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第7回 意識障害 その6 薬物中毒の具体的な対応は?【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)ABCの安定が最優先! 気管挿管の適応を正しく理解しよう!2)治療の選択は適切に! 胃洗浄、血液浄化の適応は限られる。3)検査の解釈は適切に! 病歴、バイタルサイン、身体所見を重視せよ!【症例】42歳女性の意識障害:これまたよく遭遇する症例42歳女性。自室のベッド上で倒れているところを、同居している母親が発見し、救急要請。ベッド脇には空のPTP(press through pack[薬のシート])が散在していた。救急隊接触時のバイタルサインは以下のとおり。どのようにアプローチするべきだろうか?●搬送時のバイタルサイン意識:200/JCS血圧:102/58mmHg 脈拍:118回/分(整) 呼吸:18回/分 SpO2:97%(RA)体温:36.9℃ 瞳孔:3/3mm +/+この症例、誰もが急性薬物中毒を考えると思います。患者の周りには薬のシートも落ちているし、おそらくは過量に内服したのだろうと考えたくなります。急性薬物中毒の多くは、経過観察で改善しますが、ピットフォールを理解し対応しなければ、痛い目に遭いかねません。「どうせoverdose(薬物過量内服)でしょ」と軽視せず、いちいち根拠をもって鑑別を進めていきましょう。重度の意識障害で意識することは?(表1)このコーナーの10's Ruleの「1)ABCの安定が最優先!」を覚えているでしょうか。重度の意識障害、ショックでは気管挿管を考慮する必要がありました。意識の程度が3桁(100~300/JCS)と重度の場合には、たとえ酸素化の低下や換気不良を認めない場合にも、確実な気道確保目的に気管挿管を考慮する必要があることを忘れてはいけません。薬物中毒に伴う重度の意識障害、出血性ショック(消化管出血、腹腔内出血など)症例が典型的です。考えずに管理をしていると、目を離した際に舌根沈下、誤嚥などを来し、状態の悪化を招いてしまうことが少なくありません。来院時の酸素化や換気が問題なくても、バイタルサインの推移は常に確認し、気管挿管の可能性を意識しておきましょう。●Rule1 ABCの安定が最優先!●Rule8 電解質異常、アルコール、肝性脳症、薬物、精神疾患による意識障害は除外診断!画像を拡大する薬物中毒のバイタルサイン内服した薬剤や飲酒の併用の有無によってバイタルサインは大きく異なります。覚醒剤やコカインなど興奮系の薬剤では、血圧や脈拍、体温は上昇します。それに対して、頻度の高いベンゾジアゼピン系薬に代表される鎮静薬ではすべて逆になります。飲酒もしている場合には、さらにその変化が顕著となります。瞳孔も重要です。興奮系では一般的に散瞳し、オピオイドでは縮瞳します。救急外来では明らかな縮瞳を認める場合には、脳幹病変以外にオピオイド、有機リン中毒を考えます。「目は口ほどにものを言う」ことがあります。自身で必ず瞳孔所見をとることを意識しましょう。薬物中毒の基本的な対応は?急性薬物中毒の場合には、意識障害が遷延することが少なくないため、内服内容、内服時間をきちんと確認しましょう。内服してすぐに来院した場合と、3時間経過してから来院した場合とでは対応が大きく異なります。薬物過量内服においても初療における基本的対応は常に一緒です。“Airway、Breathing、Circulation”のABCを徹底的に管理します。原因薬剤が判明している場合には、拮抗薬の有無、除染・排泄促進の適応を判断します。拮抗薬など特徴的な治療のある中毒は表2のとおりです。最低限これだけは覚えておきましょう。除染や排泄促進は、内服内容が不明なときにはルーチンに行うものではありません。ここでは胃洗浄の禁忌、血液透析の適応を押さえておきましょう。画像を拡大する胃洗浄の禁忌意識障害患者において、確実な気道確保を行うことなしに胃洗浄を行ってはいけません。誤嚥のリスクが非常に高いことは容易に想像がつくでしょう。また、酸やアルカリを内服した場合も腐食作用が強く、穿孔のリスクがあるため禁忌です。胃洗浄を行い、予後を悪くしてはいけません。意識状態が保たれ、内服内容が判明している場合に限って行うようにしましょう。もちろん薬物が吸収されてしまってからでは意味がないため、原則内服から1時間を経過している場合には適応はないと考えておいてよいでしょう。CTを撮影し薬塊などが胃内に貯留している場合には、胃洗浄が有効という報告もありますが、薬物中毒患者全例に胸腹部CTを撮影することは現実的ではありません1)。エコー検査で明らかに胃内に貯留物がある場合には、考慮してもよいかもしれません。活性炭の投与もルーチンに行う必要はありません。胃洗浄の適応症例には、洗浄後投与すると覚えておけばよいでしょう。血液透析の適応となる中毒体内に吸収されたものを、体外に除去する手段として血液透析が挙げられますが、これもまたルーチンに行うべきではありません。多くの薬物は血液透析では除去できません。判断する基準として、分布容積と蛋白結合率を意識しましょう。分布容積が小さく、蛋白結合率が低ければ透析で除去しえますが、そういったものは表3のような中毒に限られます。診療頻度の高いベンゾジアゼピン系薬や非ベンゾジアゼピン系薬(Z薬)、三環系抗うつ薬は適応になりません。ベンゾジアゼピン系薬、Z薬の過量内服は遭遇頻度が高いですが、それらのみの内服であれば過量に内服しても、きちんと気道を確保し管理すれば、一般的に予後は良好であり透析は不要なのです。画像を拡大する薬物中毒の検査は?1)心電図心電図は忘れずに行いましょう。QT延長症候群など、薬剤の影響による変化を確認することは重要です。内服時間や意識状態を加味し、経時的に心電図をフォローすることも忘れてはいけません。以前の心電図の記録が存在する場合には、必ず比較し新規の変化か否かを評価しましょう。2)血液ガス酸素化や換気の評価、電解質や血糖値の評価、そして中毒に伴う代謝性アシドーシスを認めるか否かを評価しましょう。3)尿中薬物検査キットトライエージDOAなどの尿中薬物検査キットが存在し、診療に役立ちますが、結果の解釈には注意しなければなりません。陽性だから中毒、陰性だから中毒ではないとはいえないことを覚えておきましょう。偽陽性、偽陰性が少なくないため、病歴と合わせ、根拠の1つとして施行し、結果の解釈を誤らないようにしましょう。薬物中毒疑い患者の実際の対応“10's Rule”にのっとり対応することに変わりはありません。Ruleの1~4)では、重度の意識障害であるため、気管挿管を意識しつつ、患者背景を意識した対応を取ります。薬物過量内服患者の多くは女性、とくに20~50代です。また、薬物過量内服は繰り返すことが多く、身体所見では利き手とは逆の手にリストカット痕を認めることがあります。意識しておくとよいでしょう。バイタルサインがおおむね安定していれば、低血糖を否定し、頭部CTを撮影します。この場合には、脳卒中の否定以上に外傷検索を行います。薬物中毒の患者は、アルコールとともに薬を内服していることもあり、転倒などに伴う外傷を併発する場合があるので注意しましょう。また、採血では圧挫に伴う横紋筋融解症*を認めることもあります。適切な輸液管理が必要となるため、CK値や電解質、腎機能は必ず確認しましょう。アルコールの関与を疑う場合には、浸透圧ギャップからアルコールの推定血中濃度を計算すると、診断の助けとなります。詳細は、次回以降に解説します。*急性中毒の3合併症:誤嚥性肺炎、異常体温、非外傷性圧挫症候群急性薬物中毒の多くは、特異的な治療をせずとも時間経過とともに改善します。また、繰り返すことが多く、再来した場合には軽視しがちです。そのため、確立したアプローチを持たなければ痛い目をみることが少なくないのです。外傷や痙攣、誤嚥性肺炎の合併を見逃す、アルコールとともに内服しており、症状が遷延するなどはよくあることです。根拠をもって確定、除外する意識を常に持ちながら対応しましょう。症例の経過本症例では空のPTPの存在や40代の女性という背景から、第一に薬物過量内服を疑いながら、Ruleにのっとり対応しました。母親から病歴を聴取すると、来院3時間前までは普段どおりであり、その後患者の携帯電話の記録を確認すると、付き合っている彼氏とのメールのやり取りから、来院2時間ほど前に衝動的に薬を飲んだことが判明しました。内服内容もベンゾジアゼピン系の薬を中心としたもので致死量には至らず、採血や頭部CTでも異常がないことが確認できたため、モニタリングをしながら、家族付き添いの下、入院管理としました。時間経過とともに症状は改善し、翌日には意識清明、独歩可能となり、かかりつけの精神科と連携を取り、退院となりました。本症例は典型的な薬物中毒症例であり、基本的なことを徹底すれば恐れることはありません。きちんと病歴や身体所見をとること、バイタルサインは興奮系か抑制系かを意識しながら解釈し、瞳孔径を忘れずに確認すればよいのです。次回は、アルコールによる意識障害のピットフォールを、典型的なケースから学びましょう。1)Benson BE, et al. ClinToxicol(Phila). 2013;51:140-146.

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アナフィラキシー総論 シンプル解説

1.疾患または病態の定義、概念 アナフィラキシーは、食物、薬物、蜂毒、ラテックスなどの原因物質により誘発される即時型アレルギー反応の一型であり、その症状は複数の臓器症状が短時間のうちに全身性に現れ、生命に危機を与えるものを指す。またアナフィラキシーのうち、血圧低下やそれに伴う意識レベルの変容を伴う場合を、アナフィラキシーショックという。 2.病態生理 アナフィラキシーは、典型的には原因物質が感作マスト細胞や好塩基球上のIgEを架橋することにより、系統的なメディエーターの放出および分泌により引き起こされる。メディエーターはヒスタミンやロイコトリエン、トロンボキサン、プロスタグランジン、PAFなどであり、これらは平滑筋攣縮、粘液分泌、血管拡張、血管透過性亢進などの作用を示す。 3.診断基準国際的には複数の診断基準があるが、わが国で採用されている診断基準を以下に示す。3つのクライテリアがあり、そのうちいずれかに該当すればアナフィラキシーと診断する。 1)患者が数分から数時間の経過において、「皮膚・粘膜のどちらか、または両症状」と「呼吸器症状か血圧低下または末梢循環不全」の合併がある。 2)患者が抗原に曝露されて数分から数時間に以下の症状が2つもしくはそれ以上出現した場合。(1)皮膚・粘膜のどちらか、または両症状、(2)呼吸器症状、(3)血圧低下または末梢循環不全、(4)消化器症状。 3)患者が既知の抗原に曝露されて数分から数時間の間の血圧低下。4.臨床症状アナフィラキシー症状は、その定義にもあるように全身的に現れる。このため、あらゆる症状が発現しうるといっても過言ではない。しかし症状出現頻度には大きな違いがある。1)皮膚症状最も現れやすい症状である(図)。皮膚症状は掻痒を伴う蕁麻疹が典型的であるが、掻痒は軽度もしくは伴わずに紅斑のみが広がっていくこともよく経験する。 図を拡大する 2)粘膜症状皮膚症状に次いで頻度が多い。主に口唇腫脹や、眼瞼腫脹、眼球粘膜症状、また口腔咽頭粘膜症状(イガイガ感、違和感など)がよく認められる。皮膚・粘膜症状は程度が強いと、外観的な重篤感をうかがわせるが、生命維持には関与しないので、重症度は高く捉える必要はない。3)喉頭症状(上気道)喉頭は容易には視認できないので、初期は患者の主観症状に依存する。しかし、進行すると窒息から致死の転帰をたどる可能性がある。患者は胸部圧迫感や胸部・喉頭絞扼感、喉頭違和感、嚥下困難感などの主観的症状、嗄声、無声など客観的症状、さまざま訴える。しかし、小児にはこれら主観症状の表出が不得手であり、検者は常に患児の喉頭症状に注意を払うべきである。4)呼吸器症状(下気道)喉頭症状も上気道、つまり呼吸器症状に本来は包含されるが、注意点が異なるので、便宜的に分けて表記した。下気道症状として散発的な咳嗽が、じきに連続性となり咳き込む。喘鳴などraleを伴うようになると呼吸困難症状も現れてくる。5)消化器症状腹痛、嘔吐が多く、時に下痢を認める。腹痛は主観的な症状であるので、重篤度を推し量るには難しい。まれであるが、腹痛の中に膵炎を発症している症例もあり、注意を要する。6)循環器症状血圧低下を代償するために、頻脈、顔面蒼白、四肢冷感、活動性の低下が初期に認められる(プレショック)。さらに低血圧に陥ると、意識レベルの悪化が進行し、持続すると多臓器不全に至る(ショック)。循環器症状は生命維持に直結するので、迅速で適切な対応が求められる。症状は抗原に曝露されてから速やかに出現する。食物・薬物で5分以内が25.8%、30分以内が56.1%、蜂毒では5分以内が41.4%にも及ぶ。ただし、なかには抗原曝露から1~2時間後に症状が誘発される場合もある。その進行はきわめて急速である。蜂毒によるアナフィラキシーの場合は秒単位、食物アレルギーや薬物では分単位で症状悪化を認めるため、急激な変化に即応できるような意識と体制が求められる。また初期症状がいったん収まった後、しばらくして再燃する二相性反応も知られる。その頻度は報告によりさまざまであるが、アナフィラキシー反応の6%で、初期反応の後1.3~28.4時間後に再燃したとする報告がある。初期症状におけるアドレナリン投与の遅れが二相性反応を誘発する指摘もある。5.治療1)アドレナリンアドレナリンがアナフィラキシー治療の第1選択薬であることはきわめて重要な知識である。アドレナリンは、アナフィラキシーによって生じている病態を改善させる最も効果的な薬剤である。アドレナリンの効果発現は早いが、代謝も早く(10~15分)、必要に応じて反復投与する。投与量は0.01mg/kg、投与経路は筋肉注射であり、添付文書には記載されているものの皮下注射は推奨されない。吸入による循環器系に対する効果は否定的であり、挿管時の経気道的投与とは一線を画して理解するべきである。アドレナリン投与の遅れが、致死と関連があるとする報告は枚挙にいとまがない。しかし日常診療においてアドレナリンは使い慣れない薬剤であり、治療指数(治療効果を示す量と致死量との比較)が狭く、また劇薬指定であることが影響して、その投与時期が遅れることがきわめて多い。致死の可能性がある症状、すなわちショックおよびプレショック、そして呼吸器(上下気道)症状に対して、迅速積極的に投与されるべきである。わが国では、アドレナリン自己注射薬(エピペン)が平成18年に小児にも適応となり、平成20年には学校・幼稚園、平成23年には保育所における注射が認められるようになった。医師は指導的な立場で、病院外でのアドレナリンの適正使用に貢献することが求められている。アドレナリンを米国だけはエピネフリンと公称するが、その歴史の事実は、高峰 譲吉氏が1900年に発見し、結晶化に成功した物質であり、そのときの命名がアドレナリンである。2)抗ヒスタミン薬(H1受容体拮抗薬)アドレナリン以外の薬剤のアナフィラキシー治療における位置づけは実は低い。それにもかかわらず漫然と使用されている臨床現場があるのも事実である。抗ヒスタミン薬の蕁麻疹や掻痒に対する効果は明らかであるが、紅斑にすらその効果は限定的である。ましてショックはもちろん、呼吸器、消化器症状に対する効果は期待できない。さらに注射薬はその鎮静効果から、かえって患者の意識レベルの評価を困難にする。このため、安易な投与はむしろ避け、投与対象を慎重に考え、使用後は継続的なモニタリングを行い急変に備える。3)ステロイド薬抗ヒスタミン薬と同様、アナフィラキシーの急性期の治療に対するステロイド薬の効果に関するエビデンスはきわめて乏しい。それにもかかわらず、経験的に多用されている特殊な薬剤である。二相性反応に対する効果を期待されて投与されることが多いが、そのエビデンスも乏しい。漫然と投与して、モニタリングもせずに経過を追うことがあってはならない。4)その他呼吸器症状にはβ2刺激薬吸入が効果的なことが多い。また十分な酸素投与および輸液管理は基本であり。ショック体位を早期から取らせ、不用意な体位変換も避けるべきである。6.臨床検査 アナフィラキシーにおける臨床検査所見の価値はきわめて限定的である。なぜなら検査結果が出た時点では、アナフィラキシー症状の趨勢は決しているからである。 事後的にアナフィラキシー症状を確認する目的としては、マスト細胞や好塩基球由来のメディエーター(血漿ヒスタミンや血清トリプターゼ、PAFなど)の上昇はアナフィラキシーの存在を支持する。特異的IgE値や皮膚テスト(プリックテスト)の結果は、アナフィラキシーのリスクと一定の相関性があるが、強くはない。 7.小児期のアナフィラキシー 小児期のアナフィラキシーの主な原因は食物である。一般的にソバや落花生のアナフィラキシーリスクが高いと考えられるが、鶏卵、牛乳、小麦のリスクが低いわけではなく、同様の管理が必要である。 症状は、小児に限って発症しやすいものはない。しかし、成人と異なり、症状の表出が十分にできないため、気道症状やショック症状の初期症状、たとえば喉頭違和感や閉塞感、立ちくらみ、元気がなくなるなどの症状を、見落とさないよう気を付ける必要がある。疫学調査で、小児期のショック発生率が成人に比べて少ないのは、こうした症状が見落とされているためと考えられる。小児のアナフィラキシーが、成人に比べて軽症であると安易に考えないほうが良い。 アナフィラキシーの治療は成人と変わらない。アドレナリンが第1選択薬であり、投与量は0.01mg/kgで0.5mgを上限とする。 自己判断ができない小児期のアナフィラキシー管理は、保護者や日々の管理者が代行することになる。このためリスクの認識と発症時の対応方法を、彼らに十分に習熟させることが求められる。

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脱水症の診断が遅れて死亡した8ヵ月女児のケース

小児科最終判決判例タイムズ 952号256-265頁概要右眼充血の精査目的で総合病院眼科へ入院した生後8ヵ月の女児。全身麻酔下の眼圧、眼底、隅角検査にて先天性緑内障、ぶどう膜炎と診断された。全身麻酔から覚醒後、発熱、下痢が出現し、感冒性消化不良症の診断で小児科に転科となった。補液、止痢薬投与などが行われたが、3日間にわたって頻回の下痢が継続し、嘔吐もみられるようになった。そして、発症から4日後の深夜に持続点滴が自然抜針し、大泉門陥没、顔色不良、四肢冷汗など脱水症を示唆する症状がみられた。当直医による血管確保が試みられたがうまくいかず、静脈のカットダウンを行おうとした矢先に噴水状の嘔吐、それに続き心肺停止となり、救急蘇生の効果なく死亡確認となった。詳細な経過患者情報生後8ヵ月、体重7,710gの乳児経過1988年11月頃右眼充血に気付き、近医眼科を受診して治療を受けるが改善せず。12月23日某総合病院眼科受診、全身麻酔下の眼圧、眼底、隅角検査などが必要と判断された。12月24日精査目的で眼科に入院。胸部X線写真、心電図では異常なし。12月25日外泊(このとき兄弟がインフルエンザに罹患していた)。12月26日全身麻酔下の精密検査にて、先天性緑内障、ぶどう膜炎と診断。治療については年明けに大学病院へ転医して検討することになった。麻酔から覚醒後、38.9℃の発熱、水様便が3回みられた。12月27日39.5℃、アセトアミノフェン(商品名:アンヒバ)坐薬投与。小児科に依頼するとともに退院を延期。小児科担当医の診察では、咽頭発赤、皮膚の緊満度がやや減少、血液検査でNa 135、BUN 7、Ht 35.6%、Hb 11.1であり、発熱、下痢が続いていたことから感冒性消化不良症(インフルエンザ疑い)と診断。水様便が15~17回みられたので止痢薬を投与するとともに、20mL/hrで輸液を開始。12月28日38.7℃、解熱薬メフェナム(同:ポンタール)シロップを適宜内服。1時間に2回くらいの水様便、さらに嘔吐もみられるようになる。12月29日病院は年末年始体制へ移行。小児科担当医は当直明けの午前中に診察し、咽頭発赤、下痢、やや粗い呼吸音が聴取されたが、皮膚の緊満度には問題はないと判断し帰宅した。この日も1時間に1回くらい黄色泥状便がみられた。12月29日23:0036.0℃、脈拍142、呼吸数40回、ぐずつきが続き、活気がなく衰弱が激しいと母親は看護師に訴えた。小児科担当医に電話連絡を取ったところ、眼科領域の問題ではないかと考えて眼科医へ連絡するように指示。連絡を受けた眼科医は3日前の検査で眼科的な疾病が原因で衰弱することはないと認識していたため、鎮静薬ジアゼパム(同:セルシン)シロップの投与を指示。12月30日00:00セルシン®シロップ0.7mg哺乳瓶に入れて投与。01:40ようやく入眠。この時看護師は眼窩部のへこみを確認(担当医に上申せず)。03:00母親が抱っこしようとした時に右足に入れていた点滴がぬけていることに気付く。看護師が駆けつけると点滴はシーネごと外れており、足に巻かれた包帯はかなり濡れていた。患児は元気なくぐったりしていて、顔色不良、四肢の冷感が強く、大泉門陥没が認められた。輸液の再開のため四肢を暖め、電気あんかを入れ保温に努めた(深夜ということもありすぐに小児科担当医へは上申せず)。04:10母親が心配したため看護師は内科系の当直に診察を依頼(この日小児科当直は不在)。04:20内科系当直により末梢からの血管確保が試みられたが不成功。06:00再度内科系当直医が末梢血管から点滴を試みたが失敗したため、小児科担当医に連絡。06:45小児科担当医が駆けつけ、経皮的静脈穿刺を試みたが失敗。患児は次第に元気がなくなり、ぐったりしてきた。07:30末梢からの血管確保ができないので静脈のカットダウンが必要と判断し、外科系当直医と産婦人科当直医に応援依頼。この時患児の脈拍は弱くなり、循環不全の症状が出現。07:50応援医師が到着。静脈カットダウンの準備をしている時に患児の呼吸が微弱となったため酸素投与開始。ところがまもなく噴水状の嘔吐を来たし、これを吸い込んで呼吸停止。ただちに吸引して吐物を除去。08:30心停止。気管内挿管、鎖骨下静脈穿刺、心腔内アドレナリン(同:ボスミン)投与などの救急蘇生を行ったが、効果はみられず。09:25死亡確認。病理解剖の同意は得られなかった。当事者の主張患者側(原告)の主張1.小児科担当医は脱水症状を疑うべきであったのに、頻繁に診察することを怠り、血液検査は小児科初診時のみで、かつ体重測定を怠った結果、脱水症の悪化を見落としたため死亡した2.点滴が自然抜針したのであればただちに血管確保するべきであったのに、看護師が担当医師への報告したのはかなり時間が経過してからであり、さらに何度も経皮的静脈穿刺に失敗したのであればただちにカットダウンを行うべきであった病院側(被告)の主張1.死亡するまでの水分補給は十分であり、死亡直前まで脱水症を疑う臨床症状はなかった。点滴が自然抜針してから約5時間半輸液は行われなかったが、それまでの水分補給量に照らすと脱水症によって死亡することはあり得ない2.死亡したのはインフルエンザからライ症候群となったことが原因である裁判所の判断頻回の下痢による水分喪失に対し、死亡前の輸液量、経口水分摂取量、大泉門の陥没、眼窩のくぼみ、四肢冷汗、顔色不良などの所見を総合すると、中等症の脱水症があったと考えられる。それに対し医師および看護師らは脱水症に陥り得ることを予測するべきであったのに、体重測定、血液検査などの十分な観察を怠り、点滴注射が抜針したあとも輸液路の確保を怠ったため、循環不全を起こして死亡した。病院側が主張するライ症候群については、経過中にけいれんがみられなかったこと、脳圧亢進を示す大泉門膨隆とは逆の大泉門陥没が認められたことを考えると採用できない。原告側合計3,390万円の請求に対し、3,190万円の判決考察本件では小児科担当医、内科当直医、眼科医師、小児科看護師などの複数のスタッフが関与していながら、事の重大さを認識することができずに、本来であれば死亡するとは考えにくい乳児が最悪の転帰となってしまいました。もちろん病院側の事情、たとえば容態が急変した時間帯がたまたま年末年始の当直体制とかさなっていたこと、小児科担当医が卒後2年目の研修医であったこと、点滴が抜けたのが深夜であり当直明けの小児科医を呼び出すのがためらわれたこと、直ぐに静脈のカットダウンを行うほど切迫した状況とは思えなかったことなどを考えると、同情すべき点が多々あることも事実です。とはいうものの、以下の点については重要な教訓として今後の参考にしたいと思います。1. 各担当医の認識不足まず、本件の場合には全身麻酔後に出現した発熱、下痢ということで、小児科担当医は「単なる感冒で点滴でもすればいずれ落ち着くだろう」という程度の認識であり、ご両親の主張にもある通り頻繁に患児のもとに診察に訪れなかったと思われます。そして、点滴自然抜針の約4時間前(この時患児を診察していれば脱水症状に気付いていたはず)の23:00に、「呼吸数40回、ぐずつきが続き、活気がなく衰弱が激しい」という看護師の上申を自宅で受けた時も、「きっと眼科的問題によるものだろう」と判断して眼科医の判断を仰ぎました。その根拠としては、約12時間前の診察でとくに異常はみられなかったことが頭にあったのだと思います。この時点で(たとえ当直明けであっても)面倒くさがらずに病院まで赴き患者を診察するか、あるいは内科の当直医師に診察を依頼するなどの対策を講じていれば、最悪の結果を回避できた可能性があったと思います。ところが眼科医にボールを投げてしまったために(眼科医も眼科的には問題ないと確信していたために)、脱水状態にある患児にセルシン®投与を指示し、さらに状態を悪化させたのではないかと思います。この眼科医にしても、頻回の下痢や嘔吐を十分に把握しないままセルシン®を投与したのですから、認識不足は否めないと思います。また、今回の小児科担当医師を監督する立場にある小児科部長医師も、卒後2年目の研修医に適切な指示を与えなかった点において由々しき問題があったと思います(小児科医師同士のコミュニケーション不足も潜在していたのでしょうか)。そして、看護師が点滴再挿入を内科当直医に依頼したのは点滴自然抜針に気付いてから1時間以上経過してからであり(それも母親に催促された)、依頼を受けた内科当直医にしても、当初はおそらく「自分の役割は点滴を入れることだけだ」という程度の認識であり、その当時の患児を注意深く観察せずに眼窩のくぼみ、大泉門陥没などの脱水症状に気付きませんでした。そして、何度も針を刺したもののうまくいかず、いよいよあきらめたのが1時間40分も経ってからでした。このように、本件を担当した病院スタッフはみな脱水症の危険性を念頭におかないばかりか、責任もって観察するという姿勢に欠けていたと思われます。2. 頻回の下痢、嘔吐が続いていながら体重測定や血液検査を怠ったこと。本件は体重わずか7,710gの乳児でした。しかも発症してから3日間はひどい時で1時間に2回という頻回の下痢がみられていましたので、当然脱水症に陥らないように配慮しなければならない状況でした。ところが、血液検査を行ったのは小児科初診時の1回きりであり、以後死亡するまでの3日間は電解質のチェックすら行っていませんし、たいして手間のかからない体重測定も指示しませんでした。しかも頻回の下痢に加えて嘔吐まで出現したのですから、現行の輸液(最初から輸液量20mL/hrで変更なし)でよいのか見直すのはむしろ当然ではなかったかと思います。3. 病理解剖の重要性感冒による発熱、下痢、嘔吐で入院治療中の8ヵ月乳児が4日後に急死したとあれば、病院側のミスを疑うのがむしろ当然ではないかと思います。裁判では「ライ症候群」の可能性、つまり死亡したのは不可抗力であったと主張しましたが、血液検査が行われたのは小児科入院時の1回きりであり、しかも急性脳症を疑う所見は嘔吐だけで脳圧亢進症状(大泉門膨隆)やけいれん発作もなく、臨床上はライ症候群とするには無理があったと思います。もちろん経過中にご家族へはライ症候群という説明はありませんでしたし、判決でもライ症候群の主張は一蹴されました。やはりこのような時、つまり死因が特定できず病院側の不備を指摘されかねない状況では、是が非でも病理解剖を行うべきであったと思います。今回のケースではご遺族の同意が得られず病理解剖ができなかったということですが、はっきりと死因が特定できない場合には少々ためらわれても異状死体として「行政解剖」の手続きをとり、医学的な裏付けをとっておかないと正当性を主張するチャンスを失うことになると思います。今回のようなケースは、日常の診療でも遭遇する機会が多いのではないかと思います。このコーナーをご覧頂いている先生方の多くは診療に対する問題意識が高いと思いますので、もし本件を担当していれば発熱、下痢、嘔吐などの症状から脱水症を早期に発見し、適切な対応を行うことができたのではないかと思います。そうはいっても、本件のようにさまざまな要因が重なって適切な診断へのプロセスが妨げられることもあり得ますので、まずは先入観にとらわれることなく基本的な診察(本件では脱水症の所見を確認すること)をきちんと行うとともに、主治医となって担当する患者さんには可能な限りのコミットメントを行うことが肝心だと痛感しました。小児科

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敗血症性ショックへのEGDTプロトコル、死亡率は通常ケアと変わらず/NEJM

 敗血症性ショックにおける早期目標指向型治療(early goal-directed therapy:EGDT)プロトコルに基づく蘇生治療の有効性を検討した多施設共同無作為化試験の結果、同治療はアウトカムを改善しないことが示された。米国・ピッツバーグ大学のDerek C. Angus氏ら「ProCESS(Protocolized Care for Early Septic Shock)」共同研究グループが報告した。EGDTは、10年以上前に発表された単施設試験の結果に基づくプロトコルである。同試験では、救急部門(ER)に搬送されてきた重症敗血症および敗血症性ショックの患者について、6時間で血行動態目標値を達成するよう輸液管理、昇圧薬、強心薬投与および輸血を行う処置が、通常ケアよりも顕著に死亡率を低下したとの結果が示された。ProCESS試験は、この所見が一般化できるのか、またプロトコルのすべてを必要とするのか確認することを目的に行われた。NEJM誌オンライン版2014年3月18日号掲載の報告より。EGDTプロトコル、標準プロトコル、通常ケアで無作為化試験 試験は2008年3月~2013年5月に、全米31の3次医療施設ERにて行われた。敗血症性ショック患者を、(1)EGDTプロトコル群、(2)標準プロトコル群(中心静脈カテーテル留置はせず、強心薬投与または輸血)、(3)通常ケア群、のいずれか1つの治療群に無作為に割り付けた。 主要エンドポイントは、60日時点の院内全死因死亡とし、プロトコル治療群(EGDT群と標準群の複合)の通常ケア群に対する優越性、またEGDTプロトコル群の標準プロトコル群に対する優越性を検討した。 副次アウトカムは、長期死亡(90日、1年)、臓器支持療法の必要性などだった。EGDT vs.標準、プロトコルvs.通常、いずれも転帰に有意差みられず 試験には1,341例が登録され、EGDTプロトコル群に439例、標準プロトコル群に446例、通常ケア群に456例が無作為に割り付けられた。 蘇生戦略は、中心静脈圧と酸素のモニタリング、輸液、昇圧薬、強心薬、輸血の使用に関して有意な差があった。 しかし60日時点の死亡は、EGDTプロトコル群92例(21.0%)、標準プロトコル群81例(18.2%)、通常ケア群86例(18.9%)で、プロトコル治療群vs. 通常ケア群(相対リスク:1.04、95%信頼区間[CI]:0.82~1.31、p=0.83)、EGDTプロトコル群vs. 標準プロトコル群(同:1.15、0.88~1.51、p=0.31)ともに有意差はみられなかった。 90日死亡率、1年死亡率および臓器支持療法の必要性についても有意差はみられなかった。

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糖尿病ケトアシドーシスの輸液管理ミスで死亡したケース

糖尿病・代謝・内分泌最終判決平成15年4月11日 前橋地方裁判所 判決概要25歳、体重130kgの肥満男性。約2週間前から出現した体調不良で入院し、糖尿病ケトアシドーシス(初診時血糖値580mg/dL)と診断されてIVHによる輸液管理が始まった。ところが、IVH挿入から12時間後の深夜に不穏状態となってIVHを自己抜去。自宅で報告を受けた担当医師は「仕方ないでしょう」と看護師に話し、翌日午後に再度挿入を予定した。ところが、挿入直前に心肺停止状態となり、翌日他院へ転送されたが、3日後に多臓器不全で死亡した。詳細な経過患者情報昭和49年9月3日生まれの25歳、体重130kgの肥満男性経過平成12年3月16日胃部不快感と痛みが出現、その後徐々に固形物がのどを通らなくなる。3月28日動悸、呼吸困難、嘔気、嘔吐が出現。3月30日10:30被告病院受診。歩行困難のため車いす使用。ぐったりとして意識も明瞭でなく、顔面蒼白、ろれつが回らず、医師の診察に対してうまく言葉を発することができなかった。血糖値580mg/dL、「脱水、糖尿病ケトアシドーシス、消化管通過障害疑い」と診断、「持続点滴、インスリン投与」を行う必要があり、2週間程度の入院と説明。家族が看護師に対し付添いを申し入れたが、完全看護であるからその必要はないといわれた。11:15左鎖骨下静脈にIVHを挿入して輸液を開始。約12時間で2,000mLの輸液を行う方針で看護師に指示。18:00当直医への申し送りなく担当医師は帰宅。このとき患者には意識障害がみられ、看護師に対し「今日で入院して3日目になるんですけど、管は取ってもらえませんか」などと要領を得ない発言あり。20:30ひっきりなしに水を欲しがり、呼吸促迫が出現。ナースコール頻回。17:20水分摂取時に嘔吐あり。22:45膀胱カテーテル自己抜去。看護師の制止にもかかわらず、IVHも外しかけてベッドのわきに座っていた。22:55IVH自己抜去。不穏状態のため当直医はIVHを再挿入できず。看護師から電話報告を受けた担当医師は、「仕方ないでしょう」と回答。翌日3月31日14:00頃に出勤してからIVHの再挿入を予定し、輸液再開を指示しないまま鎮静目的でハロペリドール(商品名:セレネース)を筋注。3月31日03:00肩で大きく息をし、口を開けたまま舌が奥に入ってしまうような状態で、大きないびきをかいていた。11:00呼吸困難、のどの渇きを訴えたが、意識障害のため自力で水分摂取不能。家族の要望で看護師が末梢血管を確保し、点滴が再開された(約12時間輸液なし)。14:20担当医師が出勤。再びIVHを挿入しようとしたところで呼吸停止、心停止。ただちに気管内挿管して心肺蘇生を行ったところ、5分ほどで心拍は再開した。しかし糖尿病性昏睡による意識障害が持続。15:30膀胱カテーテル留置。17:20家族から無尿を指摘され、フロセミド(同:ラシックス)を投与。その後6時間で尿量は175cc。さらに明け方までの6時間で尿量はわずか20ccであった。4月1日10:25救急車で別の総合病院へ搬送。糖尿病ケトアシドーシスによる糖尿病性昏睡と診断され、急激なアシドーシスや脱水の進行により急性腎不全を発症していた。4月4日19:44多臓器不全により死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張糖尿病ケトアシドーシスで脱水状態改善の生理食塩水投与は、14~20mL/kg/hr程度が妥当なので、130kgの体重では1,820~2,600mL/hrの点滴が必要だった。ところが、入院してから47時間の輸液量は、入院注射指示簿によれば合計わずか2,000mLで必要量を大幅に下回った。しかも途中でIVHを外してしまったので、輸液量はさらに少なかったことになる。IVHを自己抜去するような状況であったのに、輸液もせずセレネース®投与を指示した(セレネース®は昏睡状態の患者に禁忌)だけであった。また、家族から無尿を指摘されて利尿薬を用いたが、脱水症状が原因で尿が出なくなっているのに利尿薬を用いた。糖尿病を早期に発見して適切な治療を続ければ、糖尿病患者が健康で長生きできることは公知の事実である。被告病院が適切な治療を施していれば、死亡することはなかった。病院側(被告)の主張入院時の血液検査により糖尿病ケトアシドーシスと診断し、高血糖状態に対する処置としてインスリンを適宜投与した。ただし急激な血糖値の改善を行うと脳浮腫を起こす危険があるので、当面は血糖値300mg/dLを目標とし、消化管通過障害も考えて内視鏡の検査も視野に入れた慎重な診療を行っていた。原告らは脱水治療の初期段階で1,820~2,600mL/hrもの輸液をする必要があると主張するが、そのような大量輸液は不適切で、500~1,000mLを最初の1時間で、その後3~4時間は200~500mL/hrで輸液を行うのが通常である。患者の心機能を考慮すると、体重が平均人の2倍あるから2倍の速度で輸液を行うことができるというものではない。しかもIVHを患者が自己抜去したため適切な治療ができなくなり、当時は不穏状態でIVHの再挿入は不可能であった。このような状況下でIVH挿入をくり返せば、気胸などの合併症が生じる可能性がありかえって危険。セレネース®の筋注を指示したのは不穏状態の鎮静化を目的としたものであり適正である。そもそも入院時に、糖尿病の急性合併症である重度の糖尿病ケトアシドーシスによる昏睡状態であったから、短期の治療では改善できないほどの重篤、手遅れの状態であった。心停止の原因は、高度のアシドーシスに感染が加わり、敗血症性ショックないしエンドトキシンショック、さらには横紋筋融解症を来し、これにより多臓器不全を併発したためと推測される。裁判所の判断平成12年当時の医療水準として各種文献によれば、糖尿病ケトアシドーシスの患者に症状の大幅な改善が認められない限り、通常成人で1日当たり少なくとも5,000mL程度の輸液量が必要であった。ところが本件では、3月30日11:15のIVH挿入から転院した4月1日10:25までの47時間余りで、多くても総輸液量は4,420mLにすぎず、130kgもの肥満を呈していた患者にとって必要輸液量に満たなかった。したがって、輸液量が大幅に不足していたという点で担当医師の判断および処置に誤りがあった。被告らは治療当初に500~1,000mL/hrもの輸液を行うと急性心不全や肺水腫を起こす可能性もあり危険であると主張するが、その程度の輸液を行っても急性心不全や肺水腫を起こす可能性はほとんどないし、実際に治療初日の30日においても輸液を160mL/hr程度しか試みていないのであるから、急性心不全や肺水腫を起こす危険性を考慮に入れても、担当医師の試みた輸液量は明らかに少なかった。さらに看護師からIVHを自己抜去したという電話連絡を受けた時点で、意識障害がみられていて、その原因は糖尿病ケトアシドーシスによるものと判断していたにもかかわらず、「仕方ないでしょう」などといって当直医ないし看護師に対し輸液を再開するよう指示せず、そのまま放置したのは明らかな過失である。これに対し担当医師は、不穏状態の患者にIVH再挿入をくり返せば気胸が生じる可能性があり、かえって危険であったと主張するが、IVHの抜去後セレネース®によって鎮静されていることから、入眠しておとなしくなった時点でIVHを挿入することは可能であった。しかもそのまま放置すれば糖尿病性昏睡や急性腎不全、急性心不全により死亡する危険性があったことから、気胸が生じる可能性を考慮に入れても、IVHによる輸液再開を優先して行うべきであった。本件では入院時から腹痛、嘔気、嘔吐などがみられ、意識が明瞭でないなど、すでに糖尿病性昏睡への予兆が現れていた。一方で入院時の血液生化学検査は血糖値以外ほぼ正常であり、当初は腎機能にも問題はなく、いまだ糖尿病性昏睡の初期症状の段階にとどまっていた。ところが輸液が中断された後で意識レベルが悪化し、やがて呼吸停止、心停止状態となった。そして、転院時には、もはや糖尿病性昏睡の症状は治癒不可能な状態まで悪化し、死亡が避けられない状況にあった。担当医師の輸液に関する過失、とりわけIVHの抜去後看護師らに対しIVHの再挿入を指示せずに放置した過失と死亡との間には明らかな因果関係が認められる。原告側合計8,267万円の請求に対し、合計7,672万円の判決考察夜中に不穏状態となってIVHを自己抜去した患者に対し、どのような指示を出しますでしょうか。今回のケースでは、内科医にとってかなり厳しい判断が下されました。体重が130kgにも及ぶ超肥満男性が、糖尿病・脱水で入院してきて、苦労して鎖骨下静脈穿刺を行い、やっとの思いでIVHを挿入しました。とりあえず輸液の指示を出したところで、ひととおりの診断と治療方針決定は終了し、あとは治療への反応を期待してその日は帰宅しました。ところが当日深夜に看護師から電話があり、「本日入院の患者さんですが、IVHを自己抜去し、当直の先生にお願いしましたが、患者さんが暴れていて挿入できません。どうしましょうか」と連絡がありました。そのような時、深夜にもかかわらずすぐに病院に駆けつけ、鎮静薬を投与したうえで再度IVHを挿入するというような判断はできますでしょうか。このように自分から治療拒否するような患者を前にした場合、「仕方ないでしょう」と考える気持ちは十分に理解できます。こちらが誠意を尽くして血管確保を行い、そのままいけば無事回復するものが、「どうして命綱でもある大事なIVHを抜いてしまうのか!」と考えたくなるのも十分に理解できます。ところが本件では、糖尿病ケトアシドーシスの病態が担当医師の予想以上に悪化していて、結果的には不適切な治療となってしまいました。まず第一に、IVHを自己抜去したという異常行動自体が糖尿病性昏睡の始まりだったにもかかわらず、「せっかく入れたIVHなのに、本当にしょうがない患者だ」と考えて、輸液開始・IVH再挿入を翌日午後まで延期してしまったことが最大の問題点であったと思います。担当医師は翌日午前中にほかの用事があり、午後になるまで出勤できませんでした。そのような特別な事情があれば、とりあえずはIVHではなく末梢の血管を確保するよう当直スタッフに指示してIVH再挿入まで何とか輸液を維持するとか、場合によってはほかの医師に依頼して、早めにIVHを挿入しておくべきだったと考えられます。また、担当医師が不在時のバックアップ体制についても再考が必要でしょう。そして、第二に、そもそもの輸液オーダーが少なすぎ、糖尿病ケトアシドーシスの治療としては不十分であった点は、標準治療から外れているといわれても抗弁するのは難しくなります。「日本糖尿病学会編:糖尿病治療ガイド2000」によれば、糖尿病ケトアシドーシス(インスリン依存状態)の輸液として、「ただちに生理食塩水を1,000mL/hr(14~20mL/kg/hr)の速度で点滴静注を開始」と明記されているので、体重が130kgにも及ぶ肥満男性であった患者に対しては、1時間に500mLのボトルで少なくとも2本は投与すべきであったことになります。ところが本件では、当初の輸液オーダーが少なすぎ、3時間で500mLのボトル1本のペースでした。1時間に500mLの点滴を2本も投与するという輸液量は、かなりのハイペースとなりますので、一般的な感触では「ここまで多くしなくても良いのでは」という印象です。しかし、数々のエビデンスをもとに推奨されている治療ガイドラインで「ただちに生理食塩水を1,000mL/hr(14~20mL/kg/hr)の速度で点滴静注を開始」とされている以上、今回の少なすぎる輸液量では標準から大きく外れていることになります。本件では入院当初から糖尿病性ケトアシドーシス、脱水という診断がついていたのですから、「インスリンによる血糖値管理」と「多めの輸液」という治療方針を立てるのが医学的常識でしょう。しかし、経験的な感覚で治療を行っていると、今回の輸液のように、結果的には最近の知見から外れた治療となってしまう危険性が潜んでいるので注意が必要です。本件でも、ひととおりの処置が終了した後で、治療方針や点滴内容が正しかったのかどうか、成書を参照したり同僚に聞いてみるといった時間的余裕はあったと思われます。最近の傾向として、各種医療行為の結果が思わしくなく、患者本人または家族がその事実を受け入れられないと、ほとんどのケースで紛争へ発展するような印象があります。その場合には、医学書、論文、各種ガイドラインなどの記述をもとに、その時の医療行為が正しかったかどうか細かな検証が行われ、「医師の裁量範囲内」という考え方はなかなか採用されません。そのため、日頃から学会での話題や治療ガイドラインを確認して知識をアップデートしておくことが望まれます。糖尿病・代謝・内分泌

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