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基準通り抗がん剤を投与したにもかかわらず副作用で急死した肺がんのケース

癌・腫瘍最終判決判例時報 1734号71-82頁概要息切れを主訴としてがん専門病院を受診し、肺がんと診断された66歳男性。精査の結果、右上葉原発の腺がんで、右胸水貯留、肺内多発転移があり、胸腔ドレナージ、胸膜癒着術を行ったのち、シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用化学療法が予定された。もともと軽度腎機能障害がみられていたが、初回シスプラチン、塩酸イリノテカン2剤投与後徐々に腎機能障害が悪化した。予定通り初回投与から1週間後に塩酸イリノテカンの単独投与が行われたが、その直後から腎機能の悪化が加速し、重度の骨髄抑制作用、敗血症へといたり、化学療法開始後2週間で死亡した。詳細な経過患者情報12年前から肥大型心筋症、痛風と診断され通院治療を行っていた66歳男性経過1994年3月中旬息切れが出現。3月28日胸部X線写真で胸水を確認。細胞診でclass V。4月11日精査治療目的で県立ガンセンターへ紹介。外来で諸検査を施行し、右上葉原発の肺がんで、右下肺野に肺内多発転移があり、がん性胸膜炎を合併していると診断。5月11日入院し胸腔ドレナージ施行、胸水1,500mL排出。胸膜癒着の目的で、溶連菌抽出物(商品名:ピシバニール)およびシスプラチン(同:アイエーコール)50mgを胸腔内に注入。5月17日胸腔ドレナージ抜去。胸部CTで胸膜の癒着を確認したうえで、化学療法を施行することについて説明。シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用療法を予定した(シスプラチン80mg/m2、塩酸イリノテカン60mg/m2を第1日、その後塩酸イリノテカン60mg/m2を第8日、第15日単独投与を1クールとして、2クール以上くり返す「パイロット併用臨床試験」に準じたレジメン)。医師:抗がん剤は2種類で行い、その内の一つは新薬として承認されたばかりでようやく使えるようになったものです。副作用として、吐き気、嘔吐、食欲低下、便秘、下痢などが生じる可能性があります。そのため制吐薬を投与して嘔吐を予防し、腎機能障害を予防するため点滴量を多くして尿量を多くする必要があります。白血球減少などの骨髄障害を生じる可能性があり、その場合には白血球増殖因子を投与します患者:新薬を使うといわれたが、具体的な薬品名、吐き気以外の副作用の内容、副作用により死亡する可能性などは一切聞いていない5月23日BUN 26.9、Cre 1.31、Ccr 40.63mL/min。5月25日シスプラチン80mg/m2、塩酸イリノテカン60mg/m2投与。5月27日BUN 42.2、Cre 1.98、WBC 9,100、シスプラチンによる腎機能障害と判断し、輸液と利尿薬を継続。6月1日BUN 74.1、Cre 2.68、WBC 7,900。主治医は不在であったが予定通り塩酸イリノテカン60mg/m2投与。医師:パイロット併用臨床試験に準じたレジメンでは、スキップ基準(塩酸イリノテカンを投与しない基準)として、「WBC 3,000未満、血小板10万未満、下痢」とあり、腎機能障害は含まれていなかったので、予定通り塩酸イリノテカンを投与した。/li>患者:上腹部不快感、嘔吐、吃逆、朝食も昼食もとれず、笑顔はみせるも活気のない状態なのに抗がん剤をうたれた。しかもこの日、主治医は学会に出席するため出張中であり、部下の医師に申し送りもなかった。6月3日BUN 67.5、Cre 2.55、WBC 7,500、吐き気、泥状便、食欲不振、血尿、胃痛が持続。6月6日BUN 96.3、Cre 4.04、WBC 6,000、意識レベルの低下および血圧低下がみられ、昇圧剤、白血球増殖因子、抗菌薬などを投与したが、敗血症となり病態は進行性に悪化。6月8日懸命の蘇生措置にもかかわらず死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用投与当時は副作用について十分な知識がなく、しかも抗がん剤使用前から腎機能障害がみられていたので、腎毒性をもつシスプラチンとの併用療法はするべきではなかった2.塩酸イリノテカンの再投与塩酸イリノテカン再投与前は、食欲がなく吐き気が続き、しかも腎機能が著しく低下していたので、漫然と再投与を行ったのは過失である。しかも、学会に出席していて患者の顔もみずに再投与したのは、危険な薬剤の無診察投与である2.インフォームドコンセント塩酸イリノテカン投与に際し、単に「新しい薬がでたから」と述べただけで、具体的な薬の名前、併用する薬剤、副作用、死亡する可能性などについては一切説明なく不十分であった。仮にカルテに記載されたような説明がなされたとしても、カルテには承諾を得た旨の記載はない病院側(被告)の主張1.シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用投与シスプラチン、塩酸イリノテカンはともに厚生大臣(当時)から認可された薬剤であり、両者の併用療法は各臨床試験を経て有用性が確認されたものである。抗がん剤開始時点において、腎機能は1/3程度に低下していたが、これは予備能力の低下に過ぎず、併用投与の禁忌患者とされる「重篤な腎障害」とはいえない2.塩酸イリノテカンの再投与塩酸イリノテカン研究会の臨床試験実施計画書によれば、2回目投与予定日に「投与しない基準」として白血球数の低下、血小板数の低下、下痢などが記載されているが、本件はいずれにも該当しないので、腎機能との関係で再投与を中止すべき根拠はない。なお当日は学会に出席していたが、同僚の呼吸器内科医師に十分な引き継ぎをしている2.インフォームドコンセント医師は患者や家族に対して、詳しい説明を行っても、特段の事情がない限りその要旨だけをカルテに記載し、また、患者から承諾を得てもその旨を記載しないのが普通である裁判所の判断1. 腎機能悪化の予見可能性抗がん剤投与前から腎機能障害が、シスプラチンの腎毒性によって悪化し、その状態で塩酸イリノテカンの腎毒性によりさらに腎機能が悪化し、骨髄抑制作用が強く出現して死亡した。もし塩酸イリノテカンを再投与していなければ、3ヵ月程度の余命が期待できた。2. 塩酸イリノテカンの再投与塩酸イリノテカン再投与時、腎機能は併用療法によって確実に悪化していたため、慎重に投与するかあるいは腎機能が回復するまで投与を控えるべきであったのに、引き継ぎの医師に対して細かな指示を出すことなく、主治医は学会に出席した。これに対し被告はスキップ基準に該当しないことを理由に再投与は過失ではないと主張するが、そもそもスキップ基準は腎機能が正常な患者に対して行われる併用療法に適用されるため、投与直前の患者の各種検査結果、全身状態、さらには患者の希望などにより、柔軟にあるいは厳格に解釈する必要があり、スキップ基準を絶対視するのは誤りである。3. インフォームドコンセント被告は抗がん剤の副作用について説明したというが、診療録には副作用について説明した旨の記載はないこと、副作用の説明は聞いていないという遺族の供述は一致していることから、診療録には説明した内容のすべてを記載する訳ではないことを考慮しても、被告の供述は信用できない。原告側合計2,845万円の請求に対し、536万円の判決考察本件のような医事紛争をみるにつけ、医師と患者側の認識には往々にしてきわめて大きなギャップがあるという問題点を、あらためて考えざるを得ません。まず医師の立場から。今回の担当医師は、とてもまじめな印象を受ける呼吸器内科専門医です。本件のような手術適応のない肺がん、それも余命数ヵ月の患者に対し、少しでも生存期間を延ばすことを目的として、平成6年当時認可が下りてまもない塩酸イリノテカンとシスプラチンの併用療法を考えました。この塩酸イリノテカンは、非小細胞肺がんに効果があり、本件のような腺がん非切除例に対する単独投与(第II相臨床試験;初回治療例)の奏効率は29.8%、パイロット併用試験における奏効率は52.9%と報告されています。そこで医師としての良心から、腫瘍縮小効果をねらって標準的なプロトコールに準拠した化学療法を開始しました。そして、化学療法施行前から、BUN 26.9、Cre 1.31、クレアチニンクリアランスが40.63mL/minと低下していたため、シスプラチンの腎毒性を考えた慎重な対応を行っています。1回目シスプラチンおよび塩酸イリノテカン静注後、徐々に腎機能が悪化したため、投与後しばらくは多めの輸液と利尿薬を継続しました。その後腎機能はBUN 74.1、Cre 2.68となりましたが、初回投与から1週間後の2回目投与ではシスプラチンは予定に入らず塩酸イリノテカンの単独投与でしたので、その当時シスプラチン程には腎毒性が問題視されていなかった塩酸イリノテカンを投与することに踏み切りました。もちろん、それまでに行われていたパイロット併用試験におけるスキップ基準には、白血球減少や血小板減少がみられた時は化学療法を中止しても、腎障害があることによって化学療法を中止するような取り決めはありませんでした。したがって、BUN 74.1、Cre 2.68という腎機能障害をどの程度深刻に受け止めるかは意見が分かれると思いますが、臨床医学的にみた場合には明らかな不注意、怠慢などの問題を指摘することはできないと思います。一方患者側の立場では、「余命幾ばくもない肺がんと診断されてしまった。担当医師からは新しい抗がん剤を注射するとはいわれたが、まさか2週間で死亡するなんて夢にも思わなかったし、副作用の話なんてこれっぽっちも聞いていない」ということでしょう。なぜこれほどまでに医師と患者側の考え方にギャップができてしまったのでしょうか。さらに、死亡後の対応に不信感を抱いた遺族は裁判にまで踏み切ったのですから、とても残念でなりません。ただ今回の背景には、紛争原因の一つとして、医師から患者側への「一方通行のインフォームドコンセント」が潜在していたように思います。担当医師はことあるごとに患者側に説明を行って、予後の大変厳しい肺がんではあるけれども、できる限りのことはしましょう、という良心に基づいた医療を行ったのは間違いないと思います。そのうえで、きちんと患者に説明したことの「要旨」をカルテに記載しましたので、「どうして間違いを起こしていないのに訴えられるのか」とお考えのことと思います。ところが、説明したはずの肝心な部分が患者側には適切に伝わらなかった、ということが大きな問題であると思います(なお通常の薬剤を基準通り使用したにもかかわらず死亡もしくは後遺障害が残存した時は、医薬品副作用被害救済制度を利用できますが、今回のような抗がん剤には適用されない取り決めになっています)。もう一つ重要なのは、判決文に「患者の希望を取り入れたか」ということが記載されている点です。本件では抗がん剤の選択にあたって、「新しい薬がでたから」ということで化学療法が始まりました。おそらく、主治医はシスプラチンと塩酸イリノテカンの併用療法がこの時点で考え得る最良の選択と信じたために、あえて別の方法を提示したり、個々の医療行為について患者側の希望を聞くといった姿勢をみせなかったと思います。このような考え方は、パターナリズム(父権主義:お任せ医療)にも通じると思いますが、近年の医事紛争の場ではなかなか受け入れがたい考え方になりつつあります。がんの告知、あるいは治療についてのインフォームドコンセントでは、限られた時間内に多くのことを説明しなければならないため、どうしても患者にとって難解な用語、統計的な数字などを用いがちだと思います。そして、患者の方からは、多忙そうな医師に質問すると迷惑になるのではないか、威圧的な雰囲気では言葉を差し挟むことすらできない、などといった理由で、ミスコミュニケーションに発展するという声をよく聞きます。中には、「あの先生はとても真剣な眼をして一生懸命話してくれた。そこまでしてくれたのだからあの先生にすべてを託そう」ですとか、「いろいろ難しい話があったけれども、最後に「私に任せてください」と自信を持っていってくれたので安心した」というやりとりもありますが、これほど医療事故が問題視されている状況では、一歩間違えると不毛な医事紛争へと発展します。こうした行き違いは、われわれすべての医師にとって遭遇する可能性のあるリスクといえます。結局は「言った言わないの争い」になってしまいますが、やはり患者側が理解できる説明を行うとともに、実際に患者側が理解しているのか確かめるのが重要ではないでしょうか。そして、カルテを記載する時には、いつも最悪のことを想定した症状説明を行っていること(本件では抗がん剤の副作用によって死亡する可能性もあること)がわかるようにしておかないと、本件のような医事紛争を回避するのはとても難しくなると思います。癌・腫瘍

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〔CLEAR! ジャーナル四天王(47)〕 FREEDOM試験がもたらした「開放」とは?

複雑な冠動脈疾患患者にバイパス(CABG)か?PCIか?という問題は90年代のBARI試験から最近のSYNTAX試験まで、いろいろな側面から検討がなされ、さながら不整脈のreentry回路のように外科医と内科医の頭を悩ませてきた。だが、このFREEDOM試験はその回路(circuit)に楔を打ち込んだ研究といえるのではないか。【これまでに行われてきた研究との比較】糖尿病患者の再灌流療法に関しては、10年ほど前にBARI試験で単純なバルーン拡張術(Plain Old Balloon Angioplasty; POBA)が初めてCABGと比較された。さらに、5年ほど前にBARI-2D試験で非薬剤性のステント(Bare Metal Stent; BMS)がCABGと比較されている。周知のとおり、いずれの試験でも長期的にはCABGが予後改善効果に優れたという結果が得られている。FREEDOMは、PCIが薬剤溶出性ステント(Drug Eluting Stent; DES)の時代を迎え、三度その長期的な予後の比較が糖尿病患者で行われたものであるが、端的に言うとこれまでの結果を覆すものではない。これは、POBAからBMS、そしてDESに至るまで、いずれも再狭窄の抑制のためのデバイスの進歩であり、明確なイベントの抑制(急性心筋梗塞や心臓突然死)がもたらされていないことを踏まえると、驚くにはあたらない。【SYNTAXによるスコア化について】また、糖尿病患者限定ではなかったが、最近行われたSYNTAX試験サブ解析の結果、リスク層別の有力なツールとしてSYNTAX スコアが提唱されている。三枝病変もしくは左主幹部病変患者で、その病変複雑性がSYNTAXスコアにして0~22の間であればおそらくはPCIとCABGは同程度に有効であり、22以上であれば、その点数の上昇にしたがって、CABGのほうがPCIよりも予後改善に有用となる。FREEDOMの平均のSYNTAX スコアは26であり、病変の複雑性というところからもCABGが有利な患者群を扱っている。しかも、標準偏差は8と枠は狭い。したがってFREEDOMでは、このSYNTAXスコア26±8というCABGに有利な枠内で、やはり予想通りの結果が得られたということになる。しかし、このように予想通りの結果であったからといってFREEDOMの価値が減じられるわけではない。BARIやSYNTAXとはまったく別のグループが組んだ臨床試験でその結果が検証された意義は大きい。しかも、個々の患者にとって大きな価値を持つ「長期的予後」という観点から、である。このことだけでも、やはりFREEDOMの結果は特筆に値する。言うまでもなく、糖尿病患者、あるいはそれに類する複雑な患者へのアプローチで推奨されているのは、外科医と内科医を含めたHeart Teamによる総合的な検討である。わが国でこの試験の結果を適用するためには注意点がいくつか存在するが(文末の三点)、FREEDOMは間違いなく患者サイドへのインフォームドコンセントに有用であり、医療者側からより強く自信をもった提言を行うことを可能とした。現場でこの試験の結果を公平な判断へとつなげて初めて、「無知から開放(FREEEDOM from ignorance)」は達成される。FREEDOM試験の注意点1.わが国の糖尿病患者の予後は、おそらくは欧米のそれよりも良好である可能性があり(Kohsaka S,et al.Diabetes Care. 2012 ;35:654-659.)、CABGによる予後改善効果が「薄まる」可能性も捨てきれない。2.さらにこの試験は二度にわたりプロトコールの変更を行い、かなり患者の登録に難渋した形跡がみられる。その影響か、最後まで(7年間)追跡することができた症例は200例強にすぎない。今後、他のデータで長期的な検証が必要である。3.さらに、MIとStrokeのイベントの「重さ」がこの試験では同等に扱われているが、これは現実のケースでは必ずしもイーブンではない。心筋梗塞エンドポイント定義(30日以内)myocardial infarction was defined as the presence of new Q waves in 2 or more contiguous leads on electrocardiography, as compared with baseline.脳梗塞エンドポイント定義Stroke was defined as the presence of at least one of the following factors: a focal neurologic deficit of central origin lasting more than 72 hours or lasting more than 24 hours with imaging evidence of cerebral infarction or intracerebral hemorrhage.(執筆協力:循環器内科CRC 植田育子)

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The role of sentinel lymph node surgery in patients presenting with node positive breast cancer (T0-T4, N1-2) who receive neoadjuvant chemotherapy - results from the ACOSOG Z1071 trial

リンパ節転移陽性(T0-T4)で術前化学療法を受けた乳癌患者でのセンチネルリンパ節生検の役割―ACOSOG Z1071試験本研究の適格基準は、18歳以上、経過観察可能、cT0-4/N1-2/M0、細胞診またはコア針生検で腋窩リンパ節転移陽性、浸潤性乳癌、術前化学療法(NAC)終了後12ヵ月以内の手術、インフォームドコンセントであり、除外基準は妊娠期/授乳期、鎖骨上/鎖骨下/胸骨傍リンパ節転移疑い、同側腋窩手術の既往、センチネルリンパ節生検/化学療法前の腋窩リンパ節生検の既往、炎症性乳癌である。センチネルリンパ節生検として推奨される方法は少なくとも2個のリンパ節摘出、RIと青い色素の2つの標識の使用である。病理学的評価はHE染色を用い、0.2mmより大きいものをリンパ節転移陽性とした。主目的は、センチネルリンパ節を2個以上摘出したcN1の乳癌女性で、偽陰性率が10%未満であるか決定することである。10%の偽陰性率を選択した理由は、NACを行っていない早期乳癌でのセンチネルリンパ節生検の偽陰性率がNSABP B-31で9.8%であったこと、NACではNSABP-B-27で10.7%、21試験のメタアナリシスで12%であったことからである。136施設から756例が登録され、除外基準となった53例を除く701例を対象とした。腋窩郭清が完全に行われなかった1例、腋窩郭清でリンパ節が1つもなかった1例、センチネルリンパ節生検が行われなかった12例を除くと687例となり、さらにセンチネルリンパ節が同定できなかった50例を除くと、637例(cN1:603例、cN2:34例)となった。701例の患者背景は、年齢49(23~93)歳、人種は白人が80.6%、腋窩診断はコア針生検61.2%、細胞診38.8%、cT2が54.9%、おおよそのサブタイプはHER2+が30.1%、トリプルネガティブが24.1%、HR+/HER2-が45.4%であった。センチネルリンパ節同定率は92.7%(639/689例)であった。637例中リンパ節転移陰性となったものが255例(40%)、センチネルリンパ節転移陽性が326例、センチネルリンパ節転移陰性で腋窩郭清時陽性が59名であり、センチネルリンパ節は転移状況を91.2%で正確に同定できた。cT1かつセンチネルリンパ節2個以上の患者では偽陰性率は12.6%であった。色素のみ22.2%、RIのみ20.0%、RIと色素の両方を使用10.8%(p=0.046)、センチネルリンパ節2個21.1%、3個9.0%、4個6.7%、5個以上11.0%(p=0.004)であった。cT1でセンチネルリンパ節1個のみでは偽陰性率31.5%であった。cT1かつセンチネルリンパ節2個以上で、リンパ節内にクリップを挿入した患者では、センチネルリンパ節内にクリップがあった96例のうち54例で転移が残存しており、偽陰性率は7.4%であった。サマリーとしてリンパ節の状態を正確に判定できたのは91.2%、pCRは40.0%、cT1かつセンチネルリンパ節2個以上での偽陰性率12.6%(RIと色素の併用で10.8%、センチネルリンパ節3個以上で9.1%)であった。これらのデータから、リンパ節転移陽性乳癌におけるNAC後のセンチネルリンパ節生検はリンパ節転移の状況を検出するのに有用な方法であり、手技としてRIと色素の併用、2個以上の摘出が重要であると結論づけている。また、リンパ節の診断時にクリップを挿入することや、治療効果をみるためのセンチネルリンパ節の病理学的検索をするなどのさらなる工夫で、より精度が上がるかもしれないとも述べている。患者数も多く非常に重要な試験ではあるが、後付けでさまざまなサブ解析をしたデータで結論づけるのは無理がある。T1かつセンチネルリンパ節2個以上かつRIと色素の併用と患者選択しても偽陰性率10.8%であり、本研究から、リンパ節転移陽性乳癌における化学療法後のセンチネルリンパ節生検は有用であるとはとても言い難い。これに引き続いて、ドイツからもセンチネルリンパ節と術前化学療法の関係について報告があった。 レポート一覧

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Dr.岩田のスーパー大回診

第4回「PQRSTで終わらせない!」第5回「研修医は三日寝ないで一人前?」第6回「ムンテラを教えよう」 第4回「PQRSTで終わらせない!」指導医が研修医に、「問診で患者さんに痛みについて尋ねるときの手段について」質問すると、「“PQRST”をきちんと聞く」などと答える人がいます。最近は病歴聴取についての教材や教育方法が発達してきたため、研修医もこのようなことを良く知っています。そして指導医もまた、それさえできていれば十分だと思ってしまいがちです。しかし、それでは病歴聴取としては不十分なのです。PQRSTは単なるチェックリストに過ぎません。チェックリストを埋めているだけの問診では、疾患や患者さんの全体像を掴むことはできません。では、病歴聴取において指導医は研修医をどう指導したら、またどのように訓練していけばよいのでしょうか。岩田先生ならではの“指導医の心得”を伝授します !第5回「研修医は三日寝ないで一人前?」医療現場では当たり前ともされる「時間がない!」「忙しすぎる!」「人が足りない!」「今日も寝られない!」という過酷な状況の中、研修医に対しても「三日寝ないで一人前」のような感覚でいる指導医の先生が多いのではないでしょうか。しかし、乗客の命を預かるパイロットが適切な休養を義務として取るように、患者さんの命を預かる医師も「権利」としてでなく、「義務」として休養を取らなければいけません。つまり、プロである以上、患者さんのためにベストパフォーマンスを発揮するためには適切なタイムマネジメントが必要であり、研修医のタイムマネジメントを管理するのも指導医の役目なのです。「そうは言っても、手いっぱいでそんなことやってられない!」という方、ぜひ岩田先生からの明解なアドバイスをお聞きください。超多忙な中、多くの講演や執筆を手がける岩田先生ならではの妙技をご紹介します。第6回「ムンテラを教えよう」ムンテラは、ドイツ語のMund Therapie(ムントセラピア)の略語で、「口で治療する」という意味です。いわば医療行為の一環であり、エコーや心電図などの医療行為と同じく特別な技術を要するもの。この「ムンテラ」と呼ばれる、がん告知やインフォームドコンセントを、経験の浅い研修医一人に任せたりしていませんか? 「ムンテラ」は、医学知識があるからといって訓練なしで研修医が行っていいことではありません。でも、「ムンテラなんて教えたことも教わったこともない」という声が聞こえてきそうです。そんな悩める指導医のための基本知識を伝授します。岩田先生の明解解説でムンテラを教えるツボがわかります !

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スマホ、タブレット…医師の半数以上が、一台以上スマートデバイスを所有している!

先生はスマートフォン、タブレット型端末をお持ちでしょうか。どこでもニュースをチェックできる、いつでもメールに返信できる、重い書籍を持ち歩かずに済む…今やこれがないと仕事にならないという先生も多いかと思います。ケアネットでは2010年以来毎年、先生方のスマートデバイス所有率調査を実施してきましたが、2012年現在、とうとうその所有率が半数を超えました!年代で所有率は違うのか?スマホとタブレット、それぞれの使い方は?活用している先生、利用していない先生それぞれのコメントも必見です。結果概要はこちらコメントはこちら設問詳細スマートフォン・タブレット型端末についてお尋ねします。iPhone5の発売に注目が集まり、20代のスマートフォン所有率は既に半数を超えているといわれています。 また、昨年ケアネットで実施した調査では、医師のスマートフォン所有率は28%という結果でした。そこで先生にお尋ねします。Q1. 先生は現在スマートフォン/タブレット型端末を所有していますか。(両者それぞれに対して回答)※スマートフォンとは、「iPhone」のような、携帯情報端末(PDA)と携帯電話が融合した携帯端末を指します。※タブレット型端末とは、「iPad」のような、スクリーンをタッチして操作する携帯型コンピュータを指します。スマートフォンより大型。所有している(長期貸与も含む)所有していないが、いずれ購入したい購入するつもりはないQ2/3 (Q1で「スマートフォン/タブレット型端末を所有している」を選択した人のみ)先生はスマートフォン/タブレット型端末を、医療の用途においてどのようなことに利用していますか。医学・医療に関する書籍・論文閲覧医薬品・治療法に関する情報収集(書籍・論文以外)医学・医療関連のニュース閲覧臨床に役立つアプリの利用患者とのコミュニケーション医師・医療従事者とのコミュニケーション医療をテーマにしたゲームその他(       )特に利用しているものはないQ4. コメントをお願いいたします(ライフスタイルで変化した点、院内・移動中・プライベートでどのように利用されているか、所有していない方はその理由など、どういったことでも結構です)。アンケート結果Q1. 先生は現在スマートフォン/タブレット型端末を所有していますか。(両者それぞれに対して回答)年代別Q2/3 (Q1で「スマートフォン/タブレット型端末を所有している」を選択した人のみ)先生はスマートフォン/タブレット型端末を、医療の用途においてどのようなことに利用していますか。2012年9月21日(金)実施有効回答数:1,000件調査対象:CareNet.com医師会員結果概要医師の半数以上がスマートデバイスを所有している全体では、スマホ・タブレット両方の所有者が15.7%、いずれかを所有している医師が36.4%、いずれも所有していない医師が47.9%となり、医師の半数以上が一台あるいは複数のスマートデバイスを所有しているという結果となった。医師の約4割がスマートフォンを所有、30代以下では半数以上が利用中スマホ所有者に関しては、2010年の調査開始当初22.4%、2011年では28.0%と年々上がってきたが、2012年の今回は10ポイント以上伸びて38.6%。一般市民の28.2%※と比較すると、10ポイント以上上回る所有率であった。年代別では若い世代の医師ほど利用率が高く、40代で42.5%、30代以下では54.2%と実に半数を超える結果となった。※日経BPコンサルティング「携帯電話・スマートフォン"個人利用"実態調査2012」より。一台あるいは複数所有する回答者タブレット型端末の所有者は2年前に比較して倍増。年代に比例せず60代でも約3割が利用一方タブレット型端末に関しては、初代iPadが発売された2010年時で所有率13.1%と、医師のスマートデバイスに対する関心度の高さが既に見られていた。その後2011年で20.3%と伸び、2012年の今回は29.2%と約3割の医師が所有していることが明らかとなった。またスマホと異なり、年代による偏りがあまり見られず、30代以下で31.3%、60代以上で29.2%となった。60代以上の医師では タブレット型端末の所有者が スマートフォン所有者を上回る30代以下ではスマートフォン所有者は54.2%、タブレットで31.1%と、ほぼ全ての年代においてスマホ所有率がタブレットのそれを上回っているが、60代以上になるとスマホで25.8%、タブレットで29.2%と逆転。『移動中、学会など調べ物にタブレットを使う。スマホの画面では小さく見にくいので』といった声も寄せられた。タブレット型端末のほうが医療面での活用度が高く、所有者の4人に3人が利用中所有者に対し医療での用途を尋ねたところ、スマホで最も高かったのは「医薬品・治療法に関する情報収集(書籍・論文以外)」(37.0%)、同じくタブレットでは「書籍・論文閲覧」(47.6%)。特に違いが見られたのが「患者とのコミュニケーション」で、スマホでは4.1%、タブレットでは14.7%となり『インフォームドコンセントの際、立体的で具体的な説明ができ、患者の理解が深まっている』といった活用法が寄せられた。「特に利用しているものはない」との回答はスマホで35.5%、タブレットで26.7%となった。CareNet.comの会員医師に尋ねてみたいテーマを募集中です。採用させて頂いた方へは300ポイント進呈!応募はこちらコメント抜粋 (一部割愛、簡略化しておりますことをご了承下さい)「業務連絡の一斉連絡に使っていて便利に感じています。」(40代男性,その他)「ipadでカルテを書いたり、レントゲンを見たりする時代がすぐそこまで来ている。」(40代男性,小児科)「Facebookで他の医師からの情報が逐次入るようになり、役に立ったり、煩わしかったりしています。スケジュール管理にはパソコンと連動させると非常に便利。iCloudでプレゼンや文書ファイルのやりとりをしている。」(50代男性,小児科)「日本はアメリカに比べて5年以上遅れています。日本語で提供できる、安いコンテンツの提供が必要」(60代以上男性,内科)「スマートフォンは思うところあって手放した。 手放してみると結構不要だったことに気づいた。」(30代以下男性,腎臓内科)「常時携帯する簡易コンピュータとして利用。日本医薬品集(の内容を収録したアプリ)などが常に手元にあり、いつでも参照できるので、仕事の効率が上がったと思う。」(40代男性,精神・神経科)「携帯が必要な書籍はほぼ全てスマートフォン・タブレットに入っているため、ポケットに本を詰め込むことがなくなった。大変スマート。」(30代以下男性,内科)「院内でも使えるアプリ開発を期待します。 患者IC用のスライドのようなもの」(40代男性,循環器科)「患者へのインフォームドコンセントの際に、より立体的で具体的な説明ができ、患者の理解が深まっている。」(40代男性,循環器科)「所属医師会では、役員全員にiPadを支給しています。 役員就任中は医師会で通信費を負担していただけます。 用途は、主に (1)iPad上の連絡網として使用 (2)ペーパーレス会議とし、役員会資料をすべて電子化してiPadで閲覧・検索とする」(50代男性,内科)「PCやiPadを持っていれば、スマートフォンは必要ない。 iPadは現在、訪問診療患者の基本情報を自宅でも見られるように使っており、画像を訪問時に見せて説明している。医療現場においても使用価値はますます高くなっていくと思う。」(50代男性,内科)「移動中や外出先でも仕事ができるようになった」(30代以下女性,内科)「スマートフォンは病棟に持ち込めないので病棟ではiPodを使用し、医療に役立つアプリを臨床に役立てています。」(40代男性,消化器科)「院内でも情報を以前より早く得られるようになった気がする。」(40代男性,消化器科)「地方都市では車で通勤なので使用しない。自宅や勤務先にはパソコンがネットでつながっており、さらに、スマートフォンに料金を支払う必要はない」(50代男性,内科)「情報収集時にPCを使う頻度が減った。Wi-Fi環境が整っている場合に、ペンを使ってメモを取ったりノートを書くことが減った。」(50代男性,総合診療科)「写真を撮ってiCloudでコンピューターに転送。自動車内で行先の情報を得る。 見知らぬ地でのナビとして。」(50代男性,整形外科)「iPadでプレゼン資料のチェック」(60代以上男性,内科)「院内では電波環境がよくないので使用しづらい」(30代以下男性,その他)「紹介病院など直ぐに患者に情報を提供できる」(40代男性,小児科)「電話は電話機能だけでいいと考えている。 また、出先で様々な機能を使う必要を感じていない。 時代に付き合う気持ちもない。」(60代以上男性,内科)「医学書を持ち歩くのが大変なので、主に電子書籍として利用しています。検索が早いのが利点です。」(40代男性,内科)「ハンドブックをPDF化しての閲覧、電子辞書の検索にとても便利です。」(50代男性,内科)「スマホはもう無ければやっていけないほど。ガラケーとは得られる情報量も違うし。タブレット端末もノートパソコンより小回りがきくので便利。ちょっとしたプレゼンもタブレット端末で済ませています。」(50代男性,内科)「スケジュール管理」(30代以下男性,精神・神経科)「医学雑誌を読むために購入予定。」(50代男性,麻酔科)「タブレット型端末はいつでも身近にある辞書として活用したい スマートフォンは便利すぎて危険に思えるので、普通の携帯で良い 」(60代以上男性,内科)「evernoteにPDFいれてガイドラインなど見ています。」(30代以下男性,アレルギー科)「漢方の本を読んだり、エヴァーノートに医療テキストなどを載せて、読みたいときに自由に読んでいる。」(50代男性,消化器科)「書籍や文献を持ち歩かなくて済む」(50代男性,神経内科)「医薬品情報・学会情報を手軽に入手できるようになった。」(50代男性,循環器科)「通勤時間を利用してニュースの閲覧」(30代以下男性,その他)「医療用サイト、メールマガジンを手軽に閲覧できるので最近の専門以外の情報が得られる」(60代以上男性,循環器科)「移動中の暇つぶしには最適。メールチェックや返信などが楽になった。出張などでも基本PCは不要である。」(40代男性,外科)「パソコンと違って持ち運べるし、常に電源が入っているので、咄嗟の調べ物に強いと思います。」(40代男性,消化器科)「医療現場での医療情報収集が容易になった。」(50代男性,小児科)「カンファレンス等、ガイドラインや文献のない場所でも調べることができる。」(50代男性,その他)「持つまでは不要と考えていたが、実際使用してみると 便利。しかしこれでゲームをしようとは思えない。」(30代以下男性,形成外科)「単にきっかけがないから、購入していないです。災害時など情報入手手段として用意しておきたいと思います。」(50代女性,小児科)「持っているが飛行機の予約や宿の手配、ゴルフのエントリーやショッピングばかり」(50代男性,内科)「旅行先でNaviを使う。レストランを探す。Googleで医薬品や疾患の診断基準を調べる。」(50代男性,内科)「携帯電話で,電話機能以外(メール,imodeなど)を使用することはほとんどありません.したがって,スマートフォンに関しても必要性を感じません.」(40代男性,呼吸器科)「職場では医局のPCでチェックして、移動中に情報をチェックする必要性が低いため。移動中やあちこちに移動する必要がある職場に異動すれば所有を検討するかもしれません。」(40代男性,内科)「電車の中で皆が見ている姿を見ていると寂しくなってきます。会話が減りますね」(30代以下女性,耳鼻咽喉科)

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SUN(^_^)D「抗うつ薬の最適使用戦略を確立するための多施設共同無作為化試験」パイロットトライアルが発表

わが国のうつ病診療はここ十数年の間に大きく変化した。さまざまな新規抗うつ薬が登場し、急増するうつ病患者に対しどのような治療指針で診療に取り組むべきか議論がなされている。このような中、京都大学 古川氏を主任研究者とする「抗うつ薬の最適使用戦略を確立するための多施設共同無作為化試験-SUN(^_^)D 」プロジェクトが実施されている。本研究の実現の可能性およびアドヒアランスを調査するためのパイロット調査の結果を共同主任研究者の一人である高知大学の下寺氏らがTrials誌オンライン版2012年6月8日付で発表した。2010年より実施されたSUN(^_^)Dプロジェクトは、単極性大うつ病 の急性期治療について、ファーストラインおよびセカンドラインでの抗うつ薬の最適治療戦略を確立することを目的とした25週間の多施設共同無作為化試験である。SUN(^_^)Dプロジェクトの目標症例は2,000例、主要評価項目はこころとからだの質問票(PHQ9)を用い評価する。今回の報告では、本研究を円滑に進めるため、実現性やアドヒアランスに関してパイロット調査にて検証を行った。2010年12月から2011年7月の間に受診した初診患者2,743例中、本研究への参加が適切であると判断された382例のうち、書面によるインフォームドコンセントに同意した軽症から非常に重症なうつ病患者100例を対象とした。主な結果は以下のとおり。 ・2011年7月末までに本研究開始後3週目に達した93例中、主要項目の評価が可能であった患者は90例(96.8%)であった。・本研究開始後9週目まで達した72例のうち、70例(97.2%)は十分な面談が可能であった。・最終25週目に到達した32例中、29例(90.5%)はフォローアップ可能であった。・主要評価項目の信頼性はほぼ問題なく、無作為化も確認された。・プロトコールの若干の変更と明確化が必要であると考えられる。(ケアネット 鷹野 敦夫) 関連医療ニュース ・うつ病治療におけるNaSSA+SNRIの薬理学的メリット ・うつ病治療“次の一手”は?SSRI増量 or SNRI切替 ・職場におけるうつ病患者に対し電話認知行動療法は有効か?

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医師と「法への不服従」に関する論考

神戸大学感染症内科岩田 健太郎 2012年6月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 ※本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会より許可をいただき、同学会のメールマガジンで配信された記事を転載しております。 平岡諦氏の「日本医師会は「医の倫理」を法律家(弁護士)に任せてはいけない」(MRIC. vol. 496. 497)を興味深く読みました。平岡氏は「医の倫理」は「法」よりも上位にあり、日本医師会は「医の倫理」に遵法を要求していることから、法律家(弁護士)が「医の倫理」規定に参画するのは間違っていると主張します。本稿の目的は平岡氏のこの大意「そのもの」への反論ではありません。平岡氏が指摘するような日本医師会の医療倫理への「操作」や歴史的プロセスについて、あるいはそこにおける弁護士の意味や役割についてぼくは十分な情報を持っていませんし、また関心事でもないからです。しかし、部分的には異議を持ちましたので、その点については、あくまでも各論的に指摘したいと思います。アメリカ医師会の倫理綱領を紹介して平岡氏はそこで「『法への非服従』を謳っている」と説明し、「A physician shall respect the law and also recognize a respondsibility to seek changes in those requirements which are contrary to the best interests of the patient」という文章を紹介します。しかし、「法への非服従」には二つの意味があります。一つは現行法を遵守しつつ、その法が「悪法である」と主張して変化を求めること、もう一つは現行法を悪法だと無視して進んで違法行為を行うことです。平岡氏が主張する「法への非服従」は後者にあたります。しかし、アメリカ医師会の文章では「seek changes」と書かれていますから、素直に読めば前者の意味と理解するのが自然です。平岡氏は自身の見解、医師の「法への非服従」にあまりにこだわるあまり、AMAの見解を曲解しています。ナチスドイツが行ったユダヤ人やその他の民族の大虐殺、そして医療の世界における非道な人体実験は我々の倫理・道徳的な観念に大きな揺さぶりをもたらしました。問題は、これらの非道な行為が「悪意に満ちた、悪魔的な集団によって行われた」というより、ハンナ・アーレントらが指摘するように、普通の常識的な人物たちが当時の法と上司の命令に素直に従って行った悪烈な行為であったことが大きな問題であったのです。ですから、それに対する大きな反省を受けて、「明白に犯罪的な命令には従ってはならない」(ハンナ・アーレント「イスラエルのアイヒマン」みすず書房 225ページ)という考えがでてきました。これが平岡氏の言う「法への非服従」でしょう。さて、「明白に犯罪的な命令には従ってはならない」は普遍的な原則です。ナチスドイツの法と命令に従った全ての人に適応可能な原則なのですから。したがって、「法への非服従」を求められる職業は平岡氏が主張するように医師だけに要求される倫理観ではありません。看護師などの他の医療者や、教師や、あるいはあらゆる社会人にも適用可能な原則です。しかし、ナチスドイツにしても、日本の731部隊にしても、その人体実験は極端なまでに悪らつで、また例外的な悪事でした。医療者は一般的に善良な意志を持っており、また善良なプラクティスを心がけています。それが必ずしも患者にとって最良な医療になる保証はありませんが、少なくともナチスドイツや731部隊的な行為は日常的には行われません。あれは、極めて例外的な事項です。日常的にあんなことが頻発されてはたまったものではありません。例外的なのだから忘却しても構わない、と申し上げたいのではありません。ハンナ・アーレントが指摘するように、そのような例外的な悪らつ非道は「ふつうの人」にも起こりえる陥穽を秘めています。だから、ぼくらはそのような「極端な悪事」にうっかり手を貸してしまうリスクを常に認識しておかねばなりません。繰り返しますが、「明白に犯罪的な命令には従ってはならない」というハンナ・アーレントの格率は、そのような極端な事例において適応が検討されるもので、日常的な格率ではありません。一方、アメリカはかなり強固な契約社会であり、法とか社会のルールを遵守するのが正しいと主張する社会です。アメリカのような契約社会でルールを破っても構わない、という考え方はかなりリスクが大きいのです。医師を含め、医療者も法やルールをきちんと遵守することが日ごろから要求されています。平岡氏のいう「法への非服従」はアメリカ医療の前提にはありません。だからAMAはseek changesとは言っても、act against the lawとは明記しなかったのです。もしアメリカにおいてそれが許容されることがあったとしても、繰り返しますが、極めてレアなケースとなるでしょう。アメリカ以外の社会においても、法への非服従が正当化されるのはナチスドイツ的な極めて例外的な悪事、「明白に犯罪的な命令」に限定されます。しかも、何が犯罪的なのかは自分自身で判断しなければならないのですが、その基準は「あいまい」であってはなりません。ハンナ・アーレントは「原則と原則からの甚だしい乖離を判別する能力」(同ページ)が必要と述べます。「甚だしい」乖離でなければならないのです。臨床試験の医療倫理規定であるヘルシンキ宣言もナチスドイツの人体実験の反省からできたものですが、ホープは極めて例外的なナチスドイツ的行為が、日常的な臨床試験の基準のベースになっていることに倫理的な問題を指摘しています(医療倫理、岩波書店)。あまりにも杓子定規で性悪説的なヘルシンキ宣言のために、患者が医療サービスを十全に受ける権利が阻害されているというのです。形式的で保険の契約書みたいなインフォームドコンセント、過度に官僚的なプロトコルなどがその弊害です。医療倫理を善と悪という二元的でデジタルな切り方をするから、こういう困難が生じるのです。多くの場合、医療の現場は白でも黒でもないグレーゾーンであり、ぼくら現場の専門家に求められるのは、「どのくらいグレーか」の程度問題なのですから。そして、アメリカであれ、日本であれ、他の世界であれ、医師が「法への不服従」を正当化されるのは(正当化されるとすれば、ですが)、極めて黒に近い極端で例外的な事例においてのみ、なのです。また、平岡氏は日本医師会がハンセン病患者の隔離政策に対応してこなかったことを批判します。その批判は正当なものです。しかし、それは「法の改正を求める」という方法と「法そのものをあえて破る」ことが区別されずに批判されています。たとえば、現行の悪法を悪法だと批判し、改正を求めることもひとつの方法なのです。そして、(引用)『医師の職業倫理指針』では「法律の不備についてその改善を求めることは医師の責務であるが、現行法に違反すれば処罰を免れないということもあって、医師は現在の司法の考えを熟知しておくことも必要である」となっています。すなわち、日本医師会は「遵法」のみを医師に要求し、「法への非服従」を医師に求めていないのです。このことは、日本医師会が「悪法問題」を解決していないことを示しています。(引用終わり)と医師会も「法律の不備」を指摘し、改善を求める必要は認めているのですから、少なくともAMAと(WMAはさておき)主張はそう変わりないのだとぼくは思います。また、平岡氏はジュネーブ宣言を引用して「いかなる脅迫があっても」と訳しますが、原文は「even under threat」、、脅迫下においても、、、という言及のみで「いかなる」=under any circumstances、とは書かれていません。この点では平岡氏の牽強付会さ、議論の過度な拡大解釈、が問題になります。平岡氏は日本医師会が「世界標準」から外れており、そこに(WMAに)従わないのが問題だといいます。その是非は、ここでは問いません。しかし、そもそも医の倫理に「世界標準」などというものを作ってしまえば、それは倫理を他者の目、「他者の基準」に合わせてしまうことを意味しています。しかし、たとえWMAがいう「規範」であっても、それが自分の中にある道徳基準を極端に外れている場合は、それに従わないというのが、カントらが説く自律的な倫理観です。AMAがこういっている、WMAがそう訴えている、「だから」それに従うというのは、そもそもその自律的な倫理原則から外れてしまいます。これは本質的なジレンマです。自律と他律のこのジレンマは、ヘーゲルら多くの哲学者もとっくみあった極めて難しい問題ですが、いずれにしても「世界標準だから」医師会にそれに従えと言うのは、自律を原則とする医療倫理における大きなパラドックスではないでしょうか。AMAの倫理規定を読むと、ぼくはいつもため息を禁じえません。http://www.ama-assn.org/resources/doc/ethics/decofprofessional.pdfそこには例えば、Respect human life and the dignity of every individual.とあります。全ての人の生命と尊厳を尊重せよと説きます。しかし、その基盤となるアメリカの国民皆保険に強固に反対してきたのも、またAMAでした(医師の利益が阻害されるからです)。このようなダブルスタンダードが、もっとも非倫理的な偽善ではないかとぼくは考えます。日本医師会がどうあるべきかは、本稿の趣旨を超えるものですが、少なくともAMAやWMAを模倣することに、その回答があるのではないことは、倫理の自律性という原則に照らし合わせれば確かなのです。

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患者カルテ情報の研究利用、過度な個人情報保護は結果に重大な影響招く

2003年4月にアメリカで発効されたHIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act;医療保険の携行と責任に関する法律)などによる患者情報の秘匿性への重視から、患者のカルテ情報の研究利用について、かつては必要とされていなかったインフォームドコンセントが義務付けられることが多くなった。しかし、“義務的”にインフォームドコンセントを行った上で集めたデータに基づく研究結果には“バイアス”がかかって有効性に重大な影響を与えているのではないか――。そのような懸念は、すでに1977年頃には言われていたが、最近富みに編集レビュー委員らが強調するようになっていることから、マクマスター大学(カナダ・ハミルトン)臨床疫学・生物統計学部のMichelle E Kho氏らは、実際にインフォームドコンセントが前向き観察研究でバイアスを先導しているのか、システマティックレビューで検証を行った。BMJ誌2008年4月4日号(オンライン版2009年3月12日号)より。患者の研究への同意率は66.9%レビュー対象は、2008年3月までに、Embase、Medline、Cochrane Libraryで発表された、参加者と非参加者の特徴が報告されており、カルテ情報を用いるためにインフォームドコンセントを行っていた前向き観察研究論文が選ばれた。分析されたのは、参加者および非参加者の年齢、性、人種、教育、収入または健康状態。また、各々の研究への同意率、選択および報告への偏りの恐れに対する感受性についても調べられた。レビューされたのは1650論文。そのうち分析可能なデータを含み基準を満たしたのは17の研究論文だった。結果、分析された転帰尺度について、参加者と非参加者間の差が確認された。しかし、インフォームドコンセントによるバイアス、および有効性に与える影響の大きさについて整合性を見いだすことはできなかった。また、カルテ情報利用に関する同意率は、17論文での16万1,604例のうち66.9%だった。Kho氏は、「カルテ情報の利用に関して、個人情報保護法が観察研究に過度なバイアスをもたらすことのないよう、義務的なインフォームドコンセントの必要性に関して、調査倫理委員会等は思慮深く意思決定する必要がある」と結論している。

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がん患者さんの思い 浮き彫りに

 千葉市にて、千葉県がん患者大集合2008が開催された。「千葉のがん医療を考える」と題し、アンサーパッドを用いた会場参加型のシンポジウムも行われた。現在あるいは過去に受けたがん診療に対するがん患者さんの思いが明らかにされるとともに医療者との意識差が垣間見られている。「がん診療に満足」3割 まず、がん診療に対する安心度合いについて、がん患者とその家族267名に回答を求めた。その結果、「がん医療に満足している」は87名で33%。対象者の3割は満足していると答えたが、逆に7割は満足と答えなかった。 インフォームドコンセントの理解については、「医師の説明が良く理解できないことがあった」は117名と対象者の44% 半数弱が理解できないことがあったと回答した。 よく理解できなかった理由を、上記117名にたずねたところ、「医療用語が難しくて理解できなかった」が75名で70%「説明の時間が短くて理解できなかった」は93名で90%弱「精神的に余裕がなくて理解できなかった」は71名で70%弱医療用語が難解であることも背景にあるが、それ以上に説明時間の短さが理解の障害要因として印象に残っているようである。インフォームドコンセントの受け止め方について、患者さんと家族267名に尋ねたところ、「副作用や合併症、後遺症の説明で不安になった」は144名で70%弱。 しかし、「ごく稀にしか起こらない副作用、合併症、後遺症の説明も説明すべき」は199名と91%にのぼった。 不安ではあるが細かなことも話して欲しいのが患者さん、家族の心理であるようだ。「十分な心のケアを受けていた」2割 心のケアについてがん患者さんと家族に尋ねた。その結果、「十分に心のケアのサポートを受けていた」と答えたのは47名で18%。対象者の8割以上は十分な心のケアを受けていたとは回答しなかった。 また、がん相談窓口について尋ねたところ、「がんの相談窓口があることを知っていた」は93名29% 「相談窓口について担当医から説明を受けたことがある」は23名で9% 3割が相談窓口を知っていたが、ほとんどは担当医からの説明を受けていないことがわかった。 その他、「院内にがん体験者が相談にのる場があれば利用したい」、「同じような立場の人と話してみたいと思うことがある」、「院内に患者同士が交流する場があれば参加したい」は患者さん家族の70%以上であり、患者同士の相談交流への要求の高さが伺える。医療者と患者の相互信頼 引き続き行われた、がん経験者の講演では次のように述べられた。 病気そのものへの不安はなくせないが、診断治療を受ける際の不安は少なくできる。意味がわからない事からくる不安は大きいが、正体がわかってしまえば不安は軽減する。そういう意味でも医師の説明は重要である。 また、悪い知らせを聞くときは、医師の説明に気持ちがついて行かないことが多い。信頼できる人に付き添ってもらいメモを取ってもらうなどの工夫が必要。医師と患者の情報量の違いは明らかであり医療者には病気だけではなく、病気を持つ人を診て欲しい。しかし、患者もお任せにせず自分の病気を知ることが必要。そのようにして、医療者と患者の相互の信頼関係を築いてゆくべきである。 そして、乳がん体験者である耳鼻咽喉科医師小倉恒子氏が自身の体験を説明。今は副作用対策も進化し、自分自身は化学療法を受けていても社会生活に問題はない状態。医師は、重症であっても最期までがん患者を救って欲しいと述べた。

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緩和化学療法の生存ベネフィットは癌患者に十分に知らされているか

癌患者の多くは症状の緩和を目的とした化学療法(緩和化学療法)の生存ベネフィットについて明確な情報を与えられていないことが、イギリスで実施された調査で判明した。生存ベネフィットは緩和化学療法に関する臨床試験の主要評価項目とされることが多く、患者の意思決定やインフォームドコンセントに及ぼす影響も大きい。最近のイギリスの保健政策ではインフォームドコンセントが重視されているという。Bristol大学社会医学科のSuzanne Audrey氏が、BMJ誌2008年7月31日号で報告した。癌患者と腫瘍医を対象に、コンサルテーションのデータを記録研究グループは、治療法を決定するコンサルテーション中に腫瘍医は緩和化学療法の生存ベネフィットをどの程度患者に伝えているかを調査する質的研究を実施した。イギリス南西部の教育病院および地域総合病院において、実際のコンサルテーションを観察しデジタルデータとして記録した。対象は、癌患者37例(進行非小細胞肺癌12例、膵癌13例、結腸・直腸癌12例)および腫瘍医9名(コンサルタント4名、記録担当5名)であった。すべてのデータは完全に記録され、匿名化され、電子的にコード化された。37例中26例で明確な説明なしコンサルテーション中に、生存ベネフィットについて患者に伝えられた情報は、数値データ(「約4週間」)、時間スケールの知識(「数カ月の延長」)、あいまいな言及(「多少延長します」)、まったく言及しないなどであった。37例中26例(70.3%)のコンサルテーションでは、生存ベネフィットに関する話し合いは不明確であるか、まったく言及されなかった。著者は、「癌患者の多くが、緩和化学療法の生存ベネフィットについて明確な情報を与えられていない」と結論したうえで、「意思決定やインフォームドコンセントを支援するために、腫瘍医は生存ベネフィットを含め緩和化学療法の利点および限界について詳細な説明を行うよう勧告する」とし、「腫瘍医のトレーニングに緩和化学療法の生存ベネフィットを患者に伝える方法に関するガイダンスを加えるべき」と指摘している。(菅野守:医学ライター)

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