「コード・ブルー」医療監修、松本 尚氏に聞くドラマの裏側

提供元:ケアネット

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公開日:2017/08/21

 

 テレビドラマでは、やればおおむね当たると言われている「職業モノ」が2つあり、その1つが医療ドラマである(ちなみにもう1つは刑事ドラマ)。この夏、『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』(フジテレビ系列)が好評だ。本作は9年前のシーズン1、7年前のシーズン2に続く3作目。月曜9時枠としては硬派路線で、医療シーンが忠実に作り込まれているのが特徴だが、そのリアリティーを下支えしているのが医療監修である。今回、本作の医療監修を務め、自身も国内のフライトドクターの第一人者である松本 尚氏(日本医科大学千葉北総病院 救命救急センター長)に、医療者の視点からみたドラマの裏側についてお話を伺った。

―『コード・ブルー』で医療監修はどの段階から関わるのですか?
 現場によってさまざまで、私自身もシーズンを追うごとに変わっていきました。実際シーズン1の初めのころは、シーンもセリフも完成直前の脚本を渡されていました。たとえば、藍沢医師(山下 智久)が「××(症状)が出ている」、すると白石医師(新垣 結衣)が「〇〇(診断名)ね」と。さらに緋山医師(戸田 恵梨香)が「△△(処置)しましょう」という具合にセリフが書かれている。それに対してわれわれは、ブランクになっている「××」や「〇〇」を埋めるという流れです。あるいは、すでに書かれている内容に対して、医学的に不自然なところがないかをチェックする、ということもありました。

 しかしこの手順だと、明らかにおかしい部分を見つけた時の修正が大変で、たとえば、大手術をしたその日の夕方にもう患者が喋っているセリフが書かれている。さっきまでショック状態だった患者なのに…!(笑)。そうなると、そこからすべてを変更しないと先に進まなくなるので、『コード・ブルー』で医療監修をする回数を重ねていく中で、もっと早いプロット(構想)の段階から脚本にも関わるようになりました。

 具体的な話をしましょう。今シーズンの第1話では、プロデューサーから夏祭り会場で山車(だし)が暴走して民家に突っ込み、多数の負傷者が出るというのはどうか、というような提案があって、さらに子どもが関係していること、それぞれの主要キャストに見せ場を作ることなどの条件が出ました。この条件に合致して、なおかつ現実に起こりうる医療設定を考えていくわけです。たとえば、緋山医師は周産期医療センターから救命救急に戻ってきたという設定なので、産科に関連した症例にしたい、といった要望でした。ただし、今シーズンでは主人公たちは10年近いキャリアを積んでいますので、安易なミスや見落としは許されません。そこで、一見妊婦とわかりづらい肥満気味の女性患者にして、後に妊婦と気付くという仕掛けを張っておくのはどうか、といった具合に打ち返します。

 そうしたプロデューサーとのやり取りと改稿を何度も経てできているのが、今シーズンのシナリオの制作過程です。
 われわれもだんだん慣れて勘所も掴めてきているので、こちらからも積極的に、何歳くらいの患者の想定か、セリフがある設定なのか(それでケガの程度が決まる)、などといった重要なポイントを聞いて、一緒に考えています。

 もう1つ具体的なケースを挙げると、シアン化合物を服用した患者をドクターヘリで搬送する回(第3話)がありましたが、まずプロデューサーからの要望で、ヘリの中で何か事件を起こしたいという要望がありました。そこで考えたのは薬物中毒です。有機リン系の薬物中毒で、患者が嘔吐して有機溶媒の臭いがヘリの中に充満することで、ほかのクルーたちが何らかの症状を訴えるというケースです。

 現在は、薬物中毒の疑いのある時点で、ヘリではなく救急車で搬送するルールになっています。そこで考えたのは、何らかの理由で中毒に気付かなかったということにしなければならないということです。ならば、中毒患者が嘔吐した時点で臭いでわかる有機リン系は使えません。ではその代わりになるものは何かということで、実はかなりの数の文献を検索しました。その結果、カプセルに入れた青酸を服用したものの、少しずつ徐放したことで助かったという症例報告を見つけたので、「これだ!」と思ったわけです。これを根拠にして、物語の中で必ず種明かしもしようと考えました。

 この「根拠」が医療監修ではかなり重要だと考えます。根拠のない医療行為を見せることは避けなければいけません。青酸を飲んでなぜ救命できたか、というところにちゃんと根拠を示すのが医療監修者の責任でもあります。

 『コード・ブルー』に関しては、10年前のシーズン1から医療監修にあたっていますが、医学的にあり得るのか、あり得ないのか、という点ははっきり示すことが大事と考えます。

―そうした、現実とフィクションの世界との折り合いを付けるのが難しそうですね
 確かにそうなのですが、ルールは至ってシンプルで、「絶対無いこと」はしない。これに尽きます。絶対に無くはないけど、現実的に可能性として低いものについては、必ずどこかにエクスキューズを示すことが大事です。だから、「必ずこういうセリフを入れてほしい」とか「必ずここで種明かしをしてほしい」ということは、はっきりとお願いしています。

 たとえば、移植医療は厳格にルールが決められているので、「絶対無いこと」に対してははっきりと言います。そこは、視聴者に誤解を与えてはいけない部分でもあります。

 他にも、災害現場のシーンを描くことが多いのですが、患者が50人もいるなかで、医療行為をしているのが主人公たちだけなんていうことは「絶対無いこと」ですよね。そこには必ずDMATなどが臨場しているはずです。必ずいるはずなのに、画面上に1人も映らないなんていうのは不自然だし現実的じゃない。主人公たちに絡むことがなかったとしても、DMATの格好をした人たちが、背景に映り込むだけでもいいのです。大事なのは、そういう数多くのスタッフの中に主人公たちのような医療行為者がいるという状況をきちんと描くこと。小さなことかもしれませんが、そういうこだわりの積み重ねが非常に重要だと思います。

 逆に、医療者として妥協せざるを得ない部分もあります。よく言われるのが医療者たちがマスクを着用していないところです。少なくとも、オペのシーンではマスクとキャップは必ず着用するという点は譲れない部分として徹底していますが、それ以外のシーンでは、役者さんたちの表情(演技)を生かすために顔を隠したくないというドラマの作り手側の理屈もわかるので、『コード・ブルー』の監修者としては譲歩しているところですね。

 ただ本作に関しては、プロデューサーをはじめ監督やスタッフたちがリアリティーの追求に相当なこだわりを持っているのは確かです。それは画角に映っていないところにまで及んでいて、役者さんの表情しか撮っていないシーンでも、手元がどうあるべきかと尋ねたりするので、そこにかける熱意は本当にすごいと感じます。

―リアリティー追求のために、ほかに『コード・ブルー』の監修でどんな点にこだわっていますか?
 今作は、主要キャストたちがフェローだったシーズン1から9年の歳月が経過している設定です。自分たちに置き換えてみてもわかりますが、医師が9年間を経た経験値の大きさは相当なものです。立ち居振る舞いも変われば、会話の内容もそれに応じたレベル感に変わっていないとおかしいので、そこはかなり意識しています。以前は主人公たちにどんどん失敗させて、それを軸にストーリーを進めていけましたが、今はもう、そうそう主人公たちには失敗させられません。むしろ何でも織り込み済みでやっているという余裕感すら持たせないといけません。

 役者さんもシーズンを重ねるごとに本当に「医療者らしく」なってきていて、医師としての所作はもちろん、歳月を感じさせるお芝居がちゃんとできているのですからたいしたものです。

 だから医療監修者としては、さらに一歩踏み込んだ指導ができて、こういうシーンでは、上級医になるとこんな心情だというようなメンタルのあり方を伝えています。役者さんがお芝居をするにあたって役に立つような情報提供をして、単に手技を指導するだけで終わらないようにしています。

―医療をドキュメンタリーではなくドラマで見せる意義とは?
 ドキュメンタリーと違い、ドラマだと感情移入できるということに尽きますね。たとえば、私が出演した「プロフェッショナル」などを観た視聴者は、「ああ、すごいなあ」と感心はするけど、そこから先、自分だったらというような感情移入は起こらないと思います。しかし同じことを役者さんがやってみせると、視聴者は主人公たちを自分に置き換えて、どうなるのか、どう考えるのかと入り込める。そこがドキュメンタリーとドラマの大きな違いだと考えます。その感情移入の先に、ドクターヘリを志す未来の医師やナースがいるかもしれません。心が動くというのには、そんな意義もあると思います。

 本当の「リアル」と、ドラマの「リアリティー」には大きな違いがあって、「ドラマなんて」と思う人も実際には多いと思います。現実世界で医療現場に身を置く医師は、特にそう思うかもしれません。事実、医療ドラマと銘打ったものは医療者からみると陳腐なものも多いですから。だけど、医療監修としてドラマ制作に関わってみて、熱意をもって「リアリティー」を追求している作り手側を目の当たりにすると、ドラマに対する見方もこれまでとは少し変わってきたのを実感します。

―『コード・ブルー』の医療監修を経験して自身にも変化が?
 病院と収録現場は案外似ているんじゃないかと気付いたことです。われわれ救命の現場もドラマの撮影現場も非日常の連続で、1日として同じシーンはありません。また、役者さんを取り巻くさまざまなスタッフが大勢いるのも、患者を中心にチーム医療をしているわれわれの構成と非常によく似ている。いろんな職種の人がいて、それをひとつにまとめあげるリーダーシップがどうあるべきか、といった観点でも学ぶことは多いです。しかも、撮影現場にいるスタッフの大半は自分よりも若い人たち。そういう若いメンバーをいかにまとめるか、というところも大いに参考になりました。

―CareNet.com会員にメッセージをお願いします
 まずはぜひドラマをご覧になってください。われわれ医療者だからこそ頷けるようなセリフも多いです。ある回で出てくる「いつから医者は“大丈夫”と言えなくなったのだろうか」というセリフ。実は私自身が考えていたことで、プロデューサーとのやり取りの中でふと口にした言葉なのですが、それを覚えていたようで劇中で使っていただきました。そんな、医師としての感情の機微も描かれているので、楽しんでいただけるのではないかと思います。


松本 尚(まつもと・ひさし)氏プロフィール/
1987年金沢大学医学部卒。同大第2外科学教室へ入局。外科医として金沢大学医学部附属病院、黒部市民病院など勤務した後、95年からは救急医療(外傷外科)に従事。現在、日本医科大学救急医学教授、日本医科大学千葉北総病院 副院長、救命救急センター長。

『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』
フジテレビ系列で毎週月曜日21:00~21:54放映中
http://www.fujitv.co.jp/codeblue/

(聞き手:ケアネット 鄭 優子/金沢 浩子)