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前医批判がもとで医事紛争に発展した手指切断のケース

整形外科最終判決平成15年2月14日 前橋地方裁判所 判決概要プレス作業中に右手第2指先端を負傷した24歳男性。キルシュナー鋼線による観血的整復固定術を受けたが、皮膚の一部が壊死に陥っていた。プロスタグランジンの点滴注射などでしばらく保存的な経過観察が行われたが、病院に対して不信感を抱いた患者は受傷から18日後に無断で退院。転院先の医師から「最悪ですよ。すぐ手術しなければならない」と説明され、指の切断手術が行われた。詳細な経過患者情報24歳男性経過平成10年11月9日午前9:00右手第2指をプレス機に挟まれて受傷。第1関節から先の肉が第3指(中指)側にずれるようにして切れ、めくれ上がり、傷口から骨がみえる状態であった。ただちに当該病院に運ばれ、キルシュナー鋼線2本を用いた観血的整復固定術を受けた。以下カルテ記載より11月9日朝9:00頃指を機械に挟まれた。挫滅創。11月10日(指の先端について)針の痛み刺激OK。知覚なし。(指の第1関節付近について)紫色不良。治療方針(非常勤整形外科医師のコメント)。伸筋腱は切れてはいなかったでしょうか。もしも切断されていて、創部切断を免れた場合は、腱縫合を2週間以内に考えた方がいいと思います。11月11日ワイヤー1本抜去(指の先端について)。血流弱い。→プロスタグランジン開始。1日120mg(生食100mL)を2回。11月13日包交、色良くなってきている。11月14日変化なし。11月16日包交、出血なし、膨張少し、色よい。11月17日(指の先端について)知覚なし。(指の第1関節付近について)色よい、ペンローズ抜去、明日よりヒビテン®浴開始。11月19日創きれい、色よい。11月21日創痛なし。(指の先端について)両側の知覚障害あり。(指のつめの根元付近について)この部分からの血流供給よい。11月22日膿はなく、出血もないが、創面はまだドライではない。11月24日X線写真の整合性よい。(指の先端のてのひら側について)壊死性皮膚、しかし感染はない。11月27日患者は「携帯電話を買いにいく」とウソをついて無断で当該病院を退院し、別病院を受診。そこの整形外科医師から、「最悪ですよ。すぐ手術しなければならない」と説明され、緊急で右第2指近位1/3の切断手術を受けた。別病院での手術所見指のてのひら側は、末節の一部を残してDIp(第1関節)にかけてまで黒く壊死になっていた。指の背側の中節の一部も壊死になっていた。これを切除していくと、軟部も壊死となっており、屈筋腱も壊死しており、Kワイヤーを抜去すると、DIp関節も壊死となっていたためにブラブラになってしまった。末節骨も壊死になっていた。このため、生存していた皮膚および中節骨の2/3を残して切断した。FDp(深指屈筋)も切除。FDS(浅指屈筋)は一部残した。生存していた皮膚を反転させ、縫合した。少し欠損は残ったが、これは肉芽が上がるのを待つこととした。鑑定書DIp以遠の挫創については、一般にマイクロサージャリーの適応はないとされ、本件のような骨折部の観血的創閉鎖術で問題ない。ただし結果論的には、予想以上に組織挫滅の大きかったことから、当初から切断術適応でも差し支えなかった症例である。また、術後の抗菌薬・血管拡張薬投与も適正であり、さらにその後の経過観察においても感染兆候なく、また、創部の処置も適正に行っていると認められる。別病院での手術所見からみると、軟部組織はもちろん、骨部分においても壊死に陥っており、予想以上に深部まで血管損傷・組織挫滅が強かったと認められる不全切断であり、最初からマイクロサージャリーを施行していたとしても、生着していた可能性は低かったと考える。切断はやむを得ない症例である。ただし、最初の手術の時点で切断可能性について十分に説明していなかったことがこのような紛争につながったのではないかと推測された。別病院の術中所見をみる限り、手術適応と手技に問題はないと思われる。ただし、被告病院に何の連絡もなく手術したことは、医療連携として問題である。当事者の主張患者側(原告)の主張被告病院の担当医師は整形外科の専門医ではないのに、キルシュナー鋼線を10回以上も入れ直すなど手術が粗雑であったため、指の組織の腐食が始まった。著しく汚染された傷でありながら、ゴールデンアワーに適切な洗浄、消毒および切除(デブリドマン)を怠り、原告自身に消毒を行わせるなどずさんな治療しかしなかった。しかも創部の疼痛や指先の感覚異常、色調変化を訴えていたが、担当医師らは聞き流して適切な治療を一切行わなかった。被告病院の担当医師が、患部の状態についてきちんと説明し、患者の要求どおり早期に別の医療機関でさらに検査および診療を受ける機会を与えていれば、自分の指の症状をある程度客観的に知ることができ、今後も被告病院で治療を続けるか、それとも別病院で治療を受けるかについて、自らの意思で選択することができたはずである。ところが、「入院中は、何も考えないで病気を治すことだけを考えなさい」、「血色の良い部分もあるので、悪い部分も良くなるでしょう」などというのみで、今後の治療方法などについて説明はななかった。病院側(被告)の主張担当医師は手の外科を専門とする形成外科医であり、手の手術経験は200例を超える。今回の手術ではキルシュナー鋼線は2回入れ直したにすぎない。負傷直後の段階で、適正な消毒、デブリドマン(除去施術)を行った。指の状態は、その後の点滴および消毒などの治療により改善傾向にあったのであり、時間を争って指を切断しなければならないほど悪化してはいなかった。患者自身に消毒させたというのは、ヒビテン®浴のことを誤解しただけである。担当医師は事あるごとに、患者に対し十分な説明をくり返した。当時の治療方針は、負傷部のデマルケーション(壊死部の境界線がはっきりすること)をみながら、植皮するか、最悪の場合には切断する予定であった。ところが、切断をすることもやむを得ないとの方向を検討し、患者に説明しようとしていた矢先に勝手に退院したため、説明の機会を失ったにすぎない。裁判所の判断被告病院では、手術の状況などを記載した手術記録をのこさず、さらにカルテにも記録していなかった。また、初診時に撮影したX線フィルムを紛失してしまったため、どのような手術が行われたのか、手術の状況はどうだったのかなどについて判断できない。ただし手術に際し、キルシュナー鋼線を10回以上も入れ直したと認めるに足りる証拠は何もないので、手術が粗雑であったとまで認めることはできない。担当医師は形成外科の専門医であり、手の外科の専門医でないとまで認めることはできない。カルテや看護記録の記載によれば、指の色が良くなってきた時期もあるので、一方的に悪くなっていったわけではない。また、感染症に対する予防措置や、指の血行障害の発生を防止する措置も十分に行っていたので、担当医師らによる治療が不適切なものであったと認めることはできない。別病院の医師が被告病院に無断で原告の指を切断し、また、手術中に指のポラロイド写真を撮影したり、指の組織検査の標本を採らなかったことから、指を切断する前に手術ミスを犯し、それを隠すために指を切断したのではないかなどと被告病院は主張するが、虚偽の事実を伝えて被告病院を抜け出し、無断で別病院の診察を受けに来たのであるから、すでに患者と被告病院との間の信頼関係は破綻していた。このような場合にまで、別病院の医師にそれまでの治療経過を被告病院に確認すべきであったとまでいうことはできない。結局のところ、被告病院における治療に強い不信感を抱いた原因は、被告病院の医師から指の状態や治療方針(指の切断の可能性など)などに関する説明がなかったためである。原告側合計670万円の請求に対し、合計110万円の判決考察ほかの病院で治療を受けていた患者が、紹介状もなく来院した時、どのように対応されていますでしょうか。もちろん、診察した時点で「正しい」と思った診断、あるいは治療方針を、患者にきちんと説明するのは当然のことと思われます。ただしその際に、前医の医療行為に対して配慮を欠いた発言をすると、思わぬ医事紛争へ発展する「不用意な一言」になりかねません。本件ではあとから振り返ると、最終的には手指切断を免れなかった症例と思われます。そして、被告病院の医師がとった初期段階の治療方針も、その後の別病院ですぐに切断手術が行われたのも、どちらも医学的にみて適切と考えられる医療行為でした。ところが、負傷から18日も経過した段階の所見をはじめて目の前にした医師が、それまでの治療経過をよく確かめずに、「最悪ですよ。すぐ手術しなければならない」などとコメントすれば、患者が被告病院を訴えたくなるのも当然でしょう。実際にこの一言をきっかけとして、4年以上にも及ぶ不毛な医事紛争へと発展しました。この事案を鑑定した整形外科専門医が、「被告病院に何の連絡もなく手術したことは、医療連携として問題である」と指摘したのは、きわめて当たり前の考え方であると思います。さらに被告病院は、「指を切断する前に手術ミスを犯し、それを隠すために指を切断したので、術中写真ものこさず、指の病理組織検査もしなかった」というような理解しがたい主張まで行い、「最悪ですよ」と批判した後医に対する敵意をあらわにしました。患者を前にして、自らの診断・治療に自信を持つ気持ちは十分に理解できますし、不適切な医療行為を批判したくなるのもよくわかりますが、同じ医師同士でこのような争いをするのは、絶対に避けたいと思います。とくにそれまでの医療行為に対して不満を抱く患者が、自分のことを頼って来院したような場合には、ほんのわずかな配慮によって患者の不信感を拭うこともできるのですから、前医の批判は絶対に避けなければなりません。最初に診た医師よりも、あとから診た医師の方が「名医」になるというのは、昔からいわれ続けている貴重な教訓です。本件では、患者が紹介状を持参せずに来院したので、何か「訳あり」であろうと初診時から予測することができたと思います。そこでまずは患者の言い分を聞き、そのうえで被告病院に電話を入れて治療状況を確認すれば、被告病院の立場にも配慮した説明(なるべく指を切断しないで残そうと努力していたのだけれども、当初のケガが重症だったので切断もやむを得ない段階にきている、というような内容)をすることができたと思います。そうしていれば、患者も納得して治療(手指の切断)を受け入れることができたでしょうし、医事紛争の芽を事前に摘み取ることができたかも知れません。もう一つの問題点として、被告病院では医師と患者のコミュニケーションが絶対的に不足していたと思われます。病院側は十分な説明を行ったと主張していますが、患者の印象に残った説明とは、「入院中は、何も考えないで病気を治すことだけを考えなさい」ですとか、指の色が悪いことを心配して質問しても、「血色の良い部分もあるので、悪い部分も良くなるでしょう」程度の曖昧な説明しか行わず、もしかすると切断するかもしれない、という重要な点には言及しなかったようです。このような患者の場合、勝手に離院するまでの入院中にはいろいろな徴候がでていたと思いますので、普段接する看護師や理学療法士などの意見にも耳を傾けて、不毛な医事紛争を避けるようにしたいと思います。本件は最終的には「説明義務違反」という名目で結審し、判決の金額自体はそれほど高額ではありませんでした。しかし、判決に至るまでに費やした膨大な時間と労力に加えて、患者への評判、社会的信用、医師同士の信頼感など、失ったものは計り知れないと思います。整形外科

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