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■今回のテーマのポイント1.代謝疾患で一番訴訟が多い疾患は糖尿病であり、糖尿病性ケトアシドーシスと糖尿病合併症の事例が争われている2.糖尿病性ケトアシドーシスに関する訴訟の争点としては、診断の遅れが多い3.国民皆保険制度下にあった適切な「損害の公平な分担」を模索していく必要がある■事件のサマリ原告患者家族(債権者)被告Y医師(A医院/債務者)争点診断の遅れ結果原告一部勝訴、約1,600万円の損害賠償(結審)事件の概要X(16歳、男性、身長157.4cm、体重約95kg)は、昭和56年8月7日夜、母に対し、「足がふらふらする」「体がだるい」と訴えました。その翌朝、起床したものの、朝食を食べたくないといい、「体がだるい。体がしんどい」「喉が渇く。喉がからからになる」というので、午前9時頃、かかりつけのA医院を受診しました。Xは、Y医師に対し、腹痛、吐き気、つかえた感じがあるなど訴えました。Y医師は診察を行い、急性胃炎と診断し、注射および投薬をしました。その際、Xの「喉が渇く」との訴えに対し、「ジュースは飲んでもよい」と指示しました。帰宅後、Xは、昼におかゆを食べ、夕食を少し食べましたが、しきりに喉が渇いて苦しいと訴え、炭酸飲料水、スポーツドリンク、麦茶などを多飲しました。翌9日は日曜日でしたが、Xの食思不振は改善せず、前日よりも具合が悪そうにしていたため、A医院に電話で治療を頼み、受診することになりました。Xの主訴は前日同様、腹痛、吐き気であり、Y医師は、前日と同じく急性胃炎の診断にて治療をしました。その際、Xから、「ジュースを飲んでもよいか」という質問が出たので、Y医師は、「プリン、ジュースはよいから飲ませてあげなさい。炭酸飲料のような刺激物はいけません」と付き添いのXの父に指示しました。Xは、帰宅途中、「先生はジュースは飲んでもよいというただろう。すぐスーパーへ行ってくれ」と父に頼み、スーパーでジュース類を10数本とアイスキャンディー4本を買って帰りました。そして、それからジュース(炭酸飲料)を4~5本飲み、プリン1個、アイスキャンディー4本を食べました。Xは、同日午後4時過ぎ、ひどくだるそうな様子で、「しんどうていけん。どこか医者に連れていってくれ」といいました。このため、午後6時半頃、A医院よりも大きいB内科医院を受診しました。C医師が診察したところ、Xに意識障害、呼吸障害を認め、血液検査および尿検査を行ったところ、血糖は760mg/dL、尿糖は1g/dLを認めました。C医師は、糖尿病性昏睡と診断し、D病院に転院させました。その際、C医師は、Xの父に対し、「これが明日だったら殺していた。どうしてこんなになるまで放っていたのだ」と叱責しました。D病院で治療が行われたものの、Xは、翌10日午前1時40分、若年性糖尿病による糖尿病性昏睡のため死亡しました。そこで、Xの遺族は、Y医師に対し、遅くとも8月9日の診察の時点で糖尿病を疑い、適切な問診および検査を行うべきであったとして約6,100万円の支払いを求める訴訟を提起しました。事件の判決被告(Y医師)は、初診の際食べ過ぎによる腹痛、吐き気が主訴であったから急性胃炎と診断したというが、前記認定事実にてらしXに過食があった形跡はないから、Xが過食を訴えたということには疑問がある。被告は、Xが異常に肥満していることを良く知っており、かつて慢性胃炎の治療したこともあって常々食べ過ぎないよう助言していたので、過食の予断をもった疑いがある。診療録に、冷えた麦茶と判読できる記載があるところからみて、Xは被告の問診に対して冷えた麦茶の飲み過ぎを答えたとみるのが合理的である。また、翌8月9日の診察の際、Xはジュースを飲みたがっている。これらの点に鑑み、Xは被告に対し、言葉不十分ながら糖尿病の典型的症状である口渇、多飲を訴えていたものと考えられる。したがって、もし被告に過食の予断がなければ、Xが異常肥満体であること、かつて脂肪肝で入院治療を受けたことがあることを知っている被告としては、社会経験の乏しいXの不完全な主訴のみに依存せず、待合室で待っているXの父に対し家庭内における症状を補充的に説明を求めることによって糖尿病を疑いえたものと考えられる。このことは、被告の診察から数時間後に診察したC医師がすぐ糖尿病を疑ったことにてらしても裏付けされるといえる。そうすると、被告は、Xが8月9日に被告の診察を受けた時点では若年性糖尿病の典型的症状である口渇、多飲を訴えていることに気づき若年性糖尿病を疑うべきであったのに、過食による急性胃炎と誤診したものと認められ、右誤診につき不可抗力ないしこれに準ずるような事情があったとは認め難い。したがって、被告は、善良な管理者としての注意義務を怠ったもので、本件診療契約に基づく診療債務につき不完全履行があることになる。●過失相殺前記認定事実に徴すると、債権者側に過失があるものと認められる。即ち、Xは、まだ高校1年生で社会生活経験が浅いため、病気の症状を的確、正確に医師に告げる能力が十分であったとは考えられないのに、被告の診察を受ける際保護者が付き添わなかったため、前記認定の如き家庭内における症状全部が正確に被告に伝えられなかった形跡がある。また、Xは、ジュース、アイスキャンデー、プリン等を常識の範囲をこえるほど多飲食しており、証拠によると、糖質の多いこれらジュース等の多飲食がその後の病状激変の大きな原因となっていることが明らかである。したがって、原告らに生じた損害のうちその7割は、債権者側の過失によるものとして控除するのが相当である。そうすると、被告の支払義務は、原告1人につき金748万6,626円となる。(*判決文中、下線は筆者による加筆)(広島地判尾道支部平成元年5月25日 判時1338号127頁)ポイント解説■代謝疾患の訴訟の現状今回は、代謝疾患です。代謝疾患で最も訴訟となっているのは糖尿病です(表1)。代謝疾患は疾患自体により、直接的に身体・生命損害が発生することが少ない、すなわち、民法709条の要件である「損害」が発生することが少ないことから、訴訟件数自体は多くはありません。その中でも、糖尿病は罹患者数が多く、かつ、(1)糖尿病性ケトアシドーシスおよび(2)糖尿病合併症(網膜症、腎症、神経症による壊疽)により、身体・生命に直接損害が発生することから訴訟件数が多いという結果となっています。糖尿病に関する訴訟は大きく分けて(1)糖尿病性ケトアシドーシスと(2)糖尿病合併症の2つの類型があります。原告勝訴率は、糖尿病性ケトアシドーシスが66.6%(表2)で、糖尿病合併症が50%と大きな差はないのですが、平均認容額は、糖尿病性ケトアシドーシスが8,500万円に対し、糖尿病合併症では560万円と大きな差がついています(表3)。本事例でもそうですが、やはり、ケトアシドーシスは死に至ることから損害額が大きくなるものと考えられます。糖尿病性ケトアシドーシスに関する訴訟の争点は、診断の遅れと、治療の瑕疵の2つに分けられますが、やはり多いのは診断の遅れです(表3)。診断の遅れが争われた事例はいずれも糖尿病の診断がついていない患者であり、本件のように不定愁訴で受診する事例もありますが、別の疾患で受診した際にたまたま糖尿病を発症していて、かつ、糖尿病性ケトアシドーシスにまで至ったという事例もあることから注意が必要といえます。本事例もそうですが、劇症1型糖尿病のように急速に糖尿病性ケトアシドーシスに至るケースは、そもそも救命が困難であり、それをコモンディジーズの単純な見落としのように扱われることには違和感を覚えます。そもそも、「後医は名医」であり、初診における診断の誤りを後から振り返って違法であると誹ることは、よほどの事例でない限り、医療に対する理解が根本的に欠けているといえます。一方、本事例において、前医がいたことを知らなかったとはいえ、後医となったC医師の「これが明日だったら殺していた。どうしてこんなになるまで放っていたのだ」との発言が本訴訟提起に寄与した可能性は高く、患者に対する発言には注意が必要です。■過失相殺第6回で解説しましたが、民法722条2項は、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と過失相殺を定めています。本事例でもXが病状をちゃんと伝えなかったこと、Xが常識の範囲を超えるほどジュースなどを摂取したことから、7割の過失相殺が認められています。民法の不法行為の基本理念に「損害の公平な分担」という考え方があります。実社会において、現に何らかの損害が発生している中で、被害者を含め、その損害に関与した当事者間において、何対何で当該損害を分担することが公平といえるかが、民法の不法行為の基本的な考え方なのです。自動車対人の事故を想起してみましょう。現実に人の身体・生命に損害が発生しており、その損害を自動車運転者と被害者との間で何対何で分担すれば公平かというのが民法の不法行為の考え方です。皆さんもご存じのとおり、現在の実務運用として、自動車対人の事故において、自動車側の過失割合が0となるのは、よほどのことがない限りありません。このとき、判決では、「不法行為は成立するが過失相殺により減額する」という理論を構成することになります。たとえば自動車の過失割合が2割という場合は、現実的には自動車運転手にとって避けようがない事故とさえいえます。それでも2割の責任を認めるために当該運転に過失があったと判決上は示されるのです。医療訴訟において、しばしば「トンデモ判決」と揶揄される判決が見受けられます。しかし、医療訴訟の判決を見る場合には、まず、認容額、認容割合を確認してください。本事例でも、Xを糖尿病と診断することは、現実にはなかなか困難であり、このような事例において、後から見て誤診だ違法だというのはとんでもないという思いはあります。しかし、16歳の男の子が連日診察を受けたにもかかわらず、診断がつかずに死亡してしまった。その男の子の死亡という損害を被害者と医師で7対3で分けましょうという判断は、不当かと問われると若干考え方が変わってくるのではないでしょうか。もちろん、国民皆保険制度により、医療費が統制価格下にあるわが国においては、リスクを価格に転嫁できないこと、また、自動車運転と異なり、医療は行わなくても患者の身体・生命を損ねることなど、自動車運転と医療はまったく異なりますので、同様に判断することは妥当とはいえません。自動車事故とは違う、わが国の医療提供体制にあった「損害の公平な分担」を模索していく必要があるものと思われます。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)広島地判尾道支部平成元年5月25日 判時1338号127頁本事件の判決については、最高裁のサイトでまだ公開されておりません。