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2024年7月30日に東京証券取引所グロース市場へ上場を果たしたHeartseed株式会社。このタイミングでの上場は、代表の福田 恵一氏(慶應義塾大学 名誉教授)が約30年の歳月を掛けて開発してきた心筋再生医療Remuscularization(心筋補填療法)の第I/II相臨床試験LAPiS試験が着実に歩みを進め、実臨床での実装が現実味を帯びているからであろう。今回、「再生医療で世界を変える」を目指す福田氏に、同社が誇る心筋再生のメカニズムや今後の展望について話を聞いた。―心筋培養の臨床開発における世界的な状況について教えてください。iPS細胞を用いた心筋再生というのは世界各国で開発が進められています。しかし、それらの開発状況について、前臨床試験や第I相臨床試験が走っていることは知っていますが、それ以降の報告は聞こえてきません。その理由はおそらく、心筋細胞の培養方法や投与方法が影響しているからでしょう。心筋細胞は、心房筋、心室筋、ペースメーカー筋の3つに大きく分けられますが、心不全を治療するためには心室筋だけを作らなければなりません。そうでないと、心室のなかに性質の異なる心房の筋肉を入れることになります。われわれが開発した他家iPS細胞由来心筋球HS-001は、心筋細胞の中から拍動に直接寄与する心室筋だけを分化誘導する技術はもちろんのこと、目的外の細胞を死滅させる純化精製技術、細胞の生着率を高めるために心筋の微小組織(心筋球)を作製する技術を用い、重症心不全患者に新たな希望を提供しようとしています。(表)Remuscularization(心筋補填療法)に必要な技術画像を拡大する他家iPS細胞由来心筋球HS-001の発明が、福田氏の約30年間に及ぶ世界最先端の再生心筋研究の賜物であることがうかがい知れる上記の表に示すような“心室筋だけを選択的に分化誘導する”という特徴的な製造法にたどり着くまでには多くの年月がかかりました。再生医療の研究を1995年より始めましたが、この頃はヒトES細胞もなければiPS細胞もありません。最初の研究では、間葉系幹細胞に対して脱メチル化剤を使って無理やり心筋細胞を作っていました。確かに拍動する細胞が出てきて心臓の遺伝子を発現した心筋を作ることはできましたが、大量に作ることは難しかったです。結局、臨床応用には至らず、2001年からヒトES細胞を用い、どういう風にしたら心臓の筋肉ができるのかという研究を5年ほど行いました。2006年には山中 伸弥先生のiPS細胞の発表を機に作り方などを教えていただき、iPS細胞の研究にシフトしていきました。iPS細胞による課題は、すごいスピードで増殖し、いろいろな細胞に分化して心臓の中に奇形種という特殊な腫瘍を作ってしまう点です。それを取り除くために純化精製方法を開発し特許を取得しました。若かりし頃の福田氏―聞き慣れない“心筋球”、開発された“心筋補填療法”について教えてください。心筋球は1,000個程度の心筋細胞を塊にした微小組織で、工場の中で凍結された後に生きている心筋細胞だけが細胞の塊になるよう作られています。この微小組織を作ることで元気な状態の心筋細胞を移植することができます。また、細胞が心筋球になると非常に強くなり、生着率も高まります。心筋細胞自身が分泌した細胞外マトリックス(コラーゲンやフィブロネクチンのような細胞と細胞の間を満たし、生体組織を包み込む高分子の構造体)が存在している状態の心筋細胞は心筋細胞自体を元気にするため、心筋球という微小組織を作って移植するということは非常に理にかなっており、心筋細胞にとって好ましい環境下での移植は高い成着率につながり、臨床効果を出しやすいと言えます。次にRemuscularization(心筋補填療法)とは、不足した心室筋を直接、心臓壁内に移植して心筋を補填する画期的な方法です。心筋球を専用の注射針(SEEDPLANTER®)とガイドアダプターを用い、開胸手術(現在は冠動脈バイパス術と同時)にて投与します。投与した心筋球は患者の心筋と結合し、再筋肉化することで心収縮力を改善すると共に、種々の血管新生因子を分泌して投与部位周辺に新たな血管を形成する作用機序(neovascularization)も期待されます。(図)心筋補填によるRemuscularization[心筋補填療法]画像を拡大する特許を取得した技術の集大成―治験の最終関門を迎えますが、問題点は何でしょうか?心不全のなかでも心筋梗塞による広範囲の壊死を起こしたり左心室が拡張し悪化したりした重症心不全は、現時点で心臓移植しか根本治療は存在しません。今回、われわれは安全性評価委員会により第I/II相LAPiS試験での低用量群(心筋細胞数にして5,000万個を投与)5例における安全性について評価いただき、承認申請前の治験の最終ステージ、高用量群(1億5,000万個を投与)の試験へ移行可能となりました。近い将来、重症心不全患者さんの希望となるよう努めていく次第です。7月30日の記者会見での様子グロース市場上場の同日、第I/II相LAPiS試験での高用量群開始を発表した当研究の治験実施状況については、今年3月に第88回日本循環器学会学術集会でもホットトピックとして発表する機会をいただきました。そのおかげもあり、治験参加に関する問い合わせを受け、これまで関東圏で実施していた治験の範囲を拡大して行うことになりました。これから実施する高用量群の治験は当初の8施設に4施設が加わり、全12施設を対象に実施します。ただしこれにもいくつかの課題がありました。たとえば、輸送に関する問題です。米国では細胞を液体窒素で凍結させて運搬したのですが、解凍させた時点で3割の心筋細胞が死滅してしまいました。死滅した細胞を含んだ心筋細胞を移植すれば、当然、生着率の低下に繋がります。また、壊死した細胞が心筋に残れば、そこで炎症が起こりIFN-γが上昇、HLAが誘導されてしまいます。通常の心筋細胞にはHLAが発現していないため、強い炎症によってHLAが発現すれば、生きている心筋細胞に不整脈が生じたり死滅しやすくなったりしてしまいます。また、塊にした細胞をバラバラにするにはトリプシンなどの酵素を用いることが一般的ですが、そうすると細胞接着因子も破壊されてしまいます。心筋球の作製技法はこれらの点を回避し、元気な状態の心筋細胞で微小組織を作り、凍結させずに生きたままの細胞を運搬できるように開発されています。近い将来、全国各地の実臨床へこの技術を提供できればと考えています。なお、本研究は同士である分子神経生物学の岡野 栄之先生(慶應義塾大学再生医療リサーチセンター 教授、センター長/日本再生医療学会 理事長)のサポートあってこそで、岡野先生に深く感謝しています。世界の期待を背負いグロース市場へ上場HS-001の治験1例目の投与にNature誌が注目するなど、グローバルでも高い評価を受けるHeartseed社は、7月30日、ついに東京証券取引所グロース市場への上場を果たした。サイエンスと臨床の両輪をこなす福田氏率いる心不全改善治療という期待もあるのか、上場当日は好調な滑り出しを迎えた。同社はメインパイプラインとなるHS-001を筆頭にHS-005などの他家iPS細胞由来心筋球の国内ならびに全世界における開発・製造・販売を目指し、ノボノルディスク エー・エスとライセンス契約を行うほか、HS-001の保険償還や新たなHS-040(自家iPS細胞由来心筋球[開胸手術/カテーテル])などの開発加速に務める。上場セレモニーにて今後の将来ビジョンとして、福田氏は「他家iPS細胞由来心筋球HS-001はもちろんのこと、抗がん剤治療に伴う心不全への適用を目指し自家iPS細胞由来心筋球HS-040などの開発にも着手している。また、心筋が線維化してしまうHFpEFへの治療応用も視野にいれている」と、グローバルな製品展開のみならず、身近な患者に目を向けた思いを述べた。医師紹介(取材・執筆:ケアネット 土井 舞子)