サイト内検索|page:4

検索結果 合計:621件 表示位置:61 - 80

61.

1日も早く自宅に帰りたい-入院中に生じる廃用症候群/転倒を防ぐには?【こんなときどうする?高齢者診療】第4回

CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロン」で2024年7月に扱ったテーマ「転倒予防+α」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。転倒・廃用症候群の予防は、入院・外来を問わず高齢者診療に欠かせません。その背景と介入方法を症例から考えてみましょう。90歳女性。 既往症は高血圧、膝関節症。認知機能は保たれている。バルサルタンとアセトアミノフェンを服用。独居でADL/IADLはほぼ自立。買い物で重いものを運ぶのは難しいと感じている。3日前からの排尿痛と発熱で救急受診。急性腎盂腎炎の診断。入院して抗菌薬による治療を開始。本人は1日も早く帰宅し、自宅での自立生活を再開したいと希望している。原疾患の治療に加えて、自立生活を再開できる状態を作ることが入院中の治療・ケアのゴールになりますが、入院中に著しい身体機能低下を来す患者は少なくないのが実情ではないでしょうか。入院が高齢者に及ぼす影響まず、その背景を確認しましょう。入院中の高齢者は87~100%の時間をベッド上で過ごすといわれています1)。入院期間のほとんどがベッド上での生活となれば、当然、身体活動量は低下します。その他に、慣れ親しんだ自宅と異なる環境により、睡眠障害や口に合わない食事などで食欲不振、栄養不良に陥ることも珍しくありません。これらが引き金になり、筋肉量や有酸素能力が低下したり、歩行に必要な体のバランス機能や認知機能などが低下したりします。ちなみに、20~30代をピークに筋肉量の減少が始まることが多く、有酸素運動能力は25歳を過ぎると10年ごとに約10%減少していくともいわれています2-5)。加齢に伴う変化としての身体機能低下に、入院による負の変化が加わることで、廃用症候群のリスクが極めて高くなるのです。さらに悪いことに、こうした機能低下によって転倒をきっかけに入院した高齢患者が退院後6カ月以内に転倒する割合は約40%。そのうち15%は転倒により再入院に至るという研究もあります1)。そのほかに施設入所の増加、フレイルの悪化、ひいては死亡率の上昇などが生じます。急性疾患の治療を目的とした入院自体が機能低下の悪循環に入る原因になってしまうのです。入院中に生じる廃用症候群・転倒の悪循環を止めるには?このことから、身体機能低下を予防することは原疾患の治療と並ぶ重要な介入であることがわかると思います。ここからは、入院中の機能低下を最小限に抑えて、可能な限り身体機能を維持または強化し、患者の「家に帰りたい」という願いを叶える方法を探りましょう。まずアセスメントです。ここでは、簡単にできる機能評価・簡易転倒リスクのスクリーニング方法を2つ紹介します。1つめは、以下に挙げる4つの質問を使う方法です。(1)ベッドや椅子から自分で起き上がれますか?(2)自分で着替えや入浴ができますか?(3)自分で食事の準備ができますか?(4)自分で買い物ができますか?1つでも「いいえ」がある場合は、より詳しい問診やリハビリテーションチームに機能評価を依頼するなど、詳細な評価を検討します。また同時に、視力や聴力の程度、過去1年の転倒歴、歩行や転倒に関しての本人の不安なども、転倒リスクを見積もるために有用な質問です。2つめは、TUG(Timed up and Go)テストです。椅子から立ち上がって普通の速度で3m歩いてもらい、方向を変えて戻ってくるまでにかかる時間を計ります。10秒未満で正常、20秒未満でなんとか移動能力が保たれた状態、30秒未満では歩行とバランスに障害があり補助具が必要な状態と判断します。入院患者のアセスメントでは、15秒以上かかる場合は理学療法士に詳しいアセスメントや助言を求めるとよいでしょう。医師が押さえておくべき運動処方の原則さて、患者の状態を把握できたら次はどのような運動介入を行うかです。ここでは、「歩行のみ」のトレーニングはかえって転倒のリスクを高めるということを覚えておきましょう。転倒予防やADLの維持をサポートするには、筋力トレーニング、有酸素運動、バランストレーニング、歩行/移動トレーニングなどの複数の運動療法を組み合わせて、バランスよく総合的に鍛えることが重要です。そのほかにも関節可動域訓練などさまざまな訓練がありますから、患者の状態に合わせてリハビリテーションチームと共に計画を立ててみましょう。 外来での転倒予防のポイントはオンラインサロンでサロンでは外来患者のケースで、転倒リスクになる薬剤や外来でのチェックポイントや介入のコツを解説しています。また、サロンメンバーからの質問「高齢患者に運動を続けてもらうコツ」について、樋口先生はもちろん、職種も働くセッティングも異なるサロンメンバーが経験を持ち寄り、よりよい介入方法をディスカッションしています。参考1)Faizo S, et al. Appl Nurs Res. 2020:51:151189.2)Janssen I, et al.J Appl Physiol (1985). 2000;89:81-88.3)Mitchell WK, et al. Front Physiol. 2012 Jul 11:3:260.4)Hawkins S, et al. Sports Med. 2003;33:877-888.5)Kim CH, et al. PLoS One. 2016;11:e0160275.

62.

活動制限の有病率に、性差や国の経済水準による差はあるか/Lancet

 活動制限(activity limitation)の世界的な有病率は、男性よりも女性で、高所得国よりも低所得国や中所得国で大幅に高く、歩行補助具や視覚補助具、聴覚補助具の使用率のかなりの低さも手伝ってこの傾向は顕著であるため、活動制限の影響を軽減するための公衆衛生キャンペーンの焦点となりうる重要な課題であることが、カナダ・マクマスター大学のRaed A. Joundi氏らが実施した「PURE研究」で示された。研究の詳細は、Lancet誌2024年8月10日号に掲載された。25ヵ国の35~70歳を対象とする前向きコホート研究 PURE研究は、活動制限の有病率と補助具の使用、および活動制限と有害なアウトカムとの関連の定量化を目的とする前向きコホート研究で、経済水準の異なる25ヵ国の個人データの解析を行った(カナダ・Population Health Research Instituteなどの助成を受けた)。 現在の住居に今後4年以上住む予定の35~70歳の17万5,660例を対象とし、活動制限に関する質問票への回答を求めた。追跡調査は3年に1回、電話または対面で行うこととした。 活動制限の調査は、7つの制限(歩行、把持[指で物をつかんだり扱うこと]、屈伸[かがんで床から物を拾う]、近くを見る、遠くを見る、話す、聞く)と補助具の使用(歩行、視力、補聴器)の自己報告による困難に関する質問で構成された。屈伸困難が最も多く、近くを見るや歩行の制限も高頻度 2001年1月~2019年5月に、17万5,584例が活動制限質問票の少なくとも1つの質問に回答した(平均年齢50.6歳[SD 9.8]、女性10万3,625例[59%])。すべての質問に回答した集団の平均追跡期間は10.7年(SD 4.4)だった。 最も高頻度に自己報告された活動制限は屈伸(2万3,921/17万5,515例[13.6%])であり、次いで、近くを見る(2万2,532/16万7,801例[13.4%])、歩行(2万2,805/17万5,554例[13.0%])、把持(1万6,851/17万5,584例[9.6%])、遠くを見る(1万3,222例/17万5,437例[7.5%])、聞く(9,205/16万7,710例[5.5%])、話すまたは理解してもらう(3,094/17万5,474例[1.8%])の順であった。これらの制限の有病率は、年齢が高いほど、また女性で高かった。 年齢と性別で標準化した活動制限の有病率は、聴覚を除き、低所得国と中所得国で高く、社会経済的因子で補正しても一貫して同様の所見が認められた。また、歩行補助具、視覚補助具、聴覚補助具の使用は、低所得国と中所得国で少なく、とくに女性で使用率が低かった。低所得国では視覚制限が多く、眼鏡使用率が低い 近くを見ることの制限の有病率は、低所得国では高所得国の約4倍(6,257/3万7,926例[16.5%]vs.717/1万8,039例[4.0%])で、遠くを見ることの制限の有病率は約5倍(4,003/3万7,923例[10.6%]vs.391/1万8,038例[2.2%])であったが、眼鏡使用の割合は低所得国(30.9%)と中所得国(30.3%)で高所得国(71.1%)の半分にも満たなかった。 歩行制限は、全死因死亡率と最も強く関連し(補正後ハザード比[aHR]:1.32、95%信頼区間[CI]:1.25~1.39)、他の臨床イベント(心血管疾患死、非心血管疾患死、心血管疾患、非致死的心血管疾患、心筋梗塞、肺炎、転倒)とも強い関連を示した。これ以外の顕著な関連として、遠くを見ることの制限と非心血管疾患死(1.12、1.03~1.21)、把持の制限と心血管疾患(1.15、1.05~1.26)、屈伸の制限と転倒(1.11、1.03~1.21)、話すことの制限と脳卒中(1.44、1.18~1.75)などを認めた。 著者は、「とくに低所得国と女性に重点を置いて、世界的に活動制限を予防し、その影響を軽減する必要がある」「世界の60歳以上の高齢者人口の3分の2は低・中所得国であるため、活動制限の大きな負担とこれに関連する結果を軽減するための公衆衛生戦略が求められる」としている。

63.

第205回 ポストコロナ時代、地域医療の存続に向けた病院の新たなアプローチとは?

毎週月曜日に先週にあった行政や学会、地域の医療に関する動きを伝える「まとめる月曜日」。今回は特別編として「すこし未来の地域医療の姿」について井上 雅博氏にご寄稿いただきました。新型コロナが医療・介護にもたらした影響とは今春、6年に1度のタイミングで医療報酬、介護報酬、障害福祉サービスの報酬が同時に改定されました。今回の改定では、医療と介護の連携の必要性を強く求めると同時に、マイナンバーカードの普及により医療情報の利活用を促進し、高血圧、脂質異常症、糖尿病を中心に診療を行っていた医療機関では「療養計画書」の作成などの対応に追われました。改定後、全国の病院関係者からは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大時に救急患者の受け入れや転院、退院支援で苦労したのが、第11波の現在では、患者不足で病床が埋まらず、病床稼働率の低下が囁かれるようになったという声が聞かれます。もちろん、COVID-19のワクチン接種による軽症化や治療薬の開発による早期治療開始による早期退院が可能となったことが大きいとは思います。しかし、それ以外の原因として、感染拡大によって定期的な健康診断やがん検診によって発見された手術適応患者の紹介の減少が目立っていることが挙げられます。さらに、後期高齢者の場合、入院しても手術適応とならない方が増えている可能性があります。私が以前勤務していた広島県福山市の脳神経センター大田記念病院では、最新の統計によれば中央値では過去5年間大きな変動はないものの、高齢者層の増加(とくに90歳以上)が報告されています。じわじわと来る診療報酬改定の影響現在、病院が直面している経営課題は、昨年秋以降、コロナ対策の医療機関への病床確保基金などの制度が廃止され、以前の診療報酬体制に戻ったにも関わらず、患者の受診行動が変化してしまい、COVID-19拡大が落ち着いても元通りにならなかったという点です。このため、病床稼働率低下に加え、今春の改定で厳しくなった重症度、医療・看護必要度の対応で、10月からの病床再編や加算の対応に頭を悩ませている病院が多いと思います。さらに、原油高やエネルギー価格高騰に加え、デフレからインフレへの転換による経営環境の変化、人件費の増加といった影響も大きく、経営環境が激変しています。診療報酬改定では医療・介護職員の処遇改善のために賃上げの財源としてベースアップ評価料の算定が可能になりましたが、目新しい加算項目は少なく、サイバーセキュリティの強化など追加支出が求められているため、医療機関にとっては厳しい状況です。また、医療機関で問題となっているのは人手不足です。介護系サービス事業者は、高齢者の増加に備え設備投資を行い、施設を増やしてきましたが、現場に投入する医療・介護人材が必要となるため、医療機関よりも賃上げを先行して実施しており、同じ職種でも介護サービス事業者の賃金が高い状態になっています。さらに都市部では、コロナ禍にサービスを縮小していたホテル、飲食業などのサービス業界での人材不足が深刻化し、異業種との人材獲得競争も厳しくなっています。医療機関に求められる新たな「医療の形」病床稼働率の低下という現状を乗り切るための唯一の解決方法は、患者のニーズに応えることです。しかし、急性期の医療機関は専門医が多く、スペシャリストとして専門診療は得意である一方、後期高齢者のように2つ以上の慢性疾患が併存し、診療の中心となる疾患の設定が難しい「Multimorbidity(多疾患併存)」の場合、診療科ごとに縦割り構造のため、患者をチームで診ていると言いながら、病院内で診療科間の連携が取れていない、かかりつけ医や介護サービス事業者との連携協力が不十分なため、退院後にも内服薬の治療中断や退院前の指導不足による病状の悪化など、同じ患者が何回も入退院を繰り返す例が少なくありません。今後は、高度な急性期の医療機関は変わる必要がありそうです。とくに、在宅医やかかりつけ医との退院前のカンファレンスの開催や紹介状の内容の充実、情報共有の進化が必要ですが、多忙な急性期病院の医師がこれらを行うのは難しいと感じています。現状の解決手段としては、医師事務補助作業者の活用による書類作成の充実、退院サマリーや紹介状の作成業務のクオリティの向上が考えられます。また、今後は電子カルテにAIを導入し、カルテ内容の要約自動化を進めることや連携医療機関とカルテの開示を進めることが求められます。さらに、回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟のある医療機関から退院する場合に、退院後のケアを担当する医療、福祉職へのわかりやすい指導(たとえば体重が〇kg以上増えたら早期に専門医に受診、食事や体重が減ったらインスリンは〇単位減量など)が求められると考えます。政府が模索する「新たな地域医療構想」の時代へ厚生労働省は、社会保障制度改革国民会議報告書に基づき、団塊の世代が全員75歳以上となる2025年に向けて、地域医療構想を策定するよう各都道府県に働きかけてきました。厚労省は地域医療構想を「中長期的な人口構造や地域の医療ニーズの質・量の変化を見据え、医療機関の機能分化・連携を進め、良質かつ適切な医療を効率的に提供できる体制の確保を目的とするもの」と定義しています。現状、2025年を目指していた「地域医療構想」はほぼ完成形に近付いているように思います。高度急性期、急性期、回復期、慢性期の病床区分は、各医療機関の立ち位置を明確にし、担うべき役割と連携協力機関をはっきりさせることで、独立した医療機関が有機的に医療・介護連携を行い、全国の2次医療圏内で完結できるよう基盤整備を進めてきました。厚労省は、今後の日本が迎える「高齢者が増えない中、むしろ労働人口が減少していく」2040年を見据え、今年3月から「新たな地域医療構想等に関する検討会」を立ち上げました。地域によっては高齢化の進行によって外来患者のピークを過ぎた2次医療圏も増えています。これは国際医療福祉大学の高橋 泰教授らが作成した2次医療圏データベースシステムからも明らかになっています。これまで、医師や看護師といった人材リソースを増やすことで充実させてきた医療のあり方が変わる中、その地域でいかに残っていくのかを考える必要があります。そのために、最近読んでいる本を紹介します。今後の病院、クリニック運営を考える際の一助になりましたら幸いです。『病院が地域をデザインする』発行日2024年6月14日発行クロスメディア・パブリッシング発売インプレス定価1,738円(1,580円+税10%)https://book.cm-marketing.jp/books/9784295409861/著者紹介梶原 崇弘氏(医学博士/医療法人弘仁会 理事長/医療法人弘仁会 板倉病院 院長/日本大学医学部消化器外科 臨床准教授/日本在宅療養支援病院連絡協議会 副会長)千葉県の船橋市にある民間病院である板倉病院(一般病床 91床)の取り組みとして、救急医療、予防医療、在宅医療の提供、施設や在宅との連携を通して「地域包括ケア」の展開や患者に求められる医療機関の在り方など先進的な取り組みが、とても参考になります。ぜひ一度、手に取ってみられることをお勧めします。参考1)新たな地域医療構想等に関する検討会(厚労省)2)社会保障制度改革国民会議報告書(同)3)外来医療計画関連資料(同)4)診療報酬改定2024 「トリプル改定」を6つのポイントでわかりやすく解説!(Edenred)5)2次医療圏データベースシステム(Wellness)5)医療の価格どう変化? 生活習慣病、医師と患者の「計画」で改善促す(朝日新聞)

64.

消毒の難しい器具の消毒、消毒用ワイプvs.UV+過酸化水素

 理学療法で用いられる器具の消毒は、消毒液を含浸したワイプを用いた消毒では不十分である可能性が示された。米国・デューク大学のBobby G. Warren氏らは、理学療法で使用される消毒の難しい器具について、消毒方法の効果を評価した。その結果、消毒液を含浸したワイプによる消毒では病原体が残存する可能性が高かったが、深紫外線(UV-C)と過酸化水素を用いた消毒方法は病原体の残存が抑制された。本研究結果は、Infection Control & Hospital Epidemiology誌オンライン版2024年7月26日号で報告された。 研究グループは、成人および小児の理学療法で使用される器具を対象として、2段階の前向き比較試験を実施した。第1段階では、使用後の器具を消毒液を含浸したワイプで消毒して(消毒用ワイプ消毒)、汚染状況を評価した。第2段階では、使用後の器具を左右対称に分割し、一方は消毒を実施せず(無消毒)、もう一方はUV-Cと6%過酸化水素水を用いたキャビネットで消毒して(キャビネット消毒)、汚染状況を評価した。 主な結果は以下のとおり。・消毒用ワイプ消毒後に臨床的に重要な病原体(CIP)を保持する割合は43%(52/122サンプル)であった。とくに、歩行補助具(72%)、治療用ボール(66%)の汚染率が高かった。・キャビネット消毒後にCIPを保持する割合は2%(3/196サンプル)であった(無消毒は19%[37/196サンプル])。・キャビネット消毒後のCIPのコロニー形成単位(CFU)中央値は0(四分位範囲:0~55)であり、無消毒の977(同:409~2,547)、消毒用ワイプ消毒後の527(同:117~1,218)と比較して有意に低かった(いずれもp<0.00001)。 本研究結果について、著者らは「理学療法で用いられる器具は、消毒用ワイプによる標準的な消毒後も、病原体による汚染がみられた。これは、形状や素材、消毒液の塗布が難しいことに起因すると考えられ、これらの器具では、UV-Cと6%過酸化水素水を用いたキャビネットでの消毒が効果的であることが支持された」とまとめた。

65.

めまい(BPPV)【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第17回

今回は施設内でめまいを訴える患者さんを診察した経験を紹介します。めまいを診る機会は多くありますが、どのようなアプローチが必要なのか復習しましょう。内容が多いので2回に分け、前半では良性発作性頭位めまい症(BPPV)を紹介します。<症例>82歳、女性主訴めまい施設入所中の患者。朝ベッドから起き上がるとめまいを訴え、立てなくなった。昼ごろまで様子をみたが改善しないため臨時往診を依頼。アレルギーなし服用薬高血圧の薬、認知症の薬既往歴高血圧、高脂血症、認知症ベッド上で横になっている。血圧:142/82、脈拍:82、体温:36.2℃さて、皆さんならどのようにアプローチしますか? まず重要なのは、患者さんの訴えが医学的な「めまい」であるかどうかを判断することです。なぜなら、一般的には「立ちくらみ」もめまいと表現されることがあるからです。初めにそのめまいが「中枢性/末梢性めまい」か「前失神」かを区別して、調べるべき内容を検討します。この患者さんは認知症がありましたが、自身の症状については正確に訴えており、起き上がらなくてもめまいを感じているようです。この情報から、前失神ではないと判断できます。(1)STANDINGアルゴリズムSTANDINGアルゴリズムを使ってめまいの種類を鑑別していきます。STANDINGアルゴリズムは救急医でも簡易にできる中枢性めまいを否定するアルゴリズムで、陰性的中率は99%(95%信頼区間:97~100)です。図1を見てください1)。図1 STANDINGアルゴリズム画像を拡大するまず初めにするのはNystagmus(眼振の出方)です。何を鑑別しようとしているかといいますと、BPPVとそれ以外のめまいです。BPPVはまったく発症様式が異なり、特定の向きの頭位変換で潜時(5~6秒)を経てめまいが出現し、1分程度持続して止まる、というのが特徴です。私の経験では、一定の体位をとったまま動きたがらず、動かなければめまいがない、というのが特徴と考えます。今回の患者さんは、頭を動かすとめまいが生じ、動かなければ症状がないとのことで、BPPVが強く疑われました。(2)BPPVの鑑別BPPVは三半規管(図2)に耳石が落下して生じるといわれています。三半規管は前半規管、後半規管、外側半規管に分かれ、前半規管は垂直に立っているため耳石は落下しにくいです。図2 三半規管画像を拡大するまれに「頭を振ったらめまいが強くなる」ということでBPPVと診断している医師がいますがそれは違います。めまいがある人が頭を振ると気持ち悪くなるのは普通のことです。BPPVのめまいの特徴は、「特定の頭位変換で数秒した(潜時)後にめまいが出現し、1分以内に消失する」です。めまいが生じた後に吐き気が残存しますが、それは別です。BPPVは外側半規管型と後半規管型に分かれます。頻度としては後半規管型のBPPVの頻度が多いといわれています。私は簡便性から、外側半規管型を否定してから後半規管型のBPPVの診断に移っています(理由は後述)。<外側半規管型BPPV>外側半規管型BPPVは、耳石が外側半規管に落下することにより症状が生じます。頭を左右に動かすと症状が誘発されます。患側の耳側に頭を向けると、患側方向に強い眼振が出現し、反対側を向けると健側に弱い眼振が出現します。端的に言うと、左右に頭を振るとどちらでも床向きの眼振が誘発され、眼振が強いほうが患側です(図3)。この試験をSupine roll test といいます。図3 Supine roll test(右外側半規管型BPPVの眼振の向きと強度) 注:頭だけ振る画像を拡大する私が先に外側半規管型を否定するのは、BPPVの患者はたいてい横になっているので、そのまま仰向けになってもらえればSupine roll testがすぐに実行できるからです。外側半規管型と診断されればBBQ Roll Maneuver (Lampert method)を実施します(図4)2)。図4 BBQ Roll Maneuver画像を拡大するBBQ roll maneuverは臥位になり、1.患側に頭を傾ける、2.健側に頭を傾ける、3.腹ばいになる、4.患側に側臥位になる、5.仰向けになる、を行います。多くの文献でそれぞれの頭位を30~90秒としていますが、私は耳石がしっかりと確実に流れるようにするため、2分ごとにしています。しかし、この患者さんにSupine roll testを実施しましたが、誘発されませんでした。よって外側半規管型BPPVは否定的と判断しました。<後半規管型BPPV>外側半規管型BPPVでなければ、後半規管型BPPVの可能性が高くなります。後半規管型BPPVはDix Hallpike法で診断します(図5)3)。右(または左)45度頸部捻転位から右(または左)45度懸垂頭位に頭位変換し、めまいが誘発されるかをみます。誘発された側が患側です。図5 Dix Hallpike法画像を拡大する患側でめまいが誘発され、床向きの回旋成分がある眼振が出現します。うまく誘発されたらEpley法を実施します(図6)。図6 Epley法画像を拡大する手順としては、1.座位をとり、患側に頭を向ける、2.そのまま後ろへ倒れ、頭を下垂した状態にする、3.健側に頭を傾ける、4.健側向きに側臥位になる(この際頭は床に向いてもらう)、5.座る、となります。Epley法を実施する際に私が工夫していることが2つあります。1つ目は、手順1と2がDix Hallpike法とまったく同じですので、私はDix Hallpike法で明らかに誘発された場合、そのままEpley法に移行して2から開始しています。2つ目は、4の側臥位になった際、頭位を真横にするとかなりの頻度で嘔吐する/しそうになるため、必ず床を向くように意識しています。誤嚥もしにくくなります。この患者さんは、Dix Hallpike法で右側の陽性となりました。そのままEpley法を実施したところ、普通に歩けるようになりました。そして、認知症のため先ほどまで歩けなかったことを忘れ、ご飯を食べに行ってしまいました。しかし、施設職員からは感動され「BPPVをしっかり勉強します」というお言葉をいただきました。以上がBPPVになります。次回はBPPV以外のめまいで、STANDINGアルゴリズムを用いて中枢性と末梢性を鑑別する方法を紹介します。<クプラ結石型>あまり聞きなれない名称かもしれませんが、日本のめまいガイドラインにも記載されており、三半規管の膨大部にあるクプラと呼ばれるゼラチン状の部位で、頭の傾きを感知しています。そこに耳石が付着して頭位変換によりクプラが変位し、めまいが誘発されるといわれています4)。特徴としては持続時間が1分以上と長く、先述したEpley法やBBQ maneuverで治癒しにくいことが挙げられます。英語ではcupulolithiasisと表現されますが、PubMedで検索しても英語の論文ではほとんど触れられておらず、エビデンスは限られているようです。しかし、実際に診療していると、BPPVの病歴だけれど妙に持続時間が長く、治療でも改善しないことがあります。その際はクプラ結石型を疑いましょう。クプラ結石型に対してはエビデンスのある治療はないですが、Gufoni法が効くのではという報告があります5)。<HINTS method>中枢性めまいと末梢性めまいの鑑別にHINTS methodという方法があるのですが、時折BPPVに使用している医師を目撃します6)。前提としてHINTs methodはBPPVには使用できません。HINTsのNである、「方向交代性眼振ありで中枢性の疑い」ですが、BPPVは方向交代性の眼振が特徴です。その点を踏まえてもSTANDINGアルゴリズムの最初にBPPVかどうかを見分けるのは非常に重要と考えます。 1)Vanni S, et al. Acta Otorhinolaryngol Ital. 2014;34:419-426.2)Hwu V, et al. Cureus. 2022;14:e24288. 3)You P, et al. Laryngoscope Investig Otolaryngol. 2018;4:116-123.4)日本めまい平衡医学会診断基準化委員会編. Equilibrium Research. 2009;68:218-225. 5)武田 憲. めまいのリハビリテーション 耳石置換法と平衡訓練. 日本耳鼻咽喉科学会会報. 2017;120:9-14.6)Gerlier C, et al. Acad Emerg Med. 2021;28:1368-1378.

66.

月経前症候群は食行動と関連

 日本の女子大学生および大学院生を対象とした横断研究の結果、摂食障害傾向の有無が月経前症候群(premenstrual syndrome;PMS)と関連していることが明らかとなり、BMIの値にかかわらず、食行動がPMS症状に影響を及ぼしている可能性が示唆された。大阪公立大学大学院リハビリテーション学研究科の森野佐芳梨氏らによる研究であり、「BMC Women's Health」に6月7日掲載された。 PMSは、情緒不安定、イライラ、不安、倦怠感、食欲や睡眠の変化、下腹部痛、頭痛、むくみ、乳房の張りなど、さまざまな身体・精神症状を伴い、多くの女性の日常生活に支障をきたしている。PMSは、運動習慣、食事の内容や栄養摂取の状況などと関連することが報告されている。しかし、朝食の欠食、やせ願望、過食といった食行動に関する問題が深刻化している中で、食行動とPMS症状について検討した日本の研究は少ない。 著者らは今回、日本の大学に通う25歳以下の女子大学生・大学院生を対象に、インターネットを用いた質問紙調査を実施した(2022年11月から2023年9月)。食行動の評価には「EAT-26」という尺度を用い、摂食障害傾向の有無を評価した。PMSについては、計18の身体症状と精神症状について、その症状により日常生活に支障が出たかどうかを尋ねた。 有効回答の得られた対象者130人のうち、EAT-26の評価により摂食障害傾向グループに分類された人は8人(6.15%)だった。摂食障害傾向グループとそうでないグループで、平均年齢(19.6±0.7対20.1±1.6歳)、身長(158.0±4.9対159.0±5.5cm)、体重(52.3±4.2対51.7±5.6kg)、BMI(21.0±2.0対20.5±1.9kg/m2)に関して、有意差はなかった。 PMSで悩んでいる人の割合は、摂食障害傾向グループの方が、そうでないグループに比べて有意に高いことが明らかとなった(100%対59.8%)。同様に、PMSの身体症状(100%対55.7%)および精神症状(62.5%対27.1%)のどちらの割合も、摂食障害傾向グループの方が有意に高かった。 さらに、身体症状の有無と、EAT-26の下位尺度の得点との関連を比較したところ、身体症状のあるグループは、身体症状のないグループと比べて、「摂食制限」(6.8±5.4対5.2±2.6)および「過食と食への関心」(1.6±2.7対0.6±1.2)の得点が有意に高かった。 今回の研究結果について著者らは、BMIのような体組成の違いにかかわらず、女子大学生の摂食障害傾向がPMS症状に関連していたことから、従来から指摘されている栄養状態やBMIだけではなく「食行動がPMSに影響している可能性があり、PMSに対する保健指導に新たな視点が必要となる可能性がある」と述べている。また、若い世代ほど、ボディイメージやソーシャルメディアの意見に関心が高く、食行動も大きく影響を受けやすいことから、今後、より多くの集団で食行動について検討することで、PMSの改善や予防に貢献できる可能性があるとしている。

67.

生成AI、医師がChatGPTのほかに利用しているのは/医師1,000人アンケート

 2022年11月の対話型AI「ChatGPT」の公開を皮切りに、さまざまな生成AIサービスがリリース&アップデートされ、活用が進んでいる。論文検索や翻訳、スライド作成など、医師の仕事にも活用の可能性が広がる中、CareNet.comでは会員医師1,026人を対象に、生成AIの現在の使用状況についてアンケートを実施した(2024年6月25日実施)。「現在使用している」と回答した医師は約2割、年代による差も 生成AIの現在の使用状況について聞いた結果、「現在使用している」と回答したのは21%。「使用経験はあるが、現在は使用していない」が22%、「過去、現在ともに使用していない」が57%であった。年代別にみると、「現在使用している」と回答した割合は20代・30代では28~29%だったのに対し、40代では19.8%、50代では15.2%と年代が高くなるごとに減少した。 診療科別にみると、「現在使用している」と回答した割合は救急科(50.0%)、総合診療科(36.4%)、神経内科・血液内科・リハビリテーション科(いずれも33.3%)で高かったのに対し、腎臓内科(3.2%)、耳鼻咽喉科(7.1%)、産婦人科(11.1%)などでは低い傾向がみられた。使用していない理由で最も多かったのは「使いこなすのが難しそう/難しいと感じた」 「現在使用していない」と回答した医師に対し、その理由を聞いたところ、「使いこなすのが難しそう/難しいと感じた」が44.5%と最も多く、「習得に時間がかかりそう/かかると感じた」が28.0%、「必要性を感じない」が25.2%と続いた。 「現在使用している」と回答した医師に対し、生成AIを実際どんな作業に活用しているかについて聞いたところ、「論文検索・データベース化」が45.8%と約半数を占め、「論文要約」(44.4%)、「翻訳」(36.0%)、「文章校正」(31.3%)、「抄録・論文の文案作成」(22.9%)と続き、その他の自由記述欄では「アイデア出し」や「シフト表作成」なども挙がった。 一方で「現在使用していない」と回答した医師に生成AIをどんな作業に活用したいかについて聞いた結果、「論文検索・データベース化」(11.9%)、「論文要約」(11.6%)、「翻訳」(10.8%)、「文章校正」(7.1%)と現在使用している医師と同様の傾向がみられたが、その次に多かったのは「スライド作成」(5.9%)であった。実際使用している生成AIサービスは? 「現在使用している」と回答した医師に対し、実際使用しているサービスを聞いたところ、「ChatGPT」は87.4%とほとんどの医師が使用しており、「Microsoft Copilot」(18.2%)、「Claude」(12.1%)、「Gemini」(11.7%)、「Perplexity」(8.4%)と続いた。「LUMIERE」、「Runway」、「Midjourney」、「Stable diffusion」などの動画・画像生成系は使用者が少なかった。 「現在使用していない」と回答した医師に使用したいサービスを聞いた結果、同じく「ChatGPT」が56.0%と最も多く、「Microsoft Copilot」(6.5%)、「Gemini」(5.0%)、「Claude」(4.6%)とおおよその傾向は現在使っている医師と同様であったが、「使ってみたいサービスはとくにない」との回答も37.8%みられた。有料版は使用していないとの回答が6割、一方で月額1万円以上との回答も 「現在使用している」と回答した医師に対し有料版使用の有無を聞いたところ、64.2%が「有料版は使用していない」と回答した一方、月額3,000円未満を支払っていると回答したのは15.1%、3,000円以上5,000円未満が14.2%、5,000円以上1万円未満が4.7%、1万円以上が1.9%だった。アンケート結果の詳細は以下のページに掲載中。「生成AI、いま実際どのくらい使っていますか?」 医師1,000人に聞きました

68.

難聴者の聞きたい意図を汲み取る技術搭載の補聴器/デマント・ジャパン

 世界的な医療機器メーカーのデマントグループのオーティコン補聴器は、新製品の補聴器の発売に合わせ、都内でメディアセミナーを開催した。 今回発売された新製品「オーティコン インテント」は、聞き取りの意図を補聴器ユーザーから汲み取る技術を世界で初めて搭載した補聴器。特徴として脳の自然な働きに必要な360度の音の全体像を脳に届け、さらにユーザー個々人の意図に基づき、最も聞きたいと思われる音を優先的に脳に届ける補聴器機能を備えている。 当日は、わが国の難聴診療の現状とその対策、同社から新製品の概要などが説明された。補聴器装用が認知機能低下を予防する可能性 難聴が日常生活に及ぼす影響は重大であり、予防しうる認知症の最大のリスク要因は難聴であるとの報告もあり、近年注目を集めている。また、聞こえに問題がある際に聞き取ろうと頑張ることで、「聞き取り努力(LE:リスニングエフォート)」が続き、「疲労」につながるとも考えられている。このような負の影響を軽減するために、補聴器による早期介入の必要性が重要視されている。 では、現在の難聴の現状、その対策はどのようにされているのであろうか。 「難聴対策の重要性-疲労、認知機能低下を防ごう-」をテーマに大石 直樹氏(慶應義塾大学病院 聴覚センター センター長)が講演を行った。 難聴の中で最も多い「加齢性難聴」は、高齢化社会とリンクする疾患であり、世界保健機関(WHO)のレポートでは全世界で患者は15億人と推定され、2050年にはさらに1.5倍になるとの予測がある。わが国の65歳以上の難聴有病者は約1,500万人に上ると推定され、男性のほうが早く到来する。難聴がもたらす不利益としては、聞こえないことによる「孤立」「認知症」「うつ」「疲れ」「生産性低下」「離職」「運転能力低下」などコミュニケーション障害と社会活動の減少がある。一方でわが国は、難聴に寛容な社会であり、対策が遅れている可能性があると大石氏は課題を提起した。 難聴と認知症について、認知症の危険因子として中年期以降では難聴(8%)、外傷(3%)、高血圧(2%)の順で1番高く、早期に介入すれば認知症を予防できる可能性を説明した。また、厚生労働省の認知症対策でも危険因子として「難聴」が明記され、防御因子として活発な精神活動のサポートに「補聴器」が登場するなど広く対策が定められていることにも触れた。実際、高齢者に難聴があると脳容積の減少が報告され、とくに右側頭葉に聴力低下群では有意な容積減少を認めたという1)。 同様に米国の60代605例について、Digit Symbol Substitution Test (DSST)の知能検査で知能評価と聴力の関係を研究したところ、聴力レベルの悪化とDSTT低値に有意に関連があり、25dBの聴力低下に伴う認知機能の低下は7年経年変化と等価であるとの試算がなされ、その一方で補聴器使用者では、年齢、性別、重症度などの調整をしてもDSSTスコアが高い結果となった2)。 続いて大石氏が自院での補聴器装用と認知機能の関係を研究した結果を述べた。研究では、55歳以上かつ両側の平均聴力閾値25dBHL以上の患者を補聴器未装用者55例と装用者62例に分け、Symbol Digit Modalities Test(SDMT)で認知機能検査を実施した。その結果、47.5dB以上の補聴器未装用者ではSDMTスコアと聴力閾値に有意な関連を認め、補聴器装用が認知機能低下を予防する可能性が示唆されたという。なぜ補聴器はわが国では普及しないのか 補聴器の装用は生活の質を向上させ、LEを軽減させるメリットがある反面、わが国では補聴器の普及のハードルが高い。たとえば、「高価なわりに聞こえない」「聞き取れない」など機能に関するものが多く、そのせいか補聴器の普及率比較でわが国は諸外国と比べ15%と下位の方にある。また、使用者の全体的な満足度は50%とあまり高くない。 その理由として、補聴器はメガネと違い、数ヵ月程度、聞こえに脳が慣れる訓練(聴覚リハビリテーション)が必要であり、初めの導入で止めてしまう人が多いのが要因の1つとなっている。 聴覚リハビリテーションでは、小さい音からはじめ、大きな音が聞こえる訓練を約3ヵ月かけて行っていく。その結果、1対1の会話はしやすくなり、テレビの音量もよく聞こえるようになり、生活の質は向上する。ただ、レストランなどで複数の会話は難しく、パーティーでは周囲の音を拾ってしまい、肝心な会話の音が聞き取れないという課題もあり、今後の技術革新が待たれるという。 最後に大石氏は、「今後も聴覚障害に対する診療科横断的、全人的アプローチにより、わが国の聴覚診療のレベルを上げていきたい」と展望を語り、講演を終えた。装用者の意図を理解し、聞きたい音声が聞ける補聴器インテント 「オーティコン インテント」(インテント)について、渋谷 桂子氏(デマント・ジャパン プロダクトマネジメント部長)が製品の特長を説明した。 インテントは、同社独自の技術である“ブレインヒアリング”に基づいて研究開発された製品で、脳の自然な働きに必要な360度の音の情景とともに、装用者個人が最も聞きたい音を際立たせ、騒音下でも聞き取り能力を向上させる。また、人が無意識に行う頭や体の動き、会話活動、周囲の音環境の4つの側面を感知する“自分センサー”の実現により、装用者の意図を瞬時に汲み取り、聞きたい音声が聞けるようにサポートする。 そして、インテントは、入力された音を学習プロセスにより調整し、正解のデータと比較して出力の重みにズレがあれば修正、複雑な環境に対応できる仕組みも持っている。 本器はリチウム充電式で1日を通して利用でき、本体をタップすることで電話の操作やiPhoneとのハンズフリー通話も対応、スピーカーは人間工学に基づきフィット感があるものになっている。 前世代の補聴器と比較し、最大10%の音の向上と聞き心地の向上と最大13%の音の情景の中で多くのニュアンスを届けることができる補聴器となっている。 本器はオープン価格で、全9色、耳かけ型で、軽度~重度難聴まで対応する。機器の認証日は2024年3月27日、同年6月6日から受注受付を行っている。

69.

動機付け面接などの行動介入で、身体活動は増える?97試験のメタ解析/BMJ

 動機付け面接を含む行動介入は、総身体活動を増加させるがエビデンスの確実性は低く、中高強度身体活動(MVPA)の増加と座位時間の減少効果についてはエビデンスの確実性が非常に低かった。また、介入の効果は時間の経過と共に低下し、1年を超えて身体活動を増加させる動機付け面接の有用性を示すエビデンスは確認されなかった。英国・オックスフォード大学のSuFen Zhu氏らが、システマティックレビューとメタ解析の結果を報告した。動機付け面接は患者を中心とした行動変容アプローチで、少数の臨床試験のこれまでのメタ解析では、慢性の健康障害を有する人々においては比較対照群より優れていることが報告されていたが、これらは効果を過大評価している可能性があった。BMJ誌2024年7月10日号掲載の報告。無作為化比較試験97件、計2万7,811例についてメタ解析 研究グループは、7つのデータベース(CINAHL、Embase、AMED、Medline、PsycINFO、SPORTDiscus、Cochrane Central Register of Controlled Trials)を検索し、成人を対象に身体活動を支援または促進する動機付け面接を含む行動介入(介入群)と、含まない介入(対照群)を比較した無作為化比較試験について、2023年3月1日までに発表された英語の論文を特定した。 評価項目は、総身体活動、MVPAおよび座位時間の変化の差であった。 評価者2人がデータ抽出と検証を行い、独立してバイアスリスクを評価した。試験対象集団の特性、介入の構成要素、比較群、および試験のアウトカムを要約。ランダム効果メタ解析モデルを用いて、全体の主要効果について標準化平均差(SMD)を95%信頼区間(CI)と共に算出した。追跡期間、比較対照の種類、介入期間、参加者の疾患や健康状態に基づく効果の差も調査した。 計97件の無作為化比較試験(参加者:計2万7,811例、有効性が検討された介入:105件)に関する129報の論文が選定された。動機付け面接を含む介入は身体活動に好影響もエビデンスの確実性は低い 介入群は対照群と比較して、総身体活動の有意な増加(SMD:0.45、95%CI:0.33~0.65、1,323歩/日の増加に相当、エビデンスの確実性:低)、MVPAの有意な増加(SMD:0.45、95%CI:0.19~0.71、95分/週の増加に相当、エビデンスの確実性:非常に低)、座位時間の有意な減少(SMD:-0.58、95%CI:-1.03~-0.14、-51分/日に相当、エビデンスの確実性:非常に低)が示された。しかし、同様の強度を有する他の行動介入を含む対照群と比較した場合、差は認められなかった。 また、効果の大きさは時間の経過と共に減少し、1年を超える動機付け面接が有効であるというエビデンスはなかった。 ほとんどの介入は、特定の健康状態の患者を対象としており、一般集団において動機付け面接がMVPAの増加や座位時間の減少をもたらすというエビデンスは不足していた。

70.

7月17日 理学療法の日【今日は何の日?】

【7月17日 理学療法の日】〔由来〕昭和40年に理学療法士について定めた法律「理学療法士及び作業療法士法」が公布され、翌41年に第1回理学療法士国家試験が実施された。この試験に合格した110名の理学療法士によって結成されたのが「日本理学療法士協会」。この日を記念して同協会が制定し、この日の前後に全国で理学療法に関係する医療、介護のイベントが開催されている。関連コンテンツ任天堂リングフィットと理学療法の組み合わせが有効?【Dr.倉原の“おどろき”医学論文】過度の運動はいうほど有害ではなくむしろ寿命を延ばしうる【バイオの火曜日】転倒リスクが低減する運動は週何分?歩行を守るために気付いてほしい脚の異常/日本フットケア・足病医学会肩関節脱臼のリハビリテーション、理学療法は有効か?/BMJ

71.

ウォーキングに腰痛の再発防止効果

 腰痛がようやく治ったという人は、再発防止のためにウォーキングをすると良いようだ。オーストラリアの新たな研究で、ウォーキングを始めた人は、ウォーキングをしない人に比べて腰痛が再発するまでの期間がはるかに長かったことが示された。マッコーリー大学(オーストラリア)理学療法学教授のMark Hancock氏らによるこの研究結果は、「The Lancet」に6月19日掲載された。 本研究の背景情報によると、腰痛に悩まされている人は全世界で8億人以上に上る。腰痛患者の10人中7人は腰の痛みが和らぐものの、後に再発を経験する。本研究では、最近、特定の疾患を原因としない、24時間以上続く腰痛を経験している18歳以上の成人701人(平均年齢54歳、女性81%)を対象にランダム化比較試験を実施し、6カ月間にわたる個別化された段階的なウォーキングプログラムと理学療法士による教育セッションから成る介入が腰痛の再発予防に有効であるかどうかが検討された。対象者は、351人が介入群、350人が介入を提供されない対照群に割り付けられ、12カ月以上(最長36カ月間)追跡された。 その結果、介入群での腰痛再発までの期間中央値は208日であり、対照群での112日を大きく上回ることが明らかになった。 Hancock氏は、「なぜウォーキングが腰痛予防に効果的なのか、正確な理由は不明だ。おそらくは、全身にもたらされる緩やかな振動、脊椎構造と筋肉への負荷とそれらの強化、リラクゼーションとストレス解消効果、幸せホルモンのエンドルフィンの放出など、さまざまな要因の組み合わせが効果的に作用しているのだろう」と述べている。同氏はまた、マッコーリー大学のニュースリリースの中で、「ウォーキングは低コストで、地理的な場所や年齢、社会経済的な状況に関係なくほぼ全ての人が広く取り組める簡単な運動だ」と述べている。 論文の筆頭著者である同大学のNatasha Pocovi氏は、「これまで検討されてきた腰痛予防のための運動ベースの介入は、概してグループベースで行われる上に、綿密な臨床監督と高価な器具を必要とするため、大多数の患者には利用しにくいものだった」と説明する。それに対し、ウォーキングはシンプルな上に必要コストも低い。またHancock氏は、「その上、ウォーキングには、心血管の健康、骨密度、健康的な体重、メンタルヘルスの改善など、多くの健康上の利点があることも分かっている」と付け加えている。

72.

定年退職前後の高強度トレーニングで老後も活動的に

 定年退職が視野に入ってきたら、高強度の筋力トレーニングをしておくと良いかもしれない。それにより、身体的に自立した生活にとって重要な下肢の筋力が、退職後にも長期間維持されるという。ウメオ大学(スウェーデン)のCarl-Johan Boraxbekk氏らの研究の結果であり、詳細は「BMJ Open Sport & Exercise Medicine」に6月18日掲載された。 筋力トレーニングによって、加齢による筋肉量や筋力の低下が抑制される。ただし筋力トレーニングを一定期間継続した後に、その効果がどれだけ長く維持されるのかという点はよく分かっていない。Boraxbekk氏らはこの点を検証するために、無作為化比較試験を実施した。 定年退職年齢に相当する高齢者451人を、ウエートを利用した高強度筋力トレーニング(HRT)を行う群、自重やレジスタンスバンドを利用した中強度筋力トレーニング(MIT)を行う群、筋力トレーニングは特に行わない対照群という3群に分けて1年間介入。最長4年間追跡して下肢の等尺性筋力、伸展筋力、握力、体組成などの変化を比較検討した。 4年間の追跡が可能だったのは369人で、ベースライン(介入前)における平均年齢は66.4±2.5歳、男性39%、BMI25.8±4.0、ウエスト周囲長92.7±11.5cmだった。1日の歩数は9,548±3,446歩でこの年齢層としては多く、活動的な集団と考えられた。ただし、参加者の約8割は一つ以上の慢性疾患に罹患していた。 4年後、MIT群(P=0.01)と対照群(P<0.001)では下肢の等尺性筋力が有意に低下していた。それに対してHRT群の変化は有意でなく(P=0.37)、筋力が維持されていた。伸展筋力と握力については3群ともに経時的に低下し、群間差は認められなかった。 体組成に関しては、対照群は4年間で内臓脂肪量が有意に増加していた(P=0.04)。それに対して筋力トレーニングを行った2群は、内臓脂肪量に有意な変化が見られなかった(P値はHRT群が1.00、MIT群は0.95)。除脂肪体重は、対照群(P=0.003)とMIT群(P<0.001)は有意に低下していたが、HRT群では有意な変化がなかった(P=0.81)。 Boraxbekk氏は、「この研究結果は、定年退職前後に高強度の筋力トレーニングを行うことが、その後の数年間にわたる長期的な効果をもたらす可能性があることを示している。高齢者に高強度の筋力トレーニングを推奨することで、より高齢になっても運動能力と自立性を維持しやすくなるのではないか」と述べている。

73.

【GET!ザ・トレンド】重症COPDの新治療「気管支バルブ治療」病診連携で普及を

重症COPDに気管支鏡的肺容量減量術(Bronchoscopic Lung Volume Reduction、BLVR)という新たな治療法が2023年12月に保険適用になった。重症COPD患者に希望をもたらす治療として注目される。市販後調査として実際にBLVRを施行しているNHO近畿中央呼吸器センターの田宮朗裕氏に聞いた。水面下に潜んでいる「症状緩和・機能改善が行えない重症COPD患者」COPDは世界の死因の第3位で年間323万人が死亡する1)。日本では40歳以上の8.6%、530万人以上がCOPDと推定されている2)。そのうち、きわめて高度な気流閉塞を有する患者(GOLD IV期)は11%、自覚症状が多く急性増悪のリスクが高い患者(GroupD)は10%との報告がある3)。重症COPDに対しては薬物療法、呼吸リハビリテーション、必要に応じた在宅酸素療法(HOT)、さらに肺容量減量手術、肺移植が治療選択肢となる。ただし、肺容量減量手術、肺移植については現在、日本ではほとんど行われていない。つまり、HOTなどの対症療法をしているものの、十分な症状緩和・機能改善が行えない重症COPD(根治的治療がCOPDにほぼないため)が水面下に潜んでいることになる。重症COPDの新治療BLVRとは?田宮氏によれば、重症COPDでは「家での軽い労作でも動けず買い物にも出られない方、ある程度呼吸機能はあっても非常に強い息切れによる生活への支障を訴える方」も少なくないという。さらに「肺機能が悪いとCOPDの急性増悪が非常に厳しくなる」と付け加える。そのような中、2023年12月に重症COPDに対する初のBLVRとして、Zephyr気管支バルブシステムが国内承認された。気管支バルブ治療は、気管支鏡を用いて一方弁の気管支バルブを治療対象の肺葉につながる気管支に留置して、肺葉を無気肺にさせ、肺の過膨張が原因で平坦化していた横隔膜運動を適正化させ呼吸機能を改善させる治療法だ。内科的治療では症状改善がみられない重症COPDに症状の改善をもたらす初の気管支内視鏡治療として注目されている。「体に傷を入れることなく、綺麗な部位を残すことで重症COPDの呼吸機能が改善している。非常に小さなサイズの中にシンプルな一方弁機能を実現した技術は素晴らしい」と田宮氏は評価する。Zephyr気管支バルブは25ヵ国以上で発売され、4万人超の治療患者に留置された実績を持つ。欧州では2003年に、米国ではブレークスルーデバイスに指定され2018年に発売されている。長年の海外での使用実績をもとに的確な患者選択や側副換気の評価によって、より効果を示す可能性のある患者を抽出できるようになった。また、気胸の発生に注意が置かれるようになり、発生時に迅速に対応できるよう準備が変わった。「全世界の開発者と医療者がさまざまな工夫を重ねた中の最終形で日本に来ている。美味しいところ取りしているようだ」と田宮氏は言う。多数のエビデンスが証明するZephyr気管支バルブの有効性Zephyr気管支バルブは重症COPDに対する複数の無作為化比較試験で標準治療単独と比べ、呼吸機能(FEV1)、運動機能(6分間歩行)、症状、QOL(St.George's Respiratory Questionnaire, SGRQ)、慢性COPDの生存期間予測指標であるBODE指数*について有意な改善を認めている。代表的な試験は不均一な肺気腫患者を対象としたLIBERATE試験4)と均一な肺気腫患者を対象としたIMPACT試験5)であり、両試験とも主要評価項目を有意に改善した。いずれも高度な気流閉塞(%FEV1 15~45%)を有するCOPD患者が対象である。「不均一な肺気腫でも均一な肺気腫でもしっかり結果が出た。これらの結果から肺容量を減量して残された肺がしっかり伸縮できるようになると、呼吸機能もQOLも改善することが確信できた。動いたあと“はあはあ”しているのに、息が吐けずに空気が溜まっていく一方という状態は非常に辛いもの。それが緩和されることはすばらしい」、さらに「片肺の過膨張を改善することで、もう一方の肺にも余裕ができる可能性もある」と評価する。また、LIBERATE試験の主要評価項目である「ベースラインからFEV1(L)が15%以上改善した患者」がZephyr気管支バルブ群で有意に多かった(群間差31%)という結果について「全体集団の差が30%を超えるのは素晴らしい。しかし、全ての患者に効くというわけではない。逆に考えれば、効く人には非常に高い効果が期待できるということ。患者の選定は重要なポイント」と述べた。Zephyr気管支バルブは日本での市販後調査による140例の症例収集が課せられている。現在は15施設だが、将来的には20施設まで増やす予定である。* BODE指数:Body mass index(BMI)、airflow Obstruction(気道閉塞度)、Dyspnea(呼吸困難)、Exercise capacity(運動能力)により算出され、慢性COPDの生存期間予測に用いられる指数。事前準備から術後フォローまで入念に設計された手技工程Zephyr気管支バルブによるBLVRを実施するには、外科治療を除く全ての治療法が実施されていることを確認し、術前にボディボックス、スパイロメーターによる呼吸機能精査を行い、6分間歩行距離、呼吸困難を評価する。さらに、CT解析システムによる気腫病変、肺葉間裂の確認、治療対象となる肺葉の選定を行う6)。施術当日も専用のChartis肺機能評価システムで留置部位の側副換気(肺葉間裂の完全性確認)を再確認する。そして、全身麻酔またはセデーション下で(NHO近畿中央呼吸器センターはセデーション)、専用のローディングシステムとデリバリーカテーテルで気管支鏡を用いてターゲットとなる気管支にバルブを留置する。「デバイスが精巧にできているので手技自体はシンプルだが、気管支の位置によって難易度が高くなる。研修による技術習得は欠かせない」と田宮氏は言う。合併症として気胸、COPDの増悪、感染症などのリスクがあるので、気管支バルブ留置後も呼吸器内科、呼吸器外科が協力して診療にあたる。気胸の8割が術後4日以内に起こることもあり、術後は手術日を含め4日入院し、術直後と24時間毎に退院まで検査する。退院後も45日、3、6、12ヵ月後の定期検査が設定されている。なお、Zephyr気管支バルブは抜去・交換が可能で、術後の位置ずれが起きた場合も修正できる。画像を拡大するZephyr気管支バルブの径は4.0mmと5.5mmの2種類。それぞれレギュラーとショートタイプがあり、計4種類のバルブで異なる気管支形状に対応画像提供:パルモニクスジャパン(株)画像を拡大する専用デリバリーカテーテルで気管支鏡を用いてターゲットとなる気管支にバルブを留置する画像提供:パルモニクスジャパン(株)画像を拡大する画像を拡大する病診連携で重症COPD患者をレスキュー薬物療法、呼吸リハビリテーション、HOTを行いながらも手の施しようがない重症COPDは相当数いるのではないかと田宮氏は言う。高度な呼吸機能検査ができない施設では、mMRC質問票のGrade2以上、スパイロメーターで1秒率45%以下がBLVR適用の目安である。「BLVRは酸素を吸ってもどうにもならないという状態になる前にレスキューできる治療法。この治療に適用があるかはスクリーニングしてみないとわからない。(mMRC2以上の)症状があってこの治療に興味を示す患者さんがいれば、どんどん紹介していただきたい。ボディボックスなど精密な検査、治療、術後定期検査は当方で行った上で、吸入薬、HOTの管理などはかかりつけの先生にお任せしたい」と田宮氏はいう。治療方法が見つからない重症COPD患者に希望をもたらす新たな治療BLVRが普及していくには、専門施設とかかりつけ医の協同が欠かせないようだ。参考1)日本WHO協会2)NICE study3)Oishi K et, al. Int J Chron Obstruct Pulmon Dis. 2018:13:3901-3907.4)Criner GA et,al.Am J Respir Crit Care Med.2018;198:1151-1164.5)Valipour A et, al.Am J Respir Crit Care Med.2016;194:1073-1082.6)呼吸器学会 重症COPDに使用する気管支バルブの適正使用指針気管支バルブ治療情報サイト(pulmonx社)Zephyr気管支バルブ製品ページ(pulmonx社)(ケアネット 細田 雅之)

74.

自然の中での運動は屋内での運動よりも有益

 公園での散歩や小道を自転車で走るなどの自然の中で行う運動は、室内で行う運動よりも有益である可能性が、新たなレビューで示唆された。ただし、公共の自然エリアへのアクセスは地域により異なり、全ての人が屋外で運動できるわけではないと研究グループは指摘している。米テキサスA&M大学健康・自然センターのJay Maddock氏とHoward Frumkin氏によるこの研究の詳細は、「American Journal of Lifestyle Medicine」に5月11日掲載された。 Maddock氏らは本研究の背景説明の中で、現在、米国成人の4人に3人以上が推奨されている1週間の運動量を確保できていないと述べている。同氏らは、このような運動は、心臓病、糖尿病、一部のがん、骨粗鬆症などの慢性的な健康問題の予防に役立つ上に、免疫機能を高め、気分を改善し、痛みのコントロールを助け、寿命の延長にもつながると説明している。 この研究では、屋内運動との比較で屋外運動の利点を検討した先行研究のデータが分析された。その結果、屋外での運動には、気分や脳機能の改善や社会的交流の向上、運動することの楽しさの増大、労作感の軽減など、さまざまな利点のあることが明らかになった。ただし、これらの先行研究は1年未満という短期間で認められる結果に焦点を当てたものであり、得られた利点が長期的に蓄積されるかどうかは不明であるとMaddock氏らは説明している。 また、特定の集団は公園や緑地などの自然空間で運動するのが困難なことも分かった。例えば、地方では私有地が多いため、自然空間へのアクセスが少ないことが多いのだという。この点についてMaddock氏は、「例えば、公園から半マイル(約800m)以内の距離に住んでいる住民は、イリノイ州では98%近くに上るのに、ミシシッピ州ではわずか29%にとどまる」と述べている。 さらに、男性は女性よりも、公園や自然空間を利用する傾向が強いことも明らかになった。Maddock氏らは、これは、おそらく安全性への配慮に由来する結果だとの見方を示している。このほか、ロサンゼルスを拠点とするある研究によると、黒人の成人は白人、ラテン系、アジア系太平洋諸島民の成人よりも自然空間で運動する人が少ないことや、子ども、高齢者、障害を持つ人々は自然空間へのアクセスに課題を抱えていることなども明らかになった。Frumkin氏は、「公園やその他の自然空間を、容易に移動できる安全な空間とし、適切なプログラムを用意することで、そのような環境の利用を増やすことができる」と述べている。 こうした結果を踏まえてMaddock氏とFrumkin氏は、医師は患者に公園や自然空間を「処方」することを検討すべきだと主張している。Maddock氏は、「患者に自然の中で過ごす時間を増やすように勧めることは、自然処方、あるいは『ParkRx』として知られている。今後、研究を重ねる必要はあるものの、これまでの研究ではこのアプローチが効果的であることが示唆されている」と述べている。 Maddock氏らはさらに、医療専門家は、公園や緑地の造成・維持のための資金援助や、それらの利用を促進する地域社会の取り組みを手助けすることもできると話す。Maddock氏は、「公園や自然空間を身体活動に利用することは、運動することと自然の中で過ごすことという2つの重要な健康行動を同時に促進する強力な手段となり得ることは明らかだ。米国人の大多数が運動不足で、屋外で過ごす時間も不十分であることを考慮すると、これは特に重要な可能性がある」と述べている。

75.

中等度~重度の外傷性脳損傷アウトカム、非制限輸血vs.制限輸血/NEJM

 貧血を伴う重度の外傷性脳損傷患者において、非制限輸血戦略は制限輸血戦略と比較して6ヵ月後の不良な神経学的アウトカムのリスクを改善することはなかった。カナダ・ラヴァル大学のAlexis F. Turgeonらが、無作為化比較試験「Hemoglobin Transfusion Threshold in Traumatic Brain Injury Optimization pragmatic trial(HEMOTION試験)」の結果を報告した。重度の外傷性脳損傷患者のアウトカムに対する制限的輸血戦略と非制限輸血戦略の有効性は不明であった。NEJM誌オンライン版、2024年6月13日号掲載の報告。6ヵ月後の神経学的アウトカム不良について比較検証 HEMOTION試験は、カナダ、イギリス、フランス、ブラジルの神経集中治療専門の外傷センター34施設で実施された、PROBE(Prospective Randomized Open Blinded End-Point)デザインの試験である。 研究グループは、中等度または重度の外傷性脳損傷(グラスゴー昏睡尺度[GCS、スコア範囲3~15で低スコアほど意識レベルが低いことを示す]スコア3~12)および貧血(ヘモグロビン値10g/dL以下)の18歳以上の患者を、非制限輸血戦略群(非制限群)と制限輸血戦略群(制限群)に1対1の割合で無作為に割り付けた。 非制限群では、ヘモグロビン値が10g/dL以下で、制限群ではヘモグロビン値が7g/dL以下で赤血球輸血を行った。 主要アウトカムは、拡張グラスゴー転帰尺度(Glasgow Outcome Scale-Extended[GOS-E]、スコア範囲:1[死亡]~8[上位の良好な回復])の評価に基づく6ヵ月後の不良なアウトカムであった。ベースライン時点で各患者の予後を3つのリスクレベル(最悪、中間、最良)に分類し、6ヵ月後のGOS-Eスコアがそれぞれ3、4、5以下であった場合に不良なアウトカムと定義した。 副次アウトカムは、6ヵ月以内の死亡、機能的自立度(Functional Independence Measure[FIM])、QOL(EQ-5D-5Lなど)、うつ病(Patient Health Questionnaire-9[PHQ-9])などであった。主要アウトカムに両群で有意差なし 2017年9月1日~2023年4月13日に、計742例が無作為化され(各群371例)、722例が主要アウトカムの解析対象集団となった。集中治療室(ICU)におけるヘモグロビン値(中央値)は、非制限群では10.8g/dL、制限群では8.8g/dLであった。 不良なアウトカムは、非制限群では364例中249例(68.4%)、制限群では358例中263例(73.5%)に認められた(制限群と非制限群の補正後絶対群間差:5.4%、95%信頼区間[CI]:-2.9~13.7)。 6ヵ月死亡率は非制限群26.8%、制限群26.3%(ハザード比:1.01、95%CI:0.76~1.35)であった。6ヵ月時の生存例において、非制限群は制限群と比較し機能的自立度やQOLの一部で良好なスコアが得られたが、輸血戦略と死亡率またはうつ病との間に関連性は認められなかった。 静脈血栓塞栓症の発現率は各群8.4%で、急性呼吸窮迫症候群は非制限群で3.3%、制限群で0.8%に発現した。 なお、著者は研究の限界として、貧血患者のみを募集し、より重度の外傷脳損傷患者を対象としたこと、ベースラインでいくつかの予後変数を含む両群間の不均衡が確認されたこと、治療の割り付けに関して診療チームに対する盲検化はできなかったことなどを挙げている。

76.

高齢者総合機能評価(CGA)に基づく診療・ケアガイドライン2024

高齢者に関わるすべての医療介護福祉専門職へ!超高齢社会を迎えたわが国では、CGAによる包括的・全人的な評価と、それに基づいた個別化された医療・ケアの提供が求められている。多職種協働により取り組む必要があり、CGAはその共通言語となる。本ガイドラインは、医師だけではなく高齢者に関わる医療介護福祉関係の多職種向けに作成した。診療やケアに幅広く活用いただきたい。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。目次を見るPDFで拡大する目次を見るPDFで拡大する高齢者総合機能評価(CGA)に基づく診療・ケアガイドライン2024定価1,980円(税込)判型B5判頁数102頁発行2024年6月編集長寿医療研究開発費「高齢者総合機能評価(CGA)ガイドラインの作成研究」研究班日本老年医学会国立長寿医療研究センターご購入はこちらご購入はこちら

77.

心房細動とその合併症の生涯リスクの2000~22年における経時的変化:デンマークの一般住民を対象とした全国規模のコホート研究(解説:原田和昌氏)

 これまで心房細動発症後の患者ケアでは脳卒中リスクに最も焦点が当てられてきた。しかし、脳卒中だけでなく心不全、心筋梗塞などの心房細動合併症の長期的な影響についても知る必要がある。心房細動の生涯リスクの経時的変化と、心房細動発症後の合併症の生涯リスクの経時的変化を、DOAC上市前後のコホートで調べた。 2000年1月1日から2022年12月31日までのデンマークの一般住民を対象とした全国規模の登録研究において、45歳以上の心房細動を有しない350万人(女性51.7%)が、心房細動の発症、転居、死亡、または調査の終了のいずれか早い時点まで追跡された。心房細動を発症したが合併症のない36万2,721人(女性46.4%)について、心不全、脳卒中、または心筋梗塞の発症を追跡した。主なエンドポイントは心房細動の生涯リスクと、心房細動発症後の合併症の生涯リスクである(2000~10年と2011~22年を比較した)。 心房細動の生涯リスクは、2000~10年の24.2%から2011~22年の30.9%へと増加した(差:6.7%、95%CI:6.5%〜6.8%)。心房細動発症後、最も頻度の高い合併症は心不全であり、その生涯リスクは2000~10年で42.9%、2011~22年で42.1%(-0.8%、-3.8%〜2.2%)であった。脳卒中、心筋梗塞がこれに続いた。心房細動発症後の脳卒中および心筋梗塞の生涯リスクは、脳卒中で22.4%から19.9%(-2.5%、-4.2%~-0.7%)、心筋梗塞で13.7%から9.8%(-3.9%、-5.3%~-2.4%)とわずかに減少した。男女で差を認めなかった。 心房細動の生涯リスクは、20年間の追跡調査で増加した。心房細動診断後の残りの人生で、約5人に2人が心不全を発症し、5人に1人が脳卒中を発症した。これらはDOACの時代になってもわずかしか改善していない。心房細動の生涯リスクの増加は検出感度の上昇や社会の高齢化、心不全や心筋梗塞後における寿命の延長が寄与している可能性がある。 デンマークでは85%以上の心房細動患者が経口抗凝固薬を開始され、2年後の継続率が85%以上である。虚血性脳卒中の生涯リスクに限れば16.1%から10.8%(-5.2%、-6.7%~-3.8%)に減少していたが、これはわが国のANAFIE registryにおける、脳卒中または全身性塞栓症の発現割合(/100人・年)の経口抗凝固薬非投与群2.00、DOAC承認用量投与群1.40に相当するものと考えられる。この研究の結果から、危険因子や体重への介入、リハビリテーション、抗凝固薬以外の薬の開発など、心房細動発症後の脳卒中のリスク低下と心不全の予防を目指したさらなる治療戦略が必要と考えられる。

78.

ライフステージごとの運動で健康寿命の延伸を目指す/日医

 日本医師会(会長:松本 吉郎氏[松本皮膚科形成外科医院 理事長・院長])は、定例会見を開催し、運動・健康スポーツ医学委員会(委員長:津下 一代氏[女子栄養大学 特任教授])の「令和4・5年度の運動・健康スポーツ医学委員会答申」ならびに医師会としてスポーツ庁長官の室伏 広治氏へ要望書を提出したことを常任理事の長島 公之氏(長島整形外科院長)が説明した。住民の健康寿命延伸は地域の多職種の連携で実現する 今回の答申は、「『健康スポーツ医学実践ガイド』(2022年6月発行)と『運動・スポーツ関連資源マップ作成』を通じて促進する地域の多職種連携について」と題され、全国の医師会を中心に医師と他の医療職種と地域が協同して、運動やスポーツを通じ、住民の健康寿命の延伸を目指す取り組みを記している。 とくに答申では、「学校医や産業医、かかりつけ医が運動について効果的に助言することが望ましい」とされ、「とくに慢性疾患を有する者に対しては、診察時に運動実施状況を確認し、助言、励まし、賞賛することが重要」としている。 『健康スポーツ医学実践ガイドの活用』では、健康スポーツ医と運動指導者の多職種連携推進講演会や健康スポーツ医学実践講習会などにおける普及を念頭に活用が期待されている。また、「運動・スポーツ関連資源マップ作成」では、令和4年度にマップ実用化に向けた事業として、規模の異なる4都市(岩手県北上市、千葉県館山市、東京都狛江市、大分県)をモデル地域としてマップ作成の試行事業を実施した結果、課題として地域のキーパーソンによるところが大きいこと、助成終了後にも機能する仕組みがないと行政は着手しにくいことなどが説明された。今後、課題解決のため、運動施設の情報を自動更新にすること、大手スポーツクラブなどは本部などの中央から積極的に情報提供すること、患者(住民)個人を中心に支援者をひも付けし情報提供できるようにすることなど対策が提言されている。 ライフステージ・対象別にみた運動については、下記のように課題と対策を述べている。(1)子供たちなどの学校保健 運動器検診により子供たちは、「運動過多」と「運動不足」で運動習慣が二極化している。運動器検診の実施では健康スポーツ医の参画や学校長のリーダーシップのもと、運動器の健康に興味を持ってもらうことが必要。(2)勤労世代などの産業医が押さえておきたい健康スポーツ医学 労働者では、身体活動量が低下することで起こる心身の不調が労働生産性の低下をもたらす。さらに業務範囲の拡大やメンタルヘルス不調により、労働経済にも悪影響を与える。疾病予防と生産性向上のため、労働環境の見直し、日常生活に密着した身体活動の向上が必要で、具体的には、休憩時間のストレッチ指導を組み入れることなど産業医からの提案も必要。(3)高齢者など介護予防・リハビリテーションにおける地域連携 身体不活動や運動不足は、非感染性疾患による死亡に影響する因子として、わが国では喫煙・高血圧に次いで3番目の危険因子とされている。国民に身体活動・運動の重要性が認知され、実践されることが健康寿命の延伸に必要である。そのため1次予防(健康増進、疾患予防)、2次予防(早期治療、重症化予防)、3次予防(再発防止)に、介護予防(フレイル対策、介護悪化抑制)を加えた横断的な健康作りの体制が必要。 最後に「健康スポーツ医学実践ガイドのさらなる活用に向けた提言」として研修会・講習会の開催、実践ガイドの各項目に対応した動画の作成、新しいコンテンツの導入が記述され、「運動・スポーツ関連資源マップの作成について」の提言として、スポーツ医などの地域の医師会活動、スポーツ庁や厚生労働省への提言などが今後の取り組みとして記されている。

79.

第217回 バリアフリーはどこにある!?車いす介助から見えた現実

「百聞は一見に如かず」とはよく言ったものである。今まさに人生初の経験をしている。車いすの使用である。といっても自分自身が車いすを利用することになったわけではなく、父親の介助者としてだ。以前、本連載でも触れたが、80代後半の両親は今も健在で、父親は軽度認知障害(MCI)持ちで歩行も亀の歩み状態となっている。それでも父親の出掛けたがりな性分は変わらず、それに付き添う母親のイライラが募った結果、私と母親は折り畳み式の軽量車いすの利用を検討し始めていた。ただ、前述の本連載バックナンバーでも触れたように、介助者である母親が納得するものを見つけるという段階で停滞を余儀なくされた。ところが利用しなければならない事態が現実に発生してしまったのだ。父親の容態ちょうどゴールデン・ウイーク(GW)が始まる1週間前のことだった。いつもより早く目が覚めた私は、ジムで小一時間運動し、シャワールームで汗を流して脱衣所に戻ると、スマートフォンに実家近くに住む薬剤師の親戚からLINE通話の着信があったことに気付いた。朝から何だろうと思ってそのまま体を拭いていると、今度は母親から電話の着信。何かあったと直感的に思った。母親には以前から「生死にかかわること以外で日中に音声電話をかけてこないこと」と言い含めていたからだ。急いで電話を受けると、「詳細はLINEに送ってあるから。お父さん、今、病院に救急車で向かっている」と一気にまくしたてられた。母親の声の背後に救急車のサイレン音がかぶさっていた。「わかった。また、連絡頂戴」と言って、一旦電話を切った。そのままLINEを立ち上げてメッセージを確認すると、「しゃべりなくなって救急車で市立病院に向かっている。体は元気(原文ママ)」とのメッセージ。わかるような、わからないような。即座に「脳梗塞か」とだけLINEメッセージを返し、急いで服を着て事務所に戻った。道すがら前述の親戚に折り返し、どうやら「起床後に(父親の)足が浮腫んでいた」と母親が彼に話していたことを知った。事務所に到着した時点で母親から新たなメッセージが着信していた。「一時的に、梗塞したようで(救急)車の中で回復した。病院について診察受けている、大丈夫だと思う」私はこの日、午前10時と午後1時からオンラインでの打ち合わせがあったが、安定した通信状態が必要なので、それが終わるまで事務所は動けない。昼直前に母親から「脳梗塞が見つかり、入院になった」とのLINEメッセージが着信した。午後の打ち合わせを終え、そこから不在に備えた雑務を諸々こなして、仙台駅に到着したのは6時過ぎ。父親と面会できたのは翌日だった。面会時はちょうど理学療法士がついてリハビリ中。横で眺めていると、結構キチンとやり取りし、手足も動いている。理学療法士が去ってから、父親が起き上がってベッドの端に腰掛け、「この姿勢のほうが耳がよく聞こえる。ワハハ」と元気そうだった。主治医からは、アテローム血栓性脳梗塞で搬送時のNational Institutes of Health Stroke Scale(NIHSS)スコアは1。血栓回収療法は行わず、抗血小板薬の内服のみで対応しているが、経過観察や検査のため10日間の入院と説明を受けた。結局、私はそのままGW半ばまで病院にアクセスの良い市内のホテルに滞在し、毎日父親を見舞った。退院日には再び医師の説明を受け、軽度の心房細動が確認されたため、今後は内服薬を抗血小板薬から抗凝固薬へ切替えるとの方針が告げられた。駅構内・ホームで悪戦苦闘!最終的に後遺症もなく退院に漕ぎ着けたのだが、10日間の入院の結果、教科書通りなのかもしれないが、歩行力が低下してしまった。入院前から通所リハビリは利用していたが、母親が利用先の理学療法士から聞いた話によると、退院後は以前よりもふらつくシーンがやや増えたとのこと。このため母親が急遽ケアマネジャーに相談し、遠出をする時のことも考慮して、折り畳み式の軽量車いすをレンタルすることになったのだ。軽量車いすが実家に届いたのは5月末。そのため父親の状態確認と車いす介助を経験するため、私は帰省することにした。父親は自宅内や自宅近傍は自力歩行をしていたが、やや距離があるところに出かける時は車いすを使っていた。そして実家には今回レンタルした軽量車いすのほかに前述の親戚から譲り受けた車いすがあり、母親は仙台市内などの繁華街に出かける時は前者、地元の街中を移動するときは後者と使い分けていた。実際に介助してみると、なかなか大変である。どちらの車いすもまだ50代の私にとって重量面で堪えることはないが、非日常の車いす操作に伴い、さまざまな“ケアレスミス”が生じる。たとえば、父親の車いすを押しながら駅の自動改札を抜けた時のこと。改札の幅に問題はなく、父親は車いすに座ったまま自分の交通系ICカード(以下、ICカード)を自動改札に見事にタッチ(実はMCIだとこの自動改札のタッチを本人が忘れたりする)。ピッと音が鳴りホッとしてそのまま改札を通過した。実はここですでに“ミス”が発生していた。この時は母親も一緒にいたため、「あんた(私のこと)、自分のICカードは?」と言われてハッとした。父親のことに集中するあまり自分のICカードのタッチを忘れてしまっていたのだ。そのままホームに進む。以前は父親とこうして出かける時は、父親本人はシルバーカーを押していたので、改札前の歩行距離が最短で済む乗降口に並んでいた。この時も車いすを押しながらいつものようにその場所に並ぼうとすると、母親から「こっち!」と改札から少し離れた対抗ホームに向かう階段近くにある乗降口へと誘導された。「何でだろう?」とやや不思議に思ったが、電車が到着する2分ほど前にようやく理由がわかった。母親から促されて父親が電車に乗るために車いすから立ち上がる。最寄り路線を走るJRの車両はいまもドアが開いたところに大きな段差があるため、乗降時は車いすのままとはいかず、父親も自力歩行をしなければならない。そのために父親が車いすから立ち上がる際、足腰が弱った父親が不安定な車いす本体以外で支えとして掴まえることができるポールが、この階段脇の乗降口にしかなかったのだ。父親が立ち上がる直前に私は手早く車輪のブレーキをかけ、車いすを折り畳んで2人の後に続いた。この辺の操作を覚えることは何の苦もない。車内に乗り込むと、母親の指示で折り畳んだ車いすをシルバーシート脇の車両連結部付近にある広めのスペースに置いた。そして自分も両親の真向かいの席に座り、ホッと一息ついてから「あれ?」となった。というのも車いす導入後、母親はすでに父親と車いすを電車に乗せ、仙台市内の繁華街まで何度か出かけている。母親と2人がかりですら、気の抜けない作業だと私が思っていた「駅到着~電車に乗り終える」までの一連の作業を、母親はこれまで1人でこなしていたことに気付いたからだ。80代後半の小柄な母親にとってはかなり大変な作業なはずなのに。仙台駅に到着後は、私が軽量車いすを先に抱えて降りて、ホーム上で展開し、母親の介助で降りてきた父親を乗せ、ホーム中ほどにあるエレベーターまで移動。そこで改札階に上がり、3人で改札を抜ける。この時は私も忘れずICカードをタッチした。駅でのバス乗降、何が大変かって…父親のかかりつけ歯科医院の受診日のこと。とりあえず母親が路線バスで行ってみたいというので、仙台駅の有名なあのペデストリアンデッキ上を車いすを押しながら移動した。バスターミナルへはデッキから階段で降りていくことになる。幸いエレベーターはあったが、実はこれも大変。というのも駅舎からバス乗り場までの最短距離にある階段そばにはエレベーターはなく、デッキ上を大回りで移動してエレベーターがある場所まで移動して乗り場に降りることになった。バス乗り場では車いすに乗った父親の姿を見つけた係員が親切に誘導してくれ、事なきを得てバスに乗り込めた。しかし、折り畳んでもそれなりに大きさのある車いすを車内で保持しながらの移動は決して楽ではなく、人目もやや気になってしまう。目的地のバス停到着時は電車と同じく私が先行して降車し、母親に介助されながら降車した父親を車いすに乗せて、歯科医院まで私が歩道上を押して歩いた。何でもない作業に思っていたのだが、実はこれがそうでもない。歩道の所々には沿道から車両用の横断勾配があるのだが、この勾配に片輪でもかかると、かなりバランスが崩れる。自分は両親と比べまだ若いからとやや過信していたが、勾配でのバランス制御は介助者が車いすを押す力の多寡だけで解決するのはやや無理がある。そして目的地の歯科医院に到着すると、入口は道路の縁石からやや上方に傾斜したところにあった。そのまま前輪を浮かすように傾斜に乗り上げて前進しようとするもうまくいかない。結局、母親のアドバイスに従い、180度回転させ、引き上げるようにして傾斜を上ることになった。認知症カフェ参加、役所までヒヤヒヤそしてこの翌日には、実家近くの役所で開かれる認知症カフェに参加するため、役所まで再び父親を車いすに乗せて連れて行くことなった。この時に使用したのは親戚から譲り受けたほうの車いす。実家から役所までは2ルートあるのだが、母親からは歩道が綺麗に整備されたルートではなく、農道を拡張したルートを行くように指示された。曰く、前者はあの横断勾配が多くバランスを崩しやすいのだという。すでに前日にこの件は経験済みだったので、アドバイスに従うことにした。もっとも後者のルートは専用の歩道はなく、すぐ脇をビュンビュン乗用車が通り過ぎる。しかも路面の舗装は排水性アスファルトと呼ばれる粗い舗装のため、車いすに乗る父親には路面からのガタガタとした振動がまともに伝わってしまう。父親は文句ひとつ言わずに黙って乗っていたが。そして目的地の役所建物の目の前で車道から歩道に入ろうとしたところで。またガツンとやってしまった。ちょうど車道から歩道の境目は極めて緩やかなV字状で歩道の縁石も申し訳程度に隆起していた(後に現場まで行って定規で計測したところ2cm弱)のだが、前進ができない。結局、昨日の歯科医院前と同じく180度回転し、歩道側に引き上げるように車いすで乗り込み、再び180度方向転換して進み、無事、役所に到着した。背後からついてきた母親が「バリアフリーって歩行できる人のためのもので、車いすを使う人のものではないんだよね」と漏らした。同感だった。医療機関や介護施設ならば、車いすも想定したバリアフリーになっているだろうが、市中は必ずしもそうとは言えないのだ。明日はわが身、車いす介助者による事故そんなこんなもあって車いすについて調べるうちに行き着いたのが、独立行政法人製品評価技術基盤機構のホームページである。同機構は各種製品の安全関係に関する調査事業も行っており、そこでは報告のあった製品事故に関する情報も検索ができる。私が「車いす」のキーワードで検索すると、2019~22年に6件(電動車いすは除く)の報告があった。これはあくまで機構に報告があったものであり、世で起きた車いすに伴う事故の本当にごく一部だろう。いずれもリコールなどに該当する製品そのものの不具合ではない。どちらか言うと使用(介助)者側のミスなどに起因する。6件中4件は死亡事故だ。そのうちの1件の事故詳細を読んでいて何とも言えない気持ちになった。事故の詳細は施設介護者が入浴後の使用者を車いすに移乗させ、左足をフットサポートに乗せようとしたとき、車いすのバックサポートの後方に頭を倒していた使用者もろとも後方に転倒。そのまま使用者が亡くなったという事例である。使用者の姿勢もあり、左足をフットサポートに乗せようと持ち上げた時に重心が偏って起こった事故だ。不注意と言われればそれまでだが、介護者に悪意はまったくない。施設勤務介護者ですらこの状況なのだから、家族介護者で同様の事故が起こっているであろうことは容易に想像がつく。また、ある1件は介助者が、使用者の乗車した車いすを車いす用体重計に乗せるため前輪を上げる(浮かす)操作後に前進し、車いすが大きく傾き使用者が転落・負傷したという事案。まさに私が路上の縁石前で父親の車いすで行おうとしたこととほぼ同じ操作で事故は起きている。結局、介助者の「このくらい」という悪意のない行動が事故に結び付いているのだが、同時に私の少ない経験ながらも市中にはそうした操作を“強いられてしまう”現場があちこちにある。過去から比べれば世の中は進展しているとはいえ、私たちはまだ真のバリアフリー社会への途上にあるのだと改めて実感させられている。

80.

日本の大学生の2割がロコモ

 日本の大学生400人以上を対象とした研究の結果、ロコモティブシンドローム(ロコモ)の有病率が20%を超えていることが示された。また、ロコモと関連する要因は男性と女性で違いがあることも明らかとなった。国際医療福祉大学理学療法学科の沢谷洋平氏、同大学医学部老年病学講座の浦野友彦氏らによる研究であり、「BMC Musculoskeletal Disorders」に5月10日掲載された。 ロコモは、運動器の障害により起立や歩行などの移動機能が低下した状態であり、ロコモが進行すると最終的には介護が必要となる。若年者にも一定の割合でロコモの兆候が見られると報告されているが、10代~20代の若年者を対象とする研究は不足している。また、男性と女性では筋力や体格に違いがあるため、ロコモと関連する要因も性別により異なる可能性がある。 そこで著者らは、医療・福祉を学ぶ大学生413人(平均年齢19.1±1.2歳、男性192人)を対象とする横断研究を2023年4月~7月にかけて実施。日本整形外科学会の基準に準拠し、立ち上がりテスト(下肢筋力)、2ステップテスト(歩幅)、ロコモ25(体の状態・生活状況)の3つの「ロコモ度テスト」を行い、ロコモが始まっている「ロコモ度1」、ロコモが進行した「ロコモ度2」、ロコモがさらに進行して社会参加に支障をきたしている「ロコモ度3」に該当するかどうかを判定した。筋骨格系・身体組成の評価や、身体活動・栄養摂取習慣の調査などを行い、ロコモと関連する要因を男女別に検討した。 その結果、413人中86人(20.8%)がロコモと判定され、そのうちロコモ度1が83人、ロコモ度2が3人だった。性別の内訳は男性が31人(16.1%)、女性が55人(24.9%)であり、ロコモの有病率は女性の方が有意に高かった。 男性では、ロコモの人とロコモでない人の間で、片脚立ち(5秒以上)ができない人の割合および位相角(骨格筋の質の指標)に有意な差が見られた。一方、女性の場合は、体脂肪量、体脂肪率、骨格筋量指数(SMI)、運動器の痛み、握力に有意差が認められた。 次に、ロコモであることを従属変数、ロコモの人とロコモでない人で有意差のあった項目(女性の体脂肪量は除外)を独立変数とする二項ロジスティック回帰分析を行い、ロコモと関連する要因を解析した。その結果、男性では片脚立ちができないこと(オッズ比7.326、95%信頼区間2.035~26.370)、女性では運動器の痛み(同2.985、1.546~5.765)および高い体脂肪率(同1.111、1.040~1.186)が、ロコモと有意に関連していることが明らかとなった。 今回の研究で20.8%の人がロコモに該当したことから、若年期よりロコモの予防策を実施し、健康寿命を延ばすことの重要性が示された。著者らは、生活習慣の質はロコモの関連要因として示されなかったことを挙げ、中高年者との違いにも言及している。若年者のロコモの予防策として、「男性ではバランス能力を高めること、女性では体幹の筋肉を強化することが効果的である可能性がある」とし、さらに、「運動器の痛みについて整形外科専門医に相談し、適切な治療を受けることも重要だ」と述べている。

検索結果 合計:621件 表示位置:61 - 80