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第191回 リドカインが苦味にまつわる仕組みでがん細胞を死なす

リドカインが苦味にまつわる仕組みでがん細胞を死なす良薬口に苦しとはよく言ったもので、苦い薬リドカインに備わると思しき別の効能がその苦味にまつわる仕組みに端を発するらしいことが米国・ペンシルバニア大学のチームの研究で示されました1)。その別の効果とは抗がん作用です。20年ほども前の観察試験で局所麻酔が乳がん手術患者の再発や転移を減らしうることが示唆されています2)。リドカインは言わずもがな局所麻酔薬の1つであり、外来での外科処置でよく使われます。乳がん以外のがんへのリドカインの検討もいくつかあり、化学療法を助けたり転移を抑制したりするなどの効果を有するらしいことが示唆されています。リドカインは電位依存性ナトリウム(Nav)チャネルを阻害して感覚神経からの痛み信号を遮断します。リドカインが担いうる抗がん作用がそのNavチャネル阻害によるのかその他の仕組みによるのかはよくわかっていませんでした。リドカインは苦いだけに、25種類ある苦味受容体T2Rの1つT2R14を活性化します。T2R14を含むいくつかのT2R受容体の活性化は核内やミトコンドリアのCaイオン上昇を介して気道上皮細胞や頭頸部扁平上皮がん(HNSCC)細胞を死なすことがわかっています。そこでペンシルバニア大学のチームはリドカインがT2R14への作用を介してHNSCC細胞、もっというとそれ以外のがん細胞を死なすのではないかと考えました。その予想はどうやら正しく、リドカインはHNSCC細胞のT2R14活性化によってCaイオンを動かしてHNSCC細胞を弱らせ、やがては死に至らしめました。ヒトパピローマウイルス(HPV)と関連するHNSCCではT2R14遺伝子の発現が盛んなことも示され、リドカインによるT2R14活性化が最も有益かもしれません。そこで研究チームはHPV関連HNSCCの標準治療に加えてリドカインも投与する試験を計画しています3)。試験はペンシルバニア大学医学部のがん治療部門Abramson Cancer Centerが担当します。ペンシルバニア大学のチームはHNSCCを題材に研究を進めていますが、乳がんへのリドカインの効果の検討はより年季が入っています。欧州臨床腫瘍学会(ESMO)での昨年の発表に続いて今年4月に論文になった大規模無作為化試験の結果、乳がんの手術に際してリドカインを手術前に腫瘍に直接注射したところ非注射の対照群に比べて生存が改善しました4)。試験はリドカインがNavチャンネル阻害を介して転移促進経路を食い止めるとの想定で実施されました。実際のところ生存の改善に加えて転移の減少も認められており、仕組みがどうあれ乳がん細胞の転移手段に手出しすることでリドカインは転移を減らし、手術後の経過を改善する働きがあるらしいと試験の担当者は述べています5)。乳がんもHNSCCと同様にT2R14を発現します。よって同試験で認められたリドカイン注射の生存改善にはT2R14への作用も寄与しているかもしれません1)。参考1)Miller ZA, et al. Cell Rep. 2023 Nov 16. [Epub ahead of print]2)Exadaktylos AK, et al. Anesthesiology. 2006;105:660-664. 3)Lidocaine may be able to kill certain cancer cells by activating bitter taste receptors / Eurekalert4)Badwe RA, et al. J Clin Oncol. 2023 Apr 6. [Epub ahead of print]5)Lidocaine Presurgery May Improve Survival in Early Breast Cancer / Medscape

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083)爪まわりの処置でありがちなこと【Dr.デルぽんの診察室観察日記】

第83回 爪まわりの処置でありがちなことゆるい皮膚科勤務医デルぽんです☆皮膚科の相談で多い足トラブルの1つに、陥入爪や巻き爪があります。足の指、とくに体重を支えたり、地面を蹴ったりする動作で負担のかかる親指の爪は、なにかとトラブルが起こりがち。もともと爪自体はたいして巻いていなくても、切り方を誤ることで、爪の角が皮膚に食い込み、腫れや痛みを生じるケースが多々あります。痛みをとるために、患者さん自身が(よかれと思って)角をどんどん短く切り込んでしまっているパターンがよくあるのですが、爪の角は四角く伸ばして、外に突き出させる、いわゆる「スクエアカット」が正しい切り方。陥入爪が起こる理由を説明したのち、正しい爪の切り方、伸ばし方などを指導し、テーピングなどで経過をみていきますが、食い込みがひどく肉芽を形成している場合は、いったん食い込みの元となっている爪のわきを、部分的に切除してしまいます。腫れて痛みのある部分を処置することになるので、無痛という訳にはいきませんが、爪自体に感覚はないため、深追いしなければ麻酔をしなくても意外とすんなり処置できます。手足の指の局所麻酔は、とくに麻酔の注射の方が痛かったりするので、(私自身もやりましたが、薬液が入ってくる瞬間がかなりの激痛です…)その旨を説明し、「痛かったら言ってくださいね~」と声をかけながら、食い込みの部分だけ爪をカットします。取り除いた爪の欠片をみると、肉芽の奥で爪がトゲのような形になっており(爪棘)、本人は角を丸く切り落としているつもりでも、実は切れていなかった、ということがよくわかります。爪の角は伸ばす、そしてみえるように出しておく。やっかいな爪トラブルですが、処置で食い込みが解除されれば、1週間ほどで落ちつくことがほとんどです。爪回り、とくに陥入爪の処置についてでした~。それでは、また次の連載で。

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釣り針が刺さった【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第2回

皆さんは釣りをしますか? 私は学生時代に釣りの楽しさを知り、よく遠征していました。「魚の引き」に快感を覚えるタイプで、学生時代はカジキマグロ、福井で働いているときは玄達瀬でアジ科最大種のヒラマサを釣り上げました。地域にもよると思いますが、救急外来で働いていると釣り針が刺さった患者を診る機会がしばしばあります。一般の方は釣り針が刺さったときに何科を受診したらよいかわからないため、かかりつけ医や意外な診療科にふらっとやって来ることもあります。そういうときに対処方法やコツを知らないと本当に困ることになりますよ! 下記は私が経験した苦い経験です。指に釣り針の刺さった強面のお兄さんが受診。疑似餌を用いて釣りをしていたようで、ゴム製の疑似餌が付いたままであった。除去しようとして疲れたのか、ややイライラしながら「痛くないようにしてくださいよ!」とプレッシャーをかけてくる。String pull technique(後述)による抜去に慣れてきたころだったのでトライしてみたが、緊張のためか変な力が入って釣り針はうまく抜けない。激しい痛みが生じたようで、顔をゆがめながらものすごい目つきでこちらを見てくる…。皆さんなら初めの段階に、もしくはこの後どうされますか? このようなことにならないように、今回は釣り針が刺さったときの対処方法とそのコツを紹介します。釣り針の構造釣りをされる方であれば一度は経験すると思いますが、釣り中に釣り針が服に引っ掛かって取れなくなってしまうことがあります。服を傷つけないように取ろうとしてもなかなか難しいですよね。釣り針には下図のように「カエシ」という突起があり、釣り針を抜こうとするとカエシが引っかかって抜けない仕組みになっています。強引に抜こうとすると皮下組織を損傷してしまい、かなりの痛みが伴います。また、餌が外れにくくするための突起である「ケン」にも注意しなければいけません。これらの複雑な構造が釣り針の抜去を難しくしています。画像を拡大する釣り針の抜去方法4選一般的に指に刺さった釣り針を抜去する手法は4つあります1)。(1)Retrograde techniqueRetrograde techniqueは、釣り針を刺さった方向と逆向きにそのまま引き抜くという方法です。釣り針を指側に押して、カエシが引っかからないように抜去します。報告によると成功率は74%とありますが、私の印象ではなかなかこの方法で釣り針を抜去することは難しいです2)。魚を簡単に逃がさないための人類の工夫ですので簡単に取れても困りますもんね…。画像を拡大する(2)String pull techniqueString pull techniqueは、最も傷が小さいと言われる方法です。釣り針を糸で結び、指側に押しながら、釣り針が刺さった方向と逆向きに糸を引っ張ります。屋外でもできることが利点ですが、しっかりとした固定が必要なので耳たぶなどの固定が難しい部位では行えません。画像を拡大する(3)Needle cover techniqueNeedle cover techniqueは、釣り針の針穴に18Gの注射針を挿入し、内腔にカエシを入れ、カエシが皮下組織に引っ掛からないようにカバーしながら抜去する方法です。注射針の先端を直接見ることができないのが難点で、成功率は高くない(47%)という報告があります。私は一度トライしましたが、カエシに注射針が入っているのかよくわからず、「かぶさった」という感覚があったものの結局皮下で引っかかって断念しました。それ以降はやっていません。画像を拡大する(4)Advance and cut techniqueAdvance and cut techniqueは、釣り針を刺さった方向に押し進め、カエシを皮膚から出してペンチなどで切断する方法です。カエシの手前で釣り針を切りますが、切った瞬間に断端が飛んでしまう危険があるため、私は釣り針をガーゼなどで覆ってから切るようにしています。カエシがなくなれば釣り針は逆向きから簡単に抜けるようになります。デメリットは釣り針による穴が2ヵ所できることでしょうか。画像を拡大するケンがある釣り針の場合は注意が必要で、刺さった方向に押し進める際に最初の針穴にケンが入り込んでしまうとそこで抜けなくなります。そのため、あらかじめケンを切っておくか、釣り針の根元を切断して、そのまま刺さった方向に押し進めて針先側から釣り針を抜く方法もあります。画像を拡大する私は基本的には(1)か(2)をトライしてダメなら(4)で抜去しています。(4)で抜けないということはまずないです。鎮痛釣り針の抜去の手技には痛みが生じることが多いため、私は処置の前に局所麻酔(1%キシロカイン)で鎮痛しています。(2)の処置では鎮痛は必要ないとも言われていますが、失敗したときの痛みはかなりのものなので私は鎮痛しています。インターネットで「String pull technique, fish hook」と検索すると動画が見れますが、なかなか簡単にはいきません。なお、痛みを抑えるコツは釣り針を素早く引っ張ることです!抗菌薬と創部処置抗菌薬に関しては基本的に推奨されていません。しかし、免疫抑制状態や糖尿病、肝硬変がある場合や、釣り針が関節内や靭帯や皮下の深いところまで到達している場合は予防投与が検討されます。予防の目的の1つに最近注目を集めるようになったエロモナス・ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila)があります。これは淡水、河口部、海水に広く常在するグラム陰性の通性嫌気性桿菌であり、治療にはフルオロキノロンが適応となります。海や川で使用した釣り針で傷を負い、抗菌薬の予防投与が必要な場合はフルオロキノロンを検討しましょう。また、患者の予防接種歴を確認し、基礎免疫がある場合は最終接種から5年以上経過している場合は破傷風トキソイドを投与し、基礎免疫がない場合は破傷風トキソイドに加えて抗破傷風人免疫グロブリンの投与を検討します3)。創部処置では、針穴を密閉すると感染リスクが高まるので控え、軟膏を塗布もしくは通気性がよいガーゼなどで保護します1)。もし、院外で釣り針が刺さった患者に遭遇した場合、私は(2)のString pull techniqueはあまり推奨しません。冒頭の苦い経験のように、うまくいかないとどうしても強い痛みが生じるからです。院外で遭遇したら無理をせず病院受診を促し、院内ではどの手法を使うにしても鎮痛をしっかりしたほうがよいでしょう。ちなみに、冒頭の強面のお兄さんの釣り針は、結局(4)のadvance and cut techniqueで抜去しましたが、最後に一言「最初からこれでやれよ」と言われてしまいました。ものすごい目つきでにらまれた記憶が今でも残っています…。1)Gammons MG, et al. Am Fam Physician. 2001:63;2231-2236.2)McMaster S, et al. Wilderness Environ Med. 2014:25;416-424.3)Callison C, et al. In:StatPearls [Internet]. Tetanus Prophylaxis. Treasure Island(FL):StatPearls Publishing. 2022.

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073)切開しない排膿で後悔したこと【Dr.デルぽんの診察室観察日記】

第73回 切開しない排膿で後悔したことゆるい皮膚科勤務医デルぽんです☆皮膚科でよくある排膿処置、炎症性粉瘤など。。。局所麻酔をし、皮膚を切開してから行うことがほとんどですが、なかには麻酔や処置を拒否される患者さんもおられます。そうでなくても、すでに自壊しており、開口部から膿が出ている、というパターンも。今回の患者さんはその両方で、麻酔と切開は絶対にイヤ、とのことでしたが、かるく押せば自壊部から膿が出ている状態だったので、かんたんに圧排して、排膿することにしました。処置台に寝ていただき、無理のない範囲で軽く押すだけのつもりでしたが・・・。狭い出口から飛びだす内容物。水鉄砲をご想像いただければわかるかと思います。本当に、よく飛んだ・・・!麻酔や切開の際に、膿を浴びてしまうことはたまにありますが、メガネや前髪にまでばっちり飛び散り、その後の私のテンションが、だだ下がりだったことは言うまでもありません(遠い目)。今後、排膿処置するときは、「しっかり切開して出口を確保してからにしよう」と心に誓ったのでした。他愛もない失敗談、失礼いたしました!それでは、また〜!

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脳保護デバイスでTAVRの周術期脳梗塞は解決するか?(解説:上妻謙氏)

 重症大動脈弁狭窄症(AS)に対する経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)は、低侵襲かつ有効な治療のためAS単独手術患者に関して標準的な医療となった。しかし周術期脳卒中の合併率は、最近の治療技術、デバイスの進歩によってある程度低下してきたものの依然として1~2%で発生している1)。脳卒中の合併率は外科手術と同等であるが、この脳卒中の問題が克服されればASの治療としてTAVRは外科手術に対して圧倒的に安全となる。本論文は北米、欧州、オーストラリアの51施設で行われたtransfemoral TAVR施行時の脳保護デバイス(cerebral embolic protection=CEP)の有効性を検証するメーカースポンサーの前向きランダマイズスタディである2)。3,000例のASを登録して行われたが、2,100例の登録終了時点で中間解析が行われ、脳卒中の合併率がCEP群2.2%、対照群2.4%であったため、サンプルサイズは予定された3,000例と決定された。主要エンドポイントは72時間以内の脳卒中の発生率で、CEP群2%、対照群4%の脳卒中合併率で90%の検出力で計算された。CEP群の94.4%でこのデバイス留置に成功し、デバイスに起因する合併症は1例(0.1%)のみで安全に施行できることが示された。しかし結果としては対照群2.9%に対しCEP群2.3%と残念ながら脳保護デバイスの有効性を証明することはできなかった(p=0.3)。死亡率、TIA、せん妄、急性腎障害も差がなかったが、modified Rankin Scale 2点以上の後遺症を残す脳卒中だけはCEP群0.5%、対照群1.3%と有意に脳保護デバイスを使用した群で少なくなった。サブグループ解析では人工弁のタイプや局所麻酔、前拡張や後拡張の有無などすべての要素でCEPの優位性を示す患者群を同定することができなかった。 このCEPはSentinelと呼ばれる2つのフィルターを備えた6Frのデバイスで、右の橈骨動脈か上腕動脈から挿入し、腕頭動脈と左総頸動脈でフィルターを展開して留置するデバイスで、比較的簡便かつ安全に使用できるためとても期待されていたが、大規模ランダマイズスタディではnegativeな結果となった。しかしこういったフィルターはどうしても血管壁との隙間が空くので、すべてのdebrisをブロックできるわけではなく、大きなdebrisをキャッチできればよいので、大きな脳梗塞が減少したというのは妥当な結果といえる。軽症の脳梗塞を減らすものではなく、重症の脳梗塞を減少させるデバイスと捉えると有用性は高いといえる。NEJM誌は科学的に最初の仮説を立証したものしか優位性を述べることを認めないため、完全に有用性が示されない形での論文となっているが、後遺症を残す脳梗塞というのは患者さん自身にとってはきわめて重要な問題である。少なくとも自分が患者であればこのデバイスを使用してもらいたいと思える結果であった。

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英語で発表、盛り上がる!【Dr. 中島の 新・徒然草】(447)

四百四十七の段 英語で発表、盛り上がる!ついこないだまで夏だと思っていたら、急に冬が来てしまいました。日本にはもう夏と冬しかないのでしょうか?同じ二季でも春と秋だったらいいのに、と私は思います。さて、私は先週、秋の熊本に行ってきました。国立病院総合医学会という学会に参加するためです。熊本市は、城と大学と病院が近くに集まっている街でした。天気も良かったので、のんびりと路面電車に乗ります。いつの間にか、熊本城ホールや熊本駅に着くのが便利でした。学会では、毎年行われる若手医師フォーラムに、今年もディスカッサントとして参加。若手医師フォーラムというのは、レジデントや研修医が英語で発表するセッションです。症例報告と研究とに分かれて発表します。しかし、単に発表するだけだと盛り上がらないので、点数を付けて表彰することになっていました。また、あらかじめ指名されたディスカッサントが質問したり、コメントしたりします。で、このディスカッサント役に指名されたわけです。最低2演題に対して質問するように、ということでザッと抄録を読んでいきました。本番では皆さんそれぞれに練習してきたのか、かなり上手な英語での発表です。もし、1つアドバイスするとすれば、ゆっくりしゃべることが重要かと思います。というのも、早口で不明瞭な発音だと、大変聞き取りにくくなるからです。英語の上手下手を競っているわけではなく、発表の内容を競っているわけです。発表を評価してもらうためには、まず聴く人に理解してもらわなくては話になりません。日本語アクセントでもいいので、ゆっくりとわかりやすくしゃべるべきですね。次にディスカッサントとしての心得です。読者の皆さまが今回の私のような立場になった時のために、アドバイスを1つ。その場で質問を考えて英語でしゃべるのは、なかなか難しいのが現実。なので、あらかじめ質問を準備していく必要があります。1つの抄録あたり5つぐらいは考えておいたほうがいいでしょう。というのも、抄録に書いてなくても、発表の中で回答が示されてしまうことがあるからです。たとえば今回の演題では、脳外科の脳深部刺激療法がありました。定位的に視床に電極を刺入するのですが、その手術を全身麻酔でやるのか、局所麻酔でやるのか?私はそれを知らなかったので、質問候補にあげていました。もし演者が発表の中で「電極刺入は局所麻酔で行います」などと言ったら、この質問はボツです。そう考えると、準備する質問は5つくらいあったほうが無難ですね。ちなみに電極刺入は局所麻酔、刺激装置の皮下埋め込みは全身麻酔でやるのだそうです。あと、質問は紙に書いておくべきです。スマホにメモしておくという方法もありますが、電子媒体は必ずしも信用できません。やはり、物理的な手段で残しておいたほうが確実です。さて、発表後の点数集計の間、座長の先生が場つなぎの話をされました。英語の大切さについてです。この先生はある時に、楽天の三木谷社長と直接に話をする機会があったそうです。その時に、社内公用語の英語化の功罪について尋ねたのだとか。三木谷社長の答えは、公用語を英語にしたことによって、世界中から人材を集めることができた英語のコミュニケーションといっても、中学レベルで十分だ他から転職してきた人でも、4ヵ月ほどで慣れるとのことでした。社内公用語の英語化は大成功だ、と三木谷社長は考えているようです。いよいよ集計が完了し、症例発表から1演題、研究から1演題が表彰されました。それぞれ豪華な副賞あり!会場には、それぞれ演者の応援団が来ていたので、大変な盛り上がりでした。というわけで、それぞれに頑張った若手医師フォーラム。久々にハッピーな気分になることができました。最後に1句秋深し 路面電車に 身を任せ

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英語で「足がしびれています」は?【1分★医療英語】第45回

第45回 英語で「足がしびれています」は?What brought you to see us today?(今日はどうされましたか?) I’ve got pins and needles in my feet.(足がしびれています)《例文1》I felt pins and needles in my arm when I woke up this morning.(今朝、目が覚めると腕がしびれていました)《例文2》I have a tingling sensation in my feet.(足がしびれています)《解説》日本語の「しびれる」という表現、英語ではニュアンスによって複数の言い方がありますが、“pins and needles”は、糖尿病の末梢神経症による感覚障害や神経痛などのピリピリしたような、まさに「針で突かれるようなしびれ」を表現するときに使われます。また、正座した後のようなビリビリした感覚にも“pins and needles”を使うことができます。似た表現としては、“tingling sensation”や“numbness”がありますが、“tingling sensation”は「チクチクする感覚」を表現することが多い一方で、“numbness”は「感覚が麻痺している状態」を示します。たとえば“my arm became numb.”(腕の感覚がなくなった)という具合です。処置の際に用いる局所麻酔のジェルは正式には“anaesthetic gel”ですが、患者さん向けにわかりやすく“numbing jelly”と呼ぶこともあります。講師紹介

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リドカインによる神経ブロックで乾癬の症状が軽減

 現在広く使われている麻酔薬リドカインの脊椎注射による硬膜外ブロックが、炎症性の皮膚疾患である乾癬に有効である可能性を示唆する小規模な予備的研究の結果がこのほど明らかになった。上海交通大学医学院(中国)のHonglin Wang氏らによる研究で、詳細は、「Journal of Investigative Dermatology」8月号に掲載された。 乾癬は、慢性の炎症性皮膚疾患の1つで、異常な免疫反応によって皮膚細胞のターンオーバーが速まり、皮膚の表面にそれらの細胞が蓄積する。患者のほとんどが尋常性乾癬と呼ばれるタイプの乾癬で、かゆみや痛みを伴うこともある。米国乾癬財団(NPF)によると、米国には800万人以上の乾癬患者がいるという。 標準的な治療法は炎症を標的としたもので、最も広く行われているのは局所ステロイド薬を用いた治療だ。より重症の乾癬患者に対しては、光線療法や免疫システムを抑制する注射薬などが治療選択肢となる。 Wang氏は今回の研究を実施した背景について、「乾癬患者に、手術中に麻酔薬を硬膜外投与すると、乾癬の症状が大幅に軽減したとする症例研究が報告されている。このことは、神経系が乾癬の発生に重要な役割を果たしている可能性を示唆している」と話す。 今回Wang氏らは、4人の重症乾癬患者を対象に、従来の治療法とは完全に異なるアプローチを試した。それは、局所麻酔にしばしば使用されているリドカインによって痛みのシグナル伝達に関わる感覚神経をブロックするという治療法である。対象者のうちの2人には全身に、残る2人には主に下肢に皮膚病変があった。同氏らは、脊髄のT12(第12胸椎)とL1(第1腰椎)の間の硬膜外腔にカテーテルを挿入し、リドカインを投与した。投与回数は、最も少ない患者で2回(1、64日目)、最も多い患者で4回(1、48、94、165日目)であった。その結果、乾癬の重症度の評価スコア(Psoriasis Area and Severity Index;PASI)が35~70%低下し、その効果は少なくとも6カ月以上にわたって持続したという。 この報告について、乾癬の専門家で米ベイラー大学皮膚科学部門長のAlan Menter氏は、「興味深い結果だ」とした上で、「神経学的な問題がある患者で、神経が損傷している部位の皮膚からは乾癬の病変が消失したという症例報告がある」と説明。ただ、その理由については、「十分に解明されていない」と付け加えている。 Wang氏らは今回の研究の一部として、なぜリドカインが有益なのかについても明らかにすべく、ラットに乾癬に似た症状を誘発した上で、一部のラットにはリドカインを投与する実験を行った。その結果、乾癬様の症状が現れている皮膚部分では感覚神経が過剰に発達していたが、リドカインの投与によってそれが抑えられることが明らかになった。また、リドカインは神経細胞が炎症を引き起こすタンパク質であるCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)の放出を阻害することも確認された。 ただし、まだ答えの出ていない疑問点も数多く残されている。研究の対象となった4人の患者では安全性の問題は生じなかったが、Wang氏らは「より大規模な研究で、乾癬患者に対するリドカインの硬膜外投与をプラセボ投与と比較する必要がある」と強調している。その上で、「もし今後の研究でこのアプローチが安全かつ有効であることが証明されれば、標準治療では効果が得られない乾癬患者の治療選択肢の1つになる可能性がある」との見方を示している。

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耳介の外傷(耳介血腫)の処置【漫画でわかる創傷治療のコツ】第11回

第11回 耳介の外傷(耳介血腫)の処置《解説》今回は、柔道など格闘技の選手によく起こる耳介の外傷「耳介血腫」の処置について解説します。耳介は側頭面より聳立(しょうりつ)しているため、とくに外傷を受けやすい部位です。構造も複雑で、一度変形を生じると再建が困難となるため、適切な初期治療が求められます。耳介軟骨は軟骨膜によって血液が供給されているため、鈍的外力により耳介が外傷を負うと、軟骨膜下の血腫を引き起こすことがあります。血腫の排液に失敗したり、治療をせず放置したりすると、血腫は吸収されずに器質化し、不可逆的な耳介変形を引き起こすので迅速に対処しましょう!処置の前に行う洗浄や局所麻酔については、以前の記事を参考にしてください。耳介ブロックも知っていると便利です。画像を拡大する(1)耳介血腫の処置耳介血腫は、耳介前面の軟骨膜下に血液が溜まった状態です。耳介前面の上半部(舟状窩)に起こりやすいです。単なる穿刺吸引では再発するので、絶対に固定を行ってください!!!急性期であれば、血腫を穿刺吸引後に脱脂綿、ガーゼなどを使用して耳介の凸凹に合わせて枕縫合(漫画参照)を行い、血腫腔(つまり血が溜まるスペース)を残さないようにします。縫合はドレナージが効くように、あえて間隔を空けてナイロン糸で縫合します。ペンローズドレーンも有効です。2~3日経過したものは切開をやや広くして内部を掻爬(そうは)し、血腫とフィブリンを除去した後、同様に固定します。再発性のものや凝固してしまっている血腫については、耳介後面から皮膚軟骨を切開して血腫を排出し、同様に圧迫固定するか形成外科外来に紹介してください。(2)耳介裂傷の処置耳介裂傷のうち、耳介軟骨が露出していない耳輪辺縁のみの軽傷例であれば保存的治療でも治癒しますが、多くは縫合が必要です。血行は良好なので、受傷後24時間以内であれば一次縫合が可能であるとされています。しかし、耳介から完全に、または部分的に剥離してしまった組織片がある場合は、受傷後数時間以内に縫合を行わないと生着率が低下してしまうので、速やかに形成外科等に紹介しましょう。縫合は、漫画にあるように前後の皮膚と耳介軟骨の3層をそれぞれ行います。軟骨は裂けやすいため、しっかり縫合するというよりも正しい位置に戻すというイメージです。参考波利井 清紀ほか監修. 形成外科治療手技全書III 創傷外科. 克誠堂出版;2015.福田 修、荻野 洋一編著. 耳介の形成外科. 克誠堂出版;2005.市田 正成著. スキル外来手術アトラス. 第3版. 文光堂;2006.岡 正二郎監訳. ERでの創処置 縫合・治療のスタンダード. 羊土社;2019.

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第120回 断食でCOVID-19重症化予防? / 音の鎮痛効果の仕組み

定期的な断食の習慣は健康に良いという報告がいくつかあり、たとえば心疾患や2型糖尿病を生じ難くなることやより長生きになることとの関連が示されています。断食の習慣が担いうる効能はどうやらまだ出尽くしてはおらず、米国ユタ州での試験で新型コロナウイルス感染(COVID-19)重症化を防ぐ効果が示唆されました1,2)。毎月最初の日曜日に2食続けて抜く断食(Intermittent fasting)をすることがユタ州の住民の大半(6割超)を占める末日聖徒イエス・キリスト教会教徒の典型的な習慣として知られています。試験ではそのユタ州の医療法人Intermountain HealthcareのCOVID-19患者201人が調べられ、断食の習慣がある人はない人に比べてCOVID-19による入院や死亡をより免れていました。COVID-19入院/死亡率は断食をしていた71人では11%、そうでない人では約28%でした(ハザード比:0.61、95%信頼区間:0.42~0.90)。断食の習慣とCOVID-19の経過が良好なことを関連付ける仕組みは今後調べる必要がありますが、考えられる仕組みが幾つかあります。断食をするとリノール酸を含む脂肪酸が体内で増えることが知られています。リノール酸は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質にきつく結合し、細胞受容体ACE2への親和性を低下させます。断食で増えたリノール酸はそのようにしてSARS-CoV-2感染細胞や細胞内SARS-CoV-2粒子を減らしてCOVID-19重症化を予防するのかもしれません。断食で増える多機能なタンパク質・ガレクチン3がSARS-CoV-2感染抑制に一役買っている可能性もあります。ガレクチン3は数多くの病原体に結合することができ、自然免疫を活性化し、抗ウイルスタンパク質遺伝子の発現を増やし、ウイルス複製を阻害することなどが知られています。また、COVID-19経過不良と関連する糖尿病や冠動脈疾患などの持病が断食で生じ難くなることでCOVID-19重症化が間接的に抑制されている可能性もあります。時々の断食はCOVID-19ワクチンの代役とはなりえませんが、ワクチン接種を補完してCOVID-19重症化を減らす予防や治療の役割を担えるかもしれません。全世界の誰もが数ヵ月に1回のCOVID-19ワクチン接種をいつまでも続けることはおよそ現実的ではなく1)、接種が行き届いていない国は多く存在します。COVID-19流行の目下やこれからの世界での断食のワクチン補完の役割はCOVID-19後遺症への効果も含めて更なる検討の価値があると著者は結論しています。音の鎮痛効果の仕組み約60年前の1960年、歯科処置中に音楽を流すことで患者の痛みが和らぐことを示した報告がScienceに掲載されました3)。難儀な処置を亜酸化窒素や局所麻酔なしでやりおおせた患者もいたほどの効果がありました。以降、モーツァルトの古典音楽やら現代のミュージシャン・マイケル ボルトンの歌やらさまざまな音の鎮痛効果が検討され、実際に効果も認められました。たとえば8年ほど前の2014年の報告ではそのモーツァルトやマイケル ボルトン等の好きな音楽を聴いているときの線維筋痛症患者の痛みが減ることが示されています4)。米国NIHの神経生物学者Yuanyuan Liu氏等が率いるチームがScienceに発表した最新のマウス研究成果によると、そういった音の鎮痛効果はどうやら脳の特定の神経回路を抑制することでもたらされるようです5)。研究でマウスには少なくとも人には心地よいバッハの交響曲Rejouissance(歓喜)を毎日20分聴かせました6)。曲の音の強さは50~60デシベルで、曲なしでの背景音(ambient noise)は45デシベルが保たれました。マウスの足には炎症痛誘発液(complete Freund’s adjuvant;CFA)が注射され、続いて微針(von Frey filament)でその足を突いてどれだけ痛がるかが調べられました。驚いたことに、痛みを緩和する音の強さは決まっているようで、曲が背景音を5デシベル上回る50デシベルのときにマウスの痛みが緩和しました。50デシベルだとマウスは足を刺激されても平気で、それより強い音だと音楽なしのときと同様により痛がりました。人にとって不快なように変化させたRejouissanceやホワイトノイズでどうかを試したところ、それらが背景音を若干上回るデシベルであればやはり痛みを和らげました。つまり音の種類や快不快ではなく強度が鎮痛の鍵を握るようです7)。そういう低強度の音の鎮痛効果を担う脳の神経回路を同定すべく色素を使って脳領域の連結を調べたところ聴覚皮質から視床への経路が見つかり、低強度の音はその経路の神経活動を低下させました。音なしでその経路を光や低分子化合物で止めると低強度の音と同様に痛みを和らげる効果があり、その経路が通るようにすれば痛みが復活しました。すなわち低強度の音は聴覚皮質から視床への神経信号を阻害することで鎮痛効果をもたらしているようです。今後の課題として、鎮痛には背景音を若干上回る低強度の音でないとどうしてだめなのかを解き明かしたいと研究者は考えています。また、音を使った痛み治療の実現に向けて人ではどうなのかも調べる必要があります。たとえばマウスに試したような低強度の音を聞いているときの視床の活動をMRIスキャンで測定する試験は実施する価値がありそうです6)。参考1)Horne BD, et al. BMJ Nutrition Prevention & Health. 2022 Jul 1.2)Study finds people who practice intermittent fasting experience less severe complications from COVID-19 / Eurekalert3)GARDNER WJ,et al. Science 1960 Jul 1;132:32-3.4)Garza-Villarreal EA,et al. Front Psychol. 2014 Feb 11;5:90. 5)Sound induces analgesia through corticothalamic circuits. Science. 2022 Jul 7.6)Soft sounds numb pain. Researchers may now know why / Science7)Researchers discover how sound reduces pain in mice / NIH

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痙攣性発声障害〔SD:Spasmodic dysphonia〕

1 疾患概要■ 概念・定義痙攣性発声障害は、発声器官に器質的異常や運動麻痺を認めない機能性発声障害の1つで、発声時に喉頭筋の不随意的、断続的な収縮により音声障害を来す疾患である。1871年にTraubeが“spastic dysphonia”として初めて報告した。1968年にAronsonらが内転型と外転型の2つの病型に分類して“spasmodic dysphonia”という名称を提唱し、それ以降その名称が用いられている。発声時の声帯筋の筋緊張に関わるフィードバック機構の異常による喉頭の局所性ジストニア(focal dystonia)と考えられている。■ 病因痙攣性発声障害では約12%の患者でジストニアの家族歴がみられ、少なくとも一部の例では遺伝的要因が関与すると考えられている1)。ジストニア関連遺伝子のうちGNAL遺伝子変異の関与が指摘され、GNAL遺伝子変異を認めた例ではfunctional MRIにより前頭頭頂葉皮質の活動が亢進し、小脳の活動が低下していることが示されている。本症の病因は十分には解明されていないが、大脳白質における神経細胞の解剖学的異常、発声に関わる感覚-運動ネットワーク障害、中枢の神経伝達物質であるドーパミンやGABAの代謝異常などの関与が推測されている1)。■ 病型および症状本症は大きく内転型と外転型に分けられる。内転型では発声時に声帯が内転して声門が過閉鎖されることで発声中の呼気流が遮断され、発声時に断続的な声の途切れ、声の詰まり、努力性発声などを呈する。一方、外転型は発声時に声帯が外転して声門が開大することで、断続的な気息性嗄声、声の抜けなどの症状を呈する。いずれの病型においても、スムーズな会話が障害され日常生活上、大きな支障が生じる。■ 疫学筆者らが2013年に行った全国疫学調査などによると、病型別では内転型が90~95%と大部分を占め、男女比は約1:4で女性に多く、年齢は20および30歳代が約60%を占める2)。また、有病率は3.5~7.0人/10万人で、いわゆる希少疾病である。海外と比較するとわが国では女性の比率が高く、発症年齢は低い傾向にある。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)数年前まで、国内外を通じて本症の明確な診断基準はなかったが、厚生労働省研究班により2017年に診断基準と重症度分類が作成された。診断基準は必須条件、主要症状、参考となる所見、発声時の所見、治療反応性からなる(表1)3)。主な鑑別疾患は、音声振戦症、過緊張性発声、心因性発声障害、吃音がある。表1 痙攣性発声障害の診断基準(概要)画像を拡大する重症度分類はまず主観的重症度と客観的重症度に分けて評価する(表2)。主観的重症度は、音声障害の自覚度評価法であるVoice Handicap Indexと社会的・心理的支障度(声の障害により社会生活にどの程度の支障があるか)をそれぞれ点数化する。客観的重症度は規定文朗読や自由会話を検者が聞きとって、声の異常度を点数評価する。そして、両者の点数の組み合わせから、疾患の総合的重症度を決定する(表3)3)。表2 主観的および客観的重症度基準画像を拡大する表3 痙攣性発声障害の総合的重症度分類3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 保存的治療1)音声治療内転型痙攣性発声障害は発声時に声門が過閉鎖することによる音声障害であることから、発声時の喉頭筋の緊張を軽減させることで、症状を軽減できる場合がある。具体的な手技として、発声と呼吸のパターンを整えて楽な発声を誘導する腹式発声、喉頭筋の過緊張を軽減するための喉頭リラクゼーション法、高音での発声などがある。ただし、いずれも根本治療ではなく音声治療のみでの効果は限定的である。2)ボツリヌストキシン治療ボツリヌストキシンを喉頭筋に注入することで、筋の異常収縮を抑えて音声症状を改善させる治療法である。侵襲性が少なく奏効率が高いことから、米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会の「嗄声の診療ガイドライン」、わが国における「ジストニア診療ガイドライン」や「音声障害診療ガイドライン」において、本症に対する標準治療と位置付けられている。通常、内転型では輪状甲状間膜経由で甲状披裂筋に、外転型では輪状軟骨外側からのルートで後輪状披裂筋に、筋電図モニター下に投与する(図1)。治療効果は注入の1、2日後より現れ、平均15週間程度持続する。治療に伴う副作用としては、一過性の気息性嗄声や液体嚥下時のむせがある。国内では2018年にA型ボツリヌストキシン(商品名:ボトックス)の適用承認が得られた4)。先進国ではオーストラリアに次いで2ヵ国目である。図1 ボツリヌストキシン治療内転型では輪状甲状間膜経由で、外転型では輪状軟骨外側からのルートでそれぞれ標的筋に投与する。■ 外科的治療内転型痙攣性発声障害に対しては、以下に示す外科的治療があり、近年、適用症例が増えつつある。一方、外転型に対しては有効性が確立された外科的治療はない。1)甲状披裂筋切除術全身麻酔下に経口的に喉頭へアプローチし、声帯上面に切開を加えて責任筋である甲状披裂筋を両側性に鉗除する。手術手技が比較的簡単で皮膚切開を要しないという利点があるが、術後に気息性嗄声がみられる短所がある。2)選択的反回神経内転筋枝切断-再支配手術反回神経の内転筋枝を一旦切断したのちに再支配させる選択的反回神経内転筋枝切断-再支配手術(selective laryngeal adductor denervation-reinnervation surgery)が米国を中心に行われている。手技がやや煩雑でやはり術後に嗄声を来すことが多く、わが国ではあまり行われていない。3)甲状軟骨形成術2型局所麻酔下に甲状軟骨上に皮膚切開を置き、甲状軟骨を正中で縦切開して離断する。離断した軟骨を左右に開大することで、声帯前方を拡げて声帯の過閉鎖が起こらないようにする(図2)。術直後より音声が改善し、長期的にも安定した治療効果が得られることから5)、わが国を中心に手術例が増加しつつある。図2 内転型痙攣性発声障害に対する甲状軟骨形成術2型の模式図甲状軟骨を正中で切開し左右に開大してチタンブリッジにより固定することで、声帯内転による声門の過閉鎖を防止する。4 今後の展望近年の国内外における研究により、本症の病態は明らかになりつつある。また、治療においてもボツリヌストキシン治療や外科的治療の有効性が普及してきた。一方、本症に対する根治的治療法はまだない。発声に関わる中枢へのアプローチによる根治的治療法開発も進められており、今後のさらなる研究の発展が期待される。また、患者は耳鼻咽喉科のみならず、脳神経内科、脳神経外科、心療内科、精神科などさまざまな診療科を受診することが考えられる。本症の認知度はまだ十分とは言えず、早期診断や適切な治療に向けて、これらの診療科の医師や国民に対する啓発活動も望まれる。5 主たる診療科耳鼻咽喉科、脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診断・治療に関する情報日本音声言語医学会ホームページ(痙攣性発声障害の診断基準および重症度分類、ボツリヌストキシン治療実施可能施設一覧を掲載)患者会情報SDCP発声障害患者会(痙攣性発声障害を含む発声障害患者さんの交流と情報交換)1)兵頭政光. Clinical Neuroscience. 2020;38:1122-1124.2)Hyodo M, et al. Auris Nasus Larynx. 2021;48:179-184.3)鈴木則宏ほか編. Annual Review 神経 2020. 中外医学社;2020:229-235.4)Hyodo M, et al. Eur J Neurol. 2021;28:1548-1556.5)Sanuki T, et al. Otolaryngol Head Neck Surg. 2017;157: 80-84.公開履歴初回2022年2月21日

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事例042 皮膚・皮下腫瘍摘出術の査定【斬らレセプト シーズン2】

解説事例では、右上眼瞼皮膚良性腫瘍に「K005 1 皮膚・皮下腫瘍摘出術(露出部 長径2cm未満)を算定したところ、「K001 1 皮膚切開術(長径10cm未満)」570点に査定となりました。査定理由を調べるためにカルテを確認しました。局所麻酔下において、右上眼瞼の腫瘍を摘出したことが記載されていました。改めて、レセプトを確認すると、局所麻酔が表示されていません。入力担当に尋ねたところ、「使用量の麻酔薬を手術の薬剤として算定したところ、15円以下のため表示されなかった」とのことでした。保険診療には「手術は通常麻酔下に行われる」という前提があります。この前提に基づき、「皮膚・皮下腫瘍摘出術」は過剰とみなされ、通常麻酔下でなくとも実施が認められている「皮膚切開術」に査定となったものと推測できます。査定防止として、手術に対する麻酔がレセプトに表示されない場合には、コメントに「麻酔薬の使用を記載すること」としました。なお、炎症性粉瘤・せつ・よう・粘液水腫などに対する皮膚切開術は通常麻酔下でなくとも算定ができるとされています。

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頭皮の傷(裂創)の縫合処置【漫画でわかる創傷治療のコツ】第8回

第8回 頭皮の傷(裂創)の縫合処置外来で意外とよく見かける頭の傷。頭皮は血流が豊富なため傷が浅くても結構出血するので、外来に慌てて駆け込んでくる患者さんがよくいます。しかし、頭部は皮膚が厚く毛包脂腺系に富むので、全身の皮膚の中で最も良好な創傷治癒機転が働く部位でもあります。つまり治りやすいので、慌てず落ち着いて処置していきましょう!ただ、頭を打っている場合は頭蓋内病変も心配です。まずは頭部への衝撃による頭蓋内病変の有無を速やかに判定し、その疑いがあれば直ちに脳外科専門医に紹介をしましょう。外来では、それらを否定してから創部の処置を行います。次に、大まかに創部の状態をチェックして、縫合が必要かどうか、局所麻酔が必要かどうかを考えましょう。擦過傷であれば、第2回に解説した対応で問題ありません。皮膚や浅い皮下組織までの損傷なら、ちゃんと毛が生えます。頭皮の欠損が大きい場合は形成外科に紹介してくださいね。頭皮縫合のポイントは「帽状腱膜」の状態を見極めることさて、よくある頭部の外傷は裂創です。今回は頭皮裂創の縫合処置をメインに解説します。毎度のことですが、最初は局所麻酔と洗浄を行いましょう。創傷処置の基本は洗浄です! 剃毛は必要ありません!! もしどうしても剃毛する場合は、周囲5mm程度にしましょう。剃毛後は粘着テープで周囲の髪を除去します。挫滅した組織をトリミングする際は最小限にとどめ、楔状(右図参照)に行いましょう。洗浄と局所麻酔については前の記事(第2回、第3回)を参照してください。頭皮の縫合を行うに当たって、できれば見極めてほしいポイントが、「帽状腱膜まで切れているのかどうか?」です。処置方法は、帽状腱膜の処置が必要かどうかで大まかに分けられます。(1)帽状腱膜の状態を確認創部がどのくらいの深さか判定するためには、まず頭皮の解剖学を理解していないといけませんね。表皮から順にSCALPの頭文字になっています(下図参照)。皮膚~皮下組織~棒状腱膜は密に結合しているため、まとまって骨膜から剥がれて出血していることが多いです。帽状腱膜(下図参照)は、皮下組織より深層、骨膜上に存在しています。前方では前頭筋、後方では後頭筋、側方では上耳介筋、側頭筋膜にそれぞれ移行する横方向に強靭な線維性組織で、この表層に主要血管と神経が走行しています。そのため、帽状腱膜が損傷している場合は出血量が多いことがあるのです。帽状腱膜の縫合が必要な場合帽状腱膜が破れていたら、しっかり縫合することがその後の止血や瘢痕(はんこん)予防に重要となります。骨膜が見えている、もしくはすぐ硬い骨が触れるような場合、帽状腱膜が破れている可能性が高いです。太めのナイロン糸(4−0)でしっかり縫合しましょう。出血源となっていることも多いため、ここをしっかり縫合することである程度の出血をコントロールできるはずです。腱膜を寄せるのが緊張で難しい場合は、帽状腱膜下を少し剥離するとよいです。帽状腱膜の縫合が不要な場合比較的浅い傷で、毛包や脂肪層が見える範囲にとどまっている場合、出血は圧迫止血のみでコントロールできることが多いです。無闇に電気メスやバイポーラで止血すると毛包を傷つけてしまうので気を付けてください。縫合は、後に解説する表面縫合のみで対応します。(2)帽状腱膜がどれかわからなかったら…帽状腱膜は慣れていないと同定しづらいこともあります。その場合、皮膚から帽状腱膜まで大きく組織を取って縫合するやり方もあります。出血が多い場合は、このように大きく針糸をかけて強めに縫合します。残ってしまった瘢痕は髪の毛で隠せます。縫合の緊張が強過ぎて創縁が壊死してしまった場合は、抜糸後に軟膏処置などを行う必要があります。(3)頭皮の表面縫合について帽状腱膜の処置が終わったら、表皮を縫合しましょう。前回、頭皮に真皮縫合は必要ないと説明しました。真皮縫合を行うと、毛包を損傷し瘢痕性脱毛の原因となります。右図のように真皮浅層から中層を通すように表面縫合を行います。後に記載するステープラー縫合もいいと思います。(4)ステープラー縫合について毛包を損傷しにくいという点で、ステープラー縫合は頭皮の表面縫合に有用です。ただ、寝転がる際に当たる部分などは日常生活で患者さんが苦痛に感じることもあるので注意しましょう。小児の頭部裂創に対して皮膚接着剤を使う方法がある?泣き叫ぶ子供を押さえつけて局所麻酔して縫合して…とは非常に困難ですよね。そこで、止血ができた比較的浅い(皮下組織程度)裂創に対して、ダーマボンドを使う方法があります。創部を寄せるように髪の毛をくっつけるのです。もちろん、処置の前に創部をしっかり洗浄して水分は拭き取ること! ダーマボンドが傷に入らないよう、気をつけて行ってくださいね。参考1)Brosnahan J. Evid Based Nurs. 2003;6:17.2)夏井 睦. ドクター夏井の外傷治療裏マニュアル. 三輪書店;2007.3)波利井 清紀ほか監修. 形成外科治療手技全書I 形成外科の基本手技1. 克誠堂出版;2016.4)菅又 章 編. PEPARS(ペパーズ)123 実践!よくわかる縫合の基本講座<増大号>. 全日本病院出版会;2017.5)横田 和典 編.PEPARS(ペパーズ)177 当直医マニュアル形成外科が教える外傷対応.全日本病院出版会;2021.6)山本 有平 編.PEPARS(ペパーズ)14 縫合の基本手技<増大号>.全日本病院出版会;2007.7)上田 晃一 編. PEPARS(ペパーズ)88 コツがわかる!形成外科の基本手技―後期臨床研修医・外科系医師のために―. 全日本病院出版会;2014.8)日本形成外科学会, 日本創傷外科学会, 日本頭蓋顎顔面外科学会編. 形成外科診療ガイドライン2 急性創傷/瘢痕ケロイド. 金原出版;2015.

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先生!その縫合の目的は何ですか?~縫合の歴史と目的~【漫画でわかる創傷治療のコツ】第4回

第4回 先生!その縫合の目的は何ですか?~縫合の歴史と目的~《解説》さて、前回から切り傷の縫合処置について解説していますが、まずは準備段階として、創部確認~局所麻酔~消毒を中心にお話ししました。今回は、実際の縫合処置に入る前のアイスブレイクとして、縫合処置の歴史と目的を確認しておきましょう。そもそも、縫合は何のために行われるのでしょうか? 創面積の縮小が1つの目的ではありますが、組織の欠損が大きくなければ、縫合しなくても適切な軟膏処置などで傷自体は治ります。縫合するということは、組織の一部が血行不良となるので、誤った処置はむしろ創縁の壊死や創離開の原因となり、治癒が遅くなることさえあるのです。では、わざわざ異物である縫合糸を使って縫合する理由は何でしょうか。縫合は、大きく分けると、皮膚表面を縫う縫合と皮下(真皮も含む)を縫う縫合の2つがあります。これらの縫合によって、創傷の一次治癒を達成できるだけでなく、最小の瘢痕形成にとどめられるという利点があります。切り傷によって、本来の生体構造にはない空間(死腔)ができると、そこに浸出液や壊死組織がたまって感染源になってしまいます。感染すると傷の治りが遅れ、一次治癒が阻害されて傷痕が残ります。つまり、適切な縫合処置をすることで、傷の治りが良く(早く)なるだけでなく、傷自体も小さくすることができるのです!次回は、実際の縫合処置を行うために用意する道具(器械、糸、針)について説明します!参考1)McCarthy J.G. Introduction to plastic surgery. Plastic Surgery. Vol 1. Philadelphia: W. B. Saunders Co.;1990.p.42-53.2)小林寛伊. 縫合材料の歴史と問題点. 医科器械学雑誌. 1975;45:627−634.3)日本医療用縫合糸協会ホームページ

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がん治療の中心静脈アクセスデバイス、完全埋め込み型ポートが有用/Lancet

 固形腫瘍または血液腫瘍患者の全身性抗がん薬治療(SACT)に使用する中心静脈アクセスデバイス(CVAD)では、完全埋め込み型ポート(PORT)はHickmanトンネル型中心静脈カテーテル(Hickman)や末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)と比較して、合併症の頻度がほぼ半減し、QOLや費用対効果も比較的良好である可能性があることが、英国・グラスゴー大学のJonathan G. Moss氏らが実施した「CAVA試験」で示された。研究の詳細は、Lancet誌オンライン版2021年7月20日号に掲載された。3つの2群間比較で非劣性または優越性を評価 研究グループは、悪性腫瘍患者に対するSACTに用いる3つのCVADについて、合併症の発生率や費用、QOLを比較し、受容性、臨床的有効性、費用対効果を評価する目的で、非盲検無作為化対照比較試験を行った(英国国立衛生研究所[NIHR]医療技術評価[HTA]プログラムの助成による)。本試験では、2013年11月~2018年2月の期間に、英国の18の腫瘍科病棟で参加者が募集された。 対象は、年齢18歳以上、固形腫瘍または血液腫瘍の治療で12週以上のSACTが予測され、最適なCVADに関して臨床的に不確実性が認められる患者であった。 被験者は、4つの無作為化の選択肢(Hickman対PICC対PORT[2対2対1]、PICC対Hickman[1対1]、PORT対Hickman[1対1]、PORT対PICC[1対1])に基づいて、3つのCVADに割り付けられた。PICCとHickmanの比較では非劣性(マージン:10%)、PORTとHickmanおよびPORTとPICCの比較では優越性(マージン:15%)の評価が行われた。 主要アウトカムは、デバイスの除去、試験中止、追跡期間1年のうちいずれか先に到達した時点における合併症(デバイス関連の感染症・静脈血栓症・肺塞栓症、静脈血吸引不能、器具の故障など)の発生率とした。医療サービス提供モデルの改変が課題 1,061例が登録され、PICC対Hickmanに424例(PICC群212例、Hickman群212例)、PORT対Hickmanに556例(253例、303例)、PORT対PICCに346例(147例、199例)が割り付けられた(Hickman対PICC対PORTの患者は2つの2群間比較に含まれたため、比較対象の患者の総数は無作為化で割り付けられた患者数よりも多く、1,326例[各群の平均年齢の幅59~62歳、女性の割合の幅44~55%]となった)。 がん種は、固形腫瘍が87~97%で、このうち大腸がんが46~65%、乳がんが11~16%、膵がんが6~15%であり、血液腫瘍は3~13%で、固形腫瘍の患者のうち59~68%に転移病変が認められた。 Hickmanの留置を最も多く行ったのは放射線科医(46~48%)で、次いで看護師(23~35%)、麻酔科医(13~20%)の順であった。PICC留置の多くは看護師(67~73%)によって行われた。PORT留置は、放射線科医(59~78%)、看護師(2~24%)、麻酔科医(10~11%)の順だった。PORT群の5例が全身麻酔下にデバイスを留置されたが、これ以外はすべて局所麻酔下であった。 PICC対Hickmanの合併症発生率は、PICC群が52%(110/212例)、Hickman群は49%(103/212例)と同程度であった。両群間の差は10%未満であったが、PICCのHickmanに対する非劣性は確認されず(オッズ比[OR]:1.15、95%信頼区間[CI]:0.78~1.71)、検出力が不十分である可能性が示唆された。 PORT対Hickmanの合併症発生率は、PORT群が29%(73/253例)と、Hickman群の43%(131/303例)に対して優越性が認められた(OR:0.54、95%CI:0.37~0.77)。また、PORT対PICCでは、PORT群は32%(47/147例)の発生率であり、PICC群の47%(93/199例)に比し優れていた(0.52、0.33~0.83)。 デバイス特異的なQOLは、PICC群とHickman群に差はなく、PORT群はこの2群に比べ良好であった。一方、PICC群はHickman群よりも総費用が低かった(-1,553ポンド)が、留置期間を考慮すると、週当たりの費用の差は小さくなった(-129ポンド)。PORT群はHickman群に比べ総費用(-45ポンド)が低く、週当たりの費用も安価であった(-47ポンド)が、有意差はなかった。また、PORT群はPICC群に比し総費用が実質的に高額であった(+1,665ポンド)が、週当たりの費用は逆に低かった(-41ポンド、有意差はない)。 著者は、「これらの知見により、固形腫瘍でSACTが行われる患者の多くは、英国国民保健サービス(NHS)の範囲内でPORT留置を受けるべきであることが示唆される」とまとめ、「現在の課題は、PORTをより適切な時期に、費用対効果が高い方法で施行できるように、医療サービス提供モデルを改変することである」としている。

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切り傷の縫合処置(創部確認~局所麻酔~消毒)【漫画でわかる創傷治療のコツ】第3回

第3回 切り傷の縫合処置(創部確認~局所麻酔~消毒)《解説》前回は、擦過傷(擦り傷)についての基礎的な解説をしました。今回は、切創の縫合処置について、基本的なことを何回かに分けて説明していこうと思います。※咬傷などの術後感染が懸念される場合については、また別途解説予定です。けがから8時間以内の切り傷は一次縫合の適応受傷後8時間以内で汚染が少ないと考えられる切創であれば、縫合処置で一次治癒(切り傷がそのままくっついて、傷痕が少なく治る状態)を目指しましょう。その場で縫合を行うかの判断は、創の部位、汚染の有無、基礎疾患などを考慮し、リスクを患者さんにしっかり説明したうえで行います。どうしても迷って決断できない場合や、縫合の手技が難しいと考えた場合は、洗浄と軟膏処置のみ行い、できるだけ早めの形成外科受診を促してください。それでは、実際の処置の流れを説明します。(1)創部の確認まずは、創を簡単に確認しましょう。顔面は、眼瞼や耳介、鼻など特徴的な形態の部位が多く、また口唇の赤唇と白唇といった解剖学的に境界線を有する組織もあるため、ランドマークは先にマーキングしておきましょう。後ほどの処置で、局所麻酔薬による腫脹やエピネフリンによる血管収縮で境界がわからなくなってしまうことがあります。(2)洗浄:必要に応じて局所麻酔と組み合わせる前回取り上げた擦過傷と同様に、洗浄が大切です! 切創の場合、洗浄前に縫合処置の必要性が高そうだと判断できるならば、先に局所麻酔をしておくと、創部を観察しやすくなるのでおすすめです。とくに小児の場合は、表面麻酔をしてから局所浸潤麻酔をすると、麻酔時の痛みも軽減できます。洗浄の方法については、前回の記事も参考にしてください。(3)局所麻酔皮膚表面の外傷に対して主に使用するのは、表面麻酔、浸潤麻酔、伝達麻酔です(ほかに、脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔などがあります)。外来で最も一般的なのは局所浸潤麻酔で、薬剤を皮下や粘膜下に直接注射して浸潤させる方法です。表に、よく使用する局所麻酔薬をまとめました。pKaは作用発現の速さ、分配係数は効果の強さ、蛋白結合率は作用時間の長さと関連しています。たとえば、リドカインだと数分で麻酔が効いてきて、1〜1.5時間(エピネフリン添加であれば2時間)作用が持続しますよ!表:よく使用する局所麻酔薬と各指標なお、麻酔にはリスクが伴うことも念頭に置いておきましょう。薬剤の血中濃度が高くなり過ぎると、中枢神経や心筋のナトリウムチャネル遮断が起こり、中毒症状(めまい、舌のしびれ、耳鳴り、多弁、興奮状態、意識障害、痙攣、昏睡、呼吸停止、循環虚脱)が発現する恐れがあります。麻酔前に同意書を書いていただく際などに、再度リスクについての説明をしておきましょう。禁忌や慎重投与(陰茎、指鼻などの末端部位)でなければ、1%エピネフリン含有リドカインを使うことが多いです。エピネフリンは血管収縮の作用があり止血効果、麻酔薬作用時間の延長効果があります。しかし、動悸頻脈を引き起こすことがあるので注意しましょう。《麻酔時の痛みが出やすいタイミングと対処法》注射薬や洗浄時に皮膚が切れるとき⇒表面麻酔を併用し、30Gなどの細い注射針を使用しましょう。薬剤が浸潤するとき⇒最初は狭い範囲に注射を行い、薬剤をゆっくり注入(slow injection)して、薬が浸潤したところから徐々に広げていきましょう。pH調整(炭酸水素ナトリウム注射液を約10%混ぜるなど)も有効です。極量とは:これを超える量は局所麻酔薬中毒を誘発する危険性が高く、使用してはならない量。極量の半分を超える用量を目安に注意を要します。例)リドカイン1%の極量は5mg/kg(体重50kgの場合25mL) エピネフリン含有リドカイン1%の極量は7mg/kg(同上35mL)(4)その他の麻酔方法:ブロック麻酔指や顔でも、範囲が大きい場合はブロック麻酔を使うと便利です。《指ブロック麻酔》エピネフリンを添加していない麻酔薬を用いることが多いです。指の神経は、漫画にも示した図のように手背側では伸筋腱の両側面の皮下を走行しており、手掌側ではMP関節(指の付け根)の付近で二つに分かれて屈筋腱の両側を走行しています。そのため、指間部で背側2ヵ所、掌側2ヵ所に麻酔薬を注入します。《顔面のブロック麻酔》鼻などはかなり痛みが強い部位なので、顔の神経ブロックを併用すると薬剤の注入時も疼痛が軽減できます。眼窩上神経は三叉神経第1枝の抹消枝であり、眉毛部や前額部の痛みに適応、眼窩下神経は三叉神経第2枝領域であり、下眼瞼や上口唇、鼻腔領域の痛みに適応します。また、オトガイ神経ブロックは、下口唇や頤部の痛みに適応します。切創ではとくに、創部の除痛をしっかり行って洗浄しましょう。砂や小石などの異物はすべて取り除きます。この時に、損傷の深さはどのくらいなのか(たとえば、皮下組織までにとどまっているのか、筋層まで断裂しているのか、腱や神経、主要な血管の損傷がないかなど)を再確認しましょう。(5)消毒、ドレーピング縫合前準備の仕上げとして、縫合する範囲とその周囲を消毒しましょう。顔面にエタノールは、目や粘膜の刺激になるので絶対にやめてくださいね!外来なら、クロルヘキシジン0.05%やポビドンヨードなどが置いてあると思います。ポビドンヨードは術野に色が付いてしまうので、状況によって使い分けてくださいね。今回は、縫合前の準備についてまとめました。次回は、縫合に使用する道具の選択や使い方について解説していく予定です!参考1)波利井 清紀ほか監修. 形成外科治療手技全書I 形成外科の基本手技1. 克誠堂出版;2016.2)日本形成外科学会, 日本創傷外科学会, 日本頭蓋顎顔面外科学会編. 形成外科診療ガイドライン2 急性創傷/瘢痕ケロイド. 金原出版;2015.3)土肥 修司ほか編. イラストでわかる麻酔科必須テクニック. 羊土社;2019.4)菅又 章 編. PEPARS(ペパーズ)123 実践!よくわかる縫合の基本講座<増大号>. 全日本病院出版会;2017.5)岡崎 睦 編. PEPARS(ペパーズ)127 How to局所麻酔&伝達麻酔. 全日本病院出版会;2017.6)一般社団法人 日本創傷外科学会ホームページ

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ワクチン接種後の手のしびれ、痛みをどう診るか(1)

前回、ワクチン接種後に生じる可能性のある末梢神経障害や、SIRVA(Shoulder Injury Related to Vaccine Administration:ワクチン接種に関連する肩関節傷害)について解説しました。今回はワクチン接種後にこれらを疑う症例について、より実際に即したお話をしたいと思います。<今回のポイント>神経に穿刺した場合、“どこに注射したか”“何を注射したか”“損傷の形態”さらに“心因的な要素”などによって症状は異なる。神経を損傷したわけではなくても、注射の後に手の痺れを訴えることがある。末梢神経損傷やSIRVAについて、ワクチン接種に従事する医療者は知っておいたほうが良いのでしょうか?前回も述べたように、私たちが提案した安全なワクチンの筋注方法に従って注射する限り、末梢神経損傷やSIRVAは心配しなくても良いと考えています。とくに今回のような状況下では末梢神経損傷やSIRVAについては、せいぜい「そんな副反応もあるのだな」程度の知識で十分ではないでしょうか。それよりもワクチン接種会場では適切な問診の対応ができること、さらに厚生労働省が示すように、「アナフィラキシー」「血管迷走神経反射」といった副反応への対処のほうが大切でしょう。しかし、従来通り肩峰下三横指以内に筋肉注射する手技を選択するのであれば、少なくともSIRVAという疾患概念については知っておくべきではと思います。その部位に接種することによって障害が発生するリスクが指摘されているからです。針で神経を刺してしまうと、必ず麻痺が起こるのでしょうか?“どこに注射したか”“何を注入したか”“神経損傷の形態”さらに“心因的な要素”などによって症状は大きく異なると考えます。まず“どこに注射したか”ですが、たとえば、手関節の橈側での静脈穿刺は、橈骨神経浅枝損傷のリスクがあります1)(図1)。(図1)画像を拡大する2021年現在、判例等によると、手関節から12cm以内の前腕橈側での静脈穿刺は、橈骨神経浅枝の損傷に対して医療側の過失を問われる可能性が高い。実際にCRPS(複合性局所疼痛症候群)を発症し、病院側が敗訴した判例もあります2)。この部位での採血や静脈路確保による橈骨神経障害は、ほかの部位と比べると症状が強く発現しやすくトラブルに発展しやすいため、極力避けるべきだと個人的にも思います。ワクチン接種と関連した上腕の部位だと、腋窩神経は終末近くを分岐する運動神経で症状が出にくく、橈骨神経では手の一部を支配する感覚神経と運動神経双方の線維を含むことから症状が現れやすいと言えます。一方で、私たち整形外科医や麻酔科医は腕神経叢や坐骨神経に対して神経ブロックを行う際に末梢神経を針で刺し、局所麻酔薬を注入します。確かに神経に針を刺せば、部分的な軸索の損傷を生じる可能性があります。しかし、通常神経ブロックを行う部位への局所麻酔薬の注射では、永続的な神経障害の危険性はかなり低いと考えられています。もちろん注入する薬剤の種類や濃度によっては、注射部位によらず神経の障害を起こしうるでしょう。“何を注射したか”薬剤の種類によって神経毒性はまったく異なります。とくにワクチンは局所の炎症を引き起こすので、誤って末梢神経に注入するようなことは避けるべきでしょう(図2)。(図2)画像を拡大する末梢神経に対する局所の毒性は薬剤によって大きく異なる。「神経ブロックでよく穿刺しているから、ワクチン接種で穿刺しても大丈夫」とはならない。さらに知っておきたいのは、実際にはさまざまな“神経損傷の形態”があるということです。古典的なSeddon分類に従って考えても、一時的な圧迫による伝導障害、神経幹は断裂していないが軸索が損傷している状態、神経幹自体が断裂している状態など、神経損傷の程度や回復の見込みもさまざまです(図3)。(図3)画像を拡大するそれぞれの末梢神経は、図に示す神経線維の束である神経束がさらに束になったものである。実際には部分的な神経束の損傷など、さまざまな形態が存在する。ですから実際の患者さんが教科書に書いてあるような典型的な麻痺の症状を必ず呈するとは限りません。たとえば、単純に『肩が自動運動で挙上できるので、腋窩神経損傷は否定できます』などとは言えないわけです。末梢神経を傷つけた場合、ほとんど無症状の場合から、異常な感覚を訴える場合、あるいは筋力低下を明らかに示す場合など、さまざまな症状が生じ、整形外科医でも判断に迷うことはよくあります。注射後に手の痺れを訴える人もいるようですが、神経損傷あるいは気のせいでしょうか。神経損傷やSIRVAを生じる可能性は、全体的に見ると低いものです。SIRVAの場合、4月30日時点での厚生労働省の「医療機関からの副反応疑い報告について」3)を参照すると2件の副反応疑いとして報告(ワクチン接種関連肩損傷[ワクチン投与関連肩損傷])があります。もちろん何千万という単位で行われる集団ワクチン接種が今回日本で初めて筋肉注射という形で行われているので、確率の低い合併症であっても日本全体で見ると今後問題となるかもしれません。神経障害については、まだはっきりとした発生頻度は分かりません。上記の厚労省報告では、さまざまな症状の中で「感覚異常(感覚鈍麻)」と記載されているものは100例以上あるようです。しかし、ワクチン接種後に腕のしびれや肩の痛みなどの症状があっても、それをすぐに末梢神経損傷やSIRVAといった診断や被接種者への説明に結びつけるべきではないとも思います。 奈良県立医科大学附属病院では、これまで約4,000人の医療従事者に対して2回の新型コロナウイルスワクチン接種が研修医によって行われました。副反応のうち、肩や腕など接種部位に関連する症状について診察を必要とすると判断された被接種者については、私の外来を受診してもらっています。本病院ではわれわれが作成した筋肉注射手技マニュアルに従った接種方法を研修医に行ってもらいましたが、現在のところ末梢神経損傷やSIRVAを疑う被接種者はおりません。しかし、腕のしびれや痛みを訴えて受診された方は数名いました。実はインフルエンザワクチン接種や採血、あるいは研修医同士の採血の練習などにおいて、明らかな末梢神経の損傷を示す所見はないのに、「腕や手の痺れを訴える」というケースが毎年あり、珍しいものではありません。腕に注射をされた際、一時的に「なんとなく腕や手に軽い違和感」を自覚したものの、そのあとは「とくに何もしなくても元に戻った」と感じたことがある人は多いのではないでしょうか。このような一時的な痛みや痺れは、ほとんどの場合臨床上問題なく自然治癒するものなのですが、中には医療従事者の対応も含めた“心因的な要素”も重なり、CRPS(複合性局所疼痛症候群)を疑うような強い痛みに発展してしまう患者さんもいます。ただし、稀に本当の神経損傷がまぎれ込むこともあるので、慎重な診察が必要です。このあたりの問題については、次稿で解説します。1)渡邉 卓編. 日本臨床検査標準協議会. 標準採血法ガイドライン(GP4-A3). 2019.2)Medsafe.Net: No.400「点滴ルートの確保のために左腕に末梢静脈留置針の穿刺を受けた患者が複合性局所疼痛症候群(CRPS)を発症。看護師が、深く穿刺しないようにする注意義務を怠った結果、橈骨神経浅枝を損傷したと認定した高裁判決」3)厚生労働省:医療機関からの副反応疑い報告について(予防接種法に基づく医療機関からの副反応疑い報告状況について [令和3年2月17日から令和3年4月25日報告分まで])

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擦り傷の治療(洗浄、異物除去、被覆材の選択)【漫画でわかる創傷治療のコツ】第2回

第2回 擦り傷の治療(洗浄、異物除去、被覆材の選択)《解説》創傷には、急性創傷(外傷など)と慢性創傷(褥瘡など)がありますが、今回は急性創傷の中から、擦過傷(さっかしょう)をテーマに取り上げました。主な外傷は、ほかに切創(せっそう)、裂挫創(れつざそう)、刺創(しそう)、咬傷(こうしょう)などがあります。擦過傷とは、いわゆる擦り傷のことで、道路や塀などに擦り付けられ、皮膚が擦りむけた状態の創傷です。損傷自体は浅く、真皮層などに留まることが多いです(皮下組織まで達している場合は、擦過創になります)。通常、軽度の場合は自然治癒しますが、傷に土や砂などが入り込んだまま上皮化すると、外傷性刺青といって皮膚に異物の色が残ってしまうことがあるため、初期治療で異物を取り除くことが非常に大事です。それでは、実際の処置の流れを説明していきます。(1)洗浄擦過傷に限らず、外傷の処置はまず汚染を取り除くこと、つまり洗浄が第一です。創部の直接消毒は創傷治癒を邪魔してしまうので、現在ではほとんどの場合推奨されません。洗浄水は、基本的に水道水でよい1)ですが、深部組織の場合は生理食塩水のほうがよいです。汚染が強い場合には、せっけんも使用可。十分な水で洗浄し、創部に付着している細菌を減らすことが大事です。洗浄はスタッフにも手伝ってもらいましょう。剃毛は、はさみなどで処置の妨げになる部分を取り除く程度の最低限で構いません。疼痛が強い場合は、創部の麻酔を考慮します。《局所麻酔の方法》表面麻酔  患部に麻酔クリームを塗ってラップをのせ、10~30分置く。例)リドカイン・プロピトカイン配合クリーム(商品名:エムラクリーム)、リドカイン塩酸塩ゼリー(同:キシロカインゼリー)など局所浸潤麻酔患部付近の皮内に穿刺して丘疹を作り、そこから広げて麻酔薬を浸潤させる。27~30Gのできるだけ細い針を使用。注入後、3~5分待つ。例)1%エピネフリン含有リドカインなど(2)異物除去次に、異物を徹底的に取り除きます。病院ではガーゼ、滅菌した歯ブラシなどを使用します。取れないものは異物セッシなどを使用することもあります。ここで少しでも異物が残ってしまうと、外傷性刺青の要因となります。周辺組織が壊死している場合は、壊死組織を除去しますが、判断が難しい場合は形成外科にそのまま引き渡していいと思います(原則翌日の対応をお願いします!)。(3)創傷被覆洗浄・異物除去が終わったら、創傷が治る環境にしましょう!一概にどの方法がよいとは言えない部分もありますが、基本として、湿潤環境を整えて創傷治癒を促すことが大切です。湿潤環境とは:創面を乾燥させず、浸出液が適度に保たれた状態。浸出液には創傷治癒に必要な因子が含まれるため、それを保持することで上皮化が早くなります。昔の創傷処置は、感染を恐れて創部を乾燥させていました。以下に、漫画で紹介した被覆材のメリット・デメリットを示します。湿潤環境の形成を目的とした製品もあります。アルギン酸塩+フィルム◎浸出液・血液などの吸収力が高く、止血促進効果がある。△剥がす時に張り付いて取れにくい(貼付時に創面が乾いていたら生理食塩水で湿らせる)。白色ワセリン+ガーゼ◎どこの病院でも取り扱っており、安価。△乾燥し過ぎる傾向にあり、剥がす時に痛みが出ることも。ハイドロコロイド(材)など◎防水性が高く、湿潤環境を保持でき、痛みも少ないため小児に使いやすい。△感染徴候がある場合や浸出液が多い創には向かない。高価で交換時期の判断が難しい。(◎:メリット/△:デメリット)いずれにせよ、専門外で対応する場合は、後日専門医に創部をチェックしてもらう前提で選びましょう。できるだけ近日中(翌日か数日以内)に、形成外科を受診してもらうようにしてください!自宅処置については、交換時にしっかり流水で洗浄してもらうことを指導します。なお、交換時期については自己判断が難しい場合もあり、形成外科では基本的に通院してもらっています。傷が治ってきたら、傷跡をできるだけきれいに治すために、上皮化後の遮光、保湿など、上皮化後に行う後療法の指導も行います。参考1)Fernandez R, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2012 Feb 15.2)波利井清紀ほか監修. 形成外科治療手技全書I 形成外科の基本手技1. 克誠堂出版;2016.3)日本形成外科学会, 日本創傷外科学会, 日本頭蓋顎顔面外科学会編. 形成外科診療ガイドライン2 急性創傷/瘢痕ケロイド. 金原出版;2015.

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COVID-19ワクチン(2021年3月現在)【今、知っておきたいワクチンの話】各論 第8回

ワクチンの特徴(種類と製法)新型コロナワクチンは2020年12月に相次いで3製剤(Pfizer/BioNTech製、Moderna製、AstraZeneca/Oxford製)が治験を終え、米国および英国をはじめ各国で承認され接種が始まった。その後も複数の新規ワクチンが米国、中国、ロシアなどで順次承認され使用されている。わが国では2021年3月現在、Pfizer/BioNTech製の「コミナティ筋注」(以下、「コミナティ」)のみが承認され、医療従事者から順次接種が始まっている。早ければ4月中旬には地域の高齢者にも接種が始まる見込みである。Moderna製、AstraZeneca/Oxford製はいずれも承認申請済みであるものの現在審査中であり、具体的な承認時期は不明である。以下、コミナティに限定して解説する。コミナティの特徴コミナティはメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンである。新型コロナウイルスが持つ構造蛋白のうちヒト細胞への侵入のカギとなるのは、スパイク蛋白である。このワクチンは、ウイルス遺伝子からスパイク蛋白の配列部分だけを切り出し、安定化のためにリポ脂質で包んだもの(物質名「トジナメラン」1) )を主成分としている。コロナウイルスは1本鎖プラス鎖RNAウイルスであるため、切り出したウイルス遺伝子がそのままmRNAとして機能する。これを筋肉内に接種すると、ヒト筋細胞はmRNAを読み取って細胞質内でウイルスのスパイク蛋白を大量に生成し、細胞外に放出する。放出されたスパイク蛋白を免疫細胞が認識することで、スパイク蛋白に対する免疫を獲得するという仕組みである2)。mRNAワクチンがヒトで実用化されたのは今回が初めてである。ではなぜ、不活化や弱毒性などの既存製法ではなく、mRNAだったのか? 答えは開発速度にある。不活化や弱毒性その他の既存製法は基本的に、ウイルスそのものを原材料として大量に必要とする。そのためウイルスの適切な培養系の確立が必須となるが、通常は年単位を要する開発作業である。それに対してmRNAは、ウイルスの遺伝子配列さえ既知であれば、遺伝子工学によって迅速に原材料を大量生産できる。実際、Pfizer/BioNTech社は、2020年1月10日に中国保健当局が新型コロナウイルスの全遺伝子配列を発表したその日から開発に着手したとphase 3論文で明言している3)。全世界を覆う未曾有のパンデミックにおいて迅速なワクチン開発は決定的に重要であった。遺伝子工学による新技術がコロナ禍に迅速に希望をもたらしたのである。ウイルス遺伝子を接種することに漠然とした不安があるようだが、杞憂である。分子生物学のセントラルドグマに従い、ワクチンのmRNAがヒトDNAへと逆転写されることはけっして起きない。そもそも一般にウイルス感染のたびにヒト細胞は大量のウイルス遺伝子に晒されるが、レトロウイルスのようなごく一部のウイルスを除いて、ウイルス遺伝子がヒトDNAに直接影響を及ぼすことはないのだ。インフルエンザウイルスに感染しても新型コロナウイルスに感染しても、ヒトDNA自体が変化を受けることはない。よって、ワクチンとして接種した新型コロナウイルス・スパイク蛋白のmRNAが、ヒトDNAに影響を与えることも子孫に継代されることもあり得ないのである。コミナティの効果Phase 3論文で示された効果は、2回目接種完了後7日後以降におけるCOVID発症(発熱などで発症しPCR検査で陽性と確定される患者)が、プラセボ群に比べて95.0%(95%信頼区間90.3-97.6)減少するという驚異的数字であった。発症の減少に伴い、重症COVIDも88.9%(同20.1-99.7)と著しく減少した。世界で最も早く市民への接種が進んだイスラエルにおけるヒストリカルコホート研究4)でも、COVID発症が94%(同87-98)、重症COVIDが92%(同75-100)それぞれ減少した。これらはphase 3とほとんど同等の結果であり、治験内容が裏付けられた。さらに、同研究では無症候性感染に相当するPCR陽性者も90%(同83-94)減少したことも観察され、コミナティが発症のみならず感染自体も予防することが示唆された。一方で、コミナティ接種によって他者への感染伝播を減少するか、すなわち集団免疫の形成に寄与するかは、本稿執筆時点でpeer-reviewed journalに掲載された質の高い研究では示されていない。今後の報告が待たれる。ワクチンの副反応・有害事象懸念された副反応については、治験においては通常のワクチン反応性症状(発熱、倦怠感、接種部位疼痛、腫脹など)しか検出されなかった。これは人体が免疫獲得する際に生ずる自然な炎症反応の現れであり、何ら後遺症を残すことなく1日~数日で自然消失する。ただし、既知のワクチンに比べると頻度は高く、自覚症状も強めのようである。接種翌日には欠勤など、接種しやすくする配慮が望ましいであろう。アナフィラキシーについては、治験では検出されなかったが、市中接種開始後に報告され始めた。米国のワクチン有害事象報告システム(VAERS)に集積された報告の解析によると5)、コミナティは994万接種中47件のアナフィラキシー(ブライトン分類1~3)が生じ、100万接種あたり4.7件の頻度であった。接種から発症までの時間の中央値は10分であり、94%が女性であった。同じ米国VAERSに報告された既存ワクチンによるアナフィラキシーが100万接種あたり1.31件とされている6)のに比べても、極端に高い数字とは言えない。ただし、女性がほとんどを占めていることには注意を要する。もともとアナフィラキシーは女性に多いと報告されており7)、局所麻酔薬アナフィラキシーでも女性が多かったという報告もある8)。一方で、コミナティではmRNAを包むリポ脂質がポリエチレングリコール(PEG)で構成されているが、PEGはアナフィラキシー原因物質として知られる9)と同時に、多くの化粧品に含まれている。コミナティで女性にアナフィラキシーが多いのは化粧品にPEGが含まれていることと関係があるかもしれないが、現時点で詳細はわかっていない。上記以外には、副反応の可能性がある有害事象の報告は現時点ではなく、極めて安全なワクチンと言ってよい。コミナティは3月上旬時点ですでに世界で1億回以上接種されたと見込まれている。仮に100万接種分の1の極めてまれな頻度で生ずる重篤な副反応があったとしても、1億回接種してそれが1件も発生しない確率は、と、あり得ないほど小さな確率である。すなわち、1億回以上接種されたにもかかわらず新しい副反応報告がない時点で、確率100万分の1のような極めてまれな副反応も観察されていないと言ってよい。ただし、特定の人口集団(特定の年齢、特定の疾患患者など)に限定的な副反応は今後発見される可能性が残っている。たとえば、コミナティではなくAstraZeneca製のウイルスベクターワクチンではあるが、55歳以下の若年世代で接種によって血栓症(播種性血管内凝固症候群および脳静脈洞血栓症)が増える可能性が示唆されている10)。ただし、COVID-19感染そのものによって血栓症リスクが明らかに増大するため、接種による感染予防は接種による血栓症リスクを上回ると欧州医薬品局は判断している。ワクチンの保管と輸送の注意点、留意点mRNAは不安定な物質であるため、長期にはマイナス70℃前後の超低温保存が必要である。ただし2021年3月1日付で添付文書が改訂され、最長14日間までならマイナス20℃前後でも保存可能となった11)。解凍からシリンジ分注までは、冷蔵温度(プラス2~8℃)の場合は5日以内に、直接室温に出す場合は2時間以内に行わねばならない。1バイアルを溶解するとちょうど1.8mLとなり、1人分が0.3mLであることから、死腔の少ないシリンジで適切な手技にて吸引すれば1バイアル6人分採取が可能である。何らかの理由で6人分採取できない場合は残量を破棄する。シリンジに分注後は6時間以内に接種せねばならず、それ以上経過した場合は破棄する。またすべての過程において、十分に遮光し続けねばならない。図も参照いただきたい。図 コミナティの取扱い画像を拡大するmRNAが物質として不安定であることから、輸送時には振動を避けることとされている。オートバイのような輸送手段は不適切とされるが、乗用車の座席で丁寧に輸送する程度なら問題はないようだ。被接種者への説明のポイント筆者が確認している限りでは、コミナティその他新型コロナワクチンを不用意に危険と煽るような報道は幸いほとんど目にしていない。しかし、SNSや口コミでさまざまな否定的意見やデマの類が広まっているようである。医療従事者が、被接種者や患者から不安げに質問されたり、限られた情報だけに基づく否定意見を投げられたりするかもしれない。日頃の医療従事者-被接種者(患者)関係に基づいて、丁寧なコミュニケーションを是非ともお願いしたいところである。コミュニケーションのポイントは、下記のように整理できるだろう。効果として、発症、感染を共に90%以上予防できる、優れたワクチンであること。副反応は、世界で1億人以上が接種した時点で、一過性の発熱や痛みとごくまれなアナフィラキシーしか報告されていない、かなり安全なワクチンでもあること。遺伝子工学の発展のお陰で極めて短期間で開発できたが、治験の手順は一切省略されず丁寧に行われ、さらに市中接種開始後も効果と安全性を検証する研究が多数進行中であること。ウイルス遺伝子を体に注入することは自分や子孫の遺伝子に何ら悪影響はないこと。接種によって他人にも感染させないようになる(いわゆる「集団免疫」が付く)のかはまだわかっていないが、少なくとも接種した本人が極めて高い確率で感染から守られるのは確実であること。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)新型コロナワクチンについては下記の各サイトも是非参照いただきたい。新型コロナウイルス感染症 診療所・病院におけるプライマリ・ケアのための情報サイト(日本プライマリ・ケア連合学会)こどもとおとなのワクチンサイト(日本プライマリ・ケア連合学会)新型コロナワクチンについて(厚生労働省)新型コロナワクチンについて(首相官邸)これでわかる!新型コロナワクチン情報(新型コロナワクチン公共情報タスクフォース)こびナビ(保健医療リテラシー推進社中)コロワくんサポーターズ(コロワくんサポーターズ)また、筆者自身もコロナワクチンの医療従事者向け情報を下記サイトで整理している。併せてご参考になれば幸いである。Vaccipediaワクチペディア プライマリケアのためのワクチンリソース1)コミナティ筋注添付文書.2)Pardi N, et al. Nat Rev Drug Discov. 2018;17:261-279.3)Polack FP, et al. N Engl J Med. 2020;383:2603-2615.4)Dagan N, et al. N Engl J Med. Published online 2021.doi:10.1056/NEJMoa21017655)Shimabukuro TT, et al. Jama. 2021;325:2020-2021.6)McNeil MM, et al. J Allergy Clin Immunol. 2016;137:868-878.7)Jensen-Jarolim E, et al. Allergy. 2008;63:610-615.8)Fuzier R, et al. Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2009;18:595-601.9)Stone Jr. CA, et al. J Allergy Clin Immunol Pr. 2019;7:1533-1540.10)EuropeanMedicalAgency. COVID-19 Vaccine AstraZeneca: benefits still outweigh the risks despite possible link to rare blood clots with low blood platelets. 18 March. Published 2021. (2021年3月1日閲覧)11)ファイザー株式会社. COVID-19ワクチン『コミナティ筋注』の日本における添付文書改訂について.(2021年3月1日閲覧) 講師紹介

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第21回 痛み診療のコツ・治療編(2)神経ブロック・その4【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第21回 痛み診療のコツ・治療編(2)神経ブロック・その4前回は、自律神経ブロックとしてよく知られている星状神経節ブロックについて説明しました。今回は、知覚神経と交感神経を同時にブロックする、代表的な応用範囲の広い硬膜外ブロックについて解説します。硬膜外ブロックとは硬膜外腔は、硬膜と黄靭帯および椎弓板との間に存在する脊柱管の腔です(図1)。この腔は、中枢側では大後頭孔まで、末梢側では第2仙骨部まで存在します。従って、通常L5~S1よりも上部の脊椎の間から硬膜外腔に刺入する方法を硬膜外ブロックと呼んでいます(図2)。硬膜外腔における黄靭帯と硬膜の間の長さは、頸部が一番短く約1.5mmですが、腰部では4~6mmあります。硬膜外腔は、外気圧に比べ-1~-8mmHg程度の陰圧になっており、この圧差を利用してブロック針が硬膜外腔に侵入することを察知できます。画像を拡大する画像を拡大する硬膜外ブロックの適応疾患最も頻度が多く施行されているのが腰部硬膜外ブロックで、腰痛、坐骨神経痛への適応です。そのほか、交感神経ブロック効果が期待されて、下肢の血行障害を伴うレイノー病やバージャー病の痛みにも適応されます。腹部の内臓痛、術後痛などに利用されるほか、仙骨ブロックも仙骨部の硬膜外ブロックとして施行されます。硬膜外ブロックの実際患者さんは側臥位で、両足を抱えるようにして、エビをイメージして椎間を広げてもらいます(図3)。この時、痛みに左右差があれば痛いほうが下になるようにします。そして、痛い部位から責任神経を割り出し、その責任椎間からブロック針を挿入します。前述のとおり、硬膜外腔が陰圧であることから、すべりの良いガラスシリンジもしくは専用のプラスチックシリンジを使用し、パンピングしながら徐々に侵入していきます。黄靭帯を越えたあたりで突然抵抗がなくなりますが、針先が硬膜外腔に侵入したことを知らせるサインです。loss of Resistanceと呼ばれ、実にわかりやすいサインです(図4)。たまに硬膜外腔が炎症などにより癒着が生じ、loss of Resistanceがわかりにくいことがあります。その場合には、硬膜穿刺が生じることがありますので注意が必要です。硬膜外ブロックの1分節当たりの局所麻酔量は、頸部1mL、胸部1.5mL、腰部2mLと言われています。痛みの範囲から、必要な投与量を決めましょう。痛みを抑えるためには、0.5%塩酸メピバカイン注PBがよいでしょう。濃度が濃くなると運動神経の麻痺を生じ、休み時間が延長しますので気を付けてください。画像を拡大する画像を拡大する硬膜外ブロックの効果判定患者さんの痛みが楽になればよいのですが、VAS(Visual Analogue Scale)やNRSなどを測定して、処置前との痛みの差を見るとわかりやすいでしょう。血流増加による皮膚温上昇などで、患者さんが温かさを感じることからもブロック効果が判定できます。合併症硬膜下やくも膜下腔への穿刺、それによる麻酔薬注入で麻酔効果が長時間持続し、運動神経が麻痺すると、しばらく足が動かなくなるので、注意が必要です。時間経過により次第に回復しますが、長時間に及ぶこともあります。その予防のために、薬液を注入する前には必ず吸引して液体の逆流を確かめることが必要です。局所麻酔薬の血管内注入による局所麻酔薬中毒により、痙攣が生じることもあります。また、交感神経遮断効果による血圧低下、それに伴う悪心・嘔吐もあります。大量のクモ膜下腔局所麻酔薬注入によって全脊麻が生じると、呼吸困難が見られるので、気道を確保して十分に酸素加することが必要です。以上、硬膜外ブロックを取り上げ、その適応、方法、合併症などについて述べさせていただきました。痛みを有する患者さんに接しておられる先生方に少しでもお役に立てれば幸いです。次回は理学療法の中でも、患者さんに好まれている光線療法ついてお話しします。1)花岡一雄他、ペインクリニック実践ハンドブック 南江堂 1994;

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