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大腸がん検診、現時点では血液検査よりも大腸内視鏡検査が優れる

 大腸がん検診において、新たな検査選択肢である血液検査は大腸内視鏡検査ほど有効ではないことが、米スタンフォード大学医学部消化器・肝臓内科学教授のUri Ladabaum氏らのレビューによって明らかになった。血液検査を推奨通りに3年に1回受けている人では、大腸内視鏡検査を10年に1回受けている人と比べて、大腸がんによる死亡が約2.5倍多く発生すると推定された。Ladabaum氏らは、大腸内視鏡検査や便の検査ではなく血液検査を選択する人が多くなると、大腸がんによる死亡が増加するとの予測を示している。この研究結果は、「Annals of Internal Medicine」に10月29日掲載された。 米食品医薬品局(FDA)は2024年7月、大腸がんリスクが平均的な人に対する大腸がん検診として血液検査を初めて承認した。この承認は、約8,000人を対象とした臨床試験の結果に基づき決定されたもの。同試験では、血液検査によって大腸に腫瘍のある人の83%以上で大腸がんを検出できることが示されていた。しかし、この検査によって、前がん病変である大腸ポリープを検出できた人の割合は約13%に過ぎなかった。 大腸内視鏡検査は簡単な検査とは言い難い。この検査を受ける人は、前もって強力な下剤を飲んで腸を完全に空にしなければならず、検査に際しては鎮静薬の投与も必要となる。しかし、医師が検査中に前がん病変のポリープを見つけた場合には、その場でそれを取り除くことができることから、この検査によって大腸がんは予防可能ながんの一つになった。Ladabaum氏は、「このことは、大腸内視鏡検査ががんを予防する可能性もあるユニークながん検診の手段であることの理由となっている。それにもかかわらず、検診を全く受けていない人、あるいは推奨されている頻度で検診を受けていない人は数多くいる」と指摘する。 便検査または血液検査の結果が陽性となった患者は、がんまたはポリープがあるかどうかのダブルチェックのため大腸内視鏡検査を受けるよう促される。Ladabaum氏らは今回の研究で、市販されているか開発段階にある6種類の血液検査、便検査、および大腸内視鏡検査のデータを収集して統合した。次に、この統合データを使って各スクリーニング法による大腸がん検診を受けた人における大腸がんの新規症例と大腸がんによる死亡の相対発生率を推定した。 その結果、10年ごとに大腸内視鏡検査を受けた場合、10万人当たり1,543人が大腸がんを発症し、672人が死亡すると推定された。また、1年から3年ごと(検査によって異なる)の便検査では、10万人当たり2,181~2,498人が大腸がんを発症し、904~1,025人が死亡すると推定された。さらに、3年ごとの実施が推奨されている新しい血液検査では、10万人当たり4,310~4,365人が大腸がんを発症し、1,604~1,679人が死亡すると推定され、死亡者数は、大腸内視鏡検査を受けた場合の約2.5倍に上った。このほか、血液検査と比べて大腸内視鏡検査と便検査の方が費用対効果に優れていることも示された。 Ladabaum氏は、「第一世代の血液検査は、大腸がん検診のパラダイムにおける実に素晴らしい進展である。しかし、現時点では、大腸内視鏡検査や便検査を受ける意思があり、それが可能であるなら、血液検査に切り替えるべきではない」と主張している。また同氏は、「何も検査を受けないよりは血液検査を受ける方が、はるかに良い選択であることは確かだ。しかし、大腸内視鏡検査から第一世代の血液検査に切り替える人がいるのであれば、集団としての転帰が悪化し、医療費が上昇することになる」とスタンフォード大学医学部のニュースリリースの中で指摘している。その上で、「最善のシナリオは、大多数の人は引き続き大腸内視鏡検査または便検査を受け、これら2つの選択肢であれば検診は受けたくないという強い抵抗感を持つ人だけが血液検査を受けるようにすることだ」との考えを示している。

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呼吸困難に対しては鎮静? モルヒネの増量?【非専門医のための緩和ケアTips】第87回

呼吸困難に対しては鎮静? モルヒネの増量?呼吸困難への対応について書いた「第84回 緩和的鎮静に用いる薬剤」の掲載後、読者の方から実践的なご質問をいただきました。難治性の身体症状の代表格である呼吸困難に対するアプローチについてです。今日の質問呼吸困難に対してモルヒネで鎮静することは推奨されない、と書かれていましたが、こちらに疑問があります。考え方はわからないでもないですが、ケースバイケースで対応すべきではないでしょうか。これは、実臨床で非常に悩ましい場面を経験するからこそのご質問ですね。ご質問者は、かなり豊富な緩和ケア実践を積まれているのではと推察します。さて、今回のご質問である「呼吸困難に対し、“鎮静”よりも“モルヒネ増量”で対応することの是非」について、私の見解を述べたいと思います。「最も無難な答え」としては、質問者の方も書かれているように「ケースバイケース」になるでしょう。ただ、それだとちょっと不親切な気がしますので、もう少し深掘りしてみましょう。こうした問いに対しては、「どのようなケースはモルヒネ増量が望ましく、どのような点が異なると鎮静が望ましいのか」という視点で考えることが重要です。この問題に対して、私は2つの軸で考えています。1つ目の軸は、「モルヒネ増量によって、目標とする呼吸困難の緩和がどの程度の確率で可能か?」というものです。ほかの分野の薬剤でも同様ですが、ある程度の臨床経験を積むと「これなら効きそう」「この症状だとあまり効かないかな」といったことを感じながら診療していることでしょう。そうした経験値を基に、モルヒネを増量して症状が軽減したため、少し増量してみる、という判断はありうるでしょう。逆に、原疾患の病態が不可逆的だったり早い速度で悪化したりしていれば、モルヒネを増量しても有効でない可能性が高いでしょう。その際は鎮静をせざるを得ないと判断するケースが多くなります。2つ目の軸は「患者の望んでいる覚醒度」です。症状が非常に重く、夜も寝られない状況であれば、少しでも早く症状を和らげて欲しいと考える患者さんが多いでしょう。もちろん、鎮静の倫理的妥当性は常に慎重に検討することが必要ですが、そうした状況では「モルヒネをゆっくり増量」というのは、患者の望む対応でないかもしれません。反対に、「症状をある程度我慢してでも、しっかり起きていたい」と希望する患者さんもいます。そうした方には、鎮静薬は患者の望む症状コントロール目標に見合ってない介入になってしまいます。こうしたケースでは、副作用の心配がなければ、モルヒネ増量が優先度の高い対応となるでしょう。個別の状況で判断が異なる論点なので、少し複雑に感じられる方もいるでしょう。ただ、こうした個別の状況において、「この患者さんは何を目指していて、今はどういう状況なのか?」と考えながら実践する点が、緩和ケアのやりがいでもあります。どちらが正解というよりも、「どういう状況ならば、どのやり方が最善なのか」を常に考え、うまくいった時のやりがいを感じていただけたら幸いです。今回のTips今回のTips緩和ケアにおいては、ケースバイケースに対応した考え方が大切です。

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映画「路上のソリスト」(その2)【「不幸」になる権利はあるの?私たちはどうすればいいの?(ホームレスの自由権)】Part 1

今回のキーワード浮浪の罪医療保護入院アイデンティティ幸せの押し付け保護法益友情前回(その1)に、映画「路上のソリスト」を通して、ホームレスが保護を拒む原因は、認知機能の低下によって、自由がなくなること、清潔にしなければならないこと、そして先々のことを考えなければならないことがすべてストレスになるからであることがわかりました。今回(その2)は、このホームレスの心理を踏まえて、法的、そして人道的な観点から、ホームレスが保護を拒む権利、つまりホームレスの自由権について掘り下げます。そして、精神医療はどこまでその「自由」に介入すべきか、私たちはどうすればいいかという難題に挑戦してみましょう。ホームレスを強制的に保護できないわけは?なかなか話が通じないナサニエルを見て、ロペスは支援センターのスタッフに「統合失調症だろ?」「彼を救うには、拘束して強制的に薬を飲ませるべきだ」と訴えます。薬を飲めばナサニエルは話が通じるようになるとロペスは考えていたのでした。実際のところ、どうなんでしょうか?ここから、ホームレスを強制的に保護できない理由を、法的な観点と人道的な観点の2つに分けて考えてみましょう。(1)法的な観点ー違法であるから支援センターのスタッフは、ロペスに「身に差し迫った危険がないと、薬の服用を強制することはできない」と毅然として答えます。まず法的な観点として、自傷他害のおそれがなければ、強制的な治療や入院は違法であるからです。もちろん日本では、ホームレスとして路上で生活すること自体、軽犯罪法の浮浪の罪に当たる可能性があります。しかし、精神障害による認知機能の低下が疑われる場合、「働く能力がありながら」というこの罪の要件を満たしていないことになり、罪には問えません。また、日本には家族等の同意による医療保護入院という制度はありますが、ホームレスのように家族と疎遠である場合は同意は得られないでしょう。そもそも、ナサニエルは、未治療の期間が長いため、薬物治療によって認知機能が劇的に改善する可能性は極めて低いです。前回(その1)に、ナサニエルは自由を得るためにホームレス生活の不自由さに納得していると説明しましたが、これはもはや彼の生き方、アイデンティティであると言えます。つまり、彼は「ホームレスとしてのアイデンティティ」が固まっているため、ロペスの目論見通りにはならないということです。つまり、ホームレスは、精神障害であると同時に、生き方の問題になっていることがわかります。これは、彼らの自由権です。本来人間は、他人に害を与えない限り自由に生きていく権利があります。だからこそ、ホームレスを強制的に保護することが違法なのです。なお、薬物治療には鎮静効果があり、認知機能は劇的に改善しなくても、大人しくはなります。よって、本人が望んでいなくても自傷他害のおそれがある場合に限っては、強制的な治療が合法になるのです。もちろん、冒頭でも触れたように、衛生上や臭いの問題、さらには治安の問題もあるため、彼らの存在が社会にとって迷惑だという厳しい意見はあるでしょう。しかし、騒乱罪や風俗犯罪ほど社会秩序が乱れるという具体的で明らかな不利益が起きているわけではないです。よって、保護法益(法によって守られる利益)としても弱いため、強制的な保護、言い換えれば排除することはやはり違法です。ただし、映画では、「町を一掃する」という名目で、ロサンゼルスのホームレスたちが、彼らの持ち物から「窃盗」の罪で次々と逮捕されるシーンがありました。これは、ホームレスのたまり場が、違法薬物の売買などを蔓延させ、殺人を頻繁に招いている深刻な場合です。これは、非人道的ではありますが、明らかな不利益が起きているため、違法とまでは言えなくなります。次のページへ >>

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第236回 麻酔薬を巡る2つのトピック(後編) プロポフォール使用の配信番組で麻酔科学会声明、芸人への検査は麻酔不要の「経鼻内視鏡」の不可解

石破首相の知見は要職を降りてから「アップデートされていない」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。自民党、衆院選で大敗しちゃいましたね。テレビに映る石破 茂首相の虚ろな目を見て、せっかくチャンスをもらったのに、総裁選前に自信満々で話していた自身の主張を次々反古にするなど、迷走するリーダーの姿を国民に見せてしまったことも大きな敗因ではないかと感じました。石破首相が誕生した直後、10月5日付の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」は「イシバノミクスはあるか」というタイトルで、今後の経済施策について予想するとともに、石破首相の欠点を鋭く突いていました。同記事は、石破首相が主導する経済政策「イシバノミクス」はないと断言、その理由を「党内非主流派に長く身を置」き、「首相の知見が要職を降りてから『アップデートされていない』ためだ、と霞が関の官僚はみている」と書いています。自ら得意と公言する安保政策(アジア版NATO構想など)ですら非現実的なのに、専門ではない経済・金融政策で新しい施策を打ち出せるわけがない、というわけです。実際、石破首相は、社会保障政策についても深く語ることはなく、やはり「アップデートされていない」感(言い換えれば勉強不足)を強く感じます。今回の総選挙で、紙の健康保険証存続を公約に挙げる立憲民主党が大躍進したことで、社会保障政策の最重要課題の一つである医療DX推進にも暗雲が垂れこめそうです。石破首相(あるいは新首相?)にはその点はぜひアップデートし、自らの頭の中身をDXしていただきたいと思います。配信されたバラエティ番組を麻酔科学会が強く非難さて今回も前回に引き続き、麻酔薬のトピックを取り上げます。日本麻酔科学会が「アナペイン注 7.5mg/mL」の製造所追加の承認取得をホームページで会員に伝えた同じ10月16日、同学会は別件で興味深い理事長声明を出しました。「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」1)と題されたその声明は、「10月14日配信開始の番組において、内視鏡クリニックを舞台にプロポフォールが使用され、何らかの外科的処置を必要としない人物を意図的に朦朧状態にするという内容が含まれていることを知り、深い憂慮を抱いております」と、配信されたバラエティ番組で芸能人に対して安易にプロポフォールが使われたことを強く非難しました。このトピックについては、ケアネットの「ニュース批評」、「現場から木曜日」でも倉原 優氏が「第119回 『エンタメ番組でプロポフォール静注』を観た感想」でプロポフォールの内視鏡時の使用の問題点について言及、「日本麻酔科学会が書いているように『麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切』の一言に尽きます」と書かれていますが、私も実際に配信番組を観て“あること”に気付いたので、若干の補足コメントをしてみたいと思います。「地上波では放送できない企画」をテーマに芸人らが過激な企画に出演まず、経緯を簡単におさらいしておきます。麻酔科学会が問題視したのは、Amazonプライム・ビデオで10月14日から配信が始まった「KILLAH KUTS(キラーカッツ)」という番組の中の1エピソード、「EPISODE2 麻酔ダイイングメッセージ」です。同番組は、「水曜日のダウンタウン」の演出担当として知られる藤井 健太郎氏が手掛け、「地上波では放送できない企画」をテーマに、芸人らが過激な企画に挑むのが売りだそうです。このエピソードでは、「死ぬ瞬間の薄れゆく意識を、麻酔を使えば再現できる」として、みなみかわ、お見送り芸人しんいち、ラランド、モグライダーといった人気芸人らが、被害者役と刑事役に分かれ、病院を訪れた被害者役が院内で事件に巻き込まれ、殺されてしまう、という設定のコントを演じます。被害者役が殺されると、その瞬間、医師が麻酔薬の投与を開始。意識が薄れるなか、被害者役はメモに犯人の情報を残し(いわゆるダイイングメッセージですね)、後から来た刑事役がそれを読んで推理するという設定です。番組を観てみると、被害者役の芸人たち(どちらかというとボケ役が担当)は麻酔薬の投与直後からメモを書き始めるのですが、ほとんどの芸人が犯人の情報を正確に記述することができず、ほどなくして眠りに落ちていました。「麻酔を行う」必然的な理由、エクスキューズを一応は用意制作側も、何らかの非難が起こること(あるいは炎上すること)を想定していたのでしょう。健常人に「麻酔を行う」必然的な理由、エクスキューズを一応は用意していました。番組冒頭でまず、「当番組における麻酔の投与は胃カメラ検査を目的とし、医師による監修のもと安全性に配慮した上で通常の検査で行われる方法と同様に実施しております」というテロップが流れます。さらに番組内では「今回使用するのは、人間ドッグなどで用いられ、注入開始からおよそ1分ほどで意識を失う麻酔。ちなみに、ダイイングメッセージのくだりを終えた後は、実際に胃カメラ検査を実施。あくまで今回のロケは、検査のついでにロケを行わせていただきました」というナレーションも入っています。さらに司会の伊集院 光には番組内で、「あくまで胃カメラ検査をするついでに、麻酔がかかるならこういうこともやってみよう(ということ)。麻酔を悪ふざけとか遊びに使うなんてありえない」とも言わせています。学会は「厳格なガイドラインに従って静脈麻酔薬を適切に管理し、いかなる場合にも不適切な使用を避けるよう強く要請」10月17日付「Smart FLASH」の報道によれば、このエピソードは当初は7日から配信予定でしたが、6日にはAmazonプライム・ビデオの公式Xにて「諸事情により配信日が延期となりました」と発表、ようやく14日に配信されたとのことです。しかし、冒頭で書いたように日本麻酔科学会は配信からわずか2日後の10月16日、理事長名で「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」と題する声明を出しました。麻酔科学会は、マイケル・ジャクソンの死亡事故も例に挙げながら、「プロポフォールをはじめとする静脈麻酔薬は、本来、手術や検査時の鎮静を目的に、医師の厳重な管理のもとで使用されるものです。特に、これらの薬剤は呼吸抑制のリスクを伴うため、必ず人工呼吸管理が可能な環境で使用される必要があります。(中略)適切な医療管理が行われない場合、生命に危険を及ぼす可能性があります。したがって、このような麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切であり、日本麻酔科学会として断じて容認できるものではありません」と強く非難、「麻酔科医ならびに関連する医療従事者には、厳格なガイドラインに従って静脈麻酔薬を適切に管理し、いかなる場合にも不適切な使用を避けるよう強く要請いたします」としています。内視鏡検査時のプロポフォール使用については安全性に疑問も配信番組では「麻酔薬」と言っているのみで「プロポフォール」という単語は出てこないので、番組内の麻酔薬がプロポフォールであると麻酔科学会がどう確定したかは不明です。ひょっとしたら、協力した埼玉市の医療機関(実名で出てきます)に問い合わせたのかもしれません。プロポフォールは、手術時の全身麻酔や術後管理時の鎮静効果が高いことなどメリットも多く、使いやすい麻酔薬との評価がある一方で、ベンゾジアゼピン系薬剤よりも舌が落ち込んだり、血圧が低下したりするような作用が強く、管理は比較的難しいとされています。また、ICUの小児への使用に関連して、2014年に東京女子医大で重大な事故も起こっています(「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」参照)。そうしたことも、麻酔科学会が配信番組をあえて非難した理由の一つかもしれません。実際、倉原氏が指摘しているように、内視鏡検査時のプロポフォール使用はなかなか難しい問題もあるようです。日本麻酔科学会の「内視鏡治療における鎮静に関するガイドライン」ではその使用が認められている一方で、「プロポフォールによる鎮静が内視鏡室で非麻酔科医によって安全に行えるかどうかは、日本の医療現場や教育体制、現行の医療制度では明言できない」と記載されているとのことです。倉原氏は、「欧米と比較して非麻酔科医によるプロポフォール使用の教育システムが整っていないという指摘があります」と書かれています。使われていた内視鏡は経鼻内視鏡、プロポフォールによる静脈麻酔は必要だったのか?もう1点、この配信番組を観て驚いたのは、使われていた内視鏡が経鼻内視鏡だった点です。最初の“被害者”であるモグライダーのともしげに麻酔がかけられた後、経鼻内視鏡が挿入される場面があります(ほかの“被害者”ではその場面はなし)。咽頭反射が起こらないため通常の内視鏡検査よりも格段にラクな検査です。多くの医療機関で麻酔薬なしか、リドカインによる鼻腔麻酔などで行われている経鼻内視鏡の検査を行うのであれば、そもそもプロポフォールによる静脈麻酔は必要がなかったはずです。番組で伊集院 光は「麻酔を悪ふざけとか遊びに使うなんてありえない」と語っていますが、内視鏡検査が「経鼻」であったことだけでも、「悪ふざけとか遊び」であったと言えるのではないでしょうか。プロポフォールを打たれた芸人たちは、厳重な安全管理の下で麻酔をされたとは言え、不要、あるいは過剰とも言える医療を施されたわけで、その意味では本当の“被害者”だったわけです。それにしても、一番の問題は、この番組がコントとして全然面白くなかったことです。テレビ局のコンプライアンスが厳しくなり、地上波のバラエティ番組では作りたいものが作れない、と芸人がボヤいたりしています。「KILLAH KUTS」も「地上波では放送できない企画」がテーマだそうです。しかし、「コンプライアンスを守らない=過激=面白い」とはなりません。番組視聴のためにわざわざ入会したAmazonプライムの会費を返して欲しいとすら思った一件でした。参考1)静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について/日本麻酔科学会

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第119回 「エンタメ番組でプロポフォール静注」を観た感想

番組でプロポフォールを使用「この演出家がこんな番組を!」という広告がチラホラ目に入っていたので、少し心配していましたが、案の定、炎上してしまいました。有名番組の演出を手がけていた人が制作したAmazonプライム・ビデオの番組が、プロポフォールを静脈注射するという企画を配信したのです。第1回は「スポーツスタンガン」がテーマで、芸人たちがフェンス付きのリング内でスタンガンを押し付け合い、通電したら負けというもの。私が子供の頃には、電気ショック系のお笑い番組がたくさんありましたが、これはその流れを汲んでいるのか、昭和世代には比較的受け入れられるのかもしれません。一定数、批判は来るでしょうが。そして、第2回が問題の「麻酔ダイイングメッセージ」。芸人が「病院で何者かに殺される」という設定で、実際にプロポフォールを静注して意識を失う前に、手書きのダイイングメッセージを残せるかどうかを試すというものです。めちゃくちゃ攻めてます。「当番組における麻酔の投与は胃カメラ検査を目的とした医師による監修のもと安全性に配慮した上で、通常の検査で行われる方法と同様に実施しております」というテロップもあり、一応検査目的での使用という体裁を取っています。しかし、実際のところは、検診ではなくお笑い目的で使っていることになります。私自身、許容範囲は広いほうですが、これは各所から批判が殺到するのではないか…と心配になる内容でした。予想通り、日本麻酔科学会が公式にコメントを発表したことで、SNS上で炎上。後で詳しく触れますが、炎上はある意味で予定どおりだったのかもしれません。日本麻酔科学会. 理事長声明「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」(2024年10月16日)何が問題か?マイケル・ジャクソンの死因になっただけでなく、大学病院でも死亡が取り沙汰されたこともあり、プロポフォールの適切な管理に対する医学界の認識は高いはずです。とはいえ、内視鏡検査ではプロポフォールはたしかに使用されています(ちなみに当院の内視鏡検査はミダゾラム、フェンタニルが主です)。検診で行っている麻酔に、企画を乗っけた形になるので、違法性はありません。プロポフォールの内視鏡時の使用については、日本麻酔科学会の「内視鏡治療における鎮静に関するガイドライン」1)でも認められており、「適切なモニタリング下で使用すれば偶発症は増加せず、回復・離床時間が短く、長時間の手技中断も少なく、医師・看護師・患者の満足度が高い」とされています。さらに、「ASA-PS分類IまたはIIの患者に限り、気道確保等の訓練を受けた医師によるプロポフォール使用は可能」とされています。ただし、ガイドライン本文では、「プロポフォールによる鎮静が内視鏡室で非麻酔科医によって安全に行えるかどうかは、日本の医療現場や教育体制、現行の医療制度では明言できない」とも記載されており、欧米と比較して非麻酔科医によるプロポフォール使用の教育システムが整っていないという指摘があります。これにより、ダイジェストと本文の温度感に若干の違いを感じる部分もあります。ちなみに、プロポフォールは内視鏡検査時の使用について保険適用はありません。このあたりにも、若干の齟齬があります。ですから、おそらくエンタメでプロポフォールを使った時点で、どのような企画であっても炎上していたでしょう。だからこそ、伊集院 光さんが「地上波で放送できなかった」と番組でも発しています。日本麻酔科学会が書いているように「麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切」の一言に尽きます。何をもって「いたずらに」とするかは、何とも言えないところですが、「エンタメ目的で医薬品を使用する」のは個人的に賛成できません。この企画では検診が建前で、エンタメ目的ではないというスタンスですが、SNS上では議論が平行線のままです。想定範囲の炎上だったためか、その後配信は中止されることもなく、現在でもAmazonプライムで視聴できます。そして、その後も定期的に新しい企画が更新され続けています。制作側としては「地上波で批判が予想される企画は通らない」というジレンマを抱えていたのかもしれません。しかし、ここまで過激にしないと視聴者が付かないという現象は、テレビがエンタメとしての役割を終えつつあることや、スマホ世代の取り込みに苦戦している現状を映し出しているのかもしれません。参考文献・参考サイト1)日本消化器内視鏡学会内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン委員会. 内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン(第2版). 日本消化器内視鏡学会雑誌. 2020;62:1635-1681.

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激しい興奮を伴うせん妄への対応【非専門医のための緩和ケアTips】第86回

激しい興奮を伴うせん妄への対応緩和ケアの実践で常に遭遇するせん妄ですが、とくに激しい興奮を伴うときは非常に大変です。今回は訪問看護師さんからご質問いただきました。今日の質問在宅で終末期患者をケアしていると、時々、非常に強い興奮を伴ったせん妄を経験します。患者さんは怒りとともに、殴りかかろうとするくらいの興奮です。こんな時、どうすれば良いのでしょうか。見ている家族もつらそうで、少しでもできることがないかと思います。強い興奮を伴うせん妄は、本当に大変ですよね。私も経験がありますし、なかなか難しい対応を強いられたことも多くあります。点滴を引きちぎり、手当たり次第にモノを投げようとするなど、本当に手が付けられないような状況もありました…。このような状況でわれわれに何ができるのでしょうか。まず大前提として、せん妄の対応は原因となっている「身体疾患の改善」と環境などの「非薬物療法」の検討が必要となります。とはいえ、緩和ケアの実践では終末期状態の方が多く、身体状況は不可逆なことが多いですよね。なので、なかなか根本解決が難しいのが苦しいところではあります。さて、そういった基本的なことを理解し、実践している前提で、今回の質問のような非常に激しい興奮を伴うせん妄にはどのように対応するのでしょうか?共通見解やエビデンスに乏しい分野ですが、私の対応例をご紹介します。まず、このような状況では、本人と周囲の人の安全確保を優先しましょう。その観点から、身体拘束をせざるを得ない、という判断も必要になります。身体拘束はもちろん好ましいことではないものの、本人が暴れてベッドから落ちて骨折する、周囲の人がけがをする、などのことも許容されません。ここはジレンマを抱えながらの実践になると思います。もちろん、身体拘束が必要なくなったらすぐに解除することは大前提です。このような興奮状態の場合、そのままでの投薬は現実的に困難です。よって、人手を集め、身体拘束などで安全を確保したうえで、薬剤の投与を検討します。基本的にはハロペリドールなどの抗精神病薬を用いて、効果を評価しながらベンゾジアゼピン系薬を用います。具体的にはハロペリドールを0.5mg投与し、そのうえでミダゾラムなどをゆっくり投与します。ミダゾラムは半減期が2時間程度と短く、好んで使用する専門家が多いと思います。また、ベンゾジアゼピン系薬には拮抗作用を持ったフルマゼニルがあることも重要な点ですので、覚えておきましょう。ベンゾジアゼピンによる鎮静が過剰になった場合にも、半減期の短さと拮抗薬の存在が強みになります。一方、せん妄への処方としては、抗精神病薬以外は適応外使用になりますので、ここはよく理解して使用する必要があります。適応外使用であっても使用禁忌というわけではないですし、患者負担が増えることもありません。ただ、有害事象の発現時などには、その使用判断の妥当性は問われることを理解しておく必要があるでしょう。ベンゾジアゼピン以外の選択肢として、クロルプロマジンを使う時もあります。クロルプロマジンは内服だけでなく、筋肉注射可能な注射薬もあり、せん妄の時には重宝します。これらの鎮静作用の強い薬剤の注意点は、先に述べた適応外使用となることに加え、これらの鎮静作用自体がせん妄の悪化要因になり得ることです。それもあって鎮静効果が遷延せず、かつ作用時間が短いベンゾジアゼピンであるミダゾラムを優先して使用している方が多いのでしょう。最後に、改めてせん妄を診る時は、治癒可能な原因を見逃さないことが大切です。とくに、経過中に生じた新たな興奮を伴うせん妄は、脱水や新規薬剤など新たな要因が関与していることも多いので、対応しながら再評価する必要があります。今回のTips今回のTips興奮を伴うせん妄には、場合に応じて身体抑制と鎮静作用の強い薬剤を使用し、原因を改めて検討、評価する。日本総合病院精神医学会せん妄指針改訂班編. せん妄の臨床指針 せん妄の治療指針 第2版.星和書店;2015.

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日本におけるうつ病に対するベンゾジアゼピン長期使用の分析

 うつ病および不眠症を合併している患者では、持続的な不眠症のマネジメントのために抗うつ薬と併用してベンゾジアゼピン薬(BZD)やZ薬などの睡眠薬がよく使用される。しかし、うつ病患者に対する睡眠薬の長期使用に関連する要因は、あまりよくわかっていない。久留米大学の土生川 光成氏らは、不眠症を合併したうつ病患者に対する睡眠薬併用の長期的な状況を分析した。Journal of Psychiatric Research誌2024年10月号の報告。 抗うつ薬と睡眠薬(BZD /Z薬)を開始したうつ病患者351例のデータをレトロスペクティブに分析し、12ヵ月時点での睡眠薬の長期使用率と関連する要因を調査した。長期使用についてロジスティック回帰分析を用いて、不眠症重症度を縦断的に評価した32例の患者において、睡眠薬継続群と中止群の間で不眠症重症度を比較した。 主な結果は以下のとおり。・12ヵ月間睡眠薬を使用した患者の割合は、66.1%であった。・多重ロジスティック回帰分析では、睡眠薬の長期使用と関連していた因子は、併用治療開始時の睡眠薬のジアゼパム換算量5mg超、うつ病診断前の慢性不眠症、入院であった(各々、p<0.01)。・不眠症重症度の不十分な改善と睡眠薬長期使用との関連も示唆された。・これらの結果の信頼性は、睡眠薬への依存、睡眠薬使用に対する患者の態度、鎮静性抗うつ薬や抗精神病薬など他剤で治療されている患者の除外など、さまざまな因子により弱められた。 著者らは「本結果は、不眠症を合併したうつ病患者の治療戦略に役立つ可能性がある。睡眠薬の長期使用を避けるには、併用治療開始時の投与量(5mg以下)を適切に維持する必要があり、難治性不眠症にはBZD/Z薬の代替治療を行う必要がある」と結論付けている。

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患者の望む抗精神病薬の特性とは

 統合失調症や双極症I型に対し抗精神病薬は有効な治療薬であるが、異なる治療オプションの中で、症状改善と副作用とのバランスをみながら、選択する必要がある。新たな治療オプションが利用可能になると、評価される抗精神病薬の特性と治療選択時の患者の希望を考慮することは重要である。米国・AlkermesのMichael J. Doane氏らは、統合失調症または双極症I型患者における経口抗精神病薬の好みを明らかにするため、本研究を実施した。BMC Psychiatry誌2024年9月10日号の報告。 経口抗精神病薬の5つの特性(症状重症度改善度などの治療効果、6ヵ月間の体重増加、性機能障害、過鎮静、アカシジア)に関する、患者の好みを明らかにするため、離散選択実験をオンラインで実施した。対象は、統合失調症または双極症I型と診断された18〜64歳の患者。 主な結果は以下のとおり。・対象患者数は、統合失調症患者144例、双極症I型患者152例。・統合失調症患者は、女性の割合50%、白人の割合69.4%、平均年齢41.0±10.1歳であった。・双極症I型患者は、女性の割合69.7%、白人の割合77.6%、平均年齢40.0±10.7歳であった。・いずれのコホートにおいても、患者は、より有効性が高く、体重増加が少なく、性機能障害やアカシジアがなく、過鎮静リスクの低い経口抗精神病薬を好んだ。・治療の有効性は、最も重要であり、conditional relative importance(CRI)は、統合失調症患者で31.4%、双極症I型で31.0%であった。・患者の最も避けたい副作用は、体重増加(統合失調症患者CRI:21.3%、双極症I型CRI:23.1%)と性機能障害(統合失調症患者CRI:23.4%、双極症I型CRI:19.2%)であった。・統合失調症患者では、症状改善のためであれば、9.8ポンドの体重増加または過鎮静リスク25%超を受け入れると回答し、双極症I型患者では、8.5ポンドの体重増加または過鎮静リスク25%超を受け入れると回答した。 著者らは「統合失調症患者および双極症I型患者は、抗精神病薬の最も重要な特性として、治療効果を挙げた。体重増加および性機能障害は、最も避けたい副作用であったが、より良い効果のためであれば、ある程度の体重増加や過鎮静を受け入れ可能であった」とし、「これらの結果は、患者が抗精神病薬に求める特徴と治療選択を行う際のリスクとベネフィットのバランスを考えるうえで、役立つであろう」と結論付けている。

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RCTで重視、効果検証の鍵となるプラセボ手技【臨床留学通信 from Boston】第4回

RCTで重視、効果検証の鍵となるプラセボ手技ボストンは8月下旬よりすでに最低気温が10度を切ることもありましたが、おおむね気候は9月下旬になっても変わらず、最高気温17~25度、最低気温10~13度前後と過ごしやすい季節になっています。10月になるとニューヨークではダウンジャケットも必要な日もあったため、すぐにそういった日が来るのではないかと思います。マサチューセッツ総合病院(MGH)ではランダム化比較試験(RCT)に参加することも多く、今回はそのことについて紹介します。coronary-sinus reducer(CSR)という冠静脈洞の血流を落とすようなステントを置くことで、血行再建もままならない薬物治療抵抗性の狭心症の患者さんに効果が見込めるのかどうかのRCTとなります。英国では「ORBITA-COSMIC試験」という名前でLancet誌に掲載されています1)。このORBITA試験シリーズのRCTは非常にユニークで、PCIが狭心症の症状に効くのかどうかを調べたRCT「ORBITA 2試験」も行われています2)。そもそも狭心症に有効と考えられていたPCIですが、とくに安定狭心症に対しての予後改善効果が乏しいとされ、窮地に立たされているところでした3)。それなら症状はどうか、ということで行われたのがORBITA2試験でした。面白いことに、コントロール群はPCIを受けないのですが、カテーテルは動脈に挿入されて、少し鎮静されて、ヘッドホンを付けて音も聞こえないという状況で、治療したかどうかが患者さんにわからないようになっています。このようなQOLを評価するRCTにおいて、プラセボ手技は循環器領域で重要視されています。今回、ORBITA試験シリーズの米国版RCTを行ううえで、上記のとおり患者さんは眠らされ、ヘッドホンを装着させられ、治療されたかどうかわからないようになっています。そして、手技をする医師と外来でフォローする医師は別になり、外来でフォローする医師は、介入群かコントロール群かまったくどちらかわからない中で症状を評価します。私の患者さんがどちらにあてられたかはさておき、患者さんは「You are making history」と言われてRCTに参加されてきました。日本ではプラセボ手技を念頭に置いてRCTに参加することはなかなかないので、貴重な経験でした。参考1)Foley MJ, et al. Lancet. 2024;403:1543-1553.2)Rajkumar CA, et al. N Engl J Med. 2023;389:2319-2330.3)Maron DJ, et al. N Engl J Med. 2020 Apr ;382:1395-1407.ColumnMGHのような大きな施設にいると、さまざまな研究者が日本から海を渡ってやってきます。なんと驚いたことに、私の大学のテニス部の後輩が2人も同時期にいました。肝移植についての研究をしているそうで、年齢は6つ以上離れているので同時期に大学にいたわけではないのですが、テニスの話はいつになっても盛り上がりました。もう1枚は同僚カテーテル治療フェローとの写真をカテ室で。ニューヨークではレジデントがひと学年に25人、フェローが12人と非常に多くひしめいて、予定もバラバラでした。同僚フェロー達と毎日同じ部屋にいることがなかったのですが、ボストンでのこの1年は同僚たちと毎日同じ部屋にいます。優秀な3人にいろいろと助けられています。

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緩和的鎮静に用いる薬剤【非専門医のための緩和ケアTips】第84回

緩和的鎮静に用いる薬剤「緩和的鎮静」とは、ほかの手段での苦痛緩和が難しく、意識レベルを低下させることでしか症状を和らげることができない場合に検討されるものです。その適応は慎重に議論される必要があります。では、実際に緩和的鎮静を実施する際には、何に注意すればよいのでしょうか?今回の質問肺がんの患者さんを訪問診療で担当していた時に、予後数日程度のタイミングで非常に呼吸困難が強い状態となりました。鎮静が必要と判断し、モルヒネの増量で対応したのですが、もっと良い対応があったのではないかと感じています。呼吸困難は在宅緩和ケアの継続を難しくする症状の1つであり、入院時でも鎮静をせざるを得ないことがしばしばです。そうした難しい症状の患者さんを終末期まで在宅で支えたこと、本当に頭が下がります。緩和的鎮静に用いられる薬剤の第1選択はミダゾラムです。日本緩和医療学会の『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』1)や各種書籍でもミダゾラムを推奨していることが多いですが、安全に使用できるのであれば、ほかのベンゾジアゼピンでも問題はありません。入手のしやすさや自分の慣れ具合も加味して選択します。さて、今回のご質問にある「モルヒネで鎮静」はどうなのでしょうか? これは実は「推奨されない」処方です。モルヒネはあくまでも“鎮痛”作用を期待して投与します。もちろん、投与量を増やせば“鎮静”作用も強まりますが、それは薬剤のメインの効果ではなく、副作用的な効果です。結果として副作用が懸念される投与量になる危険性があります。“鎮静”を主な薬理作用とするほかの薬剤がある中で、モルヒネを選択する理由がありません。緩和的鎮静を行うのは、症状が強く、厳密に意識レベルを見ながら投与量を調整しなければならない場面です。だからこそ、“鎮静”薬が推奨されるのです。同じ理由で、せん妄などに用いるハロペリドールなどの抗精神病薬を鎮静に使うことも推奨されません。緩和的鎮静では、「完全に意識を低下させて眠った状態」の前に、「意識を保ちながら、本人の許容できる程度に症状が軽減しないか試みる」ことが推奨されています。これは「調節型鎮静」と呼ばれ、鎮静薬を苦痛症状の程度に合わせて調整することに由来します。症状が和らいだ時点で意識が保てていれば、それ以上の鎮静薬投与は行いません。緩和的鎮静の目的は症状を和らげることであり、目的が達成されたのであれば、意識はあったほうが患者のQOLが保てる、という観点に基づいています。調節型鎮静はまだあまり知られていない方法なので、ぜひ前述した『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』中の「V章6 実際の投与方法と評価・ケア」の項に目を通してみてください。今回のTips今回のTips緩和的鎮静では、鎮静薬を調整して使うことが大切。1)日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編. がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版. 金原出版;2023.

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BPSDに対する第2世代抗精神病薬5剤の比較~ネットワークメタ解析

 認知症患者で頻繁にみられる認知症の行動・心理症状(BPSD)の治療において、第2世代抗精神病薬(SGA)がよく用いられるが、その相対的な有効性および忍容性は明らかになっていない。中国・四川大学のWenqi Lu氏らは、BPSDに対する5つのSGAの有効性、許容性、忍容性を比較するため、システマティックレビューおよびネットワークメタ解析を実施した。BMJ Mental Health誌2024年7月30日号の報告。 標準平均差(SMD)を用いて、連続アウトカムの固定効果をプールした。カテゴリ変数に対応したオッズ比(OR)および95%信頼区間(CI)を算出した。有効性の定義は、標準化された尺度によるスコア改善とした。許容性は、すべての原因による脱落率とし、忍容性は、有害事象による中止率と定義した。相対的な治療順位は、SUCRAにより評価した。有害事象アウトカムには、死亡率、脳血管有害事象、転倒、過鎮静、錐体外路症状、排尿症状を含めた。 主な結果は以下のとおり。・ネットワークメタ解析には、介入期間が6~36週で5つのSGA(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)について検討を行ったランダム化比較試験20件、6,374例を含めた。・有効性アウトカムは、プラセボと比較し、ブレクスピプラゾールのほうが高かった(OR:−1.77、95%CI:−2.80~−0.74)。また、ブレクスピプラゾールは、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも優れていた。・許容性に関しては、アリピプラゾールのみがプラセボよりも良好であり(OR:0.72、95%CI:0.54~0.96)、アリピプラゾールはブレクスピプラゾールよりも優れていた(OR:0.61、95%CI:0.37~0.99)。・忍容性に関しては、オランザピンはプラセボ(OR:6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR:3.67、95%CI:1.66~8.11)、クエチアピン(OR:3.71、95%CI:1.46~9.42)よりも不良であり、アリピプラゾールはオランザピンよりも優れていた(OR:0.25、95%CI:0.08~0.78)。・クエチアピンは、脳血管有害事象について良好な安全性が示唆された。・ブレクスピプラゾールは、転倒についてより安全性が高く、過鎮静についても同様の安全性が示唆された。 著者らは「ブレクスピプラゾールは、BPSD治療において優れた有効性を示し、アリピプラゾールは最も許容性が高く、オランザピンは最も忍容性が低いことが示された。本結果は、意思決定の指針として利用可能であると考えられる」とまとめている。

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第227回 東京女子医大 第三者委員会報告書を読む(後編)「“マイクロマネジメント”」と評された岩本氏が招いた「どん底のどん底」より深い“底”

「医科大学と大学病院を擁する本法人の理事長としての適格性が備わっていたのかという点について、疑問」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先日、大学時代の山仲間と北アルプスの常念岳と蝶ヶ岳をテントを背負って縦走してきました。初日、三股から登り始めて約30分、樹林帯の中で先頭を歩いていた仲間が突然「何かいる!」と叫びました。と次の瞬間、正面の藪の中からツキノワグマが飛び出して来ました。クマもびっくりしたのかその目はとても焦った表情で、猛スピードで我々4人の間を駆け抜け、沢筋に消えました。私は2番目を歩いていたのですが、3番目だった仲間のウォーキングポールにぶつかるほどの近さでした。これまで幾度か山でクマに遭遇していますが、1メートル以内は最短記録です。最近、登山用品店では「クマ避けスプレー」なるものが売られていますが、「あれじゃ、スプレーを取り出している暇はないね」「今回は大人のクマでなくてよかった(子グマより少し大きい青年グマでした)」などと皆で今後のクマ対策を話しました。それにしてもクマが引き返してこなくて良かったです。さて、今回も引き続き、ワンマン理事長、岩本 絹子氏が招いた東京女子医大の数々の問題について、8月2日に第三者委員会が公表した調査報告書の内容を紹介したいと思います。前回(「東京女子医大 第三者委員会報告書を読む(前編)「金銭に対する強い執着心」のあるワンマン理事長、「いずれ辞任するが、今ではない」と最後に抗うも解任」)は、同窓会組織・至誠会と学校法人の不適切な資金支出や、寄付金を重視する推薦入試や人事のあり方などに対して調査報告書が下した結論について書きました。今回は、岩本氏について「そもそも医科大学と大学病院を擁する本法人の理事長としての適格性が備わっていたのかという点について、疑問と言わざるを得ない」と書いた調査報告書が、その経営手法を具体的にどう評価したのかを見てみます。「高度医療施設を備えて患者や地域医療に貢献しようとすることに対する理解も関心も薄かった」247ページにも及ぶ第三者委員会の「調査報告書(公表版)」1)の最終章、「第10章 原因分析」の「第3 岩本理事長の経営手法にみられる問題点」では、具体的に「1. 教育・研究と病院・臨床に対する理解・関心の薄さ」、「2. 金銭や儲けに対する強い執着心」、「3. 異論を敵視し排除する姿勢と行動」、「4. 人的資本を破壊し組織の持続可能性を危機に晒す財務施策」の4つの観点から、岩本氏の経営の問題点を分析しています。「1. 教育・研究と病院・臨床に対する理解・関心の薄さ」の項では、岩本氏は東京女子医大卒業後、長年にわたり産婦人科医院を経営してきた開業医であり、医科大学で教育・研究に携わった経験も、大学病院という高度医療機関において臨床に携わった経験も乏しいと指摘、「本大学における教育・研究に対する理解も関心も薄かった。(中略)本病院がPICU(小児集中治療室)など高度医療施設を備えて患者や地域医療に貢献しようとすることに対する理解も関心も薄かった」としています。そうした姿勢が顕著に現れたケースとして、報告書は東京女子医大再生を目的に開設したPICUを運用停止した事案を挙げ、「岩本氏の重大な経営判断の誤り」と結論付けています。さらに、運用停止後に小児集中治療医の大量退職を招いたにもかかわらず、何ら有効な手段を取らなかったことについて「二重の判断の誤り」であったとしています。「岩本氏にとっては、 目先において儲かるか否かが最優先事項」「2. 金銭や儲けに対する強い執着心」の項では、前回紹介した、岩本氏の金銭にまつわるさまざまな所業について、「副理事長となって経営統括理事となったその瞬間から、資金の不正支出・利益相反行為の疑義を生ぜしめる行為に手を染めていたことになる。岩本氏は、これを皮切りに、資金の不正支出・利益相反行為の疑義を生ぜしめる一連の行為を繰り返した。そこには、金銭に対する強い執着心と、本法人に対する忠実性の欠如を見て取ることができる」としています。また、PICU閉鎖については、「岩本氏にとっては、目先において儲かるか否かが最優先事項であり、PICU設置を確実に実現することや、医療安全確立による本病院の評価向上、中長期的な業績向上、医療現場の士気向上を図ることなどは劣位に置かれた」とし、「教職員の人件費を低く据え置いたまま自身の報酬を増額させるということも、通常の感覚を持った経営者であれば決してできない行動」と批判しています。「自身の考えとは異なる意見を述べる者に対しては、自身の権力基盤を骨かす存在として敵視し、組織から排除」岩本氏の異常さは、経営姿勢や金銭感覚だけに留まりません。「3. 異論を敵視し排除する姿勢と行動」の項では、その経営手法について、「足元の経営統括部に権限を一極集中させ、全てのことを自身の経験と実績に引き寄せて判断しようとする“マイクロマネジメント”に陥っていた」と指摘、「自身の考えとは異なる意見を述べる者に対しては、自身の権力基盤を骨かす存在として敵視し、組織から排除することを繰り返し行った。それまでどんなに気心が知れている間柄であっても、一度異論を述べた者を突如として敵視し、報復と疑われる不適切な人事措置を講じてまで、組織から排除した」と書いています。その結果、「理事・監事らは、本来なら岩本氏の業務執行を監督・監査する職責を負っていることは自覚しつつも、岩本氏に異論を唱えれば自身が敵視され排除されるという現実に直面し、声を上げることを差し控えてきた。かくして理事会の構成員は『岩本一強』体制に取り込まれ、理事会と監事のガバナンス機能は封殺された」として、「本法人が現在の窮状に陥っていることの大きな要因が、岩本氏の異論を敵視し排除する姿勢と行動にあることは明らかである」と断じています。「岩本氏が進めた財務施策とは、立場の弱い現場の教職員を犠牲にするものであった」「4. 人的資本を破壊し組織の持続可能性を危機に晒す財務施策」の項では、経営指標の面から岩本氏の経営を評しています。岩本氏は、2019年の大学再生計画外部評価委員会総括書において「これまで47%程度であった人件費率を、2017年度には42%台まで低下させている。さらに、諸施策の実行に伴って、2014年度からの赤字を3年で解消し、2017年度は黒字に転換させるなど、明確な実績を上げた」と評価されていた、としつつも「2020年度以降、収支はコロナ関連補助金を除けば一貫して赤字であり、赤字幅が年々拡大している。病床利用率、入院患者数・外来患者数と医療収入は下落の一途を辿っている。もはや岩本氏を財務改善の功労者と持ち上げることはできない」としています。そして、「岩本氏が進めた財務施策とは、要は現場の人員や人件費を削減するものであり、見方によっては、立場の弱い現場の教職員を犠牲にするものであった」と批判、「岩本氏の財務施策は、短期的な財務改善と引き換えに、人的資本を破壊するもの、中長期的な組織の持続可能性を危機に晒すものであったと断ぜざるを得ない」と厳しい評価を下しています。2014年に起きたプロポフォール事件がターニングポイント読むだけでも恐ろしくなって来る話です。よくそんな組織の下で高度医療が提供できていたなと感じます。実際のところ、東京女子医大の経営状況や岩本氏の横暴が東洋経済オンラインや文春オンラインなどで報道されはじめた2020年以降、岩本体制を批判する勢力との対立も激しくなり、「本法人のレピュテーションは著しく毀損され、教職員の満足度の更なる低下と大量退職を招き、また教職員の募集採用活動にも当然ながら悪影響を及ぼしている」とのことです。患者数が激減するのもむべなるかなです。それにしても、最大の謎は「医科大学で教育・研究に携わったが経験も、大学病院という高度医療機関において臨床に携わった経験も乏しく」、「目先において儲かるか否かが最優先事項」で「“マイクロマネジメント”」しかできず、「自身の考えとは異なる意見を述べる者を敵視して組織から排除する」ような人物が、なぜ医科大学の理事長になれたのか、という点です。岩本氏は1973年に東京女子医大を卒業した産婦人科医で、同大の創業者の一族でもあります。同大勤務や葛西中央病院産婦人科部長を経て、1981年に葛西産婦人科院長に就任。2013年6月~23年4月には至誠会の会長を務め、この間、2014年に同大の副理事長、2019年に理事長に就任しています。同大の副理事長に就任した2014年がターニングポイントと言えそうです。その2014年の2月、東京女子医大病院で鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡するという事故、いわゆるプロポフォール事件が起こっています(「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」参照)。このプロポフォール事件と関連して起きた学内のドタバタが、岩本氏の理事長就任の大きなきっかけとなったようです。岩本氏が招いた「どん底のどん底」より深い“底”調査報告書の「第3章 2014年プロポフォール事件以降の本法人の経営状況」では、同事件が起こる前から経営陣と一部の役員・教員の間で対立があったことや、文部科学省から管理運営の適正化のための施策の提出を求められたこと、同事件によって特定機能病院の承認取り消しとなり、経営に大きなダメージを与えたことなどについて詳述しています。文科省は、プロポフォール事件で表沙汰となった東京女子医大の医療安全体制やガバナンス不全について問題視し、学校法人としての管理運営の適正化に資する諸施策を策定して報告するよう求めました。最終的に同大は2014年11月に「大学再生計画」を文科省に提出するのですが、そこに至るまでの間、「事故の原因分析まで踏み込む必要がある」と文科省から指摘を受け、一度受領を拒絶されています。調査報告書は、拒絶された時「文科省からは本法人が『どん底のどん底』にあることをよく認識するようにと厳しい指摘を受けた」と書いています。この大学再生計画提出後、同計画の遂行に大きな貢献があったことなどを理由に、岩本氏は2019年3月、副理事長から理事長になっています。この時、「どん底のどん底」より深い“底”がその先に待っていようとは、誰も想像しなかったに違いありません。今回の調査報告書や、警視庁の家宅捜索などによって東京女子医大の特定機能病院再承認はまたまた遠のいたと考えられます。加えて、年間20億円近くあった私学助成金(私立大学等経常費補助金)も大幅に減額されるに違いありません。一つの医療事故、一つの理事長人事をきっかけに、大学といえどもその組織は簡単に崩壊に向かうのだということを、今回の東京女子医大のケースは教えてくれます。参考1)第三者委員会による調査報告書の公表について/東京女子医科大学

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フェンタニルは呼吸困難に使えるか?【非専門医のための緩和ケアTips】第82回

第82回 フェンタニルは呼吸困難に使えるか?呼吸困難に対するオピオイドといえば、最もメジャーなものはモルヒネでしょう。最近は、呼吸困難時にヒドロモルフォンやオキシコドンも使われることが増えてきました。では、貼付剤もあって利便性の高いフェンタニルはどうでしょうか?今回の質問訪問診療で診ている肺がん患者さん。嚥下機能が低下し、内服が難しい状況です。がん疼痛と労作時呼吸困難に対してオピオイドが必要と判断し、モルヒネの坐剤とフェンタニル貼付剤を処方しました。痛みが強い時はモルヒネを使うのですが、フェンタニル貼付剤を開始したところ呼吸困難がラクになったと言います。フェンタニルは呼吸困難にはあまり有効でないと考えていましたが、実際には効くのでしょうか?「呼吸困難に対するオピオイドの使い方」は、緩和ケアでしばしば話題になるテーマです。とくにフェンタニルは腎機能が悪い場合も使いやすく、貼付剤もあることから在宅緩和ケアで重宝する薬剤ですが、呼吸困難に対する効果はどうなのでしょうか?エビデンスについて詳細に述べることはしませんが、私の理解としては、ざっくり以下の通りです。がん患者の呼吸困難に対しフェンタニルが症状緩和に有効であったという報告はあるものの、モルヒネやプラセボを上回る有効性を示した研究はない。慢性心不全や呼吸器疾患のような非がん疾患による呼吸困難に対するフェンタニルの有効性を示した質の高い研究はない。これらを踏まえ、『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン』(2023年版)でも、がん患者の呼吸困難に対するフェンタニルの全身投与は推奨されていません。以上がエビデンスベースの話ですが、臨床的な実感はどうでしょうか?私が急性期病院や集中治療に携わっていたとき、鎮痛のためフェンタニルを静注している患者さんを受け持つことが多くありました。その中には「呼吸困難にもフェンタニルが有効なのかな」と感じる例もありました。ただ、強い呼吸困難はフェンタニルだけでは対応が難しく、モルヒネによる鎮静が必要になることが大半でした。こうした経験を振り返ると、「フェンタニル自体の薬理作用よりも、薬剤を投与した安心感によって呼吸困難が和らいだ可能性もある」と感じます。呼吸困難は不安感などの心理的要素も症状を悪化させることが知られており、薬理効果以外の症状緩和に対する効果も考慮する必要があるでしょう。私自身は、呼吸困難に対して積極的にフェンタニルを使用することはありませんが、さまざまな経緯からフェンタニルを投与され、患者さんが効果を実感している際には「まあ、よしとするか」と判断しています。このあたりは専門家でもスタンスが異なることが多いでしょう。ぜひ皆さんの意見も教えてください。今回のTips今回のTips現状のエビデンスでは「呼吸困難にフェンタニルは積極的に使わない」。しかし、状況に応じた使い分けを検討する場合も。

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自宅でできる大腸がん検査で大腸がんの死亡リスクが低減

 自宅で採取した便検体を用いる免疫学的便潜血検査(fecal immunochemical test;FIT)により、大腸がんによる死亡リスクを33%低減できることが、新たな研究で示された。FITは、大腸がんまたは前がん病変の可能性がある大腸ポリープの兆候である便中の血液を抗体で検出する検査法だ。論文の筆頭著者である、米オハイオ州立大学医学部教授のChyke Doubeni氏は、平均的なリスクの人をスクリーニングするためには、年に1回のFITによる大腸がん検診が、「10年ごとの大腸内視鏡検査と同程度に機能する」と述べている。この研究の詳細は、「JAMA Network Open」に7月19日掲載された。 Doubeni氏は、「本研究結果を受け、患者とその臨床医は、自信を持ってこの非侵襲的な検査を大腸がん検診に使用できるようになるだろう。また、大腸がん検診率が非常に低い、医療サービスが十分に行き届いていない地域社会において、FITを効果的に用いる方法を見つけることにもつながるはずだ」と同大学のニュースリリースの中で述べている。 Doubeni氏は、「大腸がん検診のゴールドスタンダードは大腸内視鏡検査だが、この検査に抵抗を覚える人もいる」と話す。大腸内視鏡検査では、患者は鎮静剤を投与され、カメラ付きの細いチューブを直腸に挿入して腸の内壁を観察する。同氏は、「大腸がんは、検診を受けることで、最も初期の前がん病変を発見できることが何十年も前から知られている。しかし、45~75歳の米国人のうち大腸がん検診を受診しているのはわずか60%程度に過ぎない」と話す。一方、FITは、自宅というプライバシーの保たれた場所で便を採取できる。採取した便検体は、検査機関に送って分析してもらう。 今回の研究では、2002年から2017年の間に自宅でのFITによる大腸がん検診を受けた米カイザー・パーマネンテの患者1万711人(60〜69歳32.9%、女性47.8%)のデータを用いて、FITによる大腸がん検診と大腸がんによる死亡リスクとの関連を評価した。1万711人のうちの1,103人は大腸がん症例、9,608人は症例と年齢、性別、健康保険加入期間、居住地域を一致させた対照だった。 その結果、FITによる大腸がん検診を1回以上受けることは、大腸がんによる死亡リスクの33%の低下(調整オッズ比0.67、95%信頼区間0.59〜0.76)、左側の大腸がんによる死亡リスクの42%の低下(同0.58、0.48〜0.71)と関連することが明らかになった。FITと右側の大腸がんによる死亡リスクとの間に関連は認められなかった。なお、大腸がん啓発団体であるFight Colorectal Cancerによれば、左側の大腸がんの発生頻度は右側の大腸がんよりもはるかに高いという。 さらに、FITによる大腸がん検診は、ほとんどの人種/民族において大腸がんによる死亡リスクの有意な低下と関連し、リスクは、アジア系では63%、黒人では42%、白人では30%低下する可能性が示された。ヒスパニック系でも死亡リスクは22%低下していたが、統計学的に有意ではなかった。 論文の共著者である、米カイザー・パーマネンテ北カリフォルニアのDouglas Corley氏は、「過去数年間にFITによる大腸がん検診を1回以上受けた人を対象にした本研究により、FITが効果的なツールであることが確認された。長い目で見ると、FITを推奨通りに毎年受けることで、大腸がんによる死亡リスクは本研究で示された数字以上に低下することが期待される」と話す。 一方、Doubeni氏は、FITで異常な結果が判明した人は遅滞なくフォローアップの大腸内視鏡検査を受けることが重要であると強調している。

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ベンゾジアゼピン系薬剤は認知症リスクを上げるか

 ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が認知症リスクを増加させる可能性は低いが、脳の構造に長期にわたってかすかな影響を及ぼす可能性のあることが、新たな研究で報告された。認知機能の正常なオランダの成人5,400人以上を対象にしたこの研究では、同薬剤の使用と認知症リスクの増加との間に関連性は認められなかったという。研究グループは、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用による認知症リスクの増加を報告した過去の2件のメタアナリシスとは逆の結果であると述べている。エラスムス大学医療センター(オランダ)のFrank Wolters氏らによるこの研究の詳細は、「BMC Medicine」に7月2日掲載された。 ベンゾジアゼピン系薬剤は、脳の活動を抑制する神経伝達物質GABAの放出を促進して神経系の活動を低下させる薬剤で、催眠作用、抗不安作用、抗けいれん作用、筋弛緩作用を有する。今回の研究では、オランダの成人5,443人(平均年齢70.6歳、女性57.4%)を対象に、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が認知機能にもたらす長期的な影響について検討した。Wolters氏らは、1991年からベースライン(2005〜2008年)までの調剤薬に関する記録を調べ、また、処方されたベンゾジアゼピン系薬剤が抗不安薬であるか鎮静催眠薬であるのかも確認した。さらに、脳MRI検査を繰り返し受けていた4,836人を対象に、神経変性マーカーとベンゾジアゼピン系薬剤の使用との関連も検討した。 5,443人のうち2,697人(49.5%)が、ベースライン以前の15年間のいずれかの時点でベンゾジアゼピン系薬剤を使用していた(1,263人〔46.8%〕は抗不安薬、530人〔19.7%〕は鎮静催眠薬、904人〔33.5%〕はその両方を使用)。平均11.2年に及ぶ追跡期間中に726人(13.3%)が認知症を発症していた。 解析の結果、累積用量にかかわりなく、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用により、使用しない場合と比べて認知症の発症リスクは有意に増加しないことが示された(ハザード比1.06、95%信頼区間0.90〜1.25)。種類別に見ると、同リスクは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用の方がベンゾジアゼピン系鎮静催眠薬の使用よりも幾分か高かったが、いずれも統計学的に有意ではなかった(抗不安薬:同1.17、0.96〜1.41、鎮静催眠薬:同0.92、0.70〜1.21)。 一方、脳MRI画像の検討からは、ベンゾジアゼピン系薬剤の現在の使用は、横断的には海馬、扁桃体、視床の体積の減少(萎縮)、縦断的には海馬の加速度的な萎縮、および海馬ほどではないが扁桃体の萎縮と有意に関連することが示された。 こうした結果を受けてWolters氏らは、「これらの結果は、ベンゾジアゼピン系薬剤の長期処方に注意を促す現在のガイドラインを支持するものだ」と結論付けている。 研究グループは、「ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が脳の健康に及ぼす潜在的影響について調査するためには、さらなる研究が必要だ」と話している。

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第220回 名古屋第二日赤の研修医“誤診”報道に医療界が反発、日赤本社の医療事故に対する鈍感さ、隠蔽体質も影響か(前編)

“誤診”報道に異論、「研修医は悪くない」といった論調の記事もこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。暑いですね。梅雨明け前なのにこの暑さはさすがに堪えます。気象庁によれば、夏の高気圧である太平洋高気圧が太平洋側から北西に張り出しているのに加え、今年は中国大陸のチベット高気圧が北東に張り出し、日本上空で2つが重なっているとのこと。一昔前までは、太平洋高気圧の勢力が次第に強まり梅雨前線を押し上げ切って梅雨が明け、夏本番がやって来たものですが、どうやら昨今はそうした気象の常識が通用しなくなっているようです。今年も相当な猛暑になりそうです。どうか皆さんもご自愛ください。さて今回は、先月、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院が公表した、研修医がからんだ医療事故を取り上げたいと思います。同病院が医療事故を公表した直後は全国紙やNHKが大きく報道したものの、その後続報もなく収束しました。しかし一方で、全国紙などが「研修医が誤診」などといった見出しの報道を行ったことで、一部医療メディアにおいて「研修医は悪くない」といった論調の記事や、病院の組織体制の不備を指摘する記事が見受けられました。患者が死に至った真の原因、本当に悪い“ヤツ”はいったい誰だったのでしょうか。SMA症候群を見逃し、男子高校生が死亡日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(名古屋市、佐藤 公治院長。以下、名古屋第二日赤)は6月17日、昨年5月に腹痛などを訴えた男子高校生(当時16)を急性胃腸炎と誤診し治療が遅れるとともに、高度脱水などへの対応も不十分で心停止に至り死亡したと発表しました。病名は十二指腸が血管と血管の間に挟まれて閉塞する上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)でした。病院がwebサイトに公開した資料1)によれば、医療事故の経緯は以下のようなものでした。2度来院も帰宅させ、近医紹介で再々受診後SMA症候群の疑いと診断2023年5月、腹痛、嘔吐を中心とする消化器症状を主訴とする患者(16)が同病院に救急搬送されてきました。診察したのは2年次研修医でした。研修医はCTで胃の過拡張所見を認めたものの採血結果を正常範囲内と判断、急性胃腸炎と診断し帰宅させました。その後、患者は嘔吐症状が持続するため救急外来を再受診しました。この時も別の2年次研修医が対応し、翌日に近医再診と判断し、再度帰宅させました。しかし、患者は翌日、近医にて緊急処置が必要と判断され、同病院の一般消化器外科を紹介受診しました。一般消化器外科ではSMA症候群の疑いと診断し、消化器内科への入院となりました。消化器内科では大きな電解質異常がないことなどから、胃管挿入は行われず絶食と補液が治療方針とされました。入院から3時間後、患者に冷汗と脈拍触知微弱、大量嘔吐がありました。その時点で点滴と胃管挿入を準備したものの患者に過活動性せん妄が出現したため治療継続困難と判断されました。家族来院後に、点滴ルートを再確保し脱水の補正が図られました。過活動性せん妄は落ち着いたものの易怒性が残っていたため当番医が鎮静剤を投与。せん妄が助長される恐れから胃管挿入は行われませんでした。その後、鎮静剤を再度投与(結果、当番医の意図した倍量投与となる)、心電図モニターについては体動制限がせん妄の助長となるとの考えから装着されませんでした。患者は同日深夜に心停止となり、16日後に死亡しました。検証結果で5つの問題点を列挙、組織風土にも原因同病院では、外部専門医を委員に含めた院内医療事故調査委員会を設置し、原因究明と再発防止策について検討したとのことです。その検証結果では、次の5つを問題点として挙げています。1.CT画像の評価が不十分で、急性胃拡張に対する減圧治療ができていなかった。2.脱水症の評価が不十分で、治療の開始に遅れが生じていた。3.救急外来において研修医が診療する場面での報告・相談体制に不備があった。4.職員間において患者さんの情報を正確に共有できていなかった。5.患者さんの容態変化時に、院内で定められた緊急体制が活用されなかった。さらに、公表用資料は、「当院の問題として表出したこと」として、「患者さんの病気や訴え・不安に真摯に向き合うという医療人としての基本姿勢が欠けていたことも、今回の診療において重大な過誤であったと考えております」「疾患の重症度、緊急性を優先して患者さんを診てしまう傾向があったのかもしれません。忙しさを理由に、患者さんに対しての職員の思いやりや丁寧さが欠けていたのかもしれません」と、病院の体制や組織風土にも原因があったとしています。「パソコンばかり見るのではなく、患者をしっかり見てください」と遺族NHK等の報道によれば、6月17日に開いた記者会見で佐藤院長は、「苦痛とおう吐に苦しむ患者に最後まで適切な対応をせず、未来ある患者を救うことができなかった。大変申し訳なく、心からおわび申し上げたい。職員一丸となって再発防止に努めていきたい」と話したとのことです。また、同病院は記者会見で、遺族から医療現場へあてた以下のようなメッセージを代読しています。「2度に渡り来院したにもかかわらず、研修医2名によって、胃の拡張を急性胃腸炎と誤診され、上級医への相談・報告がルールにもかかわらず報告をせず、後日クリニックへの受診を指示し、翌日症状の悪化によりクリニックからの紹介状にて至急の処置を指示されたにもかかわらず、日赤では何度も脱水症状を訴えたにもかかわらず、時間だけが過ぎてしまいました。更には前日の研修医による誤診のまま入院となり、入院後も脱水時の副作用があるセレネースを2回投与の指示を1回の投与に変更されたにもかかわらず、看護師による引継ぎミスで2回投与され、脱水時の重大副作用にある注意事項があるにもかかわらず、管理モニターの装着を怠り高度脱水による心停止に気が付かれませんでした。これまでの複数回の病院側の報告では、各科の専門医は当時研修医からの報告・相談があればCTを見て胃の拡張に対し胃の減圧は確実にできていたと報告されています。(中略)こちらは受診時、研修医なのか上級医なのか分かりません。まさか日赤という大病院がこれほどずさんな管理のもと、運営されているとはその時は思いもしませんでした。(中略)何度も助けられる機会はあったのに見過ごされてしまいました。こちらが病院で訴えた症状が正しくカルテに記載されていたなら。本当に後悔しかありません。(中略)目の前で苦しんでいる人の声をもっとしっかり聞いてください。パソコンばかり見るのではなく、目の前の苦しそうな、つらそうな顔をしっかり見てください。訴えている症状をそのままカルテに記載してください。(中略)大多数の医師、研修医の方はこのような事は無く日々医療に邁進していると思います。皆さん自分の能力を決して過信せず、2度とこのような事が起きないよう切に願います」。なお、同病院は遺族と和解に向けて協議を進めているとのことです。名古屋第二日赤の対応や公表用資料、マスコミ報道に疑問を呈した日経メディカルこうした一連の報道に対し、日経メディカルの連載コラム「谷口恭の『都市型総合診療の極意』」において谷口医院院長/日本プライマリ・ケア連合学会指導医の谷口 恭氏は6月20日、「【緊急寄稿】研修医を守らねばならない 名古屋第二日赤の“誤診報道”、SMA症候群を救急外来で診断する必要はない」と題する記事を寄稿、「今得られる情報を検証する限り、研修医に(ほぼ)罪はなく、病院の対応の方にいろいろと疑義があり、報道している多くのメディアはまるで分かっていない」として、名古屋第二日赤の対応や公表用資料、そしてマスコミ報道に疑問を呈しました。同記事で谷口氏は、「もしも研修医の誤診で死亡したというのなら、『消化器外科を紹介受診した時点で既に手遅れで、前日に入院させなかったことに重大な過失がある』と考えられることになる。しかし、最終診断がSMA症候群であったかどうかに関係なく、この事例で研修医が患者を帰宅させたことに過失があったとは思えない。(中略)翌日の入院時に対応した外科医は、緊急手術の適応はないと判断し、消化器内科に紹介しているのだ」と書くとともに、「そもそもSMA症候群は救急外来で診断をつけなければならない疾患ではない。この疾患は総合診療科のカンファレンスでしばしば取り上げられる、いわば『ピットフォール』のような存在だ」と指摘、研修医だけに罪を押し付けるかのような公表用資料の内容を厳しく批判しています。さらに、患者が死亡した真の原因について、「誤診」ではなく、「胃管が挿入されなかったこと」「せん妄を抑えるための鎮静剤が使われたこと」「心電図モニターが装着されていなかったこと」など、入院後、心停止に至るまでの消化器内科での対応に問題があった可能性があると指摘しています。研修医のサポート体制や、研修医を“守る”仕組みの不備も指摘日経メディカルはまた、6月25日付の記事「ニュース追跡 入院後のマネジメントにも問題あり?名古屋第二日赤の死亡事例、問題の本質は研修医の『誤診』なのか」で、「研修医が単独で救急外来、特に救急搬送症例を担当していたことには驚いた」という研修医教育に携わるある医師の言葉を紹介、研修医が単独で救急対応すること自体はルール違反ではないとしたうえで、「同じ日に2回も救急外来を訪れるのは異例であり、少なくとも再受診時には指導医に相談すべきだったと考える。これまで経験したケースとは何かが違うと感じたらすぐに報告するようにきちんと指導がなされていたのかには疑問が残る」というこの医師のコメントを紹介、名古屋第二日赤の研修医のサポート体制や、事故等が発生した場合に研修医を”守る”仕組みの不備を指摘しています。京都第一日赤に次いで名古屋第二日赤でも事故表面化、日赤本社の隠蔽体質も影響か名古屋第二日赤の公表用資料の内容や研修医のサポート体制などの問題点を指摘した日経メディカルの一連の報道は、的を射たものだとは思います。しかし、「各種メディアでは、研修医がSMA症候群に気付かず、急性胃腸炎と『誤診』したことが取り沙汰されている」(日経メディカル6月25日付の記事「ニュース追跡」)というほど、私は一般マスコミが「研修医の誤診」を糾弾しているようには感じられませんでした。確かに、新聞記事の見出しには「誤診」という文字が踊っていましたが、いくつかの全国紙の記事を読む限り、研修医に責任のすべてを押し付けるような内容ではありません。強い批判の論陣を張っているのは当の日経メディカルなので、やや“マッチポンプ”感があります。とは言え、私自身も、最初の医療過誤の報道と同病院の公表用資料を読んだときは、「研修医が上級医に相談する仕組みが十分でなかった同病院の組織体制」と「病棟入院後の対応」が一番の問題ではないかと思いました。さらに気になったのは、今回も日赤の病院で明らかになった事故ということです。日本赤十字社が、医療事故や医療過誤に対して鈍感であり、隠蔽体質も有していることは、この連載の「第199回 脳神経外科の度重なる医療過誤を黙殺してきた京都第一赤十字病院、背後にまたまたあの医大の影(前編)」、「第200回 同(後編)派遣先の医局員の技術向上や医療安全には無頓着だった府立医大」で詳しく書きました。京都第一日赤の医療過誤では、内部からの通報を、日本赤十字社本社が一貫して黙殺してきたことも明らかになっています。今回の名古屋第二日赤の事故についても、公表が事故から1年後であったことや、マスコミに対して公表された資料のおそまつさ、遺族コメントを病院が代読するという異常さなどからも、事故直後から遺族と名古屋第二日赤とのあいだで厳しいやりとりがあったと想像されます。そして、この事故対応についても、日本赤十字本社は確たる指導力を発揮していなかったのでしょう。今回の件も、名古屋第二日赤という一病院で起きた事故ではありますが、“誤診”報道含めさまざまな問題が浮かび上がるその背景には、日本赤十字社本社自体の医療事故に対する鈍感さ、隠蔽体質、事なかれ主義があると言えそうです(この項続く)。参考1)SMA症候群を適切に治療できなかったことにより死亡に至らせた事例について/日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院

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手術前でもGLP-1受容体作動薬の使用は安全?

 オゼンピックやウゴービなどのGLP-1受容体作動薬を使用している患者が、全身麻酔や鎮静を伴う手術の前に同薬を使用すると、胃の中の残存物を手術中に誤嚥し、窒息する危険性があるとして、手術前に同薬を使用することの安全性に対する懸念が高まりつつある。こうした中、そのような危険性はないことを明らかにしたシステマティックレビューとメタアナリシスの結果が報告された。この研究では、GLP-1受容体作動薬使用患者における胃排出の遅延は36分程度であり、手術中に危険をもたらすほどではないことが示されたという。米ブリガム・アンド・ウイメンズ病院のWalter Chan氏らによるこの研究結果は、「The American Journal of Gastroenterology」6月号に掲載された。 Chan氏は、「GLP-1受容体作動薬は消化管の運動(胃の蠕動運動)に影響を及ぼすものの、その影響力は、これまで考えられていたほど大きくはない可能性がある」と述べ、「誤嚥の潜在的なリスクを最小化するために、麻酔や鎮静が必要な手術・処置の前の1日間は固形食を控えるなどの軽微な予防策を講じれば、GLP-1受容体作動薬の使用を続けても安全性に問題はないように思われる」と述べている。 研究グループは、手術前のGLP-1受容体作動薬の使用に関するガイドラインはまちまちだと指摘する。米国麻酔科学会(ASA)は、患者は選択的手術や処置の前には、最長で1週間、GLP-1受容体作動薬の使用を中止するよう推奨している。一方、米国消化器病学会(AGA)は、固形食の摂取を控えるなどの標準的な術前予防措置を講じた上で予定通りの手術を行うことを勧めている。このように、GLP-1受容体作動薬使用患者の周術期のケアについては統一見解が得られておらず、また確定的なデータも欠如しているのが現状である。 Chan氏らは今回、胃排出能を測定した15件のランダム化比較試験(RCT)のデータを解析した。これらのRCTのうち、胃排出シンチグラフィーにより胃排出能が評価されていた5件のRCT(解析対象者247人)を対象に解析した結果、胃内容物が半減するまでの時間(平均)は、GLP-1受容体作動薬群で138.4分であったのに対し、プラセボ群では95.0分であり、統合された平均差は36.0分であることが明らかになった。一方、残りの10件のRCT(解析対象者411人)ではアセトアミノフェン法を用いて胃排出能の評価を行っていた。これらのRCTを対象にした解析でも、アセトアミノフェンの薬物動態のパラメーター〔血中濃度が最大に達するまでの時間(Tmax)、4時間後および5時間後の薬物血中濃度時間曲線下面積(AUC)〕について、GLP-1受容体作動薬群とプラセボ群の間に有意差は認められなかった。また、胃排出の遅延が原因で「肺誤嚥を経験した研究参加者はいなかった」と研究グループはブリガム・アンド・ウイメンズ病院のニュースリリースで説明している。 研究論文の筆頭著者である同病院のBrent Hiramoto氏は、「本研究結果に基づき、内視鏡的処置を受けるGLP-1受容体作動薬使用者に対しては、ガイドラインの内容を、『GLP-1受容体作動薬による治療を継続し、手術の前日には流動食のみを摂取し、麻酔を伴う手術前の絶食に関する標準的な指針に従うべきである』という内容に更新することを勧めたい。固形食の摂取に関するより多くのデータが得られるまでは、治療を継続しながら流動食を取るという保守的なアプローチが望ましい」と述べている。

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開業するならなるべく早く!と言い切れる恐ろしい理由とは【医師のためのお金の話】第81回

「来る来る」と言われて全然来ないのが、国民皆保険制度の破綻ではないでしょうか。まだ私が若かった(?)2000年代前半から、しきりに国民皆保険制度の命運が尽きようとしていると警告する人が後を絶ちませんでした。あれから20年近く経った現在でも、国民皆保険制度は機能しています。もちろん、保険料だけで膨れ上がった医療費を賄うことは不可能です。保険料は医療費全体の約5割に過ぎず、3割以上は税金から拠出されています。「相互扶助」の観点からは、すでに国民皆保険制度は破綻しています。しかし、現実には税金で支えられているため、国民皆保険制度はつつがなく維持されているようにみえます。このご利益を最大限に受けているのは医師ではないでしょうか。医療費の支払いは出来高払いです。医師の立場では医療費を節約するインセンティブがはたらきにくいですね。一方、患者さんは国民皆保険制度のおかげで安価に医療を受けられます。医師や患者さんを含めた全員が、保険料や税金に群がっているのが現実なのです。インフレの定常化で医療業界に大逆風発生!相互扶助の観点では、すでに実質的に破綻している国民皆保険制度ですが、実際の運用は税金で補填されているため盤石振りが際立っています。それでは、このまま私たちは安心して医療に取り組んでいればよいのでしょうか。少し前まで、この考え方もあながち間違いではありませんでした。ところが、コロナ禍以降で、医療業界を揺るがす可能性のある大きな地殻変動が起こっています。その変化とは、強烈な円安とそれに伴うインフレです。勤務医の中でも投資をしていない医師にとっては、「少し物価が上がったかな?」程度の変化かもしれません。しかし実際には、円安に伴うインフレのために、医療機関の経費が増大しています。最初の兆候は、原油価格高騰による電気代上昇でした。これだけであれば、ウクライナ戦争による特殊要因として片付けられたでしょう。しかし、それに続いてあらゆるモノやサービス価格が上昇しました。2024年度の診療報酬改定で診療報酬の本体部分は0.88%引き上げられましたが、数%を超える経費の上昇率に追い付いていません。国民皆保険制度の実質的破綻前にやってくる恐ろしい状況残念ながら、これまでの推移を見る限りでは、診療報酬増加率がインフレによる経費上昇率を上回る可能性は高くなさそうです。さらに保険料収入が頭打ちのなか、診療報酬の原資に占める税金の割合が年々高まっています。増税は政治リスクが高いので、簡単には引き上げられないでしょう。このため、診療報酬増加率はインフレ率に負け続ける可能性が高いです。私たちにできることは、インフレが鎮静化して、あわよくばデフレ経済に逆戻りすることを、ただひたすら祈るしかありません。この未来予想図が意味するところは、医療業界の収益性が年々悪化する状況です。1990年代のバブル崩壊後に延々と続いたデフレ経済は、医療業界には追い風でした。何といっても、経費が増加しないのに診療報酬微増を確保できましたから。しかし、夢のような状況は、どうやらコロナ禍明けで終わりを告げたようです。これから私たちが体験するのは、診療報酬という収益のアタマを押さえられた状態で、経費だけが増加していく苦しい状況です。開業するならなるべく早く!驚かすことを言いましたが、少なくとも現時点では、医療業界の収益性はまだまだ高い状態が続いています。TKC医業経営指標令和5年版では、院内処方の一般診療所の経常利益率は26.4%でした。よほど下手な経営をしないかぎり、診療所は黒字を確保できる状況です。しかし、この状況が今後10年先まで続く保証はありません。仮に、経費上昇率-診療報酬増加率=2%の状況が10年続くと20%減益となり、現在の経常利益の大部分が消えて無くなります。診療報酬増加率がインフレ率2~3%と同じ状態を続けられれば、なんとか現状維持可能です。しかし、これまでの推移を見る限り、診療報酬が毎年2~3%ずつ増加する状況は少し想像し難いですね。これらの状況から、もし開業するのであれば、医療業界の収益性が保たれているうちにチャレンジすることが望ましいでしょう。端的に言うと、いますぐ開業が望ましいということです。世の中がインフレに転換したのであれば、できるだけ早く開業するしかありません。私はいまでも母校の医局に所属している勤務医です。いますぐ開業しよう! などと主張するとお叱りを受けること必定でしょう。そのような事情があるものの、ケアネットの読者の方には、こっそりお伝えします。開業するつもりであれば早いに越したことはないでしょう。

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双極性障害や統合失調症における向精神薬治療関連の重篤な薬剤性有害事象

 気分安定薬や向精神薬は、重篤な薬剤性有害事象(ADE)を引き起こす可能性がある。しかし、その発生率は明らかではない。スウェーデン・ウメオ大学のPetra Truedson氏らは、双極性障害または統合失調感情障害の患者における重篤なADEの発生率、リチウムの影響、原因を明らかにする目的で本研究を実施した。Frontiers in Psychiatry誌2024年4月3日号の報告。 本研究はLiSIE(Lithium-Study into Effects and Side Effects)レトロスペクティブコホート研究の一部として行われた。2001~17年、スウェーデン・ノールボッテン地方で双極性障害または統合失調感情障害と診断された患者を対象に、重大な結果をもたらした、麻酔後ケアユニットまたは集中治療を要した、向精神薬による重篤なADEをスクリーニングした。重篤なADEの発生率は、1,000人年当たりで算出した。 主な結果は以下のとおり。・対象患者1,521例において41件の重篤なADEが発生し、発生率は1.9件/1,000人年であった。・リチウム投与と因果関係が示唆されるADEとリチウム未投与のADEとの発生率比(IRR)は2.59であり、有意な差が認められた(95%信頼区間[CI]:1.20~5.51、p=0.0094)。・65歳未満と65歳以上の患者におけるADEのIRRは3.36であり、有意な差が認められた(95%CI:1.63~6.63、p=0.0007)。・最も一般的なADEは、慢性リチウム中毒、過鎮静、心臓/血圧関連イベントであった。 本結果を踏まえて著者は、「双極性障害や統合失調感情障害の治療に関連した重篤なADEは、頻繁にあることではないが、まれではない。高齢者やリチウム投与患者では、とくにリスクが高かった。これらの患者において、新規または疑われる身体症状が認められた場合には、血清リチウム濃度を常に確認する必要がある。重篤なADEは、リチウムのみならず、他の気分安定薬や向精神薬でも発生する可能性がある」としている。

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難治性狭心症、冠静脈洞へのデバイス留置で症状改善/Lancet

 冠静脈洞狭窄デバイス(coronary-sinus reducer:CSR)は、狭心症患者の心筋血流を改善しなかったが、狭心症エピソード数を減少した。英国・Imperial College Healthcare NHS TrustのMichael J. Foley氏らが、英国の6施設で実施した医師主導の無作為化二重盲検プラセボ対照試験「ORBITA-COSMIC試験」の結果を報告した。CSRは、心筋血流を改善することにより、安定冠動脈疾患患者の狭心症を軽減することが示唆されていた。著者は、「今回の結果は、CSRが安定冠動脈疾患患者に対するさらなる抗狭心症治療の選択肢となりうるエビデンスを提供するものである」としている。Lancet誌2024年4月20日号掲載の報告。処置後6ヵ月間追跡、心筋血流と狭心症エピソード数を比較 研究グループは、抗狭心症治療(薬物療法、経皮的冠動脈インターベンション、冠動脈バイパス術など)のさらなる選択肢がない、18歳以上の狭心症、心外膜冠動脈疾患、虚血を有する患者を登録し、心臓MRによる定量的な心筋灌流マッピング(アデノシン負荷時および安静時)、症状およびQOLに関する質問(シアトル狭心症質問票、EQ-5D-5Lなど)、トレッドミル運動負荷試験を行った。その後、2週間の症状評価期にスマートフォンの専用アプリ(ORBITA-app)を用いた症状報告を完遂した患者を、CSR群と対照群に1対1の割合に無作為に割り付け追跡評価した。 二重盲検下で、CSR群ではCSR(商品名:Neovasc Reducer、Shockwave Medical)の植込み術を行い、対照群では患者に少なくとも15分間(CSRの植込みに要するおおよその時間)心臓カテーテルの検査台の上で鎮静状態を保持させた。処置後は、6ヵ月間の二重盲検下追跡調査期に、ORBITA-appで患者に日々の症状を報告してもらった。 主要アウトカムは、登録時にアデノシン負荷灌流心臓MRスキャンで虚血と判定されたセグメントにおける心筋血流、症状の主要アウトカムは1日の狭心症エピソード数とし、ITT解析を行った。CSR群で狭心症エピソード数が減少 2021年5月26日~2023年6月28日に447例がスクリーニングされ、61例が登録された。このうち51例(男性44例[86%]、女性7例[14%])がCSR群(25例)およびプラセボ群(26例)に無作為化され、CSR群の1例(無作為化手順の途中でデバイス塞栓事象が発現し適切な管理のため盲検を解除)を除く50例がITT解析に組み入れられた。 登録時の虚血セグメントは、画像化された800セグメント中454セグメント(57%)で、虚血セグメントにおける負荷心筋血流量の中央値は1.08mL/分/g(四分位範囲[IQR]:0.77~1.41)であった。 虚血セグメントにおいて、対照群と比較しCSR群で心筋血流量の改善は示されなかった(群間差:0.06mL/分/g、95%信用区間[CrI]:-0.09~0.20]、有益性の確率:78.8%)。一方、報告された1日の狭心症エピソード数は、対照群と比較してCSR群で減少した(オッズ比:1.40、95%CrI:1.08~1.83、有益性の確率:99.4%)。 安全性については、CSR群でデバイス塞栓イベントが2件発生し、両群とも急性冠症候群イベントおよび死亡の発生は報告されなかった。

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