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患者情報から治療期間を評価して、漫然投与薬の中止を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第54回

 今回は、長期服用薬の治療期間を疑問に思い、患者情報を収集し直して漫然投与となりがちな薬剤の必要性を再考した症例を紹介します。副作用などの問題がなくても、治療の適応があるのかどうかを定期的に考える機会は必要です。急性疾患で処方された薬剤がいつまで必要なのか、慢性疾患であれば処方時点と現在で治療内容が妥当であるのか否かを、薬剤師の視点で評価しましょう。患者情報85歳、女性(施設入居)基礎疾患アルツハイマー型認知症介護度要介護2服薬管理施設職員が管理処方内容1.カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム錠30mg 3錠 分3 毎食後2.トラネキサム酸錠250mg 3錠 分3 毎食後3.五苓散エキス顆粒 3包 分3 毎食後4.クエン酸第一鉄ナトリウム錠50mg 3錠 分3 毎食後本症例のポイントこの患者さんは半年前の施設入居時から上記の処方薬を服用していました。処方監査を実施していた薬剤師が、採血結果もなく、病歴も認知症のみなのになぜ止血剤および鉄剤を飲んでいるのか不明であったため、基礎疾患や治療経過を収集する治療計画(Care plan)を立案しました。当然、出血既往があると予測はつきますし、そのための貧血治療と考えるのが妥当ですが、いつ・どこの・どの程度の出血なのか明確でないことに違和感がありました。担当薬剤師へ情報を引き継ぎ、担当薬剤師が施設訪問時に看護師と入居前に入院していた病院の看護サマリーと診療情報提供書を確認しました。すると、繰り返す転倒から慢性硬膜下血腫が生じ、1年前に穿頭血腫ドレナージ術を施行していたことがわかりました。術後の再出血予防および血腫サイズの縮小などを目的に現行の治療薬が処方され、クエン酸第一鉄もそのときの採血結果をもとに追加されていました。そこで現在の主治医が外科医であることから現行薬の必要性を相談することにしました。医師への相談と経過主治医に電話で、長期的に現行薬を服用していて服薬アドヒアランスは維持されていることを伝えたうえで、病歴の聴取、今後の脳外科受診などの予定について確認しました。また、今後の治療方針も確認しました。主治医は病歴を把握していたものの、現行薬を今後どうするかについては保留中だったそうで、前回の術後頭部CT画像の確認から現行薬の必要性はないだろうという返答がありました。また、貧血治療も採血予定(Hb、フェリチン、TIBC、MCVなど)を組んだので、そこで鉄剤の中止を検討するとのことでした。最後に医師より、長期服用薬の評価は緊急性がなければ後回しになってしまうことが多いので、こういうアシストはとても助かるとお礼がありました。患者さんは現在も施設で転倒もなく、出血イベントも起きずに生活しています。鉄剤もその後の採血結果で異常所見はなく、治療は終了となりました。薬が終了したことで本人の服薬負担も看護師の与薬負担も減らすことができました。このように、病歴確認と見直しを行い、漫然投与となりがちな薬剤について今一度治療の適応があるのかどうか考える機会は必要です。治療継続の必要可否について確認する薬剤師のアプローチも多剤併用を予防するポジティブアクションに繋がると実感しました。

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脳卒中後の回復の鍵は運動

 脳卒中後の回復には、運動が重要である可能性を示すデータが報告された。脳卒中発症後の6カ月間に運動量を増やして継続していた患者は、そうでない患者よりも機能的転帰が良好だったという。ヨーテボリ大学(スウェーデン)のDongni Buvarp氏らの研究によるもので、詳細は「JAMA Network Open」に5月1日掲載された。同氏は、「脳卒中の重症度にかかわりなく、運動量を増やすことでメリットを得ることができる」と話している。 この研究は、2014年10月~2019年6月に、スウェーデンの35の医療機関が参加して実施された、抗うつ薬の有効性を検証した臨床研究のデータを用いて行われた。研究参加者は脳卒中発症後2~15日に登録された18歳以上の患者1,367人〔年齢中央値72歳(四分位範囲65~79)、男性62%〕。主要評価項目は、運動量の経時的な変化であり、副次的に6カ月後の機能回復の程度(mRSスコア)が評価された。 6カ月の追跡期間中に身体活動量が増加していた群720人(53%)と、減少していた群647人(47%)に二分し、交絡因子を調整後に比較すると、脳卒中の重症度(NIHSSスコア)は、脳卒中後の運動量の増減と有意な関連がなかった。その一方、男性であることと認知機能が正常であることが、運動量が増加することと有意に関連していた。また、脳卒中後の運動量の増加は、6カ月後の機能的転帰が良好なこと(mRSスコアが2点以下)と、有意に関連していた〔調整オッズ比2.54(99%信頼区間1.72~3.75)〕。 Buvarp氏によると、脳卒中後の治療には、少なくとも週に4時間の軽い運動が理想的だという。運動の種類としては、散歩やガーデニング、釣り、卓球、ボーリング、自転車などが良いとのことだ。「身体活動は脳と体の双方の能力を高め、脳卒中後の回復を助ける。さらに、アクティブなライフスタイルは脳卒中患者の可動性を高め、転倒、うつ病、心臓病のリスクを軽減する」と話している。 この報告に関連して、米ロングアイランド・ジューイッシュ・フォレストヒルズ病院のRohan Arora氏は、「運動は脳卒中後の回復に不可欠である。運動中には脳の正常な部分が働いて、脳卒中でダメージを負った部位の代わりを果たそうとする。つまり運動は、脳卒中後の脳を再プログラムするように働く」と解説する。 しかし同氏によると、脳卒中後には運動しようという意欲そのものを失っている患者も存在するとのことだ。そして、「そのような患者に対して活動的になるように促すのも、医師の仕事の一部だ」と話す。そのような働きかけの結果、運動を始めると、「脳内で心地良いという情報を伝える物質が増加し、それによってモチベーションが高まり、回復へとつながっていく」のだという。ただ、Arora氏は、「運動は脳卒中後の患者の回復を促し、脳卒中の再発リスクを下げるための一つの手段に過ぎない。禁煙と標準体重の維持、健康的な食事も重要だ」と付け加えている。

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軽症頭部外傷【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第3回

今回は軽症頭部外傷の治療についてです。軽症頭部外傷で悩むことが多いのが、「頭部CTを撮るべきかどうか」ではないでしょうか? しかし、救急の教科書にはどういった場合に頭部CTを撮影することが推奨されるかという記載は充実していますが、CTがない施設や患者が撮りに行けない場合の対応に関する記載はあまりありません。今回は、私が在宅や診療所で困ったケースの対応を紹介します。まず、軽症頭部外傷は「Minimum head injury」と「Minor head injury」の2つに分かれます。この2つを表現する適切な日本語は難しいですが、Minimum head injuryは受傷機転(外傷を負った原因・経緯)が失神でなく、受傷後の意識障害を伴わないものを指します。Minor head injuryは受診時のグラスゴー・コーマ・スケール(Glasgow Coma Scale:GCS)が13~15点で、(1)受傷機転が失神、(2)健忘を伴う、(3)意識障害を伴う、のいずれかを満たすものを指します。軽症頭部外傷でCTを撮影するかどうかの判断でよく使われるのが、カナダ頭部CTルール(Canadian CT Head Rule:CCHR)です1,2)。カナダ頭部CTルール画像を拡大するカナダ頭部CTルールを使うときに、よく若手医師は65歳以上の軽症頭部外傷患者全員のCTを撮ろうとします(私もそうでした…)。しかし、カナダ頭部CTルールの選択基準はMinor head injuryであり、Minimum head injuryではありません。Minor head injuryでカナダ頭部CTルールを1つでも満たす場合はCT撮影を考慮します。こう考えるとCT撮影がやや減るのではないでしょうか。しかし、認知症がある高齢者ではそもそも受傷時のことを覚えていない場合もあり、MinorかMinimumかを鑑別することは困難です。カナダ頭部CTルールは「医学的介入(受傷7日以内に頭蓋内疾患による死亡、もしくは受傷7日以内に、開頭手術、頭蓋整復術、頭蓋内圧モニタリング)が必要な頭蓋内損傷」の否定を目的としているため、神経学的介入の必要がない脳出血は除外できないという問題もあります。また、高齢者は慢性硬膜下血腫のリスクがあり、たとえきちんと説明していたとしてもトラブルになることがあります。「軽く頭をぶつけただけなのでCTを撮影しなかった。2ヵ月後に慢性硬膜下血腫となり、家族になぜ前回の受診時にCTを撮らなかったのか文句を言われている」という経験を数例聞いたことがあります。頭部外傷で救急外来に来る患者の多くは、不安を解消するために来院します。被爆のことを考えるとなるべく撮りたくない気持ちもありますが、CTが普及している日本ではそこまでCTを回避する必要はないのかもしれません。ちなみに、CTを撮影しても頭蓋内に異常がないことがほとんどであり、帰宅後の注意点を説明して帰宅とします。CTを撮っても撮らなくてもマネジメントは同じとなることが多いです。では、すぐにCTを撮ることができない場合はどうでしょうか?<症例1>80歳、男性、施設入居中既往症:パーキンソン病、認知症訪問診療で訪れたところ、患者の右眼がパンパンに腫れあがっていて目が開けらない状態であった。話を聞くと、前日の夜に車椅子から落ちて顔面を受傷したが、すぐに反応があり、ぶつけたところを痛がるのみで異常がないため経過観察となっていた。朝には右目が腫れていたが、患者からとくに訴えはない。バイタル:Stable GCS E4V4M6(受傷前と同等)右目を何とか開いてみたところ、眼球運動に障害なし。視力も問題なし、その他の神経所見も異常なし。患者が病院に受診するには家族に来てもらわなければならないが、息子は「症状がないなら様子をみてほしい」とのこと。皆さんはこの患者さんにどう対応しますか? きっと答えはないと思います。この患者さんには認知症があり、そもそも受傷時の出来事を覚えていません。そのためOver triageして受傷時に健忘があったとみなしてカナダ頭部CTルールに組み込みました。受傷後のGCSは15点未満ですが、これは受傷前と変化がないため項目として採用しませんでしたが、「パンダの眼サイン」と「65歳以上」が当てはまり、頭部CTの考慮対象となります。とくにパンダの目徴候が出ているため、頭蓋内出血に加えて顔面骨骨折を伴っている可能性が高いです。顔面骨骨折で忘れてはいけないのが吹き抜け骨折で、外眼筋が陥頓してしまい眼球運動障害が生じます。幸い、視力障害や眼球運動障害はなかったため、やや緊急度は落ちると考えました。ちなみに、もしこの患者さんに受傷時の記憶があり、Minimum head injuryと判断してカナダ頭部CTルールに組み込まなくても、パンダの眼サインがある時点で私はCTを撮っていたでしょう。総合的に考えて、救急車を呼ぶほどの緊急性はないものの、なるべく早い受診が必要と判断しました。そこで、息子さんに電話で説明して明日の午前中に来てもらうことになり、施設職員には何か変化があればすぐに連絡するように伝えました。翌日、近くの脳神経外科を受診したところ、頭蓋内は問題なく、眼科内側壁に骨折がありましたが保存的加療となりました。2週間後の診察では若干腫れが引いていて、とくに問題なく生活することができていました。次にこの患者さんはどうでしょうか?<症例2>72歳、女性、夫と自宅で2人暮らし既往歴:認知症患者が認知症の夫の面倒をみていたが、次第に患者本人も認知症が進み、通院が困難となったため2人とも訪問診療を受けている。診察当日の朝5時ごろ、トイレに行こうと畳の上の布団から立ち上がった際に転倒。頭を机の角にぶつけて出血し、ティッシュペーパーで圧迫して止血した。日中にケアマネジャーが血まみれの患者を見つけ、緊急往診を依頼した。患者は夫を置いて病院に行くことができないので受診したくないと言っている。バイタル:Stable GCS E4V5M6後頭部に1cmくらいの挫創があるが止血済み。瞳孔は3mm 3mm ++、神経所見に異常なし。受傷機転もしっかりと覚えていて、ぶつけた先が机の角であったため出血していますが、強いエネルギーは加わっていないと考えられます。よってMinimum head injuryとなります。この場合明確にCTを撮る・撮らないという臨床予測ツールはありませんので、患者の状況とリスクを兼ね合い判断します。今回は、頭蓋内出血のリスクは低いと考え、本人も病院受診をしたくないことを加味して経過観察の方針としました。頭部の挫創は本人が注射嫌いとのことで毛髪縫合を施行しました3)。髪質によっては、合成皮膚表面接着剤(ダーマボンドなど)で縫合部を固めますが、往診セットになく、患者の髪で比較的強固に縫合できたのでその日はそのまま縫合し、髪は洗わずに翌日以降の洗浄を指示しました。1週間後に診察したところ創部はきれいで、毛髪縫合もほどけていなかったので、伸びてきた髪の根元を切りました。今回はCTを撮影することが困難な環境での軽症頭部外傷の治療を紹介しました。日本の人口当たりのCT台数は世界一であり、私はCTがない総合病院で働いたことはありません。被爆のことを考えるとなるべく撮りたくない一方で、その手軽さからCTを撮ることに年々悩まなくなっているところもあります。しかし、CTがない施設や患者が撮りに行けない場合も多々あります。「これが正しい」というものはないかもしれませんが、ご参考までに。1)Stiell IG,et al. Lancet. 2001;357:1391-1396.2)Smits M, et al. JAMA. 2005;294:1519-1525.3)Hock MOE, et al. Ann Emerg Med. 2002;40:19-26.

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経口difelikefalin、CKD患者のかゆみの軽減に有望

 そう痒症は、後期慢性腎臓病(CKD)患者において多く認められるが、中等度~重度のそう痒症を伴うCKD(ステージ3~5)患者において、経口の選択的κオピオイド受容体作動薬difelikefalin(本邦では静脈注射用製剤が申請中)が、そう痒を大幅に軽減し、その状態を維持することが示された。米国・University of Miami Miller School of MedicineのGil Yosipovitch氏らが、第II相二重盲検無作為化プラセボ対照用量設定試験の結果を報告した。Journal of the American Academy of Dermatology誌オンライン版2023年4月12日号掲載の報告。 研究グループは、非透析CKD患者と透析治療を受けるCKD患者のかゆみの軽減について、経口difelikefalinの有効性と安全性を評価した。 本試験の対象は、中等度~重度のそう痒症を伴うCKD(ステージ3~5)の非透析患者および透析治療を受ける患者であった。対象患者を経口difelikefalin(0.25mg、0.5mg、1.0mg)各用量群またはプラセボ群へ無作為に均等に割り付け、1日1回12週間投与した。 主要エンドポイントは、12週時の週平均Worst Itch Numeric Rating Scale(WI-NRS)スコアの変化であった。 主な結果は以下のとおり。・269例が無作為化され、ベースライン時のWI-NRSスコア(平均値±標準偏差)は7.1±1.2であった。・経口difelikefalin 1.0mg群はプラセボ群と比較して、2週時から週平均WI-NRSスコアが有意に減少し(p<0.05)、12週時においても有意に減少していた(最小二乗平均差:-1.1、p=0.018)。経口difelikefalin 0.25mg群および0.5mg群においても、週平均WI-NRSスコアの数値的な減少が観察された。・12週時において、経口difelikefalin 1.0mg群では38.6%が完全奏効(WI-NRSスコア0~1)を達成した。一方、プラセボ群の達成率は14.4%であった。・経口difelikefalin 1.0mg群はプラセボ群と比較して、そう痒に関するQOL尺度のベースラインからの変化が、20%程度数値的に改善した。・治療下で発現した有害事象のうち、最も多くみられた事象は、めまい、転倒、便秘、下痢、胃食道逆流性疾患、疲労、高カリウム血症、高血圧、尿路感染であった。

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「話しながら歩く」が難しいのは忍び寄る認知症のサイン?

 中年期でも歩きながら会話をしたり考え事をしたりといったことが難しくなっている場合、それは認知症が忍び寄っていることのサインかもしれない。二重課題(デュアルタスク)下で歩行する能力の低下は、65歳以上の高齢者での認知機能の低下や転倒と関連付けられているが、この能力は、実際には50代の半ばから低下し始めることが新たな研究で明らかにされた。米Hinda and Arthur Marcus Institute for Aging ResearchのJunhong Zhou氏らによるこの研究の詳細は、「The Lancet Healthy Longevity」3月号に掲載された。 Zhou氏らの研究は、バルセロナ脳健康イニシアチブ(Barcelona Brain Health Initiative;BBHI)の参加者のうち、本試験での解析時に歩行と認知機能の評価を完了した640人(男性53.4%、年齢42〜64歳)のデータを2次解析したもの。歩行の評価は、任意のスピードで静かに45秒間歩くテストと、ランダムに選ばれた3桁の数字から3を引いた数字を答えてもらう課題をこなしながら45秒間任意のスピードで歩く(二重課題下の歩行)テストの2種類を実施。これらのテストで重複歩時間(踵接地から同側の足の踵が再び接地するまでの時間)と重複歩時間変動性を測定し、二重課題コスト(DTC;通常の歩行から二重課題下での歩行への移行により増加した歩行アウトカムの率)を算出した。また認知機能については、神経心理学的テストにより、包括的認知機能スコアと処理速度や作業記憶などの5つの領域の複合スコアを算出した。 その結果、通常の歩行テストにおいては、対象者の年齢に関係なくほぼ一定の結果が得られた。しかし、二重課題下での歩行テストでは、54歳を境に年齢が上がるにつれ、重複歩時間および重複歩時間変動性のDTCが増加していた。また、54歳以降の人では、包括的認知機能の低下は重複歩時間および重複歩時間変動性のDTCの増加と関連していた。 こうした結果を受けてZhou氏は、「比較的健康な本研究の対象者においてでさえ、引き算をしながらの歩行となると、60代半ばの人で現れ始めるような重要な変化が、かすかではあるが認められた」と述べる。また研究グループは、「この結果から、認知機能のスクリーニング検査の実施時期を早めるべきだとする意見が出てくる可能性がある」と述べている。 Zhou氏は、「二重課題下での歩行能力は脳の健康の指標となる可能性がある。認知機能をターゲットにした介入を行うことで、二重課題下での歩行能力の維持や向上がもたらされ、後年の認知症の発症リスクを低減できるかもしれない」と示唆している。 米アルツハイマー協会のClaire Sexton氏は「加齢に伴い生じる記憶力や反応速度などの認知機能の変化に気付くのは普通のことだが、二重課題下でのパフォーマンスが低下し始める年齢については、これまで特定されていなかった」と話す。そして、「認知機能を維持するために二重課題訓練を行うことで得られる潜在的なベネフィットについては、目下、研究が活発に進められている。この研究結果は、そうした研究において焦点を当てるべき年齢枠を特定するのに役立つだろう」と述べている。

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高齢男性の転倒時の頭蓋骨骨折リスクは女性より高い傾向

 高齢者の転倒リスクは男性より女性の方が高いものの、転倒時に頭蓋骨骨折が発生するリスクは男性の方が高い傾向のあることを示すデータが報告された。この傾向は人種/民族にかかわらず認められ、白人では性別によるリスク差が有意だという。米フロリダ・アトランティック大学のScott Alter氏らの研究によるもので、詳細は「The American Journal of Emergency Medicine」3月号に掲載された。 米国では、転倒により救急医療を受ける高齢者が毎年300万人以上に上る。論文の筆頭著者であるAlter氏は、「人口の高齢化とともに、活動的なライフスタイルを続けている高齢者が増えており、それに伴い高齢者の転倒による頭部外傷や頭蓋骨骨折も増加していることが懸念される」と語っている。 2016年の米国の外傷登録制度データベース(National Trauma Database)の年次報告書によると、頭部外傷を来した転倒の58%は女性に発生していた。Alter氏らは、高齢女性に多い転倒による頭部外傷が、頭蓋骨骨折のリスクも押し上げている可能性を想定し、頭蓋骨骨折に至る転倒リスクの性別による差を、前向きコホート研究により検討した。 この研究は、外傷に対する総合的な治療行うレベルIの外傷センター2施設の患者データを用いて実施された。頭部CT画像検査により鈍的頭部外傷の認められた65歳以上の高齢者を解析対象としている。頭部CT画像検査が施行されていない患者を除外後、1年間にわたる連続5,402症例のうち、3,010人(56%)が女性、2,392人(44%)が男性で、白人が90%を占めていた。平均年齢は女性が82.8±8.7歳、男性は81.1±8.7歳であり、有意差はなかった。頭部外傷の発生原因は転倒が最多で4,612人(85%)を占め、性別では女性が2,646人(88%)、男性は1,966人(82%)だった。 頭蓋骨骨折は199人(3.7%)に確認された。性別で比較すると、男性の頭蓋骨骨折の発生率は4.6%、女性は3.0%であり、男性の方が有意に高かった〔オッズ比1.5(95%信頼区間1.2~2.1)、P=0.002〕。この傾向は人種/民族にかかわらず認められたが、白人以外での性差は有意水準未満だった。 この研究より以前に行われた研究の中には、高齢の女性は男性よりも顔面の骨折が多いとする報告があった。そのため今回の結果について研究者らは「予想外だ」と述べている。 Alter氏は、「転倒は頭部外傷とそれに続く頭蓋骨骨折の最大の原因であるため、高齢者の転倒を防ぐための介入が重要と言える」と述べている。その介入法については、「転倒により救急部門を受診した患者に対しては、再発防止対策を徹底することであり、それによって将来の死亡や障害のリスクの抑制につながる。またプライマリケアや介護施設では、患者や居住者に対する転倒防止対策の教育が必要」と語っている。

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軽度熱傷【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第1回

はじめまして!聖マリアンナ医科大学病院 救急医学の沼田と申します。主に救急科で勤務しながら、総合診療医、小児救急、集中治療を勉強してきました。最近は緩和ケアを勉強しています。オフ・ザ・ジョブトレーニングでは、外科系救急初期診療を学ぶ「T&Aマイナーエマージェンシーコース」のコアメンバーとして活動しています。このコラムでは、かかりつけ医が診る機会の多い軽症救急疾患の治療を、救急医の視点でわかりやすく解説していきます。初回は熱傷の中でもI、II度の軽度熱傷の治療についてです。熱傷にはさまざまな原因がありますよね。天ぷらを揚げていた、子供が電気ケトルを倒した、カセットコンロが爆発した…など。熱傷の加療の方向性はほぼ同一ですが、医師によって使用する薬剤や被覆材にはばらつきがあると感じています。大まかな治療に関してはAmerican family physicianの「Outpatient burns: prevention and care」と日本熱傷学会の「熱傷診療ガイドライン(改訂第3版)」を基に、私の経験も交えながらポイントを解説します1,2)。22歳男性。夜間にカップラーメンを食べようとして、カップに熱湯を入れて移動した際に転倒し、熱湯が両腕にかかり受診。既往歴なし、内服歴なし、アレルギー歴なし、バイタル特記事項なし。右前腕に5cm程度の発赤、左前腕に3cm程度の発赤と水疱が2ヵ所ある。水疱の1つは1cm程度、もう1つは3cm程度で破れている。これは、私が近くに皮膚科がない地方の内科外来で働いていたときに経験した症例です。熱傷の治療は、ステップを踏んで診察をしていくことが重要ですので、今回はこの症例を基にどういう判断や対応を行ったかお話しします。1. すぐに入院が必要かどうかの判断(1)受傷部位私の専門が救急であり、火災などによる熱傷に遭遇することもありますが、その場合に最も警戒するのは気道熱傷です。火災が関連している熱傷では、顔面熱傷がないかどうかを確認し、気道熱傷がある場合は人工呼吸管理を行うため入院が必要です。今回の症例は、両腕に熱湯がかかったことによる熱傷ですので気道熱傷はありません。(2)熱傷面積熱傷の面積によっては病院や熱傷センターなどへの搬送が必要になりますので、熱傷の範囲を把握します。よく使われるのが「9の法則」です。頭部、右上肢、左上肢をそれぞれ9%、体幹部の前面、後面をそれぞれ18%、右下肢、左下肢をそれぞれ18%、陰部を1%として熱傷面積を推定します。画像を拡大するまた、熱傷面積が小さく、散在しているときは「手掌法」を用います。これは、手のひらの大きさを体表面積の1%と換算して熱傷面積を推定します。患者の入院の必要性を判断するにあたっては、「Artzの基準」がよく用いられます。II度熱傷の面積が15~30%、III度熱傷の面積が2~10%で一般病院での入院加療が必要とされています。逆に言えば、この面積以下であれば外来通院でよいでしょう。今回の症例の熱傷範囲は1~2%程度ですので、外来通院としました。2. 後日専門医への相談が必要かどうかの判断(1)受傷部位受傷部位で専門的な加療が必要かどうか変わってきます。顔面、手指、肛門、陰部の熱傷や、大関節(肩、膝、股関節)を超える熱傷は、美容や機能予後に影響を与えるので、可能であればなるべく早く専門医に診察してもらいましょう。(2)深達度熱傷には、I度、II度、III度があります。I度は発赤のみ、II度(浅達)は水疱を形成して水疱底の真皮が赤色、II度(深達)は水疱を形成して水疱底の真皮が白色、III度は白色皮革様もしくは褐色皮革様で感覚が消失します。III度熱傷は、適切に治療したとしても拘縮して植皮が必要になる可能性が高いため、専門医に紹介するべきです。II度の浅達か深達かの判別は専門医でなくては困難ですが、治療もとくに変わらないので必ずしも判別する必要性はないと考えます。この患者は、右前腕は発赤のみでI度、左前腕は水疱を形成していてII度熱傷となります。3. 治療(1)冷水での洗浄ここからは、症例のような軽症熱傷を通院加療する流れを記載します。どこで受傷したとしてもまず推奨されるのが冷水での洗浄です。実は強いエビデンスはないと言われていますが、熱傷を負った人の治療で「水で洗う vs.水で洗わない」の検証は倫理的に問題があり行えないため、実際の効果を検証することは困難です。どこでも、すぐに、安価にできるので、受傷後なるべく早く10分程度洗ってもらいましょう。ただし、20分以上の冷水での洗浄や氷水の使用は組織障害や低体温を起こすことがあるため控えます。●右腕(I度)右腕のI度熱傷の治療は、基本的には適切な鎮痛薬の内服のみで完了します。しかし、熱傷は時間とともに進行することがあり、今日はI度であったとしても翌日には水疱を形成してII度に進行していることはしばしば経験するので、進行する可能性があることをしっかりと説明しましょう。進行した場合はII度として治療を行います。●左腕(II度)II 度熱傷の場合は、まずは水疱が保たれているかどうかを確認しましょう。水疱内は清潔ですので、破れていなければ基本的には保存的に加療します。American Family physicianでは水疱のサイズが6mmを超える場合は破膜するよう指導されていますが、私は2~3cmでも保存的に加療しています。重要なのは、患者自身が水疱を保護できるかどうかで、難しいようであれば破膜します。保存的に加療する場合は、ガーゼをかぶせて保護し、もし破れてしまった場合は受診するよう指導します。この症例では、3cmの大きいほうの水疱が破れていました。水疱が破けている場合や、水疱を破膜した場合の治療はどうでしょうか? 私はまずリドカイン塩酸塩ゼリー(商品名:キシロカインゼリー)を塗布してから創部を洗浄しています。その後、破れた水疱の膜を残しておくと感染のリスクがあるため除去します。なお、アルコールやポビドンヨード液などによる消毒は組織障害が生じるため、参考文献2つはいずれも推奨していません。私も創部がよほど汚染されていない限り使用はしません。(2)創部の被覆被覆材にはさまざまなものがあります。メディカルオンラインで「創傷・熱傷被覆材(ドレッシング材)」と検索すると、サイズや用途はさまざまですが130個ほど出てきます。これらの有意性に関する報告は限られていますが、元々熱傷にはスルファジアジン銀が使用されており、それに対する非劣性や有意性を示した論文はあるため、どれを選択しても大きくは変わらないと考えます。その中で、私は基本的には白色ワセリン+ガーゼを使用しています。理由はどこの施設でも置いていて、安価で簡便だからです。患者には、ワセリンをたっぷりと塗って、最低1日1回交換するよう指導して帰宅とします。私がインストラクターとして参加しているT&Aマイナーエマージェンシーコースでは、ガーゼ1枚の範囲を覆う場合、約20gの白色ワセリンの使用を推奨しています。画像のとおり「ぷにゅっとする」くらい厚塗りします。画像を拡大する熱傷の範囲に合わせて調節しますが、熱傷の初期は浸出液が多く、頻回にガーゼ交換が必要ですので、私は患者に白色ワセリンを最低100g渡しています。以前、とある外来で、軟膏がすぐになくなったのでガーゼのみを張って、乾燥して創部に引っ付いてしまった患者がいて、剥ぐのに苦労したことがありました。必ず「軟膏なしでガーゼのみを張るのは控えましょう」と伝えてください。ちなみに、白色ワセリンはドラッグストアでも販売しているので、必ずしも病院を受診して受け取る必要はありません。(4)ステロイド軟膏ステロイド軟膏は、有用性を示すエビデンスに乏しく、安易に使用するべきではないという意見がある一方で、局所の炎症兆候に対して推奨する意見もあるのが現状です。American Family physicianでは使用を推奨せず、本邦の熱傷診療ガイドラインでは「専門医が抗炎症効果を期待して使用する際は、ステロイドの副作用に十分注意しながら、受傷早期(2日間程度)に使用することが望ましい」とされているので、非専門医である私は原則使用しません。(5)外来フォロー推奨された通院間隔はなく、あくまで私のプラクティスを紹介させていただきます。I度熱傷であれば通院の必要はなく、鎮痛薬の処方で終診です。しかし、II度へ移行した場合は再診するよう指導しています。II度熱傷は状況により通院間隔が異なります。その見極めは自力で被覆交換ができるかどうかです。自力で被覆交換が可能であれば、患者の症状に合わせて3~7日程度のサイクルで通院してもらいます。自力での被覆交換が難しい場合は1~3日ごとに通院してもらいます。被覆終了のタイミングは、「ガーゼに浸出液が付かなくなったとき」と伝えています。フォロー中に患者からよく訴えられる症状は、疼痛と掻痒感です。疼痛は初期から生じますので、私は初めからNSAIDsかアセトアミノフェンで対応しています。ただし、数日経って急激に痛みが増悪する、創部に熱感が生じる場合は感染した可能性があるため受診するよう指導します。かゆみが出た場合は抗ヒスタミン薬の有効性が示されているため処方します。今回は、軽度熱傷の症例を例に挙げながら、どういう判断や対応を行ったかお話ししました。軽度熱傷はかかりつけ医が診る機会がありますが、美容や機能予後に影響を与えることも多々あるので、重症度や受傷部位によっては専門医へ相談しましょう。これから定期的に非専門医向けの軽症救急処置のコラムを連載いたします。可能な限り根拠に基づきながら、自身の経験を織り交ぜていこうと思いますのでどうぞよろしくお願いします!1)Lanham JS, et al. Am Fam Physician. 2020;101:463-470.2)日本熱傷学会編. 熱傷診療ガイドライン(改訂第3版).2021.

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オールシングスマストパス~高齢者の抗うつ薬の選択についての研究の難しさ(解説:岡村毅氏)

 従来のRCTの論文とはずいぶん違う印象だ。無常(All Things Must Pass)を感じたのは私だけだろうか。この論文、老年医学を専門とする研究者には、突っ込みどころ満載のように思える。とはいえ現実世界で大規模研究をすることは大変であることもわかっている。 順に説明していこう。2種類の抗うつ薬に反応しないものを治療抵抗性うつ病という。こういう場合、臨床的には「他の薬を追加する増強療法」(augmentation)か「他の種類の薬剤への変更」(switch)のどちらを選択するべきかというのは臨床的難問だ。これに対して、うつ病一般においてはSTAR*Dなどの大規模な研究が行われてきた。本研究はOPTIMUM研究と名付けられ、やはりNIH主導で大規模に行われた。 結果であるが、アリピプラゾールの増強療法が比較的優れた効果を示した。とはいえ、ステップ1で比較されているbupropionは本邦未承認であるから日本の臨床家への示唆はあまりない。なおステップ2で比較対象となっているのはリチウムの増強療法とノルトリプチリンへの変更であるが、これらは本邦でも使用できる。 以下は、この論文を批判的に眺めた感想である。 第1にプロトコルがまったく安定していない。途中までステップ2への直接参加が可能になっているが、途中から禁じられた。参加基準も当初PHQ-9で6点以上であったのが、途中から10点以上になっている。さまざまな横やりがあったことが推測される。 第2に参加者は普通に薬局で薬をもらっているので、増強(追加)されているのか変更されているのかがわかってしまう。単純化すると、前者は錠剤が1錠増えるし、後者は増えない。プラセボで良くなる高齢者が多いから、この点は重要だ。 第3に認知機能の検査は一応しているが(supplementaryの隅まで読んでようやく書いてあったが、これは最も重要な点ではないか?)、Short blessed testで10点以上はダメというあまりにも粗い基準だ。さまざまな認知機能の人が含まれているに違いない。 第4に脳梗塞に伴う治療抵抗性うつ病も含まれているはずだが、これはdepression-executive dysfunctionともいい、高齢期のうつ病の難問の一つである。生活障害が大きく、むしろ非薬物治療が効果的とされる。この群は何をやっても変わらないだろうが、期間中に良いデイケアに行き始めたら劇的に回復することだろう。この議論が抜け落ちている。 第5に、アウトカムは「健やかさ」(wellbeing)になっている。これは当事者団体の意見等を反映させたということである。「症状は外から見ると減ったようです、でも本人は苦しいです」というのでは意味がないのだから良いことともいえる。薬剤の効果を症状だけで見るのは「古い」医学者であり、リカバリーのようなより主観的なものが現在好まれる。しかし薬剤の効果をwellbeingで見ることは、拡大した医療化であり、危険をはらんでいると個人的には思っている。というのは、高齢者ではとくにそうだが、さまざまな出来事(人間関係、出会いと別れ、とくに死別、体調、他の疾患の状態など)によりwellbeingは大きく影響を受けるのだ。公平を期すために、この研究でも「社会参加」も測定されていることは述べておく。 第6に、結果的には、bupropion変更組とリチウム増強組では、きちんと定められた分量までいって寛解している者は10%もいないとのことであり、とても低いところで比較しているというのは否めまい。 第7に転倒が多い。対照がないので、高齢者とはそういうものだと言われればそれまでだが、良い結果の治療でも3人に1人は転倒しているし、最も悪い群は55%が転倒している。この研究は増強vs.変更を比較しているので、これを言ってしまうとちゃぶ台返しになってしまうが…「この人はうつ病で、薬で治すべし」という大前提がここでは間違っているんじゃないか。この際、漢方薬に変えて、生活も変えてみてはどうかと提案する(たとえば地域の集まりや運動に行くとか、それこそお寺に行ってみるとか)というのが日本の小慣れた臨床医の対応ではないだろうか。 第8に…これくらいでやめておこう。 僕らはRCTで少しでも科学的に妥当な知見を手に入れて、患者さんにより妥当な治療を提案し、結果的に多くの患者さんを幸せにしたいという根源的な欲求がある。しかし高齢者を対象にしたこの論文を読むと、さまざまな現実のノイズにより、非常に読みにくく、苦しい印象を受けた。RCT、メタアナリシス、さらにネットワークメタアナリシスに心躍らされた時代はもしかしたら、長い歴史の中のそよ風なのかもしれず(Times They Are A-Changin)、無常(All Things Must Pass)を感じる。一方で、批判だけするつもりはない。医療者の主観や勘に頼った時代に戻ってよいわけはない。なんか苦しいなあと思いながら、批判的に読み、そしてこのような大規模研究を苦しみながら遂行した仲間に最大の敬意を払いつつも、この知見が目の前の患者さんに適応できるかどうかを考え続けるしかないのではないか。 考えてみれば、この薬が一番いいですという単純な世界(うつ病ですか、じゃあエスシタロプラムかゾロフトでしょうみたいな)なら、医師なんていらないではないか。目の前の患者さんが、医療の対象にするべきことが何割で、医療が対象にしてはいけないことが何割かを判断する必要があるし、どの見方を採用するか(たとえば高齢者の抑うつ症状なら、感情障害、認知機能障害、脳血管障害といったさまざまな次元がある)を常に選択する必要がある。患者の高齢化に伴い、臨床はより頭を使う仕事になってきたように感じる。

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高齢者へのDOAC、本当に減量・中止すべき患者とは/日本循環器学会

 高齢者の心房細動治療において、つい抗凝固薬を減量してしまいがちだが、それは本当に正しいのだろうか。今回、小田倉 弘典氏(土橋内科医院)が『心房細動抗凝固薬(アブレーションを望まない高齢のPAFなど)』と題し、第87回日本循環器学会学術集会のセッション「クリニックで選択されるべき循環器治療薬~Beyond guideline~」にて、高齢者心房細動の薬物療法における注意点を発表した。 小田倉氏はまず、以下の高齢者の症例を提示し、実際に直接経口抗凝固薬(DOAC)を処方するかどうか、またその際に減量するか否かについて問題提起した。高齢者へのDOAC減量と出血リスクの管理<症例>●年齢・性別:82歳・男性、体重:64kg、クレアチニンクリアランス(CCr):52 mL/min(血清クレアチニン[Cr]:1.0mg/dL)●主訴:ある日、脈をとったら不整で、心電図で心房細動と診断された。●服用歴:降圧薬、認知症治療薬、前立腺肥大症治療薬など6種類●患者背景:要介護2。トイレ歩行は可能だが受診時は車いす。転倒歴あり。長男夫婦と3人暮らしだが、日中は1人のことが多い。●CHADS2スコア:3点、HAS-BLEDスコア:1点 上記の高齢者の症例について、「DOAC各薬剤の添付文書にある減量基準、たとえば、アピキサバンは(1)80歳以上、(2)60kg以下、(3)Cr 1.5mg/dL以上のうち2つ以上が、エドキサバンは(1)60kg以下、(2)CCr 15~50、(3)P糖蛋白阻害薬服用のうち1つ以上が該当する場合にそれに当たるが、いずれにも該当していないので、この患者の場合、該当項目を見る限りでは処方可能であり、減量する必要もない」とコメント。 しかし、実際には高齢というだけでDOACの減量基準を満たさずとも減量する例が散見される。クリニックの患者が主体となった日本の高齢者心房細動に対する抗凝固薬療法に関する2つの試験からもその状況が見て取れる。・ANAFIEレジストリ1):3万2,275例(平均年齢81.5歳[85歳以上が26.1%]、経口抗凝固薬の服用:92.4%、ワルファリンTTR :75.5%、発作性心房細動:42%、認知症:7.8%[通院・在宅患者])ではunder-doseが16.8%、未承認低用量が3.7%。 ・GENERAL研究2):5,717例(平均年齢73.9歳、経口抗凝固薬の服用:100%、フレイル[要介護]:12.1%、認知症治療薬の併用:5.9%)ではunder-doseが27.3%。 では、実臨床で高齢者(75歳以上)に対しDOACをunder-doseする理由とは何か。35.8%でunder-doseを認め、脳卒中/全身性塞栓症が有意に多かったXAPASS study3)の結果によると「処方医は通常用量による出血リスクを最も懸念し、続いて高齢、腎機能低下を意識していた。一方、低体重や併用薬剤を選んだ者は少なかった」とコメント。 ところが、75歳以上の日本人で非弁膜症性心房細動患者を対象としたJ-ELD AF試験4)によれば、アピキサバン5mg/日(低用量)群と同薬10mg/日(通常用量)群に割り付け、脳卒中または全身性塞栓症、入院を要する出血について評価したところ、いずれの発生率も有意差が得られなかった。ただし、サブ解析で出血イベントの発生とアピキサバンの血中濃度の関係性を調べたところ、低用量群では血中濃度が高い(トラフ中央値:86ng/dL)群で出血性イベントが有意に多かった。その原因は明らかではないが、「減量基準以外のunknown factorsの存在が示唆される」と同氏は指摘した。DOAC減量基準を満たした患者の出血リスクに注力を これらの報告を踏まえ、同氏は「DOACの減量基準に該当しなければ用量を守り、減量基準を満たす患者は減量したうえで、いかに出血の関連リスクを減らせるかを考えることが重要」と述べ、「その関連リスクはDOAC減量基準やHAS-BLEDスコアに記載がないものにも注意を払う必要があり、改善可能なソフトプロブレム(上記unknown factorsにおおむね相当)と改善困難なハードプロブレムに分類できる。前者にはポリファーマシー(抗凝固薬と併用注意の薬剤を確認)、フレイル(転倒頻度や低体重を考慮)、認知症(服薬アドヒアランスを確認)、高血圧(外来での血圧130/80mmHg目標)が該当し、後者には腎機能低下や出血の既往があるだろう。後者では低用量投与を前提とし、2020年改訂版不整脈薬物治療ガイドライン5)に従い、腎機能チェックの採血をCCr<60mL/minの患者では少なくともXヵ月(X=CCr/10)に1回実施すれば、リスク回避につながる」と対策を講じた。DOACの中止を考えるタイミング また、とくに高齢者ではDOAC中止を考える場面は多いが、具体的には以下が挙げられた。・出血したとき →出血の制御ができないような大腸憩室炎、蜂窩織炎などの既往歴がある場合 →生活面に支障を来すような重い後遺症が残る可能性のある場合・出血以外の副作用が出たとき・腎機能が低下してきたとき・アドヒアランス不良のとき・フレイル(要介護度)が進行した(寝たきりになった)とき 最後に同氏は「併存疾患の有無や身体機能レベルが個々で大きく異なるにもかかわらず、そもそも高齢者を1つのカテゴリーとして捉えることは不可能であり、多様な視点からのカテゴライズが必要となる。言うならば、“科学”と“生活”の両面からのアプローチが必要なのであり、それにはゴールはないため、考え続けることが重要である」と締めくくった。

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抗精神病薬とプロラクチンレベル上昇が骨折リスクに及ぼす影響

 抗精神病薬による治療が必要な患者は、骨粗鬆症関連の脆弱性骨折を含む骨折リスクが高いといわれている。これには、人口統計学的、疾患関連、治療関連の因子が関連していると考えられる。インド・National Institute of Mental Health and NeurosciencesのChittaranjan Andrade氏は、抗精神病薬治療と骨折リスクとの関連を調査し、プロラクチンレベルが骨折リスクに及ぼす影響について、検討を行った。The Journal of Clinical Psychiatry誌2023年1月30日号掲載の報告。 主な結果は以下のとおり。・たとえば、認知症患者では、認知機能低下や精神運動興奮により転倒リスクが高く、統合失調症患者では、身体的に落ち着きがない、身体攻撃に関連する外傷リスクが高く、抗精神病薬服用患者では鎮静、精神運動興奮、動作緩慢、起立性低血圧に関連する転倒リスクが高くなる。・抗精神病薬は、長期にわたる高プロラクチン血症により生じる骨粗鬆症に関連する骨折リスクを高める可能性がある。・高齢者中心で実施された36件の観察研究のメタ解析では、抗精神病薬の使用が大腿骨近位部骨折リスクおよび骨折リスクの増加と関連していることが示唆された。この結果は、ほぼすべてのサブグループ解析でも同様であった。・適応疾患と疾患重症度の交絡因子で調整した観察研究では、統合失調症患者の脆弱性骨折は、1日投与量および累積投与量が多く、治療期間が長い場合に見られ、プロラクチンレベルを維持する抗精神病薬よりも、上昇させる抗精神病薬を使用した場合との関連が認められた。また、プロラクチンレベル上昇リスクの高い抗精神病薬を使用している患者では、アリピプラゾール併用により保護的に作用することが示唆された。・骨折の絶対リスクは不明だが、患者の年齢、性別、抗精神病薬の使用目的、抗精神病薬の特徴(鎮静、精神運動興奮、動作緩慢、起立性低血圧に関連するリスク)、1日投与量、抗精神病薬治療期間、ベースライン時の骨折リスク、その他のリスク因子により異なると考えられる。・社会人口統計学的、臨床的、治療に関連するリスク因子に関連する転倒および骨折リスクは、患者個々に評価し、リスクが特定された場合には、リスク軽減策を検討する必要がある。・プロラクチンレベルの上昇リスクの高い抗精神病薬による長期的な治療が必要な場合、プロラクチンレベルをモニタリングし、必要に応じてプロラクチンレベルを低下させる治療を検討する必要がある。・骨粗鬆症が認められた場合には、脆弱性骨折を予防するための調査やマネジメントが求められる。

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認知症になってから何年生きられるのか?【外来で役立つ!認知症Topics】第3回

認知症臨床の場において、「あるある質問」として代表的なものには、筆者の場合、3つある。まずアルツハイマー病と認知症が同じか否かというもの。次に遺伝性の有無と、では自分は?という質問。そして今回のテーマ、「認知症になってから何年生きられるか?」という質問である。長年この問題に関して、正解とまでは言わずとも、エビデンスがしっかりした答えを知りたいと思ってきた。またこの質問の意図はそう単純ではない。長生きを望む人もあれば、逆に…という場合もありうる。今さらではあるが、2021年にLancet Healthy Longevity誌1)で優れたメタアナリシスが報告されていることを知り、丁寧に読んだ。その概要を臨床の場を鑑みながら解説する。メタアナリシスでの認知症平均余命まずメタアナリシスの素材となったのは、78の研究である。ここでは6.3万人余りの認知症があった人、15.2万人余りの認知症がなかった人のコントロールデータが扱われた。なお原因疾患はアルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症と前頭側頭葉変性症である。アウトカムとして、まずあらゆる原因による「死亡率:mortality rate」、すなわち一定期間における死亡者数を総人口で割った値が用いられた。次に、認知症の診断もしくは発症から亡くなるまでの年数も用いられた。まず認知症全体としての死亡率は、認知症のない者に比べて5.9倍も高い。また全体では、発症の平均年齢が68.1±7.0歳、診断された年齢は72.7±5.9歳、初発から死亡までが7.3±2.3年。さらに診断から死亡までが4.8±2.0年となされている。全体の3分の2を占めるアルツハイマー病では、初発から死亡まで7.6±2.1年、診断から死亡までが5.8±2.0年になっている。つまりアルツハイマー病の診断がついた患者さんやその家族から「余命は何年か?」の質問を受けたなら、4~8年程度と答えることになる。もっとも本論文の対象は、われわれが対応する患者さんの年齢より、少し若いかなという印象がある。最も生命予後が良い/悪い認知症性疾患は?さて注目すべきは、4つの認知症性疾患の中でアルツハイマー病の生命予後が一番良いという結果である。逆にレビー小体型認知症(パーキンソン病に伴う認知症を含む)では、認知症のなかったコントロールに比べて、死亡率は17.88倍も高く、4つの認知症性疾患の中で最悪である。アルツハイマー病に比べても余命は1.12年も短い。その理由として以下に述べられている。1つには幻覚や妄想などの精神症状を伴うことである。それにより危険行為や衝動性に結び付きやすいことをよく経験する。また従来のデータでも示されてきたように、認知症性疾患のなかで、認知機能の低下率が大きく、合併疾患の割合が高く、QOLも悪いとされる。こうしたものが高い死亡率に結び付いているのではと考察している。確かにと納得できる。次に血管性認知症は、アルツハイマー病に比べて、死亡率が1.26倍高く、余命は1.33年短い。恐らくは心血管系の問題が大きく寄与していると考えられている。さらに前頭側頭葉変性症も生命予後は良くない。その理由として、運動障害に注目した面白い報告がある。近年よく知られるようになったが、前頭側頭型認知症では、パーキンソニズム、錐体外路徴候などによる運動障害を示す例が少なくない。さらにジストニアや失行も見られる。筆者はこれらによる転倒・転落を経験してきた。一方で、ある程度以上進むと、いわゆる早食いや詰め込み食いも見られることがある。こうしたことによる窒息や誤嚥性肺炎が死亡率を高めていると考察されている。自分の臨床経験では、このような突然死の多くは、盗んだり隠れたりして食べていたのである。治療のためにも早期受診が不可欠以上について、論文の著者らは注目していないが、いくつか感想がある。まず初発から診断までに、4年余りかかっているという結果である。疾患修復薬が前駆期・早期なら有用かと期待されるようになった今日、これでは治療の好機を逃してしまう。早期受診の重要性を再度認識する。次に自分が対応するアルツハイマー病の患者さんに限っても、何年経ってもほとんど変わらない人もいるが、1年以内に急速に悪化してしまう人もいる。こうしたケースはrapidly progressive Alzheimer diseaseと呼ばれることもあり、認知機能のみならず生命予後も不良である。そして現場では、主治医である筆者がその責任を厳しく問われることもある。けれども遺伝子、併存疾患、または症候学等からみて、この急速悪化群の関連因子はまだ定まっていない。こうしたsubtypeの予想も臨床的には不可欠な観点だろう。終わりに。アルツハイマー病以外の認知症性疾患に対しては、今のところこれという薬物治療法はない。それだけにこれらの疾患のある人に対する治療の場では、上に示した余命を短縮させてしまう因子に注意を払い、少しでもQOLが高く健やかな生活を実現する努力がこれまで以上に望まれる。参考1)Liang CS, et al. Mortality rates in Alzheimer's disease and non-Alzheimer's dementias: a systematic review and meta-analysis. Lancet Healthy Longev. 2021;2:e479-e488.

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高齢女性の4人に3人が加齢による視機能低下「アイフレイル」

 高齢女性の4人に3人は「アイフレイル」であり、その該当者は「基本チェックリスト」のスコアが高く、要介護ハイリスク状態であることを示す研究結果が報告された。国際医療福祉大学保健医療学部理学療法学科の糸数昌史氏、視機能療法学科の新井田孝裕氏、医学部老年病学の浦野友彦氏らの研究によるもので、詳細は「International Journal of Environmental Research and Public Health」に10月11日掲載された。 アイフレイルは、日本眼科啓発会議により「加齢に伴って眼が衰えてきた上に、さまざまな外的ストレスが加わることによって目の機能が低下した状態、また、そのリスクが高い状態」と定義されており、簡単な10項目の質問によるスクリーニングツールも既に開発されている。ただし、アイフレイルの有病率やスクリーニングツールの妥当性はまだ十分検討されていない。糸数氏らは、介護予防のために実施されている「フレイル健診」受診者を対象とする調査によって、それらの点を検討した。 2021年6月~2022年1月の栃木県大田原市が主催するフレイル健診を受診した地域在住高齢者のうち、研究協力の呼びかけに応じた225人が研究に参加。そのうち、解析に必要なデータを得られなかった人を除外した192人の女性を解析対象とした。また男性は解析に十分な参加者数に達しなかったため、女性のみで検討した。 アイフレイルのスクリーニングツールの10項目(目が疲れやすくなった、夕方になると見えにくくなることがある、信号や道路標識を見落としたことがある、など)のうち2問項目以上に「はい」と答えた場合をアイフレイルと判定すると、74.5%とほぼ4人に3人が該当した。アイフレイルでない群と比較すると、年齢やBMI、骨格筋指数(SMI)、ふくらはぎ周囲長、握力には有意差がなかったが、歩行速度はアイフレイル群の方が有意に遅かった(1.30±0.22対1.20±0.34m/秒、P=0.02)。 次に、二項ロジスティック回帰分析により、アイフレイルと関連のある因子を検討した結果、フレイル健診での「基本チェックリスト」のスコアと有意な正の相関が認められた(β=0.326、P=0.000)。一般に基本チェックリストのスコアが高いことは、要介護リスクの高さを表すとされていることから、明らかになった結果はアイフレイルが要介護のリスク因子である可能性を示すものと考えられる。なお、既報文献で示されている定義に基づき判定した、身体的フレイル、社会的フレイル、および過去の転倒経験などは、アイフレイルの有無との有意な関連が見られなかった。 続いて、基本チェックリストに含まれている7種類の具体的なリスクとアイフレイルとの関連を検討。すると、閉じこもり(β=0.891、P=0.021)、認知機能(β=0.716、P=0.035)、うつ気分(β=0.599、P=0.009)という3種類のリスクの高さとアイフレイルとの有意な関連が認められた。 このほか、アイフレイルのスクリーニングツールの回答の分析からは、視力低下、コントラスト感度低下(明暗のはっきりしないものや輪郭のぼんやりしたものが見えにくい状態)、視野障害が、アイフレイルを有することに強く影響を及ぼしていることが分かった。 著者らはこれらの結果を基に、「地域在住高齢者のアイフレイルの有病率は74.5%であり、社会的引きこもり、認知機能低下、抑うつとの関連が認められた」と総括している。その一方で、フレイル健診に自主的に参加した女性のみを対象としていること、視機能に関する眼科学的な検査を行っておらず、疾患の影響なども検討されていないことなどを研究の限界点として挙げ、アイフレイルの背景因子および、身体的・社会的・精神的フレイルとの関連について、さらなる研究の必要性があるとしている。

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降圧薬の中止でフレイル改善?

 フレイル外来に通院中の患者に対する降圧薬の処方中止が、身体機能にプラスの影響をもたらす可能性を示唆するデータが報告された。国立長寿医療研究センター薬剤部の長谷川章氏らの研究によるもので、詳細は「The Journal of International Medical Research」に10月31日掲載された。 フレイルは、身体的・精神的なストレスに対する耐性が低下した状態のこと。高齢者の要介護リスクの高い状態として位置付けられているが、早期介入によって非フレイルの状態に戻ることも可能。その介入方法としては、筋力トレーニングやタンパク質を中心とした十分な栄養摂取などが挙げられる。 一方、高齢者に対する多剤併用(ポリファーマシー)とフレイルとの関連が近年注目されており、降圧薬を処方されているフレイルの高齢者は死亡リスクが高いとする報告も見られる。しかし、降圧薬の処方中止がフレイルの改善につながるのか否かはよく分かっていない。長谷川氏らは、このトピックに関するパイロット研究を行った。 解析対象は、2016年3月~2019年7月に同センターのフレイル外来を受診した患者498人のうち、初診時に降圧薬が処方されていない患者、追跡期間が1年未満の患者、および解析に必要なデータの欠落者を除外した78人〔年齢中央値77.0歳(四分位範囲72.3~82.0)、女性69%〕。このうち1年間の追跡中に降圧薬処方が中止されていた患者が19人含まれていた。 降圧薬が中止された患者と継続された患者のベースラインデータを比較すると、年齢、性別(女性の割合)、血圧、処方されていた降圧薬の種類や数、併存疾患、アルブミンレベル、ビタミンDレベル、ビタミンD製剤の処方率などは有意差がなかった。評価した指標の中で唯一、骨格筋指数(SMI)のみ有意差があり、中止群の方が高かった(7.2±1.7対6.2±1.0、P<0.01)。 降圧薬中止の影響は、SMI、要介護リスク把握のための「基本チェックリスト(KCL)」や「簡易身体機能評価指標(SPPB)」で評価した。このほかに、既報研究を基に「転倒リスクスコア」を算出した。これらのうち、KCLと転倒リスクスコアは点数が高いほど高リスクと判定され、SMIとSPPBは点数が高いほど良好と判定される。 1年間の追跡でSMIは両群ともに有意な変化が見られなかったが、KCLの総合スコアは中止群(中央値8点から6点、P<0.05)と継続群(同7点から5点、P<0.01)の双方で有意に低下(改善)していた。さらに、KCLの体力に関するサブスコアは、中止群のみで改善が認められた(3点から2点、P<0.05)。継続群の体力に関するサブスコアは3点で不変だった(P=0.20)。 SPPBの合計スコアは、中止群のみ有意な上昇(改善)が認められ(8.9から10.4点、P<0.05)、継続群は有意な変化がなかった(9.9から10.2点、P=0.20)。一方、転倒リスクスコアに関しては、継続群で有意に低下(改善)し(10.2から9.3点、P<0.05)、中止群では有意な変化がなかった(9.8から8.7点、P=0.27)。 著者らは本研究の限界点として、サンプルサイズが十分ではないことや、どのような理由で降圧薬中止が判断されたかを検討できていないことなどを挙げている。その上で、「フレイルリスクのある患者への降圧薬の処方中止が、身体機能に対してはプラスに働く可能性があるのではないか」と結論をまとめている。

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第32回 マスク緩和論を巡り再び世論分断

世論分断の波が再来3月13日からマスク着用は個人判断に委ねることを基本とする方針が示されました。コロナ禍も後半戦、あるいはもう9回表くらいでしょうか。そのあたりは誰にもわかりませんが、とにもかくにも緩和される方針になりました。ただし、医療機関、高齢者施設、通勤ラッシュ・混雑した場所ではマスク着用が推奨されています。厚生労働省は、上記の考え方を事務連絡「マスク着用の考え方の見直し等について(令和5年3月13日以降の取扱い)」として示しています1)。医学的な弱者に感染させてしまうリスクがあるため、きわめて妥当な推奨なのですが、これで世論がまた分断されているようです。コロナ禍で何度か見た風景がまた始まってしまった。卒業式のマスク問題なぜ再びマスク問題が過熱しているかというと、「卒業式でマスク着用どうする問題」が急浮上したからです。文部科学省は2023年2月10日、卒業式におけるマスクの取扱いについて、各都道府県の教育委員会等に通知を出しています2,3)。これによると、「児童生徒と教職員は式典全体を通じてマスクなし、来賓や保護者等はマスク着用を基本」として示しています。簡単に言えば、感染対策はゼロにしたくないけど、子供の思い出のためのマスク緩和はやむなしということですよね。さらに通知では、児童生徒と教職員は、入退場、式辞・祝辞等、卒業証書授与、送辞・答辞の場面を含めて、式典全体を通じてマスクなしを基本とする、としています。しかし、来賓や保護者等はマスクを着用し、座席間の距離を確保するとされています。またさらに、壇上で式辞や祝辞等を述べる場合に関しては、来賓はマスクなしを許可しています。そして、国歌・校歌等の斉唱や「6年間で楽しかったことー!」などの「呼びかけイベント」についてはマスク着用を求めています。こ、細かい…細かすぎる……!「5類」化なのに厳格化そもそも、マスクを巡ってここまで重箱の隅をつつくような議論が必要なのでしょうか。日本ってこれほどルールが必要でしたっけ。あるいは、コロナ禍がそうさせてしまったのか…。全国知事会は、加藤 勝信厚生労働大臣に対して「全部が個人の判断と言われても困る」と伝えています。この意見もわからなくもないのですが、もう大人ですから、当初提示されたように「個人の判断に委ねる」でいいんじゃないか、と私自身は思っています。各業界団体は、業種別にガイドラインの見直しを行う方針になっています。飲食店で中間管理職をやっている私の友人も、「仕事が増えた」と激オコでした。5月8日から「5類感染症」にするというのに、逆に細かい規定でがんじがらめになってしまう現象って、本末転倒な気もします。具体的な場面を挙げるとなると、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身 茂会長もおっしゃっていたように、100万の場面があるのでキリがありません。もちろん、具体的な場面例を通達してもよいですが、分断を生む火種になることは目に見えているので、国民に対しては「感染が流行しているので常識的なマスク着用を」程度の啓発で、押し通せばよかったのでは、とも感じます。参考文献・参考サイト1)厚生労働省:マスク着用の考え方の見直し等について(令和5年3月13日以降の取扱い)2)文部科学省:永岡文部科学大臣臨時会見(令和5年2月10日)【動画】3)文部科学省:卒業式におけるマスクの取扱いに関する基本的な考え方について(通知)(令和5年2月10日)

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4人に1人近くの患者が入院中に有害事象を経験

 入院患者のほぼ4分の1が入院中に有害事象を経験することが、新たな研究で明らかにされた。このような有害事象の多くは、薬剤の副作用や手術リスクに起因するものであるため、防止することは困難だという。米ブリガム・アンド・ウイメンズ病院のDavid Bates氏らが実施したこの研究の詳細は、「The New England Journal of Medicine(NEJM)」1月12日号に掲載された。 Bates氏らは、患者の診療録データを用いて後ろ向きコホート研究を実施し、入院中の患者に生じた有害事象の発生頻度、予防可能性、および重症度を検討した。対象は、米マサチューセッツ州の11施設の病院に2018年に入院した患者からランダムに抽出した2,809人(平均年齢59.9歳)とした。 その結果、対象患者の23.6%(663人)が入院中に1件以上の有害事象を経験していたことが明らかになった。生じた有害事象の総数は978件で、そのうちの222件(22.7%)は予防可能であり、316件(32.3%)は重症度が重篤、またはそれ以上(生命を脅かすもの、致死的なもの)と判断された。対象患者のうちの191人(6.8%)に予防可能な有害事象が1件以上生じ、29人(1.0%)の患者に予防可能な重篤で生命を脅かすあるいは致死的な有害事象が1件以上生じていた。死亡件数は7件で、そのうちの1件は予防可能と考えられた。有害事象として最も多かったのは薬剤に関連するもので39.0%、次いで手術やその他の処置に関連する有害事象が30.4%を占めていた。そのほか、転倒や褥瘡などの患者のケアに関わる有害事象が15.0%、ケアに関連して生じた感染症が11.9%発生していた。 Bates氏は、「これらの数字は残念ではあるが、衝撃的なものではない」とし、「これらの結果は、われわれがなすべきことがまだ山積みであることを如実に示すものだ」と話す。 感染症に関わる有害事象の発生率に関しては、過去数十年の発生率に鑑みれば、大きな改善だと研究グループは述べている。それでもBates氏は、「入院中の有害事象が深刻な問題の一つであることに変わりはない」と強調する。 米ジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生大学院保健サービス・研究成果センターのディレクターであるAlbert Wu氏は、「われわれは、有害事象の原因のいくつかを排除した。だが、効果の高い新薬や新しい処置に関連して、これまでにないタイプの有害事象が生じている」と指摘する。 他の専門家たちもWu氏に同意を示す。そのうちの一人である、本研究論文の付随論評を執筆した、ボストンの医療改善研究所の名誉会長兼シニアフェローであるDonald Berwick氏は、「1991年と比較すると、今日では利用可能な薬剤が豊富になった。ただ、いくつかの薬剤は、治療効果と危険な用量の差である治療マージンが小さい」と懸念を示している。

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血友病Aの新規治療薬、既治療重症例の出血を低減/NEJM

 既治療の重症血友病A患者の治療において、efanesoctocog alfa(エフアネソクトコグ アルファ、国内で承認申請中)の週1回投与は、試験開始前の第VIII因子製剤による定期補充療法と比較して、出血の予防効果が優れ、正常~ほぼ正常の第VIII因子活性と、身体的健康や疼痛・関節の健康の改善をもたらすことが、米国・カリフォルニア大学サンディエゴ校のAnnette von Drygalski氏らが実施した「XTEND-1試験」で示された。同薬は、von Willebrand因子(VWF)による半減期の上限を克服し、第VIII因子活性を高い状態で維持するよう設計された新たなクラスの第VIII因子補充療法薬。研究の成果は、NEJM誌2023年1月26日号に掲載された。19ヵ国159例の第III相非盲検介入試験 XTEND-1試験は、重症血友病A患者に対するefanesoctocog alfaの有効性、安全性、薬物動態の評価を目的とする第III相非盲検介入試験であり、日本を含む19ヵ国48施設で患者の登録が行われた(SanofiとSobiの助成を受けた)。 対象は、年齢12歳以上で既治療の重症血友病A患者であった。被験者は、efanesoctocog alfa(50 IU/kg体重)の週1回静脈内投与による定期補充療法を52週間行う群(A群)と、同薬(50 IU/kg体重)のオンデマンド療法を26週間施行後に同薬(50 IU/kg体重)の週1回投与による定期補充療法を26週間行う群(B群)に分けられた。 主要エンドポイントは、A群の平均年間出血回数(annualized bleeding rate:ABR)とされた。また、主な副次エンドポイントは、A群における定期補充療法中のABRと、試験開始前の第VIII因子製剤による定期補充療法中のABRとの患者内比較であった。 159例が登録され、149例(94%)が試験を完遂した。A群が133例(平均[±SD]年齢33.9±15.3歳、男性99%)、B群は26例(42.8±11.7歳、100%)であった。出血時投与でイベントの97%が消失 A群では、ABR中央値は0.00(四分位範囲[IQR]:0.00~1.04)であり、推定平均ABRは0.71(95%信頼区間[CI]:0.52~0.97)であった。A群の平均ABRは、試験開始前の2.96(2.00~4.37)から開始後には0.69(0.43~1.11)へと77%低下(ABR比:0.23、95%CI:0.13~0.42)し、試験開始前の第VIII因子製剤による定期補充療法に対する、efanesoctocog alfaによる定期補充療法の優越性が示された(p<0.001)。 試験期間中に全体で362件の出血イベントが発現したが、このうち268件(74%)はオンデマンド療法中のB群でみられた。出血の発現時には、efanesoctocog alfa(50 IU/kg)の1回の注射により、出血イベントのほぼすべて(97%)が消失した。 薬物動態の解析では、efanesoctocog alfaの週1回投与による定期補充療法は、投与から約4日間は第VIII因子活性の平均値が正常~ほぼ正常(>40 IU/dL)の範囲内で、7日目には15 IU/dLとなった。半減期の幾何平均値は47.0時間(95%CI:42.3~52.2)と長かった。 また、efanesoctocog alfaによる52週間の定期補充療法(A群)によって、Haem-A-QoLの身体的健康スコア(p<0.001)、Patient-Reported Outcomes Measurement Information System(PROMIS)の疼痛強度スコア(p=0.03)、Hemophilia Joint Health Score(HJHS)の関節の健康(p=0.01)がいずれも有意に改善した。 副作用プロファイルは許容できるものであった。全体で、第VIII因子インヒビターの発生(0%、95%CI:0.0~2.3)は検出されず、重篤なアレルギー反応、アナフィラキシー、血管内血栓イベントの報告はなかった。少なくとも1回のefanesoctocog alfaの投与を受けた159例のうち、123例(77%)で1件以上の有害事象が発現または増悪し、重篤な有害事象は15例(9%)で認められた。全体で、最も頻度の高い有害事象は、頭痛(32例[20%])、関節痛(26例[16%])、転倒(10例[6%])、背部痛(9例[6%])だった。 現在、12歳以下の小児(XTEND-Kids)および長期的な安全性と有効性(XTEND-ed)を評価する臨床試験が進行中だという。

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第145回 これが患者のリアル、ワクチンマニアもコロナ感染!?村上氏のヒヤヒヤ実記(後編)

―2023年1月3日(火)午前6時前に目が覚める。就寝中かなり寝汗をかいたことは寝間着代わりにしているTシャツの首元がじっとりと湿っていることでわかった。昨日と比べ、頭はすっきりしている。検温すると、37.2℃。だいぶ下がった。タイミングよく娘から「おにぎりとみそ汁」という朝食オーダーが届いたので、いつものようにマスクを両面テープで顔面に密着させた状態で、一番近いコンビニに買い出しに行く。ここは有人レジと無人レジが離れていて、人と距離が取れることが利点だ。部屋に電子レンジもあるのでみそ汁の温めも店員に頼まなくて済む。朝食を置き配して、シャワーを浴びる。出発約束時刻は8:45。まず私がホテルの出口から数メートル先まで行き、それから娘にLINEで部屋を出るように連絡し、その後は距離を取ってついてくるよう指示した。ホテルの出口に現れた娘はジャンプしながらこちらに手を振っている。思えば壁一つ隔てた場所にいながら、約3日間、顔を合わせていなかった。私も手を振り返すが、この3日間の療養で相当体力を奪われたのか、転倒しそうなほど体がふらついた。とりあえず前を向いてスタスタと歩き出す。後ろからはかすかに娘のものらしい足音が聞こえる。途中、小さな公園を通過した時、「うわー、カラス」と叫びながら娘が私のほぼ真後ろに距離を詰めてきた。娘は幼児期からカラスが大嫌いだ。距離が近過ぎる。私は微量でも娘の方向に飛沫が向かうことを避けるため、振り返らずに「おとうに近寄り過ぎない」とやや大きめの声で言い渡した。足音がやや遠ざかった。そこから2分ほど歩いたところで歩道が大幅に広くなる。すると、娘が私の真横にかなり距離を取って並んだ。マスク越しにニコニコしている。その手があったか。まもなく地下道の入り口。私はそのまま娘のほうを向かずに地下道入り口を指さして、「わかるね?」というと、「うん」という声とともに娘が私の前方に走り出て地下道の入り口を目指し始めた。その場に立ち止まっていると、娘は入り口で立ち止まって振り返った。私が手を振ると、それに応え、娘は地下道の中に消えていった。私は方向転換してホテルに戻って検温。36.7℃。少し休憩してから、件のクリニックに向かった。到着したのは開院5分前。中の電気がついており、ガラス越しに看護師らしい女性職員がマスクに加え、フェイスシールドで防護している姿が見えた。まだ、受診者は誰も来ていない模様。ガラス越しに目が合ったその女性が入り口まで出てきて「村上さんですか?」と尋ねてきた。はいと答えると、そのまま室内に案内され、手指消毒の指示。「来る前に検温はしました?」と尋ねられたので、朝6時と直前の体温を告げると、そのまま「こちらへ」と誘導される。診察室の表記のあるドアの前を通り過ぎ、女性がその先の小さめのドアを開けた。物品置き場のような間取りだ。中にはパソコン(PC)を置いた机を前にマスクとフェイスシールドを着用したB医師が着席していた。「どうですか、お加減は?」と尋ねられた。私はまだ微熱状態ではあるものの、今朝はかなり改善している感じがすること、咽頭痛はそれほど感じなくなったが、その代わり痰が絡むようになったと伝えた。B医師が「まず口の中を診ますね」と言いながら開口を指示してきた。複数回、顔の角度を変えながら咽頭の様子を見ている。それが終わると、パルスオキシメーターを私の指に挟んだ。数値は99%。B医師が「ちなみにコロナワクチンは何回接種していますか?」と尋ねてきた。そういえば、昨日のやり取りではその話はしていなかった。オミクロン株対応ワクチンも含め、4回接種が完了している旨、最後の接種が12月27日、これまでの接種ワクチンの種類(私はファイザー→ファイザー→モデルナ→モデルナ2価[BA.4/5対応])、4回目接種直前にスパイクタンパク抗体価検査を実施したことを伝えると、B医師が「うわっ、抗体価がかなり高いですね」と目を見開いてこっちを凝視した。加えてインフルエンザ(以下、インフル)ワクチンも接種済みと伝えた。「抗原検査が4回連続陰性だったことや、コロナのスパイクタンパク抗体価の高さ、インフルワクチン接種済みといったことを考えると、ただの風邪の可能性も十分にあります。ただ、最近うちを受診した発熱患者で、いわゆるただの風邪は1割程度とかなり少ないです。また現状の感染状況や症状を伺う限り、コロナの可能性は十分あり得ます。娘さんの受験も心配でしょうから、コロナとインフルの検査はしてみましょう」鼻出しマスク状態で、綿棒2本でそれぞれ鼻の奥をゴリゴリ。2本目が終了したところでくしゃみが出そうになり、慌てて鼻までマスクを覆い、下を向いてマスクを手で押さえながらくしゃみ。B医師にお詫びをしながらふと机の上に目をやると、消毒用アルコールのボトルが目に入ったので、使わせてくださいとお願いすると、「どうぞ」と私のそばに置いてくれた。私がノズル近くに左手を差し出し、右ひじでポンプを押すと、「ああ、そういうの気を付けているんですね」と笑われる。誰が触るかわからない手押し式の場合、私は常にポンプを肘押ししている。B医師が「インフルは迅速キットなのでもうじき結果がわかります。コロナのPCRは明日の遅くとも夕方には判明すると思います」と告げられた。実は明日はホテルのチェックアウト予定日。チェックアウト時間は午前11時だ。もし、コロナと判明した場合、発症日が12月30日なので療養解除は1月6日。私はなんとかホテルに事情を説明して、あと2泊はしなければならない。可能ならば明日午前11時までに結果を知りたいが、新年早々に診察をしてくれたB医師に無理は言えない。とりあえずPCR検査結果を待つこと、インフルの検査結果はこのまままっすぐホテルに戻ってから電話で尋ねることにしてクリニックを後にした。ホテルに戻るや否やB医師から電話があり、インフルは陰性だったことを告げられる。「発症からかなり経っての検査で陰性なのでインフルの可能性はほぼないと思います」とのこと。さらに早ければ明日午前にはPCR検査の結果もわかるだろうとの話だった。そのまま机に座ってPCに向かい仕事。娘には出発前にPayPayを1,000円分送り、昼は予備校近くのコンビニで何か買うように指示していた。まずは娘と私の洗濯に着手。その間は仕事。この日はほとんど苦痛なく仕事が進められる。ただ、今日は机を使っているので、昨日のような室内を即席乾燥室として使うことはできない。幸い今日の洗濯物は厚手のものはないので、貧乏性は引っ込めて館内のコインランドリーの乾燥機を1時間使うことにした。遅くとも明日には仕上げなければならない原稿があるので、時々水分を摂りながら一気に進めた。気が付くと午後3時を過ぎていた。そこで買い置きのインスタントラーメンをすすって、再び仕事に勤しんだ。午後6時過ぎに原稿のめどがつく。一気にどっと脱力感に襲われる。まだ、本調子ではない。娘は自習室が閉まる夜9時までは予備校にいるはず。そこからの時間計算で午後9時10分前後に朝に見送った地下道付近で待ち合わせる旨をLINEでメッセージしてから、タイマーをかけて横になった。目を覚ましたのは9時5分過ぎ。慌ててホテルを出て小走りで待ち合わせ場所に向かうが息が上がる。ということで小走りは止めてゆっくり歩いた。待ち合わせ場所にはすでに娘が到着していた。通常こういう時は「遅い」とブツクサ言われるのだが、今日は何も言われなかった。朝と同じく私が先行したが、ピンクのネオンが輝く時間になっていたので、朝よりは距離は詰めることにした。途中のコンビニの前で私は立ち止まり、無言で店内を指さした。娘が近づいてくるのに合わせて私は入り口から遠ざかり、娘も心得たように店内に消えていった。今日は肉系の弁当を買ってくるだろうか?まもなく娘が買い物袋入りの弁当をぶら下げて戻ってきた。それを確認してホテルに向かって歩き始めた。ホテルの入り口が見えてきたので、私は小走りにそこを通り過ぎて距離を置き、入り口を指さして「先に」とだけ告げた。娘が入っていったのを確認してから5分後に、私も部屋に戻った。LINEでメッセージすると、やはり買ってきたのは肉系弁当。体調不良でもこういうところは勘が働く。娘にはインフルは陰性だったこと、明日にはPCR検査の結果がわかることを告げた。娘からは荷物をどうするかとの問い。そうそれが問題なのだ。娘は勉強道具と宿泊に必要な諸々の物品を持ってきている。チェックイン時は宿泊用の物品が入ったスポーツバッグを私が運んで先に手続きを済ませていた。小柄な娘が一人で持つのはかなり大変な量と大きさである。さてどうしようかと悩んでいると、娘からはスポーツバッグの中身はすぐには必要ないので、数日後でも家に届けばいいという。もし私が陽性だった場合はここに6日まで泊まり、後日に荷物を渡すことが決定する。もっとも留まることが決定した場合、このホテルに空きがあるか、それをホテルが許容してくれるかは未解決だ。まあ、その時に考えるしかないと腹をくくった。宿泊予約サイトで見ると、明日以降は3部屋ほど空きがある。それが埋まらないことを願いつつ就寝。―2023年1月4日(水)朝5時半過ぎに目が覚める。検温すると36.5℃。体調も良いと感じる。念のため部屋の片づけを始めると、娘から朝食のオーダー。今日は調理パンと洋風スープ。はいはい。いつものようにコンビニへ。この時間はほとんど人が歩いていない。周りへの影響を考えると非常に気が楽である。娘の部屋の前に行くと、すでにスポーツバッグが置いてあった。朝食の置き配をし、代わりにスポーツバッグを持って自分の部屋に入り、そのまま片づけを続ける。7時半にそれを終え、今度はこの日提出予定の原稿の再チェック。8時過ぎにそれも終えると、ちょうど娘からのLINE。娘「今日も送ってくれる?」私「もう道は分かるでしょ」娘「わかるけど」私「けど?」娘「カラス」ああ、またそこか。合格した大学を蹴ってまで浪人を選ぶ度胸がありながら、カラスの何が怖いと言いたくなるが、ぐっとこらえる。昨日のように送っていくことにした。昨日と同じく予定時刻に距離を置いてホテルの前で待ち合わせてまた地下道へ。今日の娘は過度に近づいては来ない。地下道入り口で別れ、私は部屋に戻って用意していた原稿を送信。その後はこの間、十分とは言えなかった各種ニュースのチェックに。午前10時を過ぎたあたりで、B医師から電話に着信。B医師「おはようございます。検査結果出ました。陰性でした」安堵のあまり言葉が逆に出なくなる。B医師が続けた。B医師「まあ、結果としては今どき珍しいただの風邪ということですね。アハハ。ただの風邪にはワクチンありませんから」私  「とはいえ、偽陰性の可能性がないわけではないですよね」と問うとB医師「理論上はそうですが、それを言い出したらきりがないですよ。いずれにせよまだ本調子ではないですよね。お大事になさってください」と告げられ電話が終わった。私は机上に残っていたPCの電源を切ってチェックアウトした。ホテルを出たところで娘にコロナ陰性だったことをLINEで報告した。自分の荷物を背負い、娘のスポーツバッグを肩に掛け、駅の改札に到着。しかし、ここで余計な考えが頭に浮かぶ。もし偽陰性だったら、と。数分考え、自分の事務所まで、距離にして約3.5kmを歩くことにした。しかし、病み上がりの体にはこれがかなりハード。途中休み休みで結局、1時間10分かかった。事務所で体重計に乗ってみる。58.5kg。宿泊当日朝の計測から-2.5kg。58kg台を目にするのは何年ぶりだろう。結局、1時間ほど休んで自宅に娘の荷物を運びこみ、私は念には念を入れ、週末の日曜日夕刻まで事務所で“籠城”することにした。この間、水とペヤングソース焼きそばのみの生活。日曜日の夕刻には体重は60kgまで戻っていた。こうして年末からのコロナ疑惑はようやく終了した。

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過体重・肥満の膝OA疼痛、食事・運動療法は有効か/JAMA

 過体重または肥満の変形性膝関節症患者では、18ヵ月間の食事療法と運動療法を組み合わせたプログラムは生活指導のみの場合と比較して、わずかだが統計学的に有意な膝痛の改善をもたらしたものの、この改善の臨床的な意義は不明であることが、米国・ウェイクフォレスト大学のStephen P. Messier氏らが実施した「WE-CAN試験」で示された。研究の詳細は、JAMA誌2022年12月13日号に掲載された。米国の1州3郡での無作為化臨床試験 WE-CAN試験は、米国ノースカロライナ州の3つの郡(都市部1郡、農村部2郡)で行われた無作為化臨床試験であり、2016年5月~2019年8月の期間に参加者の登録が行われた(米国国立関節炎・骨格筋/皮膚疾患研究所[NIAMS]の助成を受けた)。 対象は、年齢50歳以上、過体重または肥満(BMI値≧27)の変形性膝関節症(米国リウマチ学会基準で判定)の患者であった。被験者は、地域の施設で18ヵ月間の食事・運動介入を受ける群(介入群)またはattention control(生活指導)を受ける群(対照群)に無作為に割り付けられた。 主要アウトカムは、18ヵ月の時点におけるWestern Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index(WOMAC)の膝痛スコア(0[痛みなし]~20[重度の痛み]点)の差(臨床的に意義のある最小差[MCID]1.6点)であった。有意差はあるが、MCIDに達せず 823例が登録され、介入群に414例(平均年齢64.5歳、女性320例[77.3%]、平均体重100.7kg、平均BMI値36.7)、対照群に409例(64.7歳、317例[77.5%]、101.1kg、36.9)が割り付けられた。658例(80%)(介入群336例、対照群322例)が試験を完遂した。 18ヵ月の時点での補正後平均WOMAC膝痛スコアは、介入群が5.0点と、対照群の5.5点に比べ有意に改善した(補正後群間差:-0.6点、95%信頼区間[CI]:-1.0~-0.1、p=0.02)。 7項目の副次アウトカムのうち次の5項目で、介入群が対照群に比べ有意に改善した(ベースラインから18ヵ月後までの変化量)。体重(-7.7kg vs.-1.7kg、平均群間差:-6.0kg、95%CI:-7.3~-4.7、p<0.001)、ウエスト周囲長(-9cm vs.-4cm、-5cm、-7~-4、p<0.001)、WOMAC機能障害スコア(0~68点、点数が高いほど機能障害が重度、MICD:6点)(-9.2点vs.-5.5点、-3.3点、-4.9~-1.7、p<0.001)、6分間歩行距離(41m vs.-4m、43m、31~55、p<0.001)、SF-36身体機能スコア(0~100点、点数が高いほど身体機能が良好、MICD:5点)(6.7点vs.2.1点、3.8点、2.5~5.2、p<0.001)。 重篤な有害事象が169件(介入群70件、対照群99件)発現したが、試験と明らかに関連するものはなかった。729件の有害事象のうち32件(4%)が試験と関連し、身体の負傷が10件(介入群9件、対照群1件)、筋挫傷(肉離れ)が7件(6件、1件)、つまずき/転倒が6件(6件、0件)などであった。 著者は、「食事療法と運動療法による7.7kg(8%)の減量と、ウエスト周囲長の9cmの短縮は、変形性膝関節症の高齢者に健康上の利益をもたらす可能性がある」としている。

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第Xa因子阻害剤による出血時の迅速な薬剤特定システムを構築/AZ

 アストラゼネカとSmart119は、12月14日付のプレスリリースで、医療機関と救急隊における第Xa因子阻害剤服用中の出血患者を対象とした情報共有システムを構築し、病院到着時に患者の服用薬剤を特定することで、迅速かつ適切な処置を目指すと発表した。 直接作用型第Xa因子阻害剤を含む抗凝固薬は、非弁膜症性心房細動患者の脳梗塞予防や静脈血栓塞栓症の治療・再発予防を目的として広く使用されている。その一方で、服用中は通常より出血が起こりやすい状態となるため、事故や転倒などのきっかけで、大出血につながるリスクが高くなる。抗凝固薬服用中の患者において大出血が発現した際、抗凝固薬の中和剤を止血処置の一環として投与することで、出血の増大を抑えられる可能性がある。中和剤を適切に使用するためには、患者の服薬情報の把握が必要となるが、現状、救急隊の病院到着時に約30%の患者で、服用薬剤が特定できないと報告されている。  この現状を改善する1つの策として、アストラゼネカとSmart119の2社は、あらかじめ患者の服薬情報をデータベースに集約し、出血発現時に救急隊がSmart119を通じ、これらの情報を把握、搬送先の医療機関と迅速に情報共有できるシステムを構築するという。このシステムの構築は、i2.JP(アイツー・ドット・ジェイピー:Innovation Infusion Japan)―「患者中心」の実現に向けて、医療・ヘルスケア業界はどうあるべきか、といった難題の解決策を探るべく発足―というオープンなコミュニティにおいて、Smart119が運用する救急医療情報システム「Smart119」を活用するというアイデアから生まれた。 アストラゼネカは、「患者中心」の実現を目指す中で、抗凝固薬服用患者に対して、有事の際に一刻も早く適切な処置を届けることができるようSmart119と協力しながら取り組んでいく、としている。

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第136回 ゾコーバがついに緊急承認、本承認までに残された命題とは

こちらでも何度も取り上げていた塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)治療薬のエンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)がついに11月22日、緊急承認された。今回審議が行われた第5回薬事分科会・第13回医薬品第二部会合同会議も公開で行われたが、緊急承認に対して否定的意見が多数派だった前回に比べれば、かなり大人しいものになった。今回の再審議に当たって新たに塩野義製薬から提出されたデータは同薬の第II/III相試験の第III相パートの速報値だが、その内容については過去の本連載で触れたので割愛したい。審議内で一つ明らかになったのは第III相パートの主要評価項目、有効性の検証対象の用量、有効性の主要な解析対象集団が試験中に変更されていたことだ。もともと、エンシトレルビルでの主要評価項目は新型コロナ関連12症状の改善だったが、前回の合同会議で示された第IIb相パートの結果やオミクロン株の特性に合わせて、最終的な主要評価項目はオミクロン株に特徴的な5症状に変更されたという。これについて医薬品医療機器総合機構(PMDA)側は、新型コロナは流行株の変化で患者の臨床像なども変化することから、主要評価項目の適切さを試験開始前に設定するのは相当の困難これら変更が試験の盲検キーオープン前だったとの見解で許容している。少なくとも第IIb相のサブ解析結果の教訓を生かした形だ。そして、今回の審議でまず“噛みついた”のは前回審議で参考人の利益相反(COI)状況などを激しく責め立てた山梨大学学長の島田 眞路氏だった(参考:第118回)。その要点は以下の2点だ。緊急承認の条件には「代替手段がない」とあるが、すでに経口薬は2種類ある日本人集団だけ(治験は日本、韓国、ベトナムで実施)での解析では症状改善までの期間短縮はわずか6時間程度でとても有効とは言い切れないこれに対して事務方からの回答は以下のようなものだ。国産で安定供給ができ、適応が重症化リスクを問わないので代替手段がないに該当する日本人部分集団で群間差が小さい傾向が認められたことについて、評価・考察を行うための情報には限りがあり、今後改めて評価する必要がある島田氏の日本人集団に関する指摘に関しては、そもそも臨床試験自体が3ヵ国全体の参加者で無作為化されていることを考えれば、日本人集団のみのサブ解析結果は参考値程度に過ぎず、申し訳ないが揚げ足取りの感は否めない。もっとも島田氏がこの事務局説明に対して「(重症化)リスクのない人に使えるから良いんじゃないかって、リスクのない人はちょっと風邪症状があるなら、風邪薬でも飲んどきゃ良いんですよ」と反論したことは大筋で間違いではない。ただし、過去の新型コロナ患者の中には、表向きは基礎疾患がないにもかかわらず死亡した例があることも考えると、さすがに私個人はここまでは断言しにくい。一方、参加した委員から比較的質問・指摘が集中したのがウイルス量低下の意義に関するものだ。議決権はない国立病院機構名古屋医療センターの横幕 能行氏は「(今回の資料では)感染あるいは発症から72時間以内に投与しないと、機序も含めた解釈ではウイルス活性を絶ち切る、もしくはそれに近い効果を得ることはできない。そして72時間以降の投与ではウイルス量の低下もしくは感染性の低下については基本的にはまったく効果がないと読める。感染伝播の阻止、早期の職場復帰などを考えると、ウイルス量もしくは感染性の低下に関する効果のこの点を十分に認識していただいた上で市中に出す必要があるかと思う」と指摘した。これに関して事務方からは「ウイルス量低下の部分は、確かに数値の低下が認められているものの、これがどの程度の臨床的意義を持つかについてはなかなか評価が難しい」というすっきりしない反応だった。現段階でのデータではPMDAも何とも言えないのも実情だろう。最終的には島田氏以外の賛成多数により緊急承認が認められたが、臨床現場での意義はやはり依然として微妙だ。過去にも繰り返し書いているが、エンシトレルビルは、ニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッド)と同じCYP3A阻害作用を有する3CLプロテアーゼ阻害薬であるため、併用禁忌薬は36種類とかなり多い。中には降圧薬、高脂血症治療薬、抗凝固薬といった中高年に処方割合の多い薬剤も多く、この年齢層で投与対象は少ないとみられる。そもそもこの層はモルヌピラビルやニルマトレルビル/リトナビルとも競合するため、これまでの使用実績が多いこれら薬剤のほうが選択肢として優先されるはずだ。となると若年者だが、催奇形性の問題から妊孕性のある女性では使いにくいことはこれまでも繰り返し述べてきたとおりだ。今回の緊急承認を受けて日本感染症学会が公表した「COVID-19に対する薬物治療の考え方第 15版」では、妊孕性のある女性へのエンシトレルビルの投与に当たっては▽問診で直前の月経終了日以降に性交渉を行っていないことを確認する▽投与開始前に妊娠検査を行い、陰性であることを確認することが望ましい、と注意喚起がされている。しかし、現実の臨床現場でこれが可能だろうか? 女性医師が女性患者に尋ねる場合でも、かなり高いハードルと言える。となると、ごく一部の若年男性が対象となるが、これまで国も都道府県も重症化リスクのない若年者へはむしろ受診を控えるよう呼びかけている。もしこうした若年男性がエンシトレルビルの処方を受けたいあまり発熱外来に殺到するならば、感染拡大期には逆に医療逼迫を加速させてしまい本末転倒である。では前述のような見かけ上では重症化リスクがないにもかかわらず突然死亡に至ってしまうような危険性がある症例を選び出して処方できるかと言えば、そうした危険性のある症例自体が現時点ではまだ十分に医学的プロファイリングができていない。そもそも、エンシトレルビルの第III相パートの結果で明らかになったのはオミクロン株特有の臨床症状の改善であって、重症化予防は今のところ未知数だ。となると、後は重症化リスクのない軽症・中等症の中で臨床症状が重めな「軽症の中の重症」のようなやや頭の中がこんがらがりそうな症例を選ばなければならない。強いて言うならば、たとえば酸素飽和度の基準で軽症と中等症を行ったり来たりするような不安定な症例だろうか? ただ、今までもこうした症例で抗ウイルス薬なしで対処できた例も少なくないだろう。そして国の一括買い上げのため価格は不明だが、抗ウイルス薬が安価なはずはなく、多くの臨床医が投与基準でかなり悩むことになるだろう。ならば専門医ほどいっそ端から使わないという選択肢、非専門医は悩んだ末にかなり幅広く処方するという二極分化が起こりうる可能性もある。この薬がこうも悩ましい状況を生み出してしまうのは、前回の合同会議の審議でも話題の中心だった「臨床症状改善効果の微妙さ」という点にかなり起因する。今回の第III相パートの結果では、オミクロン株に特徴的な5症状総合での改善ではプラセボ対照でようやく有意差は認められたものの、有意水準をどうにかクリアしたレベル(p=0.04)だ。ちなみに、もともとの主要評価項目だった12症状総合では今回も有意差は認められなかった。さらに言うと、緊急承認後に塩野義製薬が開催した記者会見後のぶら下がり質疑の中で同社の執行役員・医薬開発本部長の上原 健城氏は、今回の試験では解熱鎮痛薬の服用は除外基準に入っておらず、第III相パートでは両群とも被験者の2~3割はエンシトレルビルと解熱鎮痛薬の併用だったことを明らかにしている。もちろんリアルワールドを考えれば、解熱鎮痛薬を服用していない患者のみを集めるのは難しいだろう。「(解熱鎮痛薬服用が症状判定の)ノイズになってしまってはいけないので、服用直後数時間はデータを取らないようにした」(上原氏)とのこと。ただし、解熱鎮痛薬の抗炎症効果を考えれば、今回の主要評価項目に含まれていたオミクロン株に特徴的な症状のうち、「喉の痛み」の改善などには影響を及ぼす可能性はある。そうなるとエンシトレルビルの「真水」の薬効は、ますます微妙だと言わざるを得ない。もちろん今回の第III相パートはそもそも9割以上の被験者がワクチン接種済みで、さらに2~3割が解熱鎮痛薬の服用があった中でも有意差を認めたのだから、それらがない前提ならばもっと効果を発揮できた可能性もあるのでは? という推定も成り立つが、そう事は簡単な話ではない。緊急承認という枠組みで今後の追加データ次第では1年後に本承認となるか否かという大きな命題が残っていることもあるが、「統計学的有意差を認めたから、少なくとも現時点での緊急承認はこれで一件落着」と素直には言い難いと私個人は思っている。

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