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鎖骨下静脈穿刺後の無気肺で死亡したケース

感染症最終判決判例時報 1589号106-119頁概要金属プレス機に両手を巻き込まれた19歳男性。救急搬送された大学病院にて、手袋の繊維、機械油で汚れた手をガーゼ、ブラシで洗浄し、消毒、デブリードマンを施行した。左手には有茎植皮術、右手には一時的な創縫合手術を施行し、術後抗菌薬を投与した。投与後、創部から黄緑色の浸出液と刺激臭があり、緑膿菌感染を疑い硫酸ゲンタマイシンンなどを追加。その後、浸出液と刺激臭は消失し、壊死部の除去を含めた右手皮弁切離術、左手小指端形成術を施行した。さらに右手では左胸部有茎植皮術、左手では腹部有茎植皮術を行った。約1週間後に41.1℃の発熱があり、敗血症疑いから血液培養を施行(結果は陰性)。しかし、翌日に軽度の呼吸困難があり、突然の痙攣発作と意識障害が出現したことからエンドトキシンショックを疑い、血管確保の目的で鎖骨下静脈穿刺が行われた。穿刺中に患者が上体を起こしたことから中止し、身体拘束後に再度右鎖骨下静脈にラインを確保した。しかし、胸部X線写真で右鎖骨下に血腫を認めたため、再度右そけい部からカテーテルを挿入した。その後、瞳孔散大傾向、対光反射喪失、嘔吐もみられたので気管内挿管を施行。諸検査を行おうとしたところ、心肺停止状態となり、蘇生が開始されたが、死亡した。詳細な経過患者情報19歳男性経過1990年8月17日12:10金属プレス機のローラーに両手を挟まれて受傷した19歳男性。某大学病院に救急搬送された時には、受傷時につけていた手袋の繊維、機械油などで両手の傷は著しく汚染されていた。13:30頃創洗浄開始。14:45緊急手術のための麻酔開始。同時にガーゼ、ブラシを用いた洗浄、消毒、デブリードマン施行。洗浄用の生食水(500mL)40本使用。左手:手掌皮膚は手関節から基節骨までグローブ状に剥離:有茎植皮術施行右手:手背の皮膚欠損および筋挫滅、一部では骨にまで達する:一時的な創縫合手術施行術後抗菌薬としてセフメタゾールナトリウム(商品名:セフメタゾン)、硫酸ジベカシン(同:パニマイシン)を使用。8月30日はじめて創部から黄緑色の浸出液と刺激臭があり、緑膿菌感染が疑われたため、硫酸ゲンタマイシン(同:ゲンタシン軟膏)、セフタジジム(同:モダシン)を投与。9月4日黄緑色浸出液と刺激臭はほとんど消失。9月10日右手皮弁切離術、左手小指断端形成術(壊死部の除去も行う)。9月26日浸出液が消失する一方、壊死部もはっきりとしてきたので、右手は左胸部有茎植皮術、左手は腹部有茎植皮術施行。術後から38~39℃の発熱が持続。10月1日41.1℃の発熱があり、敗血症を疑って血液培養施行(結果は陰性)。10月2日15:20軽度の呼吸困難出現。15:30突然痙攣発作と意識障害が出現。血圧92mmHg、脈拍140、呼吸回数22回。内科医師の往診を受け、エンドトキシンショックが疑われたため、血管確保目的で鎖骨下静脈穿刺が行われた。ところが穿刺中に突然上体を起こしてしまったため、いったん穿刺を中止。その後身体を拘束したうえで再度右鎖骨下静脈にラインを確保した。ところが、胸部X線写真で右鎖骨下に血腫を認めたため、カテーテルを抜去、右そけい部から再度カテーテルを挿入した。16:30瞳孔散大傾向、対光反射がなくなり、嘔吐もみられたため気管内挿管施行。腰椎穿刺にて採取した髄液には異常なかった。そこで頭部CTを施行しようと検査室に移動したところで心肺停止状態となる。ただちに蘇生が開始されたが反応なし。19:57死亡確認。病理解剖の結果、両肺無気肺(ただし左肺は一部換気)、(敗血症性)脳内小血管炎、脳浮腫、感染脾、全身うっ血傾向、右鎖骨下血腫、右胸水が示された。当事者の主張患者側(原告)の主張生命の危険性、あるいは手指の切断についての説明がないのは説明義務違反がある適切な感染症対策を行わず、敗血症に罹患させたのは注意義務違反である鎖骨下静脈穿刺により、無気肺を生じさせたのは注意義務違反である緑膿菌などに感染し、敗血症性の呼吸困難が生じていたことに加え、鎖骨下静脈穿刺の際に生じた鎖骨下血腫および血性胸水が無気肺をもたらしたことが原因となり、呼吸不全から心停止にいたり死亡した病院側(被告)の主張容態急変する前の9月26日までは順調に経過しており、手術前にその急変を予測して説明を行うのは不可能であった創は著しく汚染されていたので、無菌化することは困難であった。感染すなわち失敗という考え方は妥当ではない鎖骨下静脈穿刺により、無気肺を生じたとしても、患者が突然寝返りを打つなどして動いたことが原因である。患者救命のための緊急事態下で行われた措置であることを考慮すれば、不可抗力であった病理解剖所見では、突然の呼吸停止とまったく蘇生不能の心停止が同時に生じるという臨床的経過と符合しないため、結局突然死と診断されており、死亡原因の特定はできない裁判所の判断1.病院側は原因不明の突然死というが、病理解剖の結果心臓には心停止をもたらすような病変は確認されておらず、敗血症性の感染症および無気肺の存在以外には死亡に結びつく病変は確認されていないので、原告の主張通り、緑膿菌などに感染し、敗血症性の呼吸障害ないしは呼吸機能の低下、ならびに鎖骨下静脈穿刺の際に生じた鎖骨下血腫および血性胸水が無気肺をもたらしたことによる換気能力の低下、呼吸不全から心停止にいたり死亡した2.ゴールデンアワー内に十分な洗浄、消毒、デブリードマンなどを徹底して行い、その後も十分な洗浄、消毒、デブリードマンを行うべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った。その結果、敗血症性の重篤な感染症に罹患させたものである3.鎖骨下静脈穿刺の時にはいつ痙攣や不穏状態が生じるか予測できない状態であったので、穿刺時の不測の体動を予見することは十分に可能であった。そのため、身体を拘束したうえで鎖骨下静脈穿刺を行うべき注意義務を違反した4.説明義務違反は十分な洗浄や消毒を行わなかった過失に含まれる原告側合計7,077万円の請求に対し、5,177万円の判決考察この判決内容を熟読してみて、臨床を熱心に実践されている先生方のご苦労と、ひとたび結果が悪かった時に下される司法の判断との間には、大きな相違があると感じずにはいられませんでした。まず、最大の誤解は、「手の開放創からの感染は、十分な洗浄、消毒、デブリードマンを徹底して施行すれば、ほぼ確実に防止できるものである」と断定していることだと思います。いくら抗菌薬が発達した現代であっても、本件のような難治性の感染症を完全に押さえ込むのが難しいことは、われわれが常日頃感じているジレンマのような気がします。本件で不十分と判断されてしまった創の消毒・洗浄方法をもう一度みてみると、12:40(受傷後30分)救急搬入、バイタルサインが安定していることを確かめた後、両手に付着していた線維などを取り除いたうえで、ポビドンヨード(商品名:イソジン)、クロルヘキシジングルコン酸(同:ヒビテン)で消毒。13:30(受傷後1時間20分)抗菌薬を静注しながら、両腋窩神経、および腕神経叢ブロックを施行したうえで、ただちに創洗浄を開始。14:45(受傷後2時間35分)全身麻酔下の手術が必要と考えたため麻酔導入。麻酔完了後、ガーゼ、ブラシを用いながらヒビテン®液で軟部組織、骨、皮膚に付着した油様のものなどをよく洗浄したうえで消毒し、壊死組織、挫滅組織を切除、さらに生理食塩水でブラッシングしデブリードマンを完了。この間に使用した生食は20L。とあります。裁判ではしきりに、受傷後6時間以内のゴールデンタイムに適切な処置が行われなかったことが強調されましたが、このような病院側の主張をみる限り、けっして不注意があったとか、しなければならない処置を忘れてしまったなどという、不誠実なものではなかったと思います。少なくとも、受傷6時間の間に行った処置は、他人から批判を受けなければならないような内容とはいえないのではないでしょうか。にもかかわらず、「きちんと洗浄、消毒をすれば菌は消える」などと安易に考え、「菌が消えないのならば最初の処置が悪かったに決まっている」と裁判官が即断してしまったのは、あまりにも短絡しすぎていると思います。あくまでも過誤があると主張するのならば、洗浄に用いた生食が20Lでは足りなくて、30Lだったらよかったのでしょうか?そこまで医師の措置を咎めるのであれば、当時の医師たちのどこに不適切な点があって、どのような対策を講じたら敗血症にまでいかずにすんだのか、つまり今回と同様な患者さんが来院した場合には、どうすれば救命することができるのか、(権威ある先生にでも聞いたうえで)示すべきだと思うのですが、裁判官はその点をまったく考慮せず、一方的な判決となってしまいました。それ以外にも、容態急変時の血液ガスで酸素分圧が137.8mmHg(正常値は85~105)という数値をみて、「酸素分圧が正常値を大きく越えるものであり、無気肺により換気能力の低下を来した」と判断している点は、裁判官の勉強不足を如実に示しています。この当時、当然酸素投与がなされているはずですから、酸素分圧が137.8mmHgとなっても不思議に思わないし、それをもって換気障害があるとは判断しないのが常識でしょう。にもかかわらず、ことさら「酸素分圧が正常値を越えた」というだけで「注意義務違反に該当する医療行為があった」と短絡しているのは、どうも最初から「医者が悪い」という結論を導くために、こじつけた結果としか思えません。少なくとも、そのような間違った見解を判決文に載せる前に、専門家に確認するくらいの姿勢はみせるべきだと思います。鎖骨下静脈穿刺についても、同じようなことがいえると思います。当時の内科医師は、鎖骨下静脈穿刺前の局所麻酔の時に、患者がとくに暴れたり痛がったりしなかったので、あえて押さえつけながら穿刺を行わなかったと証言しています。これはごく当たり前の考え方ではないでしょうか。この裁判官の判断が正しいとするならば、意識がもうろうとしている患者さんに注射する時には、全員身体を拘束せよ、という極端な結論となります。実際の臨床現場では、そのようなことまであえてしないものではないでしょうか。病院側は不可抗力であったと主張していますが、そのように考えるのももっともであり、すべてが終わった後で判断する立場でこのような判決文を書くのは、少々行き過ぎのような気がしてなりません。ただ一方で、前途ある19歳の若者が命を落としてしまったのも事実です。その過程では、よかれと思った医療行為が裏目に出て、敗血症に至ったり、鎖骨下血腫を形成して死亡に少なからず寄与しました。しかし、ではどこでどのような反省をして、今後どのような対処をするべきかという、前向きの考え方がなかなかこのケースでは検討しにくいのではないでしょうか。つまり、本ケースのように医療行為の結果が悪くて裁判に発展してしまい、本件のような裁判官に当たると、医師にとって不利な判決にならざるを得ないという、きわめて釈然としない「医療過誤」になってしまうと思います。感染症

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第10回 療養指導義務:「何かあったら受診ください」ではダメ!どうする患者指導!!

■今回のテーマのポイント1.療養指導義務は説明義務の一類型であるが、治療そのものである2.「重大な結果が生ずる可能性がある」場合には、たとえ当該可能性が低くとも、療養に関する指導をしなければならない3.「何か変わったことがあれば医師の診察を受けるように」といったような一般的、抽象的な指導では足りず、しっかりと症状等を説明し、どのような場合に医師の診察が要するか等具体的に指導しなければならない事件の概要母X2は、Y産婦人科医院にて、妊娠34週に2200gの第3子(児X1)を出産(吸引分娩)しました。低出生体重児ではありましたが、出生時に児の異状は認められませんでした。しかし、出生後、X1には早期黄疸が認められるようになり、徐々に黄疸は増強してきました。第一子、第二子出産の際にも新生児期に黄疸が出ていたことから、母X2の依頼によりX1の血液型検査をしたところ、母X2と同じO型と判定されました(後に再検査したところX1の血液型はO型ではなくA型と判明しました)。そのため、医師Yは、母X2に対し、黄疸について、「大丈夫だ。心配はいらない」と伝え、退院時(出生より10日目)にも母X2に対し「血液型不適合もなく、黄疸が遷延しているのは未熟児だからであり、心配はない」、「何か変わったことがあったらすぐに当院あるいは近所の小児科の診察を受けるように」とだけ説明をしました。ところが、退院3日後(出生より13日目)より黄疸の増強と哺乳力の減退が現れました。母X2は、医師Yの退院時説明や、受診を急ぐことはないとの夫からの意見もあり、様子をみることとし、結局、外来受診したのは退院から8日後となりました。その結果、X1は核黄疸が進行し、治療を受けたものの、強度の運動障害のため寝たきりとなりました。X1及び両親は、医師Yに対し、X1に対する処置及び退院時の療養指導に不備があったとして約1億円の損害賠償請求を行いました。第1審では「X1に対する処置及び療養指導について過失はない」として原告の請求を棄却しました。同様に控訴審においても、「新生児特に未熟児の場合は、核黄疸に限らず様々な致命的疾患に侵される危険を常に有しており、医師が新生児の看護者にそれら全部につき専門的な知識を与えることは不可能というべきところ、新生児がこのような疾患に罹患すれば普通食欲の不振等が現れ全身状態が悪くなるのであるから、退院時において特に核黄疸の危険性について注意を喚起し、退院後の療養方法について詳細な説明、指導をするまでの必要はなく、新生児の全身状態に注意し、何かあれば来院するか他の医師の診察を受けるよう指導すれば足りる」として原告の請求を棄却しました。これに対し原告が上告したところ、最高裁は、療養指導義務につき過失を認め、原判決を破棄差し戻しとし、下記の通り判示しました(差し戻し審後の認容額約6400万円)。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過母X2は、Y産婦人科医院にて、妊娠34週に2200gの第3子(児X1)を出産(吸引分娩)しました。低出生体重児ではありましたが、出生時に児の異状は認められませんでした。しかし、出生後、X1には早期黄疸が認められるようになり、徐々に黄疸は増強してきました。母X2は、第一子、第二子出産の際にも新生児期に黄疸が出ており、知人からこのような場合には、黄疸が強くなると児が死ぬかもしれないと聞かされていたことから不安に思い、医師YにX1の血液型検査を依頼しました。検査の結果、X1の血液型は、母X2と同じO型と判定されました(後に再検査したところX1の血液型はO型ではなくA型と判明しました)。X1の黄疸は、生後4日目には肉眼的に認められるようになり、生後6日目に測定した総ビリルビン値は 2.5mg/dLでしたが、その後、X1が退院するまで肉眼的には黄疸が増強することはありませんでした。医師Yは、母X2に対し、血液型不適合はなく、黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心配はないと伝えました。そして、退院時(出生より10日目)にも母X2に対し「血液型不適合もなく、黄疸が遷延しているのは未熟児だからであり、心配はない」、「何か変わったことがあったらすぐに当院あるいは近所の小児科の診察を受けるように」とだけ説明をしました。ところが、退院3日後(出生より13日目)より黄疸の増強と哺乳力の減退が現れました。母X2は、医師Yの退院時説明や、受診を急ぐことはないとの夫からの意見もあり、様子をみることとし、結局、A病院の小児科外来を受診したのは退院から8日後となりました。A病院受診時のX1は、体重2040gで顕著な肉眼的黄疸が認められ、自発運動は弱く、診察上、軽度の落葉現象が認められ、モロー反射は認められるものの反射速度は遅くなっており、総ビリルビン値は 34.1mg/dL(間接ビリルビン値 32.2mg/dL)でした。直ちに交換輸血が行われたものの、X1は強度の運動障害のため寝たきりとなりました。事件の判決「新生児の疾患である核黄疸は、これに罹患すると死に至る危険が大きく、救命されても治癒不能の脳性麻痺等の後遺症を残すものであり、生後間もない新生児にとって最も注意を要する疾患の一つということができるが、核黄疸は、血液中の間接ビリルビンが増加することによって起こるものであり、間接ビリルビンの増加は、外形的症状としては黄疸の増強として現れるものであるから、新生児に黄疸が認められる場合には、それが生理的黄疸か、あるいは核黄疸の原因となり得るものかを見極めるために注意深く全身状態とその経過を観察し、必要に応じて母子間の血液型の検査、血清ビリルビン値の測定などを実施し、生理的黄疸とはいえない疑いがあるときは、観察をより一層慎重かつ頻繁にし、核黄疸についてのプラハの第一期症状が認められたら時機を逸ずることなく交換輸血実施の措置を執る必要があり、未熟児の場合には成熟児に比較して特に慎重な対応が必要であるが、このような核黄疸についての予防、治療方法は、上告人X1が出生した当時既に臨床医学の実践における医療水準となっていたものである。・・・・(中略)・・・・そうすると、本件において上告人X1を同月30日の時点で退院させることが相当でなかったとは直ちにいい難いとしても、産婦人科の専門医である被上告人Yとしては、退院させることによって自らは上告人X1の黄疸を観察することができなくなるのであるから、上告人X1を退院させるに当たって、これを看護する上告人母X2らに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべきところ,被上告人Yは、上告人X1の黄疸について特段の言及もしないまま、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、かかる被上告人Yの措置は、不適切なものであったというほかはない」(最判平成7年5月30日民集175号319頁)ポイント解説今回は「療養指導義務」がテーマとなります。前回までのテーマであった説明義務には、大きく分類して2種類あり、一つはインフォームド・コンセントのための説明義務、もう一つが今回のテーマである療養指導義務です。糖尿病における食事療法、運動療法に代表されるように、疾患の治療は、医師のみが行うのではなく、患者自身が療養に努めることで、功を奏します。しかし、医療は高度に専門的な知識を必要としますので、患者自らが適切な療養をするために、専門家である医師が、患者がなすべき療養の方法等を指導しなければなりません。インフォームド・コンセントのための説明義務が患者の自己決定のために行われるのに対し、療養指導義務は、患者の疾病に対する治療そのものであることに大きな違いがあります。すなわち、インフォームド・コンセントのための説明義務違反があったとしても、通常は、自己決定権の侵害として、精神的慰謝料(数十~数百万円程度)が認められるにとどまりますが、療養指導義務違反においては、患者の身体に生じた損害(死傷)として場合によっては数千万~数億円単位の損害賠償責任を負うこととなります。療養指導義務が民事訴訟において争われる類型としては、(1)退院時の療養指導(2)経過観察時の療養指導(3)外来通院時の療養指導があります。特に注意が必要となるのが、本事例のように医師の管理が行き届きやすい入院から目の届かない外来へと変わる退院時の療養指導(1)及び、頭部外傷等で救急外来を受診した患者を帰宅させる際に行う療養指導(2)です。本事例以外に退院時の療養指導義務が争われた事例としては、退院時に処方された薬剤により中毒性表皮壊死症(TEN)を発症し死亡した事例で、「薬剤の投与に際しては、時間的な余裕のない緊急時等特別の場合を除いて、少なくとも薬剤を投与する目的やその具体的な効果とその副作用がもたらす危険性についての説明をすべきことは、診療を依頼された医師としての義務に含まれるというべきである。この説明によって、患者は自己の症状と薬剤の関係を理解し、投薬についても検討することが可能になると考えられる。・・・(中略)・・・患者の退院に際しては、医師の観察が及ばないところで服薬することになるのであるから、その副作用の結果が重大であれば、発症の可能性が極めて少ない場合であっても、もし副作用が生じたときには早期に治療することによって重大な結果を未然に防ぐことができるように、服薬上の留意点を具体的に指導すべき義務があるといわなくてはならない。即ち、投薬による副作用の重大な結果を回避するために、服薬中どのような場合に医師の診察を受けるべきか患者自身で判断できるように、具体的に情報を提供し、説明指導すべきである」(高松高判平成8年2月27日判タ908号232頁)と判示したものがあります。また、救急外来において頭部打撲(飲酒後階段から転落)患者の帰宅時の療養指導が争われた事例(患者は急性硬膜下血腫等により死亡)では、「このような自宅での経過観察に委ねる場合、診療義務を負担する医師としては、患者自身及び看護者に対して、十全な経過観察を尽くし、かつ病態の変化に適切に対処できるように、患者の受傷状況及び現症状から、発症の危険が想定される疾病、その発症のメルクマールとなる症状ないし病態の変化、右症状ないし病態変化が生起した場合に、患者及び看護者が取るべき措置の内容、とりわけ一刻も早く十分な診療能力を持つ病院へ搬送すべきことを具体的に説明し、かつ了知させる義務を負うと解するのが相当である」(神戸地判平成2年10月8日判時1394号128頁)と判示されています。本判決を含めた判例の傾向としては、1)「重大な結果が生ずる可能性がある」場合には、たとえ当該可能性が低くとも、療養に関する指導をしなければならないとしていること2)「何か変わったことがあれば医師の診察を受けるように」といったような一般的、抽象的な指導では足りず、しっかりと症状等を説明し、どのような場合に医師の診察が要するか等、具体的に指導することが求められています。患者の生命、身体に関する必要な情報は提供されるべきであることは当然ですが、この医師不足の中で医師は多忙を極めており、すべての患者に対し、上記内容を医師が直接、口頭で説明することは、残念ながら現実的には非常に困難であるといえます。だからといって、医師による直接、口頭にこだわる余り、説明、指導の内容を縮減することは患者のためになりません。したがって、療養指導義務の主体や方法については、第8回「説明義務 その2」で解説したように、書面による指導や他の医療従事者による指導を適宜用いることで、柔軟に対応すべきです。もちろん、このような方法により法的な療養指導義務や説明義務を果たした上で、医師患者関係の形成のための医師による直接、口頭の説明、指導を行うことは、法的責任とは離れた「医師のプロフェッションとしての責任」として、果たすべきであることも忘れてはなりません。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)最判平成7年5月30日民集175号319頁高松高判平成8年2月27日判タ908号232頁本事件の判決については、最高裁のサイトでまだ公開されておりません。神戸地判平成2年10月8日判時1394号128頁本事件の判決については、最高裁のサイトでまだ公開されておりません。

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第9回 説明義務 その3:「説明義務の客体」癌の告知は誰まですべき!?

■今回のテーマのポイント1.法的な説明義務の客体は、診療契約の当事者である患者である2.診療契約の当事者でない家族に対して、患者の同意なく患者情報を提供しても違法とならない場合は限られている3.患者の同意なく、家族に患者情報を提供する法的義務を課すこと及び家族を探索する義務を課すことは、行き過ぎといえるが、判例があるため注意する必要がある事件の概要77歳男性(X)は、昭和60年より虚血性心疾患等にてY病院の循環器科に外来通院していました。平成2年10月に胸部X線を撮影したところ、肺野にコイン様陰影が認められたことから、呼吸器内科医であるA医師にコンサルトし、精査した結果、多発性の肺腫瘍で胸水貯留もあることが判明しました。A医師は、すでに根治的治療は困難であり、Xの余命は長くて1年程度と判断したため、Xに対し、病名を伏せ、肺の検査をするために入院するように勧めました。しかし、Xは、「高齢の妻と2人暮らしのため入院はできない」と拒否しました。また、A医師は、診察に家族を同行するよう依頼しましたが、結局Xは1人で通院してきました。翌月、A医師は、Xの家族には病名を伝えた方がいいと考え、カルテ記載のXの自宅電話番号にも電話しましたが、つながりませんでした。その後、外来主治医がB医師に変更され、2ヵ月通院していましたが、それ以上家族に連絡を取る等は行われませんでした。最終的にXは、他院に入院したものの平成3年10月に死亡しました。なお、Xには、最後まで病名の告知はなされませんでした。これに対し、Xの家族は、Y病院に対し、Xが末期癌であることを本人又は家族である原告らに対し告知しなかったことは、説明義務違反であるとして1600万円の損害賠償請求を行いました。第1審では末期癌の告知をいつ、誰に、どのような方法で行うかは、医師に広範な裁量が認められるとして、原告の請求を棄却しましたが、第2審においては、Xに対して告知しなかったことは違法ではないものの、患者本人に対し告知しないと判断した以上、医師には患者の家族に関する情報を収集する義務があり、必要であれば家族と直接接触するなどして患者家族に対して告知するか否かを検討する義務があるとして、これに違反したY病院に対し120万円の損害賠償責任を認めました。この原審に対し、Y病院が上告したところ、最高裁は、家族に対する説明義務につき、原審を維持したうえで、下記の通り判示しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過77歳男性(X)は、昭和60年より虚血性心疾患等にてY病院の循環器科に外来通院していました。平成2年10月に胸部X線を撮影したところ、肺野にコイン様陰影が認められたことから、呼吸器内科医であるA医師にコンサルトし、精査した結果、多発性の肺腫瘍で胸水貯留もあることが判明しました。12月にA医師の外来を受診した際、Xが前胸部痛を訴えたこと、Y1はすでに根治的治療は困難であり、Xの余命は長くて1年程度と判断したことから、Xに対し、病名を伏せ、肺の検査をするために入院するように勧めました。しかし、Xは、「高齢の妻と2人暮らしのため入院はできない」と拒否しました。また、A医師は、診察に家族を同行するよう依頼しましたが、結局Xは1人で通院してきました。翌1月、A医師は、Xの家族には病名を伝えた方がいいと考え、カルテ記載のXの自宅電話番号にも電話もしましたが、つながりませんでした。A医師は、翌月よりY病院で診療をしなくなることから、Xのカルテに「転移病変につきXの家族に何等かの説明が必要」と記載しました。2月から、外来主治医がB医師に変更されましたが、B医師からは家族に連絡を取る等は行われませんでした。Xは、Y病院にて治療を受けていても前胸部痛が改善しないことから、3月になってZ病院を受診したところ、Z病院の医師CからXの長男に対して、Xが末期肺癌である旨の説明がなされました。最終的にXは、Z病院に入院し、同年10月に死亡しました。なお、Xには、最後まで病名の告知はなされませんでした。事件の判決「医師は、診療契約上の義務として、患者に対し診断結果、治療方針等の説明義務を負担する。そして、患者が末期的疾患にり患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した場合には、患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと、当該医師は、診療契約に付随する義務として、少なくとも、患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し、同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し、告知が適当であると判断できたときには、その診断結果等を説明すべき義務を負うものといわなければならない。なぜならば、このようにして告知を受けた家族等の側では、医師側の治療方針を理解した上で、物心両面において患者の治療を支え、また、患者の余命がより安らかで充実したものとなるように家族等としてのできる限りの手厚い配慮をすることができることになり、適時の告知によって行われるであろうこのような家族等の協力と配慮は、患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきであるからである。これを本件についてみるに、Xの診察をしたA医師は、前記のとおり、一応はXの家族との接触を図るため、Xに対し、入院を1度勧め、家族を同伴しての来診を1度勧め、あるいはカルテに患者の家族に対する説明が必要である旨を記載したものの、カルテにおけるXの家族関係の記載を確認することや診察時に定期的に持参される保険証の内容を本件病院の受付担当者に確認させることなどによって判明するXの家族に容易に連絡を取ることができたにもかかわらず、その旨の措置を講ずることなどもせず、また、本件病院の他の医師らは、A医師の残したカルテの記載にもかかわらず、Xの家族等に対する告知の適否を検討するためにXの家族らに連絡を取るなどして接触しようとはしなかったものである。このようにして、本件病院の医師らは、Xの家族等と連絡を取らず、Xの家族等への告知の適否を検討しなかったものであるところ、被上告人〔患者側〕については告知を受けることにつき格別障害となるべき事情はなかったものであるから、本件病院の医師らは、連絡の容易な家族として、又は連絡の容易な家族を介して、少なくとも同被上告人らと接触し、同被上告人らに対する告知の適否を検討すれば、同被上告人らが告知に適する者であることが判断でき、同被上告人らに対してAの病状等について告知することができたものということができる。そうすると、本件病院の医師らの上記のような対応は、余命が限られていると診断された末期がんにり患している患者に対するものとして不十分なものであり、同医師らには、患者の家族等と連絡を取るなどして接触を図り、告知するに適した家族等に対して患者の病状等を告知すべき義務の違反があったといわざるを得ない」(最判平成14年9月24日民集207号175頁)ポイント解説今回は3回にわたる説明義務の最終回となります。テーマは、「説明義務の客体」についてです。診療契約は、医療機関(*医師個人ではないことに注意〔第8回参照〕)と患者個人との間で締結されています。したがって、患者以外の第三者は、たとえ家族であったとしても法律上の関係がない第三者ですから、原則として契約上の義務である説明義務の対象とはなり得ません。特に、医師等医療従事者には刑法134条1項(秘密漏示)※1等に守秘義務が定められており、違反した場合には刑事罰が科されることもありますので、たとえ患者家族であったとしても(家族間で相続争いがある場合など、往々にして紛争の種になることがあります)みだりに第三者に患者の情報を伝えることは許されないといえます。さらに、本最高裁判決後である平成15年に成立し、平成17年に全面施行となった「個人情報保護法」※2からも、患者の同意なく第三者に患者情報を提供することは、原則的には許されない(個人情報保護法23条1項)ことから、本判決との整合的理解が必要となります。●患者本人の同意なく家族に病状を伝えることは違法か?それでは、患者の同意なく家族に患者情報を伝えることは、一切許されないかと問われるとそうではありません。刑法134条1項は「正当な理由」がある場合には、医師等が患者の情報を第三者に提供しても守秘義務違反にはならないとしています。したがって、家族に病状を伝えることが「正当な理由」に該当するのは、どういった場合かが問題となります。この点、現在は、個人情報保護法がありますので、個人情報保護法上、適法に第三者に提供できる場合は、少なくとも「正当な理由」に該当すると考えられます。すなわち、個人情報保護法23条1項各号に該当する場合には「正当な理由」に該当する結果、守秘義務違反とならないと考えられます。したがって、患者の同意なく家族に病状を伝える場合であっても、個人情報保護法23条1項2号「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」に該当するような場合、すなわち、意識がない患者又は重度の認知症の高齢者などにおいて、病状や状況を家族等に説明する場合には、患者の同意がなくても「正当な理由」があると考えられます。ただし、その場合であっても「本人の家族等であることを確認した上で、治療等を行うに当たり必要な範囲で、情報提供を行うとともに、本人の過去の病歴、治療歴等について情報の取得を行う。本人の意識が回復した際には、速やかに、提供及び取得した個人情報の内容とその相手について本人に説明するとともに、本人からの申し出があった場合、取得した個人情報の内容の訂正等、病状の説明を行う家族等の対象者の変更等を行う」(国立大学附属病院における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン)ことが必要と考えられます。●適法に患者家族に病状を伝えるための方法は?しかし、患者の同意が不要となるのが、そのような特別な場合だけに限るとすると、日常診療に多大な支障をきたすことになるのは明らかです。そのため、現在の実務運用としては、診療に関する患者情報の家族への提供は、「院内掲示」を用いた事前の包括的同意取得によって、患者の同意を得ているとして適法に行えることにしています。つまり、「国立大学附属病院については、患者に適切な医療サービスを提供する目的のために、当該国立大学附属病院において、通常必要と考えられる個人情報の利用範囲を施設内への掲示(院内掲示)により明らかにしておき、患者側から特段明確な反対・留保の意思表示がない場合には、これらの範囲での個人情報の利用について同意が得られているものと考えられる」(国立大学附属病院における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン)としており、この院内掲示に「患者さんの家族への病状説明」と記載することで、包括的同意を取得していることとなるため、家族への病状説明が適法になるのです。●本判決の整合的理解さて、患者の同意なく家族に病状を伝えても違法とはならない場合は理解できましたが、だからといって、そのような場合においては、当然に患者の同意なく家族に病状を伝えなければならない(=伝えないことが違法)ということにはなりません。たとえば、救急搬送された患者が覚せい剤を使用していることが判明した場合、その旨を警察に通報することは、「医師が、必要な治療または検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物成分を検出した場合に、これを捜査機関に通報することは、正当行為として許容されるものであって、医師の守秘義務に違反しないというべきである」(最判平成17年7月19日刑集第59巻6号600頁)とされていますが、逆に警察に伝えなかったからといっても違法にはなりません。そして、現在の法律上、患者の同意なくとも第三者に患者情報を提供する義務が課されているのは、 (児童虐待の防止等に関する法律第6条1項)児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。 (同法同条3項)刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第1項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。 や麻薬及び向精神薬取締法、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律、食品衛生法等特殊な場合に限られています。本件では、医師が、医学的な判断から患者本人に癌告知をしないとした場合において、患者の同意なく家族に病状を伝えようとした場合ですが、個人情報保護法を踏まえた現在の解釈としては、同法23条1項2号に該当するといえますので、家族に伝えることが違法にはならないと考えられます。しかし、それを超えて契約関係にもない家族に伝えないことが違法かと問われると、何らの法律もない現状においては判断が分かれると考えます。特に、捜査機関ではない医療機関に、家族を探して連絡を取る義務(探索義務)を課すことは、たとえ患者や家族にとって重大な事実であったとしても行き過ぎといえます。しかも本件では、患者に「入院を1度勧め、家族を同伴しての来診を1度勧め、あるいはカルテに患者の家族に対する説明が必要である旨を記載」しているにもかかわらず、なお探索義務を尽くしていないとされています。探索義務に関連する他の判例としては、「医師としては真実と異なる病名を告げた結果、患者が自己の病状を重大視せず治療に協力しなくなることのないように相応の配慮をする必要がある。しかし、A医師は、入院による精密な検査を受けさせるため、Xに対して手術の必要な重度の胆石症であると説明して入院を指示し、二回の診察のいずれの場合においても同女から入院の同意を得ていたが、同女はその後に同医師に相談せずに入院を中止して来院しなくなったというのであって、同医師の右の配慮が欠けていたということはできない」(最判平成7年4月25日民集49巻4号1163頁)としているものや、「患者の疾患について、どのような治療を受けるかを決定するのは、患者本人である。医師が患者に対し治療法等の説明をしなければならないとされているのも、治療法の選択をする前提として患者が自己の病状等を理解する必要があるからである。そして、医師が患者本人に対する説明義務を果たし、その結果、患者が自己に対する治療法を選択したのであれば、医師はその選択を尊重すべきであり、かつそれに従って治療を行えば医師としての法的義務を果たしたといえる。このことは、仮にその治療法が疾患に対する最適な方法ではないとしても、変わりはないのである。そうだとすれば、医師は、患者本人に対し適切な説明をしたのであれば、更に近親者へ告知する必要はないと考えるのが相当である」(名古屋地判平成19年6月14日判タ1266号271頁)としたものがあります。これらを総合すると、1度では違法で2度だと適法というようにもみえますが、そういった問題なのでしょうか?倫理的に家族をできる限り探したほうがよいとすることは構いませんが、契約関係にもなく、法律上の明文もなく、場合によっては、先に述べたように相続等紛争にも発展しかねないことなども考えると、本判決は裁判所の行き過ぎた判断といえるのではないでしょうか。本判決がでた時代には、医療バッシングの風に流され、法と倫理の相違をわきまえず、明示された条文なしに裁判官自らの倫理観のみで、違法と判断する判決が多々生まれ、その結果、萎縮医療、医療崩壊が生じました。司法はその役割を自覚し、法律に基づく判断をするべきものと考えます。 ※1.(刑法134条1項)医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。※2.(個人情報の保護に関する法律23条1項)個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。一法令に基づく場合二人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。三公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。四国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。最判平成14年9月24日民集207号175頁最判平成17年7月19日刑集第59巻6号600頁最判平成7年4月25日民集49巻4号1163頁名古屋地判平成19年6月14日判タ1266号271頁

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第8回 説明義務 その2:説明するのは主治医? 執刀医?

■今回のテーマのポイント1.法的な説明義務の主体は、契約の当事者である医療機関であり、必ずしも当該患者におけるチーム医療の総責任者たる医師が行わなければならないわけではない2.他の者が説明を行う場合においては、チーム医療の総責任者は、条理上、患者やその家族に対し、手術の必要性、内容、危険性等についての説明が十分に行われるように配慮すべき義務を有する3.当該配慮義務の内容は、(1) 説明をするのに十分な知識、経験を有する者にこれを当たらせること(人選の妥当性)、(2) 必要に応じてその者を指導・監督すること(指導・監督の妥当性)である事件の概要患者(X)(死亡時67歳男性)は、平成10年8月頃から労作時に前胸部圧迫感が認められたため、同年9月にA病院の外来を受診しました。平成11年1月にA病院に検査入院したところ、大動脈弁閉鎖不全症があり、大動脈弁置換術が必要であると診断されました。その後、Xの自覚症状が持続していたことからA病院のB医師から同手術を受けるよう繰り返し勧められた結果、Xは、同年9月頃には手術を受ける決心をしました。Xは、A病院のB医師よりZ大学病院の心臓外科を紹介され、同年9月20日にZ大学病院に入院しました。Xに対する手術の執刀医はY1教授を予定し、入院主治医はY2となりました。主治医であるY2医師は、同月27日にX及びその家族に対し、翌28日に予定された手術の必要性、内容、危険性等について説明しました。同月28日、Xに対する大動脈弁置換術がY1教授の執刀で行われましたが、Xの大動脈壁が脆弱であったため、術中に縫合部より出血が生じ、その後心室細動を繰り返し、最終的には周術期心筋梗塞を発症してしまいました。周術期心筋梗塞に対し、大動脈冠状動脈バイパス術も行われましたが、ICUに戻った後もXの循環動態は改善せず、翌29日14時34分に死亡しました。これに対し、Xの家族は、執刀医であったY1教授及び主治医であったY2医師に対し、手術ミス及び説明義務違反があった等として、約4,200万円の損害賠償請求を行いました。第1審では、手術上のミスもなく、説明義務違反もないとして原告の請求を棄却しましたが、第2審では、術前にXの大動脈壁が脆弱である可能性が予見し得たのであるから、その点につき説明がなされていないとして説明義務違反を認め、315万円の損害賠償責任を認めました。この原審(第2審)で問題となったのは、直接、患者に説明したY2医師の説明義務違反があったとすることはまだしも、執刀医であったY1教授(Y2による説明時に同席していなかった)にも直接説明する義務があるとした点です。これに対し、Y1教授のみが上告したところ、最高裁は、Y1教授の説明義務違反につき、原審を破棄し、下記の通り判示しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過患者(X)(死亡時67歳男性)は、高血圧、高脂血症及び脳梗塞の既往がありました。平成10年8月頃から労作時に前胸部圧迫感が認められたため、同年9月にA病院の外来を受診しました。心エコー上大動脈弁閉鎖不全を認めたため、平成11年1月にA病院に検査入院しました。Xは、検査の結果、大動脈弁置換術が必要であると診断されました。その後、Xの自覚症状が持続していたことからA病院のB医師から同手術を受けるよう繰り返し勧められた結果、Xは、同年9月頃には手術を受ける決心をしました。Xは、A病院のB医師よりZ大学病院の心臓外科を紹介され、同年9月20日にZ大学病院に入院しました。Xに対する手術の執刀医はY1教授を予定し、入院主治医はY2となりました。Xに対し、同月25日まで術前検査が行われ、その結果、Z大学病院心臓外科でのカンファランスにおいても、大動脈弁置換術の手術適応があると判断されました。主治医であるY2医師は、同月27日にX及びその家族に対し、翌28日に予定された手術の必要性、内容、危険性等について説明しました。同月28日、Xに対する大動脈弁置換術がY1教授の執刀で行われましたが、Xの大動脈壁が脆弱であったため、術中に縫合部より出血が生じ、その後、心室細動をくり返し、最終的には、周術期心筋梗塞を発症してしまいました。周術期心筋梗塞に対し、大動脈冠状動脈バイパス術も行われましたが、ICUに戻った後もXの循環動態は改善せず、翌29日14時34分に死亡しました。事件の判決「一般に、チーム医療として手術が行われる場合、チーム医療の総責任者は、条理上、患者やその家族に対し、手術の必要性、内容、危険性等についての説明が十分に行われるように配慮すべき義務を有するものというべきである。しかし、チーム医療の総責任者は、上記説明を常に自ら行わなければならないものではなく、手術に至るまで患者の診療に当たってきた主治医が上記説明をするのに十分な知識、経験を有している場合には、主治医に上記説明をゆだね、自らは必要に応じて主治医を指導、監督するにとどめることも許されるものと解される。そうすると、チーム医療の総責任者は、主治医の説明が十分なものであれば、自ら説明しなかったことを理由に説明義務違反の不法行為責任を負うことはないというべきである。また、主治医の上記説明が不十分なものであったとしても、当該主治医が上記説明をするのに十分な知識、経験を有し、チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を指導、監督していた場合には、同総責任者は説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきである。このことは、チーム医療の総責任者が手術の執刀者であったとしても、変わるところはない。これを本件についてみると、前記事実関係によれば、上告人〔Y1〕は自らX又はその家族に対し、本件手術の必要性、内容、危険性等についての説明をしたことはなかったが、主治医であるY2医師が上記説明をしたというのであるから、Y2医師の説明が十分なものであれば、上告人が説明義務違反の不法行為責任を負うことはないし、Y2医師の説明が不十分なものであったとしても、Y2医師が上記説明をするのに十分な知識、経験を有し、上告人が必要に応じてY2医師を指導、監督していた場合には、上告人は説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきである。ところが、原審〔第2審〕は、Y2医師の具体的な説明内容、知識、経験、Y2医師に対する上告人の指導、監督の内容等について審理、判断することなく、上告人が自らXの大動脈壁のぜい弱性について説明したことがなかったというだけで上告人の説明義務違反を理由とする不法行為責任を認めたものであるから、原審の判断には法令の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである」(最判平成20年4月24日民集62巻5号1178頁)※〔 〕は編集部挿入ポイント解説今回は説明義務の2回目となります。今回のテーマは、説明義務の主体についてです。前回指摘した通り、診療契約は、患者と医療機関(例外として、診療所でかつ、医師がひとりで法人化されていない場合等は当該医師個人との契約となります)との間で締結されています。したがって、医局、診療科などの病院内でのセクションの別や教授、准教授、診療部長等の雇用契約上の職位のほか、主治医、執刀医等の具体的な業務の割り振りは、原則的には、あくまで医療機関内部の問題にとどまります。医療従事者としては違和感を覚えるかと思われますが、一般の企業になぞらえれば理解しやすいかもしれません。顧客は、企業と契約をしているのであり、その場合、営業部か総務部かであったり、部長か課長かであったり、当該顧客の担当者か否かは企業内部の問題でしかなく、あくまで顧客は企業に対して契約上の権利を有しているのです。法的には、患者に対する説明義務は、診療契約上の義務として行われることになっています。したがって、診療契約の相手方である医療機関は適切な方法で説明義務を履行すればよく、必ずしも医療機関の一スタッフである主治医が、一から十までのすべてを口頭で説明する義務はないと考えられます。本判決の1つ目のポイントは、法的には当然ではありますが、まさにこの点について初めて明確に示された最高裁判決であるという点です。すなわち、「チーム医療の総責任者は、上記説明を常に自ら行わなければならないものではなく、手術に至るまで患者の診療に当たってきた主治医が上記説明をするのに十分な知識、経験を有している場合には、主治医に上記説明をゆだね、自らは必要に応じて主治医を指導、監督するにとどめることも許されるものと解される。そうすると、チーム医療の総責任者は、主治医の説明が十分なものであれば、自ら説明しなかったことを理由に説明義務違反の不法行為責任を負うことはないというべきである」と判示しており、このことは、実際に説明をするのが看護師であれ、ビデオであれ、文書であれ同様に言えることと考えられます。わが国では、法と倫理が混同されたまま議論されることが多々あるため、しばしば混乱が生じています。しかし、法的義務は、民事であれば適法/違法の問題であり、ひとたび違法と判断された場合には、本人がいくら真実は異なるからと拒否しても、国家権力により強制的に国民の財産を奪い取ることができるものであり、だからこそ、適法行為の予見可能性は国民の自由を確保するために必要不可欠なのです。一方、倫理の問題はそれとは異なり、たとえ倫理上不適切であったとしても、それがゆえに国民の自由が制限されることはありません。また、倫理観自体が国、宗教や時代によって大きく異なり、国民個々人がどのような倫理観を持つかは、思想信条の自由として憲法上保障されていますし、その結果、他人が異なる倫理観を持っていてもお互い尊重することが求められます。確かに、あるべき医師と患者の関係やインフォームド・コンセントの在り方はあると思いますし、わが国の国民感情として、主治医に懇切丁寧に説明してもらいたいという価値観があり、医師は、時間外だろうが、無給だろうが、無休だろうが、患者のために滅私せよという価値観もあります。しかし、このような説明義務の主体に関する事柄は、あくまで倫理的な問題であり、医師という職業集団として定める倫理規範によって規定すれば足りることです。これを超えて、契約概念を捻じ曲げてまで法的義務として国家権力が強制力をもって介入する問題ではないのです。本判決の2つ目のポイントは、上記のとおり説明義務の主体は、契約相手である医療機関内の誰がどのように行っても構わないが、それを実際に行う者を管理・監督すべき立場の医師はどのような責任を負うかです。この点について、本判決は、「チーム医療の総責任者は、条理上、患者やその家族に対し、手術の必要性、内容、危険性等についての説明が十分に行われるように配慮すべき義務を有するものというべきである。・・・主治医の上記説明が不十分なものであったとしても、当該主治医が上記説明をするのに十分な知識、経験を有し、チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を指導、監督していた場合には、同総責任者は説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきである。このことは、チーム医療の総責任者が手術の執刀者であったとしても、変わるところはない」と判示しています。すなわち、管理・監督すべき医師は、患者やその家族に対し適切な説明がなされるよう配慮すべき義務があり、当該配慮義務の具体的な内容として、(1) 説明をするのに十分な知識、経験を有する者にこれを当たらせること(人選の妥当性)、(2) 必要に応じてその者を指導・監督すること(指導・監督の妥当性)としています。そして、この配慮義務がはたされた場合には、当該医師自らが説明していなくても責任を負うことはなく、また、万が一実際に説明を行った者の説明内容に不足があったとしても、それは当該説明を行った者の責任であり、管理・監督する医師は責任を負わないと判示しているのです。本判決においては、(1) 人選の妥当性及び(2) 指導・監督の妥当性の具体的な内容について判示していませんので、今後の判例の積み重ねによることとなりますが、(1) については、少なくとも法律上定められた教育を受け、国家資格を有する者に対して、なお知識、経験が足りないとすることは、国家資格制度を否定することにもなりかねませんので、有資格者に対しては謙抑的に判断すべきと考えます。また、(2) についても同様に判断すべきものと考えます。ただし、文書やビデオを用いて定型的、一般的な内容を伝える場合においては、当該患者の個別具体の病状に応じた説明を、自ら又は当該患者個人の病態を理解している、適切な者が補充する必要があることに注意していただきたいと思います。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。最判平成20年4月24日民集62巻5号1178頁

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第7回 説明義務 その1:しておかないと困る!患者への説明の内容とその程度

■今回のテーマのポイント1.説明義務の内容は、原則としては、「診療情報の提供等に関する指針」(厚生労働省)に記載されている7項目である2.説明すべき治療方法は、原則として「医療水準として確立したものに限る」。したがって、原則的には、医療水準として未確立のものは、説明する義務はない3.ただし、未確立の新規治療法であっても、医学的に明白な誤りがなく、適切な方法で臨床研究がなされている新規治療法について、患者の求めがあった場合には、特別な事情があるとして、当該未確立の療法についても説明義務を負うこととなる事件の概要患者(X)(43歳女性)は、Y医院にて乳がんと診断されました。当時、乳がんの標準的手術として確立されていたのは、胸筋温存乳房切除術であり、乳房温存療法は、まだ実施している施設も少なく、確立されたエビデンスは存在していませんでした。このような時点において、A医師は、乳房温存を希望するXに対し、乳房温存療法につき十分な説明をすることなく、当時の標準手術である胸筋温存乳房切除術を施行しました。これに対し、原告Xは、A医師に乳房温存療法についての説明義務違反があった等として、約1,200万円の損害賠償請求を行いました。原審では、診療当時、いまだ乳房温存療法の安全性は確立されておらず、危険を犯してまで同療法を勧める状況ではなかったとして、Xの請求を棄却しました。これに対し、最高裁は、医師Aの説明義務違反を認め、下記の通り判示しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過患者(X)(43歳女性)は、平成3年1月中旬ごろ、右乳房右上部分の腋の下近傍に小さなしこりを発見したため、診療科目と並べて「乳腺特殊外来」の看板を掲げているY医院を受診しました。手術生検の結果、Xにあったしこりは、充実腺管がんと診断されました。A医師は、Xに対し、乳がんであり手術する必要があること、手術生検をしたため手術は早くした方がいいこと、乳房を残すと放射線で黒くなることがあり、再発したらまた切らなければならないことを説明しました。Xは、入院後、新聞記事で乳房温存療法の記事を読んだこと、可能ならば乳房を残して欲しいことを手紙にしたため、A医師に手渡しました。しかし、当時、乳がんの標準的手術として確立されていたのは、胸筋温存乳房切除術であり、乳房温存療法は、まだ実施している施設は全国で12.7%でした。また、同手術方法に対する厚生労働省助成による研究班が立ち上がる2年前であり、本件当時わが国においては、乳房温存療法については、確立されたエビデンスは存在していませんでした。そのため、A医師は、当時の標準手術である胸筋温存乳房切除術を施行しました。事件の判決「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。本件で問題となっている乳がん手術についてみれば、疾患が乳がんであること、その進行程度、乳がんの性質、実施予定の手術内容のほか、もし他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などが説明義務の対象となる。本件においては、実施予定の手術である胸筋温存乳房切除術について被上告人〔A医師〕が説明義務を負うことはいうまでもないが、それと並んで、当時としては未確立な療法(術式)とされていた乳房温存療法についてまで、選択可能な他の療法(術式)として被上告人に説明義務があったか否か、あるとしてどの程度にまで説明することが要求されるのかが問題となっている。〔中略〕・・・・一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない。とはいえ、このような未確立の療法(術式)ではあっても、医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。そして、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まるものといわなければならない」(最判平成13年11月27日民集55巻6号1154頁)※〔 〕は編集部挿入ポイント解説今回は説明義務です。「インフォームド・コンセント(説明と同意)」は、アメリカでは、1957年のサルゴ事件判決(大動脈造影検査後に下半身の麻痺が生じたことから、医師が検査の危険性を説明しなかったとして争われた事件)において生まれました。わが国では、およそ半世紀遅れ、1990年代より議論が始まり、現段階では、診療契約上説明義務があることは確立しているものの、具体的な説明の範囲については揺れ動いているという状況です。説明の範囲について、現時点においてベースラインとなるのは、本判決前半部分に記載されている「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される」となります。また、より一般化したものとして、厚生労働省が示す「診療情報の提供等に関する指針」に示されている、(1)現在の症状及び診断病名(2)予後(3)処置及び治療の方針(4)処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用(5)代替的治療法がある場合にはその内容及び利害得失(患者が負担すべき費用が大きく異なる場合には、それぞれの場合の費用を含む)(6) 手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要(執刀者及び助手の氏名を含む)、危険性、実施しない場合の危険性及び合併症の有無(7) 治療目的以外に、臨床試験や研究などの他の目的も有する場合には、その旨及び目的の内容が参考となります。原則的には、上記内容を説明している場合には、医療機関が説明義務違反を問われる可能性は低いといえます。もし、説明内容に不足があった場合には、説明義務違反がある(=過失がある)ことにはなりますが、医学的に適切な治療が選択されており、十分な説明がなされていれば同じ選択をすることが通常であると言える場合には、たとえ当該治療の結果、患者の身体に損害が生じたとしても、説明義務違反と生命・身体の損害の間に因果関係がないため、医療機関は、当該生命・身体の損害に対して賠償する責任はありません。ただ、その場合においても、わが国においては、患者の治療上の自己決定権自体を人格権の一内容として保護すべき法益とし、たとえ適切な治療により生命・身体に損害がなかったとしても、この権利を侵害した結果、精神的損害を生じたとして低額ではありますが損害賠償責任が認められることとなります(最判平成12年2月29日民集54巻2号582頁)。もう一度、判決文に戻ります。この判決が問題となる点として、〔1〕説明義務の主体は医師でなければならないのか〔2〕客体は患者でなければならないのか〔3〕特別の事情とはどのような場合があるのかがあげられます。〔1〕についてですが、判決は「診療契約に基づき説明義務が生ずる」としているのですから、法的には、診療契約の当事者である医療機関が適切な方法で説明すれば足りるのであり、必ずしも医療機関の一スタッフである医師が一から十まですべてを口頭で説明をしなければならないということにはならないと考えます。もっとも、疾患一般のことについては、文書やビデオ等でも十分な説明ができますが、患者個別具体の病状に応じた部分については、主治医でなければ説明しがたいこともありますので、その点に関しては医師が行う必要があるといえます。この点については、次回に解説したいと思います。〔2〕についてですが、まず、患者に意識がない場合は、法的には一切の説明義務はなくなるのかということです。診療契約は、患者と医療機関の間で締結されていますので、患者の家族は、法律上関係のない第三者ということとなります。したがって、素直に考えると契約関係にない家族に対して説明義務は生じ得ないということになります。また、末期がんで、患者の心因的な事由等により、医学的に告知すべきでない場合も同様でしょうか。この点については、次々回第9回で実際の事例を基に解説したいと思います。そして、今回の判決において問題となったのが、〔3〕特別の事情とは何を指すのかです。本判決が示すように、「一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない」のであり、未熟児網膜症に関する判決においても、「本症に対する光凝固法は、当時の医療水準としてその治療法としての有効性が確立され、その知見が普及定着してはいなかったし、本症には他に有効な治療法もなかったというのであり、また、治療についての特別な合意をしたとの主張立証もないのであるから、医師には、本症に対する有効な治療法の存在を前提とするち密で真しかつ誠実な医療を尽くすべき注意義務はなかった」(最判平成4年6月8日民集165号11頁)とし、光凝固療法が当時の標準的治療として確立されていなかったことを理由として説明義務及び転医義務違反を否定しています。しかし、本判決によると、「少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである」と判示し、これらの事情がすべてそろっている場合においては、特別な事情があるとして未確立の療法についても説明義務を負うとしています。医療は日々進歩しており、次々に新しい治療方法が提唱されています。確かにがんに対する縮小手術は常にがん再発の危険を伴います。一般に再発がんの生命予後は悪く、それに引き換え、縮小手術の利点は、機能温存、入院期間の短縮、苦痛の軽減、合併症の減少等副次的なものであるため、その適用には慎重さが求められます。しかし、少なくとも、1)医学的に明白な誤りがなく、適切な方法で臨床研究がなされている新規治療法について、2)患者の求めがあった場合には、適切な情報提供はなされるべきであるということに異論はないものと思われます。本事例以外に、特別な事情があると考えられる場合としては、美容整形目的の手術や臨床研究の場合があげられます。臨床研究においては、厚生労働省より「臨床研究に関する倫理指針」が出ていますので、臨床研究に携わる場合には、必ず一度は精読してください。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます(出現順)。最判平成13年11月27日民集55巻6号1154頁最判平成12年2月29日民集54巻2号582頁最判平成4年6月8日民集165号11頁

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