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中村 一文 氏岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 循環器内科学はじめに肺高血圧症の発症機序に関する肺循環生理の3つの特徴を述べたあと、肺動脈内腔の狭窄を引き起こす3つの発症機序について概説する。また、receptor for advanced glycation endo-products(RAGE)の関与など最新の知見についても説明する。さらに、ニース会議における肺高血圧症の臨床分類の従来との変更点を簡単に説明し、最後に3系統の薬剤を使用したあとにわかった最近の話題を述べる。肺循環の生理と肺高血圧1. 低圧系・低抵抗系かつコンプライアンスが大きい肺循環系は体循環系と比べ低血圧系であり、安静時肺動脈圧の正常値は収縮期圧20〜30mmHg、平均圧10〜15mmHg程度である。肺血管抵抗は、全身血管抵抗の約1/5~1/6と低い。肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension: PAH)の診断を行う場合には、安静時に平均肺動脈圧25mmHg以上で肺動脈楔入圧が15mmHg以下と定義されている。さらに、肺循環系の特徴はコンプライアンスが大きいことである。運動など肺血流量の増大時は、肺血管は容易に伸展し、受動的な拡張(distension)が生じる。また、それまで血流のなかった血管に再疎通(recruitment)が生じる。このように肺血管床は予備血管床が多いので、肺動脈に器質的狭窄が起こってきたとき、有効肺血管床が1/3以下に減少するまで安静時の肺動脈圧の上昇はみられないと考えられている1)。したがって、肺高血圧はカテーテルにて診断された時点で病像はかなり進んでいるということを認識して、治療にあたる必要がある。2. 低酸素性肺血管攣縮肺胞換気量の低下などにより肺胞気酸素分圧が低下すると、その肺胞領域を灌流する細小動脈に血管収縮が生じ、血流が減少する。これは低酸素性肺血管攣縮(hypoxic pulmonary vasoconstriction: HPV)といわれ、換気のよい肺胞により多くの血液が流れるようにする自己調節機能である。この肺血管収縮は、低酸素を伴う肺疾患などの病気においては肺高血圧の原因の1つになる。したがって、低酸素を予防するため、肺高血圧治療の一般的ケアとして酸素が用いられる。3. 生理活性物質による肺循環の調節血管内皮細胞から産生される血管拡張因子であるnitric oxide(NO)とprostaglandin I2(PGI2)、さらに血管収縮因子であるエンドセリンは、血管平滑筋に作用してそれぞれ血管を弛緩・収縮させる。NOならびにそのシグナル伝達物質であるcGMPの分解を抑制するホスホジエステラーゼ5(PDE-5)阻害薬、そしてPGI2は、肺高血圧の治療に応用されている。また、血管収縮因子であるエンドセリン受容体の拮抗薬も肺高血圧の治療に使用されている。肺動脈性肺高血圧症の発症機序PAHの病態の主体は肺動脈内腔の狭窄で、主に3つの要因により生じる。1つは血管内皮細胞および平滑筋細胞などの過剰増殖とアポトーシス抵抗性による血管リモデリング、2つ目は血管拡張因子と血管収縮因子のアンバランスによる血管収縮、3つ目は凝固系の異常による病変部での血栓形成である。以上の結果、肺血管抵抗が上昇し、肺動脈圧の上昇や右心不全を引き起こす。前述の肺循環生理の破綻がそこにはある。1. 血管リモデリング診断時に行われる急性血管拡張試験で陽性例が少ないこと、薬剤治療(PGI2、エンドセリン受容体拮抗薬、PDE-5阻害薬)により速やかには改善しないこと、叢状病変(plexiform lesion)には異常増殖性・アポトーシス抵抗性・増殖因子に対する異常反応などの性質を持つ内皮細胞が認められることから、細胞の腫瘍性増殖による血管リモデリングがPAHの主要な原因と考えられている(cancer paradigm)2)。【血管内皮細胞の異常増殖とパラクリン作用】叢状病変の形成には、内皮細胞の異常な増殖が関与する。PAHの血管内皮細胞は単一性増殖(monoclonal proliferation)、すなわち腫瘍性増殖を示す。PAHの血管内皮細胞はFGF2などを過剰に発現しており、そのパラクリン作用が肺動脈平滑筋細胞の増殖を促す。【平滑筋細胞の過剰増殖】肺動脈は本来非筋性の径20~30μmの細動脈(arteriole)レベルまで筋層が発達し(muscularization of arteriole)、内膜や中膜の肥厚により狭窄・閉塞を示す。走査型電子顕微鏡で見ると毛細血管に至るまでに一部動脈が閉塞し、枯れ枝状になっている(本誌p.10図を参照)3, 4)。PAH肺動脈平滑筋細胞におけるbone morphogenetic protein(BMP)シグナル異常が、細胞の異常増殖に関与している。肺高血圧のない対照者由来の肺動脈平滑筋細胞では、BMPリガンド刺激は平滑筋細胞の増殖を抑制するのに対し、PAH肺動脈平滑筋細胞ではこの抑制効果が欠如している。このBMPによる増殖抑制効果の低下は、BMP2型受容体(BMPR2)遺伝子異常の有無にかかわらず認められる。血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor:PDGF)刺激への過剰反応も認められる。PAH肺動脈平滑筋細胞において、PDGF刺激による増殖が、肺高血圧のない対照者のものより亢進している5, 6)。PDGF受容体アンタゴニストのイマチ二ブは、PAH肺動脈平滑筋細胞の増殖抑制作用を有する6)。イマチニブとプラセボを比較した第Ⅲ相臨床試験(IMPRES study)では、6分間歩行距離が有意に増加し(primary endpoint)、PVRが有意に減少したが、残念ながら副作用発現や治療継続困難な例が多く、臨床応用は困難となっている7)。【平滑筋細胞のアポトーシス抵抗性】PAH患者の肺組織ではproapoptotic/antiapoptotic遺伝子の比が減少しており、PAH患者の肺動脈平滑筋細胞はアポトーシス抵抗性が亢進している8)。また、正常または二次性肺高血圧の肺動脈平滑筋細胞では、BMP-2,-7によりアポトーシスが誘導されるが、PAH肺動脈平滑筋細胞では誘導されない。このアポトーシス抵抗性の機序の1つとして、電位依存性カリウムチャネル(Kvチャネル)電流の低下が考えられている。細胞内カリウム(K)イオン濃度の増加によりカスパーゼ活性が抑制され、アポトーシス抵抗性となる9)。他の機序としてアポトーシス抑制蛋白であるsurvivinの発現亢進も認める。高用量のPGI2療法は臨床上有効であり10)、肺動脈平滑筋細胞にFasリガンドのupregulateを介しアポトーシスを引き起こす(本誌p.11 図を参照)11)。【PAH平滑筋細胞におけるRAGEの関与】終末糖化産物受容体(RAGE)はイムノグロブリンスーパーファミリーに属する膜貫通型の蛋白で、終末糖化産物(advanced glycation endo-products: AGE)のほか、免疫系細胞から分泌されるS100蛋白などが結合する。PAH患者の肺動脈平滑筋細胞ではRAGEの発現が亢進している12)。それはSTAT3の活性化、BMPR2とPPARγの減少につながり、過剰増殖とアポトーシス抵抗性を引き起こしている。モノクロタリンとSugen誘発性PAHモデルラットにおいて、siRNAにてRAGEの発現を抑制したところ、肺動脈圧の減少効果が認められ、RAGEは今後の治療標的として注目されている。糖尿病治療では、初期からの厳格な血糖管理が、長期にわたり血管合併症に関して抑制的に作用する遺産効果(legacy effects)があるといわれている。この効果にAGE/RAGEの初期からの長期にわたる抑制が関与すると考えられている。肺高血圧治療に「legacy effectsは存在するのか?」さらに「それにRAGEは関与するのか?」、興味がつきないところである。【CTEPH細胞】慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の器質化血栓から単離した細胞(CTEPH細胞)は増殖能が高く、PDGF受容体の発現が増加しており、正常平滑筋細胞とは異なる性質を持つ。OgawaらはPDGFにより増殖が亢進し、ストア作動性カルシウム流入が亢進することなどを報告している13)。この細胞の特性を明らかにすることはCTEPHの病変進行の機序の解明につながると期待されている。2. 血管収縮PAHでは血管拡張因子と血管収縮因子のアンバランスもある。血管拡張につながる内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の発現低下と、血管収縮につながるエンドセリン-1の発現亢進がみられる。さらにPGI2 合成酵素の発現低下によるPGI2の低下も認められる14)。原子間力顕微鏡を用いて、肺動脈平滑筋細胞の弾性率を検討したところ、コントロール状態(=無刺激時)の弾性率はPAH肺動脈平滑筋細胞と肺高血圧のない対照者の肺動脈平滑筋細胞間で差はなかったが、NOに対する反応をみると、対照者の細胞では弾性率が低下するのに対し、PAH細胞では弾性率に変化が認められなかった(本誌p.12図を参照)15)。すなわち、PAH肺動脈平滑筋細胞は生体内の血管弛緩物質であるNOに対して反応しにくい細胞であると考えられる。3. 血栓形成PAH患者の内皮においては、血小板の凝集につながるトロンボキサンA2が増加し、抗凝集につながるプロスタサイクリン(PGI2)の減少を認める。肺高血圧症の臨床分類2013年2月、ニースにおいて第5回肺高血圧症ワールドシンポジウムが開催された。そこで提唱された分類は、2008年のDana Point分類と大きな違いはなかったが、新生児遷延性肺高血圧症は第1群の亜型に、溶血性貧血は第5群に移動となっている(表)。表 肺高血圧症の臨床分類(ニース会議2013)画像を拡大する最近の話題現在使用されているPGI2(とその誘導体)、PDE-5阻害薬、エンドセリン受容体拮抗薬は、血管拡張作用のみならず肺動脈平滑筋細胞の増殖抑制作用も有する。また、高用量のPGI2は肺動脈平滑筋細胞にアポトーシスも引き起こす11)。このような薬剤を使用されている状況下で肺移植を受けた62名の患者の肺動脈病理が最近報告された16)。PAHの肺動脈では内膜と中膜の肥厚を認めたが、内膜の肥厚が優性であった。血管周囲の炎症細胞浸潤も著しかった。叢状病変もよく認められたが、PGI2治療を受けていない人の方が少なかった。この結果から、現状の3系統の薬剤治療にて、中膜平滑筋の増殖は抑制できうるが、内膜の肥厚と叢状病変は抑えきれないことがわかる。また炎症細胞浸潤が病態の進行に関与していることも示唆される。残るこれらの病変の機序の解明とそれらを標的とした治療法の開発が期待される。文献1)国枝武義. 「肺高血圧症の概念, 病態, 治療体制の確立に向けて」基調講演. Ther Res 2005; 26 :2012-2021.2)Rai PR et al. The cancer paradigm of severe pulmonary arterial hypertension. Am J Respir Crit Care Med 2008; 178: 558-564.3)Miura A et al. Three-dimensional structure of pulmonary capillary vessels in patients with pulmonary hypertension. Circulation 2010;121: 2151-2153.4)Miura A et al. Different sizes of centrilobular ground-glass opacities in chest high-resolution computed tomography of patients with pulmonary veno-occlusive disease and patients with pulmonary capillary hemangiomatosis. Cardiovasc Pathol 2013; 22: 287-293.5)Ogawa A et al. Prednisolone inhibits proliferation of cultured pulmonary artery smooth muscle cells of patients with idiopathic pulmonary arterial hypertension. Circulation 2005; 112: 1806-1812.6)Nakamura K et al. Pro-apoptotic effects of imatinib on PDGFstimulated pulmonary artery smooth muscle cells from patients with idiopathic pulmonary arterial hypertension. Int J Cardiol 2012; 159: 100-106.7)Hoeper MM et al. Imatinib mesylate as add-on therapy for pulmonary arterial hypertension: results of the randomized IMPRES study. Circulation 2013; 127: 1128-1138.8)Geraci MW et al. Gene expression patterns in the lungs of patients with primary pulmonary hypertension: a gene microarray analysis. Circ Res 2001; 88: 555-562.9)Remillard CV et al. Activation of K+ channels: an essential pathway in programmed cell death. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 2004; 286: L49-67.10)Akagi S et al. Marked hemodynamic improvements by high-dose epoprostenol therapy in patients with idiopathic pulmonary arterial hypertension. Circ J 2010; 74: 2200-2205.11)Akagi S et al. Prostaglandin I2 induces apoptosis via upregulation of Fas ligand in pulmonary artery smooth muscle cells from patients with idiopathic pulmonary arterial hypertension. Int J Cardiol 2013; 165: 499-505.12)Meloche J et al. Critical role for the advanced glycation end-products receptor in pulmonary arterial hypertension etiology. 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