14.
インフルエンザには麻黄湯?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】30代女性主訴発熱、咽頭痛既往特記事項なし病歴職場でインフルエンザが流行中。昨晩、ゾクゾクとした悪寒と咽頭痛があり、体温38.6℃。朝起きても悪寒と発熱が持続。インフルエンザが心配で受診。副作用が怖いので抗ウイルス薬はなるべく飲みたくない。外来待合室では、全身の関節痛があり椅子にじっと座れないほどきつくて体を動かしている。現症身長172cm、体重70.4kg。体温38.7℃、血圧112/80mmHg、脈拍86回/分 整。顔面紅潮あり、咽頭発赤あり、扁桃肥大なし、白苔なし、頸部リンパ節腫脹なし、呼吸音異常なし。インフルエンザ抗原検査(+)。経過受診時「???」エキス1包+「???」エキス1包を外来で内服。(解答は本ページ下部をチェック!)15分後悪寒が軽減して、少し関節痛が楽になったため改めて「???」エキス3包+「???」エキス3包分3で処方。(2~3時間おきに内服し、帰宅して安静にするように指導)当日帰宅後、2回目を内服して布団に入った。1時間後に発汗し始めた。発汗後、衣服を着替えて就寝。翌日翌朝には解熱して、咽頭痛もなくなり気分もすっきりした。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えの確認>悪寒はありますか?ゾクゾクして鳥肌が立っています。体熱感はありますか?熱っぽい感じがあります。<温冷刺激に対する反応を確認>のどは渇きませんか?いま、温かい物と冷たい物ではどちらが欲しいですか?のどが渇きます、冷たい水が飲みたいです。<ほかの随伴症状を確認>のどの痛みは強いですか?体の節々が痛みますか?そのほかに、鼻汁、咳、痰はありませんか?汗をかいていますか?とてものどが痛いです。手足の関節や腰が痛くてじっと座るのがつらいです。咳が少しあるくらいで、汗はかいていません。横になりたいほどの倦怠感はありませんか?横になりたい感じはありません。ただ、体の節々が痛くて、こうして座っているのもつらいです。【診察】顔色は紅潮で、手足を触診すると熱感を感じた。また、脈診では浮で、反発力が強い脈(脈:浮、強)であった。また、後頸部から背部を触診すると、鳥肌がたっており、汗をまったくかいていなかった。カンファレンス今回は、インフルエンザの症例ですね。インフルエンザといえば麻黄湯(まおうとう)が有名で、有効性を示すRCTもいくつか知ってます1-3)。本症例も麻黄湯といいたいところですが、病名からすぐに飛びついてはいけないのでしたね。素晴らしい! それでは、早速、漢方診療のポイント(1)である病態の「陰陽」(寒と熱どちらが主体か)を考えます。風邪などの急性熱性疾患の場合、ゾクゾクとした悪寒だけでは「陰陽」どちらの病態か区別するのは困難で、悪寒以外の自覚症状、顔色、咽頭痛や倦怠感の程度などから陰陽を判断します(表1)。顔面紅潮があって、咽頭痛も強く、体熱感を自覚して冷たい水を好むということから「陽証」だと思います。そうですね。今回は「陽証」でよいですね。その次は、闘病反応の程度を示す「虚実」の判定を行う必要があります。急性疾患で「陰陽」・「虚実」を判断するには脈の診察がとくに重要だよ! 本症例では、悪寒があって脈が浮・強となっていることに着目すると、太陽病・実証と考えられるよ(太陽病の解説は本ページ下部の「今回のポイント」の項を参照)。太陽病の際に闘病反応の程度である「虚実」に関して、脈の所見以外に着目すべきポイントがあります。漢方医の診察からどの点かわかりますか?闘病反応ということは、咽頭痛や咽頭発赤の程度ですか?咽頭痛や咽頭発赤の程度からも闘病反応の程度を推測できるね。もう1つ大事な所見として、発汗の有無がポイントだよ。汗がない場合は闘病反応が強い(実)、汗をかいている場合は闘病反応が弱い(虚)と判定するんだ。太陽病では、悪寒があることが前提なので、悪寒があるにもかかわらず皮膚のしまりがなく、じわっと汗が出ている状態は闘病反応が弱い(虚)と考えるんだ。問診だけでなく患者の首筋に手を当てて、発汗の有無を確認することも大切だね。なるほど、本症例は、脈の反発力が強くて、悪寒がして汗がないことから「実証」ですね。それではやはり、汗がなくて、関節痛もあるので麻黄湯が適応になりそうです。たしかに麻黄湯は悪寒がして体の節々が痛い、「太陽病・実証」に適応になり、インフルエンザによくみられる闘病反応に類似していることから、インフルエンザに頻用されるようになりました。しかし、本症例ではさらに着目すべき特徴として、口渇があって冷たい物を飲みたいという所見があげられます。これは身体にこもった熱を冷ます作用のある石膏(せっこう)を含む漢方薬の適応を示唆する所見です。さらに「じっとしていられないほどつらい」というのも大切なキーワードです。本症例をまとめると以下のようになります。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?悪寒、脈:浮、冷たい飲み物が欲しい、顔面紅潮→熱が主体(太陽病)(2)虚実はどうか発汗なし、脈:強→実証(3)気血水の異常を考える気血水の異常ははっきりしない(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む悪寒あり、発汗なし、口渇あり、じっとしていられないほどつらい解答・解説【解答】本症例は、太陽病・実証で、発汗作用に加えて身体にこもった熱を冷ます作用がある石膏が含まれる大青竜湯(だいせいりゅうとう)が適応になります。大青竜湯はエキス製剤にないので、麻黄湯と越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)を合わせることで代用します。【解説】一般的に風邪のひき始めの悪寒がある時期を太陽病といいますが、悪寒と同時かその後に熱の病態を示唆する所見があることが前提です。大青竜湯は、「太陽病・実」(脈が浮・強、発汗なし)の場合に用いる漢方薬で、麻黄湯の特徴である関節痛に加え、身体に熱がこもっている状態を示唆する「口渇があり、冷たい水が飲みたい」場合に適応になります。また、漢方では身の置きどころがないほどひどくつらがる状態を「煩躁(はんそう)」といい、「煩躁」も大青竜湯を用いる指標の1つです。悪寒と関節痛がある場合でも、「口渇」、「煩躁」のどちらかがあれば、麻黄湯でなく、大青竜湯が適応になります。葛根湯(かっこんとう)も「太陽病・実証」に用いる漢方薬ですが、麻黄湯や大青竜湯のように全身に及ぶ症状はなく、項(うなじ)のこわばりが目立つ場合に適応になります(表2)。なお、麻黄湯や大青竜湯の処方日数は長くても3日間までとします。内服方法も、処方せん上は毎食前に1日3回としますが、実際には、発汗があるまで2~3時間おきに内服した方がより効果的で、即効性が期待できます。ただし、高齢者では麻黄の副作用(交感神経刺激作用による動悸・不眠などや胃腸障害)が出現しやすく注意が必要で、基礎疾患によっては間隔を詰めた内服を避ける場合もあります。さらに、漢方薬を内服するだけでなく、発汗を促すために、温かくして安静にする、冷たい飲食物を避けるなど養生の指導も必要になります。今回のポイント「太陽病」の解説太陽病は風邪のひき始めのように、悪寒に加え、脈が表在性に触知できる浮である時期を太陽病(陽の始まりという意味)といいます。風邪の発症から間もない時期で典型的には発症から1~2日間の急性期です。脈浮は体表面(表)で闘病反応が起こっている時期であると考えます。表に病気の主座があることから葛根湯や麻黄湯などの漢方薬で発汗させて治療します。次に太陽病と診断した後は、虚実の判定を行います。虚実は脈を押し込んで全体から受ける反発力をみます。少しの力でペシャンとつぶれて触れなくなるような脈は「弱」で虚証、反発力が充実していれば「強」で実証と診断します。太陽病では舌や腹部の所見は参考にしないことに注意してください。参考文献1)Kubo T, Nishimura H. Phytomedicine. 2007;14:96-101.2)Saita M, et al. Health(NY). 2011;3:300-303.3)Nabeshima S, et al. J Infect Chemother. 2012;18:534-543.