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レポーター紹介昨今、ASCOで老年腫瘍に関する重要な臨床研究の結果が発表されるようになった。高齢がん患者を対象とする臨床研究の枠組みとしては、(1)高齢がん患者を対象とした治療開発(特定の治療の有用性を検証)に関する臨床試験、(2)特定の因子、とくに高齢者機能評価が予後因子になるか否かを評価する臨床研究、(3)「高齢者機能評価+脆弱性に対するサポート」の有用性を評価する臨床試験に大別されるだろう。ASCO2024では、それぞれの枠組みの中で、日常診療の参考になる臨床研究が多数発表されていた。その中から、興味深い研究を紹介する。転移性膵がんを患う「脆弱な」高齢者を対象としたランダム化比較試験(GIANT study: #40031))近年、高齢者という集団は不均一であり、暦年齢だけで治療方針を決めるべきではない、という認識が浸透しつつあるように思う。とくに欧州では、高齢者という集団を全身状態の良いほうから順番に、fit、vulnerable、frailに分類するという考え方が提唱されている。すなわち、“fit”は、積極的ながん治療の恩恵を受けられるような全身状態の良い患者、“frail”はベストサポーティブケアの適応となるような全身状態の悪い患者、“vulnerable”は、その中間に位置することが提唱されている2)。しかし、それぞれの分類の線引きは定まっておらず、がん種ごと、病態ごとに定義が異なっているのが現状である。米国のECOG-ACRINグループが実施したGIANT試験は、“vulnerable”な高齢者を独自に定義し、GEM+nab-PTX vs.5FU/LV+nal-IRIの有用性を比較したランダム化比較第II相試験である。70歳以上、転移性膵管腺がんを有する、ECOG-PS:0~2かつ高齢者機能評価(生活機能、併存症、認知機能、暦年齢、老年症候群[転倒、失禁])の結果で“vulnerable”な高齢者と判断された患者が本試験に登録された(表1)。登録患者は、ゲムシタビン(1,000mg/m2)とナブパクリタキセル(125mg/m2)を14日ごとに投与するA群および5-フルオロウラシル(2,400mg/m2)、ロイコボリン(400mg/m2)、リポソームイリノテカン(50mg/m2)を14日ごとに投与するB群に無作為に割り付けられた。Primary endpointは全生存期間、secondary endpointsは、無増悪生存期間、奏効割合、有害事象などであった。A群の生存期間中央値を7.7ヵ月、B群を10.7ヵ月(HR:0.72)、片側α:0.10、検出力80%とした場合、予定登録患者数は184例であった。本試験は想定よりも予後が悪すぎたため、第1回目の中間解析で無効中止となった。92施設から176例の患者が登録され、年齢中央値は両群とも77歳。登録はしたものの治療を開始できなかった患者はA群で10.2%、B群で14.8%、1~3コースしか治療ができなかった患者はA群で34.2%、B群で42.7%であった。全生存期間は、A群で4.7ヵ月、B群で4.4ヵ月(HR:1.12、0.76~1.66、p=0.72)であり、無増悪生存期間はA群3.0ヵ月、B群2.4ヵ月であった。Grade3以上の有害事象発生割合は、A群45.6%、B群58.7%であった。残念ながら早期中止となってしまったが、“vulnerable”な高齢者を対象として治療開発を試みた意欲的な試験である。高齢者機能評価を用いて高齢者を分類するという手法を用いた臨床試験は過去にも複数存在3)するが、このタイプの臨床試験では試験結果がnegativeになった場合、「試験治療が適切なのか」という問題以外にも、「そもそも高齢者機能評価を用いた分類方法が適切なのか」という問題がつきまとう。本試験の場合、両群で治療強度を弱め過ぎたのかもしれないという問題と、本試験で定義した“vulnerable”という分類方法が適切ではなかったのではないかという問題が生じる。治療が開始できなかった患者や治療期間が極端に短かった患者が多かったことを踏まえると、本試験で定義した“vulnerable”の大部分が本当は“frail”なのではないかという疑問を持ってしまう。患者の大多数は、認知機能障害(46%)、暦年齢が80歳以上(36%)、併存疾患(31.4%)により“vulnerable”と判断されており、これらの患者は、より慎重に化学療法を実施、またはベストサポーティブケアを提案してもよいのかもしれない。一方、サブグループ解析では、75歳以上と75歳未満の集団の生存曲線に大きな違いはなかったため、やはり暦年齢だけで治療方法を決めるのは避けるべきなのだろう。本試験は早期中止となり、また“vulnerable”な高齢者を定義することの難しさを改めて知ることになったが、このような意欲的な試験のデータが蓄積されていくことで、より適切な集団を設定することができ、その集団に適切な治療を提供できるようになると考えている。画像を拡大する日本発の高齢者機能評価+介入のランダム化比較試験の副次的解析(NEJ041/CS-Lung001: #15024))“vulnerable”な高齢者をどう定義するのか、という議論は以前からある。生理的予備能が乏しい高齢者が全身化学療法などで重篤な有害事象が生じると全身状態が悪化することが予想されるため、重篤な有害事象が生じうる集団を“vulnerable”な高齢者とするという考え方もある。化学療法の毒性を予測するツールで有名なものとして、米国の高齢がん研究グループ(Cancer and Aging Research Group:CARG)が作成したChemo Toxicity Calculator(以下、CARGスコア)がある。CARGスコアは簡単な11項目(年齢、がんの種類、予定されている化学療法の投与量、予定されている化学療法の薬剤数、ヘモグロビン、クレアチニンクリアランス、聴力、転倒、服薬管理、身体活動、社会活動)を評価するだけでGrade3以上の有害事象の出現頻度を予測できるとされている5,6)。CARGスコアは米国では妥当性が検証されており、また正式な手順で翻訳されたCARGスコア日本語版があるため日本でも使用しやすいツールである(当該URLのlanguageをJapaneseにすれば日本語になる)7)。しかし、日本人での有用性が評価されていないこと、また分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などは予測式を作成する際の対象集団に含まれていなかったことから、その使用には注意が必要であるとされていた。今回、日本発の高齢者機能評価+介入のランダム化比較試験の副次的解析の中で、日本人におけるCARGスコアの有用性が評価された。NEJ041/CS-Lung001は、非小細胞肺がんを患う75歳以上の患者を対象とした、高齢者機能評価+介入の患者満足度における有用性を評価したクラスターランダム化比較試験であり、主たる解析の結果はASCO2023で報告された。1,021例が登録され、そのうち911例がCARGスコアで評価された。CARGスコアは19点満点であり、0~5点を「低い」、6~9点を「中間」、10~19点を「高い」とした場合、米国のデータでは、それぞれのカテゴリーとGrade3以上の有害事象の発生割合に関連がみられたため、CARGスコアは重篤な有害事象を予測できるという結論に至ったが、今回の日本人データではそれらに関連がみられなかった。また、CARGスコアの対象外とされていた分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬を受けている集団でもCARGスコアの有用性を評価したものの、いずれもCARGスコアのカテゴリーと重篤な有害事象に明らかな関連はみられなかった。欧米のKey opinion leaderが提唱しているツールをそのまま日本に流用することなく、日本人データで妥当性を検証し、日本人でのCARGスコアの有用性をきちんと否定するという重要な研究である。CARGスコアの日本語版はCARGのホームページに掲載してもらっているのだが、日本人でも毒性を予測できるか否かの評価がされていなかったため、研究目的以外でのCARGスコアの使用は推奨してこなかった。今回、副次的解析ではあるものの、日本人ではCARGスコアの有用性が示せなかったことは、臨床上重要である。ただし、欧米でもCARGスコアは絶対的なツールではない。実際、「全がん種」を対象として生まれたCARGスコアでは予測精度が低いという理由で、「乳がん」に特化した予測ツールCARG-BC(Breast Cancer)が作成されている8)。このように、それぞれのがん種、人種に特化した予測ツールが望まれており、今後、日本独自の毒性予測ツールが求められる。『高齢者機能評価+脆弱な部分をサポートする診療』モデルの費用対効果分析(#15099))欧米の老年腫瘍ガイドラインでは、高齢者機能評価(Geriatric Assessment:GA)を実施するのは当然であり、「高齢者機能評価+脆弱な部分をサポートする診療」、いわゆるGeriatric Assessment and Management (GAM)の実施までもが推奨されるようになった。これは、世界中で「高齢者機能評価+脆弱な部分をサポートする診療」の有用性を検証するランダム化比較試験が公表されたためである。ただ、それぞれの試験におけるGAMの診療モデルはまったく異なるため、どの診療モデルが最適なのかはわかっていない。このため今回、GAMの有用性を検証したpivotal study 4試験のデータを基に、費用対効果分析が行われた(表2)。これらの試験のGAMモデルを概説すると、(1)The 5C試験は「老年医学の訓練を受けたチームによる電話を用いてフォローアップするモデル」10)、(2)GAIN試験は「老年医学の訓練を受けたチームによる脆弱な部分をサポートする方法を提示するモデル」11)、(3) GAP70+試験は「老年医学の訓練を受けたチームがいない状態でのGA実施および脆弱な部分をサポートする方法を提示するモデル」12)、(4)INTEGERATE試験は「適宜、老年科医にコンサルトしながら診療を行うモデル」13)である。本試験はカナダの研究者が実施したため、カナダの医療費をベースとして、さまざまなシナリオの下でそれぞれの試験における12ヵ月以内の、がん薬物療法に伴う費用、有害事象に伴う費用、入院/救急外来受診に伴う費用、GAM実施に伴う費用を推定し、質調整生存年(Quality-adjusted life years:QALY)当たりの医療費および増分純金銭便益(incremental monetary benefit、INMB)を計算した(INMB=[λ*ΔQALY]-ΔCosts、閾値は50,000ドル)。患者当たりの平均QALYはGAM群で0.577~0.662、通常診療群(GAMを実施しない通常診療)で0.606~0.665、平均総費用は、GAM群で3万1,234~3万9,432ドル、通常診療群で2万9,261~4万1,756ドルであった。がん薬物療法の費用は総費用の46~66%を占めていた。INTEGERATE試験およびGAP70+試験では、INMBが3,975ドルおよび1,383ドルと正の値だったが、GAIN試験、The 5C試験では、INMBの値がそれぞれ-3,492ドル、-2,125ドルと負の値であった。INTEGERATE試験の診療モデル(適宜、老年科医にコンサルトしながら診療を行うモデル)は最も高価なモデルであったが、入院の減少(GAM群での入院/救急外来受診割合:26.6%、通常診療群:40.2%)により費用対効果が良好になったと考察されている。結果の解釈には慎重になる必要がある研究である。すなわち、12ヵ月のみのデータであること、カナダの医療費を基に計算されたものであること、入院/救急外来受診のしやすさは環境によって変わりうることなど、多くのlimitationがある。しかし、それぞれの診療モデルの一長一短は推察できるため、どの診療モデルが自施設に適していそうかの考察には使えると考えている。欧米の老年腫瘍ガイドラインがGAMを推奨しており、また日本老年医学会が発刊した『高齢者総合機能評価(CGA)に基づく診療・ケアガイドライン2024』でも悪性腫瘍を患う患者に高齢者総合機能評価(ほぼGAMと同じ意味)は推奨しているが、これらガイドラインはGAMを推奨しているにもかかわらず、具体的にどのようなモデルを用いればよいかは提示していない。日本では現状、がん治療に携わる老年科医が少ないため、「老年医学の訓練を受けたチームがいない状態でのGA実施および脆弱な部分をサポートする方法を提示するモデル」、すなわちGAP70+モデルが費用対効果の意味でも適しているのかもしれない。しかし、将来的には老年科医と協働して高齢がん患者の診療を進めてゆける環境がつくられることを祈っている。画像を拡大する参考1)Dotan E, et al. 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