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がん合併の低リスク肺塞栓症患者に対する在宅療養は適切か(ONCO PE)/日本循環器学会

 肺塞栓症含む血栓塞栓症はがん患者の主要な合併症の1つだ。通常の肺塞栓症の場合、低リスクであればDOACによる在宅療養を安全に行えるものの、がん患者の肺塞栓症に対してもそれが可能であるか議論されていた。倉敷中央病院心臓病センター循環器内科の茶谷 龍己氏らは、肺塞栓症重症度スコア(sPESI)が1点のがん合併の低リスク肺塞栓症患者に対して、リバーロキサバンによる在宅療養と入院療養の比較試験を、ONCO PE試験のコンパニオンレポートとして実施した。3月8~10日に開催された第88回日本循環器学会学術集会のLate Breaking Clinical Trials 2セッションにて茶谷氏が発表した。なお本結果は、Circulation Journal誌オンライン版2024年3月8日号に同時掲載された。 ONCO PE試験(NCT 04724460)は、sPESIスコアが1点の活動性がん合併の低リスク肺塞栓症患者を対象に、18ヵ月間のリバーロキサバン治療と6ヵ月間のリバーロキサバン治療を比較することを目的とした、国内32施設による多施設非盲検判定者盲検RCTだ。今回、ONCO PE試験のスキーム外で、プロトコルで事前に決定されていたコンパニオンレポートとして、在宅療養と入院療養の3ヵ月間の臨床転帰が評価された。なお、本試験はバイエル薬品より資金提供を受けたが、同社は本試験のデザイン、データの収集・解析、報告書の執筆には関与していない。 本試験では、造影CT検査によって新たに肺塞栓症(sPESIスコア:1点)が認められた活動性がん患者が対象とされた。診断時の抗凝固療法の実施、出血ハイリスクと医師に判断された患者、リバーロキサバン禁忌、生命予後が6ヵ月以下とされた患者は除外された。試験開始後、医師の判断でリバーロキサバンを最初の3週間は15mgを1日2回の初期強化療法を行い、その後15mgを1日1回投与した。医師の判断で初期強化療法を行わないことは許容された。主要評価項目は、肺塞栓症関連死、再発性静脈血栓塞栓症(VTE)、大出血の複合転帰とした。副次評価項目は、主要評価項目に関連する肺塞栓症関連死、再発性VTE、大出血、全死因死亡と肺塞栓症関連事象による入院(再発性VTE、出血による入院)とした。Kaplan-Meier曲線を用いて累積発生率を推定し、log-rank検定で差異を評価した。在宅療養と入院療養における評価項目をCox比例ハザードモデルで評価した。 主な結果は以下のとおり。・2021年2月~2023年3月に、国内32施設の178例が解析対象となった。平均年齢65.7歳、女性53%、平均体重60.1kg、平均BMI 23.0kg/m2。・在宅療養群は、66例(37%)、平均年齢66.2±9.5歳、女性34例(52%)、平均体重60.4±10.9kg、平均BMI 23.1±2.9kg/m2。・入院療養群は、112例(63%)、平均年齢65.5±11.0歳、女性61例(55%)、平均体重60.0±11.7kg、平均BMI 22.9±4.2kg/m2。・ベースライン時では、在宅療養群では右心負荷所見のある患者の頻度が低かった(1.5% vs.13%、p=0.01)。・3ヵ月間での肺塞栓症関連死、再発性VTE、大出血の複合転帰は、在宅療養群:66例中3例(4.6%、95%信頼区間[CI]:0.0~9.6)vs.入院療養群:112例中2例(1.8%、95%CI:0.0~4.3)で、主要評価項目の累積3ヵ月の発生率には両群間に有意差はなかった(log-rank p=0.28)。・肺塞栓症関連死は両群ともに発生しなかった。・在宅療養群では、3例に大出血が発生した(4.6%、95%CI:0.0~9.6)。・入院療養群では、再発性VTEが1例(0.9%、95%CI:0.0~2.7)、大出血が1例(0.9%、95%CI:0.0~2.7)発生した。・両群で、初期強化療法期間中に大出血は発生しなかった。・3ヵ月間での全死因死亡は在宅療養群4例(6.1%、95%CI:0.3~11.8)、院内療養群5例(4.5%、95%CI:0.6~8.3)であった。すべてがんによるものだった。・在宅療養群では、2例が肺塞栓症関連事象による入院を必要としたが、すべて出血事象による入院であった(3.0%、95%CI:0.0~7.2)。 本試験の結果、sPESIスコアが1点の活動性がん合併の低リスク肺塞栓症患者は、在宅療養での治療ができる可能性があることが示された。

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日本未承認の肺塞栓症へのカテーテル治療、t-PAより有効か?【臨床留学通信 from NY】第56回

第56回:肺塞栓症へのカテーテル治療、t-PAより有効か?現在私はMontefiore Medical Centerで3年目の循環器フェローとして働いていますが、同時にJacobi Medical Centerのカテーテル室もカバーし、心臓冠動脈カテーテル治療と、主に下肢血管等の末梢血管治療を行っています。2018年の渡米前まで心臓カテーテル治療を主に行っていましたが、さすがに5年も間が空いてしまったため、手先の感覚を戻すのに四苦八苦している日々です。末梢血管治療の中には肺塞栓症へのカテーテル治療が含まれています。ここは米国、BMIが高い人も多く、人種の特性によるのか血栓性が強いため、肺塞栓症を診療することは日常茶飯事です。日本では認可されていませんが1)、重症肺塞栓症に対して、米国で認可されている24Frの大口径デバイスでの血栓吸引(FlowTriever)2)、もしくはカテーテルによる超音波補助血栓溶解療法(EKOS)3)があります。そしてガイドライン上では、ショックバイタルの肺塞栓症例に関してt-PA(tissue plasminogen activator:血栓溶解療法)以外にカテーテル治療を考慮するということになっており、pulmonary embolism response team(PERT)との連携が重要とされています。多くの病院では外科手術的な血栓摘除術を行うことが難しいため、カテーテル治療医の判断となることが多いと思います。とはいうものの、BMI 50くらいの患者さんに、静脈とはいえ24Frの大きなカテーテルを挿入するのはそれなりに大変です。ショックバイタルもしくは心肺停止後にすでにt-PAが投与されていて、それでもショックバイタルが遷延したため、やむなく大口径デバイスを挿入して血栓吸引を施行することも場合によってはあります。ただし、実はこの領域は大規模なRCTがないため、はっきりと結論付けられてはいませんが、われわれが以前に行ったメタ解析においてはカテーテル治療の有用性が示唆されています4)。この領域の患者さんのアウトカム改善につながるような追加の研究ができないかと、日々模索中です。参考1)早期導入を要望する医療機器等に関する要望書 INDIGO Aspiration System2)Acute Pulmonary Embolism treated with Inari FlowTriever system in Hospital Santa Cruz Lisbon, Portugal. radcliffe cardiology. 2023 Jul 12.3)EKOS Endovascular System:Boston Scientific4)Ishisaka Y, Kuno T, et al. Comparison of interventions for intermediate to high-risk pulmonary embolism: A network meta-analysis. Catheter Cardiovasc Interv. 2023;102:249-265.

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膵がん患者に合併する静脈血栓塞栓症への対応法【見落とさない!がんの心毒性】第28回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別60代・女性既往歴虫垂炎術後服用歴テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(ティーエスワン配合OD錠T20)(2錠分2 朝夕食後)、クエン酸第一鉄Na錠50mg(1錠分1 朝食後)、ランソプラゾールOD錠15(1錠分1 朝食後)喫煙歴なし現病歴X年10月に食欲不振と食後嘔吐を主訴に消化器内科を受診した。腹部骨盤部造影CTで十二指腸水平脚の圧排を伴う膵鈎部がんおよび多発肝転移を認め、上部消化管内視鏡で十二指腸水平脚に腫瘍の直接浸潤に伴う潰瘍性病変を認めた(写真1、2)。画像を拡大する進行膵鈎部がん(T4,N1,M1 StageIVb)と診断し、十二指腸ステントを挿入し、同年11月に化学療法(ゲムシタビン[GEM]単剤)を開始した。その後、食欲は改善し、同年12月に退院した。外来で同化学療法計4クールを施行したが、X+1年3月にはPD判定となり、同月よりTS-1単剤での化学療法に変更となった(Performance Status[PS]3)。同年5月に、突然の呼吸困難を主訴に救急外来を受診し、バイタルは体温36.5℃、脈拍数111/分、血圧93/56mmHg、SpO2 94%(室内気)で、左下腿浮腫を認めた。血液検査でDダイマー46μg/mL、BNP 217pg/mLと上昇し、心エコー図検査で右室拡大によるD-shapeを認めた。造影CTで両側肺塞栓症(pulmonary embolism:PE)、両下肢深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)と診断し、入院となった(写真3)。画像を拡大する循環器内科と連携し、入院時Hb 8.3mg/dLと貧血を認めたことから、出血リスクを考慮し、未分画ヘパリン10,000単位/日の低用量で抗凝固療法を開始した。入院2日目に明らかな吐下血は認めなかったものの、Hb 6.7mg/dLと貧血の悪化を認めた。【問題】下記のうち、この患者の静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)管理の方針や膵がん患者に合併するVTEに関する文章として正しいものはどれか。a.日本において膵がん患者におけるVTE予防目的に、低分子ヘパリン(LMWH)皮下注や直接経口抗凝固薬(DOAC)の予防投与が保険承認されている。b.本症例におけるVTEの初期治療として、DOAC単剤による抗凝固療法がより適切である。c.本症例では抗凝固療法の開始後、貧血の悪化を認めたが、明らかな出血事象が確認されない限り、抗凝固療法は継続すべきである。d.進行膵がんは診断後、3ヵ月以内のVTE発症が多く、定期的なDダイマー測定がVTEの診断に有用である。まとめ膵がん患者では予防的抗凝固療法による生存期間延長の利益について、一定の見解は得られていない。自施設の日本人の膵がん患者432名を対象とした検討では、膵がん診断後の生存期間は、VTE群と非VTE群で有意差はなかった。膵がん自体の予後が不良で、VTEの発症は予後悪化に寄与しない可能性がある5)。しかし、VTEはひとたび発症すると致命的な病態となり得ることや、他臓器のがんではVTE発症により生存期間が短縮するという研究が多いため、今後、膵がん治療・患者管理の進歩により、VTE発症の生命予後への影響が明確化する可能性ある。1)Khorana AA, et al. Cancer. 2013;119:648-655.2)Schunemann HJ, et al. Lancet Haematol. 2020;7:e746-755.3)Wang Y, et al. Hematology. 2020;25:63-70.4)Maraveyas A, et al. Eur J Cancer. 2012;48:1283-1292.5)Suzuki T, et al. Clin Appl Thromb Hemost. 2021;27:1-6.講師紹介

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2次観察分析としてこういった観点はいかがなものか?(解説:野間重孝氏)

 今回の研究は、著者らのグループが2018年にLancet誌に発表したHigh-STEACS試験の関連観察研究である。正直に言って論点がわかりにくく、論文を誤解して読んだ方が多かったのではないかと心配している。 著者らはHigh-STEACS試験において、急性冠症候群(ACS)を疑われた患者に対して、トロポニンIの高感度アナリシスを用いることにより、より多くの心筋障害患者を同定することができたのだが、標準法を用いた場合と1年後の予後に差がなかったことを示した。この論文はジャーナル四天王でも取り上げられたのでお読みになった方も多いと思うが、当時の論調では著者ら自身、そこまで言い切ってよいものか迷いが見られていたのだが、本論文でははっきり「心イベントが有意に減少することはなかった」という表現で断定している。分析法とカットオフ値が確定したことが要因だったのではないかと推察する。 本研究はHigh-STEACS試験の2次観察分析で、今回は非虚血性と診断された高感度アッセイによる再分類患者の5年後の予後を調査したものである。心筋梗塞と診断された患者の予後は高感度アッセイの結果とは関係がなかった一方、非虚血性心筋障害の患者では再分類され、適切な治療を受けた患者の予後が良かったとしたもので、高感度アッセイは非虚血性心筋障害を発見し、適切な治療を施すことに貢献できるのではないかとしている。やや乱暴な解釈の仕方をすると、「心筋梗塞を診断するためには標準法で十分であり、高感度アッセイはその他の心筋障害を見つけ出すことにこそ寄与する」と言っていると言えなくもない。 現在、心筋梗塞のバイオマーカーとしてはCK-MB、トロポニンT&I、H-FABP、ミオシン軽鎖が使用されており、一時はCK-MBが最も一般的な検査項目だったが、Universal Definition以来、現在ではもっぱらトロポニンが使用されている。なお、CK-MBは連続測定することにより梗塞のサイズの推定が行われていた時期もあったが、現在では行われていない。 ところが検査というのは皮肉なもので、感度が上がると本来検出されない濃度のものまでが検出されて問題にされるようになる。心筋トロポニンは確かに心筋に特異的なタンパク質であるが、敗血症、腎不全、肺塞栓症、心不全、外科的治療後、SARS-CoV-2感染症など、さまざまな非心疾患でも心筋の障害が惹起されることによりわずかな上昇を示すことが知られている。何回か測定し、測定値にはっきり高低がつけば虚血性、ほぼ同じ値を示せば非虚血性と判断できるが、できるだけ早い判断が求められる救急の現場にはそのようなやり方は通用しないだろう。 これは国情の違いということになるのだろうが、わが国(米国においても同じだが)においては、臨床症状、諸検査からACSが強く疑われた場合は、血液検査の結果がすべて出そろうのを待つことなく緊急カテーテル検査が行われるのが常識となっており、それに対応できない組織は第3次救急施設には認定されない。虚血性心疾患ではonset-to-balloon timeがすべてを決めると言っても過言ではないからである。その意味でACSが強く疑われる患者を2次救急施設に留め置くことは厳に控えるべきで、ただちに3次施設に搬送することが望ましい。 高感度アッセイを行うことにより諸疾患に伴う心筋障害を発見し、より適切な治療を行うという主旨にはまったく異論はないが、それをACSの診断・治療と絡めて論ずるのは適当とは言えないと考えるものである。さらに付け加えることをお許しいただけるならば、SARS-CoV-2による心筋炎は大変話題になったが、この診断にトロポニン測定がぜひ必要だったとは言えない。それぞれの疾患にはその主流となる診断・治療の流れがあり、トロポニン測定はその手助けにはなるであろうが、決して主流ではない。大きな臨床研究が行われた場合、その追跡調査や2次観察研究が行われるのは自然の流れではあるが、今回の研究についてはこのような一流誌に掲載される性格のものではなかったのではないかというのが、評者の偽らざる感想である。

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パクスロビドのCOVID-19罹患後症状の予防効果に疑問符

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として知られるパクスロビド(一般名ニルマトレルビル・リトナビル、日本での商品名パキロビッドパック)のCOVID-19の罹患後症状(post-COVID-19 conditions;PCC)に対する効果に疑問を投げかける研究結果が報告された。COVID-19の重症化リスクや死亡リスクが高い患者に処方されることが多い抗ウイルス薬のパクスロビドを投与された患者と投与されなかった患者の間で31種類のPCCについて比較したところ、肺塞栓症・静脈血栓塞栓症以外はリスクが同等であることが示されたのだ。米Veterans Affairs Puget Sound Health Care Systemおよび米ワシントン大学消化器学分野のGeorge Ioannou氏らによるこの研究の詳細は、「Annals of Internal Medicine」に10月31日掲載された。 Ioannou氏らは、米国退役軍人健康管理局の記録から、COVID-19罹患に対してパクスロビドによる治療を受けた9,593人の退役軍人(年齢中央値66歳、ワクチン未接種率17.2%)を特定した。これらの退役軍人は、2022年1月1日から同年の7月31日までの間にCOVID-19の診断を受け、重症化リスクは高いが入院には至っていなかった。さらに、COVID-19に罹患したがパクスロビドによる治療は受けていない9,593人を対照として選出し、両群で、治療開始またはそれに相当する日から31日後と180日後時点におけるPCCの累積発生率を比較した。PCCは、心臓、肺、腎臓、消化器系、脳、筋肉に生じる問題、抑うつや不安神経症のような気分障害、倦怠感や勃起不全のような一般的な問題など31種類が対象とされた。 その結果、ほとんどのPCCのリスクについて、PCC別に検討しても、臓器系で分類して検討しても、パクスロビド群と対照群との間に有意な差は認められないことが明らかになった。ただし、肺塞栓症・静脈血栓塞栓症については、パクスロビド群の方が対照群よりもリスクが有意に低いことが示された(サブハザード比0.65、95%信頼区間0.44〜0.97)。この結果についてIoannou氏は、「肺塞栓症と静脈血栓塞栓症は、PCCのことが知られていなかったパンデミック初期においてさえも、COVID-19罹患後に認められる症状として、常に新型コロナウイルスと関連付けられてきたものだ」と説明している。 Ioannou氏は、「COVID-19に罹患したが基本的には健康な人が、長期的な症状を予防する目的でパクスロビドを服用しても無駄な可能性が示唆された。このような目的でパクスロビドを服用している人は、服用を考え直した方が良いだろう」と述べている。 本研究には関与していない、米マウントサイナイ病院の内科医であるFernando Carnavali氏は、「これらの結果から、PCCが必ずしもCOVID-19の重症度と関係しているわけではなく、感染による微妙な影響によって引き起こされていることがうかがわれる」と話す。同氏は、「Cell」10月26日号に掲載された米ペンシルベニア大学の研究報告において、ブレインフォグなどの神経や認知機能に関わるPCCがセロトニンレベルの低下と関連し、セロトニンレベルの低下は感染後に腸内に残存する新型コロナウイルスに起因する可能性が示唆されたことを指摘し、「もし、PCCが腸内の残存ウイルス粒子により引き起こされているのであれば、パクスロビドのような抗ウイルス薬の効果には疑問符が付く」と述べている。 Carnavali氏は、PCCに関する相反するデータに混乱を覚える人は、主治医や専門医に相談することを勧めている。「PCCに関する研究と治療はいまだ初期段階にある。それゆえ、相反する情報が報告されるのは当然のことだし、この状況は、今後もしばらく続くだろう。必要なのは、自分のために情報を整理してくれる人だ」と述べている。

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増加する化学療法患者-機転の利いた専攻医の検査オーダー【見落とさない!がんの心毒性】第26回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別70代・女性(BMI:26.2)既往歴高血圧症、2型糖尿病(HbA1c:8.0%)、脂質異常症服用歴アジルサルタン、メトホルミン塩酸塩、ロスバスタチンカルシウム臨床経過進行食道がん(cT3r,N2,M0:StageIIIA)にて術前補助化学療法を1コース受けた。化学療法のレジメンはドセタキセル・シスプラチン・5-fluorouracil(DCF)である。なお、初診時のDダイマーは2.6μg/mLで、下肢静脈エコー検査と胸腹部骨盤部の造影CTでは静脈血栓症は認めていない。CTにて(誤嚥性)肺炎や食道がんの穿孔による縦隔炎の所見はなかった。2コース目のDCF療法の開始予定日の朝に37.8℃の微熱を認めた。以下が上部消化管内視鏡画像である。胸部進行食道がんを認める。画像を拡大する以下が当日朝の採血結果である(表)。(表)画像を拡大する【問題】この患者への抗がん剤投与の是非に関し、専攻医がオーダーしていたために病態を把握できた項目が存在した。それは何か?a.プロカルシトニンb.SARS-CoV-2のPCR検査c.Dダイマーd.βD-グルカンe.NT-proBNP筆者コメント本邦のガイドラインには1)、「がん薬物療法は、静脈血栓塞栓症の発症再発リスクを高めると考えられ、Wellsスコアなどの検査前臨床的確率の評価システムを起点とするVTE診断のアルゴリズムに除外診断としてDダイマーが組み込まれているものの、がん薬物療法に伴う凝固線溶系に関連するバイオマーカーに特化したものではない。がん薬物療法に伴う静脈血栓症の診療において、凝固線溶系バイオマーカーの有用性に関してはいくつかの報告があるものの、十分なエビデンスの集積はなく今後の検討課題である」と記されている。一方で、「がん患者は、初診時と入院もしくは化学療法開始・変更のたびにリスク因子、バイオマーカー(Dダイマーなど)などでVTEの評価を推奨する」というASCO Clinical Practice Giudeline Updateの推奨も存在する2)。静脈血栓症の症状として「発熱」は報告されており3)、欧米のデータでは、実際に肺塞栓症(PE)発症患者の14~68%で発熱を認め、発熱を伴う深部静脈血栓症(DVT)患者の30日死亡率は、発熱を伴わない患者の2倍になることも報告されている4)。このほか、可溶性フィブリンモノマー複合体定量検査値は、食道がん周術期においても中央値は正常値内を推移することが報告されており、その異常高値はmassiveな血栓症の指標になる可能性もある5)。がん関連血栓症の成因として、(1)患者関連因子、(2)がん関連因子、(3)治療関連因子が2022年のESC Guidelines on cardio-oncologyに記載された6)。今後一層のがん患者の生存率向上とともに、本症例のようなケースが増加すると思われる。1)日本臨床腫瘍学会・日本腫瘍循環器学会編. Onco-cardiologyガイドライン. 南江堂;2023. p.56-58.2)Key NS, et al. J Clin Oncol. 2023;41:3063-30713)Endo M, et al. Int J Surg Case Rep. 2022;92:106836. 4)Barba R, et al. J Thromb Thrombolysis. 2011;32:288–292.5)Tanaka Y, et al. Anticancer Res. 2019;39:2615-2625.6)Lyon AR, et al. Eur Heart J. 2022;43:4229-4361.講師紹介

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HER2+胃がん1次治療、ペムブロリズマブ上乗せでPFS改善(KEYNOTE-811)/Lancet

 未治療の転移のあるHER2陽性胃・食道胃接合部腺がん患者において、1次治療であるトラスツズマブおよび化学療法へのペムブロリズマブ上乗せ併用は、プラセボと比較し無増悪生存期間(PFS)を有意に延長し、とくにPD-L1陽性(CPS 1以上)患者で顕著であった。米国・スローン・ケタリング記念がんセンターのYelena Y. Janjigian氏らが、20ヵ国168施設で実施された第III相無作為化二重盲検プラセボ対照試験「KEYNOTE-811試験」の第2回および第3回の中間解析結果を報告した。KEYNOTE-811試験の第1回中間解析では、奏効率に関してペムブロリズマブ群のプラセボ群に対する優越性が示されていた。Lancet誌オンライン版2023年10月20日号掲載の報告。主要評価項目はPFSとOS 研究グループは、未治療の局所進行または転移のあるHER2陽性胃・食道胃接合部腺がんで、RECIST v1.1による測定可能病変を有しECOG PSが0または1の18歳以上の患者を、ペムブロリズマブ群またはプラセボ群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。層別因子は、地域、PD-L1 CPSおよび医師が選択した化学療法であった。 両群とも、トラスツズマブおよび、フルオロウラシル+シスプラチンまたはカペシタビン+オキサリプラチンとの併用下で、3週ごとに最大35サイクル、または病勢進行、許容できない毒性発現、治験責任医師の判断または患者の同意撤回による中止まで投与した。 主要評価項目は、PFSおよび全生存期間(OS)で、ITT解析を行った。安全性は、無作為化され1回以上投与を受けたすべての患者を対象に評価した。ペムブロリズマブ群でPFSは有意に延長、OSは延長するも有意水準を満たさず 2018年10月5日~2021年8月6日の期間に計698例がペムブロリズマブ群(350例)またはプラセボ群(348例)に割り付けられた。564例(81%)が男性、134例(19%)が女性であった。第3回中間解析時は、投与を受けたペムブロリズマブ群350例中286例(82%)、プラセボ群346例中304例(88%)が投与を中止しており、そのほとんどは病勢進行によるものであった。 第2回中間解析(追跡期間中央値:ペムブロリズマブ群28.3ヵ月[四分位範囲[IQR]:19.4~34.3]、プラセボ群28.5ヵ月[20.1~34.3])において、PFS中央値はそれぞれ10.0ヵ月(95%信頼区間[CI]:8.6~11.7)、8.1ヵ月(7.0~8.5)であり(ハザード比[HR]:0.72、95%CI:0.60~0.87、p=0.0002[優越性の有意水準:p=0.0013])、OS中央値は20.0ヵ月(95%CI:17.8~23.2)、16.9ヵ月(15.0~19.8)であった(HR:0.87、95%CI:0.72~1.06、p=0.084)。PD-L1発現がCPS 1以上の患者では、PFS中央値はペムブロリズマブ群10.8ヵ月、プラセボ群7.2ヵ月であった(HR:0.70、95%CI:0.58~0.85)。 第3回中間解析(追跡期間中央値:ペムブロリズマブ群38.4ヵ月[IQR:29.5~44.4]、プラセボ群38.6ヵ月[30.2~44.4])では、PFS中央値はそれぞれ10.0ヵ月(95%CI:8.6~12.2)、8.1ヵ月(7.1~8.6)であり(HR:0.73、95%CI:0.61~0.87)、OS中央値は20.0ヵ月(95%CI:17.8~22.1)、16.8ヵ月(15.0~18.7)であった(HR:0.84、95%CI:0.70~1.01)。OSは有意性の水準を満たさなかったが、その後の治療がOSの評価に影響を与える可能性があることから、事前に規定された最終解析計画は変更せず試験は継続されている。 Grade3以上の治療関連有害事象は、ペムブロリズマブ群で350例中204例(58%)、プラセボ群で346例中176例(51%)に発現した。死亡に至った治療関連有害事象は、ペムブロリズマブ群で4例(1%)(肝炎、敗血症、脳梗塞、肺炎が各1例)、プラセボ群で3例(1%)(心筋炎、胆管炎、肺塞栓症が各1例)に認められた。すべての治療関連有害事象で最も多く見られたのは、下痢(ペムブロリズマブ群165例[47%]、プラセボ群145例[42%])、悪心(それぞれ154例[44%]、152例[44%])、貧血(109例[31%]、113例[33%])であった。

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膵がん治療中に造影CTで偶然肺塞栓を発見!適切な対応は?【見落とさない!がんの心毒性】第25回

※本症例は、実臨床のエピソードに基づく架空のモデル症例です。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別70代・男性主訴なし現病歴既往症はとくになし。背部痛を契機に病院を受診し、腹部エコーで膵頭部腫瘍、多発肝結節を指摘された。経皮的肝生検で膵がん(腺がん)の病理診断となった。造影CTで膵頭部の原発巣および多発肝転移、腹膜播種、腹水貯留を認めた。CA19-9が1,250U/mLと上昇していたほか、血液検査で臨床的に問題となる異常所見は認めなかった。膵がんStageIVの診断で、PS0と全身状態は良好であり、緩和的化学療法を導入する方針となった。ゲムシタビン+ナブパクリタキセル(GEM+nab-PTX)療法(GEM1,000mg/m2 day1,8,15/nab-PTX125mg/m2 day1,8,15/1サイクル=4週)を開始した。3サイクル終了後、がんの病勢評価のために造影CTを実施したところ、両肺動脈に造影欠損域が多発しており、偶発的肺塞栓症(incidental pulmonary embolism:incidental PE)が発覚した。【問題1】当該患者に連絡し、臨時で病院を受診するように指示をした。取り急ぎ確認すべきこと、必要な検査として優先度の低い選択肢を一つ選べ。a.自覚症状の有無(呼吸困難、胸痛など)の確認とバイタルサインb.血液検査 D-dimerc.血液検査 CA19-9d.心臓超音波検査e.下肢超音波検査【問題2】該当患者がPEを発症した原因を鑑別する上で、優先度の低い選択肢を一つ選べ。a.造影CTでがんの病勢確認b.DVTの確認c.GEMやnab-PTXによる薬剤性血栓塞栓症リスクの確認d.プロテインC/プロテインSの確認e.がん以外の合併症や内服薬の確認全体解説Incidental PEは症候性VTEと同様に抗血栓薬での治療を行うことがASCOガイドラインで提案されている3)。韓国で実施された後ろ向き研究で、肺がん患者におけるincidental PEについて評価された。8,014例の肺がん患者が登録されたデータベースにおいて、180例(2.2%)が治療経過の中でPEと診断されており、その内113例(63%)がincidental PEであった。肺がんの診断から3ヵ月以内にPEを発症した場合は予後不良(ハザード比[HR]:1.5)であり、またincidental PEに対する抗血栓療法を行わなかった場合は予後不良(HR:4.1)であったと報告されている4)。本邦からの単施設による後ろ向き研究では、incidental PEのがん患者における発症率は1.3%であり、PE合併がん患者の死亡率は高い(HR:2.26)ことが報告されている5)。incidental PEについて検討した大規模試験は多くないが、日常診療で経験される病態であり、基本的には症候性PEと同様に対応することが望ましい。Incidental PEはその診断経緯から無症候性であることも多い。スペインで実施された前向き観察研究では、PEに起因するうっ血性心不全や右室機能不全、活動性出血などの大きなリスクがないincidental PE患者に対する外来抗血栓療法の安全性が報告されており6)、一部の症例は入院管理を必要としない可能性も示唆されるが、その適応は循環器内科専門医により慎重に判断される必要がある。また、Incidental PEは進行期のがん患者、および化学療法による積極的な治療中のがん患者に発症することが多く、発症数週以内の死亡の可能性もあるため7)、無症状であっても過小評価するべきではない。当科でもincidental PEは年に数件程度の頻度で経験するが、約1/3は膵がん患者である。Incidental PEの発症時期は、がんの診断直後(数ヵ月以内)、化学療法中、原疾患が進行し予後数週と思われる時期、などさまざまである。化学療法中の患者の場合は化学療法を円滑に継続するために腫瘍専門医と循環器内科医の協力が必須である。原疾患が進行し予後が限られている場合は、出血リスクや入院加療による負担などを考慮した上で治療適応を慎重に判断することが求められる。1)Horsted F, et al. PLoS Med. 2012;9:e1001275.2)Campia U, et al. Circulation. 2019;139:e579-e602.3)Key NS, et al. J Clin Oncol. 2023;41:3063-3071. 4)Sun JM, et al. Lung Cancer. 2010;69:330-336.5)Nishikawa T, et al. Circ J. 2021 Feb 17.[Epub ahead of print] 6)Martin AM, et al. Clin Transl Oncol. 2020;22:612-615.7)Olusi SO, et al. Vasc Health Risk Manag. 2011;7:153-158.講師紹介

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CAD患者へのスタチン、種類による長期アウトカムの差は?/BMJ

 冠動脈疾患(CAD)成人患者においてロスバスタチンvs.アトルバスタチンは、3年時点の全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中または冠動脈血行再建術の複合に関して有効性は同等であった。ロスバスタチンはアトルバスタチンと比較し、LDLコレステロール(LDL-C)値の低下に対して有効性が高かったが、糖尿病治療薬を必要とする糖尿病の新規発症および白内障手術のリスクが上昇した。韓国・延世大学校医科大学のYong-Joon Lee氏らが、韓国の病院12施設で実施した多施設共同無作為化非盲検試験「Low-Density Lipoprotein Cholesterol-Targeting Statin Therapy Versus Intensity-Based Statin Therapy in Patients With Coronary Artery Disease trial:LODESTAR試験」の2次解析結果を報告した。LDL-Cの低下作用はスタチンの種類によって異なり、冠動脈疾患患者におけるロスバスタチンとアトルバスタチンの長期的な有効性および安全性を直接比較した無作為化試験はほとんどなかった。BMJ誌2023年10月18日号掲載の報告。CAD患者4,400例をロスバスタチン群とアトルバスタチン群に無作為化 研究グループは2016年9月~2019年11月に、冠動脈疾患を有する19歳以上の患者4,400例を、2×2要因デザイン法を用いて、ロスバスタチン群(2,204例)またはアトルバスタチン群(2,196例)に無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、3年時点の全死因死亡・心筋梗塞・脳卒中・冠動脈血行再建術の複合で、副次アウトカムは安全性(糖尿病の新規発症、心不全による入院、深部静脈血栓症または肺塞栓症、末梢動脈疾患に対する血管内血行再建術、大動脈インターベンションまたは手術、末期腎不全、不耐容による試験薬の中止、白内障手術、および臨床検査値異常の複合)とした。3年時点の複合アウトカム、両群で同等 4,400例中4,341例(98.7%)が試験を完遂した。3年時点の試験薬の1日投与量(平均±SD)は、ロスバスタチン群17.1±5.2mg、アトルバスタチン群36.0±12.8mgであった(p<0.001)。 主要アウトカムの複合イベントは、ロスバスタチン群で189例(8.7%)、アトルバスタチン群で178例(8.2%)に確認され、ハザード比(HR)は1.06(95%信頼区間[CI]:0.86~1.30、p=0.58)であった。 投与期間中のLDLコレステロール値(平均±SD)は、ロスバスタチン群1.8±0.5mmol/L、アトルバスタチン群1.9±0.5mmol/Lであった(p<0.001)。 ロスバスタチン群はアトルバスタチン群と比較し、糖尿病治療薬の導入を要する糖尿病の新規発症率(7.2% vs.5.3%、HR:1.39[95%CI:1.03~1.87]、p=0.03)、ならびに白内障手術発生率(2.5% vs.1.5%、1.66[1.07~2.58]、p=0.02)が有意に高かった。その他の安全性エンドポイントは、両群で差は確認されなかった。

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北欧の臨床データベースは堅牢?(解説:後藤信哉氏)

 本研究は、デンマークにおける15~49歳の約200万例の女性の約2,100万人年のデータである。観察期間内に、8,710例に退院時の診断として深部静脈血栓または肺塞栓症が起こっていた。症例を集めてバイアスを排除して、しっかり観察しようとの態度は学ぶべきである。 観察データから仮説の検証は基本的にできない。本研究では、いわゆる避妊ピルとNSAIDsが深部静脈血栓または肺塞栓症に及ぼすインパクトの有無を調べようとしている。多数の交絡因子が寄与するので統計学的モデリングが必要になる。NSAIDsの使用が深部静脈血栓または肺塞栓症を増やすと報告しているが、モデリングの結果なので、あくまでも将来検証すべき仮説を提示したと理解する必要がある。とくに避妊ピルを用いている症例でのNSAIDsの使用が、深部静脈血栓または肺塞栓症の発症と関連しているかもしれない。観察研究は科学研究の第一歩であるが、今後さらなる研究が必須である。

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乾癬の治療法を徹底解説!:日野皮フ科医院 院長 日野 亮介氏

このコンテンツでは、乾癬の治療法について解説していきます。日常診療のアップデートに、ぜひご活用ください。講師紹介多くの乾癬患者さんたちからは、「ずっと同じ薬ばっかりで良くならない」というお声を多く頂きます。乾癬の治療は塗り薬しかない、と思っておられる方も多いかもしれません。しかし、そうではありません。乾癬は治療に苦労する皮膚疾患でありますが、ここ10年ほどで大変多くの治療薬が出てきました。皮膚の症状は大半の方でコントロール可能になりました。今、患者さんの乾癬はどんな状態でしょうか?患者さんのライフスタイルに応じて、適切な治療方針を選ぶための参考にしていただけると幸いです。治療がうまくいかないとき、マンネリ化したときに、次の一手を考えるヒントになってくれると思っております。このページでは、乾癬について保険適用のある治療について解説しています。乾癬には尋常性乾癬、乾癬性関節炎(関節症性乾癬)、乾癬性紅皮症、汎発性膿疱性乾癬、滴状乾癬の5種類があります。薬によって適用が異なりますので、ご注意ください。1.外用薬2.経口薬3.光線療法4.顆粒球吸着除去療法5.生物学的製剤まとめ参考文献1.外用薬2.経口薬3.光線療法4.顆粒球吸着除去療法5.生物学的製剤まとめ参考文献1.外用薬1-1.ステロイド外用薬ステロイド外用薬は皮膚疾患に幅広く使われていますが、もちろん乾癬にも有効です。今のところ、乾癬に一番多く使われているお薬です。多くの乾癬患者さんは、一度は塗ったことがあると思います。ステロイドは昔からある薬ですが、ここにも進歩があります。ステロイド外用薬の弱点は長期に使うと副作用が出てくる点なのですが、それを和らげるための手だてとしてシャンプーになっている薬が出ました。コムクロシャンプー(一般名:クロベタゾールプロピオン酸エステル)というもので、15分だけつける、という方法を用いて副作用を減らす工夫がなされています。また、シャンプーは薬を塗りにくい頭という場所の特性を生かした大変興味深い方法です。なお、ステロイドの飲み薬は乾癬には通常使用しません。長期的なステロイド外用薬の副作用を避けるためにも、ステロイド外用薬単体での長期的な治療は避ける必要があります。治療が長引いてきた場合は方法を見直しましょう。1-2.ビタミンD3外用薬乾癬患者さんの塗り薬で、一番大切なのはビタミンD3です。効果が出てくるまで時間がかかりますが、一度改善すると再発しにくいこと、長期間塗っても副作用が出にくいことが大切なポイントです。ただし、大量に塗ると血液中のカルシウムが増え過ぎて二日酔いのような症状(高カルシウム血症)が出る可能性がありますので、注意が必要です。皮膚の増殖を抑えるのが主な効き目ですが、IL-17という乾癬の皮膚症状に重要な役割を果たすタンパクを作りにくくすることにも役立ちます。1日2回塗ることが推奨されています。カルシポトリオール(商品名:ドボネックス):軟膏マキサカルシトール(商品名:オキサロール):軟膏、ローションタカルシトール(商品名:ボンアルファハイ):軟膏、ローションタカルシトール(商品名:ボンアルファ):軟膏、ローション、クリーム1-3.配合外用薬配合外用薬も、ここ10年の進歩の1つです。ステロイドとビタミンD3の2つを配合させた薬がデビューし、乾癬の治療に幅広く使われるようになりました。昔は、ステロイド外用薬とビタミンD3外用薬を薬局で混ぜてもらって処方されることが多かったと思います。お薬の性質上、単純に混ぜるだけでは効果が落ちてしまいます。そのため、ステロイドとビタミンD3の両方を使いたい場合は、重ねて塗るか、両方とも特殊な製法で配合した塗り薬を使う必要があります。乾癬の塗り薬が効かない人は、まず混ぜた薬を使っていないか確認する必要があります。国内では、現在2種類の配合外用薬が使用可能です。カルシポトリオール水和物/ベタメタゾンジプロピオン酸エステル(商品名:ドボベット):軟膏、ゲル、フォームゲル剤があるので頭皮の中に塗るのにも向いています。頭皮の中に塗る際は、意外にベタつくことに注意が必要です。また、フォーム剤もデビューしました。フォーム剤は塗りやすさから海外で多く使われているようです。上手に使わないと飛び散るので注意が必要です。マキサカルシトール/ベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル(商品名:マーデュオックス):軟膏ページTOPへ2.経口薬2-1.アプレミラスト(商品名:オテズラ)PDE4(ホスホジエステラーゼ4)という酵素をブロックする薬です。頭痛、吐き気、下痢などの副作用が最初に出ることが多いので、お薬に体を慣らしていくためのスターターパックがあります。副作用は使っていくうちに慣れてくることが多いです。長期的に内服すると体重減少の副作用もあります。効果はゆっくり出てくるので、焦らず使用することが大切です。痒みや関節の痛みにも効果があります。注射薬のような劇的な効果ではないですが、症状が軽くなるので塗り薬を塗るのが面倒な方や小さなぶつぶつがたくさん出ている方には向いています。当院では小さなぶつぶつがたくさん出て塗りにくい方、頭のぶつぶつやかさぶたが治りにくい方、少し関節が痛い方、手足に分厚いかさぶたができて治りにくい方などに使っています。また、生物学的製剤の治療が終了した、もしくは何らかの理由で中断せざるを得なかった方にも使用できます。腎機能が低下している方は、半分の量で内服する必要があります。2-2.シクロスポリン(商品名:ネオーラル)乾癬が出てくるのに重要な働きをするT細胞の働きを抑える薬です。効果は比較的速やかで、量を多くすると生物学的製剤に近いくらいの効果を得ることもできます。ただし、血圧上昇などの副作用があることは注意が必要です。長期間内服すると、腎臓にダメージが起こります。海外のガイドラインでは1年程度の服用にとどめるように勧められています。これらの理由もあり、定期的な血液検査を必要としています。2-3.メトトレキサート(商品名:リウマトレックス)リウマチではよく使われている薬ではありますが、乾癬でも最近保険適用になりました。リウマトレックスだけがジェネリックも含め乾癬に保険適用となっています。日本皮膚科学会の生物学的製剤使用承認施設でのみ乾癬に使用できます。妊娠計画の少なくとも3ヵ月前から男性、女性とも内服を中断しなければなりません。腎機能障害のある方には使用できません。副作用対策として葉酸製剤を内服することがあります。2-4.エトレチナート(商品名:チガソン)エトレチナートはビタミンA誘導体であり、免疫を落とさないことにより光線療法との併用が可能です。表皮細胞の異常増殖を抑えてくれることで効果を発揮します。唇が荒れる、手足の皮がむける、皮膚が薄くなるなどの副作用があります。催奇形性といって、お腹の赤ちゃんに奇形を起こす副作用が報告されています。そのため女性は服用中止後2年間、男性は半年間避妊することが必要になります。2-5.ウパダシチニブ(商品名:リンヴォック)乾癬性関節炎(関節症性乾癬)に適応があります。JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害薬という新しいメカニズムの治療薬です。もともと関節リウマチの治療薬として使用されていました。皮膚にも効果があります。15mg錠を1日1回内服します。帯状疱疹のリスクが高まることが知られていますので、この治療薬を検討されている方には事前に帯状疱疹ワクチンの接種を強くお勧めしています。深部静脈血栓症、肺塞栓症といった血栓のリスクが高まります。そのための注意が必要になります。また、生物学的製剤と同様に事前に結核の検査をする必要があります。2-6.デュークラバシチニブ(商品名:ソーティクツ)2022年11月デビューの内服薬です。既存治療で効果不十分な尋常性乾癬、乾癬性紅皮症、膿疱性乾癬に適応があります。比較的副作用の少ない薬ですが、TYK2という分子をブロックするJAK阻害薬というジャンルに入っているため、日本皮膚科学会の分子標的薬使用承認施設のみで投与可能となっています。成人にはデュークラバシチニブとして1回6mgを1日1回経口投与します。ページTOPへ3.光線療法治療の位置付けとしては、寛解導入、すなわち週2~3回程度の細かい間隔で照射し、ぶつぶつをできるだけ消失させるのを最初の目的としています。効果が出て皮膚症状が寛解したら間隔をのばしていく、ないしは中止します。ナローバンドUVBは発がん性が上昇するリスクは今のところ報告されていません。しかし、紫外線であるため、ダラダラと継続して無駄な照射をしないように気を付けることも大切です。ページTOPへ4.顆粒球吸着除去療法アダカラムという特殊な体外循環装置を使い、白血球の一部である、活性化した顆粒球を取り除く方法です。膿疱性乾癬に保険適用があります。薬剤の投与をしないため、妊娠中でも実施できます。ページTOPへ5.生物学的製剤乾癬の治療は、2010年に生物学的製剤が使えるようになってから劇的に変化しました。今までの治療で効果がなかった患者さんも、この薬の投与を開始してから皮膚や関節の症状と無縁の生活を送れるようになってきました。このように非常によく効く薬なのですが、大変高額です。そのため、高額療養費制度の理解や活用も大切になってきます。どんどん薬剤の開発が進み、10年で10種類以上のお薬が乾癬に対して使えるようになってきました。生物学的製剤が使えない方、注意が必要な方活動性の結核を含む重い感染症がある方は使用できませんので、事前にしっかりと検査を行い、必要な対処を行ってから投与する必要があります。また、悪性腫瘍のある方は投与禁忌ではありませんが、投与に当たっては(がん治療の)主治医としっかり相談・確認して慎重に進めなければなりません。現在、乾癬に使える生物学的製剤だけで、こんなにたくさんの種類があります(2023年9月現在)。画像を拡大する(各薬剤の電子添付文書を基にケアネット作成)5-1.TNF-α阻害薬TNF-αというタンパクをブロックする薬です。TNF-αは体のあちこちで作られ、乾癬を悪化させていきます。内臓脂肪からも作られます。メタボ気味の人は内臓脂肪からのTNF-αが増えてきます。すると、インスリン抵抗性といって血糖が上がりやすい状態になってしまうこともあります。これをブロックすることで、全身のさまざまな炎症を抑えてくれることも期待されています。また、関節炎にも効果が高いです。乾癬性関節炎(関節症性乾癬)の症状が進行すると骨びらんという骨へのダメージが来るのですが、TNF-α阻害薬は骨破壊を抑え、回復させてくれる効果が期待できます。インフリキシマブ(商品名:レミケード)唯一、これだけが点滴で投与する薬です。効果不十分時に増量ないし投与期間を短縮することが可能です。アダリムマブ(商品名:ヒュミラ)2週間に1回皮下注射する薬です。効果不十分時に増量することが可能です。シリンジだけでなく、ペン型の注射器具があるため自己注射が簡単に行えます。セルトリズマブ ペゴル(商品名:シムジア)この薬剤は製法が特殊であり、胎盤をお薬が通過しにくいことがわかっています。そのため唯一、妊娠中でも使える生物学的製剤です。TNF-α阻害薬が使えない人うっ血性心不全のある方多発性硬化症などの脱髄性疾患をお持ちの方TNF-α阻害薬はどんな人に向いている?乾癬性関節炎(関節症性乾癬)で、とくに関節の症状が強い人メタボ気味の人炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)の既往がある人体重が重い人インフリキシマブは体重1kg当たり5mgの量を投与します。体重がかなり重い方は十分な薬剤量を行きわたらせるためにインフリキシマブを選択することがあります。5-2.IL-23阻害薬IL-12/23 p40阻害薬のウステキヌマブ(商品名:ステラーラ)が最初に出ました。IL-23はp40とp19というタンパクが合体しているものです。p40はIL-12という別のタンパクにも含まれている構造のため、IL-12/23 p40阻害薬は乾癬に関係のない細胞の働きも弱めてしまいます。そこで、ウステキヌマブ以降に出た次世代型のIL-23阻害薬は、p19をブロックすることでよりピンポイントな効き目を実現させています。すべての薬剤にある特長は、効果が持続しやすい、投与間隔が長いという点、副作用が少ないことです。ウステキヌマブ(商品名:ステラーラ)2011年から使用されている薬剤です。効果不十分な場合に増量できるのが特徴です。グセルクマブ(商品名:トレムフィア)掌蹠膿疱症にも適応があります。維持投与期は8週間に1回の投与を行います。リサンキズマブ(商品名:スキリージ)維持投与期は12週間に1回という長さが魅力です。チルドラキズマブ(商品名:イルミア)尋常性乾癬のみに適応があります。この薬剤も維持投与期は12週間に1回です。IL-23阻害薬はどんな人に向いている?治りにくい尋常性乾癬の方仕事が忙しくて通院が大変な方自分で注射を打つのが怖い方5-3.IL-17阻害薬IL-17とは乾癬を発症させるのに大変重要な役割を果たすタンパクです。IL-17にはIL-17AからFまでの6つのサブファミリーがあります。とくにIL-17ファミリーの中で乾癬の成り立ちに重要な役割を果たすタンパクが、IL-17AとIL-17Fです。治療効果が早く出ること、そして4種類の薬剤それぞれ非常に高い効果が得られることが特長です。セクキヌマブ、イキセキズマブ、ブロダルマブは維持投与期に自己注射をすることが可能です。セクキヌマブ(商品名:コセンティクス)最初の1ヵ月に毎週注射をすることで効果を早く出せることが特長です。完全ヒト型抗体であり、中和抗体が出にくいのが特徴です。成人には300mgを投与しますが、状況により減量が可能です。生物学的製剤の中で唯一小児にも適応があります。通常、6歳以上の小児にはセクキヌマブ(遺伝子組換え)として、体重50kg未満の患者には1回75mgを、体重50kg以上の患者には1回150mgを皮下投与します。なお、体重50kg以上の患者では、状態に応じて1回300mgを投与することができます。イキセキズマブ(商品名:トルツ)IL-17Aを阻害します。薬剤の特長として高い治療効果が早期から出てくることが多いです。効果がいまひとつだったり、安定しなかったりするとき、つまり使用開始後12週時点で効果不十分な場合には、投与期間を短縮することが可能です。乾癬の皮膚や関節症状が強い方、安定しない方に向いています。ブロダルマブ(商品名:ルミセフ)この薬剤は、乾癬の治療薬ではIL-17の受容体であるIL-17RAをブロックする薬です。そのため、IL-17A、IL-17A/F、IL-17C、IL-17E、IL-17Fが受容体に結合するのをブロックすることができます。皮膚症状に対しては、かなり有効性が期待できる薬剤です。ビメキズマブ(商品名:ビンゼレックス)IL-17A、IL-17Fをブロックできる薬剤です。尋常性乾癬、乾癬性紅皮症、膿疱性乾癬に適応があります。乾癬性関節炎(関節症性乾癬)には適応がありません。今までの治療でうまくいかなかった人でも鋭い効果を出すことが期待されています。IL-17阻害薬が使えない方炎症性腸疾患のある方IL-17は腸管のバリア機能を保つために重要な役割を果たします。炎症性腸疾患のある方は、IL-17をブロックすることで悪化する可能性があります。真菌感染症のある方IL-17は真菌(カビ)の防御に大切な働きをします。そのため、これらの感染症がある方は、IL-17をブロックすることで悪化させてしまう可能性があります。IL-17阻害薬はどんな人に向いている?皮膚の症状がかなり重度な方自分で注射を打てる方素早い効果を期待している方5-4.IL-36受容体阻害薬スペソリマブ(商品名:スペビゴ)抗IL-36受容体抗体であるスペソリマブが主成分です。膿疱性乾癬における急性症状の改善、という適応で保険収載されました。投与開始1週後に有意な膿疱の減少、12週後には84.4%の患者で膿疱が消失という劇的な効果を呈することが知られています。ページTOPへまとめ乾癬の治療薬、治療法はたくさんあることがおわかりいただけたと思います。乾癬の治療に絶対の正解はありませんが、いろいろな治し方を知り、治療方針を決めていく参考になればと思っております。乾癬の治療薬は、まだたくさん開発されています。内服薬(RORγtインバースアゴニスト)、外用薬(アリル炭化水素受容体モジュレーター)などが治験中です。今後も多くの治療選択肢ができることで、乾癬患者さんたちの未来は明るくなっていくのではと期待しています。1)森田明理ほか. 乾癬の光線療法ガイドライン. 日皮会誌. 2016;126:1239-1262.2)佐伯秀久ほか. 乾癬における生物学的製剤の使用ガイダンス(2022年版). 日皮会誌. 2022;132:2271-2296.3)各薬剤の電子添付文書

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ファイザーとモデルナ、高齢者により安全なワクチンはどっち?

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)mRNAワクチンの安全性と有効性は、モデルナ社製ワクチンでもファイザー社製ワクチンでも高いとされている。しかし、高齢者におけるワクチン接種後の有害事象の発生という点では、軍配はモデルナ社製ワクチンに上がるとする研究結果が報告された。米ブラウン大学公衆衛生大学院、老年学・ヘルスケア研究センターのDaniel Harris氏らが米国立老化研究所の資金提供を受けて実施した研究で、詳細は、「JAMA Network Open」に8月2日掲載された。 Harris氏は、「COVID-19にまつわる有害事象の発生リスクは、新型コロナウイルスに自然感染した場合の方が、mRNAワクチンを接種した場合よりもはるかに高い。しかし、世界人口の70%以上が何らかのCOVID-19ワクチンを接種した今となっては、ワクチンの供給についてさほど心配する必要はない」と説明する。そして、現時点で必要とされているのは、どのワクチンを接種するかを決める際の判断材料となる、ワクチンの安全性と有効性に関する詳細な情報だと強調する。 今回の研究でHarris氏らは、mRNAワクチンの1回目接種を終えた、66歳以上の出来高払い方式のメディケア受益者638万8,196人(平均年齢76.3歳、女性59.4%)を対象に、モデルナ社製ワクチンとファイザー社製ワクチン接種後の有害事象の発生について比較を行った。対象者の38.1%はプレフレイル(フレイル前段階)、6.0%はフレイルと判定されていた。また、339万704人がファイザー社製ワクチンを、299万7,492人がモデルナ社製ワクチンを接種していた。有害事象としては、深部静脈血栓症、肺塞栓症、血小板減少性紫斑病、ギラン・バレー症候群、急性心筋梗塞など12種類について検討した。 検討した12種類の有害事象の発生率は全て1%以下であり、最も高かったのは深部静脈血栓症の0.27%と肺塞栓症の0.23%であった。あらゆる因子を調整したモデルを用いた解析からは、モデルナ社製ワクチンの方が肺塞栓症リスクが4%低く、また、血栓塞栓症の複合(急性心筋梗塞、深部静脈血栓症、出血性脳卒中、非出血性脳卒中、肺塞栓症)のリスクも2%低いことが示された。モデルナ社製ワクチンはさらに、COVID-19と診断されるリスクがファイザー社製ワクチンよりも14%低かった。ただし、このようなリスク低下は、フレイルと判定された人では6%にとどまっていた。 Harris氏は、「この研究結果は、公衆衛生の専門家が、フレイルのある人も含めた高齢者にとって、どのmRNAワクチンが望ましいかを検討する上で役に立つ」と話す。同氏はまた、健康に慢性的な問題を抱えていることの多い高齢者は、臨床試験から除外されることが多いことを指摘し、「介護施設に入居している高齢者ではCOVID-19の重症化リスクが高いことを考えると、高齢者でのワクチンの安全性と有効性を調べることは極めて重要である」としている。 では、なぜモデルナ社製ワクチンの方が、わずかではあるが有害事象の発生リスクが低かったのか。Harris氏は、「安全性と有効性は相互に関連している。モデルナ社製ワクチンを接種した患者の方が、ファイザー社製ワクチンを接種した人よりも肺塞栓症やその他の有害事象のリスクがわずかに低かったのは、モデルナ社製ワクチンの方がCOVID-19罹患リスクを低減させる効果が高いことに起因する可能性がある」と話している。 ただし、この研究では、有害事象の発生リスクの違いが、安全性または有効性のどちらに起因するのかについて、結論付けることはできなかった。また、本研究で検討されたのはmRNAワクチンの初回投与後についてだけであり、研究グループは、さらなる研究が必要だとしている。

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静脈血栓塞栓症の治療に難渋した肺がんの一例(後編)【見落とさない!がんの心毒性】第24回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。前回は、深部静脈血栓塞栓症に対する治療選択、がん関連血栓塞栓症のリスクとして注目すべき患者背景について解説を行いました。今回は同じ症例でのDVT治療継続における問題点を考えてみましょう。《今回の症例》年齢・性別30代・男性既往歴なし併存症健康診断で高血圧症、脂質異常症を指摘され経過観察喫煙歴なし現病歴発熱と咳嗽が出現し、かかりつけ医で吸入薬や経口ステロイド剤が処方されたが改善せず。腹痛が出現し、総合病院を紹介され受診した。胸部~骨盤部造影CTで右下葉に結節影と縦隔リンパ節腫大、肝臓に腫瘤影を認めた。肝生検の結果、原発性肺腺がんcT1cN3M1c(肝転移) stage IVB、ALK融合遺伝子陽性と診断した。右下肢の疼痛と浮腫があり下肢静脈エコーを実施したところ両側深部静脈血栓塞栓症(deep vein thrombosis:DVT)を認めた。肺がんに伴う咳嗽以外に呼吸器症状なし、胸部造影CTでも肺塞栓症(pulmonary embolism:PE)は認めなかった。体重65kg、肝・腎機能問題なし、血圧132/84 mmHg、脈拍数82回/min。肺がんに対する一次治療としてアレクチニブの投与を開始した。画像所見を図1に、採血データを表1に示す。(図1)中枢性DVT診断時の画像所見画像を拡大する(表1)診断時の血液検査所見画像を拡大するアレクチニブと直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC)の内服を継続したが、6ヵ月後に心膜播種・胸膜播種の出現と肝転移・縦隔リンパ節転移の増悪を認めた。ALK阻害薬の効果持続が短期間であったことから、がん治療について、ALK阻害薬から細胞傷害性抗がん薬への変更を提案したが本人が希望しなかった。よって、ALK阻害薬をアレクチニブからロルラチニブへ変更した。深部静脈血栓症(Venous Thromboembolism:VTE)に関しては悪化を認めなかったためDOACは変更せず内服を継続した。その後、肺がんの病勢は小康状態を保っていたが、1ヵ月後に胸部レントゲン写真で左下肺野にすりガラス陰影が出現し、造影CTを実施したところ新規に左下葉肺動脈のPEを認めた(図2)。(図2)PE発症時の画像所見画像を拡大する【問題】DOAC内服中にVTEが増悪した場合、どのような対応を行うか?1)Farge D, et al. Lancet Oncol. 2022;23:e334-e347.講師紹介

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米国での誤診による深刻な被害の実態が明らかに

 毎年約79万5,000人の米国人が、誤診により死亡したり永続的な障害を被っていることが、米ジョンズ・ホプキンス大学医学部のDavid Newman-Toker氏らによる研究で示された。この研究結果は、「BMJ Quality & Safety」に7月17日掲載された。 Newman-Toker氏は、「プライマリケア、救急外来などの特定の臨床現場で発生した誤診に焦点を当てた研究はこれまでにも実施されていたが、複数の医療現場にまたがる深刻な被害の総計は調査されておらず、その推定値には年間4万件から400万件の幅があった。われわれの研究では、疾患別の誤診と被害発生率を基に損害の総計を推定した点で注目に値する」と話す。 Newman-Toker氏らは今回、米国内の特定の疾患の発生件数に、その疾患の患者のうち誤診による深刻な被害(死亡、または永続的な障害)が生じた者の割合を掛け合わせることで、その疾患に関して生じた被害の大きさを割り出した。その後、血管イベント、感染症、がんの3つの領域(Big 3領域)の主要な15種類の疾患について同様の計算法を適用し、得られた結果を合計して、国内全体での誤診や被害に関する推定値を算出した。次いで、この測定値の妥当性を検討するために、さまざまな仮定を立てて分析を行い、推定値を出すために選択した手法などの影響を評価し、さらに、独立したデータ源や専門家のレビューとの比較も行った。 その結果、米国では毎年、血管イベントが600万件、感染症が620万件、がんが150万件発生しており、これらの3領域における重み付けされた誤診率は11.1%、被害発生率は4.4%と計算された。疾患全体での誤診率は、心筋梗塞での1.5%から脊椎膿瘍での62%まで、疾患により大きな開きがあった。誤診により生じた深刻な被害が最も多かったのは、脳卒中だった。 Big 3領域以外の全ての疾患に対象を広げると、米国全体で誤診に関連する深刻な被害が年間79万5,000件(推定範囲59万8,000~102万3,000件;死亡37万1,000件、永続的な障害42万4,000件)生じているものと推定され、医療現場全体にわたる深刻な被害状況が浮き彫りになった。この結果は、外来診療所や救急外来、入院治療での誤診に焦点を当てた複数の先行研究において報告されたデータと一致していた。15種類の疾患は全体の深刻な被害の50.7%を占め、深刻な被害が生じる頻度の高い上位5つの疾患(脳卒中、敗血症、肺炎、静脈血栓塞栓症、肺がん)が全体の38.7%を占めていた。 以上の結果を踏まえて研究グループは、「誤診率の高い疾患に最優先で対処すべきだ」と主張する。Newman-Toker氏は、「疾患に焦点を当てたアプローチにより誤診を予防・軽減することで、このような被害を大幅に減らせる可能性がある。脳卒中、敗血症、肺炎、肺塞栓症、肺がんの誤診を半減させることで、後遺障害と死亡の発生件数を年間15万件減らせるはずだ」と話す。 ジョンズ・ホプキンス大学では、すでに脳卒中の見逃しに対処するための解決法を開発して使い始めているという。その解決法とは、第一線の臨床医のスキルを向上させるためのバーチャル患者シミュレーターや、専門医が遠隔操作で臨床医の脳卒中診断を支援するための、ビデオゴーグルや携帯電話を介したポータブル眼球運動計測装置などである。また、診断プロセスの一部を自動化するコンピューターベースのアルゴリズムや、パフォーマンスを測定し、質の向上に関するフィードバックを提供するダッシュボードなども導入されている。 Newman-Toker氏は、「このような取り組みに必要な資金は、いまだ十分でない」と指摘する。同氏は、「われわれが直面している公衆衛生危機の中では、誤診の削減のために投入される資金が最も少ない。高い精度で確実な診断を行い、誤診による予防可能な被害をゼロにすることを目指すのであれば、そのための努力に投資し続ける必要がある」と述べている。

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静脈血栓塞栓症の治療に難渋した肺がんの一例(前編)【見落とさない!がんの心毒性】第23回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別30代・男性既往歴なし併存症健康診断で高血圧症、脂質異常症を指摘され経過観察喫煙歴なし現病歴発熱と咳嗽が出現し、かかりつけ医で吸入薬や経口ステロイド剤が処方されたが改善せず。腹痛が出現し、総合病院を紹介され受診した。胸部~骨盤部造影CTで右下葉に結節影と縦隔リンパ節腫大、肝臓に腫瘤影を認めた。肝生検の結果、原発性肺腺がんcT1cN3M1c(肝転移) stage IVB、ALK融合遺伝子陽性と診断した。右下肢の疼痛と浮腫があり下肢静脈エコーを実施したところ両側深部静脈血栓塞栓症(deep vein thrombosis:DVT)を認めた。肺がんに伴う咳嗽以外に呼吸器症状なし、胸部造影CTでも肺塞栓症(pulmonary embolism:PE)は認めなかった。体重65kg、肝・腎機能問題なし、血圧132/84 mmHg、脈拍数82回/min。肺がんに対する一次治療としてアレクチニブの投与を開始した。画像所見を図1に、採血データを表1に示す。(図1)中枢性DVT診断時の画像所見画像を拡大する(表1)診断時の血液検査所見画像を拡大する【問題1】DVTに対し、どのような治療が考えられるか?【問題2】筆者が本症例でがん関連血栓塞栓症のリスクとして注目した患者背景は何か?第24回(VTEの治療継続で生じた問題点とその対応)に続く。1)Dou F, et al. Thromb Res. 2020;186:36-41.2)Al-Samkari H, et al. J Thorac Oncol. 2020;15:1497-1506.3)Wang HY, et al. ESMO Open. 2022;7:100742.4)Qian X, et al. Front Oncol. 2021;11:680191.講師紹介

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標準治療に不応・不耐の若年性特発性関節炎、バリシチニブが有効/Lancet

 標準治療で効果不十分または不耐の若年性特発性関節炎患者の治療において、JAK1/2阻害薬バリシチニブはプラセボと比較して、再燃までの期間が有意に延長し、安全性プロファイルは成人のほかのバリシチニブ適応症で確立されたものと一致することが、英国・ブリストル大学のAthimalaipet V. Ramanan氏らが実施した「JUVE-BASIS試験」で示された。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2023年7月6日号で報告された。20ヵ国の無作為化プラセボ対照第III相試験 JUVE-BASISは、日本を含む20ヵ国75施設で実施された二重盲検無作為化プラセボ対照第III相試験であり、2018年12月~2021年3月に患者の登録が行われた(Incyteのライセンス下にEli Lilly and Companyの助成を受けた)。 対象は、年齢2~<18歳で、若年性特発性関節炎(リウマトイド因子陽性の多関節型、リウマトイド因子陰性の多関節型、進展型少関節炎型、付着部炎関連関節炎型、乾癬性関節炎型)と診断され、1剤以上の従来型合成疾患修飾性抗リウマチ薬(csDMARD)または生物学的疾患修飾性抗リウマチ薬(bDMARD)による少なくとも12週間の治療で効果不十分、または不耐の患者であった。 安全性/薬物動態の評価を行う期間(2週間)に年齢に基づくバリシチニブの用量(1日1回)が確定され、非盲検下の導入期間(12週間)として全例に成人(4mg)との等価用量のバリシチニブ(錠剤、懸濁剤)の投与が行われた。 導入期間の終了時に、若年性特発性関節炎-米国リウマチ学会(JIA-ACR)の30基準を満たした患者(JIA-ACR30レスポンダー)が、二重盲検下に同一用量のバリシチニブを継続投与する群またはプラセボに切り換える群に、1対1の割合で無作為に割り付けられ、疾患が再燃するか、二重盲検期間(最長32週[バリシチニブは導入期間と合わせて44週])が終了するまで投与した。 主要エンドポイントは、二重盲検期間中の疾患再燃までの期間であった。また、二重盲検期間中の有害事象の曝露補正発生率を算出した。健康関連QOLも良好 220例(年齢中央値14.0歳[四分位範囲[IQR]:12.0~16.0]、女児152例[69%]、診断時年齢中央値10.0歳[IQR:6.0~13.0]、診断後の経過期間中央値2.7年[IQR:1.0~6.0])が登録された。このうち219例が非盲検下の導入期間にバリシチニブの投与を受け、12週時に163例(74%)がJIA-ACR30基準を満たした。二重盲検期間に、81例がプラセボ群、82例がバリシチニブ群に割り付けられた。 二重盲検期間中の疾患再燃例(最小二乗平均)は、プラセボ群が41例(51%)、バリシチニブ群は14例(17%)であった(p<0.0001)。また、再燃までの期間は、バリシチニブ群に比べプラセボ群で短く(補正後ハザード比[HR]:0.241、95%信頼区間[CI]:0.128~0.453、p<0.0001)、再燃までの期間中央値はプラセボ群が27.14週(95%CI:15.29~評価不能[NE])、バリシチニブ群はNE(95%CI:NE~NE)(再燃例が50%未満のため)だった。 疾患活動性(JADAS-27など)や健康関連QOL(CHQ-PF50、CHAQ疼痛重症度スコア[視覚アナログ尺度])に関する有効性の副次エンドポイントも、プラセボ群に比べバリシチニブ群で良好であった。 バリシチニブの安全性/薬物動態評価期間または非盲検導入期間中に、220例中6例(3%)で重篤な有害事象が発現した。二重盲検期間中には、重篤な有害事象はバリシチニブ群の82例中4例(5%)(100人年当たりの発生率:9.7件、95%CI:2.7~24.9)、プラセボ群の81例中3例(4%)(10.2件、2.1~29.7)で報告された。 治療関連の感染症が、安全性/薬物動態評価期間または非盲検導入期間中に220例中55例(25%)で発現し、二重盲検期間中にはバリシチニブ群の31例(38%)(100人年当たりの発生率:102.1件、95%CI:69.3~144.9)、プラセボ群の15例(19%)(59.0件、33.0~97.3)で報告された。また、重篤な有害事象として二重盲検期間中にバリシチニブ群の1例で肺塞栓症が報告され、試験治療関連と判定された。 著者は、「バリシチニブによるJAKシグナルの阻害は、若年性特発性関節炎に関連する複数のサイトカイン経路を標的とし、既存の治療法に代わる1日1回投与の経口治療薬となる可能性がある」としている。

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男性性腺機能低下症、テストステロン補充で心血管リスクは?/NEJM

 性腺機能低下症の中高年男性で、心血管疾患を有するか、そのリスクが高い集団において、テストステロン(ゲル剤)補充療法は、心血管系の複合リスクがプラセボに対し非劣性で、有害事象の発現率は全般に低いことが、米国・クリーブランドクリニックのA Michael Lincoff氏らが実施した「TRAVERSE試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2023年6月16日号に掲載された。米国の無作為化プラセボ対照非劣性試験 TRAVERSE試験は、米国の316施設が参加した二重盲検無作為化プラセボ対照非劣性第IV相試験であり、2018年5月23日に患者の登録が開始された(AbbVieなどの助成を受けた)。 対象は、年齢45~80歳、心血管疾患を有するかそのリスクが高く、性腺機能低下症の症状がみられ、2回の検査で空腹時テストステロン値が300ng/dL未満の男性であった。 被験者は、1.62%テストステロンゲルまたはプラセボゲルを毎日経皮的に投与する群に、無作為に割り付けられた。 心血管系の安全性の主要エンドポイントは、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の複合であった。ハザード比(HR)の95%信頼区間(CI)の上限値が1.5未満の場合に非劣性と判定された。感度分析でも非劣性を示す 最大の解析対象集団5,204例のうち、2,601例(平均[±SD]年齢63.3±7.9歳、血清テストステロン中央値227ng/dL)がテストステロン群に、2,603例(63.3±7.9歳、227ng/dL)はプラセボ群に割り付けられた。平均(±SD)投与期間は、テストステロン群が21.8±14.2ヵ月、プラセボ群は21.6±14.0ヵ月、平均フォローアップ期間はそれぞれ33.1±12.0ヵ月、32.9±12.1ヵ月であった。 心血管系の安全性の主要エンドポイントは、テストステロン群が2,596例中182例(7.0%)、プラセボ群は2,602例中190例(7.3%)で発生し(HR:0.96、95%CI:0.78~1.17、非劣性のp<0.001)、テストステロン群のプラセボ群に対する非劣性が示された。 また、主要感度分析(最終投与から365日以降に発生したイベントのデータは打ち切り)では、主要エンドポイントはテストステロン群が154例(5.9%)、プラセボ群は152例(5.8%)で発生し(HR:1.02、95%CI:0.81~1.27、非劣性のp<0.001)、非劣性が確認された。 心血管系の副次複合エンドポイント(主要エンドポイント+冠動脈血行再建[PCIまたはCABG])の発生は、テストステロン群が269例(10.4%)、プラセボ群は264例(10.1%)であり、臨床的に意義のある明らかな差は認められなかった(HR:1.02、95%CI:0.86~1.21)。主要エンドポイントの各項目の発生率は、いずれも両群で同程度であった。 前立腺がんが、テストステロン群の12例(0.5%)、プラセボ群の11例(0.4%)で発現した(p=0.87)。前立腺特異抗原(PSA)のベースラインからの上昇は、テストステロン群のほうが大きかった(0.20±0.61ng/mL vs.0.08±0.90ng/mL、p<0.001)。また、テストステロン群では、心房細動(3.5% vs.2.4%、p=0.02)、急性腎障害(2.3% vs.1.5%、p=0.04)のほか、肺塞栓症(0.9% vs.0.5%)の発生率が高かった。 著者は、「メタ解析では、静脈血栓塞栓イベントとテストステロンには関連がないことが示されているが、今回の知見は、過去に血栓塞栓イベントを発症した男性ではテストステロンは慎重に使用すべきとする現行の診療ガイドラインを支持するものであった」としている。

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がん化学療法中に発症した肺塞栓症、がん治療医と循環器医が協力して行うべき適切な管理は?【見落とさない!がんの心毒性】第21回

※本症例は、実臨床のエピソードに基づく架空のモデル症例です。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別30代・男性主訴右下腿の腫脹・疼痛現病歴とくに既往症はなく、生来健康であった。陰嚢腫大を契機に右精巣腫瘍を指摘された。高位精巣摘除術で非セミノーマの診断となり、術後の血液検査で腫瘍マーカーの上昇(LDH、hCG-β、AFP)と、造影CT検査で領域リンパ節と傍大動脈リンパ節の多発転移(最大径4cm)、多発肺転移(最大径3cm)を指摘された。右精巣腫瘍(胚細胞腫瘍・非セミノーマ)、TNM分類はT2N2M1aS1、ステージIIIA、IGCCC分類の予後良好群と診断された。化学療法は腫瘍内科医が担当することとなった。腫瘍内科医は症例患者のステージ、リスク分類から、標準治療であるBEP療法 (ブレオマイシン、エトポシド、シスプラチン) 3コースを行う方針とした。BEP療法2コース後、腫瘍マーカーは正常範囲内まで改善したが、発熱性好中球減少症(FN:febrile neutropenia)や消化器毒性、倦怠感など化学療法に伴う有害事象があり、入院中も臥床時間が長い傾向にあった。1コース目でFNを発症したため、2コース目は二次予防的にG-CSF製剤を使用した。3コース目開始前日に右下腿の腫脹・疼痛の訴えがあり、血液検査を実施したところD-dimerが9.5μg/mLと高値であった。右下腿の腓腹筋の把握痛を認めたため、腫瘍内科医は深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)を疑い下肢静脈超音波検査を行ったところ、右大腿〜膝窩静脈に比較的新鮮と思われる血栓(中枢型DVT)を認めた。バイタルサインに問題はなく、呼吸困難や胸痛の訴えはなかったが、造影CT画像検査で左右の肺動脈に塞栓がみられ、肺塞栓症(PE:pulmonary embolism)も合併していることがわかった。多発リンパ節転移、多発肺転移は化学療法導入前より縮小傾向にあり、リンパ節転移はいずれも短径1cm未満、肺転移も長径2cm未満となっており、化学療法は奏効していると思われた。【問題1】本症例の患者がDVT/PEを発症した原因や誘因について、正しいと思われる選択肢を3つ選んでください。a.長期臥床や骨盤リンパ節転移による下肢静脈の圧排による血流停滞が血栓形成の誘因となった。b.シスプラチンは一般的に血栓塞栓症のリスクが高い抗がん剤とされている。c.ブレオマイシンは一般的に血栓塞栓症のリスクが高い抗がん剤とされている。d.固形がんにおける化学療法中のDVTの発症頻度はがん種によって差があり、胚細胞腫瘍は比較的リスクが高いがん種である。e.化学療法による有害事象対策のための支持療法に使用する薬剤は血栓塞栓症のリスクにはならない。腫瘍内科医は本症例の患者におけるDVT/PEの治療について、循環器内科医にコンサルトした。心電図検査、心臓超音波検査で右室負荷所見は認めず、循環動態は保たれていると判断した。腫瘍内科医と循環器医で協議し、治療方針について検討を行った。【問題2】本症例の治療方針について、不適切な選択肢を1つ選んでください。a.腎機能や体重を確認し、経口薬であるDOACs(direct oral anticoagulants)でDVT/PEの治療を開始した。b.抗凝固薬を開始してもDVTが軽快せず、PEが悪化した場合に致死的になるリスクが高いと思われる場合はIVCフィルターを検討する方針とした。c.腫瘍マーカーの値やCTの結果から、胚細胞腫瘍の病勢はコントロールできているため、DVT/PEの治療を優先し、血栓・塞栓が画像上完全に消失したことを確認してから化学療法を再開する方針とした。d.化学療法がDVT/PEの誘因になった可能性は否定できないが、抗凝固薬を開始してDVT/PEの明らかな増悪がなければBEP療法の3コース目は減量せずに実施する方針とした。e.化学療法後に残存腫瘍に対する外科的切除術を行う可能性があるため、DVT/PEの治療状況や心機能の評価は循環器内科医が併診しながら慎重に経過を観察した。<Take home message>血管新生阻害薬やHER2阻害薬などの分子標的薬、または免疫チェックポイント阻害薬における循環器領域の有害事象が腫瘍循環器領域でのトピックになっているが、いわゆる抗がん剤(殺細胞性抗がん剤)でも腫瘍循環器的プロブレムがみられることがある。それぞれの薬剤における頻度・致死性の高い有害事象を理解することは、腫瘍内科医、循環器内科医の双方にとって重要である。腫瘍内科医は「がんの治療は詳しいが、循環器の治療はよくわからない」。一方で、循環器内科医は「循環器の治療は詳しいが、がんの治療はよくわからない」。腫瘍内科医と循環器内科医が密に連携し、それぞれの専門領域の観点からベストと思われる対応を目指すことが、腫瘍循環器的プロブレムのより良い管理にとって必要である。1)Seng S, et al. J Clin Oncol. 2012;30:4416-4426.2)Oppelt P, et al. Vasc Med. 2015;20:153-161.3)Piketty AC, et al. Br J Cancer. 2005;93:909-914.4)Lauritsen J, et al. J Clin Oncol. 2020;38:584-592.5)Haddad TC, et al. Thromb Res. 2006;118:555-568.6)Khorana AA, et al. Cancer. 2005;104:2822-2829.7)Raskob GE, et al. N Engl J Med. 2018;378:615-624.8)Agnelli G, et al. N Engl J Med. 2020;382:1599-1607.9)Young AM, et al. J Clin Oncol. 2018;36:2017-2023.10)Empowering urologists to provide the best possible care:Testicular Cancer11)Motzer RJ, et al. Cancer. 1990;66:857-861. 12)Mulder FI, et al. Blood. 2021;137:1959-1969.講師紹介

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冬眠中のクマから血栓予防のヒントを発見

 長い間、体を動かさないでいると、人間なら血行不良から命にも関わる血栓ができかねない。しかし、何カ月にもわたって眠り続ける冬眠中のクマにこうした問題が生じないのはなぜなのだろう。この疑問を解く鍵はあるタンパク質にあることが、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(ドイツ)を中心とする国際研究グループが実施した13年にわたる研究から明らかになった。研究グループは、この発見が血栓予防薬の開発につながるとの期待を示している。研究の詳細は、「Science」4月13日号に報告された。 この研究を行うことになった背景について、研究グループの1人である同大学のTobias Petzold氏は、「冬眠前のクマは、起きている時間の大半を食べることに費やして体重を大幅に増やし、1年の半分にも及ぶ冬眠中には何もせずに寝て過ごす。人間がこのような生活をしたなら、肥満、筋肉減少、骨密度低下、2型糖尿病、深部静脈血栓症や肺塞栓症を含む静脈血栓塞栓症 (VTE)など、さまざまな健康上の問題が生じるだろう。それなのにクマは、冬眠明けでも健康に衰えが見られない。何がクマを守っているのかを突き止めれば、理論的には、“現代のライフスタイル”に関連して生じる人間のさまざまな疾患に対する新たな治療法につながるかもしれないと考えた」と語っている。 研究では、13頭のヒグマから夏と冬の2回にわたって血液を採取し、夏と冬の間での血小板タンパク質レベルの比較を行った。また、慢性的に体を動かせない脊髄損傷患者では血栓リスクが上昇しないことが知られていることから、脊髄損傷により慢性的に動けない患者とその対照となる健常者からも血液を採取して調べた。 その結果、冬眠中のクマでは、止血作用のある血小板でのタンパク質の発現が、通常のレベルより低下していることが明らかになった。特に発現の低下が著しかったのは、ヒート(熱)ショックタンパク質47(HSP47)と呼ばれるタンパク質で、活動中のクマと比べた冬眠中のクマの血小板では55倍も低下していた。このことから、HSP47の発現低下が、何カ月も眠りにつくクマの体内での血栓形成を防いでいる可能性がうかがわれた。そこでPetzold氏らは、HSP47を発現しないマウスを作成して血栓形成能を調べた。その結果、HSP47を発現しないマウスでは、対照と比較して血栓形成頻度が大幅に減少することが確認された。さらに、慢性的に動けない患者と動けない状態に置かれた健常者でも血小板でのHSP47の発現低下が確認された。 Petzold氏は、「この研究結果は、血栓のできやすい状態にある人での血栓形成を予防する、新たな治療薬の開発につながる可能性がある」と期待を寄せる。同氏は、「今後は、HSP47がどのようなメカニズムで血栓を予防するのかを詳しく研究していきたいと考えている」と話している。 血栓予防薬としては、以前よりアスピリンなどが使われている。しかし、Petzold氏によると、そうした抗血栓薬には出血リスクが高まるなどの副作用があるため、より高い効果と安全性を有する薬剤を探求し続ける必要があるという。同氏は、「われわれは、人の体内に生まれつき備わっていて、必要に応じて利用できる『抗凝血薬』が、臨床上で未解決のこのニーズに取り組む際に、一助になると考えている」と述べる。 アルゼンチン国立医学アカデミーで血液凝固メカニズムを研究しているMirta Schattner氏は、「この研究は、自然を観察することが、ヒトの生物学を学ぶ良い方法となり得ることを明示している」との見方を示す。同氏はまた、「糖尿病やさまざまながんのような慢性疾患も血栓リスクを高める可能性がある。熱ショックタンパク質がそのような疾患においても血栓形成に重要な役割を果たしているのかどうかも、今後、検討していくべきだろう」と話している。

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モルヌピラビル、高リスクコロナ患者の後遺症リスク低減/BMJ

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染し、重症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に進行する危険因子を少なくとも1つ有する患者において、感染後5日以内のモルヌピラビル投与は無治療と比較し、ワクチン接種歴や感染歴にかかわらず、急性期以降の罹患後症状(いわゆる後遺症)(post-acute sequelae of SARS-CoV-2:PASC)のリスク低下と関連していた。米国・VA Saint Louis Health Care SystemのYan Xie氏らが、退役軍人医療データベースを用いたコホート研究で明らかにした。著者は、「COVID-19の重症化リスクが高い患者では、SARS-CoV-2感染後5日以内のモルヌピラビル投与がPASCのリスクを低下する有効なアプローチとなりうる」とまとめている。BMJ誌2023年4月25日号掲載の報告。検査陽性後30日以降の死亡、入院、PASCについて無治療と比較 研究グループは、退役軍人医療データベースを用い、2022年1月5日~2023年1月15日の間にSARS-CoV-2陽性と判定され、重症化リスク(年齢>60歳、BMI>30、がん、心血管疾患、慢性腎疾患、慢性肺疾患、糖尿病、免疫機能障害)を1つ以上有し、陽性判定後30日間生存していた患者のうち、陽性判定後5日以内にモルヌピラビルを投与された患者(モルヌピラビル群)1万1,472例と、陽性判定後30日以内にCOVID-19に対する抗ウイルス薬または抗体治療を受けなかった患者(無治療群)21万7,814例、合計22万9,286例を特定し解析した。 評価項目は、急性期以降の死亡、急性期以降の入院、および急性期以降の死亡または入院の複合である。また、事前に規定した13のPASC(虚血性心疾患発症、不整脈、深部静脈血栓症、肺塞栓症、疲労・倦怠感、肝疾患、急性腎障害、筋肉痛、糖尿病、神経認知障害、自律神経失調症、息切れ、咳)の発症リスクも検討した。すべての急性期以降のアウトカムは、最初のSARS-CoV-2陽性判定後30日から2023年2月15日(追跡調査終了日)まで調査した。 相対スケール(相対リスク[RR]またはハザード比[HR])および絶対スケール(180日後の絶対リスク減少)のリスクが推定された。陽性後5日以内での投与で、急性期以降の死亡、入院、PASCのリスク低下 無治療群と比較してモルヌピラビル群では、PASCのリスク低下(RR:0.86、95%信頼区間[CI]:0.83~0.89、180日後の絶対リスク低下:2.97%、95%CI:2.31~3.60)、急性期以降死亡のリスク低下(HR:0.62、95%CI:0.52~0.74、180日後の絶対リスク低下:0.87%、95%CI:0.62~1.13)、急性期以降入院のリスク低下(HR:0.86、95%CI:0.80~0.93、180日後の絶対リスク低下:1.32%、95%CI:0.72~1.92)が認められた。 モルヌピラビルは、13のPASCのうち、不整脈、肺塞栓症、深部静脈血栓症、疲労・倦怠感、肝疾患、急性腎障害、筋肉痛、神経認知障害の8つのリスク低下と関連していた。また、サブグループ解析の結果、COVID-19ワクチン未接種者、1回または2回のワクチン接種者、ブースター接種者、SARS-CoV-2初感染者および再感染者のいずれにおいても、モルヌピラビル群でPASCのリスク低下が示された。

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