准教授 平山陽示先生「全人的医療への入り口」

公開日:2010/04/01

平山先生は循環器内科医を20年経験後、総合診療科の道に入る。医師が自分の専門領域しか診察しない今の医療体制を変化させるべく、総合的に診察して患者さんのメンタル面を含む治療アプローチを実践。東京医科大学病院における「総合診療科」の設立に尽力し現在活躍中である。

プライマリ・ケアの重要性から総合診療へ

大学病院での初期研修は、通常各診療科目をラウンドしますが、それだけではプライマリ・ケアの習得は困難です。専門診療科のラウンドでは入院患者ばかりを診察、外来患者を診察することがほとんどありません。大部分の患者さんは既に診断がついています。しかし、多くの患者さんは「疾患名」ではなく「主訴」で病院の外来を訪れます。そこでは患者さんの訴えから病気を診断していく重要なプロセスがあります。「症候論」といってもいいし、「診断学」「診断推論」と言っても構いませんが、この初期の段階では幅広い知識と技術が必要です。そして、この研修にはプライマリ・ケアを扱う部門が必要となります。
例えば、循環器内科をラウンドすれば心筋梗塞の入院患者さんを診察。しかし、この患者さんが病院を訪れたのは「胸が痛かった」からであり、実際にはこの「胸痛」という症候から正しく診断しなければならないわけです。「胸痛」を主訴とする患者は心臓が原因であれば循環器科、肺が原因でならば呼吸器科、肋骨骨折ならば整形外科、帯状疱疹ならば皮膚科、心因性の胸痛ならば精神科に紹介することもあるわけです。循環器医は心臓由来の胸痛ではないと診断するだけではなく、その患者の胸痛の原因がなんであるのかを推論、院内でたらい回しをせずに適切な診療科に橋渡しするべきです。だからこそ専門治療のスぺシャリストを目指ししている医師にもプライマリ・ケアの知識が必要なのです。幅広いジェネラリストの上にスペシャリストが立つのです。ジェネラリストとしての地固めをしないと良いスペシャリストにはなれません。
以前は、プライマリ・ケアを学ぶ場はあまりありませんでした。アクセスのよい都心にある東京医科大学は市民病院的な役割も果たしており、紹介状の有無に限らず、単なる風邪や下痢で来院する患者さんも比較的多く、プライマリ・ケアを学ぶ環境が揃っていました。それも総合診療科が育った要因です。また、この領域では全国的に有名な大滝純司教授をお迎えすることが出来たのも幸運でした。

なぜ総合診療なのか

東京医科大学病院総合診療科設立のきっかけは新医師臨床研修制度の始まりでした。新制度の目的がプライマリ・ケアの習得であるので、当院では初期研修医に総合診療科のラウンドが義務付けられています。
最近では後期研修で総合診療科を希望する人が増えてきており、総合診療科が役に立つ診療科目であることを研修医たちが認知し始めているのを実感しています。
総合診療科は、文字どおり総合的に患者さんを診る診療科であり、患者さんが訴えている症状を読み取り、身体所見や検査所見を加味して推論した診断で次なる専門診療科への道筋をつけるチーム医療と同時に、専門医の手を煩わせることもない一般的な疾患(Common disease)は総合診療科で治療をしています。
また、総合診療では専門診療科との連携を図りながら、プライマリ・ケアを通して診療のの基礎を固めることができます。ですから、総合診療科の役割のひとつは、研修医に病気を診るのではなく患者さんを診るという態度を身に付けさせることでもあるのです。
例えば、MUS(Medically unexplained symptom:医学的に説明できない症状)を訴えてくる患者さんにはメンタルな要因も多いわけですが、そのときに身体疾患がみつからなくとも"症状"まで否定することなく、その症状を現す意味について、患者さんの社会的環境要因も考えるぐらいのことが医師の頭の中にないといけません。
いわゆる「全人的医療」、つまり病気を診るのではなく患者さんを診ることの教育が必要なのです。診療科目が細分化されすぎて専門的な知識のみで症状を追うのではなく、幅広いプライマリ・ケアの知識を持った上での診察が求められています。東京医科大学病院の研修医にこの意識を持たせることも総合診療科の重要な役割です。

総合診療科という立場への理解不足

総合診療科として専門診療科の医師と連携がうまくとれているかと言えば、必ずしもそうではありません。それは臓器専門医にプライマリ・ケアが十分に理解されてないからだと思います。総合診療科は初期診療の担い手ですが、決してスーパーマンではないので、専門診療科で診ないと言った患者さんを何でも引き受けることが出来るわけではありません。
極端な例を挙げれば、原発不明がんの患者さんは、いくつかの臓器にがんが見つかっても原発巣が同定されないと、どの診療科も主治医になろうとはせず院内でたらい回しにされてしまう危険があります。だからといってプライマリ・ケアの総合診療科がこのような患者を受け持つことは適切ではありません。現に専門診療科からの患者さんの押し付けで疲弊している総合診療科も多々あるように聞いています。
また、総合診療の場合、各診療科目との連携が重要となるのでコミュニケーション能力は極めて重要です。しかし、連携を図るのが容易でない時があります。その場合相手の診療科に患者さんを押し付けるのではなく「一緒に診てほしい」「相談に乗ってほしい」とお願いする心がけを指導しています。連携をとる苦労はどこにでもあると思いますが、難しいですね。

総合医の果たす役割

今の医療体制では、患者さんが自ら診療科を探すことが多いため、自ら選んだ診療科では病気が分からず帰宅するケースがあります。その意味では総合診療科は医療の玄関口として、その先に専門性の高い医師に依頼して先端治療へ導くなど役割は大きいです。また、プライマリ・ケアを通して診療の基本を研修医に教えるのも総合医であり総合診療科の役割です。
現在では、総合的に診療ができるジェネラリストが求められています。総合診療科を目指すドクターがもう少し多くならなくては、今の医療体制の変革には限界があると思います。
英国では家庭医制度が確立されており、患者がいきなり総合病院や大学病院に行くことはまずありません。家庭医に診てもらってから専門医へ紹介され診療を受けます。そのため家庭医になるためのプログラムが確立しています。我々の総合診療科でも家庭医養成プログラムを用意しており、何人かの後期研修医がそのプログラムに則って研修しています。家庭医はメンタル面を含めた総合的な診察をします。家族全員を診るため、大人は内科、子どもは小児科などの振り分けを行わず、家族に同じ症状があれば家庭内での原因も探ります。家族全体を診ていくという姿は医療の理想のひとつの型でもあります。もし、そういう家庭医を大学病院でも育てていくとしたら総合診療科がなくてはできないと思います。

総合医認定制度がスタート

総合診療科がしっかりとプライマリ・ケアを実践するには、専門医に委ねるべき患者を臓器別専門科がしっかり請け負ってくれることが大切です。総合診療と専門診療がうまく連携できていれば、より少ない専門医でも病院は機能するはずですし、それが本来の病院の姿だと私は思っています。
厚生労働省も総合医を推進、「総合医認定制度」を視野に入れて検討しているようです。日本プライマリ・ケア学会、日本総合診療医学会、日本家庭医療学会の3学会は、今春にひとつにまとまって総合医(家庭や総合診療医)の育成プログラムと認定に向けてすでに準備が進んでいます。 この認定制度により、首都圏はもとより地域医療も大きく変化、そして患者さん側の医療に対する意識も変化していくでしょうね。多くの総合医(ジェネラリスト)が活躍すれば患者さんは単なる風邪や下痢などの一般的な疾患で大病院を受診することも少なくなり、医療費削減にもつながります。
私は東京医科大学病院において、総合診療科の第一線で活動してきました。現在取材も多く、注目を浴びている診療科目です。ぜひ、総合医(ジェネラリスト)を目指す人が多くなることを期待します。

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