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第119回 「エンタメ番組でプロポフォール静注」を観た感想

番組でプロポフォールを使用「この演出家がこんな番組を!」という広告がチラホラ目に入っていたので、少し心配していましたが、案の定、炎上してしまいました。有名番組の演出を手がけていた人が制作したAmazonプライム・ビデオの番組が、プロポフォールを静脈注射するという企画を配信したのです。第1回は「スポーツスタンガン」がテーマで、芸人たちがフェンス付きのリング内でスタンガンを押し付け合い、通電したら負けというもの。私が子供の頃には、電気ショック系のお笑い番組がたくさんありましたが、これはその流れを汲んでいるのか、昭和世代には比較的受け入れられるのかもしれません。一定数、批判は来るでしょうが。そして、第2回が問題の「麻酔ダイイングメッセージ」。芸人が「病院で何者かに殺される」という設定で、実際にプロポフォールを静注して意識を失う前に、手書きのダイイングメッセージを残せるかどうかを試すというものです。めちゃくちゃ攻めてます。「当番組における麻酔の投与は胃カメラ検査を目的とした医師による監修のもと安全性に配慮した上で、通常の検査で行われる方法と同様に実施しております」というテロップもあり、一応検査目的での使用という体裁を取っています。しかし、実際のところは、検診ではなくお笑い目的で使っていることになります。私自身、許容範囲は広いほうですが、これは各所から批判が殺到するのではないか…と心配になる内容でした。予想通り、日本麻酔科学会が公式にコメントを発表したことで、SNS上で炎上。後で詳しく触れますが、炎上はある意味で予定どおりだったのかもしれません。日本麻酔科学会. 理事長声明「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」(2024年10月16日)何が問題か?マイケル・ジャクソンの死因になっただけでなく、大学病院でも死亡が取り沙汰されたこともあり、プロポフォールの適切な管理に対する医学界の認識は高いはずです。とはいえ、内視鏡検査ではプロポフォールはたしかに使用されています(ちなみに当院の内視鏡検査はミダゾラム、フェンタニルが主です)。検診で行っている麻酔に、企画を乗っけた形になるので、違法性はありません。プロポフォールの内視鏡時の使用については、日本麻酔科学会の「内視鏡治療における鎮静に関するガイドライン」1)でも認められており、「適切なモニタリング下で使用すれば偶発症は増加せず、回復・離床時間が短く、長時間の手技中断も少なく、医師・看護師・患者の満足度が高い」とされています。さらに、「ASA-PS分類IまたはIIの患者に限り、気道確保等の訓練を受けた医師によるプロポフォール使用は可能」とされています。ただし、ガイドライン本文では、「プロポフォールによる鎮静が内視鏡室で非麻酔科医によって安全に行えるかどうかは、日本の医療現場や教育体制、現行の医療制度では明言できない」とも記載されており、欧米と比較して非麻酔科医によるプロポフォール使用の教育システムが整っていないという指摘があります。これにより、ダイジェストと本文の温度感に若干の違いを感じる部分もあります。ちなみに、プロポフォールは内視鏡検査時の使用について保険適用はありません。このあたりにも、若干の齟齬があります。ですから、おそらくエンタメでプロポフォールを使った時点で、どのような企画であっても炎上していたでしょう。だからこそ、伊集院 光さんが「地上波で放送できなかった」と番組でも発しています。日本麻酔科学会が書いているように「麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切」の一言に尽きます。何をもって「いたずらに」とするかは、何とも言えないところですが、「エンタメ目的で医薬品を使用する」のは個人的に賛成できません。この企画では検診が建前で、エンタメ目的ではないというスタンスですが、SNS上では議論が平行線のままです。想定範囲の炎上だったためか、その後配信は中止されることもなく、現在でもAmazonプライムで視聴できます。そして、その後も定期的に新しい企画が更新され続けています。制作側としては「地上波で批判が予想される企画は通らない」というジレンマを抱えていたのかもしれません。しかし、ここまで過激にしないと視聴者が付かないという現象は、テレビがエンタメとしての役割を終えつつあることや、スマホ世代の取り込みに苦戦している現状を映し出しているのかもしれません。参考文献・参考サイト1)日本消化器内視鏡学会内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン委員会. 内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン(第2版). 日本消化器内視鏡学会雑誌. 2020;62:1635-1681.

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激しい興奮を伴うせん妄への対応【非専門医のための緩和ケアTips】第86回

激しい興奮を伴うせん妄への対応緩和ケアの実践で常に遭遇するせん妄ですが、とくに激しい興奮を伴うときは非常に大変です。今回は訪問看護師さんからご質問いただきました。今日の質問在宅で終末期患者をケアしていると、時々、非常に強い興奮を伴ったせん妄を経験します。患者さんは怒りとともに、殴りかかろうとするくらいの興奮です。こんな時、どうすれば良いのでしょうか。見ている家族もつらそうで、少しでもできることがないかと思います。強い興奮を伴うせん妄は、本当に大変ですよね。私も経験がありますし、なかなか難しい対応を強いられたことも多くあります。点滴を引きちぎり、手当たり次第にモノを投げようとするなど、本当に手が付けられないような状況もありました…。このような状況でわれわれに何ができるのでしょうか。まず大前提として、せん妄の対応は原因となっている「身体疾患の改善」と環境などの「非薬物療法」の検討が必要となります。とはいえ、緩和ケアの実践では終末期状態の方が多く、身体状況は不可逆なことが多いですよね。なので、なかなか根本解決が難しいのが苦しいところではあります。さて、そういった基本的なことを理解し、実践している前提で、今回の質問のような非常に激しい興奮を伴うせん妄にはどのように対応するのでしょうか?共通見解やエビデンスに乏しい分野ですが、私の対応例をご紹介します。まず、このような状況では、本人と周囲の人の安全確保を優先しましょう。その観点から、身体拘束をせざるを得ない、という判断も必要になります。身体拘束はもちろん好ましいことではないものの、本人が暴れてベッドから落ちて骨折する、周囲の人がけがをする、などのことも許容されません。ここはジレンマを抱えながらの実践になると思います。もちろん、身体拘束が必要なくなったらすぐに解除することは大前提です。このような興奮状態の場合、そのままでの投薬は現実的に困難です。よって、人手を集め、身体拘束などで安全を確保したうえで、薬剤の投与を検討します。基本的にはハロペリドールなどの抗精神病薬を用いて、効果を評価しながらベンゾジアゼピン系薬を用います。具体的にはハロペリドールを0.5mg投与し、そのうえでミダゾラムなどをゆっくり投与します。ミダゾラムは半減期が2時間程度と短く、好んで使用する専門家が多いと思います。また、ベンゾジアゼピン系薬には拮抗作用を持ったフルマゼニルがあることも重要な点ですので、覚えておきましょう。ベンゾジアゼピンによる鎮静が過剰になった場合にも、半減期の短さと拮抗薬の存在が強みになります。一方、せん妄への処方としては、抗精神病薬以外は適応外使用になりますので、ここはよく理解して使用する必要があります。適応外使用であっても使用禁忌というわけではないですし、患者負担が増えることもありません。ただ、有害事象の発現時などには、その使用判断の妥当性は問われることを理解しておく必要があるでしょう。ベンゾジアゼピン以外の選択肢として、クロルプロマジンを使う時もあります。クロルプロマジンは内服だけでなく、筋肉注射可能な注射薬もあり、せん妄の時には重宝します。これらの鎮静作用の強い薬剤の注意点は、先に述べた適応外使用となることに加え、これらの鎮静作用自体がせん妄の悪化要因になり得ることです。それもあって鎮静効果が遷延せず、かつ作用時間が短いベンゾジアゼピンであるミダゾラムを優先して使用している方が多いのでしょう。最後に、改めてせん妄を診る時は、治癒可能な原因を見逃さないことが大切です。とくに、経過中に生じた新たな興奮を伴うせん妄は、脱水や新規薬剤など新たな要因が関与していることも多いので、対応しながら再評価する必要があります。今回のTips今回のTips興奮を伴うせん妄には、場合に応じて身体抑制と鎮静作用の強い薬剤を使用し、原因を改めて検討、評価する。日本総合病院精神医学会せん妄指針改訂班編. せん妄の臨床指針 せん妄の治療指針 第2版.星和書店;2015.

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日本におけるうつ病に対するベンゾジアゼピン長期使用の分析

 うつ病および不眠症を合併している患者では、持続的な不眠症のマネジメントのために抗うつ薬と併用してベンゾジアゼピン薬(BZD)やZ薬などの睡眠薬がよく使用される。しかし、うつ病患者に対する睡眠薬の長期使用に関連する要因は、あまりよくわかっていない。久留米大学の土生川 光成氏らは、不眠症を合併したうつ病患者に対する睡眠薬併用の長期的な状況を分析した。Journal of Psychiatric Research誌2024年10月号の報告。 抗うつ薬と睡眠薬(BZD /Z薬)を開始したうつ病患者351例のデータをレトロスペクティブに分析し、12ヵ月時点での睡眠薬の長期使用率と関連する要因を調査した。長期使用についてロジスティック回帰分析を用いて、不眠症重症度を縦断的に評価した32例の患者において、睡眠薬継続群と中止群の間で不眠症重症度を比較した。 主な結果は以下のとおり。・12ヵ月間睡眠薬を使用した患者の割合は、66.1%であった。・多重ロジスティック回帰分析では、睡眠薬の長期使用と関連していた因子は、併用治療開始時の睡眠薬のジアゼパム換算量5mg超、うつ病診断前の慢性不眠症、入院であった(各々、p<0.01)。・不眠症重症度の不十分な改善と睡眠薬長期使用との関連も示唆された。・これらの結果の信頼性は、睡眠薬への依存、睡眠薬使用に対する患者の態度、鎮静性抗うつ薬や抗精神病薬など他剤で治療されている患者の除外など、さまざまな因子により弱められた。 著者らは「本結果は、不眠症を合併したうつ病患者の治療戦略に役立つ可能性がある。睡眠薬の長期使用を避けるには、併用治療開始時の投与量(5mg以下)を適切に維持する必要があり、難治性不眠症にはBZD/Z薬の代替治療を行う必要がある」と結論付けている。

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患者の望む抗精神病薬の特性とは

 統合失調症や双極症I型に対し抗精神病薬は有効な治療薬であるが、異なる治療オプションの中で、症状改善と副作用とのバランスをみながら、選択する必要がある。新たな治療オプションが利用可能になると、評価される抗精神病薬の特性と治療選択時の患者の希望を考慮することは重要である。米国・AlkermesのMichael J. Doane氏らは、統合失調症または双極症I型患者における経口抗精神病薬の好みを明らかにするため、本研究を実施した。BMC Psychiatry誌2024年9月10日号の報告。 経口抗精神病薬の5つの特性(症状重症度改善度などの治療効果、6ヵ月間の体重増加、性機能障害、過鎮静、アカシジア)に関する、患者の好みを明らかにするため、離散選択実験をオンラインで実施した。対象は、統合失調症または双極症I型と診断された18〜64歳の患者。 主な結果は以下のとおり。・対象患者数は、統合失調症患者144例、双極症I型患者152例。・統合失調症患者は、女性の割合50%、白人の割合69.4%、平均年齢41.0±10.1歳であった。・双極症I型患者は、女性の割合69.7%、白人の割合77.6%、平均年齢40.0±10.7歳であった。・いずれのコホートにおいても、患者は、より有効性が高く、体重増加が少なく、性機能障害やアカシジアがなく、過鎮静リスクの低い経口抗精神病薬を好んだ。・治療の有効性は、最も重要であり、conditional relative importance(CRI)は、統合失調症患者で31.4%、双極症I型で31.0%であった。・患者の最も避けたい副作用は、体重増加(統合失調症患者CRI:21.3%、双極症I型CRI:23.1%)と性機能障害(統合失調症患者CRI:23.4%、双極症I型CRI:19.2%)であった。・統合失調症患者では、症状改善のためであれば、9.8ポンドの体重増加または過鎮静リスク25%超を受け入れると回答し、双極症I型患者では、8.5ポンドの体重増加または過鎮静リスク25%超を受け入れると回答した。 著者らは「統合失調症患者および双極症I型患者は、抗精神病薬の最も重要な特性として、治療効果を挙げた。体重増加および性機能障害は、最も避けたい副作用であったが、より良い効果のためであれば、ある程度の体重増加や過鎮静を受け入れ可能であった」とし、「これらの結果は、患者が抗精神病薬に求める特徴と治療選択を行う際のリスクとベネフィットのバランスを考えるうえで、役立つであろう」と結論付けている。

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RCTで重視、効果検証の鍵となるプラセボ手技【臨床留学通信 from Boston】第4回

RCTで重視、効果検証の鍵となるプラセボ手技ボストンは8月下旬よりすでに最低気温が10度を切ることもありましたが、おおむね気候は9月下旬になっても変わらず、最高気温17~25度、最低気温10~13度前後と過ごしやすい季節になっています。10月になるとニューヨークではダウンジャケットも必要な日もあったため、すぐにそういった日が来るのではないかと思います。マサチューセッツ総合病院(MGH)ではランダム化比較試験(RCT)に参加することも多く、今回はそのことについて紹介します。coronary-sinus reducer(CSR)という冠静脈洞の血流を落とすようなステントを置くことで、血行再建もままならない薬物治療抵抗性の狭心症の患者さんに効果が見込めるのかどうかのRCTとなります。英国では「ORBITA-COSMIC試験」という名前でLancet誌に掲載されています1)。このORBITA試験シリーズのRCTは非常にユニークで、PCIが狭心症の症状に効くのかどうかを調べたRCT「ORBITA 2試験」も行われています2)。そもそも狭心症に有効と考えられていたPCIですが、とくに安定狭心症に対しての予後改善効果が乏しいとされ、窮地に立たされているところでした3)。それなら症状はどうか、ということで行われたのがORBITA2試験でした。面白いことに、コントロール群はPCIを受けないのですが、カテーテルは動脈に挿入されて、少し鎮静されて、ヘッドホンを付けて音も聞こえないという状況で、治療したかどうかが患者さんにわからないようになっています。このようなQOLを評価するRCTにおいて、プラセボ手技は循環器領域で重要視されています。今回、ORBITA試験シリーズの米国版RCTを行ううえで、上記のとおり患者さんは眠らされ、ヘッドホンを装着させられ、治療されたかどうかわからないようになっています。そして、手技をする医師と外来でフォローする医師は別になり、外来でフォローする医師は、介入群かコントロール群かまったくどちらかわからない中で症状を評価します。私の患者さんがどちらにあてられたかはさておき、患者さんは「You are making history」と言われてRCTに参加されてきました。日本ではプラセボ手技を念頭に置いてRCTに参加することはなかなかないので、貴重な経験でした。参考1)Foley MJ, et al. Lancet. 2024;403:1543-1553.2)Rajkumar CA, et al. N Engl J Med. 2023;389:2319-2330.3)Maron DJ, et al. N Engl J Med. 2020 Apr ;382:1395-1407.ColumnMGHのような大きな施設にいると、さまざまな研究者が日本から海を渡ってやってきます。なんと驚いたことに、私の大学のテニス部の後輩が2人も同時期にいました。肝移植についての研究をしているそうで、年齢は6つ以上離れているので同時期に大学にいたわけではないのですが、テニスの話はいつになっても盛り上がりました。もう1枚は同僚カテーテル治療フェローとの写真をカテ室で。ニューヨークではレジデントがひと学年に25人、フェローが12人と非常に多くひしめいて、予定もバラバラでした。同僚フェロー達と毎日同じ部屋にいることがなかったのですが、ボストンでのこの1年は同僚たちと毎日同じ部屋にいます。優秀な3人にいろいろと助けられています。

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緩和的鎮静に用いる薬剤【非専門医のための緩和ケアTips】第84回

緩和的鎮静に用いる薬剤「緩和的鎮静」とは、ほかの手段での苦痛緩和が難しく、意識レベルを低下させることでしか症状を和らげることができない場合に検討されるものです。その適応は慎重に議論される必要があります。では、実際に緩和的鎮静を実施する際には、何に注意すればよいのでしょうか?今回の質問肺がんの患者さんを訪問診療で担当していた時に、予後数日程度のタイミングで非常に呼吸困難が強い状態となりました。鎮静が必要と判断し、モルヒネの増量で対応したのですが、もっと良い対応があったのではないかと感じています。呼吸困難は在宅緩和ケアの継続を難しくする症状の1つであり、入院時でも鎮静をせざるを得ないことがしばしばです。そうした難しい症状の患者さんを終末期まで在宅で支えたこと、本当に頭が下がります。緩和的鎮静に用いられる薬剤の第1選択はミダゾラムです。日本緩和医療学会の『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』1)や各種書籍でもミダゾラムを推奨していることが多いですが、安全に使用できるのであれば、ほかのベンゾジアゼピンでも問題はありません。入手のしやすさや自分の慣れ具合も加味して選択します。さて、今回のご質問にある「モルヒネで鎮静」はどうなのでしょうか? これは実は「推奨されない」処方です。モルヒネはあくまでも“鎮痛”作用を期待して投与します。もちろん、投与量を増やせば“鎮静”作用も強まりますが、それは薬剤のメインの効果ではなく、副作用的な効果です。結果として副作用が懸念される投与量になる危険性があります。“鎮静”を主な薬理作用とするほかの薬剤がある中で、モルヒネを選択する理由がありません。緩和的鎮静を行うのは、症状が強く、厳密に意識レベルを見ながら投与量を調整しなければならない場面です。だからこそ、“鎮静”薬が推奨されるのです。同じ理由で、せん妄などに用いるハロペリドールなどの抗精神病薬を鎮静に使うことも推奨されません。緩和的鎮静では、「完全に意識を低下させて眠った状態」の前に、「意識を保ちながら、本人の許容できる程度に症状が軽減しないか試みる」ことが推奨されています。これは「調節型鎮静」と呼ばれ、鎮静薬を苦痛症状の程度に合わせて調整することに由来します。症状が和らいだ時点で意識が保てていれば、それ以上の鎮静薬投与は行いません。緩和的鎮静の目的は症状を和らげることであり、目的が達成されたのであれば、意識はあったほうが患者のQOLが保てる、という観点に基づいています。調節型鎮静はまだあまり知られていない方法なので、ぜひ前述した『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』中の「V章6 実際の投与方法と評価・ケア」の項に目を通してみてください。今回のTips今回のTips緩和的鎮静では、鎮静薬を調整して使うことが大切。1)日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編. がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版. 金原出版;2023.

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BPSDに対する第2世代抗精神病薬5剤の比較~ネットワークメタ解析

 認知症患者で頻繁にみられる認知症の行動・心理症状(BPSD)の治療において、第2世代抗精神病薬(SGA)がよく用いられるが、その相対的な有効性および忍容性は明らかになっていない。中国・四川大学のWenqi Lu氏らは、BPSDに対する5つのSGAの有効性、許容性、忍容性を比較するため、システマティックレビューおよびネットワークメタ解析を実施した。BMJ Mental Health誌2024年7月30日号の報告。 標準平均差(SMD)を用いて、連続アウトカムの固定効果をプールした。カテゴリ変数に対応したオッズ比(OR)および95%信頼区間(CI)を算出した。有効性の定義は、標準化された尺度によるスコア改善とした。許容性は、すべての原因による脱落率とし、忍容性は、有害事象による中止率と定義した。相対的な治療順位は、SUCRAにより評価した。有害事象アウトカムには、死亡率、脳血管有害事象、転倒、過鎮静、錐体外路症状、排尿症状を含めた。 主な結果は以下のとおり。・ネットワークメタ解析には、介入期間が6~36週で5つのSGA(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)について検討を行ったランダム化比較試験20件、6,374例を含めた。・有効性アウトカムは、プラセボと比較し、ブレクスピプラゾールのほうが高かった(OR:−1.77、95%CI:−2.80~−0.74)。また、ブレクスピプラゾールは、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも優れていた。・許容性に関しては、アリピプラゾールのみがプラセボよりも良好であり(OR:0.72、95%CI:0.54~0.96)、アリピプラゾールはブレクスピプラゾールよりも優れていた(OR:0.61、95%CI:0.37~0.99)。・忍容性に関しては、オランザピンはプラセボ(OR:6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR:3.67、95%CI:1.66~8.11)、クエチアピン(OR:3.71、95%CI:1.46~9.42)よりも不良であり、アリピプラゾールはオランザピンよりも優れていた(OR:0.25、95%CI:0.08~0.78)。・クエチアピンは、脳血管有害事象について良好な安全性が示唆された。・ブレクスピプラゾールは、転倒についてより安全性が高く、過鎮静についても同様の安全性が示唆された。 著者らは「ブレクスピプラゾールは、BPSD治療において優れた有効性を示し、アリピプラゾールは最も許容性が高く、オランザピンは最も忍容性が低いことが示された。本結果は、意思決定の指針として利用可能であると考えられる」とまとめている。

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第227回 東京女子医大 第三者委員会報告書を読む(後編)「“マイクロマネジメント”」と評された岩本氏が招いた「どん底のどん底」より深い“底”

「医科大学と大学病院を擁する本法人の理事長としての適格性が備わっていたのかという点について、疑問」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先日、大学時代の山仲間と北アルプスの常念岳と蝶ヶ岳をテントを背負って縦走してきました。初日、三股から登り始めて約30分、樹林帯の中で先頭を歩いていた仲間が突然「何かいる!」と叫びました。と次の瞬間、正面の藪の中からツキノワグマが飛び出して来ました。クマもびっくりしたのかその目はとても焦った表情で、猛スピードで我々4人の間を駆け抜け、沢筋に消えました。私は2番目を歩いていたのですが、3番目だった仲間のウォーキングポールにぶつかるほどの近さでした。これまで幾度か山でクマに遭遇していますが、1メートル以内は最短記録です。最近、登山用品店では「クマ避けスプレー」なるものが売られていますが、「あれじゃ、スプレーを取り出している暇はないね」「今回は大人のクマでなくてよかった(子グマより少し大きい青年グマでした)」などと皆で今後のクマ対策を話しました。それにしてもクマが引き返してこなくて良かったです。さて、今回も引き続き、ワンマン理事長、岩本 絹子氏が招いた東京女子医大の数々の問題について、8月2日に第三者委員会が公表した調査報告書の内容を紹介したいと思います。前回(「東京女子医大 第三者委員会報告書を読む(前編)「金銭に対する強い執着心」のあるワンマン理事長、「いずれ辞任するが、今ではない」と最後に抗うも解任」)は、同窓会組織・至誠会と学校法人の不適切な資金支出や、寄付金を重視する推薦入試や人事のあり方などに対して調査報告書が下した結論について書きました。今回は、岩本氏について「そもそも医科大学と大学病院を擁する本法人の理事長としての適格性が備わっていたのかという点について、疑問と言わざるを得ない」と書いた調査報告書が、その経営手法を具体的にどう評価したのかを見てみます。「高度医療施設を備えて患者や地域医療に貢献しようとすることに対する理解も関心も薄かった」247ページにも及ぶ第三者委員会の「調査報告書(公表版)」1)の最終章、「第10章 原因分析」の「第3 岩本理事長の経営手法にみられる問題点」では、具体的に「1. 教育・研究と病院・臨床に対する理解・関心の薄さ」、「2. 金銭や儲けに対する強い執着心」、「3. 異論を敵視し排除する姿勢と行動」、「4. 人的資本を破壊し組織の持続可能性を危機に晒す財務施策」の4つの観点から、岩本氏の経営の問題点を分析しています。「1. 教育・研究と病院・臨床に対する理解・関心の薄さ」の項では、岩本氏は東京女子医大卒業後、長年にわたり産婦人科医院を経営してきた開業医であり、医科大学で教育・研究に携わった経験も、大学病院という高度医療機関において臨床に携わった経験も乏しいと指摘、「本大学における教育・研究に対する理解も関心も薄かった。(中略)本病院がPICU(小児集中治療室)など高度医療施設を備えて患者や地域医療に貢献しようとすることに対する理解も関心も薄かった」としています。そうした姿勢が顕著に現れたケースとして、報告書は東京女子医大再生を目的に開設したPICUを運用停止した事案を挙げ、「岩本氏の重大な経営判断の誤り」と結論付けています。さらに、運用停止後に小児集中治療医の大量退職を招いたにもかかわらず、何ら有効な手段を取らなかったことについて「二重の判断の誤り」であったとしています。「岩本氏にとっては、 目先において儲かるか否かが最優先事項」「2. 金銭や儲けに対する強い執着心」の項では、前回紹介した、岩本氏の金銭にまつわるさまざまな所業について、「副理事長となって経営統括理事となったその瞬間から、資金の不正支出・利益相反行為の疑義を生ぜしめる行為に手を染めていたことになる。岩本氏は、これを皮切りに、資金の不正支出・利益相反行為の疑義を生ぜしめる一連の行為を繰り返した。そこには、金銭に対する強い執着心と、本法人に対する忠実性の欠如を見て取ることができる」としています。また、PICU閉鎖については、「岩本氏にとっては、目先において儲かるか否かが最優先事項であり、PICU設置を確実に実現することや、医療安全確立による本病院の評価向上、中長期的な業績向上、医療現場の士気向上を図ることなどは劣位に置かれた」とし、「教職員の人件費を低く据え置いたまま自身の報酬を増額させるということも、通常の感覚を持った経営者であれば決してできない行動」と批判しています。「自身の考えとは異なる意見を述べる者に対しては、自身の権力基盤を骨かす存在として敵視し、組織から排除」岩本氏の異常さは、経営姿勢や金銭感覚だけに留まりません。「3. 異論を敵視し排除する姿勢と行動」の項では、その経営手法について、「足元の経営統括部に権限を一極集中させ、全てのことを自身の経験と実績に引き寄せて判断しようとする“マイクロマネジメント”に陥っていた」と指摘、「自身の考えとは異なる意見を述べる者に対しては、自身の権力基盤を骨かす存在として敵視し、組織から排除することを繰り返し行った。それまでどんなに気心が知れている間柄であっても、一度異論を述べた者を突如として敵視し、報復と疑われる不適切な人事措置を講じてまで、組織から排除した」と書いています。その結果、「理事・監事らは、本来なら岩本氏の業務執行を監督・監査する職責を負っていることは自覚しつつも、岩本氏に異論を唱えれば自身が敵視され排除されるという現実に直面し、声を上げることを差し控えてきた。かくして理事会の構成員は『岩本一強』体制に取り込まれ、理事会と監事のガバナンス機能は封殺された」として、「本法人が現在の窮状に陥っていることの大きな要因が、岩本氏の異論を敵視し排除する姿勢と行動にあることは明らかである」と断じています。「岩本氏が進めた財務施策とは、立場の弱い現場の教職員を犠牲にするものであった」「4. 人的資本を破壊し組織の持続可能性を危機に晒す財務施策」の項では、経営指標の面から岩本氏の経営を評しています。岩本氏は、2019年の大学再生計画外部評価委員会総括書において「これまで47%程度であった人件費率を、2017年度には42%台まで低下させている。さらに、諸施策の実行に伴って、2014年度からの赤字を3年で解消し、2017年度は黒字に転換させるなど、明確な実績を上げた」と評価されていた、としつつも「2020年度以降、収支はコロナ関連補助金を除けば一貫して赤字であり、赤字幅が年々拡大している。病床利用率、入院患者数・外来患者数と医療収入は下落の一途を辿っている。もはや岩本氏を財務改善の功労者と持ち上げることはできない」としています。そして、「岩本氏が進めた財務施策とは、要は現場の人員や人件費を削減するものであり、見方によっては、立場の弱い現場の教職員を犠牲にするものであった」と批判、「岩本氏の財務施策は、短期的な財務改善と引き換えに、人的資本を破壊するもの、中長期的な組織の持続可能性を危機に晒すものであったと断ぜざるを得ない」と厳しい評価を下しています。2014年に起きたプロポフォール事件がターニングポイント読むだけでも恐ろしくなって来る話です。よくそんな組織の下で高度医療が提供できていたなと感じます。実際のところ、東京女子医大の経営状況や岩本氏の横暴が東洋経済オンラインや文春オンラインなどで報道されはじめた2020年以降、岩本体制を批判する勢力との対立も激しくなり、「本法人のレピュテーションは著しく毀損され、教職員の満足度の更なる低下と大量退職を招き、また教職員の募集採用活動にも当然ながら悪影響を及ぼしている」とのことです。患者数が激減するのもむべなるかなです。それにしても、最大の謎は「医科大学で教育・研究に携わったが経験も、大学病院という高度医療機関において臨床に携わった経験も乏しく」、「目先において儲かるか否かが最優先事項」で「“マイクロマネジメント”」しかできず、「自身の考えとは異なる意見を述べる者を敵視して組織から排除する」ような人物が、なぜ医科大学の理事長になれたのか、という点です。岩本氏は1973年に東京女子医大を卒業した産婦人科医で、同大の創業者の一族でもあります。同大勤務や葛西中央病院産婦人科部長を経て、1981年に葛西産婦人科院長に就任。2013年6月~23年4月には至誠会の会長を務め、この間、2014年に同大の副理事長、2019年に理事長に就任しています。同大の副理事長に就任した2014年がターニングポイントと言えそうです。その2014年の2月、東京女子医大病院で鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡するという事故、いわゆるプロポフォール事件が起こっています(「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」参照)。このプロポフォール事件と関連して起きた学内のドタバタが、岩本氏の理事長就任の大きなきっかけとなったようです。岩本氏が招いた「どん底のどん底」より深い“底”調査報告書の「第3章 2014年プロポフォール事件以降の本法人の経営状況」では、同事件が起こる前から経営陣と一部の役員・教員の間で対立があったことや、文部科学省から管理運営の適正化のための施策の提出を求められたこと、同事件によって特定機能病院の承認取り消しとなり、経営に大きなダメージを与えたことなどについて詳述しています。文科省は、プロポフォール事件で表沙汰となった東京女子医大の医療安全体制やガバナンス不全について問題視し、学校法人としての管理運営の適正化に資する諸施策を策定して報告するよう求めました。最終的に同大は2014年11月に「大学再生計画」を文科省に提出するのですが、そこに至るまでの間、「事故の原因分析まで踏み込む必要がある」と文科省から指摘を受け、一度受領を拒絶されています。調査報告書は、拒絶された時「文科省からは本法人が『どん底のどん底』にあることをよく認識するようにと厳しい指摘を受けた」と書いています。この大学再生計画提出後、同計画の遂行に大きな貢献があったことなどを理由に、岩本氏は2019年3月、副理事長から理事長になっています。この時、「どん底のどん底」より深い“底”がその先に待っていようとは、誰も想像しなかったに違いありません。今回の調査報告書や、警視庁の家宅捜索などによって東京女子医大の特定機能病院再承認はまたまた遠のいたと考えられます。加えて、年間20億円近くあった私学助成金(私立大学等経常費補助金)も大幅に減額されるに違いありません。一つの医療事故、一つの理事長人事をきっかけに、大学といえどもその組織は簡単に崩壊に向かうのだということを、今回の東京女子医大のケースは教えてくれます。参考1)第三者委員会による調査報告書の公表について/東京女子医科大学

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フェンタニルは呼吸困難に使えるか?【非専門医のための緩和ケアTips】第82回

第82回 フェンタニルは呼吸困難に使えるか?呼吸困難に対するオピオイドといえば、最もメジャーなものはモルヒネでしょう。最近は、呼吸困難時にヒドロモルフォンやオキシコドンも使われることが増えてきました。では、貼付剤もあって利便性の高いフェンタニルはどうでしょうか?今回の質問訪問診療で診ている肺がん患者さん。嚥下機能が低下し、内服が難しい状況です。がん疼痛と労作時呼吸困難に対してオピオイドが必要と判断し、モルヒネの坐剤とフェンタニル貼付剤を処方しました。痛みが強い時はモルヒネを使うのですが、フェンタニル貼付剤を開始したところ呼吸困難がラクになったと言います。フェンタニルは呼吸困難にはあまり有効でないと考えていましたが、実際には効くのでしょうか?「呼吸困難に対するオピオイドの使い方」は、緩和ケアでしばしば話題になるテーマです。とくにフェンタニルは腎機能が悪い場合も使いやすく、貼付剤もあることから在宅緩和ケアで重宝する薬剤ですが、呼吸困難に対する効果はどうなのでしょうか?エビデンスについて詳細に述べることはしませんが、私の理解としては、ざっくり以下の通りです。がん患者の呼吸困難に対しフェンタニルが症状緩和に有効であったという報告はあるものの、モルヒネやプラセボを上回る有効性を示した研究はない。慢性心不全や呼吸器疾患のような非がん疾患による呼吸困難に対するフェンタニルの有効性を示した質の高い研究はない。これらを踏まえ、『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン』(2023年版)でも、がん患者の呼吸困難に対するフェンタニルの全身投与は推奨されていません。以上がエビデンスベースの話ですが、臨床的な実感はどうでしょうか?私が急性期病院や集中治療に携わっていたとき、鎮痛のためフェンタニルを静注している患者さんを受け持つことが多くありました。その中には「呼吸困難にもフェンタニルが有効なのかな」と感じる例もありました。ただ、強い呼吸困難はフェンタニルだけでは対応が難しく、モルヒネによる鎮静が必要になることが大半でした。こうした経験を振り返ると、「フェンタニル自体の薬理作用よりも、薬剤を投与した安心感によって呼吸困難が和らいだ可能性もある」と感じます。呼吸困難は不安感などの心理的要素も症状を悪化させることが知られており、薬理効果以外の症状緩和に対する効果も考慮する必要があるでしょう。私自身は、呼吸困難に対して積極的にフェンタニルを使用することはありませんが、さまざまな経緯からフェンタニルを投与され、患者さんが効果を実感している際には「まあ、よしとするか」と判断しています。このあたりは専門家でもスタンスが異なることが多いでしょう。ぜひ皆さんの意見も教えてください。今回のTips今回のTips現状のエビデンスでは「呼吸困難にフェンタニルは積極的に使わない」。しかし、状況に応じた使い分けを検討する場合も。

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自宅でできる大腸がん検査で大腸がんの死亡リスクが低減

 自宅で採取した便検体を用いる免疫学的便潜血検査(fecal immunochemical test;FIT)により、大腸がんによる死亡リスクを33%低減できることが、新たな研究で示された。FITは、大腸がんまたは前がん病変の可能性がある大腸ポリープの兆候である便中の血液を抗体で検出する検査法だ。論文の筆頭著者である、米オハイオ州立大学医学部教授のChyke Doubeni氏は、平均的なリスクの人をスクリーニングするためには、年に1回のFITによる大腸がん検診が、「10年ごとの大腸内視鏡検査と同程度に機能する」と述べている。この研究の詳細は、「JAMA Network Open」に7月19日掲載された。 Doubeni氏は、「本研究結果を受け、患者とその臨床医は、自信を持ってこの非侵襲的な検査を大腸がん検診に使用できるようになるだろう。また、大腸がん検診率が非常に低い、医療サービスが十分に行き届いていない地域社会において、FITを効果的に用いる方法を見つけることにもつながるはずだ」と同大学のニュースリリースの中で述べている。 Doubeni氏は、「大腸がん検診のゴールドスタンダードは大腸内視鏡検査だが、この検査に抵抗を覚える人もいる」と話す。大腸内視鏡検査では、患者は鎮静剤を投与され、カメラ付きの細いチューブを直腸に挿入して腸の内壁を観察する。同氏は、「大腸がんは、検診を受けることで、最も初期の前がん病変を発見できることが何十年も前から知られている。しかし、45~75歳の米国人のうち大腸がん検診を受診しているのはわずか60%程度に過ぎない」と話す。一方、FITは、自宅というプライバシーの保たれた場所で便を採取できる。採取した便検体は、検査機関に送って分析してもらう。 今回の研究では、2002年から2017年の間に自宅でのFITによる大腸がん検診を受けた米カイザー・パーマネンテの患者1万711人(60〜69歳32.9%、女性47.8%)のデータを用いて、FITによる大腸がん検診と大腸がんによる死亡リスクとの関連を評価した。1万711人のうちの1,103人は大腸がん症例、9,608人は症例と年齢、性別、健康保険加入期間、居住地域を一致させた対照だった。 その結果、FITによる大腸がん検診を1回以上受けることは、大腸がんによる死亡リスクの33%の低下(調整オッズ比0.67、95%信頼区間0.59〜0.76)、左側の大腸がんによる死亡リスクの42%の低下(同0.58、0.48〜0.71)と関連することが明らかになった。FITと右側の大腸がんによる死亡リスクとの間に関連は認められなかった。なお、大腸がん啓発団体であるFight Colorectal Cancerによれば、左側の大腸がんの発生頻度は右側の大腸がんよりもはるかに高いという。 さらに、FITによる大腸がん検診は、ほとんどの人種/民族において大腸がんによる死亡リスクの有意な低下と関連し、リスクは、アジア系では63%、黒人では42%、白人では30%低下する可能性が示された。ヒスパニック系でも死亡リスクは22%低下していたが、統計学的に有意ではなかった。 論文の共著者である、米カイザー・パーマネンテ北カリフォルニアのDouglas Corley氏は、「過去数年間にFITによる大腸がん検診を1回以上受けた人を対象にした本研究により、FITが効果的なツールであることが確認された。長い目で見ると、FITを推奨通りに毎年受けることで、大腸がんによる死亡リスクは本研究で示された数字以上に低下することが期待される」と話す。 一方、Doubeni氏は、FITで異常な結果が判明した人は遅滞なくフォローアップの大腸内視鏡検査を受けることが重要であると強調している。

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ベンゾジアゼピン系薬剤は認知症リスクを上げるか

 ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が認知症リスクを増加させる可能性は低いが、脳の構造に長期にわたってかすかな影響を及ぼす可能性のあることが、新たな研究で報告された。認知機能の正常なオランダの成人5,400人以上を対象にしたこの研究では、同薬剤の使用と認知症リスクの増加との間に関連性は認められなかったという。研究グループは、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用による認知症リスクの増加を報告した過去の2件のメタアナリシスとは逆の結果であると述べている。エラスムス大学医療センター(オランダ)のFrank Wolters氏らによるこの研究の詳細は、「BMC Medicine」に7月2日掲載された。 ベンゾジアゼピン系薬剤は、脳の活動を抑制する神経伝達物質GABAの放出を促進して神経系の活動を低下させる薬剤で、催眠作用、抗不安作用、抗けいれん作用、筋弛緩作用を有する。今回の研究では、オランダの成人5,443人(平均年齢70.6歳、女性57.4%)を対象に、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が認知機能にもたらす長期的な影響について検討した。Wolters氏らは、1991年からベースライン(2005〜2008年)までの調剤薬に関する記録を調べ、また、処方されたベンゾジアゼピン系薬剤が抗不安薬であるか鎮静催眠薬であるのかも確認した。さらに、脳MRI検査を繰り返し受けていた4,836人を対象に、神経変性マーカーとベンゾジアゼピン系薬剤の使用との関連も検討した。 5,443人のうち2,697人(49.5%)が、ベースライン以前の15年間のいずれかの時点でベンゾジアゼピン系薬剤を使用していた(1,263人〔46.8%〕は抗不安薬、530人〔19.7%〕は鎮静催眠薬、904人〔33.5%〕はその両方を使用)。平均11.2年に及ぶ追跡期間中に726人(13.3%)が認知症を発症していた。 解析の結果、累積用量にかかわりなく、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用により、使用しない場合と比べて認知症の発症リスクは有意に増加しないことが示された(ハザード比1.06、95%信頼区間0.90〜1.25)。種類別に見ると、同リスクは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用の方がベンゾジアゼピン系鎮静催眠薬の使用よりも幾分か高かったが、いずれも統計学的に有意ではなかった(抗不安薬:同1.17、0.96〜1.41、鎮静催眠薬:同0.92、0.70〜1.21)。 一方、脳MRI画像の検討からは、ベンゾジアゼピン系薬剤の現在の使用は、横断的には海馬、扁桃体、視床の体積の減少(萎縮)、縦断的には海馬の加速度的な萎縮、および海馬ほどではないが扁桃体の萎縮と有意に関連することが示された。 こうした結果を受けてWolters氏らは、「これらの結果は、ベンゾジアゼピン系薬剤の長期処方に注意を促す現在のガイドラインを支持するものだ」と結論付けている。 研究グループは、「ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が脳の健康に及ぼす潜在的影響について調査するためには、さらなる研究が必要だ」と話している。

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第220回 名古屋第二日赤の研修医“誤診”報道に医療界が反発、日赤本社の医療事故に対する鈍感さ、隠蔽体質も影響か(前編)

“誤診”報道に異論、「研修医は悪くない」といった論調の記事もこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。暑いですね。梅雨明け前なのにこの暑さはさすがに堪えます。気象庁によれば、夏の高気圧である太平洋高気圧が太平洋側から北西に張り出しているのに加え、今年は中国大陸のチベット高気圧が北東に張り出し、日本上空で2つが重なっているとのこと。一昔前までは、太平洋高気圧の勢力が次第に強まり梅雨前線を押し上げ切って梅雨が明け、夏本番がやって来たものですが、どうやら昨今はそうした気象の常識が通用しなくなっているようです。今年も相当な猛暑になりそうです。どうか皆さんもご自愛ください。さて今回は、先月、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院が公表した、研修医がからんだ医療事故を取り上げたいと思います。同病院が医療事故を公表した直後は全国紙やNHKが大きく報道したものの、その後続報もなく収束しました。しかし一方で、全国紙などが「研修医が誤診」などといった見出しの報道を行ったことで、一部医療メディアにおいて「研修医は悪くない」といった論調の記事や、病院の組織体制の不備を指摘する記事が見受けられました。患者が死に至った真の原因、本当に悪い“ヤツ”はいったい誰だったのでしょうか。SMA症候群を見逃し、男子高校生が死亡日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(名古屋市、佐藤 公治院長。以下、名古屋第二日赤)は6月17日、昨年5月に腹痛などを訴えた男子高校生(当時16)を急性胃腸炎と誤診し治療が遅れるとともに、高度脱水などへの対応も不十分で心停止に至り死亡したと発表しました。病名は十二指腸が血管と血管の間に挟まれて閉塞する上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)でした。病院がwebサイトに公開した資料1)によれば、医療事故の経緯は以下のようなものでした。2度来院も帰宅させ、近医紹介で再々受診後SMA症候群の疑いと診断2023年5月、腹痛、嘔吐を中心とする消化器症状を主訴とする患者(16)が同病院に救急搬送されてきました。診察したのは2年次研修医でした。研修医はCTで胃の過拡張所見を認めたものの採血結果を正常範囲内と判断、急性胃腸炎と診断し帰宅させました。その後、患者は嘔吐症状が持続するため救急外来を再受診しました。この時も別の2年次研修医が対応し、翌日に近医再診と判断し、再度帰宅させました。しかし、患者は翌日、近医にて緊急処置が必要と判断され、同病院の一般消化器外科を紹介受診しました。一般消化器外科ではSMA症候群の疑いと診断し、消化器内科への入院となりました。消化器内科では大きな電解質異常がないことなどから、胃管挿入は行われず絶食と補液が治療方針とされました。入院から3時間後、患者に冷汗と脈拍触知微弱、大量嘔吐がありました。その時点で点滴と胃管挿入を準備したものの患者に過活動性せん妄が出現したため治療継続困難と判断されました。家族来院後に、点滴ルートを再確保し脱水の補正が図られました。過活動性せん妄は落ち着いたものの易怒性が残っていたため当番医が鎮静剤を投与。せん妄が助長される恐れから胃管挿入は行われませんでした。その後、鎮静剤を再度投与(結果、当番医の意図した倍量投与となる)、心電図モニターについては体動制限がせん妄の助長となるとの考えから装着されませんでした。患者は同日深夜に心停止となり、16日後に死亡しました。検証結果で5つの問題点を列挙、組織風土にも原因同病院では、外部専門医を委員に含めた院内医療事故調査委員会を設置し、原因究明と再発防止策について検討したとのことです。その検証結果では、次の5つを問題点として挙げています。1.CT画像の評価が不十分で、急性胃拡張に対する減圧治療ができていなかった。2.脱水症の評価が不十分で、治療の開始に遅れが生じていた。3.救急外来において研修医が診療する場面での報告・相談体制に不備があった。4.職員間において患者さんの情報を正確に共有できていなかった。5.患者さんの容態変化時に、院内で定められた緊急体制が活用されなかった。さらに、公表用資料は、「当院の問題として表出したこと」として、「患者さんの病気や訴え・不安に真摯に向き合うという医療人としての基本姿勢が欠けていたことも、今回の診療において重大な過誤であったと考えております」「疾患の重症度、緊急性を優先して患者さんを診てしまう傾向があったのかもしれません。忙しさを理由に、患者さんに対しての職員の思いやりや丁寧さが欠けていたのかもしれません」と、病院の体制や組織風土にも原因があったとしています。「パソコンばかり見るのではなく、患者をしっかり見てください」と遺族NHK等の報道によれば、6月17日に開いた記者会見で佐藤院長は、「苦痛とおう吐に苦しむ患者に最後まで適切な対応をせず、未来ある患者を救うことができなかった。大変申し訳なく、心からおわび申し上げたい。職員一丸となって再発防止に努めていきたい」と話したとのことです。また、同病院は記者会見で、遺族から医療現場へあてた以下のようなメッセージを代読しています。「2度に渡り来院したにもかかわらず、研修医2名によって、胃の拡張を急性胃腸炎と誤診され、上級医への相談・報告がルールにもかかわらず報告をせず、後日クリニックへの受診を指示し、翌日症状の悪化によりクリニックからの紹介状にて至急の処置を指示されたにもかかわらず、日赤では何度も脱水症状を訴えたにもかかわらず、時間だけが過ぎてしまいました。更には前日の研修医による誤診のまま入院となり、入院後も脱水時の副作用があるセレネースを2回投与の指示を1回の投与に変更されたにもかかわらず、看護師による引継ぎミスで2回投与され、脱水時の重大副作用にある注意事項があるにもかかわらず、管理モニターの装着を怠り高度脱水による心停止に気が付かれませんでした。これまでの複数回の病院側の報告では、各科の専門医は当時研修医からの報告・相談があればCTを見て胃の拡張に対し胃の減圧は確実にできていたと報告されています。(中略)こちらは受診時、研修医なのか上級医なのか分かりません。まさか日赤という大病院がこれほどずさんな管理のもと、運営されているとはその時は思いもしませんでした。(中略)何度も助けられる機会はあったのに見過ごされてしまいました。こちらが病院で訴えた症状が正しくカルテに記載されていたなら。本当に後悔しかありません。(中略)目の前で苦しんでいる人の声をもっとしっかり聞いてください。パソコンばかり見るのではなく、目の前の苦しそうな、つらそうな顔をしっかり見てください。訴えている症状をそのままカルテに記載してください。(中略)大多数の医師、研修医の方はこのような事は無く日々医療に邁進していると思います。皆さん自分の能力を決して過信せず、2度とこのような事が起きないよう切に願います」。なお、同病院は遺族と和解に向けて協議を進めているとのことです。名古屋第二日赤の対応や公表用資料、マスコミ報道に疑問を呈した日経メディカルこうした一連の報道に対し、日経メディカルの連載コラム「谷口恭の『都市型総合診療の極意』」において谷口医院院長/日本プライマリ・ケア連合学会指導医の谷口 恭氏は6月20日、「【緊急寄稿】研修医を守らねばならない 名古屋第二日赤の“誤診報道”、SMA症候群を救急外来で診断する必要はない」と題する記事を寄稿、「今得られる情報を検証する限り、研修医に(ほぼ)罪はなく、病院の対応の方にいろいろと疑義があり、報道している多くのメディアはまるで分かっていない」として、名古屋第二日赤の対応や公表用資料、そしてマスコミ報道に疑問を呈しました。同記事で谷口氏は、「もしも研修医の誤診で死亡したというのなら、『消化器外科を紹介受診した時点で既に手遅れで、前日に入院させなかったことに重大な過失がある』と考えられることになる。しかし、最終診断がSMA症候群であったかどうかに関係なく、この事例で研修医が患者を帰宅させたことに過失があったとは思えない。(中略)翌日の入院時に対応した外科医は、緊急手術の適応はないと判断し、消化器内科に紹介しているのだ」と書くとともに、「そもそもSMA症候群は救急外来で診断をつけなければならない疾患ではない。この疾患は総合診療科のカンファレンスでしばしば取り上げられる、いわば『ピットフォール』のような存在だ」と指摘、研修医だけに罪を押し付けるかのような公表用資料の内容を厳しく批判しています。さらに、患者が死亡した真の原因について、「誤診」ではなく、「胃管が挿入されなかったこと」「せん妄を抑えるための鎮静剤が使われたこと」「心電図モニターが装着されていなかったこと」など、入院後、心停止に至るまでの消化器内科での対応に問題があった可能性があると指摘しています。研修医のサポート体制や、研修医を“守る”仕組みの不備も指摘日経メディカルはまた、6月25日付の記事「ニュース追跡 入院後のマネジメントにも問題あり?名古屋第二日赤の死亡事例、問題の本質は研修医の『誤診』なのか」で、「研修医が単独で救急外来、特に救急搬送症例を担当していたことには驚いた」という研修医教育に携わるある医師の言葉を紹介、研修医が単独で救急対応すること自体はルール違反ではないとしたうえで、「同じ日に2回も救急外来を訪れるのは異例であり、少なくとも再受診時には指導医に相談すべきだったと考える。これまで経験したケースとは何かが違うと感じたらすぐに報告するようにきちんと指導がなされていたのかには疑問が残る」というこの医師のコメントを紹介、名古屋第二日赤の研修医のサポート体制や、事故等が発生した場合に研修医を”守る”仕組みの不備を指摘しています。京都第一日赤に次いで名古屋第二日赤でも事故表面化、日赤本社の隠蔽体質も影響か名古屋第二日赤の公表用資料の内容や研修医のサポート体制などの問題点を指摘した日経メディカルの一連の報道は、的を射たものだとは思います。しかし、「各種メディアでは、研修医がSMA症候群に気付かず、急性胃腸炎と『誤診』したことが取り沙汰されている」(日経メディカル6月25日付の記事「ニュース追跡」)というほど、私は一般マスコミが「研修医の誤診」を糾弾しているようには感じられませんでした。確かに、新聞記事の見出しには「誤診」という文字が踊っていましたが、いくつかの全国紙の記事を読む限り、研修医に責任のすべてを押し付けるような内容ではありません。強い批判の論陣を張っているのは当の日経メディカルなので、やや“マッチポンプ”感があります。とは言え、私自身も、最初の医療過誤の報道と同病院の公表用資料を読んだときは、「研修医が上級医に相談する仕組みが十分でなかった同病院の組織体制」と「病棟入院後の対応」が一番の問題ではないかと思いました。さらに気になったのは、今回も日赤の病院で明らかになった事故ということです。日本赤十字社が、医療事故や医療過誤に対して鈍感であり、隠蔽体質も有していることは、この連載の「第199回 脳神経外科の度重なる医療過誤を黙殺してきた京都第一赤十字病院、背後にまたまたあの医大の影(前編)」、「第200回 同(後編)派遣先の医局員の技術向上や医療安全には無頓着だった府立医大」で詳しく書きました。京都第一日赤の医療過誤では、内部からの通報を、日本赤十字社本社が一貫して黙殺してきたことも明らかになっています。今回の名古屋第二日赤の事故についても、公表が事故から1年後であったことや、マスコミに対して公表された資料のおそまつさ、遺族コメントを病院が代読するという異常さなどからも、事故直後から遺族と名古屋第二日赤とのあいだで厳しいやりとりがあったと想像されます。そして、この事故対応についても、日本赤十字本社は確たる指導力を発揮していなかったのでしょう。今回の件も、名古屋第二日赤という一病院で起きた事故ではありますが、“誤診”報道含めさまざまな問題が浮かび上がるその背景には、日本赤十字社本社自体の医療事故に対する鈍感さ、隠蔽体質、事なかれ主義があると言えそうです(この項続く)。参考1)SMA症候群を適切に治療できなかったことにより死亡に至らせた事例について/日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院

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手術前でもGLP-1受容体作動薬の使用は安全?

 オゼンピックやウゴービなどのGLP-1受容体作動薬を使用している患者が、全身麻酔や鎮静を伴う手術の前に同薬を使用すると、胃の中の残存物を手術中に誤嚥し、窒息する危険性があるとして、手術前に同薬を使用することの安全性に対する懸念が高まりつつある。こうした中、そのような危険性はないことを明らかにしたシステマティックレビューとメタアナリシスの結果が報告された。この研究では、GLP-1受容体作動薬使用患者における胃排出の遅延は36分程度であり、手術中に危険をもたらすほどではないことが示されたという。米ブリガム・アンド・ウイメンズ病院のWalter Chan氏らによるこの研究結果は、「The American Journal of Gastroenterology」6月号に掲載された。 Chan氏は、「GLP-1受容体作動薬は消化管の運動(胃の蠕動運動)に影響を及ぼすものの、その影響力は、これまで考えられていたほど大きくはない可能性がある」と述べ、「誤嚥の潜在的なリスクを最小化するために、麻酔や鎮静が必要な手術・処置の前の1日間は固形食を控えるなどの軽微な予防策を講じれば、GLP-1受容体作動薬の使用を続けても安全性に問題はないように思われる」と述べている。 研究グループは、手術前のGLP-1受容体作動薬の使用に関するガイドラインはまちまちだと指摘する。米国麻酔科学会(ASA)は、患者は選択的手術や処置の前には、最長で1週間、GLP-1受容体作動薬の使用を中止するよう推奨している。一方、米国消化器病学会(AGA)は、固形食の摂取を控えるなどの標準的な術前予防措置を講じた上で予定通りの手術を行うことを勧めている。このように、GLP-1受容体作動薬使用患者の周術期のケアについては統一見解が得られておらず、また確定的なデータも欠如しているのが現状である。 Chan氏らは今回、胃排出能を測定した15件のランダム化比較試験(RCT)のデータを解析した。これらのRCTのうち、胃排出シンチグラフィーにより胃排出能が評価されていた5件のRCT(解析対象者247人)を対象に解析した結果、胃内容物が半減するまでの時間(平均)は、GLP-1受容体作動薬群で138.4分であったのに対し、プラセボ群では95.0分であり、統合された平均差は36.0分であることが明らかになった。一方、残りの10件のRCT(解析対象者411人)ではアセトアミノフェン法を用いて胃排出能の評価を行っていた。これらのRCTを対象にした解析でも、アセトアミノフェンの薬物動態のパラメーター〔血中濃度が最大に達するまでの時間(Tmax)、4時間後および5時間後の薬物血中濃度時間曲線下面積(AUC)〕について、GLP-1受容体作動薬群とプラセボ群の間に有意差は認められなかった。また、胃排出の遅延が原因で「肺誤嚥を経験した研究参加者はいなかった」と研究グループはブリガム・アンド・ウイメンズ病院のニュースリリースで説明している。 研究論文の筆頭著者である同病院のBrent Hiramoto氏は、「本研究結果に基づき、内視鏡的処置を受けるGLP-1受容体作動薬使用者に対しては、ガイドラインの内容を、『GLP-1受容体作動薬による治療を継続し、手術の前日には流動食のみを摂取し、麻酔を伴う手術前の絶食に関する標準的な指針に従うべきである』という内容に更新することを勧めたい。固形食の摂取に関するより多くのデータが得られるまでは、治療を継続しながら流動食を取るという保守的なアプローチが望ましい」と述べている。

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開業するならなるべく早く!と言い切れる恐ろしい理由とは【医師のためのお金の話】第81回

「来る来る」と言われて全然来ないのが、国民皆保険制度の破綻ではないでしょうか。まだ私が若かった(?)2000年代前半から、しきりに国民皆保険制度の命運が尽きようとしていると警告する人が後を絶ちませんでした。あれから20年近く経った現在でも、国民皆保険制度は機能しています。もちろん、保険料だけで膨れ上がった医療費を賄うことは不可能です。保険料は医療費全体の約5割に過ぎず、3割以上は税金から拠出されています。「相互扶助」の観点からは、すでに国民皆保険制度は破綻しています。しかし、現実には税金で支えられているため、国民皆保険制度はつつがなく維持されているようにみえます。このご利益を最大限に受けているのは医師ではないでしょうか。医療費の支払いは出来高払いです。医師の立場では医療費を節約するインセンティブがはたらきにくいですね。一方、患者さんは国民皆保険制度のおかげで安価に医療を受けられます。医師や患者さんを含めた全員が、保険料や税金に群がっているのが現実なのです。インフレの定常化で医療業界に大逆風発生!相互扶助の観点では、すでに実質的に破綻している国民皆保険制度ですが、実際の運用は税金で補填されているため盤石振りが際立っています。それでは、このまま私たちは安心して医療に取り組んでいればよいのでしょうか。少し前まで、この考え方もあながち間違いではありませんでした。ところが、コロナ禍以降で、医療業界を揺るがす可能性のある大きな地殻変動が起こっています。その変化とは、強烈な円安とそれに伴うインフレです。勤務医の中でも投資をしていない医師にとっては、「少し物価が上がったかな?」程度の変化かもしれません。しかし実際には、円安に伴うインフレのために、医療機関の経費が増大しています。最初の兆候は、原油価格高騰による電気代上昇でした。これだけであれば、ウクライナ戦争による特殊要因として片付けられたでしょう。しかし、それに続いてあらゆるモノやサービス価格が上昇しました。2024年度の診療報酬改定で診療報酬の本体部分は0.88%引き上げられましたが、数%を超える経費の上昇率に追い付いていません。国民皆保険制度の実質的破綻前にやってくる恐ろしい状況残念ながら、これまでの推移を見る限りでは、診療報酬増加率がインフレによる経費上昇率を上回る可能性は高くなさそうです。さらに保険料収入が頭打ちのなか、診療報酬の原資に占める税金の割合が年々高まっています。増税は政治リスクが高いので、簡単には引き上げられないでしょう。このため、診療報酬増加率はインフレ率に負け続ける可能性が高いです。私たちにできることは、インフレが鎮静化して、あわよくばデフレ経済に逆戻りすることを、ただひたすら祈るしかありません。この未来予想図が意味するところは、医療業界の収益性が年々悪化する状況です。1990年代のバブル崩壊後に延々と続いたデフレ経済は、医療業界には追い風でした。何といっても、経費が増加しないのに診療報酬微増を確保できましたから。しかし、夢のような状況は、どうやらコロナ禍明けで終わりを告げたようです。これから私たちが体験するのは、診療報酬という収益のアタマを押さえられた状態で、経費だけが増加していく苦しい状況です。開業するならなるべく早く!驚かすことを言いましたが、少なくとも現時点では、医療業界の収益性はまだまだ高い状態が続いています。TKC医業経営指標令和5年版では、院内処方の一般診療所の経常利益率は26.4%でした。よほど下手な経営をしないかぎり、診療所は黒字を確保できる状況です。しかし、この状況が今後10年先まで続く保証はありません。仮に、経費上昇率-診療報酬増加率=2%の状況が10年続くと20%減益となり、現在の経常利益の大部分が消えて無くなります。診療報酬増加率がインフレ率2~3%と同じ状態を続けられれば、なんとか現状維持可能です。しかし、これまでの推移を見る限り、診療報酬が毎年2~3%ずつ増加する状況は少し想像し難いですね。これらの状況から、もし開業するのであれば、医療業界の収益性が保たれているうちにチャレンジすることが望ましいでしょう。端的に言うと、いますぐ開業が望ましいということです。世の中がインフレに転換したのであれば、できるだけ早く開業するしかありません。私はいまでも母校の医局に所属している勤務医です。いますぐ開業しよう! などと主張するとお叱りを受けること必定でしょう。そのような事情があるものの、ケアネットの読者の方には、こっそりお伝えします。開業するつもりであれば早いに越したことはないでしょう。

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双極性障害や統合失調症における向精神薬治療関連の重篤な薬剤性有害事象

 気分安定薬や向精神薬は、重篤な薬剤性有害事象(ADE)を引き起こす可能性がある。しかし、その発生率は明らかではない。スウェーデン・ウメオ大学のPetra Truedson氏らは、双極性障害または統合失調感情障害の患者における重篤なADEの発生率、リチウムの影響、原因を明らかにする目的で本研究を実施した。Frontiers in Psychiatry誌2024年4月3日号の報告。 本研究はLiSIE(Lithium-Study into Effects and Side Effects)レトロスペクティブコホート研究の一部として行われた。2001~17年、スウェーデン・ノールボッテン地方で双極性障害または統合失調感情障害と診断された患者を対象に、重大な結果をもたらした、麻酔後ケアユニットまたは集中治療を要した、向精神薬による重篤なADEをスクリーニングした。重篤なADEの発生率は、1,000人年当たりで算出した。 主な結果は以下のとおり。・対象患者1,521例において41件の重篤なADEが発生し、発生率は1.9件/1,000人年であった。・リチウム投与と因果関係が示唆されるADEとリチウム未投与のADEとの発生率比(IRR)は2.59であり、有意な差が認められた(95%信頼区間[CI]:1.20~5.51、p=0.0094)。・65歳未満と65歳以上の患者におけるADEのIRRは3.36であり、有意な差が認められた(95%CI:1.63~6.63、p=0.0007)。・最も一般的なADEは、慢性リチウム中毒、過鎮静、心臓/血圧関連イベントであった。 本結果を踏まえて著者は、「双極性障害や統合失調感情障害の治療に関連した重篤なADEは、頻繁にあることではないが、まれではない。高齢者やリチウム投与患者では、とくにリスクが高かった。これらの患者において、新規または疑われる身体症状が認められた場合には、血清リチウム濃度を常に確認する必要がある。重篤なADEは、リチウムのみならず、他の気分安定薬や向精神薬でも発生する可能性がある」としている。

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難治性狭心症、冠静脈洞へのデバイス留置で症状改善/Lancet

 冠静脈洞狭窄デバイス(coronary-sinus reducer:CSR)は、狭心症患者の心筋血流を改善しなかったが、狭心症エピソード数を減少した。英国・Imperial College Healthcare NHS TrustのMichael J. Foley氏らが、英国の6施設で実施した医師主導の無作為化二重盲検プラセボ対照試験「ORBITA-COSMIC試験」の結果を報告した。CSRは、心筋血流を改善することにより、安定冠動脈疾患患者の狭心症を軽減することが示唆されていた。著者は、「今回の結果は、CSRが安定冠動脈疾患患者に対するさらなる抗狭心症治療の選択肢となりうるエビデンスを提供するものである」としている。Lancet誌2024年4月20日号掲載の報告。処置後6ヵ月間追跡、心筋血流と狭心症エピソード数を比較 研究グループは、抗狭心症治療(薬物療法、経皮的冠動脈インターベンション、冠動脈バイパス術など)のさらなる選択肢がない、18歳以上の狭心症、心外膜冠動脈疾患、虚血を有する患者を登録し、心臓MRによる定量的な心筋灌流マッピング(アデノシン負荷時および安静時)、症状およびQOLに関する質問(シアトル狭心症質問票、EQ-5D-5Lなど)、トレッドミル運動負荷試験を行った。その後、2週間の症状評価期にスマートフォンの専用アプリ(ORBITA-app)を用いた症状報告を完遂した患者を、CSR群と対照群に1対1の割合に無作為に割り付け追跡評価した。 二重盲検下で、CSR群ではCSR(商品名:Neovasc Reducer、Shockwave Medical)の植込み術を行い、対照群では患者に少なくとも15分間(CSRの植込みに要するおおよその時間)心臓カテーテルの検査台の上で鎮静状態を保持させた。処置後は、6ヵ月間の二重盲検下追跡調査期に、ORBITA-appで患者に日々の症状を報告してもらった。 主要アウトカムは、登録時にアデノシン負荷灌流心臓MRスキャンで虚血と判定されたセグメントにおける心筋血流、症状の主要アウトカムは1日の狭心症エピソード数とし、ITT解析を行った。CSR群で狭心症エピソード数が減少 2021年5月26日~2023年6月28日に447例がスクリーニングされ、61例が登録された。このうち51例(男性44例[86%]、女性7例[14%])がCSR群(25例)およびプラセボ群(26例)に無作為化され、CSR群の1例(無作為化手順の途中でデバイス塞栓事象が発現し適切な管理のため盲検を解除)を除く50例がITT解析に組み入れられた。 登録時の虚血セグメントは、画像化された800セグメント中454セグメント(57%)で、虚血セグメントにおける負荷心筋血流量の中央値は1.08mL/分/g(四分位範囲[IQR]:0.77~1.41)であった。 虚血セグメントにおいて、対照群と比較しCSR群で心筋血流量の改善は示されなかった(群間差:0.06mL/分/g、95%信用区間[CrI]:-0.09~0.20]、有益性の確率:78.8%)。一方、報告された1日の狭心症エピソード数は、対照群と比較してCSR群で減少した(オッズ比:1.40、95%CrI:1.08~1.83、有益性の確率:99.4%)。 安全性については、CSR群でデバイス塞栓イベントが2件発生し、両群とも急性冠症候群イベントおよび死亡の発生は報告されなかった。

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第207回 残された道はいよいよ身売りか廃校・学生募集停止か? ガバナンス崩壊、経営難の東京女子医大に警視庁が家宅捜索

警視庁捜査二課が家宅捜索、文部科学省は調査を徹底するよう指導こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、話題の映画「オッペンハイマー」を観てきました。クリストファー・ノーラン監督がわざわざIMAXで撮ったということなので、日本で最も大きなIMAXスクリーンを有する東京・池袋のグランドシネマサンシャイン池袋で鑑賞しました。広島、長崎の原爆についてほとんど触れられていないことなどが話題となっていますが、十分に監督の核に対する考えも伝わる映画だと感じました。個人的には、科学者と国(政府)の関係性の描き方が興味深かったです。コロナ禍での政府と有識者会議の力関係、関係性を思い出しました。科学者、医学者の方は必見の映画だと思います。もっとも、3時間の映画なので頻尿の方は膀胱を空っぽにしから観るようにしてください。さて、今回は警視庁捜査二課の家宅捜索が入った東京女子医大(東京都新宿区)について書いてみたいと思います。家宅捜索を受けたことに関連して、文部科学省は同大に対して調査を徹底するよう指導を行いました。同大学のガバナンス不全の程度は、昨年アメリカンフットボール部部員の大麻所持で話題となった日本大学並みと言えそうで、私学助成金にも響きそうです。これまで度々、その行状が報道されてきた岩本 絹子理事長(77)のワンマン体制は、いよいよ崩壊に向かうのでしょうか。同窓会組織・至誠会の元職員が勤務実態ないのに会から給与約2,000万円を受けた疑い警視庁捜査二課は3月29日、東京女子医大の同窓会組織である一般社団法人・至誠会の元職員が在職中、勤務実態がないのに会から給与約2,000万円を受けた疑いが強まったとして、一般社団法人法の特別背任容疑で、関係先の大学本部や、大学の岩本理事長が経営する江戸川区の葛西産婦人科など10数カ所を家宅捜索しました。3月29日付の東京読売新聞等の報道によれば、特別背任の疑いが持たれているのは一般社団法人・至誠会が運営する至誠会第二病院(世田谷区)の元職員の50歳代女性と元事務長の50歳代男性の2人です。元職員は葛西産婦人科の元従業員で、2015年4月に至誠会第二病院に就職。その後、同大に出向して岩本理事長直轄の経営統括部の次長に就任し、大学から給与を得ていました。その後同大は、岩本理事長の指示の下、2020年4月より経営統括部の業務を世田谷区のコンサルティング会社に委託。元職員は同社の社員として経営統括部や理事長秘書の業務にあたり、コンサル会社から2020年5月~22年6月に約3,300万円の給与が支払われていました。またその一方で、至誠会からも2020年5月~22年3月に約2,000万円の給与を受け取っていたとのことです。元職員に至誠会第二病院での勤務実態はなく、警視庁は職員の給与を管理していた元事務長と共謀して、至誠会から不正に支出させた疑いがあるとみているとのことです。岩本理事長を卒業生らは背任容疑で刑事告発、同窓会組織・至誠会は1億4000万円の返還や損害賠償を求めて提訴3月29日付の朝日新聞の報道によれば、同大を巡っては、2023年3月、岩本理事長が大学の理事会の承認を得ずに、大学の資金を実態の乏しい業務委託契約で取引先に流出させ損害を与えた、として卒業生らが背任容疑で刑事告発。警視庁捜査二課はこれを受理して捜査を行っていたとのことです。また、2023年10月には至誠会が、同会の代表理事会長を同年4月まで務めていた岩本理事長らを相手取り、計約1億4,000万円の返還や損害賠償を求めて提訴しています。岩本理事長は2023年4月、至誠会の改革を求める卒業生らと対立、会長の座を追われました。後任会長がさまざまな資料を調べると、元職員の給与の不正受給などが明らかになったとのことです。訴状によれば、元職員の給与の不正受給に加え、岩本理事長は理事会での承認を受けずに同会から「顧問料」などの名目で不当な支払いを受けていたとのことです(この民事訴訟は現在も係争中)。なお、同会は今年3月27日に警視庁に被害届を提出しています。重大な医療事故頻発で、特定機能病院の承認2度取り消し岩本氏は1973年に東京女子医大を卒業した産婦人科医で、同大の創業者の一族でもあります。同大勤務や葛西中央病院産婦人科部長を経て、1981年に葛西産婦人科院長に就任。2013年6月~23年4月には至誠会の会長を務め、この間、2014年に同大の副理事長、2019年に理事長に就任、現在に至っています。岩本理事長体制下の東京女子医大については、本連載でも何度か取り上げて来ました。2020年7月には「第15回 凋落の東京女子医大、吸収合併も現実味?」で同大が「コロナ禍による経営悪化を理由に夏季一時金を支給しない」と労組に回答し、看護師の退職希望が法人全体の2割にあたる400人を超えたニュースを、同年10月には「第28回 コロナで変わる私大医学部の学費事情、2022年以降に激変の予感」で、同大が2021度から前年度より学費を6年間で計1,200万円値上げし、私立医大で2番目に高くなったニュースを取り上げました。さらに、同じく2020年10月には「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」で、東京女子医大病院で2014年2月、鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡した事故について、警視庁が当時の集中治療室(ICU)の実質的な責任者だった同大元准教授ら男性麻酔科医6人を業務上過失致死容疑で東京地検に書類送検したニュースを取り上げ、「書類送検や起訴等が特定機能病院の再承認にも影響を及ぼす可能性もあります。東京女子医大の経営的な苦境はまだしばらく続きそうです」と書きました。ちなみに、男児死亡事件については2021年6月。民事裁判で麻酔科医らの過失と賠償責任を認める判決が出ています(刑事事件については公判継続中)。同病院はこの事故で2015年に特定機能病院の承認を取り消され、現在も承認されていません。ちなみに、同病院の特定機能病院の承認取り消しはこの時が2回目。1回目は2002年で、この時は2001年に起こった日本心臓血圧研究所(心研、現在の心臓病センター)の医療事故がきっかけでした(2007年に再承認)。私学助成金の減額やコロナ禍による患者減も大きな打撃にこうした一連のニュースを見てみても、東京女子医大の経営状況が極めて悪いことがうかがい知れます。特定機能病院承認取り消しに加え、私学助成金の減額やコロナ禍による患者減も病院経営上、相当大きな打撃となっているに違いありません。その一方で、岩本理事長は、その権力を利用して自らは甘い汁を吸っていたかもしれないわけで、今回の警視庁の家宅捜索は当然の帰結とも言えるかもしれません。なお、東京女子医大の岩本理事長の様々な所業については、文春オンラインが2022年から「東京女子医大の闇」と題して継続的に報道してきています1)。それらの報道によれば、経営統括部の業務委託したコンサルティング会社というのは、岩本理事長が“推し”だった元タカラジェンヌの親族企業で、それまで医療経営とは無縁の企業だったそうです。もはや呆れるしかありません。最悪、廃校・学生募集停止、大学病院だけどこかの医療法人が買収するというシナリオも東京女子医大は1970〜90年代には、日本の大学病院としては最先端の経営を行っていました。心研をはじめ、消化器病・脳神経・腎臓病の各センターなど、臓器別のセンター方式をどこよりも早く導入、それぞれにスター教授を配し、臨床だけではなく、研究でも最先端を走っていました。それがこの凋落ぶり。かつて本連載で、早稲田大学が吸収合併する噂があると書きましたが、またぞろその話題がマスコミを賑わせはじめています。3月30日付のBusiness Journalは「東京女子医大、経営破綻の可能性も…医療事故・医師の一斉退職・資金不正が続出」というタイトルのニュースを配信、その中で大学ジャーナリストの石渡 嶺司氏の次のような発言を紹介しています。「どこが買収しそうかという点について、候補となるのが早稲田大学と京都先端科学大学です。(略)。現在の田中愛治総長は18年の総長選に立候補した際、公約の一つに医学部新設を入れています。(略)ただし、東京女子医大の経営状況は相当悪く、それを早大が引き受けるには赤字額が大きすぎるとの指摘もあります。もう1校が京都先端科学大学です。ニデック(旧日本電産)創業者の永守 重信氏が京都学園大学を買収して開設したのが京都先端科学大学です。同氏は20年、医学部新設構想を公表しています」。とはいうものの、東京女子医大の経営状況は相当悪く、本来、大学経営をバックアップする役割が求められる附属病院も特定機能病院を取り消されたままの状態でこちらの経営も悪化の一途、買収に乗り出すところは現れないのでは、という見方が大勢のようです。ただでさえ少子化で大学経営自体が難しいと言われる時代に、創業家というだけで不適格な人物を理事長に置いてしまった大学理事会の責任は大きいと言えるでしょう。最悪、経営破綻し、廃校・学生募集停止も考えられます。その場合、大学病院だけをどこかの医療法人が買収するという善後策も考えられるでしょう。ひょっとしたら文科省、厚労省は女子医大の破綻を想定し、すでにシナリオを描き始めているかもしれません。参考1)東京女子医大の闇/文春オンライン

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第206回  ALS女性患者嘱託殺人裁判が改めて問う、積極的安楽死が日本で認められるための条件

こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。野球シーズンが始まりました。米国MLBでは、ロサンゼルス・ドジャースの大谷 翔平選手の元通訳、水谷 一平氏の違法賭博問題はまだ収束の兆しが見えず、大谷選手にも疑惑の目が向けられているようです。セントルイス・カージナルスとの開幕4連戦も打率2割6分9厘、ホームランなしと湿った成績で、賭博問題が少なからず影響している気もしました。私はといえば、金曜日の神宮球場のNPB開幕戦、東京ヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズを観戦に行ってきました。昨シーズン、“令和の米騒動”で話題となったドラゴンズの視察です。巨人から移籍した中田翔選手のホームランは見ごたえがあったのですが、若手中心の野手陣の守備がひどく(とくにクリスチャン・ロドリゲス内野手)、今年もAクラス入りは厳しいのではと感じた次第です。さて、今回は、判決から少々時間が経ってしまいましたが、ALSの女性患者に対する嘱託殺人罪や別の殺人罪に問われた医師、大久保 愉一被告(45)の裁判員裁判の判決公判が3月5日にありましたので、判決文の内容を紹介しつつ、この事件について改めて書いてみたいと思います。判決で川上 宏裁判長は、嘱託殺人について、「被告人は、医師でありながら、被害者とのSNS上での短いやり取りのみでその嘱託に応じ、診察や意思確認もろくにできないわずか15分程度の面会で軽々しく殺害に及んでいる。130万円の報酬の受領を持って行動に移していることも併せて考慮すれば、被告人が、真に被害者を思って犯行に及んだとは考え難く、利益を求めた犯行であったといわざるを得ない。(中略)被告人の生命軽視の姿勢は顕著であり、強い避難に値する」として、懲役18年(求刑懲役23年)を言い渡しました。大久保被告は共犯者である山本 直樹被告(46)とその母と共謀し山本被告の父親を殺害したとする殺人罪にも問われていましたが、この判決で共犯が認められました。なお、大久保被告の弁護側は3月18日、懲役18年とした京都地裁判決を不服として控訴しました。「死を望む女性患者の自己決定権を保障する憲法13条に違反する」と弁護側は主張ALSの女性患者の嘱託殺人については、本連載でも何度か取り上げてきました。事件発覚当初の2020年8月には、「第17回 安楽死? 京都ALS患者嘱託殺人事件をどう考えるか(前編)」、「第18回 同(後編)」で、日本における積極的安楽死の罪の根拠となっている1991年に起きた「東海大学安楽死事件」と 1998年に起きた「川崎協同病院事件」について振り返り、ある有識者の「(この事件は)安楽死議論の対象にもならない」というコメントを紹介しつつ、「果たして本当にそうでしょうか。少なくとも、医療関係者も目を逸らしてきた、積極的安楽死についての議論を再開するきっかけにはなると思うのですが、どうでしょう」と問い掛けました。そして裁判が始まった直後の今年1月には、「第195回 ALS患者嘱託殺人、主犯とされる医師の裁判員裁判始まる、被告は『願いをかなえるためにやった』と証言」において、「嘱託殺人罪の適用を『死を望む女性患者の自己決定権を保障する憲法13条に違反する』とする弁護側の主張が、どこまで通るのかが裁判のポイントになりそうです」と書きました。13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は「個人が生存していることが前提」大久保被告が憲法13条に違反することを根拠に無罪を訴えていたことに対し、川上裁判長は、同条に書かれている生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は、「個人が生存していることが前提であると解釈されることなどからすれば、たとえ恐怖や苦痛に直面している状況であったとしても、憲法13条から直ちに『自らの死を援助してくれる医療従事者がいる場合に、その医療従事者が刑事罰から免れるように求める権利』などが導き出されるものではない。したがって、憲法13条違反を直接的な理由・根拠として本件に嘱託殺人罪を適用しないとの結論を採用することはできない」と断じました。患者の症状の判断や、本人や家族等への説明や意思確認など詳細な手順を明示今回の事件、起こった当初は「安楽死議論の対象にもならない」との批判もありましたが、京都地裁判決では、嘱託殺人罪を問わない要件を細かく明示しており、その点では議論が半歩くらいは進んだ、と言えるでしょう。判決では、「死期が間近に迫り、耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいる患者や、本件の被害者のように、現代の医学では病状の進行を止めることができず、迫り来る死や、自立的な意思伝達手段の喪失のおそれに直面して日々恐怖に怯えたり、絶望したりしつつも、身体的な自由がきかないことで自殺することもままならないような患者」の存在について言及、そうした患者からの嘱託についても例外なく嘱託殺人罪を当てはめてしまえば、患者らの嘱託に応えようとする医療従事者は現れず、患者らに耐え難い苦痛や恐怖・絶望を強いることになり酷であるとして、「可罰的違法性がないとして嘱託殺人罪に問うことが相当ではないと評価される事案の存在はあり得る」としました。しかし、そのためには、少なくとも、「(1)上記のような状況下にある患者らに対し、その病状による苦痛等の除去・緩和のために他に取るべき手段がなく、かつ、患者が自らの置かれた状況を正しく認識した上で、自らの命を絶つことを真摯に希望するような場合に、(2)医療従事者が、1)医学的に行うべき治療や検査等を尽くし、他の医師等の意見等も徴して、患者の症状をそれまでの経過等も踏まえて診察し、死期が迫るなど現在の医学では改善不可能な症状があること、それによる苦痛等の除去・緩和のために他に取るべき手段がないことなどを慎重に判断し、2)その診察・判断を基に、患者に対して、患者の現在の症状や予後を含めた今後の見込み、取り得る選択肢の有無等について可能な限り説明を尽くし、それらについての正しい認識に基づいた患者の意思を確認するほか、患者の意思をよく知る近親者や関係者等の意見も参考に、患者の意思の真摯性及びその変更の可能性の有無を慎重に見極めた上で、3)患者自身の依頼を受けて、苦痛の少ない医学的に相当な方法を用い、4)事後検証可能なように、それら一連の過程を記録化することなどが最低限必要であるというべきである」――としました。1991年「東海大学安楽死事件」で横浜地裁判決が示した積極的安楽死が許容されるための4要件「安楽死」については、回復が見込めない患者の死期を医師が薬剤を使用するなどして早める「積極的安楽死」と、終末期の患者の人工呼吸器や人工栄養などを中止する「消極的安楽死」の2つの概念があります。前者の「積極的安楽死」は、現在の日本においては今回の裁判のように、嘱託殺人罪や殺人罪などに問われることになります。積極的安楽死の罪の根拠となっているのは、1991年に起きた「東海大学安楽死事件」と 1998年に起きた「川崎協同病院事件」です。東海大学安楽死事件では、家族の要望を受けて末期がんの患者に塩化カリウムを投与し、患者を死に至らしめた医師が殺人罪に問われました。1995年、横浜地裁は、被告人を有罪(懲役2年執行猶予2年)とする判決を下しました(控訴せず確定)。患者自身による死を望む意思表示がなかったことから、罪名は嘱託殺人罪ではなく、殺人罪になりました。この判決では、医師による積極的安楽死が例外的に許容されるための要件として、1)患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること2)患者は死が避けられず、その死期が迫っていること3)患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと4)生命の短縮を承諾する患者の意思表示が明示されていることという4つの要件が提示されました。フランスは「死への積極的援助」を導入する法案を発表今回の京都地裁判決は、日本において積極的安楽死が認められる要件をさらに詳細に定めたとも言えるでしょう。「東海大学安楽死事件」の横浜地裁判決で示された積極的安楽死が例外的に認められる4要件に加えて、医療従事者が具体的にどのような手順を踏むべきかをより具体的に示したからです。もっとも、患者の症状の判断や、本人や家族等への説明や意思確認など、相当厳格かつ慎重な手順を踏まなければならず、実際の臨床の現場で実行に移されるかどうかは未知数です。ALS女性患者嘱託殺人裁判の判決が出た1週間後の3月12日、共同通信は「フランスのマクロン大統領は3月11日までに、終末期患者に厳格な条件の下で致死量の薬の投与を認める『死への積極的援助』を導入する法案を発表した」と報じました。自身で死を決断できる能力があり、短期・中期的に死の恐れがある重病に冒され、苦痛を和らげることができない成人に限って安楽死を認めるという法案です。5月から議会で審議するとしています。報道によれば、フランスでは2016年に終末期患者の意識を低下させる鎮静薬投与を医師に認める法律が成立したものの、オランダなどで認められた患者の意思により医師が薬物などで死に導く安楽死や、スイスで認められているような医師が処方した薬物を患者が自ら使用する自殺ほう助はまだ禁じられています。今回の「死への積極的援助」を導入する法案はそうした現状を打破するためのものと言えそうです。オランダ、スイス、そしてフランスなどの安楽死容認に向けての動きが、今後、日本における積極的安楽死の議論にどう影響してくるかが注目されます。

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がん患者のつらい倦怠感に何ができるか【非専門医のための緩和ケアTips】第72回

第72回 がん患者のつらい倦怠感に何ができるかがん患者の倦怠感はよくある症状ですが、ほかの症状に紛れて患者本人が気付かない、訴えないことも多いようです。また、緩和が難しい身体症状の1つでもあります。このようながん患者のつらい倦怠感に、われわれができることは何なのでしょうか?今日の質問外来通院しているがん患者さんが倦怠感を訴えています。訴え方は「だるい」「気分が優れない」といった漠然としたものです。こうした症状にステロイドを使用すると聞いたのですが、処方したほうが良いのでしょうか? ステロイドの長期使用は弊害もありそうで、ちゅうちょしています。がん患者の倦怠感は、しばしば見逃されることがあると報告されています。今回の質問者は患者の訴えをしっかりと聞く診療をされているのでしょう。私もこうした診療ができるよう取り組みたいものです。がん患者の倦怠感は、さまざまな原因から生じます。欧州緩和ケア協会では、がん関連倦怠感を主に炎症性サイトカインが関連する一次的倦怠感(primary fatigue)と、貧血や感染症、うつ病、電解質異常、薬剤などが原因の二次的倦怠感(secondary fatigue)に分けて考えることを提唱しています。一次的倦怠感は、腫瘍から生じるさまざまなサイトカインの影響により倦怠感が生じる病態であり、悪液質と呼ばれる病態に関連した倦怠感もここに分類されます。一方、がん以外の原因によって生じる二次的倦怠感にも注意が必要です。低ナトリウム血症などの電解質異常や睡眠不足、抑うつなどの精神心理的な問題といった要因が考えられます。こちらのほうが改善できる可能性が高く、注意して評価する必要があります。私がとくに注意しているのは「薬剤」による倦怠感です。利尿剤など、もともと内服していた薬剤が病状の変化に伴って過剰になる、といったことはよく生じます。現在の投与量で継続するのか、タイミングを計って見直すことが重要です。さて、今回質問をいただいたステロイドですが、確かにがん患者の倦怠感に対してステロイドが有効であることは私自身も経験していますし、論文でも有効性が述べられています。一方で、効果が限定的である点や副作用とのバランスを念頭に置いて判断する必要があります。「効果が限定的」というのは、2つの側面があります。1点目は「対象者」です。多くの専門家が、予後が数ヵ月以上見込まれる患者に対してステロイド使用を推奨しています。予後が限られる患者には、効果があまり見込めないのです。2点目は「持続時間」です。ステロイドは投与中ずっと効果が持続するケースは少なく、多くの患者が1週間程度でその効果を実感しなくなります。こうした観点から、総合的にステロイド適応を判断します。最後に、予後が限られた状況における倦怠感にも触れておきます。この場合、症状緩和が難しいことが多く、ステロイドもあまり有効でありません。こうした場合は、睡眠覚醒の工夫や病室での過ごし方といったケアの面で、できることを工夫します。ときに緩和的鎮静も検討することになるでしょう。今回のTips今回のTipsがん患者の倦怠感、ステロイド処方は適応を十分検討する。

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心臓カテーテル検査前に絶食は必要か

 鎮静下で実施する心臓カテーテル検査では、検査前に長時間、絶食する必要はない可能性が、新たな研究で示唆された。米パークビュー心臓研究所の看護部長であるCarri Woods氏らによるこの研究結果は、「American Journal of Critical Care」に1月1日掲載された。 心臓カテーテル検査は、カテーテルと呼ばれる細い管を血管から心臓まで通して心臓の圧を測定したり、心臓の機能や血管の状態を調べるための検査である。この検査を受ける患者は通常、検査前の午前0時以降は何も口にしないように言われる。Woods氏は、「麻酔ガイドラインでは何十年も前から、意識下鎮静法を要する処置では、処置を受ける全ての患者に6時間以上の絶食を求めてきた」と説明する。絶食は患者に、不快感やイライラ感、脱水、喉の渇きと空腹感の増加、低血糖症などの悪影響をもたらす。しかし、低度から中等度のリスクの患者に対する心臓カテーテル検査で絶食が必要なことを裏付けるエビデンスはない。 今回の研究では、同心臓研究所で待機的心臓カテーテル検査を受ける197人の成人患者を対象に、検査前の絶食の必要性が検討された。対象者は、検査前に心臓に良い食事(脂肪やコレステロール、ナトリウムの含有量が低く酸性食品の少ない食事)を摂取してもよい群(食事摂取群、100人)と、検査前の深夜以降は飲食物を何も口にしない群(絶食群、97人)にランダムに割り付けられた。絶食群は、薬を飲む際には少量の水を飲むことができた。食事摂取群と絶食群との間で検査の安全性を比較するとともに、検査に対する患者の快適さや満足度についても評価した。 処置後に肺炎、低血糖、誤嚥が生じたり気管挿管が必要になった患者はいなかった。また、血糖値、胃腸の問題、疲労度、抗血小板薬の投与量も両群間で同等であった。その一方で、絶食群に比べて食事摂取群では、処置前の食事に関する満足度が有意に高く、また、処置前後で喉の渇きや空腹感を覚えた人も少なかった。 こうした結果を受けてWoods氏は、「われわれが得た結果は、心臓カテーテル検査を受ける全ての患者に絶食が必要なわけではないことや、検査においては患者の満足度を第一に考えても安全性は確保されることを示している」とパークビュー心臓研究所のニュースリリースで述べている。 この研究結果を受けて、同心臓研究所では、意識下鎮静前の患者にも食事を摂取させるように心臓外科手術のプロトコルを更新したという。

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