がんゲノム医療の今

提供元:ケアネット

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公開日:2019/05/09

 

 手術や放射線治療では根治できないと判断された進行固形がんにおけるがん薬物療法は、正常細胞とがん細胞との“生物学的な違い”をターゲットにする「分子標的薬」や「免疫チェックポイント阻害薬」が主流になりつつある。わが国におけるがんゲノム医療の現状は、どのようになっているのだろうか。

 2019年4月、中外製薬株式会社が「第1回 がんゲノム医療に関する基礎メディアセミナー」を都内にて開催した。そこで、土原 一哉氏(国立がん研究センター 先端医療開発センター トランスレーショナルインフォマティクス分野 分野長)が講演を行った。

米国に引けを取らないがん遺伝子検査
 従来のがん薬物療法は、がん種を診断した後、そのがんに承認されている薬を使っていく形式だが、将来的には治療前に遺伝子診断を行うことで、患者さんにとって最もメリットの高い治療が効率的に選ばれる時代になることが期待されている。

 ヒトゲノムの解析コストは、次世代シーケンサーの登場とともに劇的に低下しているが、全ゲノムシークエンスを実臨床に用いるには、解析結果から変異を抽出する作業やクオリティコントロールに高いコストがかかるため、もう少し時間がかかると言われている。検査の効率化を目指して、任意のゲノムを選択的に読み取るターゲットシークエンスや全エクソンシークエンスなども並行して開発が進んでおり、治療の選択に必要なバイオマーカーの研究も進展している。

 「“日本のゲノム医療は米国と比較して遅れている”と言われる傾向にあるが、米国が承認したがん関連遺伝子検査は日本でも1年以内に承認されており、現在わが国で全国的に使えるものに関しては、日米でそれほど大きな差はない」と土原氏は説明した。

整備されるがんゲノム医療の実施体制
 わが国におけるがんゲノム医療の実施体制は整えられつつあり、2019年4月現在、全国に「がんゲノム医療中核拠点病院」が11ヵ所、「がんゲノム医療連携病院」が156ヵ所設置されている。中核拠点病院は、がんゲノム医療を牽引する高度な機能を有する医療機関として、連携病院は、中核拠点病院と連携して遺伝子検査結果を踏まえた医療を実施する医療機関として、国が指定した。

 これにより、均てん化されたがんゲノム医療の提供が可能になり、質の高い遺伝子検査や公的保険の整備、説明・同意手順の標準化による患者保護などの、がんゲノム医療のベストプラクティスが目指されている。また、「がんゲノム情報管理センター」が国立がん研究センター内に設置され、中核拠点病院などから得られたゲノム情報や臨床情報をデータベースとして集約し、今後の診療や研究開発に役立てることが目標とされている。

がんゲノム医療は拡大しつつあるが、まずは安全性が第一
 従来から、エビデンスに基づいた承認薬によるがんゲノム医療は全国の保険医療機関で実施されており、最近は「遺伝子プロファイル検査」の導入も検討されるようになった。これは、中核拠点病院などで実施された患者の遺伝子検査結果などをもとに、専門家会議で総合的に判断し、医学的に効果が期待できる未承認薬を臨床試験や適応外使用として考慮するというもので、今後の適応拡大への足掛かりとして位置付けられている。

 がん治療において、結果的に治療薬の効果が得られなかった場合、身体への侵襲性やコストなどを考えると、患者にとって非常にデメリットが大きい。医療経済的な側面を考えても、今後そういったミスマッチを減らしていくのは大きなポイントだという。

 同氏は「新しい薬を使う際、その薬が効くか効かないかより、安全性が担保されているのか、予期せぬ副作用への対処法が確立されているのかをまず確認しなければならない。新しい薬の使い方は、わが国の医療全体で確立していくべき。これは、ゲノム解析だけでは解決できない」と慎重な姿勢を示した。

がんゲノム医療の情報を医療機関で制御することも必要
 1回の検査で複数の変異遺伝子を調査できる「がん遺伝子パネル検査」は、現在薬事承認の段階で、今年度中の保険適用が目指されている。2017年には日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会・日本癌学会が合同で『次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス(第1.0版)』を発刊した。しかし、本ガイダンスは遺伝子パネル検査が先進医療として認められる前に発刊されたため、現場での経験などを踏まえ、より使いやすいよう今年度に改訂予定だという。

 「現在は、最先端医療を支えるための体制として、まず仕組みを作った段階。ゲノム医療についてTVなどで報道されると、医療現場にはさまざまな質問が寄せられる。患者が情報に溺れないよう、医療者側は正しい認識を持ち、患者に方向性を示すことも必要」と呼びかけた。

がんゲノム医療の今後の課題はすでに見えてきている
 遺伝子異常の“臨床的意義付け”に関する情報は日々更新されており、3ヵ月前の情報はすでに古くなっている可能性がある。診断をする際、最新の情報にどうアクセスするか、さらに、検査結果を伝えた後の患者などに、その情報をどう伝えていくかなどの方法を今後検討していく必要がある。

 より確実な治療効果を予測するためには、多数例のゲノム情報と治療効果を含む臨床情報の集積が求められる。新しい技術をどれだけ早くコストをかけずに実現するのかはがんゲノム医療の当面の課題だが、研究と臨床のインターバルは短くなってきており、現在研究中の技術が実臨床に移るのはそう遠くない未来と考えられている。

 同氏は「保険診療などの堅牢な規制と先進医療などの柔らかな規制を組み合わせて、より柔軟な枠組みが必要。新しい技術については、費用対効果の検証をどれだけ早く系統的に行うかなど、課題はひとつひとつ解決していかなくてはならないが、現段階においては安全性が最優先であることを念頭に置いてほしい。また、患者にはゲノム医療がすべての人に効果があるわけではないことをあらかじめ理解してもらう必要がある。医療者側は常に最新情報のアップデートをしていってほしい」と講演を締めくくった。

(ケアネット 堀間 莉穂)