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第247回 どこか似ているフジテレビと女子医大、大学に約1億1,700万円の損害を与えた背任の疑いで女子医大元理事長逮捕、特定機能病院の再承認も遠のいた病床利用50%の医科大学に未来はあるか?

東京女子医大よりお粗末だと感じたフジテレビの中居氏問題への対応こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。タレント、中居 正広氏の女性とのトラブルにフジテレビ編成局の幹部社員が関与していたと報道を受けて、同社の港浩一社長が1月17日に記者会見を行いました。しかし、その会見内容や会見方法を巡ってさまざまな批判が巻き起こっています。まずその会見方法ですが、参加者はフジテレビ記者クラブの加盟社に限り、それ以外は参加できませんでした(この問題を報道してきた週刊誌記者などは入れず)。さらにNHKや在京キー局は質問できないオブザーバー参加で、動画撮影も禁じられました。報道に携わるテレビ局であることを考えると、まさに信じられない対応と言えます。今後、フジテレビ報道局の記者たちはさまざまな取材先で「おたくには取材させない」「カメラはダメね」と言われ続けることでしょう。さらに驚いたのは、港社長の、「第三者の視点を入れて改めて調査を行う必要性を認識しましたので、今後、第三者の弁護士を中心とする調査委員会を立ち上げることとしました」の発言です。各紙報道によれば、「第三者」という言葉を使ってはいるものの、この調査委員会が日本弁護士連合会のガイドラインに沿った第三者委員会になるかどうかは未定とのことです。元理事長が先週逮捕された東京女子医大ですら、第三者委員会を立ち上げています。同窓会組織から勤務実態のない元職員に給与が不正に支払われていたとされる問題などを調べるために設置されたこの第三者委員会は、当時の岩本 絹子理事長の問題行動を徹底的に調べ上げ、約250ページにも及ぶ調査報告書をまとめて昨年8月に公表、調査した委員(弁護士)による記者会見も開かれました。この調査報告書は至誠会の不適切な資金支出を指摘するだけでなく、学校法人の不適切な資金支出もつまびらかにし、さらに寄付金を重視する推薦入試や大学の人事のあり方の問題点も指摘しました。そして、それらの根本原因として、同大が岩本元理事長に権限が集中する「一強体制」で「ガバナンス機能が封鎖された」と厳しく糾弾しました。この第三者委員会の報告書公表後、岩本元理事長は同大理事会において自身を除く全会一致で理事長職を解任されています。フジテレビが日弁連のガイドラインに沿った第三者委員会を設置しないとなれば、問題解決への意欲がないと世間から見られ、ますます窮地に陥るでしょう。実際、トヨタ自動車や日本生命などのスポンサーもCMを差し止め始め、1月21日の段階でその数は50社を超えました。今年春の番組改編に向け、テレビ局はスポンサー獲得のための営業活動のピークにありますが、こちらも相当苦戦することでしょう。まさに「危急存亡の秋」と言えます。計約1億1,700万円相当の損害を与えた背任容疑で東京女子医大元理事長逮捕ということで、同じく危急存亡の秋を迎えている東京女子医大です。この連載で何度も取り上げてきた東京女子医大ですが、警視庁は1月13日、同大の岩本元理事長(78)を背任容疑で逮捕しました。1月14日付の朝日新聞などの報道によれば、逮捕容疑は2018年7月~2020年2月、同大の新校舎棟の2件の建設工事を巡り、建築会社社長で1級建築士の60代男性と同大経営統括部元幹部の50代女性と共謀の上、男性に対し、給与とは別に実態がない「建築アドバイザー」としての業務報酬名目で計21回にわたって大学に不当に支払わせるなどして、計約1億1,700万円相当の損害を与えた、というものです。こうした金銭の流れは岩本元理事長が指示し、男性名義の口座に報酬が支払われていたとのことです。警視庁は岩本元理事長以外の2人についても立件する方針とのことです。東京女子医大の岩本元理事長長が関わる不正に捜査のメスが入ったのは去年3月でした(「第207回 残された道はいよいよ身売りか廃校・学生募集停止か? ガバナンス崩壊、経営難の東京女子医大に警視庁が家宅捜索」参照)。2019年以降、理事長を務めてきた岩本元理事長による不正な支出が疑われるとして、大学関係者が刑事告発を行い、告発状を受理した警視庁が3月、大学本部や岩本元理事長の自宅などを一斉に捜索したのです。それから約10ヵ月、やっと逮捕に至ったわけです。1月13日付のNHKは、「警視庁の幹部は『元理事長への現金の還流は、口座を通しておらず、証拠の欠片を拾い集めるパズルのような難しい捜査だった』と話しています」と報じています。岩本元理事長に還流された現金は総額約8,700万円に上る逮捕容疑の金銭の還流やその他の岩本元理事長の経営手法については、本連載の「第226回 東京女子医大 第三者委員会報告書を読む(前編)『金銭に対する強い執着心』のワンマン理事長、『いずれ辞任するが、今ではない』と最後に抗うも解任」、「第227回 同(後編)『“マイクロマネジメント”』と評された岩本氏が招いた『どん底のどん底』より深い“底”」でも詳しく書きました。この報告書には、今回の容疑となった岩本元理事長が金銭面で同大に与えた損害のほかに、卒業生の教員への採用・昇格に寄付金を要請したり推薦入試での寄付金受け取りを指示したりしていたことや、PICU運用停止に代表される「教育・研究と病院・臨床に対する理解・関心の薄さ」、「異論を敵視し排除する姿勢と行動」、「人的資本を破壊し組織の持続可能性を危機に晒す財務施策」など、医科大学トップとしてあるまじき、さまざまな所業が赤裸々に書かれています。そんな中、捜査当局は刑事責任が問える新校舎棟の建設工事を巡る金銭の動きに焦点を絞って捜査を進めてきたわけです。1月16日付の日本経済新聞などの報道によれば、岩本元理事長は建築士の男性に報酬を受け取るため専用の口座をつくらせ、男性が入金された報酬から自身が支払う税金を差し引いた上で、3分の1を男性が受け取り、残りの3分の2を元理事長に還流させていた疑いがあり、その金額は計約3,700万円に上るとしています。さらに別の工事に関しても、大学支出分から現金約5,000万円を受領した疑いがあり、これらを合計すると岩本元理事長に還流された現金は総額約8,700万円に上るとのことです。なお、1月21日付の日本経済新聞は、警視庁が昨年岩本容疑者の自宅など関係先を背任容疑で捜索した際、岩本元理事長の関係者が住む東京都港区のマンションの一室から、「金塊2キロ(約3,000万円相当)とスーツケースに入った現金約1億5,000万円」が発見され、さらに「元理事長宅の納戸からも現金と金塊が出てきた。(中略)これらの関係先から総額で現金約2億円と金塊計10キロ超(2億円相当)を押収した」と書いています。岩本元理事長体制下で噴出した事件の数々それにしても、東京女子医大も地に落ちたものです。岩本元理事長体制下の東京女子医大については、本連載でも何度も取り上げて来ました。2020年7月には「第15回 凋落の東京女子医大、吸収合併も現実味?」で同大が「コロナ禍による経営悪化を理由に夏季一時金を支給しない」と労組に回答し、看護師の退職希望が法人全体の2割にあたる400人を超えたニュースを、同年10月には「第28回 コロナで変わる私大医学部の学費事情、2022年以降に激変の予感」で、同大が2021度から学費を6年間で計1,200万円値上げして私立医大で2番目に高くなったニュースを取り上げました。さらに、同じく2020年10月には「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」で、東京女子医大病院で2014年2月、鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡した事故について、警視庁が当時の集中治療室(ICU)の実質的な責任者だった同大元准教授ら男性麻酔科医6人を業務上過失致死容疑で東京地検に書類送検したニュースを取り上げました。同病院はこの事故で2015年に特定機能病院の承認を取り消されています。外来患者数激減、病床稼働率もわずか50%岩本元理事長体制下で、経営状況も悪化の一途です。東京女子医大の令和5年度事業報告書(速報版)によれば、稼ぎ頭であるはずの本院、東京女子医科大学病院(1,190床)の1日外来患者数は、令和3年度が2,862人、令和4年度が2,705人、令和5年度が2,538人と減少傾向でした。そして何よりも衝撃的なのが病床稼働率です。令和3年度が61.7%(1,193床)、令和4年度が53.2% (1,193床)、令和5年度が50.7%(1,190床)と、もはや半分しか病床が稼働していないのです。紹介も含めて患者が来ないことに加え、看護師をはじめとする職員不足で病棟を開けたくても開けられない、という事情もあると考えられます。今回の元理事長逮捕や大学人事や推薦入試での不正によって、特定機能病院の再承認はさらに遠のき、加えて私学助成金(私立大学等経常費補助金)も大幅に減額される可能性もあります(令和5年度で総額20億円)。仮にそうなれば大学経営に対するダメージは計り知れません。日本大学や東京女子医大などで起こった相次ぐ不祥事を受け、改正私立学校法が今年4月に施行されます。理事会とそのトップの理事長へのチェック強化が図られ、理事と評議員の兼務も認められなくなります。不正のあった理事の解任請求権や、監事の選任・解任権限が、理事会の諮問機関にあたる評議員会に与えられることにもなります。しかし、東京女子医大にとっては後の祭りと言えそうです。ワンマン理事長の暴走を許し、ガバナンスをまったく効かせてこなかった理事会の責任は極めて重いと言えるでしょう。河田町同郷のフジテレビと女子医大、経営権が移る可能性も東京女子医大は1970〜90年代には、日本の大学病院としては最先端の経営を行っていました。心研をはじめ、消化器病・脳神経・腎臓病の各センターなど、臓器別のセンター方式をどこよりも早く導入、それぞれにスター教授を配して、臨床だけではなく、研究でも最先端を走っていました。以前にも書いたことですが、1980~90年代にかけ、私はよく新宿区河田町にある東京女子医大病院に取材に通っていました。「東京女子医大、強さの研究」という特集記事を担当したこともあります。当時、東京女子医大の隣にはお台場に移転する前のフジテレビ本社がありました。フジテレビも「オレたちひょうきん族」のヒットなどで、視聴率で在京キー局のトップを走っていたと記憶しています。あれから40年近くが経ち、どちらも昔日の面影はなく、東京女子医大は元理事長逮捕、フジテレビは冒頭に書いたような報道機関の役割を自ら放棄する体たらくです。おそらくこちらも社長交代(あるいはもっと上も)まで行くでしょう。時代の変化に対応できず、旧態依然の経営を続け、ガバナンス不全のままの組織はあっという間に淘汰されてしまいます。5年先、いや3年先には、東京女子医大もフジテレビも経営権は今とはまったく違うところに移っているかもしれません。

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GOMER、暴れる患者、対応困難な患者【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第1回

GOMER、暴れる患者、対応困難な患者Point陰性感情をもたないようにして、コミュニケーション能力(傾聴と共感)を磨け。警察を呼ぶタイミングを知っておこう:暴力、器物損壊はただちに。それ以外は2段階方式で。身体拘束と薬物拘束は段階的に、人権意識をもって対処する。器質的疾患を見逃さないようにすべし。症例56歳男性。研修医の診察中に急に激高して暴れ始めた。目はどこかあちらの世界に飛んでいるようだ。家で奇声を上げたり、台所で排尿したりして、家人が心配で連れてきた。バイタルサインは血圧160/100mmHg、脈拍110回/分、呼吸数30回/分、体温38.2℃、SpO2 98%であった。落ち着くようにいっても聞く耳をもたない。本人は帰宅するというが、そのまま帰していいのだろうか。おさえておきたい基本のアプローチ対応困難な患者は、患者だけの問題ではないGOMER(Get Out of My ER)とは、「俺の救急室からとっとと出ていけ」という特定の患者を嫌う医療者の勝手な造語であり、使ってはいけない隠語だ。患者と馬が合わないのを患者のせいにするなんて医者の風上にも置けない。多くの人が苦手とする患者であってもうまく対応できてこそプロなのだ。difficult patient(良好な医師-患者関係を築けない患者)には、患者要因、医療者要因、環境要因などが挙げられる(図1)。図1 difficult patientが誕生するわけ画像を拡大する勝手に患者が悪いなんて決めつけてはいけない。以前医療過誤にあった家族をもつ患者であれば、医療者が誰も話を聞いてくれなかったつらい過去をもっており、医療不信になるのも当然だ。そんな患者に寄り添うには、事情がわからなくても「1に親切、2に親切、3に親切」に接するに限る。つらい思いでやっと救急室にたどり着いたのに、待ち時間は長く、暇そうな医療者が大声で笑い、コーヒーのいい匂いが漏れ出てきて、愛想のない受付や看護師が対応し、最後にコミュニケーションスキルが皆無の医者が出てきて、あなたの期待に全然応えなかったら…ハイ、あなたでも怒っている患者になりませんか?医者は偏見を捨てて、患者の訴えに傾聴し(医学的に間違っていてもすぐに否定してはいけない)、決めつけずに、愛情をもった態度で、患者中心のコミュニケーションを進め、共感を示すべし1)。どんな状況においても医者には大逆転できるhalo effectがあるんだから、「私はあなたの味方ですよ」オーラを全開に放って対応しよう。自分の感情をコントロールせよ医者が陰性感情をもつ場合は、自分の力が及ばない無力感こそが最大の敵である(表1)。表1 こんな患者に陰性感情をもってはダメ:誤診の宝庫画像を拡大する研修医にわけのわからない質問を受けると、イラッと来てしまうが、それは答えがわからないいらつきなんだよね。対処法がわからない、きちんと情報が取れない、それは何も患者が悪いわけではないと自覚しよう。自分の感情をコントロールし、偏見を捨てて、患者に変なレッテルを張らないようにしよう。陰性感情をもつと、診療が雑になり、誤診しやすくなってしまう。危ない患者、暴れる患者を予想する医療者の第六感を鍛えるのは大事。どんな患者が暴れ始めるのか早めに察知しよう(表2)。表2 危険を察知する画像を拡大する初期研修医2年目も終わりごろになれば、どの科のどの医者が危ないか第六感でわかってくる、その勘と相通じるとか通じないとか…。危険を察知したら、なるべく団体行動をとること。人を集めて、数がいることで抑止力になり得る。警備員を救急待合室に配置しておこう。多勢に無勢なのに暴れるなら、その患者は本物のせん妄なのかもしれない。治療を要する患者を見逃すな病気のせいでせん妄になり暴れている場合は、何が何でも患者の安全を優先して治療しないといけない。自傷他害の恐れがなく、判断能力(decision-making capacity)がしっかりしている場合は、患者の同意なく医療行為はできない。反対にどれか1つでもかけていたら、患者の安全のために抑制し治療が必要になる(図2)。decision-making capacityに関しては4つの要素を確認する(表3)2)。その際にはきちんとMMSEなど記録をしっかり残すこと。図2 治療を優先すべきとき画像を拡大する表3 decision-making capacityの4つの要素画像を拡大するせん妄患者の特徴は、急性発症で意識レベルが変動し、注意力散漫または意識障害を呈するものである。まるでキツネにつままれたように、まともになったり、変になったりする。バイタルサイン異常、とくに発熱に気をつける。新しい記憶の障害を伴う見当識障害を認めることが多い。古い記憶は保たれるため、名前や住所が言えても意識は大丈夫と思ってはいけない。暴れる患者の鑑別診断機能的なものは精神疾患や人格障害によるものが多い。治療可能な器質的疾患は見逃さないようにしたい。鑑別診断「FIND ME」と覚えよう(表4)。慢性硬膜下血腫の半数は精神症状で来院する。感染症や薬剤によるせん妄も多い。低血糖も3割は好戦的になるのだ3)。子供だって、お腹がすくと怒りっぽくなるよねぇ。表4 暴れる患者の鑑別診断 FIND ME画像を拡大する落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls「そんな大声出すなら警察を呼びますよ」…大声をあげるだけでは警察は動かない警察を呼ぶのに許可はいらない。必要なときは、遠慮せずさっさと警察に助けを求めよう。ぎりぎりまで我慢すると、暴力はエスカレートしてくるので、早い段階で警察を呼ぶほうがいい。警察は誰か怪我をしたとき(暴行罪:刑法第208条、傷害罪:刑法第204条)や物が壊れた時(器物損壊罪:罪刑法第261 条)は素早く動いてくれる。敵もさるもの、大声くらいでは警察が来ないのを知っている。この程度で、「警察呼びますよ」なんていうと、「おりゃぁ、じゃ、呼んでみぃ、コルアァ」と火に油を注ぐ結果になっちゃうかもしれない。大声を出したくらいでは警察は動かない。公然わいせつ罪:刑法第174条、脅迫罪:刑法第222条、強要罪:刑法第223条「土下座しろ~」、名誉棄損罪:刑法第230条、侮辱罪:刑法第231条、威力業務妨害罪:刑法第234条「大声を出す」、恐喝罪:刑法第249条「お金は払わないぞ」、つきまとい行為:ストーカー規制法など罪状は数あれど、この程度では警察はすぐ来てくれない。これくらい病院自身で対応しなさいということ。そんな場合は、2段階警察呼び出し法を知っておこう(図3)。2回通告しても診療の邪魔をしてきて、ほかの患者の診療に支障が出る場合は、証拠を残しておけば、警察に助けを求められる。図3 2段階警察呼び出し法画像を拡大するPoint暴言・暴力、迷惑行為には早々に屈して、警察を呼ぼう身体拘束と薬物拘束を同時に行いましょう…はダメ!身体拘束や薬物拘束は、重大な人権侵害になる可能性があると、常に気を配ろう。自傷他害の恐れがある場合や見当識障害がありdecision-making capacityがない場合は、患者の安全のために拘束が許される。身体抑制に至った経緯と所見をしっかりカルテ記載すること。身体抑制で事足りる場合は、薬物抑制はしてはならない。したがって、身体抑制では患者の安全が保てないと判断した場合は、その理由と時間をカルテ記載し、段階的に薬物抑制が必要だった旨をカルテ記載すべし。Point身体抑制と薬物抑制は段階的に行い、人権意識をもって対処し、記録をしっかりすべしワンポイントレッスン言葉による鎮静言葉による鎮静は基本の基本。言葉による鎮静の10ヵ条を示す(表5)。表5 言葉による鎮静の10ヵ条画像を拡大する多くの場合、患者が自分の思いが医療者に通じないと思って騒いでいることが多い。言葉の鎮静は、相手の意見を十分聞くことが秘訣だ。平昌五輪のカーリング女子のように「そだねー」を連発し、相手の意見を承認するのがいい。医療者をなるべく集めておき、患者と医療者は2人きりにならないようにする。部屋のドアは開放し、出口側に自分を位置し、いざというときはさっと逃げられるようにする。身体抑制・薬物抑制身体抑制Tips、薬剤抑制Tipsを表6に示す。表6 身体抑制・薬物抑制Tips画像を拡大する必ず同時に行わないで、段階的に行い時間を記載する。身体抑制のみでは患者の安全が保てない場合に、薬物抑制を行ったというカルテ記載を必ず残すべし。薬物抑制はなるべく筋注がいい。静注だと点滴ライン確保時に、患者が暴れて針刺し事故になる危険がある。またジアゼパムの筋注は、残り少ない理性が吹っ飛んで余計暴れるので、しないほうがいい。勉強するための推奨文献New A, et al. Psy Clin North Am. 2017;40:397-410.Moukaddam N, et al. Psy Clin North Am. 2017;40:379-395.Moukaddam N, et al. Emerg Med Clin North Am. 2015;33:797-810.American Academy of Family Physician. Fam Pract Manag. 2019;26:32.参考1)Cannarella Lorenzetti R, et al. Am Fam Physician. 2013;87:419-425.2)Appelbaum PS. N Engl J Med. 2007;357:1834-1840.3)Malouf R, Brust JC. Ann Neurol. 1985;17:421-430.講師紹介

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対象患者選択の重要性を再認識させられた研究(解説:野間重孝氏)

 本研究はコルヒチンの虚血性心疾患に対する2次効果を検討した3つ目の研究に当たる。今回の研究に先行する2つの研究については次に示すので、ぜひご一読されたい。これは、評者自身が過去2回にわたり論文評を担当しており、内容が重複してしまう可能性があるためである。この点について、すでにご存じの方にはご容赦いただきたい。大抵の方々にとっては虚血性心疾患とコルヒチンの関係そのものに首をかしげる向きがあると考えるが、そのあたりについても評では簡単にではあるが解説した。1. COLCOT試験Tardif JC, et al. N Engl J Med. 2019;381:2497-2505.ジャーナル四天王「低用量コルヒチン、心筋梗塞後の虚血性心血管イベントを抑制/NEJM」論文評(CLEAR!ジャーナル四天王)「今、心血管系疾患2次予防に一石が投じられた」2. LoDoCo試験Nidorf SM, et al. N Engl J Med. 2020;383:1838-1847.ジャーナル四天王「コルヒチンで慢性冠疾患の心血管リスクが低下/NEJM」論文評(CLEAR!ジャーナル四天王)「コルヒチンの冠動脈疾患2次予防効果に結論を出した論文」 この2つの研究では、いずれにおいてもコルヒチンが虚血性心疾患の予後改善に寄与すると結論されている。ところが、今回のCLEAR試験では効果なしと判定された。この背景には患者選択とプロトコールが関係しているのではないかと考えたので、以下に整理しておきたい。1. COLCOT試験登録前30日以内(平均18.5日)に心筋梗塞を発症し、経皮的血行再建術を受け、強化スタチン療法を含むガイドラインに準拠した治療を受けている成人患者。2. LoDoCo2試験2014年8月4日~2018年12月3日の間に血管造影で肝疾患が確認され、6ヵ月以上安定している35~82歳の慢性冠動脈疾患患者。3. CLEAR試験ST上昇型急性心筋梗塞に対して経皮的冠動脈再建術を受けた患者で、EF<45%、糖尿病、多枝病変、心筋梗塞の既往、または60歳以上のいずれかの危険因子を有する患者。 主要エンドポイントの違いについても言及すべきだろうが、各試験とも表現は違うもののほぼ同じ事柄を挙げているので、ここではあえて問題にしないこととする。 正直なところ、評者はLoDoCo2試験の結果をみて、コルヒチンの冠動脈治療薬としての有用性が証明されたと書いたが、それは早計だったと反省している。臨床試験ではその対象が非常に大きな役割を果たす点に、もっと注目すべきであると改めて思い知らされた教訓を得たと感じている。 3試験の結果を振り返ってみると、LoDoCo2試験ではハザード比[HR]:0.69、95%信頼区間[CI]:0.57~0.83(p<0.001)と大きな差が出たのに対し、COLCOT試験では確かに差は出たもののHR:0.77、95%CI:0.61〜0.96と、確かに差はついたもののそれほど大きな差はみられなかった。そして、今回ST上昇型心筋梗塞後の患者を対象とした場合、とうとう差がみられないという結果に終わった。LoDoCo2試験が心筋梗塞患者を対象としていない点を考慮すると、急性心筋虚血を引き起こす血管損傷の有無が、試験結果の差異を生じさせた要因である可能性が示唆される。 言うまでもなく、コルヒチンは現在使用できる最も強力な消炎剤の1つである。冠動脈疾患は複合的な疾患であるが、動脈硬化と炎症の関係は盛んに論じられてはいるものの、コルヒチンが従来問題視されている危険因子と直接関係するというデータは存在しない。すると心筋梗塞と動脈の炎症との関係を考えなければならないだろう。心筋梗塞の急性期においては梗塞部位の修復と壊死組織の排除が最も重要であり、そこでは炎症が大変効果的に働いているのである。この現象は心筋梗塞に限らず、切創など身体の一部が損傷した場合にもみられる修復過程の第1段階で炎症が重要な役割を果たすことから、容易に理解できる。心筋梗塞急性期にコルヒチンを投与することはこの一連の修復過程を邪魔する、もしくは不完全なものにする可能性があるのではないか。だから、一応の鎮静を得た後とはいえ心筋梗塞後の患者にコルヒチンを投与開始したCOLCOT試験では、それほど良い成績が出ず、梗塞の関係しない患者を対象としたLoDoCo2試験では、好結果が得られたのではないだろうか。 動脈硬化炎症説はごく当たり前のように語られるようになったが、実際には動脈硬化の実際のメカニズムは解明されたわけではない。また急性心筋梗塞からの血管修復過程と動脈硬化の関係については、ほとんど何もわかっていない状態であることも知っておきたい。今回の試験のように心筋梗塞の既往、経皮的冠動脈再建術の既往、糖尿病などの他の多くの危険因子を有する患者に対する効果を論ずるのは大変難しいと言わざるを得ない。ただし、こうした患者群においても、マイナスの効果が確認されなかった点は重要である。 ただ、コルヒチンに動脈硬化の進展予防効果が期待できるということが喧伝されても実際にコルヒチンを使用した医師は、読者の皆さんも含めてほとんどいなかったのではないかと思う。コルヒチンという薬剤はリウマチ専門医でも扱い慣れた医師は少なく、治療安全域が非常に狭い薬剤である。コルヒチンが冠動脈疾患治療のメジャーな薬剤となることは、よほど大きな転換点がなければ難しいのではないかと思う。

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抜歯時の抗凝固療法に介入してDOACの休薬期間を適正化【うまくいく!処方提案プラクティス】第64回

 今回は、歯科治療に伴う直接経口抗凝固薬(DOAC)の休薬期間について、最新のガイドラインに基づいて介入した事例を紹介します。適切な周術期管理によって、経過は良好なままDOACの服用継続が実現しました。患者情報80歳、女性(施設入所中)基礎疾患認知症、統合失調症、心房細動(CHA2DS2-VAScスコア※:4点[年齢2点、女性1点、高血圧1点])※CHA2DS2-VAScスコア:範囲0~9点、点数が高いほど梗塞リスクが大きい処方内容1.アピキサバン錠2.5mg 2錠 分2 朝夕食後2.リスペリドン錠1mg 1錠 分1 夕食後3.トラゾドン錠25mg 1錠 分1 就寝前4.酪酸菌製剤錠 3錠 分3 毎食後本症例のポイントこの患者さんは歯科治療(単純抜歯1本)の予定があり、施設看護師より「訪問診療医から1週間のDOACの休薬指示が出たので抜薬の対応をしてほしい」と連絡がありました。しかし、抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン1)では、出血時の対応が可能な医療機関で行うことを前提に、DOAC単剤による抗凝固薬投与患者に対して、休薬下の抜歯よりもDOAC継続下で抜歯をすることが推奨されています。また、Steffelらの報告2)によると、DOACの周術期管理において、低出血リスク手術では24時間の休薬で十分とされています。アピキサバンの薬物動態データ3)では消失半減期が約12時間であることからも、7日間の休薬は過剰と考えられます。医師への提案と経過そこで、医療機関に電話で疑義照会し、看護師を介して医師に情報提供を行いました。まず、CHA2DS2-VAScスコアは4点で塞栓リスクが高く、認知症による活動性低下および向精神薬併用による鎮静作用もあるため、休薬により血栓リスクがさらに高まることが懸念されます。一方で出血リスクはあるものの、単純抜歯1本(低リスク処置)であり、抗血小板薬は非併用であることから、局所止血処置は可能と考えられることを伝えました。そのうえで、抜歯は病院ではなく診療所で行うことや、アピキサバンの血中濃度ピーク時(服用後3~3.5時間)3)に抜歯が行われて出血リスクがあることも懸念事項として伝えしました。医師からは、アピキサバンの半減期が約12時間である程度効果が残ることから、処置当日のみの休薬が妥当と判断されました。施設看護師にも変更内容について情報共有し、抜歯後の止血状況や口腔ケア時の出血状況で問題があれば相談するように伝えました。その後の経過を看護師と連携をとりながら確認したところ、抜歯時の出血は問題なく、血栓症状の発現もなく、術後の経過は良好なままDOACを服用継続できていました。本事例を通じて、(1)周術期管理における過剰な休薬の危険性、(2)エビデンスに基づく介入の重要性、(3)薬剤師による能動的な情報提供の意義を感じました。まとめ1.エビデンスに基づく評価:ガイドラインの適切な活用、患者個別のリスク評価、薬物動態データの考慮2.多職種連携の実践:医師との情報共有、歯科医師との連携、施設スタッフへの情報提供1)日本有病者歯科医療学会ほか編. 抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2020年版.学術社;2020.2)Steffel J, et al. Eur Heart J. 2018;39:1330-1393.3)エリキュース錠 医薬品インタビューフォーム(第13版)

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今、肺静脈隔離にシャム試験?(解説:高月誠司氏)

 Sham-PVI試験は心房細動患者に対してクライオバルーンによる肺静脈隔離とシャム手術を行い比較する、無作為化比較試験である。 結果的に肺静脈隔離群では有意に心房細動の再発は少なく、QOLは高かった。心房細動に対する肺静脈隔離法が始まって約20年、これまで心房細動に対する第一選択の治療法として薬物療法とクライオアブレーションを比較する試験は行われており、アブレーション治療のほうが洞調律維持率は高いことは確立していた。 本試験はアブレーションとシャム手術を比較する初めての試験であり、アブレーションによるプラセボ効果は明確に否定されたということになる。シャム手術では左房へのカテーテル挿入はなかったようだが、鎮静下でシースを挿入し、上大静脈のカテーテル電極で右横隔神経刺激を受けている。これはクライオアブレーション中右肺静脈隔離の際に右横隔神経の麻痺を早期診断するための方法である。被験者の方のご協力はありがたいが、ここまでの試験を行うべきだったのだろうか。

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境界性パーソナリティ障害に非定型抗精神病薬は有効なのか〜メタ解析

 境界性パーソナリティ障害(BPD)患者は、心理社会的機能に問題を抱えていることが多く、その結果、患者自身の社会的関与能力の低下が認められる。英国・サセックス大学のKatie Griffiths氏らは、成人BPD患者の心理社会的機能の改善に対する非定型抗精神病薬の有効性を検討した。Psychiatry Research Communications誌2024年9月号の報告。 1994〜2024年に実施されたプラセボ対照ランダム化比較試験6件をメタ解析に含めた。対象は、オランザピン、クエチアピン、ziprasidone、アリピプラゾールのいずれかで治療されたBPD患者1,012例。 主な結果は以下のとおり。・メタ解析では、BPD患者の心理社会的機能の治療において、非定型抗精神病薬の小さな改善を示す証拠が明らかとなった。・とくに、非定型抗精神病薬は、プラセボと比較し、機能の全般的評価(GAF)スコアの改善が認められた。・複数の研究より、GAFのp値を組み合わせたところ、統計学的に有意であることが示唆された。・非定型抗精神病薬は、対人関係、職業機能、家族生活の質の改善においても、プラセボより優れていた。・社会生活、余暇活動においても、ポジティブな改善傾向が認められた。・非定型抗精神病薬治療では、体重増加や過鎮静など、既知の副作用発現がみられた。 著者らは「BPD患者に対する非定型抗精神病薬治療は、心理社会的機能やその他の症状改善に有用であるが、その効果は、プラセボをわずかに上回る程度であり、臨床的意義については議論の余地が残る。そのため、より多くのランダム化比較試験が必要とされる」としている。

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大腸がん検診、現時点では血液検査よりも大腸内視鏡検査が優れる

 大腸がん検診において、新たな検査選択肢である血液検査は大腸内視鏡検査ほど有効ではないことが、米スタンフォード大学医学部消化器・肝臓内科学教授のUri Ladabaum氏らのレビューによって明らかになった。血液検査を推奨通りに3年に1回受けている人では、大腸内視鏡検査を10年に1回受けている人と比べて、大腸がんによる死亡が約2.5倍多く発生すると推定された。Ladabaum氏らは、大腸内視鏡検査や便の検査ではなく血液検査を選択する人が多くなると、大腸がんによる死亡が増加するとの予測を示している。この研究結果は、「Annals of Internal Medicine」に10月29日掲載された。 米食品医薬品局(FDA)は2024年7月、大腸がんリスクが平均的な人に対する大腸がん検診として血液検査を初めて承認した。この承認は、約8,000人を対象とした臨床試験の結果に基づき決定されたもの。同試験では、血液検査によって大腸に腫瘍のある人の83%以上で大腸がんを検出できることが示されていた。しかし、この検査によって、前がん病変である大腸ポリープを検出できた人の割合は約13%に過ぎなかった。 大腸内視鏡検査は簡単な検査とは言い難い。この検査を受ける人は、前もって強力な下剤を飲んで腸を完全に空にしなければならず、検査に際しては鎮静薬の投与も必要となる。しかし、医師が検査中に前がん病変のポリープを見つけた場合には、その場でそれを取り除くことができることから、この検査によって大腸がんは予防可能ながんの一つになった。Ladabaum氏は、「このことは、大腸内視鏡検査ががんを予防する可能性もあるユニークながん検診の手段であることの理由となっている。それにもかかわらず、検診を全く受けていない人、あるいは推奨されている頻度で検診を受けていない人は数多くいる」と指摘する。 便検査または血液検査の結果が陽性となった患者は、がんまたはポリープがあるかどうかのダブルチェックのため大腸内視鏡検査を受けるよう促される。Ladabaum氏らは今回の研究で、市販されているか開発段階にある6種類の血液検査、便検査、および大腸内視鏡検査のデータを収集して統合した。次に、この統合データを使って各スクリーニング法による大腸がん検診を受けた人における大腸がんの新規症例と大腸がんによる死亡の相対発生率を推定した。 その結果、10年ごとに大腸内視鏡検査を受けた場合、10万人当たり1,543人が大腸がんを発症し、672人が死亡すると推定された。また、1年から3年ごと(検査によって異なる)の便検査では、10万人当たり2,181~2,498人が大腸がんを発症し、904~1,025人が死亡すると推定された。さらに、3年ごとの実施が推奨されている新しい血液検査では、10万人当たり4,310~4,365人が大腸がんを発症し、1,604~1,679人が死亡すると推定され、死亡者数は、大腸内視鏡検査を受けた場合の約2.5倍に上った。このほか、血液検査と比べて大腸内視鏡検査と便検査の方が費用対効果に優れていることも示された。 Ladabaum氏は、「第一世代の血液検査は、大腸がん検診のパラダイムにおける実に素晴らしい進展である。しかし、現時点では、大腸内視鏡検査や便検査を受ける意思があり、それが可能であるなら、血液検査に切り替えるべきではない」と主張している。また同氏は、「何も検査を受けないよりは血液検査を受ける方が、はるかに良い選択であることは確かだ。しかし、大腸内視鏡検査から第一世代の血液検査に切り替える人がいるのであれば、集団としての転帰が悪化し、医療費が上昇することになる」とスタンフォード大学医学部のニュースリリースの中で指摘している。その上で、「最善のシナリオは、大多数の人は引き続き大腸内視鏡検査または便検査を受け、これら2つの選択肢であれば検診は受けたくないという強い抵抗感を持つ人だけが血液検査を受けるようにすることだ」との考えを示している。

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呼吸困難に対しては鎮静? モルヒネの増量?【非専門医のための緩和ケアTips】第87回

呼吸困難に対しては鎮静? モルヒネの増量?呼吸困難への対応について書いた「第84回 緩和的鎮静に用いる薬剤」の掲載後、読者の方から実践的なご質問をいただきました。難治性の身体症状の代表格である呼吸困難に対するアプローチについてです。今日の質問呼吸困難に対してモルヒネで鎮静することは推奨されない、と書かれていましたが、こちらに疑問があります。考え方はわからないでもないですが、ケースバイケースで対応すべきではないでしょうか。これは、実臨床で非常に悩ましい場面を経験するからこそのご質問ですね。ご質問者は、かなり豊富な緩和ケア実践を積まれているのではと推察します。さて、今回のご質問である「呼吸困難に対し、“鎮静”よりも“モルヒネ増量”で対応することの是非」について、私の見解を述べたいと思います。「最も無難な答え」としては、質問者の方も書かれているように「ケースバイケース」になるでしょう。ただ、それだとちょっと不親切な気がしますので、もう少し深掘りしてみましょう。こうした問いに対しては、「どのようなケースはモルヒネ増量が望ましく、どのような点が異なると鎮静が望ましいのか」という視点で考えることが重要です。この問題に対して、私は2つの軸で考えています。1つ目の軸は、「モルヒネ増量によって、目標とする呼吸困難の緩和がどの程度の確率で可能か?」というものです。ほかの分野の薬剤でも同様ですが、ある程度の臨床経験を積むと「これなら効きそう」「この症状だとあまり効かないかな」といったことを感じながら診療していることでしょう。そうした経験値を基に、モルヒネを増量して症状が軽減したため、少し増量してみる、という判断はありうるでしょう。逆に、原疾患の病態が不可逆的だったり早い速度で悪化したりしていれば、モルヒネを増量しても有効でない可能性が高いでしょう。その際は鎮静をせざるを得ないと判断するケースが多くなります。2つ目の軸は「患者の望んでいる覚醒度」です。症状が非常に重く、夜も寝られない状況であれば、少しでも早く症状を和らげて欲しいと考える患者さんが多いでしょう。もちろん、鎮静の倫理的妥当性は常に慎重に検討することが必要ですが、そうした状況では「モルヒネをゆっくり増量」というのは、患者の望む対応でないかもしれません。反対に、「症状をある程度我慢してでも、しっかり起きていたい」と希望する患者さんもいます。そうした方には、鎮静薬は患者の望む症状コントロール目標に見合ってない介入になってしまいます。こうしたケースでは、副作用の心配がなければ、モルヒネ増量が優先度の高い対応となるでしょう。個別の状況で判断が異なる論点なので、少し複雑に感じられる方もいるでしょう。ただ、こうした個別の状況において、「この患者さんは何を目指していて、今はどういう状況なのか?」と考えながら実践する点が、緩和ケアのやりがいでもあります。どちらが正解というよりも、「どういう状況ならば、どのやり方が最善なのか」を常に考え、うまくいった時のやりがいを感じていただけたら幸いです。今回のTips今回のTips緩和ケアにおいては、ケースバイケースに対応した考え方が大切です。

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映画「路上のソリスト」(その2)【「不幸」になる権利はあるの?私たちはどうすればいいの?(ホームレスの自由権)】Part 1

今回のキーワード浮浪の罪医療保護入院アイデンティティ幸せの押し付け保護法益友情前回(その1)に、映画「路上のソリスト」を通して、ホームレスが保護を拒む原因は、認知機能の低下によって、自由がなくなること、清潔にしなければならないこと、そして先々のことを考えなければならないことがすべてストレスになるからであることがわかりました。今回(その2)は、このホームレスの心理を踏まえて、法的、そして人道的な観点から、ホームレスが保護を拒む権利、つまりホームレスの自由権について掘り下げます。そして、精神医療はどこまでその「自由」に介入すべきか、私たちはどうすればいいかという難題に挑戦してみましょう。ホームレスを強制的に保護できないわけは?なかなか話が通じないナサニエルを見て、ロペスは支援センターのスタッフに「統合失調症だろ?」「彼を救うには、拘束して強制的に薬を飲ませるべきだ」と訴えます。薬を飲めばナサニエルは話が通じるようになるとロペスは考えていたのでした。実際のところ、どうなんでしょうか?ここから、ホームレスを強制的に保護できない理由を、法的な観点と人道的な観点の2つに分けて考えてみましょう。(1)法的な観点ー違法であるから支援センターのスタッフは、ロペスに「身に差し迫った危険がないと、薬の服用を強制することはできない」と毅然として答えます。まず法的な観点として、自傷他害のおそれがなければ、強制的な治療や入院は違法であるからです。もちろん日本では、ホームレスとして路上で生活すること自体、軽犯罪法の浮浪の罪に当たる可能性があります。しかし、精神障害による認知機能の低下が疑われる場合、「働く能力がありながら」というこの罪の要件を満たしていないことになり、罪には問えません。また、日本には家族等の同意による医療保護入院という制度はありますが、ホームレスのように家族と疎遠である場合は同意は得られないでしょう。そもそも、ナサニエルは、未治療の期間が長いため、薬物治療によって認知機能が劇的に改善する可能性は極めて低いです。前回(その1)に、ナサニエルは自由を得るためにホームレス生活の不自由さに納得していると説明しましたが、これはもはや彼の生き方、アイデンティティであると言えます。つまり、彼は「ホームレスとしてのアイデンティティ」が固まっているため、ロペスの目論見通りにはならないということです。つまり、ホームレスは、精神障害であると同時に、生き方の問題になっていることがわかります。これは、彼らの自由権です。本来人間は、他人に害を与えない限り自由に生きていく権利があります。だからこそ、ホームレスを強制的に保護することが違法なのです。なお、薬物治療には鎮静効果があり、認知機能は劇的に改善しなくても、大人しくはなります。よって、本人が望んでいなくても自傷他害のおそれがある場合に限っては、強制的な治療が合法になるのです。もちろん、冒頭でも触れたように、衛生上や臭いの問題、さらには治安の問題もあるため、彼らの存在が社会にとって迷惑だという厳しい意見はあるでしょう。しかし、騒乱罪や風俗犯罪ほど社会秩序が乱れるという具体的で明らかな不利益が起きているわけではないです。よって、保護法益(法によって守られる利益)としても弱いため、強制的な保護、言い換えれば排除することはやはり違法です。ただし、映画では、「町を一掃する」という名目で、ロサンゼルスのホームレスたちが、彼らの持ち物から「窃盗」の罪で次々と逮捕されるシーンがありました。これは、ホームレスのたまり場が、違法薬物の売買などを蔓延させ、殺人を頻繁に招いている深刻な場合です。これは、非人道的ではありますが、明らかな不利益が起きているため、違法とまでは言えなくなります。次のページへ >>

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第236回 麻酔薬を巡る2つのトピック(後編) プロポフォール使用の配信番組で麻酔科学会声明、芸人への検査は麻酔不要の「経鼻内視鏡」の不可解

石破首相の知見は要職を降りてから「アップデートされていない」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。自民党、衆院選で大敗しちゃいましたね。テレビに映る石破 茂首相の虚ろな目を見て、せっかくチャンスをもらったのに、総裁選前に自信満々で話していた自身の主張を次々反古にするなど、迷走するリーダーの姿を国民に見せてしまったことも大きな敗因ではないかと感じました。石破首相が誕生した直後、10月5日付の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」は「イシバノミクスはあるか」というタイトルで、今後の経済施策について予想するとともに、石破首相の欠点を鋭く突いていました。同記事は、石破首相が主導する経済政策「イシバノミクス」はないと断言、その理由を「党内非主流派に長く身を置」き、「首相の知見が要職を降りてから『アップデートされていない』ためだ、と霞が関の官僚はみている」と書いています。自ら得意と公言する安保政策(アジア版NATO構想など)ですら非現実的なのに、専門ではない経済・金融政策で新しい施策を打ち出せるわけがない、というわけです。実際、石破首相は、社会保障政策についても深く語ることはなく、やはり「アップデートされていない」感(言い換えれば勉強不足)を強く感じます。今回の総選挙で、紙の健康保険証存続を公約に挙げる立憲民主党が大躍進したことで、社会保障政策の最重要課題の一つである医療DX推進にも暗雲が垂れこめそうです。石破首相(あるいは新首相?)にはその点はぜひアップデートし、自らの頭の中身をDXしていただきたいと思います。配信されたバラエティ番組を麻酔科学会が強く非難さて今回も前回に引き続き、麻酔薬のトピックを取り上げます。日本麻酔科学会が「アナペイン注 7.5mg/mL」の製造所追加の承認取得をホームページで会員に伝えた同じ10月16日、同学会は別件で興味深い理事長声明を出しました。「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」1)と題されたその声明は、「10月14日配信開始の番組において、内視鏡クリニックを舞台にプロポフォールが使用され、何らかの外科的処置を必要としない人物を意図的に朦朧状態にするという内容が含まれていることを知り、深い憂慮を抱いております」と、配信されたバラエティ番組で芸能人に対して安易にプロポフォールが使われたことを強く非難しました。このトピックについては、ケアネットの「ニュース批評」、「現場から木曜日」でも倉原 優氏が「第119回 『エンタメ番組でプロポフォール静注』を観た感想」でプロポフォールの内視鏡時の使用の問題点について言及、「日本麻酔科学会が書いているように『麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切』の一言に尽きます」と書かれていますが、私も実際に配信番組を観て“あること”に気付いたので、若干の補足コメントをしてみたいと思います。「地上波では放送できない企画」をテーマに芸人らが過激な企画に出演まず、経緯を簡単におさらいしておきます。麻酔科学会が問題視したのは、Amazonプライム・ビデオで10月14日から配信が始まった「KILLAH KUTS(キラーカッツ)」という番組の中の1エピソード、「EPISODE2 麻酔ダイイングメッセージ」です。同番組は、「水曜日のダウンタウン」の演出担当として知られる藤井 健太郎氏が手掛け、「地上波では放送できない企画」をテーマに、芸人らが過激な企画に挑むのが売りだそうです。このエピソードでは、「死ぬ瞬間の薄れゆく意識を、麻酔を使えば再現できる」として、みなみかわ、お見送り芸人しんいち、ラランド、モグライダーといった人気芸人らが、被害者役と刑事役に分かれ、病院を訪れた被害者役が院内で事件に巻き込まれ、殺されてしまう、という設定のコントを演じます。被害者役が殺されると、その瞬間、医師が麻酔薬の投与を開始。意識が薄れるなか、被害者役はメモに犯人の情報を残し(いわゆるダイイングメッセージですね)、後から来た刑事役がそれを読んで推理するという設定です。番組を観てみると、被害者役の芸人たち(どちらかというとボケ役が担当)は麻酔薬の投与直後からメモを書き始めるのですが、ほとんどの芸人が犯人の情報を正確に記述することができず、ほどなくして眠りに落ちていました。「麻酔を行う」必然的な理由、エクスキューズを一応は用意制作側も、何らかの非難が起こること(あるいは炎上すること)を想定していたのでしょう。健常人に「麻酔を行う」必然的な理由、エクスキューズを一応は用意していました。番組冒頭でまず、「当番組における麻酔の投与は胃カメラ検査を目的とし、医師による監修のもと安全性に配慮した上で通常の検査で行われる方法と同様に実施しております」というテロップが流れます。さらに番組内では「今回使用するのは、人間ドッグなどで用いられ、注入開始からおよそ1分ほどで意識を失う麻酔。ちなみに、ダイイングメッセージのくだりを終えた後は、実際に胃カメラ検査を実施。あくまで今回のロケは、検査のついでにロケを行わせていただきました」というナレーションも入っています。さらに司会の伊集院 光には番組内で、「あくまで胃カメラ検査をするついでに、麻酔がかかるならこういうこともやってみよう(ということ)。麻酔を悪ふざけとか遊びに使うなんてありえない」とも言わせています。学会は「厳格なガイドラインに従って静脈麻酔薬を適切に管理し、いかなる場合にも不適切な使用を避けるよう強く要請」10月17日付「Smart FLASH」の報道によれば、このエピソードは当初は7日から配信予定でしたが、6日にはAmazonプライム・ビデオの公式Xにて「諸事情により配信日が延期となりました」と発表、ようやく14日に配信されたとのことです。しかし、冒頭で書いたように日本麻酔科学会は配信からわずか2日後の10月16日、理事長名で「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」と題する声明を出しました。麻酔科学会は、マイケル・ジャクソンの死亡事故も例に挙げながら、「プロポフォールをはじめとする静脈麻酔薬は、本来、手術や検査時の鎮静を目的に、医師の厳重な管理のもとで使用されるものです。特に、これらの薬剤は呼吸抑制のリスクを伴うため、必ず人工呼吸管理が可能な環境で使用される必要があります。(中略)適切な医療管理が行われない場合、生命に危険を及ぼす可能性があります。したがって、このような麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切であり、日本麻酔科学会として断じて容認できるものではありません」と強く非難、「麻酔科医ならびに関連する医療従事者には、厳格なガイドラインに従って静脈麻酔薬を適切に管理し、いかなる場合にも不適切な使用を避けるよう強く要請いたします」としています。内視鏡検査時のプロポフォール使用については安全性に疑問も配信番組では「麻酔薬」と言っているのみで「プロポフォール」という単語は出てこないので、番組内の麻酔薬がプロポフォールであると麻酔科学会がどう確定したかは不明です。ひょっとしたら、協力した埼玉市の医療機関(実名で出てきます)に問い合わせたのかもしれません。プロポフォールは、手術時の全身麻酔や術後管理時の鎮静効果が高いことなどメリットも多く、使いやすい麻酔薬との評価がある一方で、ベンゾジアゼピン系薬剤よりも舌が落ち込んだり、血圧が低下したりするような作用が強く、管理は比較的難しいとされています。また、ICUの小児への使用に関連して、2014年に東京女子医大で重大な事故も起こっています(「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」参照)。そうしたことも、麻酔科学会が配信番組をあえて非難した理由の一つかもしれません。実際、倉原氏が指摘しているように、内視鏡検査時のプロポフォール使用はなかなか難しい問題もあるようです。日本麻酔科学会の「内視鏡治療における鎮静に関するガイドライン」ではその使用が認められている一方で、「プロポフォールによる鎮静が内視鏡室で非麻酔科医によって安全に行えるかどうかは、日本の医療現場や教育体制、現行の医療制度では明言できない」と記載されているとのことです。倉原氏は、「欧米と比較して非麻酔科医によるプロポフォール使用の教育システムが整っていないという指摘があります」と書かれています。使われていた内視鏡は経鼻内視鏡、プロポフォールによる静脈麻酔は必要だったのか?もう1点、この配信番組を観て驚いたのは、使われていた内視鏡が経鼻内視鏡だった点です。最初の“被害者”であるモグライダーのともしげに麻酔がかけられた後、経鼻内視鏡が挿入される場面があります(ほかの“被害者”ではその場面はなし)。咽頭反射が起こらないため通常の内視鏡検査よりも格段にラクな検査です。多くの医療機関で麻酔薬なしか、リドカインによる鼻腔麻酔などで行われている経鼻内視鏡の検査を行うのであれば、そもそもプロポフォールによる静脈麻酔は必要がなかったはずです。番組で伊集院 光は「麻酔を悪ふざけとか遊びに使うなんてありえない」と語っていますが、内視鏡検査が「経鼻」であったことだけでも、「悪ふざけとか遊び」であったと言えるのではないでしょうか。プロポフォールを打たれた芸人たちは、厳重な安全管理の下で麻酔をされたとは言え、不要、あるいは過剰とも言える医療を施されたわけで、その意味では本当の“被害者”だったわけです。それにしても、一番の問題は、この番組がコントとして全然面白くなかったことです。テレビ局のコンプライアンスが厳しくなり、地上波のバラエティ番組では作りたいものが作れない、と芸人がボヤいたりしています。「KILLAH KUTS」も「地上波では放送できない企画」がテーマだそうです。しかし、「コンプライアンスを守らない=過激=面白い」とはなりません。番組視聴のためにわざわざ入会したAmazonプライムの会費を返して欲しいとすら思った一件でした。参考1)静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について/日本麻酔科学会

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第119回 「エンタメ番組でプロポフォール静注」を観た感想

番組でプロポフォールを使用「この演出家がこんな番組を!」という広告がチラホラ目に入っていたので、少し心配していましたが、案の定、炎上してしまいました。有名番組の演出を手がけていた人が制作したAmazonプライム・ビデオの番組が、プロポフォールを静脈注射するという企画を配信したのです。第1回は「スポーツスタンガン」がテーマで、芸人たちがフェンス付きのリング内でスタンガンを押し付け合い、通電したら負けというもの。私が子供の頃には、電気ショック系のお笑い番組がたくさんありましたが、これはその流れを汲んでいるのか、昭和世代には比較的受け入れられるのかもしれません。一定数、批判は来るでしょうが。そして、第2回が問題の「麻酔ダイイングメッセージ」。芸人が「病院で何者かに殺される」という設定で、実際にプロポフォールを静注して意識を失う前に、手書きのダイイングメッセージを残せるかどうかを試すというものです。めちゃくちゃ攻めてます。「当番組における麻酔の投与は胃カメラ検査を目的とした医師による監修のもと安全性に配慮した上で、通常の検査で行われる方法と同様に実施しております」というテロップもあり、一応検査目的での使用という体裁を取っています。しかし、実際のところは、検診ではなくお笑い目的で使っていることになります。私自身、許容範囲は広いほうですが、これは各所から批判が殺到するのではないか…と心配になる内容でした。予想通り、日本麻酔科学会が公式にコメントを発表したことで、SNS上で炎上。後で詳しく触れますが、炎上はある意味で予定どおりだったのかもしれません。日本麻酔科学会. 理事長声明「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」(2024年10月16日)何が問題か?マイケル・ジャクソンの死因になっただけでなく、大学病院でも死亡が取り沙汰されたこともあり、プロポフォールの適切な管理に対する医学界の認識は高いはずです。とはいえ、内視鏡検査ではプロポフォールはたしかに使用されています(ちなみに当院の内視鏡検査はミダゾラム、フェンタニルが主です)。検診で行っている麻酔に、企画を乗っけた形になるので、違法性はありません。プロポフォールの内視鏡時の使用については、日本麻酔科学会の「内視鏡治療における鎮静に関するガイドライン」1)でも認められており、「適切なモニタリング下で使用すれば偶発症は増加せず、回復・離床時間が短く、長時間の手技中断も少なく、医師・看護師・患者の満足度が高い」とされています。さらに、「ASA-PS分類IまたはIIの患者に限り、気道確保等の訓練を受けた医師によるプロポフォール使用は可能」とされています。ただし、ガイドライン本文では、「プロポフォールによる鎮静が内視鏡室で非麻酔科医によって安全に行えるかどうかは、日本の医療現場や教育体制、現行の医療制度では明言できない」とも記載されており、欧米と比較して非麻酔科医によるプロポフォール使用の教育システムが整っていないという指摘があります。これにより、ダイジェストと本文の温度感に若干の違いを感じる部分もあります。ちなみに、プロポフォールは内視鏡検査時の使用について保険適用はありません。このあたりにも、若干の齟齬があります。ですから、おそらくエンタメでプロポフォールを使った時点で、どのような企画であっても炎上していたでしょう。だからこそ、伊集院 光さんが「地上波で放送できなかった」と番組でも発しています。日本麻酔科学会が書いているように「麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切」の一言に尽きます。何をもって「いたずらに」とするかは、何とも言えないところですが、「エンタメ目的で医薬品を使用する」のは個人的に賛成できません。この企画では検診が建前で、エンタメ目的ではないというスタンスですが、SNS上では議論が平行線のままです。想定範囲の炎上だったためか、その後配信は中止されることもなく、現在でもAmazonプライムで視聴できます。そして、その後も定期的に新しい企画が更新され続けています。制作側としては「地上波で批判が予想される企画は通らない」というジレンマを抱えていたのかもしれません。しかし、ここまで過激にしないと視聴者が付かないという現象は、テレビがエンタメとしての役割を終えつつあることや、スマホ世代の取り込みに苦戦している現状を映し出しているのかもしれません。参考文献・参考サイト1)日本消化器内視鏡学会内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン委員会. 内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン(第2版). 日本消化器内視鏡学会雑誌. 2020;62:1635-1681.

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激しい興奮を伴うせん妄への対応【非専門医のための緩和ケアTips】第86回

激しい興奮を伴うせん妄への対応緩和ケアの実践で常に遭遇するせん妄ですが、とくに激しい興奮を伴うときは非常に大変です。今回は訪問看護師さんからご質問いただきました。今日の質問在宅で終末期患者をケアしていると、時々、非常に強い興奮を伴ったせん妄を経験します。患者さんは怒りとともに、殴りかかろうとするくらいの興奮です。こんな時、どうすれば良いのでしょうか。見ている家族もつらそうで、少しでもできることがないかと思います。強い興奮を伴うせん妄は、本当に大変ですよね。私も経験がありますし、なかなか難しい対応を強いられたことも多くあります。点滴を引きちぎり、手当たり次第にモノを投げようとするなど、本当に手が付けられないような状況もありました…。このような状況でわれわれに何ができるのでしょうか。まず大前提として、せん妄の対応は原因となっている「身体疾患の改善」と環境などの「非薬物療法」の検討が必要となります。とはいえ、緩和ケアの実践では終末期状態の方が多く、身体状況は不可逆なことが多いですよね。なので、なかなか根本解決が難しいのが苦しいところではあります。さて、そういった基本的なことを理解し、実践している前提で、今回の質問のような非常に激しい興奮を伴うせん妄にはどのように対応するのでしょうか?共通見解やエビデンスに乏しい分野ですが、私の対応例をご紹介します。まず、このような状況では、本人と周囲の人の安全確保を優先しましょう。その観点から、身体拘束をせざるを得ない、という判断も必要になります。身体拘束はもちろん好ましいことではないものの、本人が暴れてベッドから落ちて骨折する、周囲の人がけがをする、などのことも許容されません。ここはジレンマを抱えながらの実践になると思います。もちろん、身体拘束が必要なくなったらすぐに解除することは大前提です。このような興奮状態の場合、そのままでの投薬は現実的に困難です。よって、人手を集め、身体拘束などで安全を確保したうえで、薬剤の投与を検討します。基本的にはハロペリドールなどの抗精神病薬を用いて、効果を評価しながらベンゾジアゼピン系薬を用います。具体的にはハロペリドールを0.5mg投与し、そのうえでミダゾラムなどをゆっくり投与します。ミダゾラムは半減期が2時間程度と短く、好んで使用する専門家が多いと思います。また、ベンゾジアゼピン系薬には拮抗作用を持ったフルマゼニルがあることも重要な点ですので、覚えておきましょう。ベンゾジアゼピンによる鎮静が過剰になった場合にも、半減期の短さと拮抗薬の存在が強みになります。一方、せん妄への処方としては、抗精神病薬以外は適応外使用になりますので、ここはよく理解して使用する必要があります。適応外使用であっても使用禁忌というわけではないですし、患者負担が増えることもありません。ただ、有害事象の発現時などには、その使用判断の妥当性は問われることを理解しておく必要があるでしょう。ベンゾジアゼピン以外の選択肢として、クロルプロマジンを使う時もあります。クロルプロマジンは内服だけでなく、筋肉注射可能な注射薬もあり、せん妄の時には重宝します。これらの鎮静作用の強い薬剤の注意点は、先に述べた適応外使用となることに加え、これらの鎮静作用自体がせん妄の悪化要因になり得ることです。それもあって鎮静効果が遷延せず、かつ作用時間が短いベンゾジアゼピンであるミダゾラムを優先して使用している方が多いのでしょう。最後に、改めてせん妄を診る時は、治癒可能な原因を見逃さないことが大切です。とくに、経過中に生じた新たな興奮を伴うせん妄は、脱水や新規薬剤など新たな要因が関与していることも多いので、対応しながら再評価する必要があります。今回のTips今回のTips興奮を伴うせん妄には、場合に応じて身体抑制と鎮静作用の強い薬剤を使用し、原因を改めて検討、評価する。日本総合病院精神医学会せん妄指針改訂班編. せん妄の臨床指針 せん妄の治療指針 第2版.星和書店;2015.

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日本におけるうつ病に対するベンゾジアゼピン長期使用の分析

 うつ病および不眠症を合併している患者では、持続的な不眠症のマネジメントのために抗うつ薬と併用してベンゾジアゼピン薬(BZD)やZ薬などの睡眠薬がよく使用される。しかし、うつ病患者に対する睡眠薬の長期使用に関連する要因は、あまりよくわかっていない。久留米大学の土生川 光成氏らは、不眠症を合併したうつ病患者に対する睡眠薬併用の長期的な状況を分析した。Journal of Psychiatric Research誌2024年10月号の報告。 抗うつ薬と睡眠薬(BZD /Z薬)を開始したうつ病患者351例のデータをレトロスペクティブに分析し、12ヵ月時点での睡眠薬の長期使用率と関連する要因を調査した。長期使用についてロジスティック回帰分析を用いて、不眠症重症度を縦断的に評価した32例の患者において、睡眠薬継続群と中止群の間で不眠症重症度を比較した。 主な結果は以下のとおり。・12ヵ月間睡眠薬を使用した患者の割合は、66.1%であった。・多重ロジスティック回帰分析では、睡眠薬の長期使用と関連していた因子は、併用治療開始時の睡眠薬のジアゼパム換算量5mg超、うつ病診断前の慢性不眠症、入院であった(各々、p<0.01)。・不眠症重症度の不十分な改善と睡眠薬長期使用との関連も示唆された。・これらの結果の信頼性は、睡眠薬への依存、睡眠薬使用に対する患者の態度、鎮静性抗うつ薬や抗精神病薬など他剤で治療されている患者の除外など、さまざまな因子により弱められた。 著者らは「本結果は、不眠症を合併したうつ病患者の治療戦略に役立つ可能性がある。睡眠薬の長期使用を避けるには、併用治療開始時の投与量(5mg以下)を適切に維持する必要があり、難治性不眠症にはBZD/Z薬の代替治療を行う必要がある」と結論付けている。

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患者の望む抗精神病薬の特性とは

 統合失調症や双極症I型に対し抗精神病薬は有効な治療薬であるが、異なる治療オプションの中で、症状改善と副作用とのバランスをみながら、選択する必要がある。新たな治療オプションが利用可能になると、評価される抗精神病薬の特性と治療選択時の患者の希望を考慮することは重要である。米国・AlkermesのMichael J. Doane氏らは、統合失調症または双極症I型患者における経口抗精神病薬の好みを明らかにするため、本研究を実施した。BMC Psychiatry誌2024年9月10日号の報告。 経口抗精神病薬の5つの特性(症状重症度改善度などの治療効果、6ヵ月間の体重増加、性機能障害、過鎮静、アカシジア)に関する、患者の好みを明らかにするため、離散選択実験をオンラインで実施した。対象は、統合失調症または双極症I型と診断された18〜64歳の患者。 主な結果は以下のとおり。・対象患者数は、統合失調症患者144例、双極症I型患者152例。・統合失調症患者は、女性の割合50%、白人の割合69.4%、平均年齢41.0±10.1歳であった。・双極症I型患者は、女性の割合69.7%、白人の割合77.6%、平均年齢40.0±10.7歳であった。・いずれのコホートにおいても、患者は、より有効性が高く、体重増加が少なく、性機能障害やアカシジアがなく、過鎮静リスクの低い経口抗精神病薬を好んだ。・治療の有効性は、最も重要であり、conditional relative importance(CRI)は、統合失調症患者で31.4%、双極症I型で31.0%であった。・患者の最も避けたい副作用は、体重増加(統合失調症患者CRI:21.3%、双極症I型CRI:23.1%)と性機能障害(統合失調症患者CRI:23.4%、双極症I型CRI:19.2%)であった。・統合失調症患者では、症状改善のためであれば、9.8ポンドの体重増加または過鎮静リスク25%超を受け入れると回答し、双極症I型患者では、8.5ポンドの体重増加または過鎮静リスク25%超を受け入れると回答した。 著者らは「統合失調症患者および双極症I型患者は、抗精神病薬の最も重要な特性として、治療効果を挙げた。体重増加および性機能障害は、最も避けたい副作用であったが、より良い効果のためであれば、ある程度の体重増加や過鎮静を受け入れ可能であった」とし、「これらの結果は、患者が抗精神病薬に求める特徴と治療選択を行う際のリスクとベネフィットのバランスを考えるうえで、役立つであろう」と結論付けている。

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RCTで重視、効果検証の鍵となるプラセボ手技【臨床留学通信 from Boston】第4回

RCTで重視、効果検証の鍵となるプラセボ手技ボストンは8月下旬よりすでに最低気温が10度を切ることもありましたが、おおむね気候は9月下旬になっても変わらず、最高気温17~25度、最低気温10~13度前後と過ごしやすい季節になっています。10月になるとニューヨークではダウンジャケットも必要な日もあったため、すぐにそういった日が来るのではないかと思います。マサチューセッツ総合病院(MGH)ではランダム化比較試験(RCT)に参加することも多く、今回はそのことについて紹介します。coronary-sinus reducer(CSR)という冠静脈洞の血流を落とすようなステントを置くことで、血行再建もままならない薬物治療抵抗性の狭心症の患者さんに効果が見込めるのかどうかのRCTとなります。英国では「ORBITA-COSMIC試験」という名前でLancet誌に掲載されています1)。このORBITA試験シリーズのRCTは非常にユニークで、PCIが狭心症の症状に効くのかどうかを調べたRCT「ORBITA 2試験」も行われています2)。そもそも狭心症に有効と考えられていたPCIですが、とくに安定狭心症に対しての予後改善効果が乏しいとされ、窮地に立たされているところでした3)。それなら症状はどうか、ということで行われたのがORBITA2試験でした。面白いことに、コントロール群はPCIを受けないのですが、カテーテルは動脈に挿入されて、少し鎮静されて、ヘッドホンを付けて音も聞こえないという状況で、治療したかどうかが患者さんにわからないようになっています。このようなQOLを評価するRCTにおいて、プラセボ手技は循環器領域で重要視されています。今回、ORBITA試験シリーズの米国版RCTを行ううえで、上記のとおり患者さんは眠らされ、ヘッドホンを装着させられ、治療されたかどうかわからないようになっています。そして、手技をする医師と外来でフォローする医師は別になり、外来でフォローする医師は、介入群かコントロール群かまったくどちらかわからない中で症状を評価します。私の患者さんがどちらにあてられたかはさておき、患者さんは「You are making history」と言われてRCTに参加されてきました。日本ではプラセボ手技を念頭に置いてRCTに参加することはなかなかないので、貴重な経験でした。参考1)Foley MJ, et al. Lancet. 2024;403:1543-1553.2)Rajkumar CA, et al. N Engl J Med. 2023;389:2319-2330.3)Maron DJ, et al. N Engl J Med. 2020 Apr ;382:1395-1407.ColumnMGHのような大きな施設にいると、さまざまな研究者が日本から海を渡ってやってきます。なんと驚いたことに、私の大学のテニス部の後輩が2人も同時期にいました。肝移植についての研究をしているそうで、年齢は6つ以上離れているので同時期に大学にいたわけではないのですが、テニスの話はいつになっても盛り上がりました。もう1枚は同僚カテーテル治療フェローとの写真をカテ室で。ニューヨークではレジデントがひと学年に25人、フェローが12人と非常に多くひしめいて、予定もバラバラでした。同僚フェロー達と毎日同じ部屋にいることがなかったのですが、ボストンでのこの1年は同僚たちと毎日同じ部屋にいます。優秀な3人にいろいろと助けられています。

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緩和的鎮静に用いる薬剤【非専門医のための緩和ケアTips】第84回

緩和的鎮静に用いる薬剤「緩和的鎮静」とは、ほかの手段での苦痛緩和が難しく、意識レベルを低下させることでしか症状を和らげることができない場合に検討されるものです。その適応は慎重に議論される必要があります。では、実際に緩和的鎮静を実施する際には、何に注意すればよいのでしょうか?今回の質問肺がんの患者さんを訪問診療で担当していた時に、予後数日程度のタイミングで非常に呼吸困難が強い状態となりました。鎮静が必要と判断し、モルヒネの増量で対応したのですが、もっと良い対応があったのではないかと感じています。呼吸困難は在宅緩和ケアの継続を難しくする症状の1つであり、入院時でも鎮静をせざるを得ないことがしばしばです。そうした難しい症状の患者さんを終末期まで在宅で支えたこと、本当に頭が下がります。緩和的鎮静に用いられる薬剤の第1選択はミダゾラムです。日本緩和医療学会の『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』1)や各種書籍でもミダゾラムを推奨していることが多いですが、安全に使用できるのであれば、ほかのベンゾジアゼピンでも問題はありません。入手のしやすさや自分の慣れ具合も加味して選択します。さて、今回のご質問にある「モルヒネで鎮静」はどうなのでしょうか? これは実は「推奨されない」処方です。モルヒネはあくまでも“鎮痛”作用を期待して投与します。もちろん、投与量を増やせば“鎮静”作用も強まりますが、それは薬剤のメインの効果ではなく、副作用的な効果です。結果として副作用が懸念される投与量になる危険性があります。“鎮静”を主な薬理作用とするほかの薬剤がある中で、モルヒネを選択する理由がありません。緩和的鎮静を行うのは、症状が強く、厳密に意識レベルを見ながら投与量を調整しなければならない場面です。だからこそ、“鎮静”薬が推奨されるのです。同じ理由で、せん妄などに用いるハロペリドールなどの抗精神病薬を鎮静に使うことも推奨されません。緩和的鎮静では、「完全に意識を低下させて眠った状態」の前に、「意識を保ちながら、本人の許容できる程度に症状が軽減しないか試みる」ことが推奨されています。これは「調節型鎮静」と呼ばれ、鎮静薬を苦痛症状の程度に合わせて調整することに由来します。症状が和らいだ時点で意識が保てていれば、それ以上の鎮静薬投与は行いません。緩和的鎮静の目的は症状を和らげることであり、目的が達成されたのであれば、意識はあったほうが患者のQOLが保てる、という観点に基づいています。調節型鎮静はまだあまり知られていない方法なので、ぜひ前述した『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』中の「V章6 実際の投与方法と評価・ケア」の項に目を通してみてください。今回のTips今回のTips緩和的鎮静では、鎮静薬を調整して使うことが大切。1)日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編. がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版. 金原出版;2023.

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BPSDに対する第2世代抗精神病薬5剤の比較~ネットワークメタ解析

 認知症患者で頻繁にみられる認知症の行動・心理症状(BPSD)の治療において、第2世代抗精神病薬(SGA)がよく用いられるが、その相対的な有効性および忍容性は明らかになっていない。中国・四川大学のWenqi Lu氏らは、BPSDに対する5つのSGAの有効性、許容性、忍容性を比較するため、システマティックレビューおよびネットワークメタ解析を実施した。BMJ Mental Health誌2024年7月30日号の報告。 標準平均差(SMD)を用いて、連続アウトカムの固定効果をプールした。カテゴリ変数に対応したオッズ比(OR)および95%信頼区間(CI)を算出した。有効性の定義は、標準化された尺度によるスコア改善とした。許容性は、すべての原因による脱落率とし、忍容性は、有害事象による中止率と定義した。相対的な治療順位は、SUCRAにより評価した。有害事象アウトカムには、死亡率、脳血管有害事象、転倒、過鎮静、錐体外路症状、排尿症状を含めた。 主な結果は以下のとおり。・ネットワークメタ解析には、介入期間が6~36週で5つのSGA(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)について検討を行ったランダム化比較試験20件、6,374例を含めた。・有効性アウトカムは、プラセボと比較し、ブレクスピプラゾールのほうが高かった(OR:−1.77、95%CI:−2.80~−0.74)。また、ブレクスピプラゾールは、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも優れていた。・許容性に関しては、アリピプラゾールのみがプラセボよりも良好であり(OR:0.72、95%CI:0.54~0.96)、アリピプラゾールはブレクスピプラゾールよりも優れていた(OR:0.61、95%CI:0.37~0.99)。・忍容性に関しては、オランザピンはプラセボ(OR:6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR:3.67、95%CI:1.66~8.11)、クエチアピン(OR:3.71、95%CI:1.46~9.42)よりも不良であり、アリピプラゾールはオランザピンよりも優れていた(OR:0.25、95%CI:0.08~0.78)。・クエチアピンは、脳血管有害事象について良好な安全性が示唆された。・ブレクスピプラゾールは、転倒についてより安全性が高く、過鎮静についても同様の安全性が示唆された。 著者らは「ブレクスピプラゾールは、BPSD治療において優れた有効性を示し、アリピプラゾールは最も許容性が高く、オランザピンは最も忍容性が低いことが示された。本結果は、意思決定の指針として利用可能であると考えられる」とまとめている。

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第227回 東京女子医大 第三者委員会報告書を読む(後編)「“マイクロマネジメント”」と評された岩本氏が招いた「どん底のどん底」より深い“底”

「医科大学と大学病院を擁する本法人の理事長としての適格性が備わっていたのかという点について、疑問」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先日、大学時代の山仲間と北アルプスの常念岳と蝶ヶ岳をテントを背負って縦走してきました。初日、三股から登り始めて約30分、樹林帯の中で先頭を歩いていた仲間が突然「何かいる!」と叫びました。と次の瞬間、正面の藪の中からツキノワグマが飛び出して来ました。クマもびっくりしたのかその目はとても焦った表情で、猛スピードで我々4人の間を駆け抜け、沢筋に消えました。私は2番目を歩いていたのですが、3番目だった仲間のウォーキングポールにぶつかるほどの近さでした。これまで幾度か山でクマに遭遇していますが、1メートル以内は最短記録です。最近、登山用品店では「クマ避けスプレー」なるものが売られていますが、「あれじゃ、スプレーを取り出している暇はないね」「今回は大人のクマでなくてよかった(子グマより少し大きい青年グマでした)」などと皆で今後のクマ対策を話しました。それにしてもクマが引き返してこなくて良かったです。さて、今回も引き続き、ワンマン理事長、岩本 絹子氏が招いた東京女子医大の数々の問題について、8月2日に第三者委員会が公表した調査報告書の内容を紹介したいと思います。前回(「東京女子医大 第三者委員会報告書を読む(前編)「金銭に対する強い執着心」のあるワンマン理事長、「いずれ辞任するが、今ではない」と最後に抗うも解任」)は、同窓会組織・至誠会と学校法人の不適切な資金支出や、寄付金を重視する推薦入試や人事のあり方などに対して調査報告書が下した結論について書きました。今回は、岩本氏について「そもそも医科大学と大学病院を擁する本法人の理事長としての適格性が備わっていたのかという点について、疑問と言わざるを得ない」と書いた調査報告書が、その経営手法を具体的にどう評価したのかを見てみます。「高度医療施設を備えて患者や地域医療に貢献しようとすることに対する理解も関心も薄かった」247ページにも及ぶ第三者委員会の「調査報告書(公表版)」1)の最終章、「第10章 原因分析」の「第3 岩本理事長の経営手法にみられる問題点」では、具体的に「1. 教育・研究と病院・臨床に対する理解・関心の薄さ」、「2. 金銭や儲けに対する強い執着心」、「3. 異論を敵視し排除する姿勢と行動」、「4. 人的資本を破壊し組織の持続可能性を危機に晒す財務施策」の4つの観点から、岩本氏の経営の問題点を分析しています。「1. 教育・研究と病院・臨床に対する理解・関心の薄さ」の項では、岩本氏は東京女子医大卒業後、長年にわたり産婦人科医院を経営してきた開業医であり、医科大学で教育・研究に携わった経験も、大学病院という高度医療機関において臨床に携わった経験も乏しいと指摘、「本大学における教育・研究に対する理解も関心も薄かった。(中略)本病院がPICU(小児集中治療室)など高度医療施設を備えて患者や地域医療に貢献しようとすることに対する理解も関心も薄かった」としています。そうした姿勢が顕著に現れたケースとして、報告書は東京女子医大再生を目的に開設したPICUを運用停止した事案を挙げ、「岩本氏の重大な経営判断の誤り」と結論付けています。さらに、運用停止後に小児集中治療医の大量退職を招いたにもかかわらず、何ら有効な手段を取らなかったことについて「二重の判断の誤り」であったとしています。「岩本氏にとっては、 目先において儲かるか否かが最優先事項」「2. 金銭や儲けに対する強い執着心」の項では、前回紹介した、岩本氏の金銭にまつわるさまざまな所業について、「副理事長となって経営統括理事となったその瞬間から、資金の不正支出・利益相反行為の疑義を生ぜしめる行為に手を染めていたことになる。岩本氏は、これを皮切りに、資金の不正支出・利益相反行為の疑義を生ぜしめる一連の行為を繰り返した。そこには、金銭に対する強い執着心と、本法人に対する忠実性の欠如を見て取ることができる」としています。また、PICU閉鎖については、「岩本氏にとっては、目先において儲かるか否かが最優先事項であり、PICU設置を確実に実現することや、医療安全確立による本病院の評価向上、中長期的な業績向上、医療現場の士気向上を図ることなどは劣位に置かれた」とし、「教職員の人件費を低く据え置いたまま自身の報酬を増額させるということも、通常の感覚を持った経営者であれば決してできない行動」と批判しています。「自身の考えとは異なる意見を述べる者に対しては、自身の権力基盤を骨かす存在として敵視し、組織から排除」岩本氏の異常さは、経営姿勢や金銭感覚だけに留まりません。「3. 異論を敵視し排除する姿勢と行動」の項では、その経営手法について、「足元の経営統括部に権限を一極集中させ、全てのことを自身の経験と実績に引き寄せて判断しようとする“マイクロマネジメント”に陥っていた」と指摘、「自身の考えとは異なる意見を述べる者に対しては、自身の権力基盤を骨かす存在として敵視し、組織から排除することを繰り返し行った。それまでどんなに気心が知れている間柄であっても、一度異論を述べた者を突如として敵視し、報復と疑われる不適切な人事措置を講じてまで、組織から排除した」と書いています。その結果、「理事・監事らは、本来なら岩本氏の業務執行を監督・監査する職責を負っていることは自覚しつつも、岩本氏に異論を唱えれば自身が敵視され排除されるという現実に直面し、声を上げることを差し控えてきた。かくして理事会の構成員は『岩本一強』体制に取り込まれ、理事会と監事のガバナンス機能は封殺された」として、「本法人が現在の窮状に陥っていることの大きな要因が、岩本氏の異論を敵視し排除する姿勢と行動にあることは明らかである」と断じています。「岩本氏が進めた財務施策とは、立場の弱い現場の教職員を犠牲にするものであった」「4. 人的資本を破壊し組織の持続可能性を危機に晒す財務施策」の項では、経営指標の面から岩本氏の経営を評しています。岩本氏は、2019年の大学再生計画外部評価委員会総括書において「これまで47%程度であった人件費率を、2017年度には42%台まで低下させている。さらに、諸施策の実行に伴って、2014年度からの赤字を3年で解消し、2017年度は黒字に転換させるなど、明確な実績を上げた」と評価されていた、としつつも「2020年度以降、収支はコロナ関連補助金を除けば一貫して赤字であり、赤字幅が年々拡大している。病床利用率、入院患者数・外来患者数と医療収入は下落の一途を辿っている。もはや岩本氏を財務改善の功労者と持ち上げることはできない」としています。そして、「岩本氏が進めた財務施策とは、要は現場の人員や人件費を削減するものであり、見方によっては、立場の弱い現場の教職員を犠牲にするものであった」と批判、「岩本氏の財務施策は、短期的な財務改善と引き換えに、人的資本を破壊するもの、中長期的な組織の持続可能性を危機に晒すものであったと断ぜざるを得ない」と厳しい評価を下しています。2014年に起きたプロポフォール事件がターニングポイント読むだけでも恐ろしくなって来る話です。よくそんな組織の下で高度医療が提供できていたなと感じます。実際のところ、東京女子医大の経営状況や岩本氏の横暴が東洋経済オンラインや文春オンラインなどで報道されはじめた2020年以降、岩本体制を批判する勢力との対立も激しくなり、「本法人のレピュテーションは著しく毀損され、教職員の満足度の更なる低下と大量退職を招き、また教職員の募集採用活動にも当然ながら悪影響を及ぼしている」とのことです。患者数が激減するのもむべなるかなです。それにしても、最大の謎は「医科大学で教育・研究に携わったが経験も、大学病院という高度医療機関において臨床に携わった経験も乏しく」、「目先において儲かるか否かが最優先事項」で「“マイクロマネジメント”」しかできず、「自身の考えとは異なる意見を述べる者を敵視して組織から排除する」ような人物が、なぜ医科大学の理事長になれたのか、という点です。岩本氏は1973年に東京女子医大を卒業した産婦人科医で、同大の創業者の一族でもあります。同大勤務や葛西中央病院産婦人科部長を経て、1981年に葛西産婦人科院長に就任。2013年6月~23年4月には至誠会の会長を務め、この間、2014年に同大の副理事長、2019年に理事長に就任しています。同大の副理事長に就任した2014年がターニングポイントと言えそうです。その2014年の2月、東京女子医大病院で鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡するという事故、いわゆるプロポフォール事件が起こっています(「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」参照)。このプロポフォール事件と関連して起きた学内のドタバタが、岩本氏の理事長就任の大きなきっかけとなったようです。岩本氏が招いた「どん底のどん底」より深い“底”調査報告書の「第3章 2014年プロポフォール事件以降の本法人の経営状況」では、同事件が起こる前から経営陣と一部の役員・教員の間で対立があったことや、文部科学省から管理運営の適正化のための施策の提出を求められたこと、同事件によって特定機能病院の承認取り消しとなり、経営に大きなダメージを与えたことなどについて詳述しています。文科省は、プロポフォール事件で表沙汰となった東京女子医大の医療安全体制やガバナンス不全について問題視し、学校法人としての管理運営の適正化に資する諸施策を策定して報告するよう求めました。最終的に同大は2014年11月に「大学再生計画」を文科省に提出するのですが、そこに至るまでの間、「事故の原因分析まで踏み込む必要がある」と文科省から指摘を受け、一度受領を拒絶されています。調査報告書は、拒絶された時「文科省からは本法人が『どん底のどん底』にあることをよく認識するようにと厳しい指摘を受けた」と書いています。この大学再生計画提出後、同計画の遂行に大きな貢献があったことなどを理由に、岩本氏は2019年3月、副理事長から理事長になっています。この時、「どん底のどん底」より深い“底”がその先に待っていようとは、誰も想像しなかったに違いありません。今回の調査報告書や、警視庁の家宅捜索などによって東京女子医大の特定機能病院再承認はまたまた遠のいたと考えられます。加えて、年間20億円近くあった私学助成金(私立大学等経常費補助金)も大幅に減額されるに違いありません。一つの医療事故、一つの理事長人事をきっかけに、大学といえどもその組織は簡単に崩壊に向かうのだということを、今回の東京女子医大のケースは教えてくれます。参考1)第三者委員会による調査報告書の公表について/東京女子医科大学

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フェンタニルは呼吸困難に使えるか?【非専門医のための緩和ケアTips】第82回

第82回 フェンタニルは呼吸困難に使えるか?呼吸困難に対するオピオイドといえば、最もメジャーなものはモルヒネでしょう。最近は、呼吸困難時にヒドロモルフォンやオキシコドンも使われることが増えてきました。では、貼付剤もあって利便性の高いフェンタニルはどうでしょうか?今回の質問訪問診療で診ている肺がん患者さん。嚥下機能が低下し、内服が難しい状況です。がん疼痛と労作時呼吸困難に対してオピオイドが必要と判断し、モルヒネの坐剤とフェンタニル貼付剤を処方しました。痛みが強い時はモルヒネを使うのですが、フェンタニル貼付剤を開始したところ呼吸困難がラクになったと言います。フェンタニルは呼吸困難にはあまり有効でないと考えていましたが、実際には効くのでしょうか?「呼吸困難に対するオピオイドの使い方」は、緩和ケアでしばしば話題になるテーマです。とくにフェンタニルは腎機能が悪い場合も使いやすく、貼付剤もあることから在宅緩和ケアで重宝する薬剤ですが、呼吸困難に対する効果はどうなのでしょうか?エビデンスについて詳細に述べることはしませんが、私の理解としては、ざっくり以下の通りです。がん患者の呼吸困難に対しフェンタニルが症状緩和に有効であったという報告はあるものの、モルヒネやプラセボを上回る有効性を示した研究はない。慢性心不全や呼吸器疾患のような非がん疾患による呼吸困難に対するフェンタニルの有効性を示した質の高い研究はない。これらを踏まえ、『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン』(2023年版)でも、がん患者の呼吸困難に対するフェンタニルの全身投与は推奨されていません。以上がエビデンスベースの話ですが、臨床的な実感はどうでしょうか?私が急性期病院や集中治療に携わっていたとき、鎮痛のためフェンタニルを静注している患者さんを受け持つことが多くありました。その中には「呼吸困難にもフェンタニルが有効なのかな」と感じる例もありました。ただ、強い呼吸困難はフェンタニルだけでは対応が難しく、モルヒネによる鎮静が必要になることが大半でした。こうした経験を振り返ると、「フェンタニル自体の薬理作用よりも、薬剤を投与した安心感によって呼吸困難が和らいだ可能性もある」と感じます。呼吸困難は不安感などの心理的要素も症状を悪化させることが知られており、薬理効果以外の症状緩和に対する効果も考慮する必要があるでしょう。私自身は、呼吸困難に対して積極的にフェンタニルを使用することはありませんが、さまざまな経緯からフェンタニルを投与され、患者さんが効果を実感している際には「まあ、よしとするか」と判断しています。このあたりは専門家でもスタンスが異なることが多いでしょう。ぜひ皆さんの意見も教えてください。今回のTips今回のTips現状のエビデンスでは「呼吸困難にフェンタニルは積極的に使わない」。しかし、状況に応じた使い分けを検討する場合も。

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自宅でできる大腸がん検査で大腸がんの死亡リスクが低減

 自宅で採取した便検体を用いる免疫学的便潜血検査(fecal immunochemical test;FIT)により、大腸がんによる死亡リスクを33%低減できることが、新たな研究で示された。FITは、大腸がんまたは前がん病変の可能性がある大腸ポリープの兆候である便中の血液を抗体で検出する検査法だ。論文の筆頭著者である、米オハイオ州立大学医学部教授のChyke Doubeni氏は、平均的なリスクの人をスクリーニングするためには、年に1回のFITによる大腸がん検診が、「10年ごとの大腸内視鏡検査と同程度に機能する」と述べている。この研究の詳細は、「JAMA Network Open」に7月19日掲載された。 Doubeni氏は、「本研究結果を受け、患者とその臨床医は、自信を持ってこの非侵襲的な検査を大腸がん検診に使用できるようになるだろう。また、大腸がん検診率が非常に低い、医療サービスが十分に行き届いていない地域社会において、FITを効果的に用いる方法を見つけることにもつながるはずだ」と同大学のニュースリリースの中で述べている。 Doubeni氏は、「大腸がん検診のゴールドスタンダードは大腸内視鏡検査だが、この検査に抵抗を覚える人もいる」と話す。大腸内視鏡検査では、患者は鎮静剤を投与され、カメラ付きの細いチューブを直腸に挿入して腸の内壁を観察する。同氏は、「大腸がんは、検診を受けることで、最も初期の前がん病変を発見できることが何十年も前から知られている。しかし、45~75歳の米国人のうち大腸がん検診を受診しているのはわずか60%程度に過ぎない」と話す。一方、FITは、自宅というプライバシーの保たれた場所で便を採取できる。採取した便検体は、検査機関に送って分析してもらう。 今回の研究では、2002年から2017年の間に自宅でのFITによる大腸がん検診を受けた米カイザー・パーマネンテの患者1万711人(60〜69歳32.9%、女性47.8%)のデータを用いて、FITによる大腸がん検診と大腸がんによる死亡リスクとの関連を評価した。1万711人のうちの1,103人は大腸がん症例、9,608人は症例と年齢、性別、健康保険加入期間、居住地域を一致させた対照だった。 その結果、FITによる大腸がん検診を1回以上受けることは、大腸がんによる死亡リスクの33%の低下(調整オッズ比0.67、95%信頼区間0.59〜0.76)、左側の大腸がんによる死亡リスクの42%の低下(同0.58、0.48〜0.71)と関連することが明らかになった。FITと右側の大腸がんによる死亡リスクとの間に関連は認められなかった。なお、大腸がん啓発団体であるFight Colorectal Cancerによれば、左側の大腸がんの発生頻度は右側の大腸がんよりもはるかに高いという。 さらに、FITによる大腸がん検診は、ほとんどの人種/民族において大腸がんによる死亡リスクの有意な低下と関連し、リスクは、アジア系では63%、黒人では42%、白人では30%低下する可能性が示された。ヒスパニック系でも死亡リスクは22%低下していたが、統計学的に有意ではなかった。 論文の共著者である、米カイザー・パーマネンテ北カリフォルニアのDouglas Corley氏は、「過去数年間にFITによる大腸がん検診を1回以上受けた人を対象にした本研究により、FITが効果的なツールであることが確認された。長い目で見ると、FITを推奨通りに毎年受けることで、大腸がんによる死亡リスクは本研究で示された数字以上に低下することが期待される」と話す。 一方、Doubeni氏は、FITで異常な結果が判明した人は遅滞なくフォローアップの大腸内視鏡検査を受けることが重要であると強調している。

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