サイト内検索

検索結果 合計:289件 表示位置:1 - 20

1.

診療科別2025年上半期注目論文5選(消化器内科編~消化管領域)

Multicentre randomised controlled trial of a self-assembling haemostatic gel to prevent delayed bleeding following endoscopic mucosal resection (PURPLE Trial)Drews J, et al. Gut. 2025;74:1103-1111.<PURPLE試験>:十二指腸・大腸内視鏡的粘膜切除術後の後出血予防における止血ゲル、後出血率の低下効果は認められず欧州で行われた本ランダム化比較試験では、10mm以上の十二指腸腫瘍または20mm以上の大腸腫瘍に対する十二指腸・大腸内視鏡的粘膜切除術(EMR:Endoscopic mucosal resection)後において、止血ゲル投与群の後出血率は11.7%(14/120例)、非投与群の後出血率は6.3%(7/112例)であり、止血ゲルの後出血予防効果は示されませんでした。止血ゲルは、内視鏡治療後の人工潰瘍出血に対する新規の止血予防でしたが、その有効性が証明されなかった点は、今後の内視鏡治療において重要な知見です。Perioperative Chemotherapy or Preoperative Chemoradiotherapy in Esophageal CancerHoeppner J, et al. N Engl J Med. 2025;392:323-335.<ESOPEC試験>:切除可能食道進行腺がんへの周術期化学療法(FLOT療法)、術前化学放射線療法(CROSS療法)と比較して3年および5年生存率を有意に改善欧州で行われた本ランダム化比較試験では、切除可能食道進行腺がんに対して、FLOT(フルオロウラシル+ロイコボリン+オキサリプラチン+ドセタキセル)周術期化学療法(術前+術後)の3年生存率は57.4%、5年生存率は50.6%であり、CROSS(カルボプラチン+パクリタキセル)術前化学放射線療法の3年生存率50.7%、5年生存率38.7%と比較して優越性が認められました。進行食道腺がんにおける周術期化学療法の生存率向上効果を示した重要な知見です。Stool-Based Testing for Post-Polypectomy Colorectal Cancer Surveillance Safely Reduces Colonoscopies: The MOCCAS StudyCarvalho B, et al. Gastroenterology. 2025;168:121-135.<MOCCAS試験>:大腸ポリープ切除後のサーベイランス、便検査の活用で大腸内視鏡検査の実施回数を削減できる可能性欧州で行われた本試験では、大腸ポリープ切除および結腸直腸がん治療後、家族性大腸がんリスクを有する集団に対して、大腸内視鏡検査施行前に実施したmt-sDNA testと2種類の便潜血検査1回法(FIT:Fecal Immunochemical Test)によるadvanced neoplasiaに対する曲線下面積(AUC)は0.72、0.59~0.61でした。オランダ人口モデルを用いたシミュレーションにより、大腸内視鏡検査後のサーベイランスに便検査を行うことで、大腸内視鏡検査回数を低下させ、コスト効率の向上が期待できることが示唆されました。Effect of an Endoscopy Screening on Upper Gastrointestinal Cancer Mortality: A Community-Based Multicenter Cluster Randomized Clinical TrialXia C, et al. Gastroenterology. 2025;168:725-740.<食道がん・胃がん死亡率への上部消化管内視鏡検診の効果>:高リスク地域で1回の上部消化管内視鏡検診が食道がん・胃がん死亡率を有意に低下本試験は、中国の40~69歳の住民を対象とするクラスターランダム化比較試験です。食道がんおよび胃がんの年齢調整死亡率が全国平均の3倍以上の中国の高リスク地域において、1回の上部消化管内視鏡スクリーニングが食道がんおよび胃がんの死亡リスクを7.5年間で22%低下させることが示されました。本試験は、上部消化管内視鏡検診の有効性を明確に示した初めてのランダム化比較試験です。Vonoprazan as a Long-term Maintenance Treatment for Erosive Esophagitis: VISION, a 5-Year, Randomized, Open-label StudyUemura N, et al. Clin Gastroenterol Hepatol. 2025;23:748-757.<VISION研究>:H. pylori未感染の逆流性食道炎患者に対するボノプラザン長期維持療法、5年間の安全性を証明強力な胃酸分泌抑制は、高ガストリン血症を引き起こし、胃がんや胃神経内分泌腫瘍のリスクと懸念されています。本ランダム化比較試験では、Helicobacter pylori(H. pylori)未感染で維持療法が必要な日本の逆流性食道炎患者に対して、ボノプラザン10mg群とランソプラゾール15mg群を比較しました。その結果、5年間の追跡で両群ともに胃がんおよび胃神経内分泌腫瘍の発生は0人でした。本試験は、H. pylori未感染患者におけるボノプラザンの長期安全性を支持する重要なエビデンスを示しました。

2.

オンデキサの周術期投与に関する提言、4団体が発出

 日本心臓血管麻酔学会、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本体外循環技術医学会の4学会は、直接作用型第Xa因子阻害薬の中和剤であるアンデキサネット アルファ(商品名:オンデキサ)が高度なヘパリン抵抗性を惹起する可能性について、医療現場への一層の周知が必要と判断し、「アンデキサネット アルファの周術期投与に関する提言」を6月30日に発出した。 ヘパリンを用いる心臓血管外科手術の術前または術中にアンデキサネット アルファを投与した後、著明なヘパリン抵抗性を呈し、手術遂行に重大な支障を来した症例が複数報告されている。これを受け、2023年9月に日本心臓血管麻酔学会が注意喚起を出していたが、その後も類似の症例が継続して報告されていた。 4学会からの提言は以下のとおり。【提言】1.アンデキサネット アルファの投与は、高度なヘパリン抵抗性を惹起する可能性がある。 直接作用型第Xa因子阻害薬(以下、Xa阻害薬)を内服中の患者に対してアンデキサネット アルファを投与した後、ヘパリン抵抗性によって人工心肺装置の使用が困難となった症例が多数報告されている。アンデキサネット アルファの投与は、結果として患者に必要な治療の実施を妨げる可能性がある。したがって、Xa阻害薬内服中の患者に対する緊急処置に際しては、本剤を安易に第一選択とせず、緊急手術を含む治療全体の方針を多角的かつ総合的に検討した上で、その適応を慎重に判断することを強く推奨する。2.アンデキサネット アルファの使用に際しては、多職種による協議を経て適応を決定することが望ましい。 使用の可否は単一の診療科のみで判断するのではなく、治療に関与する他の診療科医師、臨床工学技士、薬剤師など、多職種による協議を経た上で決定されるべきである。 3.アンデキサネット アルファを人工心肺中に投与することは避け、人工心肺離脱後の止血困難に対する投与判断も慎重な検討を要する。 人工心肺装置稼働中の投与は、装置の使用に著しい支障をきたす可能性があるため避けるべきである。また人工心肺離脱後の止血困難に対して本剤を一律に投与することは推奨されない。血算、凝固検査、血液粘弾性検査等の結果をもとにXa阻害薬以外の凝固障害の原因を除外し、さらに、再度人工心肺を導入する可能性がないことを確認した上で判断することが推奨される。4.アンデキサネット アルファによって惹起されるヘパリン抵抗性への対応法は確立されていない。 ヘパリンの追加投与のみでは活性化凝固時間(ACT)の延長を得られないことが多い。現時点では、アンチトロンビンの単独投与またはヘパリンとの併用、あるいはナファモスタットの投与が、ACT延長に一定の効果を示す可能性がある。5.本提言は、各医療機関内での共有と体制整備を通じて活用されるべきである。 アンデキサネット アルファの使用およびそれに伴うヘパリン抵抗性への対応法を、各医療機関の診療科・診療部門間で共有し、院内での運用体制をあらかじめ策定しておくことが推奨される アンデキサネット アルファは、アピキサバン、リバーロキサバン、エドキサバンなどのXa阻害薬を服用中の患者において、生命を脅かす出血または止血困難な出血が発現した際の抗凝固作用の中和を適応として、2022年5月より国内で販売が開始されている。

3.

続・ガイドラインはどう考慮される?【医療訴訟の争点】第13回

症例本稿では、前回に続き、臨床現場で用いられている診療ガイドラインの遵守・逸脱が争点となった例を取り上げることとし、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の医学的適応の有無が問われ、術中・術後管理も含めて医師の注意義務違反が争点となった東京地裁令和3年8月27日判決を紹介する。<登場人物>患者84歳・男性原告患者の子(2名)被告一般病院(病床数100床以上、消化器系に強みを有する)事案の概要は以下の通りである。平成30年(2018年)3月28日被告病院消化器内科を受診。小球性貧血の精査および消化管出血疑い。4月4日造影CT(腹部・骨盤)4月13日上部内視鏡・下部内視鏡検査4月25日被告病院の消化器内科を受診。胃がん疑い(病理検査:Group4)、ピロリ菌感染胃炎、膀胱結石との診断6月11日被告病院を受診。医師より、病変が9~10cm台の隆起した腫瘍であることからESDが適応外であることの説明がなされたが、本件患者がESDの実施を強く希望したため、確実に腫瘍が取れる保証はなく、取れたとしても追加切除が必要になる可能性があること、術中に穿孔が生じた場合や出血コントロールがつかない場合にはESDを中止する可能性があり、緊急開腹手術になる可能性もあることを説明した上、ESDを実施することとなった。6月16日医師が、本件患者および家族に対し、本件患者の胃に悪性と思われる腫瘍があること、通常であれば開腹手術の適応であるが、本件患者が強く希望したため例外的に内視鏡治療であるESDを行うこととしたこと、ESDで腫瘍を切除できるかは不明であり、確実に取れる保証はないこと、術中に大量出血や穿孔が生じ、緊急開腹手術になる可能性があること、ESDによる治療が難しい場合には、後日開腹手術を実施することを説明した。7月18日ESD実施。午後3時頃から、大きなしこり部分の切除を開始した。午後4時20分頃、本件患者の血圧が86/53mmHgと低下。医師は、出血のためと判断し、代用血漿剤のボルベン輸液を急速投与。まもなくして血圧が103/40mmHgと回復したことから、ESDを継続。午後5時頃から、腫瘍により視野が妨げられることが多くなり、止血に難渋するようになったことから、医師は、本件病変を一括切除することを諦め、剥離していた腫瘍を分割切除することとした。午後6時頃から血圧が急速に低下し、胃の穿孔が確認された。午後7時15分、本件患者の血圧が68/20mmHgと急激に低下。医師は、鼠径部の脈拍が触知できることを確認した上で、補液をしながら本件ESDを継続し、スネアによる本件病変の分割切除を開始した。午後7時30分頃から午後8時頃、低血圧状態に対して、輸液500mLを3本投与したほか、昇圧剤を投与し、クリップによる止血を実施。午後8時頃の採血の結果、Hb値が4.5g/dLと急速に貧血が進行していたため、輸血が必要と判断。午後8時38分、輸血が到着するまでの間に更に出血しないように一旦ESDを中止することとし、脱気をしながら全身状態を落ち着かせることとした。午後9時30分に輸血が被告病院に到着し、午後9時34分から輸血を開始。輸血により血圧が徐々に回復していることを確認した上で、午後10時08分と午後10時09分にはクリップによる止血を実施。午後10時25分、止血を確認し、午後10時31分の採血の結果、Hb値が8.4g/dL、pH 7.182と改善したことを確認し、午後10時54分、本件患者を内視鏡室から病棟へと移送。7月19日午前1時06分、帰室後の輸血によっても本件患者のバイタルサインが安定しないため、出血の可能性が高いと考えて胃カメラを実施。複数箇所から細やかな出血があることを確認し、内視鏡で止血。午前1時29分、心停止。午前2時心臓マッサージを継続したものの心停止の波形は変わらず。午前2時44分、死亡確認。実際の裁判結果本件の裁判では、ESDの適応が問題となった。裁判所は、以下の点を指摘して、「本件患者が開腹手術よりも内視鏡治療の実施を希望していたことを踏まえても、本件ESDは適応を欠くものであったと言わざるを得ない」として、適応を欠く本件ESDを実施したことにつき、注意義務違反が認められると判断した。ESDに係る各ガイドラインにおいて、病変が一括切除できる大きさと部位にあることがESDの適応の基本的な考え方とされており、潰瘍所見の有無に応じて2~3cmが一つの指標として掲げられているところ、本件病変はこれを大幅に上回る約9~10cm大の腫瘍であったこと術前の造影CTにおいて、異常に太い腫瘍内血管が認められていたことに照らすと、本件ESDにおいては、処置に長時間を要し、多量の出血が見込まれることが事前に予想されたこと本件患者が84歳と高齢であったことに照らすと、そのような長時間の施術や出血に耐えうる状況であったとは認め難く、術後の穿孔や出血のリスクもあったことなお、裁判所は、損害の評価に関する部分で、「早期に緊急開腹手術への移行や輸血を実施してしかるべきところ、…午後8時過ぎまでESDを漫然と継続し、結果として更なる出血を招くに至った」経過に照らすと、「本件ESDにおける出血のリスクに対する評価が不十分であったといわざるを得ず、その注意義務違反の程度は重い」として、慰謝料額につき若干の増額認定をしている。注意ポイント解説本件は、患者の希望を踏まえてESDを行ったものであるが、ESDの実施につきガイドラインにおける適応基準から逸脱しており、ESDによる出血性ショックでの死亡につき医師の注意義務違反と認定された事案である。本件では、被告病院に設置された事故調査委員会が、医療法第6条の11に基づく医療事故調査を実施して報告書を作成している。そして、同報告書では、以下の点を指摘した上で「本症例は、胃がんの切除・治癒の可能性の観点から考えるとESDの拡大適応はあったかもしれない。しかし、本件病変の大きさや血管の豊富さ等に加え、患者の耐術面、易出血性および術後の経過(潰瘍治癒瘢痕、蠕動障害)を考えると総合的にESDの適応はなかった」との見解が示されており、本判決は、かかる見解を採用した判断と言える。1.本件病変が約9~10cmと非常に大きな腫瘍であること2.術前の造影CTにおいて異常に太い腫瘍内血管が認められたため、内視鏡治療で摘除することは極めて困難であると考えられたこと3.仮に10cm径の腫瘍と考えると、本件ESDの剥離面積は2cm径の腫瘍の25倍となること4.処置に長時間かかり、剥離に伴う出血量も多くなることが予想されること5.静脈麻酔下の長時間の治療に患者が身体的に耐えられるかは厳しい状況であったと考えられる6.たとえESDで腫瘍を切除することができたとしても、(ⅰ)切除後に広範囲の潰瘍が生じること、(ⅱ)術後に遅発性の穿孔や出血が生じる危険性が高く、潰瘍が瘢痕化し、狭窄する可能性もあること、(ⅲ)蠕動運動の回復にもかなり時間がかかること等から考えると必ずしも開腹手術と比べて低侵襲とは限らないこと患者の同意は、「侵襲的な医療行為の許可」と「治療方法の選択の自己決定権の尊重」にある。このため、治療法の選択については、説明内容を理解した上での患者の同意があれば、他の治療法を選択しなかったことについての責任を負うことにはならない。しかし、患者が選択した診療を行った場合でも、その後の診療行為にミスがあった場合(たとえば、患者が手術を受けると選択した場合に、その手術で手技ミスがあった場合など)、そのミスに起因する損害を賠償する責任が生じる。本件では、ESDを実施したことが患者の希望であるとしても、調査委員会の報告書が指摘しているようなリスクについてまで説明がなされていなかった模様であり、ESDを希望した患者の同意が、上記リスクを踏まえたものと言えないため、ESDを希望したのが患者の選択であっても免責がされなかったと考えられる。加えて、本件ESDの経過の中で、緊急開腹手術への移行や輸血の実施が速やかになされていないことが、被告病院の責任を認める実質的な理由となっていると思われる。医療者の視点本症例では、9~10cm大の胃腫瘍に対してESDが実施されましたが、裁判所は適応基準からの大幅な逸脱を理由に注意義務違反を認定しました。ESDの適応基準では潰瘍所見の有無に応じて2~3cmが1つの指標とされており、本症例の病変はこれを大幅に上回っています。また、術前CTで異常に太い腫瘍内血管が確認されていた点も、出血リスクの高さを示唆する重要な所見でした。この症例が示す重要な教訓は、患者の強い希望があっても、ガイドラインから大きく逸脱した治療は慎重に判断すべきということです。適応外治療を検討する際は、予想されるリスクを十分に評価し、患者・家族に対して具体的で詳細な説明を行う必要があります。とくに高齢患者では耐術能力の限界を考慮した判断が求められます。また、適応外治療を実施する場合は、より厳格な術中管理と迅速な方針変更の準備が不可欠です。本症例のように出血性ショックが発生した際の対応の遅れは、患者の予後に直結する重大な問題となり得ます。医師は患者の希望に応えたいという気持ちと医学的適応の冷静な判断のバランスを常に意識し、説明責任を果たした上で最善の医療を提供することが求められます。Take home message診療ガイドラインを大きく逸脱した治療行為については、患者の同意があっても注意義務違反とされる可能性がある。患者が選択した診療を行った場合でも、その後の診療行為にミスがあった場合、そのミスに起因する損害を賠償する責任が生じる。キーワードESD、適応外治療、ガイドライン、出血性ショック、高齢患者

4.

咳嗽・喀痰の診療GL改訂、新規治療薬の位置付けは?/日本呼吸器学会

 咳嗽・喀痰の診療ガイドラインが2019年版以来、約6年ぶりに全面改訂された。2025年4月に発刊された『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025』1)では、9つのクリニカル・クエスチョン(CQ)が設定され、初めてMindsに準拠したシステマティックレビューが実施された。今回設定されたCQには、難治性慢性咳嗽に対する新規治療薬ゲーファピキサントを含むP2X3受容体拮抗薬に関するCQも含まれている。また、本ガイドラインは、治療可能な特性を個々の患者ごとに見出して治療介入するという考え方である「treatable traits」がふんだんに盛り込まれていることも特徴である。第65回日本呼吸器学会学術講演会において、本ガイドラインに関するセッションが開催され、咳嗽セクションのポイントについては新実 彰男氏(大阪府済生会茨木病院/名古屋市立大学)が、喀痰セクションのポイントについては金子 猛氏(横浜市立大学大学院)が解説した。喘息の3病型を「喘息性咳嗽」に統一、GERDの治療にP-CABとアルギン酸追加 咳嗽の治療薬について、「咳嗽治療薬の分類」の表(p.38、表2)が追加され、末梢性鎮咳薬としてP2X3受容体拮抗薬が一番上に記載された。また、中枢性と末梢性をまたぐ形で、ニューロモデュレーター(オピオイド、ガバペンチン、プレガバリン、アミトリプチリンが含まれるが、保険適用はモルヒネのみ)が記載された。さらに、今回からは疾患特異的治療薬に関する表も追加された(p.38、表3)。咳喘息について、前版では気管支拡張薬を用いることが記載されていたが、改訂版の疾患特異的治療薬に関する表では、β2刺激薬とロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)が記載された。なお、抗コリン薬が含まれていない理由について、新実氏は「抗コリン薬は急性ウイルス感染や感染後の咳症状などに効果があるというエビデンスもあり、咳喘息に特異的ではないためここには記載していない」と述べた。 咳症状の観点による喘息の3病型として、典型的喘息、咳優位型喘息、咳喘息という分類がなされてきた。しかし、この3病型には共通点や連続性が存在し、基本的な治療方針も変わらないことから、1つにまとめ「喘息性咳嗽」という名称を用いることとなった。ただし、狭義の慢性咳嗽には典型的喘息、咳優位型喘息を含まないという歴史的背景があり、咳だけを呈する喘息患者の存在が非専門医に認識されるためには「咳喘息」という名称が有用であるため、フローチャートでの記載や診断基準は残している。 咳喘息の診断基準について、今回の改訂では3週間未満の急性咳嗽では安易な診断により過剰治療にならないように注意することや、β2刺激薬は咳喘息でも無効の場合があるため留意すべきことが記されている。後者について新実氏は「β2刺激薬に効果がみられない場合は咳喘息を否定するという考えが見受けられるため、注意喚起として記載している」と指摘した。 喘息性咳嗽について、前版では軽症例には中用量の吸入ステロイド薬(ICS)単剤で治療することが記載されていたが、喘息治療においてはICS/長時間作用性β2刺激薬(LABA)が基本となるため、本ガイドラインでも中用量ICS/LABAを基本とすることが記載された。ただし、ICS+長時間作用性抗コリン薬(LAMA)やICS+LTRA、中用量ICS単剤も選択可能であることが記載された。また、本ガイドラインの特徴であるtreatable traitsを考慮しながら治療を行うことも明記されている。 胃食道逆流症(GERD)については、GERDを疑うポイントとしてFSSG(Fスケール)スコア7点以上、HARQ(ハル気道逆流質問票)スコア13点以上が追加された。また、治療についてはカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)とアルギン酸が追加されたほか、treatable traitsへの対応を十分に行わないと改善しにくいことも記載されている。難治性慢性咳嗽に対する唯一の治療薬ゲーファピキサント 難治性慢性咳嗽は、治療抵抗性慢性咳嗽(Refractory Chronic Cough:RCC)、原因不明慢性咳嗽(Unexplained Chronic Cough:UCC)からなることが記されている。本邦では、RCC/UCCに適応のある唯一の治療薬が、選択的P2X3受容体拮抗薬のゲーファピキサントである。本ガイドラインでは、RCC/UCCに対するP2X3受容体拮抗薬に関するCQが設定され、システマティックレビューの結果、ゲーファピキサントはLCQ(レスター咳質問票)合計スコア、咳VASスコア、24時間咳嗽頻度を低下させることが示された。ガイドライン作成委員の投票の結果、使用を弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])こととなった。 慢性咳嗽のtreatable traitsとして、気道疾患、GERD、慢性鼻副鼻腔炎などの12項目が挙げられている。このなかの1つとして、咳過敏症も記載されている。慢性咳嗽患者の多くはtreatable traitsとしての咳過敏症も有しており、このことを見過ごして行われる原因疾患のみの治療は、しばしば不成功に終わることが強調されている。新実氏は「原因疾患に対する治療をしたうえで、P2X3受容体拮抗薬により咳過敏症を抑えることで咳嗽をコントロールできる患者も実際にいるため、理にかなっているのではないかと考えている」と述べた。国内の専門施設では血痰・喀血の原因は年齢によって大きく異なる 前版のガイドラインは、世界初の喀痰診療に関するガイドラインとして作成されたが、6年ぶりの改訂となる本ガイドラインも世界唯一のガイドラインであると金子氏は述べる。 喀痰に関するエビデンスは少なく、前版の作成時には、とくに国内のデータが不足していた。そこで、本ガイドラインの改訂に向けてエビデンス創出のために多施設共同研究を3研究実施し(1:血痰と喀血の原因疾患、2:膿性痰の色調と臨床背景、3:急性気管支炎に対する抗菌薬使用実態)、血痰と喀血の原因疾患に関する研究の成果が英語論文として2件報告されたことから、それらのデータが追加された。 血痰と喀血の原因疾患として、前版では英国のプライマリケアのデータが引用されていた。このデータは海外データかつプライマリケアのデータということで、本邦の呼吸器専門施設で遭遇する疾患とは異なる可能性が考えられていた。そこで、国内において呼吸器専門施設での原因を検討するとともに、プライマリケアでの原因も調査した。 本邦での調査の結果、プライマリケアでの血痰と喀血の原因疾患の上位4疾患は急性気管支炎(39%)、急性上気道感染(15%)、気管支拡張症(13%)、COPD(7.8%)であり2)、英国のプライマリケアのデータ(1位:急性上気道感染[35%]、2位:急性下気道感染[29%]、3位:気管支喘息[10%]、4位:COPD[8%])と上位2疾患は急性気道感染という点、4位がCOPDという点で類似していた。 一方、本邦の呼吸器専門施設での血痰と喀血の原因疾患の上位3疾患は、気管支拡張症(18%)、原発性肺がん(17%)、非結核性抗酸菌(NTM)症(16%)であり、プライマリケアでの原因疾患とは異なっていた。また「呼吸器専門施設では年齢によって、原因疾患が大きく異なることも重要である」と金子氏は指摘する。たとえば、20代では細菌性肺炎が多く、30代では上・下気道感染、気管支拡張症が約半数を占め、40~60代では肺がんが多くなっていた。70代以降では肺がんは1位にはならず、70代はNTM症、80代では気管支拡張症、90代では細菌性肺炎が最も多かった3)。また、80代以降では結核が上位にあがって来ることも注意が必要であると金子氏は指摘した。近年注目される中枢気道の粘液栓 最近のトピックとして、閉塞性肺疾患における気道粘液栓が取り上げられている。米国の重症喘息を対象としたコホート研究「Severe Asthma Research program」において、中枢気道の粘液栓が多発していることが2018年に報告され、その後COPDでも同様な病態があることも示されたことから注目を集めている。粘液栓形成の程度は粘液栓スコアとして評価され、著明な気流閉塞、増悪頻度の増加、重症化や予後不良などと関連していることも報告されており、バイオマーカーとして期待されている。ただし、課題も存在すると金子氏は指摘する。「評価にはMDCT(multidetector row CT)を用いて、一つひとつの気管支をみていく必要があり、現場に普及させるのは困難である。そのため、現在はAIを用いて粘液スコアを評価するなど、さまざまな試みがなされている」と、課題や今後の期待を述べた。CQのまとめ 本ガイドラインにおけるCQは以下のとおり。詳細はガイドラインを参照されたい。【CQ一覧】<咳嗽>CQ1:ICSを慢性咳嗽患者に使用すべきか慢性咳嗽患者に対してICSを使用しないことを弱く推奨する(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ2:プロトンポンプ阻害薬(PPI)をGERDによる咳嗽患者に推奨するかGERDによる咳嗽患者にPPIを弱く推奨する(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ3-1:抗コリン薬は感染後咳嗽に有効か感染後咳嗽に吸入抗コリン薬を勧めるだけの根拠が明確ではない(推奨度決定不能)(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ3-2:抗コリン薬は喘息による咳嗽に有効か喘息による咳嗽に吸入抗コリン薬を弱く推奨する(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ4:P2X3受容体拮抗薬はRefractory Chronic Cough/Unexplained Chronic Coughに有効かP2X3受容体拮抗薬はRefractory Chronic Cough/Unexplained Chronic Coughに有効であり、使用を弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])<喀痰>CQ5:COPDの安定期治療において喀痰調整薬は推奨されるかCOPDの安定期治療において喀痰調整薬の投与を弱く推奨する(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ6:COPDの安定期治療においてマクロライド少量長期投与は有効かCOPDの安定期治療においてマクロライド少量長期投与することを弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])CQ7:喘息の安定期治療においてマクロライド少量長期療法は推奨されるか喘息の安定期治療においてマクロライド少量長期療法の推奨度決定不能である(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ8:気管支拡張症(BE)に対してマクロライド少量長期療法は推奨されるかBEに対してマクロライド少量長期療法を強く推奨する(エビデンスの確実性:A[強い])

5.

小児の採血・ルート確保【すぐに使える小児診療のヒント】第1回

小児の採血・ルート確保はじめまして。東京都立小児総合医療センターの吉井 れのと申します。皆さんは、子供の診察はお好きですか? 「子供は何を考えているかわからない」「どう接してよいのか、関係の作り方がわからない」「保護者と話すのが苦手でコワイ」「なんとなくちょっと…」など、苦手意識のある先生もいらっしゃると思いますが、診察しなくてはならない機会が突然訪れるかもしれません。このコラムでは、小児診療のポイントに加えて、保護者や子供との関わり方のコツもお伝えします。ぜひ、診療の場面での子供との出会いを楽しんでいただけると幸いです。今回は、他科や初期研修の先生からよくご相談いただく「小児の採血・ルート確保」について解説します。症例3歳、男児2日前からの発熱と嘔吐を主訴に受診。母親が「しんどそうで全然ご飯が食べられないんです! 先生、点滴してください!」と強く訴える。点滴の適応かどうかを確認そもそもこの子に点滴は必要でしょうか? まずは必要性の評価をしましょう。たとえば、体重減少や飲水の程度を参考にします。体重減少なし、飲水可、活気も保たれている → 点滴不要10%の体重減少があり、飲水不可、ぐったりしている → 点滴必要点滴は侵襲を伴う手技であることを忘れず、保護者の希望があるからといって安易に実施すべきではありません。必ず目の前にいる小児の状況や所見から判断しましょう。採血・ルートの確保小児の採血やルート確保は奥深いものです。患児の年齢や体格、性格、基礎疾患などによって「やりやすさ」は変わります。ここでは、一般的な小児に対する採血・ルート確保の手順についてコツを交えて解説します。成人への手技とは異なる部分がありますが、よくイメージして準備することが成功のカギです。「ポタポタ」採血乳幼児は肘窩の皮下脂肪が厚くて静脈を触知することが難しく、血管が細いことからも、手背の静脈を穿刺することが多いです。手背の静脈トランスイルミネーター(イーエスユー有限責任事業組合ホームページより)利き手ではない手で患児の手背を収めるように把持しつつ、皮膚を牽引して適度な圧をかけて23G注射針で穿刺をします。そして、針から滴る血液を、蓋を開けた採血管に直接採取します。これが、いわゆる「ポタポタ採血」です。点滴が留置できないような末梢の血管でも、血管に針先が当たりさえすれば容易に採血できるため、重宝する手段です。トランスイルミネーター(写真)は、小児の手に握らせると赤色の強い光で静脈を透過させ、細い血管も見えやすくなります。手がぷにぷにとして血管が同定しづらい1~3歳の小児ではとくに有用です。ルート確保採血と異なる点もありますが、ルート確保も基本は同じです。まずは、利き手ではない手で患児の手背を把持します。親指と人差し指で作った「C字」の空間に、患児の手背をはめ込むようなイメージです。親指を手前(できれば患児のMP関節より遠位)にしっかりと固定します。これは、(1)刺入部となる皮膚を張るため、(2)カニュレーションの際に自身の親指が邪魔にならないためです。血管が虚脱しないよう適度なテンションに調整しましょう。トランスイルミネーターを握っている患児の手を把持穿刺の前に消毒をして、留置針と穿刺部位の確認をします。ベベルの向きは正しいか外筒と内筒の差は何mmか(ジェルコ:2mm)選択した血管は留置する長さの分まっすぐに伸びているか穿刺の瞬間はためらわないことが大切です。小児の血管は、ぷちっと貫いたのがわかるくらい弾力があるため、血管にあたるまでゆっくり進めるよりは、スパッと貫くほうがよいでしょう。また、小児は今か今かと「チックンの瞬間」をうかがっています。どんなに押さえていたとしても、痛みを感じた瞬間に手を引いてしまいます。穿刺をためらうと、狙っていた場所と異なる場所を刺してしまったり、針先が当たっただけで抜けてしまい、もう一度刺さなければならなくなったりします。針先が血管に当たって逆血を確認したら、一度心を落ち着けましょう。私は深呼吸しています。針全体を水平近くまでしっかりと寝かせ、ほんの数mm(外筒と内筒の差分)だけ進めます。逆血が来ていることを確認し、人差し指を外筒のツマミに添えて、スッと外筒だけを進めて留置してください。先端が弁に引っかかり外筒が進みにくいことがありますが、内筒を抜いた状態で、外筒を優しく回すと進む場合が多いです。留置針留置後は、固定が終わるまで絶対に手を離さないでください。やっとの思いで取ったルートが、ホッと一息ついた瞬間に抜けてしまうことほど悲しいことはありません。重要なのは「準備」小児の採血・ルート確保は、血管が細く、穿刺できる部位が限られる小児が手技に協力してくれることが少ない一度応じてくれたとしても、失敗して再トライとなると嫌がってしまう(当然!)といった理由から、チャンスが限られます。この1回のチャンスをモノにするために最も大切なことは、センスでもコツでもなく、「準備」です。人員(少なくとも2人)アルコール綿直針(23G)採血スピッツ(ふたを外して準備)、毛細管防水シーツ手袋駆血帯トランスイルミネーター針捨てボックスガーゼ、止血用保護テープ<ルート確保の場合>留置針(24G ジェルコなど)点滴固定テープ(テガダームなど)シリンジ固定用シーネ など小児の採血・ルート確保グッズ利き手ではない手は、患児の手(または足)を把持するのに集中し、一度固定したら離さない気持ちで臨みます。基本的には採血の手技が片手操作となるため、すぐに手が届き操作しやすい場所に物品を準備しておくことが重要となります。いざ血管に針が当たり、逆血が勢いよくポタポタと出ているけれど、スピッツの蓋が外せなくてアタフタ…介助者も小児を抑えるのに必死で手が離せず、「誰か助けて!看護師さ~ん!」なんてことがないように。小児の採血やルート確保が上手な人は、往々にして「準備万端な人」といえるでしょう。今回は、小児の採血・ルート確保について紹介しました。特別な技術を必要とする部分は意外と少ないことがおわかりいただけたのではないでしょうか。小児診療では、患児や保護者にいかに処置に前向きになってもらうかを諦めない姿勢も重要です。次回は「処置の際の小児・保護者との関わり方」についてお話します。

6.

兵庫医科大学 呼吸器・血液内科学(血液)【大学医局紹介~がん診療編】

吉原 哲 氏(教授)吉原 享子 氏(臨床講師)寺本 昌弘 氏(助教)熊本 友子 氏(レジデント)講座の基本情報医局独自の取り組み・特徴私たちの医局のモットーは、すべての血液疾患の患者さんに最良の治療を提供することです。血液疾患には、白血病、リンパ腫、骨髄腫といった造血器腫瘍のほか、血友病、凝固異常症といった出血性疾患があります。兵庫医大には、ハプロ移植やCAR-T療法のイメージが強いかもしれませんが、血友病やHIVの診療施設としても関西での重要な拠点となっています。地域のがん診療における医局の役割兵庫県の特徴は、大学の系列などに関係なく、各病院間の血液内科医の横のネットワークが非常に強いことです。その結果として、兵庫県内の多数の病院から移植やCAR-T症例のご紹介をいただいています。また、ハプロ移植やCAR-T療法については、県外からも多数の患者さんをご紹介いただいています。医師の育成方針まずは血液内科医として、どんな疾患でもひととおり診られるようになってもらいたいと考えています。実際、白血病から血友病まで非常に症例数が多いですので、化学療法だけでなく移植やCAR-T療法、そして血友病等の治療についても効率的に研修可能です。その後は専門性を高めていってもらうことになりますが、その際には医師それぞれのライフプランに合わせて無理のない働き方をして欲しいと考えています。子育てをしながら働く女性医師も多いため、女性医師にとって相談しやすい環境だと思います。同医局でのがん診療のやりがい、魅力私たちの医局でのがん診療チームは、白血病、悪性リンパ腫、骨髄腫といった疾患に対し、化学療法のみならず、同種造血幹細胞移植やCAR‐T療法など、最先端の治療法を幅広く実施しています。日々進歩していく血液内科診療の劇的な変化を肌で感じることができ、また大学病院ならではの高度な医療現場で、他院では診断が困難な症例や治療が難しいケースも積極的に受け入れており、その度に多くの発見とやりがいを感じる毎日です。医局の雰囲気少人数制のチーム体制で、アットホームな雰囲気です。タスクシフトを積極的に取り入れ、一人ひとりが豊富な症例経験を積み自らの専門性を高めていけるよう支援しています。さらに、当医局には出産後も現場で活躍している女性医師たちが多数在籍しています。私自身は2人の子育て中でもありますが、自身の経験より家庭と仕事の両立の困難さを誰よりも理解しているつもりです。そのような若手医師たちを支援するため、各医師のライフプランに合わせた柔軟なサポート体制を整えるよう尽力しています。医学部生/初期研修医へのメッセージ医学部生/初期研修医の皆さまが、当医局で最先端の医療技術と充実した臨床経験を学びながら、自身の成長と挑戦を続けていただけることを心より願っております。ぜひ一緒に働きましょう!力を入れている治療/研究テーマ兵庫医科大学病院 血液内科(当科)では血液疾患に対するさまざまな研究に取り組んでいますが、これまでとくに力を入れてきた研究テーマの1つに、血液がんに対する同種造血幹細胞移植(同種移植)があります。私自身はこれまで、同種移植後の副作用を抑えるための、免疫抑制剤の投与方法に関する研究や、同種移植を受けた患者さんの生存率に影響を与えるリスク因子の解析を行ってきました。また、白血病の治療ターゲットとなるような分子標的を見つけるための基礎研究にも取り組み、新しい治療薬の開発を目指しています。さらに、当科ではキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)に関する基礎研究も開始しており、より効果的な細胞療法を実現するために頑張っています。医学生/初期研修医へのメッセージ当科では、同種移植やCAR-T療法を含めた細胞治療の分野はもちろん、血液学に関する臨床研究、基礎研究の両方に挑戦できる環境が整っています。研究に興味がある方は、ぜひ気軽にご相談ください。一緒に新しい治療法を探していきましょう。これまでの経歴もともと2008年に筑波大学を卒業しましたが、その後海外でスポーツ活動に取り組んでいました。海外にいる頃に医師になりたいと奮起、2013年に兵庫医科大学に入学し、2019年に卒業、同大学で初期研修を行い血液内科に入局しました。1年半、外病院で一般内科・一般血液を学び今は大学で血液内科医として日々勉強しています。同医局を選んだ理由学生の頃から血液内科に入局しようと思っていましたが、兵庫医科大学病院は西日本でも有数の移植施設で、今ではCAR-T療法なども含め、大学でしかできない治療がたくさんあることと、腫瘍とは別にHIVや血友病など専門の先生がいることも大きな理由です。また、どんなに忙しくても質問すると上級医の先生は優しく丁寧に教えて下さったことも理由の1つです。最初の頃は勿論、今でも分からないことは沢山ありますし、自分の行為が患者様の命にも関わる仕事ゆえ、どんな些細なことでも気がねなく何でも聞ける医局の雰囲気、指導体制は大事だと思います。現在学んでいることCAR-T療法、臍帯血移植、ハプロ移植など、市中病院ではなかなか経験できない症例をたくさん受け持っております。一方で、市中病院でも診ることの多いITPやリンパ腫の症例も多数あります。血液疾患は新規薬剤やガイドラインについても年々アップデートが必要ですが、症例が多数あるため知識だけではなく実症例として経験することができます。今後のキャリアプラン出産・育児を挟んだこともあり、目の前の目標は内科専門医の取得です。兵庫医科大学 呼吸器・血液内科学(血液)住所〒663-850 兵庫県西宮市武庫川町1-1問い合わせ先ketsueki@hyo-med.ac.jp医局ホームページ兵庫医科大学 血液内科教室専門医取得実績のある学会日本内科学会日本血液学会日本造血・免疫細胞療法学会(認定医)日本輸血・細胞治療学会(認定医)日本再生医療学会(認定医)研修プログラムの特徴(1)造血器腫瘍だけでなく血栓・止血やHIV診療も研修可能(2)子育てなどライフプランに合わせた柔軟なサポート体制を整えている(3)造血細胞移植やCAR-T療法など最新の治療を経験できる

7.

トラネキサム酸による産後の致命的な出血予防効果は大出血診断前でも有効―IPD meta-analysis(解説:前田裕斗氏)

 トラネキサム酸(TXA)は線溶系を抑制する薬剤であり、出血量の減少や止血効果が期待される。既存研究において「臨床的に診断された産後出血」に対するTXA投与で死亡率を減らす効果を示しており、WHOも出血発生後の使用を推奨している。しかし「出血が起こる前からの予防投与」に関しては、十分に結論が得られていなかった。本研究は、トラネキサム酸の死亡または重大な外科的介入を要する産後大出血に対する予防効果をみた無作為化比較試験(RCT)のメタアナリシスである。 本研究の手法であるindividual patient data(IPD) meta-analysisとは、要するに公表されている集計データ(治療群と対照群の平均値・標準偏差・サンプルサイズなど)をまとめたものではなく、各研究に参加した個々の被験者の生データ(個人レベルのデータ)を収集し、それらを統合して解析を行う手法である。これにより、より精度の高い解析を行うことができる。さらにTXA vs.プラセボの効果をみたRCTのみを組み入れることで、より質の高い研究となっている。 主な結果として、TXA群はプラセボ群と比べて、致命的な出血発生率が有意に減少(オッズ比:0.77、95%信頼区間:0.63~0.93)し、分娩様式や貧血の有無、投与タイミング(産後出血の診断前後)による有意な治療効果の差はみられなかった。また、血栓性の合併症について2群で有意差は認められなかった。この結果は全妊婦にTXAの予防投与を行うことで致命的な出血を予防できる可能性を示唆しているが、出血の発生頻度が低いことを考えると、必ずしも費用対効果や副作用の点で優れているとは限らず、今後どんな群にTXAを投与するのが適切かの検討が必要である。 臨床現場への適応については、有害事象に乏しいこともあり、今後日本でも出血ハイリスク群に対して臍帯クランプをした時点から落とし始める施設が増えるかもしれない。一方、本研究で組み入れられたRCTは、ほとんどが低中所得国で行われたものであることを考えると、日本で同様の結果が得られるかどうかは議論の余地があり、今後日本で蓄積されたデータの解析が待たれるだろう。

8.

救急隊員によるnerinetideの入院前静注は脳虚血患者に有効か?(解説:内山真一郎氏)

 ESCAPE-NA1試験では、nerinetideが血栓溶解療法後の患者には効果がなかったのは、血栓溶解薬により産生されたプラスミンがnerinetideを分解して不活化してしまうためと考えられたことから、ESCAPE-NEXT試験では血栓溶解療法との併用は検討されなかった。 一方、FRONTIER試験では、病院に到着して血栓溶解療法が行われる前にnerinetideが投与されたので、神経保護と血栓溶解による再灌流の相乗効果が期待された。このアプローチは、発症から治療開始までの時間が短い利点があるが、脳梗塞以外に脳出血、TIA、脳卒中と紛らわしい疾患が混入する欠点もある。 nerinetideは、脳卒中が疑われるすべての患者に有効であるとはいえなかったが、最も効果があったのは血栓溶解療法を受けた症例であり、ターゲットとなる急性期脳梗塞患者には再灌流治療との併用療法として有益であると思われる。今後の臨床試験では、神経保護薬は動脈再開通前の虚血進行中の早期投与がとくに効果があるという仮説を検証すべきである。FRONTIER試験の結果は、血管内治療が可能な脳卒中センターの近くにいない患者に有用な戦略であることを支持している。

9.

脳保護薬nerinetideは血栓溶解療法を行わない血栓除去術施行患者に有効か?(解説:内山真一郎氏)

 nerinetideは、急性期虚血性脳卒中の前臨床モデルで多くの研究が行われてきたイコサペプチドであり、再灌流療法前の脳損傷の進行を阻止することによる転帰改善効果が期待されている。nerinetide投与前にアルテプラーゼ治療を受けなかった患者では効果があり、受けた患者では効果がなかったが、アルテプラーゼの先行投与により産生されるプラスミンがnerinetideを分解して不活化してしまうためであると考えられている。 ESCAPE-NEXT試験は、nerinetideが有効だったESCAPE-NA1試験のアルテプラーゼ無投与群の結果を再現するためにデザインされた。結果は、事前に血栓溶解療法を行わなかった、発症後12時間を過ぎた血管内血栓除去術を施行した患者においてnerinetideの効果は観察されなかった。中立的な結果に終わった理由としては、脳卒中ケアの経時的変貌、治療時間枠の遅さ、COVID-19流行の影響、年齢の高さ、薬剤投与と再灌流の間のインターバルの短さが挙げられている。 血管内治療は、脳保護療法の理想的な唯一の患者選択肢とはいえないのかもしれない。同時に行われたFRONTIER試験の統合解析が待たれるが、脳保護療法の未来には今後も多くの紆余曲折がありそうである。

10.

再発高リスクのVTE患者、DOACは減量可能か?/Lancet

 再発リスクが高く長期の抗凝固療法が必要な静脈血栓塞栓症(VTE)患者において、直接経口抗凝固薬(DOAC)の減量投与は全量投与に対して、非劣性基準を満たさなかった。しかしながら両投与群ともVTEの再発率は低く、減量投与群のほうが臨床的に重要な出血が大幅に減少し、減量投与は治療選択肢として支持可能なことが示されたという。フランス・Centre Hospitalier Universitaire BrestのFrancis Couturaud氏らRENOVE Investigatorsが、多施設共同無作為化非盲検エンドポイント盲検化非劣性試験「RENOVE試験」の結果を報告した。再発リスクが高くDOACの長期投与が適応のVTE患者において、その最適な投与量は明らかになっていなかった。結果を踏まえて著者は、「さらなる試験を行い、抗凝固薬の減量投与をすべきではないサブグループを特定する必要があるだろう」と述べている。Lancet誌2025年3月1日号掲載の報告。減量投与群vs.全量投与群、症候性VTEの再発を評価 RENOVE試験は、フランスの47病院で行われた。急性症候性VTE(肺塞栓症または近位深部静脈血栓症)を呈し、長期の抗凝固薬療法が適応で連続6~24ヵ月の抗凝固薬全量投与を受けた18歳以上の外来患者を適格とした。適格患者は、初発の特発性VTE、再発VTE、持続性リスク因子の存在、その他の再発リスクが高いと考えられる臨床的状態のいずれかに分類された。 被験者は、双方向ウェブ応答システムを用いた中央無作為化法により、減量投与群(アピキサバン2.5mgを1日2回またはリバーロキサバン10mgを1日1回)または全量投与群(アピキサバン5mgを1日2回またはリバーロキサバン20mgを1日1回)に、無作為に1対1の割合で割り付けられた。コンピュータ乱数生成ジェネレーターを用いたシーケンス生成法でブロックサイズの差異のバランスを取り、無作為化では試験施設、DOACの種類、抗血小板薬による層別化を行った。試験担当医師および被験者は治療割り付けを盲検化されなかった。VTEの再発、臨床的に重要な出血、全死因死亡は治療割り付けを盲検化された独立委員会によって判定された。 主要アウトカムは、治療期間中に判定された症候性VTEの再発(致死的または非致死的な肺塞栓症もしくは孤立性の近位深部静脈血栓症などを含む)であった(非劣性マージンは、ハザード比[HR]の95%信頼区間[CI]の上限が1.7、検出力90%に設定)。重要な副次アウトカムは、治療期間中に判定された重大な出血(国際血栓止血学会[ISTH]の基準に従い定義)または臨床的に重要な非重大出血、および治療期間中に判定されたVTEの再発、重大な出血または臨床的に重要な非重大出血の複合とした。主要アウトカムと最初の2つの副次アウトカムは、階層的に評価した。VTEの5年累積発生率は減量投与群2.2%、全量投与群1.8%で非劣性は認められず 2017年11月2日~2022年7月6日に2,768例が登録され、減量投与群(1,383例)または全量投与群(1,385例)に無作為化された。970例(35.0%)が女性、1,797例(65.0%)が男性で、1例(<0.1%)は性別が報告されていなかった。追跡期間中央値は37.1ヵ月(四分位範囲[IQR]:24.0~48.3)。 症候性VTEの再発は、減量投与群で19/1,383例(5年累積発生率2.2%[95%CI:1.1~3.3])、全量投与群で15/1,385例(1.8%[0.8~2.7])に報告された(補正後HR:1.32[95%CI:0.67~2.60]、絶対群間差:0.40%[95%CI:-1.05~1.85]、非劣性のp=0.23)。 重大または臨床的に重要な出血は、減量投与群で96/1,383例(5年累積発生率9.9%[95%CI:7.7~12.1])、全量投与群で154/1,385例(15.2%[12.8~17.6])に報告された(補正後HR:0.61[95%CI:0.48~0.79])。 有害事象の発現は、減量投与群で1,136/1,383例(82.1%)、全量投与群で1,150/1,385例(83.0%)に報告された。Grade3~5の重篤な有害事象の発現はそれぞれ374/1,383例(27.0%)、420/1,385例(30.3%)であった。試験期間中の死亡はそれぞれ35/1,383例(5年累積死亡率4.3%[95%CI:2.6~6.0])、54/1,385例(6.1%[4.3~8.0])であった。

11.

とくに注意すべき血液検査のパニック値とは?死亡事例の分析と提言~医療安全調査機構

 日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)は、血液検査パニック値が関与していた死亡事例の分析を実施し、事故防止のための提言(医療事故の再発防止に向けた提言 第20号)を公表した(2024年12月)1)。パニック値とは「生命が危ぶまれるほど危険な状態にあることを示唆する異常値」とされ、緊急異常値や緊急報告検査値などとも呼ばれる。今回、死亡に至った過程で血液検査パニック値が関与していた12事例が分析対象とされ、分析を基に5つの提言が示された。 今回の提言では、医療事故調査・支援センターに届けられた医療事故報告(2015年10月~2023年8月)のうち院内調査結果報告書2,432件の中から、死亡に至った過程で血液検査パニック値が関与していた17例を抽出。パニック値は検査項目や閾値が医療機関により異なるため、今回の分析では、日本臨床検査医学会『臨床検査「パニック値」運用に関する提言書(2024年改定版)』2)で示された“パニック値の例”(今回の提言書では資料1として掲載、32の検査項目のパニック値の例が示されている)に該当した9例と、医療機関内で設定されていたパニック値に該当していた事例3例の計12例を対象としている。その他の5例は化学療法前の検査値に関連した2例と、パニック値の項目として取り扱うか議論があるD-dimerに関連する3例で、今回の分析では参考事例とされている。 12例中、カリウム(K)がパニック値として検出された事例は5例あり、4例で致死的な不整脈の出現を認めた。また、プロトロンビン時間-国際標準比(PT-INR)がパニック値であった事例は2例あり、脳出血に至っていた。 5つの提言は以下の通り。提言1(パニック値の項目と閾値の設定):医療機関は、診療状況に応じてパニック値の項目(グルコース[Glu]、K、ヘモグロビン[Hb]、血小板[Plt]、PT-INRなど)と閾値を検討し、設定する。※今回の提言書では、日本臨床検査医学会『臨床検査「パニック値」運用に関する提言書(2024年改定版)』2)からパニック値の例を示しており、上記とくに優先して設定することが望ましいとした5項目については、以下の数値が例示されている。Glu:低値50mg/dL、高値350mg/dL(外来)・500mg/dL(入院)K:低値1.5mmol/L、高値7.0mmol/LHb:低値5g/dL、高値20g/dLPlt:低値3万/μL、高値100万/μLINR:高値2.0(ワルファリン治療時は4.0)提言2(パニック値の報告):パニック値は、臨床検査技師から検査をオーダーした医師へ直接報告することを原則とする。また、臨床検査部門は報告漏れを防ぐため報告したことの履歴を残す。提言3(パニック値への対応):パニック値を報告された医師は、速やかにパニック値への対応を行い、記録する。また、医師がパニック値へ対応したことを組織として確認する方策を検討することが望まれる。提言4(パニック値の表示):パニック値の見落としを防ぐため、臨床検査情報システム・電子カルテ・検査結果報告書において、一目で「パニック値」であることがわかる表示を検討する。提言5(パニック値に関する院内の体制整備):パニック値に関する院内の運用を検討する担当者や担当部署の役割を明確にし、定期的に運用ルールを評価する体制を整備する。さらに、決定した運用ルールを院内で周知する。 提言書では、各事例の概要やパニック値検出時の対応フローのほか、D-dimerをパニック値項目として扱う際の課題などについてもまとめられている。

12.

脳梗塞治療は完全に心筋梗塞治療の後追い?(解説:後藤信哉氏)

 血栓溶解療法による心筋梗塞の予後改善効果を示す論文は、循環器領域にて大きなインパクトがあった。しかし、経皮的カテーテル治療(percutaneous coronary intervention:PCI)が標準治療となり、血栓溶解療法は標準治療とはならなかった。PCIをしても冠動脈内各所に血栓は残る。線溶療法にて血栓を取り切るほうが良いかも? との仮説は循環器領域でも生まれた。しかしPCIに線溶療法を追加すると、むしろ予後は悪化する場合が多かった。医師は線溶効果を期待して線溶薬を投与するが、ヒトの身体には恒常性維持機能がある。線溶が亢進して身体が出血方向に傾けば、血栓性が亢進して止血方向の作用も生まれる。現在は線溶薬による凝固系亢進メカニズムも詳しく理解されるようになった。 本研究では、カテーテル治療による残存血栓に対してウロキナーゼを投与する群と投与しない群を比較した。survival without disabilityを有効性の1次エンドポイントとしてランダム化比較試験を行った。結果として、ウロキナーゼの投与の有無による影響はないとされた。頭蓋内出血にも差がなかったので、懸念された出血合併症の増加は起きなかった。 脳梗塞治療は心筋梗塞治療を後追いして変化している。血栓溶解療法により予後が改善し、早期・確実な再灌流のためカテーテル治療が普及する。カテーテル治療に必須の抗血小板薬なども今後確立されるだろう。線溶療法は血行再建のツールであるがカテーテル治療の併用療法としての価値は少ない、など心筋梗塞治療と同様のコンセプトが近未来に確立されると思う。

13.

第246回 美容外科医献体写真をSNS投稿、“脳外科医竹田くん”のモデルが書類送検、年末の2つの出来事から考える医師のプロフェッショナル・オートノミー

示談が成立していてもトラブルが公になり、様々な社会的、経済的制裁を受ける時代こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。年末から年始にかけて世の中を騒がせている事件に、タレント、中居 正広氏による女性との間に起こった高額“解決金”トラブルがあります。週刊文春などの報道によれば、中居氏は2023年6月、テレビ局幹部(フジテレビのプロデューサーと報道されていますが、同局は否定しています)がセッティングした会食に参加するも、結果的に中居氏と女性(フジテレビのアナウンサーと報道されています)の2人きりで食事をする流れとなり、そこで女性は中居氏から「意に沿わない性的行為」を受けたとのことです、中居氏の代理人も「双方の間でトラブルがあったことは事実」だと認め、解決金として9,000万円ほどを支払ったとのことです。中居氏は1月9日に自身のウェブサイトで、「トラブルがあったことは事実です。そして、双方の代理人を通じて示談が成立し、解決していることも事実です。(中略)なお、示談が成立したことにより、今後の芸能活動についても支障なく続けられることになりました。また、このトラブルについては、当事者以外の者の関与といった事実はございません」とトラブルがあったことを認めるコメントを公表しました。「芸能活動についても支障なく続けられる」と本人側から言ってみたり、「当事者以外の者の関与はない」と付け加えたりと、多分に意味深なコメントと言えますが、昨年の松本 人志氏と同様、現場復帰は難航しそうです。それにしても、21世紀のテレビ局において、宴席で女子アナが“生贄”のように供されていたらしいという報道には「いつの時代の話だ」と呆れてしまいました。さらには、示談が成立しているにもかかわらずトラブルが公になり、さまざまな社会的、経済的制裁を受けることになったことにも驚きます。いろいろな意味で厳しい世の中になったものです。ということで、今回は年始年末に報道された医師に関する2つの社会部ネタの事件について取り上げたいと思います。「頭部がたくさん並んでいるよ」とする文言とともに献体の写真を投稿1つめは、東京美容外科を運営する医療法人社団東美会(東京都中央区)所属の女性医師(45歳)が、グアムで実施された解剖研修で撮影したという献体とみられる写真を投稿し大炎上、NHKをはじめ大手マスコミも報道する至った事件です。各紙報道等によれば、この医師は11月末にグアム大学で実施された解剖研修の様子をSNSとブログに投稿しました。「いざ Fresh cadaver(新鮮なご遺体)解剖しに行きます!」「頭部がたくさん並んでいるよ」とする文言とともに献体が並んでいる写真や、献体の前で集合しピースサインをする写真なども投稿されたとのことです。また、献体の写真の一部にはモザイクがかかっていなかったそうです。解剖研修は米・インディアナ大学が主催、グアム大学で実施する美容形成外科医解剖学研修コースでした。解剖実習に使われる献体は、ホルマリンなどで防腐処理した遺体が使われる日本と異なり、死後、時間があまり経過していない遺体が使われるため、研修費用は高額(一部報道によれば3,000ドル前後)にもかかわらず、日本からの参加者も多いとのことです。この投稿についてSNSでは「倫理観が欠如している」「不謹慎過ぎる」などと批判が相次ぎ大炎上、医師は12月23日までに投稿を削除しましたが、クリスマス直前に大ニュースとなってしまいました。一般社団法人・日本美容外科学会は12月28日までに公式サイトを更新、この件に関して「この度、一部の美容外科医師がご遺体の解剖に関して不適切な行動を取ったとの報道がなされました。このような行為は、医療従事者としての倫理観を著しく欠いたものであり、断じて容認できるものではありません。当該医師は日本美容外科学会(JSAPS)の会員ではありませんが、美容外科医としてその肩書を用いる以上、社会的責任を伴う行動が求められることを強調したいと思います」との声明を発表しています。なお東美会は12月27日、この医師を12月30日付で解任することを決定したと発表しました。この事件、「医師としてあるまじき行為」などと、アンプロフェッショナルな行動が非難されるのは当然と言えますが、私が思い起こしたのは、昨年11月の兵庫県知事選で斎藤 元彦知事を当選させる原動力となったSNS戦略をnoteなどで公開したPR会社の女性社長(33歳)です。言わなくてもいいことまでnoteで自慢気に公開してしまうところは、献体写真をSNSなどでアップしてしまった女性医師とも共通する、SNSにある意味毒された現代の若者の特性のようにも感じました。誤って神経を一部切断して患者に重い後遺障害を負わせたとして、執刀した医師を業務上過失傷害罪で在宅起訴もう一つは、いわゆる、漫画「脳外科医 竹田くん」のモデルとされる医師の書類送検です。地元紙、赤穂民報などの報道によりますと、兵庫県赤穂市の赤穂市民病院で行われた脳神経外科手術で2020年1月、業務上の注意義務を怠り、誤って神経を一部切断して患者に重い後遺障害を負わせたとして、神戸地検姫路支部は12月27日、執刀した医師、松井 宏樹被告(46)を業務上過失傷害罪で在宅起訴しました。手術で助手を務め、松井被告とともに今年7月に書類送検された上司の科長(60)は不起訴となりました。松井被告の認否は明らかになっていません。起訴状などによると、松井被告は2020年1月22日、脊柱管狭窄症と診断された女性患者(当時74歳)の手術を執刀しました。ドリルで腰椎を切削する際、止血を十分に行わず、術野の目視が困難な状態で漫然とドリルを作動して硬膜を損傷、さらにドリルに神経の一部を巻き込んで脊髄神経も切断し患者に全治不能の傷害を負わせた、などとしています。なお、この女性患者の実際の手術映像は、2024年11月19日に放送されたNHKのクローズアップ現代「“リピーター医師”の衝撃 病院で一体何が?」の回で放送され、医療関係者にも大きな衝撃を与えました。松井被告については、関わった手術のうち少なくとも8件で患者が死亡または後遺障害が残る医療事故が発生しており大きな問題となっていました。別の70代女性患者に対する手術で起こした医療事故でも業務上過失傷害容疑で書類送検されましたが、神戸地検姫路支部は2024年9月に不起訴としています。その手術に関しては、虚偽の医療事故報告書を作成したとして松井被告と科長、同僚医師が有印公文書偽造・同行使容疑で書類送検されましたが、12月27日に不起訴となっています。12月27日付の赤穂民報は、「時効(業務上過失傷害罪は5年)まで残り1ヵ月を切ったタイミングでの起訴に、検察幹部は『複数の専門医の意見を聴くなど慎重に捜査を進めた。結果の重大性などを鑑みて起訴の判断に至った』と語った」と書いています。また、女性患者の長女は自身のブログに、「二度と母のような医療被害者を生むことがないよう、執刀した医師を厳罰に処し、医療過誤を起こした医師が繰り返し手術したり不適切な診療を続けることのないよう、医道審議会には厳しい行政処分を下していただけますよう強く望みます」と綴っています。医師を法の裁きの場に出すには相当な覚悟と努力、そして時間がこの件については、本サイトのコラム「現場から木曜日」担当の倉原 優氏も取り上げ、「医療行為が刑事事件として問われるのは、明らかな注意義務違反や重大な過失がある場合に限られるのが一般的です。しかし、今回は地検側が手術映像を専門家に見てもらい検証した結果、刑事責任を問えると判断しました。このような形での起訴は珍しいケースですね」と書いています1)。私も本連載の「第173回 兵庫で起こった2つの“事件”を考察する(前編) 神戸徳洲会病院カテーテル事故と『脳外科医 竹田くん』」などで、“竹田くん”(結局“竹”は“松”だったわけですね、なるほど)について取り上げてきました。今回の書類送検のニュースを聞いて思ったのは、告発や報道がこれだけ以前から行われてきたにもかかわらず、よく警察や検察が動かなかったな、という点です。医師を法の裁きの場に出すには相当な覚悟と努力、そして時間がかかるようです。しかし一方で、前述した美容整形外科医による献体写真のSNSへの投稿は、法律に抵触しているわけでもないのに、“大炎上”しただけで所属していたクリニックを解雇され、瞬時に社会的制裁を受けることになりました。事件の重大さは大きく異なりますが、この違いは一体何なのでしょうか。身内を守ろうとする医師たちにプロフェッショナル・オートノミーは期待できないそれはおそらく、医師が医療行為で起こした瑕疵に対して、身内の医師たちは甘く、事を起こした医師をまず守ろうとする特性が影響していると考えられます。対して、献体写真の投稿は医療行為ではなく、医師個人の生活習慣に関することであり、自分に火の粉が降りかかることもないため、守ろうという意識は働きません。まったく同様のことを、「第199回 脳神経外科の度重なる医療過誤を黙殺してきた京都第一赤十字病院、背後にまたまたあの医大の影(前編)」、「第200回 同(後編)」で取り上げた、京都第一赤十字病院の脳神経外科の事故についても感じました。京都第一赤十字病院では、杜撰な手術に加え、過誤のもみ消しとも取れる行為を病院幹部が行っていたことに対し京都市保健所が立ち入り調査を行い、改善を求める行政指導を行っています。行政指導が行われたということは、病院内だけで(あるいは医師だけで)事故に正しく対応できず、過誤への対応法も改善できなかったことを意味します。今から4年前、三重大の臨床麻酔部の教授が逮捕されたときに、「第40回 三重大元教授逮捕で感じた医師の『プロフェッショナル・オートノミー』の脆弱さ」というタイトルで、医師のプロフェッショナル・オートノミー(専門職としての自律)がいかに頼りなく、脆弱なものかについて書きましたが、今となっては医師の世界でプロフェッショナル・オートノミーはほぼ機能しておらず、期待もできないということなのでしょう。医師の働き方改革が進めば、医師の技術の習得には今まで以上に時間がかかることになるでしょう。また、人口減、患者減で、そもそも医師が手術などの腕を磨く機会も激減していくでしょう。そうなれば、医療事故、医療過誤も頻発することになりそうです。プロフェッショナル・オートノミーが機能しない中での事故頻発は、新たな医療崩壊へとつながっていきそうです。日本の医療は今、そんなモダンホラーの世界のとば口に立っているような気がしてなりません。参考1)現場から木曜日 第129回 「脳外科医竹田くん」在宅起訴

14.

自壊創への対応【非専門医のための緩和ケアTips】第91回

自壊創への対応がん患者の緩和ケアでは、皮膚症状の対応が求められることもあります。中でもがん患者の「自壊創」は、経験がないと対応に苦慮することが多いでしょう。今回は、この自壊創の対応について考えます。今回の質問今度、訪問診療で新たに担当する乳がん患者がいます。紹介状では自壊創があり、訪問看護など定期的な創処置が必要とのことです。経験がないのですが、どのような対応や経過が想定されるのでしょうか?緩和ケアを実践していると、悪性腫瘍による自壊創を経験します。乳がんがその代表例ですが、ほかにも喉頭がんや子宮頸がんの患者さんもいました。腫瘍が増大して表層に露出した場合、そこが自壊創として難治性の潰瘍となります。ほかにも、頸部や鼠径部のリンパ節転移が増大して自壊創になったケースもありました。どのがん種でも、自壊創が引き起こす問題はある程度共通しています。出血、滲出液、そして悪臭です。そしてこれらは直接見えるため、患者本人や家族にとってつらい問題となります。私の経験では、滲出液や悪臭のために外出することすらできなくなってしまった患者さんもいました。このような創に対しては1)洗浄2)滲出液のドレッシング3)適切な薬剤の使用が基本的なアプローチとなります。自壊創は常にじわじわと滲出液が染み出しており、かつ創部には壊死組織があるため、定期的に洗浄することが有効です。そのうえで滲出液の多い部位に、吸水性のある被覆材でドレッシングします。創部が滲出液で湿ったままになると、そこが嫌気性菌などの繁殖源となり、悪臭が発生します。定期的な洗浄と適切なドレッシングで、まずはこれを阻止します。薬剤は疾患の状態によって使い分けますが、緩和ケアの面からは2つの軟膏について知っておくと良いでしょう。1)メトロニダゾール軟膏自壊創の悪臭は滲出液と壊死組織により繁殖した嫌気性菌が原因です。なので、嫌気性菌をカバーする抗菌薬であるメトロニダゾールを含む軟膏を創部に塗るというのは理にかなっていますよね。以前は薬剤部での製剤が必要でしたが、今はロゼックスゲルという製品が登場しており、そのまま使えて便利です。2)モーズ軟膏これは聞いたことがない方が多いかもしれません。塩化亜鉛による腐食作用により、自壊創のタンパク質を硬化することで効果を発揮します。化学的に熱傷をつくるような作用ですので、使用することで腫瘍塊も徐々に小さくなるケースも見られます。また圧迫で止血されない、じわじわとした出血を止める効果もあります。ただ、モーズ軟膏については、私は皮膚科の先生に対応をお願いしています。モーズ軟膏は刺激が非常に強く、正常皮膚に付くとその部位が化学的熱傷を起こしてしまいます。また、塩化亜鉛を溶かした軟膏の硬さは水分と亜鉛華デンプンの配合バランスで調節するのですが、これがなかなか難しく経験を要します。これらの理由から、使い慣れてない中で処置するのは危険もあるため、ぜひ専門の先生と相談しながら活用してください。今回のTips今回のTipsたまに遭遇する自壊創の対応、皮膚科の知識を身に付けて対応しましょう。

15.

第224回 入院できる医療機関が減少傾向 病院・有床診療所、2年間で332施設減/厚労省

<先週の動き>1.入院できる医療機関が減少傾向 病院・有床診療所、2年間で332施設減/厚労省2.赤穂市民病院、手術ミスで医師を在宅起訴 患者に重度の障害/神戸地検3.社会保障費が過去最大の38兆円超、高齢化と賃金上昇で増加/政府4.医療DX推進、標準型電子カルテの本格提供開始は2027年度に延期へ/政府5.社会保障改革と医療DXに向けた改革実行プログラムを策定/政府1.入院できる医療機関が減少傾向 病院・有床診療所、2年間で332施設減/厚労省入院可能な医療機関が減少傾向にあることが、厚生労働省の調査で明らかになった。2024年10月末時点の一般病院の数は6,999ヵ所と、1年前と比較し68ヵ所減少した。有床診療所も減少傾向が続き、2023年10月末~2024年10月末までの1年間で284ヵ所減少し、5,391ヵ所となった。2年前と比較し、病院と有床診療所を合わせて332ヵ所減少したことになる。病院の減少は、経営状況の悪化や医師不足、高齢化などが背景にあるとみられ、また、診療所の減少は、病院への統合や、無床診療所への転換などが要因と考えられている。有床診療所は、地域医療において重要な役割を担っており、入院患者の受け皿となるだけでなく、在宅医療や介護施設との連携など、地域包括ケアシステムにおいても重要な存在。しかし、有床診療所の経営状況は厳しく、2023年度の調査では、4割以上が赤字経営であることが明らかになっている。政府は、診療報酬改定などで有床診療所の経営支援を行っているが、減少傾向に歯止めがかかっていない状況。有床診療所の減少は、地域医療の提供体制に影響を与える可能性があり、今後の動向が注目される。参考1)医療施設動態調査[令和6年10月末概数](厚労省)2)一般病院7千カ所を割り込む、10月末概数 前年比68カ所減(CB news)3)物価高騰の影響、前年より「あり」227病院の65% 24年度上半期 福祉医療機構調べ(同)4)有床診療所はさらに減少し5,391施設に、2025年5月に7万床、26年3月に5,000施設を割る可能性大-医療施設動態調査[2024年10月末](Gem Med)2.赤穂市民病院、手術ミスで医師を在宅起訴 患者に重度の障害/神戸地検神戸地検姫路支部は12月27日、赤穂市民病院(兵庫県赤穂市)で2020年に行われた手術で、患者に重度の障害を負わせたとして、当時手術を担当した医師を業務上過失傷害罪で在宅起訴した。起訴状によると、医師は患者の腰椎を削る手術中、十分な止血を怠ったまま電動ドリルを操作し、脊髄神経を損傷した。その結果、患者は下半身に重い麻痺が残り、膀胱直腸障害も負った。地検姫路支部は、複数の専門家に手術の映像を確認してもらい、刑事責任を問えるだけの過失があると判断した模様。同院では、この医師が関わった手術で8件の医療事故が発生し、2人が死亡するなどしており、病院側は医療過誤を認めて謝罪した。医師は3年前に依願退職している。患者は、手術後に同院に対して損害賠償請求訴訟を起こし、病院側は医療過誤を認め、謝罪した。今回の在宅起訴を受け、患者の家族は「法廷で自分の過ちを素直に認めてほしい」と話している。参考1)“手術で患者に重い障害”担当医を在宅起訴 神戸地検姫路支部(NHK)2)赤穂市民病院で手術中、適切な処置怠り重度障害負わせる…医師を在宅起訴(読売新聞)3)兵庫の手術ミス、執刀医在宅起訴 業務上過失傷害罪で(日経新聞)3.社会保障費が過去最大の38兆円超、高齢化と賃金上昇で増加/政府政府は12月27日に、2025年度予算案を閣議決定した。一般会計総額は115兆円を超え、過去最大となった。その中で、医療や介護などの社会保障費は38兆2,778億円と、24年度から5,585億円増加し、過去最高を更新した。高齢化の進展に加え、賃金・物価上昇に伴う年金給付額の増加が主な要因。政府は、高額療養費制度の見直しや薬価の引き下げなどの歳出改革に取り組んでいるが、社会保障費の急速な伸びを抑えきれていない現状である。25年度の社会保障費は、高齢化による自然増に加え、年金給付額の増加や保育士などの賃上げなどが歳出増の要因となっている。一方、歳出抑制策としては、薬価の引き下げや高額療養費の見直しなどが盛り込まれた。薬価については、特許切れ新薬などを中心に引き下げる一方、物価高騰への配慮として最低薬価を引き上げるなどの措置も講じられているほか、高額療養費制度については、年収が多い人ほど自己負担の上限を引き上げる見直しが行われている。しかし、これらの抑制策だけでは、社会保障費の膨張を抑えることは難しく、さらなる改革が必要となっている。26年度には診療報酬改定が予定され、本体部分への切り込みや、医療・介護の自己負担の見直しなどが焦点となる。参考1)令和7年度予算案の概要(厚労省)2)社会保障費の抑制に腐心 「高額療養費」見直しで年1,600億円削減(朝日新聞)3)予算案115兆円決定 来年度 社保費膨張38兆円 過去最大(日経新聞)4)社会保障費最大の38.2兆円 製薬・高所得者負担で抑制 医療・介護、自己負担上げに反発強く(同)5)2025年度予算案で過去最高の社会保障費38兆円を閣議決定(日経メディカル)4.医療DX推進、標準型電子カルテの本格提供開始は2027年度に延期へ/政府政府は、国民の健康増進や切れ目のない質の高い医療の提供に向け、医療分野のデジタル化を進め、保健・医療情報(介護含む)の利活用を行うため、医療分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に、2023年6月に「医療DX推進に関する工程表」を策定していた。この工程表では、2025年度中に標準型電子カルテを本格運用し、2030年にはすべての医療機関への導入を目指すとされていた。しかし、2024年12月26日に政府の経済財政諮問会議が決定した「経済・財政新生計画 改革実行プログラム2024」では、標準型電子カルテの本格提供開始を2027年度に延期する方針が示された。これは、2025年1月から開始される試行版(α版)のモデル事業で、有用性や運用上の課題を検証した上で、本格版を提供するためのもの。標準型電子カルテは、クラウド型のシステムにより低コスト化を図り、とくに医科診療所などでの導入を促進することを目的としている。医療機関間での患者情報の共有を可能にすることで、医療の質向上と効率化を図る。その一方で、医療DXの推進には、いくつかの課題も指摘されている。医療機関、とくに大規模病院における標準型電子カルテの導入には、多額の費用と時間が必要であり、さらに電子カルテ情報共有サービスの運用費用は、将来的に社会保険料で賄う方針だが、保険者からは負担増への懸念の声が上がっている。医療情報は極めて機微な個人情報であるため、共有システムのセキュリティ対策が重要となる。医療DXの効果を最大限に発揮するためには、多くの医療機関が積極的に参加することが重要であり、政府は、これらの課題を解決しながら、医療DXを推進していく方針。参考1)経済・財政新生計画 改革実行プログラム2024(経済財政諮問会議)2)標準型電子カルテ、本格版を27年度に提供開始 改革実行プログラム2024決定 諮問会議(CB news)3)電子カルテ情報共有サービスの運用費用、標準型電子カルテが5割程度普及した段階で保険者等に負担求める-社保審・医療保険部会(Gem Med)4)2025年1月から無床診療上向けの標準型電子カルテのモデル事業を実施、既存電子カルテの標準化改修も支援-社保審・医療部会(同)5)電子カルテ情報共有サービスについて(厚労省)6)医療機関等向け総合ポータルサイト(社会保険診療報酬支払基金)5.社会保障改革と医療DXに向けた改革実行プログラムを策定/政府政府は、2024年12月26日に経済財政諮問会議を開催し、重要政策に対してEBPM(証拠に基づく政策立案)を実践・実装する「EBPMアクションプラン2024」および改革工程を具体化し実行する「改革実行プログラム2024」を決定した。2025年は、団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、全人口の18%が高齢者となる超高齢社会の節目の年に当たる。社会保障分野においては、全世代型社会保障制度の構築に向け、現役世代と高齢世代の給付と負担のバランスを見直し、効率的で質の高い医療・介護サービスの提供体制を構築することが重要課題として掲げられている。主な改革項目は下記の通り。勤労者皆保険の拡大:短時間労働者への適用拡大や、個人事業所の適用業種の拡大など、働き方に中立的な社会保険制度の構築を目指す。医療DXの推進:全国医療情報プラットフォームの構築、診療報酬改定DX、電子カルテ情報共有サービスの導入など、デジタル技術を活用した医療の効率化と質向上を図る。地域医療構想:2027年度から新たな地域医療構想に基づいた医療提供体制の改革を推進する。医師の偏在対策も強化し、地域医療の充実を図る。医療・介護の連携:医療従事者におけるタスク・シフト/シェアを推進し、多剤重複投薬の適正化など、医療と介護の連携強化による効率的なサービス提供を目指す。能力に応じた全世代の支え合い:介護保険の負担割合の見直しや、高額療養費制度の見直しなど、能力に応じた負担と給付の公平性を確保する。医薬品政策:創薬力の強化、医薬品の安定供給確保、薬価制度の見直しなど、医薬品政策の改革を進める。これらの改革を実行するためには、医療現場の理解と協力、そして国民への丁寧な説明が不可欠となる。とくに、医療DXの推進には、医療従事者の負担軽減や情報セキュリティ対策など、解決すべき課題が多く残る。政府は、これらの課題を克服し、国民の理解と協力を得ながら、改革実行プログラムを着実に推進していく方針。参考1)ことし約5人に1人が後期高齢者に 医療や介護の体制拡大が課題(NHK)2)「EBPMアクションプラン2024」・「改革実行プログラム2024」(経済・財政一体改革推進委員会)3)改革実行プログラム2024(経済財政諮問会議)

16.

第222回 インフル・コロナ同時流行、対症療法薬不足の恐れ/厚労省

<先週の動き>1.インフル・コロナ同時流行、対症療法薬不足の恐れ/厚労省2.電子処方箋で誤表示トラブル、24日まで発行停止で一斉点検/厚労省3.帯状疱疹ワクチン、2025年度から65歳定期接種へ2025年4月開始/厚労省4.医師偏在対策で地方勤務医に手当増額へ、2026年度から/厚労省5.進む医療の「在宅シフト」在宅患者は過去最多、入院は減少/厚労省6.高額療養費制度の見直し、来年夏から70歳以上の外来2千円増/厚労省1.インフル・コロナ同時流行、対症療法薬不足の恐れ/厚労省インフルエンザの流行が全国的に拡大している。厚生労働省によると、2024年12月9~15日までの1週間に、全国約5,000の定点医療機関から報告されたインフルエンザの患者数は9万4,259人、1医療機関当たり19.06人となり、前週比110.9%増と8週連続で増加。40都道府県で注意報レベルの10人を超え、大分県(37.22人)、福岡県(35.40人)では警報レベルの30人を超えた。全国の推計患者数は約71万8,000人に上る。札幌市ではインフルエンザ警報が発令され、小中学校で学級閉鎖などの措置が相次いでいる。一方、新型コロナウイルスの感染者数も3週連続で増加。同期間の全国の新規感染者数は19,233人、1医療機関当たり3.89人(前週比1.27倍)で、44都道府県で増加。北海道(11.93人)、岩手県(10.51人)、秋田県(9.29人)で多く、沖縄県(1.09人)、福井県(1.49人)、鹿児島県(1.51人)で少ない。新規入院患者数も1,980人(前週比1.21倍)と増加傾向にある。北海道では新型コロナウイルスの患者が2024年度最多を更新し、インフルエンザとの同時流行が懸念されている。さらに、マイコプラズマ肺炎や手足口病の報告も過去5年間に比べて多く、医療現場では、発熱外来がひっ迫し、受診を断らざるを得ない状況も発生している。こうした状況を受け、厚労省は、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザなどの対症療法薬(解熱鎮痛薬、鎮咳薬、去痰薬、トラネキサム酸)の需給が逼迫する恐れがあるとして、医療機関や薬局に対し、過剰な発注を控え、必要最小限の処方・調剤を行うよう要請した。具体的には、医療機関には治療初期からの長期処方を控え、必要最小日数での処方や残薬の活用を、薬局には地域での連携による調剤体制の確保や代替薬の使用検討を求めている。厚労省は対症療法薬の増産を製薬会社に依頼しているが、増産分の出荷前に感染症が急激に流行すれば、需給が逼迫する可能性もある。現時点では、在庫放出などで昨年同期の1.2倍の出荷量の調整が可能だが、今後の感染状況によっては不足する懸念もあるため、安定供給されるまでは過剰発注を控えるよう呼びかけている。専門家は、年末年始は人の移動や接触機会が増え、感染がさらに広がる可能性があると指摘。とくに今年は新型コロナ流行でインフルエンザへの免疫がない人が多いと考えられ、流行のピークは来年1月頃と予測されている。手洗いや咳エチケット、マスク着用、ワクチン接種など、基本的な感染対策の徹底が重要となる。また、小児科ではインフルエンザ以外にも感染性胃腸炎や溶連菌感染症なども増えており、注意が必要だ。参考1)インフルの定点報告数が注意報レベルに 感染者数は9万人超え(CB news)2)コロナやインフルの対症療法薬、過剰な発注抑制を 需給逼迫の恐れ 厚労省が呼び掛け(同)3)コロナ感染者3週連続増 前週比1・27倍、厚労省発表(東京新聞)4)インフルエンザ患者数 前週の2倍以上 40都道府県が“注意報”(NHK)5)新型コロナ患者数 3週連続増加 “冬休み 感染広がる可能性も”(同)6)今般の感染状況を踏まえた感染症対症療法薬の安定供給について(厚労省)2.電子処方箋で誤表示トラブル、24日まで発行停止で一斉点検/厚労省厚生労働省は、マイナ保険証を活用した「電子処方箋」システムにおいて、医師の処方と異なる医薬品が薬局側のシステムに表示されるトラブルが7件報告されたことを受け、12月20~24日までの5日間、電子処方箋の発行を停止し、全国の医療機関・薬局に対し一斉点検を実施する。電子処方箋は、処方箋情報を電子化し、複数の医療機関や薬局がオンラインで共有できるサービス。2023年1月から運用が開始され、重複投薬や飲み合わせの悪い薬の処方を防ぎ、薬局での待ち時間短縮などのメリットがあるとされる。一方で、2024年11月時点で導入率は病院で3.0%、医科診療所で7.6%、薬局で57.1%に止まっている。今回報告された7件のトラブルは、いずれも医療機関や薬局におけるシステムの設定ミスが原因で、医師が処方した薬とは別の薬が薬局の画面に表示されていた。薬剤師らが気付いたため、誤った薬が患者に渡ることはなかったが、健康被害が発生する可能性もあったと福岡 資麿厚生労働相は指摘している。一斉点検期間中、医療機関は紙の処方箋で対応し、点検が完了した医療機関から順次、電子処方箋の発行を再開する。厚労省は、点検が完了した医療機関をホームページで公表する予定。また、医療機関に対し、医薬品マスタの設定確認や、特殊な事例を除きダミーコードを設定しないよう呼びかけているほか、薬局に対しては、調剤時に必ず薬剤名を確認するよう求めている。厚労省は、電子処方箋のベンダーに対しても提供するコードの使用について報告を求め、その結果を公表する。2024年11月時点で、電子処方箋を発行している医療機関は2,539施設、同月の推定処方箋枚数約7,500万枚のうち、電子処方箋は約11万枚(約0.15%)だった。政府は2024年度中に、おおむねすべての医療機関と薬局に電子処方箋を導入する目標を立てていたが、今回のトラブルを受け、目標達成に影響が出る可能性もある。厚労省は、国民に必要な医薬品を確実に届けられるよう、システムの安全性確保に万全を期すとしている。参考1)電子処方箋システム一斉点検の実施について(厚労省)2)電子処方箋の導入薬局で「処方と異なる医薬品」が表示されるトラブル、福岡厚労相「健康被害が発生しうる」(読売新聞)3)マイナ保険証活用「電子処方箋」でトラブル 20日から発行停止(NHK)4)電子処方箋システム、一斉点検へ 薬局で誤った薬の表示トラブル7件(朝日新聞)3.帯状疱疹ワクチン、2025年度から65歳定期接種へ2025年4月開始/厚労省厚生労働省は、2025年4月から帯状疱疹ワクチンについて原則65歳を対象とした定期接種とする方針を決定した。高齢者に多い帯状疱疹の予防と重症化を防ぐことが目的で、接種費用は公費で補助される。また、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染で免疫が低下した60~64歳も対象となる。帯状疱疹は、水疱瘡と同じウイルスが原因で、加齢や疲労などによる免疫力の低下で発症する。50歳以上でかかりやすく、患者は70代が最も多い。皮膚症状が治まった後も、神経痛が数年間残るケースもあり、80歳までに3人に1人が発症するという研究データもある。現在、50歳以上を対象に「生ワクチン」と「組換えワクチン」の接種が行われているが、任意接種のため自己負担が必要(約8,000~44,000円)。定期接種化により、接種費用は国や自治体からの補助が見込まれ、自己負担額は自治体によって異なる見通しだ。開始時期は2025年4月(予定)、対象は原則65歳とするが、HIV感染で免疫が低下した60~64歳も対象とされるほか、経過措置として2025年4月時点で65歳を超えている人に対し、5年間の経過措置を設け、70、75、80、85、90、95、100歳で接種機会を提供するほか、100歳以上の人は定期接種初年度(2025年度)に限り全員を対象とする。帯状疱疹は、高齢になるほど発症しやすく、重症化しやすい。また、長年にわたって生活の質を低下させることもあるため、定期接種化により、高齢者の健康維持に寄与することが期待されている。一方で、定期接種化前に接種希望者が増え、ワクチンの供給が不足する可能性も指摘されている。厚労省は、ワクチンの安定供給に向けて必要な対応を検討するとしている。今後は、政令の改正手続きを進め、準備が整った自治体から順次、定期接種が開始される予定。参考1)帯状疱疹ワクチンについて(厚労省)2)帯状ほう疹ワクチン 来年度定期接種へ 65歳になった高齢者など(NHK)3)帯状疱疹ワクチン、65歳対象の「定期接種」に…66歳以上には経過措置(読売新聞)4)帯状疱疹ワクチン、65歳を対象に25年4月から定期接種へ 5年の経過措置を設け、70歳なども対象に 厚科審(CB news)4.医師偏在対策で地方勤務医に手当増額へ、2026年度から/厚労省厚生労働省は12月19日に開催したの社会保障審議会医療保険部会で、医師偏在対策を検討した。医師不足が深刻な地域で働く医師を増やすため、2026年度を目途に新たな支援策の導入を図る見込み。具体的には、医師少数区域に「重点医師偏在対策支援区域(仮称)」を指定し、同区域で勤務または派遣される医師の勤務手当を増額する。この財源には医療保険の保険料を充てることが了承された。手当増額の仕組みは、社会保険診療報酬支払基金が保険者から徴収した保険料を財源とし、都道府県が実施主体となる。費用総額は、国が人口、可住地面積、医師の高齢化率、医師偏在指標などを基に設定し、各都道府県へ按分・配分する予定。この措置に対し、健康保険組合連合会(健保連)など保険者側からは、保険料負担増への懸念や費用対効果への疑問が示された。これを受け厚労省は、対策の進捗や効果を検証する仕組みを整備する方針を示した。国、都道府県、健保連などが参加する会議体を想定し、効果や現役世代の保険料負担への影響を検証する。さらに、保険医療機関に「管理者」の役職を新設し、医師の場合、臨床研修後2年、保険医療機関での勤務3年以上を要件とする。これにより、適切な管理能力を持つ医師を管理者に据え、保険医療の質・効率性向上を図るとともに、美容医療などへの医師流出を抑える狙いがある。今回の措置は医師偏在解消に向けた一歩となる。しかし、保険者の理解を得て実効性を高めるためには、費用総額の設定、効果検証の具体化、保険料負担増を抑えるための診療報酬抑制策など、今後の議論が重要となる。参考1)第190回社会保障審議会医療保険部会(厚労省)2)医師の手当て増額支援、保険者から財源徴収 偏在対策 医療保険部会で了承(CB news)3)医師偏在対策の効果、検証の仕組み整備へ 厚労省(日経新聞)4)都心に集中する医師 「前例なき」参入規制検討も、踏み込み不足?(毎日新聞)5.進む医療の「在宅シフト」在宅患者は過去最多、入院は減少/厚労省厚生労働省が2024年12月20日に発表した2023年「患者調査」の結果によると、在宅医療を受けた外来患者数が1日当たり推計23万9千人と、1996年の調査開始以来、過去最多を記録したことが明らかになった。前回調査(2020年)から6万5,400人増加しており、在宅医療の需要が高まっていることがうかがえた。一方、同年10月の病院・一般診療所を合わせた入院患者数は1日当たり推計117万5,300人で、現在の調査方法となった1984年以降で過去最低を更新した。前回調査から3万6千人減少しており、入院から在宅への移行が進んでいることが示唆された。患者調査は3年ごとに実施され、今回は全国の病院や診療所、歯科診療所計約1万3千施設を対象に、2023年の特定の1日における入院・外来患者数を調査し、推計した。参考1)令和5年(2023)患者調査の概況(厚労省)2)入院患者数、過去最低を更新 23年患者調査(MEDIFAX)3)在宅医療患者1日23万人で最多 23年調査、入院は最少更新(共同通信)6.高額療養費制度の見直し、来年夏から70歳以上の外来2千円増/厚労省厚生労働省は、医療費の自己負担を軽減する「高額療養費制度」について、2025年夏から段階的に見直す方針を固めた。所得区分ごとに自己負担の上限額を2.7~15%引き上げる。とくに高所得者層の引き上げ幅を大きくし、年収約1,160万円以上の区分では月約3万8,000円増の約29万円となる。一方、住民税非課税世帯などの低所得者層に対しては、引き上げ幅を抑えたり、段階的な引き上げを実施することで、急激な負担増による受診控えを防ぐ狙いがある。今回の見直しは、高額な医療費負担を軽減するセーフティーネットである同制度の持続可能性を確保しつつ、子供関連政策の財源確保に向けた医療費抑制を図る目的がある。また、保険給付の抑制により、現役世代を中心に保険料負担の軽減効果も見込まれる。具体的には、2025年8月に70歳未満は、所得区分ごとに自己負担限度額を2.7~15%引き上げ。一般的な収入層(主に年金収入約200万円以下、窓口負担1割)は月2,000円増の2万円。それ以上の所得水準の場合は特例対象外。また、70歳以上で年収約370万円を下回る人が外来受診にかかる費用を一定額に抑える「外来特例」の自己負担限度額も月額2,000円引き上げる方針であり、受診抑制につながる可能性も指摘されているが、詳細については今月末までに決定される見込み。さらに、2026年8月以降に、所得区分を3つに再編して、段階的に引き上げる予定。高額療養費制度の見直しは、国民皆保険制度を守るために、持続可能性と医療費抑制のバランスを取るために行われる。今後、社会保障審議会医療保険部会で具体的な制度設計をめぐる議論を深め、今月末までに最終決定される見通し。参考1)医療保険制度改革について(厚労省)2)高額療養費の外来特例 上限を2千~1万円引き上げ 厚労省最終調整(朝日新聞)3)高額療養費上限引き上げ 激変緩和 最終形は27年8月、3段階検討(同)4)高額療養費の負担上限、高所得で月3.8万円上げ 厚労省(日経新聞)

17.

抜歯時の抗凝固療法に介入してDOACの休薬期間を適正化【うまくいく!処方提案プラクティス】第64回

 今回は、歯科治療に伴う直接経口抗凝固薬(DOAC)の休薬期間について、最新のガイドラインに基づいて介入した事例を紹介します。適切な周術期管理によって、経過は良好なままDOACの服用継続が実現しました。患者情報80歳、女性(施設入所中)基礎疾患認知症、統合失調症、心房細動(CHA2DS2-VAScスコア※:4点[年齢2点、女性1点、高血圧1点])※CHA2DS2-VAScスコア:範囲0~9点、点数が高いほど梗塞リスクが大きい処方内容1.アピキサバン錠2.5mg 2錠 分2 朝夕食後2.リスペリドン錠1mg 1錠 分1 夕食後3.トラゾドン錠25mg 1錠 分1 就寝前4.酪酸菌製剤錠 3錠 分3 毎食後本症例のポイントこの患者さんは歯科治療(単純抜歯1本)の予定があり、施設看護師より「訪問診療医から1週間のDOACの休薬指示が出たので抜薬の対応をしてほしい」と連絡がありました。しかし、抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン1)では、出血時の対応が可能な医療機関で行うことを前提に、DOAC単剤による抗凝固薬投与患者に対して、休薬下の抜歯よりもDOAC継続下で抜歯をすることが推奨されています。また、Steffelらの報告2)によると、DOACの周術期管理において、低出血リスク手術では24時間の休薬で十分とされています。アピキサバンの薬物動態データ3)では消失半減期が約12時間であることからも、7日間の休薬は過剰と考えられます。医師への提案と経過そこで、医療機関に電話で疑義照会し、看護師を介して医師に情報提供を行いました。まず、CHA2DS2-VAScスコアは4点で塞栓リスクが高く、認知症による活動性低下および向精神薬併用による鎮静作用もあるため、休薬により血栓リスクがさらに高まることが懸念されます。一方で出血リスクはあるものの、単純抜歯1本(低リスク処置)であり、抗血小板薬は非併用であることから、局所止血処置は可能と考えられることを伝えました。そのうえで、抜歯は病院ではなく診療所で行うことや、アピキサバンの血中濃度ピーク時(服用後3~3.5時間)3)に抜歯が行われて出血リスクがあることも懸念事項として伝えしました。医師からは、アピキサバンの半減期が約12時間である程度効果が残ることから、処置当日のみの休薬が妥当と判断されました。施設看護師にも変更内容について情報共有し、抜歯後の止血状況や口腔ケア時の出血状況で問題があれば相談するように伝えました。その後の経過を看護師と連携をとりながら確認したところ、抜歯時の出血は問題なく、血栓症状の発現もなく、術後の経過は良好なままDOACを服用継続できていました。本事例を通じて、(1)周術期管理における過剰な休薬の危険性、(2)エビデンスに基づく介入の重要性、(3)薬剤師による能動的な情報提供の意義を感じました。まとめ1.エビデンスに基づく評価:ガイドラインの適切な活用、患者個別のリスク評価、薬物動態データの考慮2.多職種連携の実践:医師との情報共有、歯科医師との連携、施設スタッフへの情報提供1)日本有病者歯科医療学会ほか編. 抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2020年版.学術社;2020.2)Steffel J, et al. Eur Heart J. 2018;39:1330-1393.3)エリキュース錠 医薬品インタビューフォーム(第13版)

18.

低リスク肺塞栓症がん患者のVTE再発、リバーロキサバン18ヵ月vs. 6ヵ月(ONCO PE)/AHA2024

 低リスク肺塞栓症(PE)を発症したがん患者を対象に、直接経口抗凝固薬(DOAC)であるリバーロキサバンの投与期間を検討したONCO PE試験の結果が、京都大学循環器内科の山下 侑吾氏らにより、11月16~18日に米国・シカゴで開催されたAmerican Heart Association’s Scientific Sessions(AHA2024、米国心臓学会)のFeatured Scienceで発表され、Circulation誌2024年11月18日号に同時掲載された。 本研究より、リバーロキサバンの18ヵ月間の投与は6ヵ月間の投与に比べ、静脈血栓塞栓症(VTE)の再発リスクを有意に低下させ、一方で出血リスクは有意な上昇を認めず、「がん患者の低リスクPEに対するDOACを用いた抗凝固療法は、血栓症予防の観点から18ヵ月間のより長期的な投与が望ましい」との結果が得られた。 ONCO PE試験は、国内32施設による多施設非盲検判定者盲検ランダム化比較試験(RCT)である。対象は、低リスクPEとして肺血栓塞栓症の重症度評価の簡易版PESIスコアが1点(がんの因子のみ)のPEと、新しく診断されたがん患者で、2021年3月~2023年3月に登録された179例をリバーロキサバンの18ヵ月投与群または6ヵ月投与群に1対1の割合でランダムに割り付けた。同意を途中撤回した症例を除外し、18ヵ月投与群89例、6ヵ月投与群89例をITT集団とした。主要評価項目は18ヵ月後までのVTEの再発。副次評価項目は18ヵ月後までの国際血栓止血学会(ISTH)の基準による大出血などであった。 主な結果は以下のとおり。・対象患者は平均年齢65.7歳、男性47%で、症候性のPEは12%だった。がんの罹患部位は、多い順に大腸がん12%、子宮がん12%、卵巣がん11%であった。・主要評価項目である18ヵ月後までのVTE再発は、18ヵ月投与群5.6%(89例中5例)、6ヵ月投与群19.1%(89例中17例)と有意に抑制された(オッズ比[OR]:0.25、95%信頼区間[CI]:0.09~0.72、p=0.01)。・大出血は、18ヵ月投与群7.8%(89例中7例)、6ヵ月投与群5.6%(89例中5例)に発生し、18ヵ月投与群で多い傾向にあったが、統計学的に有意な増加ではなかった(OR:1.43、95%CI:0.44~4.70)。・年齢、性別、体重、VTEの既往、腎機能、血小板数、貧血の有無、大出血の既往、がんの遠隔転移の有無、化学療法の有無などのサブグループ解析でも、18ヵ月投与群における主要評価項目のリスク抑制傾向は一貫して認められた。 これらの結果から研究グループは「簡易版PESIスコア1点の低リスクPEを発症したがん患者に対するVTE再発予防を目的としたリバーロキサバンの投与期間は、6ヵ月間よりも18ヵ月間のほうが優れていた」と結論付けた。低リスク肺塞栓症がん患者のVTE再発予防、国内での普及目指す がん患者の腫瘍の評価のためにCT検査が実施されることは多いが、その際に偶発的な軽症のPEを認めることも多い。国際的なガイドラインでは、このようながん患者に併発した比較的軽症のPEに対しても、通常のPEと同様に扱うことを弱く推奨している。しかしながら、このような低リスクPEを発症したがん患者を対象とした抗凝固療法の投与期間を検討したRCTは過去に報告されておらず、そのエビデンスレベルは低い状況であった。 この現況を踏まえて行われた本解析について、同氏は「本研究結果は、がん患者では低リスクPEでも血栓症リスクを軽視すべきではないという現行の国際ガイドラインの考え方を支持する結果であった。一方で、統計学的に有意ではないものの、大出血を起こした患者数が18ヵ月投与群で多かったことは注意を要する点である。RCTは確実性の高いエビデンスを提供する有用な研究デザインであるが、目の前の患者ごとの治療の最適解を提供することは困難である。臨床現場では、これらの研究結果も参考に、血栓リスクと出血リスクのバランスを患者ごとに慎重に検討することが重要である。また、今後RCTの弱点を克服するような新しい臨床研究の発展も望まれる」とコメントした。 最後に、「本研究は、数多くの共同研究者が日本全体で集結し、その献身的な姿勢による多大な尽力により成り立っている。日本の腫瘍循環器領域における重要な研究成果が、今回日本から世界に情報発信されたが、すべての共同研究者、事務局の関係者、および本研究に参加いただいた患者さんに何よりも大きな感謝を示したい」と締めくくった。

19.

出産女性へのトラネキサム酸予防投与、出血リスクを軽減/Lancet

 出産する女性へのトラネキサム酸の予防投与はプラセボと比較して、生命を脅かす出血リスクを軽減することが認められ、血栓症のリスクを高めるというエビデンスは確認されなかった。英国・ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のKatharine Ker氏らAnti-fibrinolytics Trialists Collaborators Obstetric Groupが、無作為化比較試験のシステマティックレビューと個別被験者データ(IPD)を用いたメタ解析の結果で示した。トラネキサム酸は、臨床的に産後出血と診断された女性に推奨される治療薬であるが、出血を予防可能かについては不明であった。著者は、「出産するすべての女性にトラネキサム酸の使用を推奨するわけではないが、死亡リスクの高い女性では産後出血の診断前にトラネキサム酸の使用を検討すべきである」とまとめている。Lancet誌2024年10月26日号掲載の報告。トラネキサム酸の無作為化プラセボ対照試験についてIPDメタ解析を実施 研究グループは、WHO国際臨床試験登録プラットフォーム(WHO International Clinical Trials Registry Platform)を用い、出産する女性を対象にトラネキサム酸の有効性を評価した無作為化プラセボ対照比較試験を、データベース開始から2024年8月4日まで検索した。適格基準は、前向き登録、対象例数500例以上、割り付けの手順および隠蔽化に関するバイアスリスクが低い試験とした。 各適格試験の研究者から匿名化されたIPDを提供してもらい、2人の研究者がデータを抽出するとともに、コクランバイアスリスクツール修正版を用いてバイアスリスクを評価した。 有効性の主要アウトカムは生命を脅かす出血(出産後24時間以内の出血に関する死亡または外科的介入[開腹術、塞栓術、子宮圧迫縫合または動脈結紮]の複合)、安全性の主要アウトカムは致死的または非致死的血栓塞栓症の発生であった。メタ解析には1段階法を用いた。出血リスクは有意に減少、血栓塞栓症リスクはプラセボとの差なし 検索の結果、適格基準を満たした5件の臨床試験から計5万4,404例のデータが解析対象となった。4件において4万3,409例のIPDが得られ、1件については公表された試験報告書から1万995例の集計データを取得した。 解析対象のすべての試験は、バイアスリスクが低かった。 生命を脅かす出血は、トラネキサム酸群で2万7,300例中178例(0.65%)、プラセボ群で2万7,093例中230例(0.85%)に発生した(統合オッズ比[OR]:0.77、95%信頼区間[CI]:0.63~0.93、p=0.008)。トラネキサム酸の有効性が、生命を脅かす出血の潜在的リスク、分娩の種類、中等度または重度の貧血の有無または投与時期によって変化するというエビデンスは確認されなかった。 血栓塞栓症に関しては、トラネキサム酸群とプラセボ群との間に有意差は認められなかった。致死的または非致死的血栓塞栓症の発生は、トラネキサム酸群で2万6,571例中50例(0.2%)、プラセボ群で2万6,373例中52例(0.2%)であった(統合OR:0.96、95%CI:0.65~1.41、p=0.82)。 サブグループ解析において、有意な異質性は認められなかった。

20.

心筋梗塞の血栓溶解療法の時代を思い出す(解説:後藤信哉氏)

 1988年のLancet誌に掲載されたSecond International Study of Infarct Survival (ISIS-2) trialは、心筋梗塞の診療に劇的インパクトをもたらした。抗血小板薬アスピリン、線溶薬ストレプトキナーゼはともに急性心筋梗塞の院内死亡率を25%程度減少させ、両者の併用により死亡率はほぼ半減した。アスピリンはそのまま世界の標準治療になった。ストレプトキナーゼは重篤な出血合併症を増加させたため、出血リスクの少ない薬剤開発が模索された。ストレプトキナーゼにはフィブリン選択性がなかった。体内のフィブリンに結合し、プラスミン産生効果を発揮するt-PAに期待が集まった。フィブリン選択的、1回静注可能など多くの製剤が開発された。しかし、急性心筋梗塞では、薬剤と並行して進歩したカテーテル治療の普及により血栓溶解療法は廃れた。 脳梗塞領域は、1990年代の循環器内科の歴史をたどっている。t-PAフィブリン選択的に作用する線溶薬と期待されていたが、持続静注が必要であった。本研究では1回静注可能なtenecteplaseの非劣性が示された。脳梗塞急性期の再灌流療法により神経学的予後が改善されるインパクトは大きい。線溶薬としては早期に作用するフィブリン選択的薬剤なども開発されるかもしれない。しかし、心筋梗塞と同様に、カテーテル治療も普及するかもしれない。 脳梗塞治療が心筋梗塞治療を後追いしているように見え、今後の治療法の革新が期待される。

検索結果 合計:289件 表示位置:1 - 20