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疑問点ばかりが浮かぶ研究(解説:野間重孝氏)

 ショックとは「生体に対する侵襲あるいは侵襲に対する生体反応の結果、重要臓器の血流が維持できなくなり、細胞の代謝障害や臓器障害が起こり、生命の危機に至る急性の症候群」と定義される。ショックの分類については、近年は循環障害の要因による新しい分類が用いられることが多く、次のように分類される。(1)循環血液量減少性ショック(hypovolemic shock)   出血、脱水、腹膜炎、熱傷など(2)血液分布異常性ショック(distributive shock)   アナフィラキシー、脊髄損傷、敗血症など(3)心原性ショック(cardiogenic shock)   心筋梗塞、弁膜症、重症不整脈、心筋症、心筋炎など(4)心外閉塞・拘束性ショック(obstructive shock)   肺塞栓、心タンポナーデ、緊張性気胸など ここで注意すべきなのは、どの型のショックにおいても例外なく血圧の低下を伴うことで、実際臨床で最大の指標にされるのは血圧である。ちなみにショックの五大兆候とは、蒼白・虚脱・冷汗・脈拍触知不能・呼吸不全をいう。 心原性ショックについて言えば、血液を送り出せない場合だけではなく、心臓に戻ってきた血液を受け止めきれないために生じる場合も含んでいることに注意する必要がある。心原性ショックは心筋性(心筋梗塞、拡張型心筋症など)、機械性(大動脈弁狭窄症、心室瘤など)、不整脈性の3つに分類される。 ミルリノン(商品名:ミルリーラなど)はホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase:PDE)III阻害薬に分類される薬剤で、β受容体を介さずに細胞内cAMPをAMPに分解する酵素であるPDE IIIを抑制することによって細胞内cAMP濃度を高めると同時に血管平滑筋も弛緩させるため、inodilatorと呼ばれる。一般にドブタミンなどによる通常の治療に反応が不良であるケースに使用されるが、高度腎機能低下例(SCR≧3.0mg/dL)、重篤な頻脈性不整脈、カテコラミンを用いても血圧<90mmHgの症例には使用を避けるべきであるとされる。 本論文ではどのような患者に対して、どのような併用薬を用いて、どのような状態でドブタミンまたはミルリノンが使用されたかについての記載がまったくない。これは使用に当たって厳しい制限が課されている薬剤の研究発表としては、不適切と言わなければならないだろう。最大の問題点は血圧についての言及がないことで、では血圧が50mmHgを割っている患者に対して昇圧剤も使用せずにミルリノンを使用したのか、という単純な疑問に答えられていない。また、心室頻拍や心室細動に伴う心原性ショックに対してミルリノンが使用されることはないはずである。一連の研究について説明不足と言うべきだろう。 評者が一番の問題点、疑問点と考えるのはend pointの設定である。本研究においては院内死亡、蘇生された心停止、心移植、機械的循環補助の実施、非致死性の心筋梗塞、一過性脳虚血発作または脳梗塞、腎代替療法の開始が複合end pointとして設定されている。しかし本来、心原性ショックの治療成績は一にかかって、救命できたか・できなかったかであるはずである。重症不整脈によるショックの治療過程において、一時的に心停止を起こすことはとくに珍しいことではない。心移植や補助循環は方法であって結果ではない。また心移植というが、ショック状態の患者に対して心移植の適応はあるのだろうか(そもそも都合よくドナーがいるのかがまず問題であるが)。心筋梗塞は原因であって結果ではない。きわめてまれなことではあるが、蘇生の合併症として心筋梗塞が起こったとしても、それは合併症であって救命と直接関係した結果ではない。脳神経合併症は蘇生措置において生じた合併症であっても結果ではない。腎代替療法も補助的方法であって結果ではない。このように考えてみると、筆者らの設定したend pointはきわめて不適切であると言わざるを得ない。 現在の心原性ショックの治療の核は、原因の除去と左室を休ませることにあると言ってよい。たとえば、冠動脈閉塞が原因ならば可及的速やかに再開通を図るべきである。その際、血行動態が破綻しているならインペラ、ECMO、VADなど、あらゆる手段を用いることを躊躇するべきではない。また左室を休ませるという観点からもこれらの補助手段は大変に有効で、しかもできるだけ早期に実施することが望ましい。追加的補助として持続透析なども使用することをためらうべきではない。そこで強心薬を使用することは例外的な場合を除いてむしろ有害であり、それはドブタミンでもミルリノンでも同じではないかと考えられている。 論文という点から見ると、何点か問題があるだけでなく、シングルセンターの比較的少数の症例数であるにもかかわらずNEJM誌が掲載したことに驚いているというのが正直な感想である。見方を変えると、大変皮肉な言い方になるが、強心薬の時代は終わりを告げ、インペラ、VADなどのメカニカルサポートの時代が来ているのだと、とどめを刺すような印象を受けたことを申し添えたい。

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中等度以上の原発性自然気胸への保存療法導入について(解説:小林英夫氏)-1195

 何科の医師でも気胸の疾患名はご存じと思う。その病態は紀元前から知られ、15世紀には治療導入の記録があり、疾患名称の登場は200年以上前とのことである。治療の概略は、虚脱肺の程度と治療効果に応じ、安静、脱気、胸腔ドレナージ、手術へと順次実施されるのも一般的知識であろう。治療の原則は、胸腔からの排気ではなく、胸腔への大気流入を途絶させることにある。まず、前提として日本気胸・嚢胞性肺疾患学会による用語を確認する。本論文にあるspontaneous pneumothorax(自然気胸)は内因性に発症し胸腔内に空気が漏出した病態で、原発性自然気胸、続発性自然気胸、原因不明の自然気胸の3病態を含んでいる。最多が原発性自然気胸で、肺内のブラ・ブレブ破裂に起因する病態である。少数だが自然気胸以外の気胸や緊急治療を要する緊張性気胸なども存在する。 本論文の対象は中等度から高度の原発性自然気胸で、従来は胸腔ドレナージや外科療法が行われてきた。虚脱率20~30%程度までの軽症原発性自然気胸は保存療法でも改善が期待できることは一般的見解だが、中等症以上の症例にあえて保存療法を優先する方針は主流ではなかった。今回の研究は、保存・安静療法であっても介入治療に対して非劣性と結論している。 本論文では旧来から標準とされてきた基本的治療の妥当性に一石を投じたものであり、気胸の専門家ではない筆者にはとても独自性の高い視点と映った。明確なエビデンスがない治療戦略に疑念を抱く基本的姿勢に敬意を表する。もちろん、本論文の結論がただちに医療現場に反映されることは難しい。原発性自然気胸の治療は虚脱率だけで評価できないこと、再発予防を重視するかどうか、携帯型気胸ドレナージキットの位置付け、患者の意向、などに影響されるため画一的に割り切ることは難しい現実があり、さらなる症例蓄積が求められよう。 なお、本論文の対象である原発性自然気胸は青年期気胸が大多数だが、近年は慢性肺疾患を有する中高年での続発性自然気胸が増加していると英国でも報告され(「気胸の入院発生が増加、疫学的特性は?/JAMA」2018年10月18日配信)、本邦でも難治性続発性自然気胸の報告が漸増している。

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第11回 循環の異常がある時2 ショックの徴候?直ちに医師・看護師に連絡【薬剤師のためのバイタルサイン講座】

今回は脈拍と血圧の異常について考えてみます。脈拍と血圧の異常からは循環の異常を察知します。バイタルサインに加え、患者さんを観察することにより循環の異常に気付くことがあるでしょう。循環の異常がある時、患者さんにはどのような変化が起こるのでしょうか。症例を通して考えたいと思います。患者さんBの場合経過──4「特に具合が悪くなったのは、今朝からでしたね」ショックと判断したあなたは、バイタルサインを記したメモを片手に、直ちに医師に連絡しました。連絡し終わった後、CRTを測定してみると、約3秒にまで延長していました。到着した訪問医師・看護師は、家族から今回の病歴を聴取し、バイタルサインを測定し、短時間で診察を終えた後、家族に説明し同意を得て救急車を要請しました。「循環」の3要素 プラス 「心臓外」の1要素ところで、循環に影響する要素は3つあります。それは「心臓」と「血液」と「血管」です。これらの3つは循環の3要素といわれていますが、さらにもう1つ「心臓外」の要素を加えると、ショックを4つに分類することができます。これら4つのいずれかまたは複数に異常を来すとショックとなるわけです。心臓:心原性ショック心臓のポンプ機能に何らかの異常があれば、循環動態は悪くなります。例:急性心筋梗塞血液:循環血液量減少性ショック心臓から送られる血液量が高度に減少すれば、いくら心臓のポンプ機能がよくても重要臓器には血液が行き渡りません。例:外傷による出血、消化管出血、熱中症による脱水血管:血液分布異常性ショック何らかの原因で血管が病的に拡張すると血圧は低下します。また、血管透過性が亢進して血管内にある水分が血管外に出てしまえば循環血液量が減少して循環不全となります。例:敗血症、アナフィラキシー心臓外:心外閉塞・拘束性ショック(閉塞性ショックともいわれます)心タンポナーデ※1など心臓の外から心臓の拡張が障害されたり、緊張性気胸※2など肺の異常により静脈灌流が障害されたりすると、循環動態が悪くなります。※1 心タンポナーデ心膜炎や急性心筋梗塞後の心破裂、外傷などにより心臓と心臓を覆う心外膜の間に体液・血液が貯留して心臓を圧迫し、血液を送り出す心機能が損なわれる状態。血圧低下、心拍動微弱、呼吸困難などの症状が現れる。※2 緊張性気胸肺胞の一部が破れて呼気が胸腔に漏れ出し、反対側の肺や心臓を圧迫している状態。呼吸しても息が吸えない。血圧低下、閉塞性ショックなどの重篤な状態に陥る。私たち(医師ら)は、一見して重症そうな患者さんを前にした時、バイタルサインのチェックとともにショックの徴候がないかをまず確認します。そして目の前の患者さんがショックであると察知した時、循環の3要素プラス心臓外の1要素(すなわちショックの分類です)を考えながらショックの原因を探り、ショックの状態から脱するように直ちに治療を開始します。経過──51週間後、訪問診療の医師と話をする機会がありました。「出血性胃潰瘍による、出血性ショック(循環血液量減少性ショック)でしたよ」あの日、救急車内で吐血したそうです。救急病院への搬送後、緊急内視鏡検査で大きな胃潰瘍から多量の出血が認められ、内視鏡を用いた止血術が行われました。いったんは集中治療室に入室しましたが、現在は一般病棟で落ち着いているそうです。みぞおちのあたりの痛みは胃潰瘍によるものだったのでしょう。黒色便は消化管出血の時にみられる所見です。抗血小板薬を内服中だったので、自然には出血が止まりにくかったと考えられました。エピローグ2週間後、退院の知らせを聞いてあなたが訪問すると、顔色の良くなった患者さんが笑顔で迎えてくれました。嬉しいひとときでした。ショックの徴候かも?と思ったら直ちに医師・看護師に連絡しましょう。とにかく、一人で判断しないこと、待たないことです。

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Dr.林の笑劇的救急問答11 ショック編

第1回 低循環性ショック!「大量吐血の47歳男性」第2回 閉塞性ショック!「数日前から呼吸苦・動悸の80歳男性」第3回 心原性ショック!「呼吸苦を訴える67歳女性」第4回 分配性ショック!「造影CT実施中に咳込みと意識低下の30歳女性」 第11シーズン下巻は「ショック編」。ショック状態で患者が搬送!さあ、どう対応しますか?ショックは原因によって対応や処置が異なってきます。そのためにはまずは素早い診断が必要です。そう!慌てずに「サルも聴診器」。ショックを診断するために本当に必要なことをDr.林の目利きでお教えします。役に立たないものは、バッサリ切り捨てていきましょう。講師・研修医らが演じる爆笑症例ドラマもますますパワーアップ!笑って、泣いて、重要なポイントを身につけてください!第1回 低循環性ショック!「大量吐血の47歳男性」ショック編第1回は低循環性ショック!SHOCK INDEX、血圧、ATLSのショッククラス分類、US・・・など。ショックを診断するには、本当に何が有用なのか?役に立たないものに関しては、役に立たない!不要!と一刀両断!ほんとうに必要なことをDr.林の目利きでお教えします。第2回 閉塞性ショック!「数日前から呼吸苦・動悸の80歳男性」ショック編第2回は閉塞性ショックです。閉塞性ショックは、心臓へ戻る血液の流れが止まることによって起こるショックのことで、疑ってかからないと原因疾患を見逃してしまいがちです。代表的な原因疾患としては、緊張性気胸、心タンポナーデ、肺塞栓などがあげられます。今回は、心タンポナーデを中心に、その診断と治療について、詳しく解説します。身体所見と検査をうまく組み合わせて原因を検索していきましょう。(肺塞栓は、Season11心臓以外の胸痛編、緊張性気胸はSeason6(CareNeTVでは、Season1~6「第23回 気胸に絶叫!」)をご覧ください)第3回 心原性ショック!「呼吸苦を訴える67歳女性」急性心不全から起こる心原性ショックは、予後が悪いため、早めに原因を見つけ、その原因疾患の治療をできるだけ早期に開始することが重要です。ショックで来た患者にまずすべきことは何か、そして、心原性ショックとわかった場合に対処方法はどう変えるのか。まずは初期対応を確認しましょう。その上で、原因疾患の探索方法はと治療方法を見ていきます。エコーの「ABC」や 心不全悪化要因「FAILUTIRES」など、Dr.林ならでは。来院から治療までの一連の流れをスッキリと整理し、バッチリわかりやすく解説します。第4回 分配性ショック!「造影CT実施中に咳込みと意識低下の30歳女性」分配性ショックは、血液が再分配されることによって起こるショックで、血管の過度な拡張により生じます。敗血症ショック、ション軽減性ショック、アナフィラキシーショックが該当します。これらの分配性ショックは、ほかのショックと異なり、皮膚が温かいのが特徴です。

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外傷性気胸後の処置に問題があり死亡したケース

救急医療最終判決判例タイムズ 988号258-264頁概要オートバイで直進中、右折車と衝突して受傷し、救急車でA病院へ搬送された27歳男性。胸部X線写真で左側の気胸、肋骨骨折を認めたため、エラスター針にて脱気を試みた。しかし改善が得られなかったために胸腔ドレーンを留置し、中からの脱気を確認したので、ドレーンの外側には詮をするなどの処置はせず、そのまま外気に開放とした。ところが、受傷から2時間半後に全身けいれん、硬直を呈して呼吸停止となり、死亡に至った。詳細な経過患者情報27歳男性経過1995年7月19日20:00頃オートバイ走行中に反対車線を走行してきた右折車と衝突、路上を数メートル滑走したのち、別の自動車とも衝突した。20:20頃最寄りのA病院に救急搬送。来院時意識は清明でバイタルサインに問題なし。痛みの訴えもなかったが、事故前後の記憶がはっきりとしなかった。21:00胸部X線写真で多発肋骨骨折と左肺の気胸を確認したため、まずはエラスター針を挿入したところ、一応の脱気をみた(のちの鑑定では、頸部皮下気腫、気管の健側への偏位、中等度の肺虚脱、左肺に境界不鮮明な斑状陰影:肺挫傷が確認された)。後方病院へ連絡をとりつつ、左上腕部の刺創に対する縫合処置を行ったのち、透視室で肺の膨張をみたが、改善はないため胸腔ドレナージを挿入した。その際、中からの脱気がみられたので外部から空気が入ることはないと判断し、ドレーンの外側には詮をするなどの処置は行わなかった。また、この時、血尿と吐血が少量みられた。23:30全身けいれん、硬直を呈して呼吸停止、心停止。ただちに心臓マッサージを開始。22:54動脈血ガス分析でpO2 54.3mmHgと低酸素血症あり。救急蘇生が続けられた。1995年7月20日01:33死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張外傷性気胸に対して挿入した胸腔ドレーンを持続吸引器に接続したり、ウォーターシールの状態にする措置を講じることなく、外気に開放したままの状態にし、気胸の増悪を惹起した。呼吸障害が疑われるのに、早期に動脈ガス分析をすることを怠り(はじめて行ったのが呼吸停止・心停止後)、気管挿管や人工呼吸器管理をするなどして死亡を防止することができなかった。死亡原因は、左側気胸が緊張性気胸に進展したこと、および肺挫傷による低酸素血症である。病院側(被告)の主張いわゆる持続吸引がなされなかったことは不適切であると認めるが、当時病棟では持続吸引の準備をしていた。搬入後酸素投与は続けており、肺挫傷の出血などにより気道確保を必要とする症状はなく、呼吸障害も出現していないので、血液ガス分析をする必要はなかった。容態が急変して死亡した原因は、気胸の進行と肺挫傷に限定されず、胃、肝臓など多臓器損傷の関与した外傷性の二次性(不可逆性)ショックである。裁判所の判断1.可及的速やかに胸腔内の空気を胸腔外に誘導する目的の胸腔ドレーンを正しく胸腔内に挿入し、持続吸引器に接続したり、またはドレーンにウォーターシールを接続して外気との接触を遮断し、空気が胸腔内に流入しないようにして、緊張性気胸にまで悪化することを防ぐ必要があったのに、診療上の過失があった2.肺挫傷の治療は、気道内出血に対して十分なドレナージをするとともに、酸素療法すなわち動脈血ガス分析を行い、低酸素血症や呼吸不全の徴候が認められた場合には、ただちに人工呼吸を開始することが必要であって、動脈ガス分析は胸部外傷による呼吸や循環動態を把握するために不可欠な検査の一つ(診療契約上の重要な義務)であった3.確かに胃、腎臓などの多臓器損傷の可能性は否定できないが、一般に外傷性出血が原因で短時間のうちに死亡する場合には、受傷直後から重篤な出血性ショックの状態で、大量で急速の輸血・輸液にもかかわらず血圧の維持が困難で最終的には失血死に至るのが通常である。本件では受傷後2時間以上も出血性ショック状態を呈していないため、死因は左側気胸が緊張性気胸に進展したこと、および(または)肺挫傷による低酸素血症である原告側合計2,250万円の請求に対し、1,839万円の判決考察本件は救急外来を担当する医師にとっては教訓的な事例だと思います。救急外来でせっかく胸腔ドレナージを挿入しても、ドレナージの外側を外気にさらすと致命的な緊張性気胸に発展する恐れがある、ということです。胸腔ドレナージ自体は、比較的簡単にできるため、通常は研修医でも行うことができる処置だと思います。そして、この胸腔ドレナージはほかのドレナージ法とは異なり、必ず低圧持続吸引やウォーターシール法のバッグにつなげなければいけないと肝に命じておく必要があります。最近ではプラスチック製のデイスポーザブル製品が主流であり、それを低圧持続吸引器(気胸の場合には-7~-10cmH2Oの吸引圧)に接続するだけで緊張性気胸の危険は避けられます。もし専用の器具がなくても、広口ビンや三角コルベンに水を入れてベッド下の床に置くだけで、目的を達することができます。本件は当時救急当番であったため、救急患者で多忙をきわめており、必要な処置だけをすぐに行ってほかの患者の対応に追われていたことが考えられます。そのような状況をも考慮に入れると、有責とされた病院側には気の毒な面もないわけではありませんが、やはり基本的な医療処置を忠実に実践することを常に心掛けたいと思います。救急医療

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気管支喘息の診察中に容態急変し10日後に脳死と判定された高校生のケース

自己免疫疾患最終判決判例時報 1166号116-131頁概要約10年来気管支喘息と診断されて不定期に大学病院などへ通院していた男子高校生の症例。しばらく喘息発作は落ち着いていたが、早朝から喘息発作が出現したため、知人から入手した吸入器を用いて気管支拡張薬を吸入した。ところがあまり改善がみられないため某大学病院小児科を受診。診察時チアノーゼ、肩呼吸がみられたため、酸素投与、サルブタモール(商品名:ベネトリン)の吸入を行った。さらにヒドロコルチゾン(同:ソル・コーテフ)の静注を行おうとした矢先に突然心停止・呼吸停止となり、ただちに救急蘇生を行ったが低酸素脳症となり、約10日後に脳死と判定された。詳細な経過患者情報約10年来気管支喘息と診断されて不定期に大学病院などへ通院していた男子高校生経過1978年(4歳)頃 気管支喘息を発症し、病院を転々として発作が起きるたびに投薬を受けていた。1988年(14歳)8月19日某大学病院小児科受診。8月20日~8月27日ステロイド剤からの離脱と発作軽減の目的で入院。診断は気管支喘息、アトピー性皮膚炎。IgE RAST検査にて、ハウスダスト(3+)、ダニ(3+)、カモガヤ(3+)、小麦(1+)、大豆(1+)であったため、食事指導(小麦・大豆除去食)、アミノフィリン(同:ネオフィリン)静注により発作はみられなくなり、ネオフィリン®、オキサトミド(同:セルテクト(抗アレルギー剤))経口投与にて発作はコントロールされた。なお、経過中に呼吸機能検査は一度も施行せず。また、簡易ピークフローメーターも使用しなかった。10月20日喘息発作のため2日間入院。11月20日喘息発作のため救急外来受診。吸入用クロモグリク(同:インタール)の処方を受ける(途中で中止)。12月14日テオフィリン(同テオドール)の処方開始(ただし患者側のコンプライアンスが悪く不規則な服用)。1989年4月22日喘息発作のため4日間入院。6月6日プロカテロール(同:メプチン)キッドエアーを処方。1990年3月9日メプチン®キッドエアーの使用法に問題があったので中止。4月高校に入学と同時に発作の回数が徐々に少なくなり、同病院への通院回数・投薬回数は減少。母親は別病院で入手した吸入器を用いて発作をコントロールしていた。1991年6月7日同病院を受診し小発作のみであることを申告。ベネトリン®、ネオフィリン®、インタール®点鼻用などを処方された。8月17日07:30「喘息っぽい」といって苦しそうであったため知人から入手していた吸入器を用いて気管支拡張薬を吸入。同時に病院からもらっていた薬がなくなったため、大学病院小児科を受診することにした。09:00小児科外来受付に独歩にて到着。09:10顔色が悪く肩呼吸をしていたため、順番を繰り上げて担当医師が診察。診察時、喘息発作にあえぎながらも意識清明、自発呼吸も十分であったが、肺野には著明なラ音が聴取された。軽度のチアノーゼが認められたため、酸素投与、ベネトリン®の吸入を開始。09:12遅れて到着した母親が「大丈夫でしょうか?」と尋ねたところ、担当医師は「大丈夫、大丈夫」と答えた。09:15突然顔面蒼白、発汗著明となり、呼吸停止・心停止。ただちにベッドに運び、アンビューバック、酸素投与、心臓マッサージなどの蘇生開始。09:20駆けつけた救急部の医師らによって気管内挿管。アドレナリン(同:ボスミン)静注。09:35心拍再開。10:15人工呼吸を続けながら救急部外来へ搬送し、胸部X線写真撮影。10:38左肺緊張性気胸が確認されたため胸腔穿刺を施行したところ、再び心停止。ただちにボスミン®などを投与。11:20ICUに収容したが、低酸素脳症となり意識は回復せず。8月27日心停止から10日後に脳死と判定。10月10日11:19死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.大学病院小児科外来に3年間も通院していたのだから、その間に呼吸機能検査をしたり、簡易ピークフローメーターを使用していれば、気管支喘息の潜在的重症度を知り、呼吸機能を良好に維持して今回のような重症発作は予防できたはずである2.発作当日も自分で歩いて受診し、医師の目前で容態急変して心停止・呼吸停止となったのだから、けっして手遅れの状態で受診したのではない。呼吸停止や心停止を起こしても適切な救急処置が迅速に実施されれば救命できたはずである病院側(被告)の主張1.日常の療養指導が十分であったからこそ、今回事故前の1年半に喘息発作で来院したのは1度だけであった。このようにほとんど喘息発作のない患者に呼吸機能検査をしたり、簡易型ピークフローメーターを使用する必要性は必ずしもなく、また、困難でもある2.小児科外来での治療中に急激に症状が増悪し、来院後わずか5分で心停止を起こしたのは、到底予測不可能な事態の展開である。呼吸停止、心停止に対する救急処置としては時間的にも内容的にも適切であり、また、心拍動が再開するまでに長時間を要したのは心衰弱が原因として考えられる裁判所の判断1.当時喘息発作は軽快状態にあり、ほとんど来院しなくなっていた不定期受診患者に対し呼吸機能検査の必要性を改めて説明したうえで、発作のない良好な時期に受診するよう指導するのは実際上困難である。簡易型ピークフローメーターにしても、不定期に受診したり薬剤コンプライアンスの悪い患者に自己管理を期待し得たかはかなり疑問であるので、慢性期治療・療養指導に過失はない2.小児科外来のカルテ、看護記録をみると、容態急変後の各処置の順序、時刻なども不明かつ雑然とした点が多く、混乱がみられる点は適切とはいえない。しかし、急な心停止・呼吸停止など救急の現場では、まったく無為無能の呆然たる状態で空費されているものではないので、必ずしも血管ルート確保や気道確保の遅延があったとはいえない患者側7,080万円の請求を棄却(病院側無責)考察このケースは結果的には「病院側にはまったく責任がない」という判決となりましたが、いろいろと考えさせられるケースだと思います。そもそも、喘息発作を起こしながらも歩いて診察室まできた高校生が、医師や看護師の目の前で容態急変して救命することができなかったのですから、患者側としては「なぜなんだ」と考えるのは十分に理解できますし、同じ医師として「どうして救えなかったのか、もしやむを得ないケースであったとしても、当時を振り返ってみてどのような対処をしていれば命を助けることができたのか?」と考えざるを得ません。そもそも、外来受診時に喘息重積発作まで至らなかった患者さんが、なぜこのように急激な容態急変となったのでしょうか。その医学的な説明としては、paradoxical bronchoconstrictionという病態を想定すればとりあえずは納得できると思います。これは気管支拡張薬の吸入によって通常は軽減するはずの喘息発作が、かえって死亡または瀕死の状態を招くことがあるという概念です。実際に喘息死に至ったケースを調べた統計では、むしろ重症の喘息とは限らず軽・中等症として経過していた症例に突然発症した大発作を契機として死亡したものが多く、死亡場所についても救急外来を含む病院における死亡例は全体の62.9%にも達しています(喘息死委員会レポート1995 日本小児アレルギー学会)。したがって、初診からわずか5分程度で容態が急変し、結果的に救命できなかったケースに対し「しょうがなかった」という判断に至ったのは、(同じケースを担当した場合に救命できたかどうかはかなり心配であるので)ある意味ではほっと胸をなで下ろすことができると思います。しかし、この症例を振り返ってみて次に述べるような問題点を指摘できると思います。1. 発作が起きた時にだけ来院する喘息患者への指導方針気管支喘息で通院している患者さんのなかには、決まったドクターを主治医とすることなく発作が起きた時だけ(言葉を換えると困った時にだけ)救急外来を受診するケースがあると思います。とくに夜間・深夜に来院し、吸入や点滴でとりあえずよくなってしまう患者さんに対しては、その場限りの対応に終始して昼間の外来受診がなおざりになることがあると思います。本来であればきちんとした治療方針に基づいて、適宜呼吸機能検査(本ケースでは経過中一度も行われず)をしたり、定期的な投薬や生活指導をしつつ発作のコントロールを徹底するべきであると思います。本件では、勝手に吸入器を入手して主治医の知らないところで気管支拡張薬を使用したり、処方した薬をきちんと飲まないで薬剤コンプライアンスがきわめて悪かったなど、割といい加減な受療態度で通院していた患者さんであったことが、医療側無責に至る判断に相当な影響を与えたと思います。しかし、もしきちんと外来受診を行って医師の指導をしっかり守っていた患者さんであったのならば、まったく別の判決に至った可能性も十分に考えられます(往々にして裁判官が患者に同情すると医師側はきわめて不利な状況になります)。したがって、都合が悪くなった時にだけ外来受診するような患者さんに対しては、「きちんと昼間の通常外来を受診し、病態評価目的の検査をするべきである」ことを明言し、かつそのことをカルテに記載するべきであると思います。そうすれば、病院側はきちんと患者の管理を行っていたとみなされて、たとえ結果が悪くとも責任を追及されるリスクは軽減されると思います。2. 喘息患者を診察する時には、常に容態急変を念頭におくべきである本件のように医師の目前で容態急変し、為すすべもなく死の転帰をとるような患者さんが存在することは、大変残念なことだと思います。判決文によれば心肺停止から蘇生に成功するまで、病院側の主張では20~25分程度、患者側主張(カルテの記載をもとに判断)では30~35分と大きな隔たりがありました。このどちらが正しいのか真相はわかりませんが(カルテには患者側主張に沿う記載があるものの、担当医は否定し裁判官も担当医を支持)、少なくとも10分以上は脳血流が停止していたか、もしくは不十分であった可能性が高いと思います。したがってもう少し早く蘇生に成功して心拍が再開していれば、低酸素脳症やその後の脳死状態を回避できた可能性は十分に考えられると思います。病院側が「その間懸命な蘇生努力を行ったが、不可抗力であった。時間を要したのは心衰弱が重篤だったからだ」と主張する気持ちは十分に理解できますが、本件では容態急変時に外来担当医がそばにいて(患者側主張では放置されたとなっていますが)速やかな気管内挿管が行われただけに、やりようによってはもう少し早期の心拍再開は可能であったのではないでしょうか。本件を突き詰めると、心臓停止の間も十分な換気と心臓マッサージによって何とか脳血流が保たれていれば、最悪の結果を免れることができたのではないかと思います。また、判決文のなかには触れられていませんが、本件で2回目の心停止を起こしたのは緊張性気胸に対する穿刺を行った直後でした。そもそも、なぜこのような緊張性気胸が発生したのかという点はとくに問題視されていません。もしかすると来院直後から気胸を起こしていたのかも知れませんし、その後の蘇生処置に伴う医原性の気胸(心臓マッサージによる損傷か、もしくはカテラン針によるボスミン®心腔内投与の際に誤って肺を穿刺したというような可能性)が考えられると思います。当時の担当医師らは、目の前で容態急変した患者さんに対して懸命の蘇生を行っていたこともあって、心拍再開から緊張性気胸に気付くまで約60分も要しています。後方視的にみれば、この緊張性気胸の状態にあった60分間をもう少し短縮することができれば、2回目の心停止は回避できたかもしれませんし、脳死に至るほどの低酸素状態にも陥らなかった可能性があると思います。病院側は最初の心停止から心拍再開まで20~25分要した原因もいったん再開した心拍動が再度停止した原因も「心衰弱の程度が重篤であったからだ」としていますが、それまでたまに喘息発作がみられたもののまったく普通に生活していた高校生にそのような「重篤な心衰弱」が潜在していたとは到底思えませんので、やはり緊張性気胸の影響は相当あったように思われます。3. 医師の発言裁判では病院側と患者側で「言った言わない」というレベルのやりとりが随所にみられました。たとえば、母親(顔色がいつもとまったく違うのに気付いたので担当医師に)「大丈夫でしょうか」医師「大丈夫、大丈夫」(そのわずか3分後に心停止となっている)母親(吸入でも改善しないため)「先生、もう吸入ではだめじゃないですか、点滴をしないと」医師「点滴をしようにも、血管が細くなっているので入りません」母親「先生、この子死んでしまいます。何とかしてください」(その直後に心停止)このような会話はどこまでが本当かはわかりませんが、これに近い内容のやりとりがあったことは否めないと思います。担当医は、患者およびその家族を安心させるために「大丈夫、大丈夫」と答えたといいますが、そのわずか数分後に心停止となっていますので、結果的には不適切な発言といわれても仕方がないと思います。医事紛争に至る過程には、このような医師の発言が相当影響しているケースが多々見受けられますので、普段の言葉使いには十分注意しなければならないと痛感させられるケースだと思います。自己免疫疾患

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交通事故による高エネルギー外傷の死亡例

救急医療最終判決平成15年10月24日 大阪高等裁判所 判決概要38歳の男性、単独交通事故(乗用車運転席)のケース。来院時の意識レベルはJCS 30であり、頭蓋内疾患を疑って頭部CTを施行したが異常なし。体表面の外傷として頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕がみられた。バイタルサインや呼吸状態は安定し、胸腹部X線は異常なし。血液検査ではCPK上昇197mU/mL(正常値10~130mU/mL)を除いて貧血などもみられなかった。経過観察目的で一般病棟に入院としたが、来院から約2時間後に容態が急変し、心嚢穿刺を含む救急蘇生を行ったが改善せず、受傷から3時間半後に死亡確認となった。詳細な経過患者情報38歳男性経過平成5年10月8日16:23乗用車を運転中、民家のブロック塀に衝突する自損事故で受傷。現場にスリップ痕が認められないことから、通常走行する程度の速度で衝突した事故と考えられた。乗用車は前部が大破しハンドルは作動不能であり、シートベルトは装着しておらず、乗用車にはエアバッグ装置もなかった。救急隊到着時の意識レベルはJCS(ジャパンコーマスケール)で200(刺激で覚醒せず、少し手足を動かしたり、顔をしかめる状態)であった(なお助手席同乗者は当初意識清明であったが、外傷性心破裂のため容態急変し、三次救急医療機関へ転送され18:40死亡)。16:47救急車で搬送。脳神経外科専門医が担当し、救急隊員からブロック塀に自動車でぶつかって受傷したという報告を受けた。初診時不穏状態であり、意味不明の発語があり、両手足を活発に動かしており、呼びかけに対しては辛うじて名字がいえる状態で意識状態はJCS 30R(痛み刺激を加えつつ呼びかけをくり返すと辛うじて開眼する不穏状態)と判断された。血圧158/26mmHg。頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕を認めたものの、呼吸様式、胸部聴診では問題なし。明らかな腹部膨満や筋性防御はなく、腸雑音の消失、亢進はなかった。また、四肢の動きには異常なく、眼位や瞳孔に異常はみられなかったが、振り子状の眼振を認めた。17:00頭部CT検査:異常なし17:12血算:貧血なし生化学:CPK 197mU/mL(正常値10~130mU/mL)17:22頭部、胸部、腹部の単純X線撮影:異常なし以上の所見から、とくに緊急な措置を要する異常はないものと判断し、入院・経過観察を指示。18:00消化器外科専門医が診察。腹部は触診で軟、筋性防御などの所見はなく、貧血を認めず、X線写真とあわせて経過観察でよいと判断した。脳神経外科医は入院時指示票に病名を頭部外傷II型、バイタルサイン4時間(4時間毎に血圧などの測定や観察)と記載して看護師に手渡した。18:30一般病室へ入院。軽度意識障害は継続していたが、呼吸は安定。点滴が開始された。脳神経外科担当医は家族へ病状を説明し、家族はいったん帰宅した。19:00看護師から血圧測定不能との連絡あり。血液ガス分析のための採血中に突然呼吸停止となり、胸骨圧迫式(体外式)心マッサージ、気管内挿管などの蘇生術を施行。胸部ポータブルX線検査では明らかな異常を認めず。ここで外傷性急性心タンポナーデを疑い、超音波ガイドを使用せずに左胸骨弓の剣状突起起始部から心嚢穿刺を試みたが、液体を得ることはできなかった。その後も懸命の救急蘇生を続けるが効果なし。20:07死亡確認。死亡診断書には胸部打撲を原因とする心破裂の疑いと記載した。病理解剖を勧めたが家族は拒否した。被告病院の救急体制被告病院は院長ほか33名の医師を擁し、二次救急医療機関に指定されている(ただし常勤の救急認定医あるいは救急指導医はいない)。当直業務は医師2名(外科系、内科系各1名)、看護師2名でこなしていたが、時間外にも外科医、麻酔科医、看護師などに連絡し30分程度の準備時間をかければ手術をすることができる態勢を整えていた。なお県内の高度救命三次救急医療機関までは救急車で30分~1時間以上要する距離にあった。当事者の主張患者側(原告)の主張死亡原因は心筋挫傷などによる外傷性急性心タンポナーデのため、胸部超音波検査を実施すれば、心嚢内の血液の貯留を発見し、外傷性急性心タンポナーデによる容態急変を未然に防ぐことができた。病院側(被告)の主張死因を外傷性急性心タンポナーデであると推定するA鑑定がある一方で、腹腔内出血とするB鑑定もあり、わが国の代表的な救急医療専門家でも死因の判断が異なることは、死因を特定するのが難しいケースである。このうちA鑑定は特殊救急部での実践を基準とし、平均的な救命救急センターの実態をはるかに超える人的にも物的にも充実した専門施設を前提とした議論を展開しており、そのレベルの医療機関に適時にアクセスできる救急医療体制の実現を目指した理想論である。本件当時、当該病院周辺にはそのような施設はなく、他府県でも一般的に存在しなかったので、理想論を基準として病院側の過失や注意義務違反を判断することはできない。裁判所の判断患者はシートベルトを装着しない状態で、ブレーキ痕もなくブロック塀に衝突しており、いわゆる「高エネルギー外傷」と考えられる。そして、血液生化学検査によりCPK 197mU/mLと異常値を示していたこと、受傷後約2時間半は循環動態が安定していたにもかかわらず19:00頃に容態急変したこと、心肺蘇生術にもかかわらずまったく反応がなかったことなどは、A鑑定が推測したように外傷性急性心タンポナーデの病態と合致する。一方、腹腔内出血が死亡原因であるとするB鑑定は、胸部正面単純X線撮影で中心陰影が縮小していないことから、急速な腹腔内出血が死亡原因であるとは考えられず、採用することはできない。このような救急患者を担当する医師は、高エネルギー外傷を受けた可能性が高いことを前提として診察をする必要がある。まず着衣は全て取り去り、全身の体表を調べ、外力が及んだ部位を把握し、脈拍数の測定、呼吸に伴う胸壁運動の確認、呼吸音の左右差や心雑音の有無、冷汗やチアノーゼ、頸動脈怒張の有無、意識レベル、腹部所見、四肢の状態を確認する。その後、心嚢液の貯留、胸腔内出血、腹腔内出血に焦点を絞って、胸腹部の超音波検査をする(この検査は数分あれば可能である)。その他動脈血ガス分析、血液生化学検査、さらに胸部と腹部の単純X線撮影、頸椎の正・側面撮影をする。以上の診察および検査は、高エネルギー外傷患者については症状がない場合でも必須である。そして、診察および検査により特別な異常がない場合でも、高エネルギー外傷患者は入院経過観察が必要で、バイタルサインは連続モニターするか頻回に測定する。また、初回の検査で異常がなくても、胸腹部の超音波検査をはじめは1~2時間間隔でくり返し行う。本件の担当医師は、高エネルギー外傷による軽度の意識障害を伴った患者に対し胸腹部の単純X線撮影、頭部CT検査、血液検査は施行したが、高エネルギー外傷で起こりやすい緊急度の高い危険な病態(急性心タンポナーデ、緊張性気胸、腹腔内出血、頸椎損傷など)に対する検査を実施していない。しかも看護師に対しバイタルサイン4時間等チェックという一般的な注意をしただけで、連続モニターしなかったのは不適切である。本件は受傷から2時間半後に容態急変した外傷性急性心タンポナーデが疑われる症例なので、もし入院・経過観察とした時点で速やかに胸部超音波検査を実施していれば、心嚢内の出血に気づき、ただちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し、あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開または開窓術)することによって確実に救命できた可能性が高い。もし心嚢切開または開窓術を実施できなければ、すみやかに三次救急医療機関に搬送すれば救命することができたので、担当医師の過失・注意義務違反は明らかである。我が国では年間約2千万人の救急患者が全国の病院を受診するのに対し、日本救急医学会によって認定された救急認定医は2,000名程度にすぎず、救急認定医が全ての救急患者を診療することは現実には不可能である。救急専門医(救急認定医と救急指導医)は首都圏や阪神圏の大都市部、それも救命救急センターを中心とする三次救急医療施設に偏在しているのが実情である。そのため大都市圏以外の地方の救急医療は、救急専門医ではない外科や脳外科などの各診療科医師の手によって支えられているのが我が国の救急医療の現実である。したがって、本件病院が二次救急医療機関として、救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制をとっていたのは、全国的に共通の事情であること、一般的に、脳神経外科医は研修医の時を除けば心嚢穿刺に熟達できる機会はほとんどなく、胸腹部の超音波検査を日常的にすることもないことなどは、被告担当医師の主張の通りである。そのような条件下では、被告医師は自らの知識と経験に基づき、脳神経外科医としては最善の措置を講じたと考えられるため、脳神経外科医に一般に求められる医療水準は十分に実践したことになる。しかし救急医療機関は、「救急医療について相当の知識および経験を有する医師が常時診療に従事していること」とされ、その要件を満たす医療機関を救急病院などとして都道府県知事が認定することになっている(救急病院などを定める省令1条1項)。また、救急医療機関に勤務する医師は、「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医療品の使用などについての相当の知識および経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)から、担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容、程度が異なるというわけではなく、二次救急医療機関の医師として、救急医療に求められる医療水準の注意義務をはたさなければならない。したがって、二次救急医療機関に勤務する医師である以上、本件のような高エネルギー外傷患者には初診時から胸部超音波検査を実施し、心嚢内出血と診断をしたうえで必要な措置を講じるべきであり、もし必要な検査や措置を講じることができない場合には、ただちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求めるか、三次救急医療機関に転送することが必要であった。以上のとおり、被告医師には明らかな注意義務違反を認めることができる。原告側6,645万円の請求に対し、4,139万円の判決考察この判決では、医療現場の実情がほとんど考慮されず、理想論ばかりが展開されて担当医師のミスと断言されたようにも思います。おそらく、救急専門医にとっては「preventable death」と考える余地があるケースでしょうけれども、日本の救急医療を支えている多くの外科医、脳神経外科医、整形外科医などからみれば、きわめて不条理な判断ではないかと思われます。なぜなら、この裁判が指摘したのは、「外傷患者に胸部超音波検査を施行できない医師は二次救急医療機関の外科系当直をするな」、ということにもつながるからです。症例は38歳の男性、単独交通事故のケースでした。来院時の意識レベル30、バイタルサインは異常なし、すぐに頭蓋内疾患を疑って頭部CTを施行したが異常なし。体表面の外傷として頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕がありました。その他、胸腹部X線、血算でも貧血などの異常はなく、CPKが197mU/mL(正常値10~130mU/mL)と上昇していました。緊急で処置するべき病態はなかったものの、意識障害がみられたためとりあえず経過観察の入院としたことは、妥当な判断と思われます。ところが、入院後の経過はきわめて急激でした。16:23交通事故16:47救急搬送17:00頭部CT検査:異常なし17:12血算:貧血なし、生化学:CPK 197mU/mL(正常値10~130mU/mL)17:22頭部、胸部、腹部の単純X線撮影:異常なし18:00消化器外科医の診察で腹部異常所見なし18:30一般病室へ入院、家族はいったん帰宅19:00血圧測定不能、呼吸停止20:07死亡確認、死体解剖せず脳神経外科担当医は、来院から約1時間10分で一通りの初期評価を行い、頭蓋内出血など緊急で対応しなければならない病態は除外し、バイタルサインや呼吸状態は安定していたため一般病棟に観察入院としました。ところが病棟へ上がった30分後に容態急変、外傷性急性心タンポナーデも考えて研修医時代に経験したことのある心嚢穿刺にもトライしましたが血液は得られず、蘇生への反応はなく死亡したという経過です。けっしてこのケースは見逃し、怠慢、不注意などといった、最近のマスコミがしきりに喧伝しているような事故状況ではありませんでした。しかも、結果からいえば救命できなかった残念なケースですが、死体解剖の同意は得られず死亡原因も確定しませんでした。もし当初から血圧が低いとか、呼吸状態が悪いなどの所見がみられたのであれば、胸腹部損傷を積極的に疑って急変前から精査を勧めていたと思います。しかし、胸部X線写真で肋骨骨折や血気胸はなかったし、頭部CTでも異常がなければ、それ以外の命に関わる病態を想定して(たとえ無症状でも)胸部超音波検査を積極的に施行したり、自分で検査できなければ容態が安定しているうちに高次医療機関へ転送するというのは、非常に難しい判断であったと思います。それにもかかわらず、裁判官は以下のように考えました。死亡原因は外傷性急性心タンポナーデがもっとも疑われる(注:確定されていない!)患者の受傷形態は高エネルギー外傷であった高エネルギー外傷であれば最初から胸腹部損傷を考えて、たとえ症状がなくても胸腹部超音波検査をしなければならない(数分でできる簡単な検査である)初回検査で異常なくても、胸腹部超音波検査をはじめは1~2時間間隔でくり返し行うそうしていれば心タンポナーデを診断できた心タンポナーデとわかれば心嚢穿刺または心嚢切開で確実に救命できた心タンポナーデの診断・治療ができないのなら、受傷から容態急変までの約2時間半は循環動態も安定していたので、はじめから三次救急医療機関に搬送していればよかったこのように、裁判官はすべて「仮定」を前提とした論理を展開しているのがわかると思います。そもそも、直接の死亡原因すら確定していない状況で、「外傷性急性心タンポナーデ」と診断を決めつけ、それならば数分でできる胸部超音波検査で診断できるはずだ、診断できれば心嚢穿刺で血を抜くだけで助かるはずだ、だから医者の判断ミスだ、とされました。しかし、今回担当したような脳神経外科を専門とする医師に、胸部超音波検査で外傷性急性心タンポナーデをきちんと診断しなさい、とまで要求するのは、現実的には不可能ではないでしょうか。ましてや、搬送直後には循環器系、呼吸器系の異常もはっきりしなかったのですから、専門医にコンサルトするといった考えもまったくといってよいほどなかったと思います。ところが裁判官は法令の記述を引用して、二次救急医療機関には「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医療品の使用などについての相当の知識および経験を有する」医師をおかなければいけないから、たとえ専門外とはいえ外傷性急性心タンポナーデを適切に診断する注意義務がある、と断言しました。となれば、高エネルギー外傷が疑われる交通事故患者には無症状であってもルーチンで胸部超音波検査を施行せよとなり、さらに胸部超音波検査に慣れていない一般的な脳神経外科医は二次救急医療機関の当直をするべきではない、という極論にまで発展しかねません。一方救急専門医は、外傷による死亡には多くの「preventable death」が含まれているという苦い教訓から、ことあるごとに警鐘を鳴らしています。とくに外傷急性期の「preventable death」の原因としては、以下の「TAFなXXX」が重要です。心嚢内出血(cardiactamponade)気道閉塞(airway obstruction)フレイルチェスト(flaii chest)緊張性気胸(tension pneumothorax)開放性気胸(open pneumothorax)大量血胸(massive hemothorax)本件では救急専門医による鑑定で心嚢内出血による死亡と推測されました。そのため救急医の立場では、交通事故で胸を打った患者が運ばれてきたならば、初診時にバイタルサインや呼吸状態は落ち着いていても、「頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕を認めた」のならば、すぐさまFAST(focused assessment with sonography for trauma)をするべきだという考え方となります。これは救急専門医だからこそ求められるのではなく、「外傷初期治療での必須の手技」、すなわち外傷医ならば救急室のエコー検査に習熟せよ、とまでいわれるようになりました(詳細は外傷初期診療の日本標準テキスト:JATEC Japan Advanced trauma Evaluation and Careを参照ください)。つまり医学の進歩に伴って、二次救急医療機関の当直医に求められる医療水準がかなり高くなってきているということがいえます。とはいうものの、二次救急医療機関で働く多くの外科医、脳神経外科医、整形外科医などに、当直帯で外傷性急性心タンポナーデを適切に診断し救命せよというのは、今の医療現場ではかなり厳しい要求ではないでしょうか。このあたりのニュアンスは、実際に医師免許を取得して二次救急医療機関で働かなければわからないと思われ、たとえこのような判決が出ようとも、同じような症例がこれからもくり返される可能性が高いと思います。しかし、たとえ救急医ではなくても「preventable death」とならないように配慮する義務がわれわれ医師にはありますので、やはり外科系当直を担当する立場では、超音波検査で出血の有無だけはわかるようにしておかなければならないと思います。そして、本件のように最初は状態が安定していても、あっという間に急変して死亡に至るケースがあることを想定しつつ、患者およびその家族へ「万が一」のことを事前に説明することが大事でしょう。本件では受傷から約2時間後に「検査の結果は大丈夫です」と説明して、家族へは帰宅を許可しました。ところがその30分後には容態急変しましたので、「誤診があったのではないか」と家族が不審に思うのも無理はないと思います。このように救急患者の場合には、できる限り「病態悪化を想定した対応」が望まれ、そうすることによって不毛な医事紛争を未然に防ぐことができるケースも数多くあると思います。救急医療

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Dr.箕輪の実戦救急指南

第1回「どうする?重症喘息発作」第2回「いきなり交通事故!頭真っ白?」第3回「慌てない!反応のない子ども」第4回「油断ならない!失神のあった患者」 第1回「どうする?重症喘息発作」待合室にて刻々と状態が悪くなっていく患者さん。素早い重症度判断から、後方病院への送りまでの一連の流れをお届け。また理学療法として定評のある胸郭外胸部圧迫法の実際や、ピークフローメーターでの評価方法をご覧戴きます。第2回「いきなり交通事故!頭真っ白?」予期せぬ交通事故の患者さんが診療所に運ばれてきたという場面を設定。気道、呼吸、循環管理のABCから、交通事故で最も多い「予防できる死亡」と言われている緊張性気胸を解除する方法、もうひとつは腹腔内の出血を簡単に診断する方法として、腹部超音波を使った評価方法を学びます。第3回「慌てない!反応のない子ども」子供が急変して、突然診療所に運び込まれてきたという設定。子供といっても6ヶ月の乳児。見れば反応なく、抱かれたままでぐったり。泣かず、顔色不良。呼吸は20回程度で弱い。診療所の医師にとって子供、特に赤ちゃんの急変はとても難しい課題です。今回は蘇生処置をステップ・バイ・ステップで紹介しますが、その中でも特に困難とされるのが、初期処置の要である輸液ルートの確保です。そこで、奥の手=骨髄輸液について詳しくお届けします。第4回「油断ならない!失神のあった患者」56歳男性。通勤途上の電車内で急に気分が悪くなり、失神。次の駅で下車しベンチで座って様子をみたところ、やや回復した様子。とりあえず帰宅後、かかりつけの診療所へ。高血圧、肥満、喫煙あり。果たしてこれは危険な徴候なのでしょうか?このようなケースでは緊急な処置が必要とは限りませんが、鑑別しなければならない疾患や、予後のことを考えて必ず施行すべき検査があります。これらのことを配慮しながら、正しい病歴聴取→診察→検査の流れを解説します。

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Dr.林の笑劇的救急問答6

第3回「気胸に絶叫 ! ? 」第4回「感染巣を捜し出せ ! 」 第3回 「気胸に絶叫 ! ? 」交通事故外傷などで、特に見逃してはならないのが緊張性気胸です。緊張性気胸の対応は一刻を争うため、全ての所見が揃わなくても処置をしなくてはならないケースがしばしば発生します。そこで、今回は次の3 点を到達目標に解説していきます。 1. 緊張性気胸に強くなる ! 2. 胸腔チューブ速攻裏技をゲットする ! 3. 気胸を見つける名人になる !実際の臨床現場で遭遇するのは希なことですが、命に関わる疾患のため、しっかりおさえてきっちり対応できるようにしておきましょう。 35歳男性 車対車の交通事故外傷で救急車搬送されてきた。車は大破。血圧90/70mmHg、脈拍120/m、15L酸素投与でSpO2 92%。病院到着時には意識喪失。気管挿管直後、脈が触知できなくなった。 28歳男性 交通事故の高エネルギー外傷だが意識はあり胸を痛がっている。右の呼吸音が減弱、皮下気腫(+)。血圧90/70mmHg、脈110/m、SpO2 94%。研修医は胸腔穿刺を実施しようとするがDr.林はそれを止める…第4回 「感染巣を捜し出せ ! 」Focus 不明の発熱では身体のどこかに感染症が潜んでいると疑われますが、患者が高齢で認知症や麻痺がある場合や、所見が揃わない場合など感染巣を特定するのが難しい事もあります。そんなとき感染巣を捜し出すには、患者の背景や生活スタイルをよく考えること、病歴から推察すること、そして何より身体所見を隈なくしっかり取ることがとても大事です。“患者さんの感染巣はどこにあるのか”を症例提示ドラマで一緒に考えながらご覧ください ! 88歳男性 深夜、発熱を主訴に数年前から入所しているナーシングホームから連れて来られた。認知症と脳梗塞後遺症で右片麻痺がある。研修医は各種検査を試みるも発熱の原因を特定できない。血圧130/60mmHg、脈100/m、体温38. 8℃、SpO2 98%。 82歳男性 Focus不明な高熱で孫がインフルエンザを疑い心配して来院した。前立腺肥大で同院に通院中のほか特記すべき既往はない。血圧100/50mmHg 、脈拍125 /m 、体温39.0℃、10L酸素投与後のSpO2 100%。

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