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ナノ粒子を用いた新治療でアレルギー反応を抑制できる?

 新たな標的療法により、ピーナツや花粉、猫など特定のアレルゲンに誘発される反応を抑制できる可能性が、米ノースウェスタン大学生体医工学分野のEvan Scott氏らによる研究で明らかにされた。この治療法は、ナノ粒子を用いて、即時型アレルギー反応を引き起こす免疫細胞である肥満細胞(マスト細胞)を不活性化するもの。マウスを用いた実験ではアレルギー反応を100%防ぐことに成功したという。この研究結果は、「Nature Nanotechnology」に1月16日掲載された。 人の体のほぼ全ての組織に存在する肥満細胞は、アレルギー反応に深く関与することが知られているが、血流の調節や寄生虫との戦いなど、他にも重要な役割を担っている。そのため、アレルギー反応を抑制する目的で全ての肥満細胞を除去してしまうと、健康を保つために有用な他の反応にまで悪影響が及ぶ可能性がある。 肥満細胞は、アレルゲンに反応してヒスタミンと呼ばれる生化学物質を体内に放出する。ヒスタミンは炎症反応を促進し、それが皮膚のかゆみ、くしゃみ、涙目などのアレルギー反応を引き起こす。アレルギー反応に対する治療薬としては、抗ヒスタミン薬のような症状を治療するものがあるだけで、肥満細胞を標的にしたものはないのが現状だ。 論文の共著者でノースウェスタン大学アレルギー・免疫学分野のBruce Bochner氏らは過去の研究で、肥満細胞上に高度かつ選択的に発現する抑制性の受容体であるSiglec-6(Sialic acid-binding Ig-like lectin6)の存在を特定していた。この受容体を抗体の標的とすることができれば、肥満細胞を選択的に阻害してアレルギー反応を抑制できる可能性があるが、単に抗体を導入するだけでは効果が得られなかった。 そこで、Scott氏らは今回、動的なポリマー鎖で構成されたナノ粒子(polypropylene sulfone nanoparticle;PPSU NP)を用いることにした。安定した表面を持つ通常のナノ粒子とは異なり、PPSU NPはタンパク質にさらされると、独自にその向きを変えることができる。タンパク質である抗体は、ナノ粒子の表面に結合すると構造が変化して生物活性を失うことがある。しかし、同氏らがPPSU NPと抗体を混ぜ合わせたところ、抗体は安定的にPPSU NP表面に吸着し、その構造や生物活性が損なわれないことが確認された。 次に、PPSU NPの表面に抗Siglec-6抗体などの抗体や特定のアレルゲンを持つナノメディシンを作成した。その原理は以下のようなものだ。すなわち、ナノメディシンは、アレルギーの原因となるIgE抗体を持つ肥満細胞に結合すると同時に、表面の抗体が肥満細胞上のSiglec-6受容体と結合し、肥満細胞の反応を抑制する。Siglec-6受容体は主に肥満細胞にのみ存在するため、ナノメディシンは他のタイプの細胞には結合できず、副作用を最小限に抑えることができる。Scott氏は、「この相反する2つのシグナルが与えられると、肥満細胞は自ら活性化すべきではないと判断し、特定のアレルゲンに対する反応を選択的に停止させる」と説明している。 この治療法の効果を確認するために、Scott氏らは組織にヒト肥満細胞を持つマウスを作り、これをアレルゲンにさらすと同時にこのナノ治療を行った。その結果、アナフィラキシーショックを起こしたマウスはおらず、全てのマウスの生存が確認された。Scott氏は、「アレルギー反応をモニタリングする最も簡単な方法は、体温の変化を追跡することだが、実験で使ったマウスに体温の変化は見られなかった。マウスは健康なままで、外見上、アレルギー反応の兆候が認められることもなかった」と話している。 ただし、動物実験で得られた結果がヒトを対象にした試験でも得られるとは限らない。専門家は、さらなる研究が必要だとの見方を示している。研究グループは、マストサイトーシスと呼ばれる肥満細胞の希少がんを含む、他の肥満細胞関連疾患の治療法について研究する予定であると話している。

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ダニは静電気の力を借りて宿主に付着か

 飛ぶことのできないマダニは、宿主となる人間や動物が自然に体表に蓄積している静電気を利用して宿主に付着することが、英ブリストル大学のSam England氏らの研究で示された。この研究結果は、「Current Biology」6月30日号に掲載された。 研究グループは、人間や動物に付着するマダニの能力を低下させることでもたらされる社会的および経済的なメリットは極めて大きいと指摘する。それは、マダニがライム病などのさまざまな病原菌を媒介し、人々の生活に混乱をもたらす可能性があるからだ。 England氏によると、人間を含む多くの動物には静電気が蓄積しているという。例えば、髪の毛に風船をこすりつけると静電気が蓄積される。自然界では、動物が草や砂、他の動物に触れて摩擦が生じると、静電気が蓄積される。同氏は、「こうして蓄積される静電気の電圧は極めて高く、数千ボルトまではいかなくても数百ボルトと、家庭用電気の電圧を超えるほどになる。重要なのは、静電気を帯びた物体を別の静電気を帯びた物体に近付けると、それぞれがプラスに帯電しているかマイナスに帯電しているかによって反発し合ったり引き合ったりすることだ」と言う。その上で「われわれは、哺乳類や鳥類、爬虫類に蓄積される静電荷は、マダニを空中に浮かび上がらせて引き寄せるほど高いのか、また、それによってマダニが吸血する宿主を見つけやすくなっているのかどうかについて、疑問を持った」と今回の研究背景について説明している。 England氏らはまず、帯電したウサギの足やアクリル板をマダニに近付け、マダニが引き寄せられるかどうかを観察した。その結果、マダニが数mmから数cm引き寄せられるのが確認された。これは、人間に例えると、階段を数段ジャンプで上るようなものである。 次いで、宿主の体表面の電荷と、マダニが潜んでいることの多い草の間に発生する電界強度を数学的に予測するモデルをいくつか作成した。その上で、モデル化された電界強度を基に、自然界でマダニが宿主に引き寄せられる状況を再現した。具体的には、吊るした電極の下にアルミの板を敷いてその上にマダニを置き、植物表面から数mmに位置する宿主の電圧を模倣して750Vの電圧を20秒間かける処理実験と、電圧をかけない対照実験を行った。その結果、処理実験では75%のマダニが電極まで、15%が途中まで持ち上げられた。一方、対照実験では、電極に引き寄せられたマダニはいなかった。この結果は、宿主の体表面の電界がマダニを引き寄せるのに十分であることを示している。 次に、マダニが引き寄せられるのに必要な最小電界強度を知るために、マダニを電極との距離を1.5mmから4mmまで6段階に変化させたアルミ板の上に置き、電圧を段階的に上げて、マダニが持ち上げられる臨界電圧を探した。その結果、この最小電界強度は、数学的モデルで予測された、帯電した宿主と草の間に発生する電界強度とほぼ同じであることが明らかになった。このことは、自然界で、マダニが宿主に取りつくのに十分な電界強度にさらされている可能性が高いことを示している。 なお、こうした現象は他の種類のダニやノミ、シラミなどの寄生虫にも当てはまる可能性がある。また、今回の研究結果は、ヒトがマダニに咬まれるリスクを最小限に抑えるための新たな技術開発に向けた取り組みのきっかけとなる可能性がある。 England氏は、「これまで、動物がこのような形で静電気の助けを借りていることは全く知られていなかった。今回の静電気のように、動物や植物が生きていく上で助けとなっている目に見えない力が他にどれだけあるのだろうかと考えると、想像が広がる」と話している。

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IL-13を特異的に中和するアトピー性皮膚炎治療薬「アドトラーザ皮下注」【下平博士のDIノート】第117回

IL-13を特異的に中和するアトピー性皮膚炎治療薬「アドトラーザ皮下注」今回は、アトピー性皮膚炎治療薬「トラロキヌマブ(遺伝子組換え)製剤(商品名:アドトラーザ皮下注150mgシリンジ、製造販売元:レオファーマ)」を紹介します。本剤は、アトピー性皮膚炎の増悪に関与するIL-13を特異的に中和するモノクローナル抗体であり、中等症~重症のアトピー性皮膚炎患者の新たな治療選択肢となることが期待されています。<効能・効果>既存治療で効果不十分なアトピー性皮膚炎の適応で、2022年12月23日に製造販売承認を取得しました。本剤は、ステロイド外用薬やタクロリムス外用薬などの抗炎症外用薬による適切な治療を一定期間受けても十分な効果が得られず、強い炎症を伴う皮疹が広範囲に及ぶ患者に使用します。<用法・用量>通常、成人にはトラロキヌマブ(遺伝子組換え)として初回に600mgを皮下投与し、その後は1回300mgを2週間隔で皮下投与します。本剤による治療反応は、通常使い始めてから16週までには効果が得られるため、16週までに効果が得られない場合は投与の中止を検討します。<安全性>全身療法が適用となる中等症~重症のアトピー性皮膚炎患者を対象とした臨床試験において、5%以上の頻度で認められた副作用は、上気道感染(上咽頭炎、咽頭炎を含む)、結膜炎、注射部位反応(紅斑、疼痛、腫脹など)でした。重大な副作用として、重篤な過敏症(頻度不明)が設定されています。<患者さんへの指導例>1.アトピー性皮膚炎の増悪に関与し、過剰に発現しているインターロイキン-13(IL-13)を特異的に中和するモノクローナル抗体です。2.この薬を投与中も、症状に応じて保湿外用薬などを併用する必要があります。3.寒気、ふらつき、汗をかく、発熱、意識の低下などが生じた場合は、すぐに連絡してください。<Shimo's eyes>本剤は、末梢での炎症を誘導する2型サイトカインであるIL-13を選択的に阻害することで、中等症~重症のアトピー性皮膚炎(AD)に効果を発揮する生物学的製剤です。IL-13は皮膚の炎症反応の増幅、皮膚バリアの破壊、病原体の持続性増強、痒みシグナルの伝達増強などに作用し、IL-13の発現量とADの重症度が相関するとされています。そのため、IL-13を阻害することによって、皮膚のバリア機能を回復させ、炎症や痒み、皮膚肥厚を軽減することが期待されています。現在、ADの薬物療法としては、ステロイド外用薬およびタクロリムス外用薬(商品名:プロトピックほか)が中心的な治療薬として位置付けられています。近年では、ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害作用を有するデルゴシチニブ外用薬(同:コレクチム)、ホスホジエステラーゼ(PDE)4阻害作用を有するジファミラスト外用薬(同:モイゼルト)も発売されました。さらに、これらの外用薬でも効果不十分な場合には、ヒト型抗ヒトIL-4/IL-13受容体モノクローナル抗体のデュピルマブ皮下注(遺伝子組換え)(同:デュピクセント)、ヒト化抗ヒトIL-31受容体Aモノクローナル抗体のネモリズマブ皮下注(遺伝子組換え)(同:ミチーガ)、JAK阻害薬のバリシチニブ錠(同:オルミエント)などが発売され、治療選択肢が広がっています。本剤は、医療施設において皮下に注射され、原則として本剤投与時もADの病変部位の状態に応じて抗炎症外用薬を併用します。IL-13を阻害することにより2型免疫応答を減弱させ、寄生虫感染に対する生体防御機能を減弱させる恐れがあるため、本剤を投与する前に寄生虫感染の治療を行います。また、本剤投与中の生ワクチンの接種は、安全性が確認されていないため避けます。臨床効果としては、16週目にEASI75(eczema area and severity index[皮膚炎の重症度指標]が75%改善)を達成した割合は、ステロイド外用薬+プラセボ群では35.7%でしたが、ステロイド外用薬+本剤併用群では56.0%でした。また、32週目のEASI-75達成率は92.5%でした。16週時までのステロイド外用薬の累積使用量はステロイド外用薬+プラセボ群では193.5gでしたが、ステロイド外用薬+本剤併用群では134.9gでした。初期投与期間での主な有害事象はウィルス性上気道感染、結膜炎、頭痛などですが、アナフィラキシーなど重篤な過敏症の可能性があるので十分注意する必要があります。投与は大腿部や腹部、上腕部に行い、腹部へ投与する場合はへその周りを外し、同一箇所へ繰り返しの注射は避けます。遮光のため本剤は外箱に入れたまま、30℃を超えない場所で保存し、14日間以内に使用します。使用しなかった場合は廃棄します。本剤は、海外ではEU諸国、イギリス、カナダ、アラブ首長国連邦、アメリカ、スイスで承認を取得しており、中等度~重度のAD療薬として使用されています(2022年8月現在)。参考1)Silverberg JI. et al. Br J Dermatol. 2021;184:450-463.2)レオファーマ社内資料:アトピー性皮膚炎患者を対象とした国際共同第III相TCS併用投与試験(ECZTRA3試験)

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新しい抗マラリア抗体に6ヵ月間の感染予防効果

 開発中の抗マラリアモノクローナル抗体CIS43LSによって、感染率の高い地域で最大6カ月にわたって、致死的となることもあるマラリアに対する予防効果が得られる可能性が、第2相臨床試験で示された。バマコ科学技術大学(マリ)のKassoum Kayentao氏らが実施したこの研究の詳細は、「The New England Journal of Medicine」に10月31日掲載された。 Kayentao氏がAP通信に語ったところによると、2021年に世界保健機関(WHO)が小児用マラリアワクチンとして初めて推奨したRTS,S/AS01の有効率は30%にとどまり、4回の接種が必要だという。同氏は、「現在利用できるワクチンでは十分に防御できない」と話す。 CIS43LSは米国立衛生研究所(NIH)の研究グループが開発した薬剤で、免疫系に抗体を作らせるのではなく、大量の人工抗体を体の中に入れるというもの。点滴による投与が必要だが、注射薬についても現在、乳児、小児、および成人を対象に早期段階の試験に入っている。 今回報告された研究は、アフリカのマリ共和国で実施された。アフリカでは、蚊を介してマラリアが拡散する。2020年には、2億4,100万人がマラリアに感染し、62万人が死亡した。特に、5歳未満の小児での被害が大きかったという。試験では、成人330人を、2種類の濃度のCIS43LS(体重1kg当たり10mg、または40mg)のいずれか、またはプラセボを投与する群に1対1対1の割合でランダムに割り付けた。その後、初回接種から1、3、7、15、21日後、その後は2週間に1度、24週にわたって、全対象者のマラリア検査を実施し、感染者には治療を行った。 その結果、高用量のCIS43LSを投与した群でマラリアに感染したのは20人(18.2%)であったのに対し、低用量群では39人(35.5%)、プラセボ群では86人(78.2%)であった。試験開始後6カ月時点でプラセボに比較したCIS43LSの有効率は、高用量で88.2%(95%信頼区間79.3〜93.3、P<0.001)、低用量では75.0%(同61.0〜84.0、P<0.001)であり、いずれもRTS,S/AS01よりも大幅に防御効果が高かった。 マラリアの原因となる寄生虫は蚊によって拡散する。CIS43LSは、マラリア原虫が未成熟で肝臓に侵入する前の段階で攻撃し、そのライフサイクルを断ち切るものだという。マラリアがまん延する国では、特定の季節に1人が1日に2回はマラリアの病原体に感染した蚊に刺されるという。 CIS43LSが、蚊帳やワクチンなどの既存の手段と合わせて利用できるようになることを研究グループは期待している。薬剤価格は未定だが、1シーズンにつき小児1人当たり5ドル程度(1ドル145円換算で725円)になる見込みだという。この研究には関与していない、米アルベルト・アインシュタイン医科大学のJohanna Daily氏は、「マラリアをコントロールする新たな免疫ベースの治療法が得られたことは朗報だ」とAP通信に語っている。

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第131回 姑息な手より急がば回れ、塩野義コロナ薬が第II/III相で良好な成績

過去の本連載で取り上げた興和による新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対する抗寄生虫薬イベルメクチン(商品名:ストロメクトール)の第III相試験の記者会見があった9月最終週、実は新型コロナに関してポジティブなニュースがあった。本連載で何度も辛口で触れてきた塩野義製薬の新型コロナ3CLプロテアーゼ阻害薬エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の第II/III相試験の第III相パートで、プラセボに比べて有意な症状改善が認められたという発表である。第一報に触れた時は「ようやくか」という印象だった。ちなみにこうした反応をすると、SNS上では手の平返しと言われるらしい。だが、私が従来からこの薬に辛口だったのは、承認前の塩野義製薬幹部による政治家へのロビー活動、希少疾患治療薬向けの条件付き早期承認制度の拡大解釈的利用、はたまた主要評価項目が未達の第IIb相パートのサブ解析を多用したアピールなど、あまりにもフライングが多過ぎるからである。なので、第II相パートで結果が出ないなら、その結果を踏まえて試験設定を見直し、それで良好な結果が出たら正々堂々と承認申請すれば良いという立場である。さて、塩野義製薬による第III相パート結果の速報直後、私はいつ会見が開催されるのかと手ぐすねを引いて待っていたが、あれだけ外部にアピールを続けていた同社にしては珍しく記者会見はなし。しかし、先日同社が株主・投資家向けに開催したR&D説明会で速報時よりも詳細なデータが公表されていたことを知った。まず、VeroE6T細胞を使ったin vitroの50%効果濃度(EC50[μM])を見ると、従来株が0.37、アルファ株が0.46、デルタ株が0.41で、オミクロン株関連はBA.1が0.29、BA.4が0.22、BA.5が0.40となっている。in vitroとはいえ抗ウイルス活性は悪くない印象である。また、第III相パートは、緊急承認制度の申請時に提出したデータの教訓を生かし、主要評価項目を「オミクロン株感染時に特徴的な5症状(鼻水/鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさ/発熱、けん怠感・疲労感)の消失(発症前の状態に戻る)までの時間」とし、主要解析対象集団は新型コロナ発症から無作為割付けまでが72時間未満の被験者としている。試験は申請用量のエンシトレルビル1日125mg(2~5日目の用量、1日目は375mg)と倍量の250mg(同1日目は750mg)、プラセボの各約600例の3群比較。実際の主要解析対象集団は各群とも340例前後である。ちなみにこの試験の被験者は重症化リスク因子の有無に関係ないことはよく知られているが、各群の平均年齢は35歳前後で、ワクチン接種率は92~93%であり、今の日本で発熱外来の受診者のバックグラウンドを十分に反映しているだろう。最終的な主要評価項目の中央値は、125mg群が167.9時間、 250mg群が171.2時間、プラセボ群が192.2時間。プラセボ群に比べ、125mg群は5症状消失までの時間を24時間強、有意に短縮(p=0.0407)。ただ、発症から120時間以内の集団での解析を行うと有意差は認められないという。つまり発症から3日以内に服用しないと効果が認められないとも言える。また、副次評価項目である投与4日目(3日間連続投与後)のベースラインからのウイルスRNAの平均変化量(log10[copies/mL])は125mg群が-2.737、250mg群が-2.690、プラセボ群が-1.235。対数評価なので、125mg群ではベースラインから300分の1に低下、プラセボは10分の1に低下したことになり、これもプラセボ比では有意な差となっている(p

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第130回 手放しに喜べない?新たな認知症治療薬の良好な臨床成績

長らく続くコロナ禍で医療系学会の取材はこの間ご無沙汰していたが、先日久しぶりに学会に参加した。たまたま開催地が実家から近いこともあり、両親と昼食をとる機会に恵まれた。以下、今回はかなり私事を交えることになるが、お付き合いいただきたい。私の場合、地元で開催された学会の取材に赴く際でも実家に宿泊することはほとんどない。あくまで仕事で来ているという線引きが必要だというのが表向きの理由だが、実のところはある種、鬱陶しいからという事情もある。すでに私が50代になっているとはいえ、80代半ばの両親にとっては子供なので、実家でパソコンを開いて仕事をしていても何かと話しかけられるし、食事の時間になると「○○があるから食え」だの、とくに食べたいものでもないのに勧められるのは正直言うならば厄介なことこの上ない。それでも両親を食事に誘ったのは、近年急速に弱ってきている父親が賑やかなところが好きな人だからだ。実家は地元の繁華街から離れた田園地帯にある。父親本人は常に外出したくて仕方ないのだが、すでに足腰も弱り、その牛歩に毎回付き添うのは母親がくたびれるため、週末ぐらいしか外出できない。加えて父親は軽度認知障害(MCI)の診断を受けている。それでも元が几帳面な性格だったことも手伝ってか、現時点でも買い物では小銭から計算して使いたがるので、まだましなほうかもしれない。とはいえ、緩やかに症状は進行しており、先日は銀行に出かけた際にATM前から母親に「使い方がわからなくなった」と連絡があったという。昼時、待ち合わせ場所の寿司屋近くの路上にいると、人混みの向こうから両親がゆっくりと歩いてきた。視界に入ってきた両親はなかなか近づいてこない。父親のゆっくりとした歩みに母親が合わせざるを得ないからである。それでも数年前から介護保険を使って理学療法士のお世話になってからはかなり改善している。一時は「カタツムリか?」と思うほどの歩みだったのだから。私は路上に立ったまま両親が近くに来るのを待った。ようやく顔が良く見える距離になって私を見つけた父親は、「破顔一笑」とも言える表情を見せた。私も微笑んで見せたが、内心はこの上なく複雑だった。幼少期の記憶の中の父親は口下手で喜怒哀楽に乏しく、私に笑顔を向けてきた記憶がほとんどない。常にむすっとしていて、時に激しく叱られることが私の記憶のデフォルトである。母親がよく話題に出すのは、私が2歳ぐらいの時の父親と私のやり取りだ。父親が私を大声で呼びつけた際に登場した私は頭に座布団を乗せていたという。叱られて叩かれると勘違いしたらしい。やや長くなってしまったが、なぜこうつらつらと書いてしまったかというと、今話題のエーザイ・バイオジェン共同開発のアルツハイマー病(AD)治療薬候補lecanemab(以下、レカネマブ)について、こうしたMCI患者を持つ家族と医療ジャーナリストという職業の狭間で揺れ動く自分がいるからだ。ご存じのようにADに関しては、脳内に蓄積するタンパク質「アミロイドβ(Aβ)」が神経細胞を死滅させるというAβ仮説に基づき、過去20年近く新薬開発が進められてきた。Aβ仮説は、Aβ前駆タンパク質から酵素のβセクレターゼ(BACE)の働きで、Aβの一量体(モノマー)が作り出され、そこからモノマーが重合した重合体(オリゴマー)、高分子オリゴマーである可溶性プロトフィブリル、そこから形成されたアミロイド線維である不溶性フィブリルへと進行し、最終的にアミロイド線維から形成されるアミロイドプラークが神経細胞を死滅させADに至るというのが大まかな理論だ。これまでのAβ仮説に基づく新薬開発では、BACE阻害薬と脳内の神経細胞に沈着したAβを排除する抗Aβ抗体が2つの大きな流れだったが、ほとんどが事実上失敗している。唯一飛び抜けていたとも言えるのが、同じエーザイとバイオジェンが共同開発していた抗Aβ抗体のアデュカヌマブ。Aβの生成過程の中でもフィブリルに結合する抗体で第II相試験での成績が良好だったことから期待されたが、2019年3月に独立データモニタリング委員会が主要評価項目を達成できる見通しがないと勧告した結果、進行中の2件の第III相試験が中止された。しかし、勧告後に入手できた症例データを加えて再解析した結果、うち1件では、高用量群でプラセボ群との比較で、臨床的認知症重症度判定尺度(CDR-SB:Clinical Dementia Rating Sum of Boxes)の有意な低下が認められた。このためバイオジェンは一転して米食品医薬品局(FDA)に承認を申請。FDA諮問委員会の評決では、ほぼ否定的な評価を下されていたものの、社会的要請の高さなどを理由に新たな無作為化比較試験の追加実施とそのデータ提出を求める条件付き承認となった。もっともこの承認には専門家の中でも批判が多く、米国ではメディケア・メディケイド サービスセンター(CMS)がアデュカヌマブの保険償還対象を特定の臨床試験参加者のみに限定。さらにヨーロッパと日本では現状の臨床試験結果では効果が十分確認されていないとして承認見送りとなった。まさにジェットコースターのようなアップダウンを繰り返して、ほぼ振出しに戻ったのがAD治療薬開発の現状である。もちろんレカネマブの開発が続いていたことは承知していた。しかし、前述のような開発を巡るドタバタを知っている身としては、必死に開発を行っていた人たちには申し訳ないが、期待はせずに横目で見ていたというのが実状である。そんな最中、エーザイがレカネマブの第III相試験「Clarity AD」の主要評価項目で有意差を認め、記者発表するとのニュースリリースを9月28日早朝に発表した。今回はあの抗寄生虫薬イベルメクチンの時と違って、すでに結果がポジティブだったことはわかっている。要はどの程度のポジティブだったかがカギだ。当日、オンラインで記者会見に参加した私はディスプレイに釘付けになった。ちなみにClarity AD の登録症例は1,795例。脳内Aβ病理が確認され、スクリーニングおよびベースラインの認知症ミニメンタルステート検査(MMSE)が 22~30点、論理的記憶検査(WMS-IV LM II:Wechsler Memory Scale-IV logical memory II)の点数が年齢調整済み平均値を少なくとも1標準偏差を下回り、エピソード記憶障害が客観的に示されることが認められるADによるMCIと軽度ADが対象だ。これを2群に分け、レカネマブ10mg/kgの点滴静注を2週に1回とプラセボ点滴静注を2週に1回行い、主要評価項目は、ベースラインから投与18ヵ月時点でのCDR-SBの変化を比較したものだ。アデュカヌマブとレカネマブの最大の違いは、レカネマブはフィブリル形成直前の可溶性プロトフィブリルが標的となっていることに加え、アデュカヌマブでは漸増投与が必要だったのに対し、レカネマブは初回から有効用量の投与が可能なことである。公表された結果ではプラセボ比でのCDR-SB変化量で見た悪化抑制率は27%、詳細は発表されなかったが副次評価項目すべてでプラセボに対して統計学的有意差が認められたという。また、抗Aβ抗体では付き物の副作用がアミロイド関連画像異常(ARIA)だが、その発現率はARIAのうち脳浮腫をさすARIA-Eが12.5%(症候性2.8%)、脳微小出血をさすARIA-Hが17.0%(同0.7%)。アデュカヌマブが高用量群でプラセボ比でのCDR-SB変化量で見た悪化抑制率は23%(低用量群では14%)で、ARIA発現率がレカネマブの約3倍であることを考えれば、確かに成績は良いと言える。しかも、あくまでエーザイ側の説明に依拠するが、プラセボと比較したCDR-SB変化量の差は治験開始6ヵ月後に発現しているというのだ。私が驚いたのはむしろこの効果発現の早さだ。さてエーザイではこの結果をもって日米欧で2022年度中のフル申請、2023年度中のフル承認を目指すという。「フル」というのはアデュカヌマブの時のような条件付き承認ではないということである。ちなみに米国では、すでにClarity AD以外の試験結果で迅速承認制度の指定を受け、その結果は来年1月上旬までに明らかになる予定だが、この試験結果を追加提出することで、アデュカヌマブのような「失敗」はしないという意味である。CMSはアデュカヌマブの保険償還制限に当たって、同薬のような“条件付きの迅速承認の場合”とこちらも条件を付けている。では、このまま承認に至った際の課題は…やはり投与対象と薬価の問題である。米国でアデュカヌマブが承認された際の年間薬剤費は約600万円となった。前述のCMSの付けた条件が制限となったため、現実にはほとんど売上と言えるほどの数字にはなっていない。抗体医薬品である以上、どんなに頑張ってもレカネマブの年間薬剤費が100万円以下というのは世界のどの国でも考えにくい。たとえば仮に年間100万円としても、現在日本には推定約700万人の認知症患者がいる。日本国内でこのうちの1%強に当たる10万人が処方を受けたとすると、年間薬剤費は1,000億円となる。世界最速とも言える少子高齢化が進み、社会保障費の増大に危機感が募るばかりの昨今の状況を考えれば、簡単に容認できる話ではない。これまでの経緯を考えれば、承認されたあかつきに厚生労働省は最適使用推進ガイドラインなどでかなり投与対象を絞り込んでくるだろう。それに仮に成功しても、その先が相当厄介である。まず、投与開始後にどのような状態を有効・無効と判定するのか。かつて話題になった免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブ(商品名:オプジーボ)の場合ならば、画像診断での腫瘍縮小効果という指標もあった。では、レカネマブでは1回数十万円もするアミロイドPETでAβ量を定量化するのか? それともある程度ばらつきもあるMMSEで判定するのか?有効基準が決まったとして、投与はいつまで続けるのか? そもそもADは高齢者の病気である。期待余命は長くはなく、悪化抑制効果が最大限得られたとしても患者本人の社会的・経済的生産性の向上が見込めるかと言えば、そこには「?」がつく。とはいえ、MCIの父親を持つ自分にとってみれば、たとえ3割弱の遅延抑制効果とはいえ、老老介護となっている母親の肉体的・精神的負担を考えれば、使える物なら使ってみたいという気持ちもある。約束した寿司屋でうまそうに漬け丼をほおばる父親を見ながら、そんなことばかりを考えていた。寿司屋を出て両親と一緒に牛歩で駅に向かった。とくに何時の新幹線に乗るかは決めていなかった。アーケード街を歩きながら、途中でベンチが見えると父親はそこに腰を掛けて休むと言い出した。母親は私に気を遣って、「私たちはゆっくり行くから、あなたは先に帰りなさい」と促した。私は父親に「またね?」と言ってその場を後にした。父親はまた破顔一笑。そのまま後ろを振り返らずにまっすぐ駅へと向かった。医療経済性、社会保障費の増大、患者家族としての思いがぐるぐる頭を巡りながら、今日この時点でも結論は出ていない。たぶんこの先も容易に結論は出ないだろう。正直、メディアの側にいるというだけで私たちは他人から忌み嫌われることは少なくない。とはいえ、それでも自分で自分の仕事を嫌だと思ったことは、こと私自身に関しては数えられるほど少ない。ただ、この日ばかりは「何も知ならきゃ良かった。本当に因果な商売だな」と自分の仕事が嫌になった数少ない日として、生涯忘れられない日になりそうである。

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第129回 国のコロナ治療薬支援は適正価格?現況を列挙してみると…

前回、興和が実施していた新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対する抗寄生虫薬のイベルメクチンの第III相臨床試験で有効性を示せなかったことについて触れた。その際に、私は厚生労働省が開発支援として同社に約61億円を拠出したことについては、日本にとってやむなしという見解を示している。ところで国の新型コロナ治療薬の開発支援にはどの程度のお金がこれまで使われたのか? 実はこれを正確に計算することはなかなか困難である。というのも、まず財布(支出元)が厚生労働省、国立感染症研究所、日本医療研究開発機構(AMED)、内閣府、経済産業省、文部科学省など多岐にわたるからだ。また、この中には正規の当初予算の中の予備費などを活用したものや補正予算で対応したものなどさまざま。支出先も製薬企業だけでなく、大学その他の研究機関なども少なくない。こうした中で最も分かりやすい厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症治療薬の実用化のための支援事業」で製薬企業に直接支出されたものは以下のようになる(金額は百万円単位を四捨五入)。エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ):82億2,000万円[?]イベルメクチン(商品名:ストロメクトール):61億6,000万円[試験未達]ファビピラビル(商品名:アビガン):14億8,000万円[試験終了、申請意向は不明]カモスタット(商品名:フオイパン):6億円[コロナ対象の開発中止]AT-527:4億6000万円[国内開発終了]カシリビマブ/イムデビマブ(商品名:ロナプリーブ):3億2,000万円チキサゲビマブ/シルガビマブ(商品名:エバシェルド):2億8,000万円ソトロビマブ(商品名:ゼビュディ):2億6,000万円オチリマブ:1億9,000万円[開発中止]総額では約179億円になる。ちなみに各種報道によると、大学などへも含めた治療薬開発支援の総額は1,000億円超に上るという。現在までにこれらの中で上市に至ったものへの支援総額は8億6,000万円、支出総額の5%程度に過ぎない。開発が進行中で最多金額が支出されたエンシトレルビルは先日、第III相臨床試験でポジティブな結果が報告されたため、このままで行けば上市される可能性が高い。この分を含めると支援総額の半分はなんとか上市にこぎつけることになる。さて、この予算投入に対する評価は個人によってかなり変わるかもしれない。私はまずまずの結果と見ている。ただ、敢えて本音を言えば「ふーん、これが先進国である日本の有様?」とも考えてしまう。率直に言えば、支援額は「0が2つ足りない」とさえ思う。ご存じのように今や1つの新規成分を治療薬として上市するまでには、期間にして20年、費用にして200億円を要すると言われる。その中で抗ウイルス薬はかなり開発が難航する領域である。世界で初めて製品化された抗ウイルス薬といえば、ヘルペスウイルスに対するアシクロビルである。現在のグラクソ・スミスクラインの前身であるバローズ・ウエルカム社の研究所で1974年に開発され、開発者であるジョージ・H・ヒッチングスとガートルード・B・エリオンはその功績が評価され1988年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。念のため言うと、世界で初めて合成に成功した抗ウイルス薬はリバビリンだが、当初の開発目的であったインフルエンザ治療薬としての上市は成功せず、C型慢性肝炎治療薬として世に出るには1990年代まで待たなければならなかった。このように抗ウイルス薬は数ある疾患治療薬の中で、まだ半世紀にも満たない歴史しかなく、合成には数多くのペプチド結合などが必要となるため、開発は容易ではない。ヒト免疫不全ウイルスの登場とその戦いにより抗ウイルス薬の開発に弾みはついたものの、現在ある何らかの抗ウイルス薬のうち国産(国内開発)はインフルエンザに対するバロキサビル(商品名:ゾフルーザ)とラニナミビル(商品名:イナビル)、ファビピラビル(商品名:アビガン)ぐらいである。また、今回の新型コロナでは感染症に抗体医薬品を用いるという新たな戦略が登場したが、抗体医薬品開発能力がある国内の製薬企業は限られている。さらにこの間、新型コロナに対する抗ウイルス薬や抗体医薬品の上市に成功した外資系製薬企業のほとんどが日本円換算で年間の研究開発費が1兆円超。かつ上市に成功した治療薬のほとんどは完全な自社創製ではなく導入品である。悪く言えば、札びらで横っ面をひっぱたきながら時間を買ったとも言えるが、もはやこれは製薬業界ではごく当たり前の開発プロセスの一つになっている。いずれにせよ、新型コロナ治療薬開発競争での日本のディスアドバンテージは大きく、実際、現在までに登場した国産治療薬はない。第8波を迎える前に、そろそろこの辺の総括に入っても良いのではないかと思っている。もっとも今後のパンデミックを見越してやらなければならないことは国と企業ではかなり違う。国がやるべきは、公的研究機関での創薬そのものと言うよりは創薬の基盤技術への大規模・持続的な投資である。もっとも創薬技術が長足の進歩で高度化している以上、すべての基盤技術を国内の公的研究機関で獲得することは困難である。私自身は以前の本連載でも触れたとおり、新薬開発の極端な国粋主義には批判的な立場である。その意味では海外の研究機関との人事交流も含めた提携も欠かせない。これらをいかに「年度主義」から脱して持続的に行えるかがカギである。そして公的研究機関もそれぞれの組織や個人によって特徴がある。その各機関の研究情報の集約と岸田首相が創設を打ち出した日本版CDCとの間のネットワーク化も整備しなければならない。一方、民間企業、すなわち製薬企業側に求められることの一つは日本を軸としたアジア圏での臨床試験実施体制の確立である。メガファーマと呼ばれる国際製薬大手の新型コロナ関連治療薬の臨床試験の多くは、被験者を集めやすいアメリカを中心にその地続きである近傍の北米のカナダや南米を中心に行われることが多い。製薬業界にとって巨大市場であるアメリカに対しては国内の製薬企業もある程度は進出しているが、ここで臨床試験実施競争に勝てる環境はない。その意味ではやはり距離的にも近いアジア圏内にネットワークを確立するほうが早道である。これは抗ウイルス薬の開発に限らないことである。そしてもちろん今回、新型コロナ関連治療薬の上市に成功した外資系の製薬企業各社のように社外のシーズを迅速に目利きすることは重要だが、何より先立つものは金である。有望なシーズを見つけてもそれを獲得する資金がなければ事は動かない。では、どうするのか? 言い古されたことになるが、規模の拡大、すなわち国内外を含めた業界再編が必要になる。ここは最も大きなハードルである。「何を理念的なことばかり言っているんだ」と各方面に叱責されるかもしれないが、次なる新興感染症、あるいは現在の新型コロナの新たな変異株の登場による状況の悪化を想定すれば、いずれも今から少しずつでも始めなければ「後の祭り」になりかねないのである。

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第129回 大地震から丸山ワクチンまで、幅広いテーマを深く掘り下げた中井 久夫氏の作品

イベルメクチン臨床試験「主要な評価項目で統計学的有意差は認められず」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。久しぶりに好天となった週末は、少々足を伸ばして、新潟県と長野県の県境に位置する苗場山に行って来ました。土曜に赤湯温泉まで入り、翌日、赤倉山経由で苗場山に登り、和田小屋に下山する長めのコース。苗場山頂上部の池塘が点在する草紅葉の絶景を堪能できたのはよかったのですが、行動時間は11時間近くになってしまい、和田小屋下の駐車場に着く頃には真っ暗になっていました。今の時期、山の日没はとても早いです。皆さんも気をつけてください。ところで、一部医師から熱狂的な支持を受けていた抗寄生虫薬イベルメクチンについて、第III相臨床試験を行っていた興和が9月26日記者会見を開き、「主要な評価項目で統計的な有意差が認められなかった」とする結果を発表しました。この試験は2021年11月~2022年8月、日本とタイの軽症の新型コロナウイルス感染症患者1,030人を対象に、国際共同、多施設共同、プラセボ対照、無作為化、二重盲検、並行群間比較試験で行われました。結果、より早く症状が治まることの有効性を見出すことができなかった、とのことです。なお、死亡例はないことなどから「安全性は確認された」としています。さらに9月30日には、イベルメクチンの開発者、大村 智博士が所属していた北里大学も2020年8月〜2021年10月まで実施した新型コロナウイルス感染症患者に対するイベルメクチンの多施設共同、プラセボ対象、無作為化二重盲検、医師主導治験の結果を公表、「プラセボ投与群との間に統計学的有意差を認めなかった」としています。イベルメクチンについては、新型コロナの感染拡大が始まったころから、一部の熱狂的な医師が「よく効く」「治った」とテレビ等、さまざまなメディアで喧伝、そうした流れに乗り、東京都医師会の尾崎 治夫会長も、「予防にも治療にも効果が出ているのだから、積極的に使うべき」と主張していました。そもそも、イベルメクチンについては、WHOも米国NIHも臨床試験に限定して使用するよう勧告してきました。2021年3月にはJAMA誌に、今年3月にはNEJM誌に、イベルメクチンが新型コロナウイルス感染症に効果がないことを結論付けた論文も発表されています。今回、興和と北里大学から改めて二重盲検で有効性が認められなかった、と発表されたことは、イベルメクチン信奉者に対する最後通牒になったと思われます。しかし、彼らから「科学的に嘘を言っていました」といった反省の声は聞こえてきません。何らかの弁明や反論をぜひ聞いてみたいところなのですが……。統合失調症の研究者としてだけでなく詩の翻訳やエッセイなどでも有名な中井氏さて、秋も深まって来ましたので、今回は“読書特集”として、ある著者の本を数冊紹介します。少々時間が経ってしまいましたが、今年8月に1人の高名な医師が亡くなりました。新聞でもその逝去は取り上げられ、全国紙の中には追悼記事を掲載するところもありました。その医師とは、『患者よ、がんと闘うな』の近藤 誠氏、ではなく、精神科医の中井 久夫氏です。神戸大学医学部精神神経科主任教授などを歴任した中井氏は、精神科の領域では統合失調症やPTSDの研究者として知られています。また、ラテン語や現代ギリシャ語、オランダ語も堪能で、詩の翻訳やエッセイなど文筆家としても有名でした。amazonで中井氏の著作を検索すると、膨大な数の著作があることに驚かされます。難解な著作も多い中、精神科に限らず、臨床医ならばぜひ読んでおきたい作品も少なくありません。災害医療に携わる医療人の必読書、『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』精神科領域から少々外れたところでは、中井氏が1995年に起きた阪神・淡路大震災の時の記録を綴った『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』(みすず書房、2011年)は災害医療に携わるすべての医療人の必読の書だと言えます。本書は、もともとは中井氏が神戸大学の精神神経科主任教授として経験した阪神淡路大震災の50日をまとめた『1995年1月・神戸より』(みすず書房、1995年)が原本です。東日本大震災直後の2011年4月、同書を読みたいという人が増えたことから、再編集して急遽刊行されました。『災害がほんとうに襲った時』には「東日本巨大災害のテレビをみつつ」と題した章が加えられており、16年前の大震災を経験した精神科医だからこそ書ける、さまざまな視点やアドバイスが盛り込まれています。東日本大震災ではその直後から、被災者の心のケアが重視されましたが、そうした動きには、阪神淡路大震災での中井氏らの活動やそこで得られた教訓が克明に記された本書の存在が大きく影響していたに違いありません。本書には、「孤独なうちに自分しかいないと判断してリーダーシップを発揮した人たちがいた。(中略)。いずれも早く世を去った」という一文があります。そして、PTSD含め、大災害での医療活動が現場の医療者に与えるダメージについても、中井氏自身の心身の状態の変化も含め、詳しく書かれています。その内容は、コロナ禍で疲弊した医療者に対するケアを考える上でも役立ちそうです。気軽に読める『臨床瑣談』、『臨床瑣談 続』中井氏の著作の中で気楽に読めるエッセイとしては、『臨床瑣談』(みすず書房、2008年)、『臨床瑣談 続』(みすず書房、2009年)がとくにお薦めです。月刊誌『みすず』に2007年から不定期連載してきたエッセイをまとめたもので、「『臨床瑣談』とは、臨床経験で味わったちょっとした物語」といった意味だそうです。目次の主な内容は、「院内感染に対する患者自衛策私案」「昏睡からのサルベージ作業」「がんを持つ友人知人への私的助言」(以上『臨床瑣談』)、「血液型性格学を問われて性格というものを考える」「煙草との別れ、酒との別れ」「インフルエンザ雑感」(以上『臨床瑣談 続』)と雑多で、中井氏の専門である精神科以外のテーマが多く、基本的に医師向けに書かれたものではありません。しかし、内容は十分に専門的で、臨床医が普通に読んでも参考になるトリビアが散りばめられています。丸山ワクチンを自ら試した中井氏この中でとくに面白く読めるのは、『臨床瑣談』に収められている「SSM 通称丸山ワクチンについての私見」です。当時、この回が『みすず』に掲載されると、全国紙の書評欄で取り上げられ、出版社への問い合わせが殺到、それが『臨床瑣談』の出版につながったのだそうです。「(丸山)先生を直接知る人が世を去りつつ今、少しくわしく、先生のことを記しておくのがよいだろう。私は丸山先生に直接お会いしてお話をうかがった最後の世代になりつつある。書き残しておく責任のようなものもある」として書かれたこのエッセイには、日本医科大の丸山 千里博士との面会の様子から、中井氏自身の使用経験、はては丸山ワクチンを使いたいという友人を日本医大に紹介する話まで、数々の興味深いエピソードが赤裸々に語られるとともに、丸山ワクチンに対する中井氏の私見が展開されています。「私は精神科医でありガン学会とはまあ無縁である」という中井氏は、総じて丸山ワクチンに好意的な立場を取りながら、その作用機序について、かつてウイルスの研究者だった頃の知見を生かして、論理的に考察していく経緯は読み応えがあります。イベルメクチンの信奉者たちも、「効くんだ」「承認しろ」とただただ騒ぐだけではなく、中井氏のように論理的な考察とともに、自分が「なぜ使うか」を冷静に訴えるべきだったと思いますが、どうでしょうか。ちなみに丸山ワクチンは今でも有償治験薬という特別な扱いが続いており、日本医科大学付属病院ワクチン療法研究施設を受診すれば、治療を受けることができます。余談ですが、日本経済新聞の今年7月の「私の履歴書」は、ソニー・ミュージックエンタテインメント元社長の丸山 茂雄氏でした。丸山博士の長男である茂雄氏も同連載の中で、がんに罹患した後、主治医に内緒で丸山ワクチンを投与したと書いていました。さまざまな治療法も組み合わせ、最終的にがんは消えたとのことですが、「もちろんいまも丸山ワクチンを打ち続けている」と締めくくっています。60年前に日本の医療を痛烈批判した『日本の医者』さて、中井氏の著作の中には、約半世紀の時を経て復刊されたものもあります。『日本の医者』(日本評論社、2010年)です。原本は、中井氏が東大伝染病研究所(現在の東大医科研)の研究員として働いている時に、ペンネームを使って共著で書いた『日本の医者』(三一書房、1963年)です。医学部講座制や全国の病院の系列化などを批判的に論じた内容で、3年後に今度は『病気と人間』(三一書房、1966年)という本を再び共著で出版、「医局制はそのうち崩壊する」との過激な予言が当時は話題になったそうです。2010年に復刊された『日本の医者』には、若き中井氏の原点ということで、三一書房から出版された『日本の医者』『病気と人間』に加え、「抵抗的医師とは何か」(岡山大学医学部自治会刊)という文章も収められています。60年前の日本の医学部、医師、医療機関の実態とその問題点を指摘した本書は、読んでみると半世紀以上たった今でもそんなに古びていないと感じます。技術はともかく、「日本の医者」の本質がほとんど進歩していないためかもしれません。事実、医局制度(教授の権限)はしぶとく生き残り続けています。今でも医局や大学教授に縛られ続ける、若い医者たちに読んでもらいたい1冊です。

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第118回 介護保険制度持続のため、負担と給付の見直しの議論開始

<先週の動き>1.介護保険制度持続のため、負担と給付の見直しの議論開始/厚労省2.医療人材確保のためにも働き方改革とデジタル化推進を/厚労省3.画期的な医薬品の早期の導入のために新しい薬価算定方式を/厚労省有識者会議4.かかりつけ医機能について議論開始/社会保障審議会5.大麻成分を含む医薬品の国内使用可能へ/厚労省6.イベルメクチン、コロナウイルス治療に有効性見出せず/興和1.介護保険制度持続のため、負担と給付の見直しの議論開始/厚労省厚生労働省は社会保障審議会介護保険部会を9月26日に開催し、介護保険制度における給付と負担についての本格的な議論に着手した。今年の6月に閣議決定された「骨太方針2022」には、持続可能な社会保障制度の構築するため、給付と負担のバランスの確保や、能力に応じた負担の在り方の検討などといった文言が盛り込まれており、介護保険サービスの利用者負担を原則2割とすることや、現役世代並み所得(3割負担)の判断基準の見直しを含んだ議論を行い、今年の12月までに取りまとめを行い、2024年の医療・介護報酬改定までに介護保険制度の改正を行う方針。(参考)給付と負担に関する指摘事項について(厚労省)「給付と負担」検討開始、介護保険部会 次期制度改正見据え(CB news)介護「給付と負担」見直し着手 2割負担の拡大など論点(日経新聞)2.医療人材確保のためにも働き方改革とデジタル化推進を/厚労省厚生労働省は9月30日に「医療介護総合確保促進会議」を開催した。2024年度から新たに第8次医療計画や介護保険事業計画が始まるのに合わせて、今後、団塊の世代が後期高齢者となり働き手が減少していく日本の人口構造の変化に対応して、地域医療構想の実現に向け、人材確保と構造改革のためには、医療のデジタル化の促進を行うことが求められる。年度内に総合確保方針の改正案をまとめ、2024年度の医療計画の策定などに向けて具体化を進める。(参考)第17回医療介護総合確保促進会議(厚労省)3.画期的な医薬品の早期の導入のために新しい薬価算定方式を/厚労省有識者会議厚生労働省は、「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」を9月29日に開催した。この中で、物価高で不採算品目への配慮を求める意見が出されたほか、既存の医薬品では治療困難な領域の疾患に対して新たな治療手段を提供する革新的な医薬品や医療ニーズの高い医薬品の日本への早期導入を進めるためにも、欧米と比較して、日本の薬価が低く抑えられている現状を見直すために、イノベーションを評価できる新算定方式の導入を求める意見が再生医療イノベーションフォーラムから出された。(参考)有識者検討会 物価高で不採算品目への配慮求める声相次ぐ 日薬連、GE薬協に次いで卸連も(ミクスオンライン)医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会 資料(厚労省)4.かかりつけ医機能について議論開始/社会保障審議会厚生労働省は、9月29日に社会保障審議会の医療部会を開催した。これまで「第8次医療計画等に関する検討会」において、かかりつけ医機能の定義やかかりつけ医機能を発揮させるための具体的な仕組みなどについて、議論をしてきたが影響が大きいため、上位会議体である「社会保障審議会・医療部会」での話し合いを行うことになった。2024年に第8次医療計画が始まるのに合わせ、初回はフリートークで行われたが、財務省が検討を求めているかかりつけ医の登録制や、英国で採用されている「人頭払い」の導入には日本医師会などの委員が反対し、賛成意見はでなかったが、今後の動きに注目したい。(参考)第91回社会保障審議会医療部会「かかりつけ医機能について」(厚労省)「かかりつけ医機能」制度整備、法改正視野 社保審医療部会でも議論開始(CB news)かかりつけ医機能は医療部会で議論!「全国の医療機関での診療情報共有」でかかりつけ医は不要になるとの意見も-社保審・医療部会(Gem Med)5.大麻成分を含む医薬品の国内使用可能へ/厚労省厚生労働省は9月29日に厚生科学審議会の大麻規制検討小委員会を開催し、大麻取締法の改正に向けた方向性について取りまとめた。大麻所持者の検挙の増加などを踏まえ、これまでは罰則規定のなかった「使用罪」を新設するほか、医療用に大麻由来のカンナビジオールを含む難治性てんかんの治療薬の使用を解禁する方針を確認した。近年、日本を除く先進主要国では承認されており、現在国内でも臨床試験を実施している。(参考)第4回厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会大麻規制検討小委員会大麻成分含む医薬品、国内使用に向け取締法改正へ 厚労省(産経新聞)大麻「使用罪」を新設=医療用解禁へ-取締法改正で骨子案・厚労省専門委(時事通信)6.イベルメクチン、コロナウイルス治療に有効性見出せず/興和興和株式会社は、9月26日、東京都内で記者会見を開き、軽症の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症を対象疾患として、抗寄生虫薬「イベルメクチン」の第III相臨床試験を進めていたが、今回の臨床試験の結果、主要評価項目において、統計的有意差が認めらず、開発を中止することを発表した。2021年7月から治験開始を発表、同年11月から今年の8月にかけ、日本とタイにおいて軽症患者1,030人を対象に二重盲検試験で実施していたが、投与開始4日前後で、37.5度以上の発熱や咽頭痛、筋肉痛などの症状は軽くなったが、統計的に有意差は認められなかった。一方、死亡例はなく、重症化例もほとんど認められず、安全性には問題はなかった。(参考)イベルメクチン「有効性見いだせず」 コロナ治療薬の臨床試験(朝日新聞)イベルメクチン コロナ治療薬の承認申請を断念 有効性見られず(NHK)興和 新型コロナウイルス感染症患者を対象とした「K-237」(イベルメクチン)の第III相臨床試験結果に関するお知らせ

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第128回 「無理やり通す馬鹿なこと致しません」イベルメクチン第III相で有意差なし

つい先ごろまで世の中はシルバーウイークなる連休期間中だったが、「貧乏暇なし」フリーランスには無関係である。だいたいがこうした期間であることにすら気づかず、銀行や郵便局にノコノコと出かけてしまい、シャッターが下りているのを見て、「なぜ?」と思いながらスマートフォンのカレンダーを見てようやく気づくというのが間抜けな私のデフォルトである。と言いつつも先週末の金曜日は家族の予定などで“奇跡的”に祝日ということには気づいていた。そしてその日の朝、私の医薬業界紙記者時代の競合他社の同期(つまり同時期に競合他社に入社)SさんからSNSにメッセージが届いた。送信されていたのは前夜の午後8時40分。「ご存じかもしれませんが念のため」というメッセージとともに写真が添付されている。こうした文面は、こちらの面子を重んじた社交辞令で、たいがいこういう時は私のほうは何も知らない。写真を見ると、「『K-237』(イベルメクチン)の第III相臨床試験結果 記者発表会」とある。朝からぎょっとした。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対して国内中堅製薬企業・興和が実施していたイベルメクチン投与の臨床試験結果を発表するというのである。メッセージによると木曜日の午後7時に報道各社に案内が来たらしい。まあ、過去にも触れているが記者クラブに所属していないフリーランスのデメリットがこれ。すなわち記者クラブの面々がごく当たり前に知っている記者会見情報を入手できないことである。フリーになってから会社員記者時代は良かったと振り返ることは極めて少ないが、こうした瞬間だけは羨ましく思ってしまう。もっとも過去とは違い、今はメールで記者個人へのニュースリリース配信が一般的になっているので、昔と比べればデメリットは少なくなってはいる。しかしながら、会社員記者時代から付き合いのある製薬企業広報担当者がいる場合や外部のPR支援会社に広報を委託している会社以外になると、こうした抜け落ちが時々ある。祝日であることを詫びながら、Sさんにこの会見案内のPDFファイルの入手を依頼すると、早速ご本人から私宛に会見申込ページも付いたファイルが送信されてきた。本当にSさんには感謝しかない。このファイルに必要事項を記入し、参加を申し込んだ。さて、イベルメクチンに話を戻そう。この連載でも何度か触れているように抗寄生虫薬のイベルメクチンは新型コロナパンデミック当初、海外でのin vitroデータから有効である可能性が指摘され、この薬が入手容易な発展途上国を中心に有効性を示唆する複数の研究が報告された。これに加え、イベルメクチンの発見者である北里大学特別栄誉教授の大村 智氏がその発見で2015年のノーベル医学・生理学賞を受賞していたこともあり、日本国内では「未知の新型コロナに対する特効薬になるかも」との期待が高まった。もっとも海外からの報告の多くは、症例報告や後ろ向き試験で、一部に二重盲検比較試験はあっても症例数が少ないなどのリミテーションもあり、数ヵ月もすると医療従事者の大勢は懐疑的になったと個人的には見ている。しかし、一部の医療関係者が同薬に対する期待値を過度に高める情報発信をSNS上などで展開したこともあり、中には海外から個人輸入をして予防的服用を行うケースもあった。過去の本連載でも取り上げたが、実際、私もそうした人に遭遇したことがある。そしてTwitter上などでは信奉派(主に一般人)vs.懐疑派(主に医療従事者)のバトルがこれまで断続的に繰り返されていた。最近では海外での二重盲検比較試験の結果として有効性を見いだせないとの報告も相次いでいたが、このバトルが止むことはなかった。海外でもこの薬の信奉者は一定数存在し、中には動物用のイベルメクチンを服用して事故になるケースも報告されている。あの米国食品医薬品局(FDA)が「あなたは馬でも牛でもないでしょう。真面目にそんなことすべて止めなさい」とギャグともとれる警告をTwitterで流すほどだ。そうした中で、国内では2020年9月に北里大学が医師主導治験を開始し、2021年11月には興和が企業治験を開始。しかし、北里大学の治験は2021年10月30日時点で被験者募集を完了し、間もなく1年が経過しようとしているが、いまだに結果は明らかになっていない。そんなこんなもあって興和の治験結果には注目が集まっていた。さてこの記者会見開催のリリースを見て、関係各位には申し訳ないが、私はすでに結果の察しがついていた。というのもリリースに記載のある記者会見時間、会社側からの発表内容説明とそれに伴う質疑応答の合計時間は30分しかないのである。迎えた当日。会見開始30分前の開場時間に赴き、受付を済ませて会場内に入った。ソーシャルディスタンスを意識してまばらに配置された椅子の上には大型封筒が置いてあった。これに会見資料が入っていることはほぼ確実。最前列の席に陣取り、封筒に入ったA4サイズ1枚のリリースを取り出し、サッと目を通した。やっぱりだった。「興和/新型コロナウイルス感染症患者を対象とした『K-237』(イベルメクチン)の第III相臨床試験結果に関するお知らせ」と題したプレスリリースの第1パラグラフ最終文は「主要評価項目において、統計的有意差が認められなかったことをお知らせいたします」とある。ちなみのこの第III相臨床試験は軽症の新型コロナ患者1,030例を対象に実施した国際共同、多施設共同のプラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験。主要評価項目はイベルメクチンあるいはプラセボの投与開始から168時間までの臨床症状が改善傾向に至るまでの時間である。リリースに試験結果の詳細なデータ記載はなかったが、「安全性は確認されました。また、死亡例はなく、重症化例もほとんど認められませんでした。しかしながら、オミクロン株が主流と考えられる今回の対象患者においては、本剤およびプラセボともに投与開始4日前後で症状の軽症化が認められましたが、本剤の有効性を見出すことができませんでした」と記述されていた。私は早速Twitterでの投稿準備にかかった。あれだけTwitter上でバトルが繰り広げられているのを目にしている以上、記事よりも先に発信しなければならないと考えたからだ。もっともプレスリリースは手元にあるものの報道の慣例は、会見開始が解禁時間。ということで投稿予定稿を用意して待機。会見者である同社代表取締役社長の三輪 芳弘氏らが会見直前に着席した様子を写真撮影し、それも投稿原稿に添付。16:30の司会者による会見開始のあいさつ直後にTwitterに送信した。三輪社長はプレスリリース記載内容を説明した後、現時点で未確認の今後の課題として以下の3点を挙げた。(1)用量相関、いわゆる用量依存性(2)発症3日間の効果比較(3)後遺症での効果会見での質疑応答の要旨は以下の通りである。 記者今回、主要評価項目の未達成についてどのようにお感じか?三輪氏試験開始から1週間で、プラセボ群、イベルメクチン群ともほとんど治癒してしまった。被験者に重症化例、死亡例もなく、オミクロン株に限れば、多分かなり集団免疫があるのではないかと推察する。記者後遺症への応用の話も出ていたが、今回の実用化に向けた計画は、事実上断念ということか?三輪氏断念と言うか、今の段階ではこれ以上は開発することはできない。製薬企業としては主要評価項目を達成できないものを無理やり通すような馬鹿なことはしないし、今回の結果は素直に受け入れなければいけない。今の時点では申請を考えることができない。記者1,030例に対する投与は、いつからいつまで行われたのか?奥村 睦男氏*1最初の患者がエントリーされたのが昨年の11月、最後の患者がエントリーされたのが8月初旬。基本的に被験者のほとんどがオミクロン株感染者となる。*1 取締役専務執行役員医薬事業部研究・開発本部長記者主要評価項目と用量設定が決まった経緯を教えてください。奥村氏主要評価項目は医薬品医療機器総合機構(PMDA)、厚労省と相談の上、決定した。投与量に関しては、第II相臨床試験を当社が行っておらず、基本的には諸外国での臨床研究論文などを参考に米国立衛生研究所(NIH)、オックスフォード大学での臨床研究と同じ用量とした。記者主要評価項目の「投与開始から168時間までの臨床症状が改善傾向に至る時間」は具体的にどのような評価を行ったか?成沢 隆氏*2発熱は37.5℃以上と定義し、その熱が下がり、なおかつ筋肉痛、咽頭痛、下痢、悪心・嘔吐、咳、息切れの症状の軽症化を72時間維持した時点を改善と定義した。*2 医薬事業部医療用医薬臨床開発統括部長記者この結果を北里大学の大村教授にはどのような形で報告し、大村教授からどんなコメントがあったか?三輪氏近々お会いするが、今の時点ではまだお会いしていない。もちろんご報告しなければならないし、一部先生方にはすでに報告している。記者良好な結果が示せなかった最大の要因は発症直後に投与ができなかったということか?三輪氏それはちょっとわからない。記者(筆者)早期の投与が難しかったとのことだが、新規陽性者の全数把握が簡略化された今、発症後3日目までの患者をエントリーし、新たに治験を実施することは難しいのではないか?奥村氏おっしゃる通り、今後臨床試験を続けていくのは難しい状況にある。また、患者数も減少しているので、もし臨床試験を再開するとなれば、さらなる工夫が必要になる。三輪氏(もし再開するならば)プロトコールを最初から作り直して臨まなければならない。ただ、私どもが今回実施した治験は関係各機関と確認した上で進めたので、これを変更して治験するのはかなり難しい。記者(筆者)副次評価項目などではウイルス量ほか、より定量的な検討はしているか?成沢氏今ちょうど解析中で、しかるべきタイミングで専門家の先生方と相談の上、公表したいと思う。記者(筆者)今回協力を得た北里大学が先行して医師主導治験を行っているが、その結果は共有しているか?奥村氏公表がまったくされておらず、われわれも結果についてはまったく知らない。記者条件を変更した治験、あるいは後遺症に対する治験をこれから実施する可能性はどれくらいあるのか?三輪氏先ほど申し上げたように若干の可能性は無きにしもあらずで、それを今解析中。そうした中で新たな可能性があるということになれば、新たなプロトコールで治験をやることは可能だとは思っている。記者オミクロン株で新型コロナが軽症化し、治験が難しさも増している中でも社長としては新たな治験の検討を前向きに考えているのか。三輪氏今回の治験を実施したことで、どうやって早く患者に治験に参加してもらえるかなど、ある程度新型コロナについては学習した。従ってテーマさえ良ければ、今後いち早くそれをやっていく可能性はある。ただ、いずれにせよ今回の治験では結果として軽症の場合はプラセボ群でも早期に回復してしまうことがわかった。記者たとえばインフルエンザ治療薬の場合、服用で症状回復までの時間が12~24時間程度短縮すると言われているが、今回のイベルメクチンの治験では当初どの程度の効果を期待して治験を実施したのか。菅波 秀規氏*3当初の計画では1.7日程度の症状改善までの時間短縮を見込んで実施した。*3 医薬事業部データサイエンスセンター長 この質疑応答を概観すればわかるように、かなり慎重に言葉は選んでいるものの、同社が今後イベルメクチンの治験を再度実施する可能性はほぼないだろう。さてこの会見中、私のポケットの中ではブンブンとスマートフォンのバイブレーションが鳴り続けていた。ツイートがリツイートされまくっていたからだ。かなり熱烈なイベルメクチン信奉者も多いので、そうした人たちから的が外れた引用リツイートやリプライが来そうだったが、現時点ではそうしたものは予想していたよりもはるかに少ない。一部誤解の多い反応としては「発表が遅すぎる」とか「ようやくか」というもの。これについては同じくツイートしたが、治験開始を興和が発表したのは昨年7月だが、実際の治験開始は同年11月で、会見の質疑応答でも説明があったように興和によるエントリー終了は8月上旬。むしろ今回の発表はかなりの速報で、そのため質疑応答にあったように主要評価項目以外はまだ解析が十分ではないことを明らかにしている。実際、会見終了後に興和側の出席者の1人に私が名刺を差し出しながらぶら下がり取材をした際に、「とにかく予断を持たずに迅速に発表しろと言うのが社長の指示だったんで」と言いつつ、「そんなこんなで今日自分の名刺も準備してなかった状態です」と苦笑いしていたほど。ネガティブデータにもかかわらず迅速に発表した同社の姿勢は高く評価して良いと個人的には思っている。実際、私のツイートに対する引用リツイートでもそうした反応が多かった。さて今回の興和による治験に対しては、今年3~4月にかけて厚労省が合計で約61億円の緊急支援を行っている。この点について当時はすでに米国医師会雑誌(JAMA)などにイベルメクチンに関してのプラセボ対照二重盲検試験などで有効性が証明できなかったとする研究が複数報告されていたことから、公費が支出されたことを問題視する向きがあるのは承知している。確かに今回の新型コロナに関しては公費支援を受けた医薬品などの開発の中でも「?」と思うものが個人的にはある。しかし、医薬品開発とは億単位の金額を投じても明確な効果が認められずに終わることは日常茶飯事。そしてイベルメクチンに関しては、私はやむを得なかったのではないかと思う。というのも極端なイベルメクチン信奉派は、発見者が日本人であったことなどから、とりわけ日本に多かったと思われるからだ。その人たちに明確な結果を示すためには日本で臨床試験を行い、その結果を明らかにすることが必要だったのではないかと考える。さてこれで一部のイベルメクチンへの過度な信奉は治まるだろうか? 一定程度は治まるだろうが、残念ながら完全にはなくならないだろう。これはTwitter上などでイベルメクチン信奉派の投稿を見ればよく分かる。こうした人たちの一部はこの件に限らず、社会現象全般を極端な「逆張り」で考察する人が少なくないからだ。いずれにせよ約61億円を投資(あくまで公費分のみ)した一つの熱狂がこれで一旦は終了する。追伸:これを読んだ製薬企業を含む医療関係企業や団体の皆さんへ。新たに私をリリース送信先に加えたいという奇特な方はページ下部の問い合わせフォーム(Q2にメールアドレスとお名前をご記入ください)を通じて編集部にご連絡を。ただし、常に良く書くという保証はできません。その点はあしからずご了承ください(笑)。

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新型コロナのパンデミックで薬剤耐性菌対策が後退

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、それまで前進していた米国の薬剤耐性菌対策を後退させたことが、米疾病対策センター(CDC)がまとめたCOVID-19による薬剤耐性菌への影響に関する報告書から明らかになった。薬剤耐性とは、通常の治療に用いられている抗菌薬や抗ウイルス薬、抗真菌薬などに対して細菌やウイルス、真菌、寄生虫が耐性を獲得し、これらに感染した場合の治療が難しくなる現象のことをいう。 CDCのグループは今回、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大がピークに達した後の薬剤耐性について分析した。その結果、7種類の病原体で薬剤耐性菌の院内感染例が有意に増加しており、2019年から2020年までに全体で15%増加していたことが明らかになった。病原体の種類別の薬剤耐性菌感染の増加率は、カルバペネム耐性アシネトバクターが78%、多剤耐性緑膿菌が32%、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)が14%、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が13%だった。 また2020年には、抗真菌薬に対して耐性を示す真菌(抗真菌薬耐性菌)による院内感染例も増加していた。例えば、カンジダ・アウリス(Candida auris)は60%増加し、それ以外のカンジダ属の真菌も26%増加していた。なお、2012年から2017年にかけては、薬剤耐性菌の院内感染例は27%減少していたという。 CDCは、抗菌薬の使用が増加したことや、感染の予防と管理に関するガイドラインの遵守が難しくなったことが、今回明らかになった薬剤耐性菌の感染例の増加をもたらしたのではないかとの見方を示している。また、COVID-19のパンデミックが原因で、こうした医療関連の薬剤耐性菌への感染例が増加した可能性が高いとも指摘している。 CDCの抗菌薬耐性調整・戦略ユニット長のMichael Craig氏は、「この後退は一時的なものである可能性があり、また一時的なものにとどめなくてはならない。われわれが対策を怠れば、薬剤耐性菌の拡大は止まらないことをCOVID-19のパンデミックははっきりと示した。われわれには無駄にできる時間はない」と強調している。そして、「薬剤耐性菌の感染拡大を阻止する最善の方法は、米国民の安全を守るために必要な予防策が不十分な部分を特定し、そこに投資することだ」と主張している。 今回のCDCの報告を受け、米国感染症学会(IDSA)会長のDaniel McQuillen氏は、緊急に対策を講じる必要があると主張する。同氏はIDSAが発表した声明で、「これは、もはや将来の危機ではない。目の前にある危機であり、すぐに対応する必要がある。入院率が高い状況下では常に、対策を講じない限り薬剤耐性菌に関わる感染率と死亡率は上昇する可能性が高い」と指摘している。また、米連邦議会に対して、新たな抗菌薬の開発や抗菌薬の適正使用に向けた取り組みへの資金提供を行う超党派の法案PASTEUR Actを可決するよう求めている。 CDCの報告書によると、COVID-19のパンデミックが始まった年の1年間に、2万9,400人以上の人が医療関連の薬剤耐性菌の感染が原因で死亡していた。しかし、COVID-19パンデミックを受けて医療機関が提供するサービスや診療する患者の数を絞ったりしたことなどから、この点に関しては限定的な情報しか得ることができなかった。このため、実際の薬剤耐性菌感染による死亡例はさらに多い可能性があるという。 研究グループはまた、抗菌薬の適正使用に向けた前進についても、COVID-19のパンデミック初期に、医師たちが発熱や息切れで苦しむ患者たちの治療に、ウイルスに対しては効果のない抗菌薬を用いていたことが原因で阻まれたと説明している。2020年3~10月に入院したCOVID-19患者の約80%に抗菌薬が投与されていたという。 なお、多くの医療機関に薬剤耐性プログラムがあったが、その多くはCOVID-19患者の治療による負担を理由に停止された。特に介護施設ではその傾向が顕著であったという。

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人間の顔の皮膚に生息する小さなダニが絶滅の危機に?

 人間の皮膚には数えきれないほどの小さなダニが暮らしていて、交尾もしている。気持ちが悪いと思う人もいるかもしれないが、これは真実だ。ただし、心配する必要はない。人間の皮膚で暮らすニキビダニ(毛包虫、Demodex folliculorum)と呼ばれるダニは、毛穴を清潔に保ち、皮膚の健康維持に貢献してくれている。ところが、これらの頼りになるダニが絶滅の危機に直面している可能性のあることが、英レディング大学のAlejandra Perotti氏らの研究から明らかになった。研究結果は、「Molecular Biology and Evolution」に6月21日発表された。 ニキビダニは体長が0.3mm前後で、顔面やまつ毛の毛包に生息している。90%以上の人がニキビダニと平和な共存関係を築いている。ニキビダニの生存期間は約2週間で、日中は毛穴の中で過ごし、夜間に孵化や移動、食事、交尾などを行う。顔面に生息するニキビダニの数は、皮脂の分泌量が最も多い20代から30代にかけてピークを迎える。Perotti氏によると、ニキビダニは皮膚の毛穴の状態を良好に保つ役割を果たしており、免疫が抑制された状態にある人や皮膚疾患のある人などを除けば、健康にとって問題になることはないという。 Perotti氏らは今回、ニキビダニについてさらに解明を進めるため、一人の人の額や鼻から毛穴吸引器で採取したニキビダニを調べた。まず、顕微鏡でそれらが本当にニキビダニであるかどうかを確認した上で、ゲノムシーケンシングを実施した。 その結果、外敵のいない孤立した環境に身を置いていたことが原因で多くの不要な遺伝子や細胞が取り除かれ、ニキビダニは驚くほど単純な生物へと進化を遂げていたことが明らかになった。例えば、ニキビダニの8本の脚は3つの単核細胞の筋肉のみで動いていることや、生存に必要なタンパク質の種類は近縁種の中で最も少ないことなどが明らかになった。 また、進化に伴う遺伝子の減少は、ニキビダニが夜行性である理由の一つであることも分かった。ニキビダニは紫外線から身を守ることができず、太陽の光で目覚めるための遺伝子も持っていない。また、小型の無脊椎動物の夜間の行動を促し、人間を含む哺乳類には眠気をもたらすメラトニンと呼ばれる物質を産生することもできない。その代わり、夜間の活動のために、すみついている人間のメラトニンを使うことはできるという。さらに、過去の研究では、ニキビダニには肛門がなく、2週間の生存期間中に糞便が体内に蓄積され、死を迎えたときにそれが放出されて皮膚の炎症が起こると考えられてきた。しかし、今回の研究ではニキビダニには肛門があることが確認された。 Perotti氏らは、進化を通じて人間への依存度が高くなり、他の宿主のダニと出会う機会がないことなどから、ニキビダニは絶滅に向かっている可能性があるとの見方を示している。ただ、これらのダニたちが外部寄生虫から内部共生者に変化すれば生き延びる可能性はあるという。内部共生者とは完全に宿主に頼って生きている生物を指す。例えば、腸内細菌は人間の内部共生者である。 Perotti氏は、「断言できるわけではないが、おそらくニキビダニがいなくても、われわれには問題はないだろう。とはいえ、ニキビダニはわれわれの皮膚を健康に保ってくれているため、われわれとともに生きていてほしい」と話している。

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第1回 新型コロナのイベルメクチン「もう使わないで」

いったん下火になっていた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ですが、国内の新規感染者数は6月下旬から増え始め、昨日7月6日は4万5千人を超え、現場は警戒心を持っています。―――とはいえ、BA.2以降、滅多に肺炎を起こすCOVID-19例に遭遇しません。おそらく次の波がやってきたとしても、大きな医療逼迫を招くことはないのでは、と期待しています。「イベルメクチンを処方しない医師は地獄へ落ちろ」さて、私はCOVID-19の診療でいくつかメディア記事を書いたことがあるのですが、当初からイベルメクチンに関してはやや批判的です。疥癬に対してはよい薬だと思っていますが、COVID-19に対しては少なくとも現在上市されている抗ウイルス薬には到底及びません。しかしSNSなどではいまだにイベルメクチン信奉が強く、そういった「派閥」から手紙が届くこともあります。中には、「COVID-19にイベルメクチンを処方しない倉原医師よ、地獄へ落ちろ」といった過激な文面を送ってくる開業医の先生もいました。確かに当初、in vitroでイベルメクチンの有効性が確認されたのは確かです。しかし、かなり初期の段階で、寄生虫で使用するイベルメクチン量の約100倍内服しないと抗ウイルス作用は発揮されないことがわかっており1,2)、副作用のデメリットの方が上回りそうだな…という印象を持っていました。その後の臨床試験の結果が重要だろうと思っていたので、出てくるデータを冷静に見る必要がありました。トップジャーナルでことごとく否定50歳以上で重症化リスクを有するCOVID-19患者への発症7日以内のイベルメクチンの投与を、プラセボと比較したランダム化比較試験があります(I-TECH試験)3)。これによると、重症化リスクのある発症1週間以内のCOVID-19患者に対するイベルメクチンの重症化予防への有効性は示されませんでした。また、1つ以上の重症化リスクを持つCOVID-19患者に対して、イベルメクチンとプラセボの入院率の低下をみたランダム化比較試験があります(TOGETHER試験)4)。この試験でも、入院・臨床的悪化のリスクを減少させませんでした(相対リスク0.90、95%ベイズ確信区間:0.70~1.16)。ITT集団、per protocolのいずれを見ても結果は同じでした。EBMの基本に立ち返って、使用を控えるべき万が一、イベルメクチンの投与量や投与するタイミングを工夫して、何かしら有効性が示せたとして、ではその効果は現在のほかの抗ウイルス薬(表)よりも有効と言えるのでしょうか。塩野義製薬が承認申請中のエンシトレルビルですら、現時点ではウイルス量を減少させる程度の効果しか観察されないということで、緊急承認は見送りとなっています。イベルメクチンについて、まず今後奇跡的なアウトカム達成など、起こらないでしょう。表. 軽症者向け抗ウイルス薬(筆者作成)何より、目の前にしっかりと効果が証明された抗ウイルス薬が複数あるのです。有効な薬剤を敢えて使わずにイベルメクチンを処方するというのは、EBMに背を向けているにすぎません。この行為、場合によっては法的に問われる可能性もあります。現時点では使用を差し控えるべき、と私は考えます。参考文献・参考サイト1)Chaccour C, et al. Ivermectin and COVID-19: Keeping Rigor in Times of Urgency. Am J Trop Med Hyg. 2020;102(6):1156-1157.2)Guzzo CA, et al. Safety, tolerability, and pharmacokinetics of escalating high doses of ivermectin in healthy adult subjects. J Clin Pharmacol. 2002;42(10):1122-1133.3)Lim SCL, et al. Efficacy of Ivermectin Treatment on Disease Progression Among Adults With Mild to Moderate COVID-19 and Comorbidities: The I-TECH Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2022 Apr 1;182(4):426-435.4)Reis G, et al. Effect of Early Treatment with Ivermectin among Patients with Covid-19. N Engl J Med. 2022 May 5;386(18):1721-1731.

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空港の検疫探知犬はCOVID-19を正確に嗅ぎ分ける

 空港で入国者の手荷物から違法薬物や危険物を嗅ぎ分ける探知犬が、訓練すると新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者を特定できるようになることが報告された。ヘルシンキ大学(フィンランド)のAnu Kantele氏らの研究によるもので、詳細は「BMJ Global Health」に5月16日掲載された。 この研究ではまず9頭の探知犬を、新型コロナウイルス感染者を特定できるようにトレーニングした。感度(COVID-19感染者を「感染している」と犬が判定する確率)と特異度(非感染者を「感染していない」と犬が判定する確率)ともに80%以上に達した4頭を選び、COVID-19患者や地域住民を対象に探知力をテスト。その後、実際に国際空港の到着ゲートに設置した専用ゲートで、乗客や乗員を対象とするテストを行って、実用性を検討した。 前者のテストでは、まず420人の皮膚をスワブでこすって臭いを付けた検体を4セット作成。それを4頭の探知犬に嗅がせて判定させて、その結果を鼻腔スワブ検体によるPCR検査の結果と比較した。犬を誘導するスタッフや研究アシスタントは、PCR検査の結果を知らされていなかった。なお、420人中114人がPCR検査陽性者だった。 解析の結果、探知犬のCOVID-19感染者の特定能力は、感度92%、特異度91%となった。また、陽性的中率(犬がCOVID-19感染者と判定した人に占めるPCR陽性者の割合)は84%、陰性的中率(犬がCOVID-19感染者でないと判定した人に占めるPCR陰性者の割合)は96%だった。PCR陽性者のうち28人は無症候性感染だったが、探知犬はその89%をCOVID-19感染者と正しく判定していた。 続いて行われた国際空港での実用性の検討では、303人の乗客・乗員が対象とされた。そのうちPCR陽性者は3人のみだった。探知犬の判定は97.7%(303人中296人)の確率でPCR検査の結果と一致し、300人のPCR陰性者の98.7%(300人中296人)を感染者でないと正しく判定した。 犬が見逃した3人の陽性者のうち1人は再検査の結果、陰性と診断された。他の2人のうち1人は再検査で陽性が確定し、もう1人は陽性である可能性が高いと判断された症例だった。一方、探知犬は4人のPCR陰性者をCOVID-19感染者と判定したが、その4人は再検査でも陰性だった。 空港での実用性のテストではCOVID-19感染者がわずかであったことから、改めて155人のCOVID-19患者から採取した検体を探知犬に判定させた。すると98.7%をCOVID-19感染者と正しく判定した。この155人が実際に空港の到着ゲートを通過したと仮定すると、探知犬のCOVID-19患者の判定能力は、感度97%、特異度99%になると計算された。 次に研究者らは、これらのデータに基づいて、一般住民のCOVID-19有病率が40%と1%の場合での、探知犬の陽性的中率と陰性的中率をシミュレーションした。その結果、有病率40%では陽性的中率87.8%、陰性的中率94.4%、有病率1%では同順に9.8%、99.9%と推定され、有病率が高い集団でも低い集団でも、探知犬がスクリーニングに役立つ可能性が示された。 なお、前記の空港での実証テストは2020年9月から翌年4月という、新型コロナウイルスが野生株からアルファ株に移行する時期に実施された。探知犬のCOVID-19感染者判定力はアルファ株の場合に低下していたが、その理由はトレーニングの際に野生株を用いていたためであるという。著者らによると、「既にCOVID-19感染者特定能力を獲得している探知犬は、数時間再訓練をするだけで、別の変異株の感染者も特定できるようになる」とのことだ。 犬は、細菌やウイルス、寄生虫の感染時に生成される成分を含む、体内のさまざまな代謝プロセスによって放出される成分の臭いを嗅ぎ分けられると考えられており、がん患者を特定する能力を持つ犬の存在も知られている。著者らによると、犬の嗅覚は機械的な方法で検出可能なレベルの1兆分の1の成分量でも嗅ぎ取ることができるほどだという。 Kantele氏らは本研究の総括として、「COVID-19感染を確認する手段が限られているような状況においては、感染者を特定する能力を獲得した探知犬が役立つと考えられる。ただし、本研究の結果は有望ではあるものの、リアルワールドで有効性を検証する必要がある」と述べている。

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陸の寄生虫がマイクロプラスチックに付着して海を移動

 ヒトや野生生物の健康に危険をもたらす陸上の寄生虫が、海を浮遊する膨大な量のマイクロプラスチックに付着して移動している可能性のあることが、新たな研究で明らかにされた。米カリフォルニア大学デービス校准教授のKaren Shapiro氏らが実施したこの研究の詳細は、「Scientific Reports」に4月26日掲載された。 マイクロプラスチックとは、5mm未満の微細なプラスチックのことをいう。近年、マイクロプラスチックによる海洋汚染が進み、海洋生物にさまざまな影響が現れていることが報告され、注目を集めている。研究グループによると、このような米粒よりも小さなマイクロプラスチックによる海洋汚染は、南極大陸にまで及んでいるという。 研究では、海を汚染する2種類のマイクロプラスチックに寄生性原虫が付着するかどうかを評価する実験を行った。2種類のマイクロプラスチックとは、スクラブ洗顔料などの製品に含まれるポリエチレン製のマイクロビーズと、衣類や漁網に含まれるポリエステル製のマイクロファイバーである。また、調べた原虫は、トキソプラズマ属のToxoplasma gondii、クリプトスポリジウム属のCryptosporidium parvum、およびジアルジア属のGiardia entericaの3種類である。 ネコ科の動物の糞にのみ含まれているトキソプラズマ原虫は、多数の海洋生物に感染してトキソプラズマ症を引き起こしており、ラッコやセッパリイルカ、ハワイモンクアザラシなどの絶滅危惧種の死との関連も指摘されている。ヒトでのトキソプラズマ症は、生涯にわたって続く臓器障害や中枢神経系疾患、発達・生殖障害の原因となることもある。一方、他の2種類の原虫が引き起こすクリプトスポリジウム症やジアルジア症は、消化器疾患の原因となり、乳幼児や免疫機能の低下した人では死に至ることもあるという。 実験の結果、これらの原虫はマイクロビーズよりもマイクロファイバーに付着しやすいが、いずれのマイクロプラスチックも原虫を運ぶことが可能であることが明らかになった。このことは、陸地に由来する病原性の原虫が、マイクロプラスチックに付着して海に運ばれ、通常見られないはずの場所で検出される可能性があることを意味する。水面を浮遊するマイクロプラスチックは長距離を移動するのに対し、水中に沈むものは、動物プランクトン、ハマグリ、イガイ、カキ、アワビなどのろ過摂食動物が生息する海底付近にこれらの原虫を濃縮させる可能性がある。 論文の上席著者であるShapiro氏は、「ヒトは海の生物ではないのだからプラスチックの問題とは無関係として無視することは簡単だ。しかし、それがわれわれの疾患や健康に関わってくるとなると、この問題を何とかしなければという人々の意識は強くなるはずだ。マイクロプラスチックが病原体を運び、それが、最終的にはわれわれが口にする水や食物に入る可能性があるのだから」と話す。 一方、論文の共著者でトロント大学(カナダ)生態学分野のChelsea Rochman氏は、マイクロプラスチックの発生を抑える対策として、洗濯機や乾燥機へのフィルター設置、バイオリテンションセルなどの雨水処理技術、プラスチック産業や建設現場でのマイクロプラスチック流出防止管理などを挙げている。

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第87回 イベルメクチンの本領発揮~寄生虫感染症を一掃

米国Merck & Co(メルク社)は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への駆虫薬イベルメクチン(商品名:StromectolやMectizan)の効果の裏付けはないとの見解を示していますが1)、同剤のこの上なく貴重で価値ある本来の役割への支援は惜しまず、その甲斐もあってアフリカのナイジェリアが寄生虫感染症の流行解消の成功を手にしつつあります。米国FDAはメルク社と同様にCOVID-19へのイベルメクチンの効果は示されていないと判断2)していますが、遡ることおよそ四半世紀前の1998年にヒトの寄生虫感染症2つ・オンコセルカ症と糞線虫症の治療に同剤を使うことを承認しています。河川盲目症としてよく知られるオンコセルカ症は河川で繁殖する吸血性の昆虫・ブユに刺されることで移る寄生虫によって引き起こされます。人の体内でその寄生虫はたいてい眼を害し、その結果失明を引き起こします。河川盲目症はアフリカで広く認められ、ブラジル、ベネズエラ、イエメンでも感染流行地が点在します。河川盲目症の撲滅の取り組みの中心をなすのはイベルメクチンの集団投与です。集団投与では河川盲目症の蔓延地域の対象者全員にイベルメクチンを年に1回か2回繰り返し服用してもらいます。熱帯風土病の撲滅を使命とする米国熱帯医学会(ASTMH) の年次総会での発表によると、地域のボランティアによる25年に及ぶイベルメクチン(Mectizan)配布、メルク社から寄付される同剤の流通を請け負う組織・Mectizan Donation Program(MDP)、その他協力者の貢献などが功を奏し、ナイジェリアの2つの州プラトーとナサラワでは河川盲目症の伝播がどうやら断ち切れています3)。メルク社からのイベルメクチン寄付はこれからも継続します。その寄付を糧とし、ナイジェリアでのそれら2つの州での成功事例が同国の他の地域、ひいてはアフリカ全域での河川盲目症撲滅の取り組みを推進することを研究者は期待しています。その期待通り少なくともナイジェリアでの河川盲目症は今後も減り続けていくようです。同国のデルタ州では伝播の解消の前段階である小康(interrupted)に至っています。その状態に至るとイベルメクチン治療が停止され、しばらく様子を見たうえで伝播解消が宣言されます。他に同国の4つの州がまもなく小康状態に達する見込みです。参考1)Merck Statement on Ivermectin use During the COVID-19 Pandemic / Merck 2)Why You Should Not Use Ivermectin to Treat or Prevent COVID-19 / FDA3)New evidence that mass treatment with Ivermectin has halted spread of river blindness in two Nigerian states / Eurekalert

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下痢症状から急性胃腸炎を診断、ゴミ箱診断を防ぐには?【Dr.山中の攻める!問診3step】第5回

第5回 下痢症状から急性胃腸炎を診断、ゴミ箱診断を防ぐには?―Key Point―下痢症状から急性胃腸炎の診断をするときは、本当に診断が正しいのかどうか後ろめたい気持ちにならなければならない。なぜなら、ゴミ箱診断の可能性があるからである。48歳男性が動悸を主訴に救急室を受診。1週間前から臥位で寝ると息苦しいという。3日前に下痢と発熱が出現。昨日は37.9℃、水様便10回と嘔吐20回あり。意識清明で38.2℃、血圧230/102mmHg、心拍数132回/分(絶対性不整脈)、呼吸回数22回/分だった。ベラパミル(商品名:ワソラン)5mgを2回静注しても頻脈は変化なし。甲状腺機能を調べるとTSH:0.01μIU/mL(基準値:0.3~4.0)、 FT4:8ng/dL(基準値:0.9~1.7)であった。このとき優秀な後期研修医が「発熱+下痢+嘔吐+頻脈+心不全、これって甲状腺クリーゼじゃないの」と気が付いてくれた。◆今回おさえておくべき疾患はコチラ!経口摂取や消化液の分泌により、毎日7.5Lの水分が消化管に流れ込む。小腸でほとんどの水分が吸収され、1.2Lの水分が大腸に到達する。大腸は1Lの水分を吸収するため、正常の便は200mLの水分を含む。したがって、大量の下痢は小腸に病変があることを示す1)急性下痢は感染症、慢性下痢は感染症以外で起こることが多い急性下痢では脱水になっていないかの評価が重要である就寝中に起こる下痢は器質的疾患の存在を示唆する大腸がんでは便秘のみならず下痢となることもある【STEP1】患者の症状に関する理解不足を解消させよう【STEP2】疾患の緊急性を見極める下痢は腸管以外の原因から考える。下痢の原因は腸管にあると考えがちだが、緊急性が高い腸管以外の疾患から考えるようにするとよい。●緊急性が高い“腸管以外”の疾患甲状腺クリーゼ、アナフィラキシー、トキシックショック症候群(TSS)、敗血症、腹膜炎、膵炎、薬剤●うんちしたい症候群(しぶり腹)大動脈瘤の切迫破裂、直腸がん、異所性妊娠、虚血性腸炎、炎症性腸疾患、細菌性大腸炎、急性虫垂炎、憩室炎、直腸異物*しぶり腹とは激しい便意にもかかわらず、ほとんど便が出ない状態*S状結腸や直腸に刺激が加わるとしぶり腹になる●血便が出る感染性下痢症腸管出血性大腸菌、赤痢菌、サルモネラ、カンピロバクター、赤痢アメーバ【分類】■急性下痢(1)炎症性(大腸型)下痢腸管出血性大腸菌、赤痢菌、サルモネラ、カンピロバクター、赤痢アメーバ*発熱、少量頻回(8~10回/日)の血性下痢、しぶり腹(2)非炎症性(小腸型)下痢ノロウイルス、ロタウイルス、コレラ、ウェルシュ、ランブル鞭毛虫*軽度の発熱、多量の水様下痢(3~4回/日)、悪心嘔吐、脱水■慢性下痢2)(1)浸透圧性下痢乳糖不耐症、下剤*乳糖不耐症は大人になって起こることがある*絶食により下痢は軽快する(2)炎症性下痢炎症性腸疾患、顕微鏡的大腸炎、放射線照射性腸炎、好酸球性腸炎、悪性腫瘍(大腸がん、悪性リンパ腫)*NSAIDsやプロトンポンプ阻害薬は顕微鏡的大腸炎を起こす*炎症性腸疾患は30~40代で多く、顕微鏡的大腸炎は70~80代に多い。(3)吸収不良症候群慢性膵炎、small intestinal bacterial overgrowth(SIBO、小腸内細菌異常増殖症)、短腸症候群*脂肪便は悪臭を伴い、便器に付着したり水に浮いたりする(4)分泌性下痢神経内分泌腫瘍(カルチノイドやVIPoma)、胆汁酸による下痢(5)腸管運動の異常過敏性腸症候群、糖尿病、甲状腺機能亢進症、強皮症(6)慢性感染症ランブル鞭毛虫、アメーバ赤痢、Clostridium difficile【STEP3】検査で原因を突き止める●急性下痢のほとんどは自然治癒するので検査は不要●以下の症状があれば検査が必要発熱(38.5℃超)、血便、脱水、ひどい腹痛、免疫力が低下している、高齢者(70歳超)、衛生状態が悪い外国から帰国症状に応じて血算、生化学、ヘモグロビン、便中白血球、便培養、CD毒素/抗原、寄生虫、大腸カメラを考慮する。●薬が原因の下痢は多い(薬剤性下痢)化学療法薬、抗菌薬、NSAIDs、アンギオテンシンンII受容体拮抗薬(とくにオルメサルタン)、プロトンポンプ阻害薬、ジゴキシン、メトホルミン、コルヒチン、ジスチグミン*、人工甘味料、アルコール*ジスチグミン(商品名:ウブレチド)はコリン作動性クリーゼを起こす<参考文献>1)Mansoor AM. Frameworks for Internal Medicine. p.176-197.2)Alguire PC, et al. MKSAP18 Gastroenterology and Hepatology. 2018. p.26-35.

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特発性門脈圧亢進症〔IPH:Idiopathic portal hypertension〕

1 疾患概要■ 概念・定義特発性門脈圧亢進症(idiopathic portal hypertension:IPH)とは、肝硬変、肝外門脈閉塞、肝静脈閉塞、およびその他の原因となるべき疾患を認めずに門脈圧亢進症を呈するもので、肝内末梢門脈枝の閉塞、狭窄により門脈圧亢進症に至る症候群をいう。なお、門脈圧亢進症とは門脈系の血行動態の変化により、門脈圧(正常値100~150mmH2O)が常に200mmH2O(14.7mmHg)以上に上昇した状態である。■ 疫学IPHは比較的まれな疾患で、年間受療患者数(2004年)は640~1,070人と推定され、人口100万人当たり7.3人の有病率と推定されている(2005年全国疫学調査)。男女比は約1:2.7と女性に多く、発症のピークは40~50歳代で平均年齢は49歳である。欧米より日本にやや多い傾向があり、また都会より農村に多い傾向がある。■ 病因本症の病因はいまだ不明であるが、肝内末梢門脈血栓説、脾原説、自己免疫異常説などがある。中年女性に多発し、血清学的検査で自己免疫疾患と類似した特徴が認められ、自己免疫疾患を合併する頻度も高いことからその病因として自己免疫異常、特にT細胞の自己認識機構に問題があると考えられている。■ 症状重症度に応じ食道胃静脈瘤、門脈圧亢進症性胃腸症、腹水、肝性脳症、汎血球減少、脾腫、貧血、肝機能障害などの症候、つまり門脈圧亢進症の症状を呈す。通常、肝硬変に至ることはなく、肝細胞がんの母地にはならない。■ 予後IPH患者の予後は静脈瘤(出血)のコントロールによって規定され、コントロール良好ならば肝がんの発生や肝不全死はほとんどなく、5年および10年累積生存率は80~90%と極めて良好である。また、長期観察例での肝実質の変化は少なく、肝機能異常も軽度である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ IPH診断のガイドラインIPHの診断基準は、厚生労働省特定疾患:門脈血行異常症調査研究班の定めた「門脈血行異常症ガイドライン2018年改訂版」1)のIPH診断のガイドラインに則る。1)一般検査所見(1)血液検査 1つ以上の血球成分の減少を示し、特に血小板数減少は顕著である。(2)肝機能検査正常または軽度異常が多い。(3)内視鏡検査食道胃静脈瘤を認めることが多い。門脈圧亢進症性胃腸症や十二指腸、胆管周囲、下部消化管などにいわゆる異所性静脈瘤を認めることもある。2)画像検査所見(1)超音波、CT、MRI、腹腔鏡検査a)巨脾を認めることが多い。b)肝臓は病期の進行とともに、辺縁萎縮と代償性中心性腫大となる。c)肝臓の表面は平滑なことが多いが、全体に波打ち状(大きな隆起と陥凹)を呈するときもある。d)結節性再生性過形成や限局性結節性過形成などの肝内結節を認めることがある。e)脾動静脈は著明に拡張している。f)著しい門脈・脾静脈血流量の増加を認める。g)二次的に門脈に血栓を認めることがある。(2)上腸間膜動脈造影門脈相ないし経皮経肝門脈造影肝内末梢門脈枝の走行異常、分岐異常を認め、その造影能は不良で、時に門脈血栓を認めることがある。(3)肝静脈造影しばしば肝静脈枝相互間吻合と「しだれ柳様」所見を認める。閉塞肝静脈圧は正常または軽度上昇にとどまる。(4)Scintiphotosplenoportography (SSP)SSPは経皮的に脾臓より放射性物質を注入し、その動態で最も生理的に近い脾静 脈血行動態のdynamic imageが得られるだけではなく、そのデータ処理にてさまざまな情報が得られる検査法である。SSPにより門脈血に占める脾静脈血の割合を求めると、正常では18.6%、慢性肝炎では48.0%、肝硬変では47.8%、IPHでは73.8%であった2)。つまりIPHでは、脾静脈血流が著明に増加している。3)病理検査所見(1)肝臓の肉眼所見時に萎縮を認める。表面平滑な場合、波打ち状や凹凸不整を示す場合、変形を示す場合がある。割面は被膜下の実質の脱落をしばしば認める。門脈に二次性の血栓を認める例がある。また、過形成結節を認める症例がある。肝硬変の所見はない。(2)肝臓の組織所見肝内末梢門脈枝の潰れ・狭小化、肝内門脈枝の硬化症および側副血行路を呈する例が多い。門脈域の緻密な線維化を認め、しばしば円形の線維性拡大を呈する。肝細胞の過形成像がみられ結節状過形成を呈することがあるが、周囲に線維化はなく、肝硬変の再生結節とは異なる。(3)脾臓の肉眼所見著しい腫大を認める。(4)脾臓の組織所見赤脾髄における脾洞(静脈洞)の増生、細網線維や膠原線維の増加、脾柱におけるGamna-Gandy結節を認める。本症は症候群であり、また病期により病態が異なることから、一般検査所見、画像検査所見、病理検査所見によって総合的に診断されるべきである。確定診断は肝臓の病理組織学的所見の合致が望ましい。除外疾患は肝硬変症、肝外門脈閉塞症、バッド・キアリ症候群、血液疾患、寄生虫疾患、肉芽腫性肝疾患、先天性肝線維症、慢性ウイルス性肝炎、非硬変期の原発性胆汁性胆管炎などが挙げられる。■ 重症度分類「門脈血行異常症ガイドライン2018年改訂版」1)ではIPHの重症度分類も定められている。重症度I  診断可能だが、所見は認めない。重症度II 所見は認めるものの、治療を要しない。重症度III所見を認め、治療を要する。重症度IV身体活動が制限され、介護も含めた治療を要する。重症度V 肝不全ないし消化管出血を認め、集中治療を要する。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 治療適応IPHの治療対象は、門脈圧亢進症に伴う食道胃静脈瘤、脾機能亢進に伴う汎血球滅少症、脾腫である。治療法としては、食道胃静脈瘤症例では内視鏡的治療、塞栓術、手術療法など、内科的治療が難しい脾腫・脾機能亢進症例では塞栓術または手術療法を施行する。■ 食道静脈瘤1)食道静脈瘤破裂では輸血、輸液などで循環動態を安定させながら、内視鏡的静脈瘤結紮術(または内視鏡的硬化療法)にて一時止血を行う。内視鏡的治療が施行できない場合や止血困難な場合はバルーンタンポナーデ法を施行し、それでも止血できない場合は緊急手術も考慮する。2)一時止血が得られた症例では、全身状態改善後、内視鏡的治療や待期手術を考慮する。3)未出血の症例(予防例)では、「門脈圧亢進症取扱い規約【第3版】」3)に従って静脈瘤所見を判定し、F2、3またはRC陽性の場合、内視鏡的治療や手術を考慮する。4)手術療法としては、選択的シャント手術として選択的遠位脾腎静脈吻合術(DSRS)や、直達手術として下部食道離断+脾摘+下部食道・胃上部血行郭清を加えた食道離断術または内視鏡的治療と併用して脾摘術+下部食道・胃上部の血行郭清(ハッサブ手術)を行う。■ 胃静脈瘤1)食道静脈瘤と連続して存在する噴門部静脈瘤に対しては食道静脈瘤の治療に準じて対処する。2)孤立性胃静脈瘤破裂例では輸血、輸液などで循環動態を安定させながら、内視鏡的硬化療法にて一時止血を行う。内視鏡的治療が施行できない場合や止血困難な場合はバルーンタンポナーデ法を施行し、それでも止血できない場合はバルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(balloon-occluded retrograde transvenous obliteration:B-RTO)などの塞栓術や緊急手術も検討する。 3)一時止血が得られた症例では、全身状態改善後、内視鏡的治療追加やB-RTO などの塞栓術、待期手術(DSRSやハッサブ手術)を検討する。4)未出血症例(予防例)では、胃内視鏡所見を参考にして内視鏡的治療、塞栓術、手術(DSRSやハッサブ手術)を検討する。■ 脾腫、脾機能亢進症巨脾に合併する症状(疼痛、圧迫)が著しい場合および脾機能亢進症(汎血球減少)による高度の血球減少(血小板5×104以下、白血球3,000以下、赤血球300×104以下のいずれか1項目)で出血傾向を認める場合は部分的脾動脈塞栓術(PSE)または脾摘術を検討する。PSEは施行後に血小板数は12~24時間後に上昇し始め、ピークは1~2週間後である。2ヵ月後に安定し、長期的には前値の平均2倍を維持する。4 今後の展望IPHの原因はいまだ解明されていない。しかし、静脈瘤のコントロールが良好ならば、予後は良好であるため静脈瘤のコントロールが重要である。予後が良いため長期的に効果が持続する手術療法が施行されている。近年、低侵襲手術として腹腔鏡下手術が行われており、食道胃静脈瘤に対する手術も腹腔鏡下手術が中心となっていくであろう。5 主たる診療科消化器外科、消化器内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病センター 特発性門脈亢進症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班. 門脈血行異常症ガイドライン 2018年改訂版. 2018.2)吉田寛. 日消誌. 1991;88:2763-2770.3)日本門脈圧亢進症学会. 門脈圧亢進症取扱い規約 第3版. 金原出版.2013.公開履歴初回2021年03月29日

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第49回 日本の科学者が見いだしたイベルメクチンは、コロナ治療の新たな希望か

新型コロナウイルスのワクチンを巡り、不安材料が浮上してきた。世界的なワクチン争奪戦の影響などで、米ファイザー製のワクチンが計画通りに供給されない可能性が出てきたり、英アストラゼネカ製のワクチンにおける副反応疑いが報じられたりしているからだ。翻って、ノーベル医学生理学賞受賞者(2015年)の大村 智氏(北里大学特別栄誉教授)の研究を基にした抗寄生虫薬「イベルメクチン」について、日本発の新型コロナウイルス感染症治療薬として期待する声が上がっている。新型コロナ治療薬としては未承認だが、中南米やアフリカ、中東でオンコセルカ症(河川盲目症)や類縁の感染症の治療薬として毎年約3億人が服用し、約30年間、副作用の報告がほとんどないという。イベルメクチンは2012年から、さまざまなウイルスに対する効果が多数報告されている。ヒトの後天性免疫不全症候群(AIDS)やデング熱ウイルス、インフルエンザウイルス、仮性狂犬病ウイルスなどだ。世界25ヵ国が新型コロナ治療薬に採用北里大学では2020年9月から、新型コロナウイルスに対する治療効果を調べる臨床試験を行っている。すでに医薬品として承認されているため、第I相を飛ばし、第II相の治験が実施されている。日本を含め、世界27ヵ国で91の臨床試験が行われており(2021年1月30日現在)、25ヵ国がイベルメクチンを新型コロナ感染症対策に採用している(2021年2月26日現在)。米国FLCCC(Front-Line COVID-19 Critical Care)アライアンスの会長Pierre Kory氏が2020年12月8日、上院国土安全保障と政府問題に関する委員会に証人として登壇した際は、イベルメクチンを新型コロナに対する「奇跡の薬」と評し、「政府はイベルメクチンの効果を早急に評価し、処方を示すべきだ」と訴えた。強力な支持、一方で効果を問う最新論文も…FLCCCは、2020年春以降、新型コロナ治療薬としてのイベルメクチンに関する臨床試験情報を収集・分析し、Webに公開している。これまでの臨床試験から可能性が示唆されているのは以下の通りだ。(1)患者の回復を早め、軽~中等症の患者の悪化を防ぐ。(2)入院患者の回復を早め、集中治療室(ICU)入室と死亡を回避させる。(3)重症患者の死亡率を低下させる。(4)イベルメクチンが広く使用されている地域では、新型コロナ感染者の致死率が著しく低い。さらにKory氏は、WHOがイベルメクチンを「必須医薬品リスト」に入れたことを強調。NIHやCDC、FDAに対し、イベルメクチンの臨床試験結果を早急に確認のうえ、医療従事者らに処方ガイドラインを示すように求めた。一方で、イベルメクチンが新型コロナ軽症患者に対して改善効果が認められなかったという無作為化試験の結果が今月、JAMA誌に掲載された1)。新型コロナを巡っては、ワクチンも治療薬も現在進行形で研究・開発が進み、エビデンスの蓄積と医療者や世間の期待とのバランスが非常に難しい。イベルメクチンが、コロナ治療における新たな希望になり得るのか、今後の研究の行方を注視したい。参考1)イベルメクチン、軽症COVID-19の改善効果見られず/JAMA

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第11回 COVID-19試験を仲良く取り下げた2大誌LancetとNEJMはお咎めなし?

抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンとCOVID-19患者死亡率上昇の関連を示した、注目のLancet報告が発表されてから2週間後の6月4日、米国企業Surgisphere社が解析したとされるその情報源が確認不可能であるとして、1人を除く3人の著者がその報告を取り下げました1)。さらに同日、降圧薬のCOVID-19患者への影響を調べたNew England Journal of Medicine(NEJM)報告も同じ理由により取り下げられました。この2つの一大事のせいで研究者や医学誌のデータ解析の在り方は酷く怪しまれ、目下進行中のCOVID-19に関する臨床試験の取り組みは困難になるかもしれません1)。「論文を撤回したジャーナルも、科学も、薬も、臨床試験やその裏付けの評判もすべて損なわれた」とオーストラリア・シドニー大学の倫理学者Ian Kerridge氏はNatureに話しています。情報源が不明である以上もはやすべて推測になりますが、撤回された2つの報告はSurgisphere社が世界中の数百もの病院から集めたとされる電子カルテデータを解析した結果に基づくとされています。Surgisphere社を設立してCEOとして指揮するSapan Desai氏は、Lancet報告とNEJM報告のどちらの著者でもあり、Lancet報告の撤回には同意していませんがNEJM報告の撤回にはどういうわけか同意しています。すでに報じられている通り、Lancet報告が発表されるやその報告で危険性が示唆されたヒドロキシクロロキンの試験のいくつかは停止に追い込まれました。ヒドロキシクロロキンの検討を一翼とする英国での無作為化試験RECOVERYは続行されましたが、残念ながら同剤のCOVID-19入院患者死亡抑制効果は認められなかったと先週金曜日に発表され2)、COVID-19入院患者にヒドロキシクロロキンは無効とのひとまずの決着を見ました。同試験を率いたオックスフォード大学教授Martin Landray氏は、今回の結果を受けて世界の治療方針は変わるだろうと言っています。Surgisphere社が関与してLancet報告やNEJM報告以上の影響を及ぼしたかもしれないCOVID-19関連の試験報告がもう1つあります。抗寄生虫薬イベルメクチンを使用したCOVID-19患者の大幅な死亡率低下を記したその報告は、プレプリント登録サイトSSRNに4月初めにいったん登録され、暫く公開された後に削除されました。削除の理由をNatureがその著者Mandeep Mehra氏に尋ねたところ、まだ査読には早いと思ったとの回答がありました。米国屈指の病院Brigham and Women’s Hospitalの循環器科医・Mehra氏は取り下げられたLancet報告とNEJM報告の筆頭著者でもあります。束の間の公開でしたが、スペインの研究者Carlos Chaccour氏によるとその結果は南アメリカの国々でのイベルメクチン使用の急増を後押ししました1,3)。ペルー政府はSSRNに掲載されてから数日後に同国の治療ガイドラインにイベルメクチン治療を取り入れました。続いてボリビア政府も1週間後にはペルー政府に倣って同じく同剤を治療方針に加えています。パラグアイではイベルメクチンの販売を制限しなければならないほど需要が増えました。査読後に出版された報告の撤回後に、その報告の影響の波及を防ぐような安全措置は査読前公開の報告にはなく、査読前に一瞬姿を見せて消えたイベルメクチン報告の南アメリカでの影響は断ち切られていません。「ラテンアメリカで続くイベルメクチン報告の亡霊は誰が追い払うのか? それが間違いだったと著名雑誌は言ってくれない」とChaccour氏はNatureに話しています。LancetやNEJMはひとまず論文を取り下げて影響の波及を断ち切ったとはいえ、COVID-19へのヒドロキシクロロキン高用量投与を調べている試験ASCOTのリーダーSteven Tong氏に言わせれば、両誌の編集者も査読者も著者と同じ穴のむじなであり、ことごとく酷い仕打ちを受けたとScienceのニュースに話しています4)。ASCOT試験でのヒドロキシクロロキン投与群はLancet報告を受けて停止されましたが、幸い再開の運びとなっています5)。Natureの調べによると、LancetもNEJMも査読結果がどのようなものだったかを示すつもりはなく秘密としています。そんなことでは、情報源を出さなかったSurgisphere社と変わりないではないかと思われても仕方ないかもしれません。 LancetやNEJMは著者等の撤回声明を掲載するのみで、何ら自省も反省も示していないが、出版までの手続きで何がまずかったのかを自問してみせるべきだったとミネソタ大学の倫理学者Leigh Turner氏はScienceに話しています。英国の医学研究信頼性支持団体Reproducibility Networkを率いるChis Chambers氏も同じ考えで、両誌は自ら主張するように再現性と完全性を大事と思うならば、出版に至るまでのやり取りをいますぐに第三者に調査してもらう必要があると言っています。参考1)Ledford H, Van Noorden R.Nature.2020 Jun 5. [Epub ahead of print]2)No clinical benefit from use of hydroxychloroquine in hospitalised patients with COVID-19 / RECOVERY3)Ivermectin and COVID-19: How a Flawed Database Shaped the Pandemic Response of Several Latin-American Countries / Barcelona Institute for Global Health4)Two elite medical journals retract coronavirus papers over data integrity questions / Science5)AustralaSian COVID-19 Trial to proceed with hydroxychloroquine arm

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