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急性期こそ、漢方!【急性期漢方アカデミア】第1回

急性期に漢方を応用するというと、何の冗談!? と思われるかもしれない。しかし、急性期こそ漢方は劇的な効果を実感でき、それが今後の日本の医療の光明となるという信念をもって活動するグループが存在する。今回から3回にわたって、急性期における漢方の有効性と可能性を啓発・研究するグループである急性期漢方アカデミア(Acute phase Kampo Academia:AKA)の活動と、展望について紹介したい。急性期こそ漢方漢方(漢方薬・鍼灸)というと、不定愁訴や慢性疾患の部分症状に使われているというイメージかもしれない。しかし、江戸時代までの日本では漢方が正式な医学であり、現在の西洋医学が対応している疾病や病態こそ漢方も挑み続けてきた歴史がある。とくに、医療のニーズがまずは急性期の対応であることは洋の東西は問わない。したがって、漢方の多くの方法論は急性期の対応の中から確立してきたものである。もちろん、現代の急性期診療において、循環・呼吸器管理や組織の再建、病巣の切除、病原体の排除のための薬物療法は西洋医学が優先されることは論を待たない。一方で、漢方には西洋医学が未だ届かない生体反応の調整や、回復の促進などのさまざまな方法が存在している。AKAの始動漢方を急性期に応用すると、その劇的な効果が実感され、さらなる予後の改善が十分に期待される。また、漢方は安全性が高く、安価な治療法であり、現在の医療の最大の課題である医療費の高騰に対して、最も医療資源が集中投下されている急性期領域において医療経済的なメリットがある可能性が示唆される。このような急性期における漢方の叡智の活用を啓発・普及するため、急性期での漢方活用のエキスパートである加島 雅之(熊本赤十字病院 総合内科部長)、中永 士師明(秋田大学大学院医学系研究科救急・集中治療医学講座 教授)、鍋島 茂樹(福岡大学医学部 総合診療学 教授)、熊田 恵介(岐阜大学医学部附属病院医療安全管理室 室長・教授/高次救命治療センター)、入江 康仁(聖隷横浜病院救急科 部長)、吉永 亮(飯塚病院漢方診療科 診療部長)(敬称略)の6名が結集した。急性期漢方アカデミア(Acute phase Kampo Academia:AKA)と銘打って、2023年から活動開始。2024年12月に初めてのOn Lineでの公開セミナーを開催した。急性期の“むくみ”急性期の“むくみ”の西洋医学的病態第1回AKAセミナーでは、ゲスト講師に日本の総合診療・総合内科領域で著名な徳田 安春先生(群星沖縄臨床研修センター長)を迎えて、急性期の浮腫の西洋医学的病態と、その臨床診断のポイント、また治療法の概説と問題点をセミナーの冒頭でレクチャーしていただいた。そこで問題となったのは、急性期の浮腫の治療薬は利尿剤が主体になるが、電解質異常や腎機能への影響、さらに血管透過性亢進などによって起こる血管内脱水を伴う浮腫の治療の難しさであった。急性期の“むくみ”の漢方薬医療用漢方製剤の148処方の内で、急性の“むくみ”に応用できる処方は数多くある。その中でもとくに急性期病院でも使用しやすい五苓散(ごれいさん:17)、柴苓湯(さいれいとう:114)、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう:28)、真武湯(しんぶとう:30)の4処方に絞って、処方の基本的な作用と使用上の注意点について、以下のとおり解説する。(1)五苓散漢方では最も頻用される浮腫の処方全身・局所のいずれでも使用可能単独では、急性の浮腫で、血管内脱水と間質の浮腫の混在、血管透過性の亢進がある場合に最も適合する腸管の浮腫や脳・神経系の浮腫にも応用できるアクアポリンの阻害作用が確認されている慢性化した浮腫では他の漢方薬との併用が効果的甘草が含まれていない(2)柴苓湯五苓散と小柴胡湯の合方五苓散の適応症で発症後4~5日程度経過した炎症の合併例で効果がある黄芩含有:肝炎・間質性肺炎に注意甘草含有:偽アルドステロン症に注意(3)越婢加朮湯浮腫を呈している部位の熱感・発赤が強い場合に適合とくに皮膚・関節・眼・口などの体表の局所浮腫に向く(肺/気道にも効果的)麻黄含有:消化管粘膜障害・エフェドリン作用に注意甘草含有:偽アルドステロン症に注意(4)真武湯末梢循環不全があり、手足が冷えている全身の浮腫/消化管の浮腫を伴う場合に効果的弁膜症などがある心腎症候群などに向く単独では利尿効果が弱いため、利尿効果をはかる場合は少量の利尿剤または五苓散との併用が効果的甘草が含まれていない

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体がだるくて横になりたい【漢方カンファレンス2】第5回

体がだるくて横になりたい以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう) 【今回の症例】 30代男性 主訴 全身倦怠感、頭痛、めまい、微熱 既往 特記事項なし 生活歴 医療従事者、喫煙なし、機会飲酒 病歴 X年8月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患。咽頭痛や38℃台の発熱があったが、合併症はなく2日後には解熱した。 その後、全身倦怠感、頭痛、ふらふらとするめまいが出現、夕方になると37℃台の微熱がでる日が続いた。疲労感が強く仕事に支障が出るようになり、休息をとったり、欠勤したりしないと体が動かない。 総合診療科で精査を受けたが明らかな異常なし。11月に漢方治療目的に受診。 現症 身長174cm、体重78.5kg。体温37.2℃、血圧110/60mmHg、脈拍56回/分 整 経過 初診時 「???(A)」エキス+「???(B)」エキス3包 分3で治療を開始。 2週後 少し動けるようになった。まだ仕事を休むことがある。 寒くなって体が冷えるようになった。 ブシ末エキス1.5g 分3を併用。 1ヵ月後 めまいや頭痛が改善した。まだ体が冷える。 「???(B)」を「???(C)」エキスに変更した。(解答は本ページ下部をチェック!) 2ヵ月後 冷えと全身倦怠感が軽くなった。 5ヵ月後 普通に働けるようになり、残業もできるようになった。 問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 体のどの部位が冷えますか? 横になりたいほどの倦怠感はありませんか? 感染してから寒がりになって体が冷えるようになりました。 いつも厚着をしています。 体全体が冷えます。 きつくていつも横になりたいです。 微熱はどのくらいですか? いつ出ますか? 熱っぽさはありますか? 37℃前半です。 夕方に出ることが多いです。 体熱感はありません。 熱が出る前はぞくぞくと体が冷えます。 入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか? 入浴で温まると体は楽になりますか? 冷房は苦手ですか? 入浴時間は長いです。 温まると少し楽になるのですが、入浴後はすぐに体が冷えてしまいます。 冷房は嫌いです。 のどは渇きますか? 飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか? のどは渇きません。 温かい物を飲んでいます。 <飲水・食事> 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 味覚はありますか? 1日1Lくらいです。 食欲はあります。 味覚は異常ないです。 <汗・排尿・排便> 汗はよくかくほうですか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便秘や下痢はありませんか? 汗はあまりかきません。 尿は4〜5回/日です。 布団に入ってからはトイレに行きません。 下痢気味で1日2〜3回です。 便の臭いは強いですか? 弱いですか? 嘔気はありませんか? 便の臭いは強くありません。 嘔気はありません。 <ほかの随伴症状> 頭痛やめまいはどのような感じですか? 雨や低気圧で悪化しませんか? 頭痛は頭全体が重い感じがします。 歩くとふらふらとめまいがします。 雨が降ると頭痛やめまいはひどい気がしますが、天気がよくても頭痛はあります。 全身倦怠感はとくにいつが悪いですか? とくにきついときはいつですか? 横になると楽になりますか? 日中きついですが朝がとくにぐったりします。 仕事をしたり、動いたりすると悪化します。 仕事もきつくて休みがちです。 よく眠れますか? 中途覚醒や悪夢はありませんか? 眠れますが熟睡感はありません。 中途覚醒や悪夢はありません。 咳や痰はありませんか? 昼食後に眠くなりませんか? のどのつまりはありませんか? 抜け毛が多いですか? 集中力がなかったりしませんか? 皮膚は乾燥しますか? 咳や痰はなくなりました。 昼食後は眠くなります。休みの日はほぼ1日中寝ています。 のどのつまりはありません。 抜け毛が多いです。 集中できずに、頭が働かない感じがあります。 皮膚は乾燥します。 意欲の低下や不安はありませんか? 体がきつくてやる気が出ません。 このまま治らないのではと不安です。 【診察】診察室でも厚手の上着を羽織っている。脈診では沈で反発力の非常に弱い脈。また、舌は暗赤色、湿潤した薄い白苔、舌下静脈の怒張あり。腹診では腹力はやや充実、両側胸脇苦満(きょうきょうくまん)、心下痞鞕(しんかひこう)、腹直筋緊張、両臍傍の圧痛を認めた。下肢の触診では冷感あり。カンファレンス 今回は30代男性のCOVID-19罹患後症状の症例です。 頻度は高くないものの、コロナ感染後にいわゆる後遺症といわれるような全身倦怠感を中心としたさまざまな症状が持続する方がいます。現代医学的にも確立された治療法がないので漢方という選択肢があるのはよいですね。 漢方治療でもCOVID-19罹患後症状は症状が多彩でまだ確立された治療があるとはいえませんが、こんなときこそ漢方診療のポイントに沿った治療が大事です。今回の症例は、全身倦怠感以外にも、頭痛、めまい、微熱、集中力の低下と症状がたくさんあります。 どこから手をつけるべきか悩ましいですね。全身倦怠感、めまい、頭痛ということで気虚や水毒が目立つ気がします。 漢方診療のポイントに沿って全体像を捉えていくことが大事だよ。 わかりました。では漢方診療のポイント(1)病態の陰陽ですが、本症例は37℃台前半の熱があることから陽証で、さらに夕方に熱が出るという病歴から少陽病の往来寒熱(おうらいかんねつ)が考えられます。 よく覚えていますね。胸脇苦満もありますし、少陽病の往来寒熱と合致しますね。 体温をそのまま熱ととってはいけないよ。漢方では体温計で測定した温度でなく、あくまで患者の自覚的な熱や冷えを重視するんだ。陰証で発熱するときに用いる漢方薬があるよ。覚えているかい? えっと、少陰病の麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)です。寒が主体の陰証の風邪に用いるのでした。 そのとおり。発熱はあってもゾクゾクと冷えて倦怠感が強いことが特徴でしたね。 ほかには?? …わかりません。 同じく少陰病の真武湯(しんぶとう)、さらに四逆湯(しぎゃくとう)でも発熱がみられることがあるんだ。陰証の最後のステージである厥陰病では「陰極まって陽」のように強い冷えがあるにもかかわらず、逆に発熱があったり、顔が赤かったりすることがあり、それを裏寒外熱(りかんがいねつ)とよぶよ。だから、一見すると陽証にみえることもあるんだ。 厥陰病でも発熱がみられることがあるのですね。アイスクリームの天ぷらのような状態ですね。 裏寒外熱がある場合は通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)が典型だけど、真武湯や四逆湯の適応例でも発熱する場合があるとされているよ。これらは、真の熱ではなく、見せかけの熱といった意味で虚熱(きょねつ)というよ。 患者の自覚的な熱感や冷えのほかに鑑別する方法はありますか? 入浴や飲み物などの寒熱刺激に対する情報や四肢の触診などの所見も大事だけど、最終的には脈の浮沈や反発力が頼りになるね。陰証の場合の脈は沈・弱が特徴だからね。 もう一度、本症例の漢方診療のポイント(1)陰陽の判断からみていきましょう。 微熱がありますが体熱感がなく、感染後から寒がりで体が冷えるようになった、厚着、入浴時間は長い、入浴後にすぐに体が冷えるなどから陰証が揃っていますね。それに脈も沈ですから少陽病とは考えにくいですね。 そうだね。入浴で温まってもすぐに冷える、下肢の触診でも冷感があり、冷えの程度が強そうだね。六病位はどうだろう? 横になりたいほどの倦怠感からは少陰病が示唆されます。本症例の微熱を裏寒外熱とすれば、厥陰病の可能性もありますか? そうですね。脈の力が非常に弱いので厥陰病で四逆湯の適応も考えられます。ですからこの症例は少陰病〜厥陰病、虚証でよいでしょう。 「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような」軟弱無力な脈は四逆湯の診断に重要だね。当科の回診でもこの脈が四逆湯の適応だ! と強調して必ず研修に来た先生に触れてもらっているよ。 本症例の虚実ですが、脈は弱ですが、腹力は中等度より充実と一致していません。どう考えたらよいでしょうか? 脈のほうが変化が早く、現在の状態を表しているといえるので、脈の所見を重視したほうがよいだろうね。それも軟弱無力な典型的な四逆湯の脈だからね。 漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうでしょうか? 全身倦怠感、昼食後の眠気は気虚です。頭痛やめまいがありますが、雨天と関連があるので水毒です。 気虚と水毒がありますね。下痢や尿の回数が4〜5回と少ないのも水毒です。ほかはどうでしょうか? 抜け毛が多い、皮膚の乾燥は血虚です。 頭が働かない感じで集中できないというのも血虚を示唆するよ。血虚は皮膚、筋肉、髪だけの問題ではないからね! COVID-19罹患後症状のブレインフォグは血虚や腎虚と考えるとよい印象があるね。 覚えておきます。とくに朝調子が悪い、やる気が起きないというのは気鬱でしょうか。 そうだね。これだけきつそうだと気鬱もあるよね。ほかにはどうだろう? 舌下静脈の怒張、臍傍圧痛は瘀血です。今回の症例は気血水の異常もたくさんありますね。 なかなか手強い症例ですね。また精査で明らかな異常はなく、30代と働き盛りなのにこれだけきつがっているのは非常につらい倦怠感で煩躁(はんそう)と考えてよさそうですね。 ハンソウ? どこかで聞いたような? 非常に苦しがっている状態を煩躁というのでしたね。煩躁といえば、考えられる処方は? …。 陽証だと大青竜湯(だいせいりゅうとう)、陰証だと呉茱萸湯(ごしゅゆとう)、茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)が代表でした。インフルエンザの症例で、麻黄湯(まおうとう)のように無汗、多関節痛に加えて、非常に苦しがっている場合に大青竜湯、頭痛で非常に苦しがっている場合に呉茱萸湯、冷えて非常につらい倦怠感を訴える場合に茯苓四逆湯が適応になるのでした。 ここはキモだから覚えておかないといけないね。その他エキス剤にはないけど、小青竜加石膏湯(しょうせいりゅうかせっこうとう)、乾姜附子湯(かんきょうぶしとう)、桂枝加黄耆湯(けいしかおうぎとう)などが煩躁に適応する処方だよ。 本症例をまとめます。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?厚着、寒がり、体が冷える、下肢の冷感、横になりたいほどの倦怠感、脈:沈→陰証(少陰病〜厥陰病)×微熱、往来寒熱、胸脇苦満→脈や冷えから少陽病ではなさそう(2)虚実はどうか脈:非常に弱い、腹:やや充実→虚証(脈を優先)(3)気血水の異常を考える全身倦怠感、食後の眠気→気虚意欲の低下、朝調子が悪い→気鬱頭痛、めまい、雨天に悪化→水毒抜け毛、皮膚の乾燥、集中力の低下→血虚舌下静脈の怒張、臍傍圧痛→瘀血(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む非常につらい倦怠感、脈が軟弱無力解答・解説【解答】本症例は、茯苓四逆湯の方意でA:真武湯+B:人参湯(にんじんとう)で治療開始しました。また経過中に人参湯からC:附子理中湯(ぶしりちゅうとう)に変更しました。【解説】四逆湯は少陰病〜厥陰病に用いられる漢方薬で附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、甘草(かんぞう)で構成されます。四逆湯を現代医学で例えると、敗血症性ショックで低体温をきたした症例に保温しながら急速補液とノルアドレナリンで昇圧するイメージです。動物実験で出血性ショックモデルに対して茯苓四逆湯を投与すると心拍出量の増加と体温保持作用を示したという研究1)や四逆湯類がエンドトキシンショックに対して、血圧上昇、好中球数の上昇の抑制などによりショック予防効果を示したとする報告2)があります。現代は四逆湯を重篤な急性疾患に用いることはまれですが、慢性疾患で冷えや全身倦怠感がともに高度な場合に活用します。通脈四逆湯も四逆湯と同じく附子、乾姜、甘草で構成されますが、乾姜の比率が多くなります。乾姜はとくに消化・呼吸に関連する臓器を温めて賦活する作用が主体で、通脈四逆湯は体の中心を温めて元気をつけていくような漢方薬です。茯苓四逆湯は四逆湯に補気作用のある茯苓(ぶくりょう)と人参(にんじん)を加えたものです。茯苓四逆湯や通脈四逆湯はエキス製剤にはありませんが、茯苓四逆湯は人参湯エキスと真武湯エキスで代用できます。今回のポイント「少陰病・厥陰病」の解説陰証は寒が主体の病態で、少陰病になってくると寒が強く全身に及び、陰証のまっただ中になります。新陳代謝が低下して体力が衰えていることが特徴です。そのため少陰病は、生体の闘病反応が乏しく実証(じっしょう)であることはなく虚証(きょしょう)のみになります。脈も沈んで反発力が弱くなります。疲れやすくてすぐに横になりたがることが多く、「横になるところがあれば横になりたいですか?」「座るところがあったら座りたいですか?」と問診して、少陰病でないか確認します。さらに陰証の最後のステージである厥陰病に進行すると、冷えと全身倦怠感の程度が一段と強くなり、「極度の虚寒」、「極虚(きょくきょ)」といわれます。脈は沈んで、反発力が非常に弱い軟弱無力な脈で、「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような、緊張感のない脈」とたとえられます。厥陰病は急性感染症ではショック状態に陥ったような危篤状態ですが、慢性疾患では冷えと倦怠感がどちらも強度で極度に疲弊した状態を厥陰病と捉えて治療します。また厥陰病では「陰極まって陽」のように強い冷えがあるにもかかわらず、逆に発熱があったり、顔が赤かったりすることがあります(裏寒外熱)。そのため一見すると陽証にみえることもあります。少陰病や厥陰病の治療では、代表的な熱薬である附子(トリカブトの根を加熱処理して弱毒化したもの)を含む漢方薬を用いて治療します。少陰病では真武湯や麻黄附子細辛湯が代表です。さらに進行すると附子とともに乾姜(生姜を蒸して乾燥させたもの)を用いて強力に体を温める治療を行います。附子、乾姜、甘草の3つの生薬から構成される漢方薬は四逆湯が基本となり、茯苓四逆湯や通脈四逆湯を用いて治療します。今回の鑑別処方附子と乾姜はそれぞれ温める力の強い熱薬といわれる生薬です。それぞれ温める部位や作用に違いがあって附子は先天の気を貯蔵する腎とかかわりが強く、そのほかに関節痛などに対する鎮痛作用があります。乾姜は消化や呼吸にかかわる消化管や肺を温める作用があります。また温め方にも違いがあり、附子はバーナーで炙ったり、電子レンジで温めたりするような急速に体全体を温めるイメージですが、乾姜は炭火でコトコトじっくり内臓を温めるイメージです。表に附子や乾姜が含まれる代表的な漢方薬を示しました。乾姜を含む漢方薬の場合、漢方薬が合っている場合は乾姜の辛みを感じずに甘く感じることがあります。逆に乾姜を含む漢方薬を必要としない症例では、辛くて飲みづらいと訴えます。人参湯には乾姜が含まれ、さらに附子を加えると附子理中湯になります。同様に大建中湯(だいけんちゅうとう)や苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)も冷えが強ければ附子を加えて治療します。四逆湯は附子と乾姜を両方とも含みます。本症例のように茯苓四逆湯は人参湯エキスと真武湯エキスを併用するとエキス製剤で代用が可能です。通脈四逆湯には乾姜が多く含まれています。ちょっと苦しいですが、エキス剤のなかで比較的乾姜の量の多い苓姜朮甘湯にブシ末を併用することで代用することもあります。また実際の附子の漸増の方法として、慎重に行う場合、(1)最も気温が低下する朝1包(0.5g)増量、(2)朝夕に1包ずつ増量(1.0g)、(3)毎食後3包 分3に増量(1.5g)と順を追ってするとよいでしょう。慣れてくれば本症例のように、常用量のブシ末を一度に3包(1.5g)分3で増量することも可能です。参考文献1)木多秀彰 ほか. 日東医誌. 1995;46:251-256.2)Zhang H, et al. 和漢医薬雑誌. 1999;16:148-154.

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BPSDには抑肝散???【漢方カンファレンス2】第4回

BPSDには抑肝散???以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう) 【今回の症例】 90代男性 主訴 奇声、介護への抵抗 既往 高血圧、アルツハイマー型認知症 病歴 5年前に認知症が悪化して施設入所。数ヵ月前から昼夜を問わず「あ゛ーっ」といった奇声や噛みつくなどの行動が目立ち始めた。介護への抵抗やほかの入居者からのクレームもあり、連日、抗精神病薬の頓服で対応していた。漢方薬で何とかならないかと受診。 薬剤歴 ドネペジル錠5mg 1回1錠、クエチアピン錠25mg 1錠頓用(1日4〜5回使用) 現症 身長165cm、体重52kg。体温36.7℃、血圧150/60mmHg、脈拍83回/分 整 経過 初診時 「???」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!) 2週後 夜間に奇声を発することが少なくなった。 1ヵ月後 介護への抵抗がなくなった。 2ヵ月後 精神的に落ち着き、笑顔もみられるようになった。 3ヵ月後 抗精神病薬の頓服が0〜1回/日で落ち着いている。 問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 顔はのぼせませんか? 横になりたいほどの倦怠感はありませんか? 暑がりです。 冷えは自覚しません。 顔がのぼせます。 体はきつくありません。 入浴で長くお湯に浸かるのは好きですか? 冷房は苦手ですか? 入浴は長くできません。 冷房は好きです。 のどは渇きますか? 飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか? のどが渇きます。 冷たい飲み物が好きです。 <飲水・食事> 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 1日1.5L程度です。 食欲はあります。 <汗・排尿・排便> 汗はよくかくほうですか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便秘や下痢はありませんか? 汗かきで顔に汗が多いです。 尿は5〜6回/日です。 夜は1〜2回トイレに行きます。 便は毎日出ます。 <ほかの随伴症状> よく眠れますか? 悪夢はありませんか? 毎晩、眠れません。 悪夢はありません。 昼食後に眠くなりませんか? 動悸はありませんか? 足をつったり抜け毛が多かったりしませんか? 昼食後の眠気はありません。 動悸はありません。 足のつりや抜け毛はありません。 ほかに困っている症状はありますか? いつもイライラしています。 自然と怒りがこみあげて大きな声が出ます。 【診察】顔色は紅潮して怒った表情。脈診では浮沈間・やや強の脈。また、舌は暗赤色、乾燥した白黄苔が中等量。腹診では腹力は中等度、心下痞鞕(しんかひこう)、小腹不仁(しょうふくふじん)を認めた。四肢の触診では冷感はなし。※(いつも赤ら顔で怒った表情で大声を出している。布団はかぶっていないことが多い、食欲はあり、オムツ交換時、便臭が強い、夜間も眠らず大声を出していることが多い)カンファレンス 今回はアルツハイマー型認知症で施設入所している高齢者の症例ですね。自分は訪問診療にも行っているので、このようなケースによく遭遇します。認知症の周辺症状といえば、抑肝散(よくかんさん)ですね! 病名から漢方薬に飛びついてはいけませんよ。まずBPSD(behavioral and psychological symptom of dementia)による症状は、易怒性、興奮、妄想などの「陽性症状」と抑うつ、無気力などの「陰性症状」に分けられます。抑肝散は陽性症状に用いるのが原則です1)。 認知症の症例では、コミュニケーション困難で自覚症状の問診ができないことが多いです。今回の提示した問診はできたと仮定して記載しています。実際は自覚症状の問診はできず、「診察」の項の※のような情報を参考にすることも多いです。また普段の様子をよく知る看護師や介護スタッフからの情報収集が役立つことも多いですね。 高齢者では病歴がとれずに困りますからね。 問診以外でも、脈は動脈硬化で硬くなって不明瞭、舌は開口指示に従えない、お腹はオムツで診察するのに手間がかかる、などとなかなか所見が取りづらいことも多いですね。そのぶん、望診を重視して、診察時の見た目の印象が処方決定に役立つことも多いです2)。 そのため高齢者の漢方診療では、五感をフルに使う必要があるね。患者の表情、触診で冷えを確認、オムツの中の便や尿の臭いなどで虚実を判定するよ。便や尿の臭いが強い場合は実証、臭いが少ない場合は虚証を示唆する所見だね。だけど日常的にオムツ交換をやっている看護師や介護スタッフに質問すると、臭いに耐性ができているためか実際は臭いが強くても、便臭は強くないですっていうこともあるから注意だよ。可能であれば自分で確認したほうがよいけどね。 なるほど〜。高齢者の漢方治療のコツですね。 では、いつものように漢方診療のポイント(1)陰陽の判断からしてみましょう。 本症例は、暑がり、長く入浴できない、冷水を好むなどから陽証です。 そうだね。たとえ問診ができなくても、赤ら顔、布団をかぶっていないことが多い、四肢に冷えなし、便臭が強いなどの情報からも陽証だね。そのほかには乾燥した白黄苔、口渇なども熱を示唆する所見だね。 陰証の高齢患者さんは、布団にくるまっている、厚着、活気が乏しい、いつも寒がっているといった特徴がありますね。 高齢者だから、寝たきりだからといって、陰証・虚証と決めつけてはいけないよ。長生きできている高齢者だからこそ、生命力が強く体力があると考えることもできるのだ。 なんとなくイメージがわきますね。 六病位はどうですか? 陽明病ほど熱が強くないので少陽病です。ほかに腹満や便秘があることも陽明病の特徴でしたが、それらもないですね。 よくわかっているね。少陽病は慢性疾患において「川の流れがよどむ淵のように停滞する時期」といわれるんだ。陽証において、太陽病は悪寒・発熱、陽明病では身体にこもった強い熱と腹満・便秘といった特徴的な症状があるため、「慢性疾患で明らかな冷えがなければ少陽病」とも表現され、慢性疾患に対して漢方治療を行うことの多い現代では重要だよ(少陽病については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。 なるほど。冷えがなくて、陰証が否定されれば、少陽病と考えることが多いのですね。納得です。 それでは、漢方診療のポイント(2)の虚実の判断に移ろう。 脈はやや強、腹力も中等度とあるので虚実間〜実証です。 漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうでしょうか? 食欲不振や全身倦怠感などの気虚はありません。 赤ら顔や顔に汗は気逆と捉えることができますか? 気逆でよいね。そのほかにも気逆には、動悸、驚きやすい、焦燥感、悪夢などがあるけどそれらはないようだ。血水に関しては、舌の暗赤色と舌下静脈の怒張は瘀血で、水の異常はあまり目立たないね。 あとはイライラ、不眠といった精神症状が目立ちます。 怒りっぽいことも含めて、精神症状として漢方診療のポイント(4)のキーワードで考えよう。本症例をまとめるよ。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?暑がり、長湯はできない、顔面紅潮、冷水を好む→陽証(少陽病)(問診ができない場合)顔面紅潮、布団をかけていない、便臭強い、四肢に冷えなし→陽証(少陽病)(2)虚実はどうか脈:やや強、腹:中等度→虚実間〜実証(3)気血水の異常を考える赤ら顔、顔に汗が多い→気逆舌暗赤色→瘀血(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込むイライラ、不眠、怒りっぽい、心下痞鞕(+)、胸脇苦満(−)解答・解説【解答】本症例は、陽証・実証・気逆に対して用いる黄連解毒湯(おうれんげどくとう)で治療をしました。【解説】黄連解毒湯は少陽病・実証に用いる漢方薬で、のぼせの傾向があって顔面紅潮し、精神不安、不眠、イライラなどの精神症状を訴える場合に用います。黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)、黄柏(おうばく)、山梔子(さんしし)とすべて清熱作用をもつ生薬で構成されます。腹診では、心下痞鞕や下腹部に横断性の圧痛があるのが典型です。精神症状以外にも、のぼせを伴う鼻出血、急性胃炎、皮膚疾患などに活用されます。またお酒を飲むとすぐに顔が赤くなる人が黄連解毒湯を飲むと二日酔い予防になるといわれます。統合失調症患者の睡眠障害に対する報告3)や湿疹、皮膚炎に対する症例4)などが報告され、熱を伴うさまざまな疾患に用いられています。今回のポイント「少陽病」の解説太陽病では表(ひょう:体表面)に闘病反応がありました。少陽病は生体の内部に影響がおよび、表と裏(り:消化管)の間である半表半裏(はんぴょうはんり)が病位になります。実際は、半表半裏はのど〜上腹部あたりを指していると考えられます。そのため口が苦い、のどが乾く、ムカムカする嘔気、食欲不振などの症状が出現します。太陽病では着目しなかった舌や腹部の所見も重要になります。具体的には舌では舌苔が厚くなり(写真左)、腹診では両側季肋部に指を差し込むと抵抗感や患者の苦痛が出てきて、胸脇苦満(きょうきょうくまん)とよびます(写真右)。少陽病ではその場で闘病反応を鎮める治療を行い、「清解(せいかい)」といいます。少陽病の適応として発症から数日が経過したこじれた風邪が典型です。また、少陽病は慢性疾患において「川の流れがよどむ淵のように停滞する時期」といわれます。陽証において、太陽病は悪寒・発熱、陽明病では身体にこもった強い熱と腹満・便秘といった特徴的な症状がありますから、「慢性疾患で明らかな冷えがなければ少陽病」とも表現され、慢性疾患に対して漢方治療を行うことの多い現代では重要です。柴胡と黄芩が含まれる柴胡剤が少陽病期によく用いられ小柴胡湯(しょうさいことう)がその代表です。柴胡剤はこじれた風邪以外にも、ストレスと関連するイライラや不眠などの症状に用います。少陽病では柴胡剤以外にもさまざまな種類の漢方薬が準備されています。なお、黄連解毒湯は「赤い怒り」といわれ、赤ら顔、顔面紅潮が使用目標です。一方、抑肝散は「青い怒り」で、顔色があまりよくないのが典型です。したがって、のぼせや熱が目立つ症例では抑肝散よりも黄連解毒湯を考えてください。また、黄連解毒湯は止血作用があるので、鼻出血で顔ののぼせがあるような場合には黄連解毒湯を内服しながら、鼻を圧迫するとよいでしょう。上下部消化管内視鏡で止血困難な消化管出血の症例に黄連解毒湯を活用したという報告もあるのです5)。今回の鑑別処方BPSDの陽性症状に対して、黄連解毒湯と同じように、顔面紅潮、興奮などの精神症状があり、便秘を伴う場合には三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)が適応になります。同じ気逆の症状でも、動悸や悪夢を伴う不眠があり、イライラしているような場合は柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれうとう)を用います。この場合は腹診で胸脇苦満や腹部大動脈の拍動が触知されるのが特徴です。黄連解毒湯や三黄瀉心湯の場合は、胸脇苦満はなく心下痞鞕が目標になり、腹診所見で鑑別する場合もあります。柴胡加竜骨牡蛎湯はメーカーによって瀉下作用のある大黄(だいおう)の有無に違いがあるので便秘によって使い分ける必要があり、大黄を含むほうがより実証の漢方薬です。このように興奮や不穏に対する症状には瀉下作用のある大黄が含まれることが多いです。これは大黄には瀉下作用だけでなく鎮静作用があり、単に便秘の改善を目標にしているのではないことを意識する必要があります。古典では統合失調症のような状態に大黄を一味(将軍湯とよぶ)で煎じて鎮静させたというような記載もあります。また抑肝散よりも怒りが目立たず、活気の低下や食欲不振がある場合は釣藤散(ちょうとうさん)を考えます。釣藤散は脳血管性認知症に対する二重盲検ランダム化比較試験(DB-RCT)6)があり、夜間せん妄や不眠などに加え、会話の自発や表情の乏しさといった意欲の低下の改善を認めています。このRCTを参考に当科では「療養型病床群において釣藤散投与を契機に経管栄養状態から経口摂取が可能となった高齢者の3例」を報告しました2)。当科では、釣藤散はBPSDの抑うつ、無気力などの陰性症状や低活動性せん妄に対して用いることが多いです。 1) 桒谷圭二. 誰もが使ったことのある漢方薬 〜でもDo処方だけじゃもったいない〜 3. 抑肝散。Gノート増刊. 2017;4:1066-1076. 2) 田原英一ほか. 日東医誌. 2002;53:63-69. 3) 山田和男ほか. 日東医誌. 1997;47:827-831. 4) 堀口裕治. 日東医誌. 1999;50:471-478. 5) 坂田雅浩ほか. 日東医誌. 2017;68:47-55. 6) Terasawa K, et al. Phytomedicine. 1997;4:15-22.

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「高齢者の安全な薬物療法GL」が10年ぶり改訂、実臨床でどう生かす?

 高齢者の薬物療法に関するエビデンスは乏しく、薬物動態と薬力学の加齢変化のため標準的な治療法が最適ではないこともある。こうした背景を踏まえ、高齢者の薬物療法の安全性を高めることを目的に作成された『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』が2025年7月に10年ぶりに改訂された。今回、ガイドライン作成委員会のメンバーである小島 太郎氏(国際医療福祉大学医学部 老年病学)に、改訂のポイントや実臨床での活用法について話を聞いた。11領域のリストを改訂 前版である2015年版では、高齢者の処方適正化を目的に「特に慎重な投与を要する薬物」「開始を考慮するべき薬物」のリストが掲載され、大きな反響を呼んだ。2025年版では対象領域を、1.精神疾患(BPSD、不眠、うつ)、2.神経疾患(認知症、パーキンソン病)、3.呼吸器疾患(肺炎、COPD)、4.循環器疾患(冠動脈疾患、不整脈、心不全)、5.高血圧、6.腎疾患、7.消化器疾患(GERD、便秘)、8.糖尿病、9.泌尿器疾患(前立腺肥大症、過活動膀胱)、10.骨粗鬆症、11.薬剤師の役割 に絞った。評価は2014~23年発表の論文のレビューに基づくが、最新のエビデンスやガイドラインの内容も反映している。新薬の発売が少なかった関節リウマチと漢方薬、研究数が少なかった在宅医療と介護施設の医療は削除となった。 小島氏は「当初はリストの改訂のみを行う予定で2020年1月にキックオフしたが、新型コロナウイルス感染症の対応で作業の中断を余儀なくされ、期間が空いたことからガイドラインそのものの改訂に至った。その間にも多くの薬剤が発売され、高齢者にはとくに慎重に使わなければならない薬剤も増えた。また、薬の使い方だけではなく、この10年間でポリファーマシー対策(処方の見直し)の重要性がより高まった。ポリファーマシーという言葉は広く知れ渡ったが、実践が難しいという声があったので、本ガイドラインでは処方の見直しの方法も示したいと考えた」と改訂の背景を説明した。「特に慎重な投与を要する薬物」にGLP-1薬が追加【削除】・心房細動:抗血小板薬・血栓症:複数の抗血栓薬(抗血小板薬、抗凝固薬)の併用療法・すべてのH2受容体拮抗薬【追加】・糖尿病:GLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬・正常腎機能~中等度腎機能障害の心房細動:ワルファリン 小島氏は、「抗血小板薬は、心房細動には直接経口抗凝固薬(DOAC)などの新しい薬剤が広く使われるようになったため削除となり、複数の抗血栓薬の併用療法は抗凝固療法単剤で置き換えられるようになったため必要最小限の使用となっており削除。またH2受容体拮抗薬は認知機能低下が懸念されていたものの報告数は少なく、海外のガイドラインでも見直されたことから削除となった。ワルファリンはDOACの有効性や安全性が高いことから、またGLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬は低体重やサルコペニア、フレイルを悪化させる恐れがあることから、高齢者における第一選択としては使わないほうがよいと評価して新たにリストに加えた」と意図を話した。 なお、「特に慎重な投与を要する薬物」をすでに処方している場合は、2015年版と同様に、推奨される使用法の範囲内かどうかを確認し、範囲内かつ有効である場合のみ慎重に継続し、それ以外の場合は基本的に減量・中止または代替薬の検討が推奨されている。新規処方を考慮する際は、非薬物療法による対応で困難・効果不十分で代替薬がないことを確認したうえで、有効性・安全性や禁忌などを考慮し、患者への説明と同意を得てから開始することが求められている。「開始を考慮するべき薬物」にβ3受容体作動薬が追加【削除】・関節リウマチ:DMARDs・心不全:ACE阻害薬、ARB【追加】・COPD:吸入LAMA、吸入LABA・過活動膀胱:β3受容体作動薬・前立腺肥大症:PDE5阻害薬 「開始を考慮するべき薬物」とは、特定の疾患があった場合に積極的に処方を検討すべき薬剤を指す。小島氏は「DMARDsは、今回の改訂では関節リウマチ自体を評価しなかったことから削除となった。非常に有用な薬剤なので、DMARDsを削除してしまったことは今後の改訂を進めるうえでの課題だと思っている」と率直に感想を語った。そのうえで、「ACE阻害薬とARBに関しては、現在では心不全治療薬としてアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬が登場し、それらを差し置いて考慮しなくてもよいと評価して削除した。過活動膀胱治療薬のβ3受容体作動薬は、海外では心疾患を増大させるという報告があるが、国内では報告が少なく、安全性も高いため追加となった。同様にLAMAとLABA、PDE5阻害薬もそれぞれ安全かつ有用と評価した」と語った。漠然とした症状がある場合はポリファーマシーを疑う 高齢者は複数の医療機関を利用していることが多く、個別の医療機関での処方数は少なくても、結果的にポリファーマシーとなることがある。高齢者は若年者に比べて薬物有害事象のリスクが高いため、処方の見直しが非常に重要である。そこで2025年版では、厚生労働省より2018年に発表された「高齢者の医薬品適正使用の指針」に基づき、高齢者の処方見直しのプロセスが盛り込まれた。・病状だけでなく、認知機能、日常生活活動(ADL)、栄養状態、生活環境、内服薬などを高齢者総合機能評価(CGA)なども利用して総合的に評価し、ポリファーマシーに関連する問題点を把握する。・ポリファーマシーに関連する問題点があった場合や他の医療者から報告があった場合は、多職種で協働して薬物療法の変更や継続を検討し、経過観察を行う。新たな問題点が出現した場合は再度の最適化を検討する。 小島氏らの報告1,2)では、5剤以上の服用で転倒リスクが有意に増大し、6剤以上の服用で薬物有害事象のリスクが有意に増大することが示されている。そこで、小島氏は「処方の見直しを行う場合は10剤以上の患者を優先しているが、5剤以上服用している場合はポリファーマシーの可能性がある。ふらつく、眠れない、便秘があるなどの漠然とした症状がある場合にポリファーマシーの状態になっていないか考えてほしい」と呼びかけた。本ガイドラインの実臨床での生かし方 最後に小島氏は、「高齢者診療では、薬や病気だけではなくADLや認知機能の低下も考慮する必要があるため、処方の見直しを医師単独で行うのは難しい。多職種で協働して実施することが望ましく、チームの共通認識を作る際にこのガイドラインをぜひ活用してほしい。巻末には老年薬学会で昨年作成された日本版抗コリン薬リスクスケールも掲載している。抗コリン作用を有する158薬剤が3段階でリスク分類されているため、こちらも日常診療での判断に役立つはず」とまとめた。

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鼻水が止まりません…【漢方カンファレンス2】第3回

鼻水が止まりません…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】20代後半女性主訴水様性鼻汁既往気管支喘息(小児期)、アレルギー性鼻炎病歴3日前、帰宅途中に雨に濡れた。翌朝、寒気がして咽頭痛と水様性鼻汁が出現。市販の感冒薬を飲んで様子をみたが、37.5℃の発熱、さらに翌日には咳嗽も出現したため受診した。水様性鼻汁が止まらずに困っている。現症身長169cm、体重56kg。体温37.4℃、血圧108/70mmHg、脈拍70回/分 整、SpO2 98%、咽頭発赤なし、扁桃肥大なし、白苔なし、頸部リンパ節腫脹なし、呼吸音異常なし。経過受診時「???」エキス2包を外来で内服。15分後水様性鼻汁が軽減「???」エキス3包 分3で処方。(解答は本ページ下部をチェック!)(帰宅して安静にし、2〜3時間おきに内服するように指導)翌日帰宅後、2回目を内服して布団に入った。悪寒がなくなり体が温かくなり解熱した。2日後咽頭痛と咳嗽が改善した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 悪寒がありますか? 体熱感がありますか? 横になりたいほどの倦怠感はありませんか? 普段は寒がりです。 少し寒気があって上着を1枚羽織っています。 体熱感はありません。 横になりたいほどの倦怠感はありません。 のどは渇きますか? いま、飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを飲みたいですか? のどは渇きません。 温かい飲み物が飲みたいです。 <鼻汁の性状> 鼻水はどのような性状ですか? 色はついていますか? 無色で水のようにタラッと垂れてきます。 <ほかの随伴症状> のどの痛みは強いですか? 体の節々が痛みますか? 汗をかいていますか? 口の苦味や食欲低下はありませんか? 咳はひどいですか? 痰は絡みますか? のどは少し痛いくらいです。 体の痛みはありません。 汗は少しかいています。 口の苦味はなく、食欲もあります。 咳はそこまでひどくありません。 痰は絡みません。 普段から冷え症でむくみやすいですか? 冷え症で夕方に足がむくみます。 【診察】顔色はやや蒼白。脈診は、やや浮で、反発力は中程度、幅の細い脈であった。舌は淡紅色で腫大と歯痕があり、湿潤した白苔が少量、腹診では腹力は中等度より軟弱で、心窩部に振水音あり。胸脇苦満(きょうきょうくまん)は認めなかった。触診では、皮膚はわずかに湿潤傾向、四肢の冷感はなし。カンファレンス 今回は風邪の症例ですね。風邪の治療は漢方治療の基本ですからしっかり押さえておきましょう。 感冒(風邪)では、咳、鼻、のどの症状が同程度に現れるのが典型です。本症例でも咳嗽と咽頭痛もありますが、水様性鼻汁が目立つことから、鼻型の風邪(急性鼻炎)といえそうです。 風邪の漢方治療では、発症直後で悪寒のある太陽病(たいようびょう)、その後、生体内に病邪が侵入した少陽病(しょうようびょう)として治療するのでした。 よく覚えていますね。一般的には太陽病は発症2~3日で、それ以降は少陽病に移行することが多いです。 本症例は発症3日目ですからどちらか判断は難しいですね。 そうだね。脈が浮で自覚症状として寒気があるから太陽病でいいだろう。診断では、悪寒の有無に加えて、脈診で脈が浮であることが大事なポイントだ(太陽病については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。 本症例は、脈はやや浮、上着を羽織りたくなるような寒気があるということで太陽病と診断できそうです。 そうですね。さらに問診で少陽病の特徴である口の苦味や食欲低下がないこと、そして診察で舌の厚い舌苔や腹部の胸脇苦満がないことを確認して、少陽病を除外していますね。少陽病の特徴も覚えておきましょう。 太陽病ということは漢方診療のポイント(1)の「陰陽(いんよう)」は陽証ということになりますか? 今回は、寒がり、温かい飲み物を好む、顔面蒼白とあまり熱が主体の陽証とは考えにくいですね。太陽病の葛根湯(かっこんとう)や麻黄湯(まおうとう)では、悪寒と同時かその後に、熱を示唆する所見、顔面紅潮や強い咽頭痛など熱があるのでしたよね? いいところに気付いたね。今回は太陽病だけど、陽証らしくないというのがポイントだよ。では質問だけど、陰証の風邪によく用いる漢方薬を覚えているかい? えっと… 麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)です。麻黄附子細辛湯は全身に冷えと強い倦怠感がある陰証、少陰病(しょういんびょう)に用います。麻黄附子細辛湯の風邪は、水様性鼻汁、チクチクとした咽頭痛、倦怠感といった症状が特徴で、脈が沈でした。さらに風邪のひき始めが少陰病から始まる場合を「直中少陰(じきちゅうのしょういん)」(直(ただ)ちに少陰に中(あ)たる)とよびます。漢方カンファレンス第5回「風邪で冷えてきつい…」で学びました。 しっかり復習しておきます。本症例では「横になりたいほどの倦怠感がありますか?」と問診し、さらに四肢の冷えを触診で確認しています。本症例ではどちらも該当せず少陰病ではないようです。やはり陽証・太陽病らしいですね。 脈がやや浮ということから太陽病と診断できるけれど、脈診は初学者には難しいこと、麻黄附子細辛湯でも例外的に脈が浮いている場合があるからね1)。必ず全身倦怠感の程度と触診などで冷えの有無を確認して、少陰病の麻黄附子細辛湯の風邪でないか、常に考える必要があるね。 漢方診療のポイント(2)である「虚実」はどうでしょう? 脈は強弱中間、触診で汗をかいているようなので、虚証でしょうか? そうですね。ただし、脈の力は強弱中間と弱ではなく、発汗の程度も軽度なので虚実間としましょう。太陽病・虚証では発汗が自他覚的にも明らかなことが多いです。陰陽・六病位・虚実の判定まできました。漢方診療のポイント(3)気血水の異常に移りましょう。 水様性鼻汁は水毒ですね。 下肢が浮腫みやすいことや腹診の振水音も水毒です。本症例は、太陽病だけど熱はあまり目立たず、水毒があるといえますね。まとめてみましょう。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?悪寒がある。横になりたいほどの倦怠感はない、脈がやや浮温かい飲み物を好む、顔面蒼白(陽証:太陽病、熱よりも冷えが目立つ)(2)虚実はどうか脈:強弱中間、軽度の発汗傾向→虚実中間(3)気血水の異常を考える水様性鼻汁、下肢浮腫、振水音→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む水様性鼻汁、振水音解答・解説【解答】本症例は太陽病・虚実間証で、水毒がある場合に用いる小青竜湯(しょうせいりゅうとう)で治療しました。【解説】小青竜湯は太陽病・虚実間に分類されますが、特殊な位置付けです。太陽病で陽証といいながらも、体内に冷え(寒)がある病態に用いられます。ちょっと冷えがあって水っぽいイメージです。そのため小青竜湯は、太陽病でありながらその病態の一部は太陰病にまたがっているとも解説されています。構成生薬は、葛根湯や麻黄湯などと同様に発汗作用のある麻黄(まおう)と桂皮(けいひ)が含まれることは共通ですが、熱薬である乾姜(かんきょう)、細辛(さいしん)に加え、利水作用や鎮咳作用のある半夏(はんげ)・五味子(ごみし)を含みます。そのためあまり熱感が目立たない水様性鼻汁を伴う風邪やアレルギー性鼻炎によい適応です。日頃からむくみやすい、振水音があるなどの水毒の傾向をもつ人が風邪をひいたり、寒さにあたって鼻汁が出たりする場合に、小青竜湯の適応となることが多いようです。なお、小青竜湯は、通年性アレルギー性鼻炎に対する小青竜湯の効果を示した二重盲検RCT2)が存在し、『鼻アレルギー診療ガイドライン 2024年版』にも掲載されている漢方薬です。ほかの太陽病の漢方薬と趣が異なるため悪寒のある急性期に限定せず、より幅広い時期に用いることができます。今回のポイント「太陽病」の解説風邪のひき始めのように、悪寒に加え、脈が浮である時期を太陽病(陽の始まりという意味)といいます。太陽病の病位は表(ひょう:体表)で闘病反応が起こっている時期で、葛根湯や麻黄湯などの発汗作用のある漢方薬で治療します。太陽病は図(太陽病のチェックリスト)の順に診断、虚実の判定、漢方薬の選択を行います。診断には、悪寒の有無に加えて、脈診で脈が浮であることが大事なポイントです。橈骨動脈を橈骨茎状突起の高さに第2~4指をそろえて触知します。軽く置いたときに表在性に触れることができれば浮(ふ:浮いている)と表現します。指を沈めていって初めてはっきり触れてくれば沈(ちん:沈んでいる)になります。発症からの時期(多くは2~3日以内)も参考にして診断します。次に虚実の判定を行います。脈を押しこんで全体から受ける反発力をみて脈の「強弱」の判定をします。少しの力でペシャンとつぶれて触れなくなるような脈は「弱」、反発力が充実していれば「強」と診断します。さらに太陽病の虚実の判定には、汗の有無を参考にします。悪寒があるにもかかわらず皮膚のしまりがなくて、発汗している状態は闘病反応が弱い(虚)、汗がなく皮膚がサラッと乾いている場合は闘病反応が強い(実)と判定します。また虚実の判定には咽頭痛などの上気道炎症状の強さも参考になります。最後に、漢方薬ごとの特異的徴候として、項(うなじ)のこわばり(葛根湯)、多関節痛(麻黄湯)、水様性鼻汁(アレルギー性鼻炎)などを確認して処方を決定します(図)。太陽病は漢方薬をクリアカットに選択できるため、しっかりマスターしてください。今回の鑑別処方水様性鼻汁は冷えと水毒と考えますが、膿性鼻汁では炎症(熱)が強い病態と考えて治療します。葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)は太陽病の葛根湯に川芎(せんきゅう)と辛夷(しんい)が加わった処方で、頭痛や項のこわばりに加えて、鼻閉・前頭部の圧迫感が目立つ場合に適応になります。太陽病ですから副鼻腔炎の急性期がよい適応です。越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)は、アレルギーによる粘膜の炎症や浮腫(漢方医学的には熱と水毒)を改善させる効果があり、鼻閉が強い場合や目や鼻のかゆみを訴える場合にも有効です。葛根湯加川芎辛夷、越婢加朮湯とも麻黄が含まれるため、内服期間が長くなる場合は胃もたれ、不眠、動悸などの副作用の出現に注意する必要があります。辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)は石膏(せっこう)・黄芩(おうごん)・知母(ちも)といった清熱作用のある生薬が含まれ、炎症(熱)の強い急性期の副鼻腔炎で、副鼻腔に熱感を感じる場合によい適応です。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)は中耳炎・副鼻腔炎・ニキビなど頭頸部に炎症を繰り返しやすい体質で、慢性化した副鼻腔炎に用います。皮膚が浅黒く乾燥傾向のある場合がよい適応になります。参考文献1)藤平健, 中村謙介 編著. 傷寒論演習 緑書房. 1997;577-584.2)馬場駿吉 ほか. 耳鼻臨床. 1995;88:389-405.

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足の親指が腫れて痛みます【漢方カンファレンス2】第2回

足の親指が腫れて痛みます以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】50代男性主訴左母趾の痛み既往高血圧、高尿酸尿症、痛風発作病歴数日前から左母趾に違和感があった。1日前から腫れて痛みを伴うようになったため手持ちのNSAIDsを内服したが痛みがつらく、歩行困難が続くため発症から2日目に受診した。現症身長162cm、体重75kg。体温36.8℃、血圧140/80mmHg、脈拍70回/分 整。左母趾に熱感・腫脹あり。経過初診時ロキソプロフェン錠60mg 3錠 分3を継続し、「???」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!)2日後腫れがひいて、痛みは半分程度まで軽減した。5日後痛みはほとんどなくなって普通に歩けるようになった。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 入浴ではお湯に長く浸かりますか? 暑がりです。 冷えの自覚はありません。 長風呂ではありません。 患部に熱感を感じますか? 冷水で冷やすと痛みはどうですか? 入浴で温めるとどうですか? 左母趾を中心に体全体が熱っぽいです。 冷ますと痛みが楽です。 あまりお風呂で温めたくありません。 <飲水・食事> のどが渇きますか? 冷たい飲み物と温かい飲み物のどちらを飲みたいですか? 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 胃腸は弱いですか? のどが渇いて冷たい水が飲みたいです。 1日およそ1.5L程度です。 食欲はあります。 もともと胃は丈夫です。 <汗・排尿・排便> 汗はかいていますか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便は毎日出ますか? 便秘や下痢はありませんか? 少し汗ばみます。 尿は1日4〜5回です。 夜間にトイレは行きません。 毎日、形のある便が出ます。 <ほかの随伴症状> よく眠れますか? 足がむくみませんか? 倦怠感はありませんか? 足はつりませんか? 足の痛みでよく眠れません。 左足が腫れてむくみっぽいです。 倦怠感はありません。 足はつりません。 ほかに困っている症状はありますか? 困っているのは足の痛みだけです。腫れているので靴が履けません。 【診察】顔色はやや紅潮。脈診ではやや浮・やや強の脈。また、舌は乾燥した白黄苔が中等量、舌下静脈の怒張あり、腹診では腹力は中等度より充実、腹直筋の緊張を認めた。皮膚は発汗し湿潤傾向で、患部は紅斑・腫脹・熱感があった。カンファレンス 今回の診断は既往にもある痛風発作ですね。NSAIDsを内服しているので標準的治療はすでに行っています。アレルギーや消化性潰瘍などのためNSAIDsが用いにくい場合はプレドニゾロンという選択肢もあります。 痛風発作の治療は現代医学的な治療で十分でしょう…と思いたくなりますね。とはいえここは漢方カンファレンス、痛風発作を漢方だけで治療というわけにはいきませんが、漢方薬の併用も考えていきましょう。さあ、漢方診療のポイントに沿ってみていきましょう。 漢方診療のポイント(1)の病態の陰陽は、暑がり、体熱感があり、冷水を好む、患部にも熱感があることなどから陽証です。 今回のような急性疾患では慢性疾患より陰陽の判断がわかりやすいね。一般的に病気の発症初期は、熱が主体の陽証で始まることが多いといえるよ。ただし急性の腰痛などで、温めたほうが気持ちがよいという場合は陰証の場合もあるから注意が必要だね。 漢方診療のポイント(2)の虚実は闘病反応の程度だからわかりやすいですね。今回のように患部の局所反応が盛んな症例は闘病反応が充実していると考えて、実証と考えてよいでしょう。 今回の症例は、暑がり、冷えの自覚なし、冷水を好む、患部の熱感などから陽証、さらに局所反応も熱感や腫脹がありますし、脈:やや強、腹力:充実と実証ですね。 そうですね。さらに冷水で冷ますと痛みが楽というのも前回の症例の「入浴で温めると楽になる痛み」とは逆で陽証ですね(陽証については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。現代医学的にも、足関節捻挫で、氷で冷やしたり、冷湿布を貼ったりして治療します。足関節捻挫の急性期にお風呂で温めても楽にはならないですね。 前回の帯状疱疹後神経痛と同じく足関節捻挫もよい例だね。局所の炎症反応は時間の経過とともに消退して、古傷になると熱感や腫脹はなくなるけど冷えると悪化するなどという特徴が出てくれば、陰証・虚証になっていくとイメージできるね。 漢方治療では同じ足関節捻挫でも、陰陽に応じて治療が変わるのが特徴です。冷湿布を使うか、温湿布を使うかのイメージでしょうか。 そうだね。どちらの湿布を貼りたいかという情報も陰陽の判断に使えるかもね。ただし温湿布は皮膚がかぶれてしまう人が多いから、漢方で温めた方がよいよね。 症例に戻りましょう。陽証・実証まで確認できました。漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうですか? 患部の腫脹や下肢の浮腫は水毒です。舌下静脈の怒張があるので瘀血です。食欲不振や倦怠感はないので気虚はないようです。 尿の回数が4〜5回/日と少なめなことは尿不利、口渇があることも水毒としてよいでしょう。 今回の症例をまとめよう。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?顔面やや紅潮、暑がり、冷水を好む、患部の熱感→陽証(2)虚実はどうか脈:やや強、腹:やや充実、強い局所反応→実証(3)気血水の異常を考える尿不利・口渇、患部の腫脹・下肢浮腫→水毒、舌下静脈の怒張→瘀血(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む局所の熱感・腫脹解答・解説【解答】本症例は、陽証・実証で熱と水毒に対応する越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)で治療しました。【解説】越婢加朮湯は、関節の紅斑・腫脹・熱感が使用目標になります。越婢加朮湯には麻黄(まおう)、石膏(せっこう)、朮(じゅつ)が含まれ、熱を冷ましながら浮腫を改善させる作用(清熱利水[せいねつりすい]作用)があります。石膏を含むため、自汗傾向・口渇などの自覚症状も使用目標です。陽証・実証の水毒に対する漢方薬で、体表面を主とする水毒、体内に熱がこもった状態と考えて六病位では太陽病〜少陽病に分類されます。本症例のような急性関節炎、蜂窩織炎、帯状疱疹などに歴史的に活用されており、膝関節炎に用いた症例1)やNSAIDsが無効、または投与困難な急性腰痛症やcrowned dens syndromeなどの整形外科の疼痛性疾患に対して越婢加朮湯と大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)の併用が有効であった2)とする症例報告があります。使用上の注意点として、麻黄が含まれることから胃弱、虚血性心疾患の既往、前立腺肥大など尿閉のリスクがある場合は慎重投与です。今回のポイント「陽証」の解説漢方治療では生体に外来因子が加わった際の生体反応の形式について、熱性の病態を「陽証」、寒性の病態を「陰証」の2型に分類します。寒熱のほか、陽証では活動性、発揚性、陰証では非活動性、沈降性などの特徴があります。大まかに寒熱≒陰陽と考えてよいですが、一般的に寒熱は局所の病態を表し、陰陽では体全体の性質を総合的に判断します。一方、病因と生体の闘病反応の程度・病態の充実度を虚実とよびます。闘病反応が充実している場合を実証、闘病反応が乏しい病態が虚証です。主に虚実は脈や腹壁の反発力・緊張度により判定しますが、本症例のように局所反応の程度も参考になり、患部の熱感や腫脹などの局所の炎症が強い場合も実証を示唆します。陽証は、太陽病、少陽病、陽明病の3つに分類でき、病位は、太陽病が体表面の表(ひょう)、陽明病では裏(り)、少陽病はその中間の半表半裏(はんぴょうはんり)になります。一方、陰証の太陰病・少陰病・厥陰病ではすべて病位は裏になります。陽証では体力も充実していることから実証となりやすい傾向にありますが、体力が低下して闘病反応が弱い陽証・虚証の漢方薬も数多く存在します。陽明病は、熱の極期で闘病反応が充実していることから実証のみになります。今回の鑑別処方越婢加朮湯以外にも陽証の関節・皮膚疾患に用いる漢方薬を紹介します。越婢加朮湯よりもややマイルドな作用の桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいっとう)は長期投与に向きますが、エキス剤がないため桂枝湯と越婢加朮湯で代用します。黄連解毒湯(おうれんげどくとう)は浮腫や腫脹(水毒)が目立たず、熱感と暗赤色の紅斑が主体の皮膚疾患に適応になります。柴苓湯(さいれいとう)は、小柴胡湯(しょうさいことう)と五苓散(ごれいさん)を組み合わせた漢方薬で、抗炎症作用と利水作用をもちます。少陽病ですから体表面より少し病気が侵入した場合に用いるのが典型ですが、蕁麻疹やリンパ浮腫に対してしばしば使用されています。麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)は、石膏が含まれず、清熱作用は弱くなりますが、利水作用をもつ薏苡仁(よくいにん)が含まれ、熱感や腫脹があまり目立たない関節痛や筋肉痛に用いられます。本症例も時間が経過して局所反応が軽減したものの痛みが持続する場合は麻杏薏甘湯の適応になるでしょう。また麻杏薏甘湯は経験的に疣贅や頭のフケなどの皮膚疾患にも使用されます。薏苡仁湯(よくいにんとう)はさらに慢性化した関節痛や筋肉痛に適応となります。足底腱膜炎やアキレス腱炎など筋腱の痛みによいとされます。さらに皮下出血を認める打撲や局所の血流障害を伴う場合は瘀血と考えて治打撲一方(ぢだぼくいっぽう)を用いる、もしくは併用する場合もあります。 1) 星野綾美 ほか. 日東医誌. 2008;59:733-737. 2) 福嶋祐造 ほか. 日東医誌. 2019;70:35-41.

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第21回 タバコを吸わないのになぜ? 見えてきた肺がんの「真犯人」―大規模ゲノム解析が暴く肺がんの身近なリスク

「タバコは吸わないから、肺がんの心配はない」。そう考えている人は少なくないかもしれません。しかし近年、喫煙経験のない人、とくに女性やアジア人での肺がんが世界的に増加しており、大きな謎とされてきました。なぜ、最大の原因であるタバコを避けてきた人々の肺が蝕まれるのでしょうか。この長年の疑問に、ゲノム科学の力で迫った画期的な研究1)がNature誌に発表されました。世界4大陸28地域から集められた871例の非喫煙者肺がん患者の「がんゲノム(がん細胞の全遺伝情報)」を解読。その設計図に刻まれた無数の傷跡から、がんを引き起こした「犯人の指紋」を探し出すという、前例のない規模の研究です。この研究は、これまで原因として疑われてきた大気汚染や受動喫煙の影響をDNAレベルで初めて検証し、私たちの常識を覆すような数々の事実を明らかにしました。発見1:大気汚染PM2.5は、がんの「種を蒔き、育てる」二重の脅威だった研究チームはまず、大気汚染の指標である微小粒子状物質「PM2.5」とがんゲノムの関係に着目しました。PM2.5は工場や自動車の排ガスなどに含まれるきわめて小さな粒子で、吸い込むと肺の奥深くまで到達します。また、血管の壁まで通過し、血液中からも検出されることが知られています。患者が住む地域のPM2.5濃度で「高汚染」と「低汚染」のグループに分けてゲノムを比較したところ、意外な結果がみられました。高汚染地域の患者のがん細胞では、DNAの変異(遺伝子の傷)の総量が明らかに増加していたのです。さらに、PM2.5濃度が高いほど変異の数も比例して増える「用量反応関係」も確認されました。これは、因果関係に迫る上で大切な知見です。とくに重要だったのが、「変異シグネチャー」の解析です。これは、がんゲノムに残された変異のパターンを分析し、その原因(紫外線、タバコ、特定の化学物質など)を特定する技術で、いわば「犯行手口を示す指紋」のようなものです。この解析により、高汚染地域の患者からは、主に2つの特徴的な「指紋」が検出されました。1.シグネチャー「SBS4」の増加これは本来、タバコ喫煙者のがんに典型的な指紋です。この「指紋」が非喫煙者から見つかったことは、大気汚染物質の中に、タバコの煙に含まれるような発がん性物質が含まれており、それがDNAに直接傷をつけている(イニシエーターとして機能している)可能性を強く示唆します。2.シグネチャー「SBS5」の増加これは「時計様シグネチャー」と呼ばれ、細胞が分裂するたびに一定の割合で刻まれる、加齢に伴う自然な傷です。この「時計」の進みが速いということは、大気汚染が肺に慢性的な炎症を引き起こし、傷ついた細胞の修復のために細胞分裂を異常に活発化させていることを意味します。これにより、がんの元となる細胞の増殖が促されている(プロモーターとしても機能している)と考えられます。つまり、PM2.5はDNAを直接傷つけてがんの“種”を蒔くだけでなく、細胞分裂を促してその“芽”を育てるという、二重の役割を担っている可能性が考えられたのです。発見2:受動喫煙の意外な事実――ゲノムに残る「指紋」は薄かったこれまで非喫煙者肺がんの有力な原因とされてきた受動喫煙。しかし、今回のゲノム解析では、意外な結果が出ました。受動喫煙にさらされた患者とそうでない患者の間で、ゲノム上の変異の量やパターンに明確な差はみられなかったのです。タバコ由来の「SBS4」の指紋も、受動喫煙との関連は認められませんでした。これは、受動喫煙にリスクがないという意味ではありません。むしろ、「受動喫煙による発がんのメカニズムは、これまで考えられていた直接的なDNA変異誘発とは異なる可能性がある」ことを示唆しています。たとえば、DNAを傷つけるのではなく、主に炎症を介してがんの発生を促進しているのかもしれません。この発見は、今後のリスク評価に新たな視点をもたらすものです。発見3:世界各地で異なるリスク――台湾で見つかった「漢方薬」の影この研究のもう一つの大きな成果は、非喫煙者肺がんの原因が世界共通ではないことを示した点です。とくに台湾の患者のがんゲノムからは、「アリストロキア酸」という化学物質に特徴的な変異シグネチャー「SBS22a」が多数見つかりました。アリストロキア酸は、かつて一部の漢方薬などに含まれていた強い発がん性を持つ物質です。この発見は、台湾などの地域で非喫煙者肺がんが多い一因を解明する手がかりとなり、地域に根差した公衆衛生や予防策の重要性を浮き彫りにしました。暮らしの中のPM2.5対策――最も身近な発生源「家庭料理」に注意大気汚染やPM2.5と聞くと環境破壊の話、屋外の話で個人レベルでは防ぎようがないと考えがちですが、実は私たちの暮らしの中で最も高濃度のPM2.5にさらされる瞬間の一つが「料理」です。とくに、油を使った炒め物や揚げ物では、屋外の汚染レベルをはるかに超えるPM2.5が発生します2)。では、なぜ料理でPM2.5が発生するのでしょうか。鍵を握るのは「油の種類と温度」です3)。1.植物油(サラダ油、ごま油など)これらに多く含まれる不飽和脂肪酸は、化学構造が不安定で熱に弱い性質があります。高温で加熱されると酸化・分解しやすく、その過程で有害なアルデヒド類などと共に、油の微粒子としてPM2.5を大量に発生させます。2.動物性脂肪(ラード、バターなど)こちらに多い飽和脂肪酸は構造が安定しており、比較的高温に強いため、植物油に比べてPM2.5の発生量は少なくなります。だからといって動物性脂肪を使うのは、心臓病など別の健康問題につながるため、重要なのは換気です。以下にできる対策をまとめます。料理中は換気扇をつける調理開始前から終了後しばらくまで回し続けるのが理想です。窓を開けて換気する可能なら窓も開け、空気の通り道を作りましょう。低PM2.5調理法を選ぶ炒め物や揚げ物より、「蒸す」「茹でる」「煮る」といった調理法や、エアフライヤーの活用はPM2.5の発生を大幅に抑制できます。空気清浄機の活用HEPAフィルター付きの空気清浄機を稼働させるのも有効かもしれません。ただし、これらが直接発がんリスクなどの低下につながるかについては、追加の研究が必要です。今回ご紹介した研究は、非喫煙者肺がんという病気の複雑な全体像を初めて描き出しました。その原因は一つではなく、大気汚染のようなグローバルな要因、地域特有の環境要因、そしてまだ解明されていない内なる要因が複雑に絡み合っているようです。 1) Diaz-Gay M, et al. The mutagenic forces shaping the genomes of lung cancer in never smokers. Nature. 2025 Jul 2. [Epub ahead of print] 2) Tang R, et al. Impact of Cooking Methods on Indoor Air Quality: A Comparative Study of Particulate Matter (PM) and Volatile Organic Compound (VOC) Emissions. Indoor Air. 2024 Nov 25. [Epub ahead of print] 3) Torkmahalleh MA, et al. PM2.5 and ultrafine particles emitted during heating of commercial cooking oils. Indoor Air. 2012;22:483-491.

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主治医は大病院です! さぁ困った!【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第8回

主治医は大病院です! さぁ困った!Point多疾患併存では多職種連携、専門医とプライマリ・ケア医(かかりつけ医)の連携が重要。予後予測や再入院予測ツールをうまく使って患者の状態の概要を把握しよう。患者の身体機能や価値観や嗜好を聞き取り、治療やケアの方針決定に役立てよう。患者側の能力と治療による負荷のバランスから手掛かりを探ろう。症例84歳男性が某大学病院救急外来に失神したと来院した。少し離れて別居している息子が付き添いで一緒に来院した。かかりつけ医は大学病院だという。心筋梗塞でステント留置後、心房細動、慢性心不全で循環器内科にかかり、COPDで呼吸器内科に、陳旧性多発ラクナ梗塞と認知症で脳神経内科に、変形性膝関節症と腰部脊柱管狭窄症で整形外科に、大腸がん(手術適応はなく経過観察)で消化器外科にかかり、なんと5科にまたがり通院中であった。ここ1年で心不全の増悪で3回入院している。内服処方は抗凝固薬・抗血小板薬含め合計15剤もあり、失神を起こしやすい薬剤も数種類含んでいた。すべての薬剤を俯瞰的にみてくれる「かかりつけ医」は不在の状況であった。貧血を認めるものの以前とは大きく変化はなかった。頭部CTで軽度の左慢性硬膜下血腫を認め、脳神経外科にコンサルトするも、血腫の大きさや全身状態から入院や手術の適応はないとのこと。ダメ元で他科のDr.と相談するも「それはうちでの入院の適応じゃないですねぇ」と予想どおりのお返事。本人は以前の入院時に体幹抑制された経験から入院したくないとの希望だが、息子は憔悴した様子で「家は段差も多くて、年々歩き方もぎこちなくなり、また転倒しそうなので、何とか入院させてほしいのですが…」と入院を希望し、苛立ち始めている。主科が決まらず方針は絶賛迷走中。救急で担当した研修医、上級医は途方に暮れていた。おさえておきたい基本のアプローチマルモってなんだ!?主治医が大病院であるときに起きやすい問題にはどんなものがあるだろうか。慢性疾患で在宅ケア・緩和ケアへの移行を考慮する事例。慢性疾患が複数あり(多疾患併存)、各科に担当医がいて(ポリドクター)方針がまとまらない事例。ポリドクターのために起こるポリファーマシー(たとえば別の担当医の薬剤に対する副作用に薬剤が処方されるなど)。老年医学のアプローチが必要だが介入できていない事例。主治医が多忙ゆえに多職種連携がうまく機能していない事例。上記に加え心理・社会・家族問題が絡み合う複雑・困難な事例などだ。ここでは、主に多疾患併存とそこから起きる問題を論ずる。皆さんは多疾患併存という言葉があることはご存じだろうか? 筆者自身それについて学生時代に講義を受けた記憶はなく、最初「マルチモビディティ」と聞いたらなんか強そうだなというイメージをもった。マルサなら国税局査察部、マルボウなら暴力団の事案を取り扱う警視庁組織犯罪対策部、マルモはマルチモビディティ(多疾患併存:multimorbidity)のこと。歴史をひもとくと、おおよそ2003年ごろから急激に出版物でみられるようになった。多疾患併存の定義は、長期にわたり2つ以上の慢性疾患が併存している状態である1)。「疾患とその合併症のことでしょう?」と誤解されがちだ。たとえば、糖尿病が悪化して、末梢神経障害や網膜症、腎障害を合併した事例の場合は中心に糖尿病、そのほかは治療コントロール不良で発症した合併症という関係だから、多併存疾患とは異なる。多疾患併存の場合、罹患期間の長短あれども慢性疾患が併存している状態を指す。言葉は知らなくても、多疾患併存の患者は皆さんの外来にもよく来るはずだ。日本では外来患者に多疾患併存患者が占める割合は52.3%にのぼり、ポリファーマシーとの強い相関を認める2)。併存疾患が2つの多疾患併存患者は全く慢性疾患のない患者と比較しER受診は1.28倍、併存疾患が4つ以上で2.55倍になり、また入院も多疾患併存患者全体では2.58倍高くなる3)。多疾患併存患者の医療コストは、概して倍以上に膨れ上がっており、今後多疾患併存患者への対応は医療経済における大きな課題だ。家庭医をかかりつけ医にするメリット多疾患併存患者は俯瞰的・総合的にみてくれるかかりつけ医の存在が大きい。家庭医の定義ともいえるACCCAは保たれているだろうか(表1)。今後高齢化社会が進み、大病院志向の患者が途方に暮れる機会も増えてくるだろう。表1 家庭医をもつメリットと大病院を主治医にもつデメリット画像を拡大する多疾患併存患者で困難な症例では、家庭医をかかりつけ医にもつのが一番よい。疾患の性格上、大病院にかからざるを得ない場合は、予後に最も影響を与え中心となる慢性疾患の担当医に主治医の役割を果たしてもらうか、多疾患併存患者対応が得意な医師(場合によっては別の病院や診療所の医師でもよい)にかかりつけ医となってもらうことがお勧めだ。責任の所在がわからないと、患者や家族はたらい回しにされたと感じ不快に思うだろう。現代の医原病ともいえる。マルモ(Multi-morbidity)のアプローチ法多疾患併存患者のアプローチ法は、Up to dateやNICE guideline、米国老年学会でそれぞれ紹介されているが、筆者はアリアドネの原則をお勧めする4)(図1)。ギリシア神話の逸話(テセウスを迷宮から脱出させるのにアリアドネが糸で手助けした)より、そのように名付けられた由緒正しい(?)アプローチ法だ。日本ではさしづめ、蜘蛛の糸アプローチもしくは、芥川アプローチとでもいえようか(いや全然違うし、ネーミングに絶望感が漂っている泣)。図1 アリアドネの原則画像を拡大するまず、このアプローチのポイントは、実現可能な治療目標を、患者、医師、多職種間で共有していくことだ。多疾患併存の患者のケアに乗り出すきっかけは、併存する疾患、もしくはそれらの治療薬の相互作用が生じてしまったときだ。実現可能な治療目標を考えるときに、まず患者の心身状態や治療の相互作用を評価するところから始まる。その評価には、性格などの心理的問題、住環境や社会的サポートのレベル、孤独などの社会的環境、患者自身の疾患への理解も影響する。次に、患者の嗜好を考慮に入れたうえで、患者の健康問題への治療介入の優先順位を付ける。多疾患併存の患者では、各科担当医がそれぞれの疾患に対し治療方針を立てるが、それらが競合することはしばしばある。治療の優先順位付けには、患者の予後のみならず、患者の価値観、嗜好も考慮に入れねば、治療目標を患者、医療者の双方が納得して共有することはできない。そして、優先順位を付けた治療介入を患者に最適化したマネジメントまで高める。この段階では介入によって予測される利益が有害事象より勝っているかに注目する。こうして評価、問題の優先順位付け、マネジメントを実行し、必ずフォローアップする。また、新たな状況の変化(たとえば、新たな病気への罹患や周囲の環境の変化)によって、再度評価からアプローチが必要になる。多疾患併存患者へのアプローチは流動的に千変万化するんだ。女心と秋の空、そして多併存疾患患者は状況が変わりやすい。ここまでアプローチの原則について解説してきたが、思い起こせば何十年も前から出来上がった多疾患併存患者の複雑な事例だ。救急外来での一期一会で解決できるようなことはめったにない。しかし、少しでも問題を解きほぐす手助けなら救急外来でもできるはずだ。そのために重要なポイントを学んでおこう。落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls「既往症も内服薬もたくさんあったので難治性の便秘かと思って経過観察にしたら、大腸がんでした」多疾患併存患者が救急外来に今までになかった症状で来院すると、併存疾患や内服薬の影響ではないかと思考がとらわれやすい。多疾患併存患者では一般外来において診断エラーが1.83倍起こりやすいとの報告がある5)。とくに、高齢患者には多疾患併存患者の割合が多く、悪性腫瘍の見逃しは避けたいところだ。Point多疾患併存患者は診断エラーが起こりやすい!「多疾患併存患者の状態や治療の評価って、忙しい救急外来で何をしたらよいのでしょう?」多疾患併存患者の状態評価を、多忙な救急外来でどのようにしていけばよいのか? 前述のとおり、多疾患併存患者は高齢者に多いので、高齢者総合評価(comprehensive geriatric assessment:CGA)は全体像の評価に有効だろう。しかし、忙しい救急外来で初診患者にくまなく行うことは難しい。ここではより簡略化したstart up CGAを紹介する(表2)。評価可能なものからやってみて、必要があれば外来主治医や入院担当医に引き継いで評価してもらおう。表2 start up CGA画像を拡大するPoint救急外来では多疾患併存患者の包括的評価はstart up CGAで簡潔に行うべし「多疾患併存患者の評価には心理・社会的問題も大事らしいけど、どのように評価すれば…?」多疾患併存患者の状態には心理・社会的問題も大きな影響を及ぼす。多疾患併存患者に精神疾患を合併すると救急外来への頻回受診が大きく増加すると報告されている6)。また、ホームレスの多疾患併存の患者の割合は一般人口の60代に相当し、救急外来受診率も一般人口と比べて60倍近くあると報告されている7)。救急外来で心理的問題を評価するにはMAPSO問診やPHQ-4が使いやすいだろう。また、社会的問題の把握にはsocial vital signs(HEALTH+P)がもれなく把握できて有用だよ8,9)(表3)。表3 social vital signs(HEALTH+P)(https://drive.google.com/file/d/1MZJRnd8ruUpE4kNjNO6ZmOOQ_50s_Yee/view)より改変画像を拡大するPoint多疾患併存患者の心理・社会的問題の評価にはMAPSO問診、PHQ-4やHEALTH+Pを使うべし多疾患併存患者の治療目標には予後予測が大事って聞くけど、どうすればいい?それぞれの慢性疾患が下降期(たとえば、急性増悪による入退院を繰り返す状態)でなければ、10年間の予測死亡率を算出する有用なツールがある。ePrognosisというサイト内でSuemoto indexが計算できる10)。サイトで患者の診療セッティングと、居住地で米国以外を選択すると入力画面が表示される。それぞれの項目を選択すると算出してくれる。一方、慢性疾患下降期で急性増悪を繰り返す場合、再入院を予測するツールとしてLACE indexがある11)。表4に算出方法を示す。A-scoreの重症か否かの判断は救急外来からの入院かどうかでする。4点以下が低リスク、5〜9点が中等度のリスク、10点以上が高リスクと判断する。表4 LACE index画像を拡大する終末期では予後に最も影響する疾患の予後予測ツールを用いるのがよい。一方で、複数臓器の障害ではPalliative Prognostic Scoreで30日死亡率をある程度予測可能だ12)。いずれの予測ツールも、ある程度イメージをつけるためと割り切って利用する。そこから、主治医や多職種で話し合い、在宅医療へ移行したり、advance care planningにつなげたりすればよいのだ。Point疾患ステージに合う予後予測ツールで状況を把握してよりきめ細やかなケアにつなげよう「前回救急受診した患者がまた来院しました。どうやら受診科、内服薬が多かったため、いくつかを勝手にやめていたようです」多疾患併存患者では治療負担(treatment burden)の増大が、自分の能力(capability)の許容量を越えてしまい病状が悪化することがある。かぜのときに毎食前に漢方薬を飲むだけでも飲み忘れてしまう筆者からすれば、毎食後に10剤近く間違えずに内服できる人はマジリスペクトです。内服薬だけでお腹いっぱいになってご飯が食べられない人、よくみるよねぇ。多疾患併存患者かつ内科病棟入院患者の約4割が薬剤関連の問題が原因で入院し、とくに薬剤の副作用やアドヒアランスの問題がきっかけだった13)。また、救急外来から入院した多疾患併存患者の約半数に治療上の対立を認めた(たとえば抗凝固薬を内服した患者に消化管出血を認めたなど)14)。お薬手帳にところせましと並べられた大量の薬剤名の記載をみると、カルテへの記録も面倒くさくなる。しかし、とくに多疾患併存患者では丁寧にチェックしないと足元をすくわれる。「くすりもリスク」、整理できる薬剤は主治医や処方医に依頼して減らすことで、患者の内服アドヒアランスも向上し有害事象も減って患者も医療者もハッピーになること請け合いだ。また、患者の能力に見合わない過度な生活習慣の指導がなされていることがある。多疾患併存患者にはガイドラインどおりにすべての生活指導を行うと、それがかえって治療負担となり逆にアドヒアランスが悪くなることがある。想像してみても、生活するために毎日朝から晩まで仕事をしながら、毎食後に血糖を測定しながら、毎日8,000歩を歩いて、週3で有酸素運動、食事は塩分制限…となると、患者も医療者もアンハッピーになる。優先順位に従い実現可能な生活習慣から指導するようにしよう。患者の生活を守るために生活指導をするのであって、生活指導して患者の生活が台なしになったのならとても笑えないのだ。Point内服アドヒアランスや薬剤有害事象に目を光らせ、治療対立が起きないように注意しよう「有害事象があったから薬剤中止ね。え? 薬が一包化されてる!?」薬剤有害事象が起きたので、その薬剤中止を患者に説明し主治医にも報告、まではよかったが、詰めが甘〜い! キャラメルマキアートの上の部分くらい甘〜い!! あなたがもし一包化されたものから色と印字を手がかりに目的の薬剤のみ取り出すことができるなら、海賊王にだってなれるはず!? 独居や老老介護で、周囲のサポートが得られない場合には絶望しかない。「〇〇えもん、たすけて〜」、「大丈夫だよ、□□太くん。多職種連携〜」。そう、こんなときのための多職種連携。ケアマネジャーやソーシャルワーカーから薬剤師や看護師、ヘルパーに連絡を取り、これ以上の薬剤有害事象を防ごう。とくに大病院の主治医で、訪問診療をした経験がない場合、どんなに想像力をたくましくしても、自宅で患者がどんな生活して、どんなことで困っているのかは診察室からは計り知れないものだ。実際に、自宅で患者と会っているケアマネジャーやヘルパー、訪問看護師の声に耳を傾けよう。ちなみに、多疾患併存患者に多職種連携とテレメディスンとを組み合わせることで救急外来で一泊入院するのと比較して22%コスト削減できたという15)。安い、早い、うまい! 多職種連携って本当に素晴らしいですね!Point多職種との連携を密にして、重要な指示をチームでもれなく伝えて不要な受診を防ごうワンポイントレッスン患者の対応能力と治療負担のバランス患者の対応能力(capability)と治療負担(treatment burden)のバランスに注目するとアプローチしやすい。どのようなバランスかを図2、表5に示す。図2 患者の対応能力と治療負担のバランス画像を拡大する表5 患者の対応能力と治療負担患者の対応能力を上げて、治療負担を減らす方向に働きかけることで崩れかけたバランスをもち直すことができる。どの要素が負担になっているのか、もしくは対応能力が足りないのかを把握することで、複雑な事例のなかでレバレッジポイントを見出し問題解決の糸口がつかめる。何事もバランスが大事だ。遊びも勉強も大事。お金も大事だが、学際的な仕事をすることも大事。給料が安いなんて文句言わないで、勉強できる環境で仕事ができることをありがたいと思おう、ネ、〇〇センセ!?勉強するための推奨文献 Farmer C, et al. BMJ. 2016;354:i4843. Muth C, et al. BMC Med. 2014;12:223. Muth C, et al. J Intern Med. 2019;285:272-288. Boyd C, et al. J Am Geriatr Soc. 2019;67:665-673. Mercer S, et al., eds. ABC of Multimorbidity. John Wiley& Sons. 2014. 佐藤健太 著. 慢性臓器障害の診かた、考えかた 中外医学社. 2021. 参考 1) NICE guideline 2016 2) Aoki T, et al. Sci Rep. 2018;8:3806. 3) Soley-Bori M, et al. Br J Gen Pract. 2020;71:e39-e46. 4) Muth C, et al. BMC Med. 2014;12:223. 5) Aoki T, Watanuki S. BMJ Open. 2020;10:e039040. 6) Gaulin M, et al. CMAJ. 2019;191:E724-E732. 7) Bowen M, et al. Br J Gen Pract. 2019;69:e515-e525. 8) Mizumoto J, et al. J Gen Fam Med. 2019;20:164-165. 9) Terui T, et al. J Gen Fam Med. 2020;21:92-93. 10) Suemoto CK, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2017;72:410-416. 11) Wang H, et al. BMC Cardiovasc Disord, 14:97, 2014 12) Maltoni M, et al. J Pain Symptom Manage. 1999;17:240-247. 13) Lea M, et al. PLoS One. 2019;14:e0220071. 14) Markun S, et al. PLoS One. 2014;9:e110309. 15) Pariser P, et al. Ann Fam Med. 2019;17:S57-S62. 執筆

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その痛み、お風呂で温まるとどうなりますか?【漢方カンファレンス2】第1回

その痛み、お風呂で温まるとどうなりますか?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】80代男性主訴左顔面の痛み既往高血圧、腰部脊柱管狭窄症、79歳:大腸がん手術病歴X年7月、左三叉神経領域の帯状疱疹で2週間の入院加療を行った。退院後、NSAIDs・鎮痛補助薬などを服用したがピリピリとした痛みが持続。9月上旬、胃もたれがひどくなり食事量が減少、また両下肢痛が悪化して歩行困難になったと家族から往診依頼があった。現症身長162cm、体重54kg。体温35.2℃、血圧142/62mmHg、脈拍60回/分整。顔面に皮疹・発赤なし。両下肢浮腫あり・下肢の筋力低下あり。経過初診時「???(1)」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!)2週後痛みは半分程度まで軽減した。まだ体が冷える。「???(2)」エキス3包 分3を併用開始。(解答は本ページ下部をチェック!)4週後痛みは30%程度で、NSAIDsは中止できた。下肢浮腫が軽減してリハビリもできている。胃の調子がよくなって食欲も出てきた。6週後痛みはほぼなくなった。杖歩行ができるようになった。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイント(漢方カンファレンス第1回参照)に基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 体のどの部位が冷えますか? 寒がりです。 手足や腰、下肢が冷えます。 入浴で長くお湯に浸かるのは好きですか? 冷房は苦手ですか? 入浴は長く湯船に浸かります。 冷房は顔が痛くなるので使っていません。 入浴で温まると顔の痛みはどうなりますか? お風呂に入った後は少し楽になります。 飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか? のどは渇きませんか? のどは渇きません。 温かい飲み物をよく飲んでいます。 <飲水・食事> 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 胃腸は弱いですか? だいたい1日1L程度です。 胃もたれがして食欲がありません。 もともと胃は弱いです。 <汗・排尿・排便> 汗はよくかくほうですか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便秘や下痢はありませんか? 汗は少しかきます。 尿は1日7〜8回です。 夜は2〜3回トイレに行きます。 便は毎日出ます。 下痢はありません。 <ほかの随伴症状> よく眠れますか? 昼食後に眠くなりませんか? 足がむくみませんか? 足がつることはありませんか? 皮膚が乾燥してかゆくありませんか? 顔と足の痛みで眠れないことがあります。 昼食後の眠気はありません。 足がむくんで、重だるいです。 足はつりません。 皮膚のかゆみ、乾燥はありません。 ほかに困っている症状はありますか? 訪問リハビリも受けているのですが 足がふらついてなかなか思うように動けずに困っています。 【診察】顔色はやや不良。脈診では沈・弱の脈。また、舌は湿潤した白苔が中等量、舌下静脈の怒張あり、腹診では腹力は軟弱、腹直筋の緊張、小腹不仁(しょうふくふじん)を認めた。下肢には浮腫があり、触診で冷感があった。カンファレンス 漢方診療で最初に考えることは何でしたか? 最初に寒が主体の病態の陰証か? 熱が主体の病態の陽証か? を考えるのでした。「寒がりですか? 暑がりですか?」、「体が冷えますか?」と最初に問診します。 よいね! 漢方診療は「陰陽の判断で始まる」といってよいのだ。とくに陰証である寒(=冷え)を見逃さないように心がけることが大事だよ。実際の臨床では、寒がり、厚着の傾向、温かい湯茶を好む、長湯ができる、冷房が嫌い、症状が温まると改善する・冷えると悪化するなどの問診や、脈診が沈であったなどの診察により総合的に判断するんだ(陰証については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。 今回の症例は、寒がり、冷えの自覚、入浴時間が長い、冷房は嫌いなど寒(冷え)が主体の陰証を示唆する特徴が揃っていますね。 そうですね。さらに痛みが主訴の症例ではとくに、「痛みは入浴で温まると楽になりますか?」という質問が有用です。今回の症例でも入浴で温まると軽減するということから、冷えの関与を考えます。 逆に冷えると悪化するという情報も問診できるとよいね。具体的には、気温が低い日に増悪するとか、スーパーの冷凍食品売り場に行くと痛みが悪化するとか、具体的な問診ができるといいね。本症例でも冷房で悪化するという発言があるね。 また実際に触診して他覚的な冷感を確認します。本症例でも下肢に冷感があることも陰証と考える所見です。 帯状疱疹では、急性期は局所に熱や水疱があって、慢性化すると局所の反応は乏しくなるけど、痛みが持続するという経過は、熱から寒の病態へ、つまり陽証から陰証への流れがわかりやすい疾患といえるね。 下肢の足首から前脛骨部を触診して、こちらの体温が患者に吸われていくようにひんやりと感じる場合は、熱薬である附子(ぶし)を含む漢方薬の適応です。附子はトリカブトの根を減毒処理したもので、温める作用と鎮痛作用を併せもつので、今回の症例でも大事な生薬です。 それでは漢方診療のポイント(2)の虚実の判断はどうでしょう。虚実は、いわば「闘病反応の程度」でした。 虚実は、脈やお腹の反発力などから判断するのでしたね。脈は弱、腹力も軟弱とあるので闘病反応が弱い虚証です。 そうだね。顔面の患部の局所反応も乏しいね。さらにNSAIDsによる胃腸障害や歩行困難から下肢の筋力低下が疑われ、これらも虚証と考えられる所見だね。 漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうでしょうか? 食欲不振は気虚、下肢浮腫は水毒と考えます。ほかには舌下静脈の怒張は瘀血です。 気血水の異常をよく理解できているね。 夜に尿2〜3回と夜間頻尿があり、下肢の冷えや腹部所見で下腹部の抵抗が減弱した小腹不仁があります。これらは加齢症状と考える腎虚でしたね。今回の症例をまとめましょう。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、手足、腰、下肢が冷える、下肢の冷感→陰証(2)虚実はどうか脈:弱、腹:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える食欲不振→気虚、下肢浮腫→水毒、舌下静脈の怒張→瘀血、夜間頻尿、小腹不仁→腎虚(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む神経痛、胃腸障害解答・解説【解答】本症例は、冷えを伴う体表面の痛みやしびれに用いる桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)で治療をしました。さらに再診で、真武湯(しんぶとう)を併用しました。【解説】桂枝加朮附湯は、冷えを伴う体表面の痛みやしびれ、具体的には関節痛や神経痛、筋肉のこわばりなどに用いられる漢方薬です。桂枝加朮附湯は太陽病・虚証に用いる桂枝湯(けいしとう)に朮(じゅつ)と附子が加わった漢方薬です。附子が含まれることから適応は陰証で、六病位では太陰病〜少陰病に分類されます。朮には利水作用があり、朮と附子の組み合わせで温める作用、利水作用、鎮痛作用があります。慢性化した痛みは、寒い日や雨の日に悪化する、こわばりを伴うなど漢方医学的には冷えと水毒の関与することが多くなり、朮と附子を加えて治療します。桂枝加朮附湯には胃腸に負担がかかる生薬が含まれず、NSAIDsで胃腸障害が出る場合にもよい適応で、鎮痛薬を減量・中止できることもあります。ヘバーデン結節などの手指変形性関節症において桂枝加朮附湯の症例集積研究があり、とくに四肢末梢の冷えが強い冷え症の症例ではすべての症例(11例)で手指足趾の先端が暖まり、疼痛の改善がみられたと報告されています1)。なお、再診時に冷えや痛みが残存していたことから、桂枝加朮附湯の治療効果を高めることを目的として真武湯を併用しています。真武湯にも朮と附子が含まれ、さらに利水作用のある茯苓(ぶくりょう)が含まれています。真武湯を併用すると、この茯苓、朮、附子の組み合わせで温める作用、利水作用、鎮痛作用を高めることができます。桂枝加朮附湯のほかに桂枝湯に茯苓、朮、附子の加わった桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)という漢方薬もあります。今回のポイント「陰証」の解説漢方治療は陰陽の判断が出発点です。陰陽は生体に外来因子が加わった際の生体反応の形式で、熱が主体の病態を「陽証」、寒が主体の病態を「陰証」の2型で捉えます。寒≒陰証と考えてよいですが、非活動性、沈降性などの特徴もあります。基本的には多くの病気は陽証で始まり、陰証に向かって進みます。陰証では病因に対して体力が劣り、闘病反応が弱い時期になります。そのため、虚弱者、高齢者、慢性疾患など、長期にわたる疾患では陰証になることが多くなります。実際の臨床では、寒がり、厚着の傾向、温かい湯茶を好む、長湯ができる、冷房が嫌い、症状が温まると改善する・冷えると悪化するなどの問診や、脈診が沈であったなどの診察により総合的に判断します。わずかな冷えを見逃さないように注意深く問診・診察をする必要があります。陽証と陰証はさらに3つずつの病期に分類され、陰証では、太陰病、少陰病、厥陰病に分かれます。さらに一見陽証にみえても、倦怠感が強い、治りが悪いといった場合は陰証が隠れていることもあります。今回の鑑別処方現代医学の臨床推論で鑑別診断を挙げるように、漢方治療でもその鑑別処方を挙げることができるようになると漢方治療が上達します。本連載では症例ごとに鑑別処方の解説をします。葛根加朮附湯は主に上半身の冷えを伴う痛みに用います。桂芍知母湯(けいしゃくちもとう)は冷えと関節の変形が強い場合に用います。附子とともに麻黄が含まれ、実証寄りの漢方薬になります。さらに知母(ちも)には関節のこもった熱を冷ましながら潤すという作用があります。関節リウマチで体全体は冷える傾向にあるものの、関節には局所の熱感がある場合や、関節変形の強い変形性膝関節症やヘバーデン結節などに適応になります。八味地黄丸(はちみじおうがん)は加齢に伴うさまざまな症状を腎虚として、腰以下の冷えと痛み、しびれや夜間頻尿がある場合に用います。本症例も高齢者で下肢の冷えや痛みなどの腎虚の所見があるため鑑別に挙がりますが、胃弱の人には適さないため、胃もたれがある初診時に処方することはないでしょう。大防風湯(だいぼうふうとう)は十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を用いたいような気血両虚があって、さらに多関節痛がある場合に用います。気血両虚に用いる十全大補湯に附子+鎮痛作用のある生薬が加わった処方で、全身倦怠感や皮膚枯燥のある痛みの症例に用います。本症例でさらに痛みが遷延した場合は大防風湯を使用する可能性があるでしょう。参考文献1)大塚稔. 日東医誌. 2021;72:239-243.

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呼吸器病の漢方治療ガイド プライマリ・ケアで役立つ50処方

呼吸器疾患の漢方がわかると診察力が大幅アップ外来医師必携の漢方処方ガイド。総論として、漢方の概念や考え方、診察方法、漢方薬の成り立ちと副作用、西洋薬と漢方薬の違い、呼吸器疾患に頻用する漢方薬の特徴、各論では、かぜ症候群、インフルエンザ、COVID-19などのウイルス感染症の急性期や遷延期治療、喘息、慢性閉塞性肺疾患、副鼻腔気管支症候群、逆流性食道炎、嚥下性肺炎、非定型抗酸菌症、肺癌に関する漢方治療を解説。さらに本書で解説のある50処方の適応イラストを掲載。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。目次を見るPDFで拡大する目次を見るPDFで拡大する呼吸器病の漢方治療ガイド プライマリ・ケアで役立つ50処方定価3,850円(税込)判型A5判(並製)頁数136頁(写真・図・表:119点)発行2025年4月著者加藤 士郎(筑波大学附属病院臨床教授)ご購入(電子版)はこちらご購入(電子版)はこちら紙の書籍の購入はこちら医書.jpでの電子版の購入方法はこちら紙の書籍の購入はこちら

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最新の鼻アレルギー診療ガイドラインの読むべき点とは

 今春のスギ・ヒノキの花粉総飛散量は、2024年の春より増加した地域が多く、天候の乱高下により、飛散が長期に及んでいる。そのため、外来などで季節性アレルギー性鼻炎(花粉症)を診療する機会も多いと予想される。花粉症診療で指針となる『鼻アレルギー診療ガイドライン-通年性鼻炎と花粉症- 2024年 改訂第10版』(編集:日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー感染症学会)が、昨年2024年3月に上梓され、現在診療で広く活用されている。 本稿では、本ガイドラインの作成委員長である大久保 公裕氏(日本医科大学耳鼻咽喉科学 教授)に改訂のポイントや今春の花粉症の終息の見通し、今秋以降の花粉飛散を前にできる対策などを聞いた。医療者は知っておきたいLAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎の概念 今回の改訂では、全体のエビデンスなどの更新とともに、皮膚テストや血清特異的IgE検査に反応しない「LAR(local allergic rhinitis)血清IgE陰性アレルギー性鼻炎」が加わった。また、図示では、アレルギー性鼻炎の発症機序、種々発売されている治療薬について、その作用機序が追加されている。そのほか、「口腔アレルギー症候群」の記載を詳記するなど内容の充実が図られている。それらの中でもとくに医療者に読んでもらいたい箇所として次の2点を大久保氏は挙げた。(1)LAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎の概念の導入: このLAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎は、皮膚反応や血清特異的IgE抗体が陰性であるにもかかわらず、鼻粘膜表層ではアレルギー反応が起こっている疾患であり、従来の検査や所見でみつからなくても、将来的にアレルギー性鼻炎や気管支喘息に進展する可能性が示唆される。患者さんが来院し、花粉症の症状を訴えているにもかかわらず、検査で抗体がなかったとしても、もう少し踏み込んで診療をする必要がある。もし不明な点があれば専門医へ紹介する、問い合わせるなどが必要。(2)治療法の選択の簡便化: さまざまな治療薬が登場しており、処方した治療薬がアレルギー反応のどの部分に作用しているのか、図表で示している。これは治療薬の作用機序の理解に役立つと期待している。また、治療で効果減弱の場合、薬量を追加するのか、薬剤を変更するのか検討する際の参考に読んでもらいたい。 実際、本ガイドラインが発刊され、医療者からは、「診断が簡単に理解でき、診療ができるようになった」「『LAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎』の所見をみたことがあり、今後は自信をもって診療できる」などの声があったという。今春の飛散終息は5月中~下旬頃の見通し 今春の花粉症の特徴と終息の見通しでは、「今年はスギ花粉の飛散が1月から確認され、例年より早かった一方で、寒い日が続いたため、飛散が後ろ倒しになっている。そのために温暖な日が続くとかなりの数の花粉が飛散することが予測され、症状がつらい患者さんも出てくる。また、今月からヒノキの花粉飛散も始まるので、ダブルパンチとなる可能性もある」と特徴を振り返った。そして、終息については、「例年通り、5月連休以降に東北以外のスギ花粉は収まると予測される。また、東北ではヒノキがないので、スギ花粉の飛散動向だけに注意を払ってもらいたい。5月中~下旬に飛散は終わると考えている」と見通しを語った。 今秋・来春(2026年)の花粉症への備えについては、「今後の見通しは夏の気温によって変わってくる。暑ければ、ブタクサなどの花粉は大量飛散する可能性がある。とくに今春の花粉症で治療薬の効果が弱かった人は、スギ花粉の舌下免疫療法を開始する、冬季に鼻の粘膜を痛めないためにも風邪に気を付けることなどが肝要。マスクをせずむやみに人混みに行くことなど避けることが大事」と指摘した。 最後に次回のガイドラインの課題や展望については、「改訂第11版では、方式としてMinds方式のCQを追加する準備を進める。内容については、花粉症があることで食物アレルギー、口腔アレルギー症候群(OAS)、花粉-食物アレルギー症候群(PFAS)など複雑に交錯する疾患があり、これが今問題となっているので医療者は知っておく必要がある。とくに複数のアレルゲンによる感作が進んでいる小児へのアプローチについて、エビデンスは少ないが記載を検討していきたい」と展望を語った。主な改訂点と目次〔改訂第10版の主な改訂点〕【第1章 定義・分類】・鼻炎を「感染性」「アレルギー性」「非アレルギー性」に分類・LAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎を追加【第2章 疫学】・スギ花粉症の有病率は38.8%・マスクが発症予防になる可能性の示唆【第3章 発症のメカニズム】・前段階として感作と鼻粘膜の過敏性亢進が重要・アレルギー鼻炎(AR)はタイプ2炎症【第4章 検査・診断法】・典型的な症状と鼻粘膜所見で臨床的にARと診断し早期治療開始・皮膚テストに際し各種薬剤の中止期間を提示【第5章 治療】・各治療薬の作用機序図、免疫療法の作用機序図、スギ舌下免疫療法(SLIT)の効果を追加〔改訂第10版の目次〕第1章 定義・分類第2章 疫学第3章 発症のメカニズム第4章 検査・診断第5章 治療・Clinical Question & Answer(1)重症季節性アレルギー性鼻炎の症状改善に抗IgE抗体製剤は有効か(2)アレルギー性鼻炎患者に点鼻用血管収縮薬は鼻噴霧用ステロイド薬と併用すると有効か(3)抗ヒスタミン薬はアレルギー性鼻炎のくしゃみ・鼻漏・鼻閉の症状に有効か(4)抗ロイコトリエン薬、抗プロスタグランジンD2(PGD2)・トロンボキサンA2(TXA2薬)はアレルギー性鼻炎の鼻閉に有効か(5)漢方薬はアレルギー性鼻炎に有効か(6)アレルギー性鼻炎に対する複数の治療薬の併用は有効か(7)スギ花粉症に対して花粉飛散前からの治療は有効か(8)アレルギー性鼻炎に対するアレルゲン免疫療法の効果は持続するか(9)小児アレルギー性鼻炎に対するSLITは有効か(10)妊婦におけるアレルゲン免疫療法は安全か(11)職業性アレルギー性鼻炎の診断に血清特異的IgE検査は有用か(12)アレルギー性鼻炎の症状改善にプロバイオティクスは有効か第6章 その他Web版エビデンス集ほかのご紹介

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寄り道編(12)虫を原材料とする漢方薬【臨床力に差がつく 医薬トリビア】第61回

 ※当コーナーは、宮川泰宏先生の著書「臨床力に差がつく 薬学トリビア」の内容を株式会社じほうより許諾をいただき、一部抜粋・改変して掲載しております。今回は、月刊薬事63巻6号「臨床ですぐに使える薬学トリビア」の内容と併せて一部抜粋・改変し、紹介します。寄り道編(12)虫を原材料とする漢方薬Question虫を原材料にした漢方には何がある?

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第234回 医療政策のレベル高し?立憲、公明党、国民民主党、社民党の公約

さて前回に引き続き、衆院選の各党の政策紹介と独断と偏見に基づくその評価の第二段である。ちなみに現在の各種報道を参照すると、与党である自民党・公明党による過半数獲得が微妙とのこと。正直、個人的には予想外である。久々に目が離せない選挙となった。さて今回は前回予告したように、公示前議席数で偶数順位の政党を順に取り上げる。立憲民主党(2位:98議席)もはや説明も要らぬ野党第1党である。以前紹介した代表選の結果、党内でも保守色が強い元首相の野田 佳彦氏が代表に就任。報道各社の情勢分析によると、かなり議席を増やす可能性があるらしい。その意味ではあくまで同党はチャンスであるためか、「7つの約束 政権交代こそ、最大の政治改革。」を掲げる。さて同党の200ページ超の分厚い政策集から主なものを拾ってみた。『デジタル・IT』の項目ではマイナ保険証に関して以下のような記述となっている。医療DXの推進は喫緊の課題であるものの、「不安払拭なくしてデジタル化なし」です。国民の不安を払拭し、国民皆保険の下、誰もが必要なときに、必要な医療が受けられる体制を堅持するために、2024年12月の健康保険証の廃止を延期し、一定の条件が整うまで現在の健康保険証を存続させます。現行法においてマイナンバーカードの取得が申請主義であることを踏まえ、マイナ保険証の利用は、リスクと便益を自分で判断して決めるべきであり、本人の選択制とします。ちなみに『厚生労働』の医療保険制度関連で「レセプト審査の効率化、医療ビッグデータのさらなる活用によって、保険者機能の強化、医療費適正化、健康課題への活用を推進します」とあることも考慮すれば、マイナ保険証にむしろ内心では肯定的な見解もうかがえる。マイナ保険証全否定の日本共産党、れいわ新撰組、社民党と比べれば、かなり穏健かつ現実的な方向性に舵を切っていると言える。この辺からもこれら3党との共闘は、野田氏の代表就任から衆院選まで時間があったとしても難しかっただろうと推察できる。一方で社会保険料負担に関しては「上限額を見直し、富裕層に応分の負担を求めます」とある。これだけでは具体性に欠くのだが、後段では「世代間公平に配慮しつつ、重点化と効率化によって、子どもから高齢者にわたる、持続可能で安心できる社会保障制度を構築します」「被用者保険からの大幅な拠出金が課題となっている高齢者医療制度については、医療保険制度の持続可能性の強化と現役世代のさらなる負担軽減を含めて、抜本的な改革を目指します」などの記述があるため、日本維新の会や後述の国民民主党とかなり似た制度設計が念頭にあるのだろう。また、『経済政策』『厚生労働』では創薬・バイオ、ゲノム医療を成長分野に位置付けており、以下のような関連項目の記述がある。ワクチン開発を支援し、日本企業の国際競争力を高めます。iPS細胞を利用した再生医療研究等の促進、創薬への支援や創薬の環境整備を進め、日本の先進医療、画期的な新薬などの医療技術を海外に輸出するための産業育成、発信力強化を図ります開発途上国が必要とする医薬品の開発を支援し、日本の医薬品が海外で使用される基盤づくりを進めます後発医薬品の質の確保、先発品の特許切れ後の値下げを進めます。漢方薬など伝統的医薬品は、現行の薬価改定方式では薬価が下がり続けるばかりであることから、生産を維持するための歯止めを設けます。医薬品の安定供給、イノベーション創出の基盤を強固にし、国民に品質の高い医薬品を安定して供給できるようにするため、中間年薬価改定を廃止し、2年に1度の改定とします。まあ、この中では漢方薬に言及したのは、各政党の中で唯一なのだが、そもそもこの点については、OTC類似薬の保険給付の是非も含めて議論すべきことかと私見ながら思う。しかし、「ワクチン国産化」「iPS細胞研究の推進」は、率直に言ってやや時代遅れではないだろうか? 創薬の世界的潮流や実態を知らないのだろう。ちなみにワクチンに関連して、「新型コロナウイルス感染症のワクチン対策」と称して、ワクチン接種体制の円滑な確保と同時に▽リスクコミュニケーション強化▽新型コロナワクチンの副反応に特化した検討会議体の設置▽健康被害救済制度の周知▽死亡事例に関する認定審査体制の充実、などを掲げている。これを読むと、「うわっ、反ワクチンか!」と思う人もいるだろうが、こうした副反応対策やリスクコミュニケーション強化は、少なくとも今後のワクチン接種を進めていくためには必須のことと個人的には考えている。現状は少なくともSNSでワクチンに批判的言説が多く出回っている以上、放置するのは最悪である。もっともここまで是々非々で考えられるなら、ワクチンに関する陰謀論をSNSで拡散する同党の一部議員を何とかしてほしいと思うのだが…。公明党(4位:32議席)ご存じ、日蓮正宗系宗教法人・創価学会を支持母体とする政党である。過去からの政策を見ると、とにかく「現物・現金支給」に著しく偏り、自民党よりもバラマキ色が強い政党という印象がある。今回の「2024公明党 衆院選重点政策」は全部で10の大項目を掲げる。まず、『1 物価高克服へ、暮らしを守る!所得向上!』では、「医療・介護等の持続的な賃上げ・処遇改善」で、“医療・介護・障がい福祉・保育など公的に価格が決まる部門で働く方々の賃金については、引き続き、物価上昇を上回る引き上げ分を確保するとともに、さらなる処遇改善に向けて取り組みます“と謳っている。この辺は他党もおおむね同じである。社会保障、医療・介護については「3 健康・命を守る、高齢者支援」の項目で掲げられている中項目を一部抜粋する。健康な暮らしの確保と健康寿命延伸による高齢者のウェルビーイング(満足度)の向上医療提供体制の充実医療DX の推進がんとの共生社会を創るがん医療提供体制の充実メンタルヘルスケアが社会の当たり前に医薬品の安定供給・品質の確保帯状疱疹ワクチンの円滑な接種地域包括ケアシステムの推進難聴に悩む高齢者等に対する支援介護人材の確保各項目とも詳細な説明があるものの、中身は定性的なものがほとんどで、ですます調の官僚文書を読んでいるかのような印象がある。この中で私自身が注目したのは「難聴に悩む高齢者等に対する支援」。これも昨今、盛んに言及されるようになったことだが、認知症のリスクファクターの1つに難聴が指摘され、早期の補聴器使用が軽度認知障害への進行速度を低下させるなどの報告もある。公明党はこの政策の中で、「加齢による聴力低下を早期に発見し、適切な支援につなげるため、身近なところで聴力チェックが受けられる体制」「難聴に悩む高齢者が医師や言語聴覚士などの助言のもとで、自分にあった聴覚補助機器等を使用する体制」の整備と必要な財政的な支援も検討することを掲げた。認知症に関連した難聴対策の必要性は専門医も訴え始めており、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は「加齢性難聴・聴こえ8030運動」を展開している。実は同学会には補聴器相談医という制度も設けて啓蒙に努めているが、まだ広がりは見せていない。その意味で公明党のこの政策はかなり着眼点が良いとは言える。しかし、2021年の衆院選の政策比較で掲げた新型コロナウイルス感染症後遺症対策の時も触れたが、現金・現物給付以外は本気度が低いという同党の傾向が玉にきずである。国民民主党(6位:7議席)東京都知事の小池 百合子氏が国政進出を狙って2017年に希望の党を設立した際、旧民主党の後継政党・旧民進党がこれに合流を宣言したことは、まだ記憶にある人は多いだろう。結局、希望の党は国政でまともに議席を確保できず、合流組の一部が後に希望の党から分党して国民党を創設した。これが旧民進党残留組と合併して設立したのが第一次の国民民主党である。ただ、現在の国民民主党は、第一次国民民主党が2020年に立憲民主党との合併を決めた際に、不参加だった者たちで構成される第二次の国民民主党である。公示前議席数では第6位だが、報道に基づく終盤の情勢調査では3倍以上に議席を積み増す可能性が指摘されている。エネルギーや安全保障に関する政策がより保守色、言い換えれば現実路線に近いことが有権者から受けがよい理由なのだろう。さて今回の同党の政策パンフレット2024では『手取りを増やす』と何ともシンプルなメッセージの下に政策柱4つを掲げる。この4つのうち筆頭に来るのが「給与・年金が上がる経済を実現」で、ここでは“社会保険料の軽減”を主張し、負担能力に応じた窓口負担、公費投入増による後期高齢者医療制度に関する現役世代の負担軽減を明示している。前者は現在、財政制度審議会や社会保障制度審議会で議論が続けられている高齢者での負担増、後者は同制度での現役世代が加入する健保組合からの拠出金を指しているのは明らかだ。日本維新の会なども主張しているのと同様の、いわば現役世代向け政策の典型である。もっとも高齢者での負担増と後期高齢者制度への公費投入はおそらく連動しているのだろう。マニフェストの細部では「年齢ではなく能力に応じた負担」として後期高齢者の自己負担を原則2割、現役並みの所得者は3割とし、その際には金融所得・金融資産も反映させるとしている。また、富裕層の保有資産への課税も検討すると記述している。つまり真の公費投入額は、「拠出金―自己負担増分―富裕層資産課税」以内で収まるという制度設計のようだ。失礼ながら、この辺は日本共産党が同制度への1兆円の公費投入を唱えつつ、高齢者負担増阻止も主張する“冷暖房同時稼働”のような経済・財政オンチぶりとは異なる。柱の3番手「人づくりこそ、国づくり」では「ひとり一人に寄り添うダブルケアラー対策、ビジネスケアラー対策」「尊厳死の法制化を含めた終末期医療の見直し」が記述されている。ここで出てくる「ダブルケアラー」とは育児、介護の両方に取り組む人、「ビジネスケアラー」は主に働きながら高齢の親の介護に取り組む人のことである。少子高齢化が進展する社会では、極めて重要な視点で、ほかの政党にはない着眼点である。同党はまずは実態調査、そのうえで「ダブルケアラー支援法」の制定を訴えている。もっとも「尊厳死の法制化」については、わからないわけではないが、極めて多様な死生観なども関わる問題だけにサラッと書いてしまうのはやや軽すぎるとも感じてしまう。そしてより細部の政策では以下のようなものも掲げている。保険給付範囲の見直しヘルスリテラシー教育の推進セルフメディケーションの推進中間年薬価改定の廃止予防医療・リハビリテーションの充実医療提供体制の充実地域医療のあり方の見直し・日本版GP制度の創設地域における患者アクセスの確保と医療経営の安定強化医療DXの推進による保険医療勤務医の働き方改革介護サービス・認知症対策の充実介護研修費用補助介護福祉士国家試験に母国語併記ケアマネジャー更新研修の廃止、負担軽減これらを概観すると、とくに薬剤関係ではかなり玄人はだしである。たとえば、保険給付範囲の見直しやセルフメディケーション推進ではOTC類似薬の保険外し、医療提供体制の充実では日本版CPCF(Community Pharmacy Contractual Framework、薬剤師の権限が大きいイギリスの薬局制度)、地域における患者アクセスでは地域フォーミュラリの導入推進、そして中間年薬価改定の廃止を唱える。また、4大柱の2番目『自分の国は自分で守る』では経済安全保障の観点からジェネリック医薬品安定供給や今春に一部緩和された薬価の再算定時の共連れルール(再算定対象の医薬品の類似薬も同時に薬価を引き下げるルール)の廃止まで言及している。ざっと同党所属国会議員を見回してみても、これらの政策理論を唱えそうな人物は見当たらない。誰がこの政策立案の頭脳を担っているのかは、個人的に興味津々である。さらに日本版GP(General Practitioner)制度の創設では「診療報酬の包括支払制度や人頭払制度等について検討」と、日本医師会が最も毛嫌いしそうな政策まで言及している。社民党(8位:1議席)社民党の源流組織である1945年創設の旧日本社会党は、1947年に衆院の第1党となり政権を奪取するも1年余りで下野したが、1993年の第40回衆院選までは野党第1党であり続けた。しかし、その後継組織である社民党は現有1議席にまで凋落した。個人的には時代はここまで変わったのかと改めて思ってしまう。さて同党のマニフェスト(余談ながらリンク先のページは異常に重い)『日本を立て直す 社民党6つのプラン』というキャッチフレーズを掲げているが、その中の「02 税金はくらしに!軍事費増税NO!」で以下のような記述がある。高齢者が安心して暮らせる年金を受給できるようにしていきます。また、75歳以上の後期高齢者医療費負担を1割に戻し、高齢者の健康を守ります。訪問介護の報酬減額をやめさせます。介護制度の立て直しは急務です。医療・介護・保育などケア労働者を支援します。病床削減、公立・公的病院の統廃合に反対し、地域医療を守ります。マイナ保険証強要に反対し、現行の健康保険証を残します。保険証や運転免許証などとのマイナンバーカード一体化・国による管理強化に反対します。さて、もうこれらについては他党の政策に対する吟味の際に言ってきたことだが、一番目の負担増に関して改めて言及しておく。現在日本での租税負担率と社会保障負担率を合計した国民負担率は2023年度実績値で46.1%。欧米先進国と比べて低いほうなのだが、欧米はおおむね日本よりも所得が高く、結果として日本の世帯当たりの可処分所得は低めである。この状況で増加し続ける高齢者への医療・介護給付を少子化で減る現役世代からの税収で現状通り継続することが“無理ゲー”である。いずれにせよこの先は(1)現役層の負担率引き上げ(2)給付水準の引き下げ(3)現役層以外の負担率引き上げを適度に組み合わせながら行っていくしかない。社民党の今回の主張は後期高齢者医療制度での負担率引き下げを謳っている以上、(3)の選択肢は端からないことは明らかだ。また、後段で訪問介護の基本報酬減額に反対姿勢を示していることやこれまでの同党の主張からは(2)も選択肢にはないだろう。ということは残るは(1)となるが、たぶんこれも彼らの念頭にはない。となると、どこに財源を見いだそうとしているかだが、前述の政策一覧を見ればわかることだが、増加する国防費の削減や年々増加する企業の内部留保への課税を主張しており、社民党はこの辺を財源として考えているのだろう。毎度お馴染みという感じだが、これで中長期的に解決がつくとは到底思えない。公立・公的病院の統廃合とマイナ保険証への反対については、前回、日本共産党、れいわ新撰組の政策で述べたとおりだ。さて長々となってしまったが、週明けにはもしかしたら世の中が一変してしまうのだろうか?

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最近、疲れやすいんです…【漢方カンファレンス】第11回

最近、疲れやすいんです…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】50代男性主訴易疲労感、腰痛既往気管支喘息病歴1年前から易疲労感を自覚するようになった。仕事はできているが、疲れがなかなか抜けず休日はゴロゴロしている。また腰痛が悪化したこともあり趣味のゴルフがしばらくできていない。これまで健康診断や人間ドックで異常を指摘されたことはない。妻に漢方治療を勧められて受診した。現症身長174cm、体重64kg(BMI 22kg/m2)。体温36.2℃、血圧120/56mmHg、脈拍56回/分 整、呼吸数16回/分。身体所見に特記すべき異常はない。経過初診時「???」3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1ヵ月後調子は変わらない。2ヵ月後なんとなく調子がよい。夜間尿の回数が減った。3ヵ月後久しぶりにゴルフができた。6ヵ月後腰痛が軽減している。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?最近、寒がりになりました。下肢が冷えます。下肢はどこが冷えますか?とくに膝から下が冷えます。入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?入浴時間は長いです。冷房は好きです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?よくのどは渇きます。冷たい物をよく飲みます。1日およそ1.0L程度です。<ほかの随伴症状を確認>食欲はありますか?胃は弱くないですか?食欲はあります。胃は丈夫です。倦怠感はありますか?昼食後に眠くなりませんか?横になりたいほどきついですか?朝は調子が悪いですか?疲れやすいですが、いつも横になりたいほどではありません。昼食後に眠くなることはありません。朝は比較的調子がよいです。尿は1日に何回出ますか?夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか?汗はよくかきますか?尿は1日7~8回で、夜間尿2~3回です。便秘・下痢はありません。汗はよくかきます。よく眠れますか?よく眠れますが、尿のために起きることが最近増えました。腰痛について教えてください。夜間安静時に痛みはありますか?入浴で温まると楽になりますか?動かすとベルトのあたりが痛みます。夜間に痛むことはありません。温まると痛みは軽減します。下肢はむくみますか?靴下の痕はつきませんか?はっきりむくむことはありませんが、夕方には靴下の痕がついています。ほかに気になるところはありませんか?最近、老眼が進んだ気がします。【診察】顔色は普通。脈診ではやや沈、強弱中間脈。また、舌は暗赤色、乾燥した白苔が中等量、舌下静脈の怒張あり、腹診では腹力は中等度、心窩部に抵抗あり。下腹部の腹力の低下あり。四肢末端に明らかな冷えはない。カンファレンス今回は50代前半男性の易疲労感、腰痛が主訴の症例ですね。寒がりになった、下肢、とくに膝下が冷える、入浴時間は長い、などから陰証が示唆されます。しかし触診では冷えを認めない、冷房が好き、横になりたいほどの倦怠感はないということからと強い冷えはないようです。そうだね。少なくとも少陰病でみられるような全身の冷え、倦怠感はないね。ただし、寒がりや下肢の冷えのほか、腰痛が入浴で温まると改善するということは、冷えの関与が考えられるね。入浴で痛みが軽減するかどうかも有用な情報になるのですね。少陰病ほど強い冷えはないとすると太陰病ですね。冷えの程度が軽いことから太陰病が考えやすいですね。虚実はどうでしょう?脈は強弱中間、腹力は中等度であることから虚実間と考えられます。そうですね。では漢方診療のポイント(3)の気血水の異常を考えましょう。疲れやすいというものの、食欲があって、昼食後の眠気はないということで気虚ということではなさそうです。朝調子が悪いという気欝の特徴もありません。血の異常(瘀血)では、舌暗赤色、舌下静脈の怒張でしょうか。倦怠感の漢方医学的鑑別が上手になりましたね。あとは、浮腫はないけれども下肢に靴下の痕がつくということを軽度の水毒(第9回「今回のポイント」の項参照)と考えてもよいでしょう。排尿異常も水毒とみなしますので、夜間頻尿も水毒と考えます。本症例では、易疲労感に加えて、瘀血や水毒の異常があるということですね。そのほかには、夜間頻尿、腰痛、老眼と現代医学的には複数の科に渡る症状が並んでいます。これらはすべて加齢に伴ってよく出現するものだと思うのですが…。漢方では加齢に伴って出現する症状をまとめて、加齢とともに腎の機能が衰えてくる「腎虚」(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)と考えて治療をするよ。そうすると本症例の夜間頻尿、下肢の冷え、腰痛、老眼などが一連の症状として考えることができますね。また、本症例の腹部の診察で、上腹部と比べて、下腹部の抵抗が弱いことを小腹不仁(しょうふくふじん)とよびます(写真)。これは腎虚を示唆する腹部の所見です。それでは本症例をまとめましょう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、下肢(とくに膝下)が冷える、長湯できる、冷房が好き、冷水を好む、横になりたいほどの倦怠感はない脈:やや沈→陰証(太陰病)(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度→虚実間(3)気血水の異常を考える疲れやすい→気虚?舌暗赤色、舌下静脈の怒張→瘀血下肢浮腫、夜間頻尿→水毒浮腫、夜間頻尿、腰痛、老眼→腎虚(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む下肢の冷え、小腹不仁解答・解説【解答】以上から本症例は、腎虚に対して用いる八味地黄丸(はちみじおうがん)を用いて治療しました。【解説】腎虚に対する治療薬が八味地黄丸です。もとの古典を参考に八味丸という名前で丸剤として製造するメーカーもあります。主に下半身の症状が多く、冷えはとくに膝下が冷えることが特徴です。腰痛、下肢痛、下肢のしびれなどのほか、排尿異常(とくに夜間頻尿)、下肢浮腫などが代表的な症状で、視力障害、聴力障害、精力減退なども含まれます。もちろん加齢に伴う症状ですから内服によりすべての症状が改善するとはいえませんが、じっくりと内服することで症状が軽減していくことはよく経験します。構成生薬では、地黄(じおう)、山茱萸(さんしゅゆ)、山薬(さんやく)が体を栄養・滋潤する作用があるとされ、そのほか利水作用のある沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、駆瘀血作用のある牡丹皮(ぼたんぴ)に加え、体を温める附子(ぶし)などが含まれます。八味地黄丸は太陰病の虚証に適応となる漢方薬ですが、虚証の程度は軽く、虚実間からやや実証まで、幅広く適応になります。そのためひどく虚弱で胃が弱い人ではしばしば胃もたれすることがあるので注意が必要です。そのため食前ではなくあえて食後に内服する、あるいは減量して用いる場合もあります。八味地黄丸に牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)が加わったものが牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)で浮腫が強い、しびれが強いなどの場合に用います。また、腎虚はあるものの冷えが目立たない症例では桂皮(けいひ)と附子を除いた六味丸(ろくみがん)という漢方薬もあります。八味地黄丸が適応となるのは、高齢者でも倦怠感や腰痛などのひどい症状があって困っている状態や施設で寝たきりの高齢者よりも、元気に外来通院してくる人というイメージです。また、内服して短期間に効果を実感できることは少なく、数ヵ月間じっくりと内服して、少しずつ症状が改善していくことが多いため、注意深く効果判定する必要があります。そのため効果判定として、夜間尿は回数として客観的に評価できるのでお勧めです。今回のポイント「腎虚」の解説生命活動を営む根源的エネルギーである気は「先天の気」と「後天の気」に分けられます。生まれた後は、呼吸や消化によって後天の気を取り入れることができます。一方、先天の気は、生まれながらの生命力というべきもので、「腎は先天の気を主(つかさど)る」といわれ、漢方医学的な腎に宿ります。腎は成長、発育、生殖能などと関連し、腎の働きは年齢とともに弱くなります。腎の機能が衰えてくることを腎虚といい、加齢に伴って出現する排尿異常、下半身の冷えや痛み、聴力障害、視覚障害、精力減退などをまとめて腎虚による症状と考えることができます。

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食欲不振には六君子湯?【漢方カンファレンス】第10回

食欲不振には六君子湯?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】80代男性主訴食欲不振既往慢性腎不全、前立腺肥大症病歴X-1年5月、胃がんで腹腔鏡下幽門側胃切除術を施行した。術後から食欲不振があり体重が減少した。吻合部狭窄などの合併症はない。7月と12月に食欲不振と脱水症で入院加療を行った。X年1月、当科を紹介受診した。現症身長172cm、体重48kg(BMI 16.2kg/m2、術前と比べ-20kg)。体温35.6℃、血圧92/62mmHg、脈拍67回/分 整、呼吸数20回/分。身体所見に特記すべき異常はない。経過初診時「???」3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1週間後漢方薬を内服してから、よく眠れるようになった。3週間後「少し元気が出てきた感じ、食べるご飯の量が増えた」2ヵ月後毎日形のある便が出るようになった。体重:50kg(+2kg)。3ヵ月後食事がおいしくなった。5ヵ月後疲れにくくなった。散歩ができるようになった。体重:52kg(+2kg)。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?寒がりです。お腹と腰周りが冷えます。入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?お風呂は長風呂です。冷房は嫌いです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?温かいお茶を好んで飲んでいます。のどは渇かず、1日1.0L程度です。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?すぐに疲れてしまいますが、横になりたいほどではありません。食欲はありますか?胃の調子はどうですか?食事が美味しくなく、無理して少しだけ食べています。胃もたれもします。昼食後に眠くなりませんか?昼ご飯を食べた後は眠くなって昼寝をすることが多いです。尿は1日に何回出ますか? 夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか? 便の臭いは強いですか?尿は1日6~7回で、夜間尿は2~3回出ます。便は2日に1回で、軟便です。便の臭いは強くありません。唾液が多くありませんか?唾液が口のなかにすぐにたまります。夜も寝ていてよだれが垂れることがあります。【診察】顔色はやや不良。脈診では沈、やや弱であった。また、舌は薄い舌苔が中等量あり、腹診では腹力は軟弱、心窩部に抵抗と冷感を認めた。四肢に冷え、浮腫は認めない。カンファレンス今回は、胃がん術後から続く食欲不振のため漢方治療目的で紹介になった症例ですね。問診では、寒がり、冷えの自覚がある、長風呂で温かい飲み物を好むなどから、冷えがある「陰証」です。さらに脈が沈でやや弱、腹力も軟弱ということから闘病反応が乏しい「虚証」と考えます。ここまでの「陰陽」・「虚実」の判断はよいですね。胃がん術後により「陰証・虚証」になり、冷えや倦怠感が生じたと考えてよさそうですね。では六病位ではどうですか?陰証であることはわかりますが、六病位は判断が難しいですね。陰証はなかなかクリアカットに病位を特定できない場合も多いよ。ここでは陰証で太陰病から少陰病くらいであるとおおまかに考えよう。次の気血水の異常を考えてみると漢方薬の選択のヒントになるよ。本症例では食欲不振や倦怠感などといった自覚症状が問題だね。活気がある、やる気があるという言葉のように、漢方では目に見えない生体エネルギーを「気」とよぶんだ。「気」が量的に不足した病態を「気虚」とよぶよ(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。本症例は倦怠感や食欲不振に加えて、「昼食後に眠くなって昼寝をする」ことから気虚と考えてよさそうですね。本症例では気虚が目立ちますね。ただし、陰証で冷えがあることも大切なポイントです。食欲不振に対して頻用される六君子湯(りっくんしとう)も気虚に用いる漢方薬ですが、温める作用はありません。「食欲不振や胃腸疾患に六君子湯ばかり用いれば、失敗は少ないが漢方臨床の技量が上達しにくい」と教わりました。六病位に話を戻そう。太陰病は、腹部を中心に冷えがあり消化器症状が目立つこと、少陰病は、全身に冷えがあり、横になりたいほどの倦怠感が特徴だよ。今回の症例では、疲れやすいという訴えはあるものの、横になりたいほどの倦怠感はなく、冷えが腹部に限局していることから、少陰病までは至ってないと推測したよ。ただし、実際の臨床では、陰証では病位の判断が難しいことが多く、冷えや倦怠感の程度で患者の反応をみながら、漢方薬の調整を行うことが多いんだ。冷えの程度に応じた漢方薬のさじ加減も漢方治療の特徴ですね。興味深いです。最後に唾液に関して質問しているのはなぜですか?唾液が多いことは、体の水分バランスの異常である水毒(すいどく、第9回「今回のポイント」の項参照)により生じると考えることができます。また、水毒以外にも内臓の冷えが原因で唾液が増加する場合があります。ここでも冷えが関連するのですね!それでは本症例をまとめます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、冷えの自覚、疲れやすい温かい飲み物を好む脈:沈→陰証(太陰病~少陰病)(2)虚実はどうか脈:やや弱、腹力:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える食欲不振、疲れやすい→気虚軟便、(唾液が多い)→水毒?(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む食欲不振、胃もたれ、心窩部の冷感、唾液が多い解答・解説【解答】以上から本症例は、人参湯(にんじんとう)を用いて治療しました。【解説】人参湯は人参(にんじん)・乾姜(かんきょう)・甘草(かんぞう)・白朮(びゃくじゅつ)で構成される漢方薬です。人参・甘草・白朮に茯苓(ぶくりょう)が加わると気虚の基本である四君子湯(しくんしとう)になります。人参湯は、乾姜(ショウガを蒸して乾燥させたもの)で内臓を中心に温め、気を補う作用をもった漢方薬になります。人参湯は六病位では太陰病、気血水の異常では気虚に対する漢方薬です。人参湯証の特徴的な腹部所見(図)に、心窩部が自覚的につかえた感じがある、あるいは押すと痛みや抵抗を伴う場合があり、これを心下痞鞕(しんかひこう)とよびます。また、腹部の触診で他部位と比べ、心窩部に冷感が伴うこともあります。さらに、人参湯証には、気虚による食欲不振、倦怠感などに加え、内臓の冷えから生じる胸やけ、胃もたれ、下痢などの消化器症状や唾液が多いなどがみられます。人参湯は切れ味が鋭く使用に習熟すべき漢方薬で、気虚に加え、冷えを伴う場合には六君子湯でなく人参湯を用いるべきです。さらに冷えが強い場合には、附子(ぶし)を加えます。人参湯に附子を加えた処方を附子理中湯(ぶしりちゅうとう)とよびます。人参湯は、気虚に対して鑑別すべき漢方薬(表1)です。本症例でも、人参湯を示唆する腹診所見である心下痞鞕と心窩部の冷感を認めています。ほかに陰証で倦怠感がある場合に用いる漢方薬には、真武湯があります(第2回参照)。真武湯は少陰病・水毒に用いる漢方薬です。ほかの鑑別点として、人参湯は尿量が保たれる傾向(尿自利[にょうじり])があり、真武湯では尿量が少ない傾向(尿不利[にょうふり]、第9回参照)があります。どちらも重要な陰証の漢方薬なので、比較しながら覚えておきましょう(表2)。真武湯の倦怠感は気虚でなく少陰病であること、冷えて水が貯留する状態(水毒)によって生じると考えるとよいでしょう。さらに冷えと倦怠感が強い場合には、第7回に登場した茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)(エキス剤では人参湯+真武湯で代用)を用います。また、茯苓四逆湯を用いるような非常につらい倦怠感を「煩躁(はんそう)」といいます。今回のポイント「気虚」の解説漢方では、患者の陰陽・虚実を把握するとともに、もう1つのパラメーターである「気・血・水の変調」として病気を捉えます。気・血・水は、生命活動を支えるために必要な生体内を循環する要素です。身体を巡る液体成分は血と水ですが、気は目に見えない、形がない、生命活動を営む根源的なエネルギーです。気の異常のなかでも、気の量的な不足、または作用力の不足を気虚といいます。気虚の主な症状としては、倦怠感、疲れやすい、食欲がない、風邪をひきやすいなどが挙げられます。また、食事により少ないエネルギーが消化管に集中してしまうことで生じる「食後の眠気」は気虚に特徴的な症状です。気虚の治療は、弱った胃腸を丈夫にする作用のある漢方薬を使うことが多く、気虚に対する基本となる漢方薬が四君子湯です。四君子湯は、茯苓、人参、白朮、甘草の4つの生薬で構成されます。気虚に頻用する漢方薬には六君子湯や補中益気湯がありますが、温める作用はなく、気虚と冷えがある場合は人参湯の適応です(表1)。

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雨天で悪化する頭痛には…【漢方カンファレンス】第9回

雨天で悪化する頭痛には…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】40代女性主訴頭痛、嘔吐既往片頭痛、慢性副鼻腔炎病歴12月の雨の日、締めつけられるような頭痛が出現した。頭痛は、左側頭部に徐々に出現し拍動性で嘔気を伴った。起立時や水を飲むとすぐに嘔吐してしまう。頭痛はもともとある片頭痛と同じ性状。2日後、頭痛と嘔吐がひどくなり動けなくなったため救急外来を受診した。現症身長158cm、体重54kg(BMI 22kg/m2)。体温36.1℃、意識清明、血圧158/77mmHg、脈拍62回/分 整、呼吸数16回/分。髄膜刺激症候はなし。神経学的所見を含めて身体所見に特記すべき異常はない。頭部CTで明らかな異常なし。経過受診時「???」エキス2包 分1を内服。(解答は本ページ下部をチェック!)30分後頭痛と嘔気が少し軽減した。45分後歩行しても嘔気がせずトイレにいけるようになった。1時間後頭痛がほぼ消失して帰宅した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?のぼせはありませんか?暑がりです。冷えはありません。少しのぼせます。入浴で長くお湯に浸かるのは好きですか?冷房は好きですか?入浴は短いです。冷房は好きです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?最近のどが渇いて、冷たい飲み物をよく飲みます。1日1.5L程度です。<頭痛の誘因を確認>頭痛はどのようなときに起こりやすいですか?雨降りと頭痛は関係がありますか?頭痛と月経周期に関連はありますか?雨降り前に多い気がします。月経とは関係がありません。雨降り前や台風接近時など体調が悪くなりませんか?体が重だるかったり、頭痛がするので雨の日は嫌いです。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?倦怠感はありません。普段は食欲はありますか?食欲はあります。尿は1日に何回でますか?夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか?最近、尿回数が少なくて1日4~5回でした。夜間尿はありません。便は毎日出ます。下痢もありません。月経は順調ですか?月経痛はひどいですか?月経は定期的で月経痛は軽いです。足はむくみやすいですか?めまいや立ちくらみはありませんか?足が夕方になるとむくみます。めまいはしません。乗り物酔いしやすいですか?水を飲むとお腹でチャプンと音がしませんか?乗り物酔いしやすいです。水を飲むとみぞおちでチャプチャプ音がすることがあります。【診察】顔色はやや紅潮、脈診ではやや浮、強弱中間であった。舌は、暗赤色で腫れぼったく(腫大[しゅだい])、舌辺縁部に歯痕(しこん)を認め、湿潤した白舌苔が付着しており、舌下静脈の怒張を認めた。腹診では腹力は中等度、心窩部をスナップをきかせて指で叩くとチャプチャプとした音(振水音)を認めた。触診では四肢に明らかな冷えはなく、皮膚はしっとりと汗ばんでいた。カンファレンス今回は、救急外来を受診した頭痛の症例ですね。現代医学的には、一次性頭痛を片頭痛、筋緊張性頭痛、群発頭痛と鑑別しますね。漢方医学的にも頭痛の要因はさまざまだよ。風邪のひき始めに相当する太陽病では、悪寒・発熱に加えて、頭痛が特徴だね。そのため葛根湯(かっこんとう)は肩こりを伴う筋緊張性頭痛に用いることもあるよ。今回も、陰陽、六病位から考えて気血水のどのパラメーターに異常があるか考えていこう。問診では、暑がり、入浴は短い、冷たい飲み物を好む、倦怠感はないなどから、「陽証」です。さらに脈がやや浮で強弱中間、腹力も中等度であることから「虚実間」ですね。陽証・虚実間でよさそうですね。六病位ではどうでしょう? 陽証は、太陽病・少陽病・陽明病に分類できました。太陽病の特徴である悪寒や発熱はありません。陽明病の特徴である腹満、便秘もみられないので少陽病(第6回「今回のポイント」の項参照)です。よいですね。それでは気血水の異常はどうでしょう?今回は気血水のうち、「水」の異常ではないですか!? 「水」と関連がありそうな所見として、下肢浮腫があります。また、心窩部がチャポチャポする所見や、問診で頭痛が雨降り前に悪化するというところが気になります。現代医学ではあまり注目しないですが…。本症例では「雨降り前に増悪する傾向のある頭痛」が特徴ですね。頭痛のガイドラインでも、片頭痛の誘因として天候の変化や温度差があげられています1)。漢方では雨や低気圧で悪化する症状は水毒(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)です。頭痛やめまいの患者さんに天気との関係を質問すると雨天と関係があるという人がよくいますよ。いままで天気との関係は気にしていませんでした。漢方では症状出現の誘因や様式を考慮することが大切です。一般的に寒くなると悪化する、気温が低くなる明け方に出現するといえば、寒(冷え)の存在を考えます。また、夜間安静時に決まった場所が痛くなる場合は瘀血と考えられます。気の異常は次回勉強しますが、朝がとくに調子が悪い、発作性に症状が出現するなどの特徴があります。面白いですね。これから注意して問診しようと思います。症例に戻りますが、乗り物酔いしやすいことも水毒ですか?乗り物酔いも水毒です。また、水分を飲むわりに尿量や尿回数が少ないことを尿不利(にょうふり)といいます。本症例でも飲水量はおよそ1.5L/日であるのに、尿回数4~5回/日と少なめです。おおよそ1日の尿回数が4~5回以下であれば尿不利を考えるとよいでしょう。排尿に関して、尿量が減少している場合も、多尿であってもどちらも水毒の所見になります。本症例をまとめましょう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?暑がり、入浴は短い、倦怠感なし冷たい飲み物を好む脈:やや浮→陽証(少陽病)(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度→虚実間(3)気血水の異常を考える舌暗赤色、舌下静脈の怒張→瘀血舌の腫大・歯痕、振水音乗り物酔いしやすい下肢浮腫→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む雨降り前に悪化する頭痛、口渇、自然発汗の傾向、尿不利解答・解説【解答】以上から本症例は、五苓散(ごれいさん)を用いて治療しました。【解説】水毒に対する治療薬を利水剤(りすいざい)といいます。五苓散は最も代表的な利水剤です。五苓散は、桂皮(けいひ)・茯苓(ぶくりょう)・沢瀉(たくしゃ)・猪苓(ちょれい)・朮(じゅつ)の5つの生薬で構成され、このうち桂皮以外は水分代謝を調整する作用がある生薬です。五苓散の3徴として「口渇・自汗(自然発汗の傾向)・尿不利」が挙げられます。夏の暑い時期に水分はたくさん摂るものの、むくんでばててしまったような状態に用います。最近では五苓散はウイルス性胃腸炎にも頻用されます。その場合も発熱によりしっとり汗をかき、嘔吐・下痢のため脱水傾向で尿量が減少する、五苓散の3徴が揃いやすい病態です。五苓散は六病位・虚実による分類では、少陽病・虚実間になります。また注目すべきことに、漢方薬の利水剤は、体内に水が貯留した溢水時には利尿作用をもつが、脱水時にはむしろ抗利尿作用をもつとされ、現代医学のフロセミドなどの利尿剤とは異なる特徴をもちます。なお、本症例は急性の症状なので五苓散を2包飲ませているのもポイントです。片頭痛の発作や回転性めまいの急性期などは五苓散を2~3包と一度に多めに飲ませることが治療効果を高めるうえでのポイントとなります。二日酔いも頭痛がしてのどが渇き、むくんで尿量が少なくなる傾向があることから五苓散の適応です。飲み会の前に予防的に飲むか、翌日、二日酔いになったときに多めに飲むとよいでしょう。漢方医の飲み会では誰かが五苓散を持参していることが多いです。今回のポイント「水毒」の解説漢方では生体内を循環する液体のうち赤い色を「血」、無色を「水」と分けて考えます。水の異常は水毒または、水滞とよび、水の代謝異常と考えて、主に水の過剰・停滞・異常分泌に分類します。具体的には浮腫、胸水、腹水、水様性鼻汁、下痢などです。また、現代医学的には水とつながりにくい症状ですが、頭痛、めまい、立ちくらみ、耳鳴り、嘔気は水毒と関連することが多いです。さらにそれらの症状が雨天(とくに雨降り前)や低気圧の接近により悪化する場合は、水毒による症状だと考えられます。また水毒を示唆する他覚所見を紹介します。舌を観察すると、舌が大きく腫れぼったくなり、舌の幅が口角内に収まりにくいような状態を腫大といいます。また、舌辺縁部に歯による圧迫痕がある場合を歯痕といいます(写真左)。腹部診察では、心窩部(漢方では心下[しんか]という)をスナップをきかせて叩くと、チャポチャポ音がすることを振水音といいます(写真右)。また診察時に振水音がなくても、「水を飲むとチャポチャポ音がしませんか?」と問診で振水音を確認することもあります。参考文献1)日本神経学会・日本頭痛学会・日本神経治療学会 監修. 頭痛の診療ガイドライン2021. 医学書院. 2021:p.104-106.

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芍薬甘草湯が効かないこむら返り【漢方カンファレンス】第8回

芍薬甘草湯が効かないこむら返り以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】70代男性主訴こむら返り、大腿の筋肉痛既往高血圧、糖尿病で内服治療生活歴喫煙(-)、飲酒(+)、散歩と体操を毎日行っている。病歴数年前から夜間を中心にこむら返りがある。ほぼ毎晩、寝返りを契機に両下腿に起こる。前医で芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の処方を受けたが無効。普段から腰痛や大腿の筋肉痛がある。X年6月に受診した。現症身長159cm、体重61kg(BMI 24kg/m2)。体温36.2℃、血圧142/96mmHg、脈拍70回/分 整、呼吸数20回/分。身体所見では大腿神経進展テストで両側大腿四頭筋の短縮を認めた。経過初診時「???」3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)2週間後こむら返りの回数が減った。1ヵ月後こむら返りがなくなった。4ヵ月後大腿の筋肉痛が軽減して、以前よりよく歩けるようになった。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?のぼせはありませんか?暑がりで冷えはありません。のぼせることはありませんが、赤ら顔だとよくいわれます。こむら返りはいつ起こりやすいですか?夜間や明け方に多いです。どんな日に多いですか?寒い日や雨天に多くないですか?天候は関係ありません。よく運動した日に多いです。入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?入浴は短いほうです。冷房は好きです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?温かい物、冷たい物どちらも飲みます。のどは渇きません。飲水は1日1.0L程度です。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?倦怠感はなく、毎日散歩をしています。食欲はありますか?食欲はあります。尿は1日に何回出ますか?夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか?尿は6~7回で、夜間尿は1回くらいです。便はほぼ毎日出ます。抜け毛が多くないですか?皮膚が乾燥しやすいですか?目が疲れやすくないですか?足はむくみやすいですか?抜け毛は多くありません。乾燥肌です。目はすぐに疲れます。足のむくみはありません。ほかに困っている症状はありますか?足の筋肉、とくに太ももがいつもこわばっているような感じで痛みがあります。また、腰痛があります。【診察】顔色はやや赤ら顔。脈診では浮沈間、強弱中間であった。また、舌は暗赤色、舌下静脈の怒張があり、乾燥した白色の舌苔が、軽度付着していた。腹診では腹力は中等度、腹直筋の緊張を認めた。触診では四肢に明らかな冷えはなく、皮膚は乾燥傾向であった。カンファレンスこむら返りには芍薬甘草湯が有名ですね。しかし今回の症例では芍薬甘草湯が無効です…。そういう場面でこそ漢方医の腕の見せどころだね!芍薬甘草湯の服用方法が気になります。まれに芍薬甘草湯が3包 分3で処方されていることをみかけます。芍薬甘草湯は甘草(かんぞう)が多く含まれる(3包中6.0g)ことから、偽アルドステロン症のリスクが高いですね。副作用の恐れから芍薬甘草湯の使用は1包 分1で頓服にとどめておくのが無難です。たしかに自分の診療でも「よく効いたので芍薬甘草湯が欲しい」と希望されることが多いのですが、偽アルドステロン症のリスクが気になってしまいます。そのようなケースではほかの漢方薬を予防薬として用いて芍薬甘草湯の使用量が減らせるとよいね。こむら返りは現代医学的には有痛性の筋けいれんですが、漢方ではどのように考えたらよいか、漢方診療のポイントの順にみていきましょう。問診では、暑がり、長風呂はしない、冷たい飲み物を好む、強い倦怠感はないなどから、「陽証」です。陰証を示唆する所見は乏しいため、陽証でよいですね。六病位ではどうでしょう?太陽病(悪寒・発熱など。第4回「今回のポイント」の項参照)や陽明病(腹満・便秘など)を示唆する所見はないので少陽病(第6回「今回のポイント」の項参照)です。いいですね!慢性疾患で明らかな冷えがなければ少陽病といわれます。では虚実はどうですか?脈の反発力は中等度、腹力も中等度であることから「虚実間」です。気血水の異常はどうでしょう?浮腫はなくて、雨天で悪化することもないので、水毒は目立ちません。血に関しては、男性なので月経は関係ないし…。本症例からは元気な高齢者のイメージが浮かびますね。先生の言うように水毒はなさそうです。瘀血に関しては、男性の場合、舌下静脈の怒張、歯肉の暗赤、臍周囲の圧痛などで判断します。また、痔の既往をたずねることも有用です。本症例では舌色が暗赤色で舌下静脈の怒張もあるので、瘀血はあると考えてよいでしょう。漢方ではこむら返りを、筋の働きが弱くなって起こると考えて、生体内の赤い液体「血」が量的に不足した病態(血虚)で起こるとまず考えるよ(血虚については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。芍薬甘草湯も血虚を改善する漢方薬に分類されることもあるんだ。ほかの血虚の症状をたずねるために皮膚の乾燥、脱毛、目の疲れを問診で確認しているのですね! 本症例では、こむら返り以外にも皮膚の乾燥や目が疲れやすいといった症状があります。そうですね。本症例では陰陽は陽証、気血水では血虚や瘀血が主体の病態といえますね。本症例をまとめましょう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?暑がり、長風呂できない、倦怠感なし、冷房、冷たい飲み物を好む脈:浮沈間→少陽病(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度→虚実間(3)気血水の異常を考える舌の暗赤色、舌下静脈の怒張→瘀血こむら返り、皮膚が乾燥、目が疲れる→血虚(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む大腿のこわばりと筋肉痛、腰痛解答・解説【解答】本症例は、血虚で痛みを伴う場合に用いる疎経活血湯(そけいかっけつとう)で治療しました。【解説】血虚に対する基本処方は四物湯(しもつとう)です。四物湯は、当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、芍薬(しゃくやく)、地黄(じおう)で構成されます。こむら返りを含む血虚の症状に対して、四物湯そのもので治療することもありますが、四物湯を含む漢方薬をその他の症状、徴候に応じて使い分けます。疎経活血湯は四物湯の4つの生薬に加えて駆瘀血作用、利水作用、鎮痛作用のある生薬が加わった構成です。疎経活血湯は、足腰が痛いとか筋肉痛があるときに用います。痛みは左優位であることが多く、疎経活血湯の典型例では、診察時に左右の肋骨や大腿を押すと、左側の方が痛いといいます。また、痩せ気味、赤ら顔といった特徴があるとされます。腰痛、坐骨神経痛、変形性膝関節症などの慢性の痛みを生じる疾患に対して用いる漢方薬です。さらに、当科では芍薬甘草湯が無効のこむら返りに対する疎経活血湯の有用性を報告1,2)しており、こむら返りの予防薬として用いることもあります。登山で考えると、芍薬甘草湯は即効性があるため、山登り中にこむら返りが起こったら芍薬甘草湯、山登り前の予防薬として疎経活血湯といった感じで活用するとよいですね。今回のポイント「血虚」の解説漢方では生体内を循環する赤い液体を「血」といい、血液およびその働きを含めた概念と考えます。血は生体の物質的側面を支えるとされています。血が量的に不足した病態が「血虚」です。血虚では、こむら返りのほか、皮膚の乾燥、赤ぎれ、眼精疲労、集中力の低下、脱毛が多い、爪が割れやすい、過少月経などの症状が出現します。また血虚の原因として、成長に見合った血の生成ができない、消耗性疾患や出血で血の消費が増大する、薬剤、放射線などにより血の生成が障害されるなどがあげられます。よい例として、悪性腫瘍における化学・放射線治療中の状態があがります。脱毛、皮膚の枯燥、爪が割れる、しびれ感などが出現することが多く、腫瘍自体とその治療により消耗して血虚に陥りやすいと考えることができます。また血虚は、血の流通障害である瘀血と合併することも多く、瘀血と血虚の治療が同時に必要な場合もあります。参考文献1)田原英一ほか. 日東医誌. 2011;62:660-663.2)土倉潤一郎ほか. 日東医誌. 2017;68:40-46.

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非常につらい倦怠感【漢方カンファレンス】第7回

非常につらい倦怠感以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】70代男性主訴食欲不振既往51歳:胆嚢摘出、70歳:大腸がん手術病歴X年6月、転落による頭部外傷、四肢骨折などの多発外傷で入院加療中で。入院1ヵ月後、腹痛が出現し癒着性腸閉塞と診断された。保存的加療(イレウス管挿入・大建中湯[だいけんちゅうとう]エキスなど)を行ったが再発を繰り返した。入院2ヵ月後に癒着剥離術を施行。術後経過は良好であったが、食欲不振が続き、長期入院のためADLが低下した。入院2ヵ月半後、漢方治療目的に当科に紹介となった。現症身長160cm、体重37.8kg(BMI 14.8kg/m2、入院時と比べて-6kg)。体温35.4℃、血圧105/82mmHg、脈拍66回/分 整、呼吸数16回/分。身体所見では、下肢浮腫が軽度ある以外に特記すべき異常はないが、診察時は車椅子でぐったりした様子でベッドへ移動ができなかった。経過初診時「???」湯(煎じ薬)毎食間を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)3日後きつさは軽くなり、ご飯が食べられるようになった。7日後食事は摂れている。活気が出て、よく話すようになった。2週間後リハビリが進みADLが拡大傾向である。漢方治療を終了した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えの確認>寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?寒がりです。体全体が冷えます。<温冷刺激に対する反応を確認>入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?お風呂は熱いのが好きで長風呂です。冷房は嫌いです。飲み物は温かい飲み物と冷たい飲み物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?温かい湯茶を飲んでいます。のどはそんなに渇かず、1日1L未満です。<ほかの随伴症状を確認>倦怠感はありますか?体全体がだるい感じです。すぐに疲れてしまい、今でも横になりたいです。食べたいという気持ちもリハビリする気力もありません。他に困っている症状はありますか?胸やけ、胃もたれがあります。尿は1日に何回でますか?便秘・下痢はありませんか?便の臭いは強いですか?尿は5~6回くらいです。便は3日に1回で、下痢をします。便の臭いは強くありません。【診察】問診をしても返答が乏しく反応も鈍かった。車椅子で坐位を保つこともつらそうな様子。顔色はやや紅潮。四肢を触診すると冷感が強く、脈診では沈で反発力が非常に弱い脈(脈:沈、極めて弱)であった。また、舌は乾燥した舌苔がわずかで、腹診では腹力は軟弱であった。カンファレンス問診では、寒がり、冷えの自覚がある、温かい飲み物を好む、倦怠感があります。触診でも四肢に強い冷えがあり、「寒」が目立つことから明らかに「陰証」です。さらに脈が沈んで弱く、腹力も軟弱なので、闘病反応が乏しい「虚証」と考えます。今回はあまり「陰陽」・「虚実」の判断は迷わなさそうだね。長期の入院で、体力低下により冷えが生じて、闘病反応が乏しい感じだね。「陰証・虚証」と考えてよさそうだ。少陰病は、冷えが全身に及び、体力が衰えて元気がないのが特徴ですね(第2回参照)。今回の症例は少陰病でしょうか。少陰病は体力が枯渇してきて負け戦の様相を呈する病態だね。少陰病からさらに進行して、極端に体力量が少なくなった状態を「厥陰病(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)」というよ。今回の症例では、車椅子に座っているのもつらい様子、さらに四肢に強い冷えがあり、脈が沈で非常に弱かったことから厥陰病と診断しました。今回の症例は、車椅子に座っているのもきついような、非常につらい倦怠感が特徴だけど、漢方で非常につらがっている症状を何とよぶか覚えているかい?うーん…。ここは重要なポイントですよ! 漢方ではひどくつらがる状態を「煩躁(はんそう)」とよびました。インフルエンザの症例で、強い悪寒があって汗がなく、関節痛がある麻黄湯(まおうとう)を用いるような場合でも、身の置き場もないほどつらがる「煩躁」があれば、大青竜湯(だいせいりゅうとう)(エキス剤では麻黄湯+越婢加朮湯[えっぴかじゅつとう]で代用)が適応になるのでした(第4回参照)。すっかり忘れていました。冬の季節はインフルエンザを診る機会が増えてくるので必ず復習しておきます。太陽病で煩躁があるときは大青竜湯が適応だったね。今回は陰証で煩躁を呈する場合に用いる漢方薬が適応になるよ。慢性疾患で煩躁している場合は、強い冷えを伴うことが多いんだ。それじゃあ本症例をまとめよう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、四肢の冷え、非常につらい倦怠感、下痢の性状(便臭が軽度)、温かい飲み物を好む、脈:沈→陰証(2)虚実はどうか脈:極めて弱、腹力:やや軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える倦怠感→気虚下痢→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む強い冷え、非常につらい倦怠感(煩躁)、脈が沈弱解答・解説【解答】本症例は、厥陰病で煩躁している場合に用いる茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)(エキス剤では真武湯[しんぶとう]+人参湯[にんじんとう]で代用)を用いて治療しました。【解説】茯苓四逆湯は附子(ぶし)・乾姜(かんきょう)・甘草(かんぞう)で構成される四逆湯に茯苓(ぶくりょう)と人参(にんじん)が入ったものです。茯苓・人参・甘草に白朮(びゃくじゅつ)が加わると四君子湯(しくんしとう)になり、生体の根元的エネルギーである気を補う基本の漢方薬です。よって茯苓四逆湯は、四逆湯の体を温めて回復させる作用に加えて、弱った元気を補う作用をもった漢方薬になります。茯苓四逆湯は、陰証で煩躁を認める場合に用いる漢方薬です。エキス製剤では真武湯と人参湯を併用して代用することができます。気を補う作用のある漢方薬を補気剤とよびます。全身倦怠感や食欲不振に対する漢方薬と言えば、六君子湯や補中益気湯がよく知られており、補気剤の仲間です。ただし、六君子湯や補中益気湯の適応は冷えは目立ちません。気虚に冷えを伴う場合は陰証の漢方薬が適応になります。食欲不振があって心窩部に冷感を認める場合には人参湯が適応になります。冷えの程度が強く、非常につらい倦怠感がある場合は茯苓四逆湯を用います。冷えの有無や程度に応じて上手く使い分けができるようになるとよいですね(表)。今回のポイント「厥陰病」の解説厥陰病は寒が主体の病態である陰証の最後のステージです。強い冷えがあり、体力が極端に少なくなり強い脱力感、倦怠感を伴います。そのため「極度の虚寒」ともいわれます。胃腸(裏)の働きも低下していて、食欲不振があります。また下痢がみられる場合は、水様性で、臭いがなく、食べ物が消化されずに形が残ったまま出てくることもあります(完穀下痢[かんこくげり]とよぶ)。生体も土壇場なので、最後のひと踏ん張りということで、強い冷えがあるにもかかわらず、逆に熱っぽかったり、顔が赤かったりすることがあります。ロウソクが消える間際にパッと輝く「灯滅せんとして光を増す」ようなイメージです。これを漢方では「陰極まって陽」、つまり、寒が非常に強くなって、逆に熱症状を呈している状態と考えます。脈は沈んで、反発力が非常に弱い軟弱無力な脈が特徴で、「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような緊張感のない脈」といわれます。厥陰病は急性感染症の場合、ショック状態に陥るような危篤状態です。慢性疾患では、冷えと倦怠感がどちらも強度で極度に疲弊した状態を厥陰病と考えます。厥陰病の治療は、体力を補いながら強力に温める治療を行います。代表的な温める生薬である附子(トリカブトの根を加熱処理して弱毒化したもの)と乾姜(しょうがを蒸して乾燥させたもの)、さらに甘草の3つの生薬から構成される四逆湯(しぎゃくとう)を基本とした漢方薬を用いて治療します。

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こじれた風邪には…【漢方カンファレンス】第6回

こじれた風邪には…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】40代女性主訴咳嗽既往特記事項なし病歴10日前に38.2℃の発熱、咽頭痛、鼻汁、咳嗽が出現した。近医に受診してウイルス性上気道炎の診断で総合感冒薬の処方を受けた。その後も37.5℃前後の発熱が持続して、咳、痰が続き、夜も眠れなくなったため来院した。現症身長167cm、体重56kg。体温37.4℃、血圧120/75mmHg、脈拍70回/分整、呼吸数16回/分、酸素飽和度98%。咽頭発赤あり、扁桃肥大なし、後鼻漏なし、頸部リンパ節腫脹なし、呼吸音異常なし。体熱感あり。胸部X線で肺炎像・胸水なし。経過初診時「???」エキス3包+「???」エキス3包分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1週間後漢方薬を内服してから、よく眠れるようになった。徐々に咳が軽減し、3日後には改善した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えを確認>悪寒や体熱感がありますか?悪寒はなく、熱っぽい感じです。<軽度の悪寒を確認>(患者の首筋を紙であおぎながら)こうして風が吹いてもゾクゾクしませんか?ゾクゾクした感じはありません。<温冷刺激に対する反応を確認>のどは渇きませんか?今、温かい物と冷たい物のどちらが欲しいですか?のどは少し渇いていて、冷たい物が飲みたいです。<ほかの随伴症状を確認>のどの痛みは強いですか?頭痛はありませんか?のどの痛みは強いです。頭痛はありません。痰は多いですか?どのような痰ですか?食欲はどうですか?食べ物の味が変わっていませんか?痰は多くて、ねばっこくて黄色です。口のなかが苦い気がして、食べる量はいつもより少ないです。横になりたいほどの倦怠感はありませんか?横になりたいほどの倦怠感はありません。【診察】顔色は正常で、手足を触診しても冷えはなかった。また、脈診では、浮沈中間で、反発力は中等度(脈:浮沈間、強弱中間)であった。また、後頸部から背部を触診すると、汗を少しかいていた。また、舌をみると舌苔が厚く、腹診では腹力は中等度、両側季助部の抵抗を認めた。カンファレンス今回は、「感染後咳嗽」と診断されるようなこじれた風邪の症例ですね。外来でもしばしば経験します。今回のように肺炎などの合併も考えにくい場合には、現代医学的には対症療法を継続するくらいしか方法はありませんよね。今回の症例は、自他覚所見ともに冷えはなく、倦怠感も強くないので「陰証」とは考えにくいです。体熱感を自覚して冷たい水を好むという点からも「陽証」だと思います。病態の「陰陽」の判断が上手になりましたね。今回は「陽証」でよいですね。さらに陽証のなかでも、悪寒はないので太陽病(第4回「今回のポイント」の項参照)の時期は過ぎていると考えられます。その次は、闘病反応の程度を示す「虚実」の判定を行う必要があります。基本的に「虚実」は、脈診と腹診で反発力をみて判定するとよいよ。本症例では、脈診で、脈と腹の反発力は中等度となっていることから「虚実」は虚実中間くらいと考えてよいね。こじれている風邪や急性期を過ぎた風邪でも、冷えや倦怠感が目立つ場合は、陰証(少陰病[冷えが強く全身に及び、体力が衰えて、元気がないのが特徴]、第2回「今回のポイント」の項、第5回参照)で麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)の適応でないか、まず除外する必要があります。今回のように冷えが明らかでなく、微熱、咳嗽、咽頭痛が中心の場合には、少陽病期(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)であることが多いですね。本症例をまとめます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?悪寒・冷えなし、冷たい飲み物を好む、体熱感あり→熱が主体(陽証)さらに脈:浮沈間、口が苦い、厚い舌苔、胸脇苦満など→少陽病(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度(3)気血水の異常を考える喀痰が多い→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む微熱、湿性咳嗽、強い咽頭痛本症例は、微熱、咳嗽、口が苦い、舌苔が厚い、胸脇苦満など、少陽病の特徴が揃っていますね(今回のポイント「少陽病」の解説参照)。小柴胡湯(しょうさいことう)で治療するとよいでしょうか?小柴胡湯の適応と考えてよいでしょう。しかし、本症例のように咳嗽が主訴の場合には、小柴胡湯に鎮咳作用のある漢方薬を併用した方がより治療効果が高いです。本症例では、喀痰が多い湿性咳嗽ですので半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)と併用するとよいですね。喀痰の量が少ないか、乾性咳嗽の場合には麦門冬湯(ばくもんどうとう)を併用します。さらに小柴胡湯に桔梗(ききょう)と石膏(せっこう)を加えて鎮痛作用と抗炎症作用を強化した小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)という漢方薬があります。本症例のように咽頭痛が強く、咽頭発赤がある場合には小柴胡湯よりも、小柴胡湯加桔梗石膏を用いる方がよいです。解答・解説【解答】本症例は、少陽病・虚実間で、小柴胡湯加桔梗石膏と湿性咳嗽に用いる半夏厚朴湯を併用して治療しました。【解説】少陽病期の代表的な漢方薬が小柴胡湯です。小柴胡湯にはさまざまなバラエティのエキス製剤がありますので覚えておくと便利です(表1)。今回紹介した鎮痛作用や抗炎症作用を強化した小柴胡湯加桔梗石膏以外にも、小柴胡湯に半夏厚朴湯が組み合わされた柴朴湯(さいぼくとう)があります。こちらは1種類の漢方薬で済むのが利点です。長引く咳のため胸痛を伴うようになった場合には小柴胡湯と小陥胸湯(しょうかんきょうとう)が合わさった柴陥湯(さいかんとう)という漢方薬もあります。また、小柴胡湯と利水剤の代表である五苓散(ごれいさん)が含まれる柴苓湯(さいれいとう)は、ウイルス性腸炎で下痢が続いて、微熱がある場合などに使用可能です。また、小柴胡湯は抗炎症作用をもつ生薬「柴胡(さいこ)」が含まれるのが特徴です。柴胡が含まれる小柴胡湯と仲間の漢方薬を「柴胡剤(さいこざい)」とよびます。柴胡剤はそれぞれの特徴により、使い分けられます。そのなかでも柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)は、太陽病期の桂枝湯(けいしとう)と小柴胡湯を混ぜたような処方で、太陽病から少陽病への移行期から風邪の治り際まで適応範囲が広く、使いやすいのが特徴です。どの柴胡剤を使うべきか迷う場合には柴胡桂枝湯がよいともいわれます。今回のポイント「少陽病」の解説漢方では風邪をいくつかのステージに分類します。風邪のひき始めのように悪寒があって、脈が浮である時期を「太陽病」といいました。さらに発症からおよそ2~3日経過して、悪寒がなくなって、脈が浮でなくなってくる時期を「少陽病」とよびます(表2)。太陽病では体表面にあった闘病反応が、少陽病では、生体の内部(半表半裏)まで影響をし始めて、口が苦い、のどが乾く、ムカムカする嘔気、食欲不振などの症状が出現します。脈は表在性に触知できる浮からやや沈んだ状態に変化します。また太陽病では着目しなかった舌や腹部の所見も重要になります。舌では、舌苔が厚くなってきます(写真左)。腹診では両側季助部に指を差し込む(写真右)と抵抗感や患者の苦痛が出てきて、胸脇苦満(きょうきょうくまん)とよびます。太陽病では、発汗により治療をしましたが、少陽病では、その場で闘病反応(炎症)を鎮める治療に変わります。少陽病の代表的な漢方薬が小柴胡湯です。

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便通異常症 慢性下痢(8)生薬と下痢【一目でわかる診療ビフォーアフター】Q119

便通異常症 慢性下痢(8)生薬と下痢Q119『便通異常症診療ガイドライン2023 慢性下痢症』でも下痢と関連のある薬剤として取り上げられる漢方薬の生薬「山梔子(サンシシ)」。腸管膜静脈硬化症により、慢性下痢になる機序が説明されているが、発症までの期間、累積投与量の報告がある。最低何年間で発症しうるか?発症までの累積量は?

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