医師も医療費のことを考えるべきか?―第12回 肺がん医療向上委員会

提供元:ケアネット

印刷ボタン

公開日:2016/07/25

 

 7月4日(月)、都内で「医療者(医師)は医療費のことを考えるべきか?」をテーマに第12回 肺がん医療向上委員会が開催され、後藤 悌氏(国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科)が講演を行った。今後のがん治療を変えると言われる免疫チェックポイント阻害薬、ニボルマブが昨年末に肺がんの適応を取得したことで、高額な医療費をめぐる問題に対する関心がますます高まっており、こうした問題は米国では“financial toxicity(経済的毒性)”とも表現される。今回、同氏は医療者の立場からこの問題を論じた。

薬価を下げると新薬が開発されなくなる?

 日本では、新医薬品の薬価は薬価算定方式により定められ、市場拡大再算定制度によって販売額のきわめて大きい医薬品の薬価を引き下げるなど、国が薬価の伸びを制御している。しかし、医薬品を開発するには膨大なコストがかかる。1つの化合物が新薬として承認される確率は2万5,482分の1であり、その開発費は1,000億円に上るという。医薬品開発費は年々上昇し続けており、上市されない限りコストが回収できない医薬品開発はどの業種よりも効率が悪い。

 開発しても、規制当局による製造販売の承認が必要である。それによって安全性や効果を担保している反面、医薬品の価格上昇の一因にもなっている。また、開発費だけでなく、市販後の安全性調査の費用も製造元が負担するなど、医療の発展は製薬会社などの私企業に負うところが大きい。したがって、医薬品の価格を下げると、日本に新規薬剤が導入されなくなるリスクが生じるという矛盾がある、と後藤氏は説明する。

日本で医療技術評価が根付かない理由は?

 一方で、治療にかかるコストを考えなければならない差し迫った現実があることも事実である。医薬品の価値を考える際、生存期間とQOLを考慮した質調整生存年(Quality Adjusted Life Year:QALY)が効果指標として用いられるが、これに基づき従来の治療薬の1QALY獲得当たりのコストを評価すると、肺がん治療薬のクリゾチニブが2,306万円/QALY、乳がん治療薬のペルツズマブが8,738万円/QALYなど、高額な治療薬が数多くあることがわかる。後藤氏は、ニボルマブの薬価が問題になる以前から、コストの問題を考えずに医療を行ってきた現実を指摘する。しかし、国民皆保険制度と高額療養費制度によって、実際に患者が負担するのはごく一部であり、残りの費用は健康保険料や税金で賄われている。現状のままでは、この“financial toxicity”は将来世代へ重くのしかかることになる。

 わが国では、患者が世界でも最低の自己負担額で最善の治療を受けることができ、医師も患者にとって最善の治療をコストに関係なく選択することができる。後藤氏によると、このように現在の医療システムの中で誰も損をしない構造が、日本で医療技術評価が根付かない根底にあるという。そのうえで、この経済的負担を次世代に先送りしないためには、エビデンス、コスト、社会を意識した医療を考えていかなければならず、医療者として今後、類似医薬品を比べるだけの研究ではなく、完治を目指した研究や医療費削減を目的とした研究を進めていく必要がある、と結論を示した。

(ケアネット 河野 祐子)