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消化器最終判決判例時報 1645号82-90頁概要回転性の眩暈を主訴として神経内科外来を受診し、脳血管障害と診断された69歳男性。トラピジル(商品名:ロコルナール)、チクロピジン(同:パナルジン)を処方されたところ、約1ヵ月後に感冒気味となり、発熱、食欲低下、胃部不快感などが出現、血液検査でGOT 660、GPT 1,058と高値を示し、急性肝炎と診断され入院となった。入院後速やかに肝機能は回復したが、急性肝炎の原因が薬剤によるものかどうかをめぐって訴訟に発展した。詳細な経過患者情報69歳男性経過1995年4月16日朝歯磨きの最中に回転性眩暈を自覚し、A総合病院神経内科を受診した。明らかな神経学的異常所見や自覚症状はなかったが、頭部MRI、頸部MRAにてラクナ型梗塞が発見されたことから、脳血管障害と診断された(4月17日に行われた血液検査ではGOT 21、GPT 14と正常範囲内であり、肝臓に関する既往症はないが、かなりの大酒家であった)。6月7日トラピジル、チクロピジンを4週間分処方した。7月5日再診時に神経症状・自覚症状はなく、トラピジル、チクロピジンを4週間分再度処方した。7月7日頃~感冒気味で発熱し、食欲低下、胃部不快感、上腹部痛などを認めた。7月12日内科外来受診。念のために行った血液検査で、GOT 660、GPT 1,058と異常高値であることがわかり、急性肝炎と診断された。7月15日~9月1日入院、肝機能は正常化した。なお、入院中に施行した血液検査で、B型肝炎・C型肝炎ウイルスは陰性、IgE高値。薬剤リンパ球刺激検査(LST)では、トラピジルで陽性反応を示した。当事者の主張患者側(原告)の主張1.急性肝炎の原因本件薬剤以外に肝機能に異常をもたらすような薬は服用しておらず、そのような病歴もない。また、薬剤中止後速やかに肝機能は改善し、薬剤リンパ球刺激検査でトラピジルが陽性を示し、担当医らも薬剤が原因と考えざるを得ないとしている。したがって、急性肝炎の原因は、担当医師が処方したトラピジル、チクロピジン、またはそれらの複合によるものである2.投薬過誤ついて原告の症状は脳梗塞や脳血栓症ではなく、小さな脳血栓症の痕跡があったといっても、これは高齢者のほとんどにみられる現象で各別問題はなかったので、薬剤を処方する必要性はなかった3.経過観察義務違反について本件薬剤の医薬品取扱説明書には、副作用として「ときにGOT、GPTなどの上昇があらわれることがあるので、観察を十分に行い異常が認められる場合には投与を中止すること」と明記されているにもかかわらず、漫然と4週間分を処方し、その間の肝機能検査、血液検査などの経過観察を怠った病院側(被告)の主張1.急性肝炎の原因GOT、GPTの経時的変動をみてみると、本件薬剤の服用を続けていた時点ですでに回復期に入っていたこと、薬剤服用中に解熱していたこと、本件の肝炎は原因不明のウイルス性肝炎である可能性は否定できず、また、1日焼酎を1/2瓶飲むほどであったのでアルコール性肝障害の素質があったことも影響を与えている。以上から、本件急性肝炎が本件薬剤に起因するとはいえない2.投薬過誤ついて初診時の症状である回転性眩暈は、小梗塞によるものと考えられ、その治療としては再発の防止が最優先されるのだから、厚生省告示によって1回30日分処方可能な本件薬剤を処方したことは当然である。また、初診時の肝機能は正常であったので、その後の急性肝炎を予見することは不可能であった3.経過観察義務違反について処方した薬剤に副作用が起こるという危険があるからといって、何らの具体的な異常所見もないのに血液検査や肝機能検査を行うことはない裁判所の判断1. 急性肝炎の原因原告には本件薬剤以外に肝機能障害をもたらすような服薬や罹病はなく、そのような既往症もなかったこと、本件薬剤中止後まもなく肝機能が正常に戻ったこと、薬剤リンパ球刺激試験(LST)の結果トラピジルで陽性反応が出たこと、アレルギー性疾患で増加するIgEが高値であったことなどの理由から、トラピジルが単独で、またはトラピジルとチクロピジンが複合的に作用して急性肝炎を惹起したと推認するのが自然かつ合理的である。病院側は原因不明のウイルス性肝炎の可能性を主張するが、そもそもウイルス性肝炎自体を疑うに足る的確な証拠がまったくない。アルコール性肝障害についても、飲酒歴が急性肝炎の発症に何らかの影響を与えた可能性は必ずしも否定できないが、そのことのみをもって薬剤性肝炎を覆すことはできない。2. 投薬過誤ついて原告の症状は比較的軽症であったので、本件薬剤の投与が必要かつもっとも適切であったかどうかは若干の疑問が残るが、本件薬剤の投与が禁止されるべき特段の事情は認められなかったので、投薬上の過失はない。3. 経過観察義務違反について医師は少なくとも医薬品の能書に記載された使用上の注意事項を遵守するべき義務がある。本件薬剤の投与によって肝炎に罹患したこと自体はやむを得ないが、7月5日の2回目の投薬時に簡単な血液検査をしていれば、急性肝炎に罹患したこと、またはそのおそれのあることを早期(少なくとも1週間程度早期)に認識予見することができ、薬剤の投与が停止され、適切な治療によって急性肝炎をより軽い症状にとどめ、48日にも及ぶ入院を免れさせることができた。原告側合計102万円の請求に対し、20万円の判決考察この裁判では、判決の金額自体は20万円と低額でしたが、訴訟にまで至った経過がやや特殊でした。判決文には、「病院側は入院当時、「急性肝炎は薬剤が原因である」と認めていたにもかかわらず、裁判提起の少し前から「急性肝炎の発症原因としてはあらゆる可能性が想定でき、とくにウイルス性肝炎であることを否定できないから結局発症原因は不明だ」と強調し始めたものであり、そのような対応にもっとも強い不満を抱いて裁判を提起したものである」と記載されました。この病院側の主張は、けっして間違いとはいえませんが、本件の経過(薬剤を中止したら肝機能が正常化したこと、トラピジルのLSTが陽性でIgEが高値であったこと)などをみれば、ほとんどの先生方は薬剤性肝障害と診断されるのではないかと思います。にもかかわらず、「発症原因は不明」と強調されたのは不可解であるばかりか、患者さんが怒るのも無理はないという気がします。結局のところ、最初から「薬剤性でした」として変更しなければ、もしかすると裁判にまで発展しなかったのかも知れません。もう1点、この裁判では重要なポイントがあります。それは、新規の薬剤を投与した場合には、定期的に副作用のチェック(血液検査)を行わないと、医療過誤を問われるリスクがあるという、医学的というよりもむしろ社会的な問題です。本件では、トラピジル、チクロピジンを投与した1ヵ月後の時点で血液検査を行わなかったことが、医療過誤とされました。病院側の主張のように、「何らの具体的な異常所見もないのに(薬剤開始後定期的に)血液検査や肝機能検査を行うことはない」というのはむしろ常識的な考え方であり、これまでの外来では、「この薬を飲んだ後に何か症状が出現した場合にはすぐに受診しなさい」という説明で十分であったと思います。しかも、頻回に血液検査を行うと医療費の高騰につながるばかりか、保険審査で査定されてしまうことすら考えられますが、今回の判決によって、薬剤投与後何も症状がなくても定期的に血液検査を行う義務のあることが示されました。なお、抗血小板剤の中でもチクロピジンには、以前から重篤な副作用による死亡例が報告されていて、薬剤添付文書には、「投与開始後2ヵ月は原則として2週間に1回の血液検査をしなさい」となっていますので、とくに注意が必要です。以下に概要を提示します。チクロピジン(パナルジン®)の副作用Kupfer Y, et al. New Engl J Med.1997; 337: 1245.3週間前に冠動脈にステントを入れ、チクロピジンとアスピリンを服用していた47歳女性。48時間前からの意識障害、黄疸、嘔気を主訴に入院、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)と診断された。入院後48時間で血小板数が87,000から2,000に激減し、輸血・血漿交換にもかかわらず死亡した。吉田道明、ほか.内科.1996; 77: 776.静脈血栓症と肺塞栓症のため、42日前からチクロピジンを服用していた83歳男性。42日目の血算で好中球が30/mm3と激減したため、ただちにチクロピジンを中止し、G-CSFなどを投与したが血小板も減少し、投与中止6日目に死亡した。チクロピジンの薬剤添付文書には、警告として「血小板減少性紫斑病(TTP)、無顆粒球症、重篤な肝障害などの重大な副作用が主に投与開始後2ヵ月以内に発現し、死亡に至る例も報告されている。投与開始後2ヵ月間は、とくに前記副作用の初期症状の発現に十分に留意し、原則として2週に1回、血球算定、肝機能検査を行い、副作用の発現が認められた場合にはただちに中止し、適切な処置を行う。投与中は定期的に血液検査を行い、副作用の発現に注意する」と明記されています。消化器