出生前検査、胎児異常例対応に医療者の75%が「葛藤」

提供元:ケアネット

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公開日:2024/04/22

 

 妊娠後に胎児の染色体異常を調べる「出生前検査」は手軽になり、多くの妊婦が受けるようになった一方で、検査を手掛ける医療機関が増え、適切な検査前の説明や遺伝カウンセリングがされないなどの問題が生じていた。これを受け、2022年に日本医学会による新たな「出生前検査認証制度」がスタートし、こども家庭庁は啓発事業によって、正しい知識の啓蒙と認証を得た医療機関での受診を呼びかけている。

 この活動の一環として2024年3月に「『出生前検査』シンポジウム」と題したメディアセミナーが開催された。本シンポジウムにおける、聖マリアンナ医科大学・臨床検査医学・遺伝解析学の右田 王介氏と昭和大学・産婦人科の白土 なほ子氏の講演内容を紹介する。

右田氏講演「出生前検査に関する基本情報と取り巻く環境」

――出生前検査にはさまざまな種類がある。なかでも、2010年代に母体の採血のみで実施可能な「母体血中遊離核酸によるNIPT(Non-Invasive Prenatal Testing:非侵襲的出生前検査)」の受検が広がり、注目を集めている。このNIPTは妊娠9または10週以降に採血を行い、胎児の21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーの可能性を判断するものだ。

 検査が広がった背景の1つに、染色体数に伴う疾患と出産年齢との関係がある。新生児の染色体異数性の頻度は妊婦の年齢と共にわずかずつだが増加する。一般に母体が35歳以上の出産を高年出産と呼ぶが、2000年頃には1割とされていた高年での出産は、2022年には約30%となった。母親の年齢によって染色体異常が急増するわけではないものの、不安を感じる妊婦が増えている。

 NIPTは、母の採血のみで実施でき、検査としての安全性や検査特性が優れている。妊婦やその家族は胎児の健康を願い、検査から安心を得たいと考えているが、NIPTは胎児の疾患診断につながる検査であることに注意が必要だ。結果には偽陰性や偽陽性も含まれ、その確定には羊水穿刺など侵襲的検査が必要となる。

 また、NIPTは羊水穿刺や母体血清マーカーといった検査に比べ、より早い妊娠週数で検査が実施される。検査実施には十分な情報提供と熟考が必須であるにもかかわらず、妊婦や家族が意思決定に掛けられる時間は短い。

 加えて、NIPTの原理は将来さまざまな遺伝性疾患に応用される可能性があり、このことで遺伝的な個性を排除するという社会の動きが加速する可能性がある。出生前検査の実施や選択に、女性の生殖に関する自己決定権が強調されることもあるが、検査を検討し選択する責任は母親だけが負うべきものではない。より広く議論することが必要である。

 NIPTについての意思決定は時間を掛け、慎重に行われるべきだ。出生前検査の施設認証では専門外来で検査前から十分な遺伝カウンセリングを行うことを求めている。また日本小児科学会では2022年4月に出生前コンサルト小児科医の認証制度をスタートさせた。妊婦やその家族の希望に応じ、検査実施前から小児科医の立場からの情報提供を行うことができる。このような支援制度もぜひ活用いただきたい。

白土氏講演「出生前検査に対する支援体制における現状とこれから」

――認証制度の前身となる日本医学会の「出生前検査認定施設」は2013年の制度スタート時は15施設だった。2022年7月に要件を緩和した「出生前検査認証制度」となってから登録施設数は急増し、2023年10月時点の認証施設は478施設となっている。認証施設は遺伝カウンセリングができる体制にあり、出生前コンサルタント小児科医との連携、検査についての情報提供と意思決定支援、検査後のフォロー体制を持つことなどが条件となっている。

 白土氏らが認証制度開始前後にNIPT受検者を対象とした調査を行ったところ、「どこで検査を受けたか」という質問に対し、「認定・認証施設」が50%強、「非認定・認証施設」が20~30%、残りは不明という回答分布で、これは制度開始前後で大きな変化はなかった。「何を重視してNIPTを受ける施設を決めたか」という質問に対しては、「認定・認証施設」の受検者は「検査前のカウンセリングがある」「かかりつけ医の紹介」といった回答が多かった。一方で、「非認定・認証施設」の受検者は「口コミがよい」「ネット予約が可能」「アクセスがよい」といった回答が目立った。

 同時期に、NIPTを提供する医療機関と医療者個人(医師、看護師・助産師、遺伝カウンセラー等)へのアンケート調査も行った。1次調査として医療機関に対してハード面に関するアンケートを行い、同意が取れた施設に2次調査として医療者個人にNIPTへの対応経験を聞いた。調査は2021年10~12月に行い、1次調査は316施設、2次調査は204人が回答した。

 出生前検査で陽性になった症例について、「自施設で対応しているか」という設問に対し「対応している」と回答したのは316施設中71%、うち半数強の57%が「自施設内で決めた基本的な対応方針やルールがある」とした。「対応している」施設では妊娠を継続した場合の実施項目として「NICU/小児科との連携」「院内カンファでの症例共有・検討」「自治体・行例との連携」などの項目に「必ず行う」「症例によって行う」とした施設が多かった。一方で、「患者会・当事者会の紹介」「精神科/心療内科との連携」は「必ず行う」「症例によっては行う」とした施設数が少なかった。

 中絶を選択した場合、「助産師との面談」は9割近くの施設が「必ず行う」「症例によっては行う」と回答し、「産婦人科の臨床遺伝専門医の診察」も7割程度が「必ず行う」「症例によっては行う」と回答したが、中絶時は妊娠継続時より全体として実施項目が少ない傾向にあった。

 医療者個人へのアンケート調査では、「陽性例の対応業務」は「自身の職種として当然の業務」とした回答が99%を占めたが、「できれば避けたい業務」と考える回答者も3割程度存在した。さらに「検査陽性例についての自身の業務」について「葛藤がある」とした医療者が75%に上り、その要因として「時間的な制約がある」「予後予測が困難」「個別化した対応が必要」といった理由を挙げる人が多かった。

 総合して、2021年10月時点では出生前検査を行っているものの陽性例には対応していない施設が3割あり、陽性例対応施設においても一定の方針を定めていない施設が半数程度あることがわかった。検査へのアクセス強化のために受検施設を増やすと同時に、地域連携の充実、基幹施設における他診療科を含めた連携による支援体制の強化が望まれる。

 また、施設での支援者が葛藤(精神的負担など)を抱いている実態もわかった。ケアが担当医療者個人の努力に依存して行われている状況がうかがえた。医療者の心のケアも含めたサポート体制の充実が必要であるとともに、ケアを担う医療スタッフの負担軽減策も必要だと考えられる。

 本調査の結果は「出生前検査に関する支援体制構築のための研究」報告書として、事例の紹介とともにサイトで公開されている。

(ケアネット 杉崎 真名)