サイト内検索

検索結果 合計:2件 表示位置:1 - 2

1.

脳梗塞を正中神経麻痺と誤診したケース

整形外科最終判決判例時報 1631号100-109頁概要右手のだるさ、右手関節の背屈困難を主訴に整形外科を受診し、右正中神経麻痺と診断された47歳男性。約3ヵ月間にわたってビタミン剤投与、低周波刺激による理学療法を受けたが目立った効果はなく、やがて右顔面のしびれも顕著となったため患者は別の総合病院内科を受診した。諸検査の結果、脳梗塞と診断されたが、右手の症状は改善されずに高度の障害が残存した。詳細な経過患者情報とくに既往症のない47歳男性経過1991年11月頃右手が少しだるく感じるようになる。12月12日近所の接骨院を受診、マッサージおよび電気治療を受ける。しかし右手のだるさは改善せず、やがて右手を伸ばすことができなくなり、右手第3-第5指も動かなくなったため整形外科受診を勧められる。1992年1月6日某病院整形外科受診。症状が右手に限局していたため、正中神経麻痺と診断してビタミン剤の注射および内服を指示した。連日の通院により右手が少し動くようになり、痛みも減少したが、依然として右手のだるさ、動かしにくさは残存した。1月21日第1指、第3指の屈曲は可能であったが、伸展は不完全であり、内転もできないことが確認されたので、ビタミン剤に加えて低周波刺激による理学療法が追加された。2月右上腕から前腕にかけてしびれ感、痛みが生じる。3月6日右握力13kg、左握力41kg3月16日右顔面にしびれ感が生じ医師に申告したが、診断・治療内容に変更なし。4月8日なかなか症状が改善されないため、別の総合病院内科を受診。諸検査の結果脳梗塞が疑われたため、入院を勧められる。4月9日この時はじめて担当の整形外科担当医師は、末梢神経系の異常のみならず中枢神経系の異常を疑って頭部CTスキャンを施行。その結果、左側頭葉に脳梗塞を確認し、入院治療を勧めた。しかし前日に別の総合病院からも入院の必要性を説明されていたので患者は入院を拒否。4月14日総合病院内科に入院。右手の握力低下、右頬のしびれ、右上腕の突っ張る感じは脳梗塞(左後側頭葉)の後遺症であり、すでに慢性期となっていたのでこれ以上の改善は期待できず、抗血小板抑制剤などを内服しながら自宅でのリハビリを指示された。また、入院中に頸椎の後縦靱帯骨化症を指摘されたが、部分的なもので占拠率は低く、症候的ではないと判断された。さらに頸部MRIでは第5-第6頸椎椎間板ヘルニアを指摘されたが、手術は不要と判断された。4月24日さらに別病院に入院して脳血管撮影施行。左頸動脈の一部に狭窄が確認された。6月13日脳梗塞による右手手指の機能の著しい障害に対し、身体障害者4級の認定を受けた。当事者の主張患者側(原告)の主張初診当初から脳血管障害を疑うべき中枢性運動障害があったのに、右手のしびれ、手指のIP関節、MP関節の局所症状を正中神経麻痺と誤診したため、脳梗塞に対する早期の内科的、外科的治療のチャンスを失い、脳梗塞が治癒せずに後遺障害が残った病院側(被告)の主張当初は右手関節の背屈不能、しびれ感を主訴に受診したため正中神経麻痺と診断した。その後次第に改善傾向にあり、4月9日になってはじめて「口がしびれる」と訴えたため頭部CTスキャンを施行し脳梗塞が確認されたので、診断の遅延はない(なおカルテには3月16日に顔面のしびれが出現と記載)画像所見の脳梗塞(後側頭葉大脳皮質1.3×3.0cm三角形の病変)は、運動領野と知覚領野にまたがるほど広範囲ではないため、上肢と顔面に障害が及ぶとは考えにくい中枢性運動障害(錐体路障害)では手指のIP関節、MP関節に限局した局所症状は起こり得ない大脳皮質の脳梗塞では疼痛は起こり得ないため、顔面のしびれを訴え始める前の原告の症状(右上肢のしびれや疼痛、運動障害)は後縦靱帯骨化症もしくは椎間板ヘルニアに起因する症状である裁判所の判断各病院のカルテ記載、原告の申告内容から判断して、右上肢の障害発症は平成3年11月ないし12月であり、初診当初から中枢性運動障害であって脳血管障害を疑うべき状態であった画像所見で問題となった左後側頭葉以外に、左内包後脚にも低吸収域を疑う病変がある(患者側鑑定人の意見を採用)。各病院で撮影したMRI上左内包後脚に病変を指摘できないからといって、本件の脳梗塞が左後側頭葉の大脳皮質に生じた小さなものと即断できない。MRIの読影には読影者の経験・技量によるものが大きい中枢性運動障害(錐体路障害)によって手指のIP関節、MP関節に限局した局所症状は起こり得ないとは限らない原告が訴えた右上肢の疼痛は、脳血管障害に起因する運動障害により四肢を動かさないことによる拘縮の痛みである可能性がある以上から、たとえ被告の専門が神経内科ではなく整形外科であったとしても、脳梗塞であったことに3ヵ月も気付かず正中神経麻痺の診断ならびに治療を継続したことは、医師として軽率であったとの誹りを逃れることはできない。原告側合計6,000万円の請求に対し3,999万円の判決考察本件では(1)発症時の年齢が47歳と脳梗塞のケースとしてはやや若年齢であったこと(2)初診時の症状が右上肢だけに限局し、それも手指のIP関節、MP関節の局所症状であり正中神経麻痺でも説明可能と思われるなど、脳梗塞としては非典型的であり、診断が困難なケースであったと思います。しかし、初診から約3ヵ月もビタミン剤を投与し続けてあまり効果が得られなかったことに加えて、右顔面のしびれという新たな症状を申告したにもかかわらず担当医師は取り合わなかったことは、注意義務違反とされても仕方がないと思います。裁判でもその点に注目していて、「カルテには日付および診察した医師名以外何も記載されていないことが多く、仮に記載されていたとしてもきわめて簡潔にしか記載されていない場合が多いので、原告が訴える症状が忠実にカルテに記載されていたかどうか疑問である」とされました。つまり、カルテの記載がお粗末な点をみて「きちんと患者を診ていないではないか」という判断が優先したような印象です。ことにこの病院では5名の医師が代わる代わる診察に当たっていて、一貫して症状を追跡していた医師がいなかったことも問題を複雑にしています。この5名の医師のなかにはアルバイトの先生も含まれていたでしょうから、そのような医師にとっては、いったん「正中神経麻痺」という診断がついて毎日のようにビタミン剤の注射や理学療法を受けている患者に対し、改めて検査を追加したり症状を細かくみるといったことは省略されやすいと思います。したがって、病院側の対応が遅れたという点に関しては同情する面もありますが、やはり患者の申告にはなるべく耳を傾けるようにしないと、予期せぬ事態を招くことになると思います。一方で、裁判官の判断にも疑問点がいくつかあります。1. この患者さんは脳梗塞にもっと早く気付いていたら本当に回復の可能性があったのでしょうか?本件では左後側頭葉大脳皮質に発生した3cm程度の「脳血栓」であり、脳血管撮影では(詳細な部位は不明ですが)左頸動脈に狭窄病変が確認されたとのことです。しかも発症は急激ではなく、初診の約2ヵ月前から「少し右手がだるい」という症状で始まりました。裁判所は脳梗塞の教科書的な説明を引用して、「脳梗塞の患者は発症初期から入院させ精神的かつ身体的安静を与え、脳梗塞とそれによる脳浮腫を軽減させるための薬物療法を行うとともにリハビリを開始し、慢性期には運動療法および脳循環代謝改善薬の投与などを行わなければ運動障害などの後遺症を回避することは困難である」ため、早く脳梗塞に気付かなかったのは病院側が悪い、残った後遺障害はすべて医者の責任だ、と短絡しています。脳梗塞を数多く診察されている先生ならばすでにお気づきのことと思いますが、脳梗塞はいったん発症すると完全に元に戻るような治療法はなく、むしろ再発予防のほうに主眼がおかれると思います。本件では発症が緩徐であったために初診時にはすでに1ヵ月以上経過していたため、裁判所のいうような「脳浮腫」は初診時にはほとんど問題にはなっていなかった可能性が高いと思います。つまり、最初から脳梗塞と診断されていたとしても結果はあまり変わらなかった可能性のほうが高いということです。2. 病院側の主張を否認するためにかなり強引な論理展開をしている点たとえば、「患者が主張した「右上肢の疼痛」は脳梗塞ではおきないので、この時の症状には後縦靱帯骨化症もしくは頸椎椎間板ヘルニアによるものと考えるのが妥当である」という病院側の主張に対し、「右上肢の疼痛は、脳血管障害に起因する運動障害により四肢を動かさないことによる拘縮による痛みである」と判断しています。もちろん、脳梗塞によって高度の片麻痺が生じた患者さんであれば、拘縮による疼痛がみられることもしばしば経験されます。しかし、本件ではあくまでも「軽度の運動障害、軽度の握力低下」を来した症例ですので、関節が拘縮して救急車を呼ばなければならないような痛みが出現するとは、とても思えません(痛みに対しては心因的な要素も疑われます)。また、「画像所見の脳梗塞は運動領野と知覚領野にまたがるほど広範囲ではないため、上肢と顔面に障害が及ぶとは考えにくい」という病院側の主張を、「MRIの読影には読影者の経験・技量によるものが大きい」ことを理由に退けているのはかなり恣意的な判断といわざるを得ません。このような納得のいかない判決に対しては、医学的に反論する余地も十分にあるとは思うのですが、カルテ記載などがお粗末で患者をよくみていない点をことさら取り上げられてしまうと、「医者が悪い」という結論を覆すのは相当難しいのではないかと思います(本件は第1審で確定)。整形外科

2.

健康診断の採血で右上肢が廃用となったケース

内科最終判決平成14年9月5日 松山地方裁判所 判決概要経験年数20年のベテラン看護師が、健康診断目的で来院した42歳女性の右肘尺側皮静脈から採血を試みた。針を挿入直後に患者が「痛い!」と訴え、血液の逆流がなかったので左側から改めて採血した。ところが、採血直後から右上肢の知覚障害、痛み、浮腫、運動障害が出現し、大学病院整形外科で反射性交感神経異栄養症(RSDS)と診断され、労災等級第7級に相当する後遺障害が残存した。詳細な経過患者情報42歳女性。特記すべき既往症なし経過平成8年7月17日09:40定期健康診断時に、尺側皮静脈から採血するため右腕肘窩部分に針を刺したが、血液の逆流はなく、針が刺された後で「痛い!」といったため針を抜き、針やスピッツを新しいものに変えて、改めて左腕に針を刺して採血は完了した。ところが、採血直後から右手第1-第2指にしびれを自覚し、同日総合病院整形外科を受診して、「右正中神経麻痺、反射性交感神経性萎縮症」と診断された。12月16日大学病院整形外科医師は、右上肢の知覚障害、痛み、浮腫、運動障害があることから「カウザルギー」と診断した。平成11年3月10日労災認定。右上肢手関節と肘関節の中心部より右手指にかけて、常時疼痛を中心とした異常感覚および知覚低下、右上肢肘関節以下の神経症状による運動障害があるとして、障害等級第7級3号に該当すると認定。平成13年11月9日本人尋問。右手、とくに親指の付け根付近から上肢にかけての約20cmの部分に強い痛みがあると訴え、被告ら代理人が少し触れようとすると激しく痛がった。本人の上申書右腕は痛くて伸ばせない右手指も無理に伸ばそうとすると歯の神経にさわったような電撃的な痛みが出るし、不意に痛むこともある右手指から肘までの1/2の範囲は、常時、火傷したようなきりきりとした痛みがある肘の内側にはじくじくとした鈍痛がある肩と肘の真ん中あたりから指先にかけて、いつもむくんでいる右手指のうち、小指以外は何かに触れただけで飛び上がるような痛みがある。指先から遠位指節間関節(指先にもっとも近い関節)までほとんど感覚がないため、物を握れないこのため右手はほとんど用をなさないし、寝る時は右手が下にならないように気をつける。手首を内側に向けて捻っている状態は楽だが、その反対はできないなどの障害が残っている当事者の主張患者側(原告)の主張採血時、血液の逆流がなく血管内に注射針を刺入できていないことがわかったのに、注射針をそのまま抜こうとせず、注射針の先を動かして血管を探すような動作をし、痛みを訴えたにもかかわらず同様の動作を続けた結果、右腕正中神経を注射針の先で傷つけたため、右手第1-第2指にしびれ、疼痛を生じる障害を負った。看護師は肘窩の静脈に針を刺す場合、正中神経を傷つけないように注射針を操作するべき注意義務があるのに、不用意に操作した過失によって正中神経を損傷しRSDSを併発した。病院側(被告)の主張担当看護師は勤続20年のベテラン保健師・看護師であり、通算数千件もの採血を実施しているが、一度もミスなどしたことはない。採血の際は、皮膚から約15度の角度で針先カット面を上にして血管穿刺を行っており、かつ、血液の逆流が認められないため、スピッツを数ミリ手前に引いたのみであり、注射針の先を動かして血管を探すなどした事実はない。このような採血によって皮膚の表面上を走る尺側皮静脈から、遠く離れた深部にある正中神経を傷つけることはあり得ない。また、右腕の痛みに対し星状神経ブロックなどの医師の勧める基本的治療を行わず、痛みのまったくない軽度な治療を行うのみであった。また、日常行動を調査したビデオによれば、右手を普通に用いて日常生活を送っていると認められ、法廷の本人尋問での言動は事実と異なる演技に過ぎない。各医師の診断結果や、これらに基づく労働基準監督署長の判断も、同様に原告が演技をし、またはその訴えたところに従って作成され判断されたものに過ぎず、誤っている。仮に採血による後遺障害が残っているとしても、それは医師から再三の治療上のアドバイスがあったにもかかわらず拒否し、特異な気質と体質により複雑な病態となったものと考えられる。裁判所の判断原告は採血直後から右手のしびれなどを訴えるようになり、現在でも右手は触れられただけでも強い痛みを訴え、大学病院医師は採血を原因とする「右上肢カウザルギー」ないし「RSDS」と診断している。痛みに関する供述にはやや誇張された面があると感じられるが、およそ障害がない、あるいはその障害が軽微であるとの根拠とすることはできない。したがって、採血時に肘窩の尺側皮静脈に注射針を深く刺し、正中神経を傷つけたため右手が使えなくなったのは、採血担当看護師の過失である。原告側合計3,254万円の請求に対し、2,419万円の判決考察たった1回の採血失敗によって、右手が使えなくなるという重度後遺障害が残存し、しかも2,419万円もの高額賠償につながったという衝撃的なケースです。肘の解剖学的な構造をみると、尺側皮静脈は腕の内側を走行し、比較的太い静脈の一つです。ただその深部には、筋膜の内側に上腕動脈と伴走するように正中神経が走行しています。本件では、結果的にはこの正中神経に針が届いてしまい、右腕が使い物にならなくなるほどの損傷をうけて医事紛争に発展しました。本当にこの神経を刺してしまうほど、深く注射針を挿入してしまったのかは、おそらく担当した看護師にしかわからないことだと思いますが、採血直後から正中神経に関連した症状が出現していますので、正中神経に損傷が及んだことを否認するのは難しいと思います。ただし、今回問題となったRSDSには特有の素因があることも知られていて、交感神経過反応者、情緒不安定、依存性、不安定性を示す性格の持ち主であることも知られています。今回の採血では、担当看護師の主張のように、けっして針をブスブスとつき刺すような乱暴な操作をしていないと思います。にもかかわらず重篤な障害に至ってしまったということは、今後私たちが採血や注射を担当する以上、一定の確率で否が応でも今回のような症例に遭遇する可能性があることになります。ではどうすればこのような紛争を未然に防ぐことができるかというと、あらかじめ採血をする時には、危険な部位には針を刺さないようにすることが必要です。通常は肘の外側に太い神経はみられないので、可能な限り内側の尺側皮静脈から採血するのは避け、外側の皮静脈に注射するのが懸命でしょう。もしどうしても採血可能な静脈が内側の尺側皮静脈以外にみつからない場合には、なるべく静脈の真上から針を挿入し、けっして針が深く入らないようにすることが望まれます。また、採血時に普通ではみないほどひどく痛がる患者の場合には、RSDSへと発展しやすい体質的な素因が考えられますので、無理をして何回も針を刺さないように心がけるとともに、場合によっては医師の判断を早めに仰ぐようにするなどといった配慮が必要だと思います。内科

検索結果 合計:2件 表示位置:1 - 2