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血管撮影後の脳梗塞で死亡したケース

脳・神経最終判決判例タイムズ 971号201-213頁概要右側頸部に5cm大の腫瘤がみつかった52歳女性。頸部CTや超音波検査では嚢胞性病変が疑われた。担当医は術前検査として腫瘍周囲の血管を調べる目的で頸部血管撮影を施行した。鎖骨下動脈、腕頭動脈につづいて右椎骨動脈撮影を行ったところ、直後に頭痛、吐き気が出現。ただちにカテーテルを抜去し検査を中断、頭部CTで脳内出血はないことを確認して脳梗塞に準じた治療を行った。ところが検査から約12時間後に心停止・呼吸停止となり、いったんは蘇生に成功したものの、重度の意識障害が発生、1ヵ月後に死亡となった。詳細な経過患者情報52歳女性経過1989年8月末右頸部の腫瘤に気付く。1989年9月7日某病院整形外科受診。右頸部の腫瘤に加えて、頸から肩にかけての緊張感、肩こり、手の爪の痛みあり。頸部X線写真は異常なし。9月18日頸部CTで右頸部に直径5cm前後の柔らかい腫瘤を確認。9月21日診察時に患者から「頸のできものが時々ひどく痛むので非常に不安だ。より詳しく調べてあれだったら手術してほしい」と申告を受ける。腫瘍マーカー(CEA、AFP)は陰性。10月5日頸部超音波検査にて5cm大の多房性、嚢腫性の腫瘤を確認。10月17日手術目的で入院。部長の整形外科医からは鑑別診断として、神経鞘腫、血管腫、類腱鞘腫、胎生期からの側頸嚢腫などを示唆され、脊髄造影、血管撮影などを計画。10月18日造影CTにて問題の腫瘤のCT値は10-20であり、内容物は水様で神経鞘腫である可能性は低く、無血管な嚢腫様のものであると考えた。10月19日脊髄造影にて、腫瘍の脊髄への影響はないことが確認された。10月23日血管撮影検査。15:00血管撮影室入室。15:15セルジンガー法による検査開始。造影剤としてイオパミドール(商品名:イオパミロン)370を使用。左鎖骨下動脈撮影(造影剤20mL)腕頭動脈撮影(造影剤10mL):問題の腫瘤が右総頸動脈および静脈を圧迫していたため、腫瘤が総頸動脈よりも深部にあることがわかり、椎骨動脈撮影を追加右椎骨動脈撮影(造影剤8mL:イオパミロン®370使用):カテーテル先端が椎骨動脈に入りにくく、2~3回造影剤をフラッシュしてカテーテルの位置を修正したうえで、先端を椎骨動脈分岐部から1~3cm挿入して造影16:00右椎骨動脈撮影直後、頭痛と吐き気が出現したため、ただちにカテーテルを抜去。16:10嘔吐あり。造影剤の副作用、もしくは脳浮腫を考えてメチルプレドニゾロン(同:ソル・メドロール)1,000mg、造影剤の排出目的でフロセミド(同:ラシックス)使用。全身状態が落ち着いたうえで頭部CTを施行したが、脳出血なし。17:00症状の原因として脳梗塞または脳虚血と考え、血液代用剤サヴィオゾール500mL、血栓溶解薬ウロキナーゼ(同:ウロキナーゼ)6万単位投与。その後も頭痛、吐き気、めまいや苦痛の訴えがあり、不穏状態が続いたためジアゼパム(同:セルシン)投与。10月24日02:00血圧、呼吸ともに安定し入眠。03:00急激に血圧上昇(収縮期圧200mmHg)。04:20突然心停止・呼吸停止。いったんは蘇生したが重度の意識障害が発生。11月21日死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.血管撮影の適応頸部の腫瘤で血管撮影の適応となるのは、血管原性腫瘤、動脈瘤、蛇行性の右鎖骨下動脈、甲状腺がん、頸動脈球腫瘍、脊髄腫瘤などであるのに、良性の嚢胞性リンパ管腫が疑われた本件では血管撮影の適応自体がなかった。もし血管撮影を行う必要があったとしても、脳血管撮影に相当する椎骨動脈撮影までする必要はなかった2.説明義務違反検査前には良性の腫瘍であることが疑われていたにもかかわらず、がんの疑いがあると述べたり、「安全な検査である」といった大雑把かつ不正確な説明しか行わなかった3.カテーテル操作上の過失担当医師のカテーテル操作が未熟かつ粗雑であったために、選択的椎骨動脈撮影の際に血管への刺激が強くなり、脳梗塞が発生した4.造影剤の誤り脳血管撮影ではイオパミロン®300を使用するよう推奨されているにもかかわらず、椎骨動脈撮影の際には使用してはならないイオパミロン®370を用いたため事故が発生した病院側(被告)の主張1.血管撮影の適応血管撮影前に問題の腫瘤が多房性リンパ管腫であると診断するのは困難であった。また、頸部の解剖学的特性から、腫瘍と神経、とくに腕神経叢、動静脈との関係を熟知するための血管撮影は、手術を安全かつ確実に行うために必要であった2.説明義務違反血管撮影の方法、危険性については十分に説明し、患者は「よろしくお願いします」と答えていたので、説明義務違反には該当しない3.カテーテル操作上の過失担当医師のカテーテル操作に不適切な点はない4.造影剤の誤り明確な造影効果を得るには濃度の高い造影剤を使用する必要があった。当時カテーテル先端は椎骨動脈に1cm程度しか入っていなかったので動脈内に注入した時点で造影剤は希釈されるので、たとえ高い浸透圧のイオパミロン®370を使用したとしても不適切ではない。しかも過去には、より濃度の高い造影剤アミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン(同:ウログラフィン)を脳血管撮影に使用したとの報告もあるので、単にイオパミロン®370のヨード含有濃度や粘稠度の高さをもって副作用の危険性を判断することは妥当ではない裁判所の判断1. 血管撮影の適応今回の椎骨動脈撮影を含む血管撮影は、腫瘍の良悪性を鑑別するという点では意義はないが、腫瘍の三次元的な進展範囲を把握するためには有用であるため、血管撮影を施行すること自体はただちに不適切とはいえない。しかし、それまでに実施した鎖骨下動脈、腕頭動脈の撮影結果のみでも摘出手術をすることは可能であったので、椎骨動脈撮影の必要性は低く、手術や検査の必要性が再検討されないまま漫然と実施されたのは問題である。2. 説明義務違反「腫瘍が悪性であれば手術をしてほしい」という患者の希望に反し、腫瘍の性質についての判断を棚上げした状態で手術を決定し、患者は正しい事実認識に基づかないまま血管撮影の承諾をしているので、患者の自己決定権を侵害した説明義務違反である。3. カテーテル操作上の過失、造影剤の選択椎骨動脈へ何度もカテーテル挿入を試みると、その刺激により血管の攣縮、アテロームの飛散による血管の塞栓などを引き起こす可能性があるので、無理に椎骨動脈へカテーテルを進めるのは避けるべきであったのに、担当医師はカテーテル挿入に手間取り、2~3回フラッシュしたあとでカテーテル先端を挿入したのは過失である。4. 造影剤の誤りイオパミロン®300は、イオパミロン®370に比べて造影効果はやや低いものの、人体に対する刺激および中枢神経に対する影響(攣縮そのほかの副作用)が少ない薬剤であり、添付文書の「効能・効果欄」には「脳血管撮影についてはイオパミロン®300のみを使用するべきである」と記載されている。しかも、椎骨動脈撮影の際には、造影剤をイオパミロン®370から300へ交換することは技術的に可能であったので、イオパミロン®370を脳血管撮影である椎骨動脈撮影に使用したのは過失である。結局死亡原因は、椎骨動脈撮影時カテーテルの刺激、または造影剤による刺激が原因となって脳血管が血管攣縮(スパズム)を起こし、あるいは脳血管中に血栓が形成されたために、椎骨動脈から脳底動脈にいたる部分で脳梗塞を起こし、さらに脳出血、脳浮腫を経て、脳ヘルニア、血行障害のために2次的な血栓が形成され、脳軟化、髄膜炎、を合併してレスピレーター脳症を経て死亡した。原告側合計4,600万円の請求に対し、3,837万円の判決考察本件は、良性頸部腫瘤を摘出する際の術前検査として、血管撮影(椎骨動脈撮影)を行いましたが、不幸なことに合併症(脳梗塞)を併発して死亡されました。裁判では、(1)そもそも脳血管撮影まで行う必要があったのか(2)選択的椎骨動脈撮影を行う際の手技に問題はなかったのか(3)脳血管撮影に用いたイオパミロン®370は適切であったのかという3点が問題提起され、結果的にはいずれも「過失あり」と認定されました。今回の事案で血管撮影を担当されたのは整形外科医であり、どちらかというと脳血管撮影には慣れていなかった可能性がありますので、造影剤を脳血管撮影の時に推奨されている「より浸透圧や粘調度の低いタイプ」に変更しなかったのは仕方がなかったという気もします。そのため、病院側は「浸透圧の高い造影剤を用いても特段まずいということはない」ということを強調し、「椎骨動脈撮影時には分岐部から約1cmカテーテルを進めた状態であったので、造影剤が中枢方向へ逆流する可能性がある。また、造影されない血液が多少は流れ込んで造影剤が希釈される。文献的にも、高濃度のウログラフィン®を脳血管撮影に用いた報告がある」いう鑑定書を添えて懸命に抗弁しましたが、裁判官はすべて否認しました。その大きな根拠は、やはり何といっても「添付文書の効能・効果欄には脳血管撮影についてはイオパミロン®300のみを使用するべきであると記載されている」という事実に尽きると思います。ほかの多くの医療過誤事例でもみられるように、薬剤に起因する事故が医療過誤かどうかを判断する(唯一ともいってよい)物差しは、添付文書(効能書)に記載された薬剤の使用方法です。さらに付け加えると、もし適正な使用方法を行ったにもかかわらず事故が発生した場合には、わが国では「医薬品副作用被害救済基金法」という措置があります。しかし、この制度によって救済されるためには、「薬の使用法が適性であったこと」が条件とされますので、本件のように「医師の裁量」下で添付文書とは異なる投与方法を選択した場合には、「医薬品副作用被害救済基金法」は適用されず、医療過誤として提訴される可能性があります。本事案から学び取れるもう1つの重要なポイントは、(2)で指摘した「そもそも脳血管撮影まで行う必要があったのか」という点です。これについてはさまざまなご意見があろうかと思いますが、今回の頸部腫瘤はそれまでのCT、超音波検査、脊髄造影などで「良性嚢胞性腫瘤であるらしい」ことがわかっていましたので、(椎骨動脈撮影を含む)血管撮影は「絶対に必要な検査」とまではいかず、どちらかというと「摘出手術に際して参考になるだろう」という程度であったと思います。少なくとも造影CTで血管性病変は否定されましたので、手術に際し大出血を来すという心配はなかったはずです。となると、あえて血管撮影まで行わずに頸部腫瘤の摘出手術を行う先生もいらっしゃるのではないでしょうか。われわれ医師は研修医時代から、ある疾患の患者さんを担当すると、その疾患の「定義、病因、頻度、症状、検査、治療、予後」などについての情報収集を行います。その際の「検査」に関しては、医学書には代表的な検査方法とその特徴的所見が列挙されているに過ぎず、個々の検査がどのくらい必要であるのか、あえて施行しなくてもよい検査ではないのかというような点については、あまり議論されないような気がします。とくに研修医にとっては、「この患者さんにどのような検査が必要か」という判断の前に、「この患者さんにはどのような検査ができるか」という基準になりがちではないかと思います。もし米国であれば、医療費を支払う保険会社が疾患に応じて必要な検査だけを担保していたり、また、DRG-PPS(Diagnostic Related Groups-Prospective Payment System:診療行為別予見定額支払方式)の制度下では、検査をしない方が医療費の抑制につながるという面もあるため、「どちらかというと摘出手術に際して参考になるだろうという程度」の検査をあえて行うことは少ないのではないかと思います。ところがわが国の制度は医療費出来高払いであるため、本件のような「腫瘍性病変」に対して血管撮影を行っても、保険者から医療費の査定を受けることはまずないと思います。しかも、ややうがった見方になるかもしれませんが、一部の病院では入院患者に対しある程度の売上を上げるように指導され、その結果必ずしも必要とはいえない検査まで組み込まれる可能性があるような話を耳にします。このように考えると本件からはさまざまな問題点がみえてきますが、やはり原則としては、侵襲を伴う可能性のある検査は必要最小限にとどめるのが重要ではないかと思います。その際の判断基準としては、「自分もしくはその家族が患者の立場であったら、このような検査(または治療)を進んで受けるか」という点も参考になるのではないかと思います。脳・神経

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