講師 斎藤充先生「骨粗鬆症治療「50%の壁」を打破する「骨質マーカー」」

公開日:2010/10/08

日本整形外科学会認定専門医、日本骨粗鬆症学会評議員など多数の学会所属、役員・評議員を務める。骨質研究会世話人。日本における骨粗鬆症関連研究では多くの研究奨励賞受賞、主にコラーゲンと骨質関連の基礎研究および臨床研究を得意とする関節外科医。

高齢化の波で患者は増加、治療は「50%の壁」に阻まれている

骨粗鬆症の患者さんは現在約1,100万人いるといわれています。60歳以上では約半数の方に症状が見受けられます。私は外来で400人くらいの患者さんを診ていますが、その他、郊外型の病院でも約400人の患者さんを受け持っています。

しかし、約1,100万人のうち15%ほどの患者さんしか治療されておらず、残りの約85%は骨折しやすい状況にあるのにもかかわらず治療されていません。医師の骨粗鬆症に対する認識不足と、高齢者の急増も相まって、治療が追いついていないのが現状です。

高齢者は骨粗鬆症がきっかけで寝たきりになる確率が高く、同時に死亡の危険性が高まるため治療すべき疾患であり、高齢者医療の大きな問題の一つになっています。骨粗鬆症による骨折を起こされた方は、骨折のない方に比べて、死亡のリスクは8倍も上昇します。

これまで、骨粗鬆症の治療にあたっては、骨密度を高める薬剤の処方のみで、他にこれといった治療が施されていませんでした。しかし、骨密度が改善したにもかかわらず新たに骨折を起こしてしまう方が少なくありません。これが「治療効果の50%の壁」です。

人間にいろいろなタイプの人がいるように、骨粗鬆症にもいろいろなタイプがあり、その人に合う治療を考えなくてはいけません。そのような理解を踏まえて、私たちの研究により骨の強さは、骨密度すなわちカルシウムの量の問題だけで説明できないことがわかってきたのです。私たちはここから骨の量や密度だけではなく、「骨の質」が重要ということを発見しました。

私は、整形外科の長年の診療経験の中で、手術で骨を触りすべての患者さんは個々に違う骨を持っていることを実感しました。人間の体の中で、骨だけを治療しても何の解決にもつながらないのです。臨床医は、現場で患者さんを直接診察し、治療して疑問点を基礎研究に展開し、その原因を突き止めることができます。

骨粗鬆症は3つのタイプに区別される

骨の強さは骨密度だけではないということは、整形外科医には一般的に知られていましたが、今まで骨の質、またその質を具体的に評価するものさしがありませんでした。

私は、整形外科医として、骨や血管・軟骨・腱といった組織を支えるコラーゲンの研究をしていました。コラーゲンに分子レベルで過剰な老化産物が蓄積している患者さんは、骨にカルシウムが蓄積されていても、骨や血管がもろく、骨折や動脈硬化を同時に発症することを見出しました。

そこで、遺伝子の研究と並び蛋白質の老化について世界初となる分析装置を独自に開発・研究し、骨の質を評価するマーカー「骨質マーカー」を作り上げました。骨質マーカーはコラーゲンの老化産物そのものを測定、患者さんの全身のコラーゲンの老化状態を判別します。コラーゲンは、鉄筋コンクリートの鉄筋、骨密度はコンクリートに相当するため、錆びの程度を骨質マーカーで評価することで患者さんの体質に合ったテーラーメイド治療ができます。

骨質マーカーで判別できる骨粗鬆症の患者さんの3つのタイプ

I、「骨質劣化型」……骨密度が高く骨質が悪い
II、「低骨密度型」……骨密度が低く骨質が良い
III、「低骨密度+骨質劣化型」……骨密度・骨質ともに低い

「骨密度が高く骨質の良い人」に比べて、Iのタイプでは1.5倍、IIでは3.6倍、IIIのタイプは7.2倍も骨折の危険性が高くなることが判明しています。

糖尿病、高血圧、動脈硬化、腎機能障害、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの患者さんは、全身性のコラーゲンに過剰老化が生じるため、骨のコラーゲンの錆びにより、骨密度が高くても骨質劣化型骨粗鬆症と診断できます。

骨密度を高める薬剤以外に、骨質を改善するエストロゲン受容体モジュレーター(SERMs)や、各種ビタミン類(ビタミンB群、葉酸、ビタミンK・D)の併用も、骨密度と骨質を同時に改善できます。

SERMsとの併用は一般的には行われないため、保険適応のあるビタミン剤を併用するのがよいでしょう。骨質の良悪は、血液・尿検査で、血中のホモシステインという悪玉アミノ酸の測定、コラーゲンの老化産物(ペントシジン)の測定による2つの評価が有効です。

「骨質マーカー」は、誰も研究していなかった分野から生まれた

私には中学・高校とサッカーのインターハイ・国体の選手として活躍した経験があります。そのため、自然とスポーツ医学を勉強したいと考えるようになりました。当時、慈恵医大はスポーツ医学に関して他大学より一歩リードしていたという理由から入学を決断しました。しかし、スポーツ医学を学ぶ前に運動器疾患の基礎となる整形外科を学ばなくてはいけませんでした。

整形外科医として学んでいる間に、世間は高齢化と共ともに骨粗鬆症患者が急増、手術執刀で様々なタイプの骨を観察することにより、骨の強さは量や密度ではなく、質が重要であると実感しました。同時に、何が原因で骨質が悪くなり骨折するのかと疑問が湧いてきたのです。

そこで、手術治療で患者さんの骨を触り、元々骨がもろい人、堅い人もいる骨の体質に注目しました。病態の解明のため患者さんの骨にどんな違いがあるのかと漠然と考えていました。

そんな時、コラーゲンの研究を多く手がけた教授から、昔行っていたコラーゲンの研究を引き継ぐようにいわれましたが、ゲノム・遺伝子研究が全盛の時代、コラーゲンと蛋白質の研究にはまったく興味を持てませんでした。

師に従い研究を始めましたが、コラーゲンの研究は楽ではなかったので、独自に分析装置を開発しました。この分析装置の開発がきっかけとなり今日の骨質低下の機序の解明からバイオマーカーの発見に至ったわけです。世界中の研究者は、手間のかかるコラーゲンの研究には手を出さずキットさえあればできる遺伝子解析に没頭していた当時からすると、私としては、まさか15年後にこんな発見に繋がるとは夢にも思いませんでした。

私は、臨床医として患者さんの治療、日々実験を続けるうちに、コラーゲンの老化が進行しやすい患者さんは、骨密度が高くても骨折や動脈硬化を同時に発症することに気づきました。そして,コラーゲンの過剰老化こそ、骨質低下の本体であることを突き止めました。長年の無駄に思える実験や臨床経験は、今思えば何一つ無駄ではありませんでした。

「無駄こそ大事な引き出し」で、今では世界のライバル達から、どのような質問をされても誰にも負けない豊富な引き出しのおかげで返答し戦うことができます。私は、この臨床を行いながら行う基礎研究という日本独自のスタイルは、世界と戦うためにも良いシステムだと思っています。

臨床研究の発表、研究が世界で認知されるためには

誰も注目していなかった骨質とコラーゲンの密接な関係と体全体の老化が、世間で話題になり始めたころ、この臨床研究の分野で分子レベルから患者さんの臨床データまで持っていたのは私だけでした。その圧倒的な引き出しの数は世界のどのチームにも負けませんでした。そして、世界中の研究者たちが、ポストゲノムの時代に突入し、ようやく蛋白質の研究に目を向け出したころ、我々のデータの正当性が次々と世界から追認され、妥当性が証明されました。

せっかくのデータを埋もれさせないために、私はその成果を世界の研究者に知ってもらう手立てとして、必死に英文の研究論文を執筆していきました。ある欧米の教授に「世界と戦うためには、同じサッカー場に入らなくてはいけない。そのために日々、スパイクを磨き、技術を磨け。今、君はそのすべてを備えた。自信を持ってフィールドに入ってきなさい。Trust your Brain !!」と。海外留学の経験のない私でも、英語論文を発表することで、世界はよい仕事には正しい評価をしてくれるのだと思いました。

今では、骨研究の名だたる英文雑誌から総説執筆の依頼を受けるなど、オピニオンリーダーになることができました。十数年、地道に頑張ってきたことが報われた、と感じています。最先端のことも大切ですが、地道に継続することが大事でしょう。

現在、研究で発見した基礎的、臨床的事実は、診療ガイドラインに盛り込まれるようになり、臨床に役立つ基礎研究ができたと自負しています。今後の骨粗鬆症の治療において、骨質マーカーの測定が一般的になり、適切な治療をされてない患者さんがいなくなることを祈ります。

臨床研究は目の前にあるもの、標準は世界へ

地道で長い研究生活でしたが、数年前まで研究はあまり楽しいとは思えませんでした。世間に認知されるために様々な臨床的事実を把握し、基礎研究で解明できないかを自分で考えてきました。

私の研究はすべてを自分たちで行っています。町工場ともいえるような時間と手間が他の研究チームと比べて数倍かかり、決して楽ではありません。データを取り、積み重ねていくことで、知られていた理論を提唱づけることができ、社会的にも認知されるわけです。しかし、これは臨床医だからできることですね。

海外留学をして論文を書き、華々しくこれから活躍したいという方もおられると思います。しかし、長くは続かず消えていく方も多く見てきました。また、先端医療など新しいことに飛びつきたくなる時が必ずありますが、そうではない研究課題でも、どこかに宝は隠れているものです。私の場合、研究が進むにつれ、知識という引き出しが多くなり、いつの間にか、どんな質問、疑問にも答えられるようになっている自分に気が付くことができました。どんな研究でも地道に頑張っていれば、必ず花が開き患者さんのためになるでしょう。

いくら有名な先生のもとで研究室の一つの歯車の一つとして動いて立派な論文を作成したとしても、その後の自分自身のアイデアで研究が立案できるか、それを世界というフィールドにもっていけるかが大切なのです。良いアイデアを持ち研究を続けていくことができるのかにかかっています。情熱を注げるもの、テーマに出会えた時、患者さんの治療に生かすことができるのなら医師として研究者として幸せだと思います。そして、世間で認知され、国内からそれは世界へと道が続いていきます。

あなたの目の前には研究すべきテーマ、やらなければいけないことがあるかもしれません。それが面白いと思えば、人に伝えることも容易になり、プレゼンもきっとうまくなります。自分の分野が明確化し、その分野での自分の地位を築くことにつながるでしょう。

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