ある製薬メーカーのケースからを考える「研究者の業務効率化」とは?

公開日:2012/10/31

9月8日(土)東京大学・本郷キャンパスにおいて山本雄士氏(株式会社ミナケア 代表取締役)主催による第5回の「山本雄士ゼミ」が開催された。今回は、ケーススタディとして「ワイス・ファーマシューティカルズ」(Wyeth Pharmaceuticals: Spurring Scientific Creativity with Metrics)を取り上げ、製薬メーカーにおける経営マネジメントなどについてディスカッションした。

山本雄士ゼミは、ハーバード・ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得した山本氏をファシリテーターに迎え、ケーススタディを題材に医療の問題点や今後の取組みをディスカッションによって学んでいく毎月1回開催のゼミである。

イントロダクション

山本雄士氏(株式会社ミナケア 代表取締役)

冒頭、山本氏よりケーススタディ企業の概要が説明され、「研究部門長の改革で優れている点は何か?」と「研究開発の目標数を増やすメリット・デメリット」の2つのテーマの提起のあと、ディスカッションに入った。

ワイス社は、1860年代にアメリカで創業された企業で何度かの合併・買収を繰り返しながら大きくなっていった製薬メーカ(現在ワイス社は買収されて存在しない)。2005年時点で売上高は約180億ドル、世界的な主力製品の関節リウマチ治療薬や乳幼児向け肺炎球菌ワクチンなど、バイオ医薬品とワクチンなどに強い会社である。

企業の研究部門改革の成功例をみる

同社が低迷する新開発商品の倍増を目指し、テコ入れを行った「新たな働き方(NWW)」の経緯が今回のケースの内容である。2001~2002年にかけて創薬の初期段階である新規化合物が伸びたこと、試験への進展率が上がったことなどケースから読み取れる事例の報告後、山本氏より「数字で管理するメリットは何か?」との問題提起をうけて、ディスカッションが始まった。参加者からは、「経営戦略がたてやすい」、「研究・開発の管理が容易になる」、「報酬増の目安が表示される」などの意見が出された。次に「NWWが成功したポイントは?」という問いに「モチベーションの見える化」や「報酬の連帯性=組織の強化」、「作業プロセスの効率化」、「スピード感の向上」などの意見が出された。

製薬メーカーの本質とは何か

山本雄士氏(株式会社ミナケア 代表取締役)

山本氏より問題提起として「創薬研究はアートといえるかどうか?」という問題が投げかけられ参加者は、「アートである」と「研究の成果である」の2つに分かれ、ディスカッションが行われた。かたや「薬のターゲットを決めることが創造的作用である」から、かたや「偶然に左右される産物をどのように管理するのか」など双方からさまざまな意見が寄せられた。

次に山本氏から「製薬企業の強みとは何か?」という質問に参加者からは、「needs(需要)とseeds(供給)の調整ができる」や「サポートの充実、安定供給ができる」、「患者への責任を持っている」など企業の本質に関わる話題まで多くの回答が寄せられた。これらの内容を踏まえて、企業のサプライチェーン(供給連鎖)の話題や最近の創薬研究の動き(研究の外注化やベンチャーの買収)などがミニレクチャーされた。

研究が主体の企業の在り方

山本雄士氏(株式会社ミナケア 代表取締役)

ケーススタディに戻り、ワイス社がNWWでターゲットの開発目標数を12から15個に増やしたことの賛否について山本氏が質問。これに対し、参加者からは「高めの目標設定は理解できる」や「難しい目標設定ではない」などの賛成意見と「収益の改善に効果がない」や「質が低下する」などの反対意見が出され、ディスカッションが行われた。

そして、同社がNWWのおかげで急激な開発速度で目標が達成された経緯を検討、研究者の働き方に関する議論へと進展した。

ディスカッションでは、企業統治について本社主導の「統制型」か部門ごとの「分権型」かに分かれて行われた。統制型では、管理しやすく、遂行型業務には適しており、全体最適化がしやすい反面、調整が難しかったり、目標が高くなるきらいがあるなどの意見がでた。一方で、分権型では、部門の自律性が図れると同時に権限が強くなり、フレキシブルな対応ができる反面、目標が低くなり、責任の所在が曖昧になる、全体最適化が難しいなどの意見が出された。

結論として、こうした分類は簡単に割り切れるわけではなく、規模や業務内容に応じて選択する必要があること、基準化された正解はないことを確認した。

最後にまとめとして、山本氏が「研究・開発に関して、知識の部分というのは管理化・プロトコル化できるが、暗黙知の部分は手順化が難しい。しかし、社内や学内研修や知識の共有化を通じてツール化することは可能であり、今後、この暗黙知の部分も会社なり、大学なり研究組織は、ツール化して組織内にどんどん導入する時にきている」と示唆を述べ、今回のゼミを終えた。

★今後のスケジュールは次の通り(いずれも16:00~19:00の開催予定)。

開催日 概略
第10回 2月16日(土) セダケア(地域のヘルスケアシステムのケーススタディ)
ゼミ合宿 3月23日(土)、24日(日) アメリカの医療保険制度と,組織論やリーダーシップ論など

プロフィール

山本 雄士 ( やまもと ゆうじ ) 氏株式会社ミナケア 代表取締役慶應義塾大学医学部クリニカルリサーチセンター 客員准教授株式会社 ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャー公益財団法人 日本医療機能評価機構 客員研究員

[略歴]

1993年 北海道立札幌南高校卒業

1999年 東京大学医学部医学科卒業 循環器内科臨床医として都立広尾病院、東京大学医学部付属病院等に勤務

2003年 東京大学医学系研究科入学

2005年 ハーバード大学ビジネススクール入学

現在、株式会社 ミナケア 代表取締役

株式会社 ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャー

内閣官房医療イノベーション推進室企画調査官

慶應義塾大学医学部クリニカルリサーチセンター 客員准教授

公益財団法人 日本医療機能評価機構 客員研究員

訳書に『医療戦略の本質』(マイケル・E・ポーターら、日経BP社)、『奇跡は起こせる』(ジョン・クラウリー、宝島社)、共著書に『病院経営のしくみ』、『病院経営のしくみ2』(ともに日本医療企画)など。

[山本雄士氏著作]