過敏性)現状に甘んじる(関係依存)神経伝達物質ドパミンの活性低下ノルアドレナリンの易反応性相対的なオキシトシンの活性亢進要因本人ひきこもりを続けること(悪循環)家族構い過ぎる(過干渉)認めない(承認の欠如)心配し過ぎる(過保護)社会親の時間的余裕結果重視の価値観経済的余裕なぜひきこもるのか?それでは、なぜひきこもるのでしょうか? ひきこもりの原因を、本人、家族、社会という3つの要素に分けて探ってみましょう。ひきこもりは本人のせい?まず、ひきこもりは、もちろん本人に原因があります。なぜなら、ひきこもりは本人がひきこもろうという意思を持ってひきこもるからです。ただ、困ったことは、ひきこもりは続ければ続けるほど、続くことです。どういうことかと言うと、ひきこもりは続けていること自体で、ますます欲がなくなり、その引け目も加わりますます自信もなくなり、ますます現状に甘んじてしまい、ひきこもりから抜け出せなくなってしまう悪循環があるということです。例えば、体を動かさない寝たきり状態では、体の様々な機能は衰えていき、風邪をひきやすくなり、ますます寝たきりを深刻にさせてしまいます(廃用症候群)。宇宙飛行士が無重力で足腰や骨が弱っていくのも同じメカニズムです。このように、重力がなければ、体は鈍り弱っていきます。同じように、心も、「重力」がなければ、鈍り弱っていき「寝たきり」になってしまいます。それでは、心の「重力」とは何でしょうか? それは、社会参加による刺激です。ひきこもりは、心の「無重力」状態と言えます。社会参加による刺激は、達成感や充実感であると同時に、ストレス負荷でもあります。仕事などで他人(家族以外)とかかわる経験を重ねていく中で、達成感や充実感による喜びや楽しさから「次はこうしたい」「ああなりたい」という欲が次々と膨らみます(ドパミンによる報酬)。一方、ストレスによる不安や緊張を積み重ねることでストレス耐性が強まります(ノルアドレナリンの制御)。そこに周りから認められることによって(承認)、安心感や安定感が芽生え、自信が生まれていきます。心が鈍り弱っていくとは、喜びや楽しさに鈍くなるだけでなく、相手の気持ちを察するのも鈍くなります。ちょうど、運動能力や語学力は使っていないと錆びついていくのと同じように、人間関係を築く力(社会脳)もひきこもっていては磨かれない。それどころか衰えていきます。口下手になり、恋愛下手になっていきます。さらには、自分の気持ちを察するのも鈍くなり、ものごとのとらえ方(認知)が独りよがりになる場合があります。例えば、自信はないのにプライドは高いという状態です。そこには、何もしないでいれば何でもできるという可能性(万能感)の中に留まってしまう心理があります。また、ストレスに過敏になります。普段は無刺激の生活をしているので、対人関係での些細な刺激がとんでもないストレスになってしまいます。普段に使い切れずにたまっているストレスホルモンが大量に出るのです(ノルアドレナリンの易反応性)。家族には横暴になりがちです。仕事を始めても、最初は打たれ弱く傷付きやすくなります。ひきこもりは家族のせい?ひきこもりは本人だけが原因でしょうか? そうとは言えなさそうです。原因は家族にもあります。なぜなら、ひきこもる「基礎」をつくったのは家族だからです。再び、体と心を対比して考えてみましょう。もともと基礎体力が低くて体が弱い人がいるのと同じように、もともと基礎の「心の力」が低くて、心が脆(もろ)く弱い人もいます(脆弱性)。つまり、個人差です。この個人差は、体力にしても、「心の力」にしても、その人の遺伝的な体質や気質だけでなく、どういうふうに育てられたか(生育環境)も影響を与えています。それでは、どういうふうに育てられたか、つまりどんな家族のかかわり方がひきこもりの「基礎」をつくりやすいのかを、園村がかつて健一にした仕打ちから読み取り、大きく3つの要素に整理してみましょう。(1) 構い過ぎる―過干渉園村は涼に打ち明けます。「30年前に、あいつ(健一)は大学受験直前になって絵描きになりたいと言い出したんだよ」「(そこで)私は、あの子が美大へ行くためにこっそり書いてた絵を全部燃やしたんですよ」と。一方、健一は涼に心の内を漏らします。「あの人(父親)は自分の思い通りに息子を動かしたかっただけ」「僕は大学を2浪して落ちた時、園村家の恥だと言われた」「この世の中におまえの居場所なんかないって」「僕は人生つぶされたんですよ」「絵を描いてると僕は息ができた(のに)」と。1つ目の要素として、親が子どもに構い過ぎていることです(過干渉)。もっと言えば、自分の思い通りにするために、一方的に力でねじ伏せ、親の支配力を見せ付けています。健一の方は、息苦しくも必死になって親の期待通りに生きてきました。しかし、この一件で、彼は自分のつくった世界や夢を「灰」にさせられてしまったのです。ひきこもりの生い立ちを探ると、「もともと手のかからない良い子」という親の印象があります。その背景として、親が過干渉である現実があります。親は、先回りして本人の行動を全てコントロールし、理想の子どもをつくろうとします。すると、子どもは、言われるままに必死に行動し(外発的動機付け)、自分で考える喜びや達成感を味わうこと(内発的動機付け)がなくなります。また、自分の考えで何かをやったことがあまりないと、そうすることに戸惑いや恐れを抱きやすくなります。さらには、逆らえないことを長期間学習した結果、意識せずに無気力になってしまうことが分かっています(学習性無気力)。こうして、自発性が低下していき、欲がなくなるのです。本来、自分で何かをやり遂げる感覚は、子どもの発達段階において必要な刺激です(勤勉性)。ここから自分で成長しようとする能力(自己成長)やどうやって生きていくか自分で決める意識(自己確立)がさらに育まれていくからです。(2) 認めない―承認の欠如園村は、町の人たちに「息子は日本にはおりません」と告げ、海外のビジネスで大成功を収めていることにしています。また、焦りやもどかしさから、健一に「おい、いつまでそんなこと(ひきこもり)をしているつもりだ!」「お前の人生はそんなんでいいのか!?」「おまえはクズだ!」と罵ります。健一の方は、涼に「あの人(父親の園村)が気にするのは人の目だけ」「僕のことだって恥だから人に言わなかった」「おれは我が家の恥です」と訴えかけます。園村は、体裁を気にするあまり、ひきこもっている健一の存在を周りに明かしません。健一は、父親によって存在を消されているのです。また、かつて健一が「こっそり」と反抗していたことを園村が掌握していた事実を考えると、健一は、監視の目が厳しい中で息の詰まる思いをしていたことでしょう。健一には、プライバシーがなく、自分の世界をつくることも許されなかったのです。2つ目の要素として、親が子どもの考えや行動を認めていないことです(承認の欠如)。支配的な親の典型的な行動パターンとして、思春期の子どもの携帯の着信履歴やメール、日記をのぞき見したり、部屋を勝手に掃除することです。本人が大切にしているものや秘密は尊重されておらず、親に本人の世界という自己(アイデンティティ)を認めない姿勢が伺えます。すると、子どもは、自分の考えや行動に自信を持てなくなります。(3) 心配し過ぎる―過保護園村は、健一の絵を燃やした理由を涼に言います。「しっかりとした大学へ行き、安定した企業に入り、立派な人生を送ってほしかった」「それが親の務めだ、そうでしょ?」と。園村は現在の健一に「おれも母さんもいつかは死ぬ」「おまえはたった独りで生きていかねばならんのだ」との切実な思いを吐露します。すると、健一は園村に「今さら何言ってんだ」「あんたがそうさせたんじゃないか」「あんたは自分のことしか考えていない」と言い返します。言い当てている部分はあります。親なりに子どもの幸せを願って良かれと思ってしてきたことが裏目に出ているのでした。3つ目の要素として、親が子どもを心配し過ぎることです(過保護)。愛情は十分に注いでいるのですが、その注ぎ方に問題があったのです。大切にし過ぎて、子ども扱いし、抱え込んでいます。一人の人格を持った大人として見なしていません。一方、健一は、親の期待に反発しつつも、結果的に保護される、つまり子ども扱いされることに甘んじています。本来の愛情は、本人が思春期になったら、本人の幸せのために、夢や希望(自発性)を温かい目で後押しして、困った時に保護することです。愛情が溢れる余りに心配性になり、困ってもいないのに保護して(過保護)、その結果、本人の夢や希望をくじき不幸せな思いをさせるのは、本末転倒と言えます。なぜ複雑な家庭環境ではひきこもりが少ないの?逆に、構い過ぎ(過干渉)や心配し過ぎ(過保護)の対極を考えてみましょう。それは、あまり構わず心配もしない、つまり放置です。これは、育児に時間が取れない一人親家庭、育児が適切に行われていない心理的に荒れた家庭、育児に関心が乏しいネグレクト(育児放棄)や心理的虐待などの複雑な家庭環境が背景にあります。すると、子どもはどうなるでしょうか? 「早く自分で生きていこう」「早く一人前になりたい」という心理(自発性)が高まります。それが望ましくない形で出てくる場合が、家出などの非行です。非行の心理は、「普通の子にはマネできないすごいことをやってのけている」という悪いことをあえてできる自分を周りに示すことに意味があります。そして、見捨てられても大丈夫な自分を演出します。これが、複雑な家庭環境、つまりあまり構わない親のかかわり(放置)では、統計的にひきこもりが少ない理由であると考えられます。一方、構い過ぎ(過干渉)はその逆で、「一人前になりたいたいわけではない」「まだ一人前になりたくない」というひきこもり独特の心理を高めていることが分かります。本来は、親が「ほどほどに構う」ことで、子どもが「ちょっとずつ一人前になる」という関係が望ましいはずです。なぜ低所得層の家庭環境ではひきこもりが少ないの?低所得層の家庭、いわゆる貧困の家庭では、生活に足りないものが出てきます。子どもは、友達と違い、自分は欲しい物がなかなか手に入らないことを自覚します。すると、その渇望感から欲しい物が手に入ることの喜びに敏感になり、生物学的な感受性が高まっていきます(ドパミンの活性)。それが、欲深さであり、ハングリー精神です。こうして、子どもの自発性は高められていき、ひきこもりにはなりにくくなります。また、そもそも経済的に厳しい家庭は、ひきこもりを養っていくだけの経済力がありません。逆に言えば、裕福な家庭では、親子のコミュニケーションのパターンが、心配し過ぎ(過保護)から与え過ぎにすり替わってしまいやすくなります。子どもの望むものが簡単に買い与えられてしまい、欲しいものに飢えることがなくなれば、自発性がとても弱くなるリスクがあります。ここから分かることは、経済的に恵まれている家庭は、ひきこもりが起こりやすくなることを理解する必要があるということです。ひきこもりは社会のせい?それでは、ひきこもりは本人と家族の問題でしょうか? それだけとも言えません。なぜなら、ひきこもりは、世の中で90年代から徐々に増え続けている現実があるからです。つまり社会問題として、普遍性があるということです。最初のひきこもりが90年代に20歳代だとしたら、その幼少期は70年代になります。親を、構い過ぎ(過干渉)、認めない(承認の欠如)、心配し過ぎ(過保護)の3つの心理に駆り立てるようになった70年代以降の社会の変化とは何でしょうか? 大きく3つ挙げられます。(1) 親(特に母親)が暇になった―親の時間的余裕今回のドラマで健一の母親がかつてどうだったかは描かれていませんが、1つ目の社会の変化は、親(特に母親)が暇になったことです。世の中が便利になり、家庭の中も便利になりました。それに加えて、核家族化や少子化によって、時間的余裕を持つ母親が増えました。そして、その余った時間を全て子育てに注ぐ、子育てが生きがいの母親が出てきたことです。こうして、構い過ぎ(過干渉)がエスカレートしていくようになりました。さらには、早期教育、習い事、塾など様々な教育サービスの充実によって、構い過ぎの選択肢はますます増えていきました。そして、いわゆる「お受験ママ」「ステージママ」などの教育に熱を入れ過ぎる母親が登場します。彼女たちによって、ごく一握りの才能のある子どもを除いて、多くの子どもはこれらの活動を強いられて、本来あったやる気(自発性)はますます育まれなくなります。(2) 競争社会になった―結果重視の価値観町内会の会議でのワンシーンを見てみましょう。メンバーが「こういうことはさあ、もっとこう楽しく時間かけてやることに意味があるんだってさあ」と提案して議題から脱線して会話を楽しんでいます。すると、自治会長の園村は、「おほん、効率良くやりませんかね?」「無駄な時間を使えない」「うちの自治会主催の桜祭りはもう何年も閑古鳥ですね」と釘を刺します。園村は、信用金庫の理事を最後に退職しており、もともとお金や時間の無駄にとても厳しいのでした。このシーンからも見てとれる2つ目の社会の変化は、競争社会になったことです。社会の価値観は、競争に勝つために、効率重視、結果重視に傾いていきます。世の中のあらゆるものに価値を求めるようになった結果、子どもにも価値を求めるようになりました。そして、競争に負けてほしくない親心から、「負けたくない子育て」に重きを置かれるようになります。ほめるにしても叱るにしても、結果に重きが置かれるため、どんなに子どもが一生懸命にやって楽しんでいても、そのプロセスについては認めにくくなります(承認の欠如)。親の望むような結果にならなければ、自信はいつまで経ってもつきません。そういう子どもを増やしてしまったのです。(3) 物質的には豊かになった―経済的余裕健一は、一人息子として、立派な一軒家の離れに住んでいます。とても裕福です。ひきこもっていても、物質的には不自由なく生活できています。この様子から読み取れる3つ目の社会の変化は、物質的には豊かになったことです。それは、家族が、経済的に恵まれていくことで、その子どもがひきこもりになりやすい基礎をつくってしまったことです。そして、家族がひきこもる人を経済的に養うことができるようになったことです。その家族の経済力によって、「働かなくても良い」という発想を持つ人が増えてしまったのです。かつて、世の中が豊かではない時、「働かざる者、食うべからず」という考え方が一般的でした。例えば、発展途上国にひきこもりはいません。当たり前ですが、そんなことをしたら生存が危うくなるからです。現在は、「働かざる者も食える」時代になってきたということです。働かなければならない状況なら、そもそもひきこもりにはならないということです。しょうがなく何とか働いているでしょう。これが、現状に甘んじているという心理です。なぜひきこもりは「ある」のか?これまで、「ひきこもりとは何か?」「なぜひきこもりになるのか?」というテーマで考えてきました。ここからは、さらに踏み込みます。そもそも「ひきこもりはなぜ『ある』のでしょうか?」 言い換えれば、「ひきこもりは、なぜ昔になくて今あるのでしょうか?」 この問いへの答えを、進化心理学的な視点で探ってみましょう。私たち人間の体は環境に適応するために進化してきました。同じように、私たち人間の心も進化してきました。その適応してきた環境とは、狩猟採集生活を営んでいた原始の時代です。その始まりは、チンパンジーと共通の祖先から私たちの祖先が分かれていった700万年前です。現代の農耕牧畜を主とする文明社会は、たかだか1万数千年の歴史であり、進化が追い着くにはあまりにも短いと言えます。つまり、進化心理学的に考えると、私たちの心の原型は、まさにこの原始の時代に形作られました。その原始の時代の一番の問題は飢餓でした。この飢餓を乗り越えるために、私たちの体では様々なメカニズムが進化しました。例えば、低血糖にならないためのメカニズムとして、血糖値を上げるホルモンは数種類もあることです。また、飢餓状態では、一時的に脳内の快楽物質(エンドルフィン)が放出されて、むしろ気分は高揚して活動性は高まります。これは本人が意図せず意識せずに起こります。そして、その間に何とか食糧を得たのです。このモデルとなるのが、摂食障害によって低体重で低栄養になった場合の精神状態、いわゆる「拒食ハイ」「ダイエットハイ」です。逆に、現代のように裕福で飽食の社会はどうでしょうか? 大きな問題の1つは肥満です。この肥満を抑えるように私たちの体はあまり進化していません。なぜなら、原始の時代にはありえない状況だからです。血糖値を下げるホルモンにしてもインスリンの1つしかありません。それが肥満により働き疲れると、たやすく糖尿病になってしまいます。動物の中で、肥満を抑える遺伝子が進化しているのは、鳥ぐらいです。そこで、私たちは、肥満を抑える遺伝子がない代わりに、カロリーオフのものを摂ったり、意識的に運動したり、薬を飲んだり、場合によっては胃切除を行っているわけです。飽食の時代に肥満が増えるように、物質的に豊かになった時代に働かない人が増えるのは、進化心理学的に考えれば、明らかなことです。満たされている精神状態では、飢餓の状態とは逆に、意図せず意識せずに活動性は低下しています。端的に言えば、食べ物があればつい食べてしまうし、楽ができるならつい楽をしてしまうというシンプルな話です。肥満を抑えるメカニズムがあまり進化していないのと同じように、働かない心理を抑えるメカニズムもあまり進化していないのです。働かない心理は、肥満と同じく、進化の過程で支払うべき代償(トレードオフ)と言えるでしょう。そして、働かない心理の1つの代表として、今、ひきこもりが、その特異性ゆえに注目を集めているのです。ちなみに、働かない心理のもう1つの代表として、ひきこもりと時期や特徴を同じくして注目されている病態が「新型うつ」です。ひきこもらないためにはどうすれば良いのか?ひきこもりは、本人の考え方、家族のかかわり方、社会のあり方にそれぞれ原因があることが分かりました。それぞれに原因があり、どれか1つのせいにはできないことに気付きます。ひきこもらないために大事なことは、それぞれに原因があることを認め、それぞれがその原因を見つめ直すことです。(1) 本人はどうすれば良いのか?一番大事なことは、まず本人がひきこもりから抜け出したいと強く思うことです。ひきこもりは、本人が止めようと思わなければ止められないです。いくら周りがどんなに一生懸命に取り組んでも、本人に変わる気がなければ、変わらないです。アルコールや薬物などの物質依存、ギャンブルなどの過程依存と同じように、ひきこもりは関係依存という依存症の要素があります。この事実を本人が理解することです。結局のところ、たとえどんな境遇であったとしても、自分の人生の責任は、他でもない自分にあるということに気付くことです。そして、具体的に行動して、何らかのコミュニケーションの刺激にあえてさらされることです。最初はリハビリです。取っ掛かりとして、歯医者への通院も良いでしょう。メンタルヘルスのクリニックやカウンセリングルームへの通院、デイケアや自助グループへの通所など何でもありです。体を鍛えるのと同じように、心を鍛えるには、場数を踏んで、人馴れや場馴れをしていくことです。また、インターネットの利用によって、ひきこもりの人同士が情報発信をし合ったり、集まりに参加することで、お互いにいたわったりねぎらったりすることができます(承認)。これは、新しい社会参加の1つの形であると言えます。こうして、社会的スキル(社会脳)という能力が再びちょっとずつ磨かれていきます。(2) 家族はどうすれば良いのか?涼は、園村に「園村さんが健一さんを大事に思う気持ちと、健一さんの人生を決めてしまうことは、別のことだと思います」と言い当てます。まさにこのセリフは、ひきこもりの基礎をつくる家族の3つのかかわり方の問題点を指摘しています。それは、構い過ぎ(過干渉)、認めない(承認の欠如)、心配し過ぎ(過保護)でした。ここから、この3つの点について家族はどうすれば良いか考えていきましょう。a. 親が自分の人生を生きるラストシーンで、園村は、真っ直ぐに伸びた道を描いた健一の絵を見て、健一にやさしく語りかけます。「これから歩いていってみてくれ、おまえの道を」と。この言葉から、健一の人生と自分の人生は同じではないということを園村がようやく理解したことが読み取れます。1つ目の対策は、親が自分の人生を生きることです。子どもが思春期(10歳代)を迎えたら、子育ては半分卒業です。そして、子どもが成人したら、子育ては完全に卒業です。いつまでも親が子どもの人生を歩み続けることはできないということを知ることです。子どもは子どもの人生を歩むと同時に、親は自分の人生を歩んでいることがポイントです。親が自分の仕事や趣味、友人関係などで自分の世界を持って、何かに励んで楽しんでいることです。そうすると、結果的に、親は子どもに構い過ぎなくなります。また、親は、自分の世界があることで、周りの評判(評価)や体裁をあまり気にしなくなります。そして、そういう親の背中を見て(モデリング)、子どもの自発性は高まっていきます。b. 本人を大人扱いする涼の指摘の後、園村は「あいつの気持ちが知りたい」とつぶやきます。園村は、健一を抱え込んで子ども扱いして、本人の気持ちを考えていなかったことに気付いた瞬間です。一方、健一は、自分の描いた絵がひきこもり自立支援のサロンに飾られたことで(承認)、自信を取り戻していくのです。2つ目の対策は、本人を大人扱いすることです。本人が思春期(10歳代)を迎えたら、親は口出しを徐々に控えていき、本人が決めたことを認めることです(承認)。もちろん、親が生き方の選択肢としての判断材料をたくさん示すことは大切ですが、あくまで最後は本人が決め、それを親が支持するというスタンスを守ることです。例えば、「○○について、親として△△してほしい。だけど、決めるのはあなた。あなたが決めたことなら、結果がどうなっても支えたいと思う」と伝えます。大人扱いをするということは、本人の自由を尊重すると同時に、責任も自覚させるということです。具体的には、最低限の生活のルールを相談して決めることです。そのためのイメージとしては、「しばらくホームステイしている外国の友達の息子さん」というイメージです。そうするとどうでしょう? 例えば、「給料」(生活費)は一定額に固定されます。「文化」の違いがあるので、本人の生活スタイルやプライバシーには配慮し親切に接しつつも、家族にとって迷惑なことがあれば指摘や相談をしたり、家族全員での話し合いをします。「文化」の違いがあるからこそ、率直に意見を言う必要があります。こうして、「文化」の違いを乗り越えたルールがつくられていきます。それでは、暴言や暴力はどうでしょうか? 前半のシーンで、園村が健一に「おまえ、誰のおかげでその年まで働かずに食えてこられた!?」「どれほどの思いをしておれが過ごしていたか分かるか!?」と問い詰めます。すると、健一が急に「土下座して謝れよ!」と大声を上げて、暴力を振るいます。園村のかかわり方には問題がありますが、暴力を振るう健一にも問題があります。このように、暴力などの不適切な問題が起こる場合は、ためらうことなく警察通報や避難することが肝心です。リスクがある時は、本人に事前に伝えることが必要です。例えば、「どんな状況でも暴力は良くない。次に暴力があれば、私は警察通報をしなければならない」とはっきり言うことです。逆に、親が、子ども扱いしたり体裁を気にしたりして警察通報や避難ができない状況では、暴力はエスカレートしていきます。c. 親がサポーターになるラストシーンで、園村は健一に「これから歩いていってみてくれ、おまえの道を」「父さん、生きてる限りおまえを応援する」と語りかけます。この言葉に健一は涙するのです。3つ目の対策は、親がサポーター(応援者)になることです。応援するという言葉には、もはや保護者として親が子どもを保護する、つまり子どもの人生の全責任を負うというニュアンスはありません。応援とは、本人の自由を尊重して、サポーターとしてサポート(援助)に徹することです。そのサポート(援助)とは、衣食住の最低限の生活の保障をすることです。サポートは、際限なくするものではなく、あくまで一定です。親が、ひきこもりの事態の責任を感じて、本人を抱え込んで、本人の言いなりになることではありません。言い換えれば、一定のサポートとは、サポートには限度があるというメッセージです。園村の言葉には、もう1つのメッセージがあります。それは、「(自分たち親が)生きてる限り」という言い回しから分かるように、サポートには期限があるということです。つまり、ひきこもりという経済力のない生活スタイルは、果たしていつまで続けることができるのかということです。親の財産の相続や今後に受給する本人の年金を踏まえて具体的に正確にシミュレーションして、親としてできるライフプランを本人に提案することです。親が定年退職した時や本人が30歳になった時が、家族で相談する1つの節目です。ここでも大切なポイントは、限りある資源をどうするか最終的に決めるのは本人であるということです。「追い詰めれば自立するかも」という安易な発想から、感情的にはならないことです。表2 ひきこもりの3つの心理の特徴、要因、対策 欲がない(自発性の不足)自信がない(ストレスへの過敏性)現状に甘んじる(関係依存)神経伝達物質ドパミンの活性低下ノルアドレナリンの易反応性相対的なオキシトシンの活性亢進要因本人ひきこもりを続けること(悪循環)家族構い過ぎる(過干渉)認めない(承認の欠如)心配し過ぎる(過保護)社会親の時間的余裕結果重視の価値観経済的余裕対策本人ひきこもりをやめようと思い、少しずつ行動すること家族親が自分の人生を生きる(干渉しない)本人を大人扱いする(承認)親がサポーターになる(一定の援助)社会社会もサポーターになる(ソーシャルサポート)(3) 社会はどうすれば良いのか?前半のシーンで、園村は涼に「なぜあんな人間たち(ひきこもりサロンのメンバー)に構うのか?」と問います。すると、涼は「信じているからです」「人はいつでもどんなところからでも生き直せる」と力強く答えています。涼は、持ち前の情熱により、困っている人をサポートしています。このシーンから学ぶことは、ひきこもりに対して社会もサポーターになることです(ソーシャルサポート)。その1つが、涼が立ち上げたひきこもり自立支援のサロンです。ひきこもりの人への社会の中での居場所の提供です。そこには、仲間がいます。また、世の中の多くの人がひきこもりについて理解していけば、ひきこもりの本人の親の友人や近所の人が状況を知った理解者となり、本人を温かく見守ることができます。さらには、ひきこもりの家庭への人の出入りをつくり出すことです。親の友人、近所の人、ケースワーカーなどの第三者の客観的な目が家庭内に入ることは、社会、家庭、個人のそれぞれの風通しを良くしていくことができます。これは、暴言や暴力などの親子の煮詰まりを防ぐ1つの方法でもあります。ただし、家族のサポートに限度があるのと同じように、社会(国)のサポートにも限度があります。社会のサポートは、国の経済力に左右されがちです。ひきこもりなどの働かない人が増えれば、国の経済力が危うくなるのは明らかなことです。この社会的な状況を踏まえて、今後ひきこもりの人に生活保護や障害年金の受給がどこまで可能なのかという社会的な議論や同意が必要になってきます。ひきこもりの未来は?これまで、「ひきこもらないためにはどうすれば良いのか?」という視点で考えてきました。ところで、そもそも、ひきこもりは悪いことなのでしょうか? 逆に言えば、ひきこもらないことは良いことなのでしょうか?昔から、親に頼り働かない人は「すねかじり」「甘え」「怠け」などと否定的に呼ばれてきました。ところが、現在、価値観が多様化する中、こうあるべきという社会(多数派)の価値観は定まらなくなってきています。家庭の家計や国の経済がある程度安定しているのであれば、ひきこもりのライフスタイルは、「エコ」「悠悠自適」とも言えそうです。大事なことは、今ひきこもっている本人が、働くか働かないか、または社会参加するかしないかの古い価値観の二択に惑わされないことです。物質的に豊かな現代、人それぞれで違う「精神的な豊かさ」を得るにはどうすることが自分にとって一番良いのか? その生き方を本人が自分で選び取ることではないでしょうか? その時、ひきこもりは、もはや生き方の選択肢の1つに過ぎなくなるのではないでしょうか? そして、未来にはひきこもりという言葉そのものがなくなっているのではないでしょうか?1)斎藤環:ひきこもりはなぜ「治る」のか?、中央法規、20072)斎藤環:社会的ひきこもり、PHP新書、19983)荻野達史ほか:「ひきこもり」への社会学的アプローチ、ミネルヴァ書房、20084)田辺裕(取材・文):私がひきこもった理由、ブックマン社、20005)長谷川寿一・長谷川眞理子:進化と人間行動、東京大学出版会、2000

237.

抗菌薬静脈内投与後のアナフィラキシーショックによる死亡

消化器最終判決平成16年9月7日 最高裁判所 判決概要S状結腸がんの開腹術後に縫合不全を来たした57歳男性。抗菌薬投与を中心とした保存的治療を行っていた。術後17日、ドレーン内溶液の培養結果から、抗菌薬を一部変更してミノサイクリン(商品名:ミノマイシン)を静脈内投与したが、その直後にアナフィラキシーショックを発症して心肺停止状態となる。著しい喉頭浮腫のため気道確保は難航し、何とか気管内挿管に成功して救急蘇生を行ったが、発症から3時間半後に死亡した。詳細な経過患者情報平成2年7月19日 注腸造影検査などによりS状結腸がんと診断された57歳男性。初診時の問診票には、「異常体質過敏症、ショックなどの有無」欄の「抗菌薬剤(ペニシリン、ストマイなど)」の箇所に丸印を付けて提出した経過平成2(1990)年8月2日開腹手術目的で総合病院に入院。看護師に対し、風邪薬で蕁麻疹が出た経験があり、青魚、生魚で蕁麻疹が出ると申告。担当医師の問診でも、薬物アレルギーがあり、風邪薬で蕁麻疹が出たことがあると申告したが、担当医師は抗菌薬ではない市販の消炎鎮痛薬であろうと解釈し、具体的な薬品名など、薬物アレルギーの具体的内容、その詳細は把握しなかった。8月8日右半結腸切除術施行。手術後の感染予防目的として、セフォチアム(同:パンスポリン)およびセフチゾキシム(同:エポセリン)を投与(いずれも皮内反応は陰性)。8月16日(術後8日)腹部のドレーンから便汁様の排液が認められ、縫合不全と診断。保存的治療を行う。8月21日(術後13日)ドレーンからの分泌物を細菌培養検査に提出。8月23日(術後15日)38℃前後の発熱。8月25日(術後17日)解熱傾向がみられないため、抗菌薬をピペラシリン(同:ペントシリン)とセフメノキシム(同:ベストコール)に変更(いずれも皮内反応は陰性)。10:00ペントシリン® 2g、ベストコール® 1gを点滴静注。とくに異常は認められなかった。13:00細菌培養検査の結果が判明し、4種類の菌が確認された。ベストコール®は2種の菌に、ペントシリン®は3種の菌に感受性が認められたが、4種の菌すべてに感受性があるのはミノマイシン®であったため、ベストコール®をミノマイシン®に変更し、同日夜の投与分からペントシリン®とミノマイシン®の2剤併用で様子をみることにした。22:00看護師によりペントシリン® 2g、ミノマイシン® 100mgの点滴静注が開始された(主治医から看護師に対し、投与方法、投与後の経過観察などについて特別な指示なし)。ところが、点滴静注を開始して数分後に苦しくなってうめき声を上げ、付き添い中の妻がナースコール。22:10看護師が訪室。抗菌薬の点滴開始直後から気分が悪く体がピリピリした感じがするという言葉を聞き、各薬剤の投与を中止してドクターコール。22:15「オエッ」というような声を何回か発した後、心肺停止状態となる。数分後に医師が到着し、ただちにアンビューバッグによる人工呼吸、心臓マッサージを開始。22:30気管内挿管を試みたが、喉頭浮腫が強く挿管不能のため、喉頭穿刺を行う。22:40気管内挿管に成功するが心肺停止状態。アドレナリン(同:ボスミン)投与をはじめとした救急蘇生を続けるが、心肺は再開せず。8月26日(術後18日)01:28死亡確認。死因はいずれかの薬剤によるアナフィラキシーショックと考えられた。当事者の主張患者側(原告)の主張今回使用した抗菌薬には、アナフィラキシーショックなど重篤な副作用を生じる可能性があるのだから、もともと薬剤アレルギーの既往がある本件に抗菌薬を静脈内投与する場合、異常事態に備えて速やかに対応できるよう十分な監視体制を講じる注意義務があった。ところが、医師は看護師に特別な監視指示を与えることなく、漫然と抗菌薬投与を命じたため、アナフィラキシーショックの発見が遅れた。しかも、重篤な副作用に備えて救命措置を準備しておく注意義務があったにもかかわらず、気道確保や強心剤投与が遅れたため救命できなかった。病院側(被告)の主張本件で使用した抗菌薬は、従前から投与していた薬剤を一部変更しただけに過ぎず、薬物アレルギーの既往症があることは承知していたが、それまでに使用した抗菌薬では副作用はなかった。そのため、新たに投与した(皮内反応は不要とされている)ミノマイシン®投与後にアナフィラキシーショックを生じることは予見不可能であるし、そのような重篤な副作用を想定して医師または看護師が付き添ってまで経過観察をする義務はない。そして、容態急変後は速やかに当直医師が対応しており、救急蘇生に過誤があったということはできない。裁判所の判断高等裁判所の判断医師、看護師に過失なし(1億2,000万円の請求を棄却)。最高裁判所の判断(平成16年9月7日)原審(高等裁判所)の判断は以下の理由で是認できない。薬剤が静注により投与された場合に起きるアナフィラキシーショックは、ほとんどの場合、静脈内投与後5分以内に発症するものとされており、その病変の進行が急速であることから、アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある薬剤を投与する場合には、投与後の経過観察を十分に行い、その初期症状をいち早く察知することが肝要であり、発症した場合には、薬剤の投与をただちに中止するとともに、できるだけ早期に救急治療を行うことが重要である。とくに、アレルギー性疾患を有する患者の場合には、薬剤の投与によるアナフィラキシーショックの発症率が高いことから、格別の注意を払うことが必要とされている。本件では入院時の問診で薬物アレルギーの申告を受けていたのだから、アナフィラキシーショックを引き起こす可能性のある抗菌薬を投与するに際しては、重篤な副作用の発症する可能性を予見し、その発症に備えてあらかじめ看護師に対し、投与後の経過観察を指示・連絡をする注意義務があった。担当看護師は抗菌薬を開始後すぐに病室から退出してしまい、その結果、心臓マッサージが開始されたのが発症から10分以上経過したあとで、気管内挿管が試みられたのが発症から20分以上、ボスミン®投与は発症後40分が経過したあとであり、救急措置が大幅に遅れた。これでは投与後5分以内に発症するというアナフィラキシーショックへの対応は明らかに不適切である。以上のように、担当医師や看護師が注意義務を怠った過失があるから、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるため、死亡との因果関係をさらに審理をつくさせるため、本件を高等裁判所に差し戻すこととする。考察またまた医師にとっては驚くべき裁判官の考え方が示されました。しかも、最高裁判所の担当判事4名が全員一致した判断というのですから、医師と法律専門家との考え方には、どうしようもなく深い溝があると思います。本症例は、S状結腸がんの開腹手術後8日目に縫合不全を来たし(これはやむを得ない合併症と考えられます)、術後17日でそれまで投与していた抗菌薬を変更、その後に報告された細菌培養の結果から、より効果の期待できるミノマイシン®を点滴投与したところ、その直後にアナフィラキシーショックを発症しました。ショック発現までの時間経過を振り返ると、22:00ミノマイシン®開始。数分後に苦しくなりうめき声を上げたので家族がナースコール。22:10看護師が訪室、各薬剤の投与を中止してドクターコール。22:15心肺停止状態。数分後に医師が到着し、救急蘇生開始。22:30喉頭浮腫が強く挿管不能のため、喉頭穿刺を行う。22:40気管内挿管に成功するが心肺停止状態。となっています。今回の病院は約350床程度の規模で、上記の対応をみる限り、病院内の急変に対する体制としてはけっして不十分ではないと思います。最高裁判所の判事は、アナフィラキシーショックは5分以内の発見が大事である、という文献をもとに、もし看護師がミノマイシン®開始後ずっと付き添っていれば、もっと早く救急措置ができたであろう、という根拠で医師の過失と断じました。ところが当時の状況は、大腸がんの開腹手術後17日が経過し、すでに集中治療室から一般病室へ転室していると思われ、何とか縫合不全を保存的治療で治そうとしている状況でした。しかも、薬剤アレルギーの既往症が申告されていたとはいえ、それまでに使用したパンスポリン®、セフチゾキシム®、ベストコール®、ペントシリン®では何ら副作用の問題はなかったのですから、抗菌薬の一部変さらに際して看護師に特別な指示を出すべき積極的な理由はなかったと思います。ましてや、ミノマイシン®は皮内反応が不要とされている抗菌薬なので、裁判官のいうようにアナフィラキシーショックを予見して、22:00からのミノマイシン®開始に際して看護師をつきっきりで貼り付けておくことなど、けっして現実的ではないように思います。もし、看護師がベッドサイドでずっと付き添っていたとして、救命措置をどれくらい早く開始することができたでしょうか。側に付き添っていた家族が異変に気づいたのは、ミノマイシン®静脈注射開始後数分でしたから、おそらく22:05頃にドクターコールを行い、22:10くらいには院内の当直医が病室へ到着することができたと思われます(おそらく5~10分程度の短縮でしょう)。その時点から救急蘇生が開始されることになりますが、果たして22:15の心肺停止を5分間の措置で防ぎ得たでしょうか。しかもアナフィラキシーショックに関連した喉頭浮腫が急激に進行し、気道を確保することすらできず、やむなく喉頭穿刺まで行っていますので、けっして茫然自失として事態をやり過ごしたとか、注意義務を果たさなかったというような診療行為ではないと思います。つまり、本件のような激烈なアナフィラキシーショックの場合、医師が神業のような処置を行っても救命できないケースが存在するのは厳然とした事実です。にもかかわらず、医師や看護師がつきっきりでみていなかったのが悪い、救急措置をもう少し早くすれば助かったかもしれないなどという考え方は、病気のリスクを紙面でしか知り得ない裁判官の偏った考え方といえるのではないでしょうか。このように、医師にとっては防ぎようのないと思われる病態をも、医療ミスとして結果責任を問う声が非常に大きくなっていると思います。極論すると、個々の医療行為に対してすべてのリスクを説明し、それでもなお治療を受けると患者が同意しない限り、医師は結果責任を免れることはできません。すなわち本件でも、患者およびその家族へ、術後の縫合不全や感染症にはミノマイシン®が必要であることを十分に説明し、アレルギーがある患者ではミノマイシン®によってショックを起こして死亡することもありうるけれども、それでも注射してよいか、という同意を求めなければならない、ということですが、そのような説明をすることはきわめて不自然でしょう。本件は「医師や看護師の過失はない」と考えた高等裁判所へ差し戻されていますが、ぜひとも良識のある判断を期待したいと思います。一方、抗菌薬の取り扱いに関して、2004年10月に日本化学療法学会から「抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策のガイドライン」が発表されました。それによると、これまで慣習化していた抗菌薬投与前の皮内反応は、アナフィラキシー発現の予知として有用性に乏しいと結論付けています。具体的には、アレルギー歴のない不特定多数の症例には皮内反応の有用性はないとする一方で、病歴からアレルギーが疑われる患者に抗菌薬を投与せざるを得ない場合には、あらかじめ皮内反応を行った方がよいということになります。そして、抗菌薬静脈内投与に際して重要な基本的事項として、以下の3点が強調されました。事前に既往症について十分な問診を行い、抗菌薬などによるアレルギー歴は必ず確認すること投与に際しては必ずショックなどに対する救急処置のとれる準備をしておくこと投与開始から投与終了後まで、患者を安静の状態に保たせ、十分な観察を行うこと。とくに、投与開始直後は注意深く観察することこのうち、本件のようなケースには第三項が重要となります。これまでは、抗菌薬静脈内注射後にはまれに重篤な副作用が現れることがあるので経過観察は大事ですよ、という一般的な認識はあっても、具体的にどのようにするのか、といった対策まで講じている施設は少ないのではないでしょうか。しかも、抗菌薬投与の患者全員に対し、「投与開始から投与終了後まで十分な観察を行う」ことは、実際の医療現場では事実上不可能ではないかと思われます。ところが、このようなガイドラインが発表されると、不幸にも抗菌薬によるアナフィラキシーショックを発症して死亡し紛争へ至った場合、この基本三原則に基づいて医師の過失を判断する可能性がきわめて高くなります。当時は急患で忙しかった、看護要員が足りずいかんともし難い、などというような個別の事情は、一切通用しなくなると思います。またガイドラインの記述は、「抗菌薬投与開始直後は注意深く観察すること」という漠然とした内容であり、ではどのようにしたらよいのか、バイタルサインをモニターするべきなのか、開始直後とは何分までなのか、といった対策までは提示されていません。ところが、このガイドラインのもとになった「日本化学療法学会臨床試験委員会・皮内反応検討特別部会の報告書(日本化学療法学会雑誌 Vol.51:497-506, 2003)」によると、「きわめて低頻度であるがアナフィラキシーショックが発現するので、事前に抗菌薬によるショックを含むアレルギー歴の問診を必ず行い、静脈内投与開始後20~30分における患者の観察とショック発現に対する対処の備えをしておくことが必要である」とされました。すなわち、ここではっきりと「20~30分」という具体的な基準が示されてしまいましたので、今後はこれがスタンダードとされる可能性が高いと思います。したがって、抗菌薬の初回静脈内投与では、全例において、点滴開始後少なくとも20分程度は誰かが付き添う、モニターをつけておく、などといった注意を払う必要があることになります。これを杓子定規に医療現場に当てはめると、かなりな混乱を招くことは十分に予測されますが、世の中の流れがこのようになっている以上、けっして見過ごすわけにはいかないと思います。今回の症例を参考にして、ぜひとも先生方の施設における方針を再確認して頂ければと思います。日本化学療法学会「抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策のガイドライン(2004年版)」日本化学療法学会「抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策について(2004年版概要)」日本化学療法学会臨床試験委員会・皮内反応検討特別部会報告書(日本化学療法学会雑誌 Vol.51:497-506, 2003)」消化器

238.

喘息様気管支炎と診断した乳児が自宅で急死したケース

小児科最終判決判例タイムズ 844号224-232頁概要1歳1ヵ月の乳児。37.5℃の発熱と喘鳴を主訴に休日当番医を受診し、喘息性気管支炎と診断され注射と投薬を受けて帰宅した。ところが、まもなく顔面蒼白となり、救急車で再び同医を受診したが、すでに心肺停止、瞳孔散大の状態であったため、救命蘇生措置は行われず死亡確認となった。司法解剖では、肺水腫による肺機能障害から心不全を起こして死亡したものと推定された。詳細な経過経過1983年12月31日この頃から風邪気味であった。1984年1月1日37.2℃の発熱あり。1月2日午後37.5℃に上がり、声がしわがれてぜいぜいし、下痢をしたので、16:20頃A医院を受診。待合室で非常にぜいぜいと肩で息をするようになったため、17:20頃順番を繰り上げて診察を受ける。強い呼吸困難、喘鳴、声がれ、顔面蒼白、腹壁緊張減弱、皮膚光沢なし、胸部ラ音、下痢などの症状を認め、喘息性気管支炎と診断。担当医師は経過観察、ないしは入院の必要があると判断したが、地域の救急患者の転送受け入れをする輪番制の病院がないものと考え、転院の措置をとらなかった。呼吸困難改善のため、スメルモンコーワの注射(適応は急性気管支炎や感冒・上気道炎に伴う咳嗽)と、アセチルロイコマイシンシロップなどの投薬をし、隣室ベッドで待つように指示した。18:00若干呼吸困難が楽になったように感じたため、容態急変した場合には夜間診療所を受診するように指示されて帰宅した。18:20帰宅時、顔面が蒼白になり唇が青くなっていたため、救急車を要請。その直後急に立ち上がり、目を上に向け、唇をかみしめ、まったく動かなくなった。18:54救急車でA医院に到着したが、すでに心肺停止、瞳孔散大の状態であり、心肺蘇生術を施さずに死亡が確認された。司法解剖の結果、「結果的には肺水種による肺機能障害により死亡したものと推定」し、その肺水腫の原因として、(1)間質性肺炎(2)乳幼児急死症候群(SIDS)(3)感染によるエンドトキシンショック(4)薬物注射による不整脈(5)薬物ショックとそれに続く循環障害などが考えられるが、結論的には不詳とされた。当事者の主張患者側(原告)の主張1.医師の過失1回目の診察時にすでに呼吸不全に陥っているのを認めたのであるから、ただちに入院させて、X線写真、血液検査などの精査を行うとともに、気道確保、酸素吸入、人工換気などの呼吸管理、呼吸不全、心不全などの多臓器障害の防止措置などを行うべき義務があったのに、これらを怠った2.経過観察義務違反・転医措置義務違反呼吸不全を認めかつ入院の必要を認めたのであるから、少なくとも症状の進行、急変に備え逐一観察すべき義務があったのに怠った。さらに、転医を勧告するなど、緊急治療措置ないし検査を受けさせ、あるいは入院する機会を与えるべき義務があったのに、転医措置を一切講じなかった3.救命蘇生措置義務違反心肺停止で救急搬送されたのは、心臓停止後わずか10分程度しか経過していない時点であり救命措置をとるべき義務があったのに、これを怠った4.死因喘息性気管支炎から肺炎を引き起こして肺水腫となり、肺機能障害から心不全となって死亡した。病院側が主張する乳幼児突然死症候群(SIDS)ではない病院側(被告)の主張1.医師の過失死因が不明である以上、医師がどのような治療方法を講じたならば救命し得たかということも不明であり、不作為の過失があったとしても死亡との因果関係はない。しかも最初の診察を受けたのが17:20頃であり、死亡が18:10ないし18:25とすると、診療を開始してから死亡するまでわずか50~60分の時間的余裕しかなかったため、死亡の結果を回避することは不可能であった。また、当日は休日当番医で患者が多く(130名の患者で混みあっており、診察時も20~30名の患者が待っていた)、原告らの主張する治療措置を講ずべきであったというのは甚だ酷にすぎる2.経過観察義務違反・転医措置義務違反同様に、診療開始から50~60分の時間的余裕しかなかったのであれば、大規模医療施設に転送したからといって、死亡の結果を免れさせる決め手にはならなかった3.死因肺水腫による肺機能障害から心不全を起こして死亡したと推定されていて、肺水腫の原因として間質性肺炎、乳幼児突然死症候群などが挙げられているものの特定できず、結局死因は不明というほかない裁判所の判断1. 死因強い呼吸困難、喘鳴、顔面蒼白、腹壁緊張減弱、胸部ラ音、下痢などの臨床症状があったこと、肺浮腫、肺うっ血が、乳幼児突然死症候群に伴うような微小なものではなく、著しいあるいは著明なものであったことなどからすると、肺炎から肺水腫を引き起こして肺機能障害を来し、直接には心不全により死亡したものと考えられる(筆者注:司法解剖の所見で「死因は不詳」と判断されているにもかかわらず、裁判所が独自に死因を特定している)。2. 医師の過失原告の主張をそのまま採用。加えて、もし大規模病院へ転送するとしたら、酸素そのほかの救急措置が何らとられないまま搬送されるとも考えられないので、診察から死亡までの50~60分の間に適切な措置をとるのは困難であり死亡は免れなかったとする主張は是認できない。当時休日診療で多忙をきわめていたとしても、人命にかかわる業務に従事する医師としては、通常の開業医としての医療水準による適切な治療措置を施すべき義務を負うものであり、もし自らの能力を超えていて、自院での治療措置が不可能であると考えれば、ほかの病院に転送するべきであった。3. 経過観察義務違反・転医措置義務違反失原告の主張をそのまま採用。4. 救命蘇生措置義務違反救急車で来院した18:54頃には、呼吸停止、心停止、瞳孔の散大の死の3徴候を認めていたので、心肺蘇生術を実施しても救命の可能性があったかどうか疑問であり、その効果がないと判断して心肺蘇生術を実施しなかったのは不当ではない。原告側合計2,339万円の請求どおり、2,339万円の判決考察この事例は医師にとってかなり厳しい判決となっていますが、厳粛に受け止めなければならない重要な点が多々含まれていると思います。まず、本件は非常に急激な経過で死亡に至っていますので、はたしてどうすれば救命できたかという点について検討してみます。担当医師が主張しているとおり、最初の診察から死亡までわずか60分程度ですので、確かにすぐに大規模病院に転送しても、死亡を免れるのは至難の業であったと思います。裁判所は、「酸素などを投与していれば救命できたかも知れない」という理由で、医師の過失を問題視していますが、酸素投与くらいで救命できるような状況ではなかったと推定されます。おそらく、すぐに気管内挿管を施し、人工呼吸器管理としなければならないほど重症であり、担当医師が診察後すぐに救急車で総合病院に運んだとしても、同じ結果に終わったという可能性も考えられます。ここで問題なのは、当初から重症であると認識しておきながら、その次のアクションを起こさなかった点にあると思います。もし最初から、「これは重症だからすぐに総合病院へ行った方がよい」と一言家族に話していれば、たとえ死亡したとしても責任は及ばなかった可能性があります。次にこのようなケースでは、たとえ当時の状況が患者さんがあふれていて多忙をきわめていたとしても、まったく弁解にはならないという点です。とくに「人命にかかわる業務に従事する医師としては、病者を保護すべきものとして通常の開業医としての医療水準による適切な治療措置を施すべき義務がある」とまで指摘されると、抗弁の余地はまったくありません。当然といえば当然なのですが、手に負えそうにない患者さんとわかれば、早めに後方病院へ転送する手配をするのが肝心だと思います。最後に、ここまでは触れませんでしたが、本件では裁判官の心証を著しく悪くした要因として、「カルテの改竄」がありました。1回目の診察でスメルモンコーワの注射に際し(通常成人には1回0.5ないし1.0mL使用)、病院側は「0.3mL皮下注射した」と主張しています。ところがカルテには「スメルモン1.0」と記載し、保険請求上1アンプル使用したという旨であると説明され、さらに1行隔てた行外に「0.3」と記載されており、どうやら1歳1ヵ月の乳児にとっては過量を注射した疑いがもたれました。この点につき裁判所は、「0.3」の記載の位置と体裁は、不自然で後に書き加えられたものであることが窺われ、当時真実の使用量を正確に記載したものであるかどうかは疑わしいと判断し、さらに「診療録にはそのほかにも数カ所、後に削除加入されたとみられる記載がある」とあえて指摘しています。実際のカルテをみていないので真実はどうであったのかはわかりませんが、このような行為は厳に慎むべきであり、このためもあってか裁判では患者側の要求がすべて通りました。日常診療でこまめにカルテを書くことは大変重要ですが、後から削除・加筆するというのは絶対してはならないことであり、もし事情があって書き換える場合には、その理由をきちんと記載しておく必要があると思います。小児科

239.

急性虫垂炎を適切に診断できず死亡したケース

消化器最終判決判例時報 1556号99-107頁概要腹痛と血便を訴えて受診した45歳男性。腹部は平坦で軟、圧痛を認めたが、抵抗や筋性防御は認められなかった。腹部単純X線写真では腹部のガス像は正常で腸腰筋陰影も明瞭であったが、白血球数が14,000と増加していた。ブチルスコポラミン(商品名:ブスコパン)の点滴静注により腹痛はほぼ消失したため、チメピジウム(同:セスデン)、プロパンテリン・クロロフィル配合剤(同:メサフィリン)、ベリチーム®を処方し、翌日の受診と状態が悪化した場合はただちに受診することを指示して帰宅させた。ところが翌日未明に昏睡状態となり、DOAで病院に搬送され、心肺蘇生術に反応せず死亡確認となった。詳細な経過患者情報身長168cm、体重73kg、とくに既往症のない45歳男性経過1989年4月24日腹部に不快感を訴えていた。4月27日06:00頃間歇的な激しい腹痛、かつ血便がみられたため、午前中に某大学病院内科を受診。問診時に以下のことを申告。同日午前中から腹痛が出現したこと便に点状の出血が付着していたこと酒はワインをグラス1杯飲む程度であることこれまでにタール便の経験や嘔気はないこと肛門痛、体重の減少はないこと仕事は多忙であり、24日頃から腹部に不快感を感じていたこと初診時体温36.8℃脈拍脈拍80/分(整)頸部 および その周辺のリンパ節触知(-)甲状腺の腫大(-)胸部心音純・異常(-)咽頭粘膜軽度発赤(+)腹部平坦で軟・圧痛(+)、抵抗(-)、筋性防御(-)肝を右乳頭線上で肋骨弓下に1横指触知したが正常の硬さであった。血液検査、肝機能検査、膵胆道系機能検査、血沈を実施したところ、白血球数が14,000と増加。腹部X線写真の結果、ガス像は正常、腸腰筋陰影も明瞭であった。ベッドに寝かせて安静を保ったうえ、ブチルスコポラミン(同:ブスコパン)2A入りの生理食塩水200mLを30分で点滴静注したところ、腹痛はほぼ消失した。そして、セスデン®、メサフィリン®、ベリチーム®を4日分処方し、翌4月28日の診察の予約をして帰宅させた。その際、仮に状態が悪化した場合には、翌日を待たずしていつでも再受診するべきことを伝えた。16:00頃帰宅。19:00頃突然悪寒がしたため、アスピリンを2錠服用して就寝。4月28日01:00頃苦痛を訴え、ほとんど意識のない状態となって、いびきをかき始めた。02:13頃救急車を要請。搬送中の意識レベルはJCS(ジャパンコーマスケール)300(痛み刺激に反応しない昏睡状態)。02:50頃大学病院に到着時、心肺停止、瞳孔散大、対光反射なしというDOA。心肺蘇生術を試みたが反応なし。高カリウム血症(6.9)高血糖(421)CPK(153)LDH(253)クレアチニン(1.8)アミラーゼ(625)03:13死亡確認。12:50病理解剖。虫垂の長さは9cm、棍棒状で、内容物として汚黄赤液を含み、漿膜は発赤し、周囲に厚層出血をしていたが、癒着はしていなかった。腹膜は灰白色で、表面は滑らかであったが、虫垂の周囲の体壁腹膜に拳大程度の発赤が認められ、局所性腹膜炎の状態であった。また、膵間質内出血、腎盂粘膜下うっ血、気管粘膜下うっ血、血液流動性および諸臓器うっ血という、ショック死に伴う諸症状がみられた。また、軽度の心肥大(360g)が認められたが、冠状動脈には異常なく、心筋梗塞の病理所見は認められなかった。死因は「腹膜ショック」その原因となる疾患としては「急性化膿性虫垂炎」であると診断した。当事者の主張患者側(原告)の主張4月27日早朝より、腹部の激痛を訴えかつ血便が出て、虫垂炎に罹患し、腹部に重篤な病変を呈していたにもかかわらず、十分な検査などをしないままこれを見落とし、単に鎮痛・鎮痙薬を投与しただけで入院措置も取らず帰宅させたために適切な診療時機を逸し、死亡した。死因は、急性化膿性虫垂炎に起因する腹膜ショックである。病院側(被告)の主張患者が訴えた症状に対して、医学的に必要にして十分な措置を取っており、診療上の過失はない。確かに帰宅させた時点では、急性化膿性虫垂炎であるとの確定診断を得たわけではないが、少なくとも24時間以内に急死する危険性のある重篤な症状はなかった。腹膜炎は医学的にみて、低血量性ショックや感染性ショックなどの腹膜ショックを引き起こす可能性がない軽微なものであるから、「腹膜ショック」を死因と考えることはできない。また、化膿性虫垂炎についても、重篤な感染症には至っていないものであるから、これを原因としてショックに至る可能性もない(なぜ死亡に至ったのかは明言せず)。裁判所の判断以下の過失を認定死因について初診時すでに急性虫垂炎に罹患していて、虫垂炎はさらに穿孔までは至らないものの壊疽性虫垂炎に進行し、虫垂周囲に局所性化膿性腹膜炎を併発した。その際グラム陽性菌のエキソトキシンにより、腹膜炎ショック(細菌性ショック)となり死亡した。注意義務違反白血球増加から急性虫垂炎の疑いをもちながら、確定診断をするため各圧痛点検索、直腸指診および、直腸内体温測定などを実施する義務を怠った。各検査を尽くしていれば急性虫垂炎であるとの確定診断に至った蓋然性は高く、死亡に至る時間的経過を考慮しても抗菌薬の相当の有効性が期待でき、死亡を回避できた。そして、急性虫垂炎であるとの確定診断に至った場合、白血球数の増加から虫垂炎がさらに感染症に至っていることは明らかである以上、虫垂切除手術を考慮することはもちろんであるが、何らかの理由で診察を翌日に継続するのであれば、少なくとも抗菌薬の投与はするべきであり、そうすれば腹膜炎ショックによる死亡が回避できた可能性が高い。原告側合計5,500万円の請求を全額認定考察「腹痛」は日常の外来でよくみかける症状の一つです。多くのケースでは診察と検査、投薬で様子をみることになると思いますが、本件のように思わぬところに危険が潜んでいるケースもありますので、ぜひとも注意が必要です。本件の裁判経過から得られる教訓として、次の2点が重要なポイントと思われます。1. 基本的な診察と同時にカルテ記載をきちんとすること本件は大学病院で発生した事故でした。担当医師の立場では、血液検査、腹部X線写真などはきちんと施行しているので、「やれることだけはやったつもりだ」という認識であったと思います。患者さんは「心窩部から臍部にかけての間歇的な腹痛」を訴えて来院しましたので、おそらく腹部を触診して筋性防御や圧痛がないことは確認したと思われます。これだけの診察をしていれば十分という気もしますし、担当医師の明らかな怠慢とかミスということではないと思います。ところが裁判では「血圧測定」をしなかったことと、急性虫垂炎を疑う際の腹部の診察(マックバーネー圧痛点、ランツ圧痛点、ブルンベルグ徴候など)を行わなかったことを問題としました。その点について裁判官は、「担当医師は、血圧測定、虫垂炎の圧痛点検索は実施した旨を証言するが、いずれについてもカルテ上に記載がなく、この証言は採用できない」と述べています。もしかすると、実際にはきちんと血圧を測り、圧痛点の診察もしていたのかもしれませんが、カルテにそのことを記載しなかったがために、(基本的な診察をしていないではないかという)裁判官の心証形成に相当影響したと思います。やはり、医事紛争に巻き込まれた時には、きちんと事実を記載したカルテが自分の身を守る最大の証拠であることを、肝に銘じなければならないと痛感しました。と同時に、最近では外来診察時に検査データばかりを重視して、血圧をはじめとするバイタルサインを測定しない先生方が増えているという話をよく耳にします。最先端の診断機器を駆使して難しい病気を診断するのも重要ではありますが、風邪とか虫垂炎といようなありふれた疾患などにおいても、けっして高をくくらずに、医師としての基本的な診察はぜひとも忘れないようにしたいと思います。2. 帰宅させる時の条件患者さんを帰宅させるにあたって担当医師は、「腹痛で来院した患者ではあるが、ブスコパン®の静注によって症状は軽減したし、白血球は14,000と高値だけれどもほかに所見がないので、まあ大丈夫だろう。「何かあったらすぐに来院しなさい」とさえいっておけば心配はない症例だ」という認識であったと思います。そして、裁判官も、帰宅させたこと自体は当時の状況からして無理からぬと判断しているように、今回の判決は担当医師にとっては厳しすぎるという見方もあると思います。ところが、実際には白血球14,000という炎症所見を放置したために、診察から約半日後に死亡するという事態を招くことになりました。判決にもあるとおり、もし抗菌薬を当初から処方していれば、死亡という最悪の結果にはならなかった可能性は十分に考えられますし、抗菌薬を処方したにもかかわらず死亡した場合には、医療過誤として問われることはなかったかもしれません。このように、結果的にみれば白血球14,000という検査データをどの程度深刻に受け止めていたのかが最大の問題点であったと思います。もちろん、安易に抗菌薬を処方するのは慎むべきことですが、腹痛、そして、白血球14,000という炎症所見がありながら自宅で経過観察する際の対処としては、抗菌薬の処方が正しい判断であったと思います。■腹痛を主訴として来院した患者さんが急死に至る原因(1)急性心筋梗塞(2)大動脈瘤破裂という2つの疾患が潜んでいる可能性があることを忘れてはならないと思います。とくに典型的な胸痛ではなく腹痛で来院した急性心筋梗塞のケースで、ブスコパン®注射が最後のとどめを刺す結果となって、医療側の責任が厳しく追及された事例が散見されますので、腹痛→ブスコパン®という指示を出すときにはぜひとも注意が必要です。消化器

240.

急性喉頭蓋炎を風邪と診断して死亡に至ったケース(2)

救急医療最終判決判例時報 1510号144-150頁概要発熱、喉の痛みを主訴に内科開業医を受診した45歳男性。急性気管支炎、扁桃腺炎と診断して解熱鎮痛薬などを投与した。帰宅後状態は改善せず息苦しくなり、薬も喉をつかえて飲み込むことができないため約2時間後に再度受診、ネブライザーなどの処置が行われた。しかし、病状は急激に進行性のため救急センターへの転院を手配し、約10分後に到着したものの、その時点で心肺停止状態。救急蘇生には反応せず、死亡確認となった。詳細な経過患者情報45歳男性経過1986年5月8日17:3045歳男性、3日前からの37℃程度の発熱、喉の痛み、易疲労感を主訴に救急指定の内科開業医を受診。診察の結果、体温37.0℃、扁桃腺が赤く腫れていたが、呼吸音には異常はなく、急性気管支炎、扁桃腺炎と診断し、扁桃へのルゴール®塗布、解熱消炎薬プラノプロフェン(商品名:ニフラン)などの内服を3日分投与し帰宅させた。19:30帰宅後も症状は改善せず、薬も喉をつかえて飲み込めず、息が苦しくなり、妻が開業医へ電話したところ、看護師からすぐに来院するようにいわれた。19:55再度診察。問診に対し「息苦しい」と答えるのがやっとであり、聴診の結果弱い乾性ラ音を聴取した。呼吸は荒く起座呼吸であったので、ネブライザー(イソプレナリン 同:アスプール2mL、チロキサポール 同:アレベール1mL)吸入をしたが改善なし。そのため肺水腫、咽後膿瘍、喉頭浮腫などの重篤な疾患を疑い、救急センターへの転院を手配した。その際、救急車の利用は時間がかかる恐れがあったので、妻の運転する乗用車で搬送することにし、担当医は自ら自動車を運転して同行した。20:25約10分で救急センターに到着。搬入時意識はなく心肺停止状態。ただちに気管内挿管などの救急蘇生術が行われたが効果なし。21:30死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.呼吸困難、起座呼吸の患者に対し、十分な問診・全身状態の観察を行わなかった2.咽頭や喉頭を喉頭鏡などを用いて観察しなかったため重症度・緊急度を判断できず、放置すれば搬送中に気道閉塞・窒息する危険があることを予知できなかったその結果、自ら気管内挿管を行うか、救急車に同上して気道確保の措置をするべきであったのに、漫然と患者を搬送させたために死亡に至った。病院側(被告)の主張1.救急車を呼んで搬送するよりも、ただちに自家用車で出発したほうが救急センターへの到着が早いと判断したのは、医師の裁量範囲に属することである2.内科医師に耳鼻咽喉科医師が扱う間接喉頭鏡や喉頭ファイバースコープの使用を期待するのは医療水準を越えている3.当時喉頭展開用の喉頭鏡はあったが、人的物的設備を備えていない状況では使用困難であった4.独歩で来院し、意識障害やチアノーゼがない患者が、その後30分以内に喉頭浮腫による気道閉塞・窒息となることを予見するのは不可能であった裁判所の判断2回目の受診の際に、呼吸困難を訴える患者に当然要求される診察(呼吸、脈拍、血圧、意識状態やチアノーゼの有無など)を怠ったため、患者の重症度や緊急性の判定ができず、呼吸困難の急激な進行により窒息状態に陥る可能性を予見できなかった注意義務違反がある。しかも、気道確保の準備をして救急車を要請し自ら同乗していれば救命の可能性があったため、死亡という結果に対する過失があるといわざるを得ない。原告側合計1億2,009万円の請求に対し、7,282万円の判決考察このケースは前出の「急性喉頭蓋炎を風邪と診断して死亡に至ったケース(1)」と同様、一見「単なる風邪だろう」という印象を受けても、なかには急激に死亡に至るきわめて危険なケースがあることを示す教訓的な事例だと思います。本件の担当医師は、「自分の手には負えない」ということを察知して救急センターに電話を入れ、受け入れ体制を確認したところまでは適切でしたが、救急車を要請しなかった点が最大の問題点でした。もし、その当時ほかの患者さんが大勢待っていて、医院を空けることがためらわれたのであればまだしも、わざわざ自らの自動車を運転して「一刻も早く患者を救急センターに転送するため、患者の妻が運転する自動車のあとを追尾した」ということでしたので、どちらかというととても親切な医師という印象さえ受けます。しかし、せっかく患者に付き添って転送するのであれば、自家用車で搬送するよりも救急車を要請した方が酸素、吸引装置などの設備の面からいって有利なのはいうまでもありません。そして、もし救急車を要請して自らが気管内挿管などの救急蘇生を行っていれば、たとえ最悪の結果になろうとも、これほど高額の判決には至らなかった可能性が考えられます。今回のケースから得られる教訓としては、(1)一見風邪と思われる症例にも、急死に至る危険なケースが含まれていること(2)患者を搬送する場合には、可能な限り救急車を要請することと思われます。救急医療

検索結果 合計:281件 表示位置:221 - 240