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コロナ禍が過ぎて、各地で診療所の新規開業が活発化こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、愛知県で一人暮らしをしている父親の様子を見に行ってきました。先月、洗濯物の取り込み中に転倒し、顔面を強打、血だらけになってしまったと電話で話していたので心配しての帰省です。久しぶりに会ってみると、「おまえ、喋り方が下手になった。聞きづらいのでもっときちんと喋れ!」と話す92歳の父親は、自分の耳のせいだとはまったく考えていないようです。顔だけではなく頭も打ったのかな、と思ったのですが、土曜昼間にテレビで放送されていた、広島・中日戦での中日ドラゴンズの戦いぶりを観て、「中田 翔はもう少し打点がほしい」、「マルティネスは時々打たれるが、防御率ゼロは大したもんだ」と意外と的確な評価をしていたので、頭はまだ大丈夫そうだ、とひと安心した次第です。さて今回は、いつもの事件や医療行政の話題から少し離れて、新規開業の最近の動きについて書いてみたいと思います。というのも、医療業界で働く知人から「コロナ禍が過ぎて、各地で新規の開業が活発化しているようだ」と聞いたからです。実際、コロナ禍が過ぎて、新規開業は再び増え始めているようです。各地で活発化している病院の再編統合や、医師の働き方改革を背景に、病院での実際の働き方にやたら制約ができて、“バイト”も気軽にできなくなっていることも、勤務医生活に見切りを付けるきっかけになっているのかもしれません。2022年医療施設調査では、無床診療所は1,101施設増最近の大まかな開業動向は、厚生労働省が発表している「令和4(2022)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」1)で確認できます。それによれば、2022年10月1日現在の一般診療所は10万5,182施設。うち無床診療所は 9万9,224 施設(一般診療所総数の94.3%)で、前年に比べて 1,101 施設増加しました。一方、有床診療所は5,958 施設(同5.7%)で、前年に比べ211 施設減少しました。この無床診療所1,101増という数字は、廃止・休止を差し引いた純増数です。同調査によれば新規開設は7,803施設でした。コロナ禍もあって前年2021年の9,503、2020年の8,250に比べると少ないですが、それでも年間8,000近い診療所の新規開業があり、その数は廃止・休止を上回っているのです。開業当初からMRIなど高額な医療機器を導入するところもこうした新規開業、最近の一つの傾向として言われているのは、「診療所の大型化・重装備化」、「複数医師による開業」です。以上の2点を背景に「開業費の増大」も指摘されています。昨年末、ある開業コンサルタントの話を聞く機会があったのですが、たとえば整形外科診療所では、開業当初からMRIなど高額な医療機器を導入するところが少なくないそうです。複数医師による開業は在宅専門診療所によくみられる傾向ですが、在宅医療ではない診療分野でも、最初から複数医師の共同開業や複数医師による診療体制を整えるところが増えているようです。国のかかりつけ医の議論の中で、かかりつけ医の体制は単独で構築するだけではなく、複数で一人の患者をフォローしていく体制も今後は望ましいと言及されたことも影響しているのかもしれません。一方、開業費は増大の一途です。大型化・重装備化で必然的に必要資金が増えることに加え、建築資材の高騰や、都市部での不動産マーケットの好況を背景に賃料が値上がりしていることなどもその要因です。戸建て開業では億単位の資金が必要になるケースは少なくないですし、大都市のテナント開業でも、そこそこの医療機器を揃えれば、億に近い資金が必要になってきます。そうした多額の開業資金を金融機関から借り入れる場合、相応の返済期間が必要になってきます。50代、60代になってからの新規開業は厳しく、勢い30代、40代という比較的若年での開業が増えていくことになります。開業の成否は二の次に、大規模・重装備、複数医師開業を提案するコンサルタントもただ、これから開業を考える医師が注意しなければならないのは、こうしたトレンドは、先程も書いたように金融機関や開業コンサルタント側の事情も多分に関係している、という点です。とくに地方では、企業や事業者数そのものが限られており、有望かつ融資金額が大きい案件はそんなにありません。というわけで、地方銀行や信用金庫にとって病院や診療所などの医療機関は願ってもない上顧客ということになります。融資金額を最大限に増やしたい金融機関や、コンサルタント料に加え診療所の管理業務を受託したい、関連企業で門前薬局を経営したい、と考える開業コンサルタントの中には、開業の成否は二の次に、大規模・重装備の診療所で、複数医師による病院並みの外来運営を企画・提案するところもあると聞きます。「医療機関が潰れたら、金融機関側も困るのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、債務を負うのは医師です。仮に経営が破綻し診療所を畳むことになったとしても、金融機関側は「僻地の診療所などで10年も働いてもらえば億のお金でも返済してもらえる」と考えます。さらに、複数医師開業で債務者が複数いれば、返済期間も短くなります。そういった意味でも金融機関にとって医師は願ってもない上顧客なのです。最初、患者として勤務医に近づく開業コンサルタントもそうした状況下、開業志望の医師の相談や悩みに親身になって対応してくれる金融機関やコンサルタントがいる一方で、医師を単なる“カモ”としか見ない悪いやつもいます。結果、経営に疎い医師が騙される、という事態も発生します。「第176回 虫垂がんを宣告されたある医師の決断(後編) 田舎の親の病医院を継ぎたくない勤務医にも参考になる『中小病院が生き残るための20箇条』」で紹介した『続“虎”の病院経営日記 コバンザメ医療経営を超えて』(東謙二著、日経メディカル開発)の中には典型的なエピソードが紹介されています。同書の「中小病院が生き残るための20箇条」の章の20箇条目、「医師は世間知らず、開業で騙されないために」の項では、「熊本界隈でも新規開業したばかりの診療所の閉院が増えている」として、40代の公的病院勤務医の開業失敗話が紹介されています。最初、患者として勤務医が働く病院の外来にやってきた男が、親密になると「開業コンサルタントである」と打ち明けます。その後、地方銀行員と組んで言葉巧みかつ強引に勤務医を新規開業に導いていく展開は、モダンホラーさながらです。コンサルタントの“悪魔の囁き”、「先生なら開業すれば患者さんがたくさん集まるでしょうね」この本には、「先生なら開業すれば患者さんがたくさん集まるでしょうね」、「開業資金のことなら心配要りません」、「開業までのことはすべてお任せください」といったコンサルタントの“悪魔の囁き”の例もいくつか紹介されています。この勤務医は結局、「開業後、自腹を切りながら経営を続けたものの、結局は多額の借金を背負い閉院した」とのことです。なお、東氏は「医師をはじめ、医療従事者はほとんどが『性善説』の中で仕事をしているが、世の中には『性悪説』を基本に対処していかないとすぐに騙されてしまう世界もあるのである」と書くとともに、「だから開業するな、と言っているわけではない。自分の所有する土地があり、運転資金も十分にあるならば多くのリスクは回避できる。しかし、土地から購入して、全てが一から開業となれば、自分はかなりギャンブル性の高い勝負に出るのだと理解してほしい。もちろん全ての業者が悪徳ではないし、親身になってくれる経営コンサルタント会社や銀行もあるだろう」と結んでいます。収益が出ないと不正請求すれすれの無理な診療に手を染めるところも少し話が脱線してしまいました。診療所の大型化・重装備化、複数医師開業の話に戻りましょう。大型化・重装備化は開業費がかかり、複数医師開業は医師の人件費が倍になります。収入は増えますが、支出も当然増えます。患者数をこなしてもこなしても収益がなかなか出ないとなると、不正請求すれすれの無理な診療に手を染めるところも出てきます。私が昨年秋にかかった都内の整形外科はまさにそんな診療所でした(この項続く)。参考1)令和4(2022)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況/厚生労働省