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今回は、ワクチンで予防できる疾患、VPD(vaccine preventable disease)の第2回のテーマとして、「水痘(水ぼうそう)と帯状疱疹」を取り上げる。医療者の多くにとって、水痘と帯状疱疹は気にも留めないようなありふれた疾患かもしれない。しかし、水痘は、時に重症化し、しかも空気感染によって容易に伝播する。成人、中でも妊婦にとっては最も避けたい感染症の1つである。また、同じ水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)によって発症する帯状疱疹は、神経痛によりQOLを大きく低下させてしまう。このような水痘・帯状疱疹を予防するには、ワクチンが有効かつ重要である。現在、VZVに対してわが国で使用できるワクチンは2種類ある。従来の水痘生ワクチンと、2020年1月に発売された、帯状疱疹予防に特化した不活化ワクチンである。本稿では、水痘と帯状疱疹の特徴と疫学、そしてワクチンの活用法と注意点について取り上げたい。水痘、帯状疱疹の概要1)水痘(1)水痘の概要感染経路:空気感染、飛沫感染潜伏期:約14日間周囲に感染させうる期間:水疱が痂疲化するまで感染力(R0:基本再生産数):8-101)学校保健法:第2種(出席停止期間:すべての発しんがかさぶたになるまで)感染症法:5類(入院例に限る)注)R0(基本再生産数):集団にいるすべての人間が感染症に罹る可能性をもった(感受性を有した)状態で、1人の感染者が何人に感染させうるか、感染力の強さを表す。つまり、数が多い方が感染力は強いということになる。(2)水痘の臨床症状全身性の水疱性発疹と発熱を来たし、多くは軽症で自然に軽快する。しかし成人では、肺炎などの皮膚外病変により重症化しやすく、成人の死亡率は小児の約8倍にもなる2)。成人の中でも最もハイリスクなのは、妊婦である。妊娠第1・2三半期の初感染では先天性水痘症候群(胎児水痘症候群)のリスクとなり、妊娠第3三半期の初感染では10~20%で水痘肺炎を併発し、時に致死的となる3)。さらに分娩5日前から48時間後では重篤な新生児水痘を生じうる3)。そのため、水痘未感染の妊婦への感染予防は、極めて重要である。しかしながら、水痘は感染が広がりやすく、1人の感染者から平均8~10人に感染させうる。家庭や職場での空気感染対策は困難であり、ワクチン接種は重要な感染予防策である。(3)水痘の疫学水痘の罹患率は、ワクチンの定期接種化により激減している(図)。ワクチンギャップや、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)への曝露機会の減少により、水痘の抗体を獲得しないまま成人する層が一定数いると思われる。現在、水痘の報告者数のほとんどは小児だが、今後は成人の水痘例が増加するかもしれない。図 水痘の年間患者数の推移画像を拡大する2)帯状疱疹について(1)帯状疱疹の概要と臨床症状感染経路:接触感染、空気感染周囲に感染させうる期間:皮疹が痂疲化するまでVZVは水痘罹患後に仙髄・腰髄の後根神経節に潜伏感染し、宿主の加齢や免疫力低下に伴う細胞性免疫の低下により再活性化し、帯状疱疹を起こす。発症すると皮膚分節に沿ったチクチクとした痛みに続いて、水疱を伴う皮疹を生じる。多くの場合は片側性であるが、免疫抑制者では全身に広がる汎発性帯状疱疹となりうる。皮疹は7~15日前後で痂疲化し、感染性がなくなる。合併症としては帯状疱疹後神経痛(Post herpetic neuralgia:PNH)が最も多く、ほかにラムゼイ・ハント症候群、脊髄炎、遅発性の脳梗塞などがある。(2)帯状疱疹の疫学帯状疱疹は、約3人に1人が一生のうちに1度以上経験するとされる5)。小豆島における50歳以上の成人を対象とした前向きコホートによると、帯状疱疹の罹患率は4~10人/1,000人年、PHNは2.1/1,000人で、いずれも年齢が上がるにつれて罹患率も上がる6)。帯状疱疹の罹患率は、水痘ワクチン導入後に増えており7,8)、水痘の流行規模の縮小により、自然感染によるブースターの機会が減ったことが原因ではないかと考えられている。実際に、水痘を発症した小児と暮らす成人では、10~20年後に帯状疱疹が発症するリスクは約30%減ると報告されている9)。ワクチンの概要(効果、副反応)と接種スケジュール水痘の予防には水痘生ワクチンが、帯状疱疹の予防には、水痘生ワクチンと帯状疱疹不活化ワクチンの2種類が使用される。1)水痘の予防(表1)画像を拡大する(1)効果発症予防効果は、1回接種で約80%、2回接種で93%である。重症化は、1回接種で約99%、2回接種で100%予防する1)。(2)副反応ワクチン接種により一般的な副反応のほか、水痘ワクチンに特異的な副反応としては、接種後1~3週間後に発熱、3~5%に水痘様発疹がみられることがある。(3)禁忌妊婦、明らかな免疫抑制状態にある人、このワクチンによる重度のアレルギー症状(アナフィラキシーなど)を呈した既往のある人(4)注意事項生ワクチン接種後は、2ヵ月間は妊娠を避ける。2)帯状疱疹の予防2種類のワクチンを使用することができる(表2)。発症予防効果は不活化ワクチンでより高い。費用が高額であること、副作用が多いことを許容できるならば、不活化ワクチンを活用したい。画像を拡大する以下、不活化ワクチンについて述べる。(1)効果帯状疱疹の発症予防効果は、水痘生ワクチンより不活化ワクチンで高いことが知られている。不活化ワクチン2回接種による帯状疱疹の発症予防効果は50歳以上で97.2%、70歳以上で89.8%、帯状疱疹後神経痛は50歳以上で100%、70歳以上で85.5%である10)。一方の水痘生ワクチンでは、50歳以上における帯状疱疹発症抑制率は51%、帯状疱疹後神経痛の減少率は66%である 。ただし、いずれも免疫原性の持続が証明されているのは10年未満11,12)であり、今後は追加接種などが議論になる。(2)副作用不活化ワクチンの方が、生ワクチンよりも副作用の頻度が高い。生ワクチンの臨床試験の結果では、局所性(注射部位)の副反応が80.8%に認められ、主なものは疼痛(78.0%)、発赤(38.1%)、腫脹(25.9%)であった。全身性の副反応は64.8%に認められ、主なものは筋肉痛(40.0%)、疲労(38.9%)、頭痛(32.6%)であった。他のワクチンに比較して局所性副反応の頻度は高いが、いずれも3日前後で消失することがわかっている10)。(3)禁忌両者とも、このワクチンによる重度のアレルギー症状(アナフィラキシーなど)を呈した既往のある人。水痘生ワクチンでは妊婦、明らかな免疫抑制状態にある人。(4)対象対象は慢性疾患をもつ50歳以上の成人で、とくに慢性腎不全、糖尿病、関節リウマチ、慢性呼吸器疾患をもつ人に推奨される13)。日常診療で役立つ接種ポイント1)妊娠を希望する女性に対する、水痘ワクチン先に述べたように、妊婦の水痘は重症化のリスクが高い。妊娠中の水痘は何としても防ぎたい。水痘の罹患歴がなく、かつ水痘ワクチンの接種歴のない女性が妊娠を希望する際には、プレコンセプションケアの1つとして水痘ワクチンを接種しておきたい。また、接種後2ヵ月間は妊娠を避けるように伝える必要もある。2)50歳以上に対する帯状疱疹予防のワクチン水痘の罹患歴がある50歳以上の成人には、帯状疱疹不活化ワクチンの2回接種もしくは水痘ワクチンの1回接種を勧めたい(免疫抑制者など生ワクチンが禁忌とされる場合には、帯状疱疹不活化ワクチンを選択する)。帯状疱疹は高齢者ほどリスクが高く、帯状疱疹後神経痛を発症すると著明にQOLが低下する。なお、帯状疱疹は約6.4%に再発が認められる14)ため、帯状疱疹の罹患歴がある場合の再発予防としても有効である。今後の課題・展望小児における水痘ワクチンの定期接種化により、水痘の発症者は今後も減り続けるだろう。一方で、水痘の罹患歴のある者のブースター機会も減るため、今後しばらく帯状疱疹の罹患率は上昇することが予測される。水痘はR0が8-101)と非常に感染力が強く、ワクチン接種による予防が重要である。妊婦の水痘を予防し、帯状疱疹後神経痛を予防するために、妊娠を希望する女性、また、50歳以上の高齢者へのワクチン接種を忘れないようにしたい。参考となるサイトこどもとおとなのワクチンサイト国立成育医療センター プレコンセプションケアセンター1)水痘ワクチンに関するファクトシート(平成22年7月7日版)国立感染症研究所.2)Meyer PA, et al. J Infect Dis. 2000;182:383-390.3)日本産婦人科学会、日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン-産科編2017.p.374-376.4)Morino S, et al. Vaccine. 2018;36:5977-5982.5)Schmader K, et al. Ann Intern Med. 2018;169:ITC19-ITC31.6)Takao Y et al. J Epidemiol. 2015;25:617-625.7)病原微生物検出情報(IASR).2018;39.p.139-141.8)Leung J,et al. Clin Infect Dis. 2011;52:332-340.9)Forbes H, et al. BMJ. 2020;368:l6987.10)帯状疱疹ワクチンファクトシート(平成29年2月10日版)国立感染症研究所.11)Cook SJ, et al. Clin Ther. 2015;37:2388-2397.12)Shwartz TF, et al. Hum Vaccin Immunother. 2018 ;14:1370-1377.13)David K Kim DK,et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2019;68:115-118.14)Shiraki K, et al. Open Forum Infect Dis. 2017;4:ofx007.講師紹介