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古くはヒトの糞中から見つかった細菌が創傷治癒を促進切開部や傷の除菌が大事なことは言うまでもないことですが、本をただせばビールやヒトの糞から見つかった1)細菌が糖尿病患者の治療困難な傷の治癒を助けうることが示唆されました。傷に有害な細菌を検討した数多くの報告とは真反対に、ペンシルベニア大学医学部のElizabeth Grice氏らのチームは慢性創傷の多くに認められる細菌Alcaligenes faecalis(A. faecalis)が糖尿病関連創傷の治癒促進効果を担うことを発見しました2)。その結果によるとA. faecalisは糖尿病患者に多い酵素・細胞外基質分解酵素(MMP)を阻止し、傷口が閉じるのに不可欠な細胞移動を促します。創傷治癒を後押しするA. faecalisの仕組みを把握することで糖尿病と関連する創傷の新たな治療法を生み出せそうです。そもそも治らないか治りが非常に遅い褥瘡、潰瘍、裂傷を含む慢性創傷は糖尿病につきもので、痛い感染症をしばしば引き起こし、悪くすると四肢の切断や死に至ることもあります。手術で壊死組織を除去するか包帯をするくらいがせいぜいで治療法は限られます。糖尿病性足潰瘍(DFU)患者46例からの195の検体のゲノム配列を解析した先立つ研究3)で、A. faecalisは最も多く認められた細菌の1つでした。褥瘡、静脈性下肢潰瘍、鎌状赤血球症下肢潰瘍を調べた他の試験でもAlcaligenes属が一貫してしばしば検出されています。DFUの経過とA. faecalisの関連はあいにく認められませんでした。しかしGrice氏らはA. faecalisの検出や量の多さに興味が湧き、傷の治りが悪い糖尿病マウスを使ってA. faecalisの効果を調べてみました。その取り組みは功を奏します。マウスの背にあえて発生させた傷にA. faecalisを与えたところ、A. faecalis非投与群に比べて治癒が早まり、感染の合併は認められませんでした。さらに調べたところ、A. faecalisは創傷治癒にあたる細胞であるケラチノサイトの増殖と創傷部への移動を促すとわかりました。また、糖尿病患者の皮膚検体をA. faecalisとともに培養したところ、ケラチノサイトが有意に多く増えました。糖尿病患者はMMPが過剰で、MMPが過剰な環境は傷の治りに支障を来すことが先立つ研究で示されています。A. faecalisが投与された糖尿病マウスの遺伝子発現を調べたところ、ケラチノサイトで作られることが知られるMMP-10を含むMMP遺伝子幾つかの発現が減っていました。病原性細菌の黄色ブドウ球菌は逆にMMP-10を含むMMPの幾つかを増やし、黄色ブドウ球菌とA. faecalis投与のMMP-10の発現は最も差がつきました。その他の検討結果も加味するに、A. faecalisはどうやらMMP-10過剰発現を抑制することで糖尿病創傷の治りを促すようです。研究をGrice氏とともに率いたEllen White氏は今回の成果を次のように説明しています。「MMPは細胞同士の結びつきを解いて細胞が動けるようにする。糖尿病患者のMMPは過剰だが、A. faecalisは創傷でのMMP発現を整えて傷口が塞がるのを早めることを今回の研究は示した。」4)上述のとおりヒトの創傷治癒の経過へのA. faecalisの作用を示唆する研究成果はありません。なぜかといえば、それら先立つ試験の検出力がそもそも不十分だったためかもしれませんし、A. faecalisの効果を妨げる要因のせいかもしれません。そのような要因として、たとえば創傷の微生物のどれかが直接的に阻害するか栄養を横取りするかしてA. faecalisの増殖や効果を妨げているかもしれません。今後の課題として、皮膚細胞やその他の細菌とA. faecalisのやり取りや相互作用の仕組みを解明したいとWhite氏は言っています4)。参考1)Weinstein L, et al. N Engl J Med. 1951;244:662-665.2)White EK, et al. Sci Adv. 2024;10:eadj2020. 3)Kalan LR, et al. Cell Host Microbe. 2019;25:641-655.4)Penn researchers reveal how a bacterium supports healing of chronic diabetic wounds / Eurekalert